129/DIE弐回戦

 昼食が終わり、休憩を挟んだあとには当然待っている第二回戦。
 緊張したり氣に当てられたりで疲れていた地和が、クワッと目を開く瞬間である。

「大丈夫か? なんだったら蒲公英に代わってもらったりとか───」
「これしきで疲れを見せるなんて、歌人にあるまじき行為よっ」

 散々見せられていたんだが、というツッコミはしない方向でいこう。
 さて。
 マイクを手に壇上、もとい武闘場に上がった彼女が右腕一本を天へと翳すと、それだけで観客の興奮が蘇る。
 それを待ってからの第二回戦開始の号令は、司会と観客の息の合ったものだった。
 なるほど、これは蒲公英にはちょっと無理かもしれない。

「よーぅしっ! それじゃあ冷めた熱がまた熱くなったところでっ! ……食事が辛かったぞぉーーーーーっ!!」
『うぉおおおおおーーーーーーーっ!!!』
「はいっ! さらに熱が上がりました! では組み合わせの発表をいたします! 二回戦第一仕合! 周幼平選手対孫伯符選手!」

 うわ……呉同士か。
 明命の慌てふためく姿が簡単に想像できる。
 今実際、歓声に混じって「あぅあああーーーーっ!?」って悲鳴が聞こえたし。

「第二仕合! 孫仲謀選手対華雄選手!」

 む……ある意味、一番落ち着いた戦いが見られそう……か?

「第三仕合! 趙子龍選手対関雲長選手!」

 …………いや、なにも言うまい。

「第四仕合! 呂奉先選手対張翼徳選手!」

 これは……いや、解らないよな。
 勝利条件は一つじゃない。

「以上で進めたいと思います! なお、厳正なるくじ引きの結果、残った9名の中から闘わずに第三回戦へ登れる人がどうしても一人出てしまいましたが、話題に出すとうるさいのでさっさと次に行きましょう」

 ……シ、シード権……と受け取っていいんだろうか。
 奥の方から「なんだとぅ!? なぜ私の仕合がないのだ!」とか聞こえるが……春蘭、武人としては怒るところかもだけど、選手としては喜んでおこうよ。

「それではさくさく参りましょう! 第一仕合! 青竜の方角! 周幼平選手!」
「あ、あぅっ……あう、あうぁっ……!」

 呼ばれ、出てきた明命は目がぐるぐると回っていた。
 ……大丈夫なのかな、あれ。

「対するは同じく青竜の方角より! 元呉王! 孫伯───あれ?」

 雪蓮が出てくる筈の場面で、彼女を押しやり出てきたのは……なんと春蘭!

「おい地和! 私の出番が無いとはどういうことだ!」
「え? え……どういうって、だからくじ引きで」
「くじを引いたなら誰かと当たらねばおかしいだろう! そんなことも解らんのか!」
「人数考えなさいよ! 9人なんだから一人余るのは当然でしょー!?」
「なにぃ!? 引く時に“誰と当たるかはくじ頼み”と言ったのは貴様だろう! それでなぜ誰とも当たらんのだ!」
「確かに言ったけどそういう意味じゃないったら!」
「ええいなにをわけの解らんことを! もういい! 北郷! 貴様が私と戦え!」
「《ビクゥッ!!》ひょぅぇ!? あっ……!? えなっななななんで俺!?」

 いきなり指名されて、本気で驚いた。
 また妙なことで喧嘩を……とか、どこか微笑ましく思っていた少し前の俺よ。
 ……何故逃げなかった。

「なんでもなにも。相手が居なければ、私の活躍を華琳さまに見てもらうことが出来んだろう」
「頷いた時点で俺の方は、華琳に自分の最期を看取られそうなんですけど!?」
「……なにを言っている? 刃引きをしたもので人が死ぬわけがないだろう」

 きょとんとした真顔で言われた。
 ……どうしよう、この人マジだ。

「刃引きしてあっても頭粉砕されて死ぬわ!」
「なんだとぉ!? 誰の頭が救いようのないくらいの炸裂馬鹿だ!!」
「誰もそんなこと言ってな───炸裂馬鹿!?」

 粉砕が炸裂と繋がった!? 繋がらないって!
 なんて頭の中でツッコんでいると、ずかずかと解説席へと歩いてきた大剣さまに詰め寄られ、言い訳を……って、なんで俺が言い訳を考えなくては!? くじ引きでの厳正な抽選結果だった筈が、なんで俺がこんな状況に!?
 様々なものから逃げ出したくなるような気分の中、救いの手を差し伸べてくれたのは……なんと雪蓮だった。

「なに? もしかしなくても戦いたいの?」
「無論だ! 華琳さまの前で武を振るう! 私には武しかないからな! それが喜びであり誉れだ!」

 傍迷惑な誉れですね春蘭さん……現時点で、主に俺のみに対して。
 しかしそんな春蘭の視線を前に、にっこり笑う元呉さまは、こうお言いなさったぁ……。

「なんだったら私と交代する? 明命と戦えるわよー♪」
「はうあっ!? しぇ、しぇしぇしぇ雪蓮さまっ!? そそそれはっ……あぅあぅあ……」
「なに? いいのか?」
「うん。代わりに私が一刀と戦うから」
「キャーーッ!? 却下ァァァァ!! ちょ、だめ! くじ引き無視しないで! そんなの許可したら、誰でも戦いたいヤツと戦えるようになっちゃうだろ!?」
「なによー、一刀は私と戦いたくないっていうのー?」
「全力でハァイ!!《ズビシィン!!》」

 全力で挙手! すると、挙げた手が春蘭に掴まれ、ズルズルと舞台の中心へと引きずられていってイヤァアーーーーアアアアッ!!?

「あの春蘭さん!? どうして引きずりますか!?」
「うん? なにを言っている。挙手するほど戦いたかったのだろう?」
「違いますよ!? 戦いたくないことに賛成って意味で挙手をですね!?」
「なにぃ? 貴様ぁ! 誇り高き魏に生きる者でありながら、敵を前に逃げる気か!」
「逃げる逃げない以前に腕が折れてるんだって!」
「? 使いものにならんのなら千切って食えばいいだろう」
「無茶言うなぁあああ!! それは眼球か!? 自分の眼球を例にして言ってるのか!?」

 矢が刺さった眼球を食った春蘭の場合、困ったことに異様な説得力があった。いや、説得されるわけにはいかないから迫力と言うべきなんだろうけど。
 それにしたって本気できょとんとして、そんなことを言い出すとは思わなかった。

「だったら気合で今すぐくっつけろ!」
「気合でくっつけられるなら、包帯なんてそもそもしてるかっ!」
「ならば片手で戦え!」
「雪蓮相手に片手でとか無理だろ!」
「ええい、あれも駄目これも駄目と! 貴様それでも御遣いか!」
「御遣いだって人の子ですよ!?」
「なにぃ? ……天から産まれるんじゃないのか?」
「……あのさ。もしかして俺が降ってきたのって、天から産まれたからだとか思ってる?」
「当たり前だろう? そうじゃないのか?」
「そうだとしたら天の知識とか産まれたばっかりの俺が教えられるわけないだろぉお!?」
「そんなもの産まれる前から知っていたんだろう」

 どーだ、これで文句あるまいとばかりに、腰に手を当ててニヤリと笑う大剣さん。
 ……ごめんみんな。俺じゃあこの人の説得は無理だ。
 ならば同じ男である彼に助けを求める。
 彼ならばきっと……って、“きっと”とか考えると大体裏返しの結果が出るので、ここは事細かに説明をして助力を願うべきだ。

「華佗、あのさ」
「何も言うな北郷。……解る」

 解られた!? ……いや! これは絶対に解ってない! 絶対に反対の方向での理解だ! 俺の直感がそう伝えている!

「ぃゃぁの」
「男ならば売られた喧嘩、買わずにはいられない。俺は医者だが、そうである前に男だ! 無駄な争いならば必ず止めるが、強きを決める場にて無駄な争いなどきっと無い! ならば俺はお前の意思を汲み、その腕の痛み……消してみせよう!!」
「やっぱり解ってねぇええーーーーっ!!」

 思わず口調が乱暴になるほどの衝撃!
 必死に誤解を解こうとするが、ああもうなんでこういう人は一度“こう”と決めると人の話を聞かないのかっ……! って観客のみなさん!? 煽らないで!? 煽っちゃだめぇええ!!

「あ、あのなぁ華佗!? 俺は腕の痛みとかそういうことを言ったんじゃ───!!」
「任せろ。我が五斗米道に不可能はない。一時的にではあるが骨を結び繋ぎ、痛みを無くそう。ひと仕合ほどならば痛みもなく戦えるはずだ」
「だとしてもこんな大観衆の前じゃ───!」
「我が身、我が鍼と一つなり! 元気にィイッ!! なぁああれぇえええっ!!!」
「話聞いて!? お願いだから!! おねっ……あぁあーーーーーっ!!!」

 鍼が落とされる!
 いっそ逃げましょうか!? でも変なところに刺さったら嫌だし、正直に言えば腕が治るのは嬉しい! 嬉しいけどそれはイコール雪蓮バトル開催の報せというわけでして!
 ならばすぐに負けようか!? なんか嫌だ! ならば───ならば全力で!

「覚悟───完了!!」

 胸を右手でノックするのと同時に、鍼が包帯を貫いて左腕を突く。
 その衝撃でなんと包帯が弾け飛び、自由になっただけではなく、喝を入れてもらったかのように氣が充実する体で、左手をグワッシィと握ってみせる。

(祭り……そう、祭りである! 祭りで騒ぐは然であり、叫ぶのならば肯定を叫べ! 否定を叫ぶは祭りの恥! 故に逃げぬ心、退かぬ覚悟を!)

 人はそれをヤケクソと言います。
 良い子も悪い子も真似してもいいけど、自己責任でいこうな。
 死地へと歩む御遣いさんとの約束だ。
 そして弾け飛ぶ包帯に普通に驚いた。アニメとか漫画でありそうだけど、実際に見ると怖いぞこれ。

「ふぅん? あははっ♪ いい顔になったじゃない、一刀。何かを楽しもうとする子、嫌いじゃないわよ?」
「祭りなんだから楽しまなきゃな。勝っても負けても恨みっこ無しだ」
「へー? 勝てるつもりなんだ」

 くすくすと笑う雪蓮。
 そんな彼女の前へと歩き、真っ直ぐに目を見て言う。

「勝てる気で構えなきゃ、そもそもイメージにすら勝てないからな」
「そ? よく解らないけど、勝てたことは?」
「きっちり胸張って言えるのは一回だけだ」
「……それでも勝ったんだ。そっかそっか。……離れてる間、弱くなっちゃった“いめーじ”に勝って天狗になってましたとかなら、腕一本じゃ済まないわよ?」
「じゃあ折られたら折り返す」
「わおっ、あははははっ! いいわいいわっ、今の一刀最高っ!」

 殺気をぶつけてみれば、笑って返す雪蓮さん。
 やっぱり俺の殺気じゃあ怯みもしない。笑われるほどささやかかい、俺の殺気は。

「うん、満足満足。じゃ、春蘭は明命と戦ってあげてねー♪」
「応!」
「あぅあぁあーーーーっ!!?」

 会場に、明命の悲鳴が、こだました。
 ていうか、え? 一番最初に戦うんじゃないのか? 流れ的にすぐにここで戦うことになるのかと。
 いや、でも正直助かったか。鍼で動くようになったからって、今まで大して動かせてなかったんだから、今のうちに動かして慣れさせておこう。じゃないと全力なんて無理だ。

「えーはい、司会者無視してなんだかいろいろ決めちゃってますが、戦いたいなら止めません。では第一仕合! 周幼平選手対! 夏侯元譲選手!」
「ふはははは!! 悪いが二回戦も勝たせてもらうぞ! ……華琳さまー! 見ていてくださいねー!」

 周囲には威圧的。
 華琳には夢見る少女のような素直な反応。
 ……全力で祭りを楽しんでいるようで、なによりだった。

「……ところでさ、華佗。鍼の効果ってどれくらい続くんだ? てっきり一番最初に戦わされるのかと思ってドキドキしてたんだけど」
「ひと仕合分くらいの時間は保つ筈だ。それまでは仕合を見ながら何度か鍼を落とすから、手の感覚が今の北郷のものに合うまで動かしておくといい」
「ああ。リハビリ無しだと辛いもんな」

 言いながら握ったり開いたりを繰り返す。
 これで二度目だが、どうしてこの世界の人々は人の腕など軽く破壊できるのか。

「………」

 観客が沸く中、舞台に立つ二人を見る。
 既に雪蓮も控え室に戻ったので、俺も解説席に戻ったのだが……俺もあそこで戦うとか考えると汗がだらだら出てくる。
 いや……大勢の前で戦うとか無理だろ。
 見栄を張って失敗やらかしまくる自分の姿が簡単に想像できる。
 ならばその想像に勝とうとイメージトレーニングを開始するのだが、困ったことにイメージは雪蓮と戦っている光景しか映してはくれなかった。……まあ、戦うんだしなぁ……そうじゃなきゃ逆に困る。

「第二回戦第一仕合! はっじめぇーーーっ!!」

 ドワァッシャァアアン! と銅鑼が鳴る。
 途端に両者の顔からは余裕も焦りも消え、一人の戦士として地面を蹴っていた。
 ……ちなみに。
 愛紗が抜いてしまった武舞台の床は、それを嵌め込んで、斗詩のハンマーで殴って埋めるという強硬手段と、園丁†無双のみなさんの助力と、“親衛隊に勝手なことをやらせていたこと”が華琳に発覚したために連れていかれた真桜の尊い犠牲によって、(見た目は)元通りになっていた。
 こんな状況で園丁†無双のことがハッキリとバレるなんて、彼女も思っていなかっただろう。というかこき使うのに慣れて、そっちの注意力が散漫してたんだろうなぁ……親衛隊が呼吸を合わせて床を治してゆく場面を見た時の華琳の様子は、それはもう貴重なものだった。
 ちなみにそれから真桜の姿を見ていないが……すまん。強く生きろ、真桜。

「おぉおおおおおおっ!!」
「っ───いきますっ!」

 春蘭と明命が駆ける。
 春蘭の意識は明命にのみ注がれ、気配殺しをするには絶好の瞬間。
 しかし先ほど使った手を使うつもりはないのか、明命はそのまま正面からぶつかり、……豪快に吹き飛んだ。

「えっ!? あ、あぅあっ!」

 予想外の衝撃だったのか、言葉通りに吹き飛んだ明命は咄嗟に身を回転させて、舞台に足をつくと勢いを殺し、息を吐いた。
 対する春蘭も息を吐く。なんか満足そうな顔で。そういえば彼女にしては珍しく、初撃が叩き下ろしの一撃ではなく、掬い上げるような一撃だった。そりゃ空も飛ぶって納得出来る一撃だ。
 しかしそれで決着がつくわけでもなく、二人はまたぶつかり合い、しかし明命は正面からの激突を避けての攻撃へと行動をスイッチ。攻撃は出来るだけ避けて、躱しきれなければ受け止めるのだが、やはり武器ごと大きく弾かれることになる。

「はっはっはっはっはっ! どうしたどうしたぁ!」
「どうもしません避けてますっ!」

 鈴々の攻撃と同じように、振りも速ければ戻しも速い春蘭の攻撃。
 けれど明命はそれらを避け、間に攻撃をくぐらせるようにして反撃をする。
 それもなんなく弾かれるわけだが……

(これって……)

 春蘭の攻撃の隙間に自分の攻撃を置くような感じ。
 当然春蘭はそれを弾くために動き、弾けば即座に攻撃。
 明命はそれを避けて再び軽い攻撃。弾かれ、避け、軽く。
 その行動は何処かで見たような……

「ええいちまちまと! 武人ならば一撃にかけてみろ!」

 そんな細かい攻撃に春蘭がカッと怒るが、あくまで冷静に対処する明命。
 それどころか軽く話しかけて、春蘭の攻撃の大振りを促す。

(…………俺が華雄と初めて戦った時にやった、あれ……だよな?)

 攻撃を空振りさせて、攻撃するフリで身構えさせて、さらに空振りさせて、って。
 確かにそれなら、迫力ある大振りに緊張することはあっても、自分がまいるよりも先に相手が疲れるだろう。……相手が普通の武将なら。
 華雄が普通だとか言うわけじゃないけど、相手が春蘭の場合は───

「北郷の真似事か? はっはっは、やつの真似でわたしが負けるものか!」

 ───一層、速度が増した。
 軽い攻撃が剛撃によって弾かれ、明命は逆に隙を見せることになる。
 すぐに戻しの一撃が明命目掛けて放たれ、しかしその瞬間には明命は体を一気に屈ませ、トドメとして放たれた春蘭の一撃をくぐってみせた。

「なっ!?」

 それは勝利への確信に生まれた油断。
 驚愕に染まる春蘭が見たものは、屈んだ状態から一気に跳ね、春蘭の首へと逆手に持った刀を押し当てる明命《ガキィッ!!》

「はぅあっ!?」
「えぇええーーーーーっ!!?」

 勝負あり、と思った瞬間だった。
 振るわれた明命の刀が、ガキィと春蘭の歯によって止められた。
 驚きのあまり思わず叫んだ時には、春蘭の拳が驚きのあまりに無防備になった明命の腹に埋まっていた。
 ───首に当てて勝負ありにしようと思ったんだろうけどさ、明命……春蘭相手なら、突きの型で寸止めしてたほうがよかったぞ……。

「こ、これは驚きです! 寸止めで終わらせる様子だった幼平選手の武器を、なんと歯で押さえた上に勝ってみせたーーーっ!! 第一仕合! 夏侯元譲選手の勝利です!」
『はわぁあーーーーーーーっ!!!』

 観客が大いに沸くが……ア、アリなのかなぁ、アレ……。
 春蘭は春蘭で華琳に手ぇ振ってるけど、逆に「寸止めしようとしたから押さえることが出来たのよ。次は油断なく立ち回りなさい」と怒られている。いや……華琳さん? それでも歯で本当に刃を止めてみせるなんて、異常以外のなにものでもないのですが? 寸止めするとはいえ、この世界の武将の一撃ですよ? ……どういう顎の力してるんだ。あれか? 日々大量に食ってるのがいいのか?
 ……いやいや、学力はなくても顎力(がくりょく)はあるとかくだらないこと考えてないで。

「ではではさくさくいっちゃいましょー! 第二仕合! 華雄選手対孫仲謀選手!」

 腹部を押さえながら去ってゆく明命にドンマイと苦笑を送り、苦笑を返されながらの第二仕合準備の合図。
 入れ替わりに出てきたのは華雄と蓮華で、双方ともにジャキリと武器を構える。
 やる気マンマンだ。

「さてさて片や前線の暴れ馬! 片や恐らく実戦不足の現・呉王! どちらが勝っても恨みっこ無し! それでは第二仕合! はっじめぇーーーいっ!!」
『応ッ!』

 二人が同時に叫び、同時に地を蹴り前へ。
 最初から全力でと互いが互いに思っていたらしく、最初の一撃からして渾身だった。
 両手で握り、フルスウィング。獲物の長さと重量の分だけ蓮華が大きく弾かれたが、踏み止まると懐へと潜り込もうとする。
 当然華雄はこれを阻止。
 ならばと、小刻みに放たれる蓮華の攻撃を力任せに弾き、隙が出来たところへ一撃。
 縦の一撃を後方ではなく左方へ軽くステップすると同時に、蓮華が反撃の突き。
 それを長柄でギャリィッと滑らせるように逸らし、蹴りを放つが足で防御される。
 反動で距離が出来た───と思えば一呼吸しないうちからまた激突。
 蓮華ってこんなに前に出るタイプだったっけ、と逆にハラハラしてくる。
 見ていて危なっかしい戦い方なのだ。
 もっと相手の動きを見てから、確実に堅実に攻め込むタイプだと思っていたんだけど。

「ほう……? 姉と違い、妹はもっと大人しいものかと思っていたが」
「言っていろ。私はそう簡単に負けてやるわけには……いかないんだ!」

 相手が孫家というだけで、華雄の目つきはやたらと鋭い。
 孫堅に負けたって話を聞いたし、やっぱり棘みたいに心に残ってるんだろうか。

「貴様がどう思おうが、私とて負けてやらん。孫策を北郷に取られたのならば、妹である貴様は私が倒す!」
「っ……私は姉様の代わりじゃない!」

 蓮華が踏み込み、剣を振るう。
 でも踏み込みすぎだ。
 あんな闇雲じゃ、置いた武器にさえ自分から突っ込みそうだ。

「はぁああああーーーっ!!」

 蓮華の猛攻が続く。
 華雄はそれを、笑みを浮かべながら捌いてゆく。
 そんな状況をじれったく思ったのか、蓮華はさらに踏み込み、大振りをして───“それはまずいって!”と俺が思ったところで止まらないそれは、まるで待ち構えていたかのように華雄によって強く弾かれ、

「終わりだ!」

 そのまま身を捻った状態での石突きの突きが、蓮華の腹部を強く突いた。
 拳で腹を突いた時のように、ドズゥと鈍い音がする。
 同時に蓮華は軽く飛び、

「あっ、ぐぅっ!?」

 膝をついたのは───華雄だった。

「おぉおーーーーーーっとぉっ!!? これはいったいどーしたことでしょう!! 攻撃をしたと思われた華雄選手がまさかのよろめき! 解説者の華佗さん! これはいったい!?」
「いや俺は無視かよ」
「だって一刀ってこういうことは知ってなさそうだし」
「す、少しくらい知ってるよ!」
「じゃあ一刀、今なにが起こったの?」

 じゃあ、と言われると、なんか“代わりにハイどうぞ”って促されただけって気がしてツライ……ああいや、そういうことは気にしなくていいんだ。よし。

「まず蓮華。腹に一撃もらったみたいに見えたけど、きちんと左手を間に挟んで防御してた。さらにその攻撃の反動を利用して、華雄の腹に蹴り一発。吹き飛んだのは、蹴りの反動と突きの反動を利用して離れただけだ。ダメージは掌にしかないと思う」
「ああ。北郷の言う通りだ。だが、その挟んだ掌は無事では済まんだろう」

 舞台に目をやる。
 腹部に一撃をくらった華雄は既に立っていて、剣を握る蓮華の手は……ここからじゃ見えない。腫れていたりしなければいいけど……。

「ふっ……最初は孫策と戦えればいいと思っていたが、やはり孫家の血か」
「たわけたことを言うな。血だけで強くなれるほど、武というものは甘くない」
「当然だ。その血を持つものが弱くてはたまらんと言いたい───ただそれだけだ!」

 華雄が走る。
 一歩は軽く、二歩は大きく、三歩目で蹴り弾いた。
 一気に増す速度と、一気に無くなる距離に合わせて武器を振るう蓮華だが、これもやはり弾かれる。それどころかやはり左腕は痺れていたのか、弾かれた反動で剣から左手が離れた。

「くぅっ!?」
「ふふふっ、軽い手応えだ───! 手数ばかりを増やしたところで、貴様には敵を仕留める一撃が足りん!」

 戻しの一撃が蓮華を襲う。
 足捌きでそれを避けようとするが、後方に下がる予備動作を見切られ、華雄に懐までを一気に踏み込まれた。

「───!」

 しかしここで蓮華は弾かれていた筈の剣を一気に戻した。
 あれだけ大きく弾かれたのに、あんなに早く───?

「っ! 貴さっ───」
「せやぁあっ!!」

 速度重視。いつか教えた正眼からの突きが一気に放たれる。
 思い出したのは華雄の言葉。
 “軽い手応えだ”……つまり、大きく弾かれたのは華雄の一撃に加え、自分で大袈裟に広げた腕。剣をギュッと握った左手は痺れてなどいないようで、しっかりと握られたままに放たれた突き。

「くあっ《ザシュッ!》ぢぃっ!」

 それを、鼻先と頬を削られながらもなんとか避けた華雄が、そのまま金剛爆斧を振るう。
 無理矢理体勢を変えた所為で、倒れそうになった体から放つ、体重の乗らない一撃。
 蓮華は突きの勢いそのままに前転してそれを避けると、起き上がりと同時に疾駆。華雄はその突撃を起き上がりの反動を用いて迎え、止めてみせ、そのまま鍔迫り合いになる。

「ッ……これでも、懸命に鍛えてきた……! 一刀と、どちらが国のために頑張れているかを競うため……そして、弱い自分を越えるため……! だというのに、こうも決定打に欠けるか……!」
「ふふっ、なるほど……よい覇気だが、貴様が己を磨いている間、他の者が休んでいるとでも思うのか? それはないだろう。むしろ私にはそれしかないからなっ!《どーーん!》」

 いや、華雄さん!? そこ威張るところじゃないから!
 しかもなんか春蘭なら同じこと言いそう! そして蓮華さん……そういうことこんな場面で言ったら───

『…………《じー…………》』
「ウワーア……」

 物凄い数の視線が俺に集まっていた。
 いつの間にそんな話をしたんだって目が、じろじろと。
 慌てて舞台の上を促すが、……あの。蓮華や華雄までなんで俺のこと見てるんだ?
 と思えば蓮華がキッと華雄を見て、華雄もその視線へと自分の視線をぶつける。

「ひとつ訊きたいことがある。貴女は一刀と鍛錬をしたのか?」
「ああ、したな。男の中では飛び抜けて強い……が、ふふっ……まだまだだな。あれでは私に勝つことなど無理だ」
「…………そうか。安心した」
「安心?」

 キッと引き締められた表情が、軽い笑みに変わり、直後に再び引き締められる。

「悪いが、負ける気がしない!」

 直後、剣を軽く引き、急に力を押し付ける場所を無くした華雄がバランスを崩したところへと攻撃。しかしながら「くらうものか!」と軽く避けられ、柄での横薙ぎを脇腹に受けてしまう。
 軽く飛ばされた蓮華だが、やはり足が地面に突くと突撃。
 華雄の剛撃に対して速度重視の攻撃ばかりをし、手数で攻めてゆく。
 確かに、武器は模擬刀とはいえ相当に硬いものだ。当たりでもすれば、速度重視の攻撃でも十分なダメージになるだろう。
 それでもそれが中々当たらないからこそ武将なんだ。
 簡単に当たるくらいなら、誰もが将を倒せる兵になれる。

「はぁあああっ!!」

 連撃、連撃、連撃……!
 反撃をさせないようにと、隙を殺した連撃が何度も何度も放たれる。
 しかし速度重視といっても防御が間に合わないほどではなく、反撃に回らなければ冷静に対処できる程度のもの。
 華雄は冷静に対処し、無闇に突っ込むことはしなかっ───

「どうしたっ、防戦一方かっ! 軽い手応えと言ってくれたな! お前のほうこそどうなのだ!」

 ───たと思ったんだが、気の所為だったよ。
 挑発されたらあっさり突撃しちゃったよあの人!
 袈裟懸けに一気に振るわれた金剛爆斧の一撃を、果たして挑発した蓮華はどう利用して、ってなんか普通に受け止めて吹き飛ばされた!? うわぁ考え無しだったァアーーーッ!!
 こ、これはあれか!? 全力のあなたを倒さなければ意味がないとかいうあれか!?
 そんなの慢心もいいところじゃ───漫画でもアニメでも小説でも、敵が全力を出していない内に倒すのが一番だっていうのに! 5%の力しか出していないってわざわざ教えてくれたなら、やっぱりその瞬間倒さなくてはもったいないってもんだろう!
 なのに軽く地面を滑った蓮華はニヤリと笑って、次いで振るわれる撃も受けたり避けたりしていた。いったいなにをしたいのか。スタミナ切れを待っている……ってことは無いな。
 じゃあ……?

「ふっ! はっ! はぁっ!」
「ふっ! はっ! はっはっはっは!」

 再び、どっしりと構える華雄を蓮華が速度で攻撃する、という状況が完成する。
 華雄は“馬鹿のひとつ覚えか”とばかりに攻撃を弾き、笑うが、どうにも気になることが。

「……なぁ、華佗」
「ああ、妙だな」

 妖術マイクは使わず、コソッと華佗と話をする。
 そうだ……どうにもおかしい。
 さっきから蓮華の攻撃が一定すぎる。
 あそこに攻撃したら次はあそこと、相手に覚えさせるように攻撃を並べている。
 もしかして攻撃を誘っている? それともあれが彼女が組み立て易い連撃?
 とはいえ、なにか作戦があったとしても、華雄は引っかかっても引っかからなくても強引になんとかしそうな気が……。

「ふっ……! 見切ったぞ、そこだ!」

 思った矢先に華雄の一撃。
 腹に当たる……と思われた横薙ぎだったのだが、咄嗟に振り上げた武器が弾く。
 予想通りに蓮華の武器は右腕ごと虚空に弾かれて、体もそれと一緒に大きく仰け反る。
 やっぱり力じゃ無理だ。
 このままじゃ───と蓮華の敗北をイメージしてしまった時、耳に届いた重い金属同士がぶつかり合う音。
 仰け反る者と、即座に構え直す者。
 突き出す獲物と強引に戻す獲物が交差して─── 

「………」
「………」

 剣が華雄の首に。
 斧が蓮華の首へと突きつけられた。
 寸止め同士ではあったが……獲物の長さの差が、勝敗を分けた。

「えーと……解説のお二人さーん? この場合は……」
「蓮華だな」
「ああ。孫権の勝利だ」

 蓮華の武器は、刃が華雄の首へ。
 だけど、華雄の武器は柄が蓮華の首へと当てられていた。
 全力で振り切れば、たしかにこの世界の武将なら首も折れそうだが、折れないかもしれない。首を切るか首が折れるか否かで言えば、やはり切る、の方が勝ちなのだ。
 華雄の武器が鈍器だったら、引き分け判定になっていたかもだけど。
 そういった説明をすると、華雄もそうなるだろうと予測していたのか、小さく息を吐いて武器を戻した。
 直後、発せられる勝者孫仲謀の声。

「……まだ届かないというのか。私は再び孫家に……」

 沸く観客の声に紛れ、立ち去る華雄がなにかを言っていたような気がした。
 同じく控え室に戻る蓮華は、ちらちらとこちらを見て、目が合うとにっこりと子供みたいに笑って“どう? すごいでしょう”みたいな顔をしていた。

「いやー、なんだかよく解らないうちに勝負がついていた感じです! 解説の北郷さん? 最後のはいったいどうなってああなったんですか?」
「えっとな、素早く立ち回っていた蓮華が華雄に向けて続けていた連続攻撃は、同じ行動をずっと繰り返すってものだったんだ。華雄はそれを見切ったって言って攻撃を返して弾こうとしたんだけど、逆にそこを利用されたわけだ」
「利用?」
「ああ、そうだな。華雄は孫権の攻撃が、速度ばかりの軽いものだと誤認した。孫権は素早い攻撃ばかりを見せることで、彼女自身にはそれしかないのだと思わせたんだ。ならばその軽い攻撃を、隠していた剛撃で弾くことで無理矢理にでも隙を出させてやると、大振りを出した華雄は───」
「逆にその大振りに合わせられて、弾くどころか蓮華の力も合わせられて大きく仰け反らされた。大振りの攻撃に自分の剣を合わせて弾く。言うのは簡単だけど、相当の集中力がないと無理だ」
「おおお……説明されてもいまいち解りませんが、つまり横からの攻撃を掬いあげることで、斜め上に攻撃を空振りさせるようなものですね!?」
「……解り易い説明をありがとう」

 地和が言った途端、合点がいったとばかりに観客が沸いた。

「……なぁ北郷。俺達の説明は硬いのか?」
「……そうなのかも」

 その歓声の中、軽く落ち込む俺と華佗。
 いや、迫力とかどれくらい難しいことなのかを語ったところで、そう上手く受け取られないのは解っていたことだけどさ。やっぱりちょっと寂しい。

「ではでは次に参りましょう! 第三仕合! 趙子龍選手対関雲長選手!」
『はわぁああーーーーーっ!!!』

 選手の名を聞いて、さらに沸く観客。
 俺としても楽しみだけど、これは……

「華佗はどっちが勝つと思う?」
「難しいな。速さならば趙雲、力ならば関羽といったところか。だというのに、実力は似通っている。飄々とはしているが、趙雲の力は本物だ。相手の隙を逃さぬ良い目を持っている」
「だよなぁ……なのに、槍の突きに対して平気で合わせられそうな愛紗も凄い」
「………」
「………」

 つくづくこの世界の女性は強いなぁと、俺と華佗は遠い目をしながら思った。

「さぁ! それでは選手も入場したところで! 第三仕合! はじめぇーーーいっ!!」

 高らかに鳴る銅鑼。
 一気に走る二人───と思ったら走らない!?
 開始の位置で青龍偃月刀と龍牙を構えて、微動だにしない!
 なのに緊張感がミシミシと伝わってきて……お、お願い! ひしひしと伝わって!? なんかこの緊張感、お肌がビリビリと痛い!

「こうしてお主と対峙するのは、演習や模擬戦以来となるか。ふむ、相も変わらず可愛げの無い堂々とした構えだ。だというのに、目の前にすると華やかに見える」
「……可愛げがなくてすまないな。だが、戦にそんなものが必要だなどとは初耳だが?」
「もちろんそれが敵兵であったり盗賊であったりすれば構わぬが。見ている者の中に気になる人物が居るのであれば、それもまた必要というものではないか? 愛紗よ」

 ? ハテ、星が何故かこちらをクイッと顎で促した?
 ちらりと愛紗がこっちを見て、どうしてか急に慌て出した。
 …………ハテ?

「はっはっは、この武道会で無様を曝したくないと、いつにも増して鍛錬をしていたのは誰を想ってのことだったのかな?」
「う、うるさいぞ星! そういう星こそ隠れて山で鍛錬など!」
「ぐっ!? ……さ、さてはて、なんのことかな? 山に行く用事など、私には」
「美以から聞いている」
「………」
「………」
「……な、なにを、かな?」
「ふっ……何処までも冷静に攻めて、相手が熱くなったところで相手に武器を放り、油断したところを」
「ぬわーーーーーっ!!」

 ! 星が攻めた!
 なにかぼそぼそと言ってたみたいだけど、普段の星からは想像できないほどに感情を露にした一撃! つーか速い!!
 ……でもそれに冷静に合わせられる愛紗さん。さすがです。

「ほう? 星でもそこまで動揺することが出来るのか」
「くっ……! 底意地の悪いのは感心せんぞ、愛紗っ……!」
「いや……それはお前にだけは言われたくないんだが……」

 突き出された二又の槍の分かれる根元に石突きを当て、槍を止めるのってどうなんだろう。即座に反応して、あんな止め方が出来るって…………おじいさま、世界は広いです。
 ところで表現として二又の槍は合っているのだろうか。
 八岐大蛇から取って“岐”で喩えると、分かれた道、枝、などの意味があるそうなんだが、つまり八岐大蛇って頭は九つあるってことだよな……? じゃあ二又の場合は尖ってる部分は三つあるってことで……あれ? じゃあ一又の槍でいいのか? 二又だとトライデントになるし。
 とか考えているうちに、攻防は始まっていた。

「ふっ───!!」
「りゃぁあああああっ!!!」

 いや、攻防っていうよりも“攻”しかないな。
 相手の攻撃を受け止めはするけど、攻撃がそのまま防御になっているって言えばいいのか悪いのか。攻防一体って言えばいいのか悪いのか。
 相手を打倒するための攻撃っていうのはああいうものを言うのだろうか。
 ともかく鋭い。
 それでいて速く、正確。

「……解説の華佗さん」
「なんだ? 解説の北郷さん」
「二人とも笑んでいるのですが、あれはまだ本気ではないのでしょうか」
「本気だったとしても笑めるほど、この戦いを楽しんでいるということだろう」
「…………」

 前略お爺様。
 視線の先で、絶え間なく衝突する金属音が聞こえます。
 ギン、ギャリン、シャギィン、様々な音です。
 突いて弾いて逸らして斬って、薙いで躱して防いで蹴って。
 様々な攻撃が繰り広げられ、その攻撃自体が防御にもなってるっていうんだから呆れる。
 蜀って人材豊富だよなぁ。
 愛紗もあの実力で、以前は盗賊狩りで満足していたって……少しだけ、ほんの少しだけ、盗賊が可哀相に思えた。御用になって可哀相とは思わないが。

「はぁあああっ!!」
「ほっ! とっ! なんとっ!」

 気合の入った愛紗とは違い、星は相変わらず飄々とした声。
 しかし攻撃は見事であり、速くて正確だ。
 それを弾いてそのまま攻撃に転じる愛紗も、俺から見れば十分に異常。
 どうしてあんな動きが出来るのやら……俺なんて毎度毎度、おっかなびっくりの対応ばっかりなのに。いいなぁ、あそこまで動けるようになりたい。
 でもこの筋肉様が成長してくれない。
 そうなると、もう氣を延々と高めていくしかないわけで。

「───! ……、……!!」
「……? ……、……、……、……!」

 段々と、ぶつかり合う音がうるさくて声が聞こえなくなってゆく。
 にも係わらず、愛紗が叫んで星が笑っているのは解るんだから、付き合いで知る人の性格っていうのは面白い。

「ははは! どうしたどうした愛紗よっ! 前に見せた青龍逆鱗斬はもう使わんのかっ!」
「だだ黙れ黙れぇええっ!!」

 あ、聞こえた。と思ったら愛紗がからかわれて、顔を真っ赤にするような内容だった。
 あーあー……愛紗がどんどんと周りが見えなくなってきてる。
 そんな姿が、なんというかもどかしい。応援してやりたい。

「しかしこう、応援したいんだけど、したら公平にならないってのももどかしい」
「応援すればいいだろう。二人とも頑張れ、なら公平だ」
「それをすると別の方向から殺気が飛んできそうな気がしてさ……」
「そ、そうなのか?」
「というか、俺に応援されて嬉しいかな、二人とも。どっちかっていうと確実に桃香に応援されたほうが喜ぶだろ?」

 ひょいと軽く促せば、王の席で「二人ともがんばれー!」と笑顔で応援する桃香さん。
 華佗はそれを見て「なるほど」と頷く。

「だが、もし北郷がこのまま三国の父として劉備と関係を持ったなら、北郷も主ということになるだろう」
「……いや、それは愛紗にも言われたけどさ」
「そうか。本人に言われたなら、本人もまんざらでもないんじゃないか?」
「そんなもんかなぁ……。まあ、でも応援したい気持ちは一緒だし」

 うんと頷いて、マイクを通さずに言った。
 こう、口を両手で作ったメガホンで囲むように。

「愛紗ーーーっ! がんばれーーーっ!」

 一言……そう、一言だ。
 しかしその途端に愛紗の動きが変わり、動きが加速した。

「……見て解るほどに動きが変わったな」
「……いいのか? こんなんで」
「応援されて張り切れないほど、将というのは耳が遠くないということだろう」
「そ、そんなもんなのか。じゃあ星にも……星ーーーっ! 負けるなーーーっ!」

 同じく一言。
 すると、星まで動きを変え、愛紗目掛けて突撃をかけた。

「………」
「………」
「なぁ華佗」
「言うな。俺も同じ気持ちだ」

 周りからの視線が痛い……!
 何故か将のみんながこっちを凝視してらっしゃる……!
 なにより痛いのが、敗北なされた将のみなさまからの視線……!
 まるで、“なんで今回だけ応援するのさ”って感じで……おおぉお、胃が、胃が痛い!

「どうした愛紗よ、急に動きがよくなったではないか」
「星こそ、本気を出していなかったとでも言う気か?」
「鼓舞による兵の士気の向上があるよう、私とて一人の人間。応援されて悪い気はせぬよ」
「同感だ。なにより───」
『一度でも手ほどきをした者に応援され、負けるわけにはいかん!!』

 速度があがる。
 めちゃくちゃに振るってるようにしか見えないのに、攻撃はあくまで正確。
 今度こそ攻撃だけに集中出来るほどの戦いではなく、互いに攻守織り交ぜの戦いに変わっていた。なのにその攻防の速いこと。
 どれもこれもが次の攻撃への複線であり、複線でありながら一撃必殺を狙っているのだからたまらない。弾く音も随分と大きくなり、肌を刺激していたピリピリとした緊張感は、胃をえぐるような覇気に変わっていた。とうとう内臓です。
 それでも見ないわけにはいかないので見るのですが、一撃必殺を狙っているだけあって、一撃のたびに体が強張る。心の中なんて、一撃のたびに“うひぃ!”“ひぃえっ!”“あぶぅわぁああっ!”とか悲鳴を上げている。
 見ているだけでそれだけの迫力があるのだ。
 ちらりと見てみれば、わいわい騒いでいた観客は……めちゃくちゃ楽しんでいた。
 あ、あれぇ!? 俺だけ!? ソワソワしてるの俺だけ!?

「か、華佗? 俺、一撃がぶつかるたびに体が緊張するんだけど、俺だけ?」
「いや、それはお前が相手の視線に自分を置けるようになった証拠だ。“いめーじとれーにんぐ”といったか? それの延長だろう」
「うう、嬉しいやらツライやら」

 誰かと誰かの戦いを、自分と誰かの戦いに置き換えることが出来るってことか。
 でも俺にはそれほどの速さが出せないから、体が引き攣ってしまうと。なんかそういうことらしい。
 ……なるほど、“見ることもまた戦いだ”ということなのか。
 戦いで経験が積めるなら、見ることでも詰めるということなのか。
 しかし、雑兵相手ならトントン拍子で敵を屠ってゆく猛将でも、達人同士では中々そうはいかない。それほど長い時間が経ったわけでもないのに、二人はみるみる息を荒げていった。

「おぉお!? これはいったいどうしたことかー! 両者とも息を荒げております! 第一回戦ほど時間は経過していないように思えますがー! 解説のお二人さん、これはいったい!?」
「ああ。並々ならない気迫同士がぶつかり合い続けているんだ。達人同士とはいえ……いや、達人同士だからこそ、緊張し続けなければ危険だ。その緊張こそが体に負担をかける。注意力は向上するが、集中していられる時間は限られるものだ」
「なるほどなるほど。それはつまり、誰かさんが応援したから両者ともに張り切って、その影響で疲れていると!」
「だから無理矢理俺を悪者にするのやめない!?」
「えー? べつに無理矢理じゃないし、ちぃは一刀のことだなんて一言も言ってないよ?」
「オォオオーーーッ!! そりゃそうだけど! そりゃそうだけどォォォーーーッ!!」

 この状況で俺じゃないなら一体誰だって話になるでしょーが!
 つか、だったら俺を見ながら言うなよぅ!!

「ふふっ……息を乱すなど久しぶりだ。強くなったなぁ愛紗。初めて会った頃の愛紗ならば、勝っていたのは間違い無く私だろうに」
「……何故急に、未熟者の成長を見届けたような目で見る」
「はっはっは、いやなに、一度言ってみたかっただけだ。ところで愛紗よ。今さらだが武器を変える暇はなかったのか?」
「生憎と代えはなかった。どこぞの馬鹿者二人が、大会が始まる前に己の武器を破壊したらしくてな。その分、予備を作る時間が無かったそうだ」
「ほう。それはそれは」

 ああっ! 胃がッ! 胃が痛い!
 俺が折ったわけじゃないのに、胃が痛い!
 それは何故!?
 それは俺が華雄に氣を注入するなんて馬鹿をしたからです! ごめんなさい!
 でも、見れば確かに歪んでいる青龍偃月刀。
 腕力でへしゃげ状態から戻したのか、形としては少し歪んでいる程度で済んでいる……つか、え? 腕力で直したの? あれを!? ……ち、違うよな? はは、まさかなぁ。

「しかし愛紗よ! こうして続けているのも悪くはないが、そろそろ観客も飽いてくる頃だろう!」
「ならば私の勝利で終わらせてもらう!」
「はっはっは、知っているか愛紗よ! 天では、先に自分の勝利だと確信を持ったものこそが負けるらしいぞ!」
「なにっ!?」

 うん。人はそれを敗北フラグとか死亡フラグって言う。
 あからさまに“勝った!”とか“終わったな……”とか思うと、それは大抵逆転されるわけで。岸辺露伴先生がプッツンした東方仗助相手に見せたのも、まさにソレと言えるだろう。
 でもこの場合は───

「愛紗よ、お主なら気づいているだろう。私が常に何処を狙って攻撃していたのかを」
「ふっ! 無用な心配だ! 逆に、そのような言葉こそが敗北を招く!」
「おっと、これは一本とられたかな」
「気にしたふうでもない顔で、よく言う!」

 愛紗が払いののちに突きを放つ。
 それを払いで弾き、次ぐ攻撃も払い続ける星。
 その防御も逸らしも攻撃も、全て一点に集中していることに初めて気づく。
 それは……青龍偃月刀の、歪んだ部分。
 霞との戦いでへしゃげたのを無理矢理直したものの、曲がった部分までは完全には直せない。星はそこを狙っていた。

「無駄なことを! 折れたところで棍として使うだけだ!」
「ほう、それは結構。愛着のある長さに戸惑いを一切持たぬのなら、お薦めしよう!」

 ニヤリと笑った星が、重心を下に下げての連撃を放つ。
 力の籠もった、しかし素早い連突が愛紗を襲い、防御のために偃月刀を構えれば、へしゃげた部分ばかりを狙い、ついに乾いた音を立て、青龍偃月刀が折れる。

「っ───くぅっ!」

 レプリカとはいえ、武人の魂とも言える武器を壊され、愛紗の顔は怒りに燃えた。
 そして言葉通りに棍として構え、振るうが───急に重さもリーチも変われば、達人とはいえ数合は戸惑うもの。
 その隙を突かれ、愛紗は長柄を弾かれてしまい、無手となる。
 終わりだ……そう思った次の瞬間、愛紗は落下していた偃月刀の刃を蹴り上げ、駆ける動作とともに左手でキャッチ。秋蘭との戦いの時に星がやったように、その刃を星の首へと突きつけた。

「………」
「…………ふむ。なかなか良い戦いだった」
「ふふっ、そうだな。まさか、武器を壊されてまで足掻くという気持ちが私にあるとは」
「はっはっは、そのくらい勝利に貪欲でなければ、勝てる戦いも勝てん。さて愛紗よ」
「? なんだ?」
「すまんな」
「へ?《がごぉんっ!!》はぴうっ!?」

 愛紗の頭に強い衝撃が走り、ぽてりと倒れた。
 星の首に刃を突きつけ、彼女の勝ちと思われたこの勝負。
 ……弾き飛ばされ、宙を舞っていた長柄が愛紗の頭部を襲ったことで、決着となった。

「私に集中してくれるのは結構だが、落下地点まで誘われたことにも気づけないようでは、はっはっは、まだまだ甘いなぁ愛紗よ」
「えぇええーーーっ!!? ちょっ、これは戦いとしてはいいのでしょうか解説のお二人さん!」
「問題ないなぁ」
「勝負ありを宣言されるまでは油断しない。それが武将というものだろう。関羽は“大会”ということで、気を緩ませていたのかもしれないな」
「な、なんだか納得いきませんが、あぁでも確かにとも思えるので強引に納得! 第三仕合は趙子龍選手の勝利です!!」

 落下地点を予測して、さらに愛紗が諦めずに刃を使うところまで予測してたのか……。
 ほんと、星っておっかない。

「さ、さあ気絶した関雲長選手が運ばれ、趙子龍選手が退場します! 続いての仕合は宣言通りにこの二人! 呂奉先選手! 対! 張翼徳選手ーーーっ!!」
「うおーーーっ! なのだーーーっ!」
「………!《キラキラ……!》」

 ……ハテ。恋が何故か俺を見て、目を輝かせてらっしゃるのだが。
 なんかもうエサを待つ犬のように。
 尻尾があったら千切れんばかりに振っているに違いない。
 これは……アレか? もしかして応援を待っている?
 え、ええいもうどうにでもなれっ!

「れっ……恋ーーーっ! がんばれーーーっ!!」
「!《ぱああっ……───ギンッ!》」

 ヒィ!? なんか可愛らしい愛犬が、急に狂犬に変わるほどの空気の変化が!
 なにあれ! 最初は輝く瞳がさらに輝いて可愛かったのに……! これはアレですか!? 恋ってば本気になった!?
 あぁあああこういう場合はどうしたら……! ハッ!? 鈴々も応援して、中和を!

「鈴々ーーーっ! がんばれーーーっ!」
「おーなのだーーーっ!」

 鈴々が腕を上げて応援に応える。
 すると、何故か恋の体から余計にモシャアアと殺気めいたものが……!
 ホワイなに!? アレなに!? なんであんなに敵を見るような目をしてらっしゃるの!? さっきまでは、あくまで対戦相手を見る目だった筈なのに! それがあんな……あんなまるで、主人が他の犬を可愛がる様に怒る、甘えんぼなお犬様のように!

「さっさと始めるのだ!」
「え、え〜……? なんか空気が重くて、ちぃ一刻も早くここから逃げたいんだけど……」
「いいから始めるのだっ!」

 舞台ではそんな空気を物ともせず、戦いたくてうずうずしている鈴々が蛇矛をブンブン振りつつ地和をうながしていた。いや、むしろこんな空気の中だからこそなのか?
 ちらりと見れば、この舞台を見守る将のほとんどが、戦ってるわけでもないのに険しい顔をしていた。

「それじゃあえっと……第四仕合! はっじめぇーーーっ!!」

 ドワァッシャァアンッ! 銅鑼が鳴り、それを合図に《がごぎぃんっ!!》

「うにゃあああーーーーっ!!?」

 ……へ? あ、合図……合図に……って、ウワー、鈴々が飛んでるー……じゃなくて!
 えぇ!? 恋から仕掛けた!? ていうか恋が自分から突っ込んだ!?
 どっちかと言うまでもなく、ほぼが相手を迎える姿勢の恋が!?
 そりゃあ真桜の時も突っ込んだけど、相手が鈴々なら流石に慎重になると思ったのに! ……いや、真桜が弱いからとかそういう意味じゃなくてな?

「にゃっ!《ザギャァアアギャギャギャギャッ───ドッガァッ!》うにゃあっ!?」

 …………。

『………』

 観客が静まり返った。
 その観客には当然、王も将も俺も含まれているわけで……吹き飛ばされながらも武舞台に蛇矛を下ろし、吹き飛ぶ体を摩擦で止めようとしていた鈴々だったんだが……止まる暇も無いまま、場外の壁に激突していた。
 ……ウワー……人ってあんなに飛ぶんダー……。

「え、え? あ、じょ、じょーがいっ! 張翼徳選手、場外です!」

 一瞬だった……な。
 うん、一瞬だった。
 実力が離れてる云々じゃなくて、確かに吹き飛ばして場外っていうのは一番効率がいい。
 相手が本気を出す前や構える前なら余計だ。
 いや、あの距離で一気に接近するとか、あの恋が突撃するとか、普通考えないって。
 そんなものにどうやって備えろっていうのさ。
 ……地和が勝者宣言している舞台では、やっぱり恋が期待を籠めた輝く瞳で俺を見てた。
 笑顔で軽く手を振ってみれば、嬉しそうな顔(やっぱり無表情に近いが)でこくこくと頷き、控え室へと戻っていった。背中をしこたま打ち付けたらしい鈴々も、桔梗に助け起こされて戻っていく。

「………」

 鈴々には悪いが、素直に思った。俺の時にあれやられなくてよかったと。

「……一応、これで第二回戦は終わりか」
「いや。まだだろう?」
「エ? ……ア」

 そうだった。まだ……まだ“俺”が残っていた。
 ちらりと見れば、既に王に用意された座席になどいらっしゃらない雪蓮さま。
 視線を戻せば、武舞台の上でにこにこ笑顔で俺を手招きする雪蓮さま。

「北郷。腕は平気か?」
「痺れてきた。頼んでいいか?」
「よし」

 準備万端な雪蓮を見ながら、華佗に鍼を落としてもらう。
 痺れ始めた腕に活力が戻ると、感覚を確かめながら木刀を手に、舞台へ。

「おぉ!? なんだ、あの妙なにぃちゃんもやんのか!」
「ばかっ! ありゃあ魏の警備隊長様だよ! 知らねぇのかい!」
「なにっ!? 警備隊長ってあの、噂の種馬のっ……!?」
「種馬? 休憩知らずの鍛錬の鬼じゃなかったか?」
「んん? 俺はメンマがどうとかと聞いたが……」
「いや、三国の父がどうとか」
「まあでも───」
『勝てねぇだろ、絶対』

 満場一致のようだった。
 ええみなさん、僕もその意見に賛成です。
 賛成ですが───

「んっふふ〜♪ やっとちゃんと戦えるわね、一刀」
「まさかこんな形で戦うことになるとは、思いもよらなかったよ……ていうか、さ。本当にここでやるのか? で、できればそのー……もっと静かなところでとか……」
「あら。緊張してるの?」
「するよっ! 普通するだろっ! この視線の多い中で緊張するなとか無理だろ!」

 授業参観中、親に見られてるかもって緊張感よりも性質悪いわ!
 いっそこのまま逃げ出したいくらいだよ!

「まあ一刀がどうあれ、今日こそは戦ってもらうけどね。さ、一刀。準備はいい? 氣は充実してる? 痛いところとかない? 動きづらい服じゃない?」
「胃がさっきから痛いよ。あとは…………よ、っと」

 フランチェスカの制服の上を脱ぎ、腰に縛り付ける。着たままだと腕を上げた時に肩が突っ張るからな、これ。

「よしっ、準備OKだっ!」
「いつものあれは?」
「いつもの? ……ああ。ちょっと待ってくれ」

 わぁわあと騒ぐ観客を見つめる。
 ぐるっと視線を巡らせ、その数に驚きつつも。
 しかし何度も繰り返した深呼吸でその不安を拭い去り、静かに雪蓮へと視線を戻しながら言葉にした。この不安が自分の行動を止めたりしませんようにと。
 ───観客なんて知らない。
 観客は居ない。
 ここに居るのは俺と雪蓮だけ……そう思え。

「覚悟───完了」

 胸をノックし刻み込む。
 深く集中して自分に催眠術をかけるように言い聞かせた。
 俺の相手は雪蓮。雪蓮にだけ集中しろ。他のことは見えなくなるくらいがいい。
 じゃないと緊張で仕合どころじゃない。

「すぅ……はぁ…………んっ!」

 自分の全てを向ける相手を雪蓮に。
 そして、今まで戦ってきた彼女のイメージの全てを思い出し、対応できるだけのパターンに対応できる自分を強くイメージ。
 足りない分は根性だ。正直、あれから立ち回り方と氣しか磨けていない。
 経験は積めたには積めたけど、筋肉増加が望めない分はなんとか根性で乗り越えるしかない。……根性論はちょっと苦手な部分はあるものの、根性がなければ何事もあと一歩が為しきれないのは確かなのだ。
 いざ……勝てるかどうかは横に置いての、挑戦するための戦へ……!

「さーてやってまいりました特別仕合! 成り行きで了承する羽目になった我らが種馬北郷一刀の命運やいかに!? それでは第二回戦特別仕合! 孫伯符選手! 対! 解説者北郷一刀! はっじめぇーーーいっ♪」

 なんか楽しそうな声で開始の合図を語る地和に続くように、銅鑼の音が響き渡る。
 同時に笑みのままの雪蓮が地を蹴り駆けてきて、まずは様子の一撃を。
 放たれた袈裟懸けの一撃をバックステップで躱して、次ぐ突きを左へ避ける。
 そのまま払いに移行するソレを下からゴッとカチ上げて、「えっ」と片手でバンザイのポーズで呆けた雪蓮へと容赦の無い横一閃を!

「《ヒュフォンッ!》わわっととっ!」

 しかしこれを、上体を仰け反らせることで躱された。……ので、無防備な足へと足払い。
 これを勘で察知したのか咄嗟に後ろへ下がる雪蓮───を、地面を蹴って追撃!

「え? えっ?」

 一閃! 躱される! 連閃! うわっ、弾かれた! だったら突きィ! 逸らされた!

「やっ、ちょ、一刀っ!?」

 あー、雪蓮がああ構えたら袈裟斬りがくるから、それを逸らして突き、右に躱したらそのまま戻しが来て、左に躱したら離れるから───

「《ぶぉんっ!》ひゃわっ!?《ぎぃんっ!》わっとっ!? えっ!? えぇっ!?」

 攻撃攻撃攻撃攻撃! 考える隙を与えずに、ひたすら“勘”だけで動いてもらう!
 次、踏み込んできたら高い確率で、下から掬いあげる一撃が───来た!

「これに合わせてッ───おぉりゃぁああーーーっ!!」
「ひえっ!?《ヂッ!》……うわわっ! あっぶなぁっ……! ちょっとかずっ……」
「きえぇええええええっ!!」
「ひやぁあああああーーーーーーっ!!?」

 剣道の気合一閃。
 躱されても次の次の手を読んで、隙が出来るところまで追い詰める。
 雪蓮の勘は見事なほどに本能的に働いて、体をそこへ追いつかせるものだ。
 天賦って言えばいいんだろうか……神様ってやつはとんでもないものを雪蓮にもたらしたもんだ。でも、その天賦にだって穴がある。
 ようは勘を働かせて躱した先を追って、避けられない状況ってものを作ってやればいい。
 なにせ本能だ。“人間が出来る回避以上の行動”は出来ないのだ。

「はっ! だっ! せいっ! はぁっ! しっ! せぇぁあありゃぁああああっ!!!」

 踏み込む! 離れない! 追い詰める!
 冷静にさせてしまうのは結構まずい! だから攻める! せめて焦らせる!
 出来ればあの、無言で襲いかかってくる雪蓮が出てくる前に!

「っ───“加速居合い”!」
「《ごぎぃんっ!!》いっ───つ……!! えっ……なに今の! 前より全然速───」
「はぁあああああっ!!」
「やぁああっ!? ちょ、ちょっと待った一刀! 待ってってばーーーっ!!」

 聞く耳持たん!
 この北郷、他の誰にも経験不足でドタバタ逃げ腰状態だが、雪蓮の相手だけならば誰にも負けん! イメージとはいえ、その戦闘回数は十や二十じゃない!
 段々と自分の想像が勝ってしまいそうになれば、別の誰かに稽古をつけてもらって大敗を受け入れ、イメージをより強いものとして上書き、挑戦、敗北なんてことを何度も繰り返した今、“雪蓮相手の場合のみ”、多少は攻めに回れるのだ!

「このぉっ! 待てって言ってるでしょ! もう!《ゾファアッ!》うひゃあっ!?」

 突き出される剣にクロスカウンターばりの突きを繰り出す。
 しかしこれも首を逸らされて躱され、慌てて離れた雪蓮をさらに追う。

「あ、あはー……本当に私の相手ばっかりしてたみたいね《ヂッ!》ってきゃんっ!?」
「散々負けて散々繰り返したよ! 報われたいから是非負けてくれ!」
「あははははっ、残念だけどそうはいかないわよっ、むしろ面白くなってきたからもっと続けよっ、ね、一刀っ♪」

 気の緩み───今!!

「シィッ!!」

 足に籠めた氣を竜巻のように捻りながら一気に武器へと登らせ、その過程で全身に加速!
 金色の輝きを放つ木刀を、雪蓮目掛けて容赦なく振るう!
 怪我の心配? まさか。ここまでやっても勝てないから、今まで散々苦労した。
 ……そして、例に漏れず、雪蓮は渾身の居合いを避けてみせた。
 体勢を獣のように低くし、そんな場所から見上げてくる彼女の目は、虎のように鋭く、いつかのように冷たかった。
 そんな彼女の頭へ、体勢的にも無理があるために力の乗らない一撃をぽくりと。

「《ごすっ》きゃんっ!」

 うん、でも木刀だから痛い。
 そんな痛みの所為で虎の目から冷たさが引き、涙目で頭を押さえて俺を睨む雪蓮へと、再び突撃を開始する!

「え? えっ!? やっ───ちょっとー!?」

 避ける体を追いかけ追い詰め、反撃されればそれに合わせたカウンター。
 大抵は躱され、当たれば好機とばかりに突撃。
 それでも読み違えれば手痛い反撃を受け、ペースを崩されるのだが、そこからのカウンターも研究済みだ。なにせ攻められることの方が多かったわけだから、まずは反撃を成功させなければ攻めることが出来なかったのだ。イメージ相手なのに。
 俺の中の雪蓮は、強敵で油断ならない相手で、ここぞって時には正攻法ではこないってものだ。そして実際でもほぼそんな感じだ。
 だからこそ逆に安心して攻められる。
 攻められたってどんとこいだ! 伊達に各地でいろんな将たちに攻められ続けてたわけじゃない! 自慢にもならないけど、守りと避けなら結構得意だ!

「せいせいせいせいせいせいせぃいいいっ!!!」
「わったたったっとっ! あははっ、速い速いっ! いい調子よ一刀ぉおっひゃあっ!?」

 攻撃の中、微笑んだりして気を緩ませたところへ強撃を混ぜる。
 悲鳴をあげる割に、ほぼ避けられるのもイメージの通りだ。
 で、躱すと距離を取って楽しげな言葉を放つパターンがほぼなので、雪蓮のバックステップに合わせて足に籠めた氣を弾けさせ、一気に距離を詰める!

「あっはは、ほんとにやるじゃない一刀───ってうひゃああっ!!?」

 驚愕に染まる彼女へダイレクトアタック!
 避けられるもんなら避けてみやがれの居合い一閃!!

「このぉっ!《ごぎぃんっ!》いつっ───!」

 剣を盾にされた……でもそんな状態での着地が上手くいくはずもなく、雪蓮は軽くたたらを踏んだ。そこへ突撃をかける───と、横薙ぎで牽制されるから、走る予備動作だけ見せたあとに拍子を置いて一気に突撃!!

「えっ、あ、わっ、ちょっと、えええぇえっ!!?」

 予想通りに牽制を行った雪蓮は、振ってしまったが最後戻せない剣に焦りを飛ばし、再び距離を詰めた俺を前に、手を伸ばして俺を掴んだ上で、投げようとする。
 そんな彼女ににっこりと微笑みかけ、俺の手に意識が集中していた彼女の足をひょいと掬って、転倒してもらう。

「くあっ!」

 しかし切り替えが早い。
 倒れたところに木刀を突きつけて寸止めで勝とうっていうのは、さすがに甘すぎた。
 尻餅ではなく無理矢理体を逸らせ、手を着いて身を翻してみせると、すかさず距離を取って体勢を───立て直す前にさらに突撃!

「も、もー! しつこい男は嫌われるわよ、一刀っ!」
「だったらどうしてさっきから顔が笑ってるんだよ!」
「楽しいからに決まってるじゃないっ!」

 様々な攻撃、動作に合わせ、用意した動作で対応。
 何度も追い詰めるのだが、追い詰めきった後の体勢がどうにも悪い。
 加速したあとの伸びきった体とか氣が散ってしまったあとだったりするものだから、

「《ぼこっ》きゃんっ!」

 弱い一撃ずつしか当てられない。
 まあその、一撃は一撃なわけだが、どうにもこう……なぁ。

「うぅ〜〜〜〜っ……!! さっきから人の頭をぼこぼこぼこぼこ……!!」
「それはこっちのセリフだ! 勘だけでどこまで避けてみせるんだよ!」
「そんなのは勘に聞きなさいよぅー!」
「訊いたところで避けるだろうが!」
「当たり前でしょー!?」

 頭をぼこぼこ殴られ続けて、雪蓮は涙目である。
 いい加減、虎の目がちらほらと冷たくなったりならなかったりで、使い古した電球のごとく明滅を繰り返している感じだ。
 このままだといずれはあの雪蓮さんが出てきてしまう。
 なにかいい方法はないかと考えるも、とにかく当てて勝つしかないのだ。なのに当たらない。避けられまくるから、最後はボコッになるわけだ。

「根性!」
「《ごがすっ!》ふきゃうっ!? 〜〜〜〜っ……いっっ……たぁあーーーーいっ!!」

 体勢も伸びきって、氣も散った状態だったが、無理矢理体を捻ることで微量な加速を完成させた。すると綺麗な音が鳴り、雪蓮が怒った。

「このこのこのこのこのぉおおおーーーっ!!」
「はっ! ほっ! とっ! はっ!」

 しかしながらこれもトレーニング済みであり、弾いて逸らして隙あらば反撃、攻守交替で突撃を再開。
 そう……あくまで雪蓮に。雪蓮にだけは有利に戦うことが出来る。
 他の人相手でここまで先読みしろなんてことは無理だ。
 その人の動きを見てイメージトレーニングをすれば、そりゃ出来ないこともない。
 でもそれには、呉に行ったあの日から今日までと同じくらいの鍛錬が必要だ。

「っ───ここっ!」
「予想通り!《ひょいっ》」
「えっ───!?」

 雪蓮の攻撃に追われ、それを避けながらの攻防。
 次に速度重視の突きが来ると確信を持って、その分だけの距離+勘による距離のプラスを考えた距離だけを下がる。
 そこで突きは届かずに止まり、雪蓮は本当の本気で唖然とした。
 隙ありとばかりに木刀を振るうが、唖然としながらもそれは避けられる。

「〜〜〜〜…………はぁあああっ……!!」

 そろそろ暴れすぎで呼吸が辛かったこともあり、その時は追撃はしなかった。
 雪蓮は深呼吸をする俺を見て唖然としたままの表情で……次の瞬間、フッと笑うと……地を蹴り距離を詰め問答無用で一閃を放ってきた。
 それを避けて攻撃を返して、剣で逸らされるや足に氣を籠めて弾けさせ、肩でタックル。
 成功すると距離を取り、間を空けずに無言で疾駆してくる雪蓮を見て、あっちゃあ……と心の中で溜め息を吐いた。
 きっとさっきの一撃、当てられる自信があったんだろうな。
 でも予想通りと言ってまで避けられたことに、ならば、って感じで“狩る者”に。
 あ、あー……どうしましょう。なにかいい手はないもんか。

「───……ええいっ!」

 男なら! やってやれだ!
 こうなりゃヤケだ、“読み”がどこまで通用するのか、真正面からぶつかってやる!!

「おぉおおおおおおっ!!」
「───!!」

 木刀にさらに氣を籠めて、雪蓮の攻撃に合わせて攻撃を繰り返す。
 突きが来ればカウンター。斬り上げが来れば下がり、袈裟斬りが来れば逸らし、横薙ぎがくれば上へカチ上げ、上段からそのまま振り下ろされれば横へ避けて反撃へ。

「はっ! ふっ! かっ! せいっ! ふっ! はぁっ!」

 一撃一撃の速度が段違いだ。
 お陰でこっちも加速を使わなきゃ間に合わず、関節に負担をかける有様になっている。
 つくづくこの世界の人のスタミナが羨ましく思うよ……こっちもう息荒げてるのに、雪蓮ってば無表情で攻撃乱舞だよ!

「《ヂッ!》いつっ!」

 剣が頬を掠める。
 刃引きしてあるとはいえ、肉くらい削ぐ力と重量が十分あるものだ。
 そこに恐怖を覚えるが、かといって敗北宣言なんてしたくない。
 散々と鍛錬と研究をしてきたからこそ、負けられないって意地があった。
 でもこのままじゃ、氣が尽きて俺が負けるだけだ。
 ならどうする───?

(どうするもこうするも……)

 現在の状況で勝てないなら、無茶でもなんでもやって、意地でも勝つ! それだけだ!
 まずは木刀に籠めた氣と体の氣を切り離して───一気に放つ!

「ストラッシュ!」

 まずは雪蓮に向けて剣閃。
 それを、同じく氣を籠めて剣で斬り払い、散らせる雪蓮……目掛けてすぐに走らせた体で、氣を払った剣をさらに強打し体勢を無理矢理崩す。
 それが完了すると再び氣を籠めたタックルで雪蓮を飛ばし、無理矢理体勢を変えて地面に足を着き、走る俺へと剣を突き出す雪蓮に再びカウンターの突き。
 もはやくらうことは無いと、体を捻って軽々しく躱す雪蓮。
 そんな彼女に持たれかかるように密着。グッと氣を籠めた右手を無拍子で放ち、その腹部に氣が弾ける拳を文字通り炸裂させた。
 ……氣の全部を弾けさせたから、こっちにはもう余力無し。
 これで動かれたらもう無条件で俺の負けだ。
 雪蓮はどう、と倒れたが、近づくと起き上がって、襲いかかってくるかもしれない。

「い、っつつ……!」

 かもしれないどころか上半身起こしたァアーーーーッ!!?
 や、どっ……どういう体してるんだよ! 全力っ……全力だぞ!?
 それをアナタ! “い、っつつ”って! “い、っつつ”で済ませるって!

「〜〜〜〜っ……あぁ〜〜っ、なんか目が覚めた感じ……」

 虎の目からは冷たさが消えていた。
 その代わり、“宿敵を得たり”っていう……よりは、“オモチャ見つけた!”って感じの子供の目で俺を見てらっしゃる。
 そんな調子でガバァッと勢いよく今度は立とうとすると、ポテリと尻餅をついた。

「あ、あれ?」

 再度、勢いよく。……失敗。
 ゆっくり。……失敗。
 というか、これあれか?

「……なぁ雪蓮。もしかして……腰、抜けてる?」
「〜〜〜〜っ!!《かぁあああっ!!》」

 うわっ、顔真っ赤になった! しかも涙目!
 い、いやいやいや! やばい可愛いとか思ってる場合じゃなくて!
 この場合はどうなるんだ!? と地和を見てみれば、解説の華佗さんとなにかを話したのち、こちらへ戻ってきた。

「孫伯符選手。このまま立てないようならば、敗北というかたちになりますが、そのー」
「えぇっ!? ちょ、やだっ! 起きなさい! 起きなさいってば! う、うー! ねぇ一刀、引っ張って引っ張ってっ!」
「いや、なんかもう是非そのまま負けてくれ」

 はい、と。氣がすっかり抜けてしまった木刀を雪蓮の首の傍で寸止めする。
 雪蓮は恨めしそうな目と、シャオのように膨らませた頬をそのままに、そっぽを向いた。
 その時点で地和は勝利者宣言をし……締まらない閉幕となったが、一応は俺の勝利というかたちで、第二回戦特別仕合は終了した。

「ぶー……」
「は、はは……そう拗ねるなよ、雪蓮。仕合じゃなくても、模擬戦闘とかならこれからいくらでも出来るんだからさ。ていうか立たれてたら俺の負けだったんだよ。俺、もう氣がすっからかんだし」
「じゃあもう引き分けってことでいいじゃないのよぅー……」
「それはちょっと違うからやだ」

 勝ちと引き分けなら、事情があろうが勝ちのほうが嬉しいのだ。現金なことだが、そういうものである。

「……ところでさ、地和。俺、勝ったからって次もやるとか、ないよな?」
「特別仕合だったんだから大丈夫じゃない? むしろ観客のみなさんが唖然としてるから、なんとかしてよもう」
「俺にどうしろと……」

 ともあれ、第二回戦は無事終了。
 その後、氣が無くなったことで血液の流れとかも変わり、腕の痛みが再発。
 激痛に襲われてしばらく動けなくなったのは、まあ……べつに言わなくてもいいことだろう……とは思うのだが、氣が無い所為で華佗の鍼も大して効かない始末で、氣が練れるまで額に汗しながらぜえぜえ言っていた。
 情けない限りである。




ネタ曝しです。  *見ることもまた戦いだ  確か北斗の拳のトキさん。よく覚えていないです。  一月越えての83話でございます。  何も書いて無かったわけではないですが、うん……木曜中には上げられなかったです。  現在午前1:41分。とても眠いです。さよなら今日の分の成長ホルモン。  ごめんなさい、眠たさのあまり思考が纏まりません。  というか小説も書いてる途中途中で書きたいことが増えてって、全然終わりにできなかったです。いえ、ほんとに間に合うつもりで書いてたんですよ。  うまくいかないものです。  容量は57kb……中途半端ですな。  では、また次回で。 Next Top Back