117/ガンバルマン

 ギッ……ギッ……ギッ……ギッ……!

「いっちにっ、さんっしっ……!」

 朝が来た。
 快晴の空から降りる陽の光にあてられながら隊舎から戻った俺は、きたる武道会に向けての鍛錬のため、中庭に来ていた。
 自室の寝台に比べると硬さを感じる隊舎の仮眠室は、なんというかこう……懐かしい香りがしたりするのだが、いかんせん体が痛くなることがある。そんな体を伸ばすように準備運動から始めているわけだが……屈伸運動がやけに気持ちいい。バッグを持ってきたこともあって、胴着にもきっちりと着替えての朝の運動。それだけでも気持ちのいいものであるわけだが。

「よっし! 準備運動終わり! 走るぞ〜♪」

 華琳から鍛錬禁止が命じられてから数日。
 うずいていた体を思い切り動かせることもあって、妙なテンションのままに中庭の端の石段を登って外壁へ。そこで見張りをしていた兵に朝の挨拶をしてから早速走る───のだが。

「《かくんっ》とわぁっ!?」

 一歩、二歩と加速した途端に足がもつれた。
 慌てて体勢を立て直して、その場で立ち止まる。

「…………あれ?」

 氣の調節が上手くいかない。
 いままで通りに足に氣を込めて走ろうとしたのだが、今まで通りに動いてくれない。

「い、いやいや……そりゃ華佗には持て余すだろうとか言われたぞ? でも一歩目からこれはないだろ……」

 普通持て余すとかって、少しは今まで通りに出来たのに、一定以上いくと暴走〜とかさ、ほら…………ねぇ?

「………」

 両足に氣を送る。
 少しだけピリッとした痛みが足に走った。
 構わず続けると、胴着の間から輝きが漏れた。……不気味だった。

「うーん……凪の氣が炎みたいに赤いように、俺の氣は光る……のか?」

 でも剣道袴の間からモシャアアアアと漏れる光は不気味以外のなにものでもない。
 インテリアとかでこういうのがありそうだとか考えると余計だよ。
 体内からは出さないようにしような。じゃないと、相手に次の行動を当ててみてくださいって言ってるようなものだ。

「ともあれ、まずは一歩」

 不思議な金色の氣。
 攻守……天の御遣いとしての氣と、普通の北郷一刀としての氣が混ざり合ったもの。
 それが一緒になった金色の氣ときちんと付き合うのはこれが初めてなのだ。
 急に走らず、まずはゆっくり慣れよう。
 大丈夫、人間は順応できる生き物さ。

「二歩〜……」

 そろりと歩く。
 というのも、氣の感覚と足自身の感覚がひどく一致しないのだ。
 足の感覚で持ち上げても氣が重りのようにずっしりと圧し掛かり、ならばと氣の感覚で持ち上げると足の感覚が追いつくより先に持ち上がる感じ。結果的に素早く動けるのだが、麻痺した足を地面に下ろしたみたいに心許ない。下ろして一瞬置いてから“足が下りた感触”が足に届くのだ。これは怖いとばかりに別の動かし方を探してみれば、今度は氣が先走って体があとから動く始末。

「怖っ……!」

 なので一歩一歩慎重に。
 できるだけ足と氣の感覚を同調させて、一歩二歩と歩く。
 事情を知らない人が見れば、足場がきちんとあるというのに綱渡りの練習をしている人のように見えることだろう。でも真剣なんです解ってください。

「……………」

 “歩く”なんて行為にここまで集中したのはどれくらいぶりか。
 もはや自分では思い出せもしない、初めて立った時や初めて歩いた時にも匹敵するのであろう集中。それを以って、一歩一歩を───

「あっ、お兄ちゃんなのだっ!」
「あ、兄ちゃん!」

 ───ぽてりと踏み出した時。
 見下ろす中庭の景色に、立ち木の下の俺のバッグ近くに立ち、俺へと手を振る小さな猛将さんたちから……元気な挨拶がありましたとさ。なんだろう。とっても嫌な予感がする。
 そんな予感を抱きながら、ズドドドドと石段を登ってくる二人……鈴々と季衣を見る。
 元気に駆け寄ってきた彼女らは、俺が胴着姿なのをきっちり確認するやお互いを睨み始め、「足の速さで勝負なのだー!」とか「お前なんかに負けるかー!」とか言い出す。そんな彼女らの前に立つ僕はといえば、「ほ、ほどほどにな……」と言った途端にがっしと両手を片手ずつに掴まれ……逃げ道を失いました。

(───否!《クワッ!》)

 諦めたらそこで終わり!
 ならば説得を───

「お兄ちゃん、早速走るのだ!」
「むー! 兄ちゃんはボクの兄ちゃんだー!」
「へへーんっ! よく解らないけど難しい話で三国のお兄ちゃんって決まったのだ! もう春巻きだけのお兄ちゃんじゃないもんねーっ!」
「こ、このー!」
「えっと……あのな、二人と《グイィッ!!》もぉおっほぉおっ!!?」

 二人が走る。俺の手を掴んだまま。
 肩が抜けるんじゃないかってくらいのスタートダッシュに思わず奇妙な声が出るが、そんなことを言っている場合じゃない。倒れてしまえば西部劇であるような、縄で縛られて馬で引きずられるような状況に───! やっ……そりゃあもう霞にやられたことあるけどさ! やられて嬉しいものじゃあ断じてない!

「ふたっ! ふたりともっ! ちょっ、話聞いてっ! 俺今っ───キャーーーッ!?」

 角で二人が曲がる。
 石の床を蹴り弾き、半ば一歩一歩で浮いているような状況の中、遠心力ってものに振られた俺は見事に宙を浮く。なのに二人はそんな負荷も知ったこっちゃなしなままで走り続け、やがて速度という壁に足を後方に投げ出してしまった俺は、腹で地面を滑走することとなった。


  ガリガリガリガリギャアアアーーーーーーーーーッ…………!!


───……。


 ……さて。馬ではなく人に引っ張られて滑走なんていう、普通じゃお目にかかれないような体験をしたこの北郷めでございますが、なおも競うように走る二人をなんとか止めることに成功。
 現在は中庭の芝生の上で正座をしている二人を前にこちらも正座し、説明をしているところである。

「うぅうう〜〜〜〜っ……に、兄ちゃ〜〜〜ん……これ、足がヘンな感じになる〜……」
「だだだ、だらしないのだっ、りりり鈴々は平気なのだっ!」
「むっ! だったらボクも平気だもんねっ! お前なんか声が震えてるじゃないかっ!」
「そんなことないのだっ!」
「そんなことあるよーだっ!」
『うーーーーーーっ!!』

 ほうっておいても元気な二人の額に、まずは痛くもない手刀を落とす。
 きょとんとしてこちらを見る二人をやんわりと叱り、隣同士で睨み合う状態から元の姿勢に戻ってもらう。

「と、いうわけで。今の俺は前みたいに走れないんだ」
「そんなの走ってれば直るのだ」
「そうかもしれないけど、走ってないからね? さっき確実に浮いてたからね? 俺」
「えー……? じゃあ走れないの?」
「それをさっき、なんとか慣れようとして歩いてたところだったんだが……」

 パワフルなお子さん二人に引っ張られて宙に浮き、地面を滑走しました。
 あれでどう慣れろと仰るか。

「慣れるまでに時間かかりそうだからさ、鈴々も季衣も、自分の好きなことをしててくれな? 情けない話だけど、今のままじゃ氣を込めて走ることも出来ない」
「だったら鈴々が手伝うのだっ! そんなの、うーんってやってばーんってやればすぐなのだっ!」
「………」

 ばーん、って音が俺が壁かなんかに当たる音として脳内再生されました。
 “のろのろ歩くから出来ないのだ!”なんて言って散々引きずり回されて、どこかからご飯ですよーとか言われた途端に手を放された俺がどこぞの壁にばーん、って。

(どうしよう……)

 頭を抱えた。
 いや、申し出は嬉しいです。嬉しいんですが……いや、季衣もそんな張り合うみたいに手をあげなくていいからっ!

「兄ちゃん……もしかして嫌……? 迷惑かな……」
「へっ? あ、いやっ、そういうんじゃなくてなっ!?」
「だったら決まりなのだっ!」
「《がしっ》うえぇっ!? いやっ、そういう意味でもなくてだなっ! やっ、ちょっ、やめっ……引っ張るおぉおあぁあーーーーーーっ!!?」

 鈴々が立ち上がろうとする動作と一緒に俺の手首をわっしと掴んで一気に地面を蹴る!
 その速度は凄まじく、やはりスタートダッシュから弾丸の如きスピードを見せ、だがしかし足が痺れていたらしい彼女は足の違和感に襲われてあっさり転倒。小さな猛将の勢いの分だけ引っ張られた俺だけが宙を舞い、大地に舞い降りた。……背中から。


───……。


 ぴくぴくぴく……。

「……とにかく。まずはゆっくり始めるから、無理矢理引っ張らないように。いいな?」
「う、ううううん……わわ、わかったよ、兄ちゃん……」

 ちらりと俺の背後の芝生に倒れ、痙攣する鈴々を見て頷く季衣。
 ええはい、くすぐり地獄に遭ってもらった。足が痺れてる所為で逃げられなかった彼女に、俺は容赦無くくすぐりと足をつつくという地獄を味わってもらった。地味ながら、相当効いたことだろう。
 こういう時はきちんと罰を与えなければ学びません。

「ん……」

 そんなわけで立ち上がり、走れないんじゃ意味が無いってことで中庭で歩行練習。
 氣を足に収束させると歩き始めるんだが、やはり感覚がおかしい。

「よっ、ほっ……」

 むう。のっそりのっそりとしか歩けないもんだから、少し横着して引きずるように歩いてみる。……氣で動かすってイメージが無い分、結構楽だった。

「………」
「?」

 正座から足をくずした季衣が、足を庇いつつ俺を見る。
 鈴々は変わらずぐったりとしていたが、そんな二人に笑いかけ、思いついたことをやってみた。引きずる、って意味で思い出したアレ───ムーンウォークである。

「おおおおっ!? 兄ちゃんなにそれ!」
「歩いてるのに後ろに下がってるのだ!」

 好評だった。
 ぐったりしていた鈴々が活力を無理矢理得て、飛び起きるほどに。
 ……いいか。このまま座りっぱなしじゃ二人も楽しくないだろうし、どうせ歩く練習からしか出来ないんだから楽しみながら慣れていこう。

……。

 二人にコツを教えてしばらく。
 ようやく歩く速度が少し増してきたかなというところで明命が登場。
 元気に手を振る彼女に手を振り返すと、奇妙な動きをする季衣と鈴々を見てきょとんと首を傾げた。

「あの。一刀様? あれはいったい……」
「特殊な歩き方の練習。退屈だろうから教えたんだけど、意外なほどに熱中してる」

 真剣な顔でムーンウォークに取り組む二人は、我こそが先に会得するのだといった気迫をずっと保ったままで挑戦を続けている。

「はあ……では一刀様も?」
「あ、いや、俺は普通に歩く練習だよ。氣の使い方をまた一から勉強してるんだ」
「氣の……」
「そ。困ったことに、以前の感覚だと上手く扱えない状態になっててさ」
「………」
「明命?」

 じいっと俺を見てくる。
 俺、というか俺の胸の部分。そこらは丁度華佗に鍼を落とされたところで───え? もしかしてなにかある?

「そういえば、一刀様から感じる気配が変わってます」
「え……そうなのか? 自分じゃ解らないんだけど……」

 手の平を見てみたところでなにも解らない。
 収束させれば輝くだけだ。それは確かに変化だろうけど、収束させなきゃ見えないんじゃあ明命が見ているものと自分のものは違う。

「はい。どのように、と言われると少し説明しづらいのですが」
「へえ……」

 解るもんなんだな、そういうのって。
 っと、せっかくだし少し訊いてみようか。明命だったらこんな状態の時の上手い体の動かし方とか知ってるかもしれない。なんだかんだで、“気配”の扱い方の師匠だもんな。

「明命、ちょっと時間あるか?」
「? はい、お昼まではお祭りの準備を手伝うので、あまり多くは取れませんが」

 訊ねると笑顔で応えてくれた。
 そんな彼女に現在に至るまでの経緯を説明し、真面目に聞いてくれることに人の暖かさを感じつつ───

「……ふぅ……」

 ───現在に至る。
 “ではこれでっ”と言って駆けていった明命に感謝を投げ、“いえいえですっ、お役に立てたのならっ”とやはり元気に駆けていく姿を見送ってしばらく。
 ようするにあれだ。
 今は体が、突然合わさった二つの氣に戸惑っている状態なので、それを慣らしてやる必要があるのだと思う、だそうだ。
 なるほど。確かにそれはそうだ。
 一番効果的なのはやはり基本。自分が苦に感じない程度の日常的な行動を、氣とともにやってみるのがいいと思いますです、とのことなので。

「ふっ……くぅう……」

 ストレッチをやっている。
 体の柔らかさは必要なことで、鍛錬出来ない日でもやっていたことだから、ある意味で日常的だ。歩くことはしないのかと言われれば、まあ……赤子だって立つための筋肉が出来てから立ち上がる。そのための地盤作りみたいなものだ。

「伸ばした部分にもきちんと氣が籠るように〜……すぅう……はぁああ……!」

 息は吐ききってから吸う。
 肺には新鮮な酸素だけを取り入れて、残らないように。
 すると小さな運動でも体が刺激されて、汗が出てくる感覚。
 そんな感覚とともに体中を氣で満たしてやると、体がさらに熱を持つ。

「よっ……───っと」

 “筋肉がつかないのなら鍛錬も無駄じゃないか?”と言われれば、そりゃあ不安にはなるけど……氣がきちんと養われてるなら、それをきちんと扱えるようにするための鍛錬を。
 考え方によってはいつもと大して変わらないんだ。筋肉の代わりに氣を使ってるようなものなんだから。だから運動をすればするほど、氣で体を動かす方法に慣れてくる。そういった意味では、今やっているのも前にやっているのも、そう変わりはない。

「───ふっ!《ビッ!》」

 柔軟が終われば木刀を手にして振るう。
 しかし一振り目でいきなりすっぽ抜けてしまい、空に舞ったそれを小さな悲鳴とともにキャッチ。……危なかった。壊れたりしたらシャレにならない。

「…………歩こうか」

 歩く前に木刀を振るう赤子が何処におるか。
 じいちゃんならそう言いそうだなぁなんて思いつつ、木刀をしまって歩き出した。


───……。


 昼。
 全力で走るよりも体力を使った俺は、季衣や鈴々とともにこれでもかとメシを食らう。
 それが終われば再び中庭に戻り、早歩きの練習。
 歩くことには慣れた。ならば早歩き。次に走って、次が全力疾走。
 行程としてはそんなところだが、そこまで行くのが辛い。
 まさかきちんと歩くようになるまでに、昼までかかるとは思いもしなかった。どーせすぐ慣れるだろうなんて考えていたんだが……普通のこと、出来て当然のことがこれほど難しいことだったとは。
 すごいね、人体。

「はぉおおおお……!」

 奇妙な呼吸をわざとしてみて、氣や気脈に影響がないかを調べてみる。
 うん、当然のことながらな〜んにもなかった。
 しかしこういう試みは無意味かもしれないものの楽しいもので、早歩きをしながらも試し続けている。

「すぅうう…………はぁああああ……! すぅうう…………はぁああ…………!」

 呼吸はあくまで深呼吸。
 肺には新鮮な空気のみを残すように、やはり吐ききってから吸う。
 吐くのと一緒に締める腹筋が肺を持ち上げるような感覚とともに、肺の中の空気が出切るのを手伝う。

「うん、暑い」

 気脈活性の影響と、呼吸の影響で体が暑い。
 といっても昨夜のあの熱さに比べれば、夏の日差しよりもてんで涼しいくらいだ。
 昨夜のが“熱い”で、今のは“暑い”だからな……。

「スッスッ、ハッハッ……スゥウウ……ハァアアア……!!」

 呼吸に変化をつけてみると、滲み出た汗がなんとなく体を冷やすような感覚に襲われる。そんな感覚をもっと燃やすために、早いとは思ったけど軽く駆け出してみた。
 ……バランスが取れずにコケた。兵の前で。

「み、御遣いさま、平気で……?」
「ん、ごめん。大丈夫」

 起きるのを手伝ってくれた兵に礼を言って歩き出す。
 事情はもう話してあるから、笑われたりはしなかったものの……はい、正直恥ずかしいです。

「無理はいけないよな、無理は」

 とにかく氣を扱うことに慣れないと。
 一歩ずつ一歩ずつ〜……!


───……。


 昼食時が完全に過ぎ、中庭が賑やかになる頃には多少は走れるようになっていた。
 だが無理はせず、だめだと思えば少しずつ速度を下げてから歩き、立ち止まったその場所で屈伸運動。
 氣とともに満足に動けるようになることだけを前提に体を動かして、少し休んでまた動く。その繰り返しだ。

「氣の鍛錬の効率がよく解らない……」

 筋肉は三日休んで動かしての繰り返しだったけど、氣のことは本当に解らない。
 一緒の原理でいいのかなーなんて思っても、俺普通に氣の鍛錬だけは毎日って言っていいほどやってたもんなぁ。

「………」

 城壁の上で空を仰ぐ。
 まだ陽が落ちるには少々ある空を。
 そうしてから中庭を見下ろし、こくりと頷く。
 誰も見てない。兵は心配そうに見てるけど、それには大丈夫だから〜という意味も込めて軽く手を振って返す。

「今なら……今なら出来る気がする」

 氣を持て余すのは仕方が無いとはいえ、体の中が違和感でいっぱいな現在。
 その原因を一度でいいから外に出したい衝動に駆られている。
 放出したいのだ。溜まりに溜まった氣を。

(……溜まるって言葉であっちの方を思い出してしまう自分がちょっと嫌だ)

 首を振ってから構える。
 どんな構えをといえば、以前は呉でシャオに邪魔をされてしまったあの構え。

「かぁああ……!」

 両手の手首をくっつけるようにして、手の平は少しだけ開くように。
 それを、重心を落とした腰近くに構え、深呼吸をするように言葉を放つ。

「めぇええ……!」

 氣の収束を掌にて。
 やはり以前の氣よりも扱いづらいが、朝一番のあの辛さに比べればどうってことない。

「はぁああ……!」

 金色に輝く氣を体外に。
 すると掌が輝き始め、その輝きが質量となって両掌の中心に集い───

「めぇええ……!」

 ───今。
 かつて果たせなかった少年の浪漫を、この大空に向けて!

「一刀様っ、鍛錬お疲れさまですっ」
「波ぁあああッキャアアアーーーーーーッ!!?」

 ……手を突き出した途端に背後から声を掛けられ絶叫する俺が居た。
 もちろん集中力が散った氣は体内に戻ってしまい、慌てて振り向いた先には……きょとんと首を傾げる明命サンが。

「? あの、一刀様? …………はうわっ!? もしかして私、何かの邪魔をしてしまいましたかっ!?」
「い、いやっ……邪魔、っ……ていうか……その……!」

 心臓がバックンバックン鳴っている。
 ど、どうしてだろうね。少年の頃の熱い魂を空へと打ち上げたいだけなのに、それを人に見られるのがとても恥ずかしい。それがどういう行為なのかなんて、天の少年の夢でございますとでも言えばあながち嘘なんかじゃなかった筈なのに。

「え、えと、そのっ……今のはっ…………あ、あー! 明命どうしたんだっ!? 準備があるって言ってたのにっ!」
「あ、はいっ! その準備もお昼までで終わりましたので、一刀様のご様子をっ!」
「そ……そっか。ありがとな?」

 心臓が跳ねてる所為で、どうにも上手く言葉が返せない。
 そんな俺の言葉に明命は素直に「いえいえですっ」と嬉しそうに返してくれる。
 ……なんだか軽く罪悪感。

「それで……どうですか? 少しは慣れましたでしょうか」

 胸に浮く罪悪感をドスドスと殴ることで打ち消す。そんなもので消えてくれれば苦労はしないものの、とりあえずは話を振られたことで隠れはしてくれた。

「多分順調。今は軽く走ることくらいは出来るようになったよ」

 といっても、スキップなのか走ってるのか解らない程度のものだ。
 呼吸のためのリズムなんて取る余裕もない。なので早歩きと走りもどきを繰り返しているところだ。

「あぅあぅ……随分と扱いに困っているようですね……」
「文字通り、困ったことに」

 もう少し自分の都合のいいように扱えればなと思ってしまう。
 しかしながら手足のように思い通りにはいかず、無理に扱おうとすればコケてしまう。
 なので一度吐き出そうとしたところへ明命が来た。

「ならばいっそ、一度思い切り外へ出して見てはどうでしょうか」
「あ……やっぱり明命もそう思う?」
「はい? やっぱりとは…………はうわっ!? まままさか先ほどのあれはっ!」
「あぁああ待った待った! 確かにそうだけどもう過ぎたことだからっ! それにあれはただの俺の都合の所為だし、そもそも見られて減るものでもっ…………あり、そうな気がするけどっ! だだ大丈夫! 今からやるからすぐやるからっ!」

 驚き、落ち込み始めた明命に待ったをかけると怒涛の勢いで言葉を並べる。
 ……並べてから、どさくさ紛れに“やる”と言ってしまった自分を呪った。
 俺の馬鹿……。

「うぅ……じゃあ、やるから……見ててくれな……」
「はいっ」
「おかしなところがあったら、遠慮なく言ってくれ。そうしてくれたほうが嬉しい」
「う、嬉しいですか。解りましたっ、必ずやっ!」
「え……あの、そんなに気張らなくても」

 む、無理に悪いところ見つける必要はないぞー? などと心の中で言ったところで届くはずもなく、溜め息ひとつ、例の構えをとりつつ重心を下へ。

「……!《わくわくっ……》」

 そんな俺の真剣な顔を見るのが嬉しいのか、はたまた天での技術っぽいものを見られるのが嬉しいのか。明命は目を輝かせ、胸の前で手を合わせたままで俺をじぃっと見つめてきていた。
 うう……見られたくないものだけあって、凝視されるとやり辛い。
 だが我慢だ北郷一刀! こんな状況でも氣を収束出来る自分であれ!

(集中……集中……)

 深呼吸をして、人前で何かを為す時に現れる妙な高揚感を落ち着かせるよう努める。
 思いばかりが先走っては元も子もない。
 なので慎重に、呼吸も鼓動も鎮めて……。

「かぁああ……めぇえ……はぁあ……めぇええ……!」

 気脈に充実している氣を掌に集める。
 氣の全てではなく、凪に忠告されたように放ちたい量だけを千切るかたちで。
 そうして集まり、体外───掌へと切り離された氣は輝きを放ち、空へと放たれる時を今か今かと待っている。
 明命はそんな輝きに目を向け、やがて掛け声や気合いとともに放たれる光弾を───

「波ぁああーーーーーーーっ!!!」
「はうわぁーーーーーっ!!?」

 ───驚きの表情のままに、見送った。
 さすがにアニメのような音はならなかったし、光線のように放たれ続けるわけでもない。あえて言うなら操氣弾のようなソレが空へと飛んでいき、やがて見えなくなるまで……叫んだあとの俺達は、静かに見送った。

「…………《ふるるっ……!》」

 しかしなんだろう、この湧き上がる高揚は。
 抑えていた何かが弾かれるように自分の中で生まれては、俺に喜びという感情を与え続けている。
 そう……そうだよ。カタチはヤム○ャだったけど、出来た……出来たんだ。
 アバンストラッシュに続いて、ついに俺は───!

「あっははは! やった! やったぜ明命ーーーっ!!」
「《がばしー!》はうわぁああっ!!?」

 喜びのあまりに口調が変わるのもお構い無しに、駆け寄って抱き締めた明命を自分の体を軸に振り回した。
 出来た! とうとう出来た! かめはめ波! 及川っ、俺やったよ! フィクションでしかないと諦めていた夢を叶えることが出来たんだ!
 やばい! すごい嬉しい! めっちゃ嬉しい! なんかもう意味もなく“超”とかつけたくなるくらいに嬉しい! 繋げて言えば超嬉しい!
 そんな嬉しさを彼女にも伝えたくて、彼女が教えてくれたことに報いるように自分の氣で明命を包み、感謝の思いを伝えまくる。言葉ですら全て届けられないこの思い、今こそ届けとばかりに。
 人の感情ってのは氣ってものに影響するのか、ひどくあっさりと扱えた氣が明命を包み込み、それと一緒に自分自身の腕でも彼女をぎゅうっと抱き締めた。
 するとなにやら、くてりと明命から感じる力が消失し…………ハテと見てみれば、目を回してぐったりとしておられる明命さん。───ってまたですか!? 昨日もこんな感じで亞莎が目を回して! ……で、いつものパターンだと、ここに誰かが来てまた俺が誤解されるわけで。
 大丈夫、伊達にいろいろ経験してません。本当に。

「こういう時は───素直に逃げる!!」

 ちらりと見れば、予想通りに中庭から石段を登ってこちらへ向かう将数名。
 恐らくは空を飛んだ光のことを確かめに向かっているんだろう。
 そんな彼女らに見つかる前に背を向け、明命を抱き締めたままに逃走。体内に渦巻いていた氣が解放された分、少しは自分の思い通りになるようになってくれた氣を行使して、地面を蹴っていた。

「止まれ」
「キャーーーッ!!?」

 しかし僅か数歩で逃走劇は中断され、なんとか止まってみれば……曲刀を構えてらっしゃる思春さん。

「あ、あぶっ……! 止まれなかったら首飛んでたぞ!?」
「貴様の動きなど既に見切り済みだ。誤るものか」
「………」

 伊達に長い付き合いじゃないね、と言おうとしたけどやめた。
 むしろ見切られてる自分が悲しい。

「で、あの……な、なに? 予想はつくけど」
「訊ねることは二つだ。先ほどの光を放ったのは貴様か。そして幼平を何処へ連れていく気だ」
「………」

 庶人服のまま、以前ならば結わいていた髪をほどいている目の前の彼女。
 風が吹くたびに、さぁ……と揺れる長い髪が実に綺麗です。
 これで曲刀を人の首に押し付けてなければ大変眩しい光景だったのでしょうが。

「ま、まずひとつ……光を放ったのは俺。二つ目は……振り回しすぎて目を回しちゃったみたいだから、どこか落ち着けるところに寝かせてこようかと……」
「……貴様」
「《ヒタリ》ヒィ!? いや違うよ!? 俺の部屋とかじゃなくて!! ていうかなんでそういう考え方になるの! “貴様”としか言われてないのに解る俺も俺だけど!」

 ああもう本当に長い付き合いだよなぁもう!
 お陰で行動の一つ一つでも解ってしまえることが多くて怖いくらいだよ!
 解らなかったほうがよかったこともきっとあるでしょうに!

「で、えーと……逃げてよろしいでしょうか」
「だめだ」

 世紀末救世主並みの拒否速度だった。


───……。


 結局やってきた季衣や鈴々を筆頭とした皆様に最初から説明するハメになる。
 中庭に降りて、まるで教師のように教鞭ではなく指を振るい、きちんと。
 掻い摘むとあとあと厄介なことになりそうなので、それはもう事細かに説明した。
 胡坐をかいて座る足には明命が猫のように丸くなって寝ている。
 そんな彼女の頭をやさしくさらりと撫でながら説明会───

「ふむ。ようするに明命に欲情して抱き締めたと」
「全力で違いますよ!?」

 なのだが、聞いた人の一人である祭さんは、からからと笑いながらそんなことを仰る。

「だからっ、今は氣が安定してなくて、体の中に渦巻いてたそれを、ずっと前からやりたくても出来なかった方法で放つことが出来たからっ! 喜びのあまりに明命に、そのっ、だだ抱き付いちゃったって話でっ!」
「ほう? 欲情はせんかったか? 微塵もか?」
「してませんったらしてません!!」
「なにもそこまで断言せんでもいいだろうに……。ときに北郷、お主が思う明命の好きな部分とはなんじゃ?」
「………」

 この人平気で話題変えてきます。
 おおらかと言えばいいのか、自由奔放と言えばいいのか。もちろん後者だろうな。

「なんでいきなりそんな話なのかは解らないけど……そうだなぁ。素直で真っ直ぐなところがいいかな。こう……話してると安心するっていうか、いい意味で無邪気だよね」
「ほぉおう……?」
「……えと。なに? そのニヤァアアって笑みは」
「ならば興覇ではどうじゃ」
「思春? 思春は……気がつくと傍で見守ってくれてる安心感……かな」
「なんじゃ。そういうものは嫌がりそうなものだと思っておったが」
「呉から蜀、魏って旅をしてて、なんて言ったらいいのか……いつの間にか傍に居ると安心出来る存在になってました……かな? 曲刀向けられれば怖いし、悲鳴もあげる時もあるけど……」

 きちんと話を聞いてくれるのだ。
 問答無用で自由を奪うような真似はしないし、いろいろと理不尽な部分もあるにはあるものの、他の人達に比べてみれば無理矢理に押し通すような行動はしない、と思う。
 それらをひと纏めにして言ってしまえば、やっぱり“傍に居る安心感”なのだろう。

「だ、そうだが?」
「全てその男の世迷言です」
「ひどっ!?」
「わっはっはっ! どいつもこいつも素直でないが、恋する乙女をしとるのうっ!」

 にんまり笑顔で思春に話を振り、豪快に笑う祭さん。
 ちらりと思春を見てみれば、ギロリと返されて反射的に謝ってしまう俺。
 ……うん、情けない。

「あれ? でも、じゃあ思春って誰かに恋して《ツクンッ》はい黙ります」

 口に出した途端に目にも留まらぬ速さで喉に曲刀を突きつけられた。
 ああうん、こういう時ってとことん俺に発言権がないですね。

「にゃ? 恋する乙女ってなんなのだ?」
「へへーんだ、お子様なお前には解らないよーだ」
「むっ……なんかむかつくのだっ! だったらお前は解るのか春巻きー!」
「春巻きじゃないって言ってるだろー!? 言っとくけど、恋のことについてならお前なんかよりた〜っくさん知ってるんだからなーっ!」
「だったら言ってみるのだっ!」

 季衣と鈴々の喧嘩も、迂闊に口を挟めば巻き込まれるのが目に見えているので無視。
 非道な男と笑わば笑え。猛将相手の喧嘩の仲裁がどれほど大変かを知るのなら。

「はあぁあ……」

 両手を挙げて降参したらようやく下げられた曲刀に安堵する。
 きちんと話は聞いてくれる。どう行動すれば許してもらえるかも解る。
 けれど、何度も何度も刃を向けられては落ち着けないのも事実でして。

「あのさ、思春? その曲刀を突きつける癖、直さない?」
「貴様にだけだ。問題ない」
「いやあるよね!? あるでしょ!?」
「かっかっか、なにをびくびくしておる。それだけお主が特別ということじゃろう」
「なっ……祭殿!」

 特別……特別って。
 あの。いつでも切り捨てたいほど憎まれてるんでしょうか俺は。

「っ……何を見ている。斬るぞ」
「や、斬られるのは困るけど……。さ、祭さぁん……」
「情けないのぉ……そんなもの、感情の裏返しじゃろうが。もっと男らしくガッとかかってみんかい」
「裏返しって───じゃ、じゃあ思春? 鍛錬の練習、付き合ってもらっていいかな」
「いいだろう。同意の上での立ち合いならば間違いが起きても言い訳が利く」
「祭さん!? この人俺のこと殺す気満々なんですが!?」

 言ってみても祭さんは暢気に笑うだけ。
 その笑いがどうにも気に入らないのか、思春は少しだけ祭さんを睨んでいた。

「おうおう、怖い怖い。しかしあの興覇がこうまで感情を露にするとは……興覇よ。お主……相当に入れ込んでおるな?」
「っ───!《ボッ!》」
「へ?」

 そっと思春に歩み寄った祭さんが、なにかを呟く。
 途端にバッと距離を取った思春は───どうしてか顔が真っ赤だった。

「ししゅ《がしぃっ!》……あれ?」
「鍛錬を始めるぞ……今すぐだ」

 胴着の襟首ががっしと掴まれた。
 そのままずるずると俺を引っ張り、拍子に崩れた足の上からこてりと明命が落ちるが、それでも構わずのっしのっしと。
 ぬ、ぬうなんだこのかつてない殺意の波動は……! この北郷を引きずる彼女の背に、まるで鬼のオーラが浮かぶようだ……! つか怖ッ! もう怒気どころか殺気にも似たなにかを感じているのですが!?

「あ、あの、思春さん!? たんれっ……鍛錬ですよね!? 鍛錬に殺気は必要無いと思うんですが、その……!」
「黙れ」
「だまっ……!?」

 一蹴であった。
 思わず祭さんに助けを求めたが、「女の憤りを受け止めるのも男の務めぞ」とあっさりと笑って返されてしまった。じゃあ女の務めって───と言いそうになって、途中でやめる。だって祭さんがニヤリって笑うんだもの。
 それに、結局のところ鍛錬を手伝ってくれるっていうなら丁度いいって受け取ればいいんだし……うん。そんなわけだから、喧嘩している季衣と鈴々、こてりと転がってしまった明命のことを祭さんに任せ、思春と鍛錬をすることになった。

……。

 そして瞬殺であった。

「なんじゃなんじゃだらしのない。随分鍛えておると聞いて期待していたというのに」

 芝生に仰向けに倒れ、ぐったり状態の俺を見下ろす祭さん。
 いえ違うんですと言ったところできっと聞いてくれはしないだろう。

「強くなるどころか以前より弱くなっておるじゃろう、これは」
「いろいろと問題がありましてね……」

 それも昨夜。
 いやぁ……まさか一撃も避けられずにクリティカルヒットするとは思わなかった。
 本当に瞬殺だったよ、情けないことに。

「氣の状態が変わったんですよ……それを今、体に馴染ませるための鍛錬をしてるところです」
「ふむ…………おう、なるほど。確かに感じる氣が変わっとるな」

 言いつつ俺の手首を掴んで引っ張ると、まるで布をパンと伸ばし広げるように俺を振るい、ドトンッと芝生に立たせた。
 いきなりのことにカクンと足が崩れかかるが、慌てて体勢を立て直して瞼を瞬かせる。

(えっ……えぇえ……!? 片手で人を立たせるって…………えぇえええ……!?)

 何者ですかあなたは───……呉にその人ありと謳われた猛将でした。はい。

「北郷、氣が安定せんのは解った。じゃが弓の方はどうなっておる」
「うぐっ」

 言われた言葉に返す言葉を失う。
 断じて言うが忘れていたわけではない。ないが、実力が伴わない。
 紫苑か秋蘭に習って弓を覚えるって約束だったのだが───結局のところ、てんで上手くなっていない。そのことを、出来るだけ穏やか〜に説明して……みる、と……。

「ほう……? 儂の“命令”を。こともあろうに儂の最後の命令を破ったと?」

 途端に周囲の温度が下がった! 気がする! こっ……これはちょっとどころかかなり危険なんじゃないか!? でもちょっと待とう!? 俺だって練習したよ! したのに、全然上手くならなかったんだって! そればっかりはなんというかその、こちらもいい加減才能問題なのではと頭を抱えたい状態でございまして! ───ということを必死に説明すると、祭さんは大きな溜め息を吐いた。

「向き不向きはそりゃああるじゃろうがな。どれ北郷。ひとつ射ってみい」
「射ってみいって……祭さん、その弓どこから出したのさ」

 背中に手を回した祭さんが、弓と矢を取り出してみせる。
 それを言ってしまえば、愛紗のほうがイリュージョニストって感じはするものの、解らないものは解らない。本当にこの世界の住人は、いったいどこに武器を仕舞っておられるのか。弓ならまだしも、青龍偃月刀は隠しきれないだろうに。

「……えーと」

 グイと押し渡された弓と矢を持ち、苦笑いを返す。
 射ってみいと言われても、果たして祭さんが満足する射を見せられるかどうか。
 ……───違う違うっ、見せられるかじゃなくて、今現在の自分の力を見せればいいんだっ! 妙な見栄は張らなくていいから、多少は積んだ経験の全てを今、この射に託す!

「───……《キィイイ……───ィン……》」

 集中。
 体の中から射以外の意識を捨て去るつもりでまずは姿勢を正し、次に弓を手に矢を番え、離れた位置にある立ち木へと───

「シッ───!」

 ブンッ、と弦が揺れる音がする。
 矢を持つ手が戻されるのと同時に逸らした弓が、戻る弦の反動を持って矢を弾く。
 飛ぶ矢は真っ直ぐに立ち木へ。
 ドッ、と音を立て、文句のつけようもないくらいに立ち木の中心へと刺さっていた。

「……………」
「ほっ、なんじゃなんじゃ、口で言う割には中々やりおるではないかっ」

 後ろで祭さんが嬉しそうに言う中、俺の心は“ゲェーーーッ!”って言葉で満たされていた。何故って、こういう場面で大成功を治めると、あとの鍛錬でも“ソレ”を望まれるからでございます。
 あ……ぁああもう……! なにもこんな時に的中めいた刺さり方を見せることないのに……! 

「いや祭さん? 今のは───」
「おう、言わずとも解っておるわ。たまたま上手くいっただけだとぬかすんじゃろう?」
「えっ……あ、うん。ぬかすけど、本当に本当だからね? 今までであんなに綺麗に当たったことなんて───」
「解っとると言っとろうが、うだうだぬかすでないわ」
「だって祭さん絶対勘違いしてるでしょ!?」

 そりゃ刺さって嬉しいけど、素直に喜べない状況がとても悲しい!
 なので矢を抜いてもとの位置に戻り、もう一度番えて放つ。
 もちろん手は抜かずにきちんと集中して、中てるつもりで。
 するとなんの冗談なのか、またスコーンと刺さる矢。

「…………《ちらり》」
「♪」

 ちらりと見れば、両手を腰に当ててにっこりの祭さんが居た。
 まるで“染め甲斐がありそうな腕に育ってくれたものぞ”って感じに。
 ていうか……えっ!? なんで刺さるの!? むしろ中たるの!? 今まで全然ダメだったのに! 偶然にしたってあまりにもひどい! こんな時にばかり運がある自分が恨めしい!
 ───いや、違う。発想の転換だ。
 これはもしかすると氣の変化のお陰で別の方向にも集中の幅がついたのかも……!
 淡い期待を胸に、矢を抜いて戻り、集中して発射。それはあらぬ方向へと飛んでいき、茂みにサクリと突っ込んだ。「まあ……そうだよな……」と落胆とともに祭さんへと向き直ってみれば、じとぉお……っとこちらを睨んでくる始末。
 ほっ……ほら見ろ! 最初に上手くいくとろくなことになりゃしない! ビギナーズラックなんて大嫌いだ! どうせならもっと別の場で起こってくれればよかったのに!

「北郷。氣だけで体を動かしてみろ」
「エ?」

 心の神にどちくしょーと叫んでいると、そんな悲しみとは別の方向であろう言葉が投げられる。ハテ、と思いながらも、今日のうちに随分と馴染ませた“つもり”の氣を以って、体を動かしてみる。
 するとやはり、氣だけが先行し、体が後から引っ張られるように動くなんていう奇妙な感覚で動く体。
 そのことを祭さんに言ってみれば、「ほう」と感心された。

「祭さん? なんでそんな、珍しいものを見たみたいな顔で……」
「実際に珍しいからじゃ。北郷よ。氣の動きを抑えて体の動きに合わせる必要はない。むしろ体の動きを、先走る氣へ追いつけるように鍛えていけ」
「……? 氣の動きに体を?」

 言われている意味がよく解らない。
 というか、この体はどうにも成長してくれないそうなのですが。

「なにも言葉通りに体を鍛えろと言っておるわけではない。……むぅ……そうじゃな。たとえばほれ、糸で繰る玩具の人形があるとするじゃろう。今のお主がまさにそれじゃ」
「人形? ……え? 俺が?」

 人形……人形?
 俺…………ア、アイアムドール! いや待て、妙なところへ跳ぶんじゃない北郷一刀。

「人形って、どういう意味? ……はっ! まさか日々を魏のため華琳のためとか言ってたから、そういう意味で───」
「落ち着かんかばかもんが」
「ご、ごめんなさい」

 叱られてしまった。
 でも人形か。今の話のどこに人形っぽい要素が?
 まさか自分の体を自分の氣が操ってるから〜って意味で───……そうかも。

「えと。つまり俺自身が俺自身を氣で操る人形使いって意味で?」
「おう。そしてお主はお主自身を扱いきれておらん。以前のお主のほうが、まだ扱えておったな」

 それでも氣に振り回されているようではあったが、と笑いながら言う。
 まるで出来の悪い息子を笑うような、仕方のないって感じの笑み。
 だからなのか、傍に来てわっしわっしと髪を掻き混ぜるように頭を撫でると、背中をバンと叩いてきてからもう一度笑う。

「氣の扱い方が振り出しに戻ったようなもんじゃ。ならば、妙な癖がつく前にまた叩き直してやればいい。どれ北郷、一丁もんでやる。かかってこい」
「えぇっ!? か、かかってこいって……」

 双方ともに素手ですがっ!? そんなゼスチャーをしてみても「構わん」と返ってくるだけだった。……うう、ええいもうどうにでもなれだっ!

「っ───せいっ!」

 持て余したままの氣を以って駆け、拳を振るう。
 だが軽く、まるで飛んできたハエを叩くかのようにパンッと軽く逸らされ、次の瞬間にはもう片方の手が俺の頭へとデシッと落ちていた。手刀である。

「前にも言ったじゃろうが……踏み込みが足りん」

 ぽかんとしているうちに突き飛ばされて、たたらを踏みながらも戻される。
 ……だったらとばかりにもう一度殴りかかるんだが、避けられ、はたかれ、逸らされ、躱され。どれだけ放っても当たらない攻撃に意識が散漫し始めたところへ、拳骨がゴヅンッと落とされた。

「いあぁあっだぁっ!?」
「心を乱すでないわ、ばかもん」
「くっは……っつ〜〜〜〜〜っ……!!」

 まるでじいちゃんを相手にしているようなやりとりだと思う。
 けどまあ、とにかく。なんかもう意地でも一撃当てたくなってきた。
 集中は乱さずに、当てることだけを考えて……

「っだぁあーーーーーっ!!」

 殴りかかる!
 一撃目! 避けられる! じゃあ次! これもだめ!
 だったら次! 次! 次次次次次次ぃいいーーーーーっ!!
 ……………………ぼがぁっ!!

「いあぁあっだぁあーーーーっ!!」

 殴りかかり続け、また集中が乱れたところへゲンコツが落ちた。
 こ、この人どうかしてる! いくら猛将だからってここまで避けますか!? なんて言い訳をどうしようもなく言いたくなるほどにお強くていらっしゃる。
 当の祭さんはやれやれって顔で俺を睨むし……ら、落胆は解るけど、そんなあからさまに溜め息を吐かれるとちょっと悲しいです、祭さん。
 でもこの溜め息と視線は、どっちかっていうと落胆じゃなくて…………あ。

(そっか。じいちゃんがよくしてた目に似てるんだ)

 そういう時はきまって、俺が言われたことを出来ない時だったり───……あ。(再)

(……そうだったァァァァ!! 単純に殴りかかる鍛錬じゃなくて、これって氣の鍛錬だ! つか祭さん言ってたじゃん! 先走る氣の動きに体を追いつかせるようにって!)

 なのにただ殴りかかってただけだよ俺!
 そりゃあ氣も使ってたけど、さっきまでみたいに体に合わせて振るってただけだ!
 じゃあ、拳骨の痛みが段々と増してきていた理由は……えと。そのぉおお……?

「どうした。打ってこんか」

 片手で指をゴキベキ鳴らして、言葉とは裏腹にいらいらしてらっしゃる猛将がおる。
 あのぉ……祭さん? 目的変わってません? もう俺に拳骨落とすことだけに変わってません? もう逸らすよりも殴ることが目的になってますよね? そこでゴキベキ鳴らす意味、ないですよね?

(……うう)

 困った師匠を二人持った気分だ。もちろんもう一人はじいちゃんだ。
 溜め息を吐いて、それから空気を思い切り吸った。

(ん……)

 ……氣が先走るなら、その気持ちばかりが走ってしまうような場所まで、自分ってものを持っていく。リハビリ中の患者みたいな意識だ。
 思うよりも難しいことだろうが、やるべきことが解っているだけまだやりやすい。

(どうなるかなんて二の次だ。まずはやってみる。それを受け止めてくれる人へ向かう。余計なことは……この際無しだ)

 氣を練成。
 丹田に力を込めて、氣を充実させると全身に行き渡らせる。
 動作は小さく、行動は大きく。
 地面を蹴り、いつかのように一気に間合いを詰め───って、やっぱり体が遅れる! ……が、どうした! 遅れてもいいから構わず行く!

「……ふむ」

 対する祭さんはようやく退屈そうな顔を緩ませ、しかしながら氣の籠もった拳も軽々と叩き落とす。それは蹴りだって同じで、振るえば振るうほど容易く落とされた。

「ほれほれどうしたっ、てんで遅くて欠伸が出るぞっ」
「〜〜〜っ……だったらいっそ本当に欠伸してほしいよっ、まったくっ……!」

 それなら少しでも隙が出来るってもんなのに。

(いや、とにかく集中! 当てることに集中して、一歩遅れて動く体をその集中に辿り着かせる!)

 振るっても振るっても、まるで見えない泥沼に体を押さえつけられているかのように、上手く動いてくれない体にもどかしさを感じる。いっそこの泥沼ごと振るえたならと思うほどにもどかしい。
 ……いつか、夢の中に居る自分が何かと闘っている、なんてものを見たことがある。
 その時もこんなふうに体が動かず、イライラが募って思い切る振るうと……その動作で自分自身が起きる、なんてことを体験した。面白い夢の中だと、どうにも体ってやつも反応してしまうらしい。そんなことを思ったいつかが、天ではあった。
 ……そんな夢も、ここ最近では見ていない。現実が楽しすぎるからなのか、見る余裕もないからなのかは解らないが……

「───! ふっ!《ガッ》」
「ほっ?」

 攻撃ばかりに意識が行っている中、振るわれた足払いに目を向けることなく足で押さえる。当てることを考えろ。その他の行動が邪魔でしかないなら、それを阻もうとする相手の行動も邪魔でしかない。
 泥沼は夢だ。
 視界に映らないものに惑わされるよりも、目に見える相手に届くことを考えろ。

「───」

 足払いを防がれたのが驚きなのか嬉しいのか、祭さんはニッと笑むと再び避けや払いに集中する。一歩遅れて出る行動は当たらないまま。ならば遅れるという奇妙な現象を利用した行動をとも考えたが、それじゃあ意味がないのを思い出す。
 そう。やることは一つ。氣に体を追いつかせて───当てる。ただそれだけだ。
 じゃあ体は成長しないのにどうやって追いつかせる?
 ……そんなもの、先走る氣ってやつで完全に自分ってものを操ってやればいい。動くのは自分。動かすのも自分。氣って糸で自分を操って、先走る糸の先へと突っ走る!
 
「はっ! だっ! せいっ! ふっ! くっ! しぃっ!」
「わっはっは、おうおう、さすがに体力だけは無駄についておるな。三日毎の鍛錬は変わらずにやっておったか」
「いろいろと問題もあったけどねっ!」

 体が成長しなくても、氣を満たした状態で動かし続けた体には気脈がみっしりと通っている。お陰で体を動かすことも随分と綺麗に出来るようになったし、筋力をそこまで使わないから乳酸が発生するのも遅い。
 だが、今はともかく体で使える部分はとことん使う。
 そうしても全てを避けられ、当たりそうになればぺしんと逸らされ、一向に当てることが出来ない。ならばと躍起になって、一層に氣が走る位置にまで意識を連れて行こうとするのだが───思うだけで届くのなら、人生苦労などしないのですとばかりに進展しない。

(歩けるようになった……早歩きも出来る。走れるようになったし、今はこうして拳も振るえる。少しずつ操ることにも慣れてきてるんだろうけど、まだ足りない……!)

 拳を振るう。振るう振るう振るう。
 もはや弾かれるのが当然、避けられて当然の状況ともなれば、相手の安全などは頭から消える。暴力のために力は振るわないなんて考えも無い、ただ当てることに集中した頭は、少しずつだが遠慮って枷を壊してゆく。
 届け届けとばかりに振るう拳は相変わらず叩かれ、逸らされる。
 突きも、手刀も、肘打ちや裏拳はもちろん、蹴りにいたっては逸らされると同時に蹴りの勢いを利用され、くるりと後ろを向かされて背中をどすっと蹴られる始末。

「ふっ! はっ! はぁああ……っ!!」
「お、おっ、おおっ?」

 重く、熱い息を吐きながらも放つ連撃は止まらない。
 自分の体力……この場合、操る氣の自由が続く限りに振るい続けるつもりで、体を動かし続けている。そう思えば、走る時にも体力を使うというよりは氣で体を動かしていたことは正解だった。

(速く───)

 普通の速度じゃ逸らされる。
 余計なことはいらない、当てることだけを考えろ。

(もっと速く───)

 速く? ならば加速を使うか?

(もっと───)

 行使。───逸らされる。
 しかし目に見えて驚いた顔をしていた。
 少し嬉しい。と、調子づいてもう一度放ってみれば、逸らすのと同時に頭に手刀を……割りと本気で落とされた。

(それでも、まだ───)

 早くではなく速く。
 以前よりもよっぽど満たされるのが早い輝く氣を用い、だらしのない体を加速にて無理矢理動かし、一呼吸で連ねること六撃。
 そのどれもが躱され逸らされ叩かれ弾かれ避けられ───最後に再び逸らされた。
 ならばとより速く、速く、速く───!
 そう、余計なことなど考えない。
 なんだかさっきから拳骨の数が減ったな、なんてことは考えず、ただひたすらに当てることだけを───!




ネタ曝しです。  *ヤム○ャ  ドラゴンボールに登場する強くてワルいやつ。  *だめだ  「こ、ここまで教えたんだから助けてくれるよな!?」  「だめだ」  「てめぇにゃ情ってものがねぇのか!」  や、  「痛いか?」  「痛い痛い!」  「助かりたいか?」  「助かりたい助かりたい!」  「だめ」  「ええっ!? そんな!」  などがある。ちょっと違ったり混ざったりだけど、そんなに間違ってはいない。  ケンシロウって悪よりもよっぽど悪してる気がする。悪人に対してだけだけど。  あれで愛を題材にした世紀末物語だっていうんだから、何かがおかしい。  でも大好きです。  容量の都合により、次へ続きます。 Next Top Back