108/料理は愛情。スパイスには空腹をどうぞ

 花火でも打ち上げたい気分の朝が来た。
 今日はそう、三国が集まり親睦を深める日、三国の会合! …………ではない。
 何故ってそんな、辿り着いた他国のみんなをいきなり祭りに招くなんて無茶だ。疲れた人には休息を。これ大事。それ以前に、大声で祭りを始めようと叫んではみたものの、用意はまだまだ完全じゃない。主に料理とか料理とか料理とか。
 そもそも他国の客はまだだ〜〜れも到着していないのだ。
 なので、俺は凪と思春、警備隊のみんなとともに城門前に立ち、同盟国の到着を待っていた。国境を越えたことは、前に早馬で知らされている。大袈裟だとは思うだろうが、こういうのは迎える気持ちが大切だ。だからこそ通ったら報せてほしいと書を送り、その通りにしてもらった。
 今度暇が出来たら、国境の兵にアイスでもご馳走しよう。

「報せによれば、こっちに向かってるのは季衣と流琉、祭さんに紫苑に───朱里と雛里だったよな」

 言葉に合わせ、確認するように指折りで数える。
 どうしてみんな一緒じゃないのかを考えたが、恐らくどころか確実に料理のことだろう。流琉が来てくれるだけで随分救われるし、紫苑は一児の母だから料理にも期待出来そうだ。朱里と雛里とは一緒に料理(饅頭だけど)を作ったこともあったし期待が持てる。となると祭さんは………………ど、どうなんだろ?なんとなく豪快な料理を作ってくれそうな予感はするものの……うーん。
 ああいやいや、せっかく来てくれるっていうんだし、そもそも呉が安心して送ってくれる人物! 腕に自信があるに違いない!

(酒のつまみを作らせたら天下無双とか! …………本気でそうなんじゃないかって思ってしまった)

 あれ? それってもしかしなくても、紫苑も同じなんじゃあ……?

(……料理が酒のつまみだらけになったらどうしよ)

 これからのことを考えて、少し頭を痛めた。
 そうしている内に、遠くの景色に見える動く影。
 俺が凪や思春に「あれ、かな」と確認を求めると、「恐らくは」と返してくれる。
 いよいよ宴が始まる。
 料理方面がひどい有様だから、料理が出来る人が戻ってくれるのはある意味、英雄の降臨とも受け取れた。悪じゃなくヒーローの登場を心待ちにする子供達の気持ちがよく解る。都合がいいよね、人間。
 一応街の料理屋に話を通してあるから、飛びぬけて美味しい料理ではなくても用意だけは出来る。問題なのはそれを華琳が認めるかどうかなわけで。だからこそ華琳が認める料理の腕を持つ者……流琉が居ないことは不安以外のなにものでもなかったのだ。
 各国の王や将に出す料理を頼むなんて話をした時の、料理店の面々の顔を俺はきっと忘れない。お偉いさんに出す料理ってだけでも緊張するっていうのに、そこにきて自国の知る人ぞ知る、味にうるさい曹孟徳さまが食べる料理を作るというのだ。下手を打てば店が潰れかねない。
 なので余計な一言かもしれないが、言葉を贈らせてもらった。
 “とにかくやたらと食べる人が何人か居るから、味付けはしっかりしながらも量を多めにしてほしい”と。相手にとっては質より量だって言われた気分になるだろうと、怒られること覚悟で言ったものの……誰もが一様に安堵の息を吐いていたのは記憶に新しい。むしろこちらが溜め息を吐いた。
 華琳の料理へのうるささも、もう少しなんとかならないかなぁ。
 ……まあ、それはそれとして。

「人を迎えるのって妙にドキドキするな……」
「解る気もします」

 俺の言葉に返事をする凪は、どこか慣れた風だった。
 そりゃそうか、俺なんかよりもこういうのには慣れているはずだ。俺が居ない時なんかは、会合の度に各国の王や将をこうして迎えていたのだろうから。
 俺も早く慣れないといけないよな。よ、よし、どーんと構えてどーんと迎えよう。
 迎える時はなんて言おうか? え、ぇえええ遠路はるばるようこそイラ、イラララ……! ライラァーーーッ!! ……じゃなくて!

「……隊長。とりあえず肩の力を抜いてください」
「うぐっ……わ、悪い……」

 傍から見ても挙動不審だったようで、凪が少し困った顔で言う。
 小さく謝ると、自分も最初はそうでしたと言ってくれて、ほんの少しだけ救われた気分になった。単純だなぁ俺……。
 けどそうだな、最初から完璧にこなすなんて…………華琳なら平気でやりそうだ。
 こんな気持ちを解ってくれる王が居るとしたら、それはきっと桃香なんだろう。だって雪蓮の場合、全部冥琳に任せて酒飲むかどっかで遊んでそうだし。
 ……その遊びが、民との交流だって解った時は随分と感心したもんだけど……どっちにしろ仕事サボってる事実は変わらないんだよな。

「ところで……待つのはいいんだけど、相手がこっちに気づいてからここまで辿り着く間の空気って、こう……なんだろ、えーと……ああ、うん。少しだけ気恥ずかしいよな」
「……よく解ります」

 口にしてみた言葉に、しみじみと頷く凪。
 「だよな」、なんて俺も頷いて、遠くからこちらへ向かう集団を待った。
 ええっと、まずはなんて言おうか。久しぶり? ようこそ? いやそれ以前に季衣あたりが一人で突っ込んできそうな気がする。ただいまーとか言って。
 もちろんそうしてきたら、こちらも迎えるだけなわけで……うーん。とか思ってると、予想通りに一人だけ砂塵を巻き上げ突撃してきた! 手を振って、春蘭の話では百里を軽く走るその足でズドドドドと!

「……なんだかとっても嫌な予感が沸き出てきたんだけど……」

 このままだとあの勢いのままに抱きつかれて、耐え切れずに宙を舞って地面をバキベキゴロゴロズシャーと転がりすべることに……い、いやいや、まさかそんな、あのまま抱き付いてきたりとか………………しないよね?
 そんな不安をよそに、その元気な姿が確認出来るほどに近付いてきた季衣は、より一層速度を上げ───“俺のみ”をしっかりと目で捉えて走ってくる。

(今こそ好機! 全軍討って出よ!)
(も、孟徳さ───死ぬよ!!)

 せめて防御体勢で行こう!? こっちからも突撃したら吹っ飛ばされるの俺だけだよ!
 でも避けたりしたら、せっかく元気に戻ってきた季衣を悲しませることになりかねない。こんなこと思う時点で俺ってやつは馬鹿なのだろう。
 ああもう馬鹿で結構! 大事な奴らが悲しそうにするくらいなら、一時の痛みがなんだ!

「覚悟、完了───!!」

 胸をノックして大地をしっかりと踏みしめて構える!
 途端に凪と思春がささっと俺から離れて───ってあれちょっと!? それってあんまりなんじゃ───なんて思った直後に、衝突事故でも起こしたかのような衝撃が俺を襲った。
 見えたのは蒼空。
 それと、二本のエビ春巻……もとい、季衣の髪だった。

「くぅあ……っ!」

 しかしこのまま倒れては、客人を迎えるというのに砂まみれ。
 なんとか無理矢理体を捻って体勢を変えると、強引に地に足をつけて踏み止まった。

「おー、兄ちゃんすごいっ」
「げほっ……! す、凄さを見せなきゃっ……コケるような体当たりなんて……うぐっ……や、やめような、季衣……!」

 そう言いながら、胸に抱いた少女の頭を撫でるが、その時点で咳き込んだ。
 腹への衝撃が強すぎた。
 ううっ……少し酸っぱいものが込み上げてきた……。

「ともあれ、おかえりだな、季衣」
「えへへー、うんっ、ただいま兄ちゃんっ」

 元気に返す季衣をもう一度撫でて、こうなることが読めていたとばかりに道を空けていた警備隊に元の位置に戻ってと頼んで、それから自分も戻る。
 途端に思春に顔色が悪いと言われたが……腹にあんな突撃されれば悪くもなる。
 そんなやりとりをしている内に遠くにあった影も鮮明になり、懐かしい面々が到着を果たした。

「兄さま、ただいま帰りました」
「おかえり、流琉。ご苦労さま」

 まずは案内として歩く流琉に言葉を送り、すぐ後ろの祭さんに視線を移す。
 目が合うや穏やかに笑み、こちらへ歩み寄ってきた。……馬からは既に下りていて、警備隊が馬を預かって歩いてゆくのを見送った。

「おう北郷、久しぶりじゃのう」
「祭さんっ、久しぶりっ!」

 そんな祭さんに俺も笑顔で応えると、穏やかだった笑みがニカリといった笑みに変わり、バシバシと背中を叩かれゲッホゴホッ!? つ、強ッ! 相変わらず容赦無い!
 背中を庇いながら祭さんと向き合うようにして、痛みが治まるのを少し待った。祭さんは「なんじゃだらしのない」なんて言ってるけど、あんなにバシバシ叩かれて平気なのがおかしいんだと思いたい。

「うふふっ、相変わらずのようでなによりですね」
「けほっ……はは、紫苑こそ。長旅お疲れ様」

 祭さんの横で、紫苑が俺を見て頬に手を当てて微笑む。
 俺もそれに笑顔で返すと、その後ろに居る朱里と雛里と、将ではない人達に目を向ける。というか、誰もが見た顔だったから見ずにはいられなかった。なにせ、呉でも蜀でもお世話になった料理人の面々だったのだ。
 どうやら予想通りに料理が上手い人を送ってくれたようで、どたばたしてた最近を思うと心が救われる錯覚さえ覚える。……覚えるけど、大丈夫なんだろうか、自国の方は。

「はわわわわわかかかっかかか一刀しゃん! ほほほ本日もお日柄よくーーーっ!?」
「あわわ……わざわざのおでむかえ、たた、たたたたいへんありがたく……!」
「……ええと、とりあえず落ち着こうな、朱里、雛里」

 なにをテンパっておられるのか、蜀が誇る二大軍師様に顔を赤くしながらの挨拶をされた。なのに、落ち着きなさいとばかりに頭を撫でるとピタリと停止。……慌てた風情は一気に吹き飛び、ただただホヤーとした嬉しそうな顔がそこにあった。
 ……なんだろうか。俺の手には沈静作用でもあるのか?
 や、それは置いておくとしても、この二人まで先に来ちゃって本当に大丈夫なのか? ダメだって言うつもりはないけど、なにせ魏以上にドタバタ率の多い国だ。国から国へと移動するだけでもひと悶着もふた悶着もありそうなんだが……。
 そんな切ない気持ち(?)を伝えるかどうかを頭の中でなんとか纏めようとする俺へと、祭さんがやっぱりニヤリと……どこか嬉しそうな顔で見て言う。

「ほお? 随分と氣が鋭くなっておるのぅ。変わらず鍛錬は続けておるようじゃな」

 いや、顔どころか足から頭までじろじろと見られた。
 で、見たら見たでバシムバシムとまた背中を───って、だから痛っ! 痛いっ!

「いっ、いろいろとっ、揉めっ、事はっ、あったけっ、どっ! 一応……ていうか返事くらい普通にさせてって!」
「頑丈になっているかを調べておるんじゃろうが。ふむふむ……氣は鋭くはなっておるが、体の方はそうでもないのう」
「え? ……祭さんまで」

 祭さんに言われた言葉に少し焦りを感じる。
 なにせ、先日街角で偶然出会った、町人の具合を見ていた華佗にも同じことを言われたからだ。“鍛錬しているわりに、氣が研ぎ澄まされるばかりで筋力はそう変わっていない”って。ぜえぜえ言いながら鍛錬している身としては、相当にショックだった。
 筋力は鍛えても無駄だから氣だけでなんとかしろって言われたようなもんだよ、これ。

「華佗にも同じこと言われたんだけど……おかしいなぁ」
「呉に居た頃と同じ鍛錬をしているのか? ……おう興覇、お主の目から見てどうじゃ」
「呉に居た頃よりも鍛錬の質自体は上がっています。が、瞬発力の向上は見られるものの、それが筋力向上によるものかと言われれば否です」
「あの……思春? 恥ずかしいから即答で人の個人情報を喋らないで……」

 祭さんの質問に目を伏せながらペラペラと喋る思春にツッコミ。
 隣で凪も止めようとしてくれていたんだが、止める前に言い切ってしまった。
 神様……この世界に、俺のプライベートなんてものは存在しないのでしょうか。
 そりゃ、自分の時間を軽く潰すくらいで誰かが笑ってくれるならとは思うけどさ。

「弓の方はどう? あれから上達したのかしら」
「《ぐさり》ヴッ……」

 とほーと溜め息を吐きそうになったところへと、紫苑からの追い討ちが突き刺さった。
 そうなのだ。
 氣ばかりが上達して、他の技術のなんと向上せぬことよってくらいに、俺ってやつは技術的ななにかが成長しなかった。
 いや、もちろん蜀に居た頃よりは上達してるぞ? なんだかんだで秋蘭は教えてくれるし、俺だって時間が取れれば練習する。…………そうすれば必ず上達するなら、まだ救いはあったんだよなぁ。
 才能問題にするのはまだまだ早いだろうが、こうまで上達しないとヘコムよ……。

「なんじゃ、まだもたもたしておったのか。ならば、その多少の上達を儂の技で塗り替えてくれよう」
「それは見逃せないわね。わたくしも弓術ならば譲れないものを持っているから」
「んん? なんじゃ紫苑、儂と張り合おうという気か」
「……あれ?」

 弓のことになるや、急速に場の空気が低下していった。
 これから楽しい準備期間が待っているというのに、何故こんなことに───とか考えてる暇があったら止めよう!

「あぁほら二人とも! 今は俺の弓のことよりも祭りの準備をさ! ほらっ!」
「……というかじゃな、北郷。招かれる筈の儂らが何故に用意をすることになったんじゃ」
「え? 何故にって。今回の会合ってそういうものなんじゃないのか? 祭りに招かれるっていうよりは、みんなで祭りをするって……」

 てっきりそうだと思ってたから、招かれる人物にも疑問を持たずにこうして待ってた。
 だからそのー……え? ち、違うのか!? 違うなら相当に恥ずかしいんだが!?

「もう……祭さん? そんなに一刀さんを苛めては可哀相よ」
「はっはっは、北郷、そう慌てるでない。準備のことについては話を聞いておる」
「へ……?」
「ちょいと突けば不安になるところも変わらずか。もっとうだうだと悩まずにズバっと答えられるようになれ。それが男子というものじゃろう」
「………」

 いや……だってそんな、来訪したお客さんにいきなりからかわれるだなんて、誰が予測するのさ。
 どうやらからかわれたらしい俺は、少しだけそんなことを考えながら、「あれはあのお方の癖のようなものだ」と、気にするなとばかりに肩を叩いてくれると思春。そして「案内を続けましょう」と、何処か遠い目で俺を促してくれる凪とともに、歩き出した。
 そんな凪の顔を見たら……うん、凪も散々からかわれたりしたんだろうなと、自然に理解してしまった。思春も祭さんには振り回された経験があるらしく、ここに……奇妙な一体感が生まれ、俺と凪と思春は同時に溜め息を吐いた。

「ん、よしっ」

 しかしながらいつまでもそのままというわけにもいかない。
 気を取り直して、話しながら城までを案内した。
 むしろ門の前で馬から下りること自体が想定外だった。馬を連れて行った警備隊の連中だって困惑していたくらいだし。街の門から城までは結構あるのに……それでも他国のみんなは嫌な顔ひとつせず、料理のことについてを元気に語ってくれた。……主に俺に。

「隊長は……他国で随分と人脈を広げていたのですね」
「学校の知識提供だけじゃなくて、他のことに関しての知識提供やボランティアもしてたから」

 ひっきりなしに話を振られる俺を、妙に感心した様子の凪にそう返す。
 ボランティアで多かったものの中には料理店の手伝いなんてものもあり、そうやって出来た人脈が今こうやって役に立つ日が来ている。そんなことに、顔を小さく緩めだ。

「なるほど、呉では策殿に引っ張られてではあったが、蜀では自ら走っておったか」
「ええ、ふふっ……噂とはまるで違うから、別人かと思ったくらいよ」
「悩んでいる時の顔なんてとくに素敵なものでした《キリッ》」
「ね、朱里ちゃん」
「? 朱里に雛里、なんか言った?」
「はわっ!? いぃいいえいえなんでもないでしゅっ!」
「な、なんでもない、ですぅ……!」
「……?」

 悩みがどうとか聞こえた気がしたんだが……少し早口っぽくて聞き取れなかった。
 首を軽く傾げていると、隣を歩く祭さんが笑いながら言う。

「かっかっか、そうした行動が自ずと出来るならば、策殿に振り回された日々もそう無駄ではなかったか」
「いや祭さん? あれが無駄だったら俺、なんのために呉に行ったか解らないよ」

 こういった話がしたかったから門前で降りるなんてことをしたのだろうか。
 祭さんと紫苑、朱里と雛里は笑顔のままに他国での俺のことを語り、凪がそんな話に夢中になり、思春が二人で居た時の俺のことを、祭さんに問われるままに喋って───ってちょっと待て!? なんで俺の話になってるんだ!?

「い、今は会合の話をするべきでしょ! 俺の話はいいから、もっとこれからの準備のことを話そうって!」
「なんじゃつまらん。城に着くまでは好きに語ってもいいじゃろが」
「拗ねた顔で可愛く言ってもダメっ! 凪もそんな、俺のことを教えられたからって教え返さなくていいから……!」
「い、いえ自分はその……」
「うふふ、そんなに照れなくてもいいのに」
「街の中で自分のことを笑いながら話されれば誰だって照れるよ!!」

 いつかのように紫苑に頭を撫でられ、驚きながらも返す。
 気恥ずかしさで妙に声が大きくなったときには時既に遅く、他国の客を一目見ようと出てきた町人達の前で、客に向かって大声を張り上げてしまった俺の完成だ。……なのに紫苑に頭を撫でられ続け、祭さんには笑いながら背中をバシーンと叩かれ、朱里と雛里に励まされ、凪と思春には小さな溜め息を吐かれる俺を見て、町人たちは“なんだいつものことか”って感じに何事もなかったように、他国のみんなを迎える言葉を元気に放っていた。
 ……えーと、俺の魏での扱いってこんなもんですか? ……こんなもんでしょうね。考えてみると、いつもとあまり変わらなかった。
 魏での騒ぎでもほぼ巻き込まれて騒いでの連続だ、そりゃあ町人だって慣れる。
 加えて他国でも手伝いやらなにやらをしていたって話はみんな知っているのだ。他国でも相変わらずだったのだと、逆に暖かな目で見送られてしまった。
 ……これ、喜んでいいのかなぁ……。


───……。


 そうこうしている内に城に着き、迎える王の代理として春蘭が祭さんや紫苑や料理人達を迎え、それが済めばひたすらに準備。
 準備といっても不安要素は料理だけで、後のことはほぼ滞り無く進んでいるはずだ。しかしながらやはり到着したばかりの人に、すぐに手伝ってもらうわけにはと遠慮した……のだが、むしろ来てくれたみんなは準備をしたくてうずうずしているようで、俺の心配に向けてあっさりと笑顔で返して準備を開始した。

「料理人って逞しいよなぁ……」
「はい。ですがそれも当然です。逞しくなければ、何人もの客を捌けません」
「ああ、なるほど。それは確かに逞しくないと無理だ」

 穏やかに笑みながら厨房の様子を眺める凪と、小さく頷いてから凪と同様に厨房の様子を見守る思春。俺も二人に習って厨房の様子を見ることにした。
 そうしてじっくり眺めていると、料理人に混ざって料理をする祭さんと紫苑は、なんというか意外なくらい料理が上手かった。豪快ながらも繊細な祭さんと、穏やかさそのままに、けれど手際よく料理を作る紫苑。
 祭さんはポカーンと戸惑ったまま硬直する俺を見て、してやったりといった顔でにんまりと笑い、紫苑は普段通りの笑みでそのまま調理を続けた。
 出来上がってゆく料理は、どれも長く保存が出来るものばかりだ。
 保存───そう、保存。
 そっか、保存できるなら作ってもいいわけだし……寒剤とかも氷室に保存してあるから、そこを上手く利用してデザートでも多めに作っておこうか。朱里や雛里も、料理よりも菓子作りを担当しているみたいだし。

「よしっ、凪、思春、ちょっと手伝ってもらっていいか? あ、出来れば華雄も呼んで」
「手伝い、ですか。客人も迎えたわけですし、手は空いてますが」
「何をする気だ」
「うん。せめて一人一個ずつくらいは、デザートにプリンでも作ってみようかなって」
「……あれか」
「全員分となると、中々に大変なのでは?」
「大事なのは迎える心! お持て成しの心なんだから、なんとかなるって」

 そうなると牛乳を手に入れなきゃだから、足りない分は取りにいかなきゃいけない。それは少し面倒かなと、思った瞬間に面倒に打ち勝てるこの高揚感。やっぱり準備期間中のこのワクワクは、祭り中では味わえない何かがある。
 一人では面倒なだけかもしれないのに、みんなで何か一つのためにと走り始めると、これが案外止まりどころが見つからない。美羽と一緒に二胡と歌の練習もしなくちゃいけないのに、今はともかく動き回りたい心が強く、不安要素なんてあっさりと押し退け、気づけば俺は走り出していた。
 華琳がプリンやアイスを作るようになってからは、以前の邑から定期的に牛乳やらを仕入れるようになったため、牛乳はまだ蓄えてある。
 新鮮ではないものの、それは仕方の無いことだ。
 で、もちろんあの人数分作るとなれば、蓄えてあるものでは足りないと予想できる。
 だから、足りない分は取りにいかなきゃいけない。

「えーと……」

 行動は早かった。
 やってきてくれた他国のみんなが保存のきく料理を作る中、俺はあちこちに手配して材料を入手。華琳が既に独自のルートとばかりに仕入れを繰り返していてくれたお陰で、手配についてはあっさりと通り、現在は蓄えてあった材料を使ってのデザート作りが始まっていた。
 周囲からは暖かそうなよい香りが漂ってくる中で、こちらは朱里と雛里とともにひたすらに甘いもの作りだ。……うん、なんか場違いな気がしてならないものの、これはこれで大事だ。
 作るものはアイスにプリンといった定番もの。そして、他の氷菓子にも挑戦してみるつもりで向かった。しかしながら塩や醤油、味噌の匂いが強い厨房の一角で甘い匂いを漂わせれば、他の料理人たちも気になるというもので……気づけば祭さんや紫苑を含むほぼ全ての料理人がこちらをちらちらと見るようになり、手が空いた頃を見計らって覗きにきた。

「北郷、それはなんじゃ?」
「へ? あ、ああ祭さん、これはアイスだよ」
「あいす?」

 材料を冷やしながら混ぜる俺を見ての一言に、なんだかんだと集中していた俺は顔をあげて応える。聞き覚えのない名前に首を傾げるが、細かな理解は食べてみてからのお楽しみということで。

「そ。俺、料理だと普通の味しか出せないから、だったら普通じゃない味を出せるもので勝負をかけてみようかなってさ」
「ふむ。勝負をかけるとはまた、穏やかではないな」
「喜ばせたら俺の勝ちってところで、自分の中で勝手に勝負にしてみた。ていうか、穏やかではないとか言うわりに楽しそうだね、祭さん」

 どうにも子供のように目を輝かせている祭さん。初めて見るものには案外弱いのかもしれない。なので味見出来る段階にまでいったものをどうぞと差し出し、一緒に覗いていた紫苑と、同じく菓子作りをしていた朱里や雛里にも味見をしてもらった。

「ほぉお……これは甘い」
「これは、子供なら目を輝かせて喜びそうね」
『……!《ぱぁああ……!》』

 大人二人は意外な味を口に含み、驚きの表情を。そして朱里と雛里は紫苑が言うように目を輝かせていた。……子供ではないが、輝かせていた。しかしながら“美味しい”とは言っていないわけで、どうにもこう気になってしまったので……一応訊いてみる。

「どうかな、美味しいかな」

 祭さんや紫苑から見た今の俺がどういう様相だったのかは解らないものの、二人はどうしてか顔を見合わせて笑い、二人して人の頭を撫でたり肩をバムバムと叩いたりと……いや……な、なに? 俺なにかした?

「そうじゃのう……儂はもっとこう、濃い味付けがな……これでは酒には合わんじゃろう」
「是非とも酒から離れた考え方をお願いします。ていうかバニラエッセンスの代わりに酒が入ってるんだから、酒とは合うでしょ」
「こんなもん酒を入れた内にも入らんわ。もっと濃厚な酒の味がせねばな」
「それもうアイスじゃなくて牛乳混ぜて冷やした酒だよ!」
「ふふふっ……お酒が入っているのなら、逆に子供に食べさせる時は、もっとお酒を減らしたほうがいいかもしれませんね」
「あ……そっか、それはそうだ。じゃあお酒はもっと少なくしてと」

 いろいろと調節が難しそうだ。
 しかし料理ってのは面白い。
 工夫一つで完成品が随分と変わるんだから、やっていて飽きない。
 ただし工夫して成功する例は少なく、俺なんかは料理に余計な手を加えると不味くなる方だから困る。もっと上手く作れるようになりたいもんだ。
 苦笑を漏らしながら、次から次へとアイスやプリンを作ってゆく。
 その途中で他国でのことを秋蘭に報告しに行っていた流琉もやってきて、早速料理に取り掛かった。

「戻ってきたばっかりなのにごめんな」
「いえっ、逆に腕がなりますっ」

 おお、元気だ。
 疲れてるんじゃないかと思ったが、むしろ逆。
 自分が担当する厨房で仕事を始めていた他国の料理人に触発されたように、目に炎を燃やす勢いで調理を開始した。その手際は見事の一言で、あれよという間に料理が出来上がってゆく。
 きちんと保存のきくもので、温めればいつでも美味いものばかりだ。

「相変わらず見事な手際じゃのう。これは儂も負けてられん」
「ええそうね。じゃあ一刀さん? 少し味見を頼めるかしら」
「え? 味見って……」

 ソッと自分の頬に手を当てながら、「はい、あーん」と匙子で掬った料理を俺に差し出す……えぇと、紫苑さん? 味見って、見るからにも嗅ぐからにも美味しそうなのですが、それは必要なことなのですか?
 いやまあ、差し出されたなら食べるけどさ。
 食べ…………マテ。食べるのか? この“あーん”状態で? それ以前に差し出す前に俺に食べるかどうかを訊きません!? あ、訊かれたか。じゃあ返事を待ちません!?

「い、いや、食べるけど普通に食べさせて」
「ふふふっ……ええ、だから食べさせますよ?《にこり》」
「そうじゃなくて! 自分で食べるって意味で!」

 日本語ってややこしい! そして背後から言いようのない妙な気配が!
 後ろに居るのは凪と思春……振り向きたくない! なんだかとっても振り向きたくない!

「エ、エエトサァ!? そういえばこれだけ料理作ってて、他のみんなが到着する日まで保つのか《がぼっ》ふぐっ!?」

 喋り途中に、口に料理が突っ込まれた。
 匙子ごとガリッと噛みそうになったが、なんとかつるりと口に含むことに成功した。……代わりに唇を少し噛んだが。
 するとどうだろう、やわらかな味が口に広がり、思わず“ほぉう……”と溜め息を吐いてしまった。もちろん不味いから吐いた溜め息ではなく、美味さへの溜め息だ。
 最初に主たる味が広がり、次に調味料の味、そして隠し味と続き、最後に鈍い鉄サビの味がした。もちろん俺の血の味だった。それは当然のように置いておくとして、これは美味しい。

「へぇえ……上手いだろうなとは思ってたけど、料理上手なんだな」
「種類はそれほど作れませんけど、これくらいなら」

 俺の言葉に気をよくしたのか、笑みながらの返事だった。
 ……べつに気をよくさせたくて出た言葉じゃなかったんだけどな……普通に自然に口からこぼれた。ええと、なんて喩えればいいだろうか……あー……は、母の味?
 特別な味付けがされているわけでもないのに、こう……温度とは別の暖かさがあるというか。とにかく美味しい。

「ふむ。ならば北郷、儂のも食べてみろ」
「え? いいの?」
「儂が食べろと言っておる。遠慮はいらん」
「ん、それじゃあ」

 紫苑からの一口で味見に抵抗が無くなった俺は、口に突っ込まれた匙子を使って祭さんが差し出した料理を軽く掬う。まずは匂いを楽しんでから……あ、これ美味いや。匂いだけで解る。好きな分類の匂いだ。
 その流れでパクリと口に含んでみれば、なんとも味覚を刺激する味がじゅわっと一気に口内に広がり───う、うわっ! ご飯食べたい! これ滅茶苦茶ご飯食べたくなる味!

「……う、うまい……」

 だからだろう。
 ごくりと口の中の味を飲み込んだ途端、感想なんてものは勝手にこぼれていた。
 そんな俺を見た祭さんは、腰に手を当てながら満足そうに笑い、もっと食らえとばかりに俺に───

「って祭さん! これ会合用の食べ物でしょ!?」
「男子が細かいことを気にするでないわ。材料なら呉から沢山持ってきた。お主一人がどれだけ食おうが、そうそう揺らぐものか」
「揺らぐとかそういう問題じゃない気がするんだけど!?」

 言ってみても聞いてくれず、味見だった筈がどうしてかどんぶり飯まで用意された。
 そんな祭さんの行動を前に、どうしてか紫苑まで味見どころじゃない量の料理をドッカと卓に置いて、俺に座るように促す始末で。
 え……え? 今って食事時だったっけ……? そりゃあ腹はそこそこ減ってるけど、料理を作る筈がどうしてこんなことに……?

「ちなみに拒否は……」
「出来ん。作ったものがもったいなかろうが」
「……みんなで食べるって選択肢は」
「ええい、男ならばうだうだ言っておらんでガッと食べてみせい!」
「性別がどうとかって範疇を軽く越えてる量なんですけど!? あ、や、ちょっ、思春!? なんで無理矢理卓に座らせるんだ!? ……凪!? なんで料理を作り始めるんだ!?」

 テキパキと俺を卓に座らせる思春と、どうしてかキッと決意を込めた表情を見せて、料理を始める凪。逃げ出そう……とは思えない状況があれよという間に整ってしまい、さすがに唖然とした。
 座らされた卓の上、膝に握った両手を置いて肩を尖らせながら俯き考える。ただひたすらに、どうしてこうなったのでしょうかと。
 ちらりと祭さんや紫苑を見れば、ニコニコ笑顔でこちらを見ているだけだった。一方思春は俺の後ろに立ち、なんというかその……逃げ出せぬように門番をする鬼の如く、ひたすらに黙していた。怖いです思春さん。

(なんだろう……この、“この子は私の息子です”的な空気……)

 育ての親と産みの親とで喧嘩をして収拾がつかず、決定権を子供に託したかのような。

(……き、気の所為……だよな? 別に子供がどうとかって話じゃないし、ただ俺が美味いって言ったから振る舞ってくれてるだけで)

 さっきの弓の上手さに関することの延長では断じてないと信じたい。
 そして北郷よ、知りなさい。
 誰であろうと料理を振る舞ってくれるというのであれば、この時代……食いきらなくては食に対して失礼というもの。
 ならば何を戸惑う必要があろうか。
 俺はただ、材料に。そして作ってくれた人に感謝しながら食べきればいいだけなのだ。

(でも……うん、量に対しては戸惑っていいと思う)

 小さく自分の心に救いの手を差し伸べてみた。
 ……状況は一切変わらず、周囲の人の在り方も変わらない。
 代わりに小さく頭を抱え込みたくなるような状況な俺と、そんな俺を熱い溜め息を吐きながら見つめる二人の軍師さまだけが残された気分だった。

(いざ!《クワッ!》)

 どうせ変わらないなら食らうまで!
 美味しいことに変わりはないのだから、腹が壊れようが食べきってみせる!
 それが男だ任侠だ!!


───……。


 死んだ。
 もとい、ギブアップした。
 だって、食べてる途中で凪が辛い料理を、お世話になった料理人たちが一品料理をどんどんと完成させて、朱里や雛里までもが俺に食べてくれって菓子を突き出してきて……さすがに食べないわけにはいかず、それぞれを味わってみた時点でドシャアと顔面から卓に突っ伏した。
 ふふ……じいちゃん、俺……頑張ったよね……? もう、休んでもいいよね……?

「なんじゃ、だらしのない……」
「だらしないって問題じゃないと思……う、うぷっ……!」

 ふぅと溜め息を吐く祭さんだったけど、その顔は言葉とは裏腹にどこか楽しげだった。
 俺の背中をやさしく撫でてくれる紫苑も、なんだか手のかかる子供を暖かく見守る親みたいな穏やかな顔で……えぇと、この場合、俺が手のかかる子供ってことになるのか?
 俺、ただ逃げ場を塞がれてご飯を食べさせられただけなんだけど……。
 い、いや、そりゃあ美味かったし、自分の意思でがっつり食べた。凪や朱里や雛里、そして料理人のみんなが追加しなきゃ、きっと全部平らげてごちそうさまを言えた。
 でも一口ずつくらいは味見をしないとと、全てを器に取って食べたのがまずかった。
 結局は何一つ完食出来ないままに倒れ伏し、けれど作ってくれたみんなはどこか嬉しそうだった。

「北郷ばかりに味見をさせても仕方ない。興覇、お主も食え」
「《ぎくり》……は、は……」

 俺が倒れた辺りから気配を消して、空気になろうとしていた思春が肩を跳ねらせた。
 随分と頑張って食べてはみたものの、量はまだまだ残っている。
 もちろん俺は直接箸をつけてなどおらず、取り皿に取って食べたから思春が嫌がる理由も一切無い。大丈夫、“こんなこともあろうかと”は敷いてこそ意味がある。
 よろよろと席を立ち、思春が俺にそうしたように思春を座らせると、せめてニコリと弱々しく微笑んでみせた。うん、腹が苦しい。そして思春さん、恨めしそうに俺を睨むのはなにかが違う気がするのですが。
 しかしながらこの量を一人でというのは確かに辛い。なので、料理人たちの動きや手捌き体捌きを感心するように眺めていた華雄を呼んで、一緒に卓についてもらった。
 そうして状況が固まっていく中で、小さく溜め息を吐いた思春が料理を口に含むと、その表情がほんの一瞬程度だが崩れた。キリッとした顔が、やわらかなものに。

(あ、笑顔)

 俺の視線に気づくや即座に元のキリッとした表情に戻っちゃったけど……その顔は、どこか赤く見えた。
 対する華雄は、なんとまあ豪快な食べっぷりを見せていた。
 鈴々のようにガッツガッツと食べるでもないのだが、静かに豪快といえばいいのか、よく噛んで食べているというのに食べるのが早いのだ。
 しっかりおかわりまでして、腹が満たされると満足げに箸を置いた。

「なんじゃ、もういいのか」
「無理に詰めてはいざという時に動けないだろう?」

 考える人のように顎に軽く手を当て、ニヤリと笑みながらのお言葉だった。本当に頭の中は戦のことばかりらしい。戦ばかりなのはさておき、腹八分目で終わらせるところは……出来るものならば俺も見習いたいです、はい。
 その場合は高い確率でスルーされそうな気がするのはどうしてかなぁ。
 そんなこんなであーだこーだと料理の完成度についてと、ここはこうしたほうがと意見を言い合う内に思春も食事を終え、卓を見やれば完食済み。続いてちらりと思春を見てみると、少しだけ苦しそうな様子を見せただけで、すぐにいつものキリッとした表情に戻った。
 これで結構、思春も呉では苦労してたのかなぁ……とか、しみじみと思った瞬間だった。
 しかしながら食事が終われば待っているのは仕事。
 といっても今日は案内と客人の持て成しに一日を費やすつもりだったから、することといえば料理の手伝いで十分なわけだが───料理人たちがこの国の厨房の扱いに慣れてくると、その手際は素人が迂闊に手を出していいレベルからはどんどんと離れてゆき……

「北郷! 皿が足りん!」
「はいっ!」
「一刀さん、こちらにも皿を」
「はいはいっ!」
「兄様ー! 出来た料理を置く場所がそろそろ無いです!」
「はいはいはいぃいっ!」
「はわっ……手がっ……か、一刀さ〜ん、ちょっとそれ取ってもらっていいですか〜!?」
「これだなっ!?」
「か、かじゅっ……一刀さん、この味、どうですか……?」
「……サ○゙エさん? いや、美味いよ、美味い」

 気づけばあちらこちらへと走り回る俺が居た。
 料理を手伝えないなら雑用をと買って出たのは確かなのだが、あのー……どうして俺にばっかり頼むのでしょうか。凪も思春も華雄もいらっしゃるのですが……? い、いや、解ってる。解ってるよ?

「隊長! 切れた材料は何処から補充しましょうか!」
「街の方に注文しておいたのが門まで届いてる頃だから、門の兵から受け取ってくれ!」
「北郷、薪が切れたぞ」
「中庭の脇に積んであるからそこから取ってきてくれ!」
「北郷、そういえば今日は鍛錬の日だが」
「華琳が戻るまで禁止だってば! それより手が空いてたら思春と一緒に薪持ってきて!」

 その三人までもが、俺にいろいろと訊いてくるからである。 
 なんでか俺が司令塔みたいなものになっていて、とことん俺に最終確認をしてくるのだ。
 なので頭をフル回転させながらあーだこーだと動き回っている内に時間はどんどんと経過し、忙しさの合間にフゥと息を吐いてみれば、外はもう暗くなろうとしていた。

「うわっ……もうこんなに暗い……。あ、あー……けどさっ! こんなに一気に作っちゃって大丈夫なのかっ!?」

 それだけフル回転で動いてもなお、まだまだ料理は続いている。
 そんな状況だ、次々と完成する料理を前に、そんなことを言いたくもなる。
 そうして生まれた小さな疑問に対し、ぐいっと汗を拭った流琉がきっぱりと返した。

「はいっ、むしろこれくらいじゃないと間に合いません! 私たちは料理等を用意するために先に各国を発っただけであって、華琳さまや他の方々も各国での引継ぎ作業が終わり次第、城を発つんですっ。その引継ぎ作業が手早く終わっているのであれば、早ければ明日……それかその翌日にでも到着するかもしれないんですからっ」
「明日ぁっ!? うわっ……それは確かにこれくらい作らないと間に合わないな……!」

 それは説得力満点で、ようするに皆が満足するだけの料理を味と量を揃えてみせなければいけないという、ある意味地獄めいた料理の始まりだった。いや、既にやってたんだから延長か。
 なんにせよ一切手が抜けないことが解った。元々抜く気はなかったものの、相手の中に華琳が居るのでは余計に気を引き締めなければいけない。なにせ我らが魏王様は、味に対して容赦がないからなぁ。
 ならばと俺も手が空けばプリン作りに励み───たかったのだが、次から次へと飛んで来る指示や救援要請に、作業を中断せざるをえなかった。
 蜀には食べる人が多いしな……これで十分だろうって量よりもよっぽど作らなきゃいけない。魏にだって季衣や春蘭が居るし、真桜や沙和もおごりとなると結構食うんだよな……。

(そう考えると呉って燃費がいいなぁ……いっそ羨ましい)

 でも、どちらにしたってウチは蜀ほど食費はかかっていない筈。なにせ恋だけでどれほどかかるかが解ったもんじゃないからだ。加えて鈴々も猪々子もかなり食うからなぁ。それに加えて美以を始めとした南蛮兵も…………うん、食うよな。
 しみじみ思う。蜀ってよく食費の維持が出来るなぁと。

「はぁ……こうして料理の手伝いしてるからこそ思うけど、みんなも料理くらい覚えたほうがよさそうだよな。いっつも流琉に頼りっぱなしじゃあ、いざって時に………………既に大変だったなぁ……」

 独り言の途中で何処ともとれぬ方向を眺めた。
 壁があるだけだったが、遠い目をする時というのはそういうものなんだと思う。
 華琳の下に居るためか、魏将はなかなかに味にうるさかったりする。季衣もあれで結構、なんでもかんでも食べるイメージはあるものの、流琉の料理をいつも食べている所為か舌が肥えている。
 今回の蜀への用事には季衣も流琉も一緒に出たからいいものの、もし流琉だけが華琳と一緒に蜀に行っていたらと思うと…………あ、いや、大丈夫……だよな? いつか流琉が魏の傍の下に来るまでは、普通に過ごしてたんだし。

「っと、今はそれより手伝いだっ」

 思考を切り替えて行動再開。
 料理については、華琳が戻ってきてから話し合おう。


───……。


 過ぎてみればあっと言う間ということもなく、調理作業は続いた。
 材料が無くなれば走り、街のみんなに話を通し、アニキさんたちにまで協力を仰ぎ、それはある意味で許昌全体での作業だった。
 結局全ての作業が終わったのは空も白む頃であり、へとへとになって中庭にへたりこむ俺達の前には、綺麗に並べられた料理の数々。
 そう。
 仕切り直しとでも言えばいいのか、今回もまた立食パーティー形式だった。並べられた長い卓にところ狭しと置かれた料理の数々が、訪れる人や既に居る人がどれほど食べるのかを物語っている。

「うへぇぁ……何日か分の忙しさを纏めて味わった気分だぜ……」
「ア、アニキぃい……」
「つ、疲れたんだな……」

 アニキさんも料理人のみんなも、ぐったりへとへと状態。
 祭さんも紫苑も普段はここまで作ることはないのか、ひと仕事を終えたって顔で溜め息を吐いていて、朱里と雛里は目を回して背中合わせに座り込んでいる。
 その一方で、結構平気そうな顔をして料理のチェックをしている流琉はさすがとしか言いようがない。普段から季衣が食べる量や、頼まれればサッと振るえる腕を持つ彼女は、これくらいでは疲れ果てるなんてことはないらしい。料理人の鑑……と言えるのだろうか。少し複雑だ。

「ふぅむ……これだけの量を捌くと、さすがにくたびれるのぅ」
「子供に振る舞う量どころの騒ぎではないものね……」
「祭さんも紫苑もお疲れ様。水もらってきたから、よかったら」

 二人並んで立ち、料理で埋められた景色を見ていた祭さんと紫苑に、どうぞと水を差し出す。二人は差し出されたそれをスッと受け取ると、紫苑はにこりと笑んで感謝。一方の祭さんは少しつまらなそうな顔をした。
 その時点で来る言葉など読めていたので、

「むぅ……───さ」
「ちなみに酒はありません」
「まだ“さ”しか言っておらんだろう……」

 キッパリ言ってみれば図星だったらしく、祭さんは余計につまらなそうな顔をした。
 けれどグイっと水を呷ると、「まあ、これはこれで悪くはないが」と薄い笑顔。

「うふふっ、まあまあ。今お酒を呑んだら潰れてしまうわよ」
「紫苑よ、疲れた時に飲む酒の美味さはお主も知っておるだろうが」
「疲れたならいつでも飲んでいいわけではないでしょう? そもそもわたくしたちよりもたくさん動いた流琉ちゃんが、ああして料理の数を調べているのに、わたくしたちだけお酒を呑むなんて出来るの?」
「……むうっ」

 紫苑が言う通り、流琉は今も料理のチェックをしていた。
 前までの会合でも料理担当をしていたんだろう、誰がどれくらい食べるか、何が好きかは頭の中に入っているんだと思う。
 真剣な眼差しで料理たちを睨み、やがて……調べ終えたんだろうか。がっくりと項垂れるように安堵の息を吐くと、その場にぽてりと座り込んでしまった。慌てて駆け寄ってみると、やっぱり安堵から力が抜けたようで、眠たげな目が俺を見上げていた。

「あはは……さすがにこの量は疲れました……」
「お疲れ様。ごめんな、任せっきりになっちゃって」
「あ、いえ、兄様が手伝ってくれたお陰で、料理に集中できましたしっ……任せっきりなんかじゃないです、本当に助かりました」
「………」

 いい娘だ……。
 思わず無言で頭を撫でてしまう。

「なんじゃ、頭を撫でる癖はどこへ行っても直らんか」
「はうっ!?」

 それがほぼ無意識というか、自然な動きだったものだから、周囲の視線なんてまるで考えなかった。見れば祭さんは少し呆れたような顔で溜め息を吐き、紫苑は頬に手を当てて笑み、アニキさんたちや料理人たちは肩を震わせ笑っていた。
 ……ええい笑いたければ笑え、自然な行為に悪意も恥ずべき心境もない筈だ! ごめんなさいそれでもやっぱり恥ずかしい!

「隊長、そろそろ───」
「う……そうだな。それじゃあ流琉、祭さん、紫苑、朱里……と雛里は、寝ちゃってるか。えと、俺これから警邏だから、これで抜けるね」
「えぇっ!? こ、これから……ですか!?」
「騒がしいときほど、別の騒ぎを起こしたがる輩が居るもんだからね。こればっかりは手を抜けない」

 正直、少しくらい眠りたい心境ではあるものの……これも仕事だ、頑張ろう。
 両の頬を両の手でばしんと叩くと気合を込めてから歩く。ぽかんとしている流琉に、「流琉も休んでおけよ〜」と軽く笑いながら言って。

「華雄はどうする? 俺としては手伝ってもらえると嬉しいけど」
「特にやることもなければ眠いわけでもない……うむ、付き合おう。三国に下ったのだから、乞われて断る理由もない。ふふふ、暴れる者が居るならば、我が金剛爆斧で───」
「始末しちゃだめだからね!?」
「やれやれ……」

 思春に溜め息を吐かれながら、眠い頭を軽く振るって中庭をあとにする───前に、祭さんたちを部屋へ案内する。料理を作るためとはいえ、客人には変わりは無いのだから、みんなが到着するまでは存分に休んでいてもらおう。来て早々にこんなことになるなんて、正直予想もしてなかった。
 しかしそうなると眠っている朱里と雛里はどうしたものかと考えるわけで……さすがに二人同時は難しい。一人を背負って一人をお姫様抱っこ? 難度高いだろ。と思っていると、誰が言うでもなく紫苑が朱里を抱え、祭さんが雛里を抱えた。
 ……そうだよな、誰が誰をじゃなくて、俺しか居ないわけじゃないんだから頼ればいいん───《きゅむ》…………だ?

「…………あのー、祭さん? どうして俺の背中に雛里を押し付けるんでしょうか」
「男ならばしのごの言わず、女の一人や二人、率先して運んでみせんか」
「いや、それって祭さんが楽したいだけなんじゃ───い、いえ! 運びます! 運びますとも!」
「おう。いい返事じゃ」

 抵抗して落としてしまうわけにもいかず、背に手を回して雛里を負ぶりながら振り向いた先にじとりと睨む祭さん。……了解するしかなかった。
 盛大なる溜め息とともに雛里を背負い直す俺に対し、祭さんは腰に手を当てながら楽しそうに笑うだけだった。





109/賑やかさは平和の証。騒がしさは元気な証。喧嘩祭りは血気盛んな証

 早朝だというのに城下は賑やかだった。
 お祭り目前ということもあって、みんながみんな生き生きとしている。実際、お祭りっていうのは祭りそのものよりむしろ、準備期間こそが祭りだと思う。

「はぁ〜……賑やかだなぁ……」
「会合当日を思うと、兵たちが少々気の毒だな」
「………」
「? なんだ」
「いや。思春が兵の心配なんて、珍しいなーって」
「っ!」

 サッと、少し顔を赤くした思春に睨まれた。でも否定もせずに、睨んでくるだけだった。多少の自覚はあったのかなと思いながら、街を眺める。
 普段よりも行商人が多く、ここらでは見れない珍しいものを見せてくれたりした。
 うん。つまりそういった行商人がたくさん居るのだ。
 当然興味が惹かれれば見てしまうわけで───

「おぉお……これはええもんやなぁ……!」
「へへっ、でしょう? 南蛮の森の奥で採れた伸縮性に優れた植物の蔓。それを丁寧に処理して作った紐ですわ。一本一本の強度もさることながら、それが束になって出来ていることもあって、そう簡単にゃあ切れません」
「おっちゃん、これなんぼ?」
「これは少々値が張りますが……へへっ、せっかくの祭りですからお勉強させていただきますぜ。……こんなもんでいかがでしょ」
「んん〜〜……もうち〜っとだけ負かられへん? お祭り気分でほら、な? どかーんと」

 …………で。
 あそこの絡繰好きは、行商人の前でなにを粘ってらっしゃるのでしょうか。
 というか……。

「自国の、しかも城下にやってきてる行商人に値切り交渉とか、何考えてるんだ……」
「……今すぐやめさせます」

 隣に立っていた凪が拳を氣で輝かせ、赤い顔でのっしのっしと歩いていった。
 直後に響く悲鳴。
 大丈夫、俺は何も見なかった。
 寝不足で気が立っていたところに、自国で値引きする仲間の姿を見てカッとなっただけなのさ。涙ながらに引きずられてきた真桜がボロボロなのも、きっと寝惚けて幻覚みてるんだ。そう、なにもなかった。

「自国に来てくれている行商相手に、その国の者が値切るなんてなにを考えている!」
「あ〜ん、凪ぃ〜、見逃してぇ〜! 今ウチ手持ち少ないんよ〜! ちょっと、ほんのちぃっとくらい値切ったってええや〜ん!!」
「聞く耳持たんっ!」

 そしてズルズルと引きずられ、駐屯所がある方へと消えてゆく凪と真桜。
 「隊長〜! 助けてーーーぇえっ!」と手を伸ばされるが、俺はニコリと笑って手を振った。すまん、さすがに今回のはフォロー出来ん。

「いいのか?」
「たまにはいいと思う」

 華雄が、真桜が連れて行かれた方向を眺めながら呟くが、スパッと返した。
 祭り前で人が多い中、ああいうことばっかりしていたらいろいろと危険だ。華琳に見つかったりしたら、なんて言われるか……想像しただけで怖い。

(ん……)

 そんな考えの途中、一瞬意識が飛びかける。寝不足はお肌の天敵とか言うが、お肌どころの騒ぎじゃないと思う。しっかりしないと。
 頭を振って脳を揺らすように刺激してみるが、数瞬意識がハッキりするだけで、目が冴えたりすることは全然なかった。だはぁと溜め息が出る……そんな俺に、そういえばと声をかけるのは華雄。

「今日は何処をどう回るんだ?」
「ここの通りを重点的に。一番行商が多いから、トラブル……騒ぎが起こりやすそうだし。……って華雄? それについては祭さん達が来る前に決めておいただろ」
「む……? そ、そうだったか?」

 客が来る前に予定は決めておく。
 ここ最近、少し先まで予定がびっしりなのだ。
 この警邏だって、街を見歩いて、作業が捗っていない場所を見つけたら手伝うって仕事も混ざっている。それは俺自身がやりたいことだからべつに構わないんだが……この眠気が大変な状態で、果たして役に立つかどうか。
 ……いやいや、文化祭の準備と思えば案外いけるもんだよな。
 脳も自在にコントロール出来れば、眠気なんて簡単に吹き飛ばせるんだろうなぁ。
 こう、エンドルフィンあたりがパパーッと。
 …………まずい、相当に頭が混乱してる。
 華琳たちが到着する前に、仮眠くらいとっておいたほうがよさそうだ。
 それはいいんだが───華琳たちがいつ戻ってくるかが解らないのが問題だな。
 流琉の予想が正しいとして、昨日で言う明日が今日であるなら、国境なんてとっくに越えてなきゃいけない。
 その報告は来てないんだし、これは今日明日に来るのは無理……かな?
 待てよ? 華琳が国境の兵に“早馬で報せる必要はないわ”とか言ってたりしたら、それはそれで報告が来ないのも頷ける。言っていたらの話なんだが、一度そう思ってしまうと気になってしまうのが人間というもので。

「………」

 まあ、やることなんて一つだな。警邏を続けよう。
 考え事をしていた所為で捗りませんでしたなんて報告、それこそ華琳が許さない───なんて思っていた矢先に早速トラブルが起きたようで、誰かが何かを言い合う声が耳に届いた。その頃にはもう走り出している自分が居て、反射神経がどうとかよりも、日に日に揉め事を止めに入ろうとすることに躊躇が無くなっていく自分に少しだけ呆れた。
 人垣に突っ込んで悶着の原因を知り、それを治めればまた別のところで悶着。
 どれもこれもが祭り前で昂ぶった町人たちのじゃれ合いみたいなもので、それがそこかしこで起こるものだから、もう笑うしかないってくらいにあちらこちらへと駆け回った。俺が走り回っている様子を見て、町人も「今日もあの人は大変だなぁ」なんて笑ってらっしゃる。
 もちろんそのことに疲れも怒りも沸いてくることもなく、逆に俺も笑い返して駆けていた。だって、祭りで騒がないのはウソだ。だったら走り回らなきゃいけないのだとしても、それは楽しみのひとつでしかないのだ。だったらそう、笑うしかない。
 走り回るのは大変で、楽しみのひとつならほうっておけばいいと思うかもしれない。けれど、楽しみの中で“しなくてもいい怪我”をしてしまう人だって居るのだ。巻き込まれる人だって居る。そうならないために俺達が走って、笑顔で済ませられる“程度”に抑える。平和になった世界での“警邏の仕事”っていうのは、そういうことのためにあるんだと思う。

「はぁ……どこも似たようなことで揉めるんだな……」
「他国から来た行商までもが己の出し物で競い合うか。以前からは想像出来んな」
「競い合いまでならまだいいけどね。争いになる前に止めるのが俺達の仕事だ」

 あちらこちらを駆け回ることになっても、華雄も思春も文句のひとつもこぼさない。
 むしろ華雄なんかは小さな競い合いを前に感心しているくらいだ。
 乱世の頃で言えば、庶人や行商は人との争いを避けて保身ばかりを前提にしていた。賑やかではあっても、“本当の笑顔で騒いだりする様子”なんてものは、そうそう見られなかった気がする。あの頃から比べればいろいろな人が自分の感情を表に出すようになったということだ。
 もちろん騒ぎがないに越したことはないものの、喧嘩というよりもじゃれ合っている現場に駆けつけるのは結構楽しいのだ。だから促す注意なんて、「いきすぎないように」ってことくらい。
 相手も迷惑をかけるつもりはないようで、笑いながら頷いてくれる。

「貴様が各国を回ったことも、無駄ではなかったようだな」
「はは、そうかも。少し恥ずかしいけど」

 騒いでいるのは呉や蜀から来た行商と魏に店を構える者。
 それらが自慢の賞品を武器に笑顔で騒いで、行き過ぎない程度の勝負をしている。
 どっちが売れるかはもちろんだが、どっちが客を笑顔に出来るか、なんてことも勝負のうちに入っているようで、売る商人も買っていく客も笑顔でいるなんて珍しいものがあちらこちらで見れた。

「駆けつけた先々で“俺に迷惑かけない”みたいなことを言われるとは思わなかったよ」
「それだけ各国で信頼を得られたということだろう。それは将よりむしろ、庶人や商人相手のほうが厚いように感じるが」

 呉から来た行商は元より、蜀から来た商人にも顔見知りが多かったのだ。
 それ以外の承認だって、各国での俺の噂を聞いたらしくてやたらとフレンドリーだったり興味を持ってくれていたりで、再会を懐かしんでくれる人や、会えて光栄だ〜なんて言う人まで現れる始末。
 各国で駆け回ったことがこんなところで生きてくるなんて、本当に世の中っていうのは何処で何が先に繋がる行動になるのか解らないものだ。

「むぅ……なるほど。こうまで信頼が厚いからこその“支柱”というものか」
「その信頼に応えられているかが結構難しいところだけどね」

 落ち着いている思春とは別に、華雄は俺が行商たちに気軽に声をかけられている状況を感心したように見ていた。そのやりとりの中から“支柱”って言葉の意味を考えているようで、呼び止められて誰かと話をするたびに、なにやらうむうむと頷いている。
 支柱って言葉自体、どういったものになっていくのかを漠然としたものとしか受け取れなかった以前とは違い、こうした僅かな実感があると、“ああ……こういうものなんだな”って思える。
 偉いから名が知れるとかではなく、心安く身構える必要もないからこその信頼関係といえばいいのか。もちろん前提として、天の御遣いって名前が走っているってことにも意味があって、もし俺がただの庶人だったらこんな関係はきっと築けなかったのだ。
 本当に、どこで何が役立つのかなんてことは解らないものだ。
 利用価値から始まった天の御遣いって名前も、いつしか支柱の支柱になる程度には役立ってくれたことになる。いつか桃香と話したように、俺は俺として役立ちたいとは思うけれど、それはそれなのだ。
 俺って存在と御遣いって名前があって初めて“利用価値”って言葉が華琳の中に生まれ、俺は魏に拾われた。俺って存在だけではダメだったのなら、そもそもその時点で死んでいたのだから。
 そこのところは、結局会うことも知ることも出来なかった管輅って存在に感謝したい。

「…………ふぅっ……」

 走り回っては笑い、結局一度も喧嘩らしい喧嘩は起きないままに、お祭り前日のような騒がしい一日は過ぎようとしていた。
 今日中に来るかもと思っていたみんなは来なくて、妙に身構えていた俺の肩からも力が抜ける。それは思春や華雄、途中で合流した凪も同じようで、じゃあ今日はここまでで───と本気の本気で力を抜いたところで、

「北郷隊長ー! 国境から早馬が!」
「なんだってーーーーーっ!!?」

 報せを受けたらしい警備隊の一人が駆けてきて教えてくれた。
 ……はい、徹夜待機決定。
 って、いやいや大丈夫、早馬が報せに来たからって今日来るわけじゃない。
 なら眠る時間は十分ある。
 雪蓮あたりが悪戯を考えて、“報せるのを遅らせて〜”なんてことをさっきの早馬の兵に頼んでいて、実はもう近くまで来ている……なんてことがなければ。
 「さすがにそれはないよなぁ」なんて苦笑して、城に戻ろうとした俺へ向けて駆けてくる兵が。───ああ、なんだろうこの嫌な予感。いっそ彼を迎えず逃げてもいいですか? なんて思えてしまうくらいに嫌な予感が───

「ほ、北郷隊長! 見張りの兵が景色の先からこちらへ向かってくる灯りを見たと!」
「あ───っ……!」

 思わず“あの馬鹿ぁああっ!”と叫びたくなるのを思春の手前、思い切り押さえて走り出した。というかその思春も頭が痛そうに眉間に皺を寄せながら、片手で頭を押さえていた。
 そんなわけで寝不足と疲れでだるい体に鞭打って走る。
 走って、門の先に立って、夜の景色の中で確かに揺れる火の軍を見て……思春とともに盛大に溜め息を吐いた。
 早馬に使われた国境の兵に、今度高い酒でも送ろう。一番迷惑被ったのは彼だろうから。

「なるほど敵襲か! ふふふ平和になった世に在って夜襲をかけるとは───!」
「違うから! というかなんで嬉しそうなんだよ!」

 灯火の進行に目を輝かせて、一歩を踏み出し金剛爆斧を振り上げる華雄さん。
 そんな彼女の一歩後ろで慌てて止めるも、確かに実際夜襲だったら大変だ───とは思うものの、だったらそもそも早馬の彼が無事でいられるはずもないわけで。
 暗くて見辛いものの、下火に照らされるようにしてぼんやりと見えるのは呉の旗だ。

「……思春」
「言うな……」

 俺よりも目が利く思春は既に見えていたのだろう。
 俺が全部言うより先に溜め息を吐き、それだけ言うと顔をしかめて目を伏せた。

「あ、あー……来てるのって呉のみんなだけか?」
「いえ、魏の旗も蜀の旗も確認しました。途中で合流したのでしょう」
「そ、そっか」

 思春の代わりに凪が応え、俺をちらりと見てくる。
 ああ解ってる、夜も遅いけど、迎えの準備をしないと……いけないんだよなぁ……。

「ごめんみんな、疲れてるだろうけど、迎える準備をしよう……」
「……すまん」
「思春が悪いんじゃないって。むしろあの中の冥琳の心労の量こそが心配だよ……」

 驚くくらいに素直に謝る思春に驚きながらもそう返す。
 あの人数で早馬並みに行進するのは無理があるし、情報操作なんてする意味がまずない。
 それでも“面白そうだからやる”というのが呉の王様なのだ。
 それに振り回されるみんなにこそ、お疲れ様を本気で唱えたい。

「あの……隊長? 急いだ結果としてこうなった、というのは考えられないのですか?」
「華琳だったら普通に、明るいうちに到着するように調節するって。そもそも驚かすために早馬を使ったりはしない」
「あ……そうですね……なるほど……」

 凪にあっさりと納得される呉王が居た。
 俺が居なかった一年の間、いろいろと理解に繋がる出来事があったんだろう。それさえも容易に想像出来るんだから、雪蓮って人間はきっと、何処に居ようと自由奔放だったんだろう。

「あまり時間が過ぎるのも問題だし、用意した料理的には良かったといえば良かったんだけどな……そうは思えても、この釈然としない気持ちはなんだろうなぁ」
「暖かくはありませんが、どれも冷めても美味しいものや、冷めたほうが美味しいものを用意しましたからね」

 あえて釈然としない気持ちには触れずに返してくれる凪だけど、ちらりと見たその表情だけで十分返事になっていた。

「じゃあみんな、眠いだろうけどもうひと頑張り、いいかな」
「はっ!」
「応っ!」
「解った」

 凪と華雄が元気に、思春がどこか申し訳無さそうに返事をする。
 それを聞いてからの行動は早く、出迎えの準備をするように警備隊に指示。城への通達を頼んで、俺もまた走る。
 さすがに今から徹夜で騒ぐわけでもないだろうし、部屋の準備───は出来てるけど最終確認と、風呂の準備に宴とは別の食事の準備と、あとは───


───……。


 そうしてドタバタしたままに魏王と呉王、それらの将を迎えた。
 玉座の間に集うは魏呉蜀の将、そして王が三人。
 夜ということもあって、出来るだけ静かに───

「お兄ちゃんなのだっ!」
「あーっ、一刀〜っ♪」
「兄ぃ! 兄にゃー!」

 ───いけるわけがなかった。
 鈴々の突撃を皮切りにシャオが駆け美以が駆け、静かに行われて静かに終る筈だった到着歓迎はあっさりと“騒ぎ”という名前に食われてしまった。
 突撃と言ったからには“元気にしてたか〜”なんて手を振る程度で済む筈もなく。季衣がそうしたようにそれこそ突撃され、再び腹に痛撃を受けてなお踏み止まった───ところへ、シャオが背中から抱きつき、驚いた瞬間に腕に抱きつくやゴリリと噛み付く美以……ってぎゃだぁああっだだだだぁーーーーッ!!

「こ、こらこらっ……! 今はこういうことしてる場合じゃっ……!」

 痛みを我慢しながら小声で伝えるが、三人はきょとんとした顔で俺を見るだけ。
 そしてそれ以外の人は、じとりと何故か俺を見てきて……

「……一刀」
「アノ……華琳サン? 俺別ニ何モシテイナインデスガ……?」

 久しぶりにじろりと睨まれると、背中につつーと流れる嫌な汗。
 しかし誤解だと唱えたい。
 だってそろそろ眠気がピークで、騒ぐ元気もない。あくまでさっきまでの話で、嫌な汗が噴き出るのと一緒に眠気は吹き飛んでしまったから言い訳には使えそうになかった。
 なので、もう俺の反応など知ったことではないとばかりに腹に背中に腕に抱き付いてきている三人をよそに、必死に言い訳を考えるわけだが……どうしてだろうなぁ、時間がかかればかかるほど、華琳からモシャアと景色を歪ませかねない殺気が放たれているように感じるのは……!

「いいじゃない華琳、堅苦しい挨拶なんて終わらせて好き勝手やりましょ? むしろ休み無しで今から騒いでもいいくらいよ」

 言い訳を考える必要なんてきっとなかった俺を救う言葉が雪蓮から放たれる。
 途端に救われた気持ちになってホッとしたが、そんなあからさまが華琳のひと睨みで奥に引っ込んだ。あの……俺、なにかした?

「大した休みも無しに夜に着くことになったのは貴女が原因で。早馬まで、驚かす材料にしてまでの行進で疲れているというのに。休みも無しに騒げというの?」
「うん、そう」

 にっこり笑顔での頷きだった。そしてやっぱり雪蓮が考えたドッキリだったらしい。
 ドッキリというか迷惑行為以外の何物でもない気もするけど。

「疲れてるほうが逆に自然体で騒げるものでしょ? 遠慮なんてつまらないし、騒げる期間中に騒ぐべきよ」
「………」

 あ。華琳が溜め息吐いた。
 恐らくここまで来る間にも、いろいろと笑顔で無茶を押し通されたんだろう。
 ちらりと見てみれば、冥琳も疲れた顔で俯いていた。

「はぁ……桃香はどう?」
「あ、うん。えっと、私も雪蓮さんに賛成かな。楽しい時間は長いほうがいいと思うし」
「………」

 玉座に座った彼女が、軽く頭を痛めた瞬間だった。
 そんな彼女を段差の下で見上げつつ、鈴々とシャオと美以を丁寧に引き剥がすが、再び突撃されて項垂れた。剥がしてだめなら受け入れろだ。頭を撫でてみれば満面の笑みで迎えられ、代わりに華琳に睨まれた。
 そうした状況にいっそ泣きたくなっていると、美以とは逆に腕……左腕に新たな感触。
 見てみれば、おどおどしながら抱き付いている美羽。
 抱きつかれて気づいたが、おどおどどころか物凄い速度で震えていた。
 そんな彼女の視線の先には、にっこり笑顔の雪蓮さん。
 ああうん、今なら解るよ美羽。苦手なものって、誰にでもあるよなぁ……。

「まあ、いいわ。こうして集まるのもこれが初めてというわけでもないのだから。一刀、流琉、宴の用意は整っている?」
「えと、仕上げをすればほぼ。料理は冷めても美味しいものを用意したし」
「はい。熱いほうが美味しいものの下ごしらえも出来てますから、あとはすぐに作れます」
「結構。ならば料理の出来る者はすぐに仕上げに入り、手が空いている者は席の準備を手伝って頂戴」
「えー? ちょっと華琳〜、客に席の準備を手伝わせるつもりー?」

 華琳の指示に頷き、行動を開始する俺と流琉を他所に、雪蓮は不服そうにそんなことを言う。しかしながら華琳もまた、笑顔でありながら口をヒクつかせながら返した。

「あのねぇ雪蓮? 誰のお陰でこんな夜遅くに、皆が疲れながら到着することになったと思っているの?」
「冥琳《キッパリ》」
「雪蓮姉さま! 仮にも王が躊躇も無しに人の所為にするとは何事ですか!」
「ひゃうっ!? ちょ、蓮華、落ち着いて……!」

 そんな即答に即座に反応したのは蓮華で、驚く雪蓮に詰め寄って「大体姉さまは……!」と日頃の素行の悪さを将や王らの前で叫びなさった。焦りながらそれを止めようとする雪蓮だったが、冥琳に耳を引っ張られて小さな悲鳴を上げ、あとはまあ…………うん、見ないでおくのがやさしさなのかもしれない。
 俺は流琉に頷きかけると行動に出て、玉座の間をあとにした。……鈴々、シャオ、美以、美羽に抱きつかれたまま。
 ああもう……早くもいろいろと心配になってきた。大丈夫なんだろうか、この会合。
 なんて思いながらもどうやら俺自身も楽しみではあるようで、流琉に指摘されて初めて、自分が笑んでいることに気づいた。
 ……そうだな。祭りなんて騒がしくてなんぼだろう。
 そして、こうして最後の追い込みをドタバタとするからこその準備だ。
 だったら笑わない理由なんてきっと無い。ならばと笑い、くっついている四人と隣を駆ける流琉、後を追って走ってきた季衣とともに、祭り当日の前の最終準備に追われる学生のように焦りながらも燥いだ。
 性格上、焦っているのは俺と流琉だけだった気もするけど、視線がぶつかれば笑ってしまうんだから……否定しようもなく、これから始まる祭りってものを準備している今も、俺達は楽しんでいた。




ネタ曝しにございます。  *腹への痛撃  誰かに飛びつかれ、その頭が腹部に激突する。  そんな場面を数多く見て来ましたが、記憶に鮮明に残る痛撃と言えばなんでしょうか。  ピクルのスーパー頭突き? 御坂さんの無視すんなゴラァ?  ……個人的にはゴッドマンのゴッドストマックですね。  あれはよかった。  *サ○゙エさん?  タラっちゃ〜ん、ちょぉっとそれ取って〜♪  母さ〜ん、この味どうかしら〜♪  ギャフターは約三ヶ月ぶりの更新となります。凍傷です。  オリジナルも中途半端に真剣で私に恋しなさいの小説をゴリゴリと書いておりました。  といってもその小説もオリジナルを混ぜたものなので、アレな感じではありますが。  1〜19話、体験版終了までの日数分を書いてみて……結構気分転換になりました。  しかし相変わらず口調に苦労させられます、真恋姫は。  ここはこんな喋り方でいいんだろうかと考えてはゲームを起動させてますよ。  このキャラはこういう設定じゃなかったっけ……と疑問が浮かべばゲーム。  そんな話がどこであったかも覚えてなかったりすると、もう目も当てられません。  そして相変わらず時間が無いです。  モンハンは……忙しいのが終わったらゆっくりやれると嬉しいです、はい。  年末は無理だ。そんな時間ないです。  では、また次回で。 Next Top Back