145/生きろ……強く生きろ

【燥ぐあなたのこころうち】

 シャッ……ビィイイイ……バヂンッ!

「あっ……!」
「っへへー、また俺の勝ち〜♪」

 都の一角でベーゴマが回り、弾かれる。
 勝って喜んでいるのは北郷一刀少年であり、負けた少女は……金色の髪をそのままおろし、飾りつけも特にはしていない華琳だった。
 例のツインドリルが無いだけで随分と印象が変わり、さらには髑髏飾りも無ければ服も庶人服に似た作りのもの。
 パッと見れば、彼女があの曹孟徳だと思う者などほぼ居ないだろう。

「……難しいものね。ただ回転させればいいというわけではないと……そういうこと?」
「それだったら華雄お姉が勝っちゃうよ。お姉、ほんと全力で投げるから結構怖いんだ」

 「前にやった時なんて、台の布が破けたんだぜー?」と困った顔で言う。
 なるほど、こんなもので布を破くとは相当だ。

「けれど、思ったほど楽しくはないものね。遊べと言われて遊ぶとしても、早々切り替えられないわよ」
「それはジョルジュに楽しむ気がないからだろ? 遊びってのはもっとさ、格好つける〜とかそういうのを忘れてするもんだってじーちゃんが言ってたぞ? 遊ぶ時は馬鹿になるくらいが丁度いいんだ〜って」
「それは……なんというか曹孟徳としての自分が許さないわ」
「ほら。そーゆーこと考えるからダメなんだって。自分が許さないなら自分が許せばいいじゃんか。別に怖い誰かに言われてるから遊べないわけじゃないんだろー? 自分のことなのに自分で許せないって、馬鹿みたいじゃん。自分なんだから許しちゃえばいいんだって」
「………」

 なるほど、言い得て妙だ。状況にも寄るだろうが、自分でしか許せないことを許せるわけがないと言い続けるのはどうにもおかしい。
 ならば、いいのだろうか。遊んでしまっても、いいんだろうか。

「それにさ、一方がしかめっ面で遊んでると……あ、違うな。ジョルジュ遊んでないや。なんか仕事してるって顔だ。遊びは仕事でやるんじゃなくて、心からするもんだって。本能で遊ぶんだ! えーっと、もっとこうさっ、恥ずかしいと思うことを一度やると結構吹っ切れるぜ!?」
「あなたは私になにをさせたいのよ……」
「楽しんでほしいんだって。じゃなきゃ一緒の俺も楽しくないし」
「……随分とハッキリと本音を言うわね」
「んん? ヘンかな。だって、楽しいほうが楽しいじゃんか。それこそ当然のことだろ? ジョルジュが楽しめば俺だって楽しいんだ〜って、そう言ってるんだけど」
「………」
「?」

 小さく、「あ、そ、そう……そういう、こと……」とごにょごにょと俯き呟く孟徳様。
 顔は真っ赤なのだが、子供相手に赤面させられるたと知られるのは恥だ。
 ……だが、そんな恥を素直に見せるのも楽しむ一面だと、ようするにそう言いたいのだ、目の前のお子様は。
 そんなふうに俯いていた少女の手が、仕方ないやつだなぁと呟いた少年に掴まれ、引かれる。
 急に引っ張られてつんのめるが、そこはすぐに体勢を立て直して走る。
 相手が既に走っているのだから仕方ない。

「ちょ、ちょっと、一刀っ?」
「あーもーうだうだ言うなっ! 俺が“楽しい”を教えてやるから、黙ってついてこいっ」
「え、あ…………───は、はい」

 きょとんとしてポカンとして、なにやら急に男らしいことを言われ、反射的に「はい」と言ってしまった。少し走ったあとでソレに気づいて真っ赤になってしまったのだが、口にすれば恥ずかしい思いをした上に認めるということだから、そこはなんとか堪えてみせた。

……。

 さて。それからどうなったかといえば。

「やぁああっほぉおおおおーーーーーーーっ!!!」
「や、や……やほー……」
「違うってばジョルジュ! なにやってんだよジョルジュ! ああもうほんとジュルジュはジョルジュだなぁこのジョルジュ!」
「ちょっと待ちなさい! どうしてじょるじゅって呼び方が罵倒文句のようになっているのよ!」
「いいから叫ぶんだって! 叫ぶのは頭がすっきりするんだぜー? なにせ誰かを怒ってする叫びと、ただ楽しむためだけに出す叫びってのは全然違うからなっ! 人は何故叫ぶのかっ、それは腹に溜まったなにかを吐き出すためだー!」
「……と、祖父が言っていたのね?」
「いや、これはとーちゃん。それよりもほらほらっ、叫べってジョルジュ」
「だからっ……ジョルジュじゃないって言ってるでしょう!?」
「俺にじゃなくて景色に向けて叫ぶんだって! やあぁああっほーーーーーーっ!!!」
「…………どうしても“やっほー”じゃなければだめなのかしら……」
「だってジョルジュ頭固いんだもん。当然のことは当然〜とか言うなら、ここはやっほーしかないじゃんか」
「こんな子供にまで頭が固いって………………はぁ。ええ、いいわよ。やってやろうじゃない。丁度鬱憤が溜まってきたところよ」
「おおっ、やっとやる気が出たかっ、じゃあいくぞっ、やっほぉおおーーーーーっ!!!」
「一刀のばぁあああああああかっ!!!」
「なっ! なんだとー!? 馬鹿って言ったやつが馬鹿だっ!」
「あら。私はただ景色に言葉を投げただけよ? 誰もあなたのことだなんて言ってないわ」
「ぐくっ……だったら俺も! ジョルジュのばああーーーーかっ!」
「ええ。じょるじゅとやらは馬鹿なのでしょうね。私はじょるじゅじゃないから知らないけれど」
「ジョルジュのぐるぐるドリルー! ジョルジュの髑髏! やーいジョルジュ! このジョルジュ! ジョルジュのばーかばーか!!」
「……《ぴくっ、ピググッ……!》……何故かしらね。自分のことではないと思おうと努めても腹が立つわ……! っ───一刀の鈍感! 馬鹿! 種馬!!」
「な、なんだとー!? 馬鹿のほうが面白おかしく生きれるんだぞー!? あと俺馬じゃねーもん! ジョルジュなんて髑髏でドリルのくせに! あ、これただ景色に言ってるだけだかんな!」
「ええそうでしょうね! 大体一刀はそもそもふらふらとしすぎなのよ! 鈍感なくせにあっち行ったりこっち行ったり! そうであれと言ったけれど、ふらふらするなと言いたいわね! これも景色に言っているだけだけれど! 一刀のばぁああああか!!!」
「だったらわざわざ一刀って言うなばーーーか!!」
「人のことを言えた義理!?」
「ジョルジュじゃないんだったらいーじゃんか!」
「……………」
「……………」
「一刀のばーーーか!!」
「曹操のばーーーか!!」
「なっ……! い、言ったわね? この曹孟徳に向けて、馬鹿と……!」
「そっちだって散々言ったろー!? 王とか覇王以前にジョルジュに言ったんだ! 文句あっかー!」
「だからじょるじゅと呼ぶのはやめなさいっ!!」
「…………曹操?」
「自信たっぷりに罵倒しておいて、よくもまあそこで小首を傾げられるわね……!」
「すげぇだろ《どーーーん!》」
「……はぁ。いいわ、見逃しましょう。子供相手に目くじらを立てていても仕方ないし……それに、確かに声を発するというのは悪くないわ」
「だから、ヘンに頭がいいみたいな喋り方するよりもさ、叫ぶのサイコー! とかそういうのでいいんだって。疲れるだろ、そういう喋り方」
「あなたにとってはそうだとしても、私にとってはこれが普通なのよ」

 山へ行き、腹の底から叫んでみたり、

「あああああああああああああっ!! んんんんんんんんんんんんっ!! うおおおおおおおおーーーーーーーーっ!!!」
「それで……何故、川に来てまで叫んでいるのかしら?」
「川はすげーんだぞ! なんかマイナスジオンとかそーゆーのが出るんだって! あれ? それって滝だったっけ? あ、ジオンじゃなくてイオンだったっけ? なんか体にいいらしいぜー!? でな、曹操に足りないのはとにかくヤケみたくなることだと思うんだ。だって硬いままなんだもん。璃々はすぐに叫んだぞー?」
「あなた、これを璃々にまでやらせたというの……?」
「おうっ! 笑ってたぞっ!」
「……子供ってすごいわね」

 川に下りてまで叫んでみたり、

「曹操曹操! こっちこっち! ヘンな虫が居るぞ!」
「で、何故虫取りになっているのかしら……」
「あーもういちいちそーゆーこと言うなってば! 考えてる暇があるなら楽しむ! それが遊びの醍醐味だー! そんなわけでカブトムシっぽい虫みっけたー!」
「ひぃっ!? やっ、ちょっ……! 今すぐ逃がしなさい!」
「え? なんでさ」
「いいからっ! ていうか近づいてくるんじゃないっ!」
「…………はは〜ん? お前、散々偉そうなこと言っといて虫が苦手なんだろー」
「ぃっ……ち、違う、わよ? なな、なにを言っているのかしら。気持ち悪いものを気持ち悪いと言っているだけで《ぴとり》ひぎゃーーーーーーーっ!!? やっ、ひっ、いやーーーっ!!? 取りなさいっ! 取っ……取ってぇえええーーーっ!!」
「おぉおっ!? おちっ、落ち着け曹操! 覇王がそんなことじゃだめだろ! 覇王格好いい! 覇王凛々しい!」
「虫をつけたあなたにだけは言われたくないわよ!!」
「ご、ごめんなさい」

 森に入って虫取りをしたり、

「曹操曹操〜! ヘンな果物見つけた! つーかこれ果物か?」
「渋い食べ物だから、そのまま食べるのには向いていないわよ。というか、採っていい時季でもないわね」
「そっかそっか……面白そうなものがあったら、曹操に食べてもらおうと思ってたのに」
「いい度胸しているわね、本当に。ええ、本当に……あなたが戻った時が楽しみね」
「? なにがだ?」

 そのまま森で果実を探してみたり。
 ともかく時間の許す限りを体一つで遊びに費やし、陽が暮れる頃には華琳も随分と疲れていた。
 そうなると自然と歩みも屋敷へと向かい、現在は一刀の自室。

「……ふぅ。何もしないで一日中遊ぶなんて、随分と久しぶりだわ」
「退屈な人生歩んできてんだなぁ……」
「退屈などする暇がなかったわよ。やらなければならないことが、それこそ山ほどあったのだから」
「退屈しないのと楽しいのとじゃあ意味が違うだろ。宿題やってて遊ぶ暇がないから退屈しないのと、腹の底から笑ってて他のことに意識を向ける暇が無いのとじゃ、ほら、違うだろ?」
「……明らかに後者のほうが堕落している感があるわね」
「むー……なんで“宿題よりも楽しむことを優先”ってのを堕落って決め付けるかなぁ。じゃあ勉強は先に片付けるか後に回すかにして、新しい楽しみ方を探しているって考えればいいじゃんか。そりゃ、勉強が楽しいってヤツは居るだろうけどさ。楽しみ方ってぜってーひとつじゃないと思うぜ? 俺は」

 戻ってくるなり、今日あったことやこれからのことを話し合う二人。
 一刀は遊びの素晴らしさを、華琳はしなければならないことの重要性を語り、それぞれの譲れない部分を互いにぶつけ合って───

「……あのさ。戻って早々に楽しげに話してるとこ悪いんだけどさー。少しは私のことも気にしようとか思わないの?」

 そんな中、書類の山を前にした元呉王様が一言、そんなことを仰った。

「あら居たの。あんまり動かないものだから、書類の一部かと思っていたわ」
「居たわよー! ていうかなに!? あなたたちいっつもこんな量を処理してたの!? なんなのよこの量! 私が遊びに来ると、いっつもちょこんとした程度しかなかったじゃないのー!」
「当然よ。客が来るというのに無様にもがく姿を見せると思う? というよりも、雪蓮? この程度の量を捌けもしないで、よくもまあ本気を出した私は───などと言えたものね」
「ゔっ……や、だって、……あの量が普通なのかなーって。そしたらどんどんと詰まれていくし、手伝ってもらおうかなーって思ったら思春も華雄もそういうことには向いてなかったし、七乃は別件で仕事があるーっていうし」
「はぁ。つくづく冥琳の有能さが理解できるわね。いいわ、一刀、手伝いなさい。雪蓮もあれだけ大見得を切って見せたのだから、ここでの仕事の仕方くらい学んでもらうわよ。……勘に任せた落款落としなんてされたらたまったものではないもの」
「うぐっ……じゅ、重要な仕事を人に任せるから悪いんじゃない〜……」
「自分で言ったことの責任くらいは持ちなさい。無用心にも都の仕事を任せたということは、それだけ信頼していたということなのだから。……というか、これだけの仕事も出来ずによくも王として……」
「う、うぅうううるさいわねーっ! いつもは冥琳が纏めてくれてあったし、落款するだけの簡単な作業だったんだから仕方ないでしょー!?」
「それでも任せ切りになる前にしたことくらいはあるでしょう! あなたは酒の飲み方と民との接し方と戦の仕方しか学んでこなかったとでも言うつもり!?」
「うん《こくり》」
「………」
「………」
「………」

 三人の間に、とても静かで……とても冷たい空気が流れました。
 そんな中で孟徳様は静かに、ゆ〜〜〜っくりと表情を笑みへと変えてゆき、伯符様は静かにじわりじわりと笑顔に汗を増やしてゆき、御遣い様は静かに合掌し、目を伏せるのでした。

「あなたはぁああ……っ───王というものをなんだと思っている!!」
「なんかさすがにごめんないっ!!?」

 のちに落雷。
 発声練習(のようなもの)をしたこともあり、その怒声は部屋に置かれたものをミシリと鳴らすほどのもので、さすがの麒麟児も竦み上がるほどだった。
 それから続く正論尽くしの言葉責めに対し、しかし彼女は次々と逃げ道を作ってゆく。
 冥琳相手に幾度と無く説教地獄から逃げ出した技能が、ここで無駄に生かされてい───

「真面目に聞きなさい《ジャキリ》」
「ひぃっ!? ちょ、どっ……!? えぇっ!? ちょちょちょっ……どどど何処から出したのよその鎌ーーーっ!!」

 ───く前に、ひどく冷たい声調でその言葉は放たれた。
 何処から出てきたのかも疑問でしかない絶が、慌てる雪蓮の首にヒタリと突きつけられると、さすがの彼女も悲鳴をあげた。というより、目の前の小覇王(仮)からは既に殺気しか感じないために、素直に頷いておかなければスパリと自分の首が飛びそうだった。
 なるほど、こんな付き合いをしていれば、噂の御遣いも華琳を裏切ろうだなどと思わなくなるわけだ。

「わかった、解ったわよー! なにもそんな、本気で怒ることないでしょー!?」
「本気で怒らせるような飄々とした態度を取るあなたが悪いのよ! いいからさっさと仕事なさい!!」
「え? や、あのー……手伝ってくれる……のよね?」
「気が変わったわ。真面目にするつもりの無い人を手伝っても、のらりくらりと仕事を押し付けられるだけだもの。どうせ、冥琳相手でもそうしていたのでしょうけれど……生憎だったわね、私は彼女ほどあなたに甘くないわよ」
「あ、あー……あの。か、一刀? かずと〜? 一刀は手伝ってくれるわよねー?」
「遊ぶ時は遊ぶ。やることはやる。勉強やらなきゃ周りがうるさいなら、勉強やってから遊べばいーんだって」
「一刀ーーーっ!!?《がーーーん!》」

 北郷一刀。技能:広く浅く。実はやろうと思えば案外なんでもこなす器用人。けれど極めようという気がないためにどれも中途半端な人間。調子に乗りやすいのが難点。
 そんな彼だが、この場で華琳や思春や七乃や華雄に様々を叩き込まれ、少しずつ変わってきていた。

「だってさ、そうすりゃ誰も文句言わねーじゃんっ! 胸張って遊べるのって最高じゃん! それにここだとガッコーからの宿題は無いし、なんだかんだで説教ばっかな親も居ないし…………───い、いいことづくめさっ! …………あ、いや……ごめん、さびしい」

 元気に言葉を紡いで、言った先で後悔した。
 何日も家族の顔を見ていないと不安にはなるようで、目新しさで抑えていた感情が今更不安となって押し寄せた。それを隠そうと思ってもないことを口にしてしまうと、素直に生きるという感情がそれを許さず、気づけば謝っている。
 だからこそ、彼は改めて訊いた。空気的に、そんなことを訊くべき場じゃあないことくらいは解っていたが、それでも。「なぁ、ここは何処なんだ」と。

「都だ、ってことは他のみんなにも聞いたし、璃々にも聞いたけどさ。知らない文字ばっかだし知ってるヤツも居ないし、えと、その……みんながいい奴だってのは解るよ。でもさ、俺ってもしかして、誘拐、されたんじゃないかなって」
「………」
「………」
「だ、だってヘンだろっ!? 目を開けたら知らない場所でっ、知らない文字に知らない常識にっ! 怖いから言われるままにいろいろやってきたけどさっ! ど、どう考えてもこれっ───!」

 続く言葉が出なかった。
 言ったら自分はどうなるのだろう、もしかしてひどい目に遭うのでは。
 必要だから攫われて、あからさまな逆らう意思がなかったから今まで無事だったのでは。
 子供というのは大人が思うよりも考えているものだ。そんなことを考えてしまえば、大人はもちろん、子供だろうと口を閉ざす。

「誘拐、ね。まあ、ある意味では誘拐よねー、これって。誰がやったのかなんて解らないしどうしてあなただったのかも解らない」
「ええそうね。けれどもね、一刀。少なくとも、この都にあなたの敵はいないわよ。あなたがどれだけのことをしようとも、そうそうには嫌われないだけの理由があるの。まあ、本当に笑い話にもならないことをすればどうなるかなど考えるまでもないけれど」
「嫌われない……理由……? えと、それって……利用価値とかか?」
「え? …………ぷっ───く、あははははははっ!!」
「え? え?」
「なによ華琳、急に笑い出したりして」

 利用価値。まさか、小さくなったこの男からもそれを言われるとはと、華琳は笑った。
 そもそもの自分達の付き合いのきっかけが利用価値だった。
 御遣いの名を利用するため、天の知識を利用するため、その方法は様々だった。
 確かに最初こそはそれを理由にしていたというのに、今では……。

「ふふっ、ふふふ……ええそうね。確かに利用価値があるからで間違っていないわ」
「えっ……お、俺をどうする気だ!? もしかして俺を…………俺、を…………えーと……どどどっどどどうする気だーーーーっ!!《どーーーん!》」
「あっはは、一刀ー? 何も思いつかなかったんなら、別に叫ばなくてもいいわよー?」
「想像したら怖かったんだからしょーがないだろっ!? ほっとけよぅ!!」

 子供は考えるもの。しかし、その知識量の範囲でしか考えられないのは誰もが一緒。
 子供の持つ知識量は浅いかもしれないが、不安になった子供が考えることというのは、いろいろな意味で深く重く、そして残酷なものだろう。
 叫ばなければ自分を落ち着かせられないと本能的に叫ぶのに、それはちっとも解決にはならずに、結局不安にしかならないことばかり。
 とても小さな子供が泣き出し、けれど途中で泣けなくなって叫ぶだけになることがある。関心を持ってほしい、心配してほしいのに、泣いていなければ心配してもらえなくて不安になるから泣いているように叫ぶ。これは、そんな時の子供の心境に似ているのだろう。
 もっとも、この場合の心境は心配を求めたのではなく───きっと、救いを。

「っ……でもっ、嫌わないからって大切にしないって理由にはならないだろっ!? みんなは俺がここに居ることをなんでか当たり前みたいにしてるけど、俺はわけ解らないんだよ! 一刀一刀って言ってるのにみんなちっとも俺を見てない! 立派になれって、様々が出来るようになれって言って、今の俺なんか見ようともしない! ……なぁっ! 今の俺ってそんなにだめか!? 道を歩けば御遣い様御遣い様って、みんなが“ぬしさま”のこと噂してる! 俺にそんな立派な、誰かに噂されるようなヤツになれって!?」
「なれ、じゃないわ。なるのよ。むしろ追い抜きなさい」
「───え……?」
「北郷一刀。ええ、天の御遣いは確かにあなたと同じ名前よ。能力的にも彼の方が今のあなたよりも何を比べても上。けれどそれがなに? あなた以上に生きているのだから当然じゃない。わけが解らないなら理解しなさい。自分を見てほしいのなら見られる努力をしなさい。比べられるのが嫌なら越えてしまえばいいのよ。そこへと到った前例があるのなら、そこへ到るための道があるのなら、そこへの過程を効率よく短時間で学び、余った時間で彼を越えてしまえばいい。知識や経験とはそうして、先駆者を越えてこそ積み重なっていくものよ」
「………」
「同じ名前? 周囲の噂? 結構じゃない。学ぶべきものがあるということは、どうすればそれを得られるかがもうそこにあるということよ。どうすればいいのかを手探りで探さなければいけないよりもよっぽど楽だわ。それともあなたはそこから何も学ばずに自分で学ぶ? あなたは箸の持ち方を誰にも教わらずに、自力で理解したとでも言うつもり?」
「あ……」

 既存の知識を学び、近道をするからこそ発展がある。
 産まれた子供が誰からも教わらずに一から自力で、など無理だろう。
 教科書があったから学べることがあった。それを教える場所があり、教える人が居たから学べた。
 “一人で生きていく”というのはそれらを受け入れないということであり、

「……漫画とかの主人公って……うそつきばっかじゃんか……!」

 人が居て、そこまで育てたから“言える言葉”が、“使える言葉”がある。
 少年はそんな漫画がある自分の故郷を思い、出てきた涙を乱暴に拭う。
 そして「帰るにはどうしたらいいんだ」と、涙の所為で少し震える声で訊いた。

「帰り方……んー、華琳は知ってる? えーっと、御遣いが消えた時ってどうだったの?」
「……消えるのよ。文字通り、その場から。考えてもみれば不思議なことよ。現れる時は空から流星のように。そして消える時はその場で」
「その場で、って……有り得るの? そんなこと」
「ついさっきまで後ろに居て話していた人が、突然消える。……実際に経験したのよ。あなたは私が、こんなことで嘘をつけると思うのかしら?」
「あ、や、べつに華琳自身をそう疑ってるわけじゃないわよ」

 言いつつも、彼女は華琳の目を見て気づかれない程度の溜め息を吐いた。
 (嘘を“つける”とでも……か)、と思いながら。

「消える……? 俺、消えるのか……?」
「ええ。消えれば、お望みの通り自分が居た場所へ戻れるそうよ。あなたの嫌いな“ぬしさま”もそうして消えて、しかも戻ってきたの。彼自身が言っていたから間違いないわ」
「えっ……あっ……じゃあっ、消えるにはどうしたらいいんだ!?」
「や、消えるってそんな嬉しそうに言うこと?」

 言い回しにおかしさを感じた雪蓮が苦笑する。
 そんな彼女を気にすることもなく、華琳は小さく笑って目を伏せながら言った。

「“あなたがここに居る理由”が終われば、きっと消えるわよ」
「俺が居る理由ってなんだ!?」
「そんなことは私が知りたいわよ」
「えぇええっ!? なんだよ! ジョルジュなら知ってると思ったのに! 偉そうだし!」
「ぶっ! 〜〜〜くっ、あはははははは!! 偉そう! そうね、華琳ってば無駄に偉そうよねぇ一刀っ! あはははははは!!」
「…………あなた。本当に私を怒らせるのが好きね……!」

 目を伏せたままに口角を持ち上げ、しかし眉毛が明らかに笑っていない感じにピグピグと引きつっている。
 見る人が見れば震え上がるような状況なのだが、そんな彼女を前にした二人は一方が笑い転げ、一方が真剣な顔で消える方法を考えているとくる。
 ……なんだか自分だけ真面目でいようとするのが馬鹿らしくなる状況だ。

「……そうね、一刀。少なくともあなたは“誰かの願い”によってこの場に居ると考えなさい。けれど、それが誰なのかは誰にも解らない。私もあなたも知らない誰かかもしれないし、知っている者かもしれない。それどころか、あなた自身かもしれない。願われた理由がどうあれ、それは相当に強い願いであることは間違いないわ。それが叶えられた時、きっとあなたは戻れる」
「ほ、ほんとかっ!?」
「ええ。ここで出会った全てを置き去りにして、ね」
「え───……」
「当然でしょう? 天に帰るということはそういうことよ。“ぬしさま”もそうだったんだもの、あなただけが違うとでも思う?」
「…………でも、またいつでも来れるんだろ? “ぬしさま”は戻ってきたって、さっき」
「いつでもなんて無理よ。そして、誰の願いのお陰でまた来れたのかも解らない。……それとね、一刀。いつでも来れるなんてこと、間違っても二度と口にしないで頂戴」
「え、え……? な、なんでだよ。また来たいって思ったらいけな───」
「御遣いが言っていたわ。自分が住んでいた場所は、とてもとても平和な場所だったと。そして一刀。その御遣いが居た場所は、あなたが居た場所と同じなの。……今が大分平和になったとはいえ、ここにはまだまだ危険があることを覚えておきなさい。軽々しく“いつでも”なんて口にして、もしそれが叶った上であなたが死んだら、あなたの家族はどうなるの? 子の死に目にも立ち会えない親のことを考えたことがある?」
「あ……う…………」

 華琳の言葉に、一刀は鍛錬の際に見た真剣や斧の鋭さを思い出した。
 どうせ斬れないものだろうと思い、触ろうとして……途中でその手を止めてしまうほどに鋭かったのだ。
 そしてなにより、それからは“決して消えない、嗅いだことのない怖い匂い”がした。
 血の匂いならば───子供だ、怪我のたびに嗅いだだろう。
 けれどそこからは“死が重なった血”の匂いがした。
 人の死さえ見たことのない少年が、その答えに辿り着くことはないが、つまりはそういうことが起こる世界なのだ。

「……じゃあ、俺にどうしろってんだよ」
「今まで通り楽しんでいればいいわ。不安を押し隠すための行動だったとしても、その全てが演技だったとは言わせないわよ? どう見ても純粋に楽しんでいなければ出来ない行動が多々あったもの」

 「この曹孟徳に向けて、馬鹿と叫ぶとかね」と続け、ニヤリと笑う。
 それを聞いた雪蓮が目を丸くして華琳と少年とを見比べるが、やがて視線が一刀だけに固定されると吹く出した。

「えっ!? なに一刀! 正面きって華琳に馬鹿って言ってみせたの!?」
「う……うん」
「…………っ、っ……っくっふっふっふっふ……! ぷふっ、あははははは! そ、それは確認するまでもなく演技でなんて言えないわ! どんな理由があっても言えるようなものじゃないものっ、あはははははは!!」
「え、え……?」
「雪蓮……あなた、ここ最近だけでどれだけ大笑いするつもり?」
「笑える時に笑っておかないのは人生を損する瞬間ってものでしょー? てゆーか、そういえば私に向けてもよく“馬鹿”って言ってたもんねー、一刀は」
「え……俺、言ったっけ、そんなこと」
「言ったわよー? そして、ここらでは王に対して馬鹿〜なんて言おうものなら罰が下るのが当然なの」
「…………それ、本気か?」
「ええ。そういう国よ」
「………」

 言葉だけで処罰される世界を知る。
 もちろん日本にもそういう場所はあり、親にだろうが上司だろうが、自分の身近なところから離れれば離れるほどに罰の度合いが重くなる。
 子供は素直に思ったことを言うが、それは正しくあるべきか間違いであるべきか。

「……じゃあ、その王様が間違ったことをしたときにも馬鹿って言っちゃいけないのか? 本当に馬鹿なことをした相手に馬鹿って言うのもダメなのか? ……それってなんかおかしくないか? 俺、見たことあるぞ? 偉いヤツに従ってるヤツは、従うだけが、えと、ちゅーぎってやつじゃないって。ちゅーぎがなんなのか知らないけどさ、それって大事なことなんじゃないのか?」
「とりあえず……頭ごなしに馬鹿と言うのは忠義じゃないわね」

 あなたの言っていることが間違っているわけでもないけれど。続けて言いながら、華琳は雪蓮を見て溜め息を吐いた。“なるほど、コレに馬鹿と言うなというのは中々に無茶だ”───そんな視線だった。

「それにね、言葉を選ぶことも大切でしょう? 馬鹿と思ったなら馬鹿と言っていいわけではないわ。主に注意を促すのであれば、まずは必要なことを言う。聞く耳を持たないのであれば、その時こそ馬鹿とでもなんとでも言いなさい。仕える者の言葉に耳を貸さずに好き勝手に振る舞う輩など、確かに馬鹿なのだから」
「あのー……ねぇ華琳? それを、どうして私の目をま〜〜っすぐに見ながら言うわけ?」
「あら。言葉が必要かしら? 冥琳の説教に耳を貸さず、酒に巻き込んで誤魔化す呉王様」
「《ぐさり》ふぐっ!?」

 二人が再び口喧嘩を始める。
 けれどそれは、一刀にしてみれば仲の良い二人のじゃれあいのようにしか見えない。
 ……自分には、そんな相手が居ないというのに。
 街の子供はそこまで出来るほど仲が良くない。
 璃々にしたって今はここには居ないし、言いたいことを言い合えば彼女はきっと泣いてしまい、そこには紫苑の怒りが下るだろう。
 だから少年は小さく、俯きながら言った。
 「なんでも言い合えて、許し合えるヤツはいいよな」と。

「んう? なんか言った? 一刀」
「……なんでもない。とにかく、俺は今すぐには消えられないんだよな?」
「そうね。……なにか目標でも見つかったのかしら?」
「見つかった。でも、教えない」

 投げられた質問にそれだけ答えると、視線を合わせることもせずに椅子に座り、机に向かう。押し出された雪蓮はぽかんとするが、そういえば喋るばかりで仕事をやっていなかったことを思い出す。
 慌てて「仕事ならやるからいいわよ」と彼女らしくもないことを言うが、一刀は書類整理をしているのではなく、文字を学ぼうとしていた。

「か、一刀ー……? ちょっとー……?」
「……ん、ごめん。必要なもの取ったらすぐ退くから」

 言いながら、一刀は山になっている書簡竹簡からいくつかの竹簡と一冊の書物を取ると、自分の寝台へと歩いて座る。それは、彼が文字を習うためにと華琳が渡したものだった。

「……なぁ、曹操」
「なにかしら」
「一人で出来ることって、なにがある?」
「少ないわ。とても。ええ、とてもね。この世界はね、一刀。手を取り合わなければ出来ないことに満ちているわ」
「………」
「あなたは一人で居ることを望むの? まだこの大陸のこともよく知らないまま、一人で居ることを」
「望まないよ、そんなもの」
「え───」

 いじけているように見えた姿で、彼は勉強をしようとしていた。
 だからこそ、いじけたままに他の全てをつっぱねるような子供のようなことをするのかと、勝手にそう判断していた。けれど口に出してみれば、少年は俯かせていた顔を上げて華琳の目を真っ直ぐに見て、そう言ってみせた。

「カッコつけの漫画の主人公とかカッコつけの暗い男なんてみんな嘘つきだ。人なんて一人じゃ生きていけないじゃないか。だから俺も、誰かの役に立てる自分になる。今すぐ帰れないなら、帰れる日まで頑張る。帰れる日が来て、仲良くなれたヤツが居たら、泣いてバイバイする。だから……馬鹿って言っても言われても、笑って許し合える友達作って、笑いながらここで生きてやるんだ……っ……!」

 子供は泣いていた。
 その事実に、華琳は“自分はいったいなにをしていたのか”と頭を痛めた。
 相手は子供だ。そんなことは解りきっていた筈だった。
 けれど最近は従順に、言われたことを次々とこなしていく姿に、“子供以上”の在り方を求めていた。それがどうだ。無理をさせて泣かせてしまい、泣いた瞳で自分を睨ませるなんてことまでさせてしまった。
 少年は確かに楽しんでいた。けれど、その隣に“彼の友達”は居たのだろうか。ただ元気に燥ぐだけで、叫んだり走り回ったりするだけの彼を理解出来る誰かは、居たのだろうか。

(……そういうこと。だから、いつになく叫んだり騒いだりをしていたのね)

 ここ数日間の少年の騒ぎ方の違和感の理由が、ようやく解った。
 ただ不安だっただけなのだ。
 元の北郷一刀のように、それなりな知識があるわけでもない。
 ただ急に子供になり、物珍しさだけで自分を誤魔化していた彼にとって、友達も居ない景色と勉強しろと言うだけの存在など、自分を閉じ込める檻でしかなかったのだ。
 ……けれど、そこからきちんと出ようとする努力をしたからこそ、友達を作ろうとしたからこそ、彼は自分を馬鹿と言ったり散々と連れ回して“楽しいこと”を共有しようとした。
 理解しきれない世界でも、子供なりに努力をしていたのだ。

「…………雪蓮、仕事はここでなくとも出来るでしょう? 出るわよ」
「え゙っ……あ、明日に回すとかはー……」
「これは既にあなたの仕事よ。終わるまでは寝てはだめ。決まっているでしょう?」
「ううっ……華琳のおにー!」
「いいからさっさと運びなさい」

 二人して書簡竹簡を抱え、歩き出す。
 雪蓮がぶちぶちと文句を言いながら部屋を出て、それを軽く見送ってから……華琳は俯いて勉強をしている一刀へと向き直る。

「一刀」
「………なに」
「…………ふふっ」
「?」

 目に映ったものは、拗ねた子供の姿だったに違いない。
 なのに声をかければきちんと反応する。
 耳を傾けなさいと言った言葉を、ちゃんと守ろうとしていた。
 それはきっと、自分に与えられる情報の少なさを必死でかき集めた結果なのだろう。
 華琳はそんな小さな律儀さに思わず笑い、その笑顔のままに溜め息を吐くと言った。

「あなたが思っているほど、この大陸はあなたにとって辛くあたらないわよ。無理にだろうと、笑える今を大切にしなさい。そして───」
「………」
「───覇王であるこの曹孟徳が、あなたが言った“馬鹿”という言葉を許したその意味を知りなさい」
「…………、……?」

 きょとんと、ぽかんとした顔を見て満足げに笑うと、華琳もやがて部屋を出る───と、すぐそこで聞き耳を立てていたらしい元呉王に蹴りをかまし、そのまま歩く。
 「許した意味ってなに?」と雪蓮に聞かれても、笑うだけで答えずに。
 そうして一人、部屋の椅子にぽつんと座る一刀は、言葉の意味を探した。

「許す意味……? 許すって……───あ」

 答えは見つかった。
 自分で言ったことだ。まさか聞こえていたとは思わなかったけど。
 
  なんでも言い合えて、許し合えるヤツはいいよな

 ……なんだ。自分は許してもらえていたじゃないか。
 王どころか、覇王に。
 ベーゴマやって、連れ回して、笑って、馬鹿って言い合って、許してもらえていた。
 自分だって曹操のことを怒ったりなどしていない。
 それってつまり、なんでも言い合えて許し合える仲ってわけで───

「……なんだよこれ。ずりぃ……かっこわりぃ……」

 格好のいい自分なんていらないと思って、何日が経っただろうか。
 それでも自分が格好悪いと感じて、彼は泣いた。
 泣くつもりはなかったのに、情けなくて泣いた。
 子供は考える。
 子供なりに頑張って考えて、自分なりの答えを出しても大体は苦笑される。
 きっと今の彼は、出した答えを笑われた状態だ。
 悔しくて情けなくて、それでも……だからこそ次はと気を引き締める。
 とりあえず今日、大切なヤツが出来た。
 胸を張って友達だって言えるようなヤツだと思う。
 そんなあいつに認められる、友達でいられる自分でありたいと思った。
 だから……頑張ろう。適度に遊んで適度に学んで、泣くのは出来れば今日だけにして、だから思いっきり泣いて、また明日。

「……んっ」

 ジョルジュなんてもう呼べない。
 だからきちんとこれからも曹操と呼ぼう。
 なんか“かりん”とか呼ばれてるけど、それは前に聞いた“まな”ってやつだ。
 親しくもないヤツが呼ぶと殺されるらしい。
 それを許されるくらいに仲良くなって、それから───………………それから…………

「? それから、なんだろ」

 最近の自分は少しおかしい。
 夢に、見たことのない景色がいやにリアルに出てくる。
 それは戦いで、誰かと誰かがたくさん居て、みんな殺し合っている。
 怖くて哀しくて誇らしくて、いろいろな感情が巻き起こる夢は、どうしてか……まるで、実際に自分が見たもののような───




【お目覚めの時間です】

 とある空の青い日。
 少年は一人の先生を前にチョークもどきを手に、小型黒板に文字を書いていた。

「……と。よし、ここまでだ。北郷、なにか質問はあるか?」
「はい、えーっと、周瑜先生、絵本の続きが見たいです」
「………」

 本日の授業……というか、先日も、その前も絵本での読み書き授業だった。
 文字が読めるようになると、絵本とはいえ馬鹿に出来ず、むしろ素直に生きようと決めた少年にとっては、誰かが書いた物語というのは知識の宝庫だった。
 考え方ひとつで視界が変わる“先が決まった物語”というのは、これで案外刺激になるようだ。

「その絵本はもう読めるようになったか」
「おー! これ面白いなっ! 前は絵本なんて〜とか思ってたけど、見てよかったー!」

 一刀が、冥琳が貸した絵本を手にヒャッホォーーゥィと甲高い声をあげる。
 その何冊かの本には冥琳が感想を聞こうと思っていたものも混ざっており、答えは“面白い”で占められた。
 見慣れない人にはいつもの周公瑾として立っているように見えるが、見る人が見れば、一刀が褒める度に彼女の綺麗な眉毛がぴくりぴくりと動き、口角が持ち上がりそうになるのを必死で耐えているのが解る。

「そうか。……すまないな、その続きはまだ出ていないんだ」
「えー? そうなのか〜……。ちぇー、こういうのってむず痒いよなー」

 口を尖らせて、少年がぶちぶちと文句をこぼす。
 しかしすぐに笑顔になると、他のことを教えてくれとねだった。

「ああ、それは構わないが……そんなに急いで学ぶことか?」
「やれることがあるなら、出来るうちにやっておけって曹操がさ。日々を“今日死ぬものだ”と考えながら、存分に謳歌なさい、だってさ。そんな毎日を続けていれば、別れ以外に悔いが無くなるわよ、って」
「……なるほど。それは、別れが寂しくなる」
「寂しくなったら、寂しいって思えるほどに大切に出来たんだって胸を張れ、って」
「ほう? ……それを、あの曹操がか」

 変われば変わるものだと彼女はこぼした。もちろん、本人の前ではとてもじゃないが言えることではない。
 他人にとってみればそれだけのことだが、寂しさのあまり泣いてしまった彼女だからこそ言える言葉でもあったのだろう。
 子供になったとはいえ、泣かせた本人に言うのがどれほど恥ずかしかったのかは、きっと本人のみが知るところだろうが。
 ともあれ、重くない空気のままに個人授業を続けていると、今日も今日とてノックもなしに開かれるは北郷一刀の部屋の扉。

「かーーーずとーーーっ♪ おるーーーっ?」

 上機嫌でやってきたのは、大型の酒壷にも似た徳利の口に縄を絞めて肩に担いで笑う、さらしと袴姿といういつも通りといえばいつも通りの姿の霞だった。都へ来たのは冥琳とほぼ同時期だが、冥琳にしてみれば雪蓮を見ているようで少々頭が痛い。

「お前は……また昼間から酒を」

 だから思わず似たような言葉が出るのも、仕方の無いことなのだろう。

「おっ、めーりんやん。授業中? あー、悪いんねんけど一刀借りてええ?」
「酒盛りに誘うつもりなら、相手の年齢を考えてからにしろ」
「平気や平気! ウチやって子供ん頃から酒飲んどったもん! 子供ん内から酒に強ぉなってもろて、そんでそんで夜通し騒いでも元気でいられる一刀になってもらうんやーーーっ!!《どーーーん!》」
「………」

 その時、軍師様は思いました。
 ああ、これは口調こそ違うが雪蓮だ、と。
 なので遠慮なく耳を引っ張り、痛いと言われようが引っ張り、一刀の隣の空いている椅子に座らせると……酔いも醒める説教が始まった。

「うう……霞ねーちゃんのばか……。これじゃとばっちりだよ……」
「な、なははー……ごめんなー、一刀ー……」
「……二人とも? 聞いているのか?《ギロリ》」
『ごめんなさい聞いてますっ!!』

 一日一日が普通に流れていく中で、少年は笑顔で居る日が増えた。
 それは無理に作ったものではなく、子供らしい笑顔だ。
 一方で、華琳と一刀が以前よりも一緒に居ることが多くなったと聞き、勇気のあることで直接訊ねる軍師さんなども居たのだが、「曹操は友達だ!」……と、子供は元気にそう答え、一方の覇王様はなんだか微妙な顔をしていたとかなんとか。
 もしかして青年に戻っても友達のままって意識が強くなるんじゃ? と誰かが言えば、さすがに冷静でいられなくなる覇王様だったのだが、いろいろと考えてみて「それはないわね」と結論づけた。

「あー、ほらほらー、めーりーん? 美味い老酒が手に入ったんや、一緒に飲まへん?」
「……誤魔化す手法まで一緒なのか」
「え? なにが?」
「霞ねーちゃん……曹操に怒られてる孫策ねーちゃんみたいだ……」
「なっ! ちょ、一刀っ、そりゃ失礼ってもんやで!? ウチは今日はちゃーんと非番やからこうして酒飲んどるんや! そんならせっかくやし一刀誘って、侍女たんが用意してくれたモノを庭で一緒に食わんかなーって! せやから誘いにきただけやっちゅーねん!」
「だから。そもそも子供を酒盛りに誘うなと言っている」
「えー? べつにえーやん。日本酒のお礼がしたかっただけなんやって! “御遣い”の話じゃ飲むにはまだまだ早かったらしいけど、あれでもなかなかイケたし! 最低でも一年は寝かせたほうがええなんて、待ってられんかったウチが悪いんやって」
「? それと俺と、なんの関係があるんだ?」
「んっへへー、大人んなったら教えたるなー? な、それよか飲も飲も! こんな天気のいい日に部屋に閉じこもってべんきょーなんてつまらんやろ!」

 根拠もないのに真っ直ぐな言葉に、額に手を当て溜め息を吐く苦労人が一人。

「つまらんとは、軍師を前によくもはっきりと……」
「えー? えーやーん、それともなにか? お昼寝提案して、一刀が寝とるのをいーことに頭を撫でてにやにやするのはえーっちゅーの?」
「なぁっ!?《ぐぼんっ!》……な、ななっ、なぁああ……!?」
「やー、あん時の冥琳は可愛かったなー……猫を撫でとる周泰なみに可愛かったでー」
「〜〜〜〜っ……! き、きさ、きささ……! 貴様……いったいいつから……!」
「や、ほら、窓空いとったやん? ウチそのすぐ下におってん。一刀の勉強終わったら遊ぼうか思って。そしたらなー、一刀。この軍師さま、一刀が寝てるのを確認するや頭撫でてにっこにこって」
「ーーーっ!!」
「《がぼっ》むごっ!?」

 珍しくも顔を真っ赤にして、声にならないなにかを叫んでまで霞の口を塞ぐ軍師が居た。
 その目が全力で語る。やめろと。

「お前はなにか!? 私の邪魔をしに来たのか! この授業が私にとっての仕事だと解っている筈だろう!」
「もが……い、いやー、ただふつーに、その仕事を中断して、酒を楽しも思て……な?」
「仕事を中断して酒を飲む馬鹿な軍師が居るものか!!」
「えー? 七乃ちんは誘ったらあっさり飲んだでー?」
「……《さらさら》……北郷。ここに落款を落とせ」
「あいよー」

 たんっ、と音が鳴った。
 七乃の減給申請についてのものだった。
 もちろん“そうしてしまってほしい”と頼むだけで、許可をするのは華琳だ。

「で、どうするんだ? 酒は俺、あんまり好きじゃないんだけど」
「だ〜いじょ〜ぶやぁって〜〜〜っ♪ 一刀もなっ? 美ン味い酒飲めば、そないなこと言えんくなるんやからっ」
「…………ほんとか?」
「乗せられるな北郷。それより授業の復習と、なにか訊きたいことがあれば私に───」
「あれはつい先日のことや。めーりんが寝ている一刀の」
「───酒宴の中で聞け! さあ北郷、休んでいる暇はないぞっ!」
「えっ、ええっ!? ちょ、どうしたんだよ周瑜先生!」

 それは、とても珍しい一面が見れる日だった。
 やはり顔を真っ赤にした冥琳が霞に詰め寄り、小声でだけどギャーギャーと騒ぎまくっている。一刀に自分のイメージを壊してほしくないのか、ただ恥ずかしいのかは解らないままだが、それでも奇妙な弱点が出来てしまった……と目を伏せながら溜め息を吐く。
 というか続けて頭を抱えて俯いて、とほー……と長い溜め息を吐いていた。

……。

 昼が酒宴となった。
 小さな酒宴だが、酒が老酒で食べ物も中々のものときて、しかも東屋で開放的に食べるという状況がまるでピクニックのようで、一刀は心なし上気していた。

「なんかいいなー、こういうの。空の下で食べるご飯って、なんか美味しいよな」
「おっ、やっぱ一刀は解るなー。めーりんはどない?」
「……まあ、軽い酒宴といえば雪蓮とよく東屋でやっていた。これもそれに似たようなものだろう」
「おおっ、なんや常連さんやないか。せやったらなんであない渋っとったん? やっぱあれか、雪蓮相手やないと飲む気になられへん? せやったらちと強引やったなー……謝るわ」
「いや、そこまではいかんさ。渋っていたのは私なりの責任のようなものだ。学びたいという北郷の意思を尊重したかった」
「あー……そかそか、そりゃ一刀に悪いことしたな。けどそない勉強ばっかで疲れへん?」
「最初は嫌だったんだけどさ、絵本とか読めるようになってからはもう、楽しくてしょーがないんだよなー。今続きが気になってる絵本があって、絵本なのになんで続きがあるんだよーって感じだけど、面白いんだよなー……」

 食べ物をモゴモゴと口にして、飲み込んでから喋る。
 実はこの少年、べちゃべちゃと口を開けながら食べて、口にものを入れながら喋ったりして華琳に怒られた経験があったりする。
 それ以降はどうにも食事のマナーは守ろうと努めているようだ。
 なので東屋で開放的にも係わらず、姿勢はきちんとしているし食べ方も綺麗……なのだがこういうものは案外長続きしないもので、姿勢もゆっくりとぐにゃーと曲がっていっている。
 ピンと伸ばした背筋など、食事が終わるまで保っているのは案外難しい。
 特に、言われたからやる人は。
 そんな、姿勢にばかり気を取られている一刀をよそに、霞はソッと冥琳の隣でニヤリと笑うと、彼女の耳に口を近づけて一言を届ける。

「それにしてもなー……めーりんが思いのほか一刀にべったりで、ウチ驚いたわー……」
「わざわざ耳元でささやくな、気色悪い」
「ん? 大声で言ってえーんやったら嬉々として───」
「やらんでいいっ」

 心休まる時間が欲しい……それは、彼女が心から思う願いだった。
 呉にも魏にも酒飲みで似たような性格の者が居るとなると、もはや蜀と都だけがと思っていたのに……よもやその都に訪れる日と霞の来訪が被るとは。
 酒宴の席で酒を飲み、無駄に雪蓮と意気投合したことで真名まで許し合った二人に巻き込まれ、散々と酒を飲まされた上に振り回されたいつかを思い出す。……いや、少し思い出して顔を振って忘れた。

「あの日は私もどうかしていたな……。お前に真名を許すなど……」
「んあ? えーやんえーやん、酒飲みの上手いもんに悪いやつはおらんっ! その点は策たん───雪蓮も認めとるところやし、だからこそこうしてめーりんとも仲良ぉなれたんやん」
「仲良くというなら、せめてこうして人を振り回すのはやめてくれ……」
「あー……そういや雪蓮も、めーりんは静かに飲む酒が好きや〜ってゆーとったなぁ……」

 東屋の天井を見上げつつ、しかし手では酒を注いで顔を赤くしている霞。
 見ているわけでもないのに溢れそうになる前にピタっと止める手は、もはやどれだけ傾ければ出てくるのかを重みで理解しきっているようだった。

「まあそんでも、楽しめるとこでは楽しんでおかんともったいないやん。……ところでどやった? 一刀、めっちゃかわいくなったけど、寝てる一刀撫でてみてどやったん?」
「………」

 なななな、とずずいと迫られ、その度に気まずそうにして顔を背ける冥琳。
 しかしあんまりにしつこいその態度にか、それとも案外言いたかったのか、ぽろりとその言葉をもらした。

「いっ………………癒された……」

 見れば耳まで真っ赤だった。
 というより、座りながら詰め寄る霞からは、もはや後頭部と耳くらいしか見えないのだが、それでも真っ赤だった。

「おー! そーかそーかー! やっぱ癒しは必要やもんなー! 猫とか可愛い子ぉとか撫でてると、癒されるもんなー!」
「だっ、ばかもっ───大声で言うなとっ!」
「なっはははははっ、いやー、めーりんにもそないな感情があって嬉しいわー。呉の軍師連中なんて、もっとお堅いもんばっかやと思とったし。やっちゅーのにその中で一番堅そうなめーりんがこれなら、ウチも随分付き合いやすいわー」
「…………相手を知る前に真名を預ける方がどうかしている。散々と飲ませ、酔わせた上での真名交換など本来有り得ないだろう」
「んーでもこうして仲良ぉなれたし、互いも知れたやろ? なんにでも切欠は必要で、ウチらの場合はそれが酒と雪蓮と一刀やったってだけやろ? それよか飲も飲もっ! 猪口空いとるやん、酒宴の席で猪口を30秒乾してたらあかんねんでっ」
「調子の良い嘘を言うな」
「あ、やっぱ騙されへん? 軍師にはこういう口上は通じんなー。呂蒙ちんあたりやったら戸惑いながらも飲んでくれそうやのに」
「……はぁ。あれにお前相手の酒宴は早すぎる。誘うなら祭殿にしておけ」
「う……あの人はなー……逆にこっちが潰されかねんもんなー……」

 次第に酒臭くなる席で、一人子供な彼は黙々とご飯を食べていた。
 用意された食事はやはりなかなかの味で、白米が喉を通る喜びを堪能している。
 試しとばかりに霞が、「喉渇いたやろー」と酒を渡す。
 一刀には見えないところで、湯飲みに入れておいたものだった。
 それを素直に「ありがと、霞ねーちゃん」と言ってごくりと飲んで───盛大に噴き出しそうになったものの、この世界での食料などがとても大切であることを瞬時に思い出すと、自分の口を押さえて必死で我慢し、飲み干した。

「お、おー……しっかり飲みおっ───」
「ねーちゃん。正座」
「へ? や、あの、一刀?」
「正座」
「えー……と?」

 東屋の固定された石の椅子から、とんと降りた一刀。
 目はいつの間にやら据わっていて、霞の目しか見ていない。
 顔はとっくに赤くなっていた。子供だからなのか、アルコールに対する抵抗力が無さすぎたのだろう。……つまりは酔っていた。
 なにやらよく解らないうちに正座させられた霞が、食料の大切さを子供に説かれるのはこの数秒後で、冥琳はそんな罵声を耳にのんびりと食事を開始した。

「もし吐いたらとか考えなかったのか!? いくらねーちゃんがお金出して買っても、これはお酒屋さんが頑張って作ったものなんだ! 頑張って作り上げたものを無駄にするきっかけを作ろうとするなんてダメじゃないか! ちゃんと言ってくれれば頑張って飲んだのに、なんでこんな騙すみたいな形で飲ますんだ!」
「あ、あーうー、いや、そのう……な、か、一刀ー? もうせーへんから許して? な?」
「ていうか子供にお酒飲ましたらだめだろー!? なんでじーちゃんもとーさんも俺にお酒飲ませたがるんだよ! 孫策ねーちゃんだって笑いながら俺の首掴んで無理矢理飲ませようとするし!」
「《ぴくり》……ほう? これは、随分と聞き捨てならないことを聞いたな」

 一刀の言葉を耳にした冥琳が握る箸が、みしりと軋んだ。
 そんな音には気づかないままの二人は説教して説教されて、しばらくの時間を潰すのだが……少しして、霞が「ご飯、冷めたら無駄になるやろー?」と逃げ道を用意してみると、あっさりと説教終了。
 「最初からこれ言えばよかったわ……」と呟いて席に戻る霞の横で、冥琳は「それでは説教にはならんだろう」と溜め息をこぼす。

「ん? なんや機嫌悪い? 少し感じ悪いで、めーりん。あー……ウチの所為やったらごめんな」
「いや。その点についての説教なら北郷がしただろう。私は私で、呉でやらなければならないことが出来たなと考えていただけだ」
「お、そか。やっぱ軍師ってのは大変なんやなぁ……武官は随分と静かになってもーたわ」

 席に戻り、頬杖をついて溜め息。
 視線は同じく席に戻ってご飯を食べている一刀へ向けている。
 小さな体と小さな口でがつがつと味わっている姿が、妙に可愛い。

「ははっ、まあ、武官文官とは関係ないけど、世の中にはおもろい薬があるもんやな。まさか一刀が子供になるなんてなー」
「飲みたいと言う者が大分居たが、記憶が当時まで戻るということを教えると、途端に声を聞かなくなったな」
「あ、やっぱそーゆーの居たん?」
「口では言わないが、祭殿も同じくちだろう。都に献上されたものだから、実質は北郷のものだ。曹操の許可ではなく、北郷の許可で得られるという部分に大変興味を強くしていると私は睨んでいる」
「お? ほんなら次に来る時あたりに狙とるかもしれんってことか」
「そういうことだな」
「そっかそっかー……。そういや他に成長の薬と惚れ薬とかがあるゆーとったっけ。季衣とか流琉とかがそれ欲しがっててなー。あ、成長のほうな?」
「考えることはどちらも同じか。こちらでは小蓮様と明命と亞莎が欲しがっていた」
「蜀は想像しやすいなー♪ まあ、どの道一刀の許可無しじゃ得られないっちゅーことで、問題としては元に戻った一刀が果たしてそれを分けてくれるかっちゅーことなんやけど」

 なんならいっそ、子供のうちにぽんと許可証かなんかに落款してもろて……など、考えることはみな一緒だ。
 若返りに興味があるのは、恐らくどの女性においても同じで、男性であっても欲しいと考えるだろう。大人になる薬においては体の小さい者にとっては希望と絶望の薬となる。飲むまでは希望であり、飲んでも大した成長が見られなければ絶望と化す。
 一方の惚れ薬はといえば…………みんな、中々に遠慮しているようだ。
 薬に頼るのも……というものではなく、惚れたらどうなるのだろう、というのが本音。
 惚れるという感覚を知らない者からしてみれば、あまりにもおかしな薬だ。
 なので手が出しづらく、さらに言えば飲んだ人が惚れるのか、飲んだ人に惚れるのかが解らないとくる。あまりに危険だろう。
 そこで各国の将が考えた方法が……

「ところで……一刀に惚れ薬飲ませてみるって話、本気なん?」

 ……だった。

「提案したのは雪蓮と曹操らしいな。あの二人、顔を合わせれば言い争いをしているが、本当は仲がいいんじゃないか……?」
「へっへー、解っとらんなーめーりんは。悪巧みをする時っちゅーんはな、誰もが仲間になるもんなんやでー? みんなで何かひとつのことをしようとしてひっそり楽しんで、あとで力いっぱい笑うんや。それこそが悪巧みの醍醐味やろ〜! ……まあ、そう悪い方向には転ばんやろ。危険なことになったら、魏で薬が抜けるまで預かるし」
「なるほど。それならば、無茶なことが起きても平気というわけか」

 冥琳の言葉に満足そうに頷くと、一時的に冥琳に向けていた視線を一刀に戻し、その小さな姿に緩む顔を───びしりとひずませた。
 目がおかしくなったか、と目を擦って再度見てみる……のだが、どうやら本当にそうらしい。震える口で、食事に視線をおろしている冥琳に声をかけた。

「? どうした」
「や、あ、や……えと、あれ、どないなっとるん……?」
「あれ? …………ぬあっ!?」

 霞を見て、その霞が一刀を見ていたようだから視線を追ってみれば、なにやら呼吸のたびに大きくなっていっているように見える北郷一刀の図。
 しかしご飯は食べる。そして自分で自分の異常に気づいていないように見える。

「ほ、北郷!?」
「んあ? なに───ってうおおおおっ!!? え!? な、ちょっ……いたたたたっ!? 服っ! 服がキツッ───あ、あーーーっ!!?」

 やがてその体が、元の北郷一刀のものへと戻ると、見慣れた姿に不釣合いの小さな衣服を着た彼がそこに居た。というか服のキツさに悶絶してる。

「あ、えと……一刀ー? 元に戻ったん……?」
「し、霞っ……確認よりまず、服脱がすの手伝ってくれない……!?」
「え゜っ……あ、や、いややわ一刀……! そんな、戻った矢先でしかも昼間っからそないなこと……《ポッ》」
「そーじゃなくてですね!? 服キツくて動けないっつーか痛い痛い痛い!! 腕ツる! ヘンな感じに関節キメられてる! 服に!」
「あー……その前に北郷。今までの記憶はあるか?」
「ええもう覚えてますが!? 泣きたくなるくらい恥ずかしくて死にたいくらいですが!? ていうか泣いていいよな俺! これからどんな顔して美羽と会えと!?」

 既に涙を流している御遣い様。
 そんな彼の肩をポムと叩き、呉の名軍師は言った。

「強く生きろ」
「うっ……うわーーーーん!!」

 その実感の篭った言葉に、彼は本気で泣いたという。
 少しののちに衣服から解放されたが着るものが無い彼に、霞が半被にも似た着物を貸すという男女が逆のような状況が展開されたが、むしろそれが彼の涙腺を余計に刺激して彼はまた泣いた。




 94のほうには特にネタが無かったですね。  では、93、94をお送りしました。凍傷です。  すっかり春ですね、少し暖かいです。  今回は 誤字修正の嵐でした。  「じゃあ“の”」、ってなんだろう……。  「そして“拭き”だした」、って……話の途中で掃除ですか、自分……。  「怒ったり“ば”ど」……バド・ワイザーって知ってます? うん、“など”って書きたかったんだと思う。  肩を型とも書いておりました。上手くいきません。  元々子供化は長引かせないつもりでしたが、一話が長いとやたら長く感じてしまう。  やはり纏める力が必要です。  皆様も気をつけましょう。子供化とか女化or男化は、長引くとダレます。適度がステキ。  風邪引いてましたがもう大丈夫さ。さあ小説だ。  では、また自戒で。ではなくて次回で。  あ、まるで関係ないですけど、ときめきメモリアルってやったことあります?  偶然ニコニコの方で実況プレイを見たんですが、懐かしいなぁとしみじみ。  ちなみにプレイ当時の凍傷はるろうに剣心にハマっていて、なのにときメモをやっていて、主人公の名前を“愛羅武 破戒僧”、あだ名を“十本刀”にしたほどです。仲良くなる度に呼ばれ方が物騒になります。愛羅武くんから始まって、多少仲良くなると破戒僧くん。最後が十本刀くんですよ。もう呼ばれるたびに笑ってました。  ええ、るろうに剣心でどのキャラが好きだったのかが丸解りですね。  左ノ助より好きですもの、仕方ない。  ではまた自戒で。……次回で。なんで自戒って言葉が先に変換されるのさ。 Next Top Back