120/お汁粉。場所によっては“お志るこ”とも……?

 鍛錬の時くらいにしか出さない速度で通路を駆け、ズシャアアァアシャシャシャと豪快に滑り込んで、止まった先には自分の部屋の扉。

(…………どうしよう)

 ここまで来たものの、言い訳が特に思いつかない。
 そりゃあ書き置きはしたぞ? したけど、ようするに遊んできますって言って抜け出したのとなんも変わらないのだ。ど、どどどどうする……!? どうす───ハッ!? いっそのこと雪蓮を見習って開き直ってみるのはどうだろう! 彼女は対冥琳のあしらい方ならもはや神の域といってもいいに違いない!
 そこから導き出される答えとはつまりこう! ……“散々遊んで怒られる”一択ですね。
 真面目に考えよう。真面目だったけど、今のは混乱してたからさきっと。
 というわけで、あー……どうする?

1:陽気で行こう! 例:「あはははは! やあ冥琳、とても楽しい息抜きだったよ!」

2:全力で行こう! 例:「うぉおおおお! 息抜きサイコォオオーーーッ!!」

3:弱気で行こう! 例:「あ、あの……息抜き……してきました……」

4:灼熱で行こう! 例:「ひとつのことに命を懸ける! 今日からお前は富士山だ!」

5:瀕死で行こう! 例:「グハァッ! 気をつけろっ……あの息抜き、強敵だ……!」

 結論:───……あえて2!

 そう! 意外なところを突いて、冥琳をポカンとさせる!
 そしてその隙に何気なーく椅子に座って何気なーく再開! 素晴らしい!
 つか、自分の頭の中ながら相変わらず5がおかしい!

「よしいくぞ!」

 これからの行動のイメージを完了する! さあ! 扉を開いていざ行動!

「うぉおおおおおお!! 息抜きサ」
「北郷。座れ」
「ィコッ………………ハイ……」

 全力で行こうの選択は、彼女のたった一言で折られた。
 そうだな。雪蓮に振り回され慣れている百戦錬磨の周公瑾殿に、俺ごときの言い訳が通るわけがなかった。


───……。


 さらさらと筆を動かす音が続く。
 ちらりと見れば、椅子に座りながら読書中の冥琳と…………何故かまた居る恋。
 俺が出ている間に連れ込んだらしい動物たちとともに、俺の寝台を占領している。
 その上でじぃいい〜〜〜っとこちらを見つめてきていて、目が合っただけでその瞳がきゃら〜んと輝いたりする。アレだ、散歩前に期待を込めて興奮する犬とか、エサを貰う前に尻尾をブンブン振るう犬の目、みたいな。
 いったい何が彼女をこうまで変えたのか。

(むうっ……)

 考えてみるも、原因らしい原因が見つからない。
 木刀で吹き飛ばした際に頭を打った……ってことはないよな? 木刀でポクリと叩いたことが原因ってわけでもないだろう。“負けは負け。だから一刀は恋が守る”と言われはしたものの、これは守る者の目として適当なのだろうか。
 ……いや、誤魔化すのはやめだ。
 どうにも好かれているらしいことは、霞の言葉を受け入れるなら間違い無い。間違いないんだが……三国無双に好かれるって心境が、どうにも信じられない。だからこうして悩んでおります。

(けどまあ……それと勉強(コレ)とは別だよな。気にはなるけど、今は集中っ)

 筆を走らせる。
 右手で書いて右手で巻いて右手で積んで右手で取って右手で広げて右手で書く。
 なんなの、この右手祭り。
 早く治らないかなぁこの左腕。

「そうだ、冥琳。祭りの準備とかってどうなってる?」
「滞り無く進んでいる。北郷、お前が怪我をしていなければ、その手伝いもしてもらう筈だったんだが」
「それは素直にゴメンナサイ」

 頭を下げる俺を見て、冥琳はフッと笑った。「責めているわけではない」と言って。
 それはどうやら本当のことで、「ただ、少しは自愛しろ」と続けられた。
 うん、責めてはいないな、確かに。
 そうだよなぁ……無茶して辛うじて勝っても、他のことがおろそかになるようじゃ全然ダメだ。華琳に鍛錬の条件を突きつけられたのがつい最近だったら、間違い無くアウトだって断言出来るくらいの状況なんだから。

(ふむ)

 そこでこの北郷は考える。
 実戦に備えるからこその鍛錬で、見事に骨にヒビが入った俺は……戦場でなら確実に死んでいましたよねと。そうならないための鍛錬なんだから、もっときっちりやっていかないと……とは思ってみるが、言い訳をしてもいいというのなら、相手があの呂布である時点で勘弁してくださいってものでしょう。

「あ、そうだ。謝りついでに訊きたいんだけど、今回はどんなことをやるっていったっけ」
「多くはないな。あまり国を空けるのにも問題があるからな。経験の浅い連中に学ばせるためとはいえ、いつまでも滞在したままでいるのも心配だ」
「戻ってみたら国が乗っ取られてましたー、なんてことがあったら大問題だもんな」
「もしそうなれば取り戻すだけだ。アレなら喜んで修羅となるだろう」
「ああ、アレね。言われた途端にその光景が頭に浮かんだよ」

 アレ=雪蓮。
 裏切り者をいつかの鋭い目つきのままに、ザッシュザッシュと切り刻む雪蓮の物語が俺の頭の中で上映された。対峙した際にめちゃくちゃ怖い思いをしたことも手伝って、頭の中の雪蓮はやたらと強かった。

「話を祭りの方に戻すけど、騒ぐなら別の方向でも楽しめたほうがいいよな。でも飲んで騒いでは歓迎の時にやったし……」
「繰り返しになるが、飲んで騒いでで十分だろう。そもそも北郷、お前の知る将のほぼが、飲んで騒いで以外で楽しむ光景を思い浮かべられるか?」
「そりゃあもちろん───…………あれ?」

 武将が戦で笑み、軍師連中は話し合いで笑む。
 それ以外はほぼ飲んで騒いで以外には想像できなかった。
 わあ、気づいてみればとっても単純だった。本人らの前では絶対に言えない事実だ。

「あー……じゃあ、また飲んで騒いでということで……」
「それでいい。酒では酔い潰れるだろうから、別の飲み物を考えよう。武道会前に酒を飲んだ所為で実力が出せなかったと言われても困る」
「なるほど確かに。けど飲み物か。桃ジュース……は、桃を何個使うか解らないから却下。水で飲んで騒いでってわけにもいかないだろうし───いや待てよ?」

 なにもアルコール飲んでガッハッハーと騒ぐ方向ばかりを考えることなんてないよな。
 酔いで騒ぐんじゃなく、“これは美味い”って方向で騒ぐのでもいいわけだ。
 となると意外性を突けるものがいいな。
 天の飲み物で、そこまで難しくないものは〜っと……。

「むむっ」

 ピンときた。
 きたけど、飲み物の分類に入るのか? あれって。
 確かに飲むものだし、自販機でもたまに見るものだ。

(作ってみればいいか。そんなに難しいものじゃな───……難しかった)

 なにせ左腕がコレだ。苦労するのは目に見えてる。
 しかしやろう。
 それでみんなが笑顔になるのなら、左腕一本の痛みくらい───!

(どうってことない! って言えたら格好いいだろうなー……と思っていた頃が、俺にもありました)

 今では私が支柱さん。みんなにあげるのはもちろん賑やかな時間。
 なぜなら、無理をすれば絶対に怒られるからです。
 なんて思ってみても、作る気は満々。無理をしなければいいんだ。うん。
 さて、そうと決まれば勉強勉強!
 腕が動かせなくなっても出来ることがあるなら、とにかくそれをやっていくんだ。
 手伝えないのが心苦しいって思ってたところにこの閃きはありがたい。
 まずは作ってみて、誰かに味見をしてもらおう。
 美味って評価が得られれば、関門である華琳に味を見てもらって……そこをクリアして初めて出せる。そう、これは既に戦いなのだ───!

「冥琳、飲み物って熱いのでも平気? あ、一応冷たいのでも出せるには出せるものなんだけどさ」
「なるほど? そう訊くということは、温かいほうが美味いということか」
「そゆこと。天のじいちゃんが結構好きだったものなんだ。お汁粉、っていうんだけど」
「おしるこ?」

 そう……餡子の饅頭があるというのにどうして今まで閃かなかったのか。
 砂糖をふんだんに使った甘い汁は、疲れた頭にもありがたい。

(……ん?)

 いや待て? そういやこの時代、杏仁豆腐があるんだよな。
 杏仁豆腐があるってことは、それを固める寒天とかもあるのか?
 寒天があるってことは天草がある? 昆布はないのに。
 …………あ、そうだ。寒天じゃない、ゼラチンだ。魏ではロバの皮とかから抽出したのを“にかわ”として使ってたって、歴史にもあったはずだ。
 なるほど、ゼラチンなら天草も必要じゃない。

(上手く合わせてあんみつとか作れないかな)

 おお、そうなると蜜も必要だよな。黒蜜をかけたあんみつの美味いこと美味いこと。
 ……作るのはいいけど黒砂糖なんてあったっけ?
 あ、じゃあ普通の砂糖に水じゃなく果実酒を混ぜてゆっくり煮詰めれば……───きちんとアルコール飛ばさないと、桃香が酔いそうで怖い。
 むむ、単純にデザートを増やすって意味でなら、アイスにきな粉をかけるとか黒蜜をかけるとか、それだけでも一品として増えるよな。
 大豆もあるし、乾燥させたものを粉末状になるまですり潰して砂糖と微量の塩を混ぜればきな粉の完成。アイスとの相性は地味に高い。
 飲み物ってだけでも牛乳にきな粉を混ぜる〜っていうのがあった気がする。
 ……ハッ! もち米使って餅を作って、あべかわ餅という手も……!

(……鍋とカレーが食べたい)

 想像はアレコレ広がるものの、人間って存在はやっぱり無い物ねだりが大好きです。
 昆布で出汁を採ったものに野菜や肉をたっぷり入れて、シメにはうどんかごはんですよ。たまりません。香辛料とか混ぜてキムチ鍋を演出するのも、凪が喜びそうだし……あ、でもそうなるとべつに昆布出汁じゃなくても……むしろ火鍋でも十分だよな。
 いや、火鍋だからとキムチと一緒くたに考えるのはダメだ。
 あれは個々でも素晴らしい。

(むむむ……困った、肉まんと桃を食べたっていうのにまた腹が減ってきた)

 食べ物のことって、考え始めると止まらないよなー。

(あ、食べ物といえば……)

 席を立ち、窓際に置いてある携帯電話を手に取る。
 少しは充電されているそれを開き、画面メモを開く。
 そこには“昆布の養殖について”の保存ページタイトルが。
 そう、消える前から……否、この世界に初めて来た時からくすぶっていたあの気持ち。
 ホームシックは散々としたし覚悟も決めたが、生きるための食には勝てぬこの気持ち。
 鍋が食べたい。昆布と醤油の鍋が食べたい。
 しかし中国が昆布の養殖に成功するのは1930年。
 今の段階ではまず無理。
 ならばどうするか……どうにかマコンブを入手して、養殖するしかあるまいっ!!
 いや、この際贅沢をいいませんから、昆布としての旨味が取れるものならなんでも。

「冥琳、呉ではワカメとかが打ち上げられてたりしたよね?」
「ああ」

 突然席を立ったことに対して、特に言うこともなく返事をくれる。
 これで休みだしたりしたら注意もしたんだろうが、いじくったのが携帯電話だと何を言うべきかも戸惑う……とか、そんなところだろうか。こっちはこっちで思考に夢中になるあまり、勉強中だってことを少しの間忘れてた。

「ワカメか……味噌汁もいいけど、ここはやっぱり鍋だよな。昆布出汁で」
「?」

 一人でぶつぶつ呟いていたら、寝台の上の恋に首を傾げられた。
 うん、机に戻ろう。ケータイは引き続き充電ということで。
 カツオ出汁も捨てがたいが、やはり昆布。今は昆布の気分だ。

(う……よしんばそれが満たされたとしても、次はカツオだーとかカレーだーとか言いそうな自分が嫌だ)

 出来ることならば食べたい。
 食べたいが……あれ? そもそもなんの話をしてたんだっけ。

「北郷? わかめと飲み物と、どんな関係があるというんだ」
「え? あ」

 ……そうだった。食べ物じゃなくて飲み物の話だ。

「その“おしるこ”、というものにはわかめが必要なのか?」
「いやなんかごめんなさい全く必要じゃないですごめんなさい」

 逸れに逸れすぎた。
 わかめ味のお汁粉とか、想像してみたら気持ち悪くなった。試してないし、案外美味いのかもしれないが。

「お汁粉っていうのはさ、餡子を水で溶かして温めて食べるものなんだ。餅が一緒に入ってるとさらにお汁粉的だ。俺の中では」
「ほお? 汁状の餡か」
「俺にとっては天の味のひとつかな。濃すぎず水っぽすぎずがじいちゃんの中での一番」

 俺もだけど。
 熱々だと美味いし、冷めたら冷めたで甘みが増した感じがして美味いんだよなー。
 その場合はかえって餅はないほうがいいかも。硬くなるから。

「うん、よし、じゃあ勉強頑張ろう。それが終わったら早速作ってみるとして〜っと」
「……やる気になるのは結構だが、それが食い気というのもな……なるほど、これで案外お前と雪蓮は似ているのかもしれないな」
「し、失礼な! いくら俺でもあそこまで堂々とサボったり酒飲んだりはしないぞ!?」
「………」
「あ」

 沈黙。
 少しののちに溜め息が吐かれ、彼女は額に手を当てながら目を伏せ俯いた。

「はあ……まあ、気持ちは解る。痛いほどにな。あれで真実サボるだけならば、私も遠慮のひとつもせずに殴れるのだが」
「町人と仲良く接するためとはいうけど、酒を飲みすぎなんだよな……終いにはどころか常時絡み酒状態だし」
「お前はああなってはくれるなよ、北郷」
「よっぽどの誘惑がない限りは大丈夫だって。これでもやる気だけは充実してるから」

 現在は王を引退し、豪遊の限りを尽くしている雪蓮さん。
 今もきっと何処かで盛大に笑っていることだろう。
 あんなかつての王を見ると、王ってものをやめた華琳や桃香も見てみたいな、とは思う。
 蓮華は真面目な部分が多いから、息抜きでもと薦めても断られそうだ。
 それを言うなら華琳なんて特にだな。

「………」
「………」

 いい加減、考えるのをやめて勉強に戻る。
 再び訪れる静寂と、筆だけが動く音。
 犬や猫が盛大に欠伸をしてから再び眠る体勢をとる中で、恋もその中に混ざるようにこてりと体を横にした。
 少しして聞こえてくる寝息に苦笑が漏れるがそれはそれ。
 勉強を続け、それは夕方まで続いた。


───……。


 勉強が終わってからの行動は早かった。
 俺の頭が甘みを求めている! とばかりに駆け、厨房に辿り着くと早速調理開始! と、いきたかったのだが。餡子がなかった。お約束だ。
 なのでかつて亞莎と買い物に行った時のように街に繰り出し、店で餡子を買って戻る。結構な量だ。味見や工夫もしてみようと多目に買った。

「そして作った完成品がこちらです」

 お汁粉第一号。餅はないけど気にしない。
 汁の部分が美味しくない餅入り汁粉は拷問にしかならないのだ。むしろこれでいい。

「《スズッ……》……? 微妙に違う」

 材料の所為かな? 甘みが足りない。
 これはもっと濃くても十分なくらいだ。
 じゃあ水の量を減らして、と。

「《ずずっ……》……やっぱりちょっと物足りないけど、こればっかりはな」

 この時代、そんなに贅沢に砂糖や塩を使うわけにもいかない。
 それにこれはこれでいい。天のお汁粉を知らないならこのくらいが丁度いいだろう。

「よしよし、じゃあ誰かに味見をしてもらうとして、誰がいいかな」

 こんな時、丁度誰かが通りかかってくれたりとか───ははっ、さすがにそんな都合よく……

「おーーーーーーっほっほっほっほっほっほ!!」

 ……通った。
 今、誰かが間違いなく厨房の前を通ってる。
 しかも誰だろうと考えるまでもなく、あっさりと解ってしまうほどの個性。
 さて……ここで再びこの北郷は考える。
 味見役が麗羽で本当に大丈夫か?

「大丈夫だな」

 結論はあっさりと出た。
 むしろマズかったらきっぱり言うタイプだし、それはそれでありがたい。
 誰にともなく頷いて、歩いてゆく麗羽と一緒に居たらしい斗詩や猪々子を呼び止めた。

……。

 で、現在。厨房にある卓には麗羽と斗詩と猪々子が座っている。
 そんな三人の前に出すのは作りたてのお汁粉。
 水っぽくもなく固すぎもしない、しかし甘さを損なうことなく丁度良い加減で完成した(つもり)のソレを、三人は見下ろしていた。

「ちょっと一刀さん? なんですのこの墨汁は」
「ぼっ!? ……まさか墨汁って言われるとは思わなかった」
「あら、違いますの?」
「違う違うっ、それは天の国の食べ物で、お汁粉っていうんだ。ふと思いついたんで作って、で……誰かに味見してもらいたいと思ってたら、そこに三人が、って」

 だから断じて墨汁ではありませんと、身振りも込めて説く。
 すると麗羽が踏ん反り返った上で口に手を添え、いつものポーズでおっほっほ。

「まぁ〜〜〜ぁああ、さすがわたくしっ! そんな大事な状況に颯爽と登場するなど、わたくしの! わ・た・く・し・のっ! 日頃の行いが為せる業ですわねっ! ……で、そのお汁粉とやらはどこですの? こんな墨汁はさっさと下げて、早く出してくださいません?」
「いや……だからさ。これがお汁粉なの」
「え……これがですか?」

 斗詩にまで言われたよ……匂いで解りそうなものなのに。

「へぇえ……なぁアニキぃ、アニキを疑うわけじゃないけど、こんな黒いのがほんとに美味いのかぁ?」
「不味くはないって。ちゃんと味見もしてあるし」

 妙に警戒されている。予想通りではあるが、ちょっと切ない。そう、警戒されるなとは思ってたんだ。思ってたんだけど……墨汁呼ばわりは本当に予想外だった。
 ともあれ、「ささっ、温かいうちに」と勧めてみるのだが、てんで食べようとしない。
 ……仕方ないから自分の分も持ってきて、三人の前で食べてみせる。

「毒は入っていませんのね」
「うわーいストレートに失礼だー」
「す、すいません一刀さんっ!」
「いや、斗詩はなにも言ってないだろ。ていうかさ、せめて匂いで判断するとかくらいやってほしかったよ……」
「いやっはっはー、いい匂いはするなーとは思ったんだけどさぁ。アニキには悪いけどこんだけ黒けりゃ警戒するって」

 色で判断されたのか……。
 けどまあようやく食べてくれるみたいだし、反応を待とう。

「それじゃあいただきますね。ん……《つ……こくん》…………あ……」
「いただきまーす。《ずずー……》ん……んんっ!? おぉっ!? アニキこれ美味いぜっ!」
「おっ……そっかそっかぁ! こっちの人の舌に合うかどうか不安だったけど、美味いかっ!」

 なんか嬉しい。まるで天が褒められてるみたいで、無意味に胸が高鳴る!
 思わず笑んでしまう状況の中で、こちらさまの反応はどうかとチラリと麗羽を見る。
 すると、おそるおそるチロリと舐めているところで……目が合った。

「なっ……なんですの───あら美味しい……ってなにを笑ってらっしゃいますの!?」
「や、だって……っはははははっ……!!」

 忙しい人だ。怒ろうとしたら美味しさで顔を綻ばせ、しかしやっぱり怒った。
 そんな麗羽に歩み寄って、なんでもないと言いつつ頭を撫でる。
 つんとそっぽを向かれるが、叩かれたりしないのをいいことにしばらく撫でる。

「まあ、思わず撫でたくなってしまうほどに可愛らしいわたくしですから? 人の顔を見て笑う無礼くらいは許してさしあげますわ」
「よっ、麗羽さま太っ腹っ!」
「おーーーっほっほっほっほ! 褒めてもなにも出ませんわよ猪々子さん!」

 そして元気な人だった。

「けど、よかったんですか一刀さん。こんな美味しいものの味見なんて」
「いいっていいって、丁度ここを通ったのも何かの縁ってことで。それにきっぱり意見をくれる人に味わってほしかったから」
「あらあらさすがは一刀さんですわぁ〜? このわたくしの舌によほどの信頼を置いていなければ、とても出来ることではありませんわよ」
「……アニキ。きっぱりって、そっちの意味じゃないよな?」
「ご想像にお任せします」
「あ、あはは……でも、本当に美味しいですよ」

 そう言いながら、ずずーっと味わって食べてくれる。
 しまった、匙子でも用意すればよかった。

「やはり華琳さんよりもわたくしを。このわ・た・く・し・をっ、味見役に選ぶ一刀さんの目には、光るものがありますわ」
「え? 俺の目って光ってるの?」
「あー……アニキ? あんまいろいろ考えないほうがいいって。真面目に受け答えしてても、平気で話題変えられるから」

 それはお供をしている人が言うセリフなんだろうか。
 や、お供をしているからこそ言える言葉ってのもあるだろうけどさ。

「それで一刀さん? このおしんこというものはどうするつもりですの?」
「お汁粉ね。とりあえず祭りの中で配ろうかなって。なんだかんだで動き回りそうだし、糖分は必要だろ。だからこれとか綿菓子とか……そうなると別に冷たい飲み物が欲しいな。牛乳でも冷やしておいてみようか?」

 もちろん熱して殺菌したものをだ。
 そういった菌が何℃で死滅するのかは知らないが、やるのとやらないのとじゃあいろいろ違ってくるだろう。と、それこそいろいろと思考を回転させていると、軽く手を上げた糸目状態の猪々子が「アニキぃ〜、もうちょっと解りやすく言ってくれってぇえ……」と。

「解りやすくって……ただこの食べ物を、予定している祭りで配ろうって話をしてるだけだって」
「だったらそう言ってくれればいいじゃんか。簡潔だしさー」
「片っ端から“言うだけ”じゃ、何がどういいのかも解らないでしょーが。けど……そだな。それじゃあ訊くけど、これと綿菓子を武道会とかの祭りに出すのは賛成? 反対?」
「おおっ、それは賛成っ! むしろこれで大食いとかも余裕だぜー! ……な、斗詩」
「なんでそこで私に振るのっ!? たっ……食べないよ……? 私大食いとかしないからねっ!?」
「む。大食いにするなら、さすがに資金繰りとか考えないとダメだな」
「一刀さんも真剣に受け取らないでいいですからっ!」
「あれ? そう?」

 騒げる要素は一つでも多いほうが面白いかなと思ったんだけど。
 まあいいか、せっかくだしいろいろと試してもらおう。

「それじゃ、祭りに出すものを試してもらいたいから、試食をしてもらっていいか? あ、美味しいか微妙か普通か不味いかは是非ともきっぱり言ってくれ」
「アニキー、おかわりー」
「基本的におかわりはいたしません」

 言いつつ、ズイと出された椀を回収。
 差し出しなされた猪々子さんが口をぶーと尖らせたが、構わず行動開始。
 大丈夫、自分で“アレを作ろう”って考えて作る料理は普通の味な俺だが、元から味が安定しているものならきっと普通以上だ。


───……。


 振る舞ったものをたいらげ、ご満悦で去っていくみんなを見送ってしばらく。
 みんなというのも、結局は夕餉を食べに来たみんなにも振る舞うことになったのだ。お陰でいろいろな意見をもらえた。“もっと甘いのがいいのだー!”とか“もっと辛いのは……”とか、なんというか偏った意見ばっかりだったが、もらえた。参考に出来るかは別として。
 ちびちびと使って完成させるはずだったのに、おかげで材料がすっからかんだ。
 しかし悲しみはてんで無く、むしろ喜びのほうが多いのだ。なにせ朱里や雛里、冥琳や穏をはじめとする軍師たちがお汁粉を口にすると、疲れた頭に甘さが染み入ったのか、しみじみと美味いと言ってくれたのだ。特に亞莎は目を輝かせて食べていた。いや、飲んでいたって言うべきか?
 やっぱり作ったなら美味いって言われたいもんな。

「ふぅ」

 すっかりと暗くなった今、自分自身でも試食してみたために腹はいっぱい。
 まだ食べている美羽を眺めつつ、後片付けを始めた。
 流琉も手伝うと言ってくれたが、今日は祭りの準備の手伝いをしていたそうだから俺が引き受けた。腕のことをしきりに気にしてたな……だがこの北郷、これしきで音を上げる男にあらず。
 片腕しか使えぬのなら片腕のプロとなるまでぞ!
 なにせ片腕でお汁粉さえ作れたのだから、片付けくらい………………どうやって洗おう。

「オウ……」

 いきなり詰まった。
 知らず、外国人っぽく口をすぼめて切なく囁いてしまった。
 ちらりと見ても、残っているのは美羽だけ。
 いろんな人に囲まれてカチンコチンに固まっていたために食べる機会を逃した所為だ。
 今は幸せ笑顔でお汁粉を口に運んでいる。
 気になる七乃さんは華琳に呼ばれて、いろいろなものの引継ぎの最中だそうだ。
 ……その引継ぎが、俺の補佐に回ることっていうのが心配のタネではある。先に話しておいたものの、実際に補佐に回るとなると考えることもあるのだろう。七乃は少々微妙な顔つきで華琳の部屋へと向かった。

「まだ都も出来てないっていうのに、気が早いよな。……美羽ー、美味いかー?」
「んまいのじゃー!」

 少し温くなっているであろうお汁粉をくぴくぴと飲み、やっぱり笑顔を見せる美羽。
 ああまで真っ直ぐに喜ばれると、作ったこっちも嬉しいし和むもんだ。
 元気に返される言葉に気をよくして、片手でなんとか鍋等を洗ってゆく。
 素直に手伝ってもらえばよかったなと思う反面、そうすると美羽がのんびり食べれなかったんだろうなと確信を持つ俺も居る。……過保護だよなぁこれ。

「よっ……ほっ」

 考え事をしながらもなんとか洗い終えた鍋等の水を切り、布で磨いてゆく。
 “マテ、水気を氣で蒸発できないか?”って思いついてみれば、シュゴオと氣を解放。鍋がテコーンと輝いただけで、水気が蒸発することなんてなかった。
 予想はついたが、いいのだ。男は度胸。なんでも試してみるものさ。……コレ、言った人物はアレだけど、結構大事な言葉だと思うのだ。
 小さく苦笑をもらしながら、自分の手もなんとか拭うと美羽が座る卓へ。

「そういえば、最近は朝と夜以外は顔を合わせてないことが多いな」
「うみゅ? んむんむ……そうじゃの……。七乃と歌の練習をしてばかりじゃからの」
「練習、楽しいか?」
「うむっ、声を出すのは気持ちがいいのじゃ。七乃も、いずれは稼げるようになれると太鼓判を押しておる。主様も“たんれん”をして強くなるのじゃからの、妾も頑張ればもっともっと上手くなるのじゃっ」
「……そっか」

 言葉と一緒にエイオーと腕を元気に突き上げる。
 ほんとに、これがかつての袁術だっていうんだからすごいもんだ。
 聞いた話だけでもいい噂はなかったってくらいに我が儘で自分勝手。雪蓮も随分と苦労させられたらしいのに……実際にこうして話し合ってみれば、普通の女の子だ。

「主様こそ平気なのかの……? 腕を折られたと聞いた時は、妾……妾……」
「ああ、ははっ、折れてないって。ヒビが入っただけだから、折れるよりも治るのは早いはずだ。それに、傷は男の勲章ってね。少しくらい傷があるほうが男らしいさ」
「うみゅ……? そ、そうなのかの……?」
「…………骨の傷なんて、見ようがないんだけどな……ハハ……」

 けど痛みは覚えた。
 あんな感覚なんて二度とごめんだって意識があれば、もっともっと集中出来る。折れたことがあるのに注意が足りなかったといえばそれまでだが。
 そもそも恋の攻撃を片腕と俺の氣全部で受け止められるって考えがいけなかった。
 もっと氣の絶対量を増やさないと、いつか胴体がブチーンと千切れることになりかねないよなぁ……。

「お互い、もっと頑張らないとな、美羽」
「む? うむっ、皆に喜ばれるのもよいものなのじゃ。妾にかかれば皆笑顔なのだからの。もっともっと頑張って、皆を喜ばせてくれるのじゃー! うはーーはははははーーーっ!」

 元気だなぁほんと。
 と、そうこう言っているうちに最後の一口を美羽が飲み込んだ時点でおやつタイムは終了。椀を受け取って片付けようとすると、「妾にどーんと任せてたも!」と、なんと自ら片づけを始める袁家の者!
 思わず“なん……だと……!?”と停止してしまったが、そういう考えは失礼だと思い直す。いい子になった。本当に。

「ところで主様? これはどうやって洗うのかの」
「………」

 漏れたのは苦笑。
 知ろうとしてくれたことへの笑みと、仕方ないなぁって意味でのソレは俺の顔を緩ませ、一つの食器に二人がかりで取り掛かるなんてことをしながら……美羽はお椀の洗い方を覚えた。


───……。


 少しののちに二人で部屋に戻ると、鼻に届くのはいつもの自室の香り……ではなく、むわりと漂う獣臭。真っ暗な部屋に美羽の戸惑いの声が響くが、そういえば……恋が眠ったまま放置されていたのだ。
 うわー、嫌な予感しかしない。
 だってさ、今日のお汁粉パーティー(急遽開催)には恋の姿がなかったのだ。
 それ=ハラペコってことだろ?
 どうしよう……と思っているうちに目が慣れてくると、既に空間的に把握している部屋の間取りから見て右奥の寝台。その上の中空に赤く輝く瞳が……!!
 いや、それどころか寝台で横になっていたであろう動物達の目までもが開かれ、無意味に輝いて怖い! なんか某ゲームのイケニエ状況的な状況を思い出した! ラ、ラットフィーバー!

 コマンド:どうする?

1:ゲーム知識に従い、猫いらずをささげる……って相手に猫も居るんだよ!

2:水でよければと常備用竹筒を捧げる。

3:目に氣を集中させて、対抗して輝いてみる。

4:まずは灯りをつけよう。全てはそこからだ。

5:否! 自らの氣を発して、俺こそが闇夜に輝く金色の灯りとなろう!

 結論:4

 ……5はもうスルーしていいよな。きっと疲れてるんだよ、俺。

「………」
「主様?」

 いや、でもちょっぴり面白そう、なんて思ってないぞ?
 思ってないけど……ほら、その、思ったばっかりじゃないか。
 男は度胸、なんでも試してみるものだって。
 せっかく璃々ちゃんと遊ぶことで少しだけ童心を取り戻せたんだから、ここでまた無難に走るのはヨクナイ。
 なのでGOだ。

「ん……」

 暗い部屋に光が灯る。
 まるでホタルにでもなった気分な俺の体には、金色の氣。
 まさか自分が発光生命体になる日が来るとは思いもしなかったが、これって案外便利かも。暗い夜道は赤鼻のトナカイよりも役立てるかもしれない。とか思ってたら氣を発することで動物たちが好む匂いも溢れ出たのか、目を輝かせたままの猫や犬たちが俺のところへ集ってにゃーにゃーくぅんくぅんと鳴き出した。

「お、おぉおおっ!? こ、これはいったいどうしたことなのじゃ!? 主様が光って、動物たちが騒ぎだしたのじゃ! ……うみゅ? 光って……? …………ぬおゎああーーーーーっ!!? ぬぬぬ主様が光っておるのじゃーーーーっ!!」

 盛大に驚かれた! その声に反応した動物達も一層に騒ぎ出して、しかし恋が一言を放つとピタリと静まる。……あ、美羽までピタリと止まった。

「……一刀《きゅるぐぅ〜〜るるるるぃいい〜〜〜……》」
「ああ……うん……まあ」

 ぴしゃりと動物達を鎮めてみせた恋だが、一言放つだけで空腹という名のバケモノが目覚めてしまったらしい。
 ……外はもう真っ暗だ。
 真っ暗だが……

「よし恋、ちょっと抜け出すか」
「……?《こてり》」

 首を傾げられた。
 そんな恋においでおいでと手招きをすると、「そういえばなぜ呂布が主様の部屋におるのじゃ……?」と首を傾げる美羽とともに、三人で部屋を出た。
 何処に行くのかといえば……裏通り近くにある一つの店だったりする。
 通路を通り、兵と軽い挨拶をして、「またですか……ほどほどに頼みますよ」と苦笑されつつ街へ。そのまま詠と一緒に通った裏道を逆戻りしていくと、一軒の店。夜遅くでもやっているそこへ入ると、威勢よくアニキさんが挨拶してくれた。

「おおっ? なんだ、御遣いの兄ちゃんじゃねぇか」
「やっ、アニキさん。三人だけど、大丈夫?」
「へいよ。おいそこ、ちょっと詰めやがれ。……狭くて悪ぃが、それでいいなら」
「っへへ〜、上等上等」
「へっへっへ」

 二人してニカッと笑い、きょとんとしている恋と美羽に手招き。
 詰めてくれた人に感謝しつつ座った先で適当に注文をして、食べ物が来るまでは適当に話をする。

「ぬぬぬ主様? こここここは……」
「会合準備中に見つけた場所で、男のたまり場。名前は特にないけど、俺達の間では“オヤジの店”で通ってる。ここを見つけたのがきっかけでアニキさんとも仲良くなれたんだ。店を出してるってこと自体はチビから聞いてて知ってたんだけどね」

 そう広くはない店。
 しかし、ここはなんていうか暖かい店だ。
 裏通りに近い場所ではあるのだが、表通りの人も裏通りの人も集まる。
 まあ、来るのは愚痴目当てのオヤジばかりなのだが。

「チビの店は閉めるの早ぇえからな。ま、俺達裏通り連中中心の店なんざ、こうして夜に集って騒ぐのが楽しみってもんだ。町人が寝る時にゃあ他も寝るってのが礼儀ってもんだろうが、裏には裏の娯楽が必要、ってな。まあ、なんだ。明るいうちより暗いところで集ったほうがおもしれぇんだよ」
「まあそういうこったなぁ、だっはっは!」
「よぉ御遣いのあんちゃんよぉ、まーた表のほうでなんかやらかしたそうじゃねぇか。なんでも家を壊して回ったとか?」
「あれは俺じゃないって……」
「お? そういやその腕どうしたんでぇ」
「はは……鍛錬でちょっとね」
「うへぇあ……あんちゃんもやるねぇ」

 軽口を叩いていればすぐに打ち解け、広がる笑い。
 その場に居るみんながあまりに豪快に笑うもんだから、美羽もぽかんとしていた。
 恋は……調理されている料理をじーっと見つめている。腹は鳴りっぱなしだ。

「恋。ちょっとモノを食べる時のコツを教えるから、教えた通りにしてみてくれ」
「?」

 やがて「あいよっ」と威勢のいいアニキさんの声とともに、料理が差し出される。
 即座に恋が一口で食べようとするが、そこに待ったをかける。

「? ? ……? ……?」

 ……うあ、俺と料理をめっちゃ見比べてる。
 ごちそうを前に“待て”を命じられ、唾液を垂れ流す犬のようだ。

「まず、一口分を口に含む。すぐに飲み込んじゃだめだぞ?」
「……? わかった《ぱくり》」

 言うが早し。ぱくりと口に含むと、口に広がる味に目を輝かせた。
 よっぽど腹が減っていたらしい。

「で、一口につき50回噛み締める」
「…………、……?」

 ありゃ、首傾げた。

「はい噛んで噛んで。1、2、3」
「……、《もぐもぐ……?》」

 よく解らないって顔をされた。でもきちんと噛んでくれてるのがなんだか嬉しい。

「数えながら50回って結構面倒なんだけど、そんなキミにはひと工夫。2回噛んで1を数えるんだ。い〜ち、の間に二回噛む。すると25回で50回。不思議と一回ずつ噛んで数えてを繰り返すよりも早く感じる」
「……《もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ》」
「お……そうそう、そんな感じ。で、50回噛んだら飲み込んで次の二口目」
「《こくこく》」

 一口一口を大事に食べさせてみる。
 どうにも恋は大食いすぎるきらいがあるので、そこに変化をつけるべく咀嚼回数UPを計画した。アニキさんは大食いのために店を開いてるんじゃないし、儲けよりも今を生きるオヤジたちの愚痴を発散させようって部分の方が大きい。
 そんなアニキさんの料理だ。がつがつ食べさせるのはアニキさんに悪い。
 恋は確かに噛んで飲み込むが、咀嚼回数が少ないと思うのだ。
 咀嚼回数が増えれば満腹中枢も刺激されまくるはず。
 そこを突いて、じっくりと食べる喜びを知ってもらおうじゃないか。

「ふぅううぐぐぐ……ぬ、主様ぁあ〜……顎が、あごが疲れるのじゃぁあ〜〜〜……」

 ……そしてこちらの少女には、もっと強い娘になってもらおう。
 意思とかって意味じゃなくて、普通に筋力的な意味で。

「美羽〜? 顎をよく動かしてモノを噛むとな、頭が刺激されて脳の働きを助けるんだぞ? それに顎周りの筋肉や頬の筋肉を育てておけば、将来頬がたるみすぎることもないんだ」
「むっ! 心配せずとも妾はたるんだりなぞせぬのじゃっ!」
「おっとと、そりゃあいけねぇなぁ嬢ちゃん。若いうちの努力は文字通り、若いうちにしか出来ねぇんだぜぇ? うちのかかぁなんてもうたるみまくりよぉ。昔は整ってたのによ……とほほ」
「う、うみゅ……? そうなのか……?」

 くわっと気迫を込めて反論した美羽だったが、隣のオヤジにしみじみと言われるや早速たじろいでいた。

「ああ。御遣いのあんちゃんが言う方法でどう変わるのかは俺にゃあ解らん。だが、やって損するようなことじゃねぇんだろうさ。なにせ、あんちゃん自身が前と比べて随分と警備隊長らしくなってるんだからなぁ」
「……つまり前は全然だったってことね」
「だっはっはっは! そりゃああっちこっちでサボったり立ち食いしたりしてりゃあ、そう見られてもしょうがねぇでしょうよぉ!」
「うぐっ……返す言葉もない」
「ほおお……今の主様からは考えられぬの……」

 意思の向く方向が、以前とは違うからなぁ。
 漠然とした意思の下、魏の天下を目指していた頃とは違い、今はただひたすらに国に返すために。
 その思いも各地を回るうちに、回った数だけ返したい思いが増えてしまった。
 ……これって返し切れるんだろうか。
 というかね、キミタチ。人の過去のことで盛り上がるのはそのへんにしてくれません?
 サボリ癖があったのは認めるから、それ以上美羽にかっこ悪いこと吹き込まないで。

「しかし嬢ちゃんよく噛むねぇ。顎疲れないかい?」
「《もぐもぐもぐもぐごくん》……平気」
「へへっ、そうかいそうかい。じゃ、次だ」

 アニキさんが新しい料理を出す。
 最初の皿は既にカラだ。結構な量があったにも関わらず、しっかり50回噛んでこの速度とは。恋……おそろしいコッ!

「恋、いつもよりよく噛んで食う食事はどうだ?」
「…………周りの音がよく聞こえる」
「そかそか」

 今まで周りの音はよく聞こえなかったのか?
 食べるのに夢中だっただけか、なるほど。
 でも同じ味を噛み続けることで、周りに意識を向ける余裕が出来たと。

「美羽、初めてくるこういう場所はどうだ?」
「ものすごい男臭なのじゃ……」
「お、男臭か……」

 言われてみれば恋と美羽以外に女なんて居ない。
 だからこそのこの男臭さ。しかし、あえて言おう。だからいいのだと。

「だっははははは! よぉおめェら、この嬢ちゃんが臭ぇってよぉ!」
「はっははは違ぇねぇ! けどなぁ嬢ちゃん、慣れてくりゃあこれが仲間の臭いなのさ! この臭いを嗅ぎながらだからこそ、遠慮なく話せるってもんだな! なぁ!」
「おうその通りだぁ!」

 一度誰かが声を上げれば別の誰かも声高く。
 そんな調子で騒げる場所がここ、ヒゲのアニキのお店だ。
 愚痴をこぼし合うのも励まし合うのもこういう場だからいい。
 なんだかんだで、男ってのは見栄っ張りなのだ。だから女が居ると弱くなれない。なれないんだったら、こうして騒いで発散するしかないのだ。もちろん愚痴の代わりになるのだから、生半可な騒ぎじゃ済まない。
 時には兵まで混ざって騒ぐような場所。ある意味いろんな男たちに守られた男達の聖域。

「しかしおめぇ、くせぇなぁ。体ぁちゃんと拭いてるかぁ?」
「おめぇに言われたかねぇよぉ。俺ゃこれでも綺麗好きだっての」
「あーそーかい。御遣いのあんちゃんは……なんか動物くせぇなぁ」
「猫か犬でも飼ってるのか?」
「臭いの発生源は俺じゃなくてそっち」
「?」

 ちょいちょいと指差して見せると、指差された恋がもぐもぐと咀嚼をしながら首を傾げる。……そのついでに何故か指差し返された。

「む」

 せっかくなので璃々ちゃんともやったように指を輝かせ、指と指を合わせてみる。
 …………うん、やってみただけだから特に意味はない。
 しかし恋はそんな意味のなさがなんだか気に入ったようで、料理をもぐもぐと咀嚼しながらも輝く指先をつんつんと突いてくる。
 猫が、差し出した指先に鼻をつけてくる時みたいで面白い。

「おおお……これは美味いの。アニキとやら、これはなんじゃ?」
「いや、べつに俺の名前はアニキってわけじゃねぇんだけどな……」

 その脇では美羽が出された料理に舌鼓を打ち、アニキさんに料理のことを問うている。
 真正面からぶつけられる無邪気さに調子を崩されながらも、しっかりと説明をするアニキさんも手馴れたものだ。案外世話好きな人なのだろう。
 なんだかんだで、今日美羽や恋をここに連れて来たのは正解だった。
 HIKIKOMORIになって以来、自分から積極的に他人に声をかけるようなことをしなかった美羽が、自分からアニキさんに声をかけたのだ。これはきっと大きな一歩だ。
 その理由が料理の美味しさに釣られてでも構わない。娘の成長を目にした親の心境とは、きっとこんな感じのものなのだろう。

「うむうむっ、美味かったのじゃ。ここまでのものを馳走してくれたのなら、なにぞ返すものがなくてはの。……おおそうじゃっ、妾が今ここで歌ってくれるのじゃ」
「歌? なんでぇ嬢ちゃん、歌なんて歌えるのかい」
「現在練習中。でも上手いよ」
「うむ、主様に恥をかかせるようなことはせぬ。妾の美声を存分に聞くがよかろ」
「はっはっは、嬢ちゃんみてぇな娘っこの歌が、ここに馴染むかねぇ」
「な〜に言ってやがる、俺の娘の歌ならここにだって絶対ぇ馴染むぜぇ?」
「そりゃあいいや、だったら今度連れてこい。この嬢ちゃんと一緒に歌わせてみようじゃねぇか」
「いや……連れてくるとなると、あいつがよぉ……」
「だははははは! 相変わらず尻に敷かれてんのかい!」

 男たちの話は温かい。
 混ざるだけでも落ち着いて、気づけば顔を緩ませ、声を高くして笑っている。
 そんな中で美羽の歌は開始され、確かな綺麗な声におやっさんやアニキさんは『ほぉお……』と息を吐く。せっかくなので手拍子を開始してみれば、そのリズムに合わせてやんややんやと手拍子を開始するおやっさんたち。
 誰かが手拍子を始めればあっさりと広がる手拍子祭り。
 まるで酔っ払ったウチのじいちゃんが何人も居るみたいだ。
 けど……いい大人のノリなんてものは、こんなくらいが丁度いいんだと思う。
 俺、まだ学生だけどね。鍛錬の合間にじいちゃんに酌するのも少なくなかった。だから、こんな空間はもう慣れっこだ。祭さんや桔梗や紫苑の酔ったノリにはついていけそうもないが。
 ……うん、本当に今日、ここに来てよかった。
 美羽が自分から誰かに感謝し、歌まで歌っている。
 恋もじっくりと食べることを覚えてくれたし、これで───…………これで…………

「と、ところで嬢ちゃん? いったいどんだけ食うつもりで……」
「………?」

 ……これで大食らいも治るかな、なんて思っていた俺へバカヤローを唱えたい。
 結局予想を遥かに越える量を時間をかけて咀嚼し、完食。ちょっとした夜食会になるはずだったその日、結構な金額が俺の巾着から消えることとなった。
 いや……落ち込んでない、落ち込んでないぞ?
 これは大きな一歩だったに違いないんだから……そうだよな、自分……。




ネタ曝しです  *うぉおおおおおお!!  ……すごい漢だ。  *今日からお前は富士山だ!  松岡修造さん。辛くなった時は彼の言葉を聞いてます。  いえ、別に富士山にはなりたくないです。  *そこでこの北郷は考える  ジョジョの奇妙な冒険第3部、VSDIOより。  「そこで、このDIOは考える。   はたしておまえはどの程度止まった世界で動けるのかと。   2秒か? 3秒か?」  *颯爽と登場  いえ、意識してはいなかったのですがせっかくなので。  今となっては颯爽登場ってだけで思い返されるタウバーン。銀河美少年ですね。  *なん……だと……!?  言うまでもなくブリーチより。  ところでゾンビパウダーは好きですか? 僕はドルバッキーが大好きです。  *ラットフィーバー  ロマンシングサガ3より、ネズミモンスター:アルジャーノンの技。  猫いらずも同じゲームより。  はい、73、74話をお送りします、凍傷です。  無事に鬱期も過ぎて気分も戻りました。  鬱期が来たのは約3年ぶりとなります。  普段から細かなことは気にしないを心掛けている自分ですが、どうにもそういう小さなことを溜め込むタイプでして、それが爆発すると一気に鬱になるのではと、最近ようやく気づいたようなそうでないような。  なんにせよお待たせしました。  以前は一ヶ月以上沈んでたんですが、今年は以前ほど溜めずに爆発したのか……もういいですね、この話は。  最近の更新速度を考えると、結局「なんだいつものペースじゃないか」とかツッコまれそうだなと苦笑しながらお届します。  ええとー……特に話す言葉が浮かびません。ご心配をお掛けしました。  思い変わらず、読んでくれた誰か一人でも楽しんでくれれば、それで満足です。  では、また次回で。 Next Top Back