110/お祭り騒ぎ

 祭り。
 この騒ぎを一言で纏めるのなら、きっとこれほど的を射ている言葉は無いだろう。
 各国のほぼ全ての将、そして王が揃い、騒いでいる。
 かつての世では想像も出来なかった状況だ。
 生きるために行動するだけで精一杯で、想像出来た未来なんて敵を蹴落とした先に立っている自分たちだけだ。
 まさか、こうして皆が一堂に介して笑える日が来るとは。
 言ってしまえば前回の会合の時も、俺が消えた日にだって笑顔はあっただろうけど……ここまでの賑やかさは無かったと言える。

「北郷隊長、この料理は───」
「ああっ、悪いっ、あっちのテーブ……もといっ、卓に置いてくれ!」
「はっ」

 そんな笑顔を絶やさぬために、すっかり雑用担当みたいになっている北郷警備隊はといえば、言葉通りに雑用と言う名の配膳係りをしていた。
 大食らいが多すぎるのだ。用意していた料理だけではまるで足りなかったために、こうして走り回る破目に陥っていた。街でも城でもこんな感じだよな……最近の警備隊。

「あの……北郷隊長……」
「いや……言いたいことはなんとなく解る。解るからこそ、何も言わずに頑張ろう……」
「いえ、しかし……あの。自分たち……警備隊……ですよね……」
「ああ……警備隊……だよな……」
「………」
「………」
『……はぁあ……』

 兵と一緒に溜め息を吐いた。
 向かい合う二人の手には料理の皿。
 お互いに苦笑した後にはその苦笑を笑顔に変えて、二人して笑った。
 そうだ、警備隊。守るのはなにも人の身や街の平和だけではなく……うん、誰かの笑顔。
 そう思えばこうして走り回るのも悪くはなく、そのお陰で誰かが笑ってるならそれでいいのだ。そんなことをすぐに考えられるくらいには、俺達も平和ってものに慣れることが出来たのだろう。
 交わす言葉は特に無く、二人して別の方向へと走った。
 それからはひたすらに料理を運び、空いているものは片付け、食材と格闘する流琉や料理人のみんなに差し入れをしたりと、落ち着きなんてものは相変わらず存在しない。
 一緒に来た季衣やシャオたちは準備の慌しさを見るや、何か指示を出される前にとっとと逃げ出す始末だし……流琉はいい娘だなぁ。……っと、頷いてないで仕事だ仕事。
 と、出来上がったばかりの料理が盛られた皿を手に、踵を返したところで少しフラついてしまった。…………寝不足だな。あとで少し休憩を取ろう。せっかくの会合の最中なのに倒れました〜なんてシャレにならない。
 ……うん、休む。ただし、休むまでは全力だ。

「あっと。流琉、悪いんだけど点心が出来たら、蒸篭に多めに詰めてもらっていいか? 季衣が鈴々と大食い対決する〜とかでさ」
「大食い……って……もうっ、手伝いもしないくせに注文ばっかり一丁前なんだからっ」
「お祭り騒ぎならではだよ。俺も手伝うからさ」
「お祭りだからではなく、季衣のはいつもですっ」
「あははははは……はぁ……」

 違いない。
 小声でそう呟いて、とりあえずは運べるものを運ぶと、眠気を吹き飛ばすためにも駆け足で厨房に戻り、流琉を手伝うために釜戸の前へ。
 正直、料理の腕は普通の域を脱しない俺だから、味付け等は絶対に担当出来ない。
 なので集中し、流琉の言葉に即座に反応できる自分をイメージしてゆく。

「あの、兄様」
「任せとけっ!《テコーン♪》」
「いえ、あの、まだ何も言ってませんけど……」

 歯まで輝かせた(つもり)で身構えてみせると、さすがに苦笑で返された。
 うん……なんかごめん。寝不足で少しテンションがおかしいんだ。

「それでえっと、どうかしたのか?」
「はい。兄様は食材を切ることに専念してもらっていいでしょうか」
「食材を?」

 どうして……って訊くまでもないか。味付けがダメならせめて仕込みを、だな。
 すぐに理解に至れば、二つ返事で十分だ。
 早速言われた通りの切り方で食材を切り刻み、早速切り方を注意され、そこから学ぶことになる。
 しかしまあ、なんだろう。こういうことでも鍛錬と同じく、注意されたことをきちんとこなせばそれなりのことが出来るというもので、食材を切り終える頃には多少のスキルを手に入れられたと思う。…………全てを切り終えてから得られても意味がないと、今は叫びたい気分ではあるのだが。
 いや、次に活かせばいいんだよな。無駄なんかじゃない、無駄なんかじゃ。
 ただ……活かす機会が訪れたとして、この腕がそのスキルを覚えていてくれているかがとてもとても不安なわけで。そういうことが身に着いていてくれるのなら、きっと調理の方も普通の域くらい脱していられたんじゃないかと、どうしても思ってしまう。

「うーん……親父のところで多少は勉強したつもりだったんだけどなぁ」
「むしろ勉強したからこそ、指示を受けただけで出来るようになったんですよ。出来ない人は本当に出来ませんから」

 刻んだ上で山になっている食材を見ての言葉に、なるほど確かにと頷いた。
 なにせ“料理を普通にしか出来ない人”が自分なのだから、思わず苦笑が漏れるほどに“なるほど”と納得せざるをえない。えないんだけど……こうなると料理の腕もあげたくなるのは、基本が負けず嫌いな男の意地だろうか。

(じいちゃんの下で真面目に鍛錬するようになる前は、事なかれ主義の意識が強かったんだけどな)

 それを言うならこの世界に来る前まで……か?
 そもそもみんなと別れることになる前までは、じいちゃんの下で自分を磨こうなんて思いもしなかったわけだし。そんな意識が祭さんや雪蓮との鍛錬を通して強くなって、鈴々や焔耶とぶつかることで余計に強まって……で、今に至ると。
 こんな意識が無ければ、鍛錬の中で華雄や霞や春蘭相手に“やるなら全力だ”なんて考え、思い浮かびもしなかっただろうなぁ。だって、あったらあったで実力が伴わなすぎてコテンパンにノされるだけだもん。……コテンパンなんて言葉、久しぶりに使ったな。

「っと、他にやることってあるか?」

 考え事を中断して、そんな俺をよそに絶えず手を動かしていた流琉に問う。
 火の前で汗をかく流琉は、せっかくの宴の前だというのに楽しそうで、なんというかうん……ああ、料理人だなぁと思わせてくれた。友達に季衣って存在がなければ、そこに“作り甲斐”ってものを見い出せたかどうか、疑問ではあるけれど。
 美味しいって言って食べてくれる人が居てこそだよな、やっぱり。

「あ、いえっ、こっちはしばらく大丈夫そうなので、他を当たってみてくださいっ」
「そっか」

 そう言うならと、調理を続ける流琉から意識を逸らし、厨房をぐるりと見渡せば……やっぱり戦場なままのそこがあった。どれほどの速度でモノを食べれば、こんなに料理が必要になるのか。ドタバタとはさすがに行動しないものの、焦りってものを顔に貼り付けた警備隊の兵や女給さんがひっきりなしに料理を運んでいる。
 足りないものがあれば注文し、それを流琉が作る。
 それを繰り返すうちに流琉の目はぐるぐると回ってきて、見ているこっちが辛くなるほどだった。食べるだけの人って、ある意味幸せだよなぁ……。

「流琉、とりあえず水飲んで。火の前でずっと働きっぱなしなんだ、こまめに水分取らないと」
「あ、は、はいっ……すみません、兄様……」

 丁度料理を皿に移し終えたところで水を差し出すと、感謝の言葉とともに一気飲み。
 にっこり笑顔で器を俺に返すと、再び料理に取り掛かった。

「………」

 下ごしらえがあるからって、すぐになんでもパパーっと出来るわけじゃない。
 現に、俺が食材を切ることになるくらい、予想を上回った料理の数が必要になっている。なんとか支えてあげたいところだけど、料理方面で俺に出来ることは……あまりにも僅かすぎた。
 増援を求めようにも、祭さんや紫苑は既に酔っ払ってるだろうし……流琉クラスの料理の腕じゃないと、みんな喜びそうにないし……ああもう、みんな食い気ばっかりのくせに無駄に舌が肥えてらっしゃるから、なおさらに性質が悪い。
 周りがそうならせめて自分だけはと思うものの───

「あ、いたいた。ちょっと一刀〜、こんなところでなにやってるのよー」

 ───その周りというか周囲が、“自分だけは”を中々許してくれないのだ。
 ひょこりと厨房に顔を出したのは雪蓮で、俺を見つけるなり少し口を尖らせての言葉。
 その割りに、それだけを言うと笑顔になって俺の腕をワッシと掴んで歩こうとする。

「ちょ、待った待った雪蓮っ、急になにっ!」

 しかし引っ張られた俺はといえば、雪蓮の急な行動なんて今さらだとは思うものの流琉のことが気になるから、ここで振り回されるのは御免なわけで。なにがしたいのかを訊いてみれば、答えはあっさりと返ってきた。

「宴を盛り上げるために一刀の腕を見せて欲しいのよ。もちろん相手は私で」
「どれだけの速度で娯楽を求めればそんな結果になるんだよ!」

 思わず本気でツッコんでいた。
 にっこり笑顔な口から発せられる言葉と吐息からは、もはや酒の香りしかしない。
 そのくせ顔はまだまだ余裕だ。
 余裕だからこそ、こうしてわざわざ俺を探しに来たんだろうけどさ。

「ほらほら戻って。会合で宴なんだから、王が席を外しちゃダメだろ」
「平気平気。だって私、家督を蓮華に譲るつもりだし」
「そうだとしても今は雪蓮が王なんだから、しゃきっとするっ」
「なによー、一刀までそんな、冥琳みたいなこと言うことないでしょー?」

 どうやら既に言われていたらしい。
 解る、解るよ冥琳。こんな王を見れば、たとえ関係者じゃなくても言いたくなるよな。

「とにかく戻る。あ、ところで雪蓮、季衣と鈴々って今どうしてる?」
「? ああ、あのコたちね。“点心が来ないから他の料理で勝負なのだー”とか言って、他の料理を食べ荒らしてるけど」

 ……がらんっ、とお玉が転がる音がした。
 振り向いてみれば、中身を皿に移し終えた中華鍋に、お玉を落としてしまったらしい流琉の姿が。
 作るのが点心だけって限定していれば、まだ作業も一定で済んだのに……。

「……雪蓮、料理得意だったりする?」
「食べる専門だけど?」

 そんなことで胸を張らないでほしかった。

「それより一刀はこっち。宴をきちんと盛り上げなさいって」
「だ、だから今はそれどころじゃなくてっ」

 掴んだままの腕をぐいと引っ張る彼女に抵抗をするが……悲しいかな、腕力で勝てない俺が居た。うう……強くなりたい……。

「そうそう、流琉ももう宴に戻って頂戴? さすがにずっと調理当番させておくわけにはいかないから」
「え? で、ですが」
「なんのために料理出来る者を先に寄越したと思ってるの。大丈夫大丈夫、それが仕事だし、むしろそれが出来ないなら流琉が仕事を奪うことになるんだから」
「あ……」
「うぐっ……なんか耳が痛い……」

 いつか華琳に言われたようなことを雪蓮が言った。
 そう言われては流琉もさすがになにも言えず、「それでしたら」と素直に同行。
 厨房のことは他の料理人さんたちに任せて、雪蓮とともに宴の場へと向かう。
 ───向かうんだが……

「あの……雪蓮? 俺も警備隊長って手前、みんなが頑張ってるのに一人で燥ぐのは……」

 俺自身は妙な罪悪感に囚われていた。
 一応言葉を放つのと一緒に雪蓮の手から逃れようとはするのだが、ぎゅうっと握られた腕が解放されるなんてことはない。むしろ抵抗することで余計にぎゅっと握られてしまい、逃れる術を自ら潰してしまった。俺の馬鹿……。

「んー……前の宴の時みたいに、残りものでいいなら騒いで良しって条件をつけるとか」
「この調子だと残りそうにないって思うのは俺だけか?」
「いえ、兄様……私もそう思います……」

 流琉と一緒に苦笑とともに溜め息を吐く……と、厨房を出るところまで歩いた際に秋蘭と擦れ違う。

「あれ? 秋蘭? どうかしたか? ───あ、もしかして酒が足りないとか?」
「いや、料理人の腕が足りていないのではないかとな。準備を手伝ってやれなかったのだから、せめて今くらいはと来たのだが」

 ちらりと雪蓮と目を合わせる秋蘭。
 その雪蓮の手が俺の腕を掴み、先に歩いているところを見て、おおよその状況は把握したらしい。小さく目を伏せて笑うと、流琉の背をポンと押した。

「秋蘭さまっ?」
「あとは私が預かろう。心配するな、華琳さまからの許可は頂いている」
「華琳が?」
「一品ずつ料理を作りなさい、とのことだ。いくら料理が上手いからといって、流琉ばかりに作らせるというのもな」
「なるほど……って秋蘭? その話だと、いずれは春蘭が……」

 いつかの杏仁豆腐を思い出すのと同時に、つうっと嫌な汗が頬を伝う。
 そんな俺の反応に、秋蘭はただ目を伏せて俺の肩を叩くだけだった。
 しかしそれは“全てを俺に押し付けるような顔”ではなく、まるで“お前は一人じゃない”と言っているかのような顔だった。
 ……うん、つまりはその……うん。この宴に居る人全てが道連れということでよろしいのでしょうか、秋蘭さん。

「ちなみに料理の腕は……」
「前回の会合以降、作らせていない」
「だよね……」

 俺と秋蘭の話を聞いていた雪蓮も流琉も、俯くほかなかった。


───……。


 そんなこんなで各国の各将が作る一品料理大会がいつの間にか始まった。
 流琉の料理は言うまでもなく満点。
 次ぐ秋蘭の料理も文句の付け所が無いほどに美味く、確かにこれは準備を手伝ってもらえなかったのが残念なくらいの味だった。
 いつか玉座の間でやった、飲めや歌えの大宴会の時にも味わった味だけど、思わずホゥ……と暖かな溜め息を吐いてしまう味。思えばあの時だったっけ、立食パーティーの話をしたのは。まあ、勝手に玉座の間を使った罰として、夜通しの片づけを命じられたのは、今となってはいい思い出だな。楽しかったし。

「ていうかさ……どうしてみんな、最初は必ず俺に一口食わせるのさ……」
「それはもちろん毒───味見ですよー、お兄さん」
「あの、風? 今絶対に“毒見”って言おうとしたよな?」

 俺の質問なぞ右から左へ。
 どうしてか作る人作る人がまず俺の前に料理を持ってくる。
 王を差し置いてこれはどうなんだと言ってみれば、

「構わないわ。あなたが先に食べなさい」

 きっぱりと仰る華琳さん。
 桃香に訊いても雪蓮に訊いても返ってくる言葉など似たようなもので、むしろ桃香は是非にとばかりに俺に勧めた。そんなことがあってから少し経った現在、俺は愛紗が作ってくれた“炒飯?”を見下ろしているわけだが…………あの。なんで炒飯から小魚が顔を出しているのでしょうか。炒飯だよな、これ。魚が顔を出しているだけで、蜀で食べさせられたKAYUを思い出すのですが? え? 俺……また気絶する?

「えーと……華琳……?」
「食べなさい。そして、言いたいことはきちんと言うこと。正当な評価以外は認めないわ」
「………」

 あの。もしかしたらだけど、それって自分らでは言えない言葉を俺に言わせようとしてるだけだったりする? これは美味しくないとか、これはこうするべきじゃないとか。
 立食パーティーだから王も立っているっていうのに、そんな王をさらに差し置いて俺にだけ用意された卓に座らされ、そこに次々と運ばれる料理の数々。どうやら俺はそれを一口ずつ食べなければいけないらしい。
 ……これってある意味で拷問なんじゃなかろうか。
 言い訳を言って逃げることは出来そうになく、両脇には思春と凪が待機している。
 ……ちなみに、俺が“炒飯?”を食べるのを待っている愛紗の後ろには、自信満々の顔でなにかしらの容器を持っている春蘭が待機している。思い返されるのは秋蘭と季衣をノックアウトしてみせた杏仁豆腐だが……俺、逃げていい? ……はい、逃げられるわけがありませんでしたね。

「? 一刀殿、どうされましたか」
「あ、いやえっと、ななななんでもない」
「そうですか。では」

 どうぞと、にっこり笑顔で“炒飯?”を食べるように促される。
 知らずに喉がごくりと鳴り、手足が震え、香りを嗅ぐだけでも汗がだらだらとあふれ出てくるこれは、果たして料理と言えるのだろうか。だが男ならば女性の手料理はきちんと食わねば……いや、もちろん一口って意味で。
 う、宴用に作ったんだもんなぁ、俺だけが食ったらあんまりだよな? なっ!?

「い、いただきます……」
「…………《ごくり》」

 俺の覚悟が決まる頃、愛紗の喉がごくりと動く。
 震える手で持つレンゲでざくりと“炒飯?”を掬い、途端に香る生臭さに「ウッ……!」と声が漏れそうになるのをなんとか堪え、一度だけ“神様……”と何かに祈ってから───ついにハモリと一気に食べる!

「───…………」
「……か、一刀殿?」

 目の前が真っ白になった。
 なのに耳は音を拾う。
 視界はどこもかしこも白で埋め尽くされていた。
 ハテ……これはいったいどうしたことだろう。
 疑問に思っていると、どこからか大きな鐘の音が聞こえてきて、なんとなく空から聞こえてきたような気がして、白の視界のままに見上げてみると───白でいっぱいの空から、布のようなものに身を包んだ翼を生やした少年数人が降りてきた。
 何故かラッパのようなものを片手にし、残った片手で俺の体を引っ張る。すると驚くくらいに容易く体が持ち上がって、まるで羽毛にでもなったかのように俺の体が宙に浮かぶ。
 何が起きているのかなんて気にするって思考すら働かぬままに、やがて俺は《ドスッ!》

「あだぁっ!? ───……あ、あれっ!? 俺っ……今…………あ、あれぇ……?」

 急に脇腹に走った痛みにガバッと顔を持ち上げた。
 すると、卓を挟んだ目の前に慌てている愛紗。それに、俺の隣で長い長い安堵にも似た息を吐く凪と思春。どうやら俺は卓に顔から突っ伏していたようで───って……あれ? 俺……もしかして倒れてた? むしろ何処かへ連れていかれそうになってた? ……お花畑どころかお迎えが先に来たよ。危なかった。

「はぁ……秋蘭、愛紗の料理を下げさせなさい」
「御意」

 ふう、と冷や汗を拭う俺をよそに、華琳が目を伏せながら言う。
 愛紗はといえば……下げられる料理を口惜しそうに眺め、追おうとするも華琳に呼び止められた。

「愛紗、あなたはここに居る間にもっと料理の腕を磨くこと。いい機会だから料理が出来ない者に“調理”というものを教えてあげるわ」
「なっ……い、いやしかしっ……」
「あら。人を気絶させておいて、何か言いたいことでもあるのかしら?」
「《ぐさり》はぐぅっ!?」

 呼び止められてからの言葉は全てが正論すぎて、愛紗はぐぅの音も……ああいや、代わりに“はぐぅ”なら吐いたけど、ともかく反論出来なくなっていた。

「皆にもここで言っておくわ。料理の出来ないものはきちんと作れるようになりなさい。食べてばかりだった者も、そうすることで食に対する意識が変わってくるでしょうから」
「うーん……料理かぁ……えと、華琳さんが教えてくれるの?」
「ええ。本人にやる気があるのならね」
「は、はい華琳さま! 私、今すぐにでも覚えます! な、なのでっ!」

 桃香の質問に答える華琳のすぐ傍で、挙手をしてまで自己をアピール。二人っきりで教えてほしいと体全体で示す我が国の軍師さまが居た。

「良い心掛けね。では最初の試験を与えるわ。一刀に料理を作り、美味しいと言わせてみせなさい。それが出来たのなら有資格者として認めてあげましょう」
「えぇっ!? ほ、北郷に……私が!?」

 この世の終わりのような顔をされた。小声で「毒を盛るだけなら喜んでするのに」とか聞こえたが、なんというか、うん。聞こえないフリをした。
 アア、周囲がとっても賑やかだナー。
 これぞお祭り騒ぎって感じで大変いいことなんだが……

「さあ食え!」

 ……どうして俺の前には、春蘭特製の杏仁豆腐があるんだろうか……つーかこれ杏仁豆腐っていうよりもフルーツポンチだろ……フルーツ無いけどさ。
 そういえば杏仁豆腐って中国じゃあ薬膳料理らしいね。
 郷愁と呼べるのかは別として、元の世界で急に杏仁豆腐が食べたくなって、調べてみたら薬膳料理だと書いてあった。

(どうして俺は、その薬膳料理を前に気絶する覚悟を決めなければならないのだろうか)

 いや、気絶で済むならいい。
 もし再びヘヴンズドアーを開いてしまえば、今度こそ戻ってこれないかも……って、料理でさすがにそれはないよな。それに春蘭だって同じ轍はそうそう踏まないはず。ただでさえ酔っ払って猫化までして謝罪してきてくれたかつての料理。これ……逆に期待出来るんじゃないか? ほら、春蘭だって自信満々だし。
 なんだ、心配することなかったじゃないか。

「いただきます」

 自分の思考回路が自分の心の緊張を解いてくれた。
 そうなれば、今度は逆にウキウキとしてくるというもので、春蘭の腕が何処まで上がったのかを確かめるように、パクリと杏仁豆腐を口にした。───途端に思い出される、“あれから作らせていない”という秋蘭の言葉。
 そして訪れる真っ暗な世界。
 あ、あれ? さっきまでみんなと一緒に宴の席に居たはずなのに、何処だここ。
 えぇと……あのー、なんで俺の足元からフードのようなものを被った骸骨が出てきなさっているのでしょうか。そしてその手に持つ物騒な鎌はなんですか? え? いやちょっと待って!? え!? もしかして俺、また倒れた!? さっきのが天使ならこれ死神!? まままぁーーーままま待った待った待って待った待ってくれぇえーーーーっ!!!《ドスッ!》

「ふぐぅっ!?」

 再び脇腹への痛みで目が覚めた。
 ビクンッと痙攣して夢から覚めるように、ハッと気づけば宴の席。
 …………天国の扉どころかヘルズドアー開いてたよ。

「ど、どうだっ」

 そして気絶した相手に良し悪しを訊ねるこの大剣さまに、俺はなにを言うべきだろう。
 ああいや、言うことなんて決まっている。
 武や学が日々の積み重ねだというのなら、食ももちろんそうだといえる。
 ならば練磨の機会を奪う言葉は“ため”にはならないのだ。

「……お願いだから、料理をするなら“味見”をしてください……!」

 言っている途中でホロリと涙がこぼれてしまい、敬語になってしまうくらい切実な願いであった。しかし春蘭は「なにを言う! 出来たものは一番に相手に食わせるものだと聞いたぞ!」とか言い出す始末で。
 うん、食べさせるのはいいけど、きちんと美味しいものを食べさせてください。
 最初からこれじゃあ、宴の最中だっていうのに自分の命が心配になってきたよ。
 などと自分の一歩先の未来を考えて空を仰ぐ俺に、「心配いらないわよ。一番ひどいのを一番に持ってきたのだから」と仰る華琳さま。……今の世に激辛マニアがあるのなら、彼女にこそ食わせたいと心の隅で思ってしまった。

「華琳は食べないのか?」
「気絶するようなものを食べる必要なんてないでしょう?」
「だったら俺が食う前に味見なりなんなりさせよう!? つか、春蘭もなんであんなに自信満々だったんだよ!」
「味付けを変えてみたんだ! どうだ! 美味かっただろう!」
「………」

 目の前で輝く笑顔を見せる大剣さまに、俺は両腕で×を作ってみせた。
 途端に「なんだとぅ!?」と騒ぎ出した瞬間、後ろに居た霞が羽交い絞めにし、すかさず俺が杏仁豆腐を口に突っ込むと、ぐしゃりと膝から崩れ落ちて動かなくなった。

「……そうね。皆、一刀に食べさせる前に一度味見をなさい。さすがに宴の席で医者を呼ぶことだけは避けたいわ」
「もっと早く聞きたかったよ、その言葉……」

 一応この宴には華佗も参加してくれてはいるが、そんな心配を胸に宴を続けるなんてことはしたくない。宴ってもっと純粋に楽しむものなんだろうし。……楽しむものだよな? 前回も覗きまがいのことして追われたり戦わされたりといろいろ散々だったけど、宴って楽しむものだよ…………な? あれ? 思い返せば返すほど心に緊張が走るのはどうしてだろう。

(……だ、大丈夫大丈夫)

 言いつつも胸をノックして覚悟を決める自分の未来を考えて、少し泣きたくなった。


───……。


 さて。
 みんなが作ってくれた料理をひと掬いずつ口にして、それだけでお腹が大分満たされてしまった現在。実際に愛紗や春蘭ほどひどい人はおらず───といけばよかったんだが、三国の王が料理を振る舞うってとんでもない状況の中、蜀の王が味見の段階で昇天した。
 これにはさすがに場が騒然となり、まさか食材に毒が───なんて疑惑が浮上したものの、鈴々がきっぱりと「お姉ちゃんの料理が美味しくないだけなのだ」と言っただけで場は静まり、その腕を知る者達は一瞬にして落ち着きを取り戻していた。今は華佗が見てくれているから、すぐに良くなるだろう。

「料理は人を笑顔にするって、以前季衣や流琉と話してたのになぁ……」
「程度にもよるってことでしょ? それより一刀、私も作ったから食べて食べてー♪」

 独り言を拾いながら皿を出すのは呉王さま。
 その皿には…………酒のつまみが乗っていた。
 なるほど、一応乾物でそのまま食べるものではなく、調理が必要なものらしい。
 これならばと摘み、差し出された酒と一緒に飲んでみれば、確かに刺激される“美味い”という味覚。思わず顔を綻ばせると雪蓮も気分を良くしたのか、いつか華琳がやったように俺の手から酒をひったくると飲み干した。

「ん〜、おいしっ」
「差し出しておいてひったくるなよ……」
「えー? いいじゃないべつに。私はこうやってお酒が飲みたかったんだもん」
「冥琳が見たら、王としての自覚が足りんとか言いそうだぞ」
「とっくに諦めてるでしょ」
「いや……それは王の言葉としてどうなんだ……?」

 ちらりと離れた場所に立ち、穏と話をしている冥琳を見やる。と、視線に気づいたのか彼女も俺を見て、その前に立つ雪蓮を見るとズカズカと歩いてくる。

「北郷、腹は無事か?」
「いやちょっ……冥琳、第一声がそれって……」
「失礼ねー、ちゃんと味見だってしたわよ。美味しかったし」
「勘任せに適当な味付けをするのを横で見ていれば、心配にもなるというものだろう」
「心配だったなら是非止めてほしかったけど……でも、冥琳のは文句無く美味かったね」
「そうか。それはなによりだ」

 穏やかに笑みを浮かべる冥琳は、なんというかえーと……嬉しそうって取っていいんだろうか、これは。そんな彼女がふむと小さく頷いて、雪蓮が作ったつまみを摘み、口に含む。途端に雪蓮が「あっ」なんてこぼしたのがやけに耳に残った。それ以上に、「げふぅっ!?」と咳き込んだ冥琳の反応が目に焼きついたけど。

「…………《ぎろり》」
「あ、あははー……や、ほら、だってさ、普通に作ったんじゃ面白くないし、なにかひとつだけでもおかしな味が混ざってたほうがお祭り的にはいいんじゃないかなーって《ぼがすっ!》ふぎゃんっ!? たっ……いったぁーーーーい!! ちょっと冥琳! こんな場で殴ることないでしょー!?」

 一国の王になんてことするのよー!と続ける雪蓮は、目に涙を滲ませながら両手で拳骨をくらった頭を押さえていた。しかしそんな王の講義も何処吹く風、冥琳は逆にギロリと……ではなく、余裕の表情で軽く睨んで返すと、力を抜いたような声で静かに返した。

「ほう? それは妙なことを聞いたな。お前は蓮華さまに家督を譲ると聞いていたが? それを今日この場で皆に伝え、自分は隠居すると。それともお前は、伝えるまでは自分は王なのだからと女々しくのたまうつもりか?」
「だ、だって実際そーじゃないのー! ていうかその理屈だと、隠居したら私のこと殴り放題みたいになるじゃない!」
「そうか。ならばこう返そう。お前がまだ自分を王であると言うのなら、王を正しきに導く手助けをするのは軍師の務めだ。殴ってでも正しきに導いてなにが悪い」
「うわっ、開き直ったっ! 悪いわよぅ! 痛いじゃない! 正しきに導くなら、殴る前にまずは言葉で───」
「いや、言葉で言ったところで“聞こえな〜い”って右から左へじゃないか、雪蓮は」
「あーーーっ! 一刀裏切ったーーーっ!」
「裏切ってるのはいっつも雪蓮だろ! 呉でこんな揉め事が起こるたびになんでもかんでも俺を盾にして!」
「それだっていっつも一刀が口裏合わせてくれないから冥琳にバレるんでしょー!?」
「片棒担がせるくらいならまだしも、全部俺の所為にしようとする王の言う言葉かそれ!」
「…………」

 話し合っていたら、いつの間にか冥琳そっちのけで雪蓮と叫び合っていた。
 冥琳はどこかぽかんとしていたが、途中で小さく吹き出すとやっぱり小さく笑い、「困った友人が出来たものだ」とこぼしていた。友人か……なんかくすぐったい。でもあの日、俺と冥琳は確かに友達になった。絵本で結ばれた友情っていうのもちょっと変わった感じがするけど、それでも友情は友情だ。
 むしろ雪蓮っていう知り合いを互いに持っていることと、そんな雪蓮によく振り回されていることを考えれば、俺達は良き友人なのだろう。共通の困りごとを抱えている時点で。
 なんとはなしに手を同時に差し出し、俺と冥琳は握手をしていた。
 言葉は交わさない。
 ただ、互いの目で伝え合う。
 これからもよろしくと。

「ふーん……? なんか冥琳と一刀って、通じ合ってるわよねー」
「ふふっ、まあ……氣を分かち合った間柄ではあるな」
「あんな体験、そうそう出来ないだろうね」

 言って二人して笑うと、雪蓮がどこか面白くなさそうに口を尖らせる。

「むー……言っておくけど、冥琳は私のものだからね?」
「所有物扱いか……」
「ちなみに俺は華琳のものだぞ」
「北郷……お前はそれでいいのか?」
「ん。双方ともに納得済み。俺はそれでいいって思ってるし、華琳はあの性格だし」
「華琳てば欲しいものは手に入れないと気がすまない性質だからねー。まあ、いずれは一刀も私がもらうけど」

 なんとなく、もしそうなったとしても逆に華琳が冥琳を奪ってそうな気が……いや、さすがにそれはないか? そもそも俺は誰にも貰われるつもりはないし。
 そんなことを考えていたら自然とおかしな感じに笑みがこぼれ、雪蓮が少しムッとした顔をする。そんな彼女をまあまあと宥めていると、ついに訪れる最後の料理。そう……今宵最後の食を披露するのは我らが魏王にして覇王、曹孟徳だ。

「楽しそうね」
「あ、華琳。まあね〜♪ 今ね、あなたからどうやって一刀を奪うかを話し合っていたの」
「あらそう。どうとでも好きになさい? 代わりに冥琳を貰うから」
「うわっ、余裕の発言。なに? もしかして一刀に飽きた? 交換でもしたい?」
「奪われても奪いきれないから“所有物”というのよ、雪蓮。それよりもどいてくれないかしら。ずっと私に皿を持たせておくつもり?」

 ニヤリと薄い笑みを浮かべる華琳は、なんというか本当に余裕そうだった。
 ただまあ、「ちぇー」とか言いながら俺の正面から移動する雪蓮をよそに、一瞬だけ俺をギロリと睨んできましたが。……ああ、解ってる解ってる……口ではどうと言おうと、気になりはするんだよな……。じゃなきゃ、絶に血を吸わせて証を立てたはずなのに、いつかみたいに怒り出したりなんかしないはずだ。
 大丈夫、俺も少しずつだがオトメゴコロというものを理解していっているつもりだ。
 ……つもりだ。り、理解してるよな? 俺。

「それで華琳……これ、俺が最初に食べていいのか?」
「そうでないのなら目の前に置く意味がある? いいから食べなさい」
「そっか。じゃあ───」

 目の前に置かれた料理を前にゴクリと喉を鳴らす。
 華琳の料理の腕は折り紙つきだ。
 稀にしか食べる機会が無いが、どれも一級。
 何かを作ってみせれば食べるだけで作り方などを頭の中で構築、自分で作ってみせて、しかも最初に作った人のものよりも美味しくつくってしまう……言っちゃなんだけどバケモノシェフだ。
 そんな華琳の手料理……それも一口目を食えるのだ。
 心していただこう。───と、用意されたレンゲを取って食べようとした時だった。

「華琳さまっ! こんな物体に一口目を食べさせたら、後に食べる者が全員孕みます!」

 いつもの……もう発作と言ってもいいものが発動。
 人をズビシと指差しての言葉は嫌でも人の目を惹き、料理に目が行っていた将の目はもちろん、世間話をしていた将の目まで惹くことになり、当然のことながら慌てて否定させてもらった。

「ひと掬い食べるだけだし別のレンゲで食べるのにどうすればそんな結論が出るんだよ!」
「あんたなら空気感染で孕むわよ!」
「孕んでたまるかぁっ!!」

 叫び始めた桂花に、だったらとレンゲで掬った料理をガポリと無理矢理食べさせると、おぞましさに歪んだその顔が───美味しかったのだろう、次第にとろけてゆく。
 これで静かになってくれるだろうと、俺は別のレンゲを手に料理を食べようとするのだが───何故かその料理が、他でもない華琳の手で取り上げられてしまった。

「へ? あ、ちょ、華琳? 俺まだ食ってな───」
「ひと掬いずつなのだから、もう一刀の分なんて無いわよ」
「え───えぇええっ!!?」

 え、いや、なんで!? 確かにひと掬い食べるだけだしって俺も言ったよ!? でもそのひと掬いは桂花に食べさせたわけで……! あ、余るだろ!? 桂花のひと掬い分が余る筈だって!
 慌ててひと掬いに存在する究極の味を求めるも、華琳はなんだか不機嫌そうだった。それはいつか、自分が一番に綿飴を食べられなかった時のような……いや待て、綿飴関係ないって。え? お、俺なにかした?
 早速オトメゴコロが解らない。いや、これはオトメゴコロとは関係ない……か?

「華琳って一刀が相手だと、やっぱり結構隙だらけよね〜」
「え……そうかぁ……?」

 移動はしたものの、なんでか俺の近くからは離れようとしない雪蓮が言う。
 その顔はどうしようもなくニヤついていた。
 俺にはそのニヤつきの理由が解らない。
 ……ごめん、やっぱりオトメゴコロって解らないや。
 なんとか落ち着いてもらい、怒った理由を訊こうとしたものの、料理目的の食いしん坊さんたちにあっという間に囲まれてしまう華琳。
 こうなってしまっては、潜り込めば五体満足にはいられないことなど明白。
 仕方なく、場が落ち着くまでを待つことにした。


───……。


 さて。
 祭りなんてものに落ち着きがないことを思い知ったのは、華琳が料理を持ってきてから相当経ってからだった。
 なんやかんやと話し掛けられる中で、華琳は華琳で忙しく、いつしか宴会というの名の祭りの中にあって、しばらく顔すら見ていない状況にまで陥ってしまった。
 だからといってみんなと話すことが嫌というわけでもないのだから、胸に引っかかりを残したままでも話し掛けられれば普通に返した。
 何が引っかかるのかといえば当然華琳が不機嫌になった理由なわけだが……なによりも、怒った彼女をそのままにしておくという状況が、どうしようもなく俺の未来を不安にさせました。そうならない人が居るなら、それはよほどの度胸の持ち主だと断言する。
 しかし今はようやく雪蓮から解放され、ぐうっと一息をついたところだ。
 あらかたの挨拶は終わったし、あとは賑やかなままに終わることを願うだけ……っと?

「その……か、一刀」
「うん? あ───ああ、蓮華」

 そんな心配のさなかに声をかけられ、振り向けば蓮華。
 最初に出会った頃からは想像できないような穏やかな表情で、俺に話し掛けてきてくれている。最初の頃の蓮華といえば……こう、尖がっているような、妙に気負っているような……ともかくキリッとしているんだけど、その奥に常に不安を背負ったような顔だった。
 それが今ではこんな、どこか落ち着いた表情で居るというんだから……人の在り方っていろいろと不思議だと思えてしまう。

「そういえばまだ言ってなかったな。ごちそうさま。料理、美味しかった」
「そ、そう? ……口にあったようでなによりだわ」

 安堵するようにホゥ……と息を吐いていた。
 なりゆきみたいな形で俺が毒見……もとい、味見をすることになったが、思いのほか料理が上手い人が多くて驚いた。いきあたりばったりで作った人もそりゃあ居て、でもきっちり味見をしてくれていたお陰もあって、愛紗や春蘭の料理ほどひどいものはそうなかった。

「……皆、楽しんでいるわね」
「急に料理を作るなんて、緊張しか現れないようなことをさせられたんだし、最初に緊張しちゃえばあとは騒ぐだけってことじゃないかな」
「ふふっ、そうね。挨拶もそこそこに、急に“料理を作りなさい”だもの。驚いたわ」

 なにせ相手は料理にうるさいことで知られる華琳だ。
 そんな彼女に料理を作りなさいなんて言われれば誰だって緊張する。
 作った先で第一に食べるのが、どうして俺だったのかは未だに謎なんだけど……本当に毒見させたかったり、せめて味見はしなさいとかそういう知識を植えつけたかったとか、そういうことじゃないよな?
 いや、正直な話、味見のことに関しては本当に願わずにはいられないのは確かだ。
 風邪の時に魚が顔を出したKAYUを食べさせられたり、宴の手料理で“炒飯?”やフルールポンチ的杏仁豆腐を食べさせられて天使や死神に連れて行かれそうになったり、ろくな目に遭っていない。それを思えば桃香はいいとばっちりというか、味見で昇天してしまった気の毒な部類に入るが……それでもどうしてだろう。失礼な話ではあるが実体験のもと、少なくとも愛紗や春蘭のものほどひどくはなかったんじゃないかと思える。
 そう思うと、食べてみたかったりもしたと思えるんだから不思議だ。

「料理といえば……蓮華は料理を習っていたりしたのか?」
「え? あ、ああ……いいえ、それが全然。見栄を張っても仕方の無いことだから言うけれど、料理をしようと思ったのは一刀が呉を発ってからよ」
「そうなのか?」

 それであの味とは……俺、やっぱりちゃんと料理を習おうかしら。

「結構苦労した?」
「え、ええ……その。小蓮に味見を頼んでいたのだけど、最初のうちは逃げられてしまうくらいで……」
「あー……」

 聞けば盛り付けもひどいものだったのだという。
 祭さんに教わりながらやっていたそうだが、どれほど溜め息を吐かれたか解らないんだそうだ。

「それで、味見は結局誰が?」
「自分でしたわ。最初の頃など食べられたものではなかった。食材を無駄にしたことで祭にも怒られる始末で……」

 踏んだり蹴ったりだったようだ。
 でも……どうして急に料理なんか始めたんだろうか。
 そこのところが気になって訊いてみると……

「一刀が呉を発つ前、一刀が働いていた料理店に行ったのを覚えている?」
「ああ。思春にエプロンドレスを着てもらって、接客をしてもらってた時だな」
「その認識の仕方はどうかと思うけど、ええ。その時の、客を持て成そうとする一刀の顔が忘れられなかった。だって、本当に楽しそうな顔をしていたから」

 ……そう返された。
 それを聞いて、当時の俺がどんな顔をしていたのかを軽く想像してみるのだ。“何がオススメ?”と問われ、握り拳を作って“この店はなんでも美味い”と叫んだあの頃を───って、なんかその一場面だけ思い出せれば十分な気がした。楽しんでるな、十二分に。

「料理で人を喜ばせるとはどういう気分になれるのか。気になったら、もう止まる理由を考えることさえしなかった。ああ、もちろん自分に課せられた仕事はきちんとこなしたし、鍛錬もしたわ。どちらがより国に貢献出来るかと約束した通り、自分を高めることを脇に置いたことなんてしていない」
「ん。それはこっちも同じかな。いろいろと問題も起きたけど、なんとかやってるよ」

 一時は鍛錬禁止とか言い渡されたりもして、魂が抜けかけたりもしたほどだ。
 それをなんとか乗り越えた先で蓮華と再会できて本当によかった。
 もしそうじゃなかったら、約束もなにもあったもんじゃあなかった。

「でも普通に美味しくて驚いたよ。悪いとは思うけど、蜀と魏でああいう料理を作る人が居ると、呉も心配だったから」
「ふふっ、ああ、構わない。私も今回のはたまたま上手く出来ただけだと自覚している。見栄になってしまうのだろうが、私はそのたまたまがお前に食べさせる時に働いてくれて嬉しいと思っている」
「蓮華……」

 やさしい笑顔のままに放たれる言葉がくすぐったい。
 離れていても、同じく己を磨いてきたであろう相手だからこそ親近感のようなものが沸き、蓮華がどういった経験を積んできたのかがなんとなくだけど感じ取れる。それは蓮華も同じようで、いつかのように視線を交差させるだけで相手の考えが解るかのような笑顔で、目を見詰め合ったままに穏やかに笑った。
 やっぱり随分と変わったよな、蓮華。時折に“〜〜わ”などと、女の子らしい言葉が聞けるものの、基本は少し気を引き締めた言葉使いの蓮華。そんな彼女のひとつひとつの行動に自然と目が動くのはどうしてなのか。そんな視線が数秒、あるいは数分の間交差し続けた結果、蓮華は途端に顔を赤らめて口早に言った。

「あ、と、ところで思春はどうしているの? 一刀が料理を食べていたときには、隣に立っていたようだけど」
「え? あ、そういえば───」

 雪蓮と話していた時もまだ傍に居たんだけどな……微妙に小さな気配を感じていたし。
 なのに今は少しの気配も感じない。
 どこに行ったのかと考える中でも蓮華から視線を外さないでいると、その顔がふと俯いてしまう。

「……弱いな、私は。まだ不安が込み上げると思春を探す癖がある」
「蓮華……?」
「強くなったつもりでいたんだが、まだまだ弱いままらしい。……だが、ふふっ……それはそれでいいと思っている。直さなければいけない部分を自覚できているのなら、まだ救いはある」
「………」

 何を言うでもなく、彼女は自分なりの歩き方というものを見つけていたようだった。
 気になるものは仕方ない。元々は傍に居すぎだとよそ者だった俺が思うほどにくっついていたんだ。そんな存在が急に居なくなって戸惑わない人が居たら、それは素質とかがどうとか以前に人として異常と取ってもいいくらいだ。

「……思春はよくやっている?」
「ん。随分と助けられてるよ。何度ありがとうと思ったか解らない」
「ふふふっ、そう。ならば口に出してやってほしい。思春は“して当然の行動”には、感謝を向けられる理由を探すことをしないから。私も“助かる”と返すだけで、きちんと感謝を向けたことなど数えるほども無い気がする」

 つまり、“そうされて当然”と蓮華自身も思ってしまっていたということか。
 自分に出来ないことをやってくれる誰かの存在は、それがいくら心安い相手だからって、感謝の心を忘れたらいけない。相手のほうはこれで案外気にしていないものだろうが、感謝を忘れればそれこそそれが当然になり、いつかそれをしてくれなかったその人に理不尽な不満をぶつけてしまうことがあるかもしれない。
 “傍に居られることが当然”なんてことは、簡単に壊れてしまうことを……少なくとも俺と彼女は知っているのだろう。
 ああそうか、視線が外せない理由は簡単だ。
 自分になんとなく似ているから、彼女ならばここでどんな行動を取れるのか。
 それが気になって仕方が無いんだ。
 かつて互いに“見ていた”と伝え合ったのと同じように、俺も蓮華も互いを目で追ってしまうくせがついてしまっているのかもしれない。

「思春にお礼か。結構してるつもりなんだけど、軽く流されちゃうんだよな。蓮華の時はどうだった?」
「…………自分で言うのもどうかとは思うけど、珍しく感謝しても……“いえ、当然のことです”と返されるだけだった気がするわ」
「………」
「………」

 なるほど、それは感謝の甲斐も無いような。
 いやむしろ思春がやりたいからやっていることだから、感謝される謂れはないと……思春自身がそう受け取ってるのかも。
 それなら確かに当然のことだ。

「……今度、二人で思春に感謝の気持ちでも贈ろうか」
「ああ、賛成だ。しかし感謝の気持ちというのはどう現せば───」
「せっかくの機会だし、蓮華と俺で料理を作ってみるとか」
「うっ……い、いや、一刀……私の料理は本当に、今回たまたま成功しただけで……。姉様にも“あなたには家事の才能が無いわ”とか言われる始末だし……」
「だったらその時にも成功するように頑張ればいいって。今すぐするわけじゃないんだから、その時まで料理の練習をしよう。……その、俺も料理を上手く作れるようになりたいって、丁度思ってたところだから」
「一刀……」

 それに、なんでも“才能”で決めてしまうのはもったいない。
 覚えることを覚えて、その通りにすれば普通の料理は出来るんだから……あとは工夫を覚えていけば普通以上天才未満にはなれるのだ。

「あ、はいはーい! わ、私もその練習、参加するよー!」
「え?」
「あ……桃香?」

 突然の声に視線を向ければ、自分の料理で昇天したはずの桃香。
 思わずもうお腹は大丈夫なのかと訊きそうになったが、地雷……だよな?

「華佗に見てもらっていたのではないのか?」
「うん、もうすっかり平気。それで、料理のことなんだけど……うう、その……」

 胸の前で人差し指をついついと突き合わせ、目からたぱーと涙を流す王の図。
 いや……まあ、気持ちは解る。
 味見で気絶してしまえるものを作ってしまう腕をなんとかしたい……それはそうだ。

「そ、それで、どうかな」
「うん、俺は構わないけど」
「え───」
「わ、よかったよー、断られたらどうしようかと思っちゃってて」
「うん……まあ、問題は華琳か流琉が教えてくれるかどうかだし」
「あぅ……華琳さんかぁ……。えっと、“だいいちのしけん”〜は、お兄さんに美味しいって言わせればいいって言ってたよね?」
「《ぞくぅっ!》ヒィ!?」

 あ、あれ? なに? なんだか寒気が!?
 いやっ……いやいやいやいや! さすがの俺も、美味しくないものを無理して美味しいって言うつもりはもうないぞ!? 前はあったけど! ていうか美味しくないものって決め付けるのは失礼だけど、こればっかりは俺にも大打撃になるから無理! 無理だっ!
 ややややややさしさだけでは人は成長できないと知りました! だから無理!

「え、えぇと……まずはそのっ……ふ、“普通”を作れるように頑張ろうなっ! 普通の料理だったら、俺でも教えられるからっ!」
「え? お兄さんが教えてくれるの?」
「あ……ああ。あくまで“普通”レベルなら」

 それなら大丈夫な筈だ。
 普通より不味くは出来ても上手くは出来なさそうな自分が悲しいけど、大丈夫、あくまで普通レベルなら教えてあげられる……と思う。

「蓮華も、それでいいか?」
「え? あ、いや私は」
「よろしくっ、蓮華ちゃんっ」
「うっ……だ、だから私はっ……!」
「一緒に頑張ろうなっ」
「うぅぅ…………わ、解った……」

 渋々といった感じに頷いた蓮華だったが、少し間を開けてから、どうしてか……ほにゃりとやさしく笑んでいた。そのことに軽く触れてみると、これまたどうしてか突如として怒り出し、そっぽを向いて歩いていってしまう。
 ……あれ? 俺、自分では気づかないところでなにかした?

(オトメゴコロどころか、人の心がまず解らない……)

 その場その場で届けたい言葉は浮かびはするが、それが本当に人の救いになっているかも解らないのだから、人間っていうのは中々に難しい。
 それでも離れたいとは思わない……いや、“思えない”だな、この場合。
 人恋しいのか、ただ単に自分が寂しがり屋なだけなのか。

(もし元の世界の住人に会えるのなら、たとえ及川でも構わないとか思っている時点で、相当に寂しがり屋なのは自覚出来るよなぁ)

 なにやってるのかな、本当に。
 苦笑とともに頷いて、宴の喧噪へと意識を戻す。
 蓮華は歩いていってしまったけど、桃香は百面相をしていた俺をずっと見つめていたらしく、なんだかすこぶる機嫌がよさそうに笑っている。

「戻らなくていいのか?」
「うん。愛紗ちゃんにはきちんと言ってあるし、大丈夫」
「そっか」

 宴の席は既に酒宴となっている。
 酒の匂いがし放題といった光景が、どこを向いても巻き起こっている。
 華琳の料理はよほどに美味かったのだろう。
 味をきっかけに盛り上がる宴を前に、恐らく巻き込まれて身動きがとれないのであろう華琳を思う。どうせ身動き取れなくしているのは雪蓮だろうけどさ。
 それに関しては少し安心。いや、華琳が傍に居ないのが安心って意味ではなく、“桃香が酒宴に巻き込まれていないこと”に安心を。
 ……酔うと怖いからな、この蜀王さまは。

「学校のほうは順調か?」
「うん。街を歩いてる時なんか、子供たちが算数の練習をしてたりして、賑やかだよ〜?」
「へぇ……」
「あれから結構生徒さんが増えて、逆に教師のほうが足りないかもって思うくらいだよ」
「そ、そんなにか」

 それは、朱里とか雛里は大変そうだ。
 思い浮かべただけでも“はわあわ”と慌てる二人が容易く浮かぶ。
 ……い、いや、それはそれで見てみたいかもとか思ってないぞ?

「うん。朱里ちゃんや雛里ちゃんの提案で、お城とかの管理は若手の人に任せて、私たちは学校や別のことへ集中したほうがいいかもしれないって案も出てるくらい」
「あー……なるほど、それは確かにそうかも」

 平和になったのなら、戦への知識に意識を向けることも少なくなった。
 ならば城の管理等は若手さんに任せて、そりゃあもちろん慣れるまでは指示するとしても、段々と慣れていってもらえば、その分他に手を回せる時間が増えるわけだ。

「そうして空いた時間に、次はどんなことをするつもりなんだ? あ、もちろんよかったら聞かせてくれるって程度でいいんだけど」

 桃香の政務の手伝いをする〜とかじゃないよな、さすがに。
 学校に専念するってわけでもないだろうし。
 と考えている俺の横で、当の桃香さんはきょとんとした顔で仰った。

「? お兄さんを三国の支柱にするためのことを進める〜って言ってたよ?」
「───……エ?」

 あれ? ……え?

「え……も、もうか!? まだまだ先のことだと思ってたのに!」
「うん。だってもう争う理由もないなら、あとは仲良くなるだけだもん。中心がお兄さんならきっとみんなが手を繋げるし、きっとみんなが笑顔で暮らせるようになるよ。私と雪蓮さんの願いが叶うならって、華琳さんも頷いてくれたし」
「ワーイとっくに承諾済み!?」

 宅の魏王様はどうしてそういう大事なことを、人を驚かせる材料として隠し持っておくかなぁ! 俺当事者だよね!? 思いっきり中心だよね!? どうしてそれなのにいっつも最後に知らされてるんだ!?
 そりゃあそれっぽいことを話に行ってたってことは、きちんと知らされてはいたけどさ!
 それがここまで進んでいたとか初耳なんですが!? 朱里や雛里もとっくにやる気になっているみたいだし、まさかとは思うけど……もう都も作り始めてるとか…………は、はははっ!? ないないっ! それはさすがに───…………な、ないよな?

(………)

 いや。覚悟は決めた筈だろう? 北郷一刀。
 大きすぎる魏への思いは絶に託して、俺は三国のために生きる者となると。
 だったら躊躇も戸惑いも、そう必要じゃないだろう。
 なにより桃香は俺が支柱になることになんの不満も無いといった風情だ。
 一国の王がそうであるのに、俺がそれを拒否するのはおかしい。

(……きちんと自分で決めたことだもんな)

 俺が再び天から降りてきて、御遣いとして取る行動とはなにか。
 いつか華琳とそんな話をした。
 あの時はまさか、冗談で怒った途端に泣かれるとは思ってもみなかった。
 その瞬間を思い出して小さく笑い、けれど胸にこみあげる思いはノックとともに芯に刻んだ。

「はぁ……もっと頑張らないとな」
「え? あ、う、うん……」
「はは、いや、桃香じゃなくて俺がだよ。支柱になるならもっと自分を高めないと」
「あ、そっか。でも……うーん、お兄さんにはあんまり変わってほしくないなー」
「そうなのか?」
「うん。お兄さんはそのままがいいな。やさしくて可笑しくて、目を見て話してくれるままのお兄さんがいい」
「……自分じゃよく解らないな」
「あははっ、うんっ、そんなお兄さんだから、支柱にするならお兄さんがいいって思うんだよ」

 ……やっぱりよく解らない。
 けど、桃香は本当に楽しそうに笑んでいたので、それを否定する理由が俺には浮かばなかった。第一心に刻んだ途端に否定するのは、自分の覚悟に対しても失礼ってもんだ。

(覚悟か。……じいちゃんも元気にしてる…………だろうなぁ)

 あの人は冷静なくせに元気の塊みたいなよく解らない人だから。
 もし帰ることがあるとしたら、一度くらい勝ってみたいな、と───そんなことを思いながら、一層に騒がしくなる宴の席へと桃香に手を引かれるままに突っ込んだ。
 上限なんて知らないとばかりに騒がしくなる宴の席。
 歓迎をするだけにしてはやりすぎといわんばかりの騒ぎの中で、歓迎というよりは絆を深めるための席なんだろうなと頷いてからは、俺も無遠慮に騒いだし燥いだ。
 酒も飲んで料理も摘んで、腹がいっぱいであったにもかかわらず動き回って脇腹を痛めたりして、それでも楽しいからと思い切り騒いで。
 願われるままに、未だに上手く弾けない二胡を手に舞台に上がらされ、緊張でガッチガチになった美羽とともに“歌?”と“演奏?”を披露。逆にそのヘッポコさがウケたようで思い切り笑われたが、まあ……恥ずかしかったからそれは濁そう。
 ならばと天の歌を携帯電話から流れるBGMとともに歌ってみれば、これは好評を得た。
 美羽も練習していたこともあってか、俺と一緒なら元気に歌うことが出来て、その歌声に表情を輝かせた七乃が褒めてるのか貶しているのか微妙なラインの賛辞を送り、美羽が踏ん反り返ったまま歌って舌を噛む。
 そんなことが何度と続くと、場は異様な盛り上がりを見せ……いつの間にか喉自慢大会が始まり、歌いたくない者を除いた歌合戦に発展していた。

「えへへーっ、一度やってみたかったんだーこれーっ! みんなーっ! 沙和の歌を聴けーーーっ! なのーーーっ!」

 ノリだけで歌を歌う者や、目立ちたいからとりあえず舞台に上がる者ばかりだが。

「おーーーーーっほっほっほっほっほ!! さあみなさん? 今からこのっ、わ・た・く」
「聞くまでもないから次」
「ちょっと華琳さん!? まだ歌ってもいないというのにあんまりではありませんの!?」

 華琳も歌ったりするのかなーと期待を込めてみれば、まあ予想通りというか、歌わなかったわけで。

「歌となればちぃたちの出番ね! 悪いけどこの戦い、圧勝させてもらうんだからっ!」
「いえいえー、いつも歌っている三人に、こんなところでまで歌ってもらうわけにはいきませんよー。というわけで三人は風と一緒にこちらへどうぞー」
「えぇっ!? べ、べつにいいわよっ、こんなところでまででも歌ってあげるからっ!」

 今回、数え役萬☆姉妹にはさすがに待機してもらった。
 ノリでもなんでもいいので、普段は出来ないことをみんなに積極的にやってもらうため。
 ここで本職に歌われでもすれば、みんな歌わずに引いてしまう可能性が高いからだ。

「おおーーーっ! 普通に上手いっ!」
「普通に上手いのだ!」
「ああ、普通だな」
「普通以外のなにものでもないな」
「普通普通言うなーーーーっ!!」

 白蓮が歌ってみれば、同じく普通であった俺は拍手を送り、鈴々が笑顔で褒め、焔耶があっさりと言い、星が静かに頷いた。反応は見ての通りだ。
 いや……白蓮、普通に出来るっていうのはとても大事なことなんだ。
 それが解るからこそ惜しみない拍手を送ろう。

「二番煎じだけどたんぽぽの歌を聴けーーーーっ!! ほらほらっ、お姉さまもっ!」
「い、いいよあたしはっ! こんな大勢の前で歌うなんて、出来るわけないだろっ!?」
「へー……じゃあ次はあたいが歌わせてもらうぜっ! いくぜぇ斗詩ぃっ!」
「い、いいよわたしはっ! こんな大勢の前で歌うなんて、出来るわけないでしょっ!?」
「歌わないならシャオにまっかせてー♪」

 あとは似た者同士が舞台の上で直接対決を始めたり、シャオが乱入してマイクを奪ったりと、まあ予想はついていたけど……本当に落ち着きがない。
 それでも盛り上がりを見せるのだから、宴っていうものは不思議な場だなと思う。

「おまえらー! 今から恋殿が歌ってみせるのです! 静かにするのですーーーっ!」
「…………、……?」
「さ、恋殿っ」
「………」
「…………恋殿?」
「あの……恋ちゃん? もしかして、まいくを触ってみたかっただけ……とか?」
「……《こくり》」
「ななな、なんですとぉおーーーーーっ!!?」
「あはははははっ! せっかく一緒に舞台に上がったんだから、歌いなさいよー!」
「え、詠ちゃん、そんな、笑ったりしたらかわいそうだよ……」
「ぐっ……ここで場を盛り下げるわけにはいかないのです……! ね、ねねの歌を聞くのですーーーっ!!」

 いや……ねね? それ、別に絶対に言わなきゃいけないわけじゃないからな……?
 詠の挑発にあっさりと乗っかるねねだったが、意外や、なかなか歌が上手かった。
 なもんだから一斉に視線を浴びることになり、テンパって後半はぐだぐだ。
 ……まあ、気持ちはよーく解る。解ったところで、笑っていた詠に向かって「だったらおまえが歌ってみるのです!」と言い出すものだからもう大変。
 散々笑った手前、引くに引けなくなった詠が月を連れて舞台へ立ち、そこで歌うのだが。
 これまた中々に上手く、思わず笑顔になっていた俺へと、

「こらそこぉ! にやにやしてるんじゃないわよ!」
「えぇっ!? なんで俺!?」
「へぅうっ!? え、詠ちゃん、まいく、まいくっ……!」

 恥ずかしさのあまりに目をぐるぐるに回しながら、何故か俺へと罵声を飛ばした。
 当然マイク越しだから声もよく通り、その場に居たにやけていたみんなが一瞬だけ姿勢を正した事実は、なんというか新鮮な一場面だった。

「あなたは歌わないの?」
「あっはは、私はいーの。こうしてお酒飲んでる方が楽しいもの。そういう華琳は?」
「聞いているほうが楽しいからいいわ。それより……呉将はあまり積極的に歌おうとしないわね」
「まあね〜。我が国の将ながら、お堅い連中ばっかりだもの。小蓮はあの通りだけど。でもそれを言ったら魏もそうじゃないの?」
「あら。恥ずかしがっているだけよ。恥を掻くかもしれないからと、踏み出さないだけね」
「……?」

 視線を感じて振り向いてみると、なんだか華琳がやれやれって感じでこちらを見ていた。
 すぐに視線は戻されたけど、次いで隣に居た雪蓮がこちらを見て“あ〜なるほど”って頷く。……な、なにごと?

「それって華琳にも言えることよね?」
「殴るわよ」
「冗談よ、じょーだん。さっきから冥琳に殴られ続けてるんだから、それは勘弁して」
「まったく……」
「ふははははは! よぅひしゅうら〜〜ん! わらひたちも歌うろ〜〜!!」
「あ、姉者っ、そんな状態で歌など───」
「おぉ〜〜、見ひぇいろ北郷〜〜〜っ! 今からひゅうらんがぁ……一人で歌を歌うのら〜〜〜っ!」
「姉者!? 今、“私たちも”と───!」
「よひ行けひゅうらん! 優勝するんら〜!」
「あ、姉者……」

 一緒に舞台に上がったと思ったら一人だけさっさと降りる春蘭と、一人残された秋蘭。
 しかし上がったからには華琳に恥をかかすものかときっちり歌い、顔を赤くしながらも拍手をされながら舞台を降りた。
 ……ちなみに直後、その彼女が春蘭だけを無理矢理舞台に上げさせて、無理矢理歌わせていたが……見ないでおくのが優しさだろうか。
 加えて言えば、ただの急に始まった歌唱大会だから、当然優勝とか賞品とかはない。

「よーっしゃ次はウチらの番やーーーっ! ほら愛紗に凪、まいく持ちぃ!」
「うあっ、い、いや、私は……っ」
「もう上がっとるんやから観念して歌えばええって〜♪ 一刀も見とるし、張り切っていくでーーーっ!」
「うぅう……! た、隊長ぉお〜……」

 ないんだが、どうしてここまで盛り上がるのか。
 愛紗と凪の手を“無理矢理”引っ張って舞台に上がった霞が、満面の笑みで歌を歌う。
 愛紗はといえば霞に合わせて歌ってはいるんだが……ぼそぼそと、マイク越しでも小さな声だった。一方の凪はといえば……途中からクワッと表情を切り替えた上で、しっかりと歌っていた。
 しかし俺と目が合うと、途端に声が小さくなり。終始、霞だけが元気に歌い続けていた。

「流琉ー、次ボクたち歌おうよっ」
「えぇっ!? わ、私はいいよぅ! 季衣だけで行ってくればいいでしょ!?」
「えー? でも一人じゃつまんないし……」
「愛紗愛紗ー、次は鈴々が歌うのだー! まいく貸してー?」
「あっ……あーーーっ! まいく返してよ! 次はボクが歌うんだから!」
「お呼びじゃないのだ! 春巻は黙ってるのだ!」
「春巻じゃないって言ってるだろーーーっ!? だったら勝負だ!」
「望むところなのだーーーっ!!」

 喧嘩しながら歌うって、どんな大会だろう。
 ふとそんなことを思ってしまえる状況が、舞台の上で完成していた。
 それでもみんなからのウケはよく、場は一層に盛り上がったりしていた。

「華雄も行ってきたら?」
「武ならまだしも、歌はな……」
「せやったらウチが、誰でも歌が上手くなる絡繰を〜……」
「そんなものがあるのか?」
「いや、あったらええのにな〜と思っただけや」
「だよなぁ……」
「けど、もしそんなんが無くても、“コレ持っとけば歌が上手なる〜”って吹聴すれば、大体信じてくれそうな気もするねんけどな……」
「それも解る気がする……」
「ふむ。気持ちの問題というものか。思えば、歌とはいえ“合戦”。何もせずに退いたとあっては名折れだな───よし!」
「あ、行ってくる?」
「うむ。戦に向かうのであれば意気も変わるというもの! では行こう!」
「《がしっ》……? なぁっ!? なにをするっ、離せ……!」
「いや、退屈しているようなのでな。じっと一方だけを見ているくらいなら、付き合え」

 華雄が歩いてゆく。まあその、蓮華が居る方をじ〜〜っと見ていた思春を連れて。
 いつから傍に居たのか、まったく気づかなかったが……そうして舞台に上がり、蓮華に応援されては退くに退けず……結局歌う思春は、顔やらなにやら真っ赤っかだった。
 そんな赤さとはまた別の種類の顔の赤さを、どこか別のところで見たなぁなんて思いつつ、目を向けてみれば……少し離れたところで飽きもせずに酒をぐびぐびと飲み続ける三人。言うまでないんだが、祭さんに紫苑に桔梗だ。
 一応、歌わないの〜?と桃香がさりげなく声をかけたが、歌うどころか桃香を招き入れて酒を……って、オォオオオオオオーーーーーッ!!?

「うわわだめだぁ祭さんっ! 桃香に酒はぁあーーーーっ!!」
「《はっ───》い、いかん! 祭、それは───」
「…………ひっく」
『あ───』

 俺、紫苑、桔梗が……同時に硬直した。
 完全に酔っ払っている祭さんに、徳利ごと酒を飲まされた桃香はゆらりと頭を揺らし、近くに置いてあった徳利を自分で傾け、くぴくぴと喉を鳴らしてゆく。
 俺達三人に出来ることは、せめて生贄を捧げて距離を取ることで───

「む、む? なんじゃお主ら、なぜ儂を《もにゅり》ふわうっ!? な、こ、こらお主っ、どこを触って───」
「えへへへへ〜〜……祭さんって……胸大きいですよねぇえ〜〜〜……♪」
「もう酔っ払っておるのか!? りゅ、劉備殿? 儂は……って北郷! 紫苑に桔梗! どこに行く!」
「酒を飲ませた責任……取ってください」
「祭よ……せめて安らかに眠れぃ」
「祭さん……惜しい人を亡くしたわね……」
「勝手なことをぬかすでないわぁっ! こ、これ劉備殿! いくら宴の場といえど、至っていい物事というものがっ……じゃ、な……! な、なんじゃこの馬鹿力は!」
「えへへへへ〜……さぁ〜〜いさぁ〜〜ん……♪」
「ぬ、ぬわーーーーーーーっ!!」

 俺達は振り向かなかった。
 きっとそれがやさしさであると、今この場だけはそう思ったから。
 だから視界から外しました。大丈夫、あの場にはなにもない。
 そんなふうに思うことにした僕らの前に、元気な二人組が映りました。

「亞莎亞莎、次は私たちが歌ってみましょうっ!」
「うぇえええっ!? やっ……む、むむむ無理っ……無理ぃいっ……!!」
「大丈夫ですっ! きちんと歌えば一刀さまもきっと拍手してくれますっ!」
「一刀さまが……」

 明命と亞莎だ。
 いつかのように胸の前で掌をポンと合わせた明命が、真っ赤な顔で狼狽える亞莎を勧誘している。てっきり断るのかなと思っていたんだが、亞莎はしばらくあちらこちらへ視線を飛ばしてから……しかしはっきりと頷き、舞台の上で歌った。
 声は随分と小さなものだったが、きちんと届いたから……惜しみない拍手を。
 対する舞台の上の明命と亞莎は、俺に向けて手を振ってくれた。
 まあ……亞莎は随分と控えめで、それもすぐに下げてしまったけど。

「穏、あなたは歌わないの?」
「いえいえ〜、蓮華さまこそ歌ってきたらいかがですかぁ? きっと一刀さんも喜んでくれると思いますけど〜」
「な、何故そこで一刀が出るっ!」
「ふふっ……一人を思っての日々の政務や鍛錬や調理というものを考えれば、自ずとそういう答えに行き着くものです」
「冥琳まで……」

 そういえば稟と桂花はどうしてるんだろう。
 風は数え役萬☆姉妹の傍でキャンディー舐めてるけど……って、居た。
 舞台に上がって、輝く笑顔で…………叫んだ。

「華琳さまっ! 見ていてくださいっ! 華琳さまのために歌いますっ!」
「うぅ……出るつもりはないと言ったのに……!」

 桂花と稟だ。
 華琳へ捧げる歌のようで、なんというかこう……聞いていて恥ずかしくなるような言葉がゴロゴロと発せられる。
 なるほど……桂花と稟の組み合わせに“なんで?”と多少思いもしたけど、ようするに華琳への純粋な思いを持つ者が稟くらいしか思い当たらなかったってことか。
 桂花はそれでいいんだろうけど……稟はちょっとやばいんじゃ───

「ぶーーーーーっ!!」
「うひゃあああっ!!?」

 あ……やっぱり鼻血出した。
 こんな歌詞を出した時点でこうなるんじゃないかとは思ったが……はぁあ、鼻血を出さないようにするための行動を、あまり無駄にしないでくれよ桂花ぁ……。
 いや、まあ……血塗れの桂花を見ると、因果応報ってこのことかなとは思うけどさ。

「はわ……はわわ……」
「どうしよ、朱里ちゃん……わたしたち、あんなに盛り上げられないよ……」
「だ、大丈夫、大丈夫だよ雛里ちゃんっ。やることにっ、やることに意義があるんだよっ」
「朱里ちゃん……! で、でも……」
「一生懸命頑張れば大丈夫っ! だ、大丈夫!」

 舞台の赤が掃除され、風が眠たげな表情のままに倒れた稟を引きずっていったのちの舞台に、二人の少女が立った。
 朱里と雛里だ。
 しかしながら何かを歌おうとするのだが、噛みまくりの間違えまくりで、次第に二人の目がぐるぐると回ってゆく。

「少女のカミカミ言葉……いいものだ」
「ほう、解りますかな」
「もちろんですとも」

 そんな光景を眺めつつ、隣に来た星とともにうんうんと頷く。
 そうしながらもやがては噛む回数も減り、歌もきちんとしてきたところで歌が終わる。
 二人は終始顔が真っ赤だったものの、みんなから拍手を送られて笑顔で舞台を降りた。

「……なんだかんだでほぼ全員が歌ったんじゃないか?」
「ふむ。私は特に歌いたいとは思わなかったので、辞退させていただいたが」
「まあ、無理に歌うのもね」

 寝不足だったにも関わらずこんなにも騒ぐもんだから、眠たいなんて思う暇もなかった。
 でもこうして息を吐くと、急に押し寄せてくる眠気。
 隣の星はふむと言って酒と猪口を片手に纏めると、俺に肩を貸して、いつもの立ち木へと連れて行ってくれた。

「ここでよろしいかな?」
「ごめん、助かる」

 自分で思うよりも、酒も結構回っていたようだった。
 肩を貸してもらうまで、そんなことにさえ気づけなかった。

「なに。蜀でもこうして立ち木の下に座っていたのを思い出しましてな。恐らくは魏でもこうしていたのだろうと運んだまで。感謝されるほどではござらん」
「そっか」

 それだけ呟くと、すぅっと眠気が襲ってくる。
 みんなが騒いでいるのに、場の空気を下げてしまわないかと不安になったが───

「眠りなされ。そして、起きたならばともに騒げばよろしい」

 あっさりと言ってくれた言葉に甘えるように、目を閉じた。
 どうやら彼女自身もここで酒を呑むらしく、彼女が隣に座った気配を感じながら、やがて俺は眠りに落ちた。




 大変遅れております、65話をお送りします。  年末年始の忙しさにぐったりしながら、ようやく今月初めての更新。  出勤時間ギリギリでUPしていったもんだから、誤字チェックも満足に出来ないままでした。仕事の合間に携帯電話で誤字チェックしていると、あるわあるわの誤字脱字。  ここまでひどいとはと思うほどでした。  見つけるたびにメモに書いては読んでを繰り返して、ようやく修正が終わりました。  宴という名のお祭り騒ぎは書いていて楽しいけど、人が多ければ多いだけ難しいです。  さて、時間があるうちに続きを書きましょう。  二話いけるかなぁと思ったけど、思いのほかこの65話が長かったです。  なので分割とかヤボはおよしで一話に纏めました。  では、また次回で。 Next Top Back