127/そしてやっぱりいつも通り

 視察をする。
 あちらこちらへ歩き、祭りのための準備の進み具合を調べてみては、前日ならもう終わってるべきなんじゃないかとツッコミたくなるのだが……それは文化祭でも言えることだな。
 ああいうのはギリギリまでみんなとねばるところに楽しみがあったりする。
 ……無断で夜通し教室に立てこもったりするのはいけないことだが、許可を得てでもしてみたいと思うヤツはこれで案外多いものだ。
 面倒くさがりなヤツでも、そういうものには積極的だったりするんだよな。
 祭りの準備は、面倒ながらも案外楽しい。そういうものを共有する相手が居れば、だが。
 俺の場合は及川くらいかなぁ。手放しで馬鹿馬鹿しくも付き合える相手っていったら。

「……ところでさ。今さらだけど華琳たちは何処行ったんだろな」

 五人で歩く中で、ふと思ったことを言ってみる。
 それぞれの仕事に戻ったんじゃないかっていうのが普通の考えだが、じゃあ視察に戻ったんだろうか。……結構歩いたわりに、まだ遭遇したりもしていないのに?

「呉王に言い負かされて自室に戻った〜、っちゅーんは……ないな、華琳に限って」
「ないよなぁ、華琳に限って」

 漏らす苦笑もほどほどに歩き、真面目に一通りの視察を済ましても発見することはなかった。そうなる頃には準備も大分終わっており、ところどころで見る各国の将は、ある意味でハイなまま作業を続けていた。それを見て、「ええなぁああ……」としみじみ言う霞は、やっぱり祭りが好きなようであり……「手伝ってきたら?」と言ってみても、「仕事取るわけにもいかへんやろ……」と寂しそうに言っていた。
 視察の過程で翠と蒲公英とももう一度会った。
 なにか手伝えることはないかと試しに訊いてみても、自分たちももう終わる頃だからと断られた。仕事っていうのは探している時には見つからないものらしい。……俺は部屋に戻ればまだまだあるのにな。悲しいなぁ。

「霞、なんだったら俺の仕事の手伝い───」
「祭りと関係ないんやったらやりたない」
「だと思ったよ……」

 返事は予想できていたとも。だから寂しくなんてないぞ?

「まあ、今仕事を見つけても明日までに終わるものがあるかって言ったら……」
「そんなものはないのです」
「だよなぁ……」

 話し合ったり歩き回ったりで、もういい時間になっている頃だ。視察が終わってしまえば特にやることもなかったので、武舞台の端に座りながらの話も軽い勢いをつけていた。
 時計がないのって不便ではあるけど、空の在り方で大体の時間が解ってくるのが……時々だけど面白いと感じる。そんな感覚を、いつか天に戻っても使えるだろうかと考えてみて、きっとすぐに時計に頼るであろう自分が浮かんでくる。
 つくづく人って便利さに勝てない生き物だよな……。

「はぁ〜あ……結局最終日まで仕事三昧か……。自分からノッたとはいえ、相手がいないのに律儀に最後まで視察する俺って……」
「せやけど途中で抜けるのも嫌やったんやろ?」
「そうなんだよ。相手が華琳だし、途中でサボってたとか思われたらさ……まあ、それ以前に街の様子とかも見たかったっていうのが一番の理由だな」
「あっはっはぁ、一刀はよぉサボるのに、やり始めると徹底的やもんなぁ」
「ああほら、掃除は始めるまでが面倒だけど、始めたら徹底的にってやつと一緒だと思う」

 “どうせやり始めたなら”って思えるなら、まだ戦えるって気分で。
 せっかく動いたのに半端にするのってもったいないし。
 ……と、ここで今まで特に喋らずにいた華雄が、もじもじしながら口を開いた。

「あ、あぁ、その……ところでだが。そろそろ武器が出来ている頃では───」
「華雄〜? 今日はもう諦めたほうがええで? 武器が気になるんは解るけど、というかウチも一緒やけど、こればっかりはしゃーないわ」
「むうう……!」

 武器のことがよっぽど気にかかるようで、落ち着きがない。
 なんだかんだで霞や恋やねねが楽しむ中で一人だけ、ソワソワしたりしていた華雄だったんだが……やっぱり武器のことが気になっていたのか。

「やはりこうなったら私の金剛爆斧で……!」
「あほぉっ! ホンモンはアカン言うとるやろっ!」
「くぅっ……明日に控えた戦を前に、己の腕を磨くことすら出来ぬとは……!」
「どこの修行僧だよ」

 喋り方がどことなく武士っぽいこともあって、華雄への印象に“武者修行者”が追加されたのでとりあえずツッコミ。
 妙に女性らしくもじもじしてるなとか思ってたらこのザマです。
 やっぱり武に生きた者としてはこだわりがあるんだろうなぁ。
 霞だって飛龍偃月刀のことになると人が……変わってはいなかったものの、真桜との話し合いもヒートアップしてたしね。装飾ひとつをとってもこれじゃだめだあれがいいと……うん、解らないでもないんだ。ただどうして俺は、そういう状況にばかり遭遇するのかなぁと時折に考える。
 気づいた時にはなにかしらに巻き込まれていて、後の処理の大体を任されるからたまったもんじゃない……って、サボってても怒られるだけで見逃されてたのは、そういう将たちのココロのフォローのため……とか?

(嬉しいやら悲しいやら……)

 サボらず真面目にしてたらどうなってたのかしらと、そう思わずにはいられなかった。
 そうして、世話話主体の話し合いや考え事が終わる頃には空もいい感じに暗さを帯びてきて、その場で解散というカタチになった。
 俺はといえば……やっぱり特にやることもなく、解散したままの姿勢で武舞台の脇に座っていた。
 部屋に戻れば仕事はあるとは言ったものの、今日は休みであったにも係わらず視察をしたから……まあ、いいよな。部屋に戻ったら絶対にやらなきゃいけないってわけでもないが、戻るって気分でもない。

「はぁ〜あ……」

 結局華琳とはあれから一度も会えなかった。
 デートみたいな視察の筈がいろいろと食い違い、“察しなさい”で閉じられた。
 察しろとは言うけど、間違った察し方したら怒るくせに。
 好きって言うくらいいいじゃないか……想像できないけど、いいじゃないか。
 俺が軽く言いすぎなんだろか。あれでも結構恥ずかしさに堪えながら言ったんだけどな。

「……好きって言うのは控えようか。言葉の重みを大切にしないから、華琳も察しなさいなんて言葉で済ませるのかもしれないし」

 よし、そうしよう。
 とりあえずでも結論を出してみれば、少しだけ軽くなる重かった我がココロ。
 そんなささやかに安堵しつつ、立ち上がっ───たところで、

「あ、おっ兄っ様ぁ〜〜っ♪」
「へっ? あっ、かっ───北郷っ!?」
「あれ? 蒲公英に……翠?」

 蒲公英と翠が、丁度武舞台近くを通った。
 俺を発見するや天へと伸ばした手を振りながら駆けてくる蒲公英と、逆に顔を赤くして視線をあちらこちらへと飛ばす翠。
 さっきもそう感じたけど……翠の挙動が少しおかしい。
 俺、なにかしたっけ?
 あとまた“一刀”って言おうとして“北郷”って呼ばれたような……?

「二人とも、もう仕事は終わったのか?」
「えへへぇ〜、ちょっと本気を出せばよゆーだよ」
「だったら抜け出さずに、さっさと終わらせてから遊べばよかったのに」
「お兄様ってば解ってないなぁ。遊びっていうのはその時その時が重要で、あとになったらべつに楽しくもなんともないってことばっかりなんだよ?」
「あ、いや、それは解る。あれだよな。話の最中に意見しようとして、発言はあとにしてくださいって言われて、最後まで聞いてみたら……」
「もう意見できる流れじゃなかったー、ってねー?」
「ははっ、そうそうっ、それだっ」

 同じ考えを持っていたのが地味に嬉しくて、笑いながら頭上でウェーイと手を叩き合わせた。

「あれ? お姉様ー? なんでそんな離れたとこに立ってるの?」
「うえっ!? あ、いやっ、ちょっとそのっ……なななんでもないっ!」
「………」
「………」

 呼ばれてこちらを見た翠と目が合った……んだが、感心する速度で逸らされた。
 待て待て待て、今回ばっかりは、つか、今回も俺なにもやってないよな?
 毎度毎度知らないところから謎のプレッシャーがかかって、心臓によろしくない。

「蒲公英……なにか知ってるか?」
「お姉様のこと? んー……そうだなぁ。お姉様が夜中こっそり、お兄様の名ま───」
「うわぁああああああーーーーーっ!! うわっ! うわぁああああーーーーーーっ!! ばばば馬鹿っ! なに言い出してるんだよっ!!」
「うぉうっ!?」

 蒲公英の発言に気になることでもあったのか、離れた位置に立っていた翠がこれまた感心する速度で接近。叫ぶとともに蒲公英の口を塞いで荒い息を吐いた。

「……す、翠?」
「なんでもないっ! なんでもないからっ! 〜〜〜〜っ……蒲公英ぉおお……!!」
「ぷはっ……やっぱりお兄様のことで悩んでたんだ。まあそうだよねー、じゃなきゃ、夜中寝台の上でお兄様の名前を呼ぶ練習なんて《がばしっ!》ふむぐっ!?」
「だだだだから余計なこと言うなって言ってるだろぉっ!? あとなんでお前がそんなこと知ってるんだよ!!」
「むぐむぐ……ぷはっ、だって同じ部屋だし、眠れそうかなーと思ったらなんかぶつぶつ聞こえてくるし」
「○※★×◆▼〜〜〜〜〜〜〜っ!!! わわわ忘れろぉっ! 今すぐ忘れろぉおっ!!」

 やあ、なにやら背を向けられた状態でぼそぼそ話されて、けれど翠ばかりが叫んでいる。
 こんな時、話の輪に入れない僕はどうしたらいいのでしょうか。

「え〜? 忘れるくらいなら、お姉様がちゃーんとお兄様の名前を呼べるように助けてあげたほうがいいんじゃない? お姉様ってばこういうことで心の準備してると、一生かかっても言えそうにないし」
「なっ……で、出来るに決まってるだろっ!? あたしをなんだと思って───」
「じゃあ言ってみて? お兄様の顔を見ながら、きちんと」
「ああいいさやってやる! ……!《ギンッ!》」
「あれ?」

 あ、あれ……? なんで睨まれる!?
 やっぱり俺がなにかしたのか!? そして自覚がなかっただけ!?

「かっ……かかっ、かっ……かっ……!」
「か? …………からし?」
「違うっ!」
「ごめんなさいっ!?」

 適当な答えを出してみたら怒鳴られた!
 わ、訳が解らない! 俺はどうしたらいいんですか!? 俺がなにをしたと!?

「かかかっ……か───!」

 キーワードは“か”か……。
 か、か……?
 カーボナディウムコイル……は違うよな絶対。
 この時代、この時期、ここで俺を見て言う必要があるもの……(睨み付きで)……?

(か……甲斐性無し!?《ガァアーーーン!!》)

 な、なんてこと……!
 確かにそれは面と向かって言い辛くて、しかも睨む原因にもなりそうでいて……!

「あ、あれ? お兄様? なんで両手両膝ついて震えてるの?」
「い、いや……なんでもない……」

 でも普通に考えて、急にここで言うようなことじゃないよなぁ。
 涙出そうになったけど、とりあえず立ち上がって翠を見た。
 相変わらず「か……かかっ……」と言っている。
 閣下? 案山子? カカオ……はないな。買い物に付き合ってくれー……って、それなら睨む必要はないわけで。

「か、かずっ───」
「───!」

 かず!? かずと言ったか今!
 かず……そうか“おかず”! 今日の夕餉のおかずを賭けて勝負をしようと! だからこそのあの睨みとこの迫力! …………まあ冗談だけどさ。
 かず、か。もしかして名前を呼ぼうとしてくれているとか?
 ……いやいや、それはさすがにないか。
 呼び方も“北郷”に戻っちゃってるんだし、もっとべつのものだよな。
 そうだ、“かず”で考えるからヘンな勘違いしそうになるんだよ。
 ここは新たな考え方。
 か、かずっ……とか言ってるんだから、“かかず”と考えてもみるべきで…………

「……なぁ蒲公英。誰のライフが0なんだろうな」
「んえ? なんの話?」

 ああ、ライフが0なのは二作目のほうだった。いや、そうじゃなくて。
 この世界この時代でその人への話が出るわけがないだろ。
 じゃあ? …………やっぱり名前呼ぼうとしてくれてるんだろうか。
 自分が可愛いってことでさえ中々受け取ろうとしなかった翠だし、そういう部分に引っかかるなにかが人一倍あるとか。
 間違ってたら俺が恥掻くだけだし、それはそれで笑い話になるし。よし。

「そういえばさ、翠」
「!?《びくぅっ!》ななっ……なんだよっ!」
「いや、そんな怒るみたいに返事しなくても……あのさ、前から思ってたんだけど、料理を作る人の数と料理を食べる人の数と合わないのって、少し辛いと思わないか?」
「へ……? りょ、料理……?」
「えと、お兄様ー? あのね、今お姉様が───」
「なにに喩えてもそうだけど、なにかが数と合わないのは問題だよな」
「ま、まあ……そうは思うけど」

 急になんでこんな話になったのか解らないって顔で二人に見つめられる。
 戸惑いと疑問しか浮かんでいないそんな二人に、「じゃあ───」と続ける。

「その問題を解決できたら、結果はどうなるんだろ。翠、答えてみて?」

 わざとらしくウォッホンと咳払いをして、それが学校の授業の延長であるみたいに見せかける。予想通りに翠は授業の一環かなにかだと受け取ってくれたようで、

「“数と合う”、だろ? 急に何を言うかと思えば───」
「うん。じゃあその答えから“あう”を取ってみて」
「? ……数と?」
「あ」
「もう一度」
「な、なんなんだよ……数と、だろ?」

 蒲公英は答えの意味が解ったのか、「あ」と言ってからはニヤニヤしながら俺を見つめてきていた。そんなことに気づかないままに翠は「数と、数と」と口にして、

「ところで翠。さっき俺に向かって言おうとしてた言葉ってなに?」
「一刀。《ぽろり》───かず…………★■※@▼●∀〜〜〜〜〜っ!?《ぐぼんっ!》」

 軽く誘導してみたらあっさりと出る答えに、さすがに少し恥ずかしくなった。
 だってさ、間違えてたら俺が恥掻くだけだったけど、まさか本当に俺の名前を呼ぼうとしてたなんて……う、うわ、顔がチリチリする……! 名前なんて呼ばれ慣れてる筈なのに、翠が言い辛そうにしていたのを知っているからか、妙にこう……じわじわと顔が熱くなっていくというか……!

「わおっ、お姉様ったら大胆っ!」
「ひぇっ、やっ、いやこれはちががががっ!!?」
「えと……俺の名前、言おうとしてくれてたんだ」
「ひぃうっ!? ちっ───」
「お姉様っ、素直素直っ」
「あう……〜〜っ……そそそそうだよ悪いかっ! あたしが名前呼んだらまずいのかよ!」
「え? いや、嬉しいけど」
「■○※#☆@$〜〜〜〜〜っ!!?」

 怒り顔が一気に灼熱した。
 一歩二歩と後退り、自分で訊いてきたにも係わらず「う、うそだ……」とか言い出したりしている。いやちょっと待ちなさい、何故そうなりますか。

「翠?」
「あ、あたしに名前を呼ばれたくらいで嬉しいわけないだろ! 名前くらいで───」
「やー……お姉様? その名前くらいで顔を真っ赤にさせて、呼べなかったの誰?」
「はぅぐっ!? うぅううううるさいっ!! とにかくあたしは───」
「ん」
「…………………………」

 顔を真っ赤にし、視線を彷徨わせながらも叫ぼうとする彼女に、ハイと握手を求める。
 それだけで翠は取り乱した自分を落ち着かせ、ピタリと停止してからは顔だけを赤いままに、その手をきゅむと握ってきた。
 それがいつかしたことと同じ動作だったからだろう。
 可愛い、綺麗だって言葉に命を懸けるとまで言った俺を信じると言ってくれたときのように、翠は握った俺の手を握りながら、チラチラと俺の顔を見てくる。

「え? あれっ? うそっ! 暴れ出したお姉様が止まった!?」
「なだっ───だだ誰がいつ暴れたんだよ!」
「だってお姉様といえば恥ずかしがり始めたら自分の意見なんて変えずに誤解したまま逃げることなんて日常茶飯事ってくらいなのがお姉様なのに!」
「一息でどれだけおかしなこと言うんだよっ! 大体あたしは逃げ出したりなんかしてないだろ!」
「あ……でも俺、前は殴られたあとに逃げられたよな……?」
「《ぐさっ》はぐぅっ!?」

 人の事情は複雑にござる。
 しゅんと落ち込みながら「あの時はその……悪かった」と謝ってくれる翠に、大丈夫だからと返しながらそんなことを思った。

「お姉様ぁ……さすがに学校のこととかを伝えにきてくれた人を殴るのはないよ……」
「しょ、しょうがないだろっ!? あの時は一刀がおかしなこと言うからっ!」
「あ、普通に名前で呼んだ。やっぱりお姉様に足りないのはその場の勢いなのかなぁ」
「え……───〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」
「それで、お兄様? お姉様になんて言ったの? 殴って逃げるくらいだし、もしかしてとても口に出せないあんなことやそんなことを───」
「ん? ああ、“よろしく、翠”って言っただけだぞ?」
「───」

 ニヤニヤしていた蒲公英さんの顔が、ぴしりと引き攣った。
 そして身を正したのちに「暴力的な姉でごめんなさい……」と、遠い目をされたままに謝られた。

「いや、もう気にしてないから」
「お姉様……」
「うぁぅ…………ご、ごめん…………」

 あの時は痛いっていうよりも驚きのほうが大きかったし、そんな痛みもすっかりと消えている。謝ってもらえればそれで十分だし、謝られなくても気にはしてなかったからそれはそれでいいんだが。

「じゃあ、気を取り直して。二人はもう仕事は片付いたんだよな?」
「うん。お兄様こそこんなところでなにやってるの?」
「ちょっといろいろな決意を胸に秘めていたところ」
「決意? ……国中の女の人を手篭めにするとか?」
「そんな決意するかぁっ!! ……はぁっ……───その、“好き”とかそういう言葉を口にするのを控えようってさ」

 普段からあまり言うほうではなかったつもりだ。
 だからといって、そういう雰囲気の中でも口にする数を減らそうかと思った。
 きっと俺の言葉には重みが足りないんだ。
 華琳や雪蓮、祭さんや紫苑や桔梗の言葉には重みがある。
 これから都に立つ自分の言葉が重さもなにもないままじゃ、きっとこの先よろしくない。
 だから俺は───重い男になってみたい! ……太るとかじゃなくてね?

「えー……? 好きって言ってもらえないんじゃ、そういう雰囲気になっても嬉しくないんじゃないかなぁ」
「や、俺も言われれば嬉しいし、言ってもらえたら嬉しいんだろうなって思ってたんだけどな? なのに華琳は言ってくれないからなぁ……きっと俺の“好き”って言葉が軽いって感じるから返してくれないのかなって」
「お兄様の好きは軽いの?」
「か、軽くないっ! ……つもりだ。でも……実際問題として、複数の人を愛した者としましては、軽いんじゃないかと言われれば何も言い返せないわけでして……」
「真剣じゃなかったとか───……は、あはは……? お、お兄様ぁ……? 目がとっても怖いよ……?」
「っとと、ごめん。言われてもしょうがないかもだけど、出来れば冗談でも……真剣じゃないとか言うのはやめてくれ」

 苦笑を漏らすが、困ったことに言われても当然なんだよなぁ……。
 他の人から見れば、一人だけを愛せない優柔不断男だし。
 いくら本人同士が真剣だっていっても、それをどう受け取るかは周囲次第だもんなぁ。

「んと、じゃあお姉様のこと好き?」
「好きだぞ? 大事な友達だ」
「じゃあたんぽぽのことは?」
「もちろん」

 訊かれたことに、当然だとばかりに頷いて返す。
 しかし蒲公英は「む〜……」と不満そうに俺を見て、「“もちろん”じゃなくて、ちゃんと言ってよぅ」と口を尖らせた。
 ……なんかシャオの相手してるみたいだ。

「大事な友達だ」
「うん。それもだけど、もう片方も」
「え? あ、ああ、好きだ……ぞ?」
「疑問系じゃなくてもっとはっきり! ちゃんと目を見てっ!」
「むっ……す、好きだぞっ」
「もー、友達に好きって言うのに、お兄様がそんなに恥ずかしがっててどうするのー? ほらほらぁ、もっともっとはっきり言おうよー」
「…………ええいくそっ!《───キリッ》……俺は! 翠のことも! 蒲公英のことも! 大好きだぁあーーーーーーっ!!」

 二人の顔を交互に見たのち、はっきりと、怯むことなく言ってみせた。
 その大声は辺りに響き渡るほどのもので、話しているうちに工夫たちが帰っていたことを確認したあとでなくては、とてもとても出来ないことだったわけで。
 だからそのー……ポムと後ろから肩を叩かれて、振り向いた先に彼女が居た時には………正直、生きた心地がしなかった。

「それは初耳ね」
「キャーーーーッ!!?」

 魏王曹操である。
 無言のままに肩を叩いて振り向かせるなんて、普段では決してやらないことをおやりあそばれた我らが覇王は、口の端をヒクつかせながら背筋も凍るような笑みを僕にくれました。

「友達だと聞いていたつもりだったけれど、いつからそこまでの仲になったのかしら?」
「かっ……華琳……っ……!? いつから……!」
「そうね。あなたが“ええいくそっ”と表情を引き締めたところあたりからかしら」
「いやぁああーーーーーーっ!!?」

 なんでまたこういうタイミングで!!
 というか普通こういう場面って、漫画とかだと困ったタイミングで声を聞いて誤解して逃げ出したりとか、そういうのじゃないの!? それを、話を聞いた上で自分から問い詰めにいくってどれだけラブロマンスから離れてるんだこの状況!!
 ああもう頭が混乱してる! こんな不意打ちってありですか!?
 つか、もしかして蒲公英のやつ、後ろに華琳が居るのを解ってて言ったのか!? いやいやそもそも俺、叫ぶ前に辺りを見渡したんですが!? ……はっ!? ……ま、まさか……あの華琳が、俺の言葉を聞くためにわざわざ背後で気配殺してたとでも……いうのだろうか。

「ア、アノー、つかぬことをお訊きしますが。俺が周りの確認をした時は───」
「ここに居たわよ」
「え? …………見えなか《ガドッ!》痛い!!」

 弁慶が泣いた。
 それは衝撃を受けた右足にシビレが入るような、とても感動的な蹴りだった。

「で? 一刀。あなたはこの二人が好きなの?」
「まず言っておくことがあるけど、現時点では友達として、だからな? もっとはっきり言ってくれって蒲公英が言うから叫んだんであって……」
「………」

 ジトリと睨んでくるが、嘘は言ってないからそのジト目を真っ直ぐに見つめ返した。
 それで納得してくれたのか、溜め息を吐きながらも「まあいいわ、良いことだもの」と言う。良いこと? ……ああ、支柱の話か。

「うわー……♪ お兄様って本当に魏のみんなが好きなんだねー」

 と、そんな珍しくも堂々とした俺の態度をそれこそ珍しく感じたのか、蒲公英が感心と驚きが混ざったような顔でそんなことを言う……が、もちろん否定する意味なんてないから、ハッキリキッパリ胸を張って返す。

「ああ。大好きだ」
「っ……」

 蒲公英の目を見ながらの言葉に視界の隅の華琳が少し肩を弾かせたように見えたが、視線を向けてみてもさっきのまま。……気の所為か。

「わおっ、お兄様が言い澱みもなしではっきり言った!」
「へぇ〜……ははっ、普段からそれくらい、はっきりと物事を言えるようになったほうがいいんじゃないか?」
『それ、翠(お姉様)にだけは言われたくない』
「なっ、なんでだよっ!」

 ともあれ視察も終わり、今日という日もそう長くも続かず終わる。
 気になって「ところで、華琳は今まで何処に居たんだ?」と訊いてみると、きちんと雪蓮との用事が済んだあとは視察を続けていたんだとか。
 ……会わなかったのはただの運の悪さだったことを知り、巡り合わせというものを少し恨んだ瞬間だった。


───……。


 一日の報告をして、自室へ戻って美羽と合流。
 一緒に厨房へ行くと各国の将が集まっており、大変賑やかな夕餉を迎えることになる。
 もはやいつものことだが料理を作る者の手が足りず、調理に自信のある者が厨房へと助っ人に向かう様は、ある意味勇者のようにも見えた。仕事で疲れて大変だろうに。

「祭さん祭さんっ! またあの青椒肉絲作ってもらっていいっ!?」
「おう? なんじゃ、まるで子供のように目を輝かせて、何を言うかと思えば。───かっかっか、こんな大きな子供なぞおらんか」
「子供でいいからお願い! 今日はなんかがっつり食いたい気分なんだ!」
「ふぅむ……」
「あ、あの、兄様? 料理でしたら私が……」
「流琉? あ、じゃあ《がしり》えぐっ!? ぢょっ……ざいざんっ……!?」

 なんだかんだで疲れた体に美味しい白米をと意気込んだのはよかった。
 祭さんにご飯が進むおかずを所望したけど、断られそうな雰囲気だったのも……まあ、流琉が作ってくれるならと期待に胸を膨らませた。うん、ここまではOK。
 ただ、流琉に頼もう振り向いた瞬間、ぐっと襟首を引っ掴まれた。
 首が絞まる思いで振り向いてみれば、ジトリと俺を睨む祭さん。

「まったく、お主は作ってくれるのなら誰でもいいのか」
「だ、だっでざいざんっ……げぶっ……嫌……ぞう……だっだ、じ……」
「なんじゃ、男ならはっきり答えんか」
「だばっ……だっべ……の、ど……のど……の…………」

 抵抗はしているんだが、祭さん相手に片腕で何ができましょう。
 しかも大変驚いたことに片手で持ち上げられていて、首が絞まって思うように力も籠められないし…………あ、あれ? なんか視界がボヤケてきた。
 い、いやぁああ……祭さんはすごいなぁ……男一人を片手で持ち上げちゃうなんて。
 縄いらずで首吊り死体が完成……で…………ってほんとに死ぬわ!

「ぐっ……かはっ!」

 祭さんの右腕を右手で掴み、片腕懸垂の要領で体を無理矢理持ち上げる。
 それで気道は確保出来た───けど、改めてその体重さえ片腕で支えたままでいられるこの人って何者!? なんて考えるより早く、流琉が祭さんに言って俺を下ろしてくれた。
 そうなると、息を吸おう待ち構えていた気道が一気に酸素を喉に通し、咳き込みそうになるほどの空気が一気に肺を満たす……が、またすぐに吐いてまた吸うを繰り返す。

「ぶはぁっ! はぁっ! はっ……はぁーーっ! はぁーーーっ!!」

 ああ……空気! 空気だ! 酸素が美味い! うま───…………夕餉食べにきて酸素に感動するなんて、どんな貴重体験だろう。

「お、おお……? 北郷、大丈夫───」
「暖かな日常的に死ぬところだった……」

 たまに忘れるけど、みんな規格外の力持ってるんだよなぁ……。
 俺が持ち上げようとしたところで、軽くひねり潰されそうだ。
 見た目、筋肉なんてなさそうなのにね。不思議だ。

「で……あの、祭さん? なんだってまた人の襟首持ったまま宙吊りなんて……げほっ」
「いやそのなんじゃ……お主がいきなり孺子らしいことを言い出すからな、あー……」
「北郷を自分の子として見てしまいましたか、祭殿」
「へ?」

 祭さんの言葉に割り込むように放たれる、突然の声。
 声でもう解ってはいたが、声がした方向を見れば、肘を掴むように腕を組みつつ呆れ顔の冥琳が、こちらへと歩いてくるところだった。

「ぐっ……公瑾、またお主か……」
「“また”と自覚出来るほどあなたが騒ぎを起こすから、私がこうして歩かなければならないのですが?」
「さ、騒ぐほどのことでもなかろうに……儂はなにもしとらんぞ」
「北郷?」
「片腕一本で便利に首吊り他殺されるところでした」
「さ。祭殿? なにか言い訳があるのなら聞きますが?」
「むうっ……わ、儂は北郷ほどの大きな孺子を産むほど、歳を食っておらんわ!」
「それってただ祭さんが勝手に俺を子供として見て、勝手に歳を食ってないって怒っただけじゃない!?」

 それで絞められて死にかけるなんて冗談じゃないんですが!?
 ……いや、正当な理由(?)としましては、鍛錬とかでも結構死にそうになることとかあるけどさ。春蘭に追い掛け回された時とか特に。どの道死ぬのは冗談じゃないな、うん。
 しかしそこまで言うと祭さんもすまなそうな顔をして、

「……煮るなり焼くなり好きにせぃ」

 なにやら男前(?)な言葉を吐いてドンと構えた。
 不思議と被害者である自分が小者に思えてしまうその迫力に、なんだか無償にツッコミを入れたくなる。あの祭さんにここまで観念されると、逆にこっちが戸惑いを───感じてしまった矢先、冥琳がどことなく嬉しそうに言った。

「煮も焼きもしませんよ。代わりに祭殿に腕を振るっていただければと」
「なに? 腕を……じゃと?」
「ええ。元々料理のことでもめていた様子。ならば解決の糸口は料理であるべきでしょう」
「………」
「………」
「………」

 祭さんと俺と、今まで黙って俺の背中をさすってくれていた流琉とで、冥琳を見た。
 ……なんかちょっと嬉しそうな冥琳を。

「……ふむ、料理か。おい北郷、すまんがそれでいいか?」
「え? あ、ああうん、祭さんさえよければだけど」
「男子が遠慮なぞするな。よし、典韋よ、少々手伝ってもらうぞ」
「あ、はいっ!」

 流琉が手伝いに参加して、祭さんとともに厨房の奥へと消えてゆく。
 残されたのは俺と冥琳なわけで。
 まあ、とりあえずは呼吸が出来ることを喜びつつ、誰も座っていない椅子に着く。
 ……と、何故か隣に冥琳が座った。
 どうしてか少し上機嫌っぽい冥琳が。

「冥琳? 何か用なのか?」
「なに、気にするな」
「や、だって椅子は他にも空いてるのに、わざわざ隣って───」
「気にするな」
「………」
「………」

 気にしたらいけないらしい。

「……あ。雪蓮が呼んでるけど」
「言わせておけ」
「えぇっ!?」

 あの、呼ばれれば歩み、問題をたちどころに解決する冥琳が雪蓮の呼びかけをスルー!?
 ……あ、代わりに蓮華が行って…………あーあーあー……なんか説教が始まった。

「……そういえばさ。冥琳って青椒肉絲が食べたくなる時があるって言ってたけど」
「ああ。時折にな」
「………」
「………」
「……あのさ、冥琳」
「うん? なんだ」
「もしかしてだけど、いろいろと言って祭さんを言い負かしたのって、青椒肉絲が食べたかったからってだけ?」
「………」
「………」
「……………」
「……………」
「そんなことはない」
「あの。大変珍しい光景ではあるけど、目を逸らさずに言ってほしいんだが」

 照れ隠しなのか、目を伏せながらさらりと自分の髪を持ち上げるようにして払い、これまた不自然な咳払いをした。
 そうまでして食べたいほどに、青椒肉絲が好きなんだろうか。
 ちょっと意外だけど、隣に座る冥琳はやっぱり嬉しそうだった。……まあ、祭さんのことだから大盛り以上の特盛りで作ってそうだから、食べる人が増えるのは嬉しいが。

  ……それから少しののち、青椒肉絲がどんぶりに入った白米とともに運ばれる。

 もちろんがっつり食べるつもりだった俺は、こんもりな青椒肉絲とご飯を前に口の中を唾液でいっぱいにし、それを飲み込むと早速食事を開始する。
 ぱくりと食べれば広がる豊かな味わい。
 濃い味付けで、その味加減が薄味に慣れたこの時代では大変ありがたい。
 箸でこんもりと取っては大口を開けて頬張り、軽く味わうと今度はご飯を詰め込み、頬をパンパンに膨らませながら咀嚼する。
 よく噛んでから飲み込めば、米が喉を通る食感が心地良い。
 場所は違うけど、これぞ“よくぞ日本に生まれけり”って喜びだなぁと痛感。
 米があってよかった。本当によかった。
 昆布出汁とかはまだ我慢が利くが、米が無ければ暴れていたかもしれない。
 で、暴れたら暴れれたで簡単に押さえられて、正座で説教される自分が目に浮かぶほどに容易く想像できた。

「うん、うん……」

 食べ方は豪快に。しかししっかりと味わう。
 ああ、この口の中に広がる味の濃さ。そしてそれを受け止める白米のありがたさ。
 たまりません。
 
「………」
「………」

 それを味わうもう一人……美周郎は、やっぱりどこか嬉しそうに食べている。
 急ぐわけでもなくしっかりと味わい。
 食べる仕草も綺麗で、見る人が見れば……たとえばフランチェスカのお嬢様方の誰かが見れば、きっと“ホゥ……”と溜め息を吐きたくなるような綺麗な姿勢。
 なのに、じっくりと見れば綺麗というより可愛さまで見えてくるのが微笑ましい。
 本人には絶対に言えないことだが。

「祭さんご飯おかわりっ!」
「やれやれ……相変わらず食いっぷりだけは男らしいのぅ」
「祭殿。私にも次を」
「……公瑾。お主は多少は遠慮を見せたらどうじゃ」

 俺と違ってどんぶりメシではないから、白米が無くなるのが早いのは解るが……それでもどこか笑顔が混ざったお代わり宣言を見るたび、どうしても綺麗というよりは可愛いって意識が先に立つ。
 その姿が意識の中の子供の冥琳と重なって、子供の頃はこんなだったのかなぁと想像をしてしまう。

「黄蓋さんの料理は、少し味が濃い目に作られてるんですね。なのにそんなにしつこくないなんて……」
「単に儂の好みの問題じゃ。これが嫌だと言う者もおるじゃろう。……この二人はどうにもそういった例外ではないようだが」

 「私のも食べてくださいと」出された流琉の料理も食べながら、ご飯を掻っ込む。
 ああもう、ご飯が進む。
 舌に馴染んだ味付けに、やはりご飯を噛まずにはいられなくなる。
 ……などと、周りの目も気にせずガツガツと食べていたからだろう。
 こちらを気にする人の数が増え、遠慮を知らない者たちは「美味しそうなのだ!」とか「みぃにも食べさせるのにゃ!」とか言いつつ摘んだりしている。……食べてしまえば、欲しくなるのはご飯。
 集った人達が次々と白米を所望する中、ただ俺と冥琳の食べっぷりを見守っていた祭さんと流琉が、いつの間にか給仕係りのようにご飯や料理作り担当になってしまい……いや、そりゃあ最初から手伝うつもりで料理を始めたんだが、これは予想外だっただろう。

「へえ……濃い味付けも工夫次第ね。到着後の宴会時にも食べたけれど、一口だけでは解りきれないものね」
「祭ー、お酒飲みましょお酒ー♪」
「うわー、この青椒肉絲、美味しいー♪」

 で、気づけば各国の王まで近くに座る始末で。

「三人とも、いつの間に……てか、いいの? この騒ぎ鎮めなくて」
「あら。一刀? 私が祭り前の興奮を無理に押さえつけるほど、野暮な王に見える?」
「そうは言うけどさ」
「そうよー? せっかく楽しいんだから、無理に押さえつけるのはつまらないわよ。それより一刀、“日本酒”のほうはどうなの? 私結構楽しみにしてるんだけど」
「まずは酵母がどう働いてくれるかだな。菌や酵母は酒蔵の作りや位置によっても変わってくるらしいから、それが上手く合えばいいんだけど」
「……よく解らないけど、美味しいの期待してるから」
「……はぁ。飲むこと専門な人は、過程なんてどうでもいいんだろうなぁ」

 言いながらも食う。
 言いながらも飲む人とともに、喧噪の仲で笑いながら。
 皆が賑わう中、さすがに一緒に食べ始めた冥琳もそろそろ満腹のようで、箸を置いて身を正していたが、それでもかなりの量を食べたはずだ。
 俺もそろそろ満腹で、最初に出された分をぺろりと平らげたあたりで箸を置いた。
 どんぶりメシって、不思議と茶碗で食べるよりもいっぱい食べれたりするんだよな。
 茶碗で3杯が難しくても、どんぶり二杯が何故か食べれたり。
 おかずの効果が高いからだろうか。まあいいか。美味しかったことに変わりはないし。

「祭さん、流琉、ご馳走様」
「やれやれ……ちょいと首根っこを掴んだだけが、まさかこんなことになるとはのぉ……」
「軽い気持ちで人を締め上げた罰と受け取ってほしいものですね」
「口が減らんのぉ公瑾。素直なのは飯を食らっとる時だけか」
「ああ、確かに《ぎゅみぃっ!》いたたたた!!? ちょ、なんで抓るの!」
「食事をしていた私の姿は忘れてもらって結構だ」
「顔、赤いぞ?」
「〜…………気の所為だ」

 でもなぁ、実際に素直だったし。
 美味いかと言われれば素直にこくこくと頷いた瞬間なんて、恋を思い出させるような素直さだったって。……まあ、自分の行為に気づいてハッとした彼女は、すぐに誤魔化して見せたけど。
 雪蓮は酒を飲みながら、そんな冥琳を見てニヤニヤしてたし、華琳は味の意外性の研究をしてた。桃香は俺と一緒におかわりするほどに食べてて、今はうんうん唸りながら苦しげに卓に突っ伏している。明らかに食べすぎである。

「こんな調子が明日はずっと続くのかと思うと、ちょっと……いや、かなり心配だ」

 ぐるりと見渡せば、未だ食べている者や騒ぐ者、酒でべろんべろんに酔った者などが大勢居た。各国の将全員が座れるほど広いわけでもないので、立ちながら騒ぐ者や立ちながら食べるものが大半。
 しかし華琳が言うように、それを咎める者は誰も居やしない。
 お祭り前日の夜っていうのは、これくらいが丁度いいのかもしれないな……。

「………」

 さて。
 そんな賑やかさの中、ふと足に重みを感じ、椅子に座りながらも天井を見上げて休んでいた俺が視線を落とすと、そこには桃色の髪。
 誰ですかと訊ねるより先に、それがシャオの髪だと解ったあたりで、祭り気分の騒ぎとは別の騒ぎが巻き起こるわけだが……

「あっ! こりゃーっ! 主様の膝は妾のものじゃぞっ! 今すぐ退くのじゃーーっ!!」
「んふんっ? それはただそっちが勝手に言ってるだけでしょー? 一刀の膝はシャオ専用なんだから、誰が何を言おうと関係ないもーんだ」
「違うのだっ! そこは鈴々専用なのだ!」
「あー! どさくさ紛れで何言ってんだちびっ子! 兄ちゃんの膝はボクと流琉のものなんだぞっ!?」
「春巻きは黙ってるのだ!」
「なんだとー!?」
「なんなのだー!!」

 これぞ、“楽しげな賑やかさ”が急に“殺意を混ぜた騒がしさ”へ変わった瞬間である。
 そこに美以や蒲公英、風や明命、果ては猪々子や恋まで混ざってきて、状況はどんどんと殺伐というか……危険なものへと変わっていった。
 ちなみに猪々子さんに参戦理由を訊ねてみましたところ、

「だってアニキの膝枕は落ち着けるし」

 だそうで。
 それを耳にした霞や桃香まで参戦してきて、明命に引かれて亞莎が混ざったあたりで朱里や雛里も参戦。
 いよいよ混沌と化してまいりました。

「一刀さんってば本当に手が早いですね〜、一体その膝で何人の女性を泣かせてきたんですか?」
「膝で泣かすって言葉、初めて聞きましたよ七乃さん」

 で、そうなると当然、つつきたがりの七乃さんが黙ってはおらず。
 膝争奪戦で周囲が騒がしい中、指をピンと立てて微笑む彼女は本当に楽しげでございました。思い切り眼前で騒がれるこっちの身にもなってほしい。

「ちなみにこの他に、膝に座らせた、または寝かせた人は?」
「え? んー……思春《ちくり》オヒャァアーーーーゥァ!!?」

 言葉にした途端に頚動脈あたりにちくりとした刺激!?
 視線だけ動かしてみれば、やっぱりいつものヌラリと光る鈴音さんが!!
 そしてぼそりと耳元で囁かれる、「余計なことは口走るな……」という声!
 ……ええはい、黙るしかありませんでした。
 いつも気を張っていた思春としては、あの……魏に向かう道の途中での出来事は、忘れたいことでしかないのかもしれない。
 未だに携帯には、あの瞬間の思春の無防備な寝顔が残されているわけだが……ある意味どころか確実に、あれは貴重な宝といえましょう。
 誰かに……主に蓮華に見せようものなら、死亡を約束されそうで怖い。
 ごくりと喉を鳴らすとともに、肌に張り付くような鋭さが離れていくのを感じ、深い深い安堵の息を吐いた。

「……こんなのが続くのかなぁ……ほんと……」

 俺の膝だけでここまで白熱できるみなさまを前に、俺はただ明日の心配をした。
 勝者への褒美は各国からというが、その国に求めるものによって褒美は変わるんだろうけど……どうしてだろうなぁ、嫌な予感ばかりするのは。
 ちらりと見た華琳は、何故かちらちらと、俺の膝へと座ってはどかされ座っては邪魔されをするみんなを見ていた。主に鈴々が座った途端に季衣に押し退けられ、その隙に季衣が座って鈴々に押し退けられを繰り返しているわけだが……季衣と鈴々が取っ組み合いになると、その隙に美羽やシャオが座ったり、その二人まで騒ぎ出すといつの間にか風が座ってたり……もう本当に騒がしい。
 そういえば……膝の上のことでは以前、華琳が不機嫌になったことがあったなぁ。
 俺が誰のもので、どういう立場なのかを思い知らせようとした時のことだ。
 あの時は玉座に座らされて、かなりまいったのを覚えている。
 あの時みたいに華琳は不機嫌になるのだろうかと思ったんだが……そんな雰囲気が一向に沸きあがらない。もしかしたら無礼講的なことを言った手前、そんな状況に踏み出せなかったり……? いや、まさかなぁ。

「お兄ちゃんは誰を一番膝に乗せたいのだ!?」
「シャオだよねー?」
「兄ちゃん! ボクだよね!?」
「当然妾なのじゃ! のっ!? 主様っ!!」

 で、いろいろと考えている内にそういう流れになったらしく、普通なら答えづらい質問を鈴々、シャオ、季衣、美羽がしてくるわけで。

「華琳」
『えぇっ!?』

 だがこの北郷、怯むことなどせぬ!
 キッパリと言ってみせると三人が固まり、他のみんなも驚きの声をあげる。
 でも、訊かれて、ほぼ無意識に出た言葉がそれだったので、きっとそうなのだろう。
 そうなると一気にみんなの視線が華琳に向くわけだが、華琳は咳払いをすると立ち上がり、こちらへ歩いてくると……とすんと俺の膝の上へと腰を下ろした。「急に何を言い出すのよ、まったく……」と呟きながら。
 さて。そうなると周りは何も言えなくなる───わけでもなかった。
 次は誰が座るだのと余計に騒がしくなり、そんな切り替えの早さに感心してか、華琳は体を震わせて少し笑っているようだった。

「それにしても意外ね。あなたのことだから、訊かれれば言葉を濁すと思ったのに」
「あ、ああ……自分でも意外だったんだけど、自然と“華琳”って口に出てた」
「そう」

 人の膝の上で足を組み、胸に体を預けてくる。
 見下ろしてみると目を閉じて息を吐いている華琳。
 そんな彼女を頭をさらりと撫でると、それを見た麗羽が突然の参戦宣言。
 次に誰が座るかなどを話し、競っているみんなはまったく無視して直接華琳に話しかけると、「さあ華琳さん? そこをおどきなさい」と言ってみせるんだから、麗羽さん怖いもの知らず。
 そんな言葉をあっさりと断られた彼女は強行手段に入り、いつしか華琳と取っ組み合いの喧嘩をしだす始末で…………あの。人の膝の上で喧嘩はやめてほしいんだけどなぁ。
 勇気を持ってそう言ってみたら、“一刀は黙ってなさい”的なことを同時に言われた。

「…………支柱って……なんだろなぁ……」

 やっぱり遠い目をして呟く俺の悲しみを、溜め息を吐きながら肩に手をポムと乗せてくれた冥琳だけが解ってくれていたようだった。




ネタ曝しです  *カーボナディウムコイル  オメガレッドの手に仕込まれたコイル。  鞭のようなもので、これを伸ばして相手を攻撃、捕縛等が出来る。  *かかず  声優、かかずゆみさん。  一作目のアニメ遊戯王の杏さんの声を担当していた。  「ライフはもう0よ」の声をあてている人は別の人。  凍傷はOPEDの歌も、声優も、一作目のほうが好きです。  しかしながら、海馬くんの髪の毛の色は今でもすごいと思う。  80、81話をお届けします。凍傷です。  ようやく時間が作れるようになったかと思えば別方面で忙しかったりすると、どうしてこうなってしまう……と悲しくなりますよね。  まあ僕のことはさておき、いつも通りといえばいつも通りの日常をお送りします。  もっと早く……と頑張ってはみましたが、やはり寝落ち。  目覚めると誤字だらけの文章と、なにを思って書いたのか解らない文字列。  無理はいかんなぁと思いましたが、書きたいことは山ほど。くそう、時間が足りない。  なのに次回更新は都合により、書き始めること自体が20日以降になります。  待たせてばかりで申し訳ありません。  暑い日が続きますが、なんだか最近暑いほうが安心出来る体になってきました。  逆に涼しい風がくると気持ち悪くなるというか。  ……これって僕の体がおかしいんでしょうかね。  では、また次回で。 Next Top Back