111/本日快晴、騒がしき日

 朝の眩しさに瞼の裏を焼かれ、目が覚めた。
 ボウっとした頭で一番最初に気になったのは、布団も無しに寝てしまって風邪でも引かなかっただろうかということ。
 しかしどういうわけか体は暖かく、立ち木に背を預けるというよりは、幹に頭を預けて寝転がっていた俺の体の上には美以を始めとする南蛮兵がごっちゃりと……!
 これはいったい……と戸惑いながら体を起こそうとするが、左腕に違和感。
 右腕は美以にしがみ付かれているとして、左腕は……と目を向けてみれば、すいよすいよと眠る流琉。……ますます何事だろうかと、シャッキリしない頭で纏めてみるが、どうにも上手くいかない。
 なのでもういい加減終わったであろう宴の場に目を向けることで、あれから何があったのかを考えることに───

「はっはっはっはっは! はぁーーーっはっはっはっはっは!!」
「酒らぁ〜〜〜っ! 酒をもっれこぉ〜〜〜いぃ!!」

 ───……ごめん、前言撤回。まだ終わってなかったよ、宴。華雄と春蘭が笑いながら酒を呑みまくってる。一目見て解る……酔っ払いすぎている。
 何人かの姿が見えないところを見ると、酒に弱い者は早々に部屋に案内されたようだが、酒に強い者や、そもそも飲んでも居ない者はまだまだ元気なようだった。

「えーと……」

 救いのある仮説を勝手に立てるとしたら、今の俺と流琉の状況って……華琳あたりが、一番働いてくれた流琉を先に休ませた……とかか? いや、ただ単に流琉が力尽きているのを誰かがここに運んだってことも……いやいや、それなら部屋に連れて行ったほうがいいよな? そっちのほうが休めるし、こうして美以たちに乗っかられることなくゆっくり休める。……これはこれで暖かいけど。
 んん……解らない。
 寝る寸前まで隣に居たであろう星の姿も宴の騒ぎの渦中にあるようだし、もしかしたら星あたりが流琉をここに連れてきたのかもしれない。
 あー……と、とりあえず、だな。流琉の頭の下から左腕を抜き取って、美以やミケやトラやシャムを《ゴリッ……!》

「あいぃいーーーーっ!!?」

 どかそうと思ったら左手を噛まれた!
 しかも骨の硬さを楽しむかのように、コリコリと歯で転がしてあぁああああいだだだだだだぁあーーーーーっ!!!? い、いや大丈夫! 幸い(?)にも噛んでるのは美以だけだから、空いてる手で外せば───って空いてないよ! 右腕、美以にしがみ付かれて動かせないままだよ!

「美以……! 美以〜〜っ……! 噛むのはっ……!」

 流琉が寝ていることもあって、小声でやめてくださいとばかりに願ってみるが、幸せそうな顔で眠りながら手を噛む彼女にはそんな声がまるで聞こえていやしなかった。
 仕方もなしに口に銜えられている指の何本かを動かして、舌とかを軽く刺激してやると、何故か急にビクリと体を弾かせ、パッと目を開く美以。

「な、なにごとにゃ!? 今なんかくすぐったかったじょ!」
「………」

 よし。
 今度から美以を起こす時はくすぐろう───……きょろきょろと見えない敵を探って辺りを見渡す美以を見て、静かにそう思った。
 でもまあとりあえずは。

「おはよう、美以」
「おお? おおっ、兄、起きたにゃ?」

 起きたには起きたけど、多少残ったまどろみは、文字通り貴女に噛み砕かれたのですが。
 軽く上半身だけを起こすと美以も左腕を解放してくれて、地面の硬さからか少し痛む背中を庇いながら小さく息を吐く。酒臭くて騒がしくて、残念ながらお世辞にも気持ちのいい朝とは言えないものの、これからのことを考えればこの賑やかさも楽しさに変わるのだろう。
 なんにせよまずは流琉を部屋に運ぼうか。
 くーすーと寝ている流琉の体を、出来るだけやさしく持ち上げる。
 いわゆるお姫様抱っこだ。

「美以、ミケトラシャムも起こしてついてきて。ここよりも部屋のほうが暖かいぞ」
「兄の部屋にゃ? いくにゃいくにゃ〜♪」
「え? いや、楽しみにされても何も無いんだけどな……」

 まあ……いいか。
 よし、じゃあ出来るだけ酒に寄った修羅たちに見つからないように……と。

「………」

 起き抜けで、まだにゃむにゃむとよく解らない言葉を発するミケトラシャムと、それを連れる美以とともに歩き、 中庭をひっそりと抜けて、通路へ。
 酒の匂いはそこまで届いており、さらに言えば華雄と春蘭の笑い声はここまで余裕で届いていた。そんな声に苦笑しながら歩く通路はどこか静かで、いつもの朝よりも一層に静寂を孕んでいるように感じた。

「……周りがうるさかったから、そう感じるだけだろうけど」

 見張りに軽く声をかけて、部屋までの道をのんびりと歩いた。
 部屋の扉を美以に開けてもらい、中に入ると寝台までを歩き、そこに流琉を寝かせる。
 …………ってマテ、なんで俺、流琉の部屋じゃなくて自分の部屋に来てますか?

「おぉおおお! 兄にゃ! 兄の匂いがいっぱいにゃー!」
「にゃあう……あにしゃまのにおいにょ……」
「にぃにぃ〜……」
「にゃん……」

 自分の行動に呆れを抱いた俺とは別に、美以は元気いっぱいだ。
 ミケトラシャムはまだ眠いのか、流琉が眠る俺の布団の上にトストスと乗り、丸くなって眠ってしまった。
 それに美以が文句を口にしながら参加すると、あっという間に部屋が静寂に包まれた。
 というか……俺が寝る場所が無くなった。

「………」

 寝つきいいね……さすが猫。いやもとい、自然児…………ああいや、児っていうのもなんか違うか? あ、あー……まあいいや。

「よし、戻るか」

 途中で寝ちゃった分を取り戻すためにも、少しは楽しまないとな。
 みんな存分に楽しんだんだろうし、俺も眠るまでは楽しんでいた。
 けれど誰かが起きているうちくらいは俺も───……と、戻ってみたのだが。

「……つわものどもが、夢のあと……」

 中庭に戻ってみると、みんながみんな撃沈していた。
 先ほどまで騒いでいた華雄も春蘭も重なり合うように潰れ、騒がしさとは間逆なくらいの静かな寝息を立てている。
 ちらりと視線を移してみれば、並べられた卓にはほとんど料理が残っていない。と、いうか……ほとんどどころか全然だ。
 これじゃあ兵達に振る舞えない……どうしたものか。
 準備を頑張ってくれた礼もしたいのに、それがこの有様とは……。
 そりゃあ給金は当然払われるだろうが、それと礼の気持ちは別だ。人間、感謝の心を忘れてはなりません。なので散々と食った飲んだをしたみんなは部屋に運んで……よし、反感食おうがどうしようが構わない。頑張ってくれた料理人や兵のみんなに作り置きのデザートを振る舞おう。

「酒の残りは……うわっ、見事に無い……!」

 本格的にデザートだけになりそうだなぁ……はぁ。

「ほら、華雄起きて。春蘭も、風邪………………引かないか」

 病原菌が逆に殺されそうだ。
 けどどちらにしても体が冷えることは確かだし、なんとか担いで……っと。

「はぁ……騒ぎの片付けって、どうしてこう虚しいかなぁ」

 中庭で力尽きていた人を部屋に運んでいった。
 その過程で桃香にぎううと抱きつかれたまま苦しそうに寝ている祭さんを発見。……大丈夫、俺はなにも見なかった。
 丁寧にみんなを運び終えると中庭の片づけを───始めたところで、見張りをしていた兵や警備隊の何人かが駆け寄って止めてくる。

「あ、そのままで……! 我々がしておきますので……!」
「いいからいいから。“どっちかに任せる”よりむしろ、手伝ってくれるとありがたいんだけど」
「え……? あ、はぁ……」
「北郷隊長はやはり、他の方とはどこか違いますね……」
「ん? そうか?」

 困惑が小さな苦笑に変わる。
 そうなる頃にはみんな手伝ってくれて、感謝を述べれば「いえ、これが仕事ですから」の返事。危ないな……危うくまた仕事を奪ってしまうところだった。
 とまあ、それはそれとしてだ。

「はぁ〜〜……がっつくわけじゃないけど、今回は見事になんにも残らなかったなぁ」
「おい、隊長の前だぞ」
「いいって。前回みたいに残ればいいなって思ったのは俺も同じだから」

 片付けられてゆく中庭を見渡し、兵のみんなはどこか寂しそうな顔をしていた。
 前回は酒も料理も多少は残っていた。
 しかし今残っているのは……みんなにと用意したデザートくらいだ。
 宴の席には出してなかったから、取りに行けばある。あるのだが……

(マテ。勝手に振る舞ったりして、華琳とか怒らないか?)

 …………大丈夫……か?
 まさかそんな、デザートひとつで目くじら立てるほど、覇王の器は小さくない筈。
 そ、そだな。そうだよな。よし。

「みんな。食事や酒は振る舞えないけど、今日はちょっと別のものを振る舞いたいと思う」
『?』

 俺の言葉にきょとんとするみんなを前に、静かに呼吸を整えて胸をノックした。
 大丈夫〜……大丈夫〜………………なんか自分でフラグ立ててる気がしないでもないが、大丈夫だと信じたい。もとい、信じよう。


───……。


 そんなこんなで片づけを終え、それぞれがきちんと自分の部屋や宛がわれた部屋で眠っていることを確認してから行動開始。華琳だけは部屋で見つけられなかったが……今はやれることをしよう。
 サササッと走り、料理を手伝ってくれた料理人のみんなや女給さんも集め、中庭でデザート祭り。さすがに冷凍庫なんて気の利いたものがないため、アイスは多少溶けかけているけど、溶けかけているってだけで味が変わっているわけでもない。
 早速みんなに食べてもらうと、驚きの声が幾度も、多方向から上がった。
 料理は普通にしか作れないが、こういうのならまだ喜んでもらえるって事実に少し感動した。……うん、出来れば料理でも喜ばせてやれるようになりたいもんだ。

「隊長隊長! これうまいですね!」
「こんなうまいもの、食べたの初めてですよ!」
「そっか、よかった。味わって食ってくれな」
『はいっ!』

 ……華琳はともかく、季衣あたりにいろいろ文句言われそうだなーなんて思いながら、今だけは満面の笑顔でこの時を楽しむことにした。

「なんか作ろうか。普通の味しか───って、そういえば」

 そう。そういえば、今回懲りずに醸造(?)した日本酒もどきがあったな。
 あれが上手くできていれば、少しは…………あー……量が少ないな。
 けど大事なのは持て成す心! 感謝の心!
 以前のように少量をみんなで飲み回すのでもいいし、それくらいなら出来る筈だ。
 そんなわけで醸造所(?)に小走りして、寝かせておいたそれを───………それを……

「…………華琳?」
「《ビクゥッ!》ふわっ!? …………か、一刀……?」

 普段は使っていない部屋に入ってみれば、ぽつんとあるソレを前にする華琳が居た。
 珍しいこともあるもんだ。
 もしかして俺が作った酒が飲みたく───……なるわけないよなぁ。
 結局“鬼桜【頭領】”も失敗に終わったし、次も、その次も失敗した。
 今回のも最初は自信があったものの、まあ……いつものことながら失敗かなぁと途中から思っていたくらいだ。
 どうして華琳がここに居るかは別としても、なんとなく気まずそうな顔を見るに、これは失敗なのだろう。だから───

「……あれ? いい匂い?」

 あくまで酒としての話だが、ふわりといい香りがした。
 そう……驚くことに、きちんと酒の香りがする。
 え……もしかして上手くいってた!? 完成してた!?

「か、華琳! それっ!」
「……あなたが作った酒なら、もうないわよ」
「───…………ハイ?」

 興奮が一気にゴシャアと崩れ落ちた。
 無い……え? 無い?

「え……でも、だってそれ」

 桶をちょいと指差してみせる。
 けれども華琳は目を伏せて溜め息を吐いて、事情を説明してくれた。

1:蜀に行っていた時、雪蓮に一刀が酒を作っていることを話してしまった

2:雪蓮がその酒を探して笑顔で宴の席へと持ってきた

3:友が作ったものならばと、宴でテンションが上がっていたみんなが少しずつ飲んだ

4:空っぽ

5:そこで呉王さまが一言。「代わりを置いておけばバレないわよ」

 結論:よし、デコピンの一発でもお見舞いしよう

「華琳。とても大切な用事が出来たから、雪蓮の部屋に行ってくる」
「ちょっと待ちなさいっ」
「やっ、だってっ! いくら不味かろうが飲んでくれたのは嬉しいけど、代わりを置いてバレないようにってのはヒドイだろ! 美味しくなかった〜とか言ってくれるならまだしも、バレないようにするって!」

 危うくぬか喜びするところだったよ! ていうかしちゃったよ!
 いっつも正座させられる俺の思いよ彼女に届けとばかりに、正座させてやっていいことと悪いことについてをみっちり説いてやる! …………なんか考えれば考えるほどに無理な気がしてきた。

「いいから落ち着きなさい一刀。お酒は確かにお酒と呼べない味だったけれど、そもそもまだ出来上がってもいなかったのよ」
「うぇっ!? ……って、そうだよ。寝かせてはあったけど、出来るにはまだ早いよな」

 最近ドタバタしてたから、時間の感覚がどうにも……。
 いや、それくらい覚えてないとダメだな……しっかりしよう。

「それを飲んでしまったっていうから、さすがの雪蓮も焦ったんでしょうね。勝手に私の酒蔵から酒を持って、ここに置いていったわ」
「それ華琳の!?」

 な、なるほど……道理できちんと酒の香りがするわけだ……。
 それに比べて俺のって……うう、すまない北濁里二号……お前の尊い犠牲は次に……活かせるといいなぁ。

「はぁああ……俺って醸造とかの技術、全然ないのかなぁ……」
「技術云々の前に、酒蔵も無しに作ろうとするからよ」
「うぐっ……だってさ、専用の酒蔵を作ったとして、それだけ大掛かりなことやっておいて作れなかったら話にもならないじゃないか。散財でしかないだろ、そんなの」

 これまで自分が作った酒の末路を考えてみた…………ら、酒蔵を使ったところで同じ結果しか見えなくて、少し悲しくなった。そうだよ。だからこそ大掛かりにならないようにと、ちんまりとした作り方をしているのだ。
 結果はずぅっと散々だけどさ、なんだか少しだけ安心が得られるじゃないか。
 まさか華琳の酒蔵の端を貸してくれ〜なんて言えないし、言ったところで───

「だったら私の酒蔵を使いなさい」
「……あれ?」

 ───絶対に反対されると思った。
 醸造の材料が違うのだから〜とか、そういうようなことを言われるものかと。

「え、あ……い、いいのか?」
「構わないわよ。こんな空き部屋でひっそりと怪しく作られるよりも、よっぽどいいでしょう?」

 「もちろん使われる材料にとってね」と付け加えて、彼女はニヤリと笑った。
 いや、それはありがたい。ありがたいけど……菌とかほんとに大丈夫なんだろうか。
 それって納豆作りの隣で味噌を作るようなもんじゃないのか? いや、さすがに納豆菌は使わないだろうけどさ。
 糯米と白米の違いはあれど、米の酒ではあるんだから平気……だといいな。
 うん、せっかく言ってくれてるんだから、試さずに断るのはもったいないよな。

「じゃあ、いいか?」
「はぁ……あのね、一刀。私は“構わないわ”と言った筈よ?」
「そ、そっか……そっか! ありがとう華琳! 上手く出来たら真っ先に華琳に飲ませるから! あ、でもその前に霞に飲ませないといけないか? あ、でも順番なんて無視して雪蓮あたりが盗み飲みしそうな……いやそもそも成功するのかどうかが《ゴスッ!》あだっ!?」
「御託は結構。私の酒蔵を貸してあげるのだから、必ず成功させなさい」
「………」

 期待が一気に不安でしかなくなった瞬間である。
 期待と不安が存在していた俺の心は、プレッシャーという名の悪魔に食われてしまった。

「あ、あのー……もし失敗したら……」
「罰を与えるわ」
「ひどっ!? せめて何度か失敗してもいいって条件で───」
「……言ったわね?」
「───はっ!?」

 まるでその言葉を待ってましたと言わんばかりに、華琳の目が輝いた。
 慌てて言い直そうとしてももう遅い。華琳は俺が言葉を発するより早く軽くひと睨みし、俺を数瞬怯ませた。その数瞬だけで、もう言いたいことを言ってしまったのだ。

「撤回は認めないわ。何度か失敗してもいいから、必ず美味しい日本酒とやらを作ってみせなさい」
「…………アウアー……」

 地雷踏んだ。そして早速爆発した。
 口からなんとか漏れたのは、明命っぽいけどちょっと違う謎の声だった。
 うう……口は災いのもとって言うけど、ほんとだな……。
 だからって何も喋らなければ勝手に話を進められるわけで、結局のところ“必ず成功させなさい”が“失敗アリでもいいから成功させなさい”になっただけだ。“だけ”と言うには随分と難度が下がってて、嬉しいといえば嬉しいのだが。

「ん。じゃあそれも酒蔵に戻さないとな」
「ええ」

 頷きながら桶を手にする。
 しかしまあ……なんだろう。
 まだ完成してもいない酒を回し飲みなんてして、彼女らは大丈夫だったんだろうか。
 多少の甘みは出てたかもだけど……や、そりゃあきちんと妙な不純物が入らないようにって定期的に調べてはいたぞ? それでもさ、酒としての完成を見せていないものを飲むのは大変危険なのでは……。

「………」

 どうしてだろう。たとえ、もし、仮に麹菌が危険なものだったりしても、みんな菌くらいで腹を壊すようなヤワな人達じゃないだろって納得してしまった。

「俺もそういう心配のない体に産まれたかった」
「?」

 小さな呟きにきょとんと目を向けられながらも、部屋を出た。

「あぁそうそう。一刀? あなたに一つ訊きたいことがあったのだけれど」
「ん? なに?」

 訊きたいこと? 俺に…………なんだろ。
 最近のことで華琳に訊かれるようなこと、あったか? 逆に俺が、いつから鍛錬再開していいんだーとか訊きたいくらいなんだけどな。
 なんてことを、のんびりと歩きながら考えていたまでは平和であった。
 そう、この時までは。

「蜀で、麗羽に可愛さで勝負を挑まれたことについてをね」
「《ぎくり》ぎっ……!」

 ……一瞬だったのだ、平和が乱れる瞬間なんてものは。
 背筋に冷たい何かが走るのを感じて、思わず歩を進めるために出す足がどちらだったかを忘れ、コケそうになる。当然体勢はすぐに立て直したものの、おそるおそる見てみた華琳は……笑顔なのにとっても怖かった。

「ご丁寧に“一刀さん”。“一刀さん”に可愛いと言われたと。ええ? あの麗羽が男を下男呼ばわりせずに名前を覚えて、美しいではなく可愛いと言われて喜んでいたことなどこの際どうでもいいわ。ええ、どうでもいいことにしてあげる」

 あの!? 目が思いっきりどうでもよくなさそうですが!?
 え!? なに!?
 どうでもいいって口で言いつつ、いったいなにが気に入らないので!?

「私が気になるのはね、一刀。あなたが“あの”麗羽をどう落としたのか……それだけよ」

 口調は穏やかだ。しかし怖い。これ……もう怒ってる? お、怒ってるよな? 滅茶苦茶怒ってるよな!?

「おとっ───いやいやいや! 落としてない! どうしてそんなことになるんだよ! 俺と麗羽は友達でっ!」
「友達? ただの友達に、麗羽が直々に“男として認める”と文を寄越すと?」
「あ、あれ……? えぇええーーーっ!?」

 やっ……俺もあれはなんかヘンだなとは思ったけどさ!
 でも下男から男として認めるってことになったんだぞ!? 拒否なんて普通しないし、男として認められたからこそ友達になれたんだとか思うだろ! ということを話してみれば、盛大に溜め息を吐かれた。

「麗羽はそもそも、男と見れば見下す存在なのよ。その上なんでも自分の都合のいいように解釈するし、気に入らないことがあればそれを実力行使で叩き潰そうとする」
「ああ、最初の頃の華琳みたいな《ガドッ!》いだぁっ!?」

 笑顔のままに足を蹴られた。

「その麗羽が男を気に入るどころか、見下しもせずに対等……男として見るなんて。自覚がないでしょうけど、とんでもないことよ」
「い、いや……それってただ感性が普通になっただけなんじゃ……」
「あの馬鹿の性格なんて、幾度出会っても変わっていないわよ」
「そうか? 華琳が変わったみたいに、きっかけがあれば誰でも変われるんじゃないか?」
「そう? そう思うのなら、変えたのは間違い無く一刀、あなたということになるわね」
「…………え? 俺?」

 蹴られた足を庇いながら歩く俺を、どこか気に入らなさそうに見上げる。
 そんな目で見られる覚えが思いつかない俺は、何が気に入らないのかを考え始めてみるのだが、これが悲しいことに全然さっぱり思いつかない。一瞬だけ“もしかして嫉妬かも”なんて考えたりもしたのだが、“それはないだろう”と自分の脳にこそあっさり却下された。
 確かに前から少しばかり、他の女性と何かあるたびにこの場の雰囲気に似た状態での質問があったりもしたが、俺が華琳のものであると自覚している限りはそれでいい、と言われたわけだしなぁ……うーん。

「ん、と……それで華琳は結局どうしたいんだ?」
「どうしたいって、何がよ」
「いや、そういうことを訊いてきたってことは、麗羽のことでも別のことでも、なにか答えが欲しかったんじゃないかなと。あ、ちなみに本当に落としたつもりはないぞ? 俺は認めてもらえたことや対等でいられることに喜びはしたけど、手は一切出してないし」
「………」

 訊き返してみれば沈黙。
 なにやらぼそぼそと言っているような気もするが、それは歩くことで桶の中で揺れる酒の音にさえ掻き消されるような声だった。

「? なんだ? よく聞こえなかった」
「だ、だからっ! あの女と私とでっ! 私が美しさで勝ったのは解ったわよ! けどだからって“別に悔しくなどありませんわ? わたくしの方が可愛いと認められていますもの、おーーっほっほっほっほ!”とか笑われるのは我慢がならないのよっ!」
「───……」

 ……え? なに?
 ちょちょちょちょっと待った! え!? 顔赤くしてそんなことっ……!? どっちが可愛いって、美しさで勝ってるだけじゃ満足できないと!? ていうか美しさと可愛さが混在する存在って何者!? 普段は気安く可愛いとか言えば額叩いたり怒ったりするくせに、どうしてこういう時だけこだわったりするのかっ……!
 ご、ごめんなさい全世界の男子諸君……俺、乙女心が解りかけてるとか世迷言を言っておりました。全然さっぱり解りません。
 けど、けどだ。

「えーと……もしかして、どれかひとつでも麗羽に負けてるのが嫌だ、とか」
「そんなことはないわよっ!!」
「ごめんなさいっ!?」

 クワッと怒鳴られた。
 しかし、すごい剣幕だったもののその言葉に嘘はないらしく、息を整えてからキッと俺を睨み直した。…………嫌な表現だな、睨み直すって。

「べつにあの女がどの点で私に勝っていようと構わないわ。ただ───」
「……? ただ?」
「………《じーー……》」
「?」

 じっと見つめられる。
 えと……なに? 何か俺に求めている?

「……背が足りないこととか《ガドッ!》あいぃっ!?」

 べっ……ベンケッ……! 弁慶の泣き所にトーキックって……!!
 くぅう……! どうやら背のことじゃないらしい……! ていうか何で勝っていようと構わないっていってるんだから、背のことなんて口に出すのはおかしいだろ……!
 けど───“ただ”だ。“ただ”と華琳が言ったからには例外があるということ。何かが勝ってさえいればそれでいいと思える何かがある筈……! そしてそれは───!

(………………なんだろう)

 考えてみたけど解らなかった。空回りってやつだ。
 解らないならどうするかを考えてみて、ならばと解りきった答えを口にすることにした。

「何が心配なのか知らないけどさ。何度でも言うけど、俺は華琳のもので、華琳を愛しているから」
「!!《グボッ!!》」

 じぃっとこちらを睨む少女に言ってやる。
 すると顔が一瞬にして赤くなり、息が詰まったように口をパクパクさせながら、涙が滲み始めている目を見開いてこちらを見ていた。

「〜〜〜っ…………その言葉、軽々と別の誰かにも言っていないでしょうね……」
「え? あー……その。俺は魏の、華琳のものだ、ってことなら呉でも蜀でも言ったけど」
「そ、そう」
「………」
「………」
「?」

 あれだけモシャアと溢れていた緊張感がスゥッと消えて、華琳は顔を赤くしたままに俯いてしまった。そのまま歩くと危ないぞと言っても右から左へである。
 え……え? つまるところ……やっぱり不安だったと? 血を証にする、あなたは私のもの、いろいろと誓いを立てたものの、前に“それがなに?”と言った通りに不安だったと?
 ……それはそうか。だって、俺自身でさえ何がきっかけでまた自分が消えてしまうのかも解らないままなんだ。好きな人の前から消えなければいけない怖さを知っている。あんな思いは、出来ることなら二度としたくない。だったら不安材料なんてものは何度だって取り除かれるべきなのだ。
 そういう考えに至ると、さっきまでの華琳の行動の理由も見えてきた気がして、心が暖かくなるのを感じた。考えてみれば、俺のほうはそういう方向では幾分マシなのだろう。華琳に言い寄る男は居ないし、そういった話があるわけでもない。乱世ならば政略結婚だってあったろうけど、なにせこの世界の英傑たちといったら全員女なのだ。
 俺はそこに安心を得ていたのだろうけど、華琳は逆なのだ。
 たとえ俺が“好き”とか“愛している”とか言って、華琳が受け止めるばかりの関係なのだとしても、あー……まあその、所有物を横から奪われていい気分でいられる人なんてものはそうそう居ないのだから。

「………」

 だからだろう。心が暖かく感じたけど、これからのことを考えると少しだけ素直に笑えない心境が完成した。前にも思ったことだけど、こんな調子のままで三国の支柱になったら、いったいこの少女は日々をどれほどの不安を抱えながら生きるのかと。

(……いや待て。華琳ならすぐに順応しそうな気がする)

 もしくは殴り込みをかけてくるとか?
 どちらにせよ不安材料をそのままにしておくような人でもないし、そうと感じたなら言う人……だよな。今回は言わなかったけど。
 まいった。
 こういう状況ではどう声をかけるべきなのか……気の利いた言葉がこういう時に限って浮かんでこない。かといって何も喋らないと空気が重くなっていくだけであり……!!
 そ、そうだ、とりあえずは何か、思いついたものでもなんでもいいから話題に───!

「と、ところで華琳」
「《びくっ》……な、なにかしら?」
「あのさ、前後になっちゃったけどさ。兵や料理人たちにデザートをあげちゃったんだけど……えと、大丈夫だったか?」
「───」

 停止。
 歩む足も、赤くなり続けていた顔も停止し、冷たい空気と緊張感が再び……あ、あれ!? 待って! 待ってくれ穏やかな空気さん! なんかもうこの嫌な緊張感、感じ慣れてて逆に怖い! もしかして地雷でしたか!? 地雷でしたね!? この空気感じるだけでも十分だよね!?

「それでなに? あなたはいつかのようにまた次の時にも手伝うよう、約束でもさせたのかしら……?」
「いやいやいやいやっ! あの時のようなことじゃなくて! ていうかもうあの時の根回しのことは忘れてくれって! デザートをあげたのはただの俺の感謝の気持ちでっ! そういうようなことは全然考えてないって!」
「考えていなくても結果が同じならば変わらないじゃない、このばかっ!」
「ばっ!? だから違うって! 以前のは給金じゃなくて食べ物で釣ったみたいな感じで、今回のはきちんと働いてもらったし給金も出るけど、そこに感謝を足しただけだよ!」

 通路の真ん中で始まる喧嘩……のようなもの。不思議なことに、華琳は確かに怒鳴ってはいるんだけど、それはなんというか……そう、構ってほしいからそうしているような行為に見てとれた。しばらく美羽と一緒に居たからだろうか……そんな反応なら多少は理解出来るようになっていた。
 俺はといえば……華琳がそんな反応を示してくれるのが嬉しくて、怒鳴られているなら真面目に受け止めなければいけないのに、顔が笑いそうになるのを我慢するので大変だった。
 だってあの華琳がだ。彼女を見ていて思うことと言えば、“いつも王で居る必要はないのに”と……そればかりだったのに。その相手自身がまるで甘えてくれているようで、俺もそれを妙に感じて取ってしまったようで、その……嬉しくてたまらない。支柱になる存在が偏るのはいけないとは思うものの、そんな些細が嬉しいのだ。
 ……この会話を終了させるのは簡単だ。それは、おそらく華琳も知っている言葉。
 お互いに答えは見つけてあるものの、それを呈示しないで自分の気持ちを勢いのままにぶつける。そんなことを目的に、ギャーギャーと叫び合った。

  “みんなが居るうちにまた作ればいい”

 答えなんてこれで十分なのだろう。
 けれどそうすることはせず、普通に話し合っていたんじゃあきっとついてこない“勢い”ってものを引き出すために、そうして話続けた。
 彼女に対して俺は、“四六時中、王で居ることなんてない”と思った。
 思ったところで華琳は王で、大陸を統べた責任ある立場だ。
 非道な王であるのならば自分を討ちに来いと、雪蓮や桃香に言ってみせるほど。
 そんな立場で甘えてばかりはいられないなんてことを、俺は───知ってはいたけど軽く受け止めていただけだったのだろう。今まで通り仕事をして、空いた時間に気が向けば甘える。それでいいんじゃないかとも思った。
 それは非道でもなければ、当然のことだとも思ったのだ。
 問題があるとすれば、覇王っていう威厳ある立場と彼女のプライドなのだと。

「………」
「………」

 一通り叫び合うと、怒った風情もどこへやら。
 軽く肩で息をしながら睨み合う二人。
 だというのに顔は多少笑んでいて、目の前の彼女は大げさに溜め息を吐くと歩き出す。

「華琳?」
「一刀。あなたのことだから、時間が空けばすぐにでも材料を手に入れに走るんでしょう? その時は私にも声をかけなさい。一緒に行くわ」
「え───大丈夫なのか? ほら、仕事とか」
「問題ないわよ。仕事をする時間が変わるわけでもないのだから」
「今度は徹夜とか無しだぞ? 無理して体壊したら、俺はそっちのほうがいやだ」
「………」
「………?」

 どうしてかじとっとした目で睨まれた。
 まるで、“何を言っているのだろうかこの男は”って目で言われているようだ。

「あの……華琳? どうかした?」
(この男は……! 常に王で居る必要なんてないとか言いながら、たまにこういうことを言えばそれを否定するように……!)

 気遣う目を向けると、むしろ一層に睨まれた。
 こ、こは如何なること……? とか思っていたら、胸を人差し指でゾスと突かれて後退った。

「か、華琳?」
「とにかく、呼びなさい。体の心配なんて余計なことよ。大体、仕事の心配と体の心配をされたら、私はいったいいつ心の休憩を取ればいいのよ」
「あ」

 言われてみればそうだった。
 というか、俺が心配する理屈を並べてみると、仕事と休憩しか存在してない。
 休憩っていうのはもちろん、徹夜の心配をしていたからには寝ることとかそっちの方。
 つまり……その理屈でいくと華琳に会う時間が存在してない。
 その結論に至った瞬間になんだかむず痒い衝動に襲われ、“なるほど、休憩なんてとってる場合じゃないな”なんていう答えを脳が弾き出した。

「よし解った、絶対に声をかける!」
「……そ、そう? 解ったのならいいけど」

 無理はいけないことだが、それよりも一緒に居たいと言われた気がして舞い上がった。
 うん、自覚してます。
 あっ───でもこういう感情も抑えていかないといけないんだよな、支柱になるんだし。
 落ち着け俺、落ち着けー……。
 華雄に言われたじゃないか。偏った支柱なんてもろいものだ。
 ちゃんと自分を持て。ちゃんと自分を───………………

「……あの。華琳さん?」
「? なによ」

 自分を持とうとしたところで疑問にぶつかって、再び歩き出そうとした体を華琳へと向けると、なんだか上機嫌っぽい彼女に声をかけた。上機嫌で歩き出そうとしていたこともあり、振り向いた拍子に持っていた桶がちゃぷりと音を立てるが、こぼれるほどでもない。

「えーと……たった今、華琳ばかりに意識が偏った支柱なままじゃいけないと、自分を持とうという意識を高めたのですが……。既に魏の中で意識が散漫しまくっていた俺に、支柱なんて務まるのでしょうか……」

 それはある意味で最も重い部分。
 人に訊いてどうなるものでもないだろうと思っていたりもしたのだが、ことは魏だけでなく三国全体に及ぶのだ。訊いてみて損はないだろう。
 などと思っていたら、意外すぎるくらいにきょとんとした表情で華琳は言った。

「務まるわよ」

 出来て当然じゃないといった様相だった。
 その自信たっぷりの彼女を前に、逆にこっちが戸惑うほどだ。で、彼女はそんな戸惑いたっぷりな俺の胸を、俺がそうするようにトンッとノックして言う。

「確かに魏将全員を相手に、というのは散漫ではあるのでしょうけど。一人一人に向ける思いが本物だったのなら、そこにはなんの問題もないわよ」
「へ───?」

 「だって私が許したんだもの」と続けて、彼女は歩いてゆく。
 慌てて小走りに追おうとするが、走れば桶の酒がこぼれるかもしれないこともあり、それは出来なかった。そんな俺へと顔だけで振り向いた華琳は、可笑しそうに笑っていた。

「だから一人一人と本気で向かい合いなさい。一人一人を愛しなさい。好きでもないのに抱いたりしたら───それこそ許さないわ」
「………」

 きゅっと……言葉だけで喉を締められた。
 そんなことはないのだろうけど、本気で喉を締められる感覚に襲われた。
 つまりそれほど本気だってことで、不安になるたびに似たような疑問をぶつける俺に対して、華琳も真っ直ぐに答えてくれているって証拠なんだろうが……でもなぁ。

「……でも、怒るんだよな?」
「う、うるさいわねっ!」

 少し冷たさを帯びていたニヤリとした笑みが真っ赤になり、即座に前を向かれてしまった。そんな、我らが覇王さまのあとを追いながら苦笑する。
 苦笑しながら……なるほど、とようやく頷けた。
 もし、麗羽があらゆるもので華琳に勝ることあったとしても───……

「華琳」
「なによっ! ───ふぐっ!?」

 ───俺から自分に向けられる気持ちが勝っているのなら、華琳はそれでいいのだと。
 合っているのかもしれないし、合っていないのかもしれない。
 けど、それならと、声をかけるのと同時に小走りに駆け、振り向いた彼女にキスをした。
 答えとしては間違っていても、自分の気持ちは合っているのだからキスをする。
 軽く閉じていた目を開きながら離れると、顔を真っ赤にしてふるふると震える彼女を真っ直ぐに見つめて───…………合っているでも間違っているでもない、酒が少しこぼれたことに激怒され、その場で正座させられました。

「えと……でも、キスのことに怒らないってことは、正解ってことでいい───」
「うるさいっ!!」
「ごめんなさいっ!?」

 怒られながら笑ってしまって、そのことについても散々と怒られた。
 そうして俺は、“こぼれたのが俺の酒だったら、まだそこまででもなかったのかなぁ”なんてことを思いながら、華琳の口から放たれる言葉に耳を傾け続けた。




112/いい国の中、笑顔で

 昼になるとみんなが起き出し、わやわやと世話話を始めるのを見掛け始める。
 その頃には片付けも済み、前の会合のように、酒の匂いを残したままの中庭だけが残された。

「はぁあ……しっかし、歓迎の宴ってだけで随分と騒いだもんだ」

 そんな中での俺はといえば、片付けを終えたところで少し酒くさい中庭から城壁に登り、天端に肘をついて息を吐いていた。
 兵のみんなも料理人のみんなも、少ない量ながらデザートに満足してくれたし、なんだかこう……気分がいい。

「問題があるとすれば……」

 王や将のみんなにあげる分が無いこと……なんだよな。
 や、それはもちろん滞在期間中に作って振る舞えばいいだけのことなんだけどさ。食いしん坊万歳のみんながそれで納得するかどうか。

「納得しないと進まない状況だし、なんとかなる」

 一応口に出してはみるが、自分一人を納得させるのにも不安がつのるばかりで、少し早まったことをしたかなぁなんて考えてしまった。
 材料集めが一番大変なんだよな……なにせ牛乳を搾れる邑が……なぁ。

「いやいや、暗い考えばかりじゃあいけないよな。せっかくの会合なんだし、明るく明るくだっ」
「あ、兄ちゃーん、春蘭さまが“でざーと”を出せ〜ってーっ!」

 心に明日への希望を持ち、行動を開始しようと振り向いた瞬間、俺を探しにやってきた季衣によって……俺は石畳に両手両膝をついて、世界の厳しさに涙した。

「? どしたの兄ちゃん」
「い、いやー……それがその……」

 急に崩れ落ちた俺へと歩み寄る季衣に、おそる……と事情を説明する。
 いや……その時の驚愕の表情といったら……。

「え〜!? 兄ちゃん、あの美味しいの全部兵のみんなに食べさせちゃったのー!?」
「ごめん、他に振る舞えるものがなかったから……」

 そりゃあ働いた分は対価はしっかりと給金で支払われるんだから、べつに食べ物をあげる必要はなかったかもしれない。けどその……なんか嫌じゃないか。王や将のみんなが楽しんでるのに、手伝ってくれた他のみんなは疲れるだけっていうのは。
 だから少しでもそういったものを分け合いたかった。

「みんなには次に届けられた材料で作るからさ。そこは我慢してもらおう」
「うー……楽しみにしてたのになー……」
「うぐっ……ご、ごめんな」

 軽く罪悪感。
 しかしながら悔いがそれを上回ることはなかったから、まだ前向きに考えることが出来た。そうだよな、きちんとみんなが居る内に作ればいいんだ。それはなにも、今日じゃなくちゃいけないわけじゃない。

「よし、それじゃあ今日も元気にいこう」
「あいす……」
「うぅ……ほ、ほらほら、季衣も元気にっ、なっ? アイス作ったら、少し多めにあげるから!」
「ほんとっ!? えへへー、約束だよ兄ちゃんっ!」
「………」

 落ち込んだ表情が一瞬にして笑顔に。
 じいちゃん……女の子って怖いです。
 それでも笑顔を向けられて悪い気はしないっていうんだから、俺自身も相当……なんて思いつつ、俺を見上げる季衣の頭をさらりと撫でた。「行こうか」なんて軽い言葉にも笑顔で応える季衣と中庭に降りて、他愛無い話をしながら何処へとも考えずに歩いた。
 いや、俺の頭の中は主に春蘭にどう説明したものかってものが大部分を占めていたが。なるほど、何処へとも考えずってのは自分で思っておきながら、随分と的を射た現実逃避だった。

「おお北郷! でざーとはどこだっ!」

 もちろん、そんな現実逃避が可能だったのは、厨房前の卓に座った春蘭を前にするまでだったわけですが。あの……僕逃げていいでしょうか。

(神様……)

 目を閉じ、軽く天を仰いで心の中で願った。
 どうか無事に今日を生きられますようにと。
 乱世が過ぎ去った現在の世の中で、どうしてこんなことを願わなくちゃいけないんだろうなぁ俺……。
 だがせめて願おう。Luck(幸運を)! Pluck(勇気を)!

「え、えーとな、春蘭……そのことなんだけど……」
「? なんだ?」

 親を前に誕生日プレゼントを待つ純粋な子供のような顔で見られた。
 わあ、心が痛い。
 きっと子供と遊ぶ約束してたのに、仕事が入ってしまったことを伝えなきゃいけない親の心境ってこんな感じだ。
 ……そして俺は、そんな心境の中でとってもパワフルな人達にこの事実を伝えなければならないわけでして。えーと…………俺、生きていられるカナ……。
 じいちゃん……俺、今日だけで何回胸をノックするか解らないです。

「そ、それがだな、春蘭。えー、あー……うー……」
「実はですね春蘭さま。兄ちゃん、あいすとかをぜーんぶ兵のみんなや料理作ってくれた人にあげちゃったんだって」
「キャーーーッ!!?」

 幸運と勇気を願ったが、覚悟は決めていなかった俺の心がドキーンと跳ね上がる状況に思わず女の悲鳴のような声をあげてしまい……しかしそんな自分の声に驚くよりもまず、驚愕の顔で俺を見る魏武の大剣さまをどうにかしなければって無理! なんか無理そう! めらり……って妙なオーラが溢れ出てる! つか、朝までべろんべろんになるまで飲んでたっていうのに、昼に起きてこの快調具合ってどうなんだ!? どれほどアルコール分解能力が高いんだよ!

「北郷……貴様ぁああっ! 私は貴様がでざーととは食事のあとに食べるものだと言うから、宴の時は酒ばかりを飲んでいたんだぞ!」
「えぇええええ!? 俺そんなこと春蘭に言った!? 言っ…………た、かもしれないけどそれは極端すぎやしないか!?」

 空腹に酒は辛いだろ! って、だからあんなにべろんべろんだったのか!? いやいやそれにしたって極端だって! そんな、なんでもかんでも俺の所為にされても困る!

「だだ大丈夫! 材料が揃ったらすぐにまた作るから! それまで我慢してくれ!」
「すぐになら今作れ!」
「材料が無いんだってば! 宴だけでいったいどれだけ材料使ったって思ってるんだ!」
「? 無いのなら買えばいいだろう」
「………」

 春蘭。たとえ金がいくらあっても、存在しないものを買うことは出来ないんですよ……。そう言ってやりたかったけど、なんとなく返される言葉が読めていたのでやめておいた。
 ともかく春蘭を説得、なんとか落ち着いてもらって、こんなことをあと何人かに説明しなければならない状況に軽く眩暈を起こした。


───……。


 みんなが揃い、酒臭さが大分納まった頃。
 ここ、玉座の間では静かな話し合いが進められていた。
 というのもデザート……ではなく、雪蓮が大事な話があるとかで集まってもらい、重大発表を大した前触れもなく口にしたのがきっかけだったのだが───

「私、孫伯符は本日を以って呉王の座から降り、その家督を妹の孫仲謀に譲ることをここに───」

 ───むしろ重大発表すぎた。
 デザートがどうとか思っていた俺の頭に、それはドシンと倒れ込んでくるくらいの衝撃だった。や、そりゃあ宴の中でそういうようなことは聞いたけどさ、まさか本気だったとは。
 しかもそれって、もっと厳かで大きな場で言うことじゃないのか? ……それ言ったら、確かに今この場より大きな場っていうのはなかなか無いだろうけどさ。なにせ三国のお偉い方が揃ってる。

「ね、姉様っ!? 急になにをそんなっ!」
「急じゃないわよ? 前から思ってたことだもの。ね、一刀?」
「本当なの!? 一刀!」
「そこで俺に振るなよ! 俺だって宴の時に聞いたばっかりだぞ!?」
「はぁ……やれやれ……」

 どうやら呉で知らなかったのは蓮華と小蓮だけらしい。
 冥琳や祭さんは当然のこと、明命や亞莎は平然とその言葉を聞いていた。慌てているのが蓮華と小蓮だけなら、なんとなく予想もつくってもんだ。
 溜め息ひとつ、やれやれと口にした冥琳が場を鎮めると、覇王の前での家督の引継ぎが行われた。どうやら既に話は通してあったようで、とんとん拍子に進む行事に喉を鳴らしつつ、南海覇王が雪蓮の手から蓮華の手にしっかりと渡されると……ようやく家督を受け渡すという場に立っているという実感が沸いて、今さらになって息が詰まっている自分に気がついた。

「しっかりね、蓮華。なにも私のように国を纏めようとする必要はないわ。あなたはあなたが思う呉というものを追いなさい」
「私が思う……呉……?」
「そう。母様でも私でもない、孫仲謀が思う孫呉というものを目指しなさい。あ、でも出来れば“誰もが笑っていられる呉”っていうのは外さないでほしいわね」
「むっ……姉様は、私が民の笑みを奪うとでも?」
「あははっ、それは蓮華の頑張り次第でしょ? うん。いい? 蓮華。私はあなたに期待をしない。けど、失敗したって失望もしない。あなたがこれから作る呉を見ながら、勝手に生きていくわ」
「……今までとそう変わらない気がするのは、私の気の所為でしょうか」
「うぐっ……な、なかなかひどいこと言うわね……」

 ごめん雪蓮、俺も同じこと考えてた。
 けど雪蓮は笑い、俺が自分でそうするように蓮華の胸をノックした。
 そして言う。「覚悟はここで決めちゃいなさいな」と。
 それに対し、蓮華はすぅ……と息を吸い、吐くと、キッと表情を引き締め、強く強く南海覇王を握り締めた。
 そんな光景の隅、呉の将側ではなく魏の将側に立っている思春は、どこか“見届けた”といった風情でゆっくりと目を伏せ、長い長い息を吐いていた。

「というわけで華琳ー♪ 勝手に生きていく第一歩として一刀ちょーだい?」
「あげないわよ」

 ……だというのに、そんな空気をぶち破る発言と、それを即答で却下する華琳。
 いろいろと台無しだよ……。暖かい、ホゥ……とした思春の溜め息が、一瞬にして重苦しい溜め息に変わった瞬間、見ちゃったじゃないか……。

「なによー、どうせ支柱にするんだからいつ貰ったって構わないでしょー?」
「場を弁えろと言っているのよ。確かに絆を深めるために一刀を中心に置くことは認めたけれど、あげるなんて一言も言っていないわ」
「……ま、華琳の性格考えるとそうでしょうけどね。ちぇー、あげるって一言でも言えば奪っていけたのに」

 言いつつも蓮華の前からつかつかとこちらに歩いてきて、俺の前に立って“にこー”と笑う雪蓮さん。……あの、なんだかとっても嫌な予感が───

「というわけで一刀っ、勝負よ勝負っ」
「なんで!?」

 ───して当然だった!
 あぁもう本当に戦うことしか頭に───ハッ!? ま、待て……? 呉っていう背負うものが無くなった→自由奔放→いつでも暇→……戦闘狂全力解放!?
 なんということか! 家督を持たない雪蓮って、酒が好きな華雄って感じじゃないか!
 あ、でも華雄は仕事はきちんとこなすよな。うん、これは間違いない。
 いやあの……今さらだけどさ、家督を蓮華に譲るのって、ただ自由人を増やすだけだったんじゃあなかろうか……。

「あ、の……雪蓮? キミ、家督を継がせるのはいいけど、その後の予定とかは───」
「? ……ああ、一刀の子を産むのもいいわねー」
「国に帰らせていただきます《がしぃっ!》離せぇえええ!!」
「ちょっと、女相手にそれはひどいわよ一刀っ!」

 キリッと顔と気を引き締めて歩き出したところで襟首を引っ掴まれた。
 ええ、逃げ出す作戦は当然の如く失敗に終わったさ。

「あ、あのなぁ雪蓮……俺はみんなとは友達のつもりで接してきたし、今でもその意識は変わらないんだよ。確かにさ、これからどうなっていくかなんてことは誰にも解らないよ。でも考えてもみてくれ、支柱になって早々にそういうことになるのは───っていうかまだ支柱になってないだろ俺!」
「あれ? そうだったっけ? それじゃあ華琳」
「ええ。……この場に集う皆に問う。この北郷一刀を同盟の印とし、無二の存在として認識するとともに、天などに二度と帰さぬようにせんことを誓えるか。誓えるのなら黙し、誓えぬのなら挙手をなさい」
「え、な、えぇえ!? 今この場で訊くのか!?」

 これって言い方を変えれば“俺がどれだけ好かれてるか、どれだけ嫌われてるか”を今ここで示しなさいって言っているようなもんじゃないか!
 こ、怖い! 見るのが怖い!
 ……でももしかしたらとか考えてる自分が少し恥ずかしい。
 なので目を瞑っていると、

「……誓えないのは桂花だけね。まあいいわ、いつものことだもの」
『華琳(さま)!?』

 閉じた状態から一気に目を見開き、叫んだ俺と桂花の声が重なった。
 途端に桂花にキッと睨まれるが、それどころじゃない。

「今さらな確認かもしれないけど、みんな本当にそれでいいのか!? 桂花はまあ当然としても、まさかみんな納得してくれるなんて……!」
「え……? お兄さん、もしかして嫌なの?」
「やっ……そりゃあ嫌じゃないぞ!? むしろ“自分に出来ること”が出来て嬉しいくらいだし! ……え、えーと……案外たくさんの人が反対するんじゃないかなって思ってたから、もう……どう反応したらいいか解らなくて」

 え? これ夢? 頬を抓ってみても痛いけど、いやそもそも痛覚で夢かどうかを確認するのって正解なのか? “嫌なの?”と訊ねてきた桃香が俺の前まで来て心配そうに見上げてくるけど、なんというか頭の整理が追いつかない。

「桃香、これって夢?」
「? えと、夢じゃない……と思うけど」
「そ、そか。夢じゃないか」

 …………。
 みんなの視線が俺に集中する。
 そんな中で頭の中の整理だけに意識を集中させようとしていると、桂花が華琳にお待ちくださいと反対意見を述べるが───近くに来るように命じられ、喉をツツッと撫でられただけでオチた。桂花……キミはもう少し強くあってもいいと思うんだ、俺。

「それで、どうなの一刀。反対する者は僅かに一人。あとはあなた次第ということになったのだけれど?」
「───……」

 しっかりと考える。
 華琳の目を見ながら、ひとつひとつ纏めて。
 覚悟も決めたつもりだったし、たとえ反対されても少しずつ認めてもらおうと思っていたことだ。同盟の支柱なんて大役が自分に務まるのかを考えてみたところで、こればっかりはやってみなければ解らない。
 それに、ここで断ればみんなからの信頼を裏切ることにもなる。

(………)

 いや。確かにそうだけど、みんなを理由に覚悟を決めるわけにはいかない。
 いつか、もし、上手くいかずに誰かを傷つけたとしても、誰かの所為にして逃げるのではなく、きちんと自分の覚悟が足りなかったのだと戒めるために───自分で考えて自分で決めろ、北郷一刀。
 お前はどうしたい?
 お前はどうしたかった?
 ただ漠然と“この世界”に居る理由が欲しかったから、支柱になろうと思ったのか?
 それともそういったものになることで得られるなにかが目当てだったのか?

「………」

 違うよな。
 そうだったこともあるかもしれないけど、今は違う。そう結論付けて、心配そうに見上げる桃香を見下ろし、じっとその目を見つめてから笑った。
 どんな理由があろうと自分で決めて、自分の意思で何かを為す。どちらが国に貢献出来るかという約束があるからという理由もあるだろう。それら全部をひっくるめて、自分が自分として誰かの役に立ち、“あなたが居て助かった”と言われる瞬間を夢見た自分を思い出せ。
 
「……天が御遣い、北郷一刀。俺は三国を繋ぐ手となり、伸ばしても届かないものを繋ぐ絆となり、我が身がこの地に立つ限り、同盟の礎となることを───自らの言葉を以って、今ここに誓います」

 言葉を、ノックとともに覚悟として胸に刻んだ。
 そしてその言葉に対し、華琳が頷き……「結構。その言葉を受け入れ、覇王の名の下に認めましょう」と言った瞬間。玉座の間は喜びの声で満ち、将の何人かが走ってきて《ドゴォオ!!》

「おぶおはぁっ!!?」
「よく解らないけどこれでお兄ちゃんは蜀のものでもあるのだーーーっ!!」

 鈴々が飛び込んできた。ええ、鳩尾にエドモ○ド本田ばりの超頭突きでした。
 しかもそれに対抗するようにぶつかってきた季衣が鈴々を押し退けて、しかし鈴々が譲らなくて片手ずつを引っ張られ始めて───ってぎゃだぁーーーっだだだだぁーーーっ!!?

「はぁあああなぁああせぇえ〜〜〜っ!! 兄ちゃんは僕の兄ちゃんだぁあ〜〜〜っ!!」
「そんなの知らないのだ! たった今、鈴々のお兄ちゃんになったのだ!」
「《ギリギリミチミチ……!!》い、いやはっ……!? あ、あのっ!? ふたっ、二人ともっ!? 腕っ! 腕がミチミチって! 痛い痛い痛い痛いって!」

 前略おじいさま! 支柱になった途端に生命の危機なのですがどうすれば!?
 このままだと腕が抜けるか体が真っ二つに裂けるかっ《きゅむ》……あ、あの? シャオさん? どうして腰に抱きつくんでしょうか? あのっ!? どうして引っ張り始めるんですか!? いやっ! べつにこれ三国対抗北郷引き裂きバトルとかじゃないんだぞ!? 無理に参加しなくていっ───いやぁあああああ!!

「こ、こりゃー! なにをしておるのじゃ! 主様はっ、主様は妾のものなのじゃー!」
「《きゅむっ》え゙っ……み、美羽……!? どうして腰に抱きついて……!?」
「はぁ〜〜〜なぁ〜〜〜すぅ〜〜〜のぉ〜〜〜じゃぁあ〜〜〜〜〜っ!!!」
「《ギリギリギリギリ》あいぃいいーーーーーーーーっ!!?」

 シャオとは逆に、背中側から腰に抱きついた美羽が、渡すものかと引っ張───って痛い痛い痛い! 待った待った! 四方から引っ張られる子争いなんて聞いたことも……って痛ぁあーーーたたたたっ!! ちちち千切れるーーーっ! 大岡越前助けてぇええーーーっ!
 みんな!? なんでそんな微笑ましいものを見る目で見てるの!? いやいや紫苑!? あらあらうふふじゃないってば! 華雄!? なんで腕まくりみたいな仕草しながらこっち来てるの!? いやいやいやいや春蘭!? 対抗するように出て来なくていいから! 愛紗、鈴々を止めて! 流琉、季衣をなんとかしてくれ! 蓮華っ……れん……蓮華さん!? 南海覇王持ったままキリッとした顔で天井見てないで、シャオを剥がしてくれると大変助かるんですが!? 七乃っ、美羽をなん、と……か……って───ちょっ……なんで桂花の隣で黒い笑み浮かべてるの!?
 嫌な予感しかしない! とにかくこの状況から、多少強引にでも脱出して───!

「ふっ! ぬっ! くっ! ……力で勝てるわけなかったぁああーーーーーっ!!!」

 両腕に力を込めてみたところで、左手は季衣、右手は鈴々。しかも両手対片手ではそもそも力勝負にさえなるはずもなく。なんだかもう、絶望的状況に涙するしかありませんでした。
 だが死中に活あり! 身動きが取れないなら舌戦で打ち勝ってみせよう!

「季衣、鈴々っ、痛いから手を放───《さわり》……へ?」

 両手を塞がれ、腰に抱きつかれているために踏ん張らねばならず、足さえ封じられている状況の中。ふと……ふわりと首にかかるやさしい重さと、さわりと肌を撫でる柔らかな感触。
 まるで陽に当たり、風に梳かされた猫の毛に撫でられたような感触に、ふと……辛さの中に暖かさを感じ《がぶぅっ!!》

「ギャァアーーーーーーーーッ!!?」
「兄、兄ぃいい〜〜っ♪ これで兄はみぃたちのものにゃーーーっ♪」

 ……美以だった。
 首に抱きつかれて、耳をがぶりと噛まれました。
 そうこうしているうちに華雄が俺の右腕を、春蘭が左腕をがっしと掴み、その様子を見てふむと頷いた星が焔耶に耳打ちをして、途端に焔耶がズカズカと近寄ってきて「そうだな……危機を救うのは友の役目だ!」なんて言って俺の襟首を掴んで強引に引っ張ってゴエェエエ!? つ、強っ! 腕力強っ! 喉っ! 喉が絞まっ……たたたたすけてぇえええーーーーーーーっ!!!





-_-/華琳

 ……玉座の間は、かつてない賑わいを見せていた。
 その中心に居るのは私でも、他国の王でもなく……一刀だった。

「華琳さま……よろしいのですか?」
「好きに騒がせておきなさい。騒げるのは仲の良い証拠でしょう?」
「は……その前に北郷が壊れなければ、ですが」
「問題ないわ。同盟の証、無二の存在として認めさせたばかりだというのにその証を壊すような同盟ならば、その時点で話にもならないわよ。それより秋蘭? 都を造ることに関しての民の声は届いているかしら?」
「現状では問題ありません。北郷自身が各国で民のために動いていたこともあり、期待の声もあるようです」
「……そう」

 小さく笑みがこぼれた。
 苦笑めいたそれは、けれど素直な笑みだと自覚出来るもの。
 本当に、あの男は私を退屈させない。いや、退屈させてくれないと言っていいだろう。
 問題を引っ張り込むこともあるが、大抵のことは多少の助力でなんとかしてしまう。
 人の能力的なもので一番怖く、最も頼りになるものは人脈だと誰かが言ったが、一刀は知らぬ間にそういったものを築いている。たとえば目で確認出来る民ならば私でも誰でも救うことが出来るだろう。しかし一刀はそれ以外の民も、その民の傍まで歩み、手を差し伸べる。
 私には……恐らくそんなことまでは出来はしない。
 桃香ならやるでしょうけど、私は……。

(そういった意味では、本当に一刀と桃香は似ているのでしょうね)

 ちらりと桃香に目を向ける。
 四方八方から引っ張られる一刀をなんとか救おうとしていたが、次の瞬間には騒ぎに巻き込まれて目を回していた。それに、ようやく天井から視線を戻した蓮華が気づいて駆け寄るが、結果はそう変わりはしなかった。

「……構わないわよ、行ってきなさい。一刀を救うという名目でなら、思う存分動けるでしょう?」
「!!」

 そんな光景をのんびりと眺めながら、傍に居た思春へと声をかける。
 まるで言葉にこそ強く弾かれたように疾駆した彼女は人垣に躊躇なく突撃し、迷うことなく蓮華と一刀を救い出すと、律儀にもこちらへと戻ってきた。

「し、思春? あなた……」
「っ───! ご、呉王となられた蓮華さまを小脇に抱えるなど、とんだご無礼を───! いかなる刑罰でも受ける所存で───!」
「げほっ! ごっほっ……! い、いや……首掴んで引っ張り出されるよりは……げほごほげっほごほっ! い、いいんじゃないか、なぁ……!!」

 小脇に抱えた蓮華と、首根っこを掴んで無理矢理運んだ一刀を下ろした思春が一歩下がり、頭を下げる。けれどそれは困る。蓮華はもちろんそんなことを許可などしないでしょうけど、そう簡単に命を粗末にされるのは好ましくない。

「思春? 勝手に死なれては、こちらの立場がないのだけれど?」
「はぁ……華琳の言う通りだ、思春。自力で抜け出せない状況で助けられたのだから、救い方がどうという小さいことで罰するなど、逆に恥ずべき行為だ。感謝はしても、罰など与えられるはずがない」
「蓮華さま……」

 それはもっともだ。
 ただ思うことがあるとするなら、あそこで目を回している桃香も助けてあげられれば満点だったのでしょうということくらい。その桃香も今、愛紗に助けられたようだけど。

「はぁ……それで? これからどうするんだ?」

 玉座に座りながら頬杖をついていた私に、玉座前の段差に座った一刀が言う。
 賑やかな皆を見ながらの言葉だったけれど、それが私に向けた言葉だということがすぐに解る。不思議なことに、すぐ近くに居る蓮華も思春も自分が言われたとは思っていないようで、一刀に向き直ることもせずに話し合っていた。

「? 華琳?」

 言葉を返さない私に座ったまま向き直る。
 私は急に視線がぶつかったことで勝手に跳ねる鼓動に多少の苛立ちを感じながら、咳払いをひとつして見つめ返した。
 ……まったく、目が合ったくらいでいちいち弾むな。自分の体だというのに、どうしてこれはいつもいつも私の邪魔をするのか。

「ん、んんっ……それで、どう一刀。上手くやっていけそうなのかしら?」

 いつも通りのつもりで声をかけるが、一刀は目をぱちくりと瞬かせたのちに苦笑。
 人のことを笑ったことを後悔させてくれようかと立ち上がろうとした瞬間、一刀は満面の笑顔で頷いた。
 そして言う。

「上手く、っていうか……うん。今の自分ならってみんなが頷いてくれたなら、今のまま成長できればなって思う。無理に上手くやろうとするんじゃなくてさ、えーっと……自分に出来るやり方で一人一人が力を合わせて……ん、んん……なんて言えばいいんだろ。あ、もちろん向上心はあるし、本当に今のままでだなんて思ってないぞ? あ、あー……何が言いたいのかというと、だな……えー……おー……」

 何が恥ずかしいのか、頬を掻きながら視線を動かす。
 私はそんな一刀の顔をじぃ……と見つめながら、続けて放たれるであろう言葉を待った。一刀はそんな私の反応に誤魔化しなんて通用しないと観念したのか、長い長い溜め息を吐いてから言葉を放った。

「自分に出来ることを、精一杯にやっていくよ。一人一人がそうやってやっていけたら、いつかみんなの理想がぎっしり詰まった未来が作れると思うんだ。そのための支柱に自分がなれたなら、こんなに嬉しいことはないよなっ」

 とびきりの笑顔とでも喩えればいいのか。
 私にだって滅多に見せないような笑顔で、彼は笑った。
 そんな笑顔に、またこの胸は跳ねてしまう。
 表情では平静を装ってはみるが、釣られるように笑んでしまうのは癪だった。癪だったから視線を外し、俯こうとした瞬間───

「な、華琳。いい国に、いい同盟にしような。死んでいったみんなが、あっちで笑ってられるくらいにさっ」
「───ぁぅ……」

 ───笑顔ではなく、やさしさに満ちた微笑が私に向けられ、私は黙した。
 いつもならば返すべき言葉が頭の中に流れてくるというのに、この時ばかりは頭の中が停止したかのように何も口に出せなかった。

「………」

 いつか、麗羽と一人の女を奪い合ったことがあった。
 この感覚は、あの時のものによく似ているようで、その実……今現在のほうが、思いが強くてどうにかなってしまいそうだった。
 それは独占欲とでも呼べばいいのか。
 三国連合の同盟の証として呈した一刀。(私の所有物)
 それが、他国の者でも手を伸ばせば届く位置に立ってしまったことに、若干の寂しさと……“あれは私のものだ”という思いが、最初はじわりと。しかし段々と色濃く込み上げてきた。

(……はぁ。しっかりなさい、曹孟徳)

 目を伏せ、一度だけ自分に怒鳴りつける。
 もちろん声に出して怒鳴るわけにもいかないから、心の中でだ。
 すると心は落ち着きを示すようにうるさいくらいだった鼓動を抑え、穏やかなものへと変わった。

(……本当に)

 本当に困ったものだ。
 自分を楽しませてくれるのが一刀ならば、自分にこんな思いをさせるのも一刀なのだ。
 そんな事実に改めて気づくと、そんな状況に自分が居るのが可笑しく、楽しませもするし悩ませてくれる張本人を目の前にくすくすと笑った。彼は逆に笑顔をぽかんとした顔に変えていたけれど、私が笑うのを見ると、もう一度やさしい笑顔になって笑っていた。

(いい国にしよう……ね)

 なるに決まってるじゃない。
 こんなばかな支柱を中心に、それぞれの国が今目指せる夢を目指して笑顔でいられているのなら、届かない道理などまるでないのだから。
 心の中で笑い飛ばして、直後に季衣と鈴々に引っ張られて段差の下まで連れていかれる彼を見送った。
 今でさえ私が笑ってしまえるような国を、“いい国ではない”なんて言わせないわよ、なんて……小さな悪態をつきながら。




 ネタ曝しです。  *Luck Pluck 幸運を! 勇気を!  ジョジョの奇妙な冒険第一部より。  黒騎士さんはほんに良い敵でござった。  お美事にございまする。  *超頭突き  ストリートファイター2、エドモンド本田のスーパー頭突き。  カプエスの鬼無双の掛け声を初めて聞いた時、「鬼……無双じゃー!」ではなく「ほんにぃい……美味そうじゃーーい!」と聞こえたのはいい思い出。  *ちぎれるー! 大岡越前たすけてー!  略称:“キムタク”より。  はい、やはりお待たせしております、凍傷です。  無理に早く書こうとすると上手く書けないことがよく解った今回です。  何度も書き直しました。  マイペースでじっくりこつこつ書いていったほうが確実ですね、ほんとうに。  えーと、今回は後始末&家督引継ぎ&支柱決定祭りの回ですね。  詰め込みすぎなのではと最初に考えたものの、かといって引き伸ばすとだらだらと書くことになりそうでして。なのでむしろ軽くいってましょうと。  行事的な内容にはとても弱いです。  こういうところは三国志をよく知っておられる方が書くと綺麗なんでしょうね。  お話ページにも書きましたが、連休中にPCがトラブルを発生させました。  原因はどうにもグラフィックボードにあったようで、初期化したあとにその問題の解決がなされました。そしてお気に入りを保存していなかったために消えていったブックマークの数々。  いえ、それはどうでもいいですね。ショックだったけど。  これからシリアス分が減るような減らないようなといったお話ばかりになりますが、それでも読んでくれる方へ、ありがとうございます。  変わらず“こうだったらいいな”が具現された内容ですが、どうかお付き合いのほどを。  それではまた次回で。  ……ところで、あかりりゅりゅ羽先生の真恋姫を見ていると、ひたすらに桃香が可哀相に思えてくるのは僕だけでしょうか……。やること全部裏目になりすぎて、もう続きを読むのが怖くて……と言いつつ全部読むのですが。毎巻楽しみにしております。押忍。  とりあえず他の作者様の恋姫小説を見ている途中でPCが飛びまして、こう、欲求不満なので……読んできます。  中途半端はだめだ……続きが気になって気になって……。では……行ってきます。 Next Top Back