115/ある夜の晩はナイトだった

 意気消沈気味に川から戻り、みんなが入り終えてからの風呂をいただいた俺を待っていたのは、まだまだ覚えなきゃいけない物事が書き込まれた書簡だった。
 ぎっしりと高く積み上げられたそれらが机の上のほぼを占拠し、少し途方に暮れる。傍には今日の教師役なのだろう雛里が立っていて、部屋に入ってきた俺を見るや、わたわたと慌てていた。

「ごめん雛里、待ったか?」
「あわっ……い、いえ、わわわたしゅもいまきたところ、です……!」

 いったいいつから待っていたんだろうか。
 そう考えてみて、結構ゆっくり湯船に浸かっていたことを少し申し訳なく思う。
 かといってさっくり入ってきてもまた風邪を引きそうだから、そうも言っていられない。
 ……で、それでも浮かぶ申し訳ない気持ちを素直に口にしてみたんだが、どうして俺はデートのお約束の言葉をこの時代で聞いているんだろうか。

「そ、そか。じゃあ早速で悪いんだけど」

 ドライヤーなんて気の利いたものがない分、髪の毛はしっかりと拭かなきゃいけない。いつもは汗を拭く時に使うタオルで丹念に水滴を拭いながら、こくこくと頷く雛里を前に椅子に座る。
 そうして始まる勉強。
 今日も来るかなと思った蓮華は来ることはなく、静かな自室に俺と雛里の行動の分だけの音が響く。

(うーん……)

 ふと思う。
 こう言うのもなんだけど、街が祭りで賑わってるのに仕事をしてると、居残りを命じられた生徒みたいだなと。俺の横に立って教えてくれる雛里は先生と呼ぶには小さいが、外見だけで知識は俺の数倍だ。……数倍で済んでいるのかは、深く考えないでおこう。

(考えてみれば支柱になったから始まったこの勉強のお陰で、ちっとも街を見て回れてないんだよな)

 牛乳取りに行った時や、ついさっきまでの作業等を思い返してみれば、見事に落ち着いてお祭り気分の街を見れていない。だからってここで雛里に街に行こうと誘っても頷きはしないだろうし、むしろ困らせることになりそうだから……間を見て行くか。なにも休憩無しで勉強しろだなんて言われてないんだから。

(……休憩してよしと言われてないのも不安材料だけど)

 うんよし、深く考えないようにしよう。
 集中集中。
 やさしいだけじゃ支柱にはなれないなら、もっと知識をつけてもっと国に返せるようにならないとな。


───……。


 筆を走らせる音が続く。
 自分でも驚くくらいに集中を続けていられていた。
 覚えるべきことをきちんと頭に叩き込んで次の書簡を手に取り、見た書簡の内容を自分なりに解釈して竹簡に書く。
 それに雛里が目を通して、要点が纏められているかを確認。よければ次の書簡に移り、ダメなら軽い注意をくれる。(くれるというか、その様子を見極めて“言ってくれ”とお願いしないと言ってくれない)
 そんな作業を繰り返し続けた現在。

「……はい、問題ない、です……」

 最後の竹簡を確認した雛里が、どもりながらの言葉とともににこりと笑った。
 山のように積まれていた書簡をどうにか捌き切り、纏めたものにも合格をもらえた。
 もう何度顔を曇らせた雛里に“悪いところがあったら言ってくれ”って頼んだか……だめだ、思い出して数え直すのも面倒だ。
 ……ちなみにその雛里さんはというと、立ちっぱなしが疲れてた様子だったので、現在は俺の脚の上にちょこんと座っていたりする。
 “疲れたならここに座っていいよ”と言った俺に対して顔を真っ赤にして拒否しまくった彼女を、半ば強引に座らせたわけだが───集中しだすととくに何も言わなくなり、今では振り向いてにっこり笑うくらいにまで落ち着いた。
 美羽にいつも座られている所為か、俺自身にも誰かを脚の上に座らせることにそう抵抗がなかった。

「ん〜〜〜っ、終わったぁ〜〜〜っ!」
「おちゅっ……お、お疲れ様でした、一刀さん」
「ああ、ありがとな、雛里」

 はふーと息を吐きつつ、背もたれへと背中を預ける。その拍子にこてりと雛里の頭が俺の胸に倒れ、体重を預けられるかたちになる。
 ……あー、なんだか頭とか体とか、疲れた身には心地良い重さと暖かさが胸に染みる。
 もういっそこのまま寝てしまいたいような《トントン》───あれ? ノック?

「鍵はかかってないぞー」
「あわぁっ……!?」

 いっそ瞼が重い現在、特に考えも無しにノックに対する言葉を放つ。
 なんでか雛里が慌てた声を出したが、すぐにでも眠れそうなこの頭では“どうして”というところまで考えることが出来なかった。

「あ、あのー……一刀様? 華琳さまから言伝を頼まれてはうあぁあーーーーーっ!!?」
「……ふあ?」
「あわわっ……!? あ、やっ……こここりゅはちゅがっ……ちがいまっ……!」

 やってきたのは明命だった。
 にっこり笑顔で、しかしどこか緊張を隠せない顔で訪れた彼女は、まったりしている俺とその上に居る雛里を見て……絶叫した。

「明命……いらっしゃい。ごめん、今ちょっと眠くて……ん、ん〜〜〜っ……んっ、と。それで、華琳から言伝って?」
「はうっ、あ、あのっ、そのっ……《キリッ!》は、はいっ! “そろそろ皆も魏に慣れた頃だろうから、始めるわよ。───祭りを”……だそうですっ《ぽむっ》」
「………」

 戸惑う彼女がキリッとなって、華琳の声真似をしてどこか大人びた表情を見せた───! ……と思ったら、にっこり笑って胸の前で手を合わせて見せた。
 ……って、祭り? 祭りって───

「じゃあ……祭りを?」
「はいっ、街ばかりが賑わう今の状態ではなく、皆さんが魏の空気に慣れた今こそ、様々な催し物をとっ!」
「てっ……! っていうことはっ! 俺ももう鍛錬していいのか!? 祭りってことは、準備期間中に何度か耳にした天下一品武道会もやるんだろっ!?」
「あ、はいっ、やりますし、華琳さまにも鍛錬のことを一刀様に伝えるようにと……って、えっ───一刀様、まさかあれに出るつもりですか……?」
「武道会は男の浪漫だ! 漫画やアニメや小説の中でしか無いと思ってたものがあるなら、優勝なんて出来なくても出てみたいと思わないで“何が漢”! 無謀でも出るさ! たとえボッコボコでメッタメタでぐっちゃぐちゃでゴッシャゴシャ血みどろな未来しか待っていなくても! 歩くから浪漫! 突っ走れ青春! 届けるから想い! 繋ぐから絆! そして闘うから強敵と書いて友と読む!! 他の人から見た俺が強敵じゃなくても、挑む思いは捨てられない! 負けて泣いても強くなる! ある人が歌った……涙の数だけ強くなれるって! たとえ訪れる明日がキミのために訪れたものではなくっても、ならば己で誇りましょう!! 我が人生はっ……輝いているぅううううううっ!!!」

 ………………。

「……あ、あー……とととっとととというわけでっ、でで出ようと思うんだっ! うんっ! あと今のは寝惚けてたのといろいろ溜まってたゲッフゴフゴホッ! ちょちょちょっと勢いに任せていろいろ晴らしたかっただけだから気にしないで今すぐ忘れよう! なっ!?」
「は、はぁ……それは構いませんが……」
「……?」

 雛里を胸に抱いたまま立ち上がり、熱く語った俺を見つめて首を傾げる明命に、苦笑いをプレゼントした。当然、俺を真っ赤な顔で見上げる雛里にも。
 はぁあ……なにやってるんだか……。
 鍛錬出来るのが暴走するほど嬉しいのか俺。
 いつからこんなに鍛錬馬鹿になったんだか……って、一年前からか。
 馬鹿にならなきゃ心がどうかしちゃいそうだったしなぁ……。

「で、武道会っ───もとい、城でのお祭り騒ぎはいつに?」
「はいっ、五日後だそうですっ!」
「五日後!」

 再びポムッと胸の前で手を合わせる明命とともに、俺もポムと手を合わせた。
 五日後……五日後! 五日後に開始するのか!

「おおお……───お? それまでは?」
「はい、お祭り騒ぎが五日後にありまして、それまでの四日間は今まで呉や蜀で行われた祭りも合わせた催しの準備で、完成すれば各国で競うことになっていますですっ」

 いかにもな祭りだ。
 それはどれほど賑やかなものになるのか。
 そしてそれを安全な方向に導かんとして、我ら警備隊がどれだけ苦労するのか。
 ウワー、嬉しい反面怖いことだらけだ。
 でも準備自体は先にやっておいたものもあるし、そんなに難しいことじゃない筈だ。
 何に使うのか解らない舞台も、なるほど。武道会のために作らせてたってわけか。
 てっきり新しい数え役萬☆姉妹の舞台かと思った。

「ところで明命? なんだってその報告を明命がしてるんだ?」

 まあともかくだ。現状を纏めてみよう。
 教えてくれたのは素直にありがたいが、なんだって明命が?
 丁度通りかかったところを〜ってカタチにしては、ちょっとソワソワしてるし。

「あ、はい、実は中庭でお猫様を発見して、モフり回そうとしたところで華琳さまと会いまして。今は一緒に居た亞莎と、皆さんにお報せに回っているところなんです」
「へぇえ……華琳がそういうやり方で報せるなんて珍しいな」
「用事がいろいろと立て込んでいるらしいです。わたしと亞莎に言伝を頼むと、すぐに自室の方へ向かったようですし」
「あー……」

 やっぱり王っていうのは大変だな。
 特に今は各国の王や将までごっちゃりと集った状態だ、起こることもここだけのことじゃなく、各国でのこともこちらに報告が届くんだろう。

「よかったら俺も手伝おうか? 眠気覚ましに丁度いいし、今寝たらヘンな時間に起きるだろうし」
「いえいえっ、それには及びせんっ! 手伝ってくれるのはありがたいですが、いろいろと邪魔をしてはいけない気もしますし……その」
「?」

 胸の前でついついと人差し指同士を突き合わせ、上目遣いでこちらを見る明命さん。
 なに? と視線を追ってみると、俺ではなく俺の胸を見ていた。
 で、そこには俺に抱き締められて宙に浮いたままの雛里さん。

「…………」

 いや、違うんですよ明命サン。
 これはただ抱き心地がよくて、なんか気力が充実してきたらべつに重くもないし、嫌がられないならこのままでも別にいいかなとかなんかいろいろと考えてしまって。いや、だからって抱き続けていい理由にはそりゃあなるわけがないんだが、ほら、あれだ。

(………)

 人肌が恋しうぉおおおお!!? ちょっと待て今何考えてた俺!
 恋しくない! 恋しくないぞ!? 大丈夫、恋しいけど恋しくない!
 大体これから鍛錬OKになったんだ、湧き出た欲求なんて全部そっちに回せばいい!

(でもなぁ……)

 ふと、支柱になる前に地和と話したことを思い出す。
 ……美羽が居るからそういうことをしには来ないが、もし居なかったらとっくに夜襲かけられていたのではと時々思ってしまう。いや、むしろ俺が期待してしまっているんだろうか。

(でも───やっぱり違うんだよな。肉体関係っていうよりは、もう“大切な家族”ってくらいにまで感情が向いてる。そりゃあ好きだし、愛したくもなる。ただ、その欲求よりも“大切にしたい”って感情のほうが強いんだよな)

 煩悩はある。当然だ。だって人間で、年頃の男の子ですもの。
 ただそれが性欲ばかりに向いているかといったら否なのだ。

(禁欲生活が続きすぎて、とうとう妙な悟りを得たのかしら)

 少しご婦人チックに思ってみるが、べつになにかが変わるわけでもない。
 ただこうして大事にしていられる今こそが愛しい。
 守りたい気持ちって、きっと“そんなもん”なのだ。

「よしっ……っと。じゃあ俺、今から鍛錬してくるなっ!《キラキラ……!》」

 自分自身に頷きながら雛里を下ろすと、輝く笑顔で伝える。
 なんにせよ鍛錬が出来る。体の疼きをそちらにぶつけることが出来る。
 もはや立ち止まる理由も無し! 本日の分の仕事も終わった今ならば、いったい誰がこの衝動を止められましょう!

「こ、これから鍛錬をするんですかっ?」
「ああっ、ここしばらく出来なかったから体がナマっちゃってさっ! そりゃあ氣の鍛錬だけはずっとやってたけど、やっぱり体も動かさないとどうにもこう……」

 手を握ったり開いたりしてみる。
 もちろん普通に動くのだが、なにかが足りない気がするのだ。
 これって鍛錬中毒? どこかのやさしい野菜星人の魂でも混ざったんだろうか。
 木刀に攻守の氣を込めると金色に輝いたりするし、そうなのかも。
 と、冗談はここまでにして。

「今日はありがとな、雛里。お陰で早く仕事が片付いたよ」
「あわっ!? あ、あぅわわわ……! い、いえっ……あのそのっ……かかかかかじゅとしゃっ《ガリッ!》〜〜〜っ」

 うわっ! また噛んだ! 蜀の時でもそうだったけど、まだ直ってなかったのかこれ!
 すぐに断ってから舌を見せてもらうが……ああ、今回も傷らしい傷はないな。
 コレも直せるようにしないと、いつか思い切り血を見ることになりそうで安心できない。

「…………そだな。鍛錬もいいけど、そっちもだ」
「ふぁ……?」

 舌をチロリと見せながら、疑問の視線で俺を見上げる雛里の頭を帽子ごと撫でてから、舌を診るために屈ませていた体を立たせて胸をノック。
 自分のことばっかりじゃ支柱失格! 支柱って言葉に囚われすぎるのもよくはないが、だからって自分勝手に行動しすぎるのもいけない。だったら俺が思うように動けば、少なくとも間違った時に怒られるのは俺だけだし、それならそれで良しだな。

「雛里、今朱里って何処でなんの仕事をしてる?」
「ひゃふ……? ひゅ、ひゅりふぁんでひゅふぁ……?」
「……ごめん、舌はもう引っ込めていいから」
「あわっ!? は、はいぃ……」

 もごもごと喋る雛里の肩にポムと手を置き、申し訳なく伝える。
 真っ赤になりながら舌を引っ込めて、改めて語られる朱里の現在の行動は───……訊かなければよかったです、はい。

「……? あの、一刀様? その“ひみつの書”とはなんですか?」
「うん……なんだろね……」

 遠い目をして返す他なかった。
 明命はしきりに首を傾げていたが、すまん。どうか純粋なキミのままで居てくれ。

「じゃあ、引き止めちゃって悪かった。他の人にも伝えなきゃいけないんだよな?」
「はうあっ! そうでしたっ! そ、それでは失礼しますですっ!」

 ビッと敬礼するみたいに姿勢を正し、明命が走ってゆく。
 廊下は走るな〜的なことを言ってみようと思った時には既にその姿はなく、曲がり角で人身事故でも起こしやしないかと少し心配になった。
 ……まあ、たとえそうなりそうになっても、気配察知で躱せそうだ。

「あ、あの……? 一刀さん……?」

 で、一方こちらの鳳統さん。
 今日はもうどうせ遅いし、鍛錬は明日から始めるとして。

「雛里」
「ひゃうっ、ひゃひゃひゃひゃいっ……!?」
「いや、そんなびっくりしなくても。……早口言葉の練習、しないか?」
「…………はい?」

 カミカミ言葉はいいものだ。それは星も認めるところであろう。
 しかしこのままだといつか大変なことになる……かもしれない。
 なので喋る練習をしよう。
 分類的にはこう……稟の鼻血対策の延長みたいなもんだろう。
 多分。

「はやくちゅことば、でしゅか」

 早速噛みまくってる目の前の少女に苦笑を届けつつ、再び椅子に座って彼女を招く。
 おずおずと寄ってきた彼女をまたもや足の間に座らせて、リラックスした状態でレッスン開始だ。
 焦るとろくなことにならないのはもはやパターン的な何かだと断言出来る。
 なのでリラックス。落ち着いて、まずは基本から。

「雛里、俺が言う言葉を復唱してみて。焦らず、まずは深呼吸〜」
「は、はい。焦らず、まじゅはしゅんこきゅ〜……」

 そして早速ダメそうだった。
 深呼吸のくだりは復唱しなくてもよかったんだけどな……。

「じゃあ、いくぞ? まずはゆっくり。“生麦……生米……生卵”。はい」
「? ……なまむぎ、なまごめ、なまたまご」
「よし。じゃあ少し速度を上げて。“生麦、生米、生卵”。はい」
「なな、なまむぎ、なまごめ、なまてぃゃまぎょっ……」

 最後が少し絡まった。
 しかしもう一度と言い直すと、それは───……余計にこんがらがった。
 まあ、基本そうなるよな。

「えっとな、コツとしては一言ずつをハッキリ、大きく口を開けて言うことなんだ」
「お、おおきくですか?」
「そう。あとはきちんと頭の中で“言う言葉”を組み立ててから言うこと。思いつき言葉って、慣れてる人でも結構噛みやすかったりするんだ。頭で言葉を組み立てるのが上手い人ならすらすら言えたりするんだけどな」
「へぅう……」

 雛里が、月みたいな声を出して帽子を深く被る。
 しかしその帽子をパッと離すと

「なまぎょっ!《がりっ!》…………〜〜〜〜っ!!」

 生麦すら言えずに噛み、カタカタと震えだした。

 ◆ナマギョ───なまぎょ
 どこぞで釣れるナマズのような小魚。
 ナマズではないのだが、ナマズに似ている。
 これをエサに大物を釣ろうと竿を振ると、弾丸となって飛んでゆく。
 ただし身は脆く、振った反動で口から針が取れ、それこそ弾丸となって飛んでゆく。
 *神冥書房刊『小魚なのに滅法硬いです』より

 ……と、無駄に妙なことを考えてないで。

「……まずは少しずついこうな」
「…………ふぁいぃ……」

 震えながらこくこくと頷く雛里の頭を撫でて、リラックスさせつつ発声練習から。
 ご存知、アエイウエオアオである。それを50音順に繰り返していく。
 もちろん言葉に合わせてきちんと口も大きく動かすのを忘れない。

「はい、生麦生麦生麦生麦」
「生麦っ、なまむぎっ、なまむぎ、なまみゅぎゅっ」
「生米生米生米生米」
「生米生米なまっ、なっ、なままっ……!」
「はい、生生生生」
「な、なまなまなまなまっ!」
「米米米米」
「ごめごめごっ……ごめっ、ごめっ!」

 まずは難しい部分から早口で、次第に簡単にしてゆく。
 早く動かすことに慣れさせるなら、先に速い部分から練習した方が効率がいいのだ。

「はい、あめんぼ赤いなアイウエオ」
「あわっ……!? あ、あめんぼあかいな、あいうえ、お……?」
「うん。浮藻に小蝦もおよいでる」
「う、うきもにこえびもおよいでる……」
「ほら雛里、はっきりはっきり〜。柿の木栗の木カキクケコ」
「ひゃいっ、かか、かきのきくりのき、かきくけこっ」
「よし。啄木鳥こつこつかれケヤキ」
「きつつきこつこつかれけやきっ」

 ハッキリ、と言われてむんと構えてからは、途中途中でつっかえながらも声を出そうと頑張る。そんな調子でほんとに発声練習を始めた俺は、次から次へと言葉を放ち、復唱をさせてゆく。

「じゃあ戻ろうか。生麦」
「生麦」
「生米」
「生米」
「生卵」
「生卵」
「……いいか? じゃあ───生麦生米生卵っ!」
「《く、くわっ!》生麦生米生卵っ!」

 ───おおっ!? いった!

「すごいじゃないか雛里っ! 言えた言えたっ!」
「………………」
「ひなっ───……雛里?」
「…………《しゅぅううう……!》」
「雛里? どうし───って顔赤っ!? 頭熱っ!! 雛里さん!? アナタ早口言葉でどれだけ脳細胞活性化させてるんですか!? こんなの難しいこと覚えるよりよっぽど簡単だろ!?」

 ひょいと横から覗いてみれば、顔を真っ赤にして目をぐるぐる回している雛里さん。
 軽くゆすってみると「あわわ……っ!?」と肩を弾かせて戻ってきてくれた。

「大丈夫かっ? 雛里っ!? なぁっ!」
「───…………あ、は、はぅう……」

 そのまま視線を彷徨わせて、俺と視線がぶつかると再び顔を赤くして俯いてしまう。
 なんにせよ、戻ってきてくれてなによりだ。
 まさか早口言葉が彼女にとってここまで難しいものだったとは。

(こういうの、真桜とか霞は上手そうだよな。地和は特に上手そうだ)

 よく喋る人を思い浮かべてみて、少し笑う。
 そんな軽い振動に、足の上に座っている雛里が少しだけこちらを睨んでくる。睨むというよりは、悲しそうに見つめてくる。

「いや、雛里を笑ったんじゃないって。魏には早口が上手そうなヤツが結構居るなって思っただけなんだ」

 蜀はどうだろうか。翠……は意外と苦手そうな気がする。テンパった時なんかしょっちゅう(つか)えてるし。となると蒲公英か。鈴々は……意外に苦手そうなイメージがある。
 呉では、閊えるって分を考えなければ亞莎が結構いけそうな気がするなぁ。雪蓮はなんか普通に出来そうだ。穏は性格上向いてない、よな。

「落ち着いたか?」
「い、いえあの、もう少しこのままで……」
「ん、りょーかい」

 二人してフスーと息を吐いて脱力。
 慌てたお陰で逃げていった眠気は、どうやらしばらく帰ってきそうにない。
 で、その代わりに───《こんこんっ》───と、控えめなノックが聞こえる。
 間違い無く彼女でしょう。
 少し心に陰りが生まれるのを感じながら、さっきと同じように鍵はかかってないぞーと伝える。静かに、しかし素早く開けて素早く入って素早く閉めたのは……予想通り、朱里だった。
 雛里が俺の足の間でリラックスしてても特に問題視せず、興奮した状態でタトトッと近寄ってくると、大事に抱えていたそれを無言で俺に突き出してきた。
 ……ええはい、艶本……さきほどの“ひみつの書”です。

「………」
「………はわっ!?」

 遠い目をしてそれを受け取ったあたりでようやく雛里の状態に気づいたのか、朱里が小さな驚きを口にする。しかしながら雛里も相当に頭をフル回転させたのか、鈍い反応しか見せない。
 ……早口がここまで脳を使うものだったとは。驚きだ。
 そして朱里サン? これはけっして、やましいことをしたあととかではありませんからね? そんな赤い顔でちらちら見られても何もありませんから。

「あ、あー……その。じゃあ本を見る前に、朱里も雛里と同じこと……するか?」
「はわわっ!? お、同じことでしゅかっ!? そそそっそそそれは確かに一刀さんと雛里ちゃんとは秘密を共有する同盟同士でしゅがっ、そそそそれはっ」

 予想通りに盛大に勘違いなさっておられるらしい。
 心の中で溜め息ひとつ、くてりと動かない雛里をまず寝台へと運び、再び椅子に座ると朱里を足の間へ。赤くはなったもののなんの抵抗もなくすとんと座った彼女に、

(ハテ? 勘違いしてる割には随分あっさりと……)

 などと思いつつも、早速始める。
 まずは呼吸を合わせることから。

「はい吸って〜」
「はわっ!? すすす吸う!? なにをでしゅか!?」
「なにって……息だけど」
「はっ───そ、そうですねっ、呼吸は大事だと言いますしっ!」

 慌てた様子でゴヒュウと一気に息を吸う朱里サン。
 その様子を見守りつつ、そろそろかなと思ったところで「吐いて〜」と。すると再びゴヒャーと一気に吐く朱里さんの後ろで、こんな調子で大丈夫だろうかと心配になる俺がいた。

「雛里とやってたことをやるわけだが……何をやるか、解ってる?」
「はうわあぁっ!? ななななにをってそのあのっ!」
「……とりあえず艶本に書かれているようなことじゃないからね?」
「!?」

 やんわりと言ってみると、これまた余計に誤解したのか、ドキーンと跳ねる朱里の肩。

「えーとな……加えて言うと、この世界にはない天の技術を教えるとか、そういうものでは断じてないからな?」
「……………っ!? あ、いえあのそれはもちゅろん解ってましゅたよ!?」

 だったらなんでそんな、あからさまに残念そうなんですか朱里さん。
 けど待とう。技術ではないにしても、一応は天のやり方ではある。早口言葉でカミカミを直すとは言うものの、些細なカドを…………どうでもいいか、そんなこと。

「雛里とは早口言葉の練習をしてたんだ」
「早口言葉……ですか?」
「そう。そしたらよっぽど頭を使ったのか、ああやってぐったりしちゃって」
「あの雛里ちゃんが……」

 読書するよりも頭を使うなんて、人による影響の上下って解らないもんだよな。
 これ、絶対に書いて読んで口に出すより頭を使ってるだろ。雛里限定で。……そこに朱里が加わるかもしれないが、まだ断定はできないよな。だからこそ、さあまいりましょう。

「ほら、朱里も雛里も、よく言葉を噛むだろ? だからそれを直そうと」
「あ……そうだったんですか。私はてっきり───」

 ……………………てっきりの先は、しばらく待っても語られなかった。
 なんとなく予想がついたから、踏み込んだりはしない。ああしないとも。

「で、朱里もどうだ? ここぞって時に噛むと、結構恥ずかしいだろ」
「はうっ……そ、それは、たしかにそうですけど……」
「なら想像してみてくれ。ペラペラと軽快に喋る自分を。頭の回転が速くて仕事も正確! 問われれば即座に相手の望んだ答えを返し、三国会合の場でも滞り無く話せる自分!」
「───………………《ぱああ……!!》」

 想像したのか、困惑顔に輝きが宿り、少しずつ緩んでいく。
 そして言うのだ。振り向きざまに。

「かじゅとさんっ! 私やりますっ!」

 …………早速噛んだが、熱意は伝わったから、あえて突っ込まずに頷いた。
 いや、べつに艶本から話題を逸らすためとか、そんなんじゃないですよ?


───……。


 はい、そんなわけでレッスン。

「生麦生米生卵っ」
「なまむぎなまごめななたまもっ」
「李も桃も桃のうちっ」
「すもももももももももうひっ!」
「赤巻紙青巻紙黄巻紙っ」
「赤巻がみあおまききゃききまきゃきょきゅ」
「笹の葉ささくれササニシキっ」
「笹の葉ささくれササシシシッ」

 なんか途中でレンタヒー○ーが混ざった。
 ササニシキよりよっぽど言い易い気もする。ササシシシ。……案外言いづらかった。

「ふ……は、はわわわわ……」
「あー……朱里〜……? 頭がゆらゆら揺れてるぞ〜……?」
「らい、らいりょ〜ぶれふ……かっこいいわたしに……なるんれふ……」

 おお、なんか今にも目を回して倒れそうなのに、彼女の中の“格好いい自分を目指す心”が諦めることを許さない! ………………あれ? じゃあもしかして、きちんと言えるようになるまで動けない?
 …………だ、大丈夫! キミなら出来る! ようはきちんと言えるようになればいいんだ! 俺の鍛錬なんてそのあとでも十分だ! じゅっ…………十分……だよな……? ───十分だとも!
 だから恐れることはない───協力すれば出来ないことも出来る! そのために俺達は手を伸ばして友達にも盟友にもなったんだ! その絆を試すときが、まさかカミカミ言葉を直すためだとは思わなかったけどさ!
 けど、だからこそ言おう! Yes,We,Can(そうだ、私たちは出来る)!!

「よしっ、頑張ろう朱里! でもまずはリラックスだな。力を抜いて、深呼吸しながら体に溜まった嫌なことを少〜しずつ少ぉ〜しずつ吐き出すんだ」
「は、はいぃ……」

 言われた通りに深呼吸をする朱里。
 さっきのようなゴヒュウゴヒャアな吸って吐いてではなく、ゆっくりと深く。
 それが終わると、やはり雛里にやらせたように一言一言をはっきりと喋る練習を。ひとつひとつを積み重ねてから、いざ本番。

「なまぎょっ!《がりっ!》───……」

 …………。ナマギョだった。

 ◆ナマギョ───なまぎょ
 どこぞで釣れるナマズもどき。
 ナマズに(略)

 ……だから無駄な思考展開はいいって。
 とにもかくにも練習続行。
 といってもやることなんて同じで、少しずつ身につけていくしかない。
 やればやるだけ確実に身につくって保証があるならやる気も起きるってものだが、困ったことにこういうのに限って相性ってものがあるのだ。
 人とあまり話していないと噛みやすいとか聞いたことがあるけど、朱里は雛里はその典型……かな。きっと人と話す機会よりも本を読む時間のほうが長かったんだろうし。それで言うと亞莎はどうなるんだろうか。

(…………亞莎も呼ぼうか)

 何処に居るかも解らないし、まだみんなに報告している最中かもしれないが───訊いてみて、まだ途中だったら諦めて、終わってたら招こう。うん。
 こくりと誰にともなく頷くと、ひょいと朱里を下ろしてから立ち上がる。きょとんとした目(回り気味)が俺を見上げるが、「水を貰ってくる」と言うと妙に納得した顔で頷いてくれた。

───……。

 さて。ウソというわけでもなく茶器一式を貰ってきた俺は、その途中でたとたとと歩く亞莎を発見。気軽に声をかけてみれば、ビクーンと跳ね上がる彼女の肩。
 首を痛めるぞと思わず言いそうになるくらいにバババババッと首を振って俺を発見したらしい亞莎は、

「………………?」

 いつかのようにギヌロと目を鋭く細め、こちらを睨んできた。
 ああ、うん。事情知らなかったら睨まれてるだけだよな、これって。

「一刀……様?」

 声だけの認識だとそんなものだろう。
 というか、いつかプレゼントした眼鏡は今はつけてないのか。それともあの眼鏡でももう度が合わなくなるくらいに目が悪くなったのか。
 うわあ……後者の確率が高すぎて否定できない。
 そんな状況の中、ふと心の中にいたずら心が。
 この状況で声色とか使ったらどうなるんだろうか。

(よ、よし、じゃあやってみよう。仲の良い兵の声くらいなら真似られ───)

 などと思っていると亞莎がハフーと息を吐いた。相当な安堵の。
 ハテと首を傾げているうちに、どういうことか「一刀様ですね」と確信を持たれてしまう有様。いったい何が───もしやエスパー!? ……いや、そういえば目が悪くても、氣で相手を判断できるとか呉に居た時に聞いた気がするよ……。よかった、声色使う前で本当によかった。

「あ、あーその……こほん。明命に聞いたけど、もう報せは終わったの?」
「あ、はい。手分けしたので案外早く終わりました。報せた先でも他の者には私がと進言してくれる方が多かったので」

 なるほど、秋蘭や愛紗あたりはそう言いそうだ。
 逆に麗羽や七乃は面倒くさがりそうな気がする。っと、それよりもだ。
 茶器を手にする俺を見て軽く首を傾げる亞莎に、お茶に誘うわけでもなく、軽く声をかけてみる。むしろ亞莎自体、俺が茶器を持っているかどうかを理解しているかが解らないので。

「そっか、よかった。今ちょっと、とある練習を朱里や雛里とやってるんだけど……亞莎もどう?」
「?」

 よかった、という言葉に首を傾げながらきょとんとする亞莎。
 「ある練習……ですか?」と訊ねてくるが、はてさて……内容を言ったら“わわわ私はいいですっ”とか言って逃げられてしまいそうな気がするのは何故だろう。
 いや、何故もなにも発声練習とか人前での早口言葉が恥ずかしいのは解る。やってみれば案外その恥ずかしさも“楽しい”に変わるんだが、こいうのってなんでもやるまでが問題だったりするんだよな……。
 うーん……。

「発声練習。言葉の途中でどもらないように、きっぱりはっきり喋ってみようって練習なんだけど」

 考えてみた結果がこれだった。
 逃げられるのだとしても、まずは本人のやる気があるかどうかだもんな。なので包み隠さず全部を説明してみると───……やっぱり少し困り顔になってしまった。
 しかし返される言葉は俺が予想していたものとはまるで違い、

「あ、あの。私ってそんなにどもって……ますか?」

 ……自覚がまるでない、自身に対する驚きの言葉だった。だったのだが、俺がぽかんと停止するのを見るや、それだけで納得してしまったらしい。

「すすすっ、す、すいませっ……! 自覚っ、自覚が足りませんでしたっ……!」

 長い袖で顔を隠すようにして目をきゅっと伏せる亞莎。
 そんな彼女を前に、すぐにフォローに入る。……のだが。

「いやいやいやっ、べつに責めてるわけじゃないんだって! むしろそれを直す練習をしてみないかって、こうして探しに───あ」
「え……? あ、の……わざわざ探してくださったん……ですか?」

 少し“あちゃあ……”といった感じに言葉を紡ぐ俺に、なにやら期待を込めた視線を向ける。俺はその言葉に若干の恥ずかしさを覚えながらも、隠すことなく頷いて返した。 

「そういうふうに見られるの、本人としては嫌だろうなと思ったから隠そうと思ったんだけど。ごめん。でも、よかったら一緒にやらないか?」
「───……!」

 対する亞莎はやっぱりどこか期待を込めた瞳のままに、しかしハッとすると───あ。これ、断ろうとする時の反応だ。

「じゃあ行こう」
「えっ……ふえぇええっ!? あ、ああああのっ、一刀様っ!? 私はっ───」
「亞莎。別の誰かが一緒だからって遠慮しない。先約がどうとかって考え方はもちろん大事だけど、みんなで出来ることは積極的に混ざるべきだ。確かに今、雛里も朱里も部屋に居るけど、それを理由に亞莎が断るっていうなら、俺はその断る理由を断る」
「あ───」

 ズカズカと近付いて亞莎の手を取って、ずかずかと歩き出す。
 抵抗は最初のひと引きだけ。
 あとは軽く俯いたままではあるものの、黙ってついてきてくれた。
 ……自分でやっておいてなんだけど、亞莎ってもしかして押しに弱かったりする?
 将来が少し心配だ。
 もし誰かに思い切り惚れられて、強引に迫られでもしたら───《ちくり》───……あれ? …………今の、なに?

(胸がちくりって……あの、ちょっと待とう?)

 この痛さは自分の世界で魏に焦がれた頃のあの痛みに似ている。
 もしかして俺……自分で思うよりも、亞莎やみんなのこと───

「〜〜〜っ……《かぁあっ……!》」

 顔が熱くなるのを感じた。
 思わず手を放して顔を覆いたくなるのに、この手は“放してなるものか”とでも言うかのように亞莎の手を強く握る。

「………」

 大事であることには変わりはない。好きとか嫌いとか、そんなことを置いたとしても。
 それはみんなに対して言えることで、魏や華琳を言い訳にしないと決めた時から少しずつ芽生え始めていた感情。
 みんなってのは将や王に限ったことじゃない。
 兵や民だって大事で、なのに……その大事が、将や王に向ける感情とは違う。
 俺は…………この気持ちは……。

「あ、あのっ、一刀様っ……?」

 ただ歩いた。
 亞莎は呼びかけはするけど振り払ったりはせず、やがて呼びかけもしないままにただついてきてくれた。通路を抜け、やがて俺の部屋まで来ると、一度だけ小さく息を飲み、同じく小さく震えたのを……手を通して感じた。
 そこでようやく気づく。
 強引にとはいえ、男の部屋に女の子を連れてきたって事態に。
 俺の顔を真正面から見るだけで慌てて逃げ出しそうになるほどの亞莎。
 そんな彼女を、強引に男の部屋に連れてきたって事実に。
 自分の内側に意識を向けすぎていて、そんなことに気づけなかった。
 これからすることがなんであれ、まるでさかりのついた犬だよこれじゃあ……。
 それで亞莎を怯えさせてちゃ世話ない。
 当然の罰だとばかりに亞莎の手を放し、その手で拳を作ると自分を殴った。
 亞莎が驚いたが、そんな彼女になんでもないからと微笑みかけると、いざ自室へ。
 殴った反動で茶器が落ちそうになったものの、慌ててバランスを取って一息。
 うん。つまりは強引ではあったものの、帰すつもりがないのだ、俺ってやつは。
 大事だとは思う。家族を大切に思うような感覚ではある。けど、胸を突いたちくりとした感覚は……家族に向けるものでは、きっとない。

「すぅ……はぁ───……ん。ただいまー」

 気分を変えるためにも元気な声で帰還を報せると、机に居たはずの朱里はおらず───ちらりと寝台に目を向けてみれば、雛里の隣でくーすーと寝息を立てていた。
 ……なんかもう、最近自分の寝台が自分のじゃないような気がしてきてならない。
 それは俺の部屋に訪れる客が多く、しかもよく眠っていくからだろうか。

「あ、ごめん亞莎、入って」
「は、はひっ」

 寝台で眠る朱里と雛里をちらりと見て、顔を赤くする亞莎。
 また始める前に誤解を解くところから始めなきゃいけないのでしょうかと誰にともなく呟いて、結局はそうなる状況に苦笑をもらした。

「というわけで、さぁさ」
「ふ……え、ぇえええええっ!!?」

 椅子に座って、ぽむりと自分の膝を叩く。
 朱里や雛里と同じように、足の間にどうぞというゼスチャーなわけだが……これに対して本気で驚きの声をおあげなさる亞莎さん。
 正直俺も恥ずかしいが、もう差別とかそういうのはしないと決めた───そう、決めたのですよ、この北郷めは。
 相手が誰であろうと自分らしく。
 飾らないまま。時には飾ってもいいから、自分らしくいきましょう。
 というか、うん。こういうのって相手に拒否されると余計に恥ずかしいので、是非とも座ってくれるとありがたいです亞莎さん。

(嫌いじゃない。嫌いじゃないなら、仲良くなって、好きになればいい)

 “そういう関係”になるのが目的なんじゃない。
 でも、そういう流れになれば受け入れるといったのは自分なのだ。
 三羽鳥を受け入れようと思った時も、そして今も、その気持ちは変わらない。
 じゃあ三人とみんなの違いってなんだ?
 嫌いじゃないから求められればすぐに抱くっていうのはなんか違う。
 なら、もっと好きになっておけばいい。
 “そういう流れ”になった時に、ひどい言い訳で相手を傷つけないように。
 支柱になることが人を抱いていいことに繋がるわけがない。
 三国の父にといくら言われようと、その気持ちは変わらない。
 だから、父がどうとかなんてことはこの際忘れよう。
 不名誉な二つ名ではあるけれど、魏の種馬って言われても、がっくりはするけどせめて苦笑でも笑っていられる自分のまま───この大陸に居る人を好きになれる自分のまま。

(俺らしくって、そういう意味でいいんだよな、華琳)

 間違ってたら殴ってでも直してもらおう。
 他人任せな決断だけど、間違いっぱなしな自分で居るよりはよっぽどいい。
 なので、もうヘンな遠慮はしないことにした。
 恥ずかしいが、恥ずかしくないって言い聞かせて。
 そんなわけで───

「ほいっと」
「ひやうっ!?」

 おずおずと近寄ってきた亞莎を引き寄せて、ぽすんと足の間に座らせる。
 うん、自分でやっててすごい胸が痛む。どこの女たらしだ。……魏の女たらしですね、ごめんなさい。
 で、でも大丈夫〜、落ち着け、落ち着け〜……これは練習、早口言葉の練習。
 やましい気持ちじゃなくて───

(練習……そう、練習!《クワッ!》)

 心に決めると同時に、やっぱりリラックスから。
 くいっと亞莎の体を引くと、その背中がトンと俺の胸をノックする。
 幸いなことに、それでいろいろと覚悟を決めると同時に冷静になれた。
 うん、覚悟完了。

「じゃあ、初めからだな。まずはリラックス。力を抜いて、深呼吸〜」
「は、はははははひっ、ふふふふつつかものですがっ……!」
「いやあの、亞莎さん? って熱っ!? あ、亞莎うわぁあっ!? 顔赤っ! 亞莎!? 亞莎! 大丈夫かっ!」

 ひょいと覗いてみた顔は、これでもかってくらい赤く……目はぐるぐると回り、涙さえ滲ませて……やがてこてりと力なく傾ぐ頭が、彼女の気絶を物語っていた。

「………」

 気絶した彼女を抱き上げて、椅子から立つ。
 お姫様抱っこにした彼女を寝台まで運ぶと、くーすーと寝息を立てる朱里や雛里の隣へと寝かせ、掛け布団を被せた。
 で、思うことはひとつ。

「どうしよう……」

 これしかなかった。
 で、こういう時のパターンっていうのが大体誰かが部屋を訪ねてきて、誤解を生んで俺がギャーってことになるわけで。とか思っていると、コンコンと扉を叩く音がってゲェエーーーッ!! ほんとに来たァァァァ!!

「え、えっと、誰だー?」

 いつもならば“鍵はかかってないぞー”と言うところだが、今回はまずい! なんか割りといつでもまずい気がするけどとにかくまずいっ! とととっとととにかくだっ! 三人が仲良く俺の布団で眠る理由を、勘違いされることなく伝える術を考えるんだ!

「北郷、少し話があるんだが、いいか?」
「へ?」

 この声って……華佗?




ネタ曝しです。  *ある夜の晩はナイトだった  夜で晩でNight。まあ夜ですね。  奇面組にて、たしか一堂零が怪談話として放った言葉、だった気がします。  早口言葉ということで、思い出したのが奇面組だったんですよね。  隣の柿はよく客食う柿だ、なんてやりとりがあったのを思い出しまして。  *涙の数だけ  TOMORROWより。よい歌ですよね。  この場面を書いている時は、まさか地震がくるなんて思いもしませんでした。  滅多に泣けない自分でも、強くなれるでしょうか。  *なまぎょ  生魚と書いてナマギョ。もちろん造語であり、本当の名前は別にあるはず。  成人男性の親指一つ分ほどの大きさで、  それからどれくらい成長するのか、あるいはそれが成体なのかは謎。  *ササシシシ  ドリームキャストソフト、レンタヒーローNo.1より。  もちろんレンタヒーロー内での米の名前である。  歌は初めて聞いたのがファイターズメガミックス版でした。  最初に聞いたってだけあって、こっちのほうが歌は好きだったりします。  はい、お気づきでしょうが、こんな早口言葉はありません。  *力を抜いて深呼吸しながら体に溜まった嫌なことを少〜しずつ  フッフッフッてするんです。とんねるずの歌です。  ギョォ〜ゥリョォ〜ゥ、ギィ〜ヨォゥリョォッティョォゥ、  ネッキョォゥリョォ〜ンディェ〜ィェゥ……  ウァリヨォ〜ゥリミョォ〜ゥ……キィ〜リィ〜ギ〜リッスィュ〜ウ〜♪  文字だけでは解りませんが、ごろごろと寝転んで、蟻よりもキリギリス、です。  木梨憲武さんの歌は実に独特です。  70話へ続きます。 Next Top Back