105/閃いても実用出来るとは限らないもの

 ……チュンチュンチュン、チ、チチチ……。

「……んあ?」

 小鳥の囀りで目が醒めた。
 もやがかかった視界を軽くこすり、ぐぅっと伸びをしてみれば、視界と同じくもやがかかっていた頭もようやく動き出す。
 まずは上半身を起こして軽く血の巡りを確かめつつ、隣で穏やかに寝ている美羽の頭をひと撫でしてから寝台を下りる。

「ん、んっ……ん〜〜〜〜っ……!」

 そこでもう一度伸びをして、はぁっと息を吐いた。
 窓から差し込む朝陽を見ては“今日もいい天気だな”って頷いて、そこからは早い。
 寝巻きという名のシャツから胴着に着替え、襟をビッと引き締めると同時に───

「……あれ? 俺の休日は?」

 ふと、今日が非番の日の翌日であることを思い出した。
 あ、あれ? えーと……張三姉妹と話し合って、厨房で美羽と昼餉を食べてからは軽い腹ごなしをして、部屋に戻ってからは…………美羽と昼寝をした、ところまでは覚えているんだが。
 エ? もしかしてそのまま朝までごゆっくりコースですか?

「どれだけ疲れてたんだよ、俺の体」

 だって朝、事務所で寝たんだぞ? なのにその後に朝までって…………はぁあ。
 やっぱり無茶も無理もしてるんだろうなぁ俺。
 改めて考えてみれば、これが無理や無茶じゃなくてなんだって話だが。
 軽く身を振って見ても、けだるさの残る体。
 中庭で思いっきりほぐすかーと溜め息混じりにこぼし、準備を整えたらいざ厨房へ。

「じゃ、行ってくるからなー」

 俺と同じく随分と寝ているだろうに、まだ平然と熟睡中な美羽の頭をさらりと撫でていざ出発。竹刀袋が刺さったバッグを肩に引っ掻け部屋を出て、厨房までの通路を歩く。
 出来るだけいろいろなことを考えて脳を完全に起こそうとしてはみるものの、なかなか上手くはいかない。もやは晴れているものの、ハッキリとはしていない。
 それでも厨房へ辿り着き、「来る頃だと思っていました」と水と食事を用意してくれていた侍女さんにお礼を言って、早速喉と胃を潤し、満たす。
 それが済めば、あとは中庭で散々と鍛錬をするのみ。
 食後にもう一度お礼を言うと、侍女さんが「本日も頑張ってください」と見送ってくれる。俺はそんな笑顔に何度か目を瞬かすと、しっかりと笑顔でありがとうを返して厨房を出た。
 ん、勇気もらった。
 それじゃあ改めて、頑張りますかぁっ!

「よしっ!」

 中庭にやってきて、まずすることといえば準備運動。
 急に激しい動きはせず、血の巡りをよくするのと胃袋を刺激することで、消化を促進させる。実際に胃の中を見て調べたわけでもないから、本当に効果があるのかなんて訊かれれば当然解らないと答えるが、そういうもんだって思えば人体っていうのは案外応えてくれるものだと勝手に信じている。
 そんなわけでストレッチから始め、軽い運動に繋げ、それが済んだ頃にやってくる春蘭と華雄に手を振る。思春は今日も警備隊の仕事だろう。

(ありがとう、いつも迷惑かけてます)

 心の中で感謝をして、準備運動なぞ知らぬといった風情で早速得物を手にする二人を前に、気を引き締める。

「って、今日は走りは?」
「飽きたから知らん。今日は最初から模擬戦闘をするぞっ」
「早っ!? 飽きるの早っ!!」

 しかも華雄もうむうむ頷いて、金剛爆斧を朝陽に翳してゴシャーンと輝かせてるし!

「いや待とう! 真剣はまずいって! これ言うのも何度目か忘れるくらい言ったけど、きちんと模擬刀でっ!!」
「なにを言う! そんなもので戦の緊張感を味わえるか! 貴様はなにか!? 本当に戦に身を投じることになった時にも、敵に模擬刀を求めるのか!?」
「なんでこういう時ばっかり物凄く説得力があること言うかなぁ!!」

 秋蘭!? 秋蘭! この大剣さまを止めて! 俺じゃあ何を言っても止められない!
 なんて願っても秋蘭居ないから無駄だった。うん、解っていたさ……。

「ちゃっ……ちゃんと寸止めしてくれるよな?」
「寸止め? 何故だ?」
「いやぁあああああっ!!!? だめっ! やっぱりだめっ! 死ぬ! 今日こそ死ぬ!」
「ええい何をわけの解らんことを! そんなものは貴様がいつものようにのらりくらりと避けていれば済むことだろう!」
「かかかかかぁあああかか軽く言うなぁあっ!! 人がどれだけ神経集中させて攻撃避けてると思ってんだぁあああっ!!」

 しかしそんな言葉はどこ吹く風。
 春蘭は一言「そんなものは知らん」と言って、ニヤリと笑んだまま武器を構えた。
 ……さようなら、サワヤカな朝。
 そしてようこそ、地獄の始業ベル。

  覚悟、完了。

 一度決めてしまえばもう戻れない。
 目を閉じ、胸をノックすると心も大分落ち着き、静かに目を開けばお待ちかねな春蘭。
 やるからには勝つ気で。

「───よしっ! じゃあいくぞ春蘭! 今日は三本勝負じゃなくて真剣一本勝負だ!」
「ふははははいいだろう! 来るがいい! その威勢ごと潰してくれる!」

 気合い一発、声に出して向かってみれば返される言葉。
 それはまるで悪役の台詞のようで、少し笑ってしまったのは内緒だ。
 こうして唐突に戦うことになってしまったわけだが、運動は念入りにしておいたから十分に動ける。
 走り終わったあとだと俺のほうがへとへとになっているケースが多いから、仕合をするなら今は丁度いいと言える。

「せぇええいっ!!」

 まずは開始の合図とでも言えばいいだろうか。
 互いが振るった得物が互いの間で音を立ててぶつかり合う。
 それから軽い力比べののち、斬り弾くように互いを押し退け、下がった先でフッと息を吐き捨てる。
 あとは順序など知らない、己の全てを込めた戦いが待つだけ。

「……? 北郷貴様! 何をした!」
「いきなりなんのことだよ!」

 氣を纏わせた木刀を振るう。
 相手の胴を狙ったそれは彼女の七星餓狼によって容易く弾かれ、その動作そのものが攻撃へと転じる。それを軽く身を仰け反らせることで避けるや、到達の早い突きで反撃。
 武器を振るったあとだっていうのに軽くそれを避けて見せるややはり武器を戻し、反撃に移る。横薙ぎは弾き、突きはほぼ避け、かといって上段からの攻撃は力ずくで弾き返され、攻撃のほぼが無効化される。

「前よりも随分と攻撃の活きがいいぞ! なにかしたんだろう!」
「攻撃の活きってなに!? って、ああ《ビュフォンッ!》おわぁああっだ危ねぇっ!?」

 口調なんて気にする余裕も無い、格好の良さなども知ったことではない。
 戦に必要なのは当てること避けること防ぐこと、そして打ち勝つこと。
 格好など気にせず、避けられるのならどんな格好でだろうと避け、無様だろうが受け止めて、次へ次へと繋いでゆく。
 髪を掠める一撃に背筋を凍らせるのも一瞬。その一瞬後には反撃をし、その反撃さえ返されても返されたそれを利用して返してやる。
 そういった互いの力を利用した攻防が続く中で、まだ互いに一度も食らっていない、当てていないことにニヤリと笑みを浮かべる。
 俺は自身の成長の喜びのため。
 春蘭は恐らく……多少でも相手になるようになった俺への笑み。

「それでどうなんだ! 何かをしたのか!」
「ただ思いっきり休んだだけだよ!」

 言ってみれば体はいつもより軽く、気力は充実していた。
 振るわれる撃を見る目も普段より視界が広まった気がするし、集中力も随分と持続している。けだるさの残っていた体は準備運動ですっかり覚醒して、今では自分の意思に応じた動きをこなしてくれている。
 ……休むことって、やっぱり大事だな。

「ふっ! はあっ!」
「よっ! はっ! ほっ!」

 春蘭の攻撃の初動をしっかりと見て、どんな攻撃が来るかを予測。
 それに合った回避動作を取り、振り幅が大きい攻撃に際しては遠慮無用に突撃をかける。
 しかしそんな隙も、強引に戻した振りで難なく弾き返され、手が痺れたところに逆に突撃を仕掛けられる。

「はっはっはっは! なるほど! 華琳さまが言っていたのはこういうことかっ!」
「《ギィンッ!》つっ……! 言ってたことってっ!?」

 振り幅が小さな一撃でも響くそれを受け止め、反撃をする中で訊き返す。
 しかし楽しげにニヤリと笑むだけで、これといった言葉は返ってこない。
 そう。ただそこにあるのは、いつしか俺相手でも楽しんで武器を振るう春蘭の笑みだけ。そういえば前に、俺と戦ってなにが楽しいんだかって話を華琳や春蘭、秋蘭としたっけ。
 それを思い出しての言葉だったのか、なるほど。確かに春蘭は楽しげだ。
 でもあの? こっちは本気で勝つつもりで行ってるのに、笑いながら捌かれると悲しいんですけど?
 ……くそっ、なんだか一泡吹かせてやりたくなった。
 そんなことを考えると大体失敗するのが常だが、それでもだ。

「───」

 脱力。
 体に満ちている氣を関節ごとに込め、残りを木刀に込める。
 いわゆる防御を捨てた攻撃重視の錬氣。
 身の振りで関節ごとに加速。あとは氣でゴッチゴチに固めた木刀を叩き込む。ただそれだけ。
 ただ攻撃の軌道が単調になりがちだから、誰が相手の時でも使えるものじゃない。
 避けることより受け止めることが多い相手だからこそ、信頼して振れるなんていう、案外失礼な攻撃方法だ。

「ひゅぅっ───!」

 呼吸をして疾駆。
 接近するや身を捻るとともに攻撃を加速、振り切った木刀が春蘭が構える七星餓狼と衝突。金属同士がぶつかったような、耳どころか骨身に響くような音を立てて、春蘭の体が軽く怯む。
 その事実に春蘭が驚いた───瞬間には、もう二撃目を振るっていた。
 関節に要らない負荷をかけてしまうものの、加速と威力は折り紙付き。
 避けられはしたものの、雪蓮を一時的にだろうと妙に本気にさせてしまった技法だ。
 当然避けられれば呆れるくらいの隙が出来る。だからこその、受け止める相手限定の技。

「むっ! ぐっ! 北郷貴様ぁあ! こんな一撃が出せるなら最初からしろ!」
「一応奥の手なんだから、後で出すのは当然だろっ!」

 加速させるには一定の工程を行わなければいけない。
 威力重視なら捻る関節が多いほどいい。ならば袈裟や払い等は威力重視に向いている。
 しかし突きは中々難しく、やるとするなら片手で突き出したほうが加速する。
 下半身から上半身の肩までの加速を最大として突き出すのだから、肘や手首の加速は多少落ちる。速さはそれはあるものの、攻撃の幅が点であることは変わらず、戦で散々と戦いの勘を鍛えた猛者相手に突きはあまり有効じゃない。
 やはり加速をしても避けられるものは避けられてしまい、お返しにと振るわれた攻撃を危なげに避けてばかり居た。
 一応、加速は避けのほうにも向いてはいるのだから、防御ではなく避けるだけならこれほど優れた技法もないかもだが……当たれば一撃でいろいろと大変だ。なにせ氣で体を防御出来てるわけじゃないから。
 氣があるのは関節と木刀のみ。そこ以外に撃を落とされれば、最悪“ゾブシャア! ギャアアアアア!”ってことに……!
 そんなわけだから集中だけは途切れさせるわけにはいかない。

(よく見て、避けて、攻撃して……!)

 時にはいつか自分が桃香に言ったことを思い出し、大振りで威力重視にするのではなく、あくまで速さを利用した連撃で攻める。
 そう。武器が刃物なら、当てることだけを考えるように。
 しかしながら攻撃が速さだけのものになると、受け止めるだけでは済まないのが宅の大剣さま。
 速度だけのソレはあっさりと豪撃によって弾かれて、本気で手どころか腕まで痺れたところへと、トドメの一撃が───!!

「見える!」
「なにっ!?」

 だがそれがどうしたとばかりに、健康である足を使って避ける。
 そして、手や腕が痺れていようが氣でくっつけたままの木刀を肩で振るい、まさか避けられるとは思ってもいなかったらしい驚愕の表情を浮かべる春蘭へ───!

「させるかぁあああっ!!」
「うぃいっ!?」

 しかしここに来て、またしても強引に振り切った腕を戻す彼女。
 その戻しの速さは鈴々並みで、この速さでは確実にまた弾かれると判断。
 ならばその戻しに力が入りきらない今こそをと、既に加速が成された体から氣を掻き集め、その全てを木刀に託す。

『───!!』

 二人同時に何を口に出したのかは覚えていない。
 ただ、氣の光を帯びた木刀が春蘭の七星餓狼と衝突した瞬間、視界は光……いや。視界が眩むほどの火花で満たされ、聴覚は轟音によって耳鳴りを齎し───

「───! あっ……」

 途端に、氣で繋げていた木刀は手から離れて宙に舞い、対立していた女性は地を滑り、腕を痺れさせたのか、だらんと下げられた手から七星餓狼がこぼれ落ちそうになるや、無理矢理それを地面に突き立て、落とすまいと構える。

「───! ……、……!? ───!!」

 そんな春蘭がなにかを叫んでいる……んだが、しかしながら耳がキーンって鳴っていて聞こえやしない。「耳鳴りが酷いからちょっと待って」と返してみたんだが、きょとんとした顔の後に怒りだす大剣さま。
 あ、やっぱり春蘭も耳、聞こえてないみたいだ。
 しかし相手が春蘭だから油断は出来ないと判断。一応注意しながら木刀が落ちた場所までを歩き、木刀を……ぼ、ぼぼ木刀をぉお……! くはっ! だめだっ! 痺れてる所為で手が上手く動かせない!

「こんのっ……おぉおおお……!!」

 ならばと搾り出した氣で手とくっつけてみようと伸ばしてみると、木刀にまだ残っていたのだろうか。木刀に流した氣と手に無理矢理集めた氣が結合して、木刀にこもっていた氣が体内に流れ込む。

「……えと。ものに氣を宿らせるのって難しいって聞いたんだけどな……。無理矢理宿らせすぎて気脈でも出来たか……?」

 不思議な感覚だと感じたけど、もはや他の武器でこうまで上手く立ち回る自信は無くなっていた。もちろん木刀に残っていた氣は散っていたものまでを掻き集めたものではなく、全部とまではいかない。
 精々、けだるさを感じずに構えられる程度。
 そうこうしているうちに耳も聞こえるようになってきて、春蘭の声も…………あ、丁度、怒鳴るのやめた……。あるある、聞こうとした途端に話が終わること。

「あのー、春蘭ー? 全然聞こえなかったから、もう一回言ってもらっていいかー?」
「なんだとぅ!? 貴様ぁっ! 人の話はきちんと聞けと教わらなかったのか!!」
「春蘭だって華琳の言葉ですらちゃんと理解してなかったことあっただろ!」
「わたしが華琳さまのお言葉を理解しなかったことなど一度たりとも───」
「韓非子の孤憤篇」
「はうっ!?」

 怒っていた様子が一気に怯みに転じた瞬間だった。

「なな、ななななにを言っている? あれはきちんと、華琳さまに“これだ”と言われただろう」

 平静を装っていても、言われれば瞬時に思い出すのことではあったらしい。
 あからさまに声を震わせ、視線を……いや、視線だけはきっちりこちらに向けて言ってきた。春蘭のこういうところってすごいよなー……自分がどれだけ不利でも、目を逸らすことはしないし。見習いたいもんだ。

「その様子だと、あとから秋蘭あたりに説明されただろ」
「ええいうるさいっ! だったらなんだというのだ!」
「なんだ、って……いや、話の流れすら忘れたならいいんだけどさ……」

 話に夢中になってて意識がこっちばかりに向かってるとこ悪いんだけど、と。とことこと春蘭に近寄るその過程で七星餓狼を拾い上げるとまず一言。

「ところで勝負ってどうなったんだっけ」
「? そんなもの、続行に決まっているだろう!」
「で、春蘭? 武器は?」
「武器? 武器は───あ」

 ちらりと見る俺の手。そこには七星餓狼が握られており、それに気を取られた瞬間、俺はあくまで自然な動きで軽く木刀を振るい、木刀を春蘭の頭に撫でるつもりでぽくりと落とした。
 
「───」
「はい一本」

 ポカンと目をまん丸にして停止する大剣さま。
 生憎とこちらも余裕はなく、武器を返してもう一度となると“無理”としか言えない。

「なっ、あっ……ま、まだだっ! あと二本───」
「やる前に真剣一本勝負っていって、いいだろうって返したよな? まさか華琳の言葉を正確に受け取るっていった春蘭さまが、ウソをついたりなんか───」
「はうっ!?」

 なので、からかう意味も込めてそう言ってみる。
 勝ちには執着したいが、やっぱり真正面から勝ちたいって思うし……流れでこんなことになったけど、耳鳴りが無いまま対峙してたら、きっと聞こえなかった春蘭の言葉とかを聞きながらでも木刀を拾って、すぐに攻撃を仕掛けていただろう。
 その反応を見れば春蘭も、痺れていようが無理矢理剣を取って戦っていたに違いない。
 ほんと、妙なところであと一歩が足りないというか……格好いい終わり方は迎えられない。べつに格好いいほうがいいと言うわけでもなく、無様だろうが勝ちたいとは思う。格好つけて死ぬのは逆に格好悪いし。
 でもまあなんだろう。理屈をこねて勝ちを譲ってもらおうとするのは、戦いとは違う気がする。そういうやりとりをして楽しむ相手は星くらいで十分だろう。
 なのでハイと拾った得物を突き出すと、春蘭はそれをひったくるように手に取り───肩に担ぐようにして構える。
 勝敗に納得出来ないんじゃあ仕方ないもんな。

「じゃ、今のは無効で───」
「これからが本番だ!」

 春蘭の目に楽しげな色が再び浮上した。さっきまでの言葉のやりとりは一切なかったことにするつもりなのか、それとももう忘れたのか。
 どちらにせよ武器を構えて双方が距離を取った時点で始まっていたソレは、再び双方が地を蹴り、得物を衝突させた時点で止まらぬものへと発展していた。
 ───が、氣を扱えなければ“多少武をかじった程度”のレベル俺が、本当の武人相手にそう長く立ち回れるはずもなく───なんて弱音を早々に吐くわけにもいかず、気合いを込めての攻防が続く。

「はっ! くっ! てぁあっ!!」
「ふははははっはっはっは! どうした北郷ぉおっ! 見る間に動きが遅くなっていってるぞ!!」
「解っちゃ……っ……いるんだけどなっ……!!」

 氣の絶対量が増えても、無駄に消費してしまう自分の在り方はあまり変えられていない。
 しかしながら男の意地というのか男意気というのか、愚かにも“これからが本番だ”と言われてからは“本気で打ち合おう”と決めてしまった俺は、押し退けられることはあっても自ら下がることは絶対にしない覚悟を刻んだ。
 避けることもせず退くこともしない。正真正銘の打ち合いを始め、受け止め受け流すとともに次から次へと氣を練成。
 少しずつ元の絶対量を目指して蓄積させ、それが満ちると本当の本気で打ち合う。
 春蘭の攻撃に合わせて普通に木刀を振るったところで、その木刀ごと吹き飛ばされる、もしくは精々で地面を滑る程度で済ませられる程度。
 ならば振るわれる一撃一撃に加速させた一撃をぶつけることで返し、轟音が骨身に響き、視界内で氣っていう閃光が弾けようが、構わず攻撃を続ける。
 氣で手と繋げている木刀からの振動は、嫌なくらいに体に響く。それはこちらの全力を弾いている春蘭だって同じだろう。
 なのに、そんな痺れや痛みは感じぬとでもいうように春蘭は笑みを浮かべ、俺だけが表情を歪ませていた。

「くそっ! なんだってそんな平気な顔でっ……!」
「なんでだとぅ? ふんっ、貴様とは潜り抜けた場数が違うっ! 貴様にしては中々の豪撃だが、これしきを放つ将など戦場にはごろごろ居た! それ以下のものを何度くらったところで、わたしが膝をつくことなど有り得んのだ! はーーーっはっはっはっはぁっ!!」
「んなっ……!?」

 無茶だ無茶だとは思ったけど、そこまで次元が違うのか!?
 ほんと、どうかしてるだろこの世界!

「だからもう一度、わたしを強引に下がらせたあの一撃を出せ! 今度は弾き返してやる!」
「あの一撃……!? な、なんのことだよっ!」
「だからさっきから何度も言っていただろう! 貴様が耳が聞こえなくなるほどの音を出させたあの一撃だっ!」
「へ!? ……あ、あーあーあー!!」

 それのことか! つまりなんかこっち見て叫んでたのは、今のをもう一度撃てとかさっさとしろとか叫んでたってことか! その割には剣も拾わなかったけど!

「っ───だったらどうにでもなれだっ!」

 どうなっても知らないぞなんて言葉は口にしない。
 こちらの最高をどれだけ出しても、軽く返されてしまうイメージが容易く頭に浮かんでしまっていたから。
 だから“下がらない覚悟”を“どうなってでも勝とうとする覚悟”へ変え、後ろへ低く跳躍するように下がり、着地と同時に構え。
 手を鞘代わりに居合いの構えをするや春蘭に向かって地を蹴る。
 まずは足に込めた氣にて、射程に入るや氣の大半を右足に集中。大地を踏み潰す勢いで叩きつけた足の底───そこに響く衝撃を氣で吸収、即座に足首に送ると加速を開始させる。
 左手で衝撃を吸収、破壊力に転化する要領の応用。
 自ら発生させた衝撃を吸収した氣を螺旋のイメージで足から腰、腰から肩といった順に加速移動させ、最後には木刀へ。
 足での加速が終われば、足の氣は速度ととも次の加速部位へと飛ばされ、その部位の加速を助ける。冗談抜きで関節への毒にしかならないことを関節の数だけ続け、最後の加速が終わると───全身の氣が最高速度とともに木刀に乗り切る。
 鞘代わりにしていた左手の指が、急な加速で放たれた木刀の摩擦で火傷し切り傷を残そうが知ったことではない。そこのところは後で思う存分痛がろう。だが今は、せめて痛みに目測を誤る無様をしないため、痛みを飲み込み、見開いた目では確実に春蘭を捉え続けていた。

  ───やがて、先ほどよりも高く響く轟音。

 “振り切った”のは俺ではなく春蘭。
 俺の腕は俺の意思とは関係無しに後方へ弾かれて、関節どころか骨全体にミシミシと走る“音”が痛みとなって感覚を支配する。
 振るわれた渾身は恐らくの渾身で返された。が、弾かれてなお木刀を握る力は緩めない。
 しかし勢いに飲まれた上に骨に走る軋む音と痛み。それらを抱えた体がそう簡単に俺の意思を伝えてくれるはずもなく、瞬時に体勢を戻せない俺の目を春蘭は一瞥。それだけで受け取ってくれたものがあるのだろう。
 七星餓狼を構えると、体勢を戻せないままの俺へと向けて一歩。そののちに剣の腹が俺の腹部目掛けて振るわれた。それで終わり。───普通なら。

「っ……くおっ……おぉおおおっ!!」

 右腕は弾かれた状態のままに痺れ、戻せない。
 ならば左手だと、剣の腹を左手で受け止めて衝撃を吸収──────…………あ。氣、全部木刀にギャアアーーーーーーーーーッ!!!!


───……錐揉みしながら見上げた空は、落ち着きがなくて二度と見たくないと思った。


 で……。

「げっほっ……! つぁっ……はぁ〜〜っ……! け、結局っ……負ける、わけか……!」
「………」

 ───地面に倒れる俺と、立っている春蘭。
 ただし春蘭の手には七星餓狼はなく、彼女の足元に落ちていた。
 今出せる渾身だ。なんとかもう一度、手を痺れさせることくらいは出来たんだろう。
 理屈や技術で攻めてみたって“敵わない本物”っていうのは、やっぱり強いなぁ……。

「おい北郷」
「はっ……ん、んー……? なん、だぁ……っ……?」
「貴様は力をつけてどうしたいんだ? 強くなったところで、平和な世では持て余すだけだぞ」

 そう言いながら、痺れていようが構うものかと無理矢理動かして七星餓狼を拾う。
 そうしてから俺が倒れる横にどかりと座って、横を……春蘭の方を向いた俺の眼前の地面に七星餓狼を突き刺す。
 ……思わず「うひぃっ!?」て悲鳴が漏れた。勘弁してほしい。

「“強くなってどうする”かぁ……恩返しがしたいかな」
「恩返し?」
「そ。いっつも守ってもらってばっかりだったから、いつかほら、たとえば春蘭が体調不良を起こしたとして、そんな時くらいは守ってあげられる自分になりたい」
「何を言っている? わたしは体調不良になどならんぞ?」

 本気できょとんとした顔で返された。
 どこまで自分の健康状態を疑ってないんだこの人。

「まあ……うん。もしもの話だって。俺の“国に返したい”っていうのは、ほんといろんな意味が混ざってるからさ。そんな場面になっても何も返せない自分でいたくないっていうのが大きな理由」
「……? よく解らんが、そうか」

 体調不良じゃなくてもたとえばほら、その。身篭った時とか。
 そうなったらなったで、俺なんかよりも秋蘭が群れのリーダーが如き野生味を発揮しそうな気がしないでもない。
 強いだろうなぁ……“姉者には指一本触れさせん”とか言って、殺気でも怒気でもない、ただ只管に冷静な眼光に睨まれて、気づいたときには心臓に矢が立っていた……! とか。
 想像したら怖くなった。やめよう。

「しかしまあ、今日はよくやった方だがわたしには勝てんなっ、そんなことではよく解らんが返すものも返せんぞ」
「そんな嬉しそうに言うなよ……これでも頑張ってるんだから」
「……おおなるほど、こういう時にあれは言うんだな?」
「……春蘭? なにが?」
「あ、あー……“結果を残せなければどれだけ頑張ったと言おうとも意味が無い”だっ!」
「《ぐさり》………」

 華琳からの受け売りなんだろうけど、物凄く刺さった。
 うう……もっともっと頑張らなきゃだめか……。いやそもそも不意を突いた行動以外で勝てる気がしないんだが。
 星も“隙を突くなどしないで勝てれば”だのどうのこうの言ってたけど、それをさせてくれないのがこの世界の武人だと、この北郷めは思うわけですよ。

「肝に銘じておくよ……。でも今は休みたいや……」
「そうか? よし、ならば華雄! 次は貴様だ!」
「フッ……望むところ!」
「休み無しかよ! 華雄も“望むところ!”じゃなくて! 春蘭、少しくらい休んだほうが───」
「んん? 多少手は痺れたが、こんなものどうということはないだろう」

 “何を言っているんだ”って顔できょとんとされた。
 え……? 俺……? 俺が間違ってるのか……? なんて思っているうちに、早速ぶつかり合う二人を見て途方に暮れる。広いね、世界。いやこの場合広いのか?

「この場合、広いのは武の世界ってことでいいのかな……」

 全然元気に剣を振るう春蘭を見るとさすがに少しショックだった。
 少し休めば動けるようにはなる。……なるけど、あそこまで休み無しっていうのは無理だよ。うん無理だ。

「はぁ……氣を練りながら休むかぁ」

 木刀に宿らせていた氣もいつの間にか散ってたし……なんにせよ、今は休憩したい。
 溜め息をひとつ、ぽてりと倒れて空を正面に捉えてから目を閉じた。
 眠れるようならこのまま寝るのいいかもしれない。心地いいとまではいかないものの、眠るには丁度いいだるさが体を包んでいるし。
 ……いや、汗拭かないと風邪引きそうだ、やめておこう。錬氣錬氣。


───……。


 疲れた体に鞭打ちながらの錬氣も終わり、いつもの木の幹に背を預けながら、元気に撃を連ねる春蘭と華雄を眺める。
 見ている分には“ああ、あそこはこう動いたほうが”とか“えぇっ!? そこはこうじゃっ……”とか思うものの、実際向かい合ってみればそんなことを考える余裕は生まれてくれない。
 迫力に飲まれるっていうのはああいう時のことを言うんだろう。
 頑張ってはみても、乱世を潜り抜けた武人の迫力っていうのはそう簡単に飲まれずに居られるものではなく、気づけばこう来たらこう動くって意識を手放してしまっている。
 そのくせ小細工は思いつくからなんとか頑張り続けてみるのだが、結局はどこかでポカをやらかして……まあその、空を飛ぶ。
 春蘭と華雄の動きを頭に刻みながら自分が戦うイメージを展開してみるものの、最後はやっぱり負けてるんだよなぁ……上手くいかない。
 さて、まあそれはそれとして。

「体力、よく保つなぁ」

 休み始めてから結構経つというのに、まだまだ元気に武器を振り回す二人を見る。
 持久力には自信がついてきたつもりだったけど、それはあくまで走りのほうのなのかも。
 まだまだ武器を振るうために使う部位の鍛えが足りないみたいだ。……どこまで鍛えればあそこまで戦えるのかは別として。
 と、自分が守れるようになる日ってのはいつの話になるんだろうって、本気で思い始めていた時。視界の端に見えていた通路をテコテコと歩く姿を発見。
 羽織に袴、胸にはさらしっていう、相変わらず寒くないのかって姿で歩いている。
 ……なんか機嫌がいいっぽい。にんまりとしている……つつけば猫耳でも出しそうだ。
 原因は手に持っている徳利だろうか。その顔があんまりにも嬉しそうだったから、声をかけるなんていう無粋な真似はせずに見送ると、やがて霞は通路の先へ───はいかず、中庭に下りてきた。
 ハテ?と思っていると、俺が座っているのとは別の立ち木に腰掛けて、模擬戦を肴に酒を呑み始めるじゃないか。

(……なるほど、よーするにいい酒と肴があったからにんまりしていたと)

 静かに飲みたい日の他に、激しく飲みたい日もあるようだ。
 楽しんでるみたいだし、やっぱり声はかけなくていいな。
 俺のほうも、今はちょっと女性に傍に居られたくない理由もあるし。
 全力の全力、思いつく限りの悪あがきをした達成感や興奮からだろうか……アレが大変元気になってらっしゃいまして。胴着の多少のたるみで誤魔化してはいるものの、気づかれたらいろいろとマズイ。
 錬氣しているうちにさっさと治まってくれればよかったのに、このある種の独立意思はぁああ……! こんな時こそ冷静になりましょうと構えたって治まりゃしないよもう……!

「………」

 いやいや冷静に冷静に。
 なにか楽しいことを考えよう。これ以上興奮してはいけませんよ北郷一刀。
 楽しいこと……あ、夢のことを考える〜とかでもいいよな。
 そういえば最近見た夢は───

「………」

 ───思い出した途端に、いうことを聞かなかったマイサンが治まりを見せた。
 ありがとう貂蝉、キミのことは必要な時には思い出す程度に忘れない。
 いや待て。それは“ありがとう”ってレベルじゃない。
 けど人はこうして知恵をつけていくのですねと、妙な知識を得たつもりになって空を仰いだ。大変な時は貂蝉を思い出そう。いろいろ間違っている気がするが、それはきっと支柱の道に繋がっている。そう勝手に思っておくことにして、呼ぶんじゃなく自分から霞が座る木の下へと歩いた。
 今日もいい天気。ただ座っているだけなのももったいない。そう思ったら、人の戦いを見ながら酒を呑むのも悪くないと思った。
 ……そう。思っただけだったんだが……。

「あのー……霞さん? どうして俺、木刀構えさせられてるのカナ」
「んー? なんでって、そらウチと仕合うために決まっとるやん」
「いやいやいやいや酒は!? さっきの上機嫌は何処に行った!?」
「上機嫌やからこうして得物構えとるんや〜ん♪ ほら、なっ? はよやろ一刀っ!」
「う、うううっ……! 乳酸が勝手にエネルギーになる体が欲しいよぅ!」

 どういうわけかもなにもなく、戦いを見て酒を呑んだらじっとしていられなくなった霞に誘われるまま、いつの間にか霞と向かい合っていた。
 そして叫ぶ言葉は人体への挑戦と言ってもいいようなワケの解らない言葉であり、一言でいうなら“何故こんな事に……俺は間違っていたのか?”的ななにかな状況だった。
 誰か僕に乳酸をエネルギーに変えるクエン酸をください。

「やるからには全力で……! 覚悟、完了!!」
「よっしゃいくで一刀ぉっ!」
「来いっ! 霞ぁああっ!!」

 しかしながら一度覚悟を決めて構えてしまえば引くことはせず、地面を蹴ってぶつかり合う。錬氣が済んでいたこともあり、正面から全力で。
 筋肉は脱力させながら、氣で体を動かすなんて無茶を試したりもして居合いの精度や加速の精度の向上を図ってみるも、いつかじいちゃんが言っていたのと同じだ。
 秒とかからず納刀することは難しく、いくら手を鞘代わりにしたところで“戻す動作”は隙になる。ただでさえ相手は武人なんだから、自ら隙を作る動作は命取りってやつだった。
 ならば納刀も加速させてととことん工夫を重ねて、これでもかというほど打ち合った。

「おぉおお! 一刀それなにっ!? なになにっ!? 木刀光っとるよ!?」
「ただの小細工だ!」

 氣を二種類持っているだけで、武人ではない自分が出来る限りを尽くす。思いつく限りをとにかく詰め込むという意味で、総じて小細工と呼んではいるものの、あんまりいい印象じゃないよなぁこの呼び方。
 そんなことを小さく考えながら、春蘭にもやったように加速居合いや錬氣集中木刀での攻防を続ける。威力は増すものの、やったあとに隙だらけになりすぎるのはどうかなぁ。
 轟音を高鳴らせ、守りの構えを取っていた霞を、その守りごと体勢を崩してやることに成功───したまではよかったが、木刀に全ての氣を込めてしまっているために加速によって振り切られた木刀はそう簡単には戻せない。
 そうこうともたついているうちに霞が先に体勢を戻してしまい、あっさりと敗北を味わってしまう。……上手くいかないものである。

「うわー……まさか守りが弾かれるとは思わんかったわ……。威力だけは一級やな」
「……“威力だけ”はなぁ〜……」

 立っている霞を、倒れながら見上げる俺の図。
 言われるまでもなく解ってはいるものの、これがまた上手くいかない。
 木刀が当たった瞬間に氣を戻してみる? いや、それはなかなか難しい。
 じゃあ木刀に込める氣をもうちょっと抑えるとか……いやいや、そうすると加速の流れが上手くいかない。
 せっかく編み出してみても持ち腐れじゃあ意味が無いよな、うーん……。

「ん、よしっ!」

 跳ね起きて早速構える。
 木刀に蓄積された氣を体に戻して、加速の工程から木刀への蓄積までを一気にやってみてからハイここで氣を戻《ビキィーーーーン!!!》

「ウギャワオエァアアーーーーーーッ!!?」

 ───そうとした途端、関節に物凄い負担がかかって絶叫。 
 考えてみれば散々な加速で存分に早くなった肩から先だ。それを無理に戻そうとすれば、いつか華雄にやってみせた疲れを蓄積させるアレの負担が一気に襲いかかるようなもので……!

「っ……! 〜〜〜っ……っ……っ……!!」

 あ、だめ、痛すぎて言葉に出来ない。
 A案、“氣を無理矢理戻して体勢を立て直す”は却下で。

「あほぉっ! いきなりなにやっとんねん! なにやりたかったんか知らんけど、体壊すようなことしとるんやったら承知せぇへんで!?」
「〜〜〜っ……ふぐっ……い、いやっ……ぐすっ……! 今のはちょっとした失敗で……」

 お……おぉお〜〜……痛かったぁあ〜〜……!! 腕もげるかと思った……! あまりの痛さに素で涙が出たよ……!
 と、腕をさすりながら本気で思う。
 ああでも、腕は痛かったけど本気で心配してくれる霞にありがとうを。
 まるで自分のことみたいに怒ってくれた。

「ふっ……ふっ……ふぅうう……!!」

 徐々に引く痛みに安堵して、屈めていた体を起こす。
 そうしてからまた木刀を構えると、もういっそ戻そうとしないで回転してみたらどうかというB案を実行。

「振り切る速度に逆らわず、そのまま回転!」

 それはあたかも“某・龍の閃き”の二撃目が如く。
 加速した体を、木刀の遠心力に乗せてギュルリと回転! …………隙だらけだった。
 痛みもなく勢いを殺せたけど、これじゃあなぁ。霞の時みたいに相手が受け止めてくれたなら弾けるだろうけど、避けられたら死になさいって言っているようなもんだ。
 確実に当たる状況じゃなければ是非とも出したくない……自分でやっておきながら、なんとも穴だらけな技だった。
 そんな俺を見て首を傾げた霞が、酒を杯に注ぎながら訊ねてくる。

「なぁ一刀? さっきから何しとるん?」
「え? いやほら、霞も言ったろ? “威力だけは”って。だからさ、なんとか威力だけじゃなくて隙も無くせないかなって」

 言いながらあーでもないこうでもないと構えから氣の移動に至るまで、いろいろと工夫してみる。木刀に行った氣を、今度はそこから足の爪先に至るまで加速させてみるとか? そうすれば回転してから正面向く時間も短縮出来たりとか……いやいやむしろ回転しながら軽く跳躍して……いや待て、その場合だと相手の武器を弾いても追撃出来ない。
 むむむ、これは難しい。
 あ、じゃあ弾いて戻せない木刀の代わりに蹴りを放ってみるとか。
 丁度いい遠心力がついてるから、威力にも期待できるかも。体勢がちょっとアレだけど。
 ……躱されたら素直に倒れるだけだろうな。
 だったらもう木刀を振り切るのと一緒に剣閃でも出してしまおうか。
 そしたら弾くのと一緒に相手を吹き飛ばせて、で、俺は氣が枯渇して動けなくなると。
 ……ダメだこれ。

「うー……こりゃ難しい。頭の中じゃあもっと上手くいく筈だったんだけどな」

 反動のこととか考えなさすぎだった。
 まさか泣くほど痛い結果になるとは……。

「ん……霞、今日これから用事とかあるか?」
「ウチ? んや、昼までで終わった。やからこうして酒持って肴探しててん」
「あ、なるほど」

 仕事があろうがそこに酒があれば手を出しそう、と考えてしまったのは黙っておこう。
 けどそっか、用事がないなら……。

「じゃあこれから鍛錬に付き合ってもらっていいか? いろいろと工夫したいものがいっぱいあってさ」
「おー! やるやるっ! 一刀と戦っとると退屈せぇへんもん! ま、贅沢ゆーたらもちっと強なってほしいけど」
「ははっ、だから、これからするのが“もちっと強くなるため”の鍛錬だろ?」
「おお、そういえばそやったな。じゃ、やろやろー!」

 言うや、なみなみと杯に注いだ酒をぐいっと呷って、下ろす動作と一緒に流れるように杯を投げ……たら割れるので、いそいそと木の幹に置いてから改めて構えた。……あ、ちょっと顔赤くなってる。酒の所為だけじゃないよな、うん。
 
「いいか?」
「ふふーん、いつでも───やっ!!」

 にっこり笑顔で言うや、地を蹴り飛龍偃月刀を振るってくる。
 範囲は“下がっても直撃”───なら詰める!
 思考も半端に決断して前へと踏み出す。同時に下から上へと弧を描く木刀が飛龍偃月刀の軌道を逸らし、えっ、と戸惑う霞の顔が勢いのままに眼前に。
 ぶつかるわけにもいかず、俺はそのまま霞を抱き止めると仕切り直しを要求した。
 霞自身、こうも軽く逸らされるなんて思っていなかったんだろう。ぽかーんとしつつも何処か赤らめた表情で、仕切り直しのために距離をとっていた。
 俺もちゃんとしないと。
 勢いを付けすぎて、逸らしたはいいけど次に繋ぐ手を思い付けなかった。
 注意することをもう一度纏めて、仕切り直そう。
 注意すること、気になったことは───

(…………いい匂いで、柔らかかった)

 ───じゃなくて! ああもう落ち着け俺ぇえっ! 煩悩退散っ!
 どーしてこういうのって我慢するって決めた途端に気になりまくるんだよもぉおおっ!!
 “でもちょっとくらいなら”禁止! 今は鍛錬に集中だ!

「しぃっ!」
「ほっ!」

 キッと睨み、地面を蹴り弾いて疾駆。
 “いつでも”を謳った通り、いくぞとも言わずに襲いかかっても完全に反応してみせた。
 しかも俺がさっきやったように、こちらの撃の軌道を逸らしてくる。
 ならばと木刀が逸らされた方向───霞の左側へと自ら跳ぶことで、絡め取られかけた木刀を引っ込めることに成功する。───も、そんな俺を横目に見た霞は笑い、木刀を引っ込めた俺へとそのままの体勢で横突きを仕掛けてくる。
 着地したばかり、引っ込めたばかりと、状況的に言えば悪条件しか揃っていないこの状況で、左手に氣を全力で集中。刃に手を添えることで無理矢理逸らし、なんとか成功を確認した時には一瞬引っ込めた偃月刀がもう一度俺へと襲いかかってきていた。
 それをもう一度左手で弾き、弾き所が悪かったために多少切れた手を庇うこともせずに後ろへ低く跳躍。即座に追ってくる霞を迎え、着地するより先に左手から全身に逃がした氣でもって応戦開始。
 突きを払い、横薙ぎを後方へ跳ぶことで避け、繰り出した突きが逸らされ、踏み込みと同時に振るわれた大振りの払いを跳躍で躱す。体重を乗せた振り下ろしが斜に構えられた飛龍偃月刀を滑り、ならば武器ごと押し退けようと着地と同時に込めた力を利用され、位置を入れ替えられた。
 たたらを踏みかけた俺へと容赦無く振るわれるは剛撃。それを地面に向けて低く跳ぶことで避けるというよりは逃げ、その過程で地面に手を付き思い切り氣を弾けさせることで跳び、両の足で着地してからは再び疾駆と衝突。

(錬氣も慣れた。体も大分動くようになったし、柔らかくなった。足りないのは氣の動かし方だ……!)

 そうしなければ大怪我を負うって状況を利用しての集中力は、自分で言うのもなんだけど相当なものだった。
 だからこそここで、出来るだけイメージを掴んでおく。
 願った場所に瞬時に氣を送る。
 ソレくらいの“小細工”が出来ないと、いつまで経っても最後は結局負けてしまう。
 だから出来る努力は出来るうちに───!!

「くっ……おぉおおおおおおっ!!」

 回転を上げる。
 危なっかしく攻撃を避けたり逸らしたりを続けると、霞もどんどんと面白がって回転を上げていく。俺がどこまでいけるのかを楽しんでいるのだろう。
 それは俺も知りたいところだから望むところ……なんだが、つっ……次に行くのが早っ……!? ちょっ……待っ……! ───否! 生ける……もとい、行けるところまで行く!!

「とわっ!?《ガッ!》」
「おっ!? ここまで弾くかっ! ならこれで───どないやっ!」

 危ないところを寸でで弾く……と言えば格好はいいが、こんなもの、夢中で振るった柄がたまたま弾いてくれただけだ。
 次が来る……いや、もう来てる! 弾く……どうやって!? 避ける……間に合わない! 後ろにっ! いやっ! 前にっ! けどっ!

(自分を信じるなら───前!!)

 一歩を踏み出す。
 意思っていう信号が間に合ったのはそれだけ。
 木刀を構えるって反応は間に合わず、俺は振るわれる偃月刀に自ら跳び込んだ。
 ……それだけだ。
 斬られることは確実に回避できたが───……あー、なんだ、ほら。空が蒼かった。
 ほんと、それだけ。
 大地に受け止められるまでに今回のことを軽く纏めようと試みたが、その途中で強い衝撃と「げぺうっ!?」というヘンテコな悲鳴で中断された。その“ヘンテコ”の部分が自分の声だと気づいたのは、頭を抱えて転がり回る自分が、痛みから解放されたあとだった。
 すぐに慌てた風情で霞が駆け寄ってくれたけど、さすがに頭から落下はまずく、しばらく立てないでいた
 霞さん曰く、「あんまりにもついてくるもんやから途中で加減忘れとった……」だそうだ。
 ……勘弁してください。




ネタ曝しです。  *乳酸が勝手にエネルギーになる体が欲しいよぅ  赤い血の流れる体が欲しいよう  サガフロンティア、生命科学研究所より。  このゲームのBGM“ALONE”が大好きです。  しかし兄らは当時、「どこがいいのか解らない」と口々に。  大丈夫、解ってくれる人は居る!  あ、同じく“何故こんな事に……俺は間違っていたのか?”もサガフロです。  *某・龍の閃き  ヒテンミツルギスタイル。天翔龍閃ですね。  読み方、“てんしょうりゅうせん”のほうがよかったんじゃあ……と今でも思います。  62話をお届けします、華琳を書きたい凍傷です。  ダメ、都合上他国に行かせてても書きたいです。  でもなんだかんだで一刀が居てこそ映える気がするみなさま。  難しいですね、物語って。  ここ二・三日、パソ初期化でいろいろやっておりました。  Win7っていろいろ面倒なこと多くて困ります。  その分いいところもあるんですけど、ウムムー。 Next Top Back