【プロローグ12】

 祝日がやってきました。
 今日は……天気。川神市って雨降らないよねほんと。
 思い切り記憶に残ってる雨っていったら、リュウゼツラン守りにいった台風の時くらいじゃなかろうか。

中井出「ほいでね? ここに切れ目を入れてー……」
一子 「こ、こう?」
中井出「そうそう。で、次はここを開いて骨を取って」
一子 「むむむ、難しいわ……」
中井出「大雑把な動作が多いワン子は、細かいことに集中するクセをつけましょう」

 今朝も早から料理の特訓。
 魚の捌き方を教えているところです。
 ほっといたら串刺してそのまま焼きそうだし。

一子 「料理って大変なのね、適当に揃えて焼けばいいんだと思っていたわ」
中井出「NOォ……それはよろしくない。
    まずレシピがあるならレシピ通りにきっちり作ること。
    工夫はそれが出来て初めて適用が許されます」
一子 「で、骨を取るってどうするの?」
中井出「いや聞こうよ……。えーとね、ピンセットをどうぞ。
    大雑把で家族の口内をズタズタにしたいあなたは適当に」
一子 「ピ、ピンセットを使うわっ」
中井出「キャアステキ! ステキよワン子!」

 妙なテンションのままいきます。
 はい、骨をちょいちょいと取って〜……

一子 「小魚のほうがいいって思ってたのに、大きいほうが骨がしっかりしてて、
    ズルって取れるのね……新発見」
中井出「処理は小魚の方が梃子摺るよ。よっぽど小さけりゃ骨も噛み砕けるけど、
    逆に細かすぎて喉に刺さったりするから注意。よし、骨が取れたら次だ」
一子 「あぁああ待ってぇえええ……まだ残ってるぅう……!」
中井出「ほいほい。ではこっちは調味料を用意しときましょう」

 まだ京やユキが寝る総長。もとい早朝。
 魚ひとつに慌てるワン子を横目に、朝の綺麗な空気に包まれながら支度を進める。
 石造りの床だから、そろそろ暖かくなる時期といってもここは寒い。
 しかし釜に火をつければホーコラびっくり、ほっこりと暖かいです。

一子 「取れたわっ! ほらほらヒロっ!」
中井出「よっしゃあお見事! では次の段階にいきましょうぞ!」
一子 「おーう!」

 二人して腕を突き上げて次の……うおおっ! 魚の血が飛んだっ!
 とりあえず手を洗うようにワン子に言って、それから次へと進みました。

……。

 しばらくして京たちが起きる頃には食事も完成。
 我が家に相応しい和の朝食のでっきあがりでぃっ!!
 などとコンブやってないで。

京  「魚の匂いが移った生臭い手を包丁で切ったら、博光は血を舐めてくれる?」
中井出「自分でやりんさい」

 妙な会話のあとにいただきます。
 ワン子も一緒という、割りと珍しくもない朝食をいただき、一日のエネルギーの源を補給する。いえ、ゲンさんじゃなくて。

一子 「それで今日は……ぐまぐま……んぐんぐ……どうするのっ?」
中井出「ホイ? 休憩だよ?」
一子 「えぇっ!? なんで!?」
中井出「普段のキミが動きすぎなの。だから体を休めなさい。
    休日は休日。遊ぶのなら良し、でも鍛錬はダメ」
一子 「え〜〜……?」
中井出「不安になるのは解るけどダメ。柔軟運動だけして、ゆっくり休みんさい」
一子 「うぅ……」

 しょんぼりさんが食事をすすめる。しかしすぐに味に目を輝かせてぐまぐま言い出した。
 自分で作ったのが美味いと、なんか嬉しいよね。

京  「そして私と博光は布団で運動を」
中井出「枕投げだね」
小雪 「……布団の中で運動?」
中井出「布団の中で指相撲ですね。マニアックだな」
京  「布団の中で裸で愛の営みを」
中井出「“運動”どこいったの!?」
京  「これも一種の運動《ぽっ》」
一子 「んん? それ、鍛えられるの?」
京  「ある感情と快感が《がぼっ》んむふっ!?」
中井出「ヘンなこと教えないのっ!」

 京の口に魚を突っ込んで黙らせた。
 ……のに、何故かうっとり顔になって自分の頬に手を添える京さん。

京  「そんな、いきなり荒々しく突っ込むなんて……」
中井出「ウワーイ俺一人じゃ捌ききれねぇーーーっ!!
    モローーーッ! 準ーーーっ! 助けてぇえーーーーっ!!」

 ここ数日で誰かに助けを求めることを思い出した気がする僕が居る。
 そしてどんどん京がエロくなっていく。
 ワン子が居ようがお構い無しだよこのお子は。

小雪 「ヒロ、僕も、僕もー」
中井出「え……いや、そうすると俺のおかずが……うう、ちくしょう……はい」
小雪 「《はもっ》……んぐんぐ、おー……おいしいー……」

 仕方も無しに二尾ずつだった小魚を口に運んでやる。
 咀嚼するユキは嬉しそうに表情を緩めたが、僕の皿からはおかずが無くなった。
 こんなことなら納豆も用意しときゃあよかった。
 他のおかずも野菜とかもあらかた食っちまったし、どうしましょ……。

中井出「ああぁ……俺のおかずが……」
京  「……《脱ぎっ》」
中井出「なんで脱ぐの!?」
京  「だってオカズ───」
中井出「違います!!」

 く、くそう! 顔が熱い!
 京のやつ、この博光が狼狽えるようになってから楽しんでやがるのだ!
 夜寝る時も、布団の中でもやたらと密着してくるし……うう。
 この56億年、この博光もおなごを忘れて久しいが、せめて藤巻十三にだけはならんようにせねば。あれはもう彰利だけでいいだろ、ねぇ?

……。

 朝食が終わると朝の柔軟体操。
 それが終われば植物たちの手入れをして、京とユキは道場で鍛錬。
 一人指をくわえてうずうずと見ていたワン子は、俺と一緒に外で良い体作りの準備。
 庭に敷いたマットにうつ伏せに寝てもらい、あとは……

中井出「んーと───分析」

 賢者の石の力を引き出して、全ての構築要素を文字の羅列で浮き出させる。
 それで見るに、ワン子の能力的に足りない部分を刺激するツボに針を通し、それが馴染み、消えるまで待つ。消えるっていうのはええ、針が時間とともに溶けるものでして。
 陽の下でやれば効果的っていう、自然物の応用で作ったものなので。

一子 「お、おおぅ……体があったかいわ……!」
中井出「そりゃ、陽の下ですから」
一子 「あ、そっか。あはは」

 で、次は悪い物質を吸い出すための針。
 こいつを刺して吸引します。

中井出「分析…………って、結構あるなぁ。ワン子、お前随分無茶してたろ」
一子 「無茶なんてしてないわっ! だって無駄じゃないもんっ!」
中井出「いや、確かにあたしゃそう言いましたがね? まあいいや」

 針をトストスと刺していく。
 その間、「はっ! んっ! ぎっ!」と、痛そうな声が聞こえてきたけど気にしません。
 悪いモン取り除くのは痛いもんです。
 しばらくすると針の上部が膨らんできて、黒い物体が貯まる。
 つまりこれが悪い物質ってやつです。

中井出「で、これを取ってと。ほいワン子〜、力抜いて〜」
一子 「はぁあふぅう〜〜……《ブスブスブスブス》いだたたたぁーーーーーっ!!?」
中井出「はい力込めないっ!」
一子 「えぅうう……!? な、なにすんだよぉおお……!!」

 力を抜いたところに再び針。
 今度はフツーのツボ刺激のものだから、老廃物を除去とかそういう効果はない。
 ただまあ、血行はよくなります。

一子 「う、う……? 体が熱い……?」
中井出「代謝促進ってやつですな。よし、針はもういいな。あとはマッサ〜ジ〜」
一子 「《ぐいぃいい……》あぁぁぅううう〜〜〜〜……♪」

 筋肉を揉み解しながら伸ばしてやり、次は間接部分を軽く刺激。
 しばらくやっているとワン子はぐったりと完全に力を抜き、汗も大分掻いてきた。

中井出「ほいワン子〜、栄養水だぞー」
一子 「あ……ん、んくっ……」

 そんなワン子に栄養水。
 リラックスした体に栄養が一気に浸透。
 やりすぎとさえ思えた鍛錬によってイジメられていた細胞が、今ようやく目覚めた。

一子 「わ、わわわ……! あつ、熱い……!」
中井出「はいはい我慢だぞ? 冷静に、冷静に」
一子 「あ、そっか。れ、れいせいー……お昼は冷製パスタがいいな」
中井出「……リクエストくれるお子が居ると、作り甲斐があっていいなぁ」

 我が家の娘っ子たちは、やれ博光がいいとか愛がほしいとか……。
 冷製パスタね。張り切ってやったろうじゃないの。

中井出「リラックスはしたままな?
    お前が回復を許さずイジメ続けてた筋肉とかが、今回復していってるところだ」
一子 「あう……耳が痛いわ……」
中井出「栄養には気を配るくせに、自分の体には配らないもんなぁワン子は」
一子 「……早く、強くなりたかったんだよぅ……」
中井出「んむ。無駄ではなかったことを証明してやりましょうぞ」

 頑張ったなら報われてほしい。
 誰だって思うことだ。

中井出「しっかし、川神市って雨降らねーよなー……」

 しかしあとは暇なので俺も寝転がることにした。
 ワン子とは逆に、空を正面に捉えて。

一子 「天気なのはいーことだわ」
中井出「だな。お洗濯ものが乾き易い」

 日向ぼっこも好きだしね。

一子 「ん、んん……ん、んー……? ねぇヒロ? 体が動かない」
中井出「強引に筋肉に超回復をさせてるところだから、動かそうとしても動かないぞ?
    ワン子のエネルギーのほぼをそっちに回してる状態だ」
一子 「おぉお……! 人体ってすごい……!」
中井出「うむ。人器で我が身を100%コントロール出来る博光の提供。安心だ。
    だからあまり動かそうって考えないこと。脳から余計な信号送ると、体が吊るぞ」
一子 「ん、言う通りにするー」

 陽の下でのんびりと過ごした。
 ただ、汗の量がすごいので定期的に水分を取らせた。
 博光印の天然水。吸収力は無類だ……と、烈海王のように言いつつ。

……。

 昼。
 ようやく動けるようになったワン子にまず水を飲ませ、次に食事。リクエスト通りに冷製パスタを作ると、モリモリと食うこと食うこと。
 すると再び超回復が始まってぐったり状態。栄養、大事です。
 しかし今回は短なもので、すぐに動けるようになったワン子───を、京とユキに頼んで風呂に入れてもらう。俺はその隙にある場所へ電話を。
 さて、ワン子が上がってからは再び柔軟。
 筋肉が回復しても、固まったままじゃ意味がない。
 京とユキには休日を満喫してもらうとして、こっちはまだまだ仕込みます。

一子 「うぅうう〜〜……♪ 気持ちぃいい〜〜……♪」
中井出「筋肉が出来上がるまで、出来るだけ伸ばしておくんだ。
    出来てからだと柔軟に時間がかかる。
    よしっと、次ちょっと痛い伸ばし方するぞー」
一子 「お〜……♪ ……お、おおっ!?」

 ほにゃーと伸びてたワン子を抱きかかえるッッ!
 そして頭上へと掲げるようにしてェェ!

中井出「スリャタァーーーッ!! タワァアーーーブリッジ!!」
一子 「《グキィッ!》いたっ!? あいたたたたたたぁあーーーーーっ!!!」
中井出「ほれ、力を抜きんさい。お前はどうも力むことばっかり考えるから、
    徹底的にほぐしてやらんと筋肉断裂もあり得る」
一子 「うぅうう……そうなの……?」
中井出「うむ」

 タワーブリッジでグミミミミと背中の筋を伸ばしてやる。
 もちろん痛めつけることが目的じゃないので、加減はする。 

中井出「よし。終了」
一子 「は、はう……はうう……」

 よろよろだね……少し休憩を挟むか。
 って言ってもここは癒しとマナの空間、中井出家の庭。
 疲れなぞすぐに取れますが。

一子 「わわわわっ、また体が熱くなってきたっ!」
中井出「伸ばした分だけ筋肉の構築範囲が広がってるんだろ。痛みはないか?」
一子 「う、うん、平気」
中井出「じゃあ次だ。今日はキミに奥義を伝承する」
一子 「おおおおっ!? 奥義!? いいの!?」

 奥義と聞いて目を輝かせるお犬様がいた。
 うむ、即座に飛びつくとは思ってたけど、こうまで反応いいとちょっと嬉しい僕もいる。

中井出「うむ。モモのことだから、試験はモモに一撃当てればとかそんなところだと思う。
    だから速度と手数重視の技を教える。といったらほぼ一つなわけだが」
一子 「黄竜剣!」
中井出「だめです」
一子 「ぇええええ……?」

 なんとなくそう来るんじゃないかとは思ってたけど、ビンゴとは。
 ワン子が好きそうな技だもんなぁあれ。

中井出「手数と速度で言うなら一番いいのが飛燕虚空殺。次が超速剣疾風斬か高速剣。
    理想的なのが三つとも覚えちまうことなんだが……」
一子 「?」
中井出「一ヶ月で習得は無理だな」
一子 「じゃあだめってこと!?《ガーーン!》」
中井出「普通なら。そこんところはまあ調整するとしてだ。
    才ある者でも飛燕のほうは、いけて七連までかねぇ……」
一子 「アタシは?」
中井出「二連いければいいほう」
一子 「あぅうう……」
中井出「まあま、落ち込まない。こんな時のために刀上手の誰かさんに電話しといたし、
    いつか見せたそれを見様見真似でいけるとこまでいったそうだから。
    今日は才ある者の刀捌きを見てみましょう」
一子 「刀? それって───」

 ───と、そこまで言ったところで丁度この敷地内に誰かが入った感覚。
 穏やかにして心拍数が大きい……間違い無い、彼女だ。
 よしと頷いて招いた彼女は、その実力とは裏腹にドキマギ状態であったが。
 そんな彼女を庭で迎え入れる。

由紀江「ほっ……本日はお招きいただきっ、ありっありりっありっ……」
一子 「アリーヴェ・デルチね!?」
由紀江「違いますっ!?」

 そう、幼少の頃に飛燕虚空殺を見せた唯一の人、まゆっちである。

一子 「まゆっちが見せてくれるの?」
中井出「んむ。手段は多少選ぶが、我が儘は言ってられん。
    俺みたいな武具の付加無しでも出来る連撃っていうのを、
    まず目に焼き付けるのです。そこまでしても躱してくるのが川神百代だ」
一子 「……っ……《ごくっ……》」
中井出「ほいじゃあまゆっちよろしくね」
由紀江「は、ははははいっ! 私のでよろしければっ!」

 まゆっちが大事に持っている鞘袋から、刀をズチャアア……と取り出す。
 それを鞘から抜かずに腰に構えると、息を吸い、そして吐く。
 ───次の瞬間。

由紀江「せいやぁあっ!!」

 ヒュゴファギギギギィンッ!!!

 ……何かを切ったわけでもないのに高い音が虚空に響き、ワン子はその光景に目を瞬かせた。
 お見事と言う他ない。
 武具のバックアップ無しでこれが出来るのなんて、かつての仲間の中でも何人居たか。

由紀江「ひゅうっ……ふぅう……───」

 まゆっちがさっきと同じように息を吸い、そして吐く。
 その過程で刀を納め、こちらに静かに礼を。美しい礼だ。しかし顔をあげた時には既にテンパっており、「こここれでよかったでしょうかぁーーーっ!」と叫んでおられた。

一子 「……見えなかった……」
中井出「これが才ってもんです。ちなみに剣速ってのは、はいまゆっち」
由紀江「《キリッ》瞬息、弾指、刹那、六徳、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃寂静。
    その9つまであり、私が至っている速度は7、阿頼耶です」
中井出「つまりさっきの飛燕は7まで行ったってこと」
由紀江「物凄い集中が必要ですし、使ったあとは腕が速度についてこれずに痺れますが」
中井出「で、ならばそれを二連まで。
    ワン子が抜刀ツバメ返しまでを覚えられれば、可能性は出てくる」
一子 「で、でもアタシ薙刀よ? 抜刀は無理だし」
中井出「そこで必要になるのが高速剣や疾風斬だ。
    あれは抜刀を必要としない剣速奥義だから、習得さえ出来ればいいとこまで行く。
    ちなみに映像で解る通り、俺は才能がないから習得出来なかった」
一子 「不安になること言うなよぉお……!」
中井出「ギャアごめんなさい泣かないで!?
    まゆっちなにかハイセンスギャグで笑いを!」
由紀江「うぇええ!?」
松風 『おおういきなりハイレベルなトスが来たぜぇまゆっち〜!
    でもここで上手く出来れば信頼度UPだ〜!』
由紀江「解っています松風! ───百円食べます! ひゃあ食え〜〜ん!」

 ───……。

中井出「では鍛錬を続けよう《がしぃ!》ぬうう離せぇええええ!!」
由紀江「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
中井出「ギャアだめ! その声でその言葉の連発はマズイから!
    空鍋さまに呪われそうだからやめてぇええーーーーーっ!!!」

 まゆっちにしがみつかれて泣かれました。
 いや、ここはスルーするのがいいかなと思ったんだけど。
 ともあれそんなまゆっちを撫でて宥めつつ、一つのネックレスを取り出す。

中井出「ワン子。キミに感覚だけでも“超人”ってものを体感してもらう。
    その感覚をまず体に覚えさせなさい。
    覚えたら、ずっとその感覚を忘れずにいること。
    イメージトレーニングの成長版だ」

 言いながらネックレスをワン子の首にかける。

一子 「? これって……」
中井出「田辺くんのナビネックレス。
    意思はないから、ただのレベルアイテムになっちまったけど」
一子 「えぇっ!? そ、それはまずいわ! アタシでも解る!」
中井出「使いなさい。別に使って壊れるもんじゃない。
    ……ネックレスの宝石部分に触れて、“コンバート”って言いなさい」
一子 「…………いいの?」
中井出「言ったろー? 体感するだけだって。
    ただし、絶対に覚えなさい。覚えれば、体がそのイメージについていく」
一子 「───解ったわっ! コンバート!」

 ワン子がネックレスに触れ、コンバートを唱えた。
 すると田辺くんがかつて装備していた様々がワン子に宿り、レベルやステータスも受け継がれる。

一子 「う、うわっ、わわわっ」
中井出「よしっ、んじゃあ次だ。視界の隅にステータスってのがあるな?
    そこの設定でAGIをマックスにしてみろ」
一子 「え? え? あ、えっと、たしか映像では……これをこうして……できたわっ」
中井出「よっしゃ。じゃあ好き勝手に動いてみろ。最初はゆっく」

 ガドォオーーーン!!!

中井出「り……と………………はぁ」

 “全力”で走ったワン子が、中井出家の壁に激突していた。

由紀江「みえっ……見えません……でした……」
中井出「とりあえず最後まで聞かなかったお子にはおしおきだね。吊るそうか」
由紀江「ええぇっ!? そ、それはやりすぎではっ……」
中井出「痛くなければ覚えませぬ!
    ええいまったく人の話は最後まで聞けと言ゥておるのにこのお子はっ!!」
一子 「いぢっ、いっ、いたっ……たたっ《がっしズルズルズル》わわわぁーーーーっ!?
    ごごごごめんなさいごめんなさい許してぇええーーーーーっ!!!」

 痛がっているワン子の襟首を引っ掴んで歩く。
 おーおもはや許さぬこのお子め! 焦るのは解るがこれでは静を覚えるなど無理!

中井出「許してほしいか?」
一子 「ほしいほしいぃいっ!!」
中井出「助かりたいか?」
一子 「助かりたい助かりたい!」
中井出「だめだ」
一子 「えぇえええっ!? そんなぁあっ!!」

 俺は助けを求める悪をばっさり斬り捨てるケンシロウのように言葉を返すと、そのままワン子を秘密基地のほうへと連れ込んだ。
 ………………しばらくして、そこからは少女の悲鳴が聞こえてきたという。

……。

 ……数分後。

中井出「ハイッ♪ じゃあ頑張りましょうね〜♪」
一子 「がががっががががんばるぅう……!」

 にこやかに言う僕とは違い、ワン子がガタガタ震えながら頑張ることを口にした。

由紀江「……あの、いったいなにを」
一子 「訊かないでぇえっ!!」
由紀江「ひえいっ!? す、すいません出過ぎた真似をっ!」

 ええまあ、なんのことはなくアルティメット怖いホラー映画を見せただけです。
 我が体験したものの中から“恐怖”ってもんを抽出した映画です。
 ええ、映像がすごいとか話がすごいとかじゃない、理屈抜きに怖いって映画です。
 ……折檻とは言わないかもだが、創造してあるものだから疲れもしないさ。

中井出「……体験、してみる?」
由紀江「えっ……あ、あの、それはいったいどんな───」
中井出「まゆっち。いろんな人にも言えることだが、踏み込む勇気と踏み込む無謀さ。
    人々はそれをスパっと決めてみるべきだと思うんだ。
    気になるならば訊くより突っ込む。
    それほどでもないと謙虚に言えるならば、危うきには近寄るべきじゃないです」
由紀江「あ───突っ込みます!《クワッ!》」
中井出「おおう!? まさかの突っ込む宣言!
    よっしゃあでは参ろう! お友達が増えるよ!」
一子 「やったねまゆっちっ!」
由紀江「えぇっ!? 私たちってまだ友達ではなかったんですか!?」
中井出「いやいや! これを知ればワン子とはソウルフレンド!」
一子 「ようこそまゆっちっ、歓迎するわっ!」
由紀江「! かっ……まま松風! 歓迎されてしまいました!」
松風 『やったなまゆっちー! で、でもオラなんだか嫌な予感がするんだー……』
由紀江「なにを言いますかっ! これから待っているのは輝かしい友の歌!
    どんな困難でも乗り切る……そう、覚悟を決めますっ!!」

 ……それが、僕が本日見た、彼女の最後の笑顔でした。多分。

…………。

 ガタタタタタ……

由紀江「悪霊退散悪霊退散……!!」

 あらら……すっかり怯えてしまってまあ……。

中井出「よかったなワン子、仲間が増えた」
一子 「お姉様は断固として見ようとしなかったからね……」

 あれで魑魅魍魎がキライってんだからね。物理的に触れられないモノがキライらしい。
 
中井出「じゃあワン子、練習だ。まずゆっくり歩いてみろ」
一子 「ゆっくり? うん解った」

 ワン子がゆっくり歩く。しかしそれはタンッと、一瞬で歩みを終える速さだった。

一子 「…………あれ?」
中井出「はい集中。一撃に感謝。一歩にも感謝。集中して一歩を歩いてみろ」
一子 「うん、言う通りにする」

 歩く。
 単純なことだが、だからこそ“出来て当然”のこと。
 それを集中してやることに意味がある。
 早く動きすぎる体でその一歩に集中し、感謝し、感覚を覚える。

中井出「よし。次に距離感を覚える。庭の端から端までの距離を軽く走ってみろ」
一子 「わ、わかったわー」

 ワン子が走る。しかし一瞬にして端に届いてしまい、走ったワン子自身が「ほやわぁあああっ!」と奇妙な声を上げて、樹にぶつかりそうになっていた。ともかく“当然に出来ること”を繰り返しやってもらい、それをじっくり達成してもらったあと。

中井出「どうだ?」
一子 「感覚がおかしいよぅ……頭がヘンになりそう……」
中井出「そか。じゃあその“脳の感覚”が残ってるうちにネックレスを取って、元に戻る」
一子 「え? あ」

 消えていたネックレスを救い上げるように取ると、ワン子からナビネックレスの加護が消える。当然ステータスなんてものも無くなるが、感覚を知った脳は消えない。

中井出「じゃ、同じように走ってみろ」
一子 「う、うん。よっ───……お、ととととっ!? あ、わきゃうっ!《ボテッ》」

 コケた。
 まあ、そうなるわなぁ。

一子 「う、うう……? なんか体が重い……」
中井出「それが超人とワン子の力の差。
    お前は今までそんな重い感覚背負いながら動いてたんだ」
一子 「えぇえ……? そうなの……?」
中井出「ん。だから、超人側の感覚を忘れず、体をイメージで動かすようにしてみろ。
    ハッキリ言うが……普通に鍛えてたんじゃあ凡人の壁は越えられん。
    才能ってのはどうしようもなく存在するから、
    才ある者のセンスには絶対に追いつけん。ならばどうすりゃいいか。
    んなもん、普通じゃない鍛え方をして凡人のまま人体の究極に至るだけだ。
    そのための土台作りを今日中に終わらせる。
    あとはひたすら鍛錬と休憩の連続だ」
一子 「おおお……! アタシが究極になっていくのね……!?」
中井出「モノスゲー痛いから気をしっかりね?」
一子 「…………うう……い、痛くないのがいいなぁ」
中井出「さよならワン子」
一子 「うぁあああん冗談だよぉおお!! 行かないでぇええ!!」

 がっしぃとしがみつかれて泣かれた。
 痛くなくては覚えんと、受け売りながらも教えておるというのにこのお子は……。

中井出「人が成長するには痛みがあるものです。
    キミも一度、超筋肉痛を味わってみればいい。あれはホントに“超”だ。
    ……おお、痛みに耐える胆力をつけるためにも、定期的にやってみようか」
一子 「あわわわわわ……! や、やめてよぉおお……アタシが悪かったよぉおお……!」
中井出「………」

 泣くワン子には敵いません───とでも言うと思うたか!
 差別は嫌いな博光ですからそのままGO。
 超筋肉痛は、あまりプラスにならんし時間の無駄になるだろうからせんけど。

中井出「よし。じゃあ続きだ。筋肉の柔軟も含めて、超人に近付く練習だ。
    あの動きくらいモモは動ける。そう思って頑張れ。
    お前が小さい頃から至りたいって考えてた場所ってのは、そういう場所だ」
一子 「───! あそこが、お姉様の……!」

 おお、ワン子の瞳が燃えている……むしろ輝いている!
 ならばこの博光も張り切っていきましょう!

中井出「はいはいまゆっちもそんな震えてないで。
    ちょっとワン子に教えてもらいたいものがあるんだ」
由紀江「悪霊退散あくりょ……え? わ、私がですか?」
中井出「ウィ。僕が逃げた時、まゆっちが気配辿って見つけたんだよね?
    氣が無い僕って存在を“氣”として感じられるくらい詳しそうだし、
    ワン子に気配の断ち方のコツみたいなの、教えてあげて」
由紀江「気配の……?」
一子 「? なんで?《タタタドベシャア!》ふぎゃんっ!」

 話中でもイメージに追いつく努力をしているワン子が派手にコケた。
 うむ、頑張るノデス。傷ついても回復するこの場なら、痛くはあるけど頑張れます。

中井出「最初のうちに“静”を覚えてもらうためです。
    ワン子の氣はギラギラしてて、相手に次の行動を読まれ易い。
    ……行動の度に大振りしたり、技の名前をわざわざ言ったりとか」
一子 「うっ……うぅうう〜〜……」
中井出「はいはい落ち込まないの。言ったほうがカッコイイのはよ〜〜〜く解るから」

 手招きするとてこてこ歩いてくるワン子の頭を撫でて、コケて出来た小さな傷を撫でる。
 さっと放すと傷は消えて、ワン子は目を輝かせた。
 …………なのにまた走ろうとはせず、じーーっと俺を見上げてくる。

中井出「む? どした?」
一子 「……ヒロって、昔っからこうやって撫でてくれたよね。
    あれってやっぱり、傷とか痛いところとか治してくれてたのよね?」
中井出「…………映像見たなら解るでしょーよ」
一子 「えへへっ、うんっ」

 今度こそワン子は笑んで、走っていった。
 早速コケそうになったが手を伸ばそうとし───たんだが、その速度さえイメージに追いつけず、ベシャリとコケた。
 俺とまゆっちはそんなワン子を見送りつつ、気配のことを話した。

中井出「で、どうだろう。やっぱりそういうのって黛の業だからダメーとかある?」
由紀江「あ、いえ、それを言ったら私も勝手に“飛燕”を使ってしまっているので……。
    あの、ところで博光さんは9連まで行ける……んですよね?
    それってつまり、到達不可能と言われている“涅槃寂静”まで、
    既に到達しているということで……」
中井出「僕のは武具効果やレベルのお陰だしなぁ。
    まあレベル制限云々抜かしても、
    ノートン先生言うところの極上筋肉があるにはある」

 戦う意思を見せなければ、ただの筋でしかない。
 普段はヒョロヴォーヤのような腕とかに見えるから、測定とかでも伊達マッスルだなとか言われずに済んだのですがね?

由紀江「あ、あの。私にもその、コンバート、でしたっけ。
    あれの許可を頂けないでしょうか」
中井出「OH? 構わん!!」《どーーーん!》
由紀江「えぇっ!? う、嬉しいですけどそんな簡単でいいんですか!?」
中井出「悩むよりGOです。面白そうだし。
    んじゃあまずこれだ、仕込み杖。フェルダール広しといえど一本しかない宝刀。
    あとはやっぱり田辺くんネックレス」
由紀江「一子さんの時もそうでしたけど……田辺さんのものが都合がいいんですか?」
中井出「ある意味“超人”だからね。妖魔化出来るし。
    あ、でも余計な能力引き出そうとしないでね? 僕の力が枯渇するから」
由紀江「わわっ、解りましたぁあーーーっ!!?」
松風 『やべーよまゆっち! 人の命がいきなりのしかかったぜー!』
由紀江「ききき気をつけましょう! ええっ! え、ええと、たしかステータスを……!」

 まゆっちが顔を引き攣らせながらステータス移動を始め……ようとするが、

中井出「まゆっちー、コンバートコンバート〜」
由紀江「はわぁっ!? すすすすいませんーーーっ!!」

 ステータスの文字を探して視線を動かすまゆっちは、なんだか見てて楽しかった。
 ……その後、きちんとステータス移動も完了。
 超人の域の剣速、涅槃寂静の速度を以って居合いをするに至り、その速さに感動すらしていた。

由紀江「…………」

 ネックレスを返しながら、まゆっちは目を閉じてイメージを固めている……と思う。
 その状態で再び飛燕を自分の刀でやってみるのだが、やはり7連。

由紀江「一瞬で9連……これは難しいというレベルでは……」
中井出「7いけるだけで十分だと思うけど」
由紀江「いえ……自分でやってみて解りました。私のは5にもいけてません。
    ほぼ同時ととれるほどの速度での9連。私のはただの連斬でしかありません」

 や、飛燕だって連斬なんですが。
 ……いや、なにか考えがあるようだし、ツッコミはいいね。

由紀江「すいません、お時間を頂いてしまって。それで、気配のことですが」
中井出「おお、うむ。おーいワン子ー」
一子 「!」

 呼べばパタパタと駆けてきて、俺の傍にきて「なになにっ?」と目を輝かせるお犬様。
 ううむ、最近一層に犬っぽさが増してやしないかワン子よ。
 つーかコケなかったな。

中井出「今からまゆっちが気配を消してみてくれるから、その様子をじっくり見よう」
一子 「おおっ……“静”の鍛錬ねっ!?」
由紀江「コツといっても自然に身に付いたというか、
    孤独が私に身に付けさせたというか、くふぅっ……!!」
中井出「はいはい泣かない泣かない。じゃあ、お願い」
由紀江「は、はい……それが役に立つのですから今は喜びます!
    すぅ……はぁ───絶!!」

 まゆっちが気配を消す!
 するとなんと、まゆっちの姿までもを見失う!
 ば、馬鹿な! 今まで目の前に居たというのに!

一子 「お、おーーーっ! 消えた! まゆっちが消えたわっ!」
中井出「すげぇ! まゆっちすげぇ!」
一子 「まゆっちすごい消えた! 消えた! でもこれどう反応すればいいの!?」
中井出「あの言葉に近い掛け声、そして消えるといったらこれしかあるまい!」

 俺はおもむろにワン子に背を見せ、両腕を少し上げて頭の両脇で少し曲げてムキリとガッツポーズを取ってみせる! そして一言!

中井出「……すごい漢だ。《ムキーン》」
一子 「おおっ……! おおぅ!? 何故だかどこかから女のすすり泣く声が!?」
中井出「どうしたまゆっち!? まゆーーーっち!!」

 なんか知らんけどまゆっちが消えたまま泣いた。
 そしてすまん、某師範のは“絶”じゃなくて“滅”だった。

……。

 夜にもなると、さすがに冷えてくるので家の中へ。
 今日使った分の筋肉に再び超回復を与え、ワン子はぐったり状態だ。
 その間にも柔軟をさせているため、早く言えば休む暇は無い。
 ただし寝る時は思いっきり休ませる。これ、人間の知恵。

一子 「うぅう……熱いぃい……」
中井出「今日一日だけで代謝機能が滅茶苦茶上がってるんだ。そりゃ熱いとも感じる。
    普通なら無理な鍛錬法だからなぁ……こればっかりは仕方ない」
一子 「あぅううう……」

 凡人だろうが、いけるところまでいけば鍛錬マニアになった晦レベルあたりまではいける……と思いたい。さすがに竜王に勝つレベルまでいけとは言わんから、剣装備中の空界のリザードマンに容易く勝てるレベルまではいかんと。

中井出「よしっと。じゃあこれ飲んで」
一子 「んくっ……んくっ………………あぁああ〜〜……お水がおいしぃい〜〜……」
中井出「ふむ」

 修行と聞けば真っ直ぐなワン子だ。
 鍛錬などには言うまでもなくどんどんと突っ込む。
 問題なのはその努力を受け入れるだけの器が無いこと。
 だったらその器を広げるしかない。
 で、限界突破といえば……まあ、アレしかないわけで。

中井出(実際、人間の能力限界なんて様々だし、確実にそこまでってのはない。
    むしろワン子の場合はよくここまで自力でって思えるくらい、
    “ワン子としてのレベルでは”かなり高い)

 つまり限界値が他の人よりも低いのだ。
 ならばその限界値を広げるために、かつての仲間もやったアレが必要。
 僕のバックアップとワン子の頑張りとで何処までいけるかだな。
 フェルダールで鍛えさせてもいいんだが、それじゃあゲーム能力にしかならない。もちろん、レベルアップを無関係にするんだったらいい鍛錬場になるだろう。それも一応考えてる。
 一ヶ月で仕上げるにはあまりに時間が足りない。ならフェルダールの時間をいじくって、じっくりと“実戦経験”ってものを学ばせればいい。復活システムだけつけて、あくまでレベル無しのワン子の実力だけで。

 ゲーム世界で上げたレベルで試験に挑んでも、モモはそんな力を師範代の実力として認めやしないだろう。ならばワン子の力を底上げして、ワン子が行ける場所まで連れて行くしかない。
 えーとだ。よーするに僕がワン子に仕込んでやるものってのは“トランス”だ。
 現実世界でどこまで引き出してやれるのかは解らんが、50%引き出せればパーフェクトすぎる。その土台作りのためにイジメ抜いた筋肉の回復をしているわけだ。その過程で、どんな技を覚えられるかだ。気脈点穴法を使って疾風か烈風の試練を与えるのは、川神院の養子を相手にはさすがにマズイ気がしてきたし。
 他の流派からの師範代合格も、実力さえあればOKなんだから……平気なんだろうけどワン子への負担が大きすぎるんだよな、気脈点穴法。辛いだけで、成功しなければ覚えられないだけだし。
 そうなると高速剣も妖魔化が必須になってくるから無理と。うん、我ながら計画性がねぇ。
 だからここは現実的に言って、かずピーの“加速”とかコタロの“瞬動術”とかになる。氣での加速だな。幸いワン子にも氣があるから、ソレの上手い使い方を叩き込もう。幸いにして、世界は元に戻ったけど、知識だけならマクスウェルの大図書館に本として全て残っている。俺が記録者名乗ったからかね。
 ともかくまずは氣。チャクラ解放に耐えられる体作りからだ。
 ARMSのコウ・カルナギみたいに、産まれた時から全門解放バケモノ野郎になれとは言わんから、せめてそこに近づけるように。

中井出「んじゃ、メシ食って風呂入って、あとは寝るだけだ」
一子 「あぅお〜〜〜……」

 もはや返事が返事になってなかった。
 こんな調子で大丈夫か? ……だ、大丈夫だ、問題ない。





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