128/武闘舞踏不倒無逃

 ひょるるるるる…………どぉんがぁああああああああんっ!!!

「ぉおわぁあああああっ!!?」
「あ、あー……こらあかん……ちいっとばかし火薬の量間違えてもーた……」

 お祭り当日。
 静かな空に、大きな爆煙が広がった。
 もちろん花火代わりにするつもりだったのだが、そもそもが真桜が桔梗の豪天砲の弾薬を参考に作ったものだ。少しの匙加減で大爆発もするし、綺麗に爆発したりもしたのだろうが……今回は前者だった。
 空中への射出自体はいつかの部隊演習で使った“隊を分裂させるための射出型狼煙”を改良したもので済ませ、そこに弾薬を乗せて空へと飛ばした結果が、あの大爆発である。
 空気振動でかつてない感覚を肌で感じた俺達だったが、むしろその振動によって、祭りという名の戦を前にしたみんなは咆哮。特に春蘭や季衣や霞、鈴々や焔耶や猪々子、雪蓮やシャオや祭さんは気力充実とばかりに思い切り声を張り上げていた。

「あ、あのなぁ……事前にもうちょっと調べておくとかしとくべきだろ……」
「や、きちんとしたで? 同じ量で作ったもんが一日経ったら成長してた〜みたいな状況なんよ、これ……」
「嫌な成長だなおい……」

 火薬に使った硝石等が乾燥とかの影響で変化したのかとか、細かなことを調べようとする真桜に抑えてもらい、これより三国連合による競い合い祭りを開催いたします。
 ちらりと見てみれば、武舞台の上の地和がマイク(妖術仕様)を使って司会をしている。

「宣誓っ! ちぃたちは各国の戦闘意欲に則り! 各国の戦術に沿った“正々堂々”で戦い続けることをここに誓いまーーーす!」
『うぉおおおおーーーーーーっ!!!』
「ちぃと一緒に戦えるーーーっ!?」
『はわぁあああーーーーーーっ!!!』
「羅馬に行きたいかーーーーっ!!」
『ほわぁあああーーーーーーっ!!!』
「えぶりばでぃせーーーーーい!!」
『地和ちゃん最高ーーーーーっ!!!』
「らぶあんどぴーーーーーーす!!」
『地和ちゃん最高ーーーーーっ!!!』

 武舞台には当然観客席が用意されている。
 もちろん段差状になってるわけでもないから、後ろになればなるほど舞台の状況は解らないし見えなくもなるだろう。そこで地和の妖術なわけで。
 舞台上空を見れば、そこには大きく映し出された舞台の様子。
 妖術すげぇ。
 これって、地和が見ているものを映し出しているってことでいいんだろうか。
 ……あと、無理に英語っぽいこと言わなくていいぞ、地和。

「さぁ叫べ! 胸を熱くして楽しむことを楽しめー! 祭りとは楽しむことこそが全て! 楽しめない祭りになんの意味があろうかー!」
『おぉおおーーーーーっ!!』
「というわけで、いい感じに熱くなったところで解説者を紹介します。まずは魏にその噂ありと謳われた男! 知らぬ者はそうそう居ない! 魏の種馬こと北郷一刀だーーーっ!!」
「おいこらっ! もっとマシな二つ名とかないのかよ!!」
「あー聞こえません聞こえませーん」

 花火の打ち上げ場から戻ってくればこの扱い。
 これで本当に想われてるのかって、時々疑問に思える。
 今回も例に漏れずそんなことを考えつつ、解説者に用意された席へとストンと。
 そこには既に待っていた者が居て、

「次はさすらいの医者! 我に治せぬものは無し! 五斗米道継承者ぁっ!」
『違うっ! ゴッドヴェイドォォオオッ!! だっ!!』

 その人物は華佗だった。
 や、一緒に叫んでおいて、今さらではあるが。

「なんで一刀まで怒ってんのよ!」
「名前は大事だろ! 名前は正しく言うべきだ! 地和だって“ちーほう”じゃなくて“チワ”って言われたら嫌だろ!?」
「ああっ! 名は大事だ! そしてその方が格好いい!」
「そう! 格好いい!」
「……熱気にやられて暴走した解説者は無視しましょうね。では続けて大会規定をお報せします! 楽隊のみなさーん、盛り上がる音楽よろしくー!」

 楽隊が構えた楽器でもって音楽を奏でる。
 それは力強いもので、祭りの開始にはよく合っていた。
 そんな熱いBGMの中、俺と華佗は遠い目をしながらたった数秒前を振り返った。

「……なぁ北郷。俺は名前すら紹介されていないんだが」
「名前呼ぶ前に、ゴッドヴェイドォオで話の腰折っちゃったからなぁ……」

 そう、華佗が名前の紹介すらされずに流されたのだ。
 しかしながら話は進み、規定が語られる。

「ひとーつ! 武道会において使用する武器は、刃を潰した模擬刀であること! 鈍器ばっかりを使ってる人は優勢この上ないですね! ひとーつ! 降参宣言、気絶、もしくは場外落下などで決着とす! ひとーつ! 戦うからには全力でいけ! ひとーつ! 嘘や策も武力であーる! 武略ってやつね! 戦場で“騙されて負けました”は言い訳にはならーーん! ひとーつ! でも対戦者を殺めてしまった場合は打ち首とする! ひとーつ! 仕合が長時間続くようなら没収仕合とする! だから全力で戦え! 殺さない程度に殺す気でいけー! ひとーつ! 当然のことながら観客に被害が及ぶ行為も禁止とす! 被害が及んだら問答無用で敗北! ひとーつ! 文官の勝負において、知恵は武器だが直接攻撃は禁止とす! それがしたいなら武道会に参加しろー! ひとーつ! 種目ごとの最優秀者には既に用意してある各国からの褒美とともに、北郷一刀に好きなことを要求できる権利を得られるものとす! あ、でも死んでくださいとか消えてくださいは却下の方向で。……一人の軍師さんがあからさまに舌打ちをしましたが続けましょー!」

 桂花……お前なぁ……。

「つか、俺になんでも要求できる権利ってなに!? 俺に断る権利は───」
「あるわけないでしょそんなの!」
「なんで俺が怒られてるんだよ! 普通怒るのこっちじゃない!?」
「ひとーつ! これを拒否した北郷一刀には、料理が苦手な者たちが作った料理の味見役をさせるものとす!」
「規定を捏造するなぁああっ! そんなの渡された書類には───あ、あれ?」

 用意された簡易解説席の上。
 そこにある書類に目を落とすと…………書いて……ある?

「ちなみにこれを考えたのは呉王さんで、各国の王がこれを認めてます」
「しぇぇええええええれぇえええええええん!!!!」

 ち、ちくしょうやられた!
 祭りだっていうのに華琳にちょっかい出してばっかりで、あんまり絡んでこないなと安心していたらこのザマだ!
 もう通っちゃったものは覆せないし、うだうだ言って大会の熱気を奪うわけにも! ぬううなんという周到な策! この北郷、まんまと騙されたわ! ……気づかなかっただけだね、うん。

「さあさ、解説者の一人が頭抱えて唸っているうちに進めちゃおう! えー、大会は三つに分けて行われます! まずは武! 武官の本領を発揮できる舞台! 言った通り、全力で戦うこと大前提ー! 嘘も武力と判断される今大会! 口でも全力を出して有利にことを運びましょう! 次に知! 文官が輝く舞台! 地味さはどうしてもでるだろーけどそこは盤面を見ながら、自分も次にどうするかを考えて緊張を盛り上げよーう!! 最後に総合! 武と知を合わせた様々で乗り切り、武、または知で遅れをとった点数を稼いじゃおう!」
『うおぉおおおーーーーーーーーっ!!!』
「総合にはそれぞれ、各国の将から提案されたもの! その中から選んだいくつかが競争内容となります! 練習することも許されなかったので、あくまで内容は公平であると信じましょう!」
『おぉおおおおおおおーーーーーーっ!!!』
「それでは開幕、宣誓、規定通達を終わります! よーっしそれじゃあ気合入れていくんだから、声を大にしていくわよーーーっ!? 三国総合主催! 天下一品祭! はっじめぇええーーーーーっ!!!」
『ほわぁあああーーーーーっ!! ほわっ! ほわぁああーーーーーーっ!!!』

 観客である兵や民、大会には出ない武官文官が叫ぶ。
 腕がこのザマで何も出来ないなら、せめて俺も一緒に叫びたかったが……今叫んだら大変なことになるもんな。
 司会者および解説者には、小さな水晶がくっついたマイクが渡されている。
 だから叫んだりすればその音が拡大拡散状態となり、鼓膜を劈くのは想像に容易い。
 現に先ほど、雪蓮の名前を叫んだ時は……地和だけじゃなく、いろんな人達に睨まれました。はい。

「それでは早速武道会一回戦目! 組み合わせはこの二人! まず一人目! その武、もはや語る必要無し! 三国無双、呂奉先だぁーーーーっ!!」
「………」

 名を呼ばれ、武舞台の奥から現れたのは、まさかの恋。
 案外、勝負にならないから出ないと思ってたのに……。

「対する相手は……ていうかそもそも誰が当たっても散々な結果になりそ……」
「そういうこと言わないっ!」
「ああもう解ってるってば。それじゃ気を取り直して。対するは! ……あ、ちなみに組み合わせはきちんと本人たちによるくじ引きで行われているので、誰と当たっても本人の運以外を恨むことは出来ませんからね? もちろん誰と戦うことになっているのかは、本人たちにも知らせていません! 名前を呼ばれたらすぐに出てきましょう! はい! というわけで対するは李曼成選手ー!」

 ……わあ。
 奥のほうから「いやぁああーーーーーっ!!?」って泣き声が聞こえた。
 つーか参加してたのか、真桜……。

「さーあもういろいろと覚悟して、ちゃきちゃき出てきちゃってくださーい!? 出てこないんだったら不戦敗になりますよー!? そんなことになったら敵前逃亡とみなされ、我らが覇王様になにをされるかっ!」

 地和がそんな想像に容易いことを言った矢先、武舞台の出入り口の奥から慌てて出てくる真桜さん。螺旋槍をしっかと握り、ズチャッと恋の前に立つその顔は───! …………たぱーと流れる涙で濡れていた。

「さてさてそれじゃあ対戦者が揃ったところで! 第一仕合! 開始ぃーーーーっ!!」

 ゴワァーーーーンッ!! ……地和の掛け声とともに銅鑼が強打され、場を揺るがす音の衝撃が響く。と同時に真桜は螺旋槍に氣を込めて高速回転させ、恋は───

「最初から……っ……全力───!!」
「え? うえぇっ!?」

 結構な距離を離れていたにも係わらず、地面を蹴り弾くとたった一歩で間合いを詰め、片腕で振るう模造方天画戟が螺旋槍ごと真桜を吹き飛ばした。
 慌てて螺旋槍を盾にしたのがよかったのか、吹き飛んだ真桜はそれはもう豪快に場外に吹き飛んだが、まあその……一命は取り留めた。壁に盛大に激突して、目を回して気絶してるし、模造螺旋槍は無惨な姿だが。

「……地和、司会司会」
「…………うぇっ!? あっ、こ、これは驚きだーーーっ! あまりの出来事に呆然としてしまいましたっ! 一撃! 僅か一撃! それも開始からほんの僅かな時間しか経っていませんっ! しかしこれが仕合! これこそが仕合! 第一仕合、呂奉先選手の勝利ですっ!」
『……………』

 呆然と固まっていた地和に声をかけて、地和も勝利者宣言をしたのだが……観客は固まったままだ。そりゃそうだ、いくらなんでも圧倒的すぎる。

(さ、さすが武力100……武器を破壊してなお相手を吹き飛ばすって……)

 月と詠が介抱してくれている真桜をちらりと見る。むしろその傍に無惨に転がるカタマリを。

(あの時、衝撃吸収してすぐに返さなかったら、俺も左腕どころか全身がああなってたんだよなぁ……硬いからこそ、へしゃげるだけで済んだんであって、人体のような柔らかいものが三国無双の一撃を受ければ…………)

 背筋が凍る思いが再来した。
 そんな俺の心内など知らんのだろう、恋は戟を両手で胸に抱くような格好でこちらをちらちらと見てくる。……エ、エェト、ナンデショウ。褒めてあげればよいのでせうか。
 あれが先ほど、人間を武器ごと吹き飛ばして見せた人なわけですが、このギャップはどうしたことか。なにやら見つめられると頭を撫でなくてはいけない義務感に駆られるような……!

「さーさーそれでは次にいっちゃおう!」

 と、よく解らない衝動に誘われるままに走り出しそうになる俺だったが、地和の言葉に自分を止めることが出来た。そうそう、解説者が持ち場を離れちゃいけないだろ。つーか今の戦いに関しての解説を要求されなかったんですが……ああ、まあうん、すごい速さで近付いてすごい力で吹き飛ばした、としか言いようがないもんなぁ。むしろ槍を回転させることしか出来なかった真桜の傷に、塩を塗るような行為にしかならないだろうし。

「第二仕合! 武力90対武力87の戦い! まずは頭の中まで戦でいっぱい! 華雄選手だぁーーーっ!!」
「我が斧に断てぬもの無しッッ!」
「あ、ちなみに。自分を負かした男の嫁になるそうなので、自分に自信のある人は是非とも挑戦してみよう! ───対するは! 蜀に立つ耳年増! ちっちゃな体に大きな欲望! 馬伯瞻(はくせん)選手だぁーーーっ!!」
「なんかたんぽぽの紹介ひどくない!?」
「でもあんたの従姉さん、あちらで腕を組みながらうんうん頷いてるけど?」
「ちょっとお姉様ー!?《がーーーん!》」

 観客がドッと沸く。
 そんな愉快劇場を前に、蒲公英は顔を真っ赤にしたまま、手に持つ槍……影閃を構えた。
 一方の華雄は、たぶんホヤホヤ(出来たて)の斧を嬉しそうな顔でルフォンと振り回し、その石突きで武舞台を叩く。門番が門前で通せんぼするかのような威圧感ある構えだ。
 でも顔は緩んでる。武器が出来たのが、間に合ったのがそんなに嬉しいのか、華雄。

「では始めましょう! 第二仕合! はっじめーーーーっ!!」

 高鳴る銅鑼。
 同時に駆けたのは華雄。
 蒲公英はそれを受け止める形で重心を低く構え、接近とともに振り下ろされた爆斧の一撃を……斜に構えた槍で地面へと逸らし、その構えをそのまま攻撃へと転ずる。

「えいやぁっ!」
「甘い!」
「えっ? ふわぁっ!!」

 しかしながら長柄で槍の弧を弾く動作とともに斧を振り上げ、それがそのまま攻撃になったものを、後方へと足を弾かせることで避ける蒲公英。

「うわー……そんな重そうなの持ってるくせに、戻しが早いって……これだから脳筋は」
「フッ、脳筋がどうした。己が鍛えたものを見せ付けてなにが悪! 一点を極めんとすること即ち武の昇華! 文を犠牲にした結果がそれだというのなら、私は武こそを誇り、文に対する侮辱など切り捨てよう!!」

 言って、金剛爆斧を振るう華雄の目つきは鋭いまま。
 怒りがあるわけではなく、ただただ戦を楽しむ者の目をしている。

「聞きましたでしょーかみなさん! 武を誇れるなら馬鹿でいいという華雄選手の言葉! 素晴らしいと言っていいのか判断に悩みますが、強ければそれでいいのだという構え方はきっと素晴らしい!」
「だから大声でそういうこと言うなって言ってるだろー!? 誰も馬鹿でいいとか言ってないだろーが!」
「えー? ちぃにはそうとしか聞こえなかったけど? じゃあ一刀はどう聞こえたのよ」
「え? 俺? ……普通に“武こそが我が誇り”ってことだろ?」
「でもそれって文に関することは聞かないってことじゃない。つまり馬鹿───」
「はいちょっと待った。……司会者さん。魏武の大剣様の前で同じことが言えますか?」
「……あ……なんかすごく納得できた。あと言えない」

 言ったら“なんだとぅ!?”から始まる言った覚えのない言葉を放ちつつ、襲い掛かられるであろう未来が容易に想像できる。
 でも脳筋だって一方を極めんとした結果なんだから、それでいいんだと思うぞ?
 どっちも中途半端で何も出来ないよりかはよっぽどさ。
 前にこの世界に降りた俺がそうだったんだ、説得力は満点さ! ……悲しいけど。

「さあさあそんなことを言っている間に、舞台の上では激しい攻防が繰り広げられております! 素早く動く馬岱選手に対し、豪快に動く華雄選手! この戦い方をどう見ますか、華佗のおじさま!」
「ああ。一言で武とは言っても、その在り方は様々だ。力任せだけでは、相手に振り回されるままに終わることもよくある。馬岱は相手の動きをよく見て立ち回っているようだが、華雄もまたよく見ている。そして俺はまだおじさんじゃない」

 華佗の言う通り、蒲公英も華雄も相手の動きに相当に注意して動いている。
 特に華雄だ。
 第三者として見るからこそ解るが、蒲公英が細かな動きの一つ一つで攻撃を誘っても、それに乗らずにどんと構えている。逆に蒲公英のほうがしびれを切らして攻撃に転じるのだが、そこを突かれて慌てて防ぐ、といったことがたった今起こった。

「馬岱は大勢に見られていることを意識しすぎている。この大歓声が自分に向けられているのだと考えれば、それも解らないでもないが……冷静にならなければ押し切られ、負けるだけだろう」
「あ……なるほど、蒲公英らしいかも」

 いいところを見せようと張り切るのは悪いことじゃないだろうが、そういう時ってポカをやらかしやすいんだよな。というか……俺が出たとしたら、もっと緊張してダメダメだっただろうなぁ。
 蒲公英の場合、自分の鍛錬を人に見せようとはしないイメージがある。影で努力して実力だけ表でって感じだな。だから大勢の前での力の誇示には慣れていないのかもしれない。

「うぅうっ……あの脳筋みたいに、誘えば簡単に引っかかると思ってたのにっ……!」
「フフフハハッ! 私をそんじょそこらの脳筋と同列に見るとは愚かなっ!」

 でも、華雄もあれで、結構流されやすいというか……冷静じゃないんだよなぁ。勢いづくと止まらないというか、自分が勝っている状況になると勝つことしか頭に入らなくなる。
 案外泥仕合になるのかと心配してしまう状況の中、それでも二人の攻防は素早く、そして力強いままに続く。一撃が一撃を弾く音はよく響き、そんな音が高鳴る度に観客は沸き、息を飲む。
 それは当然の反応だろう。
 兵は何度か見たことがあるだろうが、民がそれを見るのは基本的に初めてだ。
 むしろ兵であっても、こうしてまじまじと将同士の対決を見ることなど稀だ。
 今までの会合の中、どんなことがあったのかは詳しいところまでは知らないが、どちらにしろ何度も見れるほど安いものじゃない。

「《ごぎぃんっ!》ふわぁっ!? 〜〜〜っ……っつぅう……!」
「ふははっ! どうした! 動きが鈍くなってきているぞっ!」
「そう見せてるだけだってばっ! このっ!」

 縦の一撃を防ぐ蒲公英は、その威力に歯を食い縛って耐えていた。
 返す一撃は容易く逸らされ、再び一撃を返されては焦りを顔に浮かべてゆく。

「おーーっとこれはどうしたことかーーっ! 見る間に馬岱選手の動きが鈍くなっていっています! 解説者の華佗さん、これはいったい!?」
「ああ……上手いな。相手の攻撃に合わせ、その攻撃を己の剛撃で弾く。そうすることで避けることを許さず、確実に相手の手を痺れさせていっている。己が振れば馬岱はただ避けるだけだが、相手の攻撃に合わせれば避けるもなにもない。だがこれは相当な反射神経と腕力が無ければ出来ないことだ」
「おおお……実は凄かったんですね華雄選手!」
「実は、とか言わない」

 水関では愛紗と当たってなければまだ……とも思うし、そもそも普通に強いって。
 むしろ数多のゲームに出てくる華雄は、おかしなくらい強いほうだろう。
 いや、ゲームは関係ないけどさ。

「ふっ!」
「うあっ!?」

 華雄が詰める。
 蒲公英は下がりながらも一撃を受け止め、しかしその一撃こそが影閃を握る手を痺れさせ、体勢をも崩させる。
 だが足までが痺れたわけでもないと、蒲公英はさらに距離を取るが……すぐ後ろは既に場外すれすれ。そのことに気づき、反射で自分の足元を見下ろしてしまった瞬間だった。
 華雄が地を蹴り、一気に間合いを殺し、放つは横薙ぎの一閃。
 右にも左にも避けられず、受け止めれば落ち、堪えようとしたところで痺れた腕でどこまで保つか。そう考えた頃には───

「待ってましたぁっ!」
「なにっ!?」

 蒲公英は攻撃を受け止めるのでも左右に避けるのでもなく、地面に槍を突き立て、それを台にするように自分の体を宙に逃がした。
 当然、振り切られた爆斧がその槍の柄を撃ちつけるが、その頃には蒲公英の体は場外の傍から離れている。
 さらに言えば、入れ替わるように場外間際で焦りを見せる華雄目掛け、着地と同時に一気に詰めに入った。といっても突き落とすだけで勝負はつくのだが───

「甘い!」
「《がしぃっ!》ふえっ……!?」

 トドメとばかりに突き出した影閃。
 しかし華雄はそれを振り向きざまに手で掴み、握った柄に渾身を込めて……なんと片手で蒲公英ごと持ち上げてみせたのだ。

「う、えっ!? えぇええええええっ!!? うわっ! わぁああっ! ちょっと待っ」
「っ───せぇええええいっ!!」
「ひぃやぁあああああああああっ!!?《びったぁーーーん!!》けぴゅうっ!?」

 そのままの勢いで、場外へと蒲公英を叩きつけた。
 途端に、大地が揺れんほどの大歓声。

「すンごぉおおおいっ! 武器と武器との勝負かと思いきや、まさかのそれこそ“武”の勝利! 相手の武器を掴んで投げ飛ばすなんて普通は思いつきませんが、確かにこれぞ武! 第二仕合、華雄選手の勝利です!!」
『はわぁああああーーーーーーーっ!!!』

 割れんばかりの歓声の中、華雄はフッと笑い、その歓声に応えている。
 観客たちにしても、“華雄の負けかな”と思った矢先のアレだ。声もあげたくなる。

「解説者のお二人さん、今の戦いをどう見ますかっ?」
「武の勝利だな」
「武の勝利……だよなぁ」
「はいっ、まったく参考になりませんが、ちぃもそうとしか言えないのでこれにて終了! 勝者の華雄さん、なにか一言!」
「フッ……我が斧に開けぬ道は無し!」
「や、それなら斧で勝ちなさいよ……というわけで第二仕合しゅーりょーーーっ! ちゃっちゃと次にいっちゃいましょう!」
『うおぉおおおおおおおおおーーーーーーーっ!!!』

 武の勝利で終わった第二仕合。
 勝者は控え室へ、敗者は……失神してるのか、運ばれていった。
 そりゃ、あの位置から地面へ、顔面からびったぁーーんだもんな、失神くらいする。

「さぁ続きまして第三仕合! 玄武の方角! 魏の武即ち我が得物! 魏武の大剣! 夏侯元譲選手の入場です!」
「ふははははははっ!! 誰であろうと構わん! 臆さぬならば! かかってこい!」
「白虎の方角! 蜀の腕力我にあり! 主一筋幾年月! 魏文長選手の入場です!!」
「我に勝てる奴はいるかぁあーーーっ!!」
「ここにいるぞぉおおーーーっ!!」

 お約束とばかりに焔耶が叫び、春蘭がそれを返す。
 途端に覇気と覇気がぶつかり合い、一瞬だけ周囲から音が消える。
 が、それもまさに一瞬。拍子を置いた先には大歓声と、ニヤリと笑う二人の姿。

「さ、さあ息が詰まる第三仕合! なんかもう間近で司会しなきゃいけないちぃのことも考えてってくらい、息苦しい状況ではありますがっ、引き受けたからにはやりましょう! あとで一刀が可愛がってくれるって条件つきだしっ!」
「聞いてないんですけど!? え!? なにそれ!」
「第三仕合! はっじめぇええーーーーっ!!」

 俺の戸惑いまったく無視で開始される第三仕合。
 二人がとった行動は全く同じで、真正面からの衝突だった。
 一方は大剣を、一方は金棒を豪快に振るい、トラックの衝突事故でもあったかのような轟音で、場の音を支配した。
 開始の銅鑼の残響さえも掻き消すそれは、その音が肌を刺激するほどのものだった。

「ふははっ、力が自慢か! いいぞっ、そういう相手は解り易くていい!」
「同感だっ! だが───勝つのはワタシだ!!」
「ふっ、ぬかせっ!」

 まるで狂った祭りを見ているようだった。
 大太鼓でも鳴らす祭りの漢たちのように、どがんどがんと武器を合わせては空気を振動させる二人。風圧さえ感じる遠慮なしのフルスウィングと、ぶつかり合うたびに散る火花がその威力を物語る。
 しかも互いに一歩も引かないものだから、音も風も絶えることなく続いている。

「あーもーうるさいっ! どうにかならないのこの音ー!」
「頑張れ司会者ー」
「耳塞ぎながら言っても説得力に欠ける! もう一刀が司会してよ! むしろしなさい!」
「無茶言うな! 俺はお前や蒲公英ほど口が回らないんだよ!」
「……ほっといても女を口説く言葉は吐くくせに」
「いつしましたか!? そんなこと!!」

 言ってる間も高鳴る轟音。
 あの金棒に大きな穴でも開いていれば、それこそ鐘を打つ音を何度も聞かされるような状況になっていただろう。
 つか、あの金棒を怯むことなく何度も振るえる腕力ってどうなの?
 打ち合い、やったことあるけど、あれって数度耐えられればいいほうだぞ? どっちも。

「ははははは! なるほど! 心地良い撃だ! 相手を潰そうとする……ただそれだけのための一撃のなんと心地良いことか!」
「ワタシの撃が心地良いだと……!? ならば目を覚まさせてやる! はぁあああっ!!」

 見て解るほどに、焔耶の腕の筋肉が隆起した。
 それを確認した直後にさらに大きな音。
 剣ごと腕を後方へ弾かれた春蘭が驚きの表情を───見せず、笑ってる!?

「心地良いだろう! 小細工無しでぶつかるこの瞬間! 解らんとは言わせんぞ!」
「《ゴギィインッ!!》ぐっ!? ……ふふっ、なるほど、そういうことか!」

 後方へ弾かれた分だけ乗った反動を、そのまま勢いとして焔耶へぶつける。
 それを金棒で受け止めた焔耶だったが、今度は自分が勢いに押されて後方へと弾かれた。
 ……それが引き金だ。
 最初から全力でとはいったが、様子くらいは誰だってみようとする。
 しかし今の一撃ずつで枷のようなものが外れたのか、二人は一度、目を細めてから開くと……もう止まらなかった。
 先ほどよりも早く、先ほどよりも重く。
 それこそ全力で振るわれる一撃一撃が、身が震えるほどの音を立て、沸いていた観客を静まらせた。
 “音だけでそんな”と思うかもしれないが、刃物の切れ味なんてみんな知ってるし、鈍器の破壊力も知らないわけがない。ヘタをすればそこいらに転がる石でだって人は殺せる。
 そんなものがあんな巨大なものとして存在し、しかもあの速度で振るわれる。
 それを間近で見せられては、息を飲む以外に出来るわけもない。

「地和……! おい地和!」
「えっ? あ、───」

 その迫力に飲まれ、同じく固まっていた地和に声をかけ、離れるように言う。
 慌てて、というか恐れるように小走りにこちらへ来た地和は、武闘場の中心を見て、やはり息を飲む。
 だって、まるで暴風の中心だ。
 竜巻みたいに中心が穏やかだとか言うのではなく、あれこそが暴風を生んでいる。
 激しい音と破壊力。ほんと、暴風そのものだ。

「………ん?」

 だが、それも次第に弱まりを見せた。
 いや、弱まりというよりも、途絶えた。

「私の勝ちだな」
「くっ……!」

 先ほどまで打ち合っていた武器はしかし、一方が一方の喉に突きつけられていた。
 それは……春蘭の七星餓狼だった。
 これには俺も地和も呆然としてしまい、未だ耳に残る残響に頭をくらくらさせながらも決着を疑った。

「線と棒との差が出たな」

 しかしそこに解説を入れてくれたのは、僕らの医者王華佗先生。

「え……? せ、線と……棒……?」
「し、知っているのか雷電」
「ああ。夏侯惇が振るう得物は寝かせれば線。しかし魏延が振るうのは面積の多い楕円に近いもの。しかも重量もある。あれだけ振るい、弾かれる力も勢いも増した状況だ。勝敗を決めるのは腕力だろうが、そこにはいくつか問題が出てくる」
「……あ。空気抵抗」
「そうだ。なにを馬鹿なと思うだろうが、僅かな抵抗だろうがそれが連続して起これば、その僅かが勝敗を決めることもある。まさに水滴の一粒が岩を貫く僅かな差の勝利だった。……そもそも、剣で金棒を弾き返せる夏侯惇が規格外だったということもあるが。それから俺は雷電じゃない」
「へぇー……じゃあ魏延選手の武器が、夏侯惇選手と同じものだったとしたら?」
「……鈍器ではなく、剣術で夏侯惇に勝てる自信があるのなら、奨める」
『無理だね』

 俺と地和の声が重なった。
 いや、ていうかな。空気抵抗で決着がつくのも驚きなら、剣で金棒を打ち返す春蘭の腕力にも驚きだよ。なによりも七星餓狼(レプリカ)の耐久力に驚きだ。
 と、そこまで喋ると地和が解説席から離れ、舞台の中心に駆けようとするのだが……先ほどの暴風にあてられたのか、少しふらついた。

「大丈夫か?」
「も、問題ないわよっ! 舞台上で震えてて、数え役萬☆姉妹が勤まるもんですかっ!」

 おおプロだ。
 今度こそ元気に駆け、第三仕合終了を宣言する地和が輝いてみえた。
 ……よく見ると足が少しだけふらついているが、それも少しの間だ。
 その少しが過ぎればしっかと立つ彼女がそこに居て、続く第四仕合の選手紹介を始める。

「玄武の方角! 魏より登場するは魏の常識人! 夏侯妙才選手の入場です!」
「……私の紹介は常識人というだけなのか」
「待て秋蘭! それは貴重なっ……! 大ッ変ッ! 貴重な言葉だ! それだけで俺がどれだけ救われるか!」
「……熱くなる気持ちは解らないでもないが、あとの言い訳は考えておけ、北郷」
「え? ……ア」

 思わず放ってしまった言に、地和を始めとする魏の皆様に睨まれていた。
 だ、だって仕方ないじゃないか! 仕方ないよな!? 誰だってきっとそう思うよ!?

「さ、一刀はあとでどうとでもするとして。対戦者の紹介です! 白虎の方角! またまた魏対蜀! 強さの秘密はメンマにあり!? 趙子龍選手の入場です!!」
「はっはっは、武の高さがメンマに通じるなど…………実は通ずるものがあるやもしれぬ」
「そこっ! 本気で考えない!」
「ふふっ、なに、ほんの冗談にござる。さて、夏侯妙才殿。槍と弓の戦がどのようなものになるのか、大変興味があるが───大衆の手前、王の御前。負けてやるわけにもいかん」
「当然だ。わざと負けるようなことがあれば、全身に矢を点てる程度では済まん」

 二人が構える。
 弓と槍の対決だが、普通に考えれば距離を保ち続ければ秋蘭が有利、近接になれば星が有利ってことになるだろうが……そうはいかないのがこの世界の将だしなぁ。常識的に考えちゃだめだ。

「そーーれではいってみましょー! 銅鑼係さんお願いしまーす! 第四仕合!」

 地和の言葉に合わせて身を捻る兵の一人。
 その先には大きな銅鑼。

「はっじめぇーーーいっ!!」

 言葉が放たれれば、銅鑼もまた音を放つ。
 銅鑼叩いて、間近であの音を聞いて、耳が痛くないのだろうか。
 ……と思ってたら、叩いて早々に耳を塞いでいた。
 そうだよなー、やっぱ大きいよなー。
 とか仕合とは関係ないところを見てないでと。
 あ……ついでに言うと、いくら待っても朱雀の方角からは誰も来ない。
 地和が言っている四神の方角は、言葉通り三国の方角のことなのだ。
 四神はそれぞれ東西南北を守護する者。
 青竜は東、つまり呉。
 玄武は北、つまり魏。
 白虎は西、つまり蜀。
 そういうことになってるから、南はいつまで経っても呼ばれない。
 南っていったら……南蛮? じゃあ美以が来れば……って、もう美以は蜀だしなぁ。

(って、誰に言ってんだか)

 気を取り直して秋蘭と星の戦いを見る。
 一気に接近しようとした星に対し、流れるような、しかし異常な速さで矢を番え、四本同時に放つ秋蘭。けれどそれも駆けながら槍を回転させることで器用に弾き、回転の遠心力をそのまま使っての、刺突ではなく薙ぎ払い。それを後方へのステップでそれを躱し、既に番えていた矢を放って防がせると、距離を取る。

「うわぁあ……」
「え? え? ちょ、ちょっと解説者のお二方? 今なにが起きたの?」
「ああ。今のは趙雲が先に仕掛け、夏侯淵が───」

 華佗が解説に入ろうとした先でも攻防は展開されている。
 一つを理解する間に疑問は次々と増え、というか二人とも動きが早すぎ!
 二人で解説しても間に合いやしない!

「おぉおおおお! 一見近寄られれば不利に思われた弓使いでしたが、なんと近寄られても負けておりません! それどころか上手く捌いて押している時があるほどです!」

 矢を放つ速度が増してゆく。
 一度に四本だったものが五本、六本と増え、今は八本。
 星が避ける方向を予測し、瞬間的にそこへ目掛けて構えようとも、放った矢がブレることもない。空を裂く矢は見事に星の体裁きの先を掠め、星はフッと笑ってみせた。

「なるほどなるほど、確かに見事。夏侯妙才の弓術とは、これほどだったか」
「涼しげなことを言いながらも弾くか。まったく、底の知れぬ者だ」

 言葉の通り、笑みを含めて話している間もひっきりなしに動き、放たれた矢を弾いたり避けたりを続けている。
 息は乱さず、顔に険しさも焦りも見せず。

「はっはっは、表情に弱きを見せること、即ち自分の弱さを見せるも同じ。望まれずとも、疲れていようが笑ってみせよう」
「なるほど。だが、表情や呼吸を乱さずとも、流れ落ちる汗までは誤魔化せん」
「む……やれやれ、これは一本取られたか」

 くすりと笑うと、槍をヒョゥンと回転させて構え直す。
 表情は笑ったまま。
 しかし、感じる気配はとても冷たいものだった。

「弓の匠、存分に味わわせてもらった。ならば私は槍の匠をお見せしよう。なに、私の槍が大陸最強と云うわけではない。しかし、匠ではないとは言わせぬ技量程度はお見せする」
「ほう……それは楽しみだ。……見せる場があれば、だがな───!」

 言うや、秋蘭が矢を放つ。
 番えた矢の数───十! 矢の連なりが一斉に星を襲い、星は───

「ふっ!」

 一息を吐き、迫る十の矢を───あろうことか矢の先を槍で穿ち、十本全てを破壊してみせた。

「な……に……!?」
「……ふぅ。さて、いかがだったかな?」
「……匠ではないなどと、どの口が言う。叩き落されたことはあっても、鏃を突かれて破壊されたことなど初めてだ」
「はっはっは、夏侯妙才に褒められるのは悪い気はしないな。……ではどうするか。続けますかな?」

 槍を斜に構え、どこか憂いを帯びたような表情で星が言う。
 そんな言と視線を受けた秋蘭は……小さくフッと笑い、首を横に振った。

「なるほど? 見事だ。が、あれほどの技。そう何度も使えるわけでもないのだろう?」
「おや? 何を根拠にそのようなことを言う?」
「ふふっ───僅かだが、呼吸が荒れているぞ」
「!」

 言うや放たれる矢。
 それを槍で叩き落とし、もはや時間はかけられぬと一気に接近する星。
 だが、彼女が駆けだした先には、既に十の矢を番える秋蘭の姿。
 槍を届かせるには距離が足りない。
 足は踏み出していて、方向転換して避けることも無理。
 ならばどうするか? ……まあ、星の性格なら、

「受けて立とう!《コカカガガガガガガガァンッ!!!》」

 やっぱり真正面から叩き落すよな。
 避けられるのなら避けるけど、それしかないなら絶対に押し切る。
 きっとそうするって思ってたが……秋蘭もそうするだろうって思ってたからこそ、もう次を放っていた。

「《ぎぃんっ!》ふっ……よくもまあそれだけ器用に射れるものっ!」
「槍を使う者が槍を巧く扱うように、弓矢を扱えぬ者など弓使いとは言えんだろう」

 矢を弾き、一歩、また一歩と近付く。
 秋蘭はその接近を体裁きと矢の撃ち所で器用に抑えつけ、それ以上の接近を許さない。
 そんな攻防がしばらく続いた……のだが、ある瞬間。

(……え?)

 一瞬。
 ほんの一瞬だし気の所為かもしれないが、星がこっちを見て笑った……気がした。
 そう思った次の瞬間、星がこれまでの疾駆とは違う速度で地を蹴り、間合いを詰めにかかった。迎え撃つ秋蘭は矢を的確に放つ……のだが、やはりこれを槍で弾く星。もちろん予測していたであろう秋蘭は次を番え……るより先に、目の前の状況にほんの数瞬、自分の目を疑ったのだろう。動きを停止させていた。
 彼女の視線の先に、ひょいとパスするように投げられた星の槍、龍牙。
 それを反射的に弓で弾いた先に、先ほど槍で弾いた矢を手に、それを秋蘭の喉に突きつけている星の姿が。

「っ……誘われた、か……」
「なに。これは手癖の悪い御遣い殿に習った戦法だ。私も引っかかり、一度敗北を味わった。や、悔しいわけではないのだが、ただあの時は私も油断していたというか、いや、悔しくはないのだぞ?」
「ふふっ……なるほど、北郷か。戦の最中に得物を敵に投げ渡すなど、我々にしてみれば考えられんことだ。確かにこれは虚を突かれる……私の、負けだ」

 目を伏せ、フッと笑っての敗北宣言。
 そして俺へと浴びせられる地和からの罵詈雑言。
 いや……だってこんなところであの技(?)を使うなんて、誰も予想しないだろ……。
 え……? これって俺の所為で秋蘭が負けたってこと……?
 とは思ったものの、秋蘭は「全力は出した。負けたのならばそれが結果だろう」と、フッと笑ったままに言う。
 それで様々な文句は止まってくれた。
 みんな悪ノリでからかっていただけだったんだろうな───と思っていたのだが。

「本当に存在だけでろくなことにならないわね! あなたいっそ消滅したら!?」
(や、桂花(ヤツ)だけは自主的に……!)

 一人だけ物騒な軍師さまがいらっしゃいました。遠慮のえの字もない。
 ええまあもちろん、当然のように無視する方向で地和に司会進行をしてもらい、とりあえずは状況を先へ。言葉を返せば、延々と続くであろう罵倒のスコールが容易く想像できる。
 触らぬ桂花に祟り…………ありまくるなぁ、困ったことに。 

「第四仕合は趙雲選手の勝利です!」
『うぉおおおおおーーーーーーーっ!!!!』
「やれやれ。なかなかどうして、小細工無しで華麗にというわけにはいかせてもらえぬか」
「ふふっ、そうさせてやるほど弱いつもりはないからな」
「では、次は小細工抜きで楽しむとしよう」
「うむ。機会があれば、よろしく頼む」

 舞台の中心で握手をする二人。
 戦が終われば憎しみも怒りもない……これぞスポーツマンシップだな。
 ……スポーツじゃないけど。

「さぁて熱い友情を確かめ合ったところで! 第五仕合の選手入場! まずは青竜の方角! 背はちっこいけど速さが光る! 呉の隠密少女、周幼平選手!!」
「え……? あ、あの。速さって光るものなのでしょうか……?」
「対するは! 白虎の方角よりまたも力自慢が登場! これぞ大剣! でもこれってほんとに斬れるのかー!? 文醜選手っ、入場ーーーっ!!」
「っへへー、斬れるぜ〜っ? まあぶっ潰すほうが多いけどなっ」

 呉より明命、蜀より猪々子。
 それぞれが武器を構え、開始の合図を待った。
 明命は体勢を低くし、背にある刀、魂切を構え。
 猪々子は両手で塊のような大剣、大剣のような塊を持ち、最初から斬り潰すつもりで力を溜めている。……つか、おーい猪々子さーん? 相手殺したら斬首だぞー?

「それでは第五仕合! はっじめーーーっ!!」
『っ!!』

 明命が走り、それに合わせて猪々子が一気に斬山刀を振るう。
 目測違わず、目に見える明命を姿を確実に捉えている。
 ……筈、だったのだが。

「へっ……? あれっ!? 消え《ひたり》ひえいっ!?」
「降参してください。動けば斬ります」
「う……あ……ま、まいったぁ……」

 気配も殺気も全てを消したと思えば、斬山刀を潜り抜けて猪々子の背後へ。
 あとは背後から魂切を猪々子の喉元に当て、隠していた殺気をぞろりと剥き出しにすれば、最高の脅迫の完成である。
 うわー……あれって俺に教えてくれた、気配を消す方法……だよな?
 上手いもんだなぁ、相手が自分の氣に集中している時が狙い目っていってたし、これ以上ないってくらいのタイミングだったわけだ。

「な、なにがなんだか解らないうちに決着がついてしまいましたーーーっ! というか目の前に居たのに剣を止めて、文醜選手はいったいなにがしたかったのでしょうかーーーっ!」
「う、うるせ〜……っ! 武人にしか解らないことってのがあるんだーーーっ!」

 背後からの、体に纏わりつくような殺気がよっぽど怖かったのか、猪々子の声はなんとなく震えていた。うん、あれは怖いよなぁ。明命じゃないけど、俺も思春によくやられるからよく解る……本当によく解るよ……!
 でも、武人にしか解らないっていうのはちょっと違うと思う。
 あの、目の前に居た筈なのに見失う感覚は、対峙した者にしか解らないのだろう。
 目の前でやってもらったっていうのに見失うなんて異常だ。なのにそれをやってみせるんだから、明命はすごい。

「あっという間の決着! 第五仕合は周泰選手の勝利です! みんなそろそろ疲れてきたー? いいえまだまだです! 第六仕合を開始します! 白虎の方角! ちっこい体に桁を外れた武の力! 張翼徳選手の入場だぁーーーーーっ!!」
「うおーーーっ! なのだーーーっ!!」
『うおぉおおーーーーーーーっ!!!』
「対するは玄武の方角よりこの人! やっぱりちっこい体に桁を外れた武の力! 許仲康(ちゅうこう)選手の入場です!」
「あーーーっ! なんでお前が対戦相手なんだよちびっ子ーーーっ!」
「それは鈴々の台詞なのだ! この春巻き!」
「なんだとーーっ!? やるかこのぉっ!」
「なんなのだぁっ! やるのかーーーっ!?」
「むーーーっ!!」
「うーーーっ!!」

 ……率直な言葉をこの場に。子供の喧嘩である。
 よりにもよってこの二人か……観客や壁とかに被害が及ばなきゃいいけど。
 季衣はただでさえ怒ると周りを見なくなるし……流琉と戦ってると、知らずのうちに周囲の景色が破壊されているほどだ。きっと今回も嫌な意味で期待を裏切らないのだろう。
 もちろん鈴々も、何かに夢中になると周りが見えなくなる方だ。
 ……少し離れてようかな。解説席移動させてでも。

「あーはいはい、喧嘩は戦いで白黒つけてくださいねー。それでは第五仕合! ちびっ子対決、張飛対許緒を始めまーーーすっ!!」
「応なのだ!」
「いっくぞぉーーーっ!!」

 銅鑼が鳴る。
 それとともに、まずは季衣が剣玉式武具である岩打武反魔を発射。
 モーニングスターと呼ぶには明らかに棘付き玉がデカイそれは、真っ直ぐに鈴々へ向かい飛んでゆき、

「へへーーん、こんなもの食らわないの───だっ!!」

 対する鈴々は、なんとそれを蛇矛で打ち返してみせた。
 ……いや、ボールとか柔らかいものなら解るぞ? それをお前、ある意味鉄球を打ち返すって……力技でなんとかなるものなのか?

「あーーっ! ボクの武器になにするんだよっ!」
「打ち易いところに投げる春巻きが悪いのだ!」
「なにをーーーっ!?」
「なんなのだーーーっ!!」

 ……改めて言おう。子供の喧嘩である。
 でも破壊力は子供のソレとは比べ物にならないので、大変危険です。

「だったら打てないくらい思い切り投げてやる! せやぁあーーーーっ!!」
「春巻きの投げるものなんて軽いのだ! うりゃりゃりゃりゃーーーーっ!!」

 ……で、トゲボールでの野球が始まった。
 ゴンギンガンギンと、投げては打たれる岩打武反魔を見て、これってどうすれば決着なんだろうかと呆然と考える。
 お前ら……これってそういう戦いじゃないだろ? とツッコんでやりたいのだが、困ったことに二人が真剣なのだ。これはもう見守ってるしか───

「《ぎぢぃんっ!》あっ!」

 ないのでは、と思った矢先に、鈴々が岩打武反魔を打ち返しに失敗した。
 打点がズレたのだろう。妙なところを打ったらしく、シビレたらしい手をぷらぷらと揺らしている。

「やーい! 打ち返せなかった〜!」
「むーーーっ! 散々打ち返したんだから鈴々の勝ちなのだ!」
「なんだとーーーっ!? そんな勝負じゃないじゃないか!」
「だったらどういう勝負なのだ!」
「どういうって───」
「………」
「………」
『うりゃああああああーーーーーーーっ!!!』

 そしてようやく始まる、将としての戦い。
 岩打武反魔と蛇矛がぶつかり合い、今度こそ緊張する戦いが繰り広げられる。
 接近されれば投擲武器である岩打武反魔が不利かとも思われたが、あれだけの大きさだ。盾にもなるし鈍器としての威力も十分とくるので、季衣はそれを利用して器用に立ち回っている。

「てやぁあああああああっ!!」
「にゃーーーーーーーーっ!!」

 蛇矛と鉄球の戦い。
 矛相手に鉄球って……とも思うのだが、これがまた結構いい戦いをしている。
 何かの拍子で距離が離れれば、そのまま鉄球を放って攻撃。
 弾かれて接近されても、その攻撃を鎖で受け止めたり、剣玉で言うところの剣の部分で受け止めたりで捌いてみせている。
 もちろん“あの”張翼徳相手に、鎖や柄程度で受け止めきれるかといったら、当然普通は無理だ。…………まあ、受ける相手の腕力が普通なら。

「むーーーっ! しぶといのだ!」
「それはボクの台詞だろーーっ!? いい加減にしろちびっ子!」
「鈴々ちびっ子じゃないのだ!!」
「だったらボクだって春巻きじゃないぞぉっ!?」
『むむーーーーっ!!』

 激しい攻防。なのに、口から放たれるのは子供の喧嘩そのものだった。
 緊張感があるのかないのか…………あるんだ、うんある。目で見る分には、ソワソワしてならないほどに危なっかしい攻防だ。だって二人とも思い切り振るってるんだもん。あの中心に行ってみてくれって言われたら、たとえ華琳の命令でも嫌だぞ。今度は体が千切れるどころか細切れにされるイメージさえ浮かぶ。

「両選手、言葉は子供なのに激しい攻防! 近寄ろうものなら粉微塵にされそうです! 大きく成長しても同じことをしていたら、いつかは喧嘩じゃ済まないことにもなりそーです! ていうかそこまで喧嘩ばっかだったら一刀からも呆れられそうだけどね」
『!!』

 あ。止まった。
 地和の言葉にビタァと止まった二人が、何故かこっちをジッと見つめてくる。
 ……えーと。手、でも振ったほうがいいのだろうか……?

「で? いつまでも喧嘩する女のことってどう思うの?」
「戦いの最中なのに、正面からそういうこと訊かない」
「にーちゃーん! 今このちびっ子倒すから、ボクのこと応援してねー!」
「お兄ちゃーん! 今この春巻きを倒すから、鈴々のこと応援するのだ!」
「お前べつに兄ちゃんと関係ないだろーーっ!? それに兄ちゃんはボクの兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんなんて呼ぶなー!」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだからお兄ちゃんなのだ! べつに春巻きに許してもらわなくても鈴々にとってお兄ちゃんならお兄ちゃんなのだ!」
「なにをーーーっ!?」
「なんなのだーーーっ!!?」
「……ああもう」

 喧嘩がヒートアップした。
 もう武器捨てて取っ組み合いの喧嘩になっても、誰も違和感を覚えないくらいの子供の喧嘩である。あくまで口では。

「このこのこのこのーーーーっ!!」
「うりゃりゃりゃりゃーーーーっ!!」

 鉄球と蛇矛がぶつかり合う。
 弾いては弾きの猛攻同士が何度も衝突して、しかし二人とも意地があるのか、決して引こうとしない───はずだったのだが。季衣が投げた鉄球を鈴々が投げ掛けの内に左手で押さえ、右手に持った蛇矛を振るうという攻撃に移った。けれどそれは、鉄球を放した季衣の両手で構えられた鎖で防がれ、逆に隙を見せてしまうことになる。

「でやぁっ!」
「《どふっ!》んぐぅっ!?」

 蛇矛を防いだままに繰り出した蹴りが鈴々の腹部を直撃。
 たまらずお腹を庇いながら下がる鈴々目掛け、今度はしっかりと構えて勢いをつけた季衣の手から、岩さえ軽々と破壊する岩打武反魔が投擲される。
 さすがに打ち返すために構える暇もなく、鈴々は両手で構えた蛇矛でそれを受け止めてみせるのだが、蹴りが埋まった場所が悪かったのか、足に力が入っていない。
 踏ん張ることも出来ず、武闘場を滑り、膝をつくことになった。

「へへんっ、どー……だっ!?」

 しかしそれでは終わらない。
 季衣が得意げに胸を張りながら岩打武反魔を引き戻した途端だ。
 鈴々が歯を食い縛り、地面を蹴り弾いて間合いを詰めにかかった。

「あっ、このっ!」

 引き戻される鉄球と、鈴々が駆ける速度はほぼ同じ。
 どれだけ速く走ればそこまで……とも思うが、そうだよな。この子らは十里くらい軽く走れる将だったな……。

「これでもっ……くらうのだぁあああああっ!!」
「っ───!」

 季衣の手に鉄球が納まるのとほぼ同時に、体を捻るように蛇矛を構えた鈴々が、走りながらにそれを振るう。
 当然季衣は手に納まったそれを盾にし、見事に攻撃を受け止めてみせたのだが───盾が鉄球であり、視界を塞いでしまったことが災いした。

「そんな単調な攻撃がいつまでも───えっ?」

 鉄球をどかしてみても、視界の先に鈴々は居ない。
 攻撃と同時に跳躍し、鉄球を打ちつけることで季衣の意識をそちらに集中させ……季衣がそれこそ“防ぐこと”に意識を集中させている間に、鈴々は季衣の背後に着地。
 その音に気づいた時にはもう遅い。
 鈴々は一気に間合いを詰め………まあその、なんだ。季衣を押し倒して……くすぐった。

「わひゃひゃひゃひゃひゃ!? うひゃっ! ちょっ! なななにすんだーーーっ!!」
「鈴々がお兄ちゃんに負けた時、こうされたのだ! だから同じことしたら簡単に捕まえられたのだ! さすがお兄ちゃんなのだ!」

 エェェエッ!!? ちょ、鈴々!? そういうことをこんな大勢の前でだなっ……!

「なんとーーっ! 我らが魏の種馬は、他国の将を押し倒した挙句、くすぐって負かせたそうです! 平和的なのか大人げないのか! そこのところどうなのよ一刀!」
「だからわざわざ大声で言うなぁあああっ!!」
「おぉっと否定しません! これは後ほどきっちりと吐いてもらう必要がありそうです!」
「えぇえええっ!? ちょっと待て俺が何をしたぁあっ!!」
「他国の女を押し倒した《ズビシ》」
「その事実だけを強調するのやめよう!? 武力行使が怖かった時期があって、平和的にって考えた結果だったんだって! あと人を指差しながらキッパリ言うな!」

 とか言い合っているうちに、くすぐられすぎた季衣がとうとうギブアップ宣言。
 子供の喧嘩で始まった戦いは、子供の喧嘩のままに幕を下ろしてしまったわけで……。

「おぉおっとそうこう言っている間に許緒選手降参です! またしても! 夏侯淵選手に続き、またしても一刀が教えた悪い知恵によって魏の精鋭が……!」
「なんかもう無理矢理俺が悪いように言ってないか!?」
「なるほど、武を用いずに平和的に相手を無力化……北郷らしい決着だな」
「あの華佗さん!? なんか今“俺らしい”って言われても、負けて悔しがってる季衣を見ると、心がとても痛いんですが!? あぁあああごめんな季衣! 俺が妙なこと鈴々に教えたからっ!」

 なんだかとても居た堪れない気持ちにさせられました。
 俺……解説者な筈なのに、なんでだろう……。

「さてさて残酷の決着ではありましたが、時間は待ってはくれません! 退場する両者に惜しみない拍手を! そして次なる仕合、第七仕合は───」

 ただ単に俺の困った顔が見たかっただけなのか、地和はそのまま司会を続ける。
 楽しそうでいいなぁくそう。いや、俺も楽しいけどさ。祭り自体は。
 なのに座って解説をするだけで、どんどんと立場が危うくなっていってるのは、本当になんでなんだろうなぁ……。

「青竜の方角! 現在の呉を急に背負わされた若き王! でっかいお尻と大きなお胸は血筋か!? 血筋なのかー!? 孫仲謀選手の入場!!」
「くぅっ……! これから戦う者の紹介がそれかっ! 立場というものを考えろっ!」
「ちぃには司会として場を盛り上げる使命があるのよっ! 続きまして白虎の方角! 普通だけれど広く浅く! 武器までもが普通の剣! 公孫伯珪選手!」
「ふ、普通のなにが悪いんだー! 広く浅くは悪いことじゃないぞー!?」
「もっともですが、一点を極めた人には一生勝てないという結論が未来で待ってます! さぁそれでは始めましょう! 第七仕合、はっじめーーーっ!!」

 銅鑼が鳴り、二人が駆ける。
 白蓮はまだなにか言いたげだったが、蓮華から向けられた覇気に表情を引き締め、正面からぶつかってゆく。その戦い方は、裂帛の気合こそはないものの、広く浅くの言葉通りに様々な立ち回り方を身に付けた、バランスのいい戦い方だった。
 力で来るのならこれをいなし、速さでくるのならしっかりと確実に防ぎ、相手が防ぐのならばそれを崩すように攻める。一廉の将から見れば“光るもの”こそないのだろうが、俺から見ればその戦い方は“綺麗”だった。
 ああいうのを極められた人が、きっと俺の世界では“達人”などと呼ばれるのだろう。
 ……もちろん、相手にそれが通用するレベルなら。

「見切った! はぁあああああっ!!」
「《がぎぃんっ!》ぅえっ……!?」

 蓮華の動きを見て、次は速さでと構えた白蓮だったが───そこを突かれ、剣を弾き上げられてしまう。直後に喉に剣を突きつけられ、勝敗は決した。

「けっちゃぁあーーーーくっ! 器用に立ち回っていた公孫選手でしたが、一瞬を突かれて敗北! 解説席のお二方! 今のをどう見ますか!? 力技!?」
「いや。今のは公孫賛が力を抜いた一瞬を突いて、孫権が攻めに入った結果だ。相手が自分の何処を見て、どう構えれば力を籠め、力を抜き、速さでくるのか。それを見極めなければ出来なかったであろう、見事な技だ」
「おぉおおお! なんだか解らないけど凄いぞ王様! というわけでこの第七仕合は孫仲謀選手の勝利です!」
『はわぁあああーーーーーーーっ!!』

 勝利宣言とともに会場が沸く。
 そんな怒号にも似た騒がしさの中で、俺は隣の華佗と、退場してゆく白蓮を見送る。

「でも、白蓮も随分と上手く立ち回ったよな。素直に驚いた」
「ああ。広く浅く。もしそれを広く深くに昇華できていたのなら、この戦い……どちらに転がったか解らない」

 自分の実力を出しきり、見切られるまではむしろ優勢に見えたほどだ。
 そんな彼女に惜しみない拍手を。

「それでは次の仕合です! 第八仕合! まずは青竜の方角! あなたが出ていいのか! いつでもどこでも勘で無茶する無邪気な元王様! 孫伯符選手ーーーっ!!」
「はぁ〜い♪」
「対しまして白虎の方角! 馬のことなら彼女にお任せ! 焦って暴走照れると失言! 馬孟起選手! 入っ場っ!!」
「紹介がこれって……大勢の前で恥かかされてるだけじゃないか……?」
「さあさあ武力98同士の戦い! どうなるかはきっと立ち回り方次第! それでは第八仕合、はじめぇーーーいっ!!」

 ドワァアッシャァアアンと銅鑼が鳴り響く。
 駆けたのは雪蓮だけで、翠は槍を斜めに構えると停止。

「あら、なぁにぃっ!? まさか防ぐだけじゃ終わらないわよねぇっ!」

 初撃は雪蓮から。
 一撃目から相手を倒すつもりで振るわれたそれは、翠に触れるより先に弾かれる。

「わおっ」

 その槍捌きの速さに、雪蓮は嬉しそうににっこりと笑いながら距離を取る。
 しかし翠がそれを追うことはなく、再び同じ構えで身を鎮める。

「あれ? ちょっ───」
「しぃっ!」
「!?」

 そんな様子に雪蓮が調子を狂わされ、一歩踏み出した時だった。
 斜めだった槍が横真っ直ぐとなり、雪蓮目掛けて突き出された。
 しかしそれもまた勘か実力かで見切ったのか、スレスレで躱す。

「あっぶなぁ〜……今のはさすがに驚いたわ……!」
「きちんと避けておいて、よく言う───なっ!」

 拍子を置いての連突。
 雪蓮はそれを避けたり弾いたり受け止めたりを繰り返す。
 時折に混ぜられる横薙ぎの一閃に関しても、まるで予測できていたかのように後方へと跳ぶことで回避。本当に、あの王様の勘はどうなってらっしゃるのか。

「ぃやぁっ!!」
「《ヒュボッ》……っと。んふふ〜? ざ〜んねんっ♪」

 そのバックステップに合わせて突き出された槍も、雪蓮は身を捻ることで躱してみせる。……のだが、横に逸れただけなので、そのまま払いに移行された攻撃はまともにくらってた。

「いったぁー……っ! ちょっとー! 槍なら突きだけにしなさいよぅー!」
「無茶苦茶言うなっ!」

 ほんと無茶苦茶だ。
 けれどその一撃で雪蓮の様子は変わり、楽しむ構えから追い詰める構えへと変わった。
 それは虎が獲物を狙う様子にも似ていて、まるで、放たれる殺気が相手を包み逃がさないようにしているかのようだ。

「いいわね〜、その速さ、その的確さ。ほんとはこの舞台で一刀と戦ってみたかったんだけど……ま、それは一刀が治ってからね」
「今戦ってる相手を置いて他のやつの話なんて、随分余裕なんだな」
「余裕ぶってなんかいないわ。これはただ───楽しみは多い方がいい、って話だもの!」

 雪蓮が詰める。
 殺気だだ漏れで、隠すこともせず。
 豹変したとさえ受け止められるほどの覇気と殺気を以って、翠目掛けて武器を振るう。
 翠はそれを、ひゅぅと息を吸い込むのと同時に捌く。
 振り下ろされれば長柄を利用して軌道を逸らし、突かれれば相手の獲物の長さを計算に入れた上で下がり、同時に槍を突き出す。
 それを躱されても当たっても次に取る行動は変わらず、舞台を蹴り弾いて前へと出た。
 攻守交代。
 流れるような立ち回りと、鋭く速い槍の一撃一撃が、雪蓮目掛けて放たれる。
 剣と槍ではどちらが強いか、なんてのはきっと槍だ。そう思っていたんだが、こうまで技の錬度が高いと中々難しい。

「あはははは! いい! すごくいいわ! うちは秀でた槍使いが居なかったから、こういう刺激ってとっても新鮮!!」
「うぇっ……!? 追い詰められてて笑うか普通!!」
「だって仕方ないじゃない、楽しいんだもん……ふふっ、あははははははは!!」

 あー……妙なスイッチ入った。
 雪蓮は笑い始めてからが怖くて、無口になってからは恐ろしい。
 無口になったら相手を仕留めることしか考えなくなるっぽいしなぁ。
 ……実際、その所為でひどい目に遭ったし。

「なぁあんたっ! 王なんかやってないで、将やってた方がよかったんじゃないかっ!?」
「あははっ!? むしろそうしてたわよっ!? 止める冥琳無視して突撃したりとかっ!」
「ほんっと滅茶苦茶だなぁ……!」

 翠の深い溜め息がこちらまで聞こえそうなくらい、目に見えて翠が疲れているようだった。当然戦いで疲れたのではなく、会話で疲れたのだろう。

「ほらほらほらぁっ! お喋りはいいからもっと! もっとやりましょ!? あははははははははっ!!」
「うあー……周瑜の苦労が目に浮かぶよ……。んじゃ、いっちょ本気出すかっ!」
「ふふっ……確認なんていらないわよー? 奇襲があったほうが心が震えるもの。強さよりも怖さよりも、私はきっとあの瞬間の心の震えがほしいのね」

 翠の刺突の速度がさらにあがる。
 突き、戻しの繰り返しだが、その動作のどれもが速い。
 だってのに雪蓮は笑いながらそれを避ける。

「そんなことが出来るわけがないって思ってた相手からの、身が凍るような一撃……。勘が働かなかったら骨の一つでも奪われてたんじゃないかって思うと、今でも震えるのよねー♪」
「なにが言いたいのか知らないけど、へらへら笑ってると怪我するぞ!」
「《ヂギンッ!》あぁ大丈夫大丈夫、笑ってるのはあくまでこの戦いを楽しんでるからだもの」

 翠の攻撃が段々と雪蓮の体を掠めるようになってくる。
 本気と言うだけあって一撃ずつ速度が上がり、雪蓮もそれに気づいたのか、やっぱりどんどんと顔が楽しげに緩んでいく。緩んでいるのに、体裁きは精度を上げるばかりであり、翠が速くなれば雪蓮もまた速くなった。
 突けば弾き、振るえば下がり、隙を穿てるのならば蹴りだろうが拳だろうが容赦無く使い、しかしそれらの体術も鋭く鍛錬されたもののようで、見苦しさなどカケラもないから困ったもので……

「せいっ! はっ! でやぁっ!!」
「あははははっ!? そうそう! もっと楽しみましょう!?」

 言葉のわりに押されていても、雪蓮はどこまでも楽しそうだ。
 むしろ押される状況を楽しんでいる。劣勢かと思えば、隙穿ちの一撃を大きく弾いてみせると、途端に反撃に移ることで今度は翠が押される。
 力の差が離れていないとなると、見ているこっちまでソワソワする。
 解説役なのに、ろくに喋ることも出来ないくらいに動作の一つ一つが速いのだ。

「せやぁっ!」
「《ドッ!》つっ───けふ……っ!?」

 けれど、とうとうそこに一撃が加えられる。
 刺すのではなく払われた槍が、雪蓮の腹部を強打した。

「! もらったぁっ!」

 好機とばかりに一気に詰めにかかる翠。
 突き出される槍は、真っ直ぐに雪蓮の体へと───《ガヅッ!!》

「……、───なぁっ!?」
「《ギ……ギミッ……》………」

 ……当たる前に、一瞬で持ち上げられた雪蓮の左手で掴まれた。
 刃の部分ではなく、長柄の部分を。

「どっ……どういう反応速度してるんだよっ! このっ! 離せっ!」
「はぁ……今のは少しヒヤッとしたかも。でもやっぱり違うのよねー……私自身は当たるって思ってたのに、体が勝手に反応したお陰で助かったーとかいう、そんな危機を味わいたいのよ。解る?」
「わ、解るわけないだろっ! そんなのっ!」

 雪蓮が話し始めるまで、もしかするとまた“あの”雪蓮さんが出てきたのかと思った。
 出てきたというか、殺戮モードに切り替わったというか。
 けれど、溜め息とともに殺気を散らすと、雪蓮は翠の槍を手放してもう一度構えた。

「いいわ。手癖とか結構解ったし、ここからは……私も出来る限り本気を出すわ」
「出来る限り……? どういうことだよそれ」
「うーん……ほら。自分じゃ出せない本気ってあるでしょ? 私の場合は戦いに夢中になりすぎたり、血を浴びたりすると理性が飛んじゃうことがあってね? たぶんその時が私の本気だと思うのよ」

 にこー、といつも通りの笑顔でとんでもないことをぬかす、元呉王さまがいらっしゃる。
 「あなたは“守るもの”があったほうが、強くなれる方だと思うけど? それと似たようなものじゃない?」と、ついでみたいに言葉を足しながら。

「自分で自分の本気が出せないのかよ」
「あっはは、そりゃ無理よ。“本気”っていうのはね、願って出せる程度のものなんかじゃないのよ? きっかけがあって理性が外れて、ようやく全力が出せるんだから。……だから、戦うなら今出せる本気で来てくれると嬉しいかなー♪ もちろん私も応えるし」
「……あんたの相手してると調子が狂いそうだよ」
「そ? ただ楽しみましょって言ってるだけじゃない。私だって、あの感覚が一刀しか出せないものだ〜なんて思ってないし、一刀じゃなきゃ駄目だってわけでもないんだから」
「へ? ……北郷なのか? あんたの心を震わせたのって」
「ええそう、一刀よ。あんまりにも危なかったから、防衛本能っていうのかしら。まあそれが働いちゃってね。危うく殺しそうになっちゃったわ」

 ……? やあ、なにやら「あはははは」って笑ってる。さっきまでの殺伐とした空気はなく、笑い話をするように。翠はかなり疲れてる様子だけど、雪蓮は楽しそうだ。ぼそぼそ話してるからこっちまでは聞こえないが、どんなこと話してるんだろうな。

「恋には気に入られるし、戦闘狂にも気に入られるし、あいつは本当にいろいろなところで苦労してるんだな……」
「あ、失礼ねー。そんな状態にならなきゃ殺すつもりなんて起きないわよ。それに、一刀にはその時から、頭の中の私と戦い続けるようにって感じのことを言ってあるんだから」
「……暇さえあれば鍛錬をしてたのは、あんたが原因か」
「あれ? 一刀ってば私に言われた〜とか言ってなかったの?」
「鍛錬はあくまで自分の意思でやってたんだよ。だからその、男にしては見所があるかな、とか……その……」

 ……ハテ。なんだかどんどんと、ほがらかな空気が構築されていってるのだが。
 これ、武闘大会だよね? 何故にあそこだけ明るい雰囲気に?
 なんて思っていた矢先に両者はバッと距離を取ると、互いに深呼吸。
 両者ともに、一度“フッ……”と笑顔を見せると、地を蹴り衝突した。

「面白いわよねっ! これだけ広い視界、三国の中だっていうのにっ! 誰かが誰かを知らなくてもっ! 王や将を知っているのは解るけど、一人の男を知ってるなんてっ!」

 一撃一撃に言葉を乗せるが如く、笑いながらの撃が続く。
 翠はそれを避け、いなし、時に反撃を放ちながらも、口角を持ち上げて笑む。
 笑いながらに、お互いがお互いの隙を狙って身を弾かせ、追い詰め追い詰められを繰り返していた。……つまり、中々に決着はつかない。もたもたしているなんてことは無く、武闘場の上では今も激しい打ち合いが展開されている。
 剣で槍とあそこまで戦えるのも凄いけど、懐に入られても打ち返す翠もすごい。
 そんな状況に息を飲みつつも、司会としては言わなければいけないことを言う地和には、さらに感心した。

「あー……えっと、これはどうしたものでしょー……実力が似通っているとなかなか決着がつきません。解説のお二方ー? これはどうした方が負け、とかはありますかー?」
「恐らくは孫策の言う通りだろう。実力が拮抗しているのなら、自分の潜在能力を引き出せた方にこそ勝機が訪れる。そしてそれは、守りたいものを守るために力を発揮する馬超ではなく、戦いたいからこそ戦う孫策に訪れる可能性が高い」
「うわー……」

 華佗の言葉に、地和は“そんな人が王やってて、よく笑顔の国を目指せたなぁ”って言うかのような微妙な表情を見せた。
 うん、ごめん。俺もあの殺気をぶつけられた時は、正直そう思った。

「せいぃっ!」
「《ヂッ!》きゃんっ! うわ……あっぶなぁ〜……! 今のは危なかったわ……!」
「危なかった、って……! どうかしてるだろあんた! 勘がいいからってここまで避けられたの初めてだぞ!?」
「んー……王の資質?」
「んなっ……!? 資質だけで避けられてたまるかぁっ!!」

 叫ぶや繰り出される刺突シトツしとつ!
 しかし雪蓮は「や〜ん怒っちゃやだ〜♪」なんて笑いながらも、これを避けたり逸らしたり時には掠ったり。
 ……口調は軽いけど、結構焦ってるっぽい。
 それでも口角がどうしても持ち上がるのは、相手が強敵だからなんだろうね。

「おぉっとぉ!? ここで馬孟起選手の猛攻! 絶え間なく突き出される槍に、さすがの孫伯符選手も防戦一方かー!?」
「《イラッ……》なんか、考えて戦ってる時にああいうこと言われると、腹立つわよねー」
「へっ! 実際防戦一方じゃないかっ! このままあたしが───」
「楽しみに茶々入れられることほど、腹が立つことはないって言ってるのよ」

 突き出される、剣での刺突。
 防戦一方だった雪蓮からの反撃に、翠はしかし冷静にこれを弾く。
 その反動を利用して足を突き出し蹴りを放つが、雪蓮はその足を軽く避けるとさらに肉迫。体を一本で支えている足を強く蹴り弾くと、バランスを崩した翠へと覆い被さるようにして剣を構えた。

「ね? 外からの声が入ると、自分の闘い方に集中できないでしょ? 調子に乗らず、槍だけで闘ってたら……あなたの勝ちだったのに」
「っ……くそっ。まいった、あたしの負けだ」

 言葉と同時に、握っていた槍を手放した。
 その時点で翠の敗北は確かなものとなり、地和が勝者宣言を叫ぶと……第八仕合は終了した。

「くっそぉお……! 次やる時は絶対に勝ってやる……!」
「ええ。でも、次はこういう場じゃなくて、もっと静かな場所で死合ましょ?」
「へ? あ、ああ…………えっと。“仕合”……だよな?」
「ええ、“死合”よ?」
「………」
「………」

 決闘後のサワヤカな空気が流れるとか思っていたのは数秒前。
 現在はとてもそんな空気ではございません。なにあの困惑と笑顔の殺気。
 そんな二人になんとか戻ってもらうと、地和が片腕を突き上げて司会を続ける。

「さてさてお次はついに第一回戦の締め! まずは白虎の方角! 蜀といえばやっぱりこの人! 美髪公、関雲長選手っ! 入場ーーーっ!!」
「我が青龍偃月刀の前に敵など在らず!」
「続いて玄武の方角! 美髪に青龍あらば神速に飛竜あり! 魏に生きる姐御肌、張文遠選手! 入っ場っ!!」
「うぇえええーーーーーっ!!? ウ、ウチとっ、あいあい、あいしゃっしゃっ……!?」

 かたや、勇ましく偃月刀を構え。
 かたや、対戦相手を見て頬を染めておろおろ。
 あの……霞さん? なんですかその乙女チック入場。

「それでは第九仕合! はっじめ───」
「あぁあーーーーっ!! たんまっ! ちょっとたんまぁっ! 待って! 待ったって!」
「んえ? あ、あのー、なに? これからちぃが大声で───」
「ここっ、こここ心のっ、準備を、やなっ……すーはーすはーすはーげっほごほげほっ!」
「………」

 咳き込む霞さん劇場。
 対戦者である愛紗はポカンとした表情でその様子を見つめ、

「いや……霞? 調子が悪いのであれば、仕合は───」
「それはアカン! やる! 絶対やるっ!」

 言った途端に遮られた。

「不戦敗なんて恥ずかしい真似できるかいっ! あ、け、けどもうちょい待ってな? はー、はー……大丈夫〜……大丈夫や〜………………よしっ! 十分や!」
「……えと。こほんっ、司会らしく司会らしくー……ん、よしっと。ほ、ほほほほんとに大丈夫ですかー? あー……だ、大丈夫ならいい、んですけど……それじゃあ第九仕合目っ!」
「あぁああでもちょっと待った! やっぱたんま!」
「なっ、なによっ! なんなのよっ!!」

 無理矢理やる気を出して、いざ高らかにといったところで再び待ったをかけられ、地和は結構苛立っているらしいが……もう少し我慢強くいきましょう。な? 司会者とか仲介者とか中間管理職とかって辛い立場なんだから。……一番辛いのは中間管理職だろうけどさ。趣味に走って仕事をサボる部下と怖い上司に囲まれるっていうのは、なんとも胃が痛くなる状況だ。まあ、俺もサボったりしてたけどさ。
 と、そこまで考えて苦笑していると、霞が地和のことをじっと見つめ、

「ウ、ウチ、髪とか、おかしないっ?」

 恋人に会いに行く女の子よろしく、ソワソワしながらそんなことを仰った。

「……あんた、これから闘うって意識、ちゃんとある……?」

 当然のツッコミが、地和の口から漏れていた。
 そこに敬意はなく、人としてのツッコミだけが存在していた。

「どこもおかしくないし、“心の準備”なんてものはしようとしてもしきれないものだって一刀が言ってたわよ。それじゃあ第九仕合開始! 銅鑼鳴らしてー!」
「ちょ待ぁああっ!? やっ! アカンッ! 待っ───」

 霞の懇願虚しく、“どわぁっしゃぁあああん!!”と響く音。
 それとともに霞の心配をしていた愛紗の表情は引き締まり……慌てていた霞の表情も豹変って言葉を使いたくなるほど、凛々しく引き締まった。

「……せやなぁ。心の準備なんてもん、銅鑼の音聞かされたら吹き飛ぶわ」
「ふふっ……良い目だ。では互いに───」
「応。全身全霊を以って───」
「いざっ!」
「尋常にぃっ!」
『勝負!!』

 次の瞬間には、愛紗が凛々しく、霞が豪快に。
 フッと笑い、ニッと口角を持ち上げた二人が、疾駆とともに互いの偃月刀をぶつけ合う。
 尋常に。
 “素直に、普通に”といった意味でのそれを口にしての激突は、既に俺が知る普通とは掛け離れていた。腹から放つ覇気が籠もった声も、気迫とともに放つ一撃の重さも、あまりに尋常ではないために…………見蕩れていた。
 周囲からは歓声を通り越した大歓声。
 偃月刀同士の対決に心震わせてか、それとも蜀の関雲長の武を求めてか───いや。そのどれもであり、第一回戦の締めというのも手伝ってだろう。応援を咆哮に変えるが如く、民も兵も叫んでいる。

「おぉおおおおおっ!!」
「おぉおおりゃぁああああっ!!!」

 袈裟と逆袈裟が衝突する。
 振り下ろす霞と掬い上げる愛紗の一撃が、大歓声の中でもハッキリと聞こえるほど響く。
 体重を乗せた振り下ろしと、逆に自分に重きを乗せる振り上げでは、不利有利なんてものは想像に容易いもの。現に地和も霞寄りの司会進行をし始めたのだが、それも途中であっさりと覆される。
 勢いのあまり、霞の飛龍偃月刀が彼女の腕ごと頭上へと跳ね上げられ、戻す一撃が、無防備な霞の体へと落とされる。

「っ《ヂッ!》うわっ! あぶなっ───あぁあああっ!?」
「いぃいやぁああああああっ!!!」

 それを、自由である足で後方へ下がることで避けたが、そこを突いてさらにさらにと攻撃を仕掛ける愛紗。対する霞は虚を突かれただろう動揺を気迫で打ち消すように表情を変えると、痺れているであろう腕を無理矢理戻して追撃の一閃を弾いた。
 痺れた腕ではそれで精一杯───だろうと思ったのだが、霞は歯を食い縛ると咆哮し、体勢を立て直すどころか反撃までしてみせた。

「ふっ……さすがにやる!」
「あったりまえやぁっ! 無様な姿、さらせるかいっ!」
「同感だ!」
「えっ? ほんまっ!?」

 ……微妙に会話がズレている気がしてならないが、攻防は凄まじく、息を飲む。
 愛紗は大観衆や桃香を思って“同感”ととったのだろうが、霞の場合は多分目の前の愛紗に対して言ったんだろうなぁと。いや、それに対して息を飲んだわけじゃないことだけは加えておく。
 俺がしょーもない想像をしている中でも、青龍偃月刀と飛龍偃月刀は衝突を繰り返し、観客を沸かせていた。けど……押されているのは霞であると、どうしても解ってしまう。
 その事実を本人こそも受け入れているのか、自分の力不足を噛み締めるように歯軋りをしているように見えた。……もちろん、勝負を諦めないままに。

(考えや……。闘えただけでもめっちゃ嬉しいけど、だからって負けるのはいやや……! 勝ちたい思うし、負けるんやとしても───)

 やがてその姿勢が防御ばかりになってくると、愛紗の動きもやがて攻撃一辺倒。攻撃に重きを置いたものへと変わってゆく。
 ならばそれが好機かといえばそう断言できるものでもない。
 隙あらば反撃に……なんて誰でも思うことだが、相手は関雲長。
 強いのだから防戦になり、激しい撃なのだから防御せざるをえない。
 これで反撃に移りでもすれば、たちまち防御していた攻撃が己を襲うのだ。
 想像するだけでも恐ろしい。

(───そうや。愛紗は相手を打倒する時、必ず大振りでくる。それを───)

 霞の構えの重心が下へと下がった。
 防戦をすると決めたのか、それとも力を溜めているのか。
 どちらにしても愛紗の攻撃は止まることを知らず、見ているこっちの体が勝手に避けようとしてしまうほどに迫力があった。
 ……近くに居るわけでもないのに、体が避けなければと反応してしまうのだ。
 目の前の霞はたまったものではないだろう。
 もちろんそれは、霞の感性が俺と一緒ならばの話。

「どうしたっ……! もはや撃ち返す力も無いか!」
「───……」
「だんまりか。だが、私を見る目はまるで死んでいないな」
「あ、バレた?」
「ふふっ……いいだろう。お主ほどの相手に、数だけの連撃など無意味だろう。そして、お主もそれを待っていた」
「うわっ……お主やなんてこそばゆいやんっ……! 霞、霞でえーからっ!」
「………」

 会話のさなか、お主と呼ばれた途端に頬を染め、胸の前でついついと人差し指を突き合わせる霞さんの図。……あんた決闘の場でなにやってんですか。
 ほら、愛紗もぽかんとしてるし……!

「こほんっ! と、とにかく! ……次で決めさせてもらう。我が一撃、受けてみよ!!」
「っ!?」

 剣道で言うところの正眼で構えられた青龍偃月刀。
 それを持つ愛紗から放たれる気迫が、歓声を一瞬で鎮めさせ、場に静寂をもたらす。
 感じる威圧感は本物だ。
 動けば自分が標的にされるかのような、弱肉強食の世界へ急に放り出されたような不安感に襲われる。だというのに、困ったことにそこから救い出してくれるのも、己を食わんとする強者も、同じ相手という絶望。
 そんな覇気と殺気を混ぜた氣を間近で受け止めた霞は、荒げていた呼吸を放たれる氣とともに吸い込むようにして呼吸を整えていた。

「覚悟は良いか!」
「へへっ……いつでも来いやぁっ!」
「ならば参る! ───我が一撃、一閃にして瀑布が如し!!」
「あ」
「あ」

 愛紗が駆け、そして言い放った言葉に、俺と霞は無意識に同じ言葉を放っていた。
 愛紗からの熱い想い(いろんな意味で)を受け止めきるつもりでいたであろう霞に、迷いが走った。うん、走ったよ絶対に。

「青龍! 逆鱗斬!!」

 獲物よりも身を前にしての疾駆。
 そこから繰り出す袈裟の一撃が、霞が両手にて構える飛龍偃月刀へと落とされる。
 恐らくは飛龍偃月刀ごと霞を吹き飛ばし、無力化させる気なのだろうが───

  ひょいっ《ザゴォンッ!!》

「……へ?」

 ───青龍の逆鱗は、ものの見事に舞台の石床を割っていた。まず驚いたのが、模擬刀だというのに“砕く”ではなく“斬り裂いていた”という事実。
 いやまあ、霞が思わず後ろに下がってしまったからなのだが。
 構えからして、霞は確実に受け止めるのだろうと思っていた愛紗の、間の抜けた声だけが聞こえた。それは、愛紗自身の氣によって静まっていた会場に、とてもよく響いた。

「えっ、なっ、し、霞っ!?」
「え? やっ、ちゃうっ、ちゃうよ!? ウチ逃げたのと違う! ただ愛紗が、華雄と同じこと言うから、ウチまた偃月刀壊されるんか思て!」
「そのような言い訳が───!《クンッ》……うん? ……んっ、ふっ! ぬぬっ!?」

 ……で。斜めに振るった青龍偃月刀は、ものの見事に舞台に突き刺さっており。
 装飾が施された柄が切れ目に食い込んでいて、なんというか…………うん。

「ぬ、抜けなっ───!? ……あ」
「………」
「い、いや待て霞! こんな無様が決着などっ!」

 やっぱり抜けないようだった。
 で、そんな愛紗をぽかんと見つめる霞さん。
 ちらりと視線を外して華琳の方を見ると、はぁと溜め息をついた華琳は「好きになさい」と、溜め息のわりには何処か楽しそうに仰った。
 まあその。
 相手の攻撃を避けてはいけないなんてルールはない。
 相手の最高の一撃を受け止めてこそ武人だというのなら、最高の一撃を出したもん勝ちになってしまう。だって、出し続けていれば相手は受け止め続けなきゃいけないわけだから。
 そんなわけで、霞が飛龍偃月刀を構え、しかしどこか納得いかない表情のままに愛紗へ向けて───

「っ……ぬぅぉおおおおおおおおおおっ!!!」
「《ゴボッ》……え? え、なに? 足元がうぅわあっ!!?」

 振るおうとした、まさにその時。
 ミシリと青筋まで立てていそうな愛紗が、顔を真っ赤にして腕に力を籠めた。
 結果……青龍偃月刀は抜けなかったのだが、あー……えーと。

「あ、あい……愛紗……? それ……」
「っ……せ、青、龍……! 逆鱗……斬……!!」
「え、や、そうやのーてやな?」
「青龍……逆鱗斬だっ!!」

 真っ赤な顔で、舞台の石床の一つごと青龍偃月刀を持ち上げる美髪公が居た。
 それは、改めてこの世界の女性がとんでもないことを、再認識した光景であった。

「ふっ……ぬ……ぉおおおおおおおおっ!!!」
「《ごふぁあぁぉおおぅんっ!!》ひぃああぁあああっ!!? ちょっ、あぶなぁあっ!! 愛紗! 危ない! それめっちゃ危ない!」

 だってさ、あんな重そうなものを、武器としてゴファンゴフォンと風を巻き込みながら振るうんですもの。恐怖以外の何を感じろと。畏敬? ……畏敬か! 武に対しての畏敬!
 でもやっぱり振ったあとの隙はとんでもなく大きい。
 そこを突けば霞も勝てるんだろうに───ふっと笑うと、愛紗が青龍偃月刀【鈍器】を振るうのに合わせ、飛龍偃月刀を思い切り振るう。切れるはずのないもので岩を斬って見せた一撃と、霞が振るう一撃とが衝突し合うと……舞台から引っこ抜かれた石床は、見事に砕け散った。

「……霞」
「あんな状態の相手を突いて得る勝利になんて興味ない。命のやりとりしとるんならともかく、これは純粋に武技での競り合いや。命は懸けんでも、己の信じる武技は懸けられる。そんなら勝っても負けても恨みっこ無しや。無しやから───」

 どこか可笑しげだった空気が凍る。
 目を伏せた霞から感じるものは、凍てつくような殺気。
 それこそ、戦場に立っているかのような空気が場を支配した気がした。
 そして、それは霞が目を開いた瞬間、確かなものへと変わる。
 観客の中から、小さく悲鳴めいたものが聞こえたが……そんな声すらもがやがて消える。

「───次で終いにしよ。待つんはもうやめや、性分やない。相手が打って出るんやったら、ウチも打って出るだけや。相手が誰だろーと関係ない。……せやろ?」

 殺気を含んだ眼光は愛紗へと。
 その愛紗も、霞から放たれる氣を受け止め、目を鋭くさせていた。

「いいだろう。そこまで言えるのならば、もはや躊躇もせん」

 渦巻く気迫同士が舞台を支配する。今度こそ、完全に。

「あ、あのー!? ちょっとー!? 殺しはまずいわよっ!? 死なない程度にね!? 規定で言ったように殺したら打ち首なんだからねー!? って、ちょっとはちぃの話も聞きなさいよー!!」

 もはや地和の声など届いていないのか、互いが構えたままに動かない。
 ただ、立ち、向かい合う空間には覇気や殺気といった気迫が渦巻き、地和の言葉に多少は戻りそうになった歓声が、再び沈黙へと至った。

『………』

 チリチリと肌を焼かれるような気迫。
 たまらず地和がこちらへ逃げてくるが、それが済んだ頃。

「っ! せいぃっ!!」
「おぉおおおおっ!!」

 地を蹴り駆ける。同時に。
 互いが一歩駆ければそれだけで間合いに入る距離。
 それだけの距離で出せる最大の助走を勢いとし、二人は持てる氣の全てを一撃に乗せ、激突した。そう、激突。たった一歩で出せる速度などたかが知れていると思うだろうが、氣を籠めた一歩の助走なら俺でも出来る。そして、それを将が。しかも愛紗や霞ほどの猛将がするのであれば、その速度は異常の域だった。
 音だけで聞くのなら、まるで車の衝突事故だ。
 いや、受け止める部分が互いに少ない分、衝撃としての効果はより高いかもしれない。
 鉄球と鉄球を高速で打ち合わせたような、しかしそこに氣までもが乗っかったために発生する突風。咄嗟に地和を抱き締めて庇い、土埃がまるで散弾銃のように飛んでくる状況に目をきつく細めながら耐えた。
 ……そんな中、何かがどこかに衝突する音と、小さな悲鳴を聞いた気がした。

「……、……!?」

 やがて治まる突風。
 当然といえば当然で、武器が延々と風を出しているわけではないのだから、ひと波過ぎれば静かなものだが───……二人の様子を確認するべくしっかりと開いた景色の中に、なにかが足りないことに気づいた。

「う……わぁ……」

 ハッとして、音が聞こえた場所を見てみれば……場外傍の壁に突き刺さった、へしゃげた棒状“だったもの”。装飾を見るに、飛龍偃月刀のようだった。
 そう。
 舞台に居る霞の手には、あるべき飛龍偃月刀が無かった。
 そして霞自身も立っているわけではなく、ぶつかり合った場所から離れた位置に座り込んでいた。
 ……立っているのは愛紗だけ。
 しかし、その手に持つ青龍偃月刀もまた、へしゃげてしまっていた。

「……っ……はぁ……! ───模造とはいえ、我が青龍偃月刀を曲げてみせるとは」

 華雄の時とは違い、へしゃげた武器。
 恐らくは氣で包まれていたからなのだろうが、では氣で包まれていなかったらどうなっていたのか。……飛龍偃月刀が突き刺さる壁の先に居る、震える桂花が無事でなによりだった。
 だって、ヘタすれば武器が砕けて、それこそ散弾のように飛び散って……なぁ?

「……無手となったが、まだやるか?」
「……いや。全部出し切ったわ。ウチの完敗や」
「そうか。───良い仕合だった。いつかまた、機会があれば手合わせ願う」

 差し出される手。
 霞は地面に座り込んだままぽかんとその手を見て───

「え? ほんま? またやってくれるんっ?」
「ああ。霞さえ良ければだが」
「いいっ! むっちゃいい! やったら今日からもっともっと鍛えんと!」

 手を握り、まるでアイドルと手を繋いだファンのように目を輝かせ、ぴょんぴょんと飛び跳ねてまで喜んでいた。
 ……今度は愛紗がぽかんとする番だった。
 ともあれ、勝敗は決した。

「ほら、地和」

 俺の腕の中で微動だにしない地和を軽くゆすり、仕合が終わったことを教えてやる。
 するとどうでしょう。

「え? あ───ちぃ、強引なのも結構好きかも」

 ハッとして俺を見上げると、何故かポッと頬を染めて、きゅむと俺に抱き付いてきて……って!

「抱き締めたのはそういう意味じゃなくてね!? 司会だよ司会っ!」
「へあ? あ、ああっ! 司会ね司会っ! そそそれでは第九仕合! 関雲長選手の勝利で終了いたします!」
『うぉおおおおおおおおーーーーーーっ!!!』
「これからお昼の休憩を取りますので、お腹が減ってる人はもりもり食べましょう! お昼は支給されますので、がっつりとどうぞー! ただし! お残しは許しません! 残したら料理長直々の罰が下ります!」

 声高らかに終了宣言と、これからのことを話す地和。
 舞台の興奮もどこへやら、お昼でしかも支給されるとあって、町人も兵も大燥ぎだ。
 全員に支給なんて、手痛いどころの出費ではないが、祭りの日くらいはね。
 ああもちろん、町で売られる祭り用の食事などは普通にお金が必要である。
 あくまで“この昼のみ”が支給されるだけだ。
 しかしタダメシが食えるとなれば、残す人など居るわけもない。それがよっぽど嫌いなものでなければ、きっと食べるだろう。
 そんなことを考えていると、観客席からいろいろな声が聞こえてきた。

「料理長?」
「よく解んねぇけど、まあ残すなんて罰当たりなことするわけねぇよなぁ」
「食えるだけありがてぇってもんだ。しかも支給とくる」
「でも嫌いなもんだったらどうするかなぁ」
「そりゃお前……」
「なあ……?」
「そっと残しときゃバレやしねえって」

 集団思考って怖いね。
 みんなでやれば怖くないって感覚は、ある意味で自殺行為に等しいのに。
 この世界では特に。
 そんな人達の声が聞こえたのか、地和がコホンと咳払いをしてにっこりと笑い……七乃のように指をピンッと立てると、元気よく言葉を放った。

「えー、ちなみに。調理長は典韋将軍なので、こっそり嫌いなものを残そうとか言う人は、破壊される覚悟くらいは決めておくようにー! ちぃちゃんとの、約束よー?」
『はいっ!! 残さず全て食べさせていただきますッッ!!』

 舞台が揺れるほどの、絶叫にも似た感謝の言葉であった。

「……はぁ。とりあえず、無事に終わってくれたか……。はは、あんまり喋る機会、無かったな」
「いや。誰もが速すぎて、言葉を発していたところで間に合ったかどうか。余計な解説を入れるよりは良かったと俺は思う」
「そっか。そういう考え方もあるか」

 俺はといえば華佗と一緒にぐぅうっと伸びをしながら、解説についてと昼についてを話していた。
 さて。
 人間はなにもしなくても腹は減るもんである。
 興奮したし緊張もしたし、なにより驚いたり身を竦ませたりと忙しかった。
 体が欲するもの、即ちエネルギーを求め、俺と華佗は談笑しながら食事が配給されている場所へ向けて歩い───

「待ちなさい一刀」
「え? あ、華琳……と、桂花? 春蘭も……あ、あれ? なんだってみんなこっちに? 昼、食べるんじゃ───」
「ねぇ一刀? 誰に常識が足りていないのか、言ってみてもらってもいいかしら」
「ア《ギシリ》」

 ……ふ、ふふっ……ふはははは……!
 し、仕合を見ているうちにこの北郷、すっかり忘れておったわ……!
 解説をしている中、うっかり失言を口にしてしまったことを……!

「エ、エートソノー。じょっ……常識人だったら、こんな一人の男を皆で囲むなんてことはしないんじゃない、かなぁ、と……」
「そう? では絶を構えた私だけが残りましょう」
「《ひたり》ヒィごめんなさいとっても常識的でした! だから瞬時に絶構えるのやめてください!? というかそれは常識的じゃないだろやっぱり! どこから出したんだ!?」
「どうだっていいわよ、そんなこと」
「どうでもよくないから訊いてるんですが!?」

 冷たい感触がやさしく喉を撫でなさる。
 ええ、とってもやさしいです。やさしいけど鋭いから、あんまり撫でられるとプツリと皮とかが裂けてしまいそうで、引き攣った笑顔のままに謝るしかございませんでした。
 理不尽がどうとかよりも、確かにああいう場で常識ってことは大事だーなんて言えば、他の人が常識が欠けていると皆に思われてしまうわけで。さすがに失言だったなぁと解ってはいるのですが。いやいや、まずは謝るべきだ。きちんと。というか座らされた。例のごとく正座で。

「お、大勢の前で常識足らずと言うようなことを言ったのはごめん。素直に謝る。でもな、これだけは言わせてくれ。常識ある人、忍耐力のある人は、話し合いを設けるのに武器は使わないだろ……」
「ええもちろんよ。私だって相手が一刀か、よほどの無礼者でもない限りはこんなことはしないわ」
「無礼者とどっこいなのかよ俺……」

 そりゃ、ある意味で王を含めたみんなを常識欠如宣言したようなものなんだろうけど、俺自身にはそんなつもりは………………そんな、つもりは………………や、な、ないですよ? ほんとですよ?

「……気心知れているし、これでは怒らないと解っているからよ、ばか」
「ん? なんか言ったか? ばか、っていうのは聞こえたんだけど」
「あなたは……はぁ。もっとまともな部分を拾いなさいよ……」

 盛大なる溜め息を吐かれた。
 深く考えるあまりに、人の話を聞かないのはよくないよなぁ。
 この癖、直せるように頑張ろう。

(…………ハテ)

 直したら大変なことになると、心が大きな警鐘を鳴らしているのだが。
 い、いいんだよな? 直すべきだよな? 人の話を聞かないのはよくないし。
 それが、自分の考え事が原因なのは、俺自身も嫌だし。
 よし。
 考え事はしても、外の情報は聞き漏らさない俺を目指そう。
 そしてもっともっと、国に返せる自分になって───なって………………

(……なんでだろう。誤解と血に塗れた未来ばかりが頭に浮かぶ……)

 いやははは、気の所為気の所為っ! さ、考え事ばっかりしてないで昼だよ昼っ!
 きっと腹が減ってるからヘンなことばっかり考えるんだって!

「じゃ、昼食べに行くか」
「ええ」

 一応許可を貰ってから正座を解き、立ち上がると歩き出す。
 他のみんなは既に向かったらしい。
 訊いてみれば“食べに行く”、というのは少し違うようで、俺達には既に用意されているらしいから、そこで食べればいいのだとか。
 うーん、配ってるところに行って、きっちりと盛ってもらうのもそれはそれでワクワクするもんなんだけどな。
 そのことを少しだけ残念に思いながら、俺は華琳と一緒に昼餉を食べに行った。

「ところでさ。お残しがダメなら、たとえこの昼に辛いものが出てきても、華琳は食べるのか?」
「《ビクッ》……あ、あら。なななにが言いたい、のかしら……?」
「いやほら、華琳って辛いの苦手───」
「苦手じゃないわよっ!!」
「《ビクゥッ!》ごめんなさいっ!?」

 そう。珍しく大変動揺していらっしゃる華琳とともに、歩きました。
 なんとなく心配になって訊いてみたことがあるんだが、「そういえば真桜は出てたのに、どうして凪は出てなかったんだろう」って言葉に、華琳は……

「……“自分の実力ではまだまだ敵わないので”、だそうよ。というより、あなたの前で負けるのが怖いだけかもしれないけれど」
「そっか。確かに負けるのは怖いし、あの大観衆の中じゃあ恥ずかしいかもなぁ」
「……はぁ。話を聞いてもこれだもの。あのね、一刀? 私は───、…………はぁ。まあいいわ。いきましょう」
「ん? 華琳が途中で話を止めるなんて珍しいな」
「あなた自身が改めなければ、いつまで経ってもなにを説いても同じだと思ったからよ」
「……?」

 ───前略、おじいさま。
 話を聞いていても解らないことってあるものですね。
 なるほど。他人の理解力と、相手が求める理解とは当然のことながら一致しないことはありますもんね。
 その答えに至れれば、ああなるほどと頷けるものもあります。

「あ、ところでさ。その凪だけど……今なにやってるんだ?」
「《びくりっ》………」
「華琳?」
「…………は……」
「は……?」
「配給……係り、よ……」
「配給……あ、じゃあもしかして料理も流琉と凪が───だからか。今朝、凪が……」
「………」
「……あの。華琳さ───ハッ!?」

 ───続・前略おじいさま。
 新茶が採れる季節がいつだったかをド忘れしてしまいましたので、とりあえず今ということにしておいて、新茶が美味しい季節になりましたね。
 ところで今朝、僕のもとへ凪さんがやってきて、“祭りの中で辛いものを出すのはおかしいでしょうか”と訊いてきたのですが、はい。僕はそれに、“いや。どこまでの辛さに耐えられるかをみんなで競うのも、天の祭りにはあったからいいと思うぞ”と返事をしました。
 僕はその時の凪さんの弾ける笑顔を忘れません。
 忘れられないのですから───

「………」
「………」

 どうか、配膳された食べ物は辛くないのだと信じたいのです。
 なんていうかそう、自分の未来のためにも。
 ……さて。足取りが途端に重く、のろりと歩く中で……離れた場所から悲鳴が聞こえてきました。“辛いというか痛い”……的な言葉だったと記憶します。

『………』

 ええ、お残しは許されないんです。
 ならばもう、歩むしかない……!
 辛きを我が身に受けようとも、歩みて明日を魁る……! きっとそれが王なのだと……

「……《キッ!》」

 凛々しくも覚悟を決めた彼女の横顔を見て、そう思ったのです。
 さあ、往きましょう。
 ただ今より第十仕合、辛さ対王の尊厳を始める───!!


───……。


……。

 ……のちに。
 涼しげな顔で最後まで辛きを食し、辛くてもしっかりと味が解ることへ高評価まで出し、凪と流琉を褒めた覇王様。
 そんな彼女に強引に連れられ、誰もおらぬ部屋へと辿り着くと、散ッ々と怒られました。
 堪えていたであろう涙まで滲ませて、大口を開けて、まるで子供のような罵倒を繰り返す彼女の舌は真っ赤でした。
 自分にしか見せない顔があるのって、なんだかんだで嬉しいよね、と思わず笑顔になってしまった途端に正座を命じられて、その上で叱られましたが。
 ええ、まあその……食べる前に、凪が言ってしまったのだ。
 “隊長の仰る通り、祭りということでうんと辛くしてみました!”と、弾ける笑顔でキッパリと。今でもあの瞬間のみんなの顔、忘れられそうにない。特に華琳。笑顔なのに、背後に巨大な般若面が見えたもの。

「聞きなさい一刀っ! 大体あなたはいつもいつも余計なことをっ!」
「だって、辛いの平気なんだろ?」
「限度というものが必要なことくらい解りなさい!!」
「揚げ足取ってごめんなさい!!」

 でもね、華琳。
 その限度って俺が決めることじゃないと思うんだ。
 だって作ったのは凪だし。
 しかしそんなことを言えば、部下の不始末は上司の───とくると解っていたので、宥めるほかありませんでした。

「え、えと……じゃあ、休憩もあるし……その。綿菓子でも食べるか?」
「《ぴたり》…………説教がまだ済んでいないわ」
「ぷっ……ははっ、でも今結構考えて《ヒタリ》ごめんなさい絶はやめてっ!」

 じいちゃん……最近、覇王様が俺にだけどんどん遠慮無用になってるんだ。
 これって特別視? と自惚れて、ならばと告白してみても“察しなさい”なんだ。

「………」
「……な、なによ」

 ……それでも好きなんだよなぁ。ほんと、しょうがない。
 言ったところで“察しなさい”なら、きちんと察して受け取ろう。
 好きで一緒に居たいんだから、こうして傍に居られるだけでも十分だ。
 ……傍に居られなかった一年間を思えば、そんなことは当然なんだから。

「じゃあ、説教が終わったら一緒に街に出るか?」
「………」
「華琳?」
「甘くて冷たいもので、熱くて仕方のない舌を休ませたいわ。一刀、あなたが作りなさい」
「へ? それって…………ははっ、りょーかい。アイスでいいか?」
「知らないわよ。あなたに任せるわ。もちろん、満足出来なければ───……解るわね?」
「無駄にハードル上げるなよ……舌が痛いのは俺だって同じなんだから、俺だって───」
「あらだめよ。あなたが作ったものは私が頂くのだから」
「え……? じゃ、じゃあ俺の分は!?」
「知らないわよ《きっぱり》」

 ひどい! なんてひどい! ……と、この時は思ったのだが。
 新鮮なものとまではいかない材料でアイスを作る中、どうしてか華琳も一緒にアイス作りをして。なにを言ってみても黙して作るもんだから、「一つじゃ足りないのか? 食いしん坊だなぁ」なんて、場を和ませるつもりで言ってみれば、鎌が喉に突きつけられました。
 なのでこちらも黙して作ることにして、やがて完成すると───華琳は自分が作ったアイスを俺にくれて、俺もまた、華琳に自分が作ったアイスを渡した。
 「……味比べ?」と首を傾げて言った俺に蹴りをブチ込んできた覇王様だったが、そんなやりとりをしながらも、俺の頬は緩みっぱなしだった。

(現金なヤツ)

 自分で自分に呆れながらも、二人並んで座り、甘いアイスを口にした。
 それは、とてもとても甘───……辛かった。

「……あの。華琳サン……? これ、中のほうが滅茶苦茶辛いんですが……?」
「限度を知らない結果というものを、一度その舌で確かめなさい」

 甘い上の層に、とても辛い中身。
 一口で二度美味しいとはよく言うが……甘くて痛い! なにこれ! 痛い!
 なのにきちんとした味があって、しかも美味いから残せない!

「どうかしら? それだけ辛いと───」
「完・食!!《どーーーん!!》」
「なっ───!?」

 でもまあそこまで大きなものじゃなかったから、ぺろりと食べた。
 内側からドクンドクンと体が熱くなってきてますが、きっと気の所為です。

「ふふふ……料理を好む性格が災いしたな、曹孟徳……! 辛くとも味が確かなら、食べずにはいられないのが人のサガ! まして、ここまで美味いならば残すはずもなし!」
「………」
「……って、華琳? ───痛っ!? なんか今さら口の中が熱っ! 痛っ! 辛っ!!」

 格好よく返したつもりが、後からくる刺激に堪えられなくなって悶絶。
 そんな俺をぽかんと見つめていた華琳だったが、しばらくすると吹き出し……珍しいこともあるもので、声を出して笑った。
 普段から“ふふっ”としか笑わない彼女の印象は一気に砕け、背格好相応の笑い方をする彼女を前に、俺も笑───……い、ながら悶絶した。
 く、くそういったい何入れたんだこれ……! 穏やかに微笑みたいのに涙が止まらない!

「くふふふふっ……え、ええ、そこまで胸張って美味しいというのなら、仕方ないわね。ふふふっ……本当に、仕方のないことだから、気が向いたらまた作ってあげるわよ」
「いや……辛いのは出来れば勘弁を……」
「くっ……ぷふっ、あはははははは!!」
「な……なにがそんなにおかしいんだよ……」
「だ、だってあなたっ……! あれだけ偉そうにっ……む、胸張っておいて……っ! ぷ、くふっ……あははははは!!」
「〜〜〜〜……」

 それを言われると、何も言えない自分がおりました。
 思い返してみても、曹孟徳相手に偉そうに胸を張った途端に悶絶である。
 ああなるほど、そりゃ笑えるな。
 納得したところで盛大に落ち込むことにしました。
 まあ……華琳の笑顔も見れたし、それだけで心が暖かくなったりするんだから……俺ってやつは本当に……。

「……午後もがんばりますか」

 笑う覇王様の横で、痛みに瞳を滲ませたままに呟いた。
 ……うん、いちいち格好つかないよなぁ俺……。




ネタ曝しです。  *えぶりばでぃせーーーい!  国崎最高ーーーッ!! はい、アニメAIRからです。  ラヴ&ピースも。  *武力90とか  三国志Tなどより。  何気に楽進より于禁のほうが武力が高いことに驚きました。  *ホヤホヤ  週刊少年ジャンプ読み切り、COSMOSより。  チーム“チョコレート”はホヤホヤだった。  が、チーム紹介をして僅か3ページでチーム“キャンディ”に潰された。  「今夜は焼肉だな」と言っていた姿が逆に悲しみを呼ぶ。  *し、知っているのか雷電  「ぬ、ぬうこれは……寝汰娑羅死(ねたさらし)
……!」  「し、知っているのか雷電……!」  「う、うむ……伝説のものでしかないと思っていたが、よもや実在していたとは……!」  魁!男塾より。  雷電とは三面拳の一人で、大往生流の使い手。  解らぬことはないと言うかのように、技が出るたびに驚き、解説をしてくれる。  締めは大体“民明書房刊〜○○○〜より”で。ドスコイカーンの説明が大好きです。  過去のジャンプ作品はどもりが多いが、男塾とキン肉マンは特に多かったと記憶する。  本屋で民明書房の本を探したのは凍傷だけではないはず。  当然民明書房は存在せず、ならば民明書房刊以外の説明は真実なのかといえば、たぶんそういうわけでもない。  ◆神冥書房刊『何度死んでも生き返る大往生流』より  *大丈夫か? も、問題ないわよっ  「そんな装備で大丈夫か?」  「大丈夫だ、問題ない」  エルシャダイPVより。体験版やってアザゼルに勝てて満足してしまった。  *ヤ、ヤツだけは自主的に!  カメレオンより、坂本くん。  「今日からお前はただのチビだ! チビだ! チビだ!」  (ヤ、ヤツだけは自主的に!)  *青竜の方角!  グラップラー刃牙より。  結構この掛け声、好きです。  *あいしゃっしゃ……!  サイボーグじいちゃんGより。  稲作が鼻血を出しながら言ってる。  ……いまさらだけど、三国時代で“たんま”って言葉、使っていいのだろうか。  はい、82話です。  内容も82kbです。いえ、実は85kbです。  30kbだった予定がこの有様です。相変わらず纏め能力に欠けてます、凍傷です。  今年の夏はなんだか妙ですね。暑い日々が来ようぜと思えば、梅雨に逆戻りです。  布団干したいなぁ。  しかしこう、将同士の戦いを書いていて思うことといえば、誰が強いかとかは書かないほうが楽しめるということですね。  無理に“こやつが強い”と決めてしまうと、どうにもこう……モヤモヤが生まれますね。  せっかくなので、それをネタに即興で軽い話を。 「急に呼び出したりしてなんやねん、華雄」 「お前達にこの場に集ってもらったのは他でもない。そろそろこの三国で最強が誰なのかを決めようと思ってな」 「……なるほどなー。そら、確かにええ考えやな」 「…………《こくり?》」 「ふんっ、最強は恋殿に決まっているのですっ!」 「鈴々なのだっ!」 「いいや私だっ! 華琳様と魏の名にかけて、最強の座は譲れんっ!」 「うむ。姉者は今日も元気だな」 「最強とかどうでもいいから、誰か死合しないー?」 「姉様っ! あなたという人は、暇さえあればそんなことをっ!」 「…………お前らの考えはよーく解った。気になるよなー、武を身に付けたなら、最強が誰なのかとか思うよなー。……でもな、なんでそれを俺の部屋でやるんだよ!!」 「うるさいわね! 今大事な話をしてるんだから黙ってなさいよこのシデ虫!!」 「扉直したばっかなんだよ! 大体昨日だって、やれ誰が最速かとかで人の部屋を勝手にゴールにして! おかげで春蘭に扉壊されて、こっちは大変だったんだぞ!? 誰かさんが寝込み襲って虫の詰まったカゴをぶちまけるし! つかシデ虫!? 居るの!? この時代に!」 「いるじゃない」 「人を指差すなよ! なにその真顔!!」  しまった時間がない!  え、えー、というわけで、クロマティ高校ネタでした。  でも普通にこういうことありそうですよね、恋姫って。  題して、“恋姫!ムソマティ高校!”……無双の文字から“う”を抜いただけで、なんか言葉として成り立たなすぎて驚きました。  最強を決めるとかの内容は、こんな感じでも問題ない気もします。  気軽に楽しむという意味で。  そんなわけですので、ギャフターのほうもあまり深くは考えずに読んでくだされば。  祭さんや美以が参戦していないのはお気になさらず。  8月は平和で暇だといいなぁとか不謹慎なことを考えます。  いや、ゆっくり小説書きたいなぁって。  疲れがね……取れないんですよ……。ワシも歳かのぅとか無駄に呟きたくなります。  ではまた次回で。 Next Top Back