【プロローグ14】

 金曜です先生! 五月一日! 先月のエイプリル愚者は俺の誕生日だった!
 気になるプレゼントはモモがラーメンの麺少量! ワン子がラーメンのほうれん草! 京がラーメンのスープ! ユキがラーメンの刻みネギ! 大和がラーメンのチャーシュー! ガクトがラーメンのメンマ! モロがラーメンのナルト! キャップがラーメンのスープ! 冬馬がラーメンのゆで卵スライス一切れ! 準がラーメンのにんにくチップ!
 ……ええ、ラーメン屋で祝われたよ。泣いたね。感動の涙だよ。あの時ばかりは感情が動いたと書いて感動だったね。悲しみの方だったけど。
 ───さ、そんなわけで明けて翌日の朝。
 昨日は全然鍛錬が出来なかったこともあって、口を尖らせているワン子がおる。
 尖らせながら朝メシ食ってるが、器用だと褒めるべきか否か。
 や、ここは素直に今日は修行だと言いましょう。

中井出「じゃ、今日から本格的に修行だな」
一子 「《ぱああっ》うんっ! やるっ! なにするのっ!?」
中井出「おおう」

 モノスゲー反応速度だった。
 しかしこう、笑顔を見ると僕のハートもほっこりです。

京  「内容を訊くより先に“やる”と返事するワン子。
    その時博光の心にうごめいた黒い感情とは……!?」
中井出「京のおかずをワン子にあげるという感情が芽生えた。アンサー?」
京  「私なにも言ってないよ? 私いい子だもん」
中井出「ヘンなとこばっか真似しないの。ほらユキも。マシュマロばっか食べてないで」
小雪 「ココア味がおいし〜……新しい味……」

 なんか黒というか茶色っぽいと思ったら、ココア味だったらしい。
 マシュマロってたまに、ヘンな味のを発売するよね。

中井出「俺はなぁ……もぉ少し刺激があるのがいいかな。
    最近流行りのラー油を練り込んでみてはどうか」
京  「タバスコを練り込んだものを所望する」
中井出「それはマシュマロですか?」
京  「いいえ、それはゾンビです」

 ワケの解らないやりとりをしつつ談笑。
 ワン子は首を傾げつつも、今日から始まる修行という言葉に胸を高鳴らせていた。多分。
 だって見るからにウキウキしてるんだもの。鼻息も荒く見えるし。

中井出「で、だけど。今日ようやく二個精製出来たから、1つはワン子に渡すとして」
京  「! わ、私より先にワン子にプレゼントを贈るなんて……!」

 チャラリと出したそれをワン子に渡したら、京が盛大にショックを受けていた。
 何気に本気でショックっぽいのが怖い。

中井出「プレゼントじゃなくてナビネックレスだバカモン。
    ノートン先生のバックアップ無しでこれ作るの、滅茶苦茶大変なんだよ。
    マナが足りなすぎる。
    キャップやモモに期日延ばしてもらうの、大変だったんだからなー?」
小雪 「んーー……? それがあるとどうなるの?」
中井出「ヒロラインに限り、敵にコロがされても復活出来る。
    あとはレベルアップシステムと自動回復システム、
    ゲーム世界で得た能力全てを現実でも使えるようになるシステムなどなど」
京  「夢のようなネックレス。
    是非とも麻痺の状態異常を手に入れて、博光を麻痺させて……」
中井出「俺への状態異常はよっぽど弱ってなけりゃ通用せんから無駄です」
京  「だったら惚れ薬を調合。めげない私、10点」

 ええい本当に退くことをしないお子だ。
 昔に手を差し伸べたのは確かだけど、それが恋に繋がるってのはあるもんなんだろうか。
 俺、産まれてこのカタ、モテたためしは無い筈なんだが。
 麻衣香はなんだかんだいって腐れ縁の延長みたいな感じだったし、ドリアードはその、モテというのとは違う気がする。恋姫の世界ではモテというよりアコガレみたいな眼差しだった気がするし、他の世界でも……なぁ?
 それなのに京は真っ直ぐに思いをぶつけてきようぜ。
 ユキはどっちかっていうと“家族”の状態を望んでくれてるけど、京は違うみたいだ。

中井出「モテるってどんな感じなんデショ。惚れる、は……なんとなくは解る。
    好きって気持ちも愛って気持ちも解るんだが、惚れるはイマイチだ。
    気づいたら好きだった〜って、そんな感じだったしなぁ」
京  「その瞬間を人は惚れると言う。
    ちなみに私は常時、博光の行動ひとつひとつの度に惚れている」
中井出「実は多馬川沿いの原っぱで気になる女の子を発見してさ」
京  「そうして私の気を引こうとする博光もステキ《ポッ》」
中井出「ぬおお予想外の反応が。俺の何処がいいかねぇ」
小雪 「“俺なんかの”とは言わないんだねぇー」
中井出「卑下すんなーって、まゆっちにも言ってるしね。
    逃げた時はその、正直すまんかった。
    でもまあ自虐したくもなりますって。まあそれはそれとしてメシどうぞ」
京  「博光は今日も納豆とお味噌汁。栄養偏るよ? 私のを分けたげよう」
小雪 「んふふーん? 甘いよミヤコー。僕なんかもう分けてあげてるもーん」
京  「! なん……だと……?」

 京が見た先の椀には既にもっちゃりと盛られた、溶けたマシュマロが絡まった和え物が……!

中井出「ちなみにこれ、京の椀な」
小雪 「……あれ?」
一子 「はっはっはっは! すりかえておいたのさ!」
中井出「おお〜、偉いぞワン子ー」
一子 「わはは、褒めてほめてー♪」
京  「ぐぬぬ、朝一番の初褒めを奪われた……!
    まるで泥棒猫に男を寝取られた気分……!
    ……でも騒いで博光に迷惑をかけるのは本意じゃない。大人しく食べるよ」
中井出「おおっ……そうそう、賑やかなのもいいけど、朝はちゃんと食べないとな。
    偉いぞ京〜」
京  「! ぜ、是非ともなでなでしてほしい……!」
中井出「……それで胸突き出されなかったら素直に撫でてたのにな」

 ともあれ食う。
 京が俺の前に置かれた、マシュマロたっぷりになってしまった自分の椀を取ろうとするが、俺はそれを無言で食う。少し戸惑う京だったが、穏やかな顔で笑っていた。

京  「そんなに私と間接キスしたかったんだ……ハァハァ」
中井出「もうどうしてくれようかこのお子」

 そしていろいろ台無しだった。
 最近ホントエスカレートしてきてるなぁ。
 今まで我慢してきた思いを倍にしてぶつけてきてる感じだ。
 そりゃあ、今までが本当に無反応というか、家族で〜としか言わなかったしなぁ。
 それが最近は赤くなったり狼狽えたりだから、京としては狙い目なんだろうけど……。
 などと思った瞬間でした。

一子「ギャーーーッ!! からっ、かかかっからぁーーーーーっ!!」

 ぱくりと笑顔で自分の椀の野菜を口にしたワン子が、突如絶叫。
 涙目になってその場で暴れ始めたのだ……!

中井出「ひょっ!? どうしたワン子!
    から……なに!? つーか赤ッ! ワン子の椀赤ッ!!」
京  「ふふふー、すりかえておいたのさー《ぱくり》……うぐっ、甘い……!?」
小雪 「んふふー♪ すりかえておいたのさー《ぱくり》ふむひゅううっ!?」
京  「……すりかえておいたのさ」

 ……こちらものようだった。
 つーか考えるまでもなくこいつらが……主に京が原因か。

中井出「はぁ……三人とも大人しく食べなさい」
小雪 「ヒロミツが食べさせてくれたらぁ、ボク大人しくするよ? 昔みたいに」
中井出「? ええよ? さあさ」

 正座だった足を胡坐に組み替えて、その膝をポムと叩く。
 すると笑顔でちょこんと乗っかるユキ。
 昔はね……よっぽどまともに食わせてもらってなかったのか、モノ食べる時とかひどいもんだった。だからこうして足に乗せて、俺が二人羽織りみたいに食わせてたわけだが……まさかこの歳になっても要求されるとは。

京  「私は是非口移しがいいっ……じゅるり」
中井出「ワン子、ゴー」
一子 「ぐまぐま……んう? なに?」
京  「なんでもないよワン子。……これからはもっと具体的に攻めよう。
    博光、博光のしっとりとしたやわらかそうな唇で、私の唇を塞いでほしい」
中井出「お待ち!? 食事の要素はどこいっ───…………あー……えと。
    私を召し上がれとか言われそうだからやめよう」
京  「さ……先をいかれた……!」
中井出「ショック受けてないで、いいからメシ食って……お願い……」
小雪 「えへー♪ おいしー♪」

 朝食は……めっちゃ甘くてめっちゃ辛かった。
 それでも食材には感謝をして残さないのが鉄の掟。
 でも僕、確信出来たことがある。
 甘いよりも、辛いほうがまだ元の味が解るってことだ。

───……。

 支度を済ませて家を出て、通学路の途中でファミリーを発見。
 いつもの光景にホッとするのはどうしてでしょうね。
 はいそんなわけで、既に教室なわけだが……

中井出「周囲に顔が広いだけではなく、
    まさかいつの間にかまゆっちの初めての人になっていたとは……」
京  「大和手が早い。きっと策という策を行使して落としたんだ」
大和 「ええい誤解だと言っているのに」

 通学中、まゆっちが発した言葉に僕らは驚愕した。
 そう。僕らと合流した途端に、まゆっちがおっしゃったのですよ。

  「大和さんが初めての人です」

 と。
 ええ、そりゃーもう中井出ファミリー全員で拍手贈りました。
 丁度冬馬も準も合流したところだったんで。

中井出「ファミリー内で恋かぁ。いいじゃん、仲睦まじい。
    応援キライだけど、いいって思うよ」
京  「成功すればガードが甘くなると予想する。だから大和には是非頑張ってほしい。
    あ、もう初体験済ませたんだったね」
大和 「だから誤解だぁっ! 緊急用セットをプレゼントしただけだって!」

 緊急用セット。別名大和セット。
 災害が起きた時のために、大和が用意してくれた避難セットみたいなもんだ。

中井出「……なぁ大和。
    いくら俺でも、プロポーズ用のプレゼントがそれじゃアウトなのは解る」
京  「いくら愛がこもってても、プロポーズにそれはない」
大和 「誤解が誤解を生んでゆく……!」

 机に座りながら、肘をついて頭を抱える軍師の図である。
 誤解ってまあ……そんなもんだと思う。
 と、生暖かく見ていると、くいくいと服を引っ張られた。

京  「ねぇ博光。たとえば博光なら、どんな告白をする?」
中井出「俺? 俺だったらぁ〜……そだな。前までの自分じゃなく、今の自分でいくなら」

 軽く一歩。そして京をやさしく抱き締める。
 そして一言、心を込めて。

中井出「俺と、生きてください」

 たったそれだけ。
 俺が言えることって多分、それだけだと思うんです。
 だからウソ偽り無く言える相手じゃなきゃ言わないし、ファミリー以外にはまずウソでも言えることではないのだ。

中井出「とまあこんな感じウオッ!?」
大和 「おおうっ……ヒロが京を泣かしたっ!」

 そっと離れてみれば、ぽろぽろと泣き出す京さん!
 ハワワワワ!? こ、こはいかなること!?

中井出「え!? 泣いっ……えぇぇえっ!? どどどどうした京!
    え、あ、もしかしていきなりヘンなこと言ったから!?
    それとも込めた心は本気でも、勝手に試したのが!?
    ギャア言ってて俺すげえ最低! どうしよう大和!」
大和 「抱き締めとけばいいと思うぞ」
中井出「───…………」

 言われて、そっと、慌てずに京の顔を見てみる。
 泣きながらも僕を見上げる顔は、とても嬉しそうで、かつ幸せそうだった。
 ……なるほど、これで騒ぐのは野暮ってもんだ。
 なので抱き締めることにした。
 抱き締めて、頭を撫でた。

中井出「はあ……昔を思い出すねぇ」
大和 「あ……ああ、そーいや、出会ってばっかの頃もこうして抱き締めてたっけ?
    初対面で相手落とすとか、手ェ早すぎだろヒロ」
中井出「だまりゃっ! ニヒルに徹するばかりで覚悟も持たぬ者に言われとうないわ!」
大和 「昔の俺は黒歴史なんだから忘れさせてくれぇっ! あと本気で悪かった京!」
京  「気にしてないよ。お陰で博光に会えた。忘れることはないだろうけど」
大和 「うぐっ……最後が何気に突き刺さる……!」
京  「イジメなんて、されるほうが悪いんだYO」
大和 「やめろぉおお!! 人のかつての黒を口にするのはやめろぉおおおおっ!!」

 今度は頭を抱えてデンプシーする男の図だ。
 ためにはならんが見てて面白かった。

中井出「ところでさ、思ったんだよ僕。
    話のきっかけから物凄く掛け離れた状況に居るような気がするなぁと」
大和 「常識破壊者が何言ってんだよ」
京  「博光が私の常識を破壊してくれた。10点」
中井出「いや、破壊者だからってなんでもかんでも常識に囚われてないわけじゃないよ?
    囚われないなら過去に戻って好き勝手に歴史改変するって」
大和 「それを出来る能力があるのにしないから、囚われてないんだろ?
    フツー誰でも自分が得するように改変するけどな」
中井出「なんで? 今俺滅茶苦茶あったかい場所に立ってるのに。
    改変したら無くなるかもしれないじゃん」
大和 「……それはお前が歩いてきた道が、寒すぎただけだろ」

 そうかしら。そうかもね。

大和 「けど実際、ヒロが来なかったら京ってどうなってたんだろうな」
中井出「ふむん? むー……そうさのぅ。
    1:キャップが助ける。
    2:ニヒル卒業とともに大和が助ける。
    3:耐え切れずに自殺する。
    4:それでも生きる。
    ……3と4が辛すぎるな。あるとしたらキャップあたりかねぇ」
大和 「ごめん、話振っといてなんだけど心が痛すぎる」
京  「博光が助けてくれたあとでもイジメる人はいたんだよね。
    さすがに水槽の温度をいじくられて、
    飼育してた魚が死んでた時は目の前が真っ白になった」
中井出「まあ、それやった犯人は俺が月視力で過去視して半コロがしにしといたけど」
大和 「映像の中で見事に殴られてたな。
    子供が子供の拳を中心に何度も回転する様子を、俺は初めて見た」
京  「私はますます好きになった。なにもかもを捧げる準備は既に出来てる」
中井出「家族でお願いします。……ところで子供って怖いよね。
    大人が思うよりも軽く、ひどい事を平気でやるし。自覚無いってすごい」

 ほんと、子供って怖いね。
 命とか簡単に奪っちゃうし。あ、それは大人もか。

中井出「まあアレだ。イジメなんてやらないにこしたことないよ。
    いいことなんて一つもありゃしない」
大和 「助けるには覚悟も必要だけど。覚悟を果たしてみて、ヒロはどうだったんだ?」
中井出「どうもこうも。楽しいを与えられてなによりですじゃ。
    家でもガッコでも俯いてばかりだったお子が、こんなにも幸せそうだ。
    これってスゲーことですよ? だからなにより。とてもなにより」
京  「《ぎゅうぅう……》はぅうう……だめ博光……人が見てる……」
中井出「……この反応はどうかと思うけど」
大和 「男なら喜びそうなシチュエーションだけどな。
    ガクトあたりなら既にゴールしてそうな気がする」
中井出「そ? あいつはあいつで大事にしてくれそうな気がするけど。
    そしてなんとなくだけど、
    大和なら俺と同じく家族で〜とか友達で〜とか言う気がする」
京  「ニヒルな大和なら突き放すだけだと思う」
大和 「だからニヒル時代のことは忘れてくれ」

 両手を軽く挙げて、降参の意を示す軍師。
 というか周囲からじろじろ見られてるんだが……教室で話すようなことじゃあなかったかも。

大和「覚悟といえば……姉さんが進言しなかったら、
   ワン子まで中井出ファミリーだったんだよな」
一子「え? なに? 呼んだ?」

 大和の席の前の自分の席で、自分の名前を呼ばれたワン子がンバッと振り向く。
 いつもならハンドグリップを握っているが、没収したので持ってない。
 ほっとくといつでも修行修行だからねこのお子は。

大和「や、ワン子が岡本のばーちゃんのとこから川神院に行く頃の話だよ。
   川神院にいかなかったら、中井出一子だったなーって」
京 「ワン子だったらべつに構わない。狙われる心配なさそうだし」
一子「あー……」

 ばーちゃんのことを思い出しているのか、少しだけ困り顔をする。
 しかしすぐにきょとんとした顔になると、一言。

一子「そういえばあの時、もしヒロの方に行ってたらどうなってたのかしら」

 おや意外な一言……でもないか。
 確かに俺も考えたことがあるし、モモに言われたこともある。

京 「決まってる」
大和「ああ、決まってるな。楽しいということと嬉しいということ、そしてなにより」
京 「大事にされる幸せを教えてもらえる。10点」
一子「おお……! でも修行は?」
京 「ユキと私を見て思うことは?」
一子「あぅ……強いわ……」
大和「おお、ワン子が素直に相手の強さを認めた」
京 「朝の鍛錬で序列を叩き込んであげたから。ふふ」

 「なるほど」と頷く大和を横目に、僕はクマちゃんと会話をしていた。グルメマップが出来たとのことなので、それを受け取って「ぬおお」と感心してイタノデス。
 すげぇ! カロリーまで書いてあるよこれ!
 しかもこんな、普段目立たないような場所のことまで鮮明に!

中井出「おおうクマちゃん、あんたって人は……!」
満  「食べたいなと思うものばかりが食べられない時って辛いよね。
    何故か調査している時は食べられたんだけど、
    個人として食べたいと思うとどうしてか、
    まだやってなかったりお店が潰れちゃったりしていてね」

 まるで井之頭のゴロちゃんみたいな状況ですね。
 そうそう、孤独なグルメも食べたいものこそ食べられない漫画だから。

満  「あ、ここのカツサンドは特にオススメだよ。
    ここのソースがまたいい具合に男の子しているんだ」
中井出「おおおいいね!」
満  「このお店は多いメニューに隠れて解り辛いけど、
    豆寒天が決して悪くない味をしていてね」
中井出「おお、あんぱん好きとしては餡子が欲しいところだけど、
    ここは寒天とレッドピースのみの味がありがたい」
満  「ここのお店には主人の趣味なのか昔の飲み物があってね。
    このわざとらしいメロン味がまた嬉しいって、大人たちには人気なんだ」
中井出「おお……時代がもたらす嬉しさってやつだね」

 などと話しながら、歴史書についてをまとめていった。
 クマちゃんは普段糸目で、穏やかな雰囲気を出しているけど……ひとたび目を開ければまるで孤独に食を追及する者のような顔になるからな。
 食に関してだけは彼に相談するべきだと思ったが、してよかった。

中井出「でもほんとにいいのかい? 食べ歩くだけでも結構な金が飛んだでしょ。
    人との関係を金勘定では済ませたくない博光だが、
    こればっかりは依頼が依頼だから是非とも払いたい」
満  「じっくり味わい直せたし、僕は僕で満足しているよ。
    だからお金を受け取るわけにはいかないんだ」
中井出「クマちゃん……あんたって人は……!」

 ええ人や……ホンマええ人や……!
 僕はクマちゃんに感謝しながら握手して、終始穏やかなままの彼に手を振って席に戻った。

大和 「グルメマップ、出来たって?」
中井出「押忍。見てみなさいこのびっしり書き込まれたメモ」
大和 「どれどれ…………う、うおお……これはすごいな……!」
京  「あ。ちゃんと激辛料理店のメニューもびっしり書いてある」
大和 「自分の意見だけじゃなく、
    他者の感覚もこうであろうって書かれているところに暖かさを感じるな……!」
一子 「あ、このお店知ってる。前にタッちゃんが美味かったって言ってた場所よね」
中井出「ふむふむ。歴史についてもモモとキャップとモロが頑張ってくれてるし、
    口コミも冬馬や準がやってくれてる。これは期待出来そうだぜぇ……!」
大和 「俺も俺ネットワークでいろいろ飛ばしてるし、
    京もユキと一緒に部の連中に口コミしてくれてる。
    まゆっちも大和田さん、だっけ? と、一年に話を広げてくれてるみたいだし」
一子 「あう……アタシなんにもやってないわ……」
中井出「ククク、かく言う俺もやってない」

 仲良く肩を組む僕とワン子。
 しかしこれはどうしたものか。
 いざ何かをするにしても、何をすべきかが見えてこない。

大和 「100万肩代わりで十分だろヒロは。それこそ俺達じゃあ出来ないことだ」
一子 「うう……家出しちゃったから川神院で歴史を調べることも出来ないわ……!」
大和 「それ以前に覚えられないだろお前」
一子 「うぐっ」
京  「で、まだ名前が出てこないクリスは?」
大和 「いろいろ誘ってみてはいるんだが、
    あいつ行く先々で食べ物とかかわいいものとかに意識持っていってばっかで、
    正直役に立たん。些細なことで意見を衝突させてばっかだし」
京  「お疲れ大和。引き続きクリスの面倒は大和に任せよう」
一子 「手強い相手こそ、
    全部を出し切って理解し合えた時の絆は深いってヒロが言ってたわっ」
中井出「10点」
大和 「お前らなぁ……」

 …………。ところで、まだガクトの名前が出てないんだけど。
 ……これ言うのってヤヴォ?

中井出「っと、梅ちゃん来たな」
大和 「話はここまでか。じゃ、また」
中井出「オールダーク」
大和 「ライトって言ってくれ」

 今日もHRが始まります。
 花丸な日を過ごしましょう。
 ……ところで、“華丸”って書くとなんか“花丸”より豪華そうだよね?


───……。

 ……。

麻呂 「と、いうわけで。麻呂のカリキュラムは平安時代9、
    その他の時代1でおじゃるから、そのように覚悟しておくでおじゃ。
    平安こそが至高の文化でおじゃるから、の」
中井出「あの先生、来る学校間違えてない?」
麻呂 「だまりゃっ! 私語は慎むでおじゃる!」

 そんなわけで歴史です。
 歴史はなんというか重みを感じますね。いろいろな世界回ってると、やっぱそう思う。
 戦国時代モノとかでは戦ったりもしたからさ、余計にです。

中井出「しかしノートはしっかりとる僕。10点」
京  「急に何故?」
中井出「S組行ってみよっかなーって。
    で、見下す奴らをこらしめて僕の存在率を高めます。
    やれることはやっておかねば。で、飽きたら戻る」
京  「片時も離れることを良しとしない私も、ならばと心に熱きハート。
    一緒に勉強会しよう。夜まで。そのあとは誰も知らない大人の時間に突入」
中井出「なるほど。誰も知らないからには未知であり、
    誰もやったことがないものであるのですね? はい恋愛や性交渉禁止」
京  「……! 大袈裟な言葉を使ってみた結果がこれだった……!」
クリス「授業中だ、私語は慎め」
中井出「おおソーリー」

 麻呂が書いて説明してを繰り返す物事をノートに書き写す。
 うむ、聞いて書いて読む。脳には良い刺激になりましょう。
 もちろん話す時は小声です。一応授業中ですけぇ。

中井出「しかし一心不乱に書くというのも退屈だ。
    なにかこう、刺激的なものはなかろうか」
京  「……ちらり」
中井出「いきなりスカートめくらないの……!」

 小声で注意するも、京はポッと頬を染めるだけ。
 ええい、どうしてくれようかあのお子は。

クリス「だから授業中だと言っているだろうがっ」

 などと思っていたらクリスが割と大きな声で注意を───

麻呂 「クリスゥ! うるさいでおじゃる! だまりゃっ!!」
クリス「は、はい、すみません」

 ……した途端に怒られた。

大和 「注意する声が大きすぎだ、くくくっ……」
クリス「くぅうっ……!」
麻呂 「罰として言うてみや! 西行の代表的歌集はなんじゃ!」
中井出「灼火蹴?」
クリス「違うっ! 山家集だっ!!」
中井出「ソ、ソーリー」
麻呂 「ほほう。では有名な詩をひとつ言うてみや!」
中井出「……ひさかたの 光のどけき春の日に しずこころなく あぶらとりがみ」
麻呂 「中井出博光ゥ! 貴様は歌集を侮辱したでおじゃ! 廊下に立っておれ!!」
中井出「押忍! 責任を果たしてきます!」
クリス「───! 先生! 行かせてはいけません! 彼は廊下でサボるつもりです!」
麻呂 「だまりゃ! 平安時代に興味のない者など知らぬ!
    それよりも詩を言うてみや!」
クリス「………」

 クリスがきちんと詩を詠んで返すのを横目に、チャーオーと手を振って廊下へ。
 だって平安のことしか学べないんじゃ、ノートとってても意味ないし。
 せっかくだから歴史書のことを纏めておこう。


───……。


 そうして、休み時間の度に話を煮詰め、現在昼休み。そんな、待っていれば必ず来る時間の中にファミリーの皆が集まった。
 それというのも今日はみんなで弁当にするべーと連絡を入れておいたからであり、弁当は全てこの博光が製作!
 こうしてS組から冬馬と準とユキ、3年からモモ、1年からまゆっちが訪れた。
 穏やかである筈の場……なのだが、

一子「ギャー!!」

 ワン子が1人、悶えていた。

卓也 「どしたの、あれ」
中井出「トレーニング中毒が発動した。ハンドグリップもダンベルも没収したし、
    腹筋だのスクワットだのも禁止した。だからむずむずしてるんだろ」
卓也 「そうなんだ……あ、ところで休み時間ごとに歴史書の話、してたんだよね?」
岳人 「水臭ぇな……それなら呼べよ」
中井出「モロはスグルとオタ話、ガクトはヨンパっつぁんとエロ話してたっしょ?
    なんか声かけづらくてね。特にガクト」
大和 「特にガクト」
岳人 「なんだよっ、俺様がエロ話するなんて割りといつものことじゃねーかっ」

 いや、そういう意味じゃなくてね……?
 そういやぁ、ガクトってこの件で何してくれてたかなぁ……って……。
 などと、ガツムシャと弁当かっ込むガクトを見ながら思った。

岳人 「ヒロの弁当マジ美味ぇ。お前らずりぃよな。いっつもこんなもん食べてんのか」
卓也 「弁当っていうか肉とご飯しか入ってないじゃない」
中井出「ガクト専用弁当だから」
冬馬 「私のはいつも通りの栄養バランス重視ですね」
百代 「……それでどうして私のは“たくあん”だけなんだ」
中井出「昨日ガラス割ったから」
百代 「あれはお前の所為だろー……? なんだよー、お腹空いてたんだぞ私はぁ……」
中井出「じゃあ僕のも食べる? 僕も割ったから、ゆで卵だけだけど」
百代 「お前はなにに対して懺悔したいんだ」

 なんだろね。
 まあでもともかく窓は直したし、ゆとり少年やボブくんたちも川爺に突き出した。
 これでミッションコンプリートってことで、その祝いも兼ねての弁当パーチー。
 どうせ今日金曜集会なんだから、その時にやりゃあよかったかもだが……削れる時間は削っておかんと、修行出来ないワン子がギャーと叫びそうなので。
 でもまあまずは腹ごしらえだよね。うん。

中井出「《ムッシャムッシャ……ごくり》……満腹だぁ……」
百代 「《カリコリポリポリ……ごくり》……満腹だぁ……」
卓也 「どっちも全然足りてないでしょ絶対!!」
中井出「い、いいのですよ卓也くん。僕らは窓を割ってしまったのだから」
百代 「危機とはいえ、窓を破壊したのはまずいしなぁ……。
    いくら直せるやつが居るからって、罰は罰だ」
中井出「まあ夜はたーんと食うし。モモも来る?」
百代 「お前、姉妹に軽く喧嘩めいたこと背負わせといて随分軽いな……」
中井出「喧嘩じゃなくて試練でしょーよ。夢に全力な娘っ子は見ていて気持ちがいい」
京  「私も博光のお嫁さんになる夢に全力を出している。気持ちいい?」
中井出「それって夢なんだろうか」
京  「他の誰かが有名人の嫁になりたい〜とか言うのとは違う。私のは純粋な愛」
中井出「家族でお願いします」
京  「またフラれた……」

 うーむ……感情がいろいろアレになってから、結構断るのがチクリと来るようになった。
 これって良いことなのか悪いことなのか。
 大事に思えばこそなんだがなぁ……一方的な考えではあるものの。

準  「細かいことなんて気にするだけ無駄でしょお。
    わざわざ小さな棘をでかくする理由なんざぁありゃしねぇわな。
    家出しようがどうしようが、諦められない夢のために頑張る!
    ……立派じゃねぇの。ま、俺は応援するから頑張りなさいな、ワン公」
一子 「ありがと、ハゲ」
準  「……昔は“準にぃ”とか言ってくれたのになぁ」
中井出「時代の流れだ。俺なんて構いすぎる所為でパパと呼ばれたことがある。
    大和といろいろ躾けるようになってからは、ヒロとか博光になったが」

 わざわざ席を移動し、準と二人、たそがれてみた。
 若かったなぁ……意識が。
 でも、きっと幸福の中に居た。
 俺と準はあの時悟ったのだ……かわいいは正義だと。
 決して振りかざされることのない、“純粋な正義”なのだと。
 振りかざされる正義が正義でなくなるのならば、振りかざされぬ正義は正義である。
 俺達はあの時にこそ絶対正義を見て、迷い有る正義を嫌うようになった。
 あ、嫌うのは前からか。

小雪 「ヒロミツはぁ、なんて呼ばれたいのー?」
中井出「俺? 俺は……相手が好きに呼んでくれればそれで。家族ってそんなもんでしょ」
京  「“京だけを愛してやまない博光”!」
中井出「フルネームがそれ!?」

 呼ばれた名前は俺の常識を軽く越えてくれた。
 それは常識破壊を常とする俺にとって、とても刺激的な名前だった。

  “あれ……? なんだお前、一丁前に嬉しいとか思ってるのか?”

 自分の中の子供の自分がそう言った気がして、俺は自然に笑っていた。
 内側から見てねぇでとっとと手を伸ばせって言って、無理矢理子供の俺を引っ張る。
 すると顔が熱くなって、それでも笑顔な俺が居た。
 なるほど。どうやら俺の中の“子供の俺”は、感情ってものらしい。
 だから受け入れると心が熱くなって、感情ってやつが顔に出るようだ。
 そんな顔が、子供の俺がずっと見ている映像に映る。
 ……そっか、昔は俺も、こんな風にして笑ってたんか。

翔一 「あ、ちょっとその飲み物くれ、京だけを愛してやまない博光」
岳人 「京だけを愛してやまない博光の弁当はうめぇよなぁ。特に肉汁」
大和 「さすが京だけを愛してやまない博光だ」
中井出「早速みんなから惜しみなく呼ばれてる僕が居る! 人気者だ!」
冬馬 「ふふふ、めげませんね、京だけを愛してやまない博光は」
中井出「さりげなく自分も言っててよく言うねぇもう!!」
大和 「つってもさ。笑ってるじゃんヒロ。嬉しそうに」
中井出「フヒッ……!?《ぼむっ》」
百代 「───《ピキーーーン!》」
京  「《ハッ!》」

 ウヒィ!? なんか今ゾゾクゥッて物凄い寒気が!?
 つーか顔熱い! また赤面してるよ俺!
 戻って! 戻って感情! 今外に出るのはマズイ! とてもマズイ!

  “やーだよーだ。お前が引っ張ったんじゃん”

 おおう!? 昔の俺、感じ悪ッ!

  “あったりまえじゃん。
   お前が童心って思ってるのって、お前がただそうしたいって思ってるもんだもん。
   ほんとの子供なんて、生意気で無謀で嘘吐きでひどくて───”

 なんですって!? 僕の童心が童心ではない!?
 馬鹿な! 有り得んよ! だって俺は56億の旅をする前からこんなんで!
 それで! …………それで……………………まあ、うん。

中井出「………」
百代 「……およ?」
京  「博光?」

 自分で解ってたことか。
 俺の感情なんてものは、目の前でばーさんが死んだり両親が死んだりした時点でおかしくなっていた。
 つまりその頃から、俺がそうだと思ってた童心なんてものは作り物だったんだ。

  “お前が信じてたから周りもそれが感情だって信じてた。
   壊れたお前だから晦、彰利の友達になれた。
   それが解ってたからスピリットオブノートはお前を利用した。
   もう壊れてたから、人殺し用の道具として使われた”

 質問ですクソガキャア。
 俺は人形ですか?

  “……魂はもう壊れてる。とっくの昔に。ネギまの世界で解ってたことだよね?
   あの時既に4千年。人間が生きれる時間じゃないけど、だけどぼくは人間だ。
   人間だからここで生きてる。
   人間じゃなかったら人器は使えず、オリジンにさえ勝てなかった”

 いや、その後の、今の話なんすけど。

  “今のぼくも人間だ。だからこそいつか死ぬ。
   そう、死ぬんだ。やっと死ねる。臆病なキミのために予言をしてあげるよ。
   ぼくはばーさんと同じ死に方をする。誰かを守って、建物に潰されて死ぬ。
   なのにキミは誰の心にも残れずに全てに忘れられる。
   キミはそんな未来をどう思う? 自分に相応しいと思うかな”

 いえ全然。

  “……だと思った。だったら足掻こうか。癪だけど、ぼくも死ぬのは嫌だし。
   死ぬ、死ねる。そうは言っても、いつか死ぬのを受け入れているだけであって、
   今ここで死ねなんて言われたって誰が死ぬもんか。
   生命とマナの限りに生きるさ。そして、いつまでも笑ってやる。
   それにはぼくとお前がきちんと一緒に居なくちゃいけない”

 そうするとどうなるの?

  “感情が豊かになる。ぼくはキミが無意識に封じた童心だ。
   童心は全ての原動力。これが無ければ始まらない。
   ただし、楽しいことばっかりじゃないよ?”

 どゆ意味?

  “まあ……やってみれば解ることだけど。どうする?”

 受け入れます。答えなど決まっておるわ!

  “そうか。じゃあ───せいぜい今日は泣いてくれ。
   前に引っ張り出された時とは違うから”

中井出「え───」

 内側に向けていた意識が現実に向けられた。
 それは、俺の中にあったものが自分とくっついたから、だろうか。
 自分を客観的に見れなくなった代わりに、ただただ目に映るものすべてが鮮明に見えた。
 視覚だけでなく、感情を混ぜて見ているような感覚だ。
 ただそれだけだった筈なのに───俺は、泣いていた。

大和 「マ゙ッ……!?」
由紀江「ふえっ……!?」
クリス「なぅぁっ……!?」

 正面に居た3人がまず驚いた。
 それだけ。

中井出「あ、あー……泣いてくれって……そういうことかぁ……」

 童心は心の奥底に閉じ込められていた。
 つまり俺は、子供の頃からの辛さとか苦しさなんてものは、ずっとずっと仕舞いこんでいたってわけで……その全てが今、隠されることもなくくっついたってわけで。
 作り物の感情で精一杯悲しんでも涙が出た。
 じゃあ、その押し込めてた感情が戻った今は?

中井出「歩けない……」
大和 「へ?」
中井出「知らなかった。お前ら、こんな辛さの中を歩いてたんだ」

 何に対してなのかも解らないままに、自分で自問してみた。
 幸せでしたかと。
 答えは出せない。
 56億生きたところで、答えは見つからない。
 感情って不便だ。こんな悲しみの中じゃ、こんな赤い景色は辛すぎる。

中井出「……なぁ。弁当美味い?」
大和 「や、それよりお前……なんでそんな───っと、準?」

 質問した俺の顔を真っ直ぐに見て、初めて見るなにかに困惑するような表情をする大和。
 でも俺は一度した質問の答えが出るまでは発言はせず、ただ待っていた。
 大和が別の質問を投げ掛けようとするのも気にせず、応えられるまで。
 けれどそんな大和は準に待ったをかけるように手を突き出され、黙る。

準  「……美味ぇ。お前にしか出せねぇ味ってやつだな」
中井出「……そっか」

 俺の隣でおかずとご飯をかっ込む準がそう言った。
 本当に、ただそれだけ。
 良かったともどうとも思わず、俺はただ涙して……───その日。俺は午後の授業全てをサボった。


───……。


 感情。
 弥勒さまが降臨なされるという時までを生きて、それよりなお多くを生きてから、随分と久しぶりに得たもの。
 感情。
 それを持っていれば笑って泣けてウッヒャッホーイなもの。
 感情。
 それを持っていれば……

中井出「………」

 自分が見える。
 少なくとも、前までの俺よりは。

中井出「…………真っ赤だな。今までの比じゃねぇや……」

 見下ろす手が真っ赤だ。
 見上げる空も真っ赤。
 時間は昼をすぎた頃。
 いつもの屋上は血塗れで、だけど歩いても屋上を歩く音しかしない。

中井出「前は“楽しい”だけを受け取ってたってだけか。
    苦しみの感情がここまでキツいと、そりゃ子供なら心を砕くわ」

 流れる涙が赤い。
 一面が赤い。
 感情を持って見る自分の道は、こんなにも真っ赤か。
 そりゃそうだ。
 殺したんだ。たくさん殺した。

中井出「手を伸ばせば間に合う」

 伸ばした手が真っ赤だった。

中井出「望めばまだ掴める」

 血がしたたる。
 ただの赤ではない世界は、ただただ視覚だけで血臭を撒き散らしていた。

中井出「……面倒くせぇヤツ」

 そんな血を舐めてみる。嘗めてみる。
 ……指の味がした。

中井出「後悔ならしてるぞ。懺悔だって心の中で何回もした。
    でもさ、真理の扉よぉ。お前俺に言ったよな。
    “真理がくだらぬと言うのなら、そのくだらぬ真理を乗り越えてみろ”って。
    ……俺、馬鹿だから意味わかんなかったけどさ」

 川神の空を見上げた。
 屋上に吹く風に撫でられながら。

中井出「受け入れた感情のほぼ全てが後悔や辛さや悲しみで占められていてもさ。
    俺はこの世界に降りたことだけは後悔する気はないよ。
    どれだけ歴史を繰り返しても、物語の先をこの目で見ても、まだ言える。
    お前の真理はくだらねぇ。だから俺は…………これからも繰り返すさ。
    お前が俺を飛ばした理由ももう解った。
    ここに来るまで諦めたくなることばっかだったけど、解った。
    解ったから生きなきゃならない」

 解ってしまった。
 俺はここには、絶対に残れない。
 時が来れば必ず飛ばされ、また世界を巡る。

中井出「幸せってなんだろな。真理の扉はそれを知ってんのかね」

 赤い空の下で笑った。
 涙は……流れたままだった。


───……。


 ……で。

中井出「これはゆゆしきじたいだ」
大和 「言われるまでもないんだけど」

 みなさんこんにちは、博光です。涙が止まりません。
 金曜集会ってこともあって、サボって屋上行っていろいろ悟って家に帰った僕は、みんなが来るのを泣きながら待ってから、到着したみんなを泣きながら迎えて、みんなを泣きながら秘密基地へと案内した。
 今日はクッキーも来ていて、お茶などを配ってくれてたりします。
 まあ……居ても居なくても、この部屋にはクッキーキャメラがあるから、クッキーはいつでもこの場の記録を保存しておけるわけではあるが。
 ただキャップが居ない。なんでも福引券を手に入れたからやってくるーとかで。

中井出「いやさ、感情が戻っていろいろ解ったことがあって、ああもうやばいってことで」
冬馬 「なるほど。ようするに涙が止まらないのですね?」
中井出「うん、見れば解りますって笑顔でありがとう冬馬」

 心を占めるのは辛さや後悔ばかり。そういう生き方をしてきたんだから仕方ない。
 なんにも感じないフリをしていただけで、今までの世界でもどれだけ別れを惜しんだかが自覚出来てしまって、もう涙が止まらない。
 もっと手を伸ばせばよかった。もっと笑えばよかった。
 どうしようデニーロ、どうしようフカヒレ。俺、今すげぇ悲しい。

中井出「肉体健康時の水分補給に! リポビタン───ヘビィD!!」
大和 「器を知れ」
中井出「ごめんなさい」

 ヘビィDがヘビィDで返された瞬間である。そして涙が止まらん。

中井出「まあその、なんつーのか。俺、ここに来てようやく自分ってものを見れたみたい。
    で、そんな自分を以って自分の道を振り返ったら、
    泣くことしか出来なくなってまして」
百代 「前に追い掛け回して解決させただろーが……めんどくさいやつだな」
準  「はいひどい言葉禁止!! あー、つまりなんだ?
    お前さんは56億年経ってようやく自分として自分を見ることが出来て?
    しかし歩いてきた道がひどすぎて泣いているって?」
中井出「“真・俺”視点での映像、見てみる? 感情がある分、相当ひどいよ?」
大和 「胃の中がからっぽになるからやめとく」
中井出「だよねー」

 にっこり笑う。涙は出る。
 ……のだが、そんな滲んだ視界の中、ひょいと挙げられる手があった。

京 「見る」

 …………心に暴風が吹きぬけました。

中井出「しょっ……正気かミャーコ! 最悪心が砕かれかねんぞ!? マジで!」
百代 「そうだぞ京。ヒロの感情入りエロマニア時代なんて、目が潰れるぞ」
中井出「エロ限定で話進めてんじゃねェェェェ!!
    あーくそ涙邪魔! どっち!? モモどっち!?」
百代 「面倒だから目を閉じろ。誘導してやる」
中井出「? オーライ」

 目を閉じる。
 ……うむ、なにも見えぬ。

声  「まずソファから立つ。次いで右を向く。ああ、体ごとだ」
中井出「ラーサー」
声  「はい歩いて歩いて〜……今度は左を向く」
中井出「はいさい」
声  「そして徐に右手を前に伸ばす!」
中井出「! せいやー!」

 言われた通りに実行!
 すると───もにゅりというなんとも不思議な感触が。
 ホワイ? なにこれ。つーかあの? なにやらまゆっちっぽい者の悲鳴が僕の耳に届いたような。

声  「はっはっはっはっは、やったなヒロー! まゆっちの果実を掴み取りだっ!」
中井出「………」


───……どごーーーん…………


 ……。

卓也 「で、あのさ。壁に突き刺さってるモモ先輩は……」
中井出「捨て置け」

 そんなわけでいろいろかっ飛ばそう。俺の涙なんてもうどうでもいいや。
 まゆっちにもDOGEZAまでして謝り通しました。
 いくら悪でも人様の胸を掴むのはマズイ。

中井出「この際だから伝える。俺……どうあっても“次”に飛ばされる」
卓也 「次って…………え?」
中井出「この世界の、次に。そこがどこかは解らん。
    真理の扉が思うような場所に飛ばされるんだろうさ。
    だから、密かに期待してた“残る方法”は探しても無駄ってことになっちまった」
京  「───!」
小雪 「え……ヒロミツ、居なくなるの……?」
中井出「消える時間がいつかは正直解らん。ただ、解ったことは1つあった。
    マナが一定値より下に行った時点で、俺は次に飛ばされる。
    もちろん時間が来てもだし、ここに居る必要無しとなれば飛ばされる」
百代 「《ぼこりっ……》……待て。
    それはつまり───誰かがお前って存在で遊んでるってことか?」
中井出「んや、そいつは俺の言葉に従ってるようなもんだよ。
    相手はご存知真理の扉───つってもお前らは見れてないよな多分」
百代 「真理の扉か。お前の映像の中で、
    どうしてか全員が“おかしな部分があった”って口にしたよ。
    それは真理の扉だ。勝手に見せられてどうのこうのと言っていた割に、
    お前が見せる映像全てには真理の扉自体の映像がなかった」
中井出「あいつの考えそーなことだわ。えーと、だからつまりその」

 深呼吸。
 そのあとに、全てを……本当の本当に全てを曝け出すことにした。

中井出「“生命の真理”は教えられないことになってる。
    でもまあその他のことなら言えるだろ。
    えーと、俺はまずその真理ってのを否定した。くだらねぇって。
    子供が描く夢物語のほうがまだ面白いって」
大和 「おお」
中井出「それをどう受け取ったのか、俺はその“夢物語”。
    つまり作られた世界へ飛ばされた。
    今思えば最初っからそのつもりだったのかもしれない。
    “過ぎた力”を持ちすぎた俺だからこそ、
    世界は俺を必要無しと断じて恋姫世界へ飛ばした。夢物語への干渉の最初がそれ」
岳人 「お、おお……」
中井出「でも、“覚えている人が居た”から俺は戻された。
    呪いがあるのも“世界”にしてみりゃ想定外だったんだろーさ。
    全員がアルツハイマーにかかったわけでもねーのに一人を忘れ続ける。
    なのに関わった先では無意味にデケェことをするから、
    まずは“覚えている者”から俺の記憶を消すことを優先させた。
    それが恋姫世界から元の世界に戻るきっかけだった」
百代 「……んん?」

 モモが首を傾げる。
 俺はそれにまず聞いてくれと待ったをかけて、続きを話す。

中井出「呪いがあっても、全員が忘れるならよかったんだと思う。
    辻褄がきちんと合わせられるからな。
    でも覚えているヤツが居ると、世界ってのが成り立たないんだ。
    だからまずは生かして、過ぎた力を持つ者の人生ってものを見守った。
    時間が長ければ長いほどよかったんだろうさ。
    実際に今の俺は、生きすぎた所為で運命破壊ができないんだ」
卓也 「世界が成り立つことと見守ることって、なんか矛盾してない?」
中井出「ん。つまりさ、その時の俺から不老不死と核を外せば、
    生きた歴史がただの人間である俺に圧し掛かって、あっと言う間に死ぬ。
    運命も破壊出来て創造も出来て、
    時間も飛べるし止めることも出来る異常な人間を、世界は許さなかった。
    でも一方的に殺したんじゃあ世界としてはあまりにやさしくない。
    だから……弥勒菩薩に会ってみたい。
    そんな小さな希望だけを許して、見守って、その先で扉を開いた。
    開いたから、あとは殺すだけだ。異常なのは俺だけだから、他の意思はいらない。
    こうして一人ぼっちの俺の完成したわけだ」
大和 「なっ……なんだよそれ……一方的すぎるだろっ!」
中井出「でもまあここでまた予想外なことが起こったわけ。
    ただの人だからこそ56億の歴史が圧し掛かれば死ぬと踏んでただろうに、
    僕はこうして生きていた。死ぬ筈が死ななかったの。
    ならばもういっそ、お前が望む夢物語の中を生きてみろといった感じで、
    奴らも見守ることに徹してるんじゃないかね。
    だから俺はこうして様々な世界を歩き続けている」
冬馬 「ようするに……真理自身が見てみたいわけですね?
    くだらぬと言われた己の真理ではなく、
    博光が言った、子供の夢物語を生きる生命の果てというのを」
中井出「多分。真理にとっても初めてだったんじゃない?
    こうまで自分の予想のナナメ上を行くヒューマンなんて」
総員 『ああ納得』
中井出「うるさいよもう!!」

 何気なく言った自虐めいた言葉で、あっさりと納得されてしまった。
 うう、ちくしょう……いいよもう、どうせ俺も認めてるし。

岳人 「で? 纏めるとどーゆーことなんだ?」
中井出「うん、結論で言えば俺は次に飛ばされる。これは確定。
    でも覚えていられるかどうかは呪いによるもので、
    これは頑張れば絶対になんとか出来る」
大和 「まずするべきことは?」
中井出「マナをとにかく絶やさないこと。経験上、マナ枯渇は次へ飛ばされるフラグです」
百代 「フラグ言うなよ」
中井出「いや、クソ真面目な話を少しでもやわらかくしようかと。
    で、あとは絆を強く保つこと。
    知っての通り、絆が強けりゃ強いほど覚えてられます。
    繋がりがあるのが一番いい。血を分けたキョーダイとか」
準  「ちなみに何型?」
中井出「ほんこんびーがた」

 ───その日、秘密基地で暴動が起きた。


……。


 しゅううう……

中井出「いやあの、はい……すんませんでした……。
    でもほんとなんです、名前は違うけど同じ型が無い、恐ろしい血液でして……」

 頭のたんこぶから煙を出している……こんにちは、中井出博光です。
 ほほ……よもや正座をさせられるとは。

百代 「お前O型じゃなかったのか?」
中井出「誕生日は4月1日、エイプリル愚者産まれの元O型です。
    でもお医者さんの調べで実はA型だったことが解って、
    亜人と融合したりマナで生き過ぎて順応したりした所為で、
    もはや人間の血液で輸血とか不可能な不思議ブラッドに」
準  「てめぇの血は何色だァァァ!!」
中井出「赤ですよ失礼な!!」
百代 「……片っ端から試すか。ヒロ、血を舐めさせろ」
中井出「お前……吸血鬼だったの《ドゴンス!》カバブ!?」
百代 「絆を深めるんだろーが……! 血だろうが舐めれば多少の糧になるだろ。
    そういう些細を重ねれば、忘れることもないだろ?」
中井出「ぬ、ぬう」

 だからって何も頭突きはないと思う。
 おお、星が見えるスター。

中井出「まあ、そうまで言うなら……ええと、頭突きの拍子に鼻血が出たけど、これで」
百代 「それは嫌だ」
中井出「ですよねー」

 ならば仕方もなし。
 指を切って……

京  「私は口血がいい。公認でキスが出来る」
中井出「お前しか喜ばんだろそれ。ともかくほれ」
京  「《かぽり》ふむっ?」

 人差し指を軽く切って、血を出す。
 それを京の口に突っ込むと、びっくりした顔が…………段々と赤くなってゆき、何故かハアハア言いながら指先をねっとりと執拗に、れるれるちゅぱちゅぱと舐めてきてイヤァアアアアアアアアア!!! なんかおかしい何かがおかしい!!

中井出「ちょっと舐めればいいだけでしょいつまで舐めてんの放しなさい!!」
京  「んー!」
中井出「《ゴリゴリゴリゴリ》ギャーーーーーッ!! 噛むな噛むなァアア!!
    モモちゃんなんとかして! 指が食われる!」
百代 「よし、私は小指でいこう。小さくて可愛いからな」
中井出「ううぉおーーーい! てんで話聞いてねぇよこのお子!
    ちょ、みんな助けて!? 僕の指が大変なことに!」
岳人 「俺様モモ先輩のあとでいいや。あの小指をいただく」
卓也 「ぼ、僕はえぇと」
冬馬 「では私は左手薬指を」
中井出「《ゾゾゾゾゾォ!!》ウヒィイイイ!!? なんかヘンな寒気が! 悪寒が!!」

 そうして皆様に囲まれて、各自一本ずつから血を吸われた。
 ……なんだろね、この状況。

中井出「お前ら鬼だね……人の血を嬉々として舐めるなんて……」
京  「立派なサオから白い血液を飲んだほうがよかった? じゅるり」
中井出「じゅるりじゃねぇえーーーーっ!!
    く、くそう! 遊び感覚で血を吸われたというのに、
    それが自分のためになるかもしれないから強く怒れない僕が居る!」
大和 「つか、ヒロ顔真っ赤」
中井出「ほっときなさい! そ、それでどう? なにか変わった?」
百代 「いや、なーんも」
中井出「……ダヨネェイ……」

 こんなんでどうにかなるならとっくにやってるとオモウノデス。
 いや、そもそも自覚できるくらいに濃い効果が期待出来るなら、もう何滴でもどうぞってなもんです。それくらい、俺はここのみんなが…………はい、大好きです。

クリス「? どうかしたのか? 急に笑って」
中井出「い、いえべつに。ただ、あったかいなぁって」
百代 「血を吸われて感じるのか。変わったヤツだな」
中井出「違いますよ失礼な! にんまり笑顔でなんてこと言うのこの子ったら!
    と、とにかくね? 改まったこと言いますけど。……これからも、よろしく。
    俺、絶対に途中で諦めたりしないから。
    絶対にお前らに覚えててもらおうって頑張るから」
冬馬 「愛ですね」
中井出「家族愛です」
岳人 「いーじゃねぇかそれで。俺様は大歓迎だぜ」
準  「何年先かが解らないってのが一番怖いねぇ。
    ある日急に居なくなられたら、こっちが辛そうだ」
大和 「ん? 待て? さっきの話からすると、もし俺達がずっと覚えて……───
    たとえば、ヒロが消えてからも覚えてたりしたら……」

 ハタと、何かに気づいた大和が口を開く。
 それは僕も期待を持っていることで、だからこそこんなにも笑顔で話せること。

岳人 「覚えてたら、どうなるんだ?」
冬馬 「……なるほど。つまり恋姫世界の時と同じです。
    その時はドリアードさんが博光を覚えていたから“戻れた”のであり、
    この世界から博光が消えたとしても、私たちが彼を覚えていたのなら───」
小雪 「……また、来られる?」
大和 「可能性はゼロじゃない……よな?」
中井出「んむ。本当にもしもの話だけど、
    全ての世界を回り終わったら、またここに来れるかもしれない。
    その時は、きっと───最後まで」

 可能性の話でしかない。
 なのに絶対にゼロではないから、こんなにも頬が緩む。
 条件として、忘れられないことっていう難関があるっていうのに、俺はそれすら飛び越して喜んでいた。

冬馬「………」
大和「………」

 みんなが笑う。
 でも、大和と冬馬だけは、俺も気づいてしまったことに気づいたのか、軽い笑みは浮かべるものの、笑ったりはしなかった。
 そうなんだ。帰ってこれるかもしれない。
 ただそれが、“何年後、何年前の川神市”になるかが解らない。
 自分の世界に戻った時も約4000年前だった。
 それが都合よく、この世界で消えた瞬間に戻れるはずもない。
 でもね、二人とも。俺はそれでも嬉しいんだ。
 たとえみんなが死んでしまったあとでも、その前の世界でも、記憶は生きてるから。
 川神市が好きです。だから、骨を埋めるならここがいい。
 全てを旅し終わったなら、戻れるのならここがいいって思うからさ。
 そんな思いをアイコンタクトに込めて、バチーンとウィンクをしてみた。
 ワンピースのデュバル並みの、顔が痙攣するかと思うほどに不器用なウィンクだったが。

大和「……《ぽかーん》」
冬馬「……《ぽっ》」

 大和は呆れ、冬馬は頬を染め……ってなんで染めるの!?
 違うよ!? 今のそういう意味のじゃないから!

中井出「……ま、その時はさ。別れた瞬間にでも時間移動してくるから。
    そしたらまた、笑ってられる。最後まで。
    だから忘れないでほしい。つーか忘れたらひどいぞ」
大和 「あ……そっか、時間移動があったか!」
冬馬 「しかし、よろしいのですか?
    それは博光、貴方の“過去を変えない”という信条に反します」
中井出「構わんよ。自分のためだし。
    俺はもう、自分を幸せにすることに躊躇しないって決めたのだ。
    俺のこの世界での時間が別れの瞬間に途切れるなら、
    その時間に戻ってこその再開だもの。そういうことにしときましょーよ」
冬馬 「…………ふふっ、ええ。それはとても喜ばしい屁理屈です」

 屁理屈……おお、屁理屈だ。確かに屁理屈。
 しかし屁理屈結構! 救いのある屁理屈は何かを救います!
 ほら、心とか! 気休め程度だけど!
 それはとてもいいこと───ややっ!? 感じる! 何者かがここに近づく気配を!

百代 「ん……キャップが来たか」
京  「気配レーダーは便利だね」
中井出「キャップか。どれ、入り口を塞いで……」
声  「……んおっ!? 開かない!? 誰も来てねーのか!?」
中井出「……合言葉を。風の谷の中に居る生き物は?」
声  「鹿だ!」
中井出「まゆっちが持っているストラップは、なんの生き物がもと?」
声  「馬だ!」
中井出「それらを合わせて二文字の言葉を作ってください」
声  「漢字!!」
中井出「……せ、正解だ……!」
総員 『“馬鹿”じゃないの!?』
中井出「常識に囚われぬ問題第一号です。合わせたのはあくまで漢字一文字ずつだから、
    それを二文字で表しなさい。はい漢字」
準  「うへーーい! 屁理屈以外のなんでもねーーえ!」
中井出「うす。初見の人にやったら嫌な目で見られるから気をつけよう!」

 というわけでキャップのご登場!
 わざわざ重苦しくゆっくりと扉を開け、下にはドライアイス、キャップの後方からは光を発射。そうすることでまるで何者かの登場シーンのように見せ付ける工夫! 最高です。

翔一 「風間翔一! 華麗に推参! っははーっ、とくと見ろお前らーーっ!!
    俺の運たるや、豪運と言っていい領域だぜぇ!
    ガラガラ回しまくって、見事に豪華賞品GETだぜ!!」
中井出「……みんなー……キャップが市長の胸像当てたってー……」
総員 『ワーイ……』
翔一 「ちげーよっ! ほら見てみろって!」

 わざわざ「じゃーーーん!」と言ってキャップが突き出してみせたのは、なんと───!

中井出「オーダーメイドバンダナの領収書?」
翔一 「おわ違った! こっちだこっち! 2泊3日! 箱根旅行団体様招待券!!」
準  「相変わらず無駄にツイてんねぇお前。それでなに。何名でも行けんの?」
翔一 「おうっ! ちなみに2位で、他は全部ティッシュだった!」
中井出「おおステキ。ガクトが喜びそうだ」
岳人 「うるせーよ! でもいただこう《ムキーン》」
百代 「なにに使うか想像に容易いな……ていうか堂々と受け取るなよ」
クリス「? ガクトは花粉症かなんかなのか?」
百代 「……弟、姉さんは汚れてしまった。純粋なヤツの純粋な反応が眩しい」
大和 「だったら少しはそういう考えから離れる努力をしようね」

 おうまったくじゃわい。
 そして解っていても言わないのがやさしさで、敢えて言って報復を受けるのがからかい魂……僕らはそれを、古の言葉でこう言います。原ソウルと。

中井出「しかしまあ、こうなればやらねばだな。おうキャップ!」
翔一 「おう! どうしたヒロっ!」
中井出「俺の血」
京  「クビ《ボソリ》」
中井出「を舐めろ!!」

 ………………。

中井出「……アノ、ミヤコサン? ファミリーガ……カタマッテシマタヨー?」
京  「博光の過去、見たいと言っている。なのに無視はよくないよ」
中井出「……本気?」
京  「本気」
翔一 「よぅし解った罰ゲームだな!?
    俺がそれくらいで引くと思ったら大間違いだぜぇーーいっ!
    というわけでさっさと乳首だせヒロ!!」
中井出「アルェエーーーーッ!!? もうシリアスと笑いのどっちに走ればいいのやら!」
京  「さ、さあ早く乳首を……! ハアハア……!」
中井出「切り替え早ッ!!」
冬馬 「さ、さあ早く……!」
中井出「こっちもですか!? 乳首じゃなくて血だって! 血を舐めろって言ったの!」

 スパッと指を切ってキャップに突き出す!
 すると大した抵抗もなくはもりと口に含み、うじゅーーー……と吸って、飲んだ。

翔一 「んー……ヘンな味だな。これってあれか? 吸血鬼気分を味わわせる罰ゲーム?」
中井出「まゆっち説明よろしく!」
由紀江「ふぇえ!? わわ私ですか!?
    ……い、いえっ! 精一杯やらせていただきます!《クワッ!》」
翔一 「うひょうっ!? まゆっちこえーっ!」
由紀江「あぅわわわわ!! だだ大丈夫です怖くないです!」
百代 「どっちが年上だか解らん会話だな」
大和 「同感」

 あれで笑っているというのだから、今の状態での極上の笑みはどんだけ怖いのだろうか。
 ともあれまゆっちの説明が始まり、僕もまた一人でハフーと息を吐いていた。

翔一 「事情は解った! そして俺も別になにも変わった気はしねぇ!」
中井出「きっぱり仰られた! だがそれも当然! つーわけで旅行の日取りは!?」
翔一 「連休中だ! てか……なんでお前泣いてんの? 血の話と関係ある?」
中井出「ガクトとモロが正式に付き合うことになった……ッ……!」
翔一 「マジか!?」《がーーん!》
中井出「止めたんだ……俺、止めたのにっ……!」
卓也 「泣きながら言われるとほんとにしか聞こえないからやめてよ!」
岳人 「誤解しか招かねぇからやめろてめぇっ!」
中井出「かぁるいジョーク」
岳人 「重いだろが! 滅茶苦茶重いだろ!」

 そしてまたバックブリーカーされる俺の再臨である。
 おおそこそこ、背中のあたりがなにやらムズムズしてまして。
 しかしながら誤解が続くのもアレなので、涙のことに関してもきっちり話した。
 ……話しちまった。
 そしたら何を思ったのか始まる告白地獄。
 その日、楽しくなる筈だった金曜集会で、僕は再び泣かされました。


───……。


 みんなが泊まっていくことになった───が、僕とワン子は構わず修行である。

中井出「スパルトイ!」
一子 「はいっ!」

 スパルタって意味で言った言葉に、なんかフツーに返事したワン子とともに修行。
 いや、俺は修行してないんだから“ともに”ってのはヘンか。

中井出「多少は超人のイメージに近づけたかもしれぬが、それはイメージトレーニングだ。
    イメージがあるのと無いのとではいろいろ違うと板垣センセも言っていたが、
    やっぱりそれだけでは超人に至るのは難しい。
    よって今日はスパルトイ! じゃなくてスパルタです!」
一子 「サーイェッサー!!」
中井出「だまりゃっ! 僕はもう提督じゃないし、そもそもワン子の上官でもないのです!
    友達で仲間で家族だもん! その返事はダメ! 胸が痛いからやめて!」
一子 「あ、う、うん」
中井出「そんなわけだから今日は私怨も込めて貴様に地獄を見てもらう!」
一子 「え゙っ……」
中井出「よくもっ……よくもよってたかって僕を泣かせてくれたなっ……!
    コノウラミハラサデオクベキデショウ! ……あれ? ならいいのか?
    あれ? おくべきか……で恨んでる人が居るわけで、おくべきでしょうだと……?
    …………まあいいや! よし、じゃあ恨みは無しで普通に地獄見てもらおう」
一子 「うぇえぅ!? さ、さっきとなにが変わったのよぅ!!」
中井出「恨みが無くなりました。最強」

 恨みなんてもうどうでもいいや。
 涙は相変わらず止まらんが、明日にはきっといつもの博光です。
 なのでまずは黒でワン子と僕の影を繋いで、人器100%解放!!

中井出「超筋肉痛に襲われるから、覚悟しとけー」
一子 「ギャー!? やめてやめてやめてぇええ!!」
中井出「だめだ」
一子 「いやーーーっ!?」

 ワン子の体が金灼に包まれる!
 するとその黄金の光がそのままワン子を包み、ワン子の中に眠る“人間の潜在能力”全てが解放される!

中井出「さあワン子よ! それが貴様が出せる最大!
    超人のものではなく、“現時点”での貴様が出せる最大である!
    伝えることはひとーーつ!
    その“今の限界状態”で、自分で引き出せるものを全部引き出せ!
    自分にはこれが出来るって、体に覚え込ませろ!
    そうすれば“それをやろう”とした時は体のストッパーが外れる!
    ただし体がそれについていけるかは別である!」
一子 「う、うん。ヒロの言う通りにする」

 ワン子が薙刀を持つ。
 そして思い切り振ると、それだけで剣閃めいた風が吹く。

一子「ふ、ふおお……!!」

 見るからに興奮していた。
 自分は今の限界でもここまで出せるのかといった風情で、目がキラキラ輝いている。
 
中井出「感覚も鋭くなってるから、いろいろ閃かせるなら今なわけだ」
一子 「やってみるっ!」

 目を輝かせたままの満面の笑顔がそこにあり、よい返事とともにワン子は行動を開始。
 薙刀を乱暴に振り回し始め、しかしハッとすると静に入り、一撃に感謝しながらの一振りを繰り返す。
 それを何度か続けると、今度は薙刀を地面に突き刺して歩法鍛錬。

中井出(……あらやだ)

 教えたことをきちんとやってくれてるよ。
 なんだか僕嬉しい。

中井出(てゆゥか……)

 俺は某読み切り漫画の全身白タイツ野郎のように“てゆゥか”と呟き、ワン子を見る。
 今までもそうだったけど、集中力が異常ってくらいの域だ。
 人器で引き出された力をモノにしようとして、他の情報の一切を遮断している。
 恐らく俺が話し掛けたところで反応はないだろう。

一子(……すごい。今まで起きた出来事、全部思いだせる。
   人器って、体だけじゃなくて頭の中にまで効果があるんだ……。
   でも、お陰で思い出せるわっ! ヒロの過去の映像、まゆっちの技の出し方!
   今ここに至るための全てに感謝して、“人”の体で出せる最高にして最速、
   さらには一番負担のかからない動きで───)

 ワン子がひどく静かに、けれど自然な動きで地面に刺しておいた薙刀を抜き取る。
 構えるまでも流れるようで、脱力した状態からソレは放たれた。

一子「抜刀連技! 飛燕虚空殺!」

 身の振り方はあくまで緩やかに、筋ではなく氣で動かすようにして薙刀が振るわれる。
 それを、連ねること四閃。
 五までいけるかと思いきや、ワン子はその時点で腕を振るのをやめていた。
 ……なるほど、やっぱり二か三が限界か。
 それでも四までいけたのは見事───と思っていたら、ワン子はまた基礎鍛錬を始めた。
 歩法から始まり、無駄無き体の振り方を探るための体の動かし方に続き、薙刀を振り。
 その過程が終わると最後に飛燕。
 それを何度も何度も繰り返し、四の先へと行こうとしていた。

中井出「…………す……」

 素直に、しかも自然と口から“すげぇ”って言葉が出そうになった。
 なのに自分の言葉でハッと我に返った俺は、その言葉を途中で飲み込んでしまった。
 きちんと言えばいいのに、まったくこの意識は。
 でも本当に凄い。
 今の自分の100%で出し切れないと見るや、即座に修行に入った。
 普通はこれが限界なのかって諦めるってのに。

中井出「修行の天才かぁ……解る気がするな」

 そう、あの状態で即座に修行に入るのは正解中の正解だ。
 人体の能力が100%引き出されている今だからこそ、取った行動は忘れずに体に叩き込まれる。だから修行すればするほど、それは体が覚えて忘れぬものになる。
 100%状態での体の動かし方を体自身が覚えれば、たとえ人器が解除されたとしても、脳が放つ集中力と体が記憶する身の振り方さえあれば、100%状態の攻撃が可能ではある。
 ……もちろん自然とストッパーになるのが普段の人体と脳なのだから、負担は大きい。
 大きいけど、だからこそストップが入る範囲を修行で潰せばいい。
 それを選べたワン子は素晴らしいネ。と、ルー師範代のように頷いてしまう。

一子(感じる……ヒロを通して、いろんなものの感覚が流れてくる。
   草花から、ヒロが言ってたマナとか癒しを感じる。
   体も思った通りのことをすぐに実行してくれて、すごく軽い。
   今なら本当に解るわ。全てのものに感謝。その意味が)

 薙刀を振るう。振るう振るう振るう。
 汗が噴き出るのも気にせずに続く連撃の速さがどんどんと増し、振るわれる一撃の風が、離れた俺のところにまで飛んでくる。
 しかし突然ピタリと停止すると、テコテコとこちらへ歩いてきて───

一子 「え、栄養水ちょうだいぃい……」
中井出「………」

 エネルギーが尽きたらしく、素直にそう仰った。
 なるほど、体と会話出来るまでいったか。
 ウムスと頷いて栄養水をあげると、同じく創造したカロリーメイツとともにサクサクゴクゴクと飲み切る。
 すると100%解放状態の人体がすぐにそれを消化吸収、体全体にエネルギーを送ると、ワン子の体から蒸気が立ち込めた。まるでバキだ。

一子 「おおお……! なんか漫画キャラみたい!」
中井出「……多分全部筋肉のエネルギーとして吸収されただろうから、もう一杯いっとけ」
一子 「うんっ!」

 ハイとあげるとあっさり飲んで、感謝を口にすると、ぴうと走って元の位置へ。
 そこで再び始まる努力の天才の鍛錬を、人器が切れるまで眺めていた。
 ……まあ、切れた途端にギャーと叫ぶのは当然だったわけだが。





Next
Menu
Back