147/ド・マイヤールとか言いたくなる

 動かしていた足をビタァと止めたのは、意気揚々と足を踏み出した少しあとだった。
 気づいたことがあったのだ。
 とてもとても重要なことだ。

「華琳の部屋、シラナイ……」

 なんてことだ。
 子供に戻ってからというもの、華琳が自室を訪ねる以外に華琳との交流は特になかった。仕事の時は華琳が俺の部屋に来たし、寝泊りしていくこともあったが……華琳の部屋自体を知らないとは。

「仕事もあるし、大人しく戻るか」

 華琳が来たら何処だっけと訊けばいい。
 そ、そうそう、がっつくのはよくないよな。
 俺はただ好きって言いたいだけなんだし、部屋に来てくれた時に言うのでも一向に構わないわけだ。

「………」

 積極性に欠けるだろうか。
 こういう時はもっと突っ走るくらいが男らしい? ……んん、眠いから頭が正常に働いてくれない。しかしまあ、男らしさ云々と仕事とを取るなら…………仕事だな。国へ返そう。

「っし!」

 ズバームと頬を叩いて悶絶しつつ、部屋へと戻った。
 さあ、今日も一日頑張りましょう!
 仕事仕事ォオオ!!
 あ、でもその前に……子供薬と大人薬と惚れ薬、全部この部屋に持ってこようね……。また何かしらの悪戯とかに使われても困るし。


───……。


 ドシュシュッ! バオバオッ! ビッ! ブバッ!
 でげででげででげでで〜〜〜ん♪

「………」

 仕事が終わった。
 脳内で霊幻道士の鍛錬の音を鳴らしてみたが、意味は当然ない。
 ……って、あれ? なんか外が暗い。
 メシは? 小休憩のシエスタは? むしろ華琳は!?
 華琳が来たら少し休憩入れようって思ってたのに!
 昨日の今日だから、惚れ薬のことで絶対に来ると思ってたのに!
 むしろ空腹にも気づかずに仕事に集中ってどうなんだ俺!




-_-/華琳

 …………。

「………」

 来ないわね。
 昨日の今日だから、惚れ薬のことで必ず来ると思っていたのに。
 それとも仕事でも溜めていて、それを今やっていると?

「……サボってばかりだった頃からすると、考えにくいことね」

 今では有り得ることなのだから、人の成長というものは不思議だ。
 一刀の言っていた言葉の通りね。
 出来ないのならば出来るように導いてやればいいのだと。支柱自らがそれを示すのなら、これほど学ぶ者にとって教訓になることはないわ。

「それにしても……」

 来ない。
 いったい何をしているのかしら。
 子供になっていた頃の仕事ならば、私と冥琳とで大体は捌いていた。
 今更そこまで梃子摺るようなものは残っていない筈だ。

「…………はぁ。仕方ない───……わね?」

 行ってみようか、などと考えてからハタと気づく。
 そういえば彼は───私が居る部屋を知っていただろうか。

「………」

 来ない原因が解ったと同時に、どれだけ自分が足しげく一刀の部屋を訪れていたのかを自覚してしまった。ちりちりと顔に熱が篭るのを感じて頭を振るが、困ったことにその熱はしばらく引いてくれそうになかった。

「……これは、無理ね」

 小さく呟いて窓を開けた。
 涼しい風が吹くと、少しだけ心が落ち着いてくれる。……顔は変わらず熱いわけだが。ともかく一刀の部屋へ向かうのは無理だ。

「明日ね。先延ばしは好きではないけれど、急くほどのものでもないのだから、余裕を以って動けばいいのよ」

 まるで自分に言い聞かせるように言う。
 誰に向かって言っているのだかと自分で自分を鼻で笑った。自分に向けてとはいうが、誰が聞いているわけでもないのだからおかしな話だ。
 ……いえ、待ちなさい? 明日は冥琳や霞が近辺の邑を回る日で、しかも護衛に華雄と思春を付ける上、七乃も情報交換のために出る筈だから───

「………」

 二人きり……とまではいかないけれど、まあ、その。あれね。
 二人で過ごす時間を久しぶりに取れるということ……ね。この際子供の一刀との時間は横に置くとして。

「……………《ちらり》」

 机に存在する書類の山を見る。
 魏から送られてきた確認が必要なものと、ここに住むなかでやっておかなければならない書類が詰まれていた。
 ……やれなくはないわ。やれなくはないけれど……睡眠時間は削る必要があるわね。

「……まったく。いつかの自分を思い出すわ」

 一刀との一日のために徹夜で書類整理をした日を思い出す。
 結局途中で眠ってしまったけれど、そう悪くはない一日だった。
 そして今目の前にある書類はある日よりも少ないもの。
 徹夜はしないと話し合いはしたけれど、ようは徹夜でなければいいのよ。ええ、ええそう。……というか、どうしてわざわざ言い訳じみたことを自分自身で確認しなければならないの。

「…………」

 思いつつも既に取り掛かっている自分が居た。
 不思議と先ほどよりも手が早く、頭もすっきりとしている。この調子ならそれほど時間もかからないだろう。
 ……これで一刀が仕事を残していたらどうしてくれようかしら。
 そんな不吉な考えも浮かぶものの……まあ、それならそれで仕事を見ているのも悪くはない。なにも一緒に出かけることばかりが息抜きではないのだから。




-_-/一刀

「……いや、国には返せた!」

 ポジティブにいきましょう。
 仕事を早く終わらせることが出来たのは実に見事。
 すっかり暗いけど、それだけ集中することが出来たのは俺にとってはプラスなことだ。やっぱり氣の集中鍛錬とかが役立ったのだろうか。そう考えると……はは、なんか嬉しいな。

「よしっ! それじゃあこれを華琳に確認してもら───って、魏じゃないんだから俺が決定しなきゃいけないんだった」

 不慣れなことはまだまだあるな。
 華琳が傍に居ると、どうも体を傾けたくなる。
 早い話がこう……あー、んん……体重を預けたくなる……って、言えばいいのか?

「それを惚れた弱みって言っていいのかどうか」

 寄りかかるのと依存するのは違うよなー……。
 男としてそれはどうなんだーとか考える気はもちろんない。だってこの世界、むしろ男が弱いし。“男として”って言葉がちっぽけに聞こえるから不思議だ。
 だからこそしっかりしなきゃって気持ちが無いわけでもないんだけどね。
 男女の差別を考えるより先に、性別云々じゃなく一人の人として出来るなにかを探したいと思うのですよ。この世界じゃ特に。

「………」

 三国の父。支柱。種馬。いろいろと名前を頂いてはいるものの、思い返すと少し遠いところを見たくなる。国に返すって意味ではこれほど大事なことなんてないとはさ、そりゃ思うけど。ああいい、もうやめやめ。悩むのやめだって覚悟決めたろ、俺。

「にしたって……」

 たとえばそういう状況になるとして、どうやってそんな雰囲気になれと?
 自然とそうなったら〜とか三羽烏の時のように言ってはみたが、そんな自分は今から想像できやしない。

「惚れ薬の勢いで〜ってのは一番勘弁だよなー」

 や、そりゃそんなので告白してOKする人なんて居ないとは思うよ?
 だってどう考えたってあれおかしいもん。いきなり抱きついて好きだー! なんてさ。
 普段の俺を知っている人なら、まず間違い無く冥琳みたいな返しでくるはずだ。
 …………アイアンクロー抜きで。

「……顔面って鍛えられるんだっけ?」

 筋肉は成長させられない今の俺だが、こう……氣で包み込めば……!

「はぁあああ……!! ───潤い肌!!《テコーン♪》」

 顔を氣で包んでみた。
 …………姿見で見てみたら、ツヤツヤと輝いてらっしゃった。
 太陽の下でならフェイスフラッシュとか出来そうだ。美肌の輝きってレベルじゃない。

「…………」

 頭の中がごちゃごちゃしてるな。
 寝よう。気づかなきゃ空腹も覚えなかったくらいだ、なんとかなるだろ。
 もうこの暗さじゃ夕餉も終わってるだろうし。

(ああくそ、アニキさんの店に行きたい)

 溜め息をひとつ、寝台まで歩いてドフリと倒れる。
 珍しくお客らしいお客もなかった自室でひとり、やわらかく自分を受け止める睡魔を抱き締めて、いざ───


───……。


 …………。

「………」

 朝だ。
 馬鹿な……こはいかなること?
 あのパターンだと絶対に来訪者が来て安眠妨害〜ってオチでは?

「………」

 ちらりと見れば美羽が寝ている。
 ぽむぽむと頭を撫でてみると、「んにぅ〜」と奇妙な声を出す。
 そんな反応に苦笑いをこぼすと、それを今日の活力にする気で立ち上がった。
 ぐうっと伸びをすればバルバルと震えるインナーマッスル。
 それが、どこか重い朝の体に熱をくれる。
 筋肉を震わせて熱を出す。シバリングと同じだな。
 体温低いと朝が辛いって聞くし、熱は大事だよな。

「カロリーは寒いところに居たほうが消費するってテレビでいってたっけ。シバリングで筋肉使うからっていうのもあるけど、その熱で基礎代謝が上がるからとも聞いたよな」

 じゃあシバリングを自在に使えるようになれば筋肉を使用することで筋肉が大きく。基礎代謝も上がって痩せられるのだろうか。

「COOOOO……!!」

 波紋が疾走しそうな呼吸とともに体を動かす。
 朝の準備体操もいいけど、たまには一工夫を。
 まずは美羽を起こして伸びをさせたあと、説明をしつつ朝の体操+α。

「うむみゅ〜〜〜むむむ……なんじゃ……? なにをするのじゃ……?」
「オーバーマンズブートキャンプへようこそ! 大丈夫! きみなら出来る!」

 こしこしと瞼をこする美羽と対面しながら細かく説明。
 や、説明っていってもそう難しいものじゃない。
 動きを真似してくれ〜って頼んでから、その動きのひとつひとつを説明するだけだ。
 まず肩幅に足を開いてお尻にギウウと力を込め、その状態で少し爪先立ちをして腿の裏側にも力を入れるイメージを足に叩き込む。
 そうしてから力を入れたまま軽く中腰になり、一番尻と腿に負担がかかる位置をキープ。脹脛にも力を込めて、その状態のまま次は両腕を肩の位置まで上げて、背中側に逸らす。肘から上は上に向けて、背中の筋肉を刺激するようにぐぐぐ〜〜〜っと後ろへ。
 さらにその状態のまま肩幅に開いてある太腿を内側に絞めて、まあようするに膝から上を閉じるイメージでギウウと力を込めて、さらにさらに腹筋に力を込めたまま上体をゆっくり後方へと傾けてゆく。その際、腹筋や腹斜筋にも力が入ったままになるように腹は引っ込めるイメージで。
 某師範が“あ゙ああ〜〜〜〜っ!!”とか叫びながらゲージを溜めているようなポーズだ。
 これを、ゆっくり吐いてゆっくり吸う呼吸をしながら続けられるだけ続ける。
 もうだめだと思ったそこから2秒耐えてみよう。
 その2秒が叶ったらまた2秒。
 自分の想像の限界をぶち壊した先で本当の限界が来たら、急いで力を緩めるのではなくゆ〜〜っくりと力を緩めてゆく。休む時間は多くて10秒。10秒経ったらまた同じことの繰り返し。
 これで朝に必要な熱は解放出来る筈だ。

「ふくくっ……!? く、くるしいの、じゃ、じゃじゃじゃじゃ……!!」
「辛くても頑張って! 辛い時こそ我慢だ! 呼吸を合わせて! はい! イー! アール! サーン! スー! ウー! リュー! チー! ワンモアタァイム! ゴー!」
「い、いー、ああああーる、ささささ……! わんもあとはなんなのじゃー!」

 ぷるぷると震えていた美羽が、結構な速さで諦めた。ぷあはー!と可愛い声を出して構えを解いたのち、「なんなのじゃこれはー!」と久しぶりに俺へと文句を飛ばしてくる。

「オーバーマンズブートキャンプだ!」
「だからそれはなんなのじゃと問うておろー!?」
「大丈夫! きみなら出来る!!」
「なにがじゃ!? なにがじゃーーーっ!!」

 ビリー先生は基本、聞いてはくれません。だって画面の先の人だから。
 なので次。

「次に紹介するのは、先ほど絞めた背中を広げるものだ! よーく見て、同じ動きをしてみよう!」
「う、うー……」

 文句は言っても結局は俺の言うことには頷いてくれるらしい美羽。
 そんな美羽の頭をやさしく撫でてから、もう一度説明に戻った。
 体の熱を解放する構えその2。
 今度は足を肩幅よりも少し広めに開き、同じく尻と腿に力を。
 さらに同じく腹も引っ込めるイメージで脇腹と腹筋に力を。
 腹を引っ込ませるのと同時に背中を引っ込ませるイメージを高めてみると、脇腹にも力が入りやすい筈だ。
 次にそこから上。胸筋を盛り上がらせる感覚で胸と肩に力を込める。その状態で胸の前で手と手を合わせ、押し合う。某師範が“ん゙んんんんんーーーーっ!!!”とか叫びそうな構えだ。

「む、ぬむむ……!」

 その構えが完成したら、再び太腿を閉じるイメージで力を入れてみよう。
 熱のスイッチは太腿を閉じることだと体に覚えさせてみる。
 もちろん肩幅以上に足を開いているのだから、太腿が合わさることはない。が、それでいいのです。閉じるイメージはただたんに閉じるのではなく、腿の内側の筋肉で絞める感じで。あくまで筋肉を刺激する体操なのだから当たり前といえば当たり前だ。
 ほぼ全身に力が入り始めたところで、次だ。

「次はその状態で大きく息を吸って、吐いてみよう! 背中は開くイメージ! 胸は閉じるイメージ! 吸う度に背中の筋肉を開き、吐く度に腹筋と脇腹と丹田を絞めるイメージ! 絞めたらその状態を保ったまま吸って、吐く時はさらに絞めよう!」
「ん、んぎぎぎぎぅううう〜〜〜〜……!!」

 自分の手同士で腕立てをするイメージで押し合い、胸筋から肩甲骨、肩から手のひらまでミシィッと力を込めてこれをキープ。あとはシバリングのイメージを丹田で燃やして、息を大きく吐いて吸ってを力を込めたまま続ける。

「ぜえぜえと荒く吸ってはいけない。長く吸って長く吐くんだ。吐く時は口をすぼめすぎると風船を膨らませようとした時のようにジンジンしてくるときがあるから、某師範のキャラ絵のようにニヒルな剥き歯で吐いてみよう!」
「師範とは誰じゃ!?」
「……すごい漢だ」

 疑問を飛ばす美羽とともに朝の体操(?)。
 すぐに体が熱くなったようで、構えを解く頃には汗だくでぜえぜえと息をする美羽の姿が。

「では最後に体を大きく開いて背伸びの運動。足の幅はさっきの広さのまま、両腕をそれぞれ斜め上へと突き上げ、うおおおおーーーーっ! と叫ぼう! はい! うおおおおおーーーーっ!!」
「う? う、うう……? うおーーーーーーーっ!! お、おぉおお〜〜〜っ……!」

 ぷるぷると震える体で背伸びの運動をする美羽。
 力は込めずに体を伸ばすだけだということを伝えると、彼女は喜んで背伸びをした。
 まあ、眠気覚ましの伸びのようなものだ。伸びの際のプルプルとした筋肉の感覚を覚えておけば、案外発熱運動もやり易くなる。

「は、はうっ……はぅうう……!」

 上手い具合に脱力出来たのか、美羽が寝台の端にぽてりと尻餅をつく。
 尻餅つくカタチでよかった。もうちょっと足りなかったら寝台のカドに頭を強打していた。

「ん、んん〜〜! ……久しぶりにやると結構キツイなこれ……!」
「うみゅ……じゃが確かに体は熱くなったの……。汗がすごいのじゃー……」
「眠気は醒めただろ?」
「う、うみゅ……しかしの、主様……。それを目的とするならば、最初のだけで十分だと思うのじゃがの……」
「ついでだよ。続ければ美羽も足腰丈夫になって、いろんなことが出来る基礎を体に叩き込めるぞ」
「な、なんじゃとっ!? おおお……そうなれれば妾も主様のためにいろいろと出来るようになるのっ!」
「………」

 ……ほんと、どうしてこんな素直な子が、あんな我が儘少女だったのか。むしろ逆か?

「体が小さい時に無理な筋肉をつけると体が成長しなくなるらしいから、無理はしない程度にね」
「なんじゃとっ!? う、うみゅ……それは困るの……」
「まあ、よっぽどのことがない限りは大丈夫だと思うから」

 自分の知る9歳の子供がとてもゴリモリマッチョで、だけど長身に育ったのを知っている。漫画だけど。
 初めて超野菜人2になった少年や、巨岩を背に腕立て伏せ3千回をやってみせる魔法先生は、いったいどうやってあんな長身に……。気にしたら負けか。

「よし、じゃあ目も覚めたところで───《ぎゅるぐごごー……》…………朝餉にしようか」
「おおっ、そうじゃのっ」

 どうやら中々早起きだったようで、いつもなら外から聞こえる喧騒も穏やかなもの。どうせなら今日は朝から腕を振るってみようかと、着替えながらにんまり笑顔で思っていた。
 しかしまあ、筋肉を使う運動をしても筋力は上がらないのは哀しいものだ。……頭はスッキリしたけどさ。




-_-/華琳

 軽く睡眠を取り、目を開けた先には積みあがっている書簡竹簡。
 既に終わっている仕事の山に軽く笑ってみせ、静かに着替えて扉を開ける。
 心が軽い。
 もはや自分の邪魔をする者は居ないのだ。
 ……べつに少し眠くて思考がおかしくなっているなんてことはない筈だ。ええ、私は冷静よ。
 冷静だから一刀の部屋の前まで来ると、ノックもせずに扉を開けて………………誰も居ないことを知った。

「…………《ひくり》」

 魏でもあったことを思い出した。
 また入れ違いばかりを起こすのだろうかと思うと、自然と口角が引きつる。
 ……いいえ、待ちなさい? 朝早くなら、一刀は恐らく厨房だ。
 まずは水を飲みに行く筈だから、それを追えば…………いえ、それも待ちなさい。
 追って、“今日は私に付き合いなさい”と言うの?
 追ってまで? この曹孟徳が?

「………」

 なにやら無性に癪だった。
 こんなものはいつでも損な結果しか招かないことなどとうに知っているというのに、それを制御出来ない自分に呆れる。
 待ったところであの受身ばかりの一刀が誘ってくるなど有り得ない。
 ならば結局自分が行くしかないのだ。

「……!」

 しかしここで気づく。
 机の上の書簡竹簡の山。
 歩み寄り、調べてみればほぼが終わっている。
 しかも中には乾ききっていなかったのか、開いたままの竹簡までもがあった。
 つまるところ……彼は徹夜で書類整理をしていたのだ。
 それはなんのため?

「…………《ぽむっ》」

 顔が静かに、少し熱くなるのを感じた。
 い、いえ、違うわよ? よく考えなさい曹孟徳。あの一刀よ? あの一刀が、その。私と同じ考えで、徹夜で仕事を終わらせる? 同じ考えで───

「〜〜〜……《カァアアアア……!!》」

 だだっ……だから落ち着きなさい!
 どうせ結果はどうあれ、なにかしらの呆れるような理由がきっかけで徹夜をしたのはほぼ間違いないのだろうから、妙な期待をするだけ…………そもっ……そもそも、ええ、期待? 一刀に? すすすっ、すすする必要がないじゃないの。ねぇ?

「…………《…………にやズパンズパンズパンッ!!》〜〜〜〜っ……!!」

 勝手に緩みそうになった頬を強く何度も叩き、顔を引き締めた。
 とにかく。一刀の考えがどうあれ、仕事がほぼ終わっているのは事実なのよ。あとは一刀を捕まえて連れ出してしまえば、ようやく私は息抜きが出来るのだから……!

「……というか。なぜ私はこんな回りくどいことをしなければ息抜きが出来ないのかしらね……」

 ええ、自分自身を納得させる、説得力のある理由をなかなか自分で出せないからでしょうね。
 解っているわよそんなこと。




-_-/一刀

 厨房で水を飲んでから、さあと腕まくりをして調理を開始する。
 腕まくりどころか制服の上着自体を脱いだわけだが……油使うから汚れるしね。

「今日はなにを作るのかの」
「朝だからさっぱりと、しかし力のつくものでいきたいな」

 そんな俺の横にちょこんとスタンバイしているのは美羽だ。
 待つのも退屈なので手伝ってくれるという。
 いい機会だしいろいろ覚えてくれると嬉しい。

「そういえば……この時代の人って料理のさしすせそとかって───知ってるわけないか」
「うみゅ? さしす……? なんなのじゃ?」
「料理のさしすせそ。さしすせそっていうのが、それぞれの調味料の頭の文字になってるんだ」
「?」

 首を傾げられた。
 あ、あー……こういう時ってどう説明したものかって迷うよな。

「つまりさしすせその“さ”なら、砂糖とかそういう意味で」
「さしすせそのさは砂糖……ならば“し”にも何かの意味があるということじゃのっ!」
「おおっ! そう、そういうこと! 飲み込みが早いな美羽っ!」
「うははっ、そうであろそうであろっ! もっと褒めてたもっ!」

 ……褒めるのはいいんだが、ここで褒めると七乃がやってるのとあんまり変わらないのであはなかろうか。いやいや、でも褒めてやるのは大切なことだよ。否定的な言葉ばっかりだと、人ってぐったりしちゃうし。

「じゃあ、“し”はなんだと思う?」
「し? し、しー…………シュウマイなのじゃ!《どーーーん!!》」
「それ料理だから! 調味料! 調味料ね!?」
「調味っ……わ、解っておるのじゃ!? い、いぃい今のはちょっとした冗談なのじゃ!?」

 その割には声が裏返ってるぞー。
 なんてことを考えつつも、必死に考える美羽を見守る。
 なんというか……俺にいいところを見せたいのかどうなのか、美羽は失敗を認めたがらない。素直に認めてくれたほうがプラスになることもあるのに。……や、俺もそういう気持ちはよーく解るんだけどさ。改めてこういう姿を見ると、華琳の前の俺もこんな感じなのかなーって。……華琳だけじゃないか、じいちゃんや、多分祭さんの前でもこんな感じだったんだろう。

「し……塩! 塩じゃの! 正解であろっ!?」

 胸は張るものの、顔が不安に満ちているおかしな態度の美羽。
 そんな姿が子供の頃の自分とダブった気がして、少し笑った。
 途端に美羽が言葉を改めようとするのを止めて、正解であることを教える。

「正解ならばなぜ笑ったのじゃーーーっ!!」

 怒られた。
 懐いてくれるようになってからは珍しいことながら、それでも本気で怒ったわけではないらしく……謝罪と頭撫でであっさりと笑顔。……ううむ、この子の将来が心配だ。

「じゃあ“す”は?」
「うははっ、考えるまでもないのじゃ! そのまま“酢”なのじゃ! ……そうであろ?」

 わざわざ訊ねるところがさすがですお嬢様っ! とか七乃なら言いそうだ。
 酢って日本人からすれば米酢の印象が強いから、日本が開発したって考えが無駄に染み付いてるんだが……日本へは中国から伝わったらしい。その時点での酢の原料がなんだったのかまではさすがに知らないが、後漢後期の時点では既に存在して……たっけ? この時代で生きてると、いろいろとごっちゃになって困る。特に真桜の開発するものの影響で、もはや何があってもおかしくないって状況になってるし。

「はい正解。じゃあ“せ”は?」
「───」

 これはさすがに解らないだろうと、少し意地悪げな心を胸に秘め、ちらりと見つめる美羽の顔。しかし美羽はフッ……と厨房に吹く静かな風を受け流すように笑うと、自信に溢れた目で俺を見つめ返した。
 ……!? 馬鹿な、まさか知っているとでも…………!?
 俺は思わずごくりと喉を鳴らし、そんな俺の前で美羽は胸を張ったままに───!

「背脂なのじゃぁああーーーーっ!!」
「なっ、なんだってぇええーーーーーっ!!?」

 無駄な迫力とともに間違っていた。

……。

 さて。
 美羽が盛大に間違えたのち、“そ”である味噌だけ何故頭の文字ではないのかまでをしつこく訊かれた俺の困惑も今は過去。
 見事に拗ねた美羽を宥めつつも作った料理はなかなかに好評で、美羽はすっかり機嫌を直してくれていた。

「大体妾は醤油なぞ知らんのじゃ! それを問題として出すのは卑怯というものであろ!?」
「確かにそうだけど、背脂を調味料だと思っていた時点でいろいろおかしいから」
「調味料ではないのかっ!? ら、拉麺には入っておるから、妾、てっきり……。それに七乃も“お嬢様がそう言うのでしたら調味料なんですよ。お嬢様の中ではね”と……」
「あの人はいったい何に影響を受けて生きてるんだろうなぁ」

 機嫌が直ったのは確かだ。現に今はぷんすかとしていた表情を和らげ、笑ってはいる。ただ、なんというかこう……拗ねていれば構ってもらえると踏んだ子供のような状況なんだろう。話しかければ笑顔だし、かといって別のことに意識が向くと服をちょいちょいと引っ張ってくる。
 …………惚れ薬の効果が残ってるとか……ないよな?
 こうまで構ってオーラが出てると、惚れた身のこっちとしては顔が熱くて仕方ない。

「うん」

 場所は中庭。
 本日の仕事は……特に急がなければいけないもの、無し。
 調べれば解るであろう華琳の部屋へはまだ行っていないものの、なんというかこう、探してまで行くのが気恥ずかしい現状にございます。だ、だってほらっ、気になるあの子の部屋を調べてレッツゴーって、ストーカーみたいじゃ…………それは考えすぎか。知らない関係ってわけでもないし。

「主様、今日は鍛錬かの?」
「氣の鍛錬なら仕事しながらず〜〜っとやってるけどな。ただ、そうしてても体を動かしながらの鍛錬は出来ないから」

 たまには動かしてやらないと、体が勘を忘れそうで困る。
 特に子供の時の感覚が体に染み付いていたら困るし。
 ようはあれだ、子供の頃の感覚と現在の感覚の“良いところ”を上手く引き出せるように、体を鍛えていこうって考え。

「じゃ、早速……」

 意識を集中させて氣を丹田から全身へ。
 体は鍛えられないくせに気脈だけは広がるこの体を、とにかく氣で溢れさせてゆく。
 周囲に美羽以外誰も居ないことを確認。気配も探ってみて、まさに誰も居ないことを確認し終えると、はおぉおおと無駄に唸ってみる。
 いつもやっているだろうに、なんで視線を気にするんだーと問われれば、格好の問題と答えましょう。や、常々思っていたことなんだが……“氣を解放するのに適した姿勢というのはあるのだろうか”って、他の人は気にならないだろうか。
 たとえばドラゴンボールみたいに重心を腰から下に落とすような氣の解放とか、背伸びをするような解放とか……そっちの方が出力が強いんじゃないかーって感じはするよな。漫画とかの影響だろうけど。
 じゃあ実際にやってみるとどうなんだろうってことで、ちょっと探ってみようかと思う。

「ん、んんー……んー……はっ! ほっ! はぁーーーっ!」

 いや、掛け声とかでも微妙に変わるかもしれない。

「ぬおおおおーーーーっ!! オアーーーッ!! ハワァーーーッ!! …………ほわぁーーーっ!! ほっ! ほわぁあーーーーっ!! ……きぇえええーーーーーーーっ!!! きえっ! きえっ! ひきぇえええーーーーーっ!! …………」

 よし変わらん。
 普通に錬氣するか。
 やり遂げた男の顔で、額の汗を優雅に拭う俺が居た。





-_-/華琳

 …………居ない。
 ただし水に濡れた食器はあるようで、どうやら食事はしていったようだ。
 侍女に訊いてみれば、確かに食べていったという。
 ここでは王ではなく魏からの客、というだけで、その日の将らの行動予定が解らないのは……これで結構面倒なものだ。予定が報されていれば、回り込むことくらい出来るでしょうに。
 侍女に訊いてみたところでそれから何処に行ったのかなど解る筈もない。

「徹夜だというのに鍛錬……は、考えにくいわね。というかそもそも行動が自由すぎるのよ一刀は」

 ならばと、最近の仕事馬鹿な一刀の行動を頭に浮かべつつ歩く。
 華雄や思春が霞と冥琳についていっているなら、警邏を代わりにやっている可能性がある。
 ……はぁ。相手が一刀でもなければ、もっと行動が読みやすいのだけれどね。普段は単純で読みやすい行動を取るのに、一歩目から躓かされると次が読めないのよ、あのばかは。
 春蘭ほど単純であってくれたなら、呼べばすぐ来るでしょうに。
 呼べば…………、───。

「…………こほんっ! ……か、一刀?」

 ………………。
 …………わ、解ってたわよ? ええ、来るはずがないじゃない。
 そんなことはどうでもいいのよ、ともかく街へ───《きゅるぐー……》…………。

「人というのはどうしてこう、自分の意思に反したものばかりで構築されているのかしらね……」

 朝食を摂ることにした。





-_-/一刀

 トトトトトトッ……

「おおおお! 速いのじゃーーーっ!」
「右左右左右左右ぃいいーーーーーっ!!」

 氣だけで体を動かす鍛錬をしつつ、肩には美羽を。いわゆる肩車状態にして、城壁の上を駆けていた。
 子供の頃に学ぶことっていうのは案外体に染み付くものらしく、思春が叩き込んでくれたお陰なのか、妙なクセもなく錬氣できるようになっていた。
 お陰で体を動かすのがとても楽だ。

(それに、城壁の上からなら華琳も見つけやすいだろうし)

 打算的なことも考えていたりするが、会いたいのは確かなので。
 こういう時の男っていうのは妙なプライドとか体裁とかを気にしてしまうものなのだ。会いたいなら探して会えばいいだろうに、女々しいだのストーキングだのと余計なことを考えてしまう。
 そこのところを言うと、ドラマとかの主人公は行動力があるよな。
 俺にはちと難しい。

「んーと……出来るだけ内臓に振動を与えないように走って……呼吸も楽に楽に……」

 五臓六腑に“走っていること”を気づかれないように行動する。
 脳が信号を送っている時点で無理な話だろうけど、やってみると結構面白い。
 とにかく原点を思い返しながらの鍛錬っていうのは大事なものなのだ。
 今の俺で言うなら、汗は流しても呼吸は乱さない鍛錬。
 石畳に足が落ちる際に、氣をクッションにして振動を減らすことも忘れない。
 そうすると案外肺臓や心臓が揺れて呼吸が乱れることもなく、長距離を走ることが可能になる。

「………」

 鍛錬は慣れたものだ。
 なのに慣れたからって手を抜けば、あっという間に体は弱体を目指す。
 現状維持は大変なくせに先を目指すのはもっと大変で、何もしなければナマる体は恨めしい。
 氣はどうやらそこまでの弱体を見せず、どちらかといえば老いとともに弱っていくようだ。どちらにせよ───人体っていうのは本当に、人体のくせに人にやさしくない。

「次は───」

 一通り走り終えるとまた柔軟。
 筋肉がつかないのはもう諦めたが、筋肉が成長しないくせに間接は固まるからやってられない。なんなんだこの御遣いボディ。

「うぬぅううぬぬぬぬぬぅうう〜〜〜〜〜っ!!」

 中庭の芝生の上で柔軟運動をする横で、美羽が同じく柔軟をするのだが……体が固い。馬鹿な、この幼き容姿であっても体が固いと申すか。そう思いつつコツを軽く教えてトンと背中を押してみれば、ぺたりと曲がる美羽の体。
 ああなるほど、力みすぎてただけか。

「美羽〜? 柔軟は力で伸ばすんじゃなくて、脱力で伸ばしたほうがいいんだぞ〜?」
「なんと!? “貴様は貧弱だから、懸命にやらねば伸びぬ”とふんどし女は言っておったぞ!?」
「その伸びとこの伸びは違う伸びだから! あとふんどし女とか言うのやめて!? 今もどこかで見られてるかもしれないんだから!」

 もし知られたらなんでか俺が怖い目に遭いそうな気が! 被害妄想ですか!? でもなんだかそんな予感がするのです! 貴様の教育が悪いからとかいろんな意味で!
 ああいや落ち着こう、焦るヨクナイ、ノーアセル、ノー。

「………」

 なので、せっかく一緒に居るのだからと美羽に鍛錬の仕方を細々と教えていく。ギブアップをするのならそこまでだ。そういった考えのもとに指導といえるのかも怪しい鍛錬教室を始めた。

……。

 ……のだが。

「ふぅううみゅぅうううう…………」

 美羽さん、あっさりダウン。
 あ、や、ここでのあっさりはあくまで俺の主観なわけであり……普段から怠けていた美羽にとっては大運動だったことはきちんと付け加えておく。
 兵を誘ってもブンブンと首を横に振るわれる俺の鍛錬だ、小さい体の美羽が耐えるには、少々…………少々? とにかく大変なものなのだ。……小さい体って意味では鈴々は確実に超規格外だから、枠の中に入れてはなりません。
 だから、その、つまり、頑張ったのだ。あの美羽が。
 ……困った、なんか嬉しいぞこれ。

「……美羽はさ、どうしてそんなに必死に鍛錬をするんだ?」

 思わず訊いてみる。答えらしき言葉はさっきも聞いたんだが、改めて訊かずにはいられなかったのだ。

「……? おかしなことを申すの、主様は…………はふ。妾は妾の全てを主様の傍に置くと決めたのじゃ。そのための努力はして当然で、そもそも主様は怠け者には興味がないと───」
「七乃が言ってたのか?」
「違うのじゃ」
「へ?」

 意外! 七乃じゃない!?
 大層おかしな顔をしていたのか、俺の顔を見た美羽がほにゃっと笑う。
 そして、言った本人が華琳であることを教えてくれた。

「華琳が。へえ……」

 これまた意外だった。まさか華琳が美羽に対してそんなことを言うなんて。

「でもな、べつに俺は怠け者が嫌いってわけじゃないぞ?」
「うむ。主様にこれを言えば、そう返すとあやつも言っておったの」

 何処まで人のことを読んでますか華琳さん!!

「主様、妾はの、主様ともっといろんなことをしたいのじゃ。歌はもう数え役萬☆姉妹がおるし、最近は七乃もちぃとも遊んでくれ……はうっ! そそそそうではなくてのっ!? 七乃も忙しいようでの!? …………妾だけ、置いていかれているような気持ちになるのじゃ」

 仰向けに寝転がったまま、胸の前でついついと人差し指同士を合わせている。
 ようするに寂しいってこと……じゃないよな、これは。
 言葉通りだ。
 置いていかれてるって気持ち……困ったことに、これはよく解る。
 今の美羽は、魏がまだ“曹”の傍の下のみで動いていた頃の俺だ。
 なにをしていいのか解らず、他の人は忙しく動いているのに自分には何も出来ないという疎外感。それを払拭したくて手を伸ばすのに、それはやってはいけないことだった時の気まずさといったらなかった。
 やる気を出せば何もかもが吉に回ってくれるなんてことはなく、よかれと思ったことが手回しだったなんて誤解されてしまうことだってあるのだ。……や、あれは完全に俺の失敗だっただけですがね?

「美羽は俺のためにいろいろなことをやってみたいのか?」
「うみゅ? 妾の行動は全て妾のために決まっておるであろ? ……妾、主様の重荷にはなりたくないでの。主様の傍に居たいのなら、自分の責任は自分で背負えと曹操に言われたのじゃ」
「あー……」

 なんだろ。そういった話の中で美羽を泣かせて、ニヤリと邪悪に笑ってる華琳の表情が楽に想像出来た。
 そんな想像とは別のところで美羽は俺の目を見つめ、俺もまた美羽の目を見つめる。向ける気持ちは……安心と信頼。美羽はすぐにぱあっと明るい笑みを浮かべ、視線を空に移した。
 美羽のこれはきっと依存に近いんだろうけど、方向性としてはそこまで悪いものでもない、と思う。思いたいだけかもだが、幸いにして言ったことは守ってくれるし───いや、そういえば美羽って友達作ったっけ?
 仲直りをして主様と呼ばれるようになった時に、友達を作ってみようって話をした筈なんだが。

「………」
「?」

 俺の視線に気づいたのか、空を見つめていた美羽がこてりとこちらを見る。
 不意に真正面からぶつかる視線に心の準備をしていなかった俺は、見事に顔が熱くなるのを感じた。いい加減治りなさいこの症状。
 しかしながら突然視線を外せば美羽が傷つくだろうっていう理由で、視線はそのまま。顔が余計に赤くなっているだろうことを自覚しながら見詰め合った。

「おおっ!? 主様顔が赤いのじゃっ! 平気かのっ、平気かのっ!」
「へ? あ、あー……エット、走りすぎて今更体が熱くなったカモー」

 そして俺はヘタレです。
 頭の中で悪魔さんがGOサインを出しやがるのだが、そんなサインを悪魔さんごと圧し折りたいくらいに欲望に正直に生きれない俺です。
 ちなみに悪魔さんは小さな雪蓮の姿をしてやがりました。無駄に似合ってると思ったのはここだけの話です。

「……ふむ」
「うみゅ?」

 ハタ、と気づく。
 や、むしろ違和感を覚えたっていったほうが適切だ。それが散々と走り回ったあとなのは、美羽と一緒ってことで心が勝手に舞い上がっていた証拠だろう。

「なあ美羽。ここでこうして動き回るまで、将の誰かを見たか?」
「……? おお? 言われてみれば、誰とも会ってないのぉ……。七乃もおらんし、ふんどし女とも会ってないのじゃ」

 むくりと起き上がると美羽も従うように起きて、きょろきょろと辺りを見渡してみれば───見張りの兵は居る。厨房で侍女さんも見たし、そういった方々はいらっしゃるのだが……ハテ。今日は別に“何かの日で誰かを迎えなきゃいけない”ってこともなかった筈なんだが。

「せっかくだし、少し散歩でもするか」
「わかったのじゃ」

 自然と手を繋いで歩きだす。
 その行為に、自然にやったくせに赤くなった俺は口元を自分の手の平で覆い、せめて美羽の視線からは逃れつつも心が正常に戻るまでを歩きながら待った。
 なんか忘れてる気がするんだけどな。なんだったっけ。
 将のみんなが居なくなるような用事があったようななかったような。
 …………上手く頭が働かない。
 視察兼警邏が終わったら、もういっそぐっすり寝てしまおうか。




-_-/華琳

 ……久しぶりに全力で料理を作り、思い切り食べてやった。
 沈黙したお腹にざまあみなさいと呟きつつ向かう先は街……だが、その前に念のために中庭へと向かってみる。
 けれど、ものの見事に居ない。
 兵が私を見てビッと姿勢を正すのに気づくと、ここに一刀が来なかったかを訊いてみた。
 ……先ほどまで城壁の上を走っていたそうだ。
 胃袋に怒り狂った結果がこのざまだった。
 胃袋に逆にざまあみなさいと言われる瞬間を味わわされた気分。

(冷静さは必要ね……ええ、必要だわ……《ヒククッ……!》)

 こめかみあたりが躍動している気がしないでもない。が、大丈夫、私は冷静だ。
 さて、では次に一刀は何処へ行ったのかだ。

1:街へ警邏へ

2:川へ汗を流しに

3:部屋へ戻った

4:私の部屋を探している

5:きっと天に帰ったのよ

 結論:…………2ね。というか5は無いわ。あったら許さない。 

 ……はぁ。
 思えば再会の時も川だったわね。
 これで見つかればいいのだけれど。

「………」

 いえ、待ちなさい。
 直感を信じると裏を掻かれる気がするわ。これもまた直感といえば直感だけれど、美羽も一刀の部屋に居ないことを考えれば川よりも街の可能性が高い筈。

「街ね。……見つからなかったら見つからなかったで、新しく出来た書店に行ってみるのも悪くないわ」

 わざわざ口に出す必要もないのに、自分で確認するように放つ。
 ……いつかのように“荷物持ち”が居れば、服を買うという選択肢もあったというのに。まったく、あのばかは。

「はぁ」

 目を伏せて溜め息を吐いてから歩き出した。
 もう急いでもいろいろと無駄だろうという考えに至り、のんびりと。

……。

 街は随分と賑やかだった。
 軽く見渡してみても笑みがないほうがおかしいというくらいに、町人らが笑っている。一刀が一人一人に言って回った方針で、“人は笑顔には笑顔を向けるものだ”という言葉がこの結果……なのだろう。
 もちろん笑顔にも種類というものがある。怪しい笑顔に警戒するのは当然で、まあ、つまりは武器を持って笑っている相手に町人が笑みを見せる必要などないのだ。例外は警護をする兵くらいだろう。
 哀しい顔をしている者が居たら手を差し伸べて、差し伸べるほどの余裕がなくても話を聞くくらいならば出来る。自分には無理なことなら、自分が知っている人物の中でなにかしら得意そうな人を探してみて、その人を紹介してみるのもいい。そうして少しずつ自分たちの中でも人脈というものを育てていくのも悪くない。
 現にこの都では人の一人一人が助け合いをして、町人では判断しきれないところは兵が仲介に入って、兵でも無理ならば将に……と、こんな流れが簡単に行われる。
 そんなに簡単に将に頼っていいのかという話になりそうだけれど、戦が無いのであればそういう仕事を手伝うのが現在の武官らの仕事だ。むしろ将の手が足りなければ支柱まで駆り出される……いいえ、自分から飛び出してゆくのだから、将が出ないわけにはいかない。示しがつかないからだ。

「兵隊の兄ちゃーん!」
「お? どうした坊や」

 子供が笑顔で兵に声をかける光景に、かつての自分の軍を思う。
 あんな笑顔を浮かべた兵など、かつての曹の旗の下では考えられなかった。
 常にギラギラと目を光らせ、町人もまたびくびくと視線を落としながら歩いていたものだ。
 それが、この街ではこんなにも距離が近い。

「かーちゃんが仕事ごくろーさま、って。ほら、まんじゅー!」
「おっ? いいのかい? って、俺まだ仕事中なんだが……」
「えーと、作るの失敗して……? かたちがへんなので売れないから、えんりょする……な? とか言ってた!」
「……そうか! 捨てるのがもったいないなら食べるしかないな!」
「へへー! もったいないもんねー!」
「おおっ! もったいないもんな! それじゃあ……んぐ、んむんむ……んんっ! うまい!」
「だろー!? っへへーん、かーちゃんのまんじゅーは都でいちばんうまいんだぜー!?」
「はっはっは、そうかそうかー!」

 兵と子供が笑っている。
 仕事の中で立ち食いとは、とは思ったものの、今の私は休暇を楽しんでいるただの曹孟徳だ。そう自分に言い聞かせて、わざわざ注意をして自分の時間を削らないよう努める。
 自分の休暇は常に自分の用事以外のもので潰れることが多かったのだ、たまにはこんな我が儘もいいだろう。

「………」

 都を歩く。
 耳を澄ませる必要もなくひっきりなしに耳に届く言葉の数々は、全てを聞き取ろうとしても聞き取れるものではない。それでもその大半が楽しげなものであることに、いつしか自分までもが笑んでいた。
 私の下での“城下治安維持”から始まった一刀の計画。
 “男ならもっと野心を持ったらどうなの”と訊ねたら、彼は“今の地位で満足している、こうして華琳とも買い物できるし”と苦笑をこぼしていた。……思い出したら、いつかのように顔が熱くなるのを感じた。
 野心のない小さな男への褒美として渡したのは……そういえば自分が食べかけていた肉まんだったか。

「そういえば……」

 子供が言っていたわね。母の饅頭は都で一番美味いと。
 ちらりと通り過ぎた位置を見てみれば、兵に別れを告げて走ってくる子供。
 私を追い抜き、その先にある家へと入っていった。
 家には看板があり、饅頭を売っている店だということが解る。

「…………ふぅん」

 なるほど、良い香りだ。
 そういえば一刀が子供になっていた頃、案件の中に饅頭云々の文字があった。なんでも一刀が味付けに協力したとかで、それについての感謝の言葉もあった。
 その店の名前が、この看板に書かれた文字と同じだった筈だ。

「ふふっ」

 くすりと笑い、店の前に立つ。
 すぐに威勢の良い声が聞こえ、活発そうな女性が対応してくれる。
 採譜は……あるわけがないわね、饅頭屋なのだから。
 ただしいつかの“おやじの店”のように商品の名が紙に書かれて吊るされていて、それの中から適当に選べということらしい。

「…………この、ぴざまん、というのは……なんなのかしら」
「ああ、それはこの店独自の饅頭で、なんとあの御遣い様が考案した饅頭なのさ! なかなか美味しくて、評判もいいんだよ!」

 ……いちいち元気ね、この女性は。
 けれど、なるほど。一刀が。

「ではこれをいただくわ」
「はい毎度! 今包むから待っていて頂戴ねぇ!」

 元気な女性がぴざまんを小さな紙袋に包み、渡してくれる。
 代金を支払うとこれまた元気に“またよろしくねー!”と送り出された。

「………」

 コサ……と紙袋を開き、ぴざまんを見る。
 湯気が饅頭から出て、一緒に香るその香りは……いつかの“ぐらたん”を思い出させるものだった。ええ、覚えているわよ、私ではなく最初に華雄に食べさせたと聞いた時はどうしてくれようかと思ったもの。
 さて……肉まんは肉が入っているから肉まん。あんまんは餡子だからあんまんよね。ではぴざは? ぴざ………………?

「食べてみれば解ることね。それに、解らないのであれば逆に新しい味ということにもなるのだから」

 別に気にするほどのことでもない。
 小さな紙袋……紙袋というか、二枚を重ねたような紙ね。を開いたまま、はむりとぴざまんを食べてみる。
 すると……麻婆豆腐の味を柔らかくしたかのような、辛くはないのだけれどどこか濃厚で、舌に軽く張り付くような味が広がる。
 ……舌に残る味ね。けれどそれを気にしないのであれば、なるほど、嫌味はない新しい味だ。
 それにこの……

「《うにゅ〜〜……》…………」

 これ、一刀が作った“手作りちーず”とかいうものよね?
 ぴざにはこれを入れるのかしら。
 饅頭の生地とともに、このちーずが濃い餡の味を受け止めてくれている。
 あまり多く食べると気持ち悪くなりそうだけれど、この量ならば悪くはない。
 一応、考えて作られているのか。

「……ふぅ」

 なんだかんだと考えながらも食べ終わる。
 まったく、天というのはいろいろと考えさせてくれる場所だ。

「ごままん、は……胡麻が入っているだけ……よね?」

 ふと、吊るされていた商品の中の一つのことを思い出した。
 どちらにしようか迷ったのは確かだが、ただ胡麻を詰めただけの餡では目を引く美味などないだろうと“ぴざまん”にしたのだが。
 それでも少し気になるのは、料理というものを大切に思っているから……なのだろうか。まあいい、ごままんはまたの機会だ。……べつに、一刀を見つけた時にお腹がいっぱいではいろいろと困るわけでは…………ええ、ないわよ。大体、ご飯自体は食べたのだから、もう入る場所などない。
 それにごままんだって、ごま団子が饅頭に変わっただけよきっと。気にするほどのものではないわ。

「……? あら、この書店、もう出来ていたのね」

 歩く中で書店を見つける。
 一刀が子供になった所為でいろいろと大変だったため、街の様子の全てを把握しきれていない。いえ、そもそも子供になっただのの言い訳がないとしても、全てを把握するのは無理ね。

「………」

 辺りを見渡しても、やはり一刀は居ない。
 まあ、いいでしょう。少し目に新鮮な刺激を与えるのも悪くない。
 見たことのないものを探るのも、これはこれで刺激になるのだから。




ネタ曝しです *ド・マイヤール  ゼロの使い魔/烈風の騎士姫より、カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。  男装をしている時はカリン・ド・マイヤールと名乗っている。 *ドシュシュッ、バオバオッ、ビッ、ブバッ  ファミコンソフト、霊幻道士より。  奥義を教えてもらう時になる効果音。 *フェイスフラッシュ  キン肉マンより。  幼少時よりマッスルフォールの水の恩恵を授かり続けると顔が輝く。 *COOOO!  波紋のビートを刻む。ジョジョの奇妙な冒険より。 *某師範  ・・・・すごい漢だ。 *筋肉のアレコレ  美木良介氏のアレ的なもの。 *ゴリモリマッチョな9歳  ドラゴンボールの孫悟飯とネギまのネギ。 *ひきぇえええーーーっ!!  エンジェル伝説より、北野くんの叫び声。  後半へ〜、続く。(ちびまる子ちゃん風) Next Top Back