150/愛を育む人(再)

 さらさらさらさら……

「………」
「………」
「………」

 静かな時間が続く。
 相も変わらず俺の足の間には人が居て、もういい加減慣れ書類作業を見守っている。

「一刀、そこ間違っているわ」
「オアッ!? ど、どこ?」

 ただ、足の間に居るのは華琳であり、隣の丸机ではそれをなんだか羨ましそうに見つめる美羽が居たりする。しかしその美羽も特に騒ぐことはしていない。先に華琳に“せっかく大人になったのだから、大人しくして一刀に好かれる女性で在り続けてみたらどうなの”と言われてからあの調子だ。
 誰かが急に大人になった〜だのなんてことは、広めなければ案外静かに終わるものなんだろう。もちろんわざわざ騒ぎを起こすほど暇ではない俺達は、特に騒ぐことも広めることもなく黙々と作業をして……腹が減れば食事を部屋まで持ってきて美羽と食べた。
 子供になった俺の例もあるからしてこの状態がいつまで続くのかは謎だ。水で薄めることもなく原液で飲んでしまったからには本当の本当にいつ治るのかが解らない。や、この場合は“直る”か?
 ともかくそんなわけで、“この状況”に慣れるためにも俺と美羽は華琳の言葉に頷き合って…………こんな状況の中に居る。
 どうして華琳が足の間に居るのかは、まあ俺が頼んだことでもあり……同時に華琳からの提案でもあったわけで。ようするに美羽に“我慢が出来る大人の女になりなさい講座”をやらせているようなものなのだ。

(以前に比べれば全然、様々を我慢出来るようになっているとは思うんだけどなぁ)

 それでも華琳はその先を求める。
 あんまりいっぺんにやらせようとすると折れるぞ〜なんて言ったところで、どうにも華琳は袁家の者に遠慮がなさすぎる。

(……美羽の顔より体のほうに恨みがましい視線を飛ばしているところにも、いろいろ事情があったりするのかな)

 そこのところはあまり深くは考えない方向で。
 そういった察知能力が異常だからね、この世界の女性は。
 大丈夫、俺もいつまでも馬鹿じゃないよ。前にも似たようなことを言ったけど、今度こそ大丈夫さ。以前よりは……あくまで以前よりは乙女心というものを理解出来ているに違いない。
 だからここで突っ込んだ物言いをするのは自殺行為と断言する。
 無難がいいんだ無難が。
 でもこの世界の女性に対する無難って何処までがセーフなのか、イマイチ理解しきれていないところがある。さすがにそれはって思うことでも“もっと踏み込め”的なことを言われる始末だ。
 で、踏み込みすぎると武器突きつけられたり誤解されたり。
 ……じいちゃん。僕、この世界が僕になにを望んでるのかワカラナイです。
 でも華琳の目が美羽の何処に向かっていたのかは解るつもりさ。だからここはこう言えばいいんだ。

「胸なんて個人差だし、俺は華琳の胸だったら大きくても小さくても《ゾブシャア!!》目が痛いぃいいーーーーっ!!?」

 的確に目を狙われた! 振り向くことすらせずに両の目を!

「よくもそんなことが言えたものね、一刀。大きな胸があればすぐにそちらに目がいくあなたが」
「それは存在感があるものに目が向いてしまう人としての法則ってものでべつに胸が小さいからいかないとかそういう意味じゃ(もも)ォオーーーーーッ!!?」

 今度は無言でギウウと腿を抓られた。
 だが負けません。(なににだろう)
 受けた誤解は解くためにある! なにせ誤りなのだから! そう、謎が謎のままなのは我慢ならない華琳なら、むしろ真相を知りたがる───より先に生爪とか笑顔で剥がされそうな気がした俺はもうヤバいのでしょうか。や、さすがにそれは非道の域だよね?
 ああいやいや今はそんなことより誤解を解かなければ! 華琳は間違っている! 冗談抜きでそれは存在感の法則というものであって、俺は大きければいいというわけじゃあない! ……好きな相手の胸なら、どんな形でも触り心地でも愛を以って受け入れる───それが男の愛だろう!
 解ってもらうんだ! そう……喩えを連ねることで彼女の高い理解力をさらに引き出し、心の奥底まで受け取ってもらう!

「存在感っていっても大きいものには目が行くのは当然だ! そうさ! 分厚い着衣で包まれた誰かの胸より、さらけだされた華琳の慎ましやかな胸に行くのは当然の《ゾブシャア!!》目がぁああーーーーっ!!」

 再びの目潰しだった。
 見えない! なにも見えない! なのに足の間にあるであろう小さな体から、見えないくせに確実にそこにあると理解させる殺気がメラメラと! 違うのに! 俺が欲しかった理解はこんな殺気じゃないのに!

「それはなに……!? 包まれた大きな胸に対して、私は胸をさらけださなければ見る価値もないということ……!?」
「あれぇ!? 喩えを出して深く理解してもらおうとしたことが裏目に!?」

 まずい、これはやばい!
 もう理解がどうのは───だ、大事だけど、今はとにかく回りくどいことを抜きにして真実の告白を!

「ちちち違うぞ!? 隠されてても曝け出されてても俺は華琳の胸が大好きだ! 大きさとかの問題じゃなくて、華琳の胸が《ズパァン!》痛い!!」

 それはとても綺麗なビンタでした。ええ、華琳さまも黒い笑顔でにっこりだ。
 一言で言うなら“全力で伝えてみたらただのセクハラ発言でしかなくなってました”だ。真実って難しく、そして痛い。

「解ったからとりあえず黙りなさい」
「え、や、でも」
「黙りなさい?《にっこり》」
「……、……? ……ッ! ───《さらさらさら……バッ! ベパァン!》痛い!」

 黙る代わりにハッと思いつき、竹簡に“貴女の胸が大好きです”と書いたらビンタが飛んだ。うん、正直ごめんなさいでした。
 しかしよくもまあ後ろ向きで器用にビンタを放てるもので……脅しと笑みを混ぜた時だけ振り向くのは本当に勘弁してほしい。
 うう……困った、元からかもだけど、さっきよりも空気が澱んでしまった……。これはなにか適当な話題を出して、華琳が発する威圧感と不機嫌さを小さくしていくしか……! ……ていうか、俺踏み込みすぎたね。さっき気をつけるべきだと心に決めたはずなのに。

「……ちなみに天ではバストアップエクササイズ……胸を大きくする運動っていうのがあって───」
「………」
「フランチェスカで及川が女友達に教えて回ってたのを聞いただけだけど、やってみる?」
「………」

 …………ワー、悩んでる。
 なんというかこう、叩いた手前、乗り気でやり方を聞いてみることが出来ないのかもしれない。
 ちなみになんで及川がそんな情報を知っていたのかは知らない。多分及川だからだろう。女の子と仲良くするためなら様々な情報を拾ってくる、いろいろと用意周到なヤツだ。
 とりあえず俺は華琳のご機嫌を取るためにも、返事を聞かずに実践してみせた。
 華琳の手を取って、胸の前で手を合わせて合掌のポーズ。
 それから合わせた手を押し合うように力を入れさせて、胸の筋肉を刺激させる。脂肪は筋肉のエネルギーとして使用されるだろうが、それ以前に胸筋が無ければどれだけ大きかろうが垂れてしまう。
 なのでまずは土台作り……そのためのノウハウを色々と囁きながら、次々と方法を教えてゆく。
 そして……最初こそは手を動かして囁いていた俺だったが、いつしか自分の意思で動き出す覇王様。
 次の方法を教えるたびに、集中している子供のように無言で小さくこくこくと頷く姿がなんというか可愛くて……!

「及川が言うには“良い恋愛をすると、女の子の胸はおっきくなるんやで〜!”だそうだ。女性ホルモンの関係がどうとか言ってたな」
「じょせいほるもん……?」
「う……まあそのー……男が男らしく、女が女らしくあるためのバランス物質みたいなものかな? 男性ホルモンは筋肉に強く影響して、女性ホルモンは女性らしさに影響してとか、そんなところじゃないかな。俺も詳しくは知らない」
「女性らしく───…………一刀」
「ん? どした?」

 筆をコトリと置いて小さく溜め息。
 華琳の香りしかしない現状での呼吸はなんというかいろいろと大変だ。そんな中で深呼吸をすると、もう胸の中が華琳でいっぱいで───

「そのじょせいほるもんというのは、どうすれば得られるのかしら?」
「───」

 ───数瞬、思考を忘れた。
 しかしハッとした時にはもう遅く、気をつけよう意識するより早く“その方法”を思い浮かべてしまった俺の主張が、華琳の一部を押し上げた。

「………」
「………」
「…………その。つまり、そういう……こと?」
「……ハイ……なんかすんません」

 肩を落としてぐったりと謝った。
 これは仕方ない。この状態で胸を張れっていうのはある意味男だが、俺はそんな男にはなりたくない。
 しかし華琳は「……そう。なるほどね。だから良い恋愛をすれば、なのね」と得心したように深く何度も頷いていた。

「ところで一刀? 沙和が言っていたのだけれど、その…………む、胸を揉むと、大きくなるというのは───」
「あ、それは一部じゃ迷信って言われてるんだけど……ただ、好きな相手にリラックスした状態で揉まれるのは効果的らしいぞ? なんだったっけな、好きな人と居ることで女性ホルモンを分泌させて? さらに揉むことで乳腺っていうのが刺激されると大きくなる……かな?」

 及川がぽんやりうっとり顔でトリップしながら言ってた言葉だから真実かどうかは解らない。“胸は脂肪と乳腺で出来ていて、胸は乳腺脂肪体というもので構築された神秘なんやでぇええ!”と、突然顔を真っ赤にして叫んでいた。あいつは何処へ行きたかったんだろうか。

「その乳腺っていうのが乳腺脂肪体っていうのを掻き集めて大きな胸になる。そして乳腺は女性ホルモンの分泌と適度な刺激で発達するらしいから、好きな相手に揉まれるのがいいんだとか」
「それは相手が女性であっても構わないのよね?」
「…………そういうこと、男の俺に訊きますか」

 自分を好きだと言う男に女で構わないのかと言う覇王がおる。
 これもう俺といたしましては泣きたくなるほど非道の域なんですが。

「んー……あのさ。華琳は相手が女でも自分が女であることを意識出来るか? どういう条件で女性ホルモンが分泌されるのか、詳しいことまでは解らないけどさ。相手が男であることに越したことはないと思うんだけど」
「あら。一刀はそんなにも私の胸が揉みたいのかしら?」
「当たり前だ! 見くびるな!《クワッ!》」
「えぇぅっ……!? そ、そう……?」

 濃厚なる一夜を越えて俺も幾分成長出来たのだろうか。
 なんかもう煩悩まみれでいろいろ目を瞑りたい気もするんだが、我慢がどれだけ恐ろしいかを覇王様を相手に理解してしまったこの北郷めといたしましては、出来るだけ本能は少しずつでも発散させるべきだとは思うのです。

「えっと……で、たしか……あ、そうそう。ストレスは……怒りとか鬱憤は女性ホルモンを殺すから、リラックスした状態じゃないと意味がないらしいぞ? 逆に脂肪を揉み解して胸を痩せさせる結果に繋がる可能性があるんだってさ」
「………」

 ストレスに心当たりがありすぎるのか、華琳は眉間に指を添えて深い深い溜め息を吐いた。

「はぁ……呆れる事実ね。じゃあなに? 私の胸がその、こうなのは───」
「…………」
「……一刀? 何故そこで苦しそうに顔を逸らすのかしら?」

 い、いやっ……これは決して“それはない”とツッコミたかったわけではなくて……! でも確かに女性ホルモンは結構殺されていると思うのだ。華琳って恋より仕事な人だもの。そんなんで女性ホルモンを発達させなさいっていうのは中々に難し───……あれ? でも結構女同士でアレコレやってるからそうでもない?
 …………ああ、そうか……じゃあこれが彼女の“有りの儘”のサイズで痛い痛いだから腿が腿がァァァァ!!

「一刀。怒らないから、その人を哀れむ優しい笑顔を私に向ける理由を話しなさい」
「怒ってなかったらこの腿つねりの説明が出来ないんだけど!?」
「あら。私は今怒っているのであって、これから言われることには怒らないと言っているのよ?」
「結局怒ってるだろそれ! そんな言葉遊びで怒られるなんて冗談じゃない!」
「《グミッ》はみゅっ!? ふぁ、ふぁふほっ!?」

 抓られる腿の痛みに耐えつつ、反撃とばかりに頬を引っ張った。もうなんか定番の仕返しになりつつある。

「……華琳、これから大事な話をするよ。こうして華琳を足の間に座らせたわけだけど、よく思い出してほしいことがあるんだ」
「……ふぁうぃよ」(訳:なによ)
「華琳。ここが誰の椅子か知ってる?」
「…………」

 ひょいと横から覗く華琳の表情。
 口を横に引っ張ってるために少々カレーパンマン的な感じになっている彼女の顔に、たらりと汗がこぼれた。

「懐かしいよなー。俺も華琳に促されて玉座に座ったら、そこは王の椅子よーとか言われていろいろ大変だったよなー」
「……!《だらだらだら……!》」

 華琳の視線があちらこちらへと飛ぶ。
 まあ、結論を言ってしまうとここは支柱の椅子。
 王にしてみればどの椅子も変わらないだろうが、同盟の証の椅子なわけで。それ言ったら雪蓮も美羽も座っているわけなんだが……言いだしっぺは華琳なわけで。

「………」
「………」

 柔らかい口を離す。離した途端に、ババッと身構える。
 なにかしらの反撃があるかと思いきや……華琳は静かなものだ。
 ……ハテ。

(静かなのが逆に不気味だと思う俺はもうおかしいのだろうか)

 子供の頃の意識に引かれるがままに、普段言わないような意地悪なことを言ってしまったが……言っている間はいいんだが、言ったあとに“やっちまったァァァァ……!!”という恐怖が滲み出てくるのは人のサガでしょうか。
 い、いや、この歳にもなって好きな子をいじめてでも気を惹きたいとかそんなことじゃない───は、はず……って……馬鹿な……! 断言できないッ……!?

「………」

 何も起きない事実にどんどんと乾いてゆく喉をごくりと鳴らす。
 気を紛らわすためにちらりと見た視線の先では、机から寝台に移っていた美羽が胸の前で手を合わせてグググと力を込めたり、もにゅもにゅとその豊満な胸を揉みってちょっと待ちなさいなにやってるの美羽さん!? 静かだと思ったらいったいなにを!? いや見れば解りますね俺が言ったことを実践してただけですよねごめんなさい! そして及川! 今度会えたらオーバーマンのマスクのことも込みでキミを殴る! グーで殴る!

「やめなさい美羽! きみにはまだ早いから!」
「大丈夫なのじゃっ! 揉み解せば小さくなるのであろ!? 重いのじゃ邪魔なのじゃー!」
「そんな全世界の悩める女性を敵に回すようなこと言わない! そのままでいい! 及川曰く、そこには男の夢と浪漫が詰まって───はうあ言葉の途中から俺の足の間からモシャアアと殺気が溢れ出て……! ちち、違うよ!? 今度ばっかりは大きいから目がいっていたとかじゃなくて、教育上の問題デシテネ!?」
「へえ、そう。教育上の。それは良い心掛けね」
「───」

 殺気が黒い波となって華琳から溢れ出ている……! まるで砂糖がお湯の中で溶けていくようなゾルリとした黒い波が……!

「そ、そうっ、良い心掛けなんだっ! だから決してやましい気持ちなんて───」
「さっきは言えなかったのだけれど。一刀? あなた、美羽を抱きなさい」
「抱いてな───抱い……ハイ?」
「聞こえたでしょう? 美羽を抱きなさいと言ったのよ」
「………」
「………」

 …………ワッツ!?
 だ……抱く!? 誰を誰が!?

「あ、あああーーーああああの、ののの……!? 華琳さん……!? あの、すみません、なんかいろいろしたり言ったしてごめんなさいでした……! 謝るからさすがに笑えない冗談は───」
「あら。冗談なんかじゃないわよ? だってあなたは支柱であり父でしょう? 好きになる努力をする、支柱であることを自覚する。あなたの“のっく”付きの覚悟はもう散々聞いたし見てきたわ。言ったでしょう? “初めては私がいい”という望みは叶ったのだからと。さあ、貴女がここで拒む理由があるかしら。それとも貴方は美羽が好きでもないというつもり?」
「くあっ……ず、ずるいぞその言い方! 美羽の前で! しかも事情を知ってるくせに!」
「ええそうね、だからはぐらかそうとしても無駄よ、紫苑から事情は聞いているから。───“意中の相手に好きだと囁いて、訊ね返されたら何度でも言う”。素晴らしいことね。私にさえ言いづらいことを言わせたのだから、貴方は当然言えるのでしょう?」
「ぎゃああああああああ!! 知られてたぁああああああっ!!」

 思い返されるのは、通路の先で美羽に告白しまくったこと。
 紫苑に大見得をきった少年の自分を呪い殺したくなった。
 そして同時に美羽にフラレまくった痛みが胸にズキーンと走って、しかもそんな恥ずかしい事実を華琳にまで知られてて、穴があったら入って埋まって死んでしまいたくなりました。
 そして……そして俺は、美羽に自分の気持ちを打ち明けなくてはいけないのか……!? ……あれ? でも俺、別にこの姿になってから美羽に好きだとか言ったわけでもないし、訊ね返されたわけでもないよな?

「な、なんだ安心───」
「美羽。貴方は一刀に自分をどう思ってもらっていてほしいのかしら」
「させて!? 安心させてよなに訊いてんのちょっと!」
「う、うみゅ? そうじゃの……」
「みみみみみみ美羽!? 言わなくていいぞ!? 無理に言わなくていいから! 言って、しかも訊かれたら俺も言わなきゃいけなく───ぐああああ!!」

 言ってて自分で自分が最低に思えて泣きたくなった。
 でもじゃあどうしろと!? 抱けといわれたから抱きましたとか俺には無理───でもなかったごめんなさい! 魏のみんな───主に春蘭が思いっきりそんな感じでした!

「……主様はやさしくて、時に厳しく、温かくて、妾、何より主様の目が好きなのじゃ。きっと妾に兄が居たならばこんな感じなのじゃろうのといつも思っておったの」
「───」

 兄……! 兄……兄かぁ……。あ、あれー……喜んでいい状況な筈なのに、なんだか物凄くダメージが……!!
 子供の部分の俺がひどいダメージを受けてぐったりしてる……。
 ま、まあそうだよな。ああいう接し方だと兄とか父親みたいって思われるのが当然で、そもそもそこから愛だの恋だのに向かうほうがおかしいんだ。
 そう思ってみたら少し心が軽くなった。
 だから俺は華琳をソッとどかして椅子から立ち上がると、わざわざ素直に話してくれた美羽の前まで歩き、寝台の上にちょこんと座る彼女の頭を撫でて……同じ目線で笑って言う。

「そっか、ありがとうな美羽。兄みたいに接することが出来たかどうかは解らないけど、美羽がそう思ってくれてるなら俺はこれからも───」

 ───マテ。
 あれ? なにかが引っかかる。
 何が引っかかるのかと考えてみるのだが、どうにも引っかかりを掴み取ることが出来ないでいた。
 ハテと首を傾げそうになったその時、撫でたままの美羽の視線に気づいてその瞳を見つめ返した。俺の目の奥を見るその視線が、いつものように俺の目から感情を読み取るようにじぃっと……あれ? 感情を読み取るって───あ。

「───!《ボッ》」

 やばい───と思ったら美羽の顔が一気に灼熱した。
 いやいや待て待て!? 俺は確かに美羽のことが好きだと少年期に言ったぞ!? でも今思ってたのはこの子を大切にしたいって思いだけであって、好きとか嫌いとかは特には───! 特には……あ、あー…………あぁあーーーーっ!!?

「っ……そ、それで……じゃの。その。兄のように“思っておった”のじゃがの……。この姿になってから、何故か主様を見ているとここが苦しくて……の……」
「…………!《だらだらだらだら……!》」

 そう……美羽は“思っておったの”と。過去形で言っていたのだ……! 引っかかりはそれだ……! つまりそれは、今は違うという意味であり……あぁあああ嫌な予感が……!!
 しかも体が大人になった所為か、無邪気だった部分が大きくなった体に追いつこうといろいろと頑張った可能性も高く、俺の目の奥をじっと見つめる美羽の目が潤んできて………

「の、のう、主様? 主様は、妾のことが……その、邪魔かや……? さっきも妾が足に乗っていたら辛そうにしていたのじゃ……。だというのに曹操を乗せた時は嬉しそうに…………。妾、妾……《じわり》」

 ヘッ!? ホワッ!?
 ななっ、涙!? 泣くっ!? アワワワーワワーーーッ!!?

「いやいやいや違うぞ!? いや違わないけど! いや違うってのは辛そうにしてたってのが違うって意味で! 確かに華琳を乗せた時は嬉しそうな顔をしていたかもしれないけど───って華琳!? なんでこんな時に顔緩めてるの!?」
「へわっ!? ゆっ……!? ───こほんっ! ……何を言っているのかしら? 緩めてなどいないわよ?」

 じゃあなんで視線逸らすの!? などと言っている場合ではなく、……って訊かれた! どう思ってるとかじゃなくて邪魔かどうかだけど、訊かれてしまった!
 え!? あの!? もしかしてアレなんですか!? さっきまでてれてれと俺と視線を合わせては恥ずかしそうにしてたのって、意識が大人に近づいたために起きた青春的なアレなんですか!?
 そりゃ俺も子供に戻った時は無理矢理に精神を子供の状態に引っ張られたけどさ! 過程を素っ飛ばした所為で、物凄い勢いで美羽が大人になろうと……!?
 ……いや待て。この時代って結構若い内に結婚とかするんだっけ? ああだめだ頭が上手く回転しない! 頭の中の引き出しから上手く情報を引き出せない!
 そうこうしている内に、美羽が自分の頭を撫でている俺の手を両手できゅっと掴んで、胸の前まで下ろすと……怖さとか恥ずかしさとか勇気とかをごちゃまぜにした不安げな表情で俺を見上げたまま、

「妾……主様のもとに全てを置くと決めたのじゃ……。だから……妾のことを邪魔だと思っておっても、どうか傍に置いてほしいのじゃ……。ここが痛くて、苦しくても我慢するから……の、主様……」

 ギャアアアア!! そんな、そんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでくれ! 胸が痛くて苦しいとか言わないで! 俺べつに悪いことしてない筈なのに胸が痛い! 痛………………し、してないよね? 悪いことしてないよなぁ俺!

「の、のう曹操……? 胸が、胸がきゅうって苦しいのじゃ……これは病気なのかの……。妾、死んでしまうのかの……」
「うっ……」

 じわりと潤んだ目で見つめられた華琳がたじろいだ。
 ああ……解る、解るぞ華琳……。
 子供の頃の美羽がこの顔をしたって“まあ子供だから”って感じなんだけど、大人……といっても俺達と同じかそれより少し上くらいの容姿でこの顔をされるとな……。妙な罪悪感とともに、手を差し伸べてやりたくなってしまうんだよなぁ……。ええと、つまり何事かというと……困ったことにとんでもなく綺麗でいて可愛いのだ。泣かせたって時点で罪悪感感じるくらいに綺麗で可愛いのだ。
 とか思っている内に華琳がこちらをちらちらと見てきて、目で“なんとかしなさい!”と訴えかけてきた。……え? 俺? ななななんとかって、俺が!?
 ってそうだよ、俺、嫌いかとか訊かれてたじゃないか!

「え、えっとな、美羽」
「…………?《びくびく……》」

 俺のおどおどした雰囲気から最悪の返事でも連想したのか、美羽が急に身を縮み込ませ、上目遣いで俺を見る。……それでも握った手は離さないらしい。

「とりあえず、その……お、おれっ…………俺はっ」
「…………」
「俺は…………───あー……その。美羽のこと、嫌いってなんかいないぞ?」

 汗をだらだら流しながら放った言葉は、なんともまあ無難な言葉でした。“この状況でそれかヘタレ”と言われても否定できない言葉で、自分もそれを自覚しているだけに背後から届く殺気がギャア怖い振り向きたくない!!

「ま、まこと……まことか……? 妾、主様に嫌われておらんのかや……?」
「ももももちろんだとも!」
「なら───ならば、好いてくれておるのかの……?」
「ヘアァッ!?」

 殺気がギシミシと骨を圧迫するような状況の中で急に言われた言葉に、思わず伝説の超野菜人のような声が口から飛び出た。
 えっ、ヤッ……なんという予想外な……!
 想定外……よもやこの北郷の思考の先を歩んでみせるとは……!
 これが一般人と袁家の者の各の差だとでもいうのか……!
 などと心の中で言われた言葉の整理を懸命にしている内にも、返事をしない俺の瞳を覗き込んで、さらに不安を胸にぽろぽろと涙してゆく美羽がルヴォァアアーーーッ!!!
 焦る。
 慌てる、心がざわめく。
 頭が熱くなって、頭の中がぐちゃぐちゃになって、考えることが難しくなって───なのに、急に寒さを感じた。

「俺はっ───」

 ───衝動的に口が動いた。途端に嫌な予感。
 何を言うつもりだ、と自分で自分に問いかけるが、答えが見つからないままに口が動く。嫌な予感がして止めようとするのに、焦りに抱かれた自分は止まれない。
 ただ、本当に嫌な予感がした。
 自分の居る位置を、今の状況を守るためだけに他人を傷つける……そんな嫌なイメージが胸に湧いた。
 それは、きっと初めてじゃない。
 小さい頃、自分は剣道で一番強いのだと力を誇示して得意になっていた頃。家がたまたま道場で、たまたま他のやつより学ぶのが早くて、たまたま他のやつより強かったから、自分より弱いやつを負かして天狗になっていた。
 自分は強いのだという位置を守り、強いから馬鹿にされないという状況を守るために、懸命に練習をしていた他人を傷つけた。この感覚は……あの時とひどく似ていた。
 それはこんな状況になってひどく取り乱していた心をあっという間に冷やしてしまうくらいに味わいたくなかったもので、だからこそすぐにそのイメージを……初めて敗北した瞬間を思い出すことで、無理矢理に止めた。

「………」
「…………? 主様……?」

 気持ち悪くて吐きそうになるくらいの敗北感と悔しさ。
 込み上げるそれを飲み込んで、胸を何度もノックした。
 一回くらいじゃ立ち直れないほどの覚悟と時間が必要だったあの頃に比べて、自分は少しでも成長できたのかな、なんてことは……時間が経つたびに何度も思った。
 結局思えば思うほど惨めになるだけで、こうして同じ思いをしている今でも……きっと成長なんて出来ちゃいないのだ。事実、目の前では俺の勝手の所為で不安がっている人が居るんだから。

「………」

 さ、北郷一刀。
 誓った覚悟を思い出してみろ。
 そして並べてみて、今の自分との接点と矛盾を数えて笑え。
 好きになっていこうって誓った。
 支柱らしく、俺らしくあろうと誓った。
 自然とそういう状況になったら受け入れようって誓った。
 少しずつ歩いていこう、前を向いていこうって誓った。
 目標があるなら進み、理由があるなら立とうと誓った。
 そして───……そして。国に返していこうって、誓った。

「……すぅ……はぁ」

 誤魔化すのは無し、なんだよな。
 好きなら好きって何度でも言う。届くまで言う。
 はぐらかされても聞くことは聞く。
 なんか言ったか、なんて聞き返さない。
 自分に正直に。好きな人には、大切な人にはきちんと伝えろ。
 今は、それが国に返すことなんだから。

「───……うん」

 美羽の両手の中にある右手ではなく、自由な左手でトンッとやさしく胸にノック。そして、その手で美羽の頭を撫でると……もう一度覚悟を頭の中で決めて、きっぱりと言う。

「美羽。俺は、美羽のことが好きだよ。妹とかとしてではもちろんなくて、面倒を見る相手としてでもなく。一人の女の子として、美羽のことが好きだ」
「───」

 やさしさが口から漏れたかと思うくらいに、愛おしく美羽の頭を撫で、それから頬に手を添え、目尻に溜まった涙を拭う。
 美羽はそうされるがままに、まるで何を言われたのか理解出来ないと言うかのようにぽかんとして……次第に理解が全身に回ったかのように赤くなっていき、慌てるでもなく騒ぐでもなく、ただ……そのままの表情でぽろぽろと涙をこぼした。

「へぇっ!? やっ、えぇっ!? み、美羽っ!?」
「……? あ、う……?」

 もちろん相当に驚いて慌てて何度も拭うのだが、拭うたびにぽろぽろとこぼれる涙。
 美羽自身もどうして涙が出るのかが解らないらしく、自分の手でも拭おうとするのだが……その手のどちらもが俺の手を握っていることに気づくと、涙をこぼしながら俺の目の奥を覗き込み……くしゃりと顔を歪ませ、しかし嬉しそうという難しい顔で俺の手を顔へと引っ張って、涙を染み込ませるように頬擦りをした。
 ……ちなみに俺は慌てたままで、しかし告白をして、しかも受け入れられたのだと自覚するとともに、なんだか胸に閊えてたものが落ちたような気分になった。そうなると不思議とやさしさばかりが溢れ出して、泣きすがるような美羽を寝台に膝を立てながら胸に抱き、その頭をやさしく撫でていた。
 美羽が───彼女が泣き止むまで、ずっと。



───……。


 …………で。

「〜〜♪」
「…………えーと」

 急に大きくなり、急に恋心を無理矢理知ることになり、急に恋をして急にそれが叶った少女はというと……泣きつかれて寝るかと思いきや、とろりととろけた表情で俺の腕に抱きついていた。
 そうして寝台に座るカタチとなっている俺達とは対象的に、そんな僕らの視線の先に仁王立ちするのは我らが魏王曹操様。笑顔です。笑顔なんだけど、なんか殺気を感じたり感じなかったり。

「えと……華琳?」
「……べつに、自覚しているからいいのよ。これも自分のためなのだから」
「? 自分の? ……って?」
「……だ、だから。あなたがそうして誰かと連れ添う度に怒っていては、こちらも身が保たないと言っているのよ。必要なことなのだから、私のことを気にする必要はないわよ」

 胸の前で腕を組みながら、ちらちらと俺の腕に猫のようにすりすりと頬をすり寄せる美羽を見ては、笑顔に青筋をプラスする僕らの覇王さま。そんな目が俺に何かを促していた。

(《ガァーーン……!》覇王は言っている……さっさとやれ、と……!)

 やれ、というのはつまりアレなのですね……?
 いや、でも、さぁ……さすがに告白した次の瞬間って……さぁ……。
 ももも物事には順序がありまして。
 いえ別に怖気づいてるわけじゃないですよ!?
 怖気づいたわけじゃなくてその……いやそりゃ告白して次の瞬間なんて今さらだろとか言われたら何も言えない訳ですがね!? いろいろあるの! いろいろ! 今まで受身だったのに自分から告白したの! なのにそれが次の瞬間アレってなんかいろいろと……! さぁっ……!

「美羽。あなたは、一刀があなたにすることならばなんでも受け入れる覚悟があるかしら」
「おおっ、それは勿論なのじゃっ! 妾、主様のもとに妾の全てを置くと決めたのじゃからのっ!」

 フンスと目を輝かせ、腰に手を当てて胸を張る美羽さん。
 拍子に大きく揺れた一部に、華琳のコメカミあたりからビキッという嫌な音が。

「それがどんなに辛く、苦痛を伴うことでも?」
「う、うみゅ……? 痛いのかの……? ……うみゅ? …………おおっ、考えてみれば主様が妾に対して、実りにならぬ痛みなどくれる筈がないのじゃっ! ならば安心じゃのっ!」
「………」
「………」

 なんだか無償に恥ずかしくなって視線を逸らした。
 華琳もなんだかおかしな質問をしたとでも思ったのか、無邪気な少女の純粋さを前に顔を赤くして壁へと視線を逸らしていた。しかしそんな視線が美羽へと戻ると、もうその表情はいつもの華琳のものに。

「それじゃあ美羽。あなたはこれから一刀に抱かれなさい」
「? もう何度も抱かれておるのじゃ」
「《ミシィッ……!!》…………一刀?」

 いつもの顔が般若に変異!? そして空気が軋んだ!!
 違う誤解だ濡れ衣だ! だから般若顔で殺気はやめて!?

「ヒィ違う!! 抱くって意味が違う! “抱き締める”! 後ろからこうやって! ね!?」
「《きゅむっ》……はぅ。な、なんじゃ……? いつものことなのに、妙にここがうるさいの……」
「うわぁごめんいきなり抱いて!」

 思わず抱き締めて“こういう意味ね!?”とアピールするのだが、後ろから抱き締められた美羽が斜め後ろに俺を見上げる表情に思わずババッと手を放す。
 美羽はどうして急に離されたり謝られたりしたのか解らないようで、「いつものことであろ……?」と不思議がっていた。が、顔は恥ずかしそうな表情のままだった。“ここがうるさいの”と言った通り、胸を押さえたまま。
 ア、アウゥ……! あの幼く、無邪気だった美羽が……! あんな、あんな恥ずかしそうな顔を……!

「………」

 急に娘の成長を見てしまった親の心境ってこんななんかな……。いや、親でもないし兄でもないんだけどさ……。

「それで、主様……? 妾、主様に何をされるのかの……」
「華琳説明よろしく!!」
「えなっ!? む、無茶言うんじゃないわよ!」

 かつてない速度で華琳に投げたら真っ赤な顔で却下された。
 説明しろと!? 抱かれるの意味を事細かに!?
 ……ああっ……ああ、だがっ、ジョジョ……じゃなくて、じいちゃん……! 俺、言ってしまったんだ……! 決めてしまったんだ……! 誤魔化さない覚悟を……!

「エ、エートネ? ソノ……コ、コドモハドウヤッテデキルカ、シッテルカナー?《どげしぃっ!》ゲーヴェ!」

 脇腹にトーキックが炸裂した。
 思わず奇妙な悲鳴が漏れるほど、それは嫌な部分に突き刺さった。
 あまりの痛みに体がくの字に曲がる。

「あなたねっ! 言うにしたってもっと気の利いた言葉があるでしょう!?」
「ア、アオオオ……! だっ……だだだだっだだだだったら華琳がやってみろぉおっ!! ここここれでも顔から火が出そうなくらい恥ずかしかったんだぞぉおおっ!!?」
「だからなにも泣くことないでしょう!? ……まったく、いいわ。だったら軽く言ってやろうじゃないの」

 華琳がスッと目つきを変える。
 Sっぽい目だ。主に春蘭と桂花をいじり倒す際に見せる。

「美羽。あなたはこれから一刀に女にしてもらうのよ」
「? なにを言っておるのじゃお主は……。妾は生来、女性なのじゃ」
「そういう意味ではなくて。子を成す行為をする、と言っているのよ」
「……妾と曹操とで子が成せるわけがなかろ?」
「そうではなくて! だからっ! するのは一刀とあなただと言っているのよ!」
「う、うみゅ……? なにを怒っているのか知らんが、もそっと心を広く持ってみるがよいぞ? 主様のようにの。うほほほほ」
「《バルバルバル…………!》」

 あ、あぁああ……華琳のコメカミがバルバルと躍動を……!
 あ、でももう少し怒りにくくなってくれればというのは賛成かも。
 もう何度、絶を突きつけられたか解らないもの。

「もういいわ一刀。早くしなさい《にこり》」

 再び、漫画表現だったら血管が切れて血が飛び出てそうな笑顔だった。

「いや、でもな。やっぱりさすがに大人になった当日にってのは」
「……あなたは。本当にいちいち理由がなければ動けないのね。……いいわ、ならば正当な理由を用意してあげるわよ」

 はぁ、と溜め息。
 目を伏せてのソレは、苦労を滲ませるような行動ではあるものの、妙に華琳に似合っていて目を惹き付ける。もっとも、本人はこんな行為で目を惹き付けたくなどないのだろうけど。
 そんな華琳から改めて告げられた言葉に、俺は───

「三国の支柱への献上品を二つも飲んだのだから、罰は当然よね?」

 ……汗をだらだら流し、真っ青になりながら頷くしかありませんでした。


───……。


 結局。
 あれからなんとか華琳を説得して、数時間の猶予を貰うことに成功した。
 なんでそこに許可が必要なんだというツッコミに関しては、俺のエゴのようなものだ。
 やっぱり大人になった途端にそういうことをするのは抵抗があって、だったらせっかくなら……生まれたばかりの恋心、乙女心とやらを育んでからのほうがいいじゃないかと思ったのだ。
 なので……本日は美羽とデートのようなものをしている。
 ……うん、まあ、ようなものというかデートなんだけど。
 金がもうあまりないから、ようなものとつけたくなるんだよね。
 お腹が空いたらわざわざ街から城へ戻って厨房で食べて、また出てなんて面倒なことをやっているあたり、少し情けない。でも解ってください、服って高いんです。

「のうのう主様っ、次はあそこっ、あそこへ行くのじゃっ!」

 それでも美羽はご機嫌だった。
 軽く頬を染めて、笑顔で俺の腕をぐいぐいと引っ張る。
 最初こそ慣れない大人の体や歩幅に難儀していたのものの、慣れてしまえば元気なもの。俺は腕を引かれるままに小走りして、美羽が望むようなデートをした。
 行動のひとつひとつの度に赤くなったり目を潤ませる美羽はある意味で目に毒で、俺の中の子供の俺が我が人生に悔い無しとか言って召されてしまいそうな瞬間ばかりに遭遇する。つまり俺も結構舞い上がっていたのだ。
 だからといってそんな舞い上がりが面倒なことを引き起こすフラグになることもなく、街で散々と遊び通した俺達は川に行き、暗くなるまで今日あったことで楽しかったことを話し合って……城へと戻る。

「………」
「?」

 もはや真っ暗なくらいの夜。
 胸が苦しいから夕餉はいらないと言った美羽とともに、自室の寝台の上へと腰掛けて、見つめ合うと首を傾げられる。
 当然のことながら美羽はこれからすることなど知らないようで……まずはわざとらしい咳払いののち、どれだけ相手のことが好きなのかを語る。
 すると美羽も負けじと俺への好意を語って…………もう俺、顔がじんじんするほど熱かった。確実に真っ赤ですすいません。手で口元を押さえて、ニヤケてしまうのを押さえる以外耐える方法が見つからない。
 しかしながら誤魔化すのはやめると決めてしまった事実を胸に、もうニヤケようがどうしようが構わないと覚悟を決めて美羽の目をじっと見つめた。
 潤む瞳が俺の目の奥を覗き込んでいる。
 胸が苦しいと訴える美羽にその意味を一から教えなければならない気恥ずかしさとも戦いつつ、やがて距離を縮めて口付けをする。
 美羽はなにがなんだか解らないという顔をしていたが、

「うみゅぅうう……余計にここが苦しくなったのじゃ……。曹操が言うてた痛みとは、このことなのかの……」

 ぽつりぽつりと呟いて、それでも目は逸らさぬままに今度は自分から俺に口付けをしてきた。
 勢い余ってガヂィッと歯がぶつかって、しばらく悶絶したのは……まあ、いつかいい思い出になるだろう。
 唇を痛めたと言う涙目の美羽にもう一度口付けをして、痛いという部分を舌で撫でる。美羽はくすぐったそうにして離れようとしたが、少し離れるとまた自分から口付けをしてきて、痛む部分を自分の舌でも舐めて、自然と舌が触れ合った。

「あぅ……なんだかくすぐったいの……。お、おお……?」

 胸の痛みからか苦しそうにしていた美羽の表情がとろんと変化する。
 唇を離して胸に手を当てる美羽は、小さく「……苦しくなくなったのじゃ」と呟いて再び俺を見つめる。その目は“やはり主様は無意味な痛みなどは与えぬのじゃのっ”と言っているようで、なんか軽い罪悪感。これって知識があることをいいことに、軽く騙していることに繋がりやしませんか華琳さん。
 そう思ったところで、華琳はもうここにはいないのだが。
 思わず苦笑が漏れてしまいそうになる俺をよそに、美羽は「きっと主様の口には万病を癒す効果があるに違いないのじゃ……!」なんてことを、信頼に満ちた目で呟いておられる……! なんだか誤解が誤解を生んでいる……あの、美羽さん? 御遣いってそんな便利なものじゃないからね? ただの人間ですからね!?
 なんて心の中で誤解を解くイメージをするのも束の間、美羽は俺の首に飛びつくように俺の唇に自分の唇を押し付けると、再び舌を突き出して俺の舌を探る。
 俺はといえば……突然の美羽の大胆な行為に頭が真っ白になって停止。舌を発見され、舐められ、その感触に体が驚くのと同時に戻ってこれた。しかしながら相変わらずどうして急にって言葉は頭からは離れず……美羽に吸われるままに、キスを続けていた。

「ん、む、ぅっ……み、美羽っ……? ちょっ……」

 熱心にキスを続ける美羽。
 ……なのだが、その行為の途中であることに気づいた。
 美羽は俺の口内を舌でなぞったのち、引いた舌を自分の唇に擦り付けていたのだ。…………それってつまり?

(……いや……美羽さん? 万病に効かないからね? いくら痛いところに唾液を塗ったって効果なんかないからね?)

 理由が解って苦笑が漏れる。漏れる中でも口は美羽に塞がれていて、軽い人工呼吸のようなカタチになる。それがくすぐったかったのか、美羽はさらに口を押し付けて息をふぅーーーっと……ってやめて!? 肺が破裂する!
 急に体内に送られた空気に体が驚く。
 そんな行為をやめさせるために顔から離して胸に抱いた美羽は、楽しそうにくすくすと笑っていた。しかしそんなくすくすも少しすると聞こえなくなり、見下ろしてみればやはりとろんとした顔で、俺の胸にこしこしと頬を擦り付けている。……まるで猫だ。

「んみゅ……主様は暖かいの……」
「そか? 美羽も暖かいぞ」

 抱き締めながら、やさしい気持ちで美羽の頬を撫でる。
 その過程で頬にかかった髪を軽くどけようとした人差し指が、ぱくりと美羽に銜えられた。
 手が両手で掴まれて、指先がぺろぺろと舐められて……くすぐったい、と思った矢先にコリッと軽く噛まれる。……うん、猫だな。猫ってなんでか舐めた後に噛むよな……なんでだろ。

「………」

 指先を舐められながら、頭を撫でる。
 くすぐったそうにする美羽に、思わずやさしげな笑みが浮かぶ。
 込み上げてくるのは温かな気持ちばかり。
 その感覚をよく知る自分にとって、それは今まで受け取るべきものではなかったのだろうけど……

(ああ……俺は本当に、美羽のことが好き……なんだなぁ)

 それは魏のみんなに向ける感情と同じだった。
 つまり好きなのだろう。
 もはや子供の俺がどうとかではなく、俺自身も。
 子供の頃の感情に引っ張られたって感覚はもちろんある。
 けど、じゃあ嫌いなのかと言われれば好きなのだと胸を張れてしまう。
 ……なんだ。
 育むことが必要だったのは美羽じゃなくて、俺だったのかもしれない。
 自分が自覚する時間が欲しくて、時間稼ぎをしていただけなのか。
 理解してみればなんとも恥ずかしい。
 素直に好意を向けてくれる中身は少女な彼女に、なんてもったいぶった行動をしてやがるのか、自称大人な俺は。

「………」

 撫でていた頭を持ち上げて、胸をノック。
 美羽をきちんと女性として受け入れる覚悟を決めて、俺の人差し指をちうちうと吸っている美羽を抱き起こして……その口に自分の口をやさしく押し付けた。
 好きになる努力、支柱になる努力。
 言葉はいろいろと並べた。
 じゃあ好きになったらどうするんだと訊かれれば……きっとまた悩むに違いない。
 好きになったからってすぐに抱いていいってことには繋がらない。
 ならやっぱりまた育もうとするのだろう。育む努力をして、相手も自分を求めてくれるのなら、その時こそ止まらない。
 相手がそういった行為を知らない場合はどう求められればいいんでしょうと、自分で自問をしてみるが……

「そ、その……主様? 妾たち、これから……子を成す行為をするのであろ……?」

 既に孟徳さんによって敷かれた計により、なんというか俺はもう、いろいろと受け入れなければいけないようだった。
 俺から少し離れて真っ直ぐに俺を見つめて言う美羽からは、わがままばかりだった少女の雰囲気など感じない。そんな綺麗な瞳のままに、美羽は俺の目を見て笑うのだ。

「大丈夫なのじゃ。妾や主様もそうして産まれたのならば、妾はその行為に感謝しかないでの。そ、その……少々怖いのじゃが、きちんと我慢出来るの……じゃ?」

 ……いろいろとごちゃ混ぜな眼差しではあったが。
 不安を見せたり首を傾げたりおろおろしたり、やはり行為自体は知らないようだ。けれどその手は“離すものか”と俺の手をぎゅっと握り、目は俺の瞳の奥を捉えて離さない。
 そこまでの覚悟を相手に見せられては、引くほうがひどいだろう。
 じゃあ、と。
 俺はもう一度美羽にキスをすると、彼女を引き寄せ、後ろ向きに抱き締めた。
 大人になったといっても、やはり腕には納まる大きさ。
 そんな彼女をぽすんと抱き締めた俺は、もう一度彼女にキスをする。
 互いに唾液を交換しながら、時につつくように、時に深く。
 そうしながらゆっくりと体に手を這わせ、くすぐったがる美羽をゆっくりと、時間をかけて愛した。


───……。


 …………。

「………」

 朝である。
 朝日が窓から部屋へと降りて、薄暗い部屋に光の斜線を作っている。
 そんな光を寝転がった状態のままぼーーっと見つめ、そののちに自分の胸の上ですいよすいよと眠っている美羽を見た。

「………」

 ああ、ああいや、うん。解ってる。北郷解ってるよ。
 なんかヘンな言い回しだけど、ちょっと軽くヘコんでる。
 我慢がよくないと言ったことに嘘偽りはなかった。
 人を抱くのなら、持ち得る限りの愛を以ってと精一杯愛した。
 それはもう深い愛だったと自覚出来る。
 痛がろうと我慢する姿に胸が締め付けられて、愛が余計に湧き出したのも覚えてる。いや、まあ行為の全てを覚えているわけですが。
 ただ思い返されるのは七乃の言葉。
 美羽は意外なことに初めてではなかった。
 いつか七乃が、蜀での顔合わせの時に“男性の方でしか知り得ないことも”だの“実際の殿方によって涙を散らす瞬間”だのと言っていたが……あれってつまり? つまり、七乃は───

(漢…………だったのか───)

 大変な事実を知ってしまった……!!
 いや、いやー……いや、ねぇ? ハ、ハハハハ? さすがにそれはない…………ないよね? でも美羽も、行為の最中に“七乃とした発声練習に似ておるの……”とか言ってたし。……は、発声練習? この時代の人は発声練習で初めてを散らせるのか? と本気で信じかけた。
 ……七乃が帰ってきたら、いろいろと訊かないとなぁ。

(………)

 胸の上で眠る美羽の頭を撫でて、苦笑。
 そして何かを忘れていることを……思考の途中で思い出した。


  いつかお嬢さまにも色を知る歳が来るんでしょうね……たとえば目の前の、悔しいけど顔だけはいい男性にいいように扱われて……扱われて…………っ…………その時は是非とも私も混ぜてくださいね?
  お嬢さまが実際の殿方によって涙を散らす瞬間……それを見なければ、私としましては一生悔いが残りますので。お嬢さまの全てを知ってこその側近。お嬢さまの無茶振りの全てを受け止め、やさしく包みつつ、時にはからかって涙に滲むその可愛らしいお顔を愛でる……それが、この張勲の至高の喜び……! ああもうっ、お嬢さまったら可愛すぎますっ!


 …………わあ。
 七乃、居ないや。

「……はぁあ〜〜……ぁあ」

 溜め息を吐きつつ、やっぱり美羽の頭を撫でる。ずっと乗っかられてた所為で痺れて動かしづらい腕をギゴゴギギギ……と動かした。ああっ! 痺れてるっ! 思いっきり痺れてる! しかもこの調子だともう少し時間が経つと痺れが本格的にやってきそうで怖い!
 でも、撫でるとくすぐったそうにむにゅむにゅと口を動かす美羽を見ると、自分も思わず笑ってしまう。むにゅむにゅ動いた口が何を言っているのかは解らないが。
 そんな幸せそうな顔を見て、抱いたことに後悔はあるかと自問してみても、悔いなんてものは浮かんでこなかった。
 ……ようやく、そういった“立場”や“感情”を受け入れられたんだろうか。立場だけで抱くのではなく、ちゃんと好きだから抱きたいと思える瞬間を。
 というか、こんなに幸せそうなのに悔いがあるって言ったら最低すぎるだろ。

「うみゅぅう……」

 美羽がもぞりと動く。
 と同時に、下半身に走る心地良さ。
 …………いや、うん、行為自体に悔いはないだろうけど……抜かずに力尽きるまで、というのはいささかどうかと思った。
 “これが子を成すための行為じゃったのか……!”と驚いていた美羽だったが、“ならば初めてのおのこは主様ということじゃの!”と嬉しそうに言った美羽。
 どうやら初めての相手(おそらく七乃)とは太さが違ったようで、とても痛そうにしていたが……抜こうとしたら捕まり、逆に押し倒され、この姿勢のままに何度も行為を……!
 なんでも初めての相手(おそらく七乃)とは一度どころか二度でも終わらなかったようで、“それを越すほどやらなければ嫌なのじゃ!”と涙目で言われてしまい……でも苦しいなら一度抜こう、と提案をしてみれば、“抜いたら初めてではなくなるであろ!?”と何故だか逆に熱い説得を受けるはめになり…………こんなことになってしまった。
 初めてって、そういう問題なのだろうか。
 やっぱり俺には、まだまだ乙女心は難解なのかもしれない。

「ん……ん、みゅ……?」

 はふぅと苦笑とともに溜め息を吐くと、それが髪でもくすぐったのか、美羽がうっすらと目を開ける。
 寝惚けた調子の瞳が俺の視線と合うと、美羽は幸せそうな顔でふにゃりと微笑み、「おはようなのじゃ、主様」と言った。
 ……なんか、軽く幸せ。
 それから美羽が体を身じろぎした拍子に、まだ自分の中に俺のモノが入っていることを思い出すと、真っ赤になりつつも俺にくちづけをして、ぽやりととろけた表情のままに体を動かしだして───って美羽さん!? さすがに朝からはちょ───

「《ドヴァーーン!》お嬢様ぁっ! 朝ですよっ! お嬢様の七乃がっ、今帰ルヴォァアアーーーーーッ!!?」
「キャーーーッ!!?」

 ───朝から強烈な刺激に身を弾かせたまさにその時、自室の扉を物凄い勢いで開け放った誰かが絶叫。誰かというか七乃でした。
 いつもの怪しいニコニコ笑顔で美羽を起こすつもりだったらしい彼女はしかし、俺が買ってあげた服を淫らに着崩して俺と繋がっている現場を発見、そして絶叫。
 というか大人になった状態など気にもせずに口をぱくぱくと開けては閉じて───…………そそくさと外へ出ると、扉をパタムと閉じた。

「………」

 ……多分、大人になった美羽を見た俺も、傍から見ればあんな感じだったのだろう。
 なんかルヴォァアアって叫んでたし。
 ……ていうか美羽が気づいてない。
 視界も聴覚も俺にしか向けていないようで、なのに俺がキャーと叫んでも特に気にした様子もなく、うわ言のように主様……主様ぁと漏らして俺にキスを……ってちょっと待ったほんとに待った! 今はこんなことをしている場合じゃないんだってば!
 そ、そうだよ失念してた! 出かけた人は帰ってくるのが当然であって、あの七乃が遠出をして帰ってくるなら一番に会いたいのは美羽なわけで! なのにその美羽が大人になってて俺とこんなことをしていれば叫ぶのも当然で………………や、叫ぶ要因はこの行為だけで十分だけどさ。
 ああっ! 寝起きのまったりとした、やさしさに溢れた時間が裸足で逃げていく! さっきまで感じてた幸せが七乃の絶叫で埋め尽くされてゆく! ……なんて思ってたらなんか普通に扉を開けて戻ってくる七乃さん。
 ピンッと指を立てて、元気に「はいっ♪」なんて仰ってる。

「曹操さんに確認を取ってきました。いやいやまさかお嬢様が大人になるだなんてっ! しかも大人になった上に大人の階段を上ってしまうなんてっ! お嬢様ったら逞しすぎますっ!」
「………」

 七乃は絶好調で七乃だった。
 しかもにっこり笑顔で服を脱ぎ始め───脱ぎゃあああああっ!!?

「いやちょっ、七乃さん!? なんで!?」
「なんで、って……いやですねー一刀さん。蜀での顔合わせの時に言ったじゃないですかー♪ お嬢様の殿方での初めてを散らしたのちには、私もと」
「……《さぁっ……!》」

 血の気が引いた! なのに下は元気ですごめんなさい!

「えっ、やっ、あのっ……あれは、冗談だったんじゃ……!」
「まあ当時は。ですが自分が認めた殿方ならばとは、きっとこの世ならば誰もが思いますよ? 子を成すための行為ならば、誰とも知らぬ種馬よりも認めた相手です、はいっ《ピンッ》」

 立てた人差し指をくるくると回し、既に上半身裸な七乃が迫って───って待ったちょっと待った! さすがにこれは抵抗するぞ!? 大体俺は七乃のことは……っ……うう、嫌いじゃないし、もう大切な仲間ではあるんだけど。
 って考えを纏めようとしてるんだから触ってこないで!? 美羽もやめて!? いい加減動き止めて!? こっちはずっと美羽に乗っかられて寝てた所為か、体が痺れて動けないんだから!
 あ、ああっ、腕が重い! 腕を枕にして寝た時みたいに反応が鈍すぎる! ───ハッ! だったら氣で動かせば……ってこの状況でどうやって集中しろと!?
 とかやってる間に七乃に唇を塞がれ、舌を捻り込まれ───い、いやぁあああああああぁぁぁぁぁーーー…………───っ!!


───……。


 …………こーーーん……。

「………」

 ……いたしてしまいました。
 ようやく痺れから解放されてみれば、自分の両脇で幸せそうに眠る二人。言ってしまえば寝てるのは美羽だけで、七乃はくすくすと笑っている。

「女性を抱いたのに頭を抱えるのはどうかと思いますよ?」
「抱いたというか抱かれた、だろ……この場合」

 痺れて動けないのをいいことに、アレやコレやだったんだから。

「まあこれで私も罰を受けたということで。惚れ薬を勝手に使用しようとしたことは目を瞑ってくださいね?」
「……まさか、それが理由?」
「一端ではありますけど、それが全てではありませんよー? 言ったじゃないですか、認めた相手ならばと」

 言いながら、七乃は俺の体を跨いで美羽の傍へ。
 そこですいよすいよと眠る美羽の成長した姿にウルリと目を潤ませ…………何故か美羽の胸を口に含んだ。

「なにしてはりますの!?」

 思わずツッコミを入れたんだが、七乃は「いえいえ、いつかの仕返しですよー」と笑うだけ。
 いつかの仕返しってなんだろうと思いつつ、なんでか思い出したのは俺の胸に吸い付いた美羽の姿だった。
 ……あー、もしかして七乃もやられたのかな。…………やられたんだろうなぁ。

「ああっ、お嬢様が成長なされた姿がこんなに美しくも可愛いらしいなんてっ! しかもすっかり恋する乙女の顔が出来るようになって……!」
「……うん、とりあえず胸をしゃぶりながらお嬢の成長に感動する人って初めて見た」
「世界初ですねっ!」
「嬉しいの!?」

 なんだかいろいろ間違っている筈なのに、相手が七乃じゃツッコミきれない自分が居た。頭は回るくせに自由奔放って、まるでどこかの元呉王さまじゃないか。……いや、あっちは頭じゃなくて勘で動くだけか。
 思考でも身体的にもどっと疲れた俺は寝台に体を投げ出して長く長く息を吐いた。その隣では未だに七乃がねちっこく美羽の胸を吸い、なんだか美羽の口からくぐもった声が出たあたりでおちおち溜め息もついていられない状況に哀しくなった。

「つか、いつまでやってるんだよ……」
「え? それはもちろん、お嬢様が私と同じことになるまでっ」
「………………ちなみに、同じことって?」
「いやですねー一刀さんたら。それを言わせるんですか?《ポッ》」
「今すぐやめなさいっ!!」

 七乃から美羽をひったくり、抱き寄せる。
 七乃は特に気にしたふうでもなくくすくすと笑い、はぁと溜め息を吐く俺を見上げてにっこり。

「さて。これで罰する相手は残り一人になりましたね」
「へ? 罰する……なに?」
「え? ですから、罰する相手ですよぅ。曹操さんもお嬢様も私も献上品を勝手に使用したことで罰せられて、男を知ったわけですからね。まあ曹操さんは知っていたわけですが。ですけどほらっ《ピンッ♪》まだ罰せられていない人が一人っ」
「………」

 ……誰? 思春か?
 確かに惚れ薬を飲んだけど、あれは俺が飲ませたからで…………って、マテ。あの日俺が自室に戻った時。思春を連れて逃げ出す前、美羽は誰と好きだ好きだと言い合ってらっしゃいましたっけ?

「解らないようでしたら今すぐに呼んできま───」
「やめて!?」

 既に思い当たってしまっていた俺は即座に止める。
 いそいそと着衣を身につけてゆく七乃はやっぱりにっこり笑顔で、一度扉を見つめると……にっこり笑顔でさらに目を輝かせ、そんな表情を俺に向けてきた。
 え? なに? と俺が言おうとしたその時。

「一刀〜、起きとる〜? 報告終わったから来たでー♪ お土産あるから開けてくれへんー?」

 扉の先から、よく知る声。
 輝く笑顔の意味が解った時、俺もまた輝く笑顔で……スウウと涙した。




ネタ曝しです。 *ワッツ!?  ワッツ!? クリボー!?  遊戯王より、ミスターペガサスの言葉。  遊戯とはゲームであり、遊戯ボーイと続けるとゲームボーイになる。  ……ハテ、これ前にも使ったっけ?  ……はい、98、99話をお送りします、凍傷です。  あげなそげな状況になったら朝チュンにすると言ったけど、そうはならなかった例。  いや、相変わらず恥ずかしいんですが、ここで飛ばしてなんとする、という考えが。  でも書いている時は何度指を止めたか解りません。  指を止めて、インド人類は衰退しましたを見て心を暖めて、また書くわけです。  元気を貰える動画って本当にありがたいですね。  面白いより楽しいを大事にして生きていたい。もちろん面白いのも好きです。  さあ、次こそ朝チュンだ。  元々行為的なことは全部カットする予定だったんですけどね。  やっぱり過程は必要だと思うのです。  過程のない幸福って楽しくない気がしません?  ある日に離れ離れになって、でもなんか普通に帰ってくる大切な人。そういうものをアニメとかで見たりすると、それまでの感動が疑問で埋めつくされる……その時の気分が大嫌いなんです。  思えばセイバーマリオネットJの終わりでも、どうやって帰ってきたん?という気持ちが先行して訳が解らなくなったり、劇場版そらのおとしものでも最後のアレで疑問が先行。理屈ばかりを追い求めているようでうっとうしいなぁとは自分でも思うのですが、それでも過程は必要だと思うのです。  ガンブレイズウェスト、アスクレピオスも、連載が続いていれば過程が描かれていたのかと思うと少し悔しい。オーケーフレンド! おかえり、パレ!  そんなわけで、幸福には過程が必要だと思いますです。  それを素っ飛ばしてしまうのはどうかなあと書いていて思うのです。  で、恥ずかしい思いをしながら書いて、誤字チェック中に悶絶。  自作ポエムをある日机の奥から発掘してしまい、悶絶するのとはきっと違った感情なのでしょうね。  きのこな人も言ってましたが、小説はきっとポエムです。  初期に書いたものなど、ほぼそのままと言ってもいい。  そして僕は初期の小説を見ると悶絶します。書き直したいけど時間がない。  とまあいろいろ書きましたが時間がやばいのでこれにて。  ではまた自戒で。…………もう自戒でいいや。 Next Top Back