131/貴方の辿り着く未来

 身体を全力で動かす“武”での争いが終わり、やがて迎えるは知の勝負。
 さすがに一日に全てを詰め込むのは無理があるとし、勝負は翌日に持ち込まれた。
 元々一日で終わるような祭りではなかったし、一日楽しんで一日で帰る他国の者の都合を考えれば、三日くらいは取るものだ。
 さて。それで、実際に今行われている勝負だが。現在は桂花と亞莎が象棋の盤面を前に、顎に手を触れつつ、戦局を先読みし、詰めていっている。
 そんな、一見すればただ静かで地味でしかない勝負だが───

「お、おい、次、お前なら何処に差す?」
「そりゃお前、あそこで……ぐあっ! そう来るか! さすが文若さまだ……!」
「いや、あのおだんご眼鏡の軍師さまも負けてねぇぞ!」

 学校で将棋や象棋を学んだ者や、自国の軍師を応援する者にしてみれば、結構な盛り上がりを見せていた。
 興味があっても解らない者は、解説の俺と華琳の言葉を頼りに、どういう流れなのかを知り、自国の軍師を応援する。
 そういった空気が、地味に舞台を囲んでいた。
 ちなみに華佗は救護班として、先日戦った選手たちの治療に向かっている。
 主に春蘭。
 彼女は今さら氣を放出しまくった無茶が祟ったのか、腰痛で動けない人のようにぐったりとしていた。

「くふふふふ、よく頑張ったと褒めてあげたいところだけど、これで終わりよ呂蒙」

 桂花が差し、高笑いする。
 しかし次の瞬間、亞莎がそれを掻い潜るような攻撃を遠距離から仕掛けて見せ───

「おほぉーーーっ!!?」

 おほほほほと似合わない高笑いをしていた桂花の絶叫が、悲しく響いた。
 前面にとにかく注意を向けて、遠くからの砲での一撃だった。
 華琳が見ているということで勝ちにこだわりすぎた結果だ。
 結局勝ったには勝ったが、もっと冷静にやっておけば圧勝だっただろうに……。

「……まったく、あの娘は……」

 俺の隣では腕を胸の前で組んだ華琳が、目を伏せながら溜め息を吐いていた。
 実際、俺も溜め息を吐いてるんだから、気持ちは同じなのだろう。
 そんな華琳がちらりとこちらを見る。むしろ睨んでくる。

「な、なんですかな、華琳殿」
「殿じゃない。あなたはいつになったらソレを下ろすのかしら?」
「勝者権限が無くなるまで……なんじゃないかなぁ……」

 俺の足の間には、恋がべったりと座っていた。
 完全に俺の胸に体重を乗せてきていて、ちょこんとどころではなく、べったりだ。
 しかも星にやったのと同じことを要求され、丹田に触れながら氣をゆっくりと流しているのだが、その下腹部を撫でられる感触が好きなのか、顎を撫でられた猫のように目を細めてこちらを見てくるからたまらない。
 顔が近付いてきたと思うと頬をぺろりと舐められるし、途端に横から尋常ならざる力の波動を感じて、見てみればどこぞのグラップラー漫画のようにモシャアアアと覇王さまの周囲にあるものが形を歪ませる幻覚が見えてヒィ怖い助けて怖い!! 華佗帰ってきて! 華佗! 一人は怖い!

(殺気が見えたらなって思ったことがあるけど、景色が歪むほどの殺気って怖い)

 見えたら見えたで、今度は華琳と目を合わせることが怖くなった。
 なんというか、俺はもう悟りの境地を開くことにした。
 どうせ怒られるのなら、俺は一人の悟る者になる。
 怒られるのに怯えて中途半端に勝者を称えるか、怒られてでも勝者を全力で称えるか。
 そんなもの、後者のほうがいいに決まっている。

(集中!)

 そうなるともう、殺気も気にならなくなる。
 俺はただ、恋を包み込む一つの氣として存在するべく、彼女の氣と同調、融合するかのように彼女を包み込んだ。

……。

 少しするとそわそわと、落ち着きが無くなる恋。
 そんな彼女に気づきつつもそのままで、空中に浮かぶ盤面を見た。

「おお……」

 現在は、ねねと風が対決中だ。
 ねねは強気で立ち向かい、風は少しずつ足場を固め、相手が気づいた時には仕留めるって戦法……だな。両者、中々ねばっているが───それでも「恋さまの軍師として、退くわけにはー!」と叫んだ次の瞬間、あっさりと負けるねねさん。

「ななななにかの間違い! これは間違いなのです!」
「はいはい往生際が悪いですよー! 第二仕合、程c選手の勝利です!」

 引き続きの司会進行役、地和が叫ぶと、観客のみんなが騒ぐ。
 地味だ地味だと思いきや、盤面が見れるというだけで結構緊張するもんだ。

「ふむふむ、中々の強敵でした。個人的にはもうちょっとだけ歯ごたえがほしかったですがねー……」
「なな、なんですとぉおおーーーーっ!!?」
「相手を怒らせて調子を崩すのも策ですよ。ですが楽しかったのは本当なので…………飴をあげちゃいましょう」
「はうっ!? ……ね、ねねねねねがそんなものに釣られるとでも……!」
「はいはいそういうことは向こうでやってくださいね。では次! 公孫賛選手対───!」

 実力が近ければ長くなるこの象棋。
 当然、実力が離れすぎていればものすごい速さで一方が詰む。
 事実───

「は、速ぁーーーい!! 決着! 決着です!」
「うあああーーーっ!! こんなあっさりぃいいーーーっ!!」

 舞台の上に置かれた卓と椅子、そして象棋盤の前では、白蓮が頭を抱えて叫んでいた。
 相手は……冥琳だった。
 涼しげな顔で笑い、控えに戻ってゆく。
 ……残された白蓮が、地和にポムと肩を叩かれていた。

「惨たらしい光景ですが、強く生きましょう! えと、続きまして───!」

 そんなこんなで、次々と勝負が繰り広げられてゆく。
 見ている華琳がじれったそうに見ているところを見ると、どうやら彼女も混ざりたかったようだ。
 しかしながら、「参加するのは都でやる時でいいわ」とニヤリと笑って言った。
 ……またやるつもりなのか。しかも、今度は都で。

「あわわ、そこ、詰みです……!」
「あぇええーーーっ!!?」

 そうこうしている間に、また決着。
 舞台では穏ががっくりと項垂れ、雛里が大きな帽子を被り直しているところだった。

「あぅう……こんな、こんな一方的にやられるなんてぇえ……!」

 とぼとぼと帰る穏の姿は、なんというかこう…………い、いや、歩くたびに揺れる胸になど、目がいったりしてません。

「なにをやっているのよ……」
「現実から目を背けてる」

 横から華琳に声をかけられたから、とりあえずそう返しておいた。
 間違ってはいないと思う。うん。

「おーーーっほっほっほ! この袁───」
「詰みでしゅ!」
「ほんしょ!?」

 高笑いをしながら適当に打っているうちに、麗羽が朱里に詰められた。
 キリッと詰め宣言する朱里は格好よかった───……のに、噛んだ。

「ほぇえ……はは、やっぱり朱里と雛里と冥琳は強いな」

 思わずこぼすと、華琳がフッと笑った。
 笑っているうちに風が攻め、次の仕合では稟が攻め、確実に勝ち星を上げていっている。
 後半になるにつれ、一手にかける思考時間が増えていくと、会場内の緊張も異常だ。
 自然とみんながシンと静まり、一手差す毎に「はぁああ……!」と息が漏れる。
 ルールが解っていない人でも緊張は感じるのだ。仕方ない。

「……ここ、ね」
「ふふ、甘いですね。頭は回るようですが、詰めが甘い!」

 詠と稟の戦い……なのだが、どう攻めれば勝てるのかなんて、客観的に見ても解りやしない。どちらも慎重になっていたが、詠が進めた駒に稟はフッと笑い、“我が策、完成せり”とばかりに攻める。
 すると詠の表情が曇るのだが───起死回生とまではいかないし、結局負けてしまったのだが、土壇場で切り返してみせて稟を驚かせていた。

「潔いのも結構だけれど、最後まで指揮を執り、味方のために敵の数を減らす。良い軍師ね、詠は」
「戦いの美学もいいけど、粘れば助かるかもしれない場面で降参するのもって思うよなぁ」

 拍手を送られながら退場する二人を、自分も拍手しながら見送った。
 しかしやっぱり蜀側は人材が豊富だ。頭のキレる人、多すぎだろ。

(うーん)

 なんとなーく自国を応援したい気持ちはどうしても出てきてしまい、じっと見守る中。風と稟がぶつかってしまい、自国からまた一人、知将が消えた。
 ……つか、風が強い。いや、吹き荒ぶほうじゃなくて。
 この調子なら……とか思って安心して見ていたら、次の出番で雛里と激突。
 しばらくはどちらが勝つかも解らないって進め方をしていたのだが、ハッと気づけば負けていた風。悔しかったらしく、激しい動きはしなかったものの……静かなる動きで頭の上の宝ャを手に取ると、目を糸状にしてギウウミキミキと渾身の力を以って宝ャを搾って───っていやいやいや! 八つ当たりよくない! やめてあげて! あっ……頭の飾りがもげて……! ホウケェエーーーーイ!!

(……やばい)

 予想以上にと言うべきなのか、想像通りと頷くべきなのか。
 ともかく朱里と雛里、冥琳の強さが抜きん出ている。
 対するこちらの桂花先生は…………───七乃に負けた。

「なっ……!」
「えぇええーーーっ!!?」

 これにはさすがの華琳も驚き、俺もつい叫んでしまった。
 七乃!? 七乃が!? まさか彼女がここまで強いとは……!
 …………うん、でも、なんだろう。桂花が凡ミスで自分の首を絞めたような気がしてならない。そりゃあ指揮は上手いし戦略の組み立て方もいい……のだが、自分を過信しすぎるところがあって、“これでいいだろうか”じゃなくて“これでいいのよ!”って決め付けるところがある。
 そこを突かれたんだろうなぁ。

「……ま、まあ、負けるのは良い薬……よね」
「相手が袁家じゃなければ、まだ素直に受け取れたって顔し───」
「うるさいっ!」
「ごめんなさいっ!?」

 華琳ってやっぱり、袁家が苦手というか嫌いなんだなぁ……。
 ちらりと見てみれば、七乃は美羽と一緒になって燥いでいる。
 美羽もHIKIKOMORIから随分と成長してくれた。お兄さんは嬉しいよ。
 そんな生暖かい俺の視線に気づいたのか、美羽がこちらを見て「主様ー!」と手を振る。
 それに応えて手を振り返すと、華琳は呆れたように言った。

「まったく本当に。よくもまああの袁家の連中を落とせたものね」
「だから落としたとか言わないでくれったら」
「事実じゃない」

 次いで、七乃も手を振っていた。
 七乃が勝ったことに対し、麗羽も猪々子も斗詩も喜んでおり、俺に気づくと高笑いしたりイエーイとVサインしてみたり微笑んで手を振ってくれたり。……まあ、うん、Vサインは意外だった。

「はぁ……とにかく。落としたつもりはないって。友達になってくれって言ったんだ」
「その調子で既に何人落としたのよ」
「ええい落としてないというのに。それこそ“察しなさい”だろ。華琳が俺のことをどう思おうがそりゃあ勝手かもしれないけど、俺はやましい気持ちで手を伸ばしたりなんかしてないよ。そのことで何度も同じ質問されるのは、いくらなんでも心外だ」

 華琳には拾われた恩もあれば、好きになった弱みもある。役立つ内は使ってもらうつもりだし、支柱になることだって受け入れた。しかしながら、自分の決意や覚悟が空回りばかりしている気がしてならない。最近は特にだ。

「そう。ようするに見返りが欲しいのね、一刀は」
「ん……やっぱり、そうなるのかな」
「当然でしょう? むしろ今までが異常だったのよ。相手の笑顔のためだとか、そんな小さな見返りのためだけになんでもかんでも請け負うなんて、普通ではないわよ。むしろあなたはもっと我がままになってもいい───」
「華琳! 俺からのわがままだ! 俺のことを好きって言ってくれ!」
「………」

 しこたま怒られた。
 まあ、解りきったことだったし、前に納得したことでもある。
 言ってみたのは気まぐれだ、本気じゃない。
 ただ、落としただのをまた蒸し返したので仕返しをしてみただけだ。
 仕返しになったかどうかは……どうでもいいな。言えればそれで。

「欲しい見返りなんて、“楽しい”時間が続いてくれればそれでいいよ。結局はそれが、人間が一番欲しがるものだろ」
「そう? 私は静かな時間が欲しいわ」
「静かなだけじゃつまらないだろ。俺は、どうせなら楽しいのがいいよ。死ぬ寸前まで笑っていたいって思う」
「贅沢ね」
「たった一度の人生じゃないか、自分が思いついて、自分に出来る程度の贅沢くらいはしてやらないと、自分の意思に黙って従ってくれる“身体”に悪い」
「その身体を、ほぼ毎日痛めつけているのは何処の誰よ」
「だから、従ってくれる身体に悪いって言ってるんじゃないか。いつだって文句言わずに従ってくれるのなんて、自分以外は居ないと思うんだ、俺。今は病欠中だけど」

 包帯ぐるぐる巻きの腕を見せる。
 と、それはそれとして勝負の続きはと。

「詰みだ」
「あれ……?」

 ちらりと上空の映像を見てみれば、丁度七乃が冥琳に負かされていたところだった。

「早い! そして上手いですっ! 考えるような仕草をしていたわりに、まるで流れるように自然なかたちで張勲選手敗北! 笑顔のまま固まっています!」
「え、えー……?」
「筋も策も悪くはない。が、相手の人物像に意識を向けすぎたな。“あの人ならばこうするだろう”などという考えは、相手の手が見える場では大した策にはならん」

 呆然とする七乃を前に、冥琳はそう言って立ち上がり、控えへ戻っていった。
 どう言い表せばいいものか。
 ……“強い”、しかないよな。
 最初は優勢であるように見せかけてとか、そんな意識が持ち上がる前に真っ向から潰された。武で言えば春蘭のような真っ向勝負なのに、しっかりと計算された動きがある。
 話しながらもちらちらと見ていた映像の中、冥琳は自分の駒を進める際、一切手を止めることはなかった。自分の番が来ればすぐに駒を進める。
 七乃もどっしり構えていたつもりでも、結構プレッシャーを感じていたんじゃないだろうか。気づけばあっさりと敗北。現在、七乃が美羽に泣きつくという貴重な光景が視線の先にあった。

「華琳は、誰が優勝すると思う?」
「さあ。予想は立てているけれど、言わないでおくわ」
「そっか」

 楽しげに、空中の盤面を見る華琳。
 冥琳が整えた流れをその目で見て、華琳はなにかを小さく呟いている。
 恐らく自分ならばどうしていたかを考えているのだろう。
 俺もそれに習って考えてみるのだが、どうにも自分が勝てるイメージが沸かない。
 たとえばあの時点であの駒を───と考えれば、もう今の盤面とはまるで違う世界が頭の中に浮かぶわけだが、次の手で追い詰められている自分ばかりが頭に浮かぶのだ。
 そこに天の知識なんて関係はなく、想像の中の自分はあっさりと敗北した。
 華琳はどうだろう。ちらりと隣の彼女を見ると、溜め息を吐いていた。負けたのだろう。

「地味だと思っていたけれど、案外悪くないものね……」

 結構悔しそうな顔をしながらもそんなことを言う。
 なんだかんだで策を練る戦などが好きな華琳だ。
 自分の目の前で展開される戦に、目を輝かせない筈が無い。
 ただ、まあ、相手同士が慎重になりすぎる戦では、随分と退屈そうにしていた。

……。

 詰みに詰み、とうとう決勝。
 朱里と雛里という、蜀同士の対決となった盤面は、もはや俺では理解できないものになっていた。
 “これはいったいどうすれば?”なんて訊いても、華琳は「黙りなさい」と言うだけで、まともな返事は期待するだけ無駄だった。

「………」
「………」

 盤上の流れを見る朱里と雛里の顔はひどく凛々しい。
 最初こそ手の動きは早かったが、やがて、ゆっくりと思考時間が長くなってゆく。
 だというのに、いつまで考えてるんだと言う人など誰もいない。
 賑やかだった大会会場が、まるで誰も居ないくらいに静かになっていた。

「………」
「……! ………」

 朱里が手を打つ。
 雛里は肩を震わせるが、深呼吸をしたのちに次の手を。
 一手一手で溜め息が走り、どうすれば勝てるのかも解らない者たちは、ただただその雰囲気に飲まれたままに息を吐く。
 緊張感が尋常じゃない。ええ、はい、その気持ちが解る俺も、どうすれば勝てるのかなんてさっぱり解りません。
 客観的に見れば流れなんて解るもの、なんて思っていた時期が……俺にもありました。
 さっぱり解らない。
 あ、いや、ルールは覚えた。一応、覚えた。
 でも、どうすれば勝てるのかなんてまるで解らない。

「………」
「………!」

 一手の度に溜め息が出る。
 場を支配する〜なんて言葉があるけど、これって緊張に支配されてるってことだろうか。
 身体が強張りすぎて、肩が凝りそうだなんて暢気なことも言えない。
 言おうものなら隣の孟徳さんに睨まれるのだ。
 ともかく無言で応援する。どっちつかずの応援だろうと、応援する。
 緊張が場を支配する会場の中、思考時間はあれど次々と手は打たれ───やがて。

「…………はわっ……」

 朱里が声を漏らした。
 盤上では…………何が起こってるんだろうか。
 俺には理解できない状況の中、ただ朱里が不利になったことだけは、他でもない朱里自身の様子が教えてくれた。
 しかし最後まで諦めずに巻き返しに望むが、その一手一策ごと飲み込まれ、

「はわわ……負けちゃいました……」

 朱里の敗北宣言により、勝敗は決した。

「ぷはっ……は、はぁああ……!!」

 途端、マイクを通しての地和の吐息が聞こえた。
 次いで会場内の全ての人が溜め息を吐き、一番最初に持ち直した地和によって勝者宣言がなされる。

「知沸き脳踊る知将対決! 優勝者はなんと蜀のあわわ軍師! 鳳統選手に決定ぃい!!」
「あわわ……! あの、その、そんな……!」

 地和が雛里の手を取って立たせると、大きく腕を天へと突き上げさせる。
 お陰で雛里に視線が集中し、観客も一斉に雛里を褒めるもんだから、雛里はもう真っ赤になってあわあわ言うだけだ。
 ……かと思いきや、地和が解説に戻って手が離された途端、雛里は帽子を深く被りながら俺の傍に来て、何故か俺にしがみつくように観客の視線から逃れた。こう、幼い子供が人見知りをして、親の背後に隠れるように。

「おおう!? またか! またなのかー!? 武に続いて知さえも、勝者が北郷一刀へと歩み寄る! ……ちょっと一刀! なんでこんなことになってるのよ!」
「俺が知るかぁあっ!!」

 言ってはみるものの、雛里は俺の服をぎぅううと握って離そうとはしない。
 なにか言おうかとも思ったんだが……優勝者に俺が言えることなんてないわけでして。

「え、えーと……雛里? 雛里は……俺に何を望むのかな……?」
「あわっ……!?」

 いやいやいやいや! いやあの雛里さん!? なんでその質問でそんなに顔を赤く!?
 まままさかこの大衆の面前で艶本朗読なんてことはしませんよね!?
 ───いや、それはない、ないよな? あれは秘密にしてあることなんだから、なぁ?

「え? ああそうだったそうだった。優勝者には一刀にお願いできるんだった。それでは鳳統選手! 一刀に望むことをばばんと言っちゃってください! 奉先選手のように足の間にすっぽり納まって抱き締められて氣で包まれるもよし! 空いた時間に“でぇと”をするもよし! その際の邪魔は一切禁じられているのでもう好きにしなさいよ! あと一刀、やっぱり華雄と戦わない?」
「なんでだよ!」

 そんな思いついたついでみたいに戦わされたら、腕が何本折れても足りないだろ!
 心の中でツッコミつつも、俺は案外安心していた。
 なにせ雛里だ。
 きっと一緒に本を読んでくれとか、そういうことを───……

「……っ!《キッ》」

 突然キッと軍師の顔になった彼女に……俺は、期待していたのだが。


───……。


 コーーーン…………

「………」

 次の種目。
 駆けっこ大会が行われている間、俺は壁に寄りそうにぺたりと座っていた。
 アア、壁が……壁がツメタイ……。

「あー……隊長ー? なぁ凪、どないしたん、あれ」
「…………いや、それがな」
「ていうか真桜ちゃん、今まで何処にいたの? 昨日から姿を見なかったけど」
「大将に命じられて、まあその、いろいろと裏方回りとかをそのー……って、うぅうウチのことはどうでもええやんっ、なっ? そそそれより隊長のことや、隊長の」
「ああ、実は……」

 仮のグラウンドとして提供されたのはやっぱり城壁の上だった。
 現在の優勝は蜀が2で魏呉ともに0。
 観客のみんなが城壁を駆ける将たちを見上げ、応援している。
 ここでも地和の妖術が役立ち、上空には駆ける将らを斜め上から見下ろす形での状況が映し出されている。いや、ほんと便利だな妖術。
 ……そんな状況下にあって、俺はただ呆然と壁の冷たさを感じていた。

「うえっ!? 蜀が優勝したら、魏との関係云々を忘れて蜀と付きおーてもらう!?」
「ああ。もちろん同盟の話じゃない。隊長自身が考えている、その、魏への操みたいなものを抜きにして付き合ってくれ、と」
「蜀の軍師さまはとんでもなく大胆なの……!」
「いや、沙和。あの大人しい軍師殿が、あんなことを言うなど……おかしいとは思わないか? あれはきっと、予め考えられていたことなのではと私は思うんだが……」
「えぇっ!? じゃあ蜀のみんなは隊長の子供欲しさに頑張ってるのー!?」
「あ、い、いや、かか必ずしも子供がというわけではなくてっ……!」

 三人の声が耳に届く。
 そう。
 俺は、蜀の優勝数が一番だった場合、蜀で、つまり、その、そういうことを受け入れながら、しばらく暮らすことになっている。
 きっちり優勝した上でのしっかりとした願いであるため、拒否権なんて存在しない。
 華琳もしっかり了承していたし、呉もむしろ「そっちがその気なら」って目を光らせていた。主に雪蓮が。

「おぉおお……隊長との子ぉが欲しいなんて、そんな、大将でもまだなことを狙ぉとるなんて、ええ度胸しとるやん……! ならつまりウチらが優勝すりゃええっちゅうわけやな?」
「その通りだ! 隊長との子供はなによりもまず魏に産まれるべきだ!」
「凪ちゃんとの子が?」
「ひぃぅっ!? ちちぃいいちちち違う! いやっ……欲しいとは思うがそそそその違う違うぅっ!!」

 ……このまま壁になれないだろうか。
 なれないね。
 なんかいつの間にか優勝国には御遣いの子種をなんて仰ってる者も居て、観客もなんかもう場のノリに飲まれて応援してるし、いや応援じゃなくて面白がって煽ってる感じだ。
 もはや俺が何を言っても聞いてくれない。
 神さま……俺は本当に馬鹿なんでしょうか。こうなるかもしれないことを想定して、もっと対策のようなものを打っておくべきだったのでは……。

「……ちゅーか……」
「ああ……」
「すごいの……」

 そんな思いとは別に、ちらりと視線を向けてみた城壁の上。
 そこでは物凄い速さで駆ける春蘭が居て、「わははははは!」と笑いながら紫色のバトンを季衣に渡していた。
 次いで走る季衣もまた加減知らずで最初から全速力。
 追って迫る焔耶を近寄らせようとせず、そのまま一周、流琉にバトンを。

「……みんなめっちゃ気合入っとるやん」
「あ、次は霞さまが……」
「わー、速いのー!」

 魏の気合が今までよりも格段に増していた。
 しかしそれは蜀も呉も変わらず、今回ばかりは呉に出て良しとされた思春も、風を引きちぎるくらいの速度で城壁を駆ける。

「行け!」
「はいっ!」

 バトンを託された明命が駆ける。
 それを鈴々が追い、抜いて抜かれてを繰り返す。
 ……賑やかなだけの駆けっこになるはずが、いつの間にやら恐ろしいまでに本気の戦いになっていた。

「えいやぁっ!」
「当たりません!」

 そしてこの駆けっこ、妨害が可能である。
 武器を持てばその分行動が遅くなるが、それでもいいのならという事情で、武器を持ち込んでも良しとなっている。
 武器はそれぞれの持ち武器だが、もちろんレプリカだ。
 武器が折れた者も居るので、その作成に真桜が狩り出されて、今まで苦労していたというのは言わないほうがいいだろう。

「“ばとん”を落とせばいいのだ!」
「そうはさせません! これだけは死守しますですっ!」

 妨害行為は、ようするに敵を足止めさせるかバトンを落とさせればいい。
 足止めといっても自分が止まっては意味がないので、やはり相手のバトンを手から叩き落すのが一番効果的だ。
 しかしながらバトンの破壊は認められていないため、攻撃をするにしてもどうしても加減が入る。なにせ破壊したらその時点で失格となるのだ。

「っ……待ってください! 先に魏を止めなければ、このままでは負けてしまいます!」
「にゃっ!? そういえばそうだったのだ!」
「気づいてなかったんですか!?」

 そして、まあこうなる。
 一番を潰して、次は互いを潰し合う。
 しかしそのためにはまず追いつかなければいけないので、全速力。
 追いつけば攻撃を開始し、その隙を突いて一人で駆け抜ける者も。

「あっ、こらっ! 待たんかいっ!」
「待たないのだ!」

 霞に追いついた鈴々が、攻撃を仕掛けると同時に前へ。
 明命もそうしようとしたが、霞が振るう得物をガードしたために一歩遅れる。
 そのあとはもう、三人とも脇目も振らずに全速力だ。

「ふわぁあ……すごいの……!」
「うぇえ……あんだけ走ってあんだけ攻撃して、息ひとつ乱しとらん……」
「さ、最後は私だ……! で、ででででは隊長! 我が魂にかけて、“あんかー”を努め、隊長をお守りしてきます!」
「や、凪? 守りたいっちゅーことは伝わるけど、なんか言葉的におかしない?」
「おかしくなどない!」

 凪が石段を登って城壁の上へ。
 待機し、バトンが渡されると一気に地を蹴り弾き、前へと駆けた。

「おお速い! 速いで凪ぃ!」

 凪は氣を弾かせて駆けているようだった。
 なるほど、あれなら早く走れる……けど、あんまり使うと疲れるのも早い。
 しかしそこは凪。
 氣の扱いには十分慣れていて、速度も十分に速く安定していた。
 後を追う翠やシャオに追いつくことを許さず───そのままゴールしてみせた。

「おぉっしゃ勝ったー! 凪のやつ勝ったで隊長ー!」
「これでひとつ優勝いただきなのー!」

 スパァーンと器用にハイタッチをする真桜と沙和。
 そして、忠犬のように俺のもとまで来て「隊長! 勝ちました!」と言う凪。
 ……俺はといえば、もう途中から壁を愛することはやめて、各国の走りに見入っていた。
 お陰で顔だけで振り向くのではなく、きちんと向かい合って、凪を迎えることが出来たわけだが…………そんな笑顔が眩しく、自分のために走ってくれたのが嬉しくて、気づいた時には凪の頭を撫でていた。
 そう、そうだよな。魏が負けるって決まったわけじゃないんだし、それに俺だって覚悟を以って支柱を受け入れたんだ。
 こんなあからさまに嫌がってて、なにが覚悟だ。
 みんな頑張ってるんだ、その思いには報いらなきゃ嘘だ。覚悟も、今までのことも。

(……今度こそ。───覚悟、完了)

 魏に操を立てていた。
 けれど、蜀や呉のみんなに惹かれなかったと言われれば、きっとそんなことはない。
 現に亞莎相手に妙な独占欲みたいなものを持ってしまっていたし、それは他のみんなに対してもなんだろう。本当に、節操の無い男だと思う。
 万が一に魏が負ければ、いつか各国の王が華琳が覇王であることを認めたように、俺も認めて受け入れよう。その時は、子種だろうとなんだろうと………………いぃいいいやっ! そっちの話になると物凄い抵抗が!
 嫌いなわけじゃない! ないけど、やっぱり俺は魏が! みんなが!

「それでは引き続き、歌唱大会を始めまーす! ……あ、なお、歌とは言っても今回、ちぃたちに参加の権利は与えられてませんので」
「う、歌!? いきなり歌だと!?」

 ……頭をぶんぶんと振っていると、地和の言葉に蓮華が驚愕の声を漏らす。
 お祭りの準備中に噂くらいは聞いていただろうに、“まさか本当にやるとは”って声だった。
 ちなみに言うと、歌の練習を散々としていた美羽は、今大会中は呉の選手ということになっているので、七乃ともども敵だ。代わりに華雄は魏軍扱い。

「はい、いきなり歌でーす♪ 今大会の変則的な条件として、それぞれは今大会のために対した準備をすることを認められておりません! 内容はあくまで突発! それに対して各国がこの者こそがと思う者を出し、勝利することこそが目的! 力だけでは勝てません! さぁそれではさくさく行っちゃいましょー! 天下一品歌唱大会! 各国の皆様は歌う人を3人選んでくださいねー!」

 各国からざわりと動揺が漏れる。
 しかしすぐに意識を切り替えると、歌い手を選んで前に出す。
 魏からは春蘭、稟、沙和……って春蘭さん!? あなた歌得意でしたっけ!?
 え、えぇと……呉からは当然、美羽、七乃、シャオ。
 蜀からは蒲公英、朱里、雛里。

「……なんだろう、この敗北臭……」

 以前の宴の時にも春蘭の歌は聞いたが…………いや、あれはあれで迫力はあった。秋蘭に無理矢理歌わされたようなものだし酔っ払ってもいたが、迫力はあった。
 うん、あった。……歌唱力は別としても、迫力は。
 でもそれで優勝できるかどうかは………………考えないでおこう。
 大会規約として、“魏国への贔屓に似た行動は駄目です”と言われてるし。

(信じるんだ。何も出来ないならせめて信じる。勝手に信じて、勝手に結果を待とう)

 勝手に期待して落胆するのって、相手に失礼だもんな。
 たとえ負けても、悪いのはみんなじゃないのだから───!

……。

 コーーーン……

「隊長! 隊長ぉおおっ!!」
「うわー……完全に壁になってるの……」
「あっさり負けてもーたもんなぁ……」

 はい……歌唱大会は呉の圧勝で終わりました……。
 ほぼ蜀と呉の対決のようなものとなり、魏は……沙和が頑張ってくれたのだが、稟は華琳からの頑張りなさいって視線で何を妄想したのか噴血。春蘭もまた、期待されていると思って沙和との協力もなしに一人で全力熱唱。歌詞を間違えまくるわ熱が入りすぎて叫ぶだけになるわ、手がつけられなかった……。
 その点、呉や蜀は“協力して歌うこと”に集中し、見事に前へ出ていった。
 美羽やシャオの歌に七乃が合わせて歌い、とても即興で作ったメンバーとは思えないくらいにバランスが取れていた。袁家と孫家ということで、またなにかやらかすんじゃないかなんて思ってしまっていたが、むしろ舞台の上の美羽やシャオは笑い合っていた。
 ……これが仲直りのきっかけになればいいんだが、なんて……少し期待してしまった。
 一方の蜀も、朱里と雛里に合わせて蒲公英が落ち着いて歌うという行動に出て、一応の安定を見せた……のだが。ここぞという時に朱里と雛里が噛んでしまって、合わせて歌ってた蒲公英も釣られて噛む、というとても珍しい状況が完成した。
 観客からのウケはとてもいいものだったが、審査員役としては減点となるわけで。
 結果が…………壁に張り付いた俺だった。

「カベガ……カベガキモチイイ……」
「もー! 隊長しっかりするのー!」

 沙和に襟首を掴まれ、ベリベリと壁から引き離される。
 いや、意識はしっかりしている、つもりだ。
 ただ冷たいものに触れて、頭を冷やしたかったのだ。
 そ、そう、大丈夫だ。
 支柱は、支柱はどこかを贔屓してはいけないものなんだ。
 もし、たとえ負けてもこれがきっかけできちんとした支柱になれるのなら、俺は───

「あっ、一刀〜♪」
「《がばしっ!》うわっと!? シャ、シャオッ? どうした?」

 沙和が掴む襟首も気にせず、俺に抱きついた小蓮さん。

「んふん? あのねー? 一刀にぃ、と〜ってもいいお話があるんだよ?」

 そんな小蓮さんが、外見とは裏腹に妖艶な笑みをこぼす。
 ……ええ、はい。長い間この世界で生活をしてきたのなら解ることです。この笑みはやばいことを言われる前兆と言えましょう。

「……キ、キキキ、キキタク、ナイデス」

 だから言った。嫌な予感に抱かれながらも、区切ってまできっちりと。

「えへへぇ、だーめ♪ 優勝権限で、呉も蜀と同じ条件出させてもらったの。どう? 嬉しいでしょー」
「…………」

 あっさりダメって言われて話された。
 そうだね。基本、僕の話なんて右から左ですもんね。
 氷結効果でもあったのか、俺の笑顔がびしりと引き攣り、固まった。

「今……なんと?」
「だからぁ、一刀にぃ、呉に子作りに来てもらうって言ったの」
「子作り限定!? 蜀でさえそこまでは言ってなかったのに!?」

 顔を赤くして、とろけるように言うシャオ。もちろん俺はそれどころじゃなかった。
 「シャオがよくても他のみんなが困るんじゃないか」と言い訳じみたことをつい言ってしまったのだが、それを逆手に取られた。「え〜? みんなそれでいいって頷いてたよ?」……だそうだ。

「だっ……だめーーーっ! たいちょーは魏のものなのー!」
「そんなこと知らないも〜ん。優勝者権限でなに言ってもいいって言われたからそう言っただけだもん。曹操だって納得してたんだから」
「うぐっ……大将ぉお……」
「……確かに、華琳さまは隊長を三国の父にすることに同意していたようだが……」
「誰かもよく知らない男との子供なんてぜ〜〜ったい嫌っ! あなたたちだってそうでしょ? だったら一刀との子供がいいって思うの、当然じゃない。それにぃ〜……んふん♪ シャオは一刀のお嫁さんなんだから」
『───《ビキッ》』

 三羽烏のコメカミに青筋が浮かんだ。
 真桜がベリャアと俺からシャオを引き剥がし、沙和が俺をシャオから遠ざけ、その空いた空間に凪がズンと立ち塞がる。

「そちらが総合で優勝すれば。という話なら、我々とて負けられません」
「そうなのそうなのー! 隊長はぜぇ〜〜ったい渡さないんだからー!」
「せや! むしろウチらが勝てば、ウチらも隊長の子ぉを……」
「《ハッ……!》……わ、私が……隊長との子を……!」

 うおーいぃ、凪ー……? って、ちょっと待て?
 そういえば駆けっこで勝った時、魏側は俺になにを望んだんだ? 
 いろいろあって忘れてた。
 最後……アンカーを走ったのは凪だったよな。

「そういえば凪」
「は、はいっ! 不束者ですが!」
「いやいやそうじゃなくてね!? いや……駆けっこの時、一応勝っただろ? 魏側は俺になにを望んだのかなって」

 というか、なんで勝者の願いを俺が聞かないといけないのか……。
 べつに王たちでもいいんじゃないか……? いやむしろそうであるべきじゃ……?

「あ、は、はい! 勝者権限として隊長に望んだことは、その……」
「その?」
「わ、私たち魏との子を───!」
「───……」

 思考が停止した。
 ああ、なんだ……俺にはどのみち、逃げ場などなかったのか……。




132/勇気をお出し……

 呆然としている間にどんどんと競技が進む。
 同点に追いついたと思えばやはり蜀が強敵で、かと思えば呉が追い上げ、魏が取り戻し、何故か俺は命令されまくり。
 え……えぇ!? なにこれ! 競技があればあるほど、俺の首が絞まっていく!
 つーかね! 華琳の視線が痛い! 睨むくらいなら競技が申請された時に断ろう!?
 無駄にこれだけ多くの競技を入れちゃって、そりゃあ観客大盛り上がりで、出し物してる店も儲かってるけどさ! 俺もう泣いてるよ! 泣きそうどころじゃないよ!

「よっし勝ったぁっ! それじゃあ一刀っ、華琳をくすぐりなさいっ!」
「ちょっと待て元呉王様! それもう願いっていうか人物指定できる王様ゲームだろ!」
「おうさまげーむ? なにそれ。言われなくても私王様よ? 元だけど」
「ともかく却下! むしろそんな願いのために頑張るなよ!」
「あははははっ、だって華琳に嫌われれば一刀も遠慮なく呉に来れるじゃない」
「おぉおおおおおお本当にこの能天気王様はぁああっ!! 却下だ却下!」
「じゃあ今すぐ蓮華と子作り」
『しませんっ!!』

 蓮華と俺の声がハモる。
 そして二人で詰め寄ってガミガミと説教し、ようやく願いを改めてもらうことに。
 ぶすっとした顔で俺を睨む雪蓮が、溜め息ひとつ吐いてから仰った。

「じゃあ魏に遠慮して、他の国への対応がよそよそしいのをなんとかして」
「《ざくっ!》はうぐっ!」

 改めてもらった先が何気に痛かった。
 が、頷いた。自覚があったからだ。

「……あのさ。俺にしか願いがこないの、なんとかならないのか……?」
「そのほうが面白いじゃない。それに、どれだけ懐が広いかも民が理解出来るし」
「え……そこまで考えてのことだったのか?」
「ううん? 今思いついただけ」
「………」

 もう、なにがあっても驚かないように心掛けよう。
 俺、もうこの大会だけで大人の階段十段くらい昇ったよ。ある意味強制的に。
 でもひとつだけ。一つだけ訊かせてもらおう。

「……世継ぎのことだけどさ。こんなカタチで決めちゃってよかったのか? あ、いや、呉の……雪蓮がどうこうしたいって気持ちは、呉に居た時に聞いたから解ってるつもりだ。自分が好きになる相手が出てくるのはどれくらい先かってことだったよな。でもさ、それでも───」
「ああ、いいのいいの。それならもう現れたから」
「現れた、って……好きな人!? 雪蓮にぃい!?」

 驚かないように心掛けようって言ったな。……あれは嘘だ。

「あ、なによぅその驚き方。いくら一刀でも失礼よ?」
「ぃやっ……けど、さ。本当か? 雪蓮が好きになる相手って想像がつかないんだが」

 むしろ相手にご愁傷様って言ってやりたくなるような。
 仕事しないでサボって酒飲んで、気が向けば武器もってあははははと笑いながら暴走するような人が相手なのだ。その相手を務める人は、いったいどんな───………………ハテ。なにやら雪蓮がすごい嬉しそうな顔で俺をにっこりと見ているのだが。

「? なにかついてるか?」
「ううん? 私の好きな人が居るなーって」
「………」
「………気づかれないようにゆっくりと身体を動かしても無意味よ?」
「後ろに誰か───!」
「居ない居ない」
「………」
「………」
「誰?」
「ちょ、ちょっとー! 理解が追いつかないからって人のこと忘れないでよ!」
「いやいやいや! だっておかしいだろ! 俺を好きになる要素が何処にあった!?」
「呉に来てた時にはもう気に入ってたし、私に勝ったし、一緒に居て楽だし、料理できるし……あとなにが聞きたい?」
「そのままさ、“と、言いたいところだけどやっぱり友達止まりね”って言ってくれ」
「それはだめ」

 だめだった。
 と、ここで今まで停止していた蓮華が動き出してくれた。

「ねっ……ねねね姉さま! かかかっかかかかずっ、かずっ……!? すっ……!?」
「うん、好き」
「なななぁああっ!? 子作りや家督のことは隠居して遊ぶ理由付けではなかったのですか!?」
「うわっ、そんなふうに思われてたの? そんなことしないわよ、私は国を愛してるんだから」
「酒の次にか」
「姉さま!?《ギンッ!》」
「ちょ、一刀! ヘンなこと言わないでよ! 蓮華ってば冗談通じないんだから!」
「俺も今日の出来事が冗談だったらって何度思ったか……命令ばっかりしてるお前らに解るか……? もう心が折れそうだよ俺……命令に反してダークマター食べさせられて、華佗を困らせた回数を覚えてるか……?」
「あ、や、えっと……」
「規約にあんなの追加したの、誰だったっけ……? で、孫伯符さまは、この御遣いめになにを、いったいなにを言わないでと……? 命令に逆らうことを許されぬこの北郷めに、いったいなにを……?」
「こ、怖い怖い! 一刀怖い! 私が悪かったから! ね!? その顔やめて!?」
「悪かったからって言われて今さら規約がひっくり返るかぁああっ!! ええいもうそこに座れこのばか王様!!」
「あーーーっ! またばかって言ったーーーっ!」
「言ったがどうしたぁああっ!! 昨日と今日だけでどれだけ人が吐血しそうになったと思ってんだぁあーーーーっ!! 胃に穴が空くわ! もう、もう限界だ! 俺は今こそ美羽にだけ落としてしまった“怒り”を振るうぞ!」

 そう叫んだ。
 すると、雪蓮がまるで霞のように耳をぴょこりと生やすかのように目を輝かせ、俺の目を見ながら反応する。

「え? 怒りを振るうって、また戦うってこと?」
「ああ……次の最終種目で勝負だ! 雪蓮!」
「《ぱああっ!》勝負! うんやるやる! で、蓮華? 最終種目ってなに?」
「姉さま……それくらい覚えていてください。規約には要らぬことばかり付け足すくせに、何故そういうところには───」
「あーもーはいはい解ったわよぅ、冥琳〜? めーりーん、次の種目ってなにー?」
「《ビキッ》……一刀。ここは王として、姉といえど殴るべきだろうか」
「殴っていいだろ、もう……」

 物凄く疲れた顔でこちらへ歩いてくる冥琳を見て、俺と蓮華は盛大に溜め息を吐いた。
 敵はどうやら一人のようだった。

「北郷……説明してくれてもいいだろうに……」
「疲れてるところごめん、冥琳。“自分で調べる”って行為をこのご隠居さまに知ってもらいたかったんだけどさ。いきなり蓮華に訊き出して、断られたら躊躇なく冥琳だった。教える暇なんてなかったよ」
「………」
「あ、あははー……? めいり〜ん? その顔、ちょっと怖いわよー……?」
「雪蓮」
「は、はいっ」

 ギラリと冥琳が睨むと、雪蓮が慌てて姿勢を正す。
 思わず俺と蓮華もそうしてしまうが、それほどの迫力があった。
 しかしながら、事細かにしっかりと話す冥琳はさすがというかなんというか。
 もちろん説教も混ざっていたのだが。

「借り物競争?」
「そうだ。天である“運動会”というものに大体存在するものらしい。走り、置いてある紙を開き、そこに書いてあるものを借りてくる。借りたものを持って終着点に辿り着かなければ、たとえ一番に辿り着いても失格。ああ、安心しろ。さすがに“これは無いだろう”というものを紙に書いたりはしていない」
「ふ〜ん……結局最後は体力勝負になるわけね」
「そうでもないさ。これは少々複雑でな。それというのもどこぞの御遣い殿が、数ある戦を綴った札の中に様々を混ぜたものを入れてくれてな。武道会と象棋は決まっていたが、これまであったものは全て札を引いて決定したものだったわけだが───」
「げっ……じゃあまさか……あれが?」
「ああそうだ。そら、今から張宝が説明をしてくれるようだぞ」

 促され、ちらりと見た位置。
 既に舞台側に戻ってきていることもあり、その舞台の中心で司会を続ける地和は、結構疲れ気味だ。しかし一目でそうと解らないように振る舞う気力は実に歌人然としていて、見事だった。

「さーあ泣いても笑っても最終戦! 現在各国が3点ということで、これで勝敗が決まります! ていうか今日だけでどんだけ頑張ってんのよみんな! そしてこれまで声を嗄らさずに司会をした地和ちゃんに惜しみない拍手を!」
『ハワァアアーーーーーーーーッ!!!』

 拍手が送られる。
 もちろん俺も全力で拍手した。だってずっと一人で司会進行だもんな、そりゃ疲れる。

「ありがとー! ありがとー! ていうかね、天和姉さんも人和も、ちょっとは手伝ってくれてもいいと思うのよね。まあちぃが目立てたからいいけどっ!」
『地和ちゃん最高ーーーーっ!!』
「おーーっ!! というわけで最終種目! 借り物競争の説明を始めたいと思いまーす!」
『ほわぁあーーーーーっ!! ほわっ! ほわぁああーーーーーーっ!!!』

 声を上げれば上機嫌になって、ノリに乗る地和。
 なればこそ俺も声を張り上げて、地和の司会を応援した。

「えー、まず! この競争は体力と知力と運を競うものとなります! 初めに誰に駆けてもらうかを決めて、その人は紙が置かれた場所までを駆けてもらいます! 置かれた、といっても紙は何枚も積まれていて、その中から一枚を引いてもらいます!」

 「引いたらどうなるんだ?」と華雄。

「引くと、その紙の裏に軍師の名前が書いてありますので、名前の書いてある軍師を連れてきてください! いいですかー!? “連れてくる”んですよー!? その人を呼んで、来てもらってはいけません! そして一緒に走るか抱えてでもいいので、次の関門まで駆けてもらいます! 関門では問題を出してくれる人が居るので、連れて来た人に答えてもらってください! いいですかー!? 連れてきた人だけが答える権利を持っているので、気をつけてくださいねー!? えぇと、なんだっけ。あ、そうだ。えー、正解だと借りてくるものを教えてくれるので、誰からでもいいのでそれを借りてきてください! なお、正解した時点で問題に答えてくれた人は連れていかなくても平気です!」

 ざわりと観客のみんなや将がどよめく。
 ……自分で出しておいてなんだけど、厄介なものが選ばれたもんだ。

「確認したい場合はこれを見てくださいねー。よいしょー!」

 解り易く文字に書き出したものを、地和が妖術で空中に映し出すと、この場に居る全員が空を見上げた。
 
 壱:紙がある場所まで走る なお、妨害はいつでも大いに結構

 弐:書かれている名前の軍師を連れてくる 書かれていない人物を連れてきたら失格

 参:そのまま次の紙へ 書いてある問題を軍師に解いてもらう

 肆:解くと持ってくるものが書かれた紙が貰えるので、借りて持ってくる

 伍:その際、持ってくるものが同一だった場合は敵から奪っても良しとする

 陸:借りたらそのまま最終地点へ 連れてくる軍師と借りるものが合っていれば終了

 ……とのこと。
 とのこともなにも、俺が考えたルールそのままだった。
 うあー……なんでアレ採用しちゃうかな。

「へぇー、面白そうじゃない」
「ちなみに、出される問題に軍師が答えられない場合、別の問題を願うことも可能だ。ただしその場合、二秒待ってからの出題になる」
「二秒……なるほど、たったそれだけでも物凄い差になるわね」
「……それだけだったらよかったんだけどな」
「どういうこと?」
「やってみりゃ解るよー……」

 悪夢だ……誰だこれ採用したの……。
 発覚したらデコピンの一発でも決めてくれる……!

「ちなみにこの最終種目を考えたのは我らが種馬! 北郷一刀ー!」
「わざわざ言うなぁーーーっ!! 言わなくていいだろ! 言わなくていいよなそれ!!」

 みんな俺のこと嫌い!? 俺のこと追い詰めてそんなに楽しいのか!
 ええいこれも全部提案した俺と採用したヤツが悪いんだ!
 おのれ採用した何者かめ……! 桂花か!? いやむしろ雪蓮あたりか!?
 この北郷の中指が、親指から弾かれる瞬間を今か今かと疼いておるわ……!!

「そして採用したのは我らが魏王! 曹孟徳さまだーーーっ!!」
「すんませんっしたァアーーーーッ!!」
「なっ!? ……な、なにをいきなり謝っているのよ……!」

 華琳が採用者だと発覚した途端、俺は華琳へ向けて全力で頭を下げていた。
 当然、突然謝られて困惑する華琳さん。
 いえ、是非とも気にしないでください。
 主にデコピン!? 無理でしょう! そんな空気にでもならなきゃ無理だ!
 俺の中指が親指を閊えに弾き出され、曹孟徳の額をディシィと弾いたとします。
 はい、即座に俺の体から魂が弾き出されますね。主に春蘭の手で。

(フフ……支柱……支柱ね……)

 遠くの空を見つめた。
 ……どんな種類かは解らない鳥が飛んでいた。

……。

 支柱ってなにを支えればいいんだろう。
 そんなことを考えてみたが、よーするにバランスってことでいいんだと思う。
 結論づければ納得は早く、俺は華琳と雪蓮の前で───

「願いを叶えるばっかりじゃなくて、俺が願いを手に入れてもいいと思うんだ!」
『却下』
「ちくしょうめぇえええ!!」

 ───心が折れかけていた。

「そんな一斉に言うことないだろ!? 大体なんで俺ばっかり優勝者の言うこと聞かなきゃならないんだ! 俺の自由意志は!? 祭りだからで済ませられる範疇越えてるだろどう考えても!!」
「じゃあ一刀はなにを願いたいのよ。あ、呉に来たい〜っていうのなら大歓迎よ?」
「な、なにってそりゃ……《ちらり》」
「? なによ」

 華琳をちらりと見ると、きょとんとした顔で見られた。
 神様……俺って鈍感とか言われたりするけど、華琳ほどじゃないよね……?

「じゃあもうこの際だから肉体関係一切無しとか!」
「あなたね、これまでやってきたことや同盟の意味を壊したいの?」
「しっ……子孫残すだけが同盟じゃないだろ! 覚悟決めようって思ってたけどやっぱりいろいろまずいだろ! まずいよな!? だって俺、魏のみんなに、華琳に会いたくて戻ってきたのに!」
「かーずーとっ♪」
「えぁっ……!? な、なんだ?」

 にっこり笑いながら雪蓮が俺の脇腹を突いた。
 痛くすぐったくてすぐに振り向くと、

「くどい」
「いや……それもう、ある意味で俺のセリフなんだが……」

 俺が言いたいことを言ってくれたけど無駄に終わった。
 俺が言ったって聞いてくれないんだもの。

「はっきりしないわねー。いったいなにがそんなに気に入らないのよ一刀は。抱いてもいいわよーって言ってるんだから、がばーっといっちゃえばいいじゃない」
「……一年恋焦がれて、戻ってきたら正真正銘の種馬になりなさいって言われてみろよぅ」
「華琳。あなたが悪いわ」
「散々煽っておいて、よくもまあ人の肩を気安く叩いて真顔で言えるわね」
「まあまあ、冗談だから。……一刀、こればっかりは頷いてもらわなきゃ困るわ。同盟の楔として利用しているって言っちゃえばそれまでだし、そういった意味ももちろん存在してる。その場合、正直に言っちゃうと一刀の意思はどうでもいいのよ」
「いや、うん。そりゃ解ってる。“そういう時代”のことを知らないわけじゃないし」

 同盟の絆を深くするため、家族を同盟国へ嫁がせるなんてよく聞く話だった。
 それが今回は俺だった。それだけの話。
 それだけの話なんだが、それで納得しろと言われると、恋する男はハイそーですかって納得できるわけではないわけで。
 俺だって、自分がこんなに“惚れたら一直線野郎”だとは思ってなかったよ。
 でも、フランチェスカで“凛々しくなった”とかなんとかで声をかけられても、そういう気持ちが全然動かなかったんだ。この世界に帰ることばっかりで、余裕がなかったって言えばそこまでかもだけどさ。

「解ってるなら、なんで嫌がるのよ」
「いや……そりゃ……その」

 俺ばっかり好きみたいで嫌だなーとか、…………いや、そういうんじゃなくて。
 魏に操を立ててるのは本当だ。
 魏以外の誰かとは嫌だって思ってる。
 でもそれが誰かの笑顔に、幸せに繋がるなら?
 俺が頷くだけで、支柱が磐石なものになってくれるとするのならば……?
 呉や蜀のみんなのことが本当に嫌いだっていうなら別だ。
 抱きたくもないし、そういう付き合いはしたくないっていうなら自分がどうなったって断るべきだろうけど、それはせっかく手に入れた華琳の天下を壊すことにしかならない。
 そんなのは、俺はごめんだから…………そだな、悩むのはこれが本当に最後だ。
 最後だから、全力で暴れよう。いろいろな鬱憤や、これからのことを受け入れるために。

「……華琳。出す選手決めてくれ。俺は単独で出るから」
「単独? ───……そう、魏としては出ないということね?」

 言ってみれば、華琳はあっさり納得したようだった。
 人の恋心は受け取ってくれないくせに、随分だ。というか解っててやってるよな、絶対。

「ああ。御遣いとして出る。負けたらなんだろうと頷くさ。で、俺が勝ったら───」
「ええ、いいわよ。どんな願いだろうと叶えてあげようじゃない」
「あはっ、それって三国連合対天ってこと? いいわね、面白そうじゃない」

 俺の願いは決まってる。
 ただ、“国へ返す”こと。
 俺が走ることは無意味だろうが、なにもしないで受け入れるのなんて嫌だから。

(勝ったら自分の意思で。負けたら覚悟とともに受け入れよう)

 たとえ生涯をこの地で過ごすことになろうとも、今の自分を胸張って誇れるように。
 節操無しだと言われようが、同盟を崩してまで逃げ出すよりはよっぽどいい。

「よし! 負けないからな、華琳!」
「ええ、望むところよ」
「ちょっとちょっと、一刀は私と戦うって言ったんでしょー?」
「呉は雪蓮が走るのか? だったら望むところだけど」
「むっ……軍師、連れてくるのよね? 抱えたり引っ張ったりして」
「ああ」
「……大人しく祭に任せようかしら」
「よ〜く考えて出した方がいいぞー。……ていうか、あれ? 桃香は?」
「綿菓子を取りに行ったわよ」
「…………満喫してるようでなによりだよ」
「ええそうね」

 くすくすと笑う。
 そうだよな、満喫しないと損だ。
 この身はこの大地に捧げよう。
 残してきたものなんてたくさんあるが、それにも劣らない人生を、この空の下で手に入れよう。

………。

 夕刻が来る。
 陽が沈む中、三国から出された三人とともに、俺は城壁の上へと立った。
 また華佗の鍼のお世話になることになったが、お陰で腕も痛くない。

「ふっはっはっはっは! 北郷! 貴様、愚かにも魏に挑戦するらしいな!」
「魏は春蘭か。確かに、速そうだ」
「貴様ともなんだかんだと長い付き合いだが……本気でやるのは幾度目か」
「呉は思春か。よろしく。ほんと、なんだかんだで長いよな」
「はっはっは、いやいや、人の関係というのは付き合いの長さだけでは決まらんものですぞ」
「蜀は星か。……まあ、付き合いっていうかメンマだったもんな」

 魏は春蘭、呉は思春、蜀は星、天は俺。
 その四人が並び、合図を待つ。
 右隣の思春が前を見たままに呟いた。

「笑っているが、余裕でもあるのか?」
「いや、勝てればいいなって、そのくらい。でも、本気だ」
「勝つ、ではなく勝てればいいなを本気でか。つくづく志の低い男だ」
「いいんだよ。間違ったら止めてくれる人がいっぱいいる。なら、間違ってでも躓いてでも、助け合いながら“いい支柱”を目指すよ」
「…………そうか。ここで言うのもなんだが───」
「うん?」

 フッと思春が笑う。
 それとほぼ同時に、端に立つ地和がスタートの合図のために手を振り上げて───

「嫌だ嫌だと逃げ回っていた頃より、いい顔をするようになったな。その顔は、嫌いではない」
「───へ?」

 戸惑いが生まれた瞬間、地和の手が下げられた。
 それと同時に俺以外のみんなが駆け、俺も慌ててあとを追う。

「え、やっ───し、思春っ! お前っ!」
「フン、ここぞという時に集中出来ん癖は直っていない。やはり貴様は半人前だ」
「おっ……お前なぁああっ!!」

 慌てて追うが、スタートダッシュで完全に出遅れた。
 妨害はいつでも大いに結構って書いたのは俺だけど、まさか自分が引っかかるとは……!
 や、でもまさか思春があんなこと言うなんて思わないだろ!?
 ……あれ!? ていうか呉なのに雪蓮が出てこないってどういうことですか!?
 勝負って聞いた時はうきうき笑顔をしてたくせに、ええいくそ!

「思春! 雪蓮はどうしたんだよ!」
「……走ると胸が揺れて痛いからやめる、だそうだ」
「………」

 思春と一緒に重苦しい溜め息を吐きながらも駆けた。
 先頭は春蘭、次に星で、思春、俺の順位で駆けている。
 さすがに春蘭は速いな……。
 とか言っているうちに最初の関門、紙が置かれた場所へと辿り着く。
 春蘭は既に紙を開いており、首を傾げている。
 すぐに俺達も追いつき、紙を開くやすぐに駆けた。
 しかし戸惑う春蘭が紙を開いたまま、俺の背中に声を投げる。

「あっ、おい待て北郷! なぜこの紙に他国の軍師の名前が書いてある!」
「“軍師を連れてくる”って書いてあったろ!? そういうことだ!」
「───な、ななななにぃいいっ!!?」

 そう。
 この借り物競争、連れてくる軍師は必ずしも“自国の軍師”ではない。
 俺は躊躇無く城壁の上から飛び降りると、上空の映像を見ていたみんなのもとへ。
 途中で壁を蹴って横に跳ぶと、落下の衝撃を足に籠めた氣で相殺。
 蜀で美以と山を駆けずり回った時に、なんとなく得たものだ。
 地面に着地すると紙に書かれた軍師───詠の手を引いて、走り出す。

「え、ちょ、なにっ!?」
「はい紙! 書かれてるのが詠だったから協力頼む!」
「えぇっ!? ちょっと! 自国の軍師じゃないの!?」
「軍師からの妨害もありだけど、どうする!? 走りたくなきゃ抵抗してもいいし、答えたくなきゃ答えなくてもいいぞー!」
「〜〜〜……こ、答えるに決まってるでしょ!? 問題出されて答えないなんて、軍師として恥よ!」
「よし!」

 了解が得られればこっちのもの。
 俺は詠をぐいっと引っ張るとお姫様抱っこをして、氣を籠めた足で地面を蹴り弾く。

「急になにすんのよ! このばかち───ば、ばか!」
「あとでいくらでも謝るから今は勘弁してくれ! この戦い、意地でも勝ちたい!」

 見れば、怯える亞莎を強奪せんと襲い掛かる春蘭と、それを守る明命の姿が。
 思春は早々にねねを掻っ攫い、壁を蹴ってそのまま城壁を登っ───てぇええ!?
 どこまで器用なんだよ思春さん! やばいまずい! これは予想外だ!
 あ、あー……でも、ねねだしなぁ。

「って、星は───」
「はっはっは、すぐ横だ、北郷殿」
「ってうぉおあっ!?」
「やあ〜」

 声がして横を見てみれば、小脇に風を抱えている星が。
 風は風で、のんきに「やあ〜」なんて言って軽く手を上げている。眼は糸目だ。

「よく無傷で掻っ攫えたな……」
「いやなに。軍から離れ、隅で猫と戯れておったのでな。こうして攫わせてもらった」
「……風……」
「いえいえ、隠れていたつもりだったんですがねー……そこへ猫がぴょこんと現れまして、にゃうにゃうと言うので話しておりましたらこう、後ろから攫われてしまいましてー……」

 言っている間に階段を上り、問題を出してくれる兵の前へ。
 既に思春がねねとともに問題を出されているようだが───

「貴様……答えない気か」
「ふふーん、ねねがそう簡単に答えると思ったら大間違いなのです」

 予想通り、ねねがごねていた。

「では問題です。軍師だけが考え、答えてください。走者が喋ることは禁止されています」
「いいから早く問題を言いなさいよ」
「は、はい、では。───野菜市場に売っている“肉”とはなんでしょう」
「え?」
(───エ?)

 …………問題って……なぞなぞ!?
 野菜市場に売ってる肉って、あれだよな……“にんにく”。
 少し前に天和と人和が“天の、遊びに向いた問題を教えて”とか言ってきたけど、これのためか!? そりゃ確かに同じ問題を教えたけどさ!

「や、野菜市場に…………肉……!?」

 あぁああ詠が、詠が悩み始めた!
 なぞなぞに対する基本知識がないから、そのままの意味で考え始めてるよ絶対に!

「鳥が何かを食べる時に使う箸とはなんでしょう」
「くちばしですねー」
「正解です」
「早っ!?」

 そして俺の隣で、出された問題を即答で解く風の姿が!
 くぅ、思えば風と星は最初に出会った頃から仲が良さそうだったっけ……!
 「ではお先に失礼する」と言って走ってゆく星を見て、心の底に焦りが生まれた。

「つ、次の問題を要求するわ!」
「では二秒お待ちください」
「くぅう……」

 とうとう詠は次の問題を要求。
 風の解き方で要領は解ったと思うから、次で一気に解くつもりなのだろう。

「二秒です。二つ書くと恥ずかしいものとはなんでしょう」
「恥ずっ……!?」

 あ。赤くなった───って、何を想像した!?
 おかしな方向で軍師さまの思考回路が高速回転してらっしゃる!?
 あ、いや、大丈夫、大丈夫だ。一生懸命深呼吸して落ち着かせてる。

「二つ書く……重要なのはここよね。書く…………絵、じゃないわよね。さっきの“くちばし”みたいに単純に考えればいいんだ。書く……字、文字…………文字、文字……あ」

 ! 気づいた! でも物凄い脱力感だ!

「……答えは“文字”ね? 二つ書くと“もじもじ”になる……はぁ」
「正解です」
「で、その前のは“にんにく”……」
「せ、正解です」
「誰よこんなくだらない問題考えたの!」
「《ガドッ!》痛っ! 〜〜〜っ……誰だとか言いながら人の弁慶蹴るなよ……!」

 足に痛みを感じつつも、兵から渡された紙を手にし、開く。
 そこには───

  FU・N・DO・SHI

「これを書いたのは誰だぁああああああっ!!!」

 もちろん普通にふんどしと書いてあっただけだが、ああぁあもうどうしてくれようか!
 ふんどし!? よりにもよってふんどし!?
 こんなもん誰が持ってるっていうんだよ!
 と、城壁から下方を見下ろしてみれば、大勢いらっしゃるみなさま。

  こ、この中にふんどしの予備を持ってらっしゃる方はいらっしゃいますかー?

 ……言えるかぁああああっ!!
 隣で紙を覗いてきた詠が、何も言えないって顔でこっち見てるよ! 泣けるよもう!

「───! い、いや! 諦めるのはまだ早い!」

 詠にありがとうを言うと再び駆ける。
 それと同時に、脅迫されたねねが問題を解き、紙を貰った思春も駆けた。

「ちぃっ───悪いが妨害させてもらうぞ!」
「《ヒュボッ!》ホォワッ!?」

 目の前に鋭い蹴りが突き出された。
 慌てて止まったが、思春はそのまま姿勢を正すと駆けてゆく。

「負けられるか! とにかく明命を───アレ?」

 明命に頼もうと思ったが、そういえば思春もそのー…………ねぇ?

「……妨害ありならそれも良し!!」

 こうなったら思春を掻っ攫ってそのままゴールだ! ……全力で抵抗されるイメージしか浮かばないな。最悪、事故ということで始末されかねない気が……ああもうやっぱり明命だ!
 ふんどしと書かれてるからって、ふんどしだけを持っていかなきゃいけないわけじゃないんだから、装着している人を連れていけばなんとかなるはず!

「えーっと明命は───居た! 春蘭と戦って───ってまだやってたの!?」

 とにかく一秒でも惜しい!
 再び飛び降りると明命を後ろから掻き抱き、そのままの勢いでダッシュ!
 自分を抱き締めたのが俺だと知るや、言葉とは思えない謎の悲鳴を上げられたが、それでも無視して今は走る! ……その後ろで亞莎の悲鳴が聞こえたが、今はごめん!

「あぅあああっ……!? かかかっかか一刀様っ!?」
「今はなにも言わずに頼む!」
「あ……は、はいぃ……」

 駆ける。
 思春のように壁を蹴って登る……のはさすがに無理だから、中庭に入って石段を登ってゴールを目指す。
 その際、星と思春と出くわし、二人の妨害攻撃に巻き込まれることに。

「ほう、北郷殿は人物が借り物か……」
「そういう星は…………弓? 思春はリボン……か?」

 なんか……差がないか……?
 というか、これ明命連れていったら物凄く恥ずかしい思いをさせることになるんじゃ?
 ……い、否! ここは鬼なるのだ北郷一刀!
 負けられない戦いがある……! それが今なんだ!

「っ───突っ切る!!」
「ぬっ!?」
「いい判断だが、させぬっ!」

 地面を蹴って前へと出るが、そこを思春に妨害され、隙を突いて駆け出す星をこれまた思春が妨害。そうやって互いが互いの行動を殺し合っているうちに、そこに春蘭が加わり───

「もう借りてきたのか!?」
「まだだ! だが借りにいくまでもない! これを見ろ!」

 どうだーとばかりに突き出される紙。
 そこには“御遣い殿の服”と書いてあって───…………えぇえええええっ!!?

「なんで!? どうして俺の服!?」
「知らん。大方貴様が参加するはずもないと思ったやつが書いて、混ざっていたんだろう」
「───……」

 ああ、今俺、血の気が引いてる音を聞いてる。
 目の前の春蘭さんがベキゴキと指を鳴らして「さあ……脱げ!」とか仰って───

「《がしぃっ!》うゎわいやちょっ……待て待て待てぇえっ! 乱暴に引っ張るなって! これ間違い無く一張羅で、破れたりでもしたら替えがっ───」
「そんなものは知らん!」
「い、いやぁああーーーーっ!!」

 無理矢理脱がされてゆく! 抵抗虚しく強引に!

「そうはさせません!」
「ぬぐっ!?」

 しかし俺の悲鳴を聞くや、明命が春蘭の腕に手刀を落とし、瞬間的に握力を奪う。
 その隙になんとか春蘭の魔の手から距離を置くことに成功すると、俺は脇目も振らずに逃走を選んだ。

「貴様ぁあ! 誇りある魏の者が背を向け走るとは!」
「走った先に勝利があるんだから、走るのは当たり前だろ!?」
「そんなことは知らん!」
「ああもうほんと無茶苦茶だなぁもう!!」

 当然追いかけてくる春蘭。
 俺の足じゃどれだけ走っても春蘭には勝てない───ならばどうする?
 もちろんこうする!
 上着を脱いで、中庭方面へ投げることで時間稼ぎを!

「───ってなんでついてきてるの!? 服! ほら服! 中庭に落ちたぞ!?」
「? なにを言っている? 服ならばお前がまだ着ているだろう」
「───《サァアアア……》」

 血の気が再び引いた! そして読みが甘くて浅くてどうしようもなかった!
 しかもゴールまであと一歩というところで春蘭に捕まって、無理矢理服を───って、だからどうして強引に引っ張るぅうう!!

「いや脱ぐ! 脱ぐから八つ裂きにせんばかりの力で別方向に引っ張るのやめよう!? そしてさせるかぁっ!!」
『!?』

 俺が春蘭に捕まっている間に、横を通り抜けようとした思春と星の足をキャッチ!
 目の前のゴールに意識を奪われていたのか、ものの見事にびったーーん!と顔面から石床に激突する二人。
 …………あ、あのー、自分でやっておいてなんですが、……だいじょぶかー……?

「っ……ぐ、ぐぐぐ……〜〜〜っ……貴様……北郷ぉおお……!!」
「ぐ、く……! よもやここで不意打ちとは……! 勝利を前にすることで、どうしようもなく生まれる隙を突くとは……なかなかどうして、やってくれますな……!」

 二人して鼻を押さえながら、涙目でこちらを睨んでくる。
 そして俺は春蘭に襲われて涙目だった。
 だが、救う神は居た。

「一刀様! ここは私に任せて先へ!」

 明命だ。
 彼女が再び春蘭の相手を請け負うために立ち、春蘭の両腕を掴み、盾となってくれた。
 ……つーかあの!? それは嬉しいけど、俺の借り物ってそのー……!

(……後ろから脱がして走れと? ───死ぬだろ!)

 無理! でもこの状況で明命を連れて走っても春蘭にあっさり捕まるし、───あれ?

「………」
「庶人暮らしで鈍っているかと思えば、なかなかやる!」
「当然だ! 庶人になろうとも鍛錬を欠かしたことはない!」

 視線をずらせば、俺のことなどそっちのけで戦う思春と星。
 そして、戦いのさなかにちらりと見えるFUNDOSHI。

「…………ああっ!」

 ポムと掌に拳を落とした。
 迷わず駆け、星と戦っている思春を抱き締めると、即座に小脇へ抱える。お姫様抱っこだと攻撃される可能性が高すぎるからだ。
 それを見るや星も駆け、後ろからは明命を強引に捻じ伏せた春蘭が、恐ろしい速度で走ってきて、って速ァアアーーーーッ!!?

「ええい面倒だ! 貴様ごと来い!!」
「うわバッ───そんな強引に前に出たらっ───!」

 吐き出された言葉とともに、俺は春蘭に捕まった。
 俺達はそのままの勢いで雪崩れ込むようにゴールへ到達し───……戦いは、終わった。


───……。


 祭りが終わった。
 終始騒ぎ続けた会場も今では静まり、俺は城壁の手すり(?)に座り、城下を眺めながらたそがれていた。
 みんなで騒ぎ、笑いながらの撤収作業も無事終了。
 あとは寝るだけな筈の、とっぷりと暗い夜の空の下。
 出る溜め息は何を思ってのものなのか、自然に吐き出されたから自分にも解らなかった。

「随分と暗いわね」
「ん? ……華琳か」

 かけられた声に振り向けば、そこには華琳。
 どこか呆れた顔をしているようだが、それに笑顔を返す元気もない。

「なにをそんなに辛気臭い顔をしているのかしら?」

 華琳が俺が座る横の手すり(?)に肘をつき、俺を見上げながらニヤリと笑う。
 ほんと、解ってて言ってるから性質が悪い。

「……華琳も座ったらどうだ?」
「いいわよ。そうしたら、失言をしたあなたを突き落せないじゃない」
「しないからやめよう!?」

 また、くすくすと笑う。
 それがまた、随分と楽しそうに見えた。

「あなたが今考えているのは、結果のことでしょう?」
「ああ。結局同着だったあの結果のこと」

 ……そう。最終種目の借り物競争は、同着で終わった。
 散々と騒いでみたが、引き分けというカタチで治まった今回の勝負。
 みんなはそれぞれ笑顔だったが、俺は……中途半端ってカタチで終わったために、覚悟をどこに向ければいいのか解らなくなっていた。

「悩むのは最後だって決めたのになぁ……まさか決着が引き分けだなんて」

 さすがに引き分けた時の条件は固めてなかった。
 それを考えるとさすがに笑ってばっかりではいられない。
 なにせ引き分けた三国からは、平等に扱うことをお願いされてしまったのだ。
 ……その、もちろん世継ぎのことも。
 じゃあ俺のお願いは? という話にもなったんだが───うん。

「何をそんなに悩んでいるかは知らないけれどね、一刀。勝ちもしたし負けもしたなら、やることなんて一つでしょう?」
「……まあ、そうするしかないんだろうけどさ。いいのかな」
「どちらか一方しか選べないなら支柱になどなれないわよ。そういう貴方だから、私は良しと頷いたのだけれど?」
「………」
「………」

 二人で眺める。天下に辿り着いた者の町を。
 夜の膜に遮られて、遠くまでは見えない大きな町。
 人一人で背負うことなど到底無理だと思う自分と、彼女ならばそれが出来ると頷ける自分。そう考えてみると、人の考え方になんていつだって勝ち負けが存在するのだろうって思えた。
 こっちがいい、いいやあっちだ、なんて考えをしながら、自分や他にとっての最良を選び続ける。失敗したって支えてくれる人が居るなら、それだけ自分が立っている位置は恵まれているのだろう。
 そんな位置からの歩みに、歩く前からケチをつけていたら誰も進めない。

「じゃ、いいんだな? 歩くぞ、俺」
「好きにしなさい」
「そうなると、俺の一番が華琳じゃなくなるぞ?」
「……好きにしなさい。支柱になろうと、貴方は私のものなのだから」
「……そっか」

 その言葉が冷たいとは思わない。
 自分だけを見てくれーなんて、この世界で生きてきた人に向けては言えないもんだ。
 それを思い出せば、我が儘だけを言うことなんて出来やしないのだ。
 言ってはみたが、一番じゃなくなるなんてことは俺の中では在り得ないだろうし、たぶん……華琳もそれを知っている。
 しかしまあ、今ならまだ受け入れ切る前だから。俺は城壁の柵から後ろへ降りると彼女の隣に立ち、きょとんとこちらを見る彼女の唇を奪った。

「!?」

 暴れるけど気にしない。
 散々振り回された分を取り戻すために、情熱的なキスを続けた。

「ぷはっ……あ、あなたふむぐっ!?」

 離れても再び。
 勝ちも負けも一緒、引き分けたなら、せめて願いごとの半分くらいはもらいたい。
 国のための第一歩として、望むのが華琳の唇っていうのもおかしな話だが───結局俺はみんなの前でお願いを言うことはしなかったのだ。
 考えておくよ、なんて言葉で濁して、そのままだった。
 ……なので、何を言われても知りません。
 俺がどれだけ華琳のことが好きなのかを、この夜に伝えきるつもりで抱き締め続けた。
 押し退けようとする力が緩み、互いに抱き締め合うまで、いつまでも。

「……うん、充電完了」

 やがて、ゆっくりと離れてからそう言う。
 どれだけ唇を合わせていたのか、頭の中が痺れていて、上手く頭が回らない。
 それでも心は満たされたから、ゆっくりと離れた。

「……はぁ。覚悟は、決まったのかしら?」
「ああ。我が儘はもう終わりだ。“国に返したくて選んだ道”が支柱なら、俺はその道をのんびり歩くよ。間違いを犯したら遠慮なく叱ってくれ。自分が出来ることと出来ないことくらい、弁えてるつもりだから。そこは叱られてでも成長していくよ」
「そう」

 そう言って華琳は笑った。
 暗い空の下でも解るくらいにその顔は赤かったけれど、そんな顔を素直に綺麗であり可愛くもあると思ってしまうあたり、俺は本当にこの人のことが好きなんだろう。
 でも……その気持ちとは、少しの間さよならをしよう。
 まずは支柱って立場に慣れることから。
 都が出来たらそこに住んで、いよいよ本当の支柱になる。
 覚えなきゃいけないことは山ほどだ。

「最初は、やっぱりそこまで気負わずにやってみようと思う。最初から全部上手くいくなんてことは無いだろうし、上手くいくようにするには力不足だ」
「ええそうね。無茶を押し通すのは、あなたがその地位に十分に慣れてからにしなさい」
「ああ」

 返事をする声に苦笑が混じる。
 少しくらいは“そうでもないわよ”的なことを言ってほしかったなぁ、なんて思ったからだ。しかし事実は事実なので、その言葉をしっかりと受け止める。

「でも……はぁ、支柱かぁ。随分遠いところまで来たよな、本当に」
「いきなり弱音?」
「違うって。拾われの御遣いが軍師もどきをやって、次に警備兵、警備隊長ときて、今度は三国の支柱って。他の国の人に多少気に入って貰えたから成り立つことで、もし最初から呉や蜀に行く案がなかったら、自分はどうしていたのかなってさ」
「普通に魏で暮らしていたでしょうね」
「だよなぁ」

 その普通に届きたかった自分が、実は居る。
 経験は今の自分に劣るだろうが、それでも想像の中の自分は随分と幸せそうだった。
 今が幸せじゃないかって言ったらもちろんウソだが、幸せにもいろいろあるんだ。うん。

「ん〜〜……」
「《きゅむっ》なっ!? ちょ、一刀!?」

 その幸せの分を、華琳を抱き締めることで充電。
 さっきしたばかりだろうがと言われようが、人の意識なんてそんなすぐには変えられないのだ。……ああ、華琳だ。華琳だなぁ。
 いっそこのまま───…………いやいやいや、それはまずい。
 そういうことは都暮らしが安定してからって決めたじゃないか。
 いやでも、都が出来るまではまだまだかかるだろうし………………ああもう。

「華琳」
「な、なによ」
「好きだ。愛してる。俺、勝手に察するからな。都合のいいように受け取るから」
「………」

 言って、ぎゅっと抱き締める。
 びくり、と華琳の体が震えたが、少しすると華琳も俺の背に手を回し、力を籠めた。
 そして言うのだ。いつもの、なんでもないような口調で、けれど顔を真っ赤にしながら。

「良い心掛けね」

 と。




ネタ曝しです。  *驚かないように心掛けようって言ったな。……あれは嘘だ。  コマンドーより。  お前は最後に殺すと言ったな。……あれは嘘だ。  シュワルツェさん腕力ありすぎ。  *ちくしょうめぇええええ!  総統閣下シリーズを思い出しました。  いえ、書いていた時はそうでもなかったんですが、誤字チェックをしていたら。  *心が折れかけていた  心が折れるって言葉は、デモンズソウルとダークソウルを思い出しますね。  ダークソウルではスモウ装備を愛用してました。  ハベルと寵愛装備しても足りやしない。  *これを書いたのは誰だぁああ!  このあらいを作ったのは誰だ! 前にも書いたような気がするけど海原雄山さん。  最初の頃の、なんにでもイチャモンつける雄山さんのほうが好きだったりします。  85話をお送りします。凍傷です。  10月中に上げるつもりがまさかの寝落ち。  気づいた時には11月でしたよまったくもう……。  もはや何も言うまいですね。  そんなわけで支柱です。  魏一筋にするか支柱にするかは随分悩んだ記憶があります。  結局はこういったカタチになりましたが、やっぱりアレなんですよ。  他の国の将たちも、結ばれるのは一刀とじゃなきゃイヤだなぁと。  そんなわけで支柱です。(再)  ではまた次回で。  あ、ダークソウル終わりました。予想以上にあっさりした終わり方に、呆然です。  やっぱりグウィンさんバトルの音楽が平凡だったからなのでしょうか。  それともビッグボスバトルじゃなかったからなのか。  パリィが出来ると解った瞬間の驚きは尋常ではござんせんでした。 Next Top Back