123/いろいろな人の様々な解釈

 ……さて。
 立ちながら、目を見開いて気絶するという凄まじい偉業を成し遂げた華琳であったが、少しすると復活。偉業よばわりは大袈裟ではあるものの、珍しい状態を見せてくれたことには変わらず……───ああいや、そんなことはどうでもいいか。
 ともかく、逃げるように歩き出した華琳を追って移動を再開。
 ブンブンと手を振る鈴々に手を振り返したときには既に思春の姿はなく、また気配を消したのだろうと頬を掻きながら苦笑。
 華琳の横に並ぶと、何故かそっぽを向きつつ距離を取って歩く華琳サン。

「……?《ソソッ》」
「!?《ゾザザッ》」
「………」

 で、近寄るとまた離れる。
 横顔は真っ赤なままだ。

「華琳?」
「《ぽむ》ひゃあうっ!?」
「おわあっ!?」

 らしくない態度に、ぽむと肩を叩いてみれば……これまたらしくない悲鳴。
 可愛いとも思える声を上げ、肩に置いた手を払ってジャザァッと勢いの良いステップで距離を取られてしまった。そんな全力の反応にこちらまで驚いてしまい、俺と華琳はまるで対立し、威嚇し合う猫のような心境で見詰め合った。
 え? なにこの状況。“ふかーっ!”とでも威嚇すればいいのか?
 それとも“ゴギャー!”と奇声を上げて襲い掛かればいいのか? ……襲い掛かったら首が飛ぶな。

「…………えーと……華琳?」
「……はっ!? …………こほんっ。……な、なにかしら?」
「………」
「………」

 え……えぇええ……? なんでここでこんな重苦しい空気に……?
 こんな状況じゃあ、なに言っても余計に場が重くなるって経験しかないのですが……?
 い、いや、難しく考えるな北郷かず(略)───臆せずにかかっていけ!

「ん、と。華琳が俺に、華琳が認めた人と子を作れって言いたいのは解った。納得がいくかって言われれば難しいけど、正直に言えば……俺もみんながちゃんと、好きな人相手とそういうことをしてくれたらなとは思うよ」
「え、ええ」
「でもさ。じゃあ華琳はどうなんだ? 俺ばっかりに言うんじゃなくて、他の人ばかりに薦めるじゃなくてさ。華琳はその……子供とか、どうするんだ?」
「なっ───……わ、私は……」
「…………うん」
「………」

 距離を取りながらも俺の目を見ていた華琳の視線が、地面へと落ちた。顔は赤いまま。
 ……そうなのだ。
 華琳は人には薦めたりそうしなさいと言うが、自分の気持ちは口にしない。
 そりゃあ以前泣かせてしまった時には随分と言われたこともあるが、それはもっと傍に居ろってことであって、無理をするなってことであって……所有物として見られているだけなのかって誤解だってしそうになる。
 もちろん所有物ってだけで体を許したりはしないだろう。居なくなったことで泣いたりもしないし、それをうっかり告白してしまってテンパりもしない。自分は想われているんだって自覚していい理由にはなる。
 ただ、あまりにも他の人他の人と言われると……寂しいじゃないか。
 きっと好きでいてくれてるって解っていても、何度だって聞きたいし届けたい。
 おっ……乙女のようだと笑わば笑え! それだけ好きだから、世界さえ飛び越えてでも会いたいって思ってたんだ! だから届ける! もう待つのはやめだ! 言う……言うぞ! そのための覚悟を……今、完了させる!

「おれっ……俺は華琳が好きだ! 所有物だからとか生きるためにはしょうがなくとかそういうのじゃなくて、一人の人間として、女性として、華琳を愛してる!」
「ひぃぅっ……!?」

 人々が作業し、汗水流す天下、大声での告白。
 眩暈がするほどの恥ずかしさが俺を襲うが、ちりちりと熱を持つ顔や跳ね上がる鼓動も無視したままで一気に放つ! 告白に対して小さな悲鳴をあげた華琳が可愛いとかそういうことも今は…………イイ……!《ポッ》───じゃなくて、いいっ!

「そんな華琳に他の人と子供を作れって言われればショックだって受けるし、それが最善でみんなのためであり俺のためにもなるなら受け入れるけど! そそそっ……それでも! それでも最初は華琳がいいんだよ! 魏のみんなのことが好きだ! 気の多いことだなんてことは解ってるよ! 勢いでってことも確かにあっただろうけど、みんなのことを愛しているのも本当だ! そこに他の国のみんなが混ざることになって、戸惑わないわけないだろ!? 言われるままに抱けるもんか!」
「か、一刀……?」
「望まれるままに受け入れて抱いてきたのは事実だし、そういう認識をされてるのも解るよ! でもな、俺だってその、普通に誰かを好きになったりするし、抱いて受け入れなきゃ好きにならないってわけじゃないんだよ! なのに抱け抱けって……ええいもう! そうだよ! 好きだよ! みんな好きだ! 今さらなに言ったって男としての尊厳とかが取り戻せるもんかーーーっ!!」

 なんか涙出てきた。
 結局なにが言いたいのかを見失い、ごっちゃごちゃになってしまった。
 魏のみんなが好きなのは曲げようのない事実だ。
 それは苦楽を共にし、乱世を駆け、一緒の時間を長く過ごしたから。
 じゃあもし他国のみんなともそういう経験をしたら? 好きになるのか? なんて訊ねられれば、俺は頷く他ないわけだ。今はまだ恋愛感情はない。が、これからもそんな感情が現れないとは限らない。
 部下だと思っていた凪たちを抱くことで受け入れたのと同じように……もし抱いてしまえば、同じく大切な人として受け入れるのと変わらない。つーか、部下として、で思い出したんだけど……真桜を受け入れた時は……相当特殊だったよな。なにせ絡繰の実験のついでに、だったし。

(……俺って……押しに弱い……んだろうなぁ。それも相当)

 難しく考えるな、って無理ですごめんなさい。
 だが! だが言いたいこと、伝えたいことは伝えよう!
 どんなに解り合った関係だろうと、言葉にしなければ伝わらないことはあるんだ!

「だだだだからそのつまりっ! なにが言いたいかっていうと! 〜〜〜…………い、嫌なんだよ! なんか俺ばっかり好きみたいで! 泣いたって言われても所有物を無くしたから泣いただけなのかとか妙な勘繰りも頭に浮かぶし、そうじゃないって解ってるのに不安になってもやもやして! 自分でも相当見苦しい男だなって解ってるけどっ………………仕方ないだろ……っ……好きなんだよ……!」
「………」

 華琳がぽかんとした顔でこちらを見る。その顔はやっぱり赤く。
 でも、その喉が小さくコクリと動くと、目を伏せながら口を開いた。

「あ、あなたね……わ、わわ私がただ、所有物だからという理由で、かかかっかか体を許したとでも……ひうっ……こ、こほんっ! 言う、つもり、なのかしら……!?」

 言うつもり、という部分がひっくり返ったのか、“ひうっ”なんて可愛い声が出た。
 その恥ずかしさからか口の端は引き攣り、顔はさらに赤く。

「我が儘みたいなこととか女々しいことを言ってるのは承知の上だっ! 俺が聞きたいのはそういう言葉じゃなくてっ! そ、そのっ……! 華琳っ!」
「《びくっ》ひゃいっ!?」

 ……また可愛い声が出た。
 しかし距離をジリリと離されてしまった。
 なんだか滅茶苦茶警戒されてる。あの覇王さまに。

「す、好きだ!」
「ひうっ!?《ボッ!》……だ、だからなによっ! 解っているわよそんなこと!」
「やっ……だ、だから! 好きだ!」
「だから解っていると言っているでしょう!?」
「うっ……そ、そうじゃなくて! ほらっ! 〜〜〜〜っ……すす好きなんだよ!」
「解ってるわよ!」

 解ってるけど解ってない! ああもう本当にっ……! 人が恋する乙女みたいで恥ずかしいのを我慢してるってのにこの覇王さまはぁああ……!
 言っただろ!? 自分ばっかり好きみたいで嫌なんだってば!
 もやもやするんだってば!
 だだだだからっ! そういうのを察して、一言を言ってくれるだけでどれだけ……!
 言ってくれって言って返してもらうんじゃなくて、察してくれて言ってくれるだけで!
 贅沢を言えば察するより先に自然に言ってくれれば……ああもう乙女だよちくしょう!
 つーかもうだめ! 限界! 恥ずかしすぎて堪えられない!
 こんな弱い俺を許してください!

「う、うゎあああああん!! 華琳のばかーーーっ!!」
「え? あ、ちょ───一刀ぉっ!?」

 顔が真っ赤になっているだろうことを自覚しながら、羞恥に堪えられずに逃げ出した。
 華琳の戸惑いの声も右から左へ、どこか落ち着ける場所を目指して───!




-_-/華琳

 …………行ってしまった。
 なんだというのよ、まったく。

「いくら準備の所為で周りが騒がしいとはいえ、あんなにす……すす好きだ好きだ、って」

 胸が熱い。熱くて、ぼーっとする。
 けど……結局一刀はなにがしたかったのか。
 あの男が自分を好いているのは……その、解り切っていることだ。
 それを幾度も叫ぶ理由があるのだろうか。
 叫ぶだけ叫んだと思ったら走っていってしまう事実。
 何がやりたかったのだろう。

「いや〜……華琳、ありゃアカン、アカンわぁ……」
「霞?」

 と、考えているところへ、ひょこりと現れたのは霞。
 頭の後ろをカリカリと掻きながら、盛大に溜め息を吐いている。

「霞、それはどういう意味かしら?」
「どうもこうも、さすがに今回ばっかりは一刀が可哀相やってことや。そら泣いて逃げもするわ……」
「……なに? 私が悪いとでも───」
「悪い。極悪や」
「ごっ……!?」

 ご、極悪?
 なによ、私はただ普通に受け答えしただけじゃない。
 それが何故、極悪とまで言われなければならないのよ。

「非道な王とまでは言わへんけど、たった一言、一言があればなー……」
「一言……? 霞、それはなに? 言いなさい」
「や、そればっかりは言えん。よくある“自分で気づけなければ意味がない”ってやつや。男ばっかがこれ言われるの、まあ不公平や思とったしな。まあたまには華琳が悩む姿っちゅうのもええもんや」
「………」
「あっはっはっは、そない睨んでも教えたらへんも〜ん。気づいた時、贅沢な悩みやったって悶えればええんや」
「贅沢……?」

 霞が笑っている。
 笑って、「じゃ、ウチは一刀慰めてくるわ〜」と暢気に言って行ってしまう。
 ぽつんと残された私は、一刀と一緒にする筈だった視察を……溜め息を吐きながら、一人で再開することになった。

「……なによ」

 落ち着かない。
 大体私が何をしたというのよ。
 一刀が勝手に騒いで、勝手に走り去っただけじゃない。
 ……そりゃあ、まさか泣いて逃げられるとは思わなかったけれど。

「……はぁ。いいわ、視察を続けましょう」

 誰に言うでもなく呟いて歩き出す。
 さあ、次は───

……。

 一人、歩いて視察を続ける。
 見知った者たちが私の顔を見るなり挨拶をし、私もそれに応える。
 しかしその見知った者たちの誰もが、人の顔をじっと見ると「大丈夫ですか」といった言葉をかけてくる。なにが“大丈夫か”なのかは知らないが、べつになんでもないのだけれどね。

「はぁ」

 …………?
 ふと意識してみると、何かの拍子に溜め息を吐いている自分に気づく。
 何をそんなに気にしているのか……なんて、考えるまでもないわね。

(ばか。一人でどこ行ったのよ、まったく……)

 せっかく時間を作ったのに。
 さすがに徹夜なんてことはしていないけれど、無理を通して終わらせたものだってたくさんある。この時期にそれがどれだけ大変かなんてこと、きっとあのばかは少しも理解していないのだ。
 好きだ好きだと好きなだけ言ったかと思えば勝手に居なくなって。

(………)

 少し眠い。
 徹夜はしなかったけれど、睡眠時間は大分削った。
 いっそどこかで眠ってしまおうか。
 皆が祭りのための準備で手抜きをするだなんて思えない。
 ならば一人で確認作業などせず、どこか適当な場所で───……

「はぁ〜い、かり〜ん♪」

 ぶつぶつと頭の中をごちゃごちゃにしながら歩いていると、その歩はいつの間にか中庭へと至っていた。声がしたほうへと視線を向けたことでようやく気づいた事実に、自分の注意力の不足に溜め息が出る。
 東屋でひらひらと手を振りながら酒を飲む隠居王は、付き合いなさいとばかりに徳利まで振るう。……少しむしゃくしゃしている。酒を飲むのもいいかもしれない。
 そんな考えが働いたら、立ち止まる理由も拒む理由もどこにもなかった。

「祭りは明日だっていうのに、辛気臭い顔してるわね〜……はい、華琳の分」
「好き勝手言ってくれるわね、まったく」

 卓を挟んだ彼女の正面に座り、差し出された猪口に注がれた酒を喉に通す。
 少しの熱が喉を通り、自然と溜め息を吐かせた。

「で、どうしたの? 一刀にでも嫌われた?」
「……本当、好き勝手言ってくれるわね」
「あれ〜? 前みたいに鼻で笑わないの?」
「……《ひくり》」
「あっははは、冗談よ、冗談。でもその反応ってことは、なにかありはしたわけね」
「べつに。なんでもないわよ」

 ふんと視線を逸らすと、雪蓮の前にある徳利をひったくり、猪口に注いで飲んだ。
 ……喉を通った熱さが胸の傍を通り、もやもやを加速させる。

「………」
「………」
「ねぇ」
「んー? なにー?」

 どこか上機嫌で、卓に肘を立てて徳利を摘むように揺らす雪蓮。
 コレに話していいものかどうかは悩みどころだけれど、このままではこのもやもやとした不快感はついて回るだろう。
 せっかく作った時間がそんなものに飲み込まれるのはごめんだ。
 なので……言った。
 一刀がとった行動や、私が感じたものを簡潔に。
 すると、目の前の元呉王は盛大に笑ってくれた。
 絶でも突きつけてくれようかと思ったが、どうにも私を笑ったのではなく……

「あはははは! あっは! あははははは!! か、可愛いわね一刀ってば!」

 ……一刀を笑っていたらしい。
 良い酒の肴を得たとばかりに徳利を傾け、猪口を口に運ぶ雪蓮は上機嫌だ。
 しかし私の気持ちはてんで晴れやしない。

「あはははは……まあまあ〜、睨まないでよ華琳〜♪」
「事情が解るのなら話してもらえるかしら。人に笑われて黙っている趣味はないわ」
「だって一刀が」
「雪蓮」
「あーもー、はいはい解ったわよぅ。なんだかなー、人が困ってる時は余裕の顔で眺めているだけのくせに」

 ぶー、と口を尖らせて、その尖らせた口で猪口の酒をすする。
 嚥下すると酒くさい息を無遠慮に吐き出して、赤い顔で私の目をジロリと見つめてきた。

「霞の意見に賛成。華琳、あなた極悪だわ」
「なっ……雪蓮、あなたまでっ……!」
「だってそうでしょー? なに? 好きって言って貰えて、あなたはなにも返さないの? 一刀に誰かとの子供を作れ〜って言うばっかりで、あなた自身は一刀に何か言った?」
「なにか、って……なによ」
「だから。好きかどうか。どーせ華琳のことだから、言ってもらっても“察しなさい”で済ませてるんでしょ」
「《ぐさっ》ふぐっ!?」

 ……待ちなさい。
 じゃあなに? 一刀が顔を真っ赤にさせながら好きだ好きだと言っていたのは……私に好きだと言い返してもらいたかった……から、だとでもいうの……!?

「いいわよねー華琳は。受け取るばっかりで返さないんだもの。頑張りなさいだの励みなさいだの言ってれば、自分に夢中な相手は勝手に頑張るだけだ、って……春蘭や秋蘭、桂花のことで慣れすぎちゃってたんでしょ」
「う、なっ……」
「たま〜に飴をあげれば相手は喜ぶものだって考え方を基盤にしちゃってるから、一刀がどれだけ頑張ろうとも華琳自身の気が向かなきゃ褒めもしない。華琳の性格だとやっぱり“あなたが好き〜”なんて言わないだろうし、察しなさいって言うだけでしょ?」
「あっ……あぁああっあああああなたになにがっ……!」
「んー……あのね、華琳。そりゃ、一刀は以前は種馬とか言われてたかもしれないわよ? でもそれは以前の話で、一刀は一年間自分の世界で自分を鍛えてきたんでしょ? 誰でもない、魏のために。あなたのために。確かに戻って早々に呉に来ることになったんだから、華琳はそんなに受け入れる暇がなかったかもだけど……でもきっと、“同じ”じゃないのよ? 華琳」
「……なにがよ」
「一刀のこと。華琳ってばなんだかんだで、以前の一刀としてしかあの子のこと見てないでしょ。珍しい知識は持ってるけど頼りないところばかりで、いじめ甲斐がある〜とかそんなところなんでしょ?」
「………」
「変わったところもちゃんと受け止めてあげなさいな」
「み……見てる、わよ。言われるまでもなく」
「そ? じゃあどうして、魏に生き魏に死ぬなんて考えを心に持っていた一刀に、“手を出してもいい”なんて言葉を投げることができたのかしら」
「っ!」

 カッと頭に血が上りそうになる。
 揚げ足を取るな、と言いたくなるのだが、それは正しくない気がしたから堪えた。

「所有物に愛を与えるのも持ち主の役目でしょ? なのに持ち主が、所有物が愛を欲しがってるところへ与えてあげられないどころか……まさか気持ちに気づけもしないなんて……」
「うっ……うるさい、わね……」
「ねぇ華琳。改めて訊きたいんだけど……その気になったら、いいのよね? 一刀と子供作っちゃっても」
「いいと言っているでしょう? 改めての確認なんて要らないわよ」
「じゃあ、華琳より先に一刀の子供、産んじゃっていいんだ」
「《ガヂッ!》はうぐっ!!」

 ……猪口が歯に当たった。
 じわりとくる、血が出てるわけでもないのに広がる嫌な味が不快だ。
 ふるふると震えながら顔を背けて、唇をぶるぶると痙攣させて何かをこらえている雪蓮はもっと不快だ。

「ななな、なにを、言っている、のかし、ららら……? いぃいいいわよっ……? いいわよっ、好きにすればいいでしょう!?」
「子供の名前、“華琳”にしていい?」
「《ぶちり》───……」
「う、うわー……華琳? 顔がすごいことになってるわよー……? あ、あはは、まぁ冗談だから。いいって言ったり怒ったり、忙しいわよねー覇王さまは」
「その覇王を平気でからかう隠居なんて、あなたくらいなものよっ、このばかっ!」
「うわっ、ちょっと華琳〜!? ばかはないでしょ馬鹿は〜っ!」

 冗談だ、と言う。
 けれどそれは“子供の名前を華琳にする”という部分だけであり、一刀との間に子供を作ることに対しての冗談は混ざっていない。
 ……私はそれを望んでいる筈だ。なのに面白くない。

「あからさまに不機嫌になったわねー……もう、お酒が不味くなるじゃないのよー」
「不機嫌にさせたのはあなたでしょう?」
「元を辿れば華琳の所為じゃない。一刀には察しなさいって言うばっかりで、自分は察しようとしなかったってことでしょ?」
「………」

 胸がちくりとした。
 でも、それはおかしい。
 私は私がしてきたことの分だけをきちんと得ていただけだ。
 産まれ、学び、力をつけ、立ち上がり、人を率い、旗を翳し、国を作り、天下を得た。
 その過程で得たものが天の御遣いであり、一刀だ。
 様々な日々をともに過ごし、手を伸ばして受け入れた。
 胡散臭い存在だったソレはいつの間にか大きなものとなり、天下を得た覇王を泣かせるなんてとんでもないことをしていった。

「………」

 察しなさいという言葉以外、どんな言葉が許されるだろう。
 私は王だ。
 王として立ち、王らに勝ち、覇王となった。
 自らが決めた道、覇道を進み、自分の願いを叶えたはずだ。
 それで私の願いは終わった筈じゃないか。
 これ以上なにを言える。どんな言葉が許される。
 欲望まみれの王になどなりたくない。
 私の宿願は叶ったのだから、あとは願う者が願いを叶える番だ。
 桃香が願う未来が叶えばいい。雪蓮が、蓮華が願う未来が叶えばいい。
 私はもう、こうして私が掴んだ天下が続けば文句はない。ない筈なのだ。
 それが“私の物語”なら、誰に文句を言われる筋合いもないのに───

(私の……)

 ───“一刀の物語”が、どうやらそれを許してくれないらしい。
 あの男が勝手に居なくなった時点で、あの男は私の物語から消えた。
 だから勝手に帰ってきたときは殴ってやろうかとかいろいろな思いが浮かんで……安心するとともに、近付けばまた消えるんじゃないかと、妙な恐怖を抱くようになった。
 他の人と子を成せ───そんなの、あなたって存在との繋がりを多くするために決まっているじゃない。どうしてそれが解らないのよ。言わなくても理解してほしい。そうしてくれたら、それはどれだけ───

(……そう。私の願いは叶ってしまっている。叶った途端に一刀が居なくなったのなら、誰かの願いの先で存在しているのかもしれない。“また会いましょう”なんて願いでもう一度降りたのだとしたら、そんなものはとっくに叶ってしまっているのだから……いつ消えてもおかしくないじゃない)

 だから今の一刀は別の誰かの願いの先に降りてきた……その方がいいのだ。
 また消えるなんてことは許さない。
 大体おかしいだろう。自分の意思とは関係なく勝手に飛ばされて、誰かの願いが叶えば勝手に消えるなんて。御遣いというのはみんなあんななのだろうか。

「雪蓮」
「んー? なにー?」

 私が思い悩んでいるの姿を肴に、目の前の女はクイッと猪口を呷っていた。
 ……一度本気で殴ってやろうかしら、この女。

「私が一刀に“好き”とでも言えば、一刀は満足すると思う?」
「思う? じゃなくて、満足するまで言ってあげればいいじゃない。それが一刀の願いなら、叶えられるのは華琳だけでしょ?」
「……そう。ならその言葉は、私が死ぬ直前まで言わないことにするわ」
「……え? ちょっ……華琳? どーしてそうなるのよ」

 どうして? そんなもの、考えるまでもない。
 “誰の願い”で一刀がここに降りたのかが解らないのなら、もしやすればそれは“一刀自身の願い”で降りた可能性だってあるのだ。ならばそれを叶えてやるわけにはいかない。いかないから、絶対に言ってなんてやらない。満足するまでなんて言ってやらない。やらないから───

「…………あ」
「───」

 とぼとぼと、霞とともに中庭へと入ってきた一刀を見つけた。
 一刀も私を見つけると、“あ”と声を漏らす。
 私は……彼の真似をするように胸をトンとノックすると、溜め息を吐き捨てて東屋をあとにし、そのまま一刀の前までの距離を歩いた。

「……んで? 答えは見つかったんか、大将」

 まるで真桜のように、私を大将と呼ぶ霞を軽く一瞥。
 答えは見つかった。
 見つかったが、言うつもりも叶えてやるつもりもない。
 だから私は一刀の胸倉を掴んで無理矢理引っ張り、屈ませると……その驚いた顔へと自らの顔を近づけ、唇に唇を押し付けた。

「んむぅっ───!?」
「んなっ……ちょっ……華琳!? おま、なにしとんねん!」

 霞が突然のことに驚きに怒りを混ぜたような声を出すが、知ったことではない。
 そう、言わない代わりに態度で示してやろうじゃないか。

「私は誰の物語にも力を貸して、誰の物語も終わらせない。皆が物語を歩める舞台は私の物語が作り上げたわ。だから……あなたは皆の物語の中をともに歩み続けなさい。ずっと───私の傍で」

 唇を放すと、戸惑い見開かれる目を見つめながら言う。
 状況を把握してきたのか、段々と赤くなっていく顔が可笑しい。

「あ……か、華琳。俺……俺は───」

 真っ赤になる顔。
 けれど彼は目を逸らすこともなく、真っ直ぐに私を見たままにもう一度あの言葉を言う。
 “好きだ”と。
 そんな、言われる度に鼓動が跳ねる言葉を真っ直ぐに受け取りながら、しかし私は言うのだ。“お前はどうなんだ?”と目で訴えられようとも、フッと笑って。

「察しなさい」

 途端にがっくりする一刀の胸倉を放し、笑った。
 霞は「解ってて言っとるやろ……」と目を伏せて溜め息を吐いている。
 もちろん、解った上での答えだ。
 言われる前に気づけなかったのは落ち度だろうが、それでも。
 相手が望む言葉を言ってやらないのなんて、もうずっと前から春蘭や桂花相手にはしてきたことだ。今さらどうということもない。
 大体、好きだの愛だので表せる程度の感情ならば、私は泣かずに済んだ筈だ。ならば言葉にしても陳腐なものにしかならないこれは、言葉になどするべきではない。それでいいじゃない。
 胸がスッとした。
 一刀はおろおろとするだけだけれど、もういっそ悩ませ続けてあげ───

「かーりーん? あんまり意地悪すると、一刀に嫌いだ〜って言われるわよ〜?」
「!?」

 ───スッとした胸に、鋭い刃が突き刺さった気分だった。
 東屋から言葉を投げる雪蓮は───勢いよく振り向いた私がよほど滑稽に見えたのだろう。くつくつと笑いながら、徳利を揺らしていた。
 ……本当に、一刀といい雪蓮といい、人の調子というものを崩すのが好きらしい。一刀の場合は自覚がないから性質が悪いし、雪蓮は解っていてやるのだから別の意味で性質が悪い。
 まったく、本当に───

「い、いや! よっぽどのことがない限り、俺が華琳を嫌いになることなんてない!」
「ひうっ!?《ボッ!》」

 ───本当に性質が悪い。
 雪蓮のからかいの言葉に真剣な表情で返す一刀の表情を、思わずまじまじと見てしまう。霞はそんな一刀のきっぱりとした態度に嬉しそうに笑い、「よー言った!」と笑いながら一刀の背中をばしばしと叩いている。
 痛がる一刀の顔も赤ければ、それを見る私の顔はじんじんと痛かった。
 ……恐らく真っ赤なのだろう。
 そんな私を見て笑い転げている隠居王……ええもう、本当にどうしてくれようかしら。

「………」
「華琳?」

 ちらりともう一度一刀を見る。
 目が合って、逸らしそうになるが……王はこんなことでは挫けない。
 なにを考えているんだと自分で自分を鼻で笑いたくなるけれど、乱世の頃、人と目を合わせて自ら逸らしたことなどない私だ。それを私から逸らす? 在り得ないことだわ。……無自覚でもなければ。
 悔しいことだが、一刀と目を合わせた際には逸らしてしまったことがある。
 身分が低い時でも妙に偉ぶった相手とでも逸らしたことなどなかったというのに、私はこの男相手に目を逸らしたことがある。それはとても悔しいことだ。大体、私が力を得てからは相手のほうこそが目を逸らすことが多くなったっていうのに、どうしてこの男は人の視線を受けても苦笑で済ませられるのよ。おかしいでしょ?
 なので、自分の中にある全てを以って思い切り睨みつけてみた。
 するとびくぅと肩が跳ねる。
 そう、そうよ、それが普通の反応……なのに、どうして目を逸らさないのかしらね、このばかは。
 どうでもいい時や何かを誤魔化したい時、やましいことをした時はすぐに逸らすくせに。

「かかか華琳サン? どっ……ど〜して……睨むの、かな……?」

 震える声が返される。
 口も引き攣っていて、瞳も揺れているのだが……逸らさない。
 逸らさないことで自分が負けているような気がして、意地でも逸らさせたくなる。

「華琳? どないしたん、一刀のこと睨んで」
「なんでもないわ」
「や、なんでもないて。言う時くらいこっち向きや」
「悪いわね、逸らしたら負けなのよ」
「…………にらめっこ、っちゅーやつ? 時々、華琳が解らんくなるわ……けど解った! 解らんけど解った! よっしゃ一刀、笑かしたれ!」
「ええっ!? これってそういう話だったっけ!?」

 言いながらも視線を外さない一刀が、じっと私の目を覗いてくる。
 その口が「ににに睨めっこ……? あれ……? 俺、嫌いにならないとかそういうこと言ってたはずだよな……?」と情けない語調で言葉を紡ぐ。と、語調は情けなかったというのに……溜め息のあとにトンと胸をノックすると、急に真面目な顔になった。
 その変化を真正面から見てしまった瞬間、顔に熱が籠もるのを実感させられてしまった。
 心に隙が出来てしまったのだ。慌てて心にもう一度覇気をと身構えた……ら、もう遅かった。真剣な顔だった筈の一刀の顔が、一刀自らの手で歪められた。

「ぷふっ!?」
「はい華琳の負けー」
「はうっ!?《がーーん!》」

 小さく吹き出し、思わず逸らしてしまった視線の先で霞が呆れた顔で言った。

「ちょっと一刀っ! なにを急にそんなっ!」

 負けを宣言されたことでカッとなって向き直る。
 手でぐにょりと歪めらた顔がまだそこにはあり、また吹き出しそうになるのをなんとかこらえる。

「え……え? 睨めっこなんだろ? なら笑わさないと」
「………」

 時々この男が解らなくなる。
 いや、解ってはいるのだけれど、その範疇から飛び出ることがある、といえばいいのか。
 天で一年、己を磨いて……戻ってくるなり他国で学び、随分と成長したのだなと思えば子供っぽい部分がてんで抜けていなかったり。それを全て合わせたのが一刀なのだと言えばそれまでだとしても……少しは大人になってくれないものかしら、この男は。
 などと思っていると、急に後ろから抱きつかれる。体重を乗せるように、私をすっぽりと包むように。

「あははははっ、どうどう華琳っ、誰かの前で負けた感想っ♪ 聞かせて聞かせて〜?」
「雪蓮っ!? ちょっ……放しなさいっ!」

 後頭部を襲う柔らかな感触。
 無遠慮に押し付けられるそれの圧力と柔らかさに、めらりと黒い炎が燃え上がる。
 ……決めたわ。八つ当たりがどうとか言われてもいい、とりあえずこの脂肪で鬱憤を晴らしましょう。

「《ぎゅぎぎぃ〜!》いたぁあたたたたたっ!? ちょっ!? いたいいたい! なにするのよぅー!」

 抓ってやれば、飛びのいて胸を庇いながらの恨みがましい視線を投げてくる。
 そんな反応が自分に余裕を取り戻させてくれて、私はフッと笑みながら彼女のもとへと歩いた。

「え、えーと……華琳? 顔は笑ってるのに、目が笑ってないわよ〜……?」
「八つ当たりはみっともないことね。ええ、自覚しているわ。けれど、たまにはそういうのも平和的でいいんじゃないかしらと私は思うの。だから……心ゆくまで戦いましょう? 思えば私はあなたと戦っていなかったのだから」
「《ぴくり》……その戦いが、血生臭くないのは少し残念だけど。いいわねーそれ。あ、大丈夫よ平気平気っ。八つ当たりとか気にしないでいいから。だって───私も賛成だもの、その戦い」
「………」
「………」

 笑顔で対立。
 景色が歪んで見えるのは気の所為ね。

「……なぁ霞。あれって止めたほうが───」
「おーうええぞー! やったれ華琳ー!」
「霞さん!? 応援してる場合じゃないと思うんですが!? あ、あぁああっ……思春!? 思春! たすけてぇええっ!!」
「庶人の私にこの状況をどう治めろというんだ貴様は。行くなら貴様が行け、三国の支柱」
「こんな時だけ頼られても嬉しくないよ!?」

 一歩一歩距離を詰める。
 その過程、勝負方法は既に私と雪蓮の中で出来上がっていた。
 というよりむしろ、私が雪蓮の胸を抓った時点で。
 とはいえ……

「一刀。あなたは視察を続けなさい」
「へ? や、だって」
「いっ……いいから行きなさいって言っているのよっ!《ギンッ》」
「《ビクゥ!》ヒィッ!? わ、解ったからそんな、殺気込めて睨むなよっ!」

 雪蓮へ向けているものを一刀に向けて睨んでみれば、渋々ながらに納得し、歩いてゆく。
 それに霞がついていき、思春は残ったようだった。

「……じゃ、始めましょうか? 覇王さま」
「ええ。楽しい宴にしましょう? あぁ思春? これから起こることはただの。た・だ・の、王と元王のじゃれあいだから。難しく考えることはないわよ?」
「そうねー、こんなことで妙な勘繰りされて同盟が崩れても困るし。いーい、思春。これはただの、た・だ・の、じゃれあいだから。そうね、女同士が相手の胸を掴んできゃっきゃうふふしているだけ。解った?」
「……つまり、見て見ぬ振りをしろと?」
「あっはは、違うわよー? ありのままを見て、それは胸を触っていただけだ〜って認識すればいいの。簡単よ?」
「《ぎゅみっ!》いたっ! 〜〜〜……ええ、そうね……! そう認識するだけでいいわ……!」
「《ぎゅりぃ!》いたぁっ!? ちょ、ちょっとは加減しないさいよね華琳……! ただでさえ華琳は抓る部分が少ないんだから……!」
「《……ぶちり》……ええそうね。無駄に脂肪ばかりのあなたの胸は、とても……ええ、とてもとても抓りやすいわ……!!」
「《ぎりぎりぎりぎり……!》いたぁーーーったたたたた!! こ、このーーっ!!」

 ある晴れた日。
 中庭で、王と元王が胸を抓り合う。
 ……その光景を決して客観視したくはないと思ったのは、あの思春が心底呆れた……いいえ、“ありえないものを見ていると”いった顔をしていたことを考えれば当然の意識だった。
 あとにして思うのだろう。もっと他にやり方というものがあっただろう、と。
 けれど王として元王としていいことなど、血生臭いもの以外ではないといけない。
 そうなれば、傍から見ても安心できるようなものではなくてはいけないのだ。
 ……その結果がこれ、というのは…………考えないようにしましょう。

「大体あなたはっ───!」
「なによー! 元はと言えば華琳が素直じゃないから───!」

 まあ、なんだろう。
 一言で片付けるのなら、無様の一言なのでしょうね。
 それでも、どこぞのばかが言ったのだ。四六時中、王である必要はないのだと。
 本当にそうなのだとするなら……時折には、こんなこともいいでしょう? いい鬱憤晴らしにもなることだし。




 76、77話をお送りします。凍傷です。  時々考えるのですが、華琳は王じゃなかったらどんな生き方をしていたのでしょう。  どこかで知識の幅を活かして軍師をしていた? ……野心あっての曹孟徳だし、すぐに王になっていたって考えばかりが浮かびますね。  じゃあ例えば何処にも志願せず村人として生きたとしたら…………あ、あれー……? いろいろやって周りが認めて、結局王になっているイメージが……。  そう思うと、恋姫の頃の華琳は貴重だったんだなぁ……。  王なんて面倒くさいこと、もうしたくないとか言って一刀に任せてましたな……。  さて、仕事の負担が上がり、疲れが溜まる日々が続きます。  “お話”でも語りましたが、相方が骨折し、全治3ヶ月という恐ろしい事態に。  やることが二倍とまではいきませんが、ドタバタしております。  毎年6月と12月には大掛かりな掃除をするのですが、この骨折もあり、ほぼを僕がすることに。いえまあ、チェックされるまでに間に合わせればいいだけの話なんですけどね。頑張ります。  ギャフターもそろそろ80になるわけですが、果たして本当に100話以内に纏められるのかどうか。  時折記憶が曖昧になって、書いたばかりの文字を「これ、以前も書かなかったっけ?」と疑うときがあります。UPした分を読み返してみても見つかりはしないのですが、逆に初めて書いたと思う部分が書いてあったりする……そんな記憶の曖昧加減が最近頻繁に起こります。  ところでこれと同じこと、以前にも書きましたっけ? ……曖昧です。  なんでしょうね……妙な病気じゃないといいんですが。  ではまた次回で。 Next Top Back