───/───

 まるで公開されている映画を見ているようだと、その時はそう思った。
 自分は真っ白な世界で座っていて、白しかないその場で色の無い物語を見る。
 子供の頃から楽しいことが好きな白が居た。
 その白は自分の楽しいを優先することが好きで、いつも身勝手。
 自分が楽しければいいだなんて思いながら、我が物顔で好き勝手するものだから、友達と呼べる白は居なかった。
 幼馴染は居たようで、頭の中がガキ大将気質の白を仕方のない人だと苦笑していた。

 そんな白が、ある日を境に楽しいことを探すのを止めた。
 辛くて周りに手を伸ばしても、今までしてきたことのしっぺ返しか、周囲は白に冷たく。
 白は周囲の白から突き放され、馬鹿にされ、自業自得の孤独を味わった。
 それでも辛かったから手を伸ばしたある日、白は周囲の白に殴られた。
 殴られる理由が解らなかったが、痛かったから抵抗する。
 すると、より多くの白に囲まれ、殴られた。

 白は、抵抗はするが殴りかかりはしなかった。
 攻撃をしない白を、周囲は馬鹿にする。
 様々な罵倒が飛び、逃げようとすれば通せんぼをされ、突き飛ばされ、尻餅をつく。
 自分を見下ろす周囲の白を見上げ、見下ろされるのが嫌で立ち上がる。
 その時、一人の白がある言葉を言った。
 それで、今まで耐えていた白はその白を殴った。

 ───どれだけ馬鹿にされても譲れないものがある。
 自分が殴られるよりも守っていたかったものがあることを、白は初めて知った。
 知った時には目の前で年老いた白が背を向けて頭を下げていて、白は俯き、涙しながら拳を握っていた。

  ───いつか過ちを犯してしまい、許されたいと思うことがあったとする。

 無意識だろうと、忘れたはずだろうと、きっとそれはいつまでも胸にあって。
 ふとそれを思い出した時、どうしようもなく泣きたくなる。
 でも……その時。
 謝りたい相手が既に居なかったら、どうしたらいいんだろう。
 何に向かって謝ればいいんだろう。
 墓にさえもう向き合うことの出来ない白は、涙しながら生きていくことだけ許された。
 謝る言葉も誰も認めてはくれず、白はどの色とも本当に解り合えないままに生きてゆく。

 そんな映画を見て、同情からだろうか。
 せめて白が、最後くらいは幸せであることを願った。
 他愛無い他者の人生。
 きっといいこともあり悪いこともあり、辛いながらも普通の幸せってものを得るのだ。
 それが物語ってものだろう。
 そう、ぼんやりと映画を見ていた。
 ……ただ、白が生きていくだけの映画を。



  誰にだって幸せは待っていると思う。

  それは大小様々で、幸せなんてものはきっと受け取り方次第だ。

  そんなことを何気なく、暢気に思ったことがあった。

  だから……その人生はきっと間違いだったんだと思ったんだ。

  楽しいって思える瞬間と、辛い時間とが釣り合っていなかった。

  瞬間と時間。

  言葉だけでも差がある、そんな白の物語。

  目が覚めて、白の夢から戻った時、視界が滲んでいることに気づく。






                  ───最後まで見た映像には、滅びしかなかった。









138/なにをもってかんせいといいませうか

 “振り返れば時は過ぎ、懐かしきあの頃を思い出す”。
 言ってしまえばそう変わり映えのしない日々は流れ、三国の中心にとうとう都が完成。
 完成とは言っても“住める程度には出来た”というものであり、整えなければいけない部分はまだまだ存在した。それでもここまでで何ヶ月もかかり、それまでに鍛えた知識や経験は、これからの日々にきっと役立てることが…………出来るといいなぁ。

「都かぁ……さすがに三国が協力して作ると、とんでもないな」

 目の前に広がる光景にただただ驚く。
 魏だけで作ろうとしたら、完成はいつになったか解らない。
 手を繋ぐ第一歩として、支柱という都を完成させたようなものだ。
 そんな場所へと、今日は視察に来ているわけだが……その広さに驚くばかりだ。
 もちろん呆れるほど、というほどでもないんだが、それこそ三国中心……“国境”に出来たものであり、他の国に行くのならここを通ってくださいって街が出来た。
 ほら、えーと……FF11あたりのジュノとかそんな感じの。やはり呆れるほどの広さではないものの、それなりには広いのだ。

「いや、ていうか……もしここに住むようになったら、アニキさんの店にはもう行けないのか?」

 ……夜の楽しみがひとつ消えるのか。
 くっ、これは中々に厳しい……じゃなくて。
 そうじゃないだろ俺、もっと頑張ろうって決めたじゃないか。
 でも息抜きは欲しいです。はい、間違いようのない心からの気持ちです。
 どうしても行きたくなったら片春屠くんの出番だな。

「こんにちはー! どうもー!」

 歩くと、あちこちに居る工夫さんたちが挨拶してくれる。
 俺もそれに返しながら歩く。…………後ろに思春を連れて。
 一緒に楽しく行きたいんだけど、声をかけても大した反応を見せてくれない。
 もっと打ち解けていこうって、昨日の夜に話し合ったのに…………あれ? 俺が一方的に話しただけで、特に返事をもらってないような…………あれぇ?

「おう一刀〜! ───ひぅ!? じゃじゃじゃっじゃじゃじゃなくて御遣い様ー! ごごごごきげんうるわしゅー!?」
「いやいや大丈夫だから! 一刀で大丈夫だから! ……思春もそんな、睨まないでくれよ頼むから……」
「……別に睨んでいない」

 挨拶がてら、手伝える仕事があれば手伝う。
 アレコレやっている内に工夫のみんなや、住む予定の人とは随分と打ち解け、一種の仕事仲間めいた関係が築かれている。砕けた言葉を使うことも多々あるものの、将の誰かと一緒の時はやっぱり口調は固くなるみんなと。
 ……ただ、まあ。工夫のおっちゃんと肩を組んで豪快に笑っていた時、気配を消していた思春がスッと気配を戻した時のおっちゃんたちの叫びは……思い出したら鼓膜が破れそうだ。
 あれ以来、おっちゃんはやたらと周囲を気にするようになってしまった。そりゃあね……突然近くに殺気満載の女性がヌゥっと現れれば、ホギャアアアとか叫びたくもなるよ。一種のトラウマだ。 

「さてと。…………思春、仕事していい?」
「工夫の手伝いではなく、視察ならばな」
「ぬぐっ……や、けどさ。今日はほら、“三日目”だし……」
「ああ。華琳様に視察に行きなさいと言われた日でもあるな」
「………」
「………」
「鍛錬がしたいんだって!」
「だめだ」

 即答だった。
 ……賊襲撃の事件が起きてから、自分の意識改革は始まっていた。
 やさしいだけの存在ではなく、きちんと“支える者”になろうと鍛錬の日々。
 政務をしながら氣を使い、警邏をしながら氣を使い、あらゆる場面で氣の鍛錬をした。
 ああ、そりゃもうこれでもかってくらいした。
 お陰で氣脈は随分と広がり、氣で体を動かすことにも随分と慣れた。
 賊を射って以来、弓矢の命中率も上がり、10発に一発は的に当たるようになった。
 後ろや地面や空に飛んでいた頃から比べれば素晴らしい進歩だ。
 ただ、困ったことに10発1中。
 最初に一発目が中ると、見事なまでに9発外すなんてことがよくあった。
 過去形だからって今は大丈夫、なんてことはもちろんない。
 それどころか10発全部外すことさえあるくらいだ。
 思春が言うには、やはり“当てる気が足りない”だそうだ。

「じゃあ視察を早く終わらせよう。もちろん全力で真面目にやって」

 さて。
 そんな俺は現在、都の中心で親に小遣いをねだる子供のように思春と話している。
 お目付け役と言っても差支えなどないほどに、思春が俺の管理……もとい、監視をするようになったのはいつだろう。
 なんにでも思春の許可が要る、とまではいかないものの、これは結構辛い。
 賊の群れ(言い方悪いか?)と戦ったことが思春の口から華琳に伝わった際、この監視は絶対なものへと変貌した。前までは少し注意が飛ぶだけだったのに。
 “監視なんて嫌じゃー!”とばかりに氣を使い、全力で逃げ出した数分後、俺は目を朱く光らせた朱色の君に縛り上げられ、華琳の前にどさりと捨てられ、華琳にとてもとてもありがたいお説教を頂いた。

「……貴様は変わらないな。鍛錬を好む男など、貴様くらいだ」
「あのー、思春さん? 呼び方が“お前”から“貴様”に戻ってるのですがー……」
「そうされたくなければ人に迷惑をかけるのはやめろ」

 いい加減疲れたとばかりに、俺の目を真っ直ぐに見ての溜め息。
 国のために生き、国に返すために頑張る意思はもちろんあるが……それ=俺の自由の全否定とは違うのですよ思春さん。

「人は娯楽があるから頑張れると思うけどなぁ。俺にとってのそれが、今は鍛錬ってだけなんだよ。こういうのってやる気がそっちに向いてるうちにある程度進んでおかないと、やる気が起きなくなるし」
「普段から十分氣の鍛錬をしているだろう。どういう神経をしている」
「いやいや机に齧り付きながら氣で思い切り体を動かす鍛錬が出来ないだろ! 錬氣と瞑想ばっかり上手くなっても、苦手な放出系を鍛えられないと辛いんだよ!!」

 あれか!? 体から氣を放出して、それで鍛えろとでも!?
 ……そういえば以前、氣で発光したなぁ俺。
 じゃなくて、あんなのじゃ放出とは言えないだろ……。
 あれ? でも発光の要領で氣を放出すれば、放出系の鍛錬にもなるのか?
 よしやってみよう! 男なら迷わずGOだ! 俺はもう……迷わない! 迷うなら、やってしまおうホトトギス!
 さあ、迷惑にならないように空に目掛けて体から氣を放出!
 ……さて。体から光を放出する際、掛け声的ななにかは必要だろうか。
 ああうん、カラ元気の頃からいろいろとはっちゃけようとした反動というか、無駄なところにも力を入れようと……って、誰に言ってるんだ俺。
 で、掛け声だが。

1:ウォオオーーーォォォォーーーーーッ!!!

2:エターナルッ! ネギッ! フィーバァーーーッ!!

3:霊体撃滅波!(3分ほど踊ったのちに)

4:さらばだ、ブルマ、トランクス、そしてカカロットよ……

5:ボディィイチェェエエーーーーーンジ!!

 結論:…………1と3と4は危険だな。そして5、それは放出だけど攻撃じゃない。

「とりあえずジェノサイドクラッシュは浪漫だと思うんだ」
「なんの話だ」

 うん、なんだろう。
 頬を一度掻いたのち、キッと空を睨んで集中。
 体の奥から湧き出る光を一気に外へ出すつもりで、空へと放った。

「………」
「………」

 それは、モシュウというヘンテコな音を立てると霧のように消えた。
 ……試しとして少量を切り離して出したのが不味かったのだろうか。
 ならばと、今度は全力で錬氣集中。
 体が氣でミチミチと熱くなるのを感じるほどに氣脈に蓄積させてから、それを一気に体の前半身から空へと向けて……溜めて溜めて……こらえてこらえて……一気に放つ!!

「俺はつるはしよりもマトックが好きだぁーーーーっ!!」

 解る人にしか解らない言葉を叫び、大空へと氣の塊を飛ばした。
 人型のそれはドンチュゥウウンと空を飛ぶ。
 それはまるで、恋との模擬戦で空を飛ばされた自分をシルエットとして見ているような気分であり、何故だか涙腺が……と思った途端にソレが空中でパーンと破裂した。

「………」
「………」

 思春が何故か無言で俺の肩をポムと叩いた。
 まるで“ああはなるなよ”と心配してくれているようで、今度こそ俺の涙腺は崩壊した。
 うん……気をつけよう……。

「というわけで鍛れ───」
「だめだ」
「即答!?」

 鍛錬とすら言わせてもらえなかった。

……。

 視察が終わると、都に集まったみんなと一緒に食事を摂る。
 まだ店らしい店も、カタチとしては存在しているものの、開店はしていないので炊き出しめいたものになる。
 それらをみんなで笑いながら摂ると、自分たちはこんな風に過ごしてみたいって……夢を語るように話し合う。
 俺はといえば、そんなみんなの声を聞きながら、頭の中で纏めていく。
 民の声は大事なものだ。
 それは王が聞こうと思っても軽く聞けるものじゃない。
 だから聞けるときにはきちんと聞いて、それを纏めたものを華琳に届ける。
 ただ……今まではそれでよかったけど、これからはその声を俺自身がなんとかしなきゃいけなくなるんだよな。

(……いやいや。一人でなんでも出来るなんて思うなよ、北郷一刀。誰かに頼ることを恥だなんて思うな、覚えるな)

 一人でなんでも出来るようになることを目指さないわけじゃない。
 ただ、“頼れる時は頼るべき”を忘れないことを覚えておく。
 なんでも自分でやろうとする存在は、確かに格好いいかもしれないけど……それって孤独だと思う。自分より上手く何かを出来る人が居るなら、それはその人に任せるべきだって言葉がある。それは確かにそうだ。
 けど、自分一人だけがなんでも出来たら、誰も手伝う必要がない。
 俺は……そんなのは嫌だと思う。一緒に覚えて一緒に笑って生きていたい。

  ───需要と供給。

 やっぱり、これってすごく大事だ。
 商売でも人間関係でも。

「思春、食べてる?」
「ああ。普通だな。いつまで経っても、貴様の料理は普通だな……」
「いや、そんなしみじみ言われても。うーん……」

 料理の上達も考えてみようか。
 天の料理ばかりで驚かすんじゃなくて、この地での料理で驚かせられるように。
 ……うん、なんかいいなそれ。珍しさで華琳に驚いてもらうよりも、なんか嬉しい。
 そのためには流琉に料理を教えてもらって…………あー……教えてもらうために許昌と都とを往復する……のか? ……料理の道は険しいな。

(……ハテ?)

 都に来てくださるメンバーの中に…………料理がお得意なお方、いらっしゃったかしら?

(………えぇっ……と…………───普通ってステキだよね!)

 もう考えないことにした。

……。

 都が出来てからは、積極的に都に泊まることが多くなった。
 許昌での仕事(書簡整理など)を都に持ち込み、それが終わると積み上げ、纏まったら許昌へと片春屠くんで運ぶ。
 そういえばこれが出来てからというもの、馬に乗ってない。

(馬かぁ……麒麟は元気かな)

 夜、寝台に寝転がりながら、一頭の馬を思う。
 隣にはいつかのように思春。
 随分と一緒に寝ない日が続いたものの、なんというかあっさりと二人で寝ることが決まった都での日々。
 久しぶりだとなんか抵抗が……と言った俺に、思春はあっさりと「そうか」とだけ言って寝た。うん、もしかして俺って既に男として見られてない?
 などと思いつつ、なんとなく俺には背を向けて寝ている思春の顔を覗こうとするのだが、

「いつまで起きている、さっさと寝ろ」

 そうしようとしたのがバレたのか、未遂で止められた。
 どういう察知能力してるんだろうかこの人は。

(………)

 そういえばと、携帯をソッと取り出す。
 で、きちんと思春がこちらへ背中を向けていることを確認しつつ、画像一覧を。
 最初に映っている自分と及川の画像に苦笑を漏らしつつ、後側にある写真を見て笑む。
 思春の珍しい寝顔の写真だ。
 しかしながらバレるといろいろと危険なので、さっさと次の写真に移る。

「……ん」

 なんだかんだで写真が増えている。
 中でも華琳のものが多いのは、まあなんというか……アレだよな。

(及川かぁ……一緒に飛ばされたりしたら、毎日退屈だけはしなかっただろうな)

 今でももちろん退屈はないが、最初の頃なんて挫けそうになることが多かった。
 それを思えば、あの元気な男が隣に居るだけで、随分と救われたんじゃないかと思うのだ。もちろん、やかましさと女の子の話によって。
 モテはするけど特定の彼女はいないという、なんとも不思議なやつだった。

「……寝るか」

 及川の笑顔を思い出しつつ、寝ることにした。
 その日見た夢は、プレハブの及川の部屋でゲームをやるという妙に懐かしいものだった。




139/時の流れに身を任せて

 都の開発は日を追う毎に進んでゆく。
 都に住む者は各国の王や軍師によって決められ、中でも人付き合いが上手い者が選ばれ、行く気があるかを訊ねてから移動を開始する。
 三国を繋ぐ都という場所だからという理由だけで、人との接し方が上手い者を、という話なのだが……まあ解るような解らないような。理屈は解るんだ。うん解る。

「あっ、あんたは……」
「あっ……あ、あーあーあー!」

 呉から来た者の中に、かつて蜀から呉へ移動した山賊初犯の男たちが混ざっていた。
 どうやらあれから上手くやっているようで、手探りではあるけれどいろいろと頑張っているそうだ。そんな努力が認められて、今こうして都に住むことを許可されたのだとか。

「襲っておいてなんだけど、今は商人やってるんだ。他のやつらも呉で、店の手伝いやったり仕入れ業やったりしてる。こき使われっぱなしだけど、こんな苦労もあの時死罪になってりゃ味わえなかったよなぁ」

 攻撃を避けきってくれてありがとうな、なんておかしなことを言って、襲ったことを何度も謝ってから彼は苦笑した。
 そうした軽い挨拶が済むと、荷物を持ったまま家の方へと歩いてゆく。
 見送りつつも自分の仕事を続け、それが終われば自分の家へ。
 家、というかなんというか、他の家よりも大きな屋敷っぽい場所へ。
 そんな立派なものじゃなくていいって言ったのに、工夫のみんなが聞いてくれなかった。

「おおっ、おかえりなのじゃ主様!」
「ただいま、美羽」

 都が出来てからしばらく。
 泊まる回数が増えると、許昌に戻るときまって美羽が“妾も連れてってたもー!”と言うといったことがあって、別に困るわけでもないからと、片春屠くんに乗せて都へ。
 仕事を終えた七乃も華雄も連れてきて、今現在は三人とも都暮らしだ。
 華雄は警邏などの仕事に就き、七乃は都開発の頭脳として働いてもらっている。
 美羽と俺は歌人もどきだ。
 俺が演奏して美羽が歌う。
 金を取れるほど上手ではないので、練習を聞いてもらっているだけ。だからもどきだ。
 不安は山積みではあるものの、七乃も華雄も自分が得意とする分野では本当にありがたい存在なので、どうしても困っている、なんてことはなかったりする。
 ……代わりに、やらなきゃいけない政務的なものは、それこそ山積みなわけだが。
 しかしそれも俺が“頑張れること”なので、むしろ望むところってもんだ。
 二胡の演奏はそれの息抜きみたいなものだな。
 最近は少しずつ慣れてきて、人に聞かせることができる程度にはなってくれた。
 歌は上手いんだよ。美羽の歌は。問題なのは俺の演奏だけだ。

「〜♪」
「毎度ここらへんで失敗するんだよな……よっ、ほっ」

 二胡は力加減が難しい。
 しかし今回は毎度失敗する部分は上手くいったようで、美羽と笑いながら演奏し、歌う。
 そんな調子で珍しく最後まで上手くいくと、俺と美羽は抱き合い、成功を喜んだ。
 ……日々はそんな感じ。
 代わり映えはほぼ毎日に感じて、それでも少しずつ都って場所が姿を変え、人々の顔にも慣れや笑顔が増えていくと、奇妙な団結力や親近感をみんなが持ってゆく。

「御遣い様〜! この木材ってここでしたっけー!?」
「俺じゃなくておやっさんに訊いてくれって!」
「おやっさんは御遣い様に訊いてくれって! なんでも新しく出来た飯店に行くとかで!」
「ああもうあの人はぁああっ!! ていうか散々サボってごめん魏のみんな……今物凄くサボられる人の気持ちが解る……」
「はいはい一刀さん〜? それはそっちじゃなくてこっちですよー」
「あ、た、助かる七乃……ってこっちに置く前に言おう!? なんであえて置いてから言うんだ!?」
「いえいえ、頼り甲斐があるところを工夫のみなさんに見せて、好感度を上げさせようかと」
「頼り甲斐の前に、バテたら全て台無しだって解ってるよね? 解っててやってるよね?」

 俺の質問に、夢見る少女のように手を胸の前で握り合わせて目を輝かせる七乃さん。
 返された言葉は「当然じゃないですか」だった。

「………」
「《に〜う》ふぃふぁふぁふぁふぁ!? ひょ、ふぁふふぉふぁん!?」

 言葉遊びでゲンコツはどうかと思ったので、両の頬を引っ張った。
 ……目は割りと“いい加減にしなさい”って本気の目をしつつ。
 はぁ……思春も華雄も張り切って手伝ってくれてるっていうのに、この軍師さまは……。

(……ふむ)

 そう。
 思春も華雄も都の建設に協力してくれている。
 大まかな建設予定などは俺や七乃が考えて、予算などもいろいろと遣り繰りをしつつ。
 カタチとしては完成しているようでも、目に見えない部分は結構あるわけで、こうして整えているわけだが───これが結構大変で、けれどその大変っていうのを結構楽しんでいたりする。
 今は都暮らしが決まっている華雄、七乃、美羽、思春と一緒に、こうした作業や書簡整理の毎日だ。何かを作るって時には面倒ごとがよく起こるものだが、例に漏れず問題はよく起こる。
 主に俺が甘いって認識が強い所為もあり、サボる工夫がちらほらと。
 まあ、サボれば給料が減ることは相手も解ってるから、そこは好きにしてくれとは言ってはあるんだが……それで作業が遅れてたら世話ないって話だ。
 けれど、そういった話に飛びつく人も当然居るわけで。
 まだ若い青年工夫なんかはその筆頭だった。

「御遣い様ぁ! 頑張れば頑張った分、給料もらえるって本当ですかぁ!?」
「急いで手抜き工事になったら、その分から引くけどなー」
「っへへー! 任せてくだせぇ! 俺……ここで思い切り働いて金溜めて、家を建て替えてやるでさぁ……!」
「それ、死亡フラグな上に自分で建て変えるって話が無くなってるぞ?」
「なんです? しぼー……?」
「あ、やー……なんでもない」

 青年工夫はやる気を見せて、「うおー!」と叫びながら作業をする。
 けれど材木を何度か運んだだけでふらふらになり、何本も運んでいる俺を化物を見るような目で見たりした。うん、俺もきっと最初はそんなだったよ。
 氣ってほんとすごい。
 そんなふうにして笑いながら、“俺達”の日常は続いている。
 各国の王が見れば甘すぎるだのなんだのと言うんだろうけどさ……人との付き合いがてんでない同盟の支柱なんて、別になくてもいいと思うんだ。
 御遣いだ支柱だとは言われても俺は俺。
 周りの人も俺は俺のままでというのだから、それはそれでいいことなんだろう。

「っはー! いい汗掻いたぜー! おっ、御遣い様っ、このあとどうですかい、そこの川まで行水でもっ」
「この季節に行水は辛いんだよなぁ……ドラム缶でもあれば、ドラム缶風呂が……あ」

 思いついたことはなんでも実行して、失敗しても笑って、学校の悪友と無茶するみたいな生活を続けている。
 そんな俺に、七乃や思春は呆れるばかりだったけど、俺は俺で気兼ね無く話し合える男の知り合いが居るだけで、随分と心が安らぐのを感じていた。

「へぇ……あの? これを繋げりゃいいんですかい?」
「ああ。使わなくなった中華鍋とかを繋ぎ合わせて、ドラム缶(仮)を作るんだ。形は……まあ多少歪んでても構わないからさ」
「どらむ……? いったいなんなんですかいそりゃ」
「小さな風呂が作れる道具みたいなもの……かな? 人一人ずつくらいしか入れないけど、この寒さじゃ行水で心臓麻痺とかしそうだしさ」
「御遣い様の言うことはよく解りませんが……まあ、やれってんならやりやしょう! なにより面白そうでさぁ!」

 そうして出来たものを川の傍まで運び、並べた石の上に乗せてからその下に枯れ葉や枝、手頃な大きさの石などをゴロゴロと置いて、火を熾す。
 時間はかかるものの、川から汲んだお湯が熱くなると、順番に湯船に浸かった。
 湯船の底には板を敷くのも忘れない。そのままだと足火傷するし。

「くぅうう〜〜〜っっっ…………っはぁあ〜〜〜〜っ!! し、染みるぅうう……!!」

 工夫の中には風呂に入ること自体が始めてというものが多く、染み渡るような熱に体を震わせ、しかし顔はニヤケっぱなしでいた。
 「疲れがお湯に溶け出すみてぇだ」なんて最初の工夫が言えば、次の工夫もその言葉の意味を知って顔を緩ませる。半端になって使わない木材なども焚き木にすれば、しばらくは風呂には困らなそうだとみんなして笑った。
 やがて材木と戦う時間が終わると、部屋へ戻って机にかじりつく。

「えぇと……? ここの問題は七乃がやるって言ってたから……あ、……」

 そういった変化を書簡に纏める日々に少しずつ慣れてくると、思うことがないわけじゃない。
 いつかどこかで見た話のこと。
 未来に生きていた人が過去に行き、住み辛いからと未来の知識を以って過去の世界を作り変えるといったものだった。
 その者はそうすることで“この時代にもようやく慣れた”と語っていたが、それは“その時代に対する慣れ”じゃなくて、“自分の時代へ近づけることで得る安心”だった。
 俺もそうなのかなと考えると、ふと……そんな話を見ていた時、自分が感じていたことを思い出すのだ。
 人はそう簡単には状況ってものに慣れるようには出来ていない。
 だから自分が住み慣れていた環境を無理にでも作ろうとして……まあ、結果として、その物語はその主人公の色に染まっていった。
 主人公はなんやかんやあって元の時代に戻ることになるのだが、そんな場面を見た時に思ってしまったわけだ。自分が住み易いようにその時代の“あるべき姿”を変えておいて、帰れるならさっさと帰ろうと帰ってしまうのは無責任なんじゃないのか、と。
 その過去と未来は繋がっているという設定があったけど、その物語は主人公が未来へ帰るために光に歩んで消えるという描写で終わっていた。

「………」

 先を想像してみると、あまり笑えなかったのを覚えている。
 多分そこに、主人公が住み易かった環境は残ってなかっただろうなと思うのだ。
 他ならぬ、過去を好き勝手に変えた自分の所為で。
 そう。人はそう簡単には状況ってものに慣れるようには出来ていない。
 けれど、辿り着いた過去がうんと昔で、主人公が教えた技術がその者たちにとっては想像が出来ないようなことなら、その者たちはそれを学ぼうと必死になるだろう。
 なにせ過程から結果に辿り着く必要なく答えを得たのだから、その次を目指す者が大半。
 誰かが何年何十年かけて学んで残してきたものを、答えを与えることで“それはこういうものだ”と知れば、過去の者の歩みは加速する。
 戻った未来がかつての自分が居た未来よりも発達していたら、もう自分が住み易い世界などは作れない。
 その場合、主人公はどうするんだろうか。
 もはや古くなってしまった自分の知識を糧に、また自分の住み易い環境を作ろうと頑張るのだろうか。
 それとも過去の者たちのように、与えられた知識と環境に頼って生きるのだろうか。
 ただ、まあ……そこで“嫌だ”と言うとしたら、主人公は我が儘だなと思った。
 自分は過去の人に未来の知識を与えて環境を変えておきながら、未来に戻って未来の知識を与えられたのに、自分は拒絶するのは違うだろう……と、まあ、そんなことを考えたわけだ。
 結果としてはそれだけの、なんというか少々微妙な考え。

「……心狭いかな、俺」

 誰にともなく呟いた。
 結局は俺も、そういった知識を武器に自分の住み易い場所を作ってるようなものだし、人のことは言えないわけだが……うーん。
 心のどこかでこの時代は未来に繋がってないからって安心してるんだろうか。
 ……考えてみたらなんか腹が立ってきたな。
 というか、この時代の未来はどこと繋がってるんだろうか。
 いや、そもそも繋がってなかったら?

「……や、まあ……どっちにしろ、やることってあんまり変わらないんだよな」

 この世界に俺が居た時代へ続く道があろうとなかろうと、俺は国に返すために頑張るだけだし……この時代で生きることが、いつまで許されてるかはこの際どうでもよく、消える瞬間まで頑張るだけなのだ。
 もし何かの拍子にこの時代と俺が居た時代が繋がっても、なんというか……なぁ?

 「俺が教えようと教えなかろうと、華琳とか真桜が居るだけで、俺の知ってる俺が居た時代には辿り着けなさそうな気がする……」

 あの二人ってやっぱりいろいろと規格外だと思うのだ。
 少しの情報から知識を広げるのが上手い華琳や、この時代でバイクみたいなものを作ってしまう真桜。絡繰って言葉で済ますにはいろいろとおかしいだろとツッコミたくなる技術が盛り沢山だ。宅の覇王さまもいろいろと規格外だし……。1から10を学ぶって、本当に出来るのな……って、華琳に会って初めて頷けたんだと思う。
 
「ん、よし」

 苦笑と一緒に頭を振って、ぐうっと伸びをする。
 机には整理された書類など。
 これからの予定なども書かれているそれを纏めて、持ち上げると歩き出す。
 やること……自分が出来ることはまだまだ山ほどある。
 今は難しいことは考えずに、その忙しさに埋没していようと……苦笑を漏らし、思った。


───……。


 順応って言葉があるように、生き物はいろいろな環境に時間をかけて慣れてゆく。
 最初の頃は戸惑いながらも楽しんでいた都暮らしの人達も、いつしか戸惑いを薄め、楽しさのみを胸に駆け回っていた。

「うははははー! 華雄よ! 妾の華麗なる雪さばきに驚くがよいのじゃー!」
「合戦と言われては黙っておれん! ……時に北郷? この合戦は武器は使えないのか? この雪球を投げるだけなのだろうか」
「そうそう。これなら当たってもそんなに痛くないし───って」
「なるほど。ならば……《ギゥウミチミチミチ……!!》───うむ!!《テコーン♪》」
「いや“うむ”じゃないよ!? なにその水晶みたいな雪球! 光を受けてテコーンって輝いてるよ! 雪球っていうか氷だろそれ! 軽く固めるだけでいいんだって! そんなの投げたらぶつかった相手が死ぬから!」

 季節は……多分冬。
 寒さが本格化してきたある日に降った雪はみっしりと積もり、吐く息を嫌でも白くさせていた。楽しみのみを、と言った通りに都全体で雪合戦を始めてみたりしたが、最初は嫌がっていた人も最初から張り切っていた工夫たちも、今では随分と必死だった。

「うおお強ぇえ! ていうかてんで当たらねぇ! お、おいおめぇら! 興覇さまがすげぇぞ! どうすりゃああんな動きが出来るんだ!」
「んなぁああっ!? あんなの俺だったら避けきれねぇで雪だるまになってるぞ!?」
「思春!? 思春さん!? ちょっ……避けすぎ! どれだけ身体能力高いのさ!」
「そういう戦いだろう。避けずにいてどうする」
「いや……そうなんだけどさ……。なんかもういろいろ規格外だなぁ……」

 合戦と聞くや、落ち着いていられないのは武人の血が故なのか。
 大人げないと言ったらアレだけど、華雄と思春はそれはもう結構な勢いで民たちと戦っていた。もちろん、俺は思春と向かい合って雪球を作っては投げているんだが……うん、当たらん。見事に当たらん。

「はっ! だぁっ! せいぃっ……───っだぁあーーーっ!! 当たらねぇえ!!」
「そういう貴様こそしっかりと避けているだろう……!」
「もう意地だろこういう状況じゃ! 避けるだけなら俺だって得意《ドボォ!!》オブゥウウッフェェエッ!!? ごっは! げほぉっ……!? あっ……か、華雄ぅうううっ!! それ投げるなって言ったろぉおおっ!!?」
「い、いやっ……! これでも随分と軽く握ってだなっ……!」
「脇腹陥没したまま戻らなくなるかと思うほど痛かったんですが!?」

 楽しみながらの都作りはもちろんしていたものの、作る以外の楽しみが無いと息抜きにはならない。そんな考えから始める様々な遊びは、民たちを笑顔にさせた。
 最初は張り切っていた美羽があっという間に雪だるまになる様を見た七乃が、目を輝かせながら「あれだけ大見得を切っておいてあっさりやられるなんて、さっすがお嬢様っ」とか言ったりして。それを見て笑うみんなと、訳も解らずとりあえず褒められたと思って、雪を散らしながら胸を張る美羽に笑うみんな。
 日々は、忙しいながらも穏やかだった。
 そんな世界で笑える喜びは、やっぱり順応って言葉があってこそだろう。
 どこから手をつけたもんかと悩んでいた人が、悩むよりも行動することが多くなると、自然と周りも同じように行動に移る人が多くなる。
 もちろん俺も例に漏れず、定期的に会合のようなものをしては、みんなの意見を耳にしながら話を纏めて、よい都作りに励んでいた。
 あ、それこそもちろん、俺だけが都を作っていくわけじゃないんだから、意見を推してくる人にはそれなりの行動には出てもらっている。
 “それを実現させるならどれこれが必要だ”と言えば、張り切る人も居ればあっさり諦める人も居る。諦める人に声をかけて、やってやろうぜと笑う人だって居る。
 そういった“すること”が日に日に減っていくと、都の暮らしも大分落ち着きを見せ……気がつけば春が来る。

「お兄さーん! 宴が出来るいい場所があるんだけど、一緒に行こー!?」
「……場所についてはなんとなく想像出来るけど。あの、桃香サン? 急に訪ねてきて宴に誘うとか、いったい何事デスカ」
「あ、うん。最近は都もお兄さんも落ち着いてきたみたいだから、息抜きに誘ってみたらどうでしょうって、星ちゃんが」
「それ、ただ星が合法的に酒が飲める席が欲しかっただけじゃないよね?」
「………あうっ……!? そ、そそそんなことない……と、思う、よ?」
「だったらどうしてそこで盛大にどもりつつ、目を逸らすの」

 ある日に急に訪ねてきた桃香に桃園に誘われたり……というか、今じゃ幽州って魏方面じゃなかったか? ……などとも思ったが、まあ結局は各国に声を掛け合って騒ぐことに。
 その頃には一応“日本酒”も完成しており、霞が随分と燥いでいたのは記憶に新しい。

「っかぁーーーっ!! 喉にツンとくる! 味はなんやはっきりせぇへんけど、体の奥から熱ぅなるわ!」
「頼むから味わって飲んでくれなー……? あまり多くは作れなかったんだから」
「あぁもうそないケチくさいこと言いなやぁ。……ウチな? 一刀がきちんと約束守ってくれたんだけでもめっちゃ嬉しいねん。帰ってきてくれたし、羅馬にも行くゆーてくれたし、酒も作ってくれた。これが飲まずにおられるかいっ!」
「その言葉って、悔しい時にしか聞かないものだと思ってたよ……」

 付けた名前もすっかり忘れたので“北濁里(仮名)”と呼んだそれは、黄酒に慣れたみんなにとっては新しい味だったらしい。
 何気に結構アルコールも強いようで、祭さんや桔梗、紫苑や星は喜んで喉に通した。

「へえ……これが日本酒……。黄酒よりも、喉に通した時の熱が強いわね」
「……俺の知ってる黄酒はもっとアルコールが薄い筈なんだけどね」

 この世界の酒は少々おかしい気がする。
 この時代の酒はそんなにアルコールが強くない筈なのに、平気で喉が焼けるような強い酒が存在するのだから。
 しかしながら、そういうのは結構高価だったりするので、飲みたくても手が出せないのが普通。なら作るしかないってもので、出来た酒は無料で喉に刺激を与えてくれた。あ、もちろん材料費はかかっているが。
 俺の隣で日本酒をちびちびと飲み、ツマミを口にする華琳は結構上機嫌。
 ビールは飲めなかったものの、日本酒とそれによく合うツマミは食べられたのだから、それはそれでいいということらしい。自家製ビールの作り方っていうのもあった気がするが、それをするには材料や器具が足らないだろう。
 あったとしてもどの道ダメだろう。……作り方自体、覚えてないし。

「一番北郷一刀! 歌います!」

 桃園の中心で歌を歌う。
 こういうものはやった者勝ちというが、実際その通りだろう。
 マイクは無いので自分の喉の許す限りに歌い、喉が渇けば飲み物を───あれぇ!? 手が届くところに酒しかない!? ……や、まあ宴だしね!? 酒だな、うん、酒だ! なんかみんながニコニコ微笑みながら水を遠ざけていってる気がするけどきっと気の所為さ! ……気の所為だよね?
 で、がばがば飲んでは酔っ払うわけで。

「大体みんなは勝手すぎるんだっ! 俺は魏にいろいろ捧げたって言ったのに、三国の父とかなんとか……! そりゃみんな魅力的だよ!? 綺麗だし可愛いし、嬉しいと思わないわけがないさ! それでもなー! 俺は……俺は華琳が好きなんだー!」
「おー! よく言ったぞほんごー! ……うっく。ほらしゅ〜ら〜ん、お前も飲めー!」
「い、いや、姉者……それくらいでやめにしたらどうだ……?」
「なにをゆーんらー! こういう時こそらなぁ、腹を割ってはなひあいをらなぁ〜……ほれほんごー、言え! 言ってやるんらー!」
「おー! 言ってやるともー! 華琳ー! 好きだー! 天に帰ってから、忘れた日なんて一度もなかったぞー!」
「……はぁ。酒の席で酔うなとは言わないけれどね、一刀。何かを言葉にするのなら、酒の勢いではなく───」
「華琳ー! 好きだー!」
「華琳さまー! この身全てを捧げても悔いの無いほど愛しておりますー!」
「むっ!? だったら俺はこれからの未来の全部を捧げてもいいくらいにだなー!」
「なにをー!? らったらわらひは死してなおだなー!」
「そんなの俺だってそうだ!」
「むぅううーーーっ! やるかぁ北郷!」
「やらいでかぁっ!! 俺の方が───」
「わらひの方が───」
『華琳(様)のことを愛しているぅううっ!!!』

 そうして始まる取っ組み合い───ではなく、酒飲み勝負。
 相当恥ずかしいことを叫んだにも係わらず、その時の俺は周囲など気にせず飲んだ……らしい。うん、この時のことはあとで七乃にからかうように教えられた。結局俺は飲みすぎで春蘭とともにゴドシャアと大地に倒れ、痙攣したのちにオチたそうだ。
 目が覚めた先にあったのは真っ暗な景色。
 今日は月も隠れてしまっているようで、虫の鳴く音を耳にしながら起き上が───れなかった。

「うぅえっ……気持ち悪いぃ……」

 頭痛はしない……のだが、妙に頭が重かった。
 いや、頭だけじゃなくて体が重い。
 つか、起き上がれない? 何故?

「………」

 様々な人が人を枕にして寝ていらっしゃいました。
 動こうにもこれじゃあ動けない。
 観念して二度寝でも……と思ったのだが、眠気は既に無かった。

「おぉーいぃい……暖かくなったとはいえ、こんな場所で寝てたら風邪を………………引く様子が想像出来ないんだよなぁ」

 愛紗くらいじゃなかろうか、俺の前で病気になってみせたのって。
 その愛紗も桃香と並んで眠っているようだ。
 誰か起きている人は居ないかと見渡してみるが……見張りの兵以外は全員撃沈しているようだった。

(北濁里が効いたんだろうか…………だったらちょっと嬉しいかも)

 各国のお偉いさんが無防備に寝ている。
 クーデターとか言うのもアレだが、そういうのを狙っている人が見たらチャンスすぎて笑えない。もし見張りの中にそういう人が混ざってたらどうするんだーって言ってみたくもあるものの……

「───……《───……ィィィ……ン……》」

 重い頭の中では、既に意識を集中させていた。
 殺気を以って近付く者あらば、全力で抗う自分は既に自分の中で完成している。
 酔っ払いがどこまで出来るかは、まあその時だ。

「……はぁ」

 とりあえず一人ずつ頭をどかして、その場から立ち上がる。
 草の上に敷いて座っていたレジャーシート……ではなく敷物に寝転がっていたようで、立ち上がってみれば少し妙な感覚。草の上に敷いた茣蓙の上に靴下で立ったときのような……って、そのまんまか。なんかくすぐったい。

「………」

 重い頭を軽く振ってから歩く。
 もちろん眠っているみんなを踏まないように慎重に。
 そうして見張りの一人に声をかけると、酔い覚まし代わりに話を始めた。

「お疲れ様です」
「ただ飲んで騒いでただけだって。そっちこそ、見張りありがとうな」

 残り物で悪いけど、と差し出したのは軽くつまめるもの。
 交代で見張りをしている何人かがそれを口にして、苦笑を漏らす。「仕事ですから」と。

「まあ、割り切れるってのはいいことだよな」
「はい」

 さすがに仕事中に酒はまずいので、やはり食べるだけ。
 水はあるから、それでささやかな乾杯をした。

「───」

 月の無い空を見上げる。
 吐く息はもう白くはなく、ゆっくりと温かくなっているのだなと実感が持てた。
 視線を下ろせば、食事を摘んで楽しむ兵たち。
 しかしまあ、食べながらでもちらちらと辺りには警戒しているようで、実に仕事熱心だ。
 俺は……そんな兵たちを見て笑う。
 普通に頼もしいって思えたんだから仕方ない。
 安心がなければ、案外笑うことって難しいのだ。

「そういえば……隊長が戻ってきてから、結構経ちましたね」
「ああそうそう、そういえば宴の夜に戻ってきたんだったよな、隊長」
「天というのはどんな場所なんで?」

 それから他愛無い話をする。
 天についてを少し大袈裟に、けれど解り易く説明したり、そこには俺より偉い人なんてごまんと居ることを教えたり。
 兵らはそれを聞いて驚いたり頷いたり。
 そんな気が緩むような時間を過ごしながら、日々に流されていった。
 新しい発見ばかりの毎日を、笑みで過ごしながら。


───……。


 ───……季節は夏。

「いいか? 患者を診る時は傷よりもまず、氣の流れを見るんだ」
「氣の流れか……」

 太陽が照りつける、良い天気の昼の都。
 三国どちらへもすぐに向かえるということで、都に住居を構えた華佗に医術を習う。
 もう一度訊いてみたものの、結局俺の体はちっとも成長していないとのことで、やっぱり俺はこのままなんだろうなって意識を強めたある日から、俺は華佗にいつか話したように、医術を習うことにした。
 もちろん五斗米道は一子相伝らしいから、教えるのなら心の底から熱く学べと言われ……そんな言葉とは別に、“体が成長しないなら、お前に託せば安心だ”とも言っていた。
 そんなこんなで学ぶ医術は…………一言で言うと熱かった。

「違う! そこは相手を労りつつも熱い心で包んでやるんだ!」
「えあっ!? あ、熱い心でか!?」
「そうだ! もっと熱くだ! “弱気”などは“熱気”で吹き飛ばす! 病は気から! ならばまずは氣を見て気配をさぐる! 弱気と見れば必察必治癒!! 元ッ気にィイイ……! なぁあああれぇえええええっ!!!」

 そうして医術を学ぶ中、各国との交流もこなし、新しく始めたものが波に乗り、それが安定してくると……ようやく肩の荷が少しずつ下りてゆく。
 それでも続けていることは続けている。
 机に噛り付かない日はないし、暇があれば美羽と一緒に歌と二胡の練習もすれば、思春と一緒に警邏もする。

「おぉおおおおおおおっ!!!」
「はぁあああああああっ!!!」

 三日毎の鍛錬も相変わらずだ。
 成長した氣を以って、全力で華雄とぶつかる。
 ほんの少しずつだけど押せてる時があるんじゃないかと思える瞬間が……出てきた気がする。だから余計に頑張り、頑張りすぎた結果が大敗。
 調子に乗るとどうにもペースとか自分の氣の扱いを忘れがちで、氣で体を動かすことを忘れ、体で動こうとして失敗する、なんてことをもう何度やって何度負けたことか。

「んんっ───がぁああああああっ!!!」
「《ゴギィンッ!!》うぬっ!?」

 しかし“相変わらず”からいい加減脱したいと思う気持ちは、相変わらずからをとっくに飛び越えている。
 歯を食いしばって前へと出て、“負けてもいいから頑張る”って姿勢を“勝つために頑張る”に変えながら、鍛錬を続けている。“ああ、これは負けるな”って思う瞬間でも最後まで諦めず、氣を充実させては相手の撃を弾いていた。

「っ……今日はやけに粘るではないか!」
「今日は、じゃなくていつもだ! いつだって勝ちたいって思ってるんだから───!」

 木刀と斧との衝突音とは思えない、金属が弾けるような音はいつまでも続く。
 腕が痺れても氣で繋ぎ合わせ、骨が軋んでも歯を食い縛り、今日という今日は越えるのだと気合を籠めて向かう───そんなことをもう何度繰り返しただろう。
 俺が華雄の癖を見切り始めているように、華雄も俺の癖なんて熟知していることだろう。
 それでも退くことをするくらいならば、見切られていようと向かうことを諦めず、ただただ一撃一撃を連ね、己を高めてゆくことを願った。
 そしてついに───その想いは届くことになる。

「ッ───すぅううきっ───ありぃいいいっ!!!」
「! くあっ《ギャリィインッ───!!》───はっ!?」

 氣が続く限りどころか、消耗しても錬氣し続け、打ち合い続けた結果。
 とうとう華雄の手から金剛爆斧が弾かれ、次の瞬間には俺の木刀が華雄の喉へと突きつけられていた。

「っ……はっ……はぁっ! はぁっ! はっ……ん、んぐっ……! はぁっ……!」
「…………」

 息が荒れる。
 手は完全に痺れ、感覚なんて残っていない。
 華雄もきっとそうだからこそ武器を手放すなんてことをしてしまったのだろう。
 手が痺れてからは意地と意地のぶつかり合いだ。
 そこには技術よりも根性こそがあって、今回は一歩だけ俺が先にいけた……それだけのことだった。
 氣を使い続ける華雄と、錬氣と行使を同時に使えるようになった俺との、ほんの僅かな差が決め手になった。……とはいえ、次もこう上手くいくとは限らなすぎるわけで。
 実際、勝った筈の俺のほうが、負けた華雄よりもぜぇぜぇと息が荒い。
 錬氣、行使、集中、先読み、頭を使うものやら体を使うものやら、いっぺんに様々をやりすぎた所為で頭が痛いし体も痛い。

「……負け、だな。私の」
「……………」

 だから、俺としてはその言葉を聞けただけでも満足だった。
 暑い夏の日───俺は照りつける太陽の下、華雄のその言葉を聞いた途端、ぼてりと大地に倒れた。うん、原因は太陽の熱と、動きすぎによる発熱と、錬氣の連続による疲労などによるものらしかった。

……。

 ふと目が覚める。
 どうやら大きな樹の幹の下に寝転がらされていたようで、視界には木漏れ日眩しい青空。
 少し気だるい体を起こしてみれば、隣に座っていたらしい華雄がそれに気づき、無理矢理もう一度寝かせた。そう、無理矢理。いっそドゴォと効果音が鳴りそうなくらい、幹に頭をぶつけた。
 悶絶する俺に彼女はこげなこと仰った。「急に起きあがるから苦しむことになる」と。
 ……どうやら立ち眩みみたいなのを起こしたと思ってらっしゃるらしい。

「ぢぢぢ……!! か、華雄……!?」

 なんとか振り絞る声に、華雄はどこか疲れたような声で「応」とだけ返す。
 それからは沈黙。
 俺には視線を向けず、どこか遠くを見ているような様相のまま、しばらくの無言。
 ややあってこちらをちらりと見た華雄は…………何かを諦めたような溜め息を吐いて、

「約束だからな。今この時を以って、私はお前の女となろう」

 ……なんてことを言ってみせた。
 約束だから仕方ない、という表情───ってそれ以前にちょっと待ちなさい。
 約束……約束って、いや、あの、エ?
 もしかしてあれって本気で……!? いやちょっと待て北郷一刀! ここで普通に訊ねるのは地雷だ! そんなことはもう経験しまくってるじゃないか!
 自分が負ければどーのこーのは確かに話したことだし、華雄にとってもそうならないためにも戦っていた意地のようなものだってあった筈だ。
 それを今さら撤回するとなると………………ア、ヤ、ハハ? なんか首がスースーする。
 なので思考を回転させて……えぇっと……!

「か、華雄? 華雄はそれでいい、のか?」
「フッ……二言は無い。思えば戦も終わり、力をつける意味も薄れてきたこの空の下。武を振るう以外の何かを掴む、いい機会かもしれん。霞の言うような“好きになる”という理屈はよく解らん。だが、必死に私を越えようとするお前の目は、嫌いではなかった」

 思わず“え? そうなの?”と聞き返しそうになるのをなんとか堪えた。
 その間にも華雄は顎に手を当て、ニヤリと笑ってどんどんと自分の結論を語るわけで。

「…………いいだろう。元々私は既に行き場の無くなった将でもない存在だ。これからはお前に尽くし、この都のために武───ではなくて、武……い、いや、武………………」

 ……あ。なんか頭を抱え出した。
 そして真顔で、「……私に武以外の何を振るえというのだ?」と訊いてきた……。
 いや華雄さん? それをこれから手にするために頑張るんじゃなかったの?
 そんなことを思いつつ、まあ華雄らしいかなと思えば勝手に口は空気を噴き出し、きょとんとする華雄を前に笑った。

「あっはははは……そ、それをこれから探すんだろ? 今言ったばっかりじゃないか」
「むっ……いや、そうだが。ではまず何をすればいい」
「え? えーっと………………料理でも、してみる?」

 まだ少し頭がくらくらする、とある夏の日。
 華雄は、複雑そうな顔で、けれどしっかりと頷き……差し出した俺の手を握った。
 これからもよろしくって意思を交換しながら。




ネタ曝しです。  *ウォオオーーオォオーーーッ!!  ガーディアンヒーローズより、不死英雄戦士のジェノサイドクラッシュ。  光を集めて一気に爆発。あの雄たけびが大好きです。  *エターナルネギフィーバー  魔法先生ネギまより、ジャック・ラカンさんの謎奥義。  体から光線を放つ。気合があればなんでも出来る。  *霊体撃滅波  GS美神〜極楽大作戦より、小笠原エミの技。  タイガー……影薄かったなぁ。  *さらばだ、ブルマ、トランクス、そしてカカロットよ……   ボディィイチェェエエーーーーーンジ!!  ドラゴンボールより、上がベジータで下がギニュー。  ゲームではファイナルエクスプロージョンって名前がつけられていた。  *つるはしよりマトック  聖剣伝説。つるはしじゃなくてマトックだった。  ちなみに凍傷はこのゲームのお陰でつるはしって名前を覚えるのに苦労した。  あれ? マトックじゃないの? と。  ピッケルとの違いもよく解らない。  ためてためて、こらえてこらえて、一気に放つ!も、聖剣伝説より。  説明書かなんかの漫画であったものですね。  *なにその水晶みたいな雪球!  ハイスクール奇面組より……たしかハイスクールでよかったはず。  豪くんが握った雪球が凶器と化した瞬間。  誤字がごろごろあった89話をお送りします、凍傷です。  さよなら年末年始。もう一月が終わりそうですね。  12月と1月は嫌いな月です。忙しさ的に。  なにはともあれ、これで少しは時間が手に入るさ。  そして予告通り時間は飛び飛びです。  冒頭の“───/───”はあまり深く考えずにどうぞ。  ではまた次回で。 Next Top Back