126/視察という名の腕相撲

 準備というのは確認を終えて初めて終了する。
 そのための視察をしに歩き、騒ぎの渦中に立ち、結局は一緒になって騒ぎ、怒られる。
 そんな日々は案外悪いものではなく、支柱になったところで自分の立ち位置はそこまで変わることはなかった。
 というのもありのままの自然体な俺でこそ支柱だ、という意見がちらほら聞けるからであり、ヘンにどこかに力を籠めた俺ではそういうのに向いてないと囁く者まで居る始末。(主に見た目がちっこい人達)

「だめだ。医者として、治りかけの者に無茶をさせるわけにはいかない」
「だよな……普通そうだよなぁ……」

 昼も後半。
 肉まんなどではなく、しっかりと食事をしようと立ち寄った店で偶然出会った華佗に、これから華雄と仕合するから、一時的でもいいから痛みを無くしてくれと頼んでみれば、素晴らしい速さで却下された。
 戦いが見られるかもとわくわくしていた蒲公英はそれはもうがっくり。
 合流していた華雄までもががっくりとして、そこをなんとかするのが医者ではないのかとツッコミを入れていたが、華佗は医者として当然のことを言ったまでである。ならばもちろん俺は華佗側で、仕合に飢えた将のみなさまを落ち着かせるために尽力した。

「はぁあ……祭り前でみんな、結構気が立ってるのかな」
「それもあるだろうが、恐らくはもっと天の御遣い……北郷の戦う姿を見たいんだろう」
「一刀でいいって言ってるのに……でも、そうなのか? 俺の戦う姿なんて、他の将に比べれば危なっかしくて怖いだけだろ」
「それも理由のひとつなんじゃないか?」
「うわー、嬉しくない」

 将や支柱だからって、さすがにそこまで大きな卓が取れるわけもなく。
 数人に分かれて卓に座った俺達の視線の先では、蒲公英と華雄が早食い対決をしている。
 霞も蒲公英の元気っぷりに誘われるように渦中に混ざり、がつがつとメシを食らう二人を応援している。まあその、のんびりと食べながら。

「さっき結構肉まん食べたのに、どこにあれだけ入るんだろうなぁ」
「ああ。女性は食べたいと思うものを前にすると、物理的に胃袋が大きくするという本能があってだな」
「それ、甘いもの限定じゃなかったか?」

 男二人、同じ卓に座りつつ、騒がしい別の卓を見る。
 ひとまず吐くべきは安堵の息かなぁ。ここでの食事は各自が持つことになっているから、俺も気兼ねなく……金の許す限りは食べられる。
 といっても安くて美味いものを願わずにはいられない懐なので、ささやかなものを。
 水道水くださいと言うわけにもいかないし、そもそも無いから軽食で済ませる。

「あれから調子はどうだ?」
「ん? 腕のことか? それとも氣のことか?」
「どちらもだな。安静にしていればこのお祭り騒ぎが終わる頃には骨もくっつくだろう。だがそれと痛みとはまた別だ」
「それもそっか。うん。痛みはするけど問題はないかな。無茶さえしなければその痛みもないし。氣のほうは……意識し始めてからは体に馴染ませるように使ってるってくらいだ。普通の日常を過ごす程度には操れるようにはなってる」
「そうか。飲み込みが早いんだな」
「こうなるまでは、氣で体を動かして城壁の上を走り回ってたから。それのお陰だな」

 そうじゃなかったら今頃、恋の一撃を受けて胴体がズッパァーンて……おお恐ろしい。

「というわけで、氣の密度が上がったりとかしてるか見てくれるか?」
「よし解った。───ムッ《ギピィーーーン!》」

 華佗の瞳が緑色に光る。
 その目で見られると、自分の内側まで見透かされるような気がして、正直落ち着かない。
 しかしゆっくりとした一度の瞬きのあとにはその色も元に戻り、華佗はキリッとした表情を元に戻す。

「ああ、順調のようだ。この調子で焦らず伸ばせば、様々な用途に生かせる氣に成長するだろう」
「様々って……医療とか?」
「そうだ。前に北郷自身がやったな。自分の氣を相手の氣に似せて流し込むというものを。あれを利用すれば、弱っている者に活力を与えることも、自らの力で氣を練成できなくなったものを支えることも出来る。しかしそれは、“氣の在り方”がその者自身のカタチに染まりきってしまうと、容易く出来なくなってしまう」
「あ、うん。それは前に聞いたな」
「そうだ。しかし北郷。お前の氣はお前自身の氣はもちろん、御遣いとしての氣が混ざっているお陰で、カタチというものが存在しない。氣が二つ存在していた以前ならばどちらかに固定されることもあっただろうが、今のお前の氣ならそれがない。つまりお前さえその気になれば、たくさんの人の命を救える」
「………」

 俺の氣と御遣いの氣が合わさった状態の氣が固定される、ってことはないのだろうか。
 それを訊いてみれば、「ない」ときっぱり言われた。

「不思議なことに、お前の御遣いとしての氣は常に色を変えている。集中しだせばその時の色で固定されるようだが、それ以外で言えばほぼ毎日だ。まるで気分によってコロコロ変わる、気まぐれなものを見ているようだ」
「な、なんだそれ……」

 あれか? 外史を願った者の意思とかが関係しているとか?
 こうであってほしいって考えでいくらでも外史が生まれるなら、この世界一つにだってほんの少しずつ違う意思が恐ろしいほどに存在しているのだろうから。
 お陰で俺の中の氣の色がころころと? ……やっぱり、“まさか”だよな。

「ころころと色が変わるくせに、俺の氣と混ざり合うのはどうしてなんだろな」
「御遣いだからじゃないか?」
「そんな単純な話なのか……?」

 腕を組み、笑いながら言う華佗に対し、苦笑で返した。
 ちょくちょくと食事を摘みながらの話はそうして続いた。
 早食い大食いなんて出来るほど金がないことはさっきも言った通りだし、少し静けさに身を置きたかったってこともあったのだが、

「はむむぐあぐんぐっ!」
「がふがふんぐんぐむぐっ……店主! 水だ! 水をよこせ!」

 勢い良く食べ急ぐ蒲公英と華雄が近くの卓に居るというだけで、その願いは最初から叶えられそうになかった。それにもっと早く気づくべきだった。


───……。


 賑やかな食事を終えると、各々自分の行動をとってゆく。
 かく言う俺もそろそろ真剣に視察をしないとと動くのだが、どうしてか霞と華雄がついてくる。蒲公英も来ようとしたのだが、同じく食事に訪れた翠に捕まって拉致……もとい、連行された。

「一緒に来てもなんにもないぞ?」
「退屈なんやもん、ええやん」
「鍛錬をする筈が武器を折ってしまったからな。することがない」

 自業自得だ。
 しかし退屈なのは本当のようだから、一人で歩くよりはと当然のように迎えた。
 ……いや、別に一人でトラブルに巻き込まれたら怖いなとか、そんなことないぞ? だってそんなこと考えるの、ほんとに本当にほんっっとぉおお〜〜〜に、今さらだしさ……。トラブルは巻き込まれるためにあるのさ……この北郷一刀の人生の中では、きっとそれがもう臨終の時まで予約でいっぱいなんだよ。

「やー、しっかし蒲公英もやるもんやな〜、ちっこい体しといて。まさかあんだけ食うとは思っとらんかったわ」
「あれ? もう真名許されたのか?」
「話しやすいからそれでかまへんて。随分軽かったわ」
「………」

 真名の定義がやっぱり解らない。
 俺の場合は、一時は殺されそうにまでなったっていうのに。そんな簡単に……。
 ……ん? 真名の定義?
 そういえば真名ってどういう感じでつけられるんだろ。
 親が名前をつけるようにポンと出る……わけじゃないよな?
 この子は逞しく育つだろうって願いをかけてつけるとか? ……それじゃ名前つけるのと大して変わらないよな。
 考えながらちらりと右横の霞を見た。
 霞。張遼につけられた真名だな。
 どういう経緯でつけられたのかを考えてみるも、さっぱりだった。

「で? 一刀はこれから視察の続きなん?」
「ああ。引き受けたからにはきちんとやらないと、人としても支柱としてもいろいろとね」
「最初は随分とサボっていたと聞くが?」
「あの頃の俺はどうかしてたんだ……生かしてもらってるのにサボるなんて、命知らずもいいとこだ」
「んー? そんなん、そんだけ華琳に気に入られとったっちゅーことやん」
「華琳が“気に入った”って理由でサボリ魔を手元に残すわけないだろ。華琳が人を手元に残す理由なんて、気に入ったっていうのはそりゃあもちろんだけど、イジメ甲斐があるとかからかい甲斐があるとか、将来有望だとか仕事をするだとか、珍しい話を聞きだせるとか他では絶対に手に入らない珍しいものだとか、手にしているだけで多少の利益を得れるものってくらいだろ。俺の場合は成長云々はさておき、もの珍しさと御遣いって名前があったからってだけだ。絶対に」
「そうまで自分を下に見るとは……お前には武人の誇りがないのか?」
「誇りより、無様でも生きることを願うよ。基本ビビリなんだ、俺。譲れないもの以外をやることで生きられるなら、絶対に生きる。譲れないもの以外の誇りなら、生きていれば何度でも組み立てられるよ」

 こういう考えを嫌う人はこの世界にはたくさん居るだろうが、まずは生きることを選ぶのは普通の人にとっては当然のことだ。町人に誇りのために死ねと言われても死ねないのと一緒。産まれがただの一般人なんだから仕方ない。
 霞も華雄もそこらへんの個人差は解っているからか、笑みを浮かべながら受け入れる。ただ、誇りに生き誇りに死ぬことを良しとする将や王の気持ちが解らないってわけでもないんだよな、困ったことに。
 それを知ることが出来る世界を生きてきたのだから、それもまた当然だった。
 ……もちろん、“それは否だ、その時ではない”と思ったからこそ、あの日は不慣れな馬に跨ってでも華琳と愛紗の戦いを中断させたわけだが。

「二人はどうする? ついてきても、本当に視察だけになるぞ? ……情けないことに、お金もすっからかんだし」
「んー? なににそんな使ったん?」
「……主に恋の食事代……かな……」
「北郷? 顔が笑顔なのに影が差しているぞ?」

 華雄にツッコまれたとおり、笑顔だったが懐は寂しかった。
 だが挫けない。お祭りなんだから、使った金も浮かばれるさ。
 それがたとえ食事関係の店に貢献してばっかなのだとしても、気にしちゃいけない。

「うーん……なにかしらの趣味でも探してみるのもいいかもなぁ」
「種馬っ」
「霞さん、それ、趣味とは言いません」
「鍛錬か!」
「違うよ!? 鍛錬が趣味って、どういう趣味!?」
「でも一刀、趣味ってくらい鍛錬しとるやん。呉でも蜀でも結構なもんやったんやろ?」
「……むうっ……」

 趣味? 趣味だったのかあれは。
 そりゃあやりすぎってくらいやってたかもだが、そうでもしなきゃこの世界で恩を返すなんてことの一歩も踏み出せないって思ってたからだし、いやそもそも趣味が鍛錬なんて嫌だぞ俺は。

「鍛錬以外でいこう」
「あ、せやったら旅とかどう? 退屈せんと思うけどなぁ〜♪」
「そうなったら一緒に行くか?」
「行く行くっ、そんでいろんなもの一刀と見て回る〜♪」
「武力試しの旅か……それはいいな」
「……華雄。キミの頭には本当に武以外はないんだね……」

 言ってみれば、“なにを当然のことを言っている?”と目で返されてしまった。
 それでいいのか…………って、いいからこういう性格なんだろうな。うん。
 何かに完全に没頭できる人って、それがたとえどんなことだろうと眩しく見えると聞いたことがあるが、実際目の前にしてどういう感想を得たかといえば…………ごめん、どう反応していいか解らない。

「しかし結局、貴様とは戦えなかったな」
「片腕相手に勝ったって嬉しくないだろ」
「ならば片腕だけで戦えることを探せばいいんじゃないか?」
「おっ、せやったら腕相撲とかどうや? 馬超とか文醜がたまにやっとるやろ」
「え゙っ、いや霞っ! それは───!」
「おおっ、その手があったかっ」
「アー……」

 止めようとするも、手遅れだった。
 戦いの話が流れてくれればと思っていたのに、まさか腕相撲とは……。
 いや、そりゃ俺も考えはしたぞ? それで済むならって。
 でもさ、結局戦いは戦いでも武具使用で仕合か死合っぽいものでなければ、華雄は納得しないんじゃないかって思ったんだ。
 むしろ単純な腕力だったら絶対に負けるし。

「よっしゃ決まりやっ! 行こ行こ〜♪」
「えあっ!? おっ、やめっ……俺はまだやるとはっ!」
「え〜? 一刀、やらんの〜……?」
「あの……視察するって言ってたこと、覚えてる?」
「ええやん、久しぶりにサボれば」
「その“久しぶり”をよりにもよって今日使えと!? 今日はまずいだろいくらなんでも! そりゃ俺自身は今日はなんにも予定入れてなかったし遠慮させてもらってたけど、華琳とはそういう話でっ! って聞けぇえーーーっ!!」

 叫びも虚しく、霞と華雄に掴まれて逃げられないままに連れ攫われた。
 抵抗は……ああ、無意味だったよ。


───……。


 さて。

「れでーすえーんどぜんとーまー! 今日は蒲公英が司会進行する血沸き肉踊る戦の場へようこそー!」

 何故居る。というツッコミもあっさり流され、訪れた場所は中庭の東屋だった。
 どうやら華琳も雪蓮も既に居ないらしく、導かれるままに東屋の卓に座る俺と華雄。
 そこにはさっき別れた筈の蒲公英が居て、エイオーと手を天へと突き出していた。

「蒲公英、無理にレディースアンドとか言わなくていいから」
「えー? でもこうしたほうが司会らしいって“学校”の授業で聞いたよ?」
「それ間違ってるからな? そういう言い方があるって朱里と雛里に教えただけだから」
「じゃあどんな言い方があるの?」
「え? あ……そうだな」

 急に質問をされると頭の整理が追いつかないもんだ。
 けれども無理矢理に回転させると、出た答えをそのままに、勢いづけて言う。

「みィイなさまァ! 大変長らくお待たせしましたァ! 本日この場では間もなく、突発的対決企画! 華雄対北郷を開始いたします! 司会進行役はご存知、蜀の南蛮平定美少女戦士こと蒲公英さんでお送りいたしまーーーす!」
「いえーーーーっ!! って、そっか、そうやればいいんだ」
「では早速対戦者の紹介です! 爆斧片手に常に戦を思う猛者! その力はひと薙ぎで岩さえ両断、破壊するほど! 董の旗にこの人あり! 華雄将軍だァーーーーッ!!」
「お? お、おおっ? わ、私か? うむ、全力を出そう」
「対するは魏に拾われた凡人! 遅すぎる努力に目を回す日々! 北郷一刀だぁーーーっ! ……あ、どうも」
「……ねぇお兄様? 自分で言ってて寂しくない?」
「それは言わないでほしいかなぁ……解ってるだけに」

 ともあれ、手本は見せたのでドッカと卓の前の椅子に座り直す。
 差し出す手はもちろん右手。華雄も当然そうして、俺の手と彼女の手がガッシと組み合わされる。

「合図は?」
「蒲公英に任せていいか? それとも霞に───」
「待った無し一本勝負! はっじめぇーーーーっ♪」
『!?』

 心の準備もしないままに蒲公英が開始宣言!
 瞬間、俺と華雄の腕に力が篭り、ズバァンと音が聞こえてきそうなくらいに一気に筋肉が隆起した。
 華雄は力。俺は力と氣。
 それぞれを右腕に込め、勝つのは我ぞとばかりに息を震わせる。
 ていうかやっぱ強ッッ!! こっちは氣をフルに使ってまで倒そうとしてるのに、あっちは純粋な力だけだよ! そしてむしろ負けてる!? なんかじりじり押されてきてる!

「くっ、ぐっ……! お、おぉおおお……!!」
「ほお……なかなか頑張るな。今まで出会ってきた男の中では間違い無く一番だろう」
「いや……っ……くはっ! それ、たぶん華佗には負けると……思うなぁ……っ……!」

 筋肉がミシミシと悲鳴をあげる。
 だが諦めない挫けない。
 右腕に溜まっている氣とは別に、錬氣したものを別の箇所へと流し、右腕を支える。
 左腕で踏ん張ることが出来ない分、他でカバーだ。
 そうしてずしりと重心を変えて構えると、動作の分だけ少し腕の位置が戻った。

「むっ……」
「まだ、まだぁああ……!!」

 筋肉組織に氣を織り込むように流し、その組織ひとつひとつをより強靭に、かつ柔軟にしてゆく。筋のひとつひとつが空気でも孕んだかのように膨れると、大して太くはない自分の腕が先ほどよりも隆起し、腕ばかりか胸筋や背筋や腹筋までもが金色に輝く。

「おおおっ!? なんか光っとんで一刀っ!」

 筋肉組織に折り込みきれなかったのだろう。
 腕から漏れた氣が輝きを見せ、まるで右半身が輝いているように見える。
 だが、光ったからといって勝てるかといったら当然否だろう。

「感心する力だ……よもやここまでのものを隠していたとは。フッ……いいだろう、では私も全力を見せよう!」
「!」

 来る! 言ったからには全力が!
 ならばとここで小細工を使用!
 華雄の力が俺の腕を圧迫する瞬間に合わせ、座ったままの状態で足に籠めた氣を螺旋の要領で一気に腕へと運ぶ。体勢的に無茶ではあるが、なんとか届かせたそれを惜しげもなく腕に装填して、“加速”させた腕の力が華雄の全力とぶつかった。

「《みしぃっ!》いぎっ!? かっ……〜〜〜〜っ……!!」
「なっ……なん……だと……!?」

 当然突然の負担に軋む右腕。
 だが一気に腕が叩きつけられるなんてことを防ぐには至り、瞬発力もプラスされる全力の峠はなんとか切り抜けた。
 ただし代償は高く、軋む腕が強烈に痛かったりした。
 ヘタをすれば抵抗ごと腕をへし折られていたかもしれない。
 そう考えると身が凍る思いだ。

(むしろ現在進行形でミシミシ鳴ってらっしゃるのですが、素直に負けを認めたほうがいいのでしょうか……!?)

 荒く吐く息はやはり震えたまま。
 そうしたいわけでもないのに、「カハハッ……カハッ……」と奇妙な笑い声みたいに吐き出され、余裕なんてものは最初からほぼ無かった。
 それでも負けたくないと思うのは、男の意地からくるものか、ただ頑固なだけなのか。

(ななななにか考えろ……勝てる方法を……! 加速もダメ、力じゃもっとダメ。ならどうする? どうするもなにも思いつかない。こ、根性? 今出してますよ!? 勇気? 挑んだだけで勇気ですよね!? ……あ、愛! この状況でどう愛を出せと!? ぁああダメだぁああっ! 焦るほど混乱していく!)

 くすぐる? いや、卑怯なのは無しだ! 力で真っ直ぐぶつかってきてる人には全力を以って応えなきゃ男じゃない! ……あくまで腕相撲ではって意味でね?
 けど、だったらどうする? だったら、だったらだったらだったらだったら……!!

1:限界ブッチギリバトル

2:俺に勝利をもたらせ。代わりにこの腕をくれてやる。

3:加速をかけまくる

4:エナジードレイン(氣を送ることが出来るなら、吸えるんじゃ……?)

5:俺……この戦いが終わったらもう一度華琳に……(敗北フラグ)

 結論:…………なんかどれも変わらない気がしないか?

 というわけで限界ブッチギリで、腕に負担をかけようが加速を何度もかけて、氣を吸収できるならしてみて……あ、いや、それはやめよう。とにかく出せる力を出しきって、勝てたら華琳にもう一度ってことで!

「くぅううおおおおおおおおっ!!!」

 氣を送る! 加速で送る!
 右腕がなんかパンパンになってるけど送る!
 ……でも動かない! この人何者!? 華雄さんですね! 解ってます!

「ふむ……いい気迫だった。終わりにしよう」
「んぐっ!?《ギ……ギギギ……!》あ、お、うあっ……!!」

 力で捻じ伏せられてゆく。
 加速も効果は出しきれず、というか既に腕が限界で送っても効果がない。
 大体この体勢では速度を上げる効果なんてあまり期待できないわけで。

(あ……ま、負け……る……!)

 手の甲が卓へと降りてゆく。
 腕はもう氣でパンパン。
 しかしながら最後まで諦めるつもりもなく、氣を体全体に逃がしながらさらに力を籠め、悪あがきをやめずに抗った。
 ……もちろん、それも長くは続かなかったけど。

「あちゃー、やっぱり華雄の勝ちかー」
「いぢぢぢぢ……! 腕がっ……腕がっ……!」

 コトン、と静かに卓へとつけられた手が放され、自由になると、途端に襲い掛かる痛み。
 霞が苦笑するように、やっぱり武将相手に力任せは無理だ。
 なのに妙にスッと受け止められるのは、小細工込みでの完全敗北だからだろう。
 ───でも、だな。うん。

「よしっ、華雄っ! もっと強くなれたらまた勝負だ!」

 だからってもう戦いたくないと思うかといえば、そうでもない。
 なにしろ首が飛ぶことも胴体が千切れる心配もない勝負なのだ。これほど安全で、全力が出せる勝負もそうないだろう。……腕は折れるかもだが。

「フッ、いいだろう。敗北してなお牙を剥くその姿勢、実に見事。私は勝負を拒まない。いつでも相手になろう」

 華雄はといえば、顎に手を当てて余裕そうにニヤリと笑い、俺の言葉を受け入れる。
 負けた悔しさはもちろんあるんだが、恨みとかではなく今度は勝ちたいってものだ。
 だからか、俺も華雄みたいなこと言ってみたいなぁとか思ってしまった。
 フッと笑っても、俺にはてんで似合わなそうだけどさ、そういうのはほら、そうしてみたいなぁって欲求だから。

「よし、これからも鍛錬頑張ろう。でさ、蒲公英。キミ、仕事は?」
「え? ああっ、お姉様が食べ物に目がいってる隙に逃げてきた!《どーーーん!》」
「いやいやいや胸張ってないでっ! 逃げちゃだめだろっ!」

 質問に対して元気に答えすぎだろおい! そんな状況じゃなければ“あはは元気だなぁ”で済ませられるだろうに、今この瞬間とっても気まずい!
 ……ん? あれ? ちょっと待て?
 この状況ってあのー……もしかして俺が蒲公英のことを連れ回してるってことに……?

「なぁ蒲公英さん」
「んあ? ……なにかな、お兄様さん」
「お兄様さん!? あ、ああいや、今はそれよりも……! 俺、今すぐここから退散するから蒲公英は翠のところへ戻ってくれっ!」
「えー? どうせサボっちゃったんだし、一緒に城下のお祭りで騒ごうよ。今戻っても怒られることは変わらないんだしさー」
「予想通りの言葉をありがとう……でもな、それって絶対に俺が悪者呼ばわりされるから、出来ればというかむしろ絶対に回避したいんだけど」
「ああ、いつものことやな」
「なるほど、そうなのか」

 既にいつも通りで認識されていることに、軽く遠くを眺めたくなった。
 なのでツイ……と視線を動かすと、何故かそこに居る恋。

「……あれ? 恋? なんでここに───ねねまで」
「………」

 恋は何も言わない。
 言わないままに、ちらちらと俺と椅子と卓と華雄を何度も何度も見比べると、こくりと頷いて……何故か俺の膝の上に座る。
 いきなりの事態に声があがるより早く、恋は卓の上に肘をついた。

「お……お?」
「………」

 戸惑いの声ふたつ。
 俺と華雄のものだが、恋は華雄を見たまま動かない。
 卓の上に肘をつき、その先はVの字に曲げて構えたまま。ようするに腕相撲の姿勢だ。

「れ、恋? 私と、その……やりたい、のか?」
「…………《こくり》」
「いや、だがな、その……」
「勝負……拒まないって言った」
「《とすっ》はうっ!」

 恋の言葉に、何か小さなものが刺さったような反応を見せる。
 さっきまでは勝利の余韻を堪能していたのに、急に現れたチャレンジャーを前に戸惑いを隠せない……のも当然だよなぁ。だって恋だもん。

「さあどうしたのです? 恋殿は既に構えているのですぞ?」
「む、ぐっ……!」

 かつて同じ戦場を駆けた者だからこそ知るその強さを前に、さすがの華雄も難しい顔をしていた……のだが、すぐにキリッと表情を変えると《ガッシィ!》と手を組んでみせた!

「おぉおっとぉ! 華雄選手どうやら受けて立つ模様っ! 果たして二勝になるのか敗北を知るだけに終わるのか! 御託はいらない、結末だけを見守ろう! それでは腕相撲二回戦、華雄対呂布! はっじめぇーーーっ!!」
『っ!!』

 うずりと肩を震わせた蒲公英による司会と開始の合図が出された瞬間、卓の上にある二人の手を中心に一気に空気が重く感じ《どがぁんっ!!》

「早っ!?」
「うえぇえっ!? もう終わっちゃったの!?」

 ……一瞬だった。
 重い空気が発生したと感じた頃には、恋の手が華雄の手の甲を卓に叩き付けていた。
 というか……負けた華雄でさえ、ぽかんとしている。

「…………《ちょいちょい》」
「ほえ? たんぽぽに用?」

 右腕が痺れているのか、左手でチョイチョイと蒲公英を招く華雄さん。
 近寄ってきた彼女を自分が座っていた場所にとすんと座らせると、それでピンときたのか霞が手を伸ばし、蒲公英の手を取って恋の手と組ませた。

「え? え? あのー……」
「よっしゃ! 三回戦いってみよー! 準備はええなー?」
「えっ!? やっ! ちょっと待───!」
「始めぇっ!」
「んっ!」
「《びたぁーーーん!!》いあぁああったぁああーーーーーっ!!?」

 瞬殺である。
 一応力を籠めたようだが、その全力ごと卓に叩きつけられた蒲公英が、椅子から飛び降りるように逃げて、手を庇いながらぴょんこぴょんこと跳ねている。
 ……うん、痛そうな音鳴ったもんなぁ。

「ふ、ふふ……なんだ、もう終わったのか……?《ズキズキズキズキ……!》」
「ふーーっ、ふーーっ……!! あ、あんなの堪えられるわけないでしょー!?」

 右手を庇い、震えながら語る敗者が二人。
 …………俺、華雄が相手でよかった。

「んで、恋ー? どうかしたん? 急に腕相撲に混ざってくるなんて、暇でもしてたん?」
「……《ふるふる》……一刀の負けは、恋が返す」
「負け? あー……そらあれか? 一刀がなにかしらで負けたら、恋が戦って勝てば……」
「《こくこく》負けと勝ちで、無しになる」

 “我ながら名案”とでも言いたそうに、どこか誇らしげに頷く恋さん。
 いやあの、恋さん? それは俺が返さないと意味がないのでは……? そう訊ねてみれば首をこてりと傾げ、「一刀は恋が守る。だから意味はある」ときっぱり言われた。
 結局意味はよく解らないけど、ともかくすごい自信だった。
 そんな自信を横で聞いていた霞が、引き攣った笑みをしながら俺の前へとやってきて、ポムと肩を叩きなすった。

「やったなぁ一刀っ、これで負けても負けやないでっ」
「全力で嬉しくないんだけど!?」

 引き攣ったような困ったような、ともかく微妙な笑顔のままに、一度肩に置いた手を弾ませながらのお言葉だった。うん、全力で嬉しくない。
 しかしそんな反論に両腕を挙げて抗議するお方が一人。当然のごとく、ねねである。

「なんですとー!? おまえぇえっ! 恋殿がせっかく敵討ちをしてくれているというのにそれを嬉しくないなどとー!」
「そういう意味じゃなくて! 勝負を挑む身としては物凄く情けないだろそれ! 子供の喧嘩に親とか兄とか強い人を呼ぶようなもんだろ!」
「ふんっ、子供の喧嘩なんてどうせ一人をよってたかっていじめるものばかりなのです! なら助けてもらうことの何が恥なのですか! 情けないのは集団で一人をいじめるほうなのです!」
「あ、あー……あれは確かにひどいよなー……ってそうだけどそうじゃなくて!」

 けど、そういえば……真名の話をした時に一度もらしたよな。
 “ねねを苛め……”って。
 うがーっと両腕を挙げたまま威嚇を続けるねねを、とりあえずは手招きで呼び寄せて、頭を撫でた。当然、「……急になんなのです?」とジト目で見られたが、返す言葉はもう決まっていた。

「……ん。じゃあねねが負けた時も、俺か恋が敵討ちをするな?」
「なっ……なぜおまえがねねのことで───」
「友達だから《きっぱり》」
「むぐぅっ……!?」

 にっこりと笑ってキッパリと言ってやる。
 むしろ“情けないだろ”と言った俺にちょっと待ったをかけたのはねねなんだから、こういう返され方も予想出来そうなものだが……あれ? こういう考えをする俺がおかしいのか?
 まあもっとも、知識ではねねには勝てないだろうし、武力では恋には勝てない。そうなると俺がねねの代わりに勝てるものってなんなのかがとてもとても心配ではあるが……そういうのって理屈じゃないよな。友達のために何かしたいって思ったら、自分勝手でも突っ走るのは普通だ。きっと。多分。

「むむむ……それならおまえも恋殿が敵討ちをすることを、友達だから認めるのですね?」
「へ? あ」

 人はそれを墓穴と言う。
 しかし二言はなかったので、こっちを見ている恋も手で招くと、頭を撫でて苦笑した。
 ほどほどにお願いしますと言いながら。

「なんや義兄弟の誓いみたいやな」
「……そうなると、北郷一刀が末弟なのです」
「男は一人なんだから長男だし、どう見てもねねの方が年下で妹だろ……末弟って言葉の意味は解らないでもないけどさ」
「なんですとーーーっ!? ねねのどこにおまえに劣る部分があるというのです! どう見ても勝り、姉らしいのです!」
「それゆーたら……身長と仕草と言動と行動とー……あと何ゆーてほしい?」
「ふむ……頼りなさか?」
「う、うるさいのです! ねねのどこを見て頼りないという言葉が出るですか!」
「どうしてそれを俺に言う!?」

 べつに俺が言ったわけじゃないのに。
 理不尽さを感じながらも宥め、さらにはみんなを促して移動を開始する。
 嫌な予感が心を駆り立てるのだから、じっとなんてしていら───

「あっ……かずっ───〜〜……ほ、北郷〜!」
「ヒィッ!?」

 ───れない、と。そそくさと退散しようとした先で、心配の種と遭遇してしまった。
 名を翠。
 蜀の南蛮平定美少女戦士さんのお姉さんでいらっしゃる。
 そうだよなぁ……こういうタイミングだよなぁ、会いたくない人と遭遇するのって。
 ……あれ? それはそれとして、今“一刀”って言おうとして“北郷”って呼び直した?
 ま、まあいいか。華佗と同じで、個人の呼びやすさっていうのもあるだろう。
 それよりも……先手必勝!

「翠、まず落ち着いて聞いてくれ」

 翠を見るや、バッと東屋の影に隠れた蒲公英を視界の隅で確認。
 それに安堵しつつまずは話を……いや待て? 用件が違ったらどうする?
 そもそも仕事だからって友達をこうして突き出すのは───…………まあ当然か。

「あちらにおわすのが蒲公英さんです」
「へ?」
「うえぇえーーーっ!? お兄様が裏切ったぁあーーーっ!!」

 サッと手で東屋の影を見るように促してみせると……よっぽど俺の行動が予想外だったのだろう。その先で蒲公英が叫んでいた。
 すまない蒲公英……! 他国に来ての仕事をサボるキミの勇気は買うが、華琳に知れたら翠に怒られるどころの騒ぎじゃないんだ……! これもキミのため……解ってくれ……!
 ……うん、冗談とか抜きにして、わりと本気で。

「あぁっ!? 蒲公英っ! お前こんなところに居たのかっ! 散々探したんだぞ!?」
「え、や、やぁ〜、ちょっとだけ休憩を……」
「休憩なら昼餉食いながら十分しただろっ! ここは蜀とは違うんだから、こんなところでサボっていたことがバレたりでもしたら……!」
「……えーと。お姉様? 参考までに、たんぽぽってばどうなるのかな」

 ただならぬ翠の態度に、さすがに危険さを感じ取った蒲公英が狼狽える。
 むしろ蒲公英なら危険察知能力は高いと思うんだが……他国に来たことで興奮していたんだろうか。今さらながらに少ししゅんとしている。

「どうなるって、そりゃあ……」
「そうだなぁ……とりあえずお仕置きだよな」
「え゙っ?」

 困った顔をしながらてこてこと近寄ってきた蒲公英に言ってやる。
 こういう時に妙なやさしさはよくない。
 むしろやさしさを含めたことを言っては、実際に罰を受ける時にショックがデカいし。

「あぁ、案外ちっこくて可愛いからって閨に呼ばれるかもしれへんなぁ」
「うえぇっ!?」
「で、春蘭や桂花に嫉妬されて、特に桂花にネチネチと恨まれて」
「落とし穴に落とされたり嫌がらせされたりして……他になにゆーてほしい?」
「あぅ……お、お姉様っ、たんぽぽ頑張るっ! 頑張るから戻ろっ! すぐ戻ろっ!」
「えっ?《がしぃっ!》うわっ、お、おいっ! あたしは別の場所で仕事が───あぁああああーーーーーっ!!?」

 さっきのようにニコニコ笑顔で、指折りしながら今後の蒲公英さん予想図を口にしていた霞を前に、笑顔を引き攣らせた蒲公英がとった行動は……翠の手を引っ張り、走ることだった。
 その速度は見直すほどに素晴らしく、彼女たちはあっという間に見えなくなった。

「にゃははははっ、まぁこんだけ脅しとけば、もうサボったりもでけへんやろ」
「だな。目の前にサボらなきゃいけない事情でもなければ、たぶん大丈夫だろ」
「おまえ、なかなかひどいやつですね……」
「“サボったなら怒られる”のが普通だって。相手はこっちが働いてるって思ってるから給金をくれるのに、その金額に見合った仕事をしてないなら、相手が怒るのは当然だろ……」

 この世界、この時代では特に。
 いや、俺が言えた義理じゃないのはよく解ってますよ?
 常習犯だったし。それも、周りが“またですか”って半ば諦めてるくらいの。
 ……もちろん怒られてたし、仕事と給金の量が見合わなければ減らされたりもした。だって相手は華琳だし。

「……というかさ。この祭りの準備って、きちんと手当てでるんだよな? ここ最近で俺のところに届く書簡竹簡って、都のための知識に関係するものばっかだからよく解ってないんだけど」
「出るのです。毎度祭りの時は、そういった作業がこれからの武官のためになればと、王が気を回してくれるのです」
「あ、そっか」

 力仕事、多そうだもんな。
 こういうのをきっかけにして、そういう仕事が出来るようになったほうがこれからは稼げるわけだ。争いもなくなったのなら、開拓、建築の機会は増えるんだから。

「……それでも仕事が回ってきぃひんモンは、どうしたらええんねやろなぁ……」
「それは───あー……仕事を貰うしかないだろ。もうしないから手伝わせてくれーって」
「んんー……やっぱりいっそ一刀がもらってくれん? それやったらウチ───」
「都に貯蔵した酒を飲みあさる毎日?」
「…………《ごくり》」
「考えるなよ!!」
「あっははははは! や、けど一刀、ほんまに“酒”作ってくれとるそうやん。ウチ嬉しくて。一刀が作ってくれるんやったら、ウチもタダで飲み放題やもん」
「あのなぁ……料理屋が料理売らなきゃ材料を揃えられないように、酒作るのだってタダなわけじゃないんだぞ? 一生タダ酒なんて出来るもんか」
「旅しながら自分で揃えるっちゅーんはどうっ?」
「………」
「あっはは、なぁんやぁ〜、一刀も考えとるや〜〜ん♪」
「うぐっ……」

 ちょっと、それもいいかもとか考えてしまった。
 だって、それはとても楽しそうだって思えてしまったから。

「己の練磨を目的に旅をしながら、娯楽のための材料集めか。ふむ……」
「ねねが歩き疲れたら負ぶるですよ」
「……一刀は恋が守る」

 ……そして何故か行く気満々のみなさま。
 華雄が特に怖い。キリッとしているように見えるが、目はギラギラで、興奮しているのか肩はうずうずと疼いていた。……誰も鍛錬の旅なんて言ってないんだけどな。

「えと……え? みんなもついてくる……とか?」
「しぶとく残っている盗賊山賊を屠りに行くのだろう? 私が出ずに誰が出る《ニヤリ》」
(……え? それを華雄が言うの?)

 自分が賊まがいのことをして捕まったことなど、既に忘れてしまったのだろうか。
 ……いや、そういうことに協力してくれるのは大変ありがたいが。

「都の主が外に出るほどに暇になるなら、きっと恋殿もねねも退屈しているのです。だから仕方ないので暇潰しに付き合ってあげるのです」
「一緒に居ないと守れない。だから、一緒《こくこく》」
「あー……恋ー? 一刀のことはウチが守るし、気ぃ使わんでもええんやで?」
「……《ふるふる》」
「や、けどな、恋?」
「……《ふるふる》」
「………」
「………」
「……一刀、ウチが知らん間に恋に手ぇ出したりしたん?」
「してないぞ!? いきなりなにを言い出すんだよ!!」

 そりゃ俺もおかしいなって思うくらいに、最近の恋は俺と一緒に居たがるなとは思うけどさ! でも誓って言おう! なにもしていない!
 落ち着いているように見せてはいるが、こっちはいつだって自分の中の獣と戦っているんだってば! ……押さえ切れずに華琳に告白とかしたけどさ。

「はー……あの恋がなぁ……動物(かぞく)以外をここまで思うなんて初めてなんとちゃう……?」
「……?」

 言われた恋は、こてりと首を傾げるだけだ。
 恋にとってはそれだけ重要なことだったんだろうか。
 “一対一”で、偶然とは言え“自分が負ける”ということが。
 俺にしてみれば本当に偶然で、一歩判断を間違えていれば飛んでいたであろう胴体を思うと身が凍る感覚しか沸いてこない。三国無双に勝てた喜びよりもむしろ、あるのは恐怖と戸惑いばっかりなのだ。
 だってなぁ……事実とはいえ、女の子に私が守るって言われるのはちょっと寂しい。
 この世界では、そんなことをどれだけ言おうが無駄だっていうのはもう解ってる。解ってるけどさ、そうならないために鍛えたつもりが全然だった事実には、やっぱりごめんなさいと謝りたくなるのだ。

(もっと鍛えないとなぁ……)

 肉体の成長は望めない。
 望めないから氣を高めて支える方法を選んだ。
 肉体と違って、氣は毎日でも鍛えられるのはありがたいんだが……こればっかりはどういう鍛え方が自分に合っているのかを正確に掴みきれていない。
 氣に関しての先生たちは無理をせずと仰るが、その“無理をせず”が自分にとってはもどかしくてたまらないのだ。……あるよな、そういう時って。今すぐ結果や成果が欲しいなんて、我が儘なことだっていうのは解ってるのに、どうしてもそれを止められない。
 桃香に偉そうなことなんて言えないよ、ほんと。

「……とりあえず、話もここらへんにして歩こうか。いい加減視察の続きをしないと」
「んあ? あ、そかそか。せやったらウチも」
「いや待て。視察の前に、武器が出来ているかを見に───」
『そんなすぐに出来るかぁっ!!』
「む、むぅ……そうか……?」

 歩き出した俺と霞に待ったをかける華雄に、二人してツッコミ。
 ほんと武のことになるといろいろと抜ける人のようだ、華雄は。
 そんな俺達の様子にやれやれといった感じに溜め息を吐くねねが、恋の手を引っ張ってこちらへと歩み寄るのを確認すると、連れ立って歩いた。




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