【プロローグ17】

 で……

中井出「アノー、どうして僕ら、正座してるんでしょうか」
クリス「自分の胸に訊いてみろっ!」
一子 「自分の胸? クリの胸に訊いてなにが解るのよ」
クリス「!? あっ───じっ、自分とは言ったが自分の胸ではなくてだなっ!
    お、己が胸に訊いてみよと言ったんだっ!」

 僕らは辿り着いて早々、なにやら頭に葉っぱとかつけたクリスに怒られ、ロビーで正座させられていた。
 で、何故?と問うてみれば胸に訊けとのこと。

中井出「やあ僕の胸、どうして僕らは正座しているんだい?」
胸  「それはお前を食べるためさ!」
中井出「解ったぞ! 答えは赤頭巾ちゃんだ!!」《どーーーん!》
クリス「なにがだっ!!」

 怒られてしまった……。

中井出「な、なんだよう、胸に訊いてみろっていうから訊いてみたのに」
一子 「そうよクリー、自分で言っておいてそれって非道いわ」
クリス「酷いはどっちだ! お前が走って行くというから自分も走ったんだぞ!
    それを遅れて、しかもバスで登ってくるなど……!」
中井出「あ、クリスクリスぅ!
    バスの降車スイッチ、俺が押したんだぜー! いーだろー!」
クリス「そんなことはどうでもいい!!」
中井出「ご、ごめんなさい」

 再び怒られてしまった……。
 いや、僕としては山頂と麓とでの送迎めいたバスでも、きちんと降車スイッチがあることに驚いたんだけどさ……。

中井出「あのー、クリス?」
クリス「なんだ……」
中井出「足痺れたから崩していい?」
クリス「反省する気があるのかお前はっ!」
中井出「ソ、ソーリー」

 場を和ませようとしただけだったんだけどなぁ……。
 ううむ、クリスさんたら何故かさっきよりめっちゃ怒ってるぞ。
 いったい何が彼女をああまで怒らせておるのか……!
 そ、そうかクライシスか! またもやクライシスの仕業! おのれクライシスめ……!

クリス「そもそも急に列車から居なくなるなど!
    団体行動というものをなんだと思っている!」
中井出「え? 団体行動じゃないの?」
クリス「真面目に答えろっ!」
中井出「えぇええ!? 滅茶苦茶真面目なんですけど!? ち、違うの!? えぇ!?」

 馬鹿な……団体行動が団体行動ではないとは……!

一子 「ねぇクリー?」
クリス「なんだっ」
一子 「奥歯にもやしが挟まると怒りやすくなるってヒロが言ってたわ!」
クリス「べつに挟まってなどいないっ!!」
中井出「なんで僕に向けて怒鳴るの!?」

 うう、ちくしょう……確かにそう言ったけど、今言ったわけじゃないのに……。

中井出「ね、ねぇねぇクリス? キャップたちが楽しそうだよぅ。僕遊びたい」
クリス「だめだっ! 反省が先だ!」
中井出「ハイ僕反省したわーい僕自由だー!!《がしぃ!》放してぇえっ!!」

 反省と同時に逃げた途端に捕まった。
 うん、行動見切られてるよ俺……。
 しかしまあこうなったら腹ァくくるしかねぇべよ……うん、いい加減落ち着こう。
 こうしていても無駄に時間をとられるだけじゃないか。

クリス「お前はどこまで勝手なんだ……!
    自分が反省したと見るまではここを動くことは許さん!」
中井出「先生僕厠行きたいです!」
クリス「あわよくば?」
中井出「逃げる!《どーーん!》…………ゲゲェーーーーッ!!」

 馬鹿正直な自分の口に、思い切り絶叫を放った。
 ええ……当然のごとく説教されましたとも。


───……。


 結局、ドタバタやっている内に時間が過ぎて、あっという間に夜に。
 その間にやっていた“ドタバタ”ってのも、ガクトと京が覗きポイントの探索、まゆっちと大和はお土産選び、モモとモロは備え付けのゲームをやって、キャップは爆睡、冬馬と準はユキを連れて旅館探索、そしてクリスと僕とワン子はほぼ説教地獄だった。
 まずお土産選ぶなんて、ほんと顔が広いヤツだよ大和は。まゆっちもまあ……伊予ちゃんにあげるお土産だろうけど。

中井出「俺、ゲンさんにこの人形をプレゼントしようと思うんだ」
大和 「ヒロ……いいやつだったのにな……」
中井出「いきなり故人にするでないよ!」
由紀江「いえ、その人形はあまりにも、その……」
中井出「すげぇだろ! これ目からレーザー出せるんだぜ!?」
大和 「出ない出ない、ただのペンライト人形だろ」

 不気味でしかも目が光る人形をプレゼントしようとしたら全力で止められた。
 そんなことをやりながら夜までを騒いだわけですよ。
 で、もちろん夜といえば温泉! 寝る前のひとっ風呂は最高さ。

中井出「はぁあ〜〜〜……たまにはどっか他所の温泉も悪くないのぅ……」
翔一 「ジジくさいぞぅヒロー」
中井出「実際アルティメットジジイですから」

 男湯はこれで賑やかでした。
 何せ全員がクセのある者ですからね。
 そんな中で一際キリッとした顔をしたガクトが、急に口を開きました。

岳人「みんな聞いてくれ。俺様、明日は女子風呂を覗きたい」

 ……うん、ガクトがキリっとしたなら、まあそんなところだと思ったけど。

中井出「おお、モロがあらかじめ調べておいた、麓の旅館の女子風呂か」
準  「んーなことして面白いのかねぇ。もっと旅行っぽいことで楽しもーやぁ」
中井出「女子ラクロス部が合宿で来てるらしいね。
    なんでもマネージャーがマヨっち並みに小さいお子だとか」
準  「旅行といえば覗きだな。大丈夫、楽園はそこにある《ニコリ》」
岳人 「変わり身が速ぇーやつだなぁ……まあ、同志は多いほうが心強ぇーや。
    もちろん大和も行くだろ?」
大和 「今時風呂覗きなんてガキのすることだろ。……なんて言うヤツのほうがガキだっ!
    俺は覗くぞ、男としての本能を解放する!」

 男すぎるやつらが拳を夜空に突き上げ、ハワーと猛った。
 僕とキャップはそんな超雄どもを遠目に、のんびり湯船に使っておりましたじゃ。

翔一 「お前ら好きだねー……女の裸なんて覗いたってつまんねーだろ」
冬馬 「風間くんは興味がないのですか。それはそれは……夢が冒険家ともあろうお方が」
中井出「ひょ? どしたのトーマ。もしかして覗きたい?」

 こういうのには乗ってこないと思った冬馬が、首を小さく振るってキャップに詰め寄る。って近い近い、キャップ思い切り仰け反ってるじゃない。

冬馬 「こんな話があります。ある時、誰かが言ったことなのですが……。
    たとえば風間くん。貴方は女湯に入った経験はありますか?」
翔一 「ガキの頃に間違えて入ったことはあるぜ?
    べつに男のほうとそう変わらなかった」
冬馬 「では訊きます。貴方は“今の女湯”を知っているのですか?」
翔一 「だって興味ねーもん。どーせ一緒だろー?」
中井出「いや……なるほど。トーマの言いたいことが解ったぜ……。
    いいかキャップ、俺達男衆が女湯に入ることは禁じられている。
    ある男が言った。子供の頃は入れたろうが、
    今の俺達ではその場がどうなっているのか。それを知る術はない。
    解るか。それは困難を乗り越えれば辿り着ける“遺跡の果て”とは違う。
    禁止されているからこそ入れない、そう……いわば“新大陸”!!」
翔一 「禁止されてるからこそ……な、なんかいい響きだな」
冬馬 「そうですよ風間くん。考えてもみてください。
    スリルの先にある冒険を望む貴方ならば、
    今島津くんたちが目指さんとしているものの価値も解るでしょう。
    その先にある宝が欲しいとか……それはもちろんありますが、
    過程に存在する困難を望めばこそ、その宝も輝きます」
翔一 「ロマンってやつだな!」
冬馬 「ええ、その通りです。
    目指すものが違うというだけで、そこに困難があることには変わりはないのです。
    これもまた1つの冒険。貴方はそれを知っても、つまらないと言えますか?」
翔一 「いや! よく解ったぜ! それがお前らの冒険ならもうなにも言わねぇ!
    ……男になってこい、ガクト、モロ、大和、準!」

 キャップが呼んだ順にそれぞれを指差し、歯をテコーンと輝かせた。
 おお、あのキャップがロマンと認めた! ……結局のところ覗きなんだけど。

卓也 「まさかキャップが認めるなんて……」
大和 「驚きだな……っと、トーマとヒロはどうするんだ?」
冬馬 「大変魅力的なお誘いですね。ええ、大和くんがそういうのでしたら是非」
中井出「あっさり落ちたな……ふむ。しかし覗きねぇ」

 覗き……覗きときましたか。
 心寂しき若き頃だったら絶対に頷いてたな。なにせエロマニアだった。
 でも今はどうかと言われれば……女体への興味はまあ、あんまりない。
 好きなおなごの体じゃなければ特別見たいとも思わんしなぁ。

岳人 「ヒロは興味なさそうだよなー。
    経験者で子持ちで、しかもドリアードさんみたいな美人相手に、
    56億年も手ェ出さないなんてどうかしてるだろ」
中井出「そうかも。手ェ出して、もし子供が出来ても……もしかしたら怖かったんかもね。
    また“死んじゃえばいいんだ”……なんて言われたらさ、さすがに立てないよ」
岳人 「あー……悪ぃ、茶化していいことじゃなかったな」
中井出「んにゃ、お気になさるな。56億年、ひたすらに恋をした。
    肉体関係だけが男女じゃねぇって、よーく解った。
    だから逆に、こういう友人関係とか仲間って関係が大事って思えるようになった。
    あたしゃそれでいいって、今本気で思ってるから」

 感情っていろいろスゲーね。
 でも正直、これから何千何万の時を感情を持って歩くのはとても怖い。
 また壊れでもしたら、今度こそどっかで精神崩壊でも起こすかも。
 そしたら……また閉じこもっててもらおう。
 OK、それならきっと生きていける。

中井出「つーわけで俺も行くぜ〜〜〜っ!
    ラクロスだかなんだか知らんが、そこにおなごがおるなら覗く! 男だな!
    まあ女体にも男体にも興味はないが、禁忌を犯す行為にこそロマンがある!」
大和 「京とユキに嫉妬の業火で焼かれないか?」
中井出「……大和くん。覗くという行為をするのなら、対価は支払うべきだ。
    そして俺はそれがバレた時、甘んじてボコられる覚悟を───」

 目を閉じ、胸をトンとノックする。
 そうしてからみんなを見て、ニコリと穏やかに笑んだ。

中井出「もう、とっくにしている」
卓也 「顔は凄く凛々しいのに、言ってることで台無しだよ……」
準  「いやいやァ、それってなかなか言えることでも出来ることじゃねーよ?
    なにせヒロの“覚悟”はいろいろと重いからなぁ。
    こりゃあ、意地でも無事に覗かねーと」
卓也 「旅館だからそういうの、厳しくしてるだろうね」
大和 「よっぽど気を使ってるところだと、監視カメラとかもあるだろうし」
冬馬 「警報装置もあるかもしれませんね。
    夜に人が通ると反応する、というのもあるそうですし」
岳人 「なるほど。明るい内に調べた限りでは、特に何もなさそうだったけどな」
中井出「風呂の方向ばっかに気ぃ取られてて、きちんと見てなさそうだねキミ」
大和 「……前準備として、もうちょっと調べておくか」
中井出「だね」

 せっかくなのでキャップも誘ってみたが、やっぱり女風呂自体には興味がないと。
 なのでキャップを除いた男子勢で覗くことに。

岳人 「かつてエロマニアと呼ばれたお前の実力、見せてもらうぜ〜?」
中井出「《ぐさぁっ!》───………………」
卓也 「うわぁああ! 物凄い勢いで落ち込んだ!」
冬馬 「博光? 自分の言葉には責任を持つ、でしょう?」
中井出「だって僕もうエロマニアは本にしてモット伯にあげたんだもん!
    僕エロくないよ!? 僕いい子だもん!」
岳人 「あれ、是非俺様も欲しいんだが」

 人がエロスとの葛藤に苦しんでいるところに、鼻の下をマジで伸ばしたナイスガイが現れた。どうしてポージングとってるんですかナイスガイ。

中井出「人のエロ歴史って結構アレだよ……?
    モット伯は知識があんまなかったから喜んだんだろうけど」
岳人 「そこにエロスがあるのなら、我慢が出来ないのが男というもんじゃねぇか……!」

 自称ナイスガイはエロかった。
 なるほど、それはステキだ。

中井出「しかしエロスに正直になるなとは言わんが、俺の趣向はキミには合わんって。
    それぞれの“雄”を持っているからこそのエロ個性でしょう」
準  「その通りだ。お前にロリが理解出来んように、
    ヒロの趣向はお前にゃ向かん。というわけで俺がいただこう」
中井出「いや、準にも向かんって。かつての俺はなんていうかこう……」
冬馬 「オールマイティーですね。
    そこにエロスがあるのならばどんなものにでも食らい付いた」
岳人 「なるほど、ヨンパチタイプか」
中井出「あそこまで酷くないよ!
    た、ただ同年代ではなく年上と年下に興味津々だっただけだよ!」
岳人 「是非年上部分をくれ!」
準  「いいや年下部分だ! これは譲れん!」
中井出「そもそもあげるとか創造するとか一言も言っとらんのですが!?」

 男が集まると、いつの世もろくな話にならんというのはほんとかもしれません。
 だがしかしこれもまた旅行っぽくていいのかもしれない。
 ノリが家族旅行ってよりは修学旅行っぽいのも、これで案外いい味出してます。


───……。


 わしゃわしゃ……

翔一 「うおー……きもちー……」
中井出「フフフ、この博光にかかれば誰のツボでも一発露見!
    ……露見っていうんだっけ? こういう場合」

 風呂上りには頭も含めた全身マッサージ。
 ハイ、今現在、男衆を一人一人マッサージ中です。
 我らの部屋、13人で1部屋ながらも十分な広さであるそこで、のんびりとくつろいでおりマッスル。
 ちなみにせっかくなので、男と女とで分けた間にカーテンを張り、場所を分けてあったりします。

中井出「では次、ガクト!」
岳人 「男に触らせる趣味はねぇよ……俺じゃなくてモロやれモロ」
中井出「ホホホだめだ。俺はやると言ったらヤルノデス。
    明日という日を思い切り燥ぎ切るため、男女問わずにマッサージ!」
岳人 「《がしぃっ!》うおぉおっ!? ちょ、こらっ、放せっ!」
中井出「はいはい暴れるでないよ。まずは不純物を揉み出す!」
岳人 「《ゴリリリリ》いぃっでぇええーーーーーーーっ!!」
中井出「これ! ナイスガイがそんな悲鳴をあげるなんてはしたない!」
岳人 「ナイスガイに似合う悲鳴ってどんなだよ!」
中井出「それはナイスガイにしか解らんことさ……だからきっとガクトなら解る!」
岳人 「なるほど……いい目してんじゃねぇかヒロ……!」

 輝かしい笑顔を見せるガクトの体をマッサージする。
 針でブスっと刺してもよかったんだけど、やっぱり創造は結構消費するのでマッサージ。
 しばらくマッサージを続けていると、嫌がっていたガクトも落ち着きを見せ、今では随分とリラックスしている。

岳人 「うおお……きもちいいぜぇ……!」
中井出「ついでに髪もしっかりケア。うむ、男前ェィ!!」
岳人 「No.1のGAKUTOです《キラーン♪》」
中井出「よし、あとは力込めずにしばらくのんびりしといて。次モロ!」
卓也 「えぇっ!? ぼ、僕はいいよぉっ!」
中井出「だめだ《どーーん!》」

 ガクトでも痛がるマッサージということで恐怖するモロを、無理矢理引きずり倒してマッサージしました。ええ、最初が痛いのは仕方の無いことですとも。

冬馬 「相変わらず見事な腕前ですね、博光」
中井出「男衆はなんでかみんな嫌がるからねぇ。こういう時にこそ思い切りってやつです。
    僕はファミリーを癒したいだけなのに」
準  「おー、次俺頼むわー」
中井出「よし、活性化し始めている毛根全てを鎮めてやろう!」
準  「いや、毛根関係ねぇから。
    マッサージはマッサージでも頭髪マッサージとか要らんから」
中井出「そうぉ? おなごたちはおなごたちでいろいろやってるみたいだし、
    なんかこう、風呂上りにはなにかしないと落ち着かないからさ。
    僕としてはなんでもかんでもやりたい気分なのですが。
    ユキなんかは好きですがね、頭髪マッサージ」
準  「あーそりゃ結構。俺はフツーにマッサージしてくれ」
中井出「残念……」

 しかしマッサージはします。
 丹念に丹念に。

中井出「なんつーかこう、準は絞り込まれた筋肉持ってるなぁ」
準  「こう見えて、結構鍛えてるんでねぇ。
    遊んでばっかのヤツには負ける気はしないな」
中井出「ほかほか」

 ツボを指圧すると「あいぃーーっ!」と悲鳴を上げるが、べつにおかしくはないな。
 ツボって誰でも痛いし、しかたなや。

中井出「で、明日とかどうする?」
冬馬 「予定では釣り、ということになっていますね」
翔一 「釣りなら任せろ! 竿さえあれば何尾でも釣ってやるぜっ!」
卓也 「エサとかはどうするの?」
翔一 「エサなんて川の岩どかせば見つかるだろ」
大和 「竿は旅館で借りられるみたいだから、それを使わせてもらおう」
岳人 「そんなのももう調べてあるのかよ……抜け目ねぇな軍師大和」

 そうして話しながら、全員分のマッサージを終える。
 体が冷えないうちに寝ようってことになって、本日も無事に終了───する前に。

翔一 「そういやぁこんな話知ってるかー?
    今、川神市でマスコットの案を募集してるってやつなんだけど」
中井出「マスコット……あのブドウにも似た───」
卓也 「いや……それマスカットだから」
中井出「おお! オマーンの首都だっけ!?」
冬馬 「それもマスカットです、博光」
中井出「リッチクライアントアプリケーション開発を助ける───」
大和 「だからマスカットだよそれも!」
中井出「じゃああれだな! 紳士服の───」
準  「マスカットだ」
中井出「ありすぎだろマスカット! もうワケ解らんよ!」
卓也 「だからマスカットじゃなくてマスコットだってば!」
中井出「マスコット……えーと……」

 ……なんだっけ? マスコット?

大和 「ほら、よくあるだろ。市とか場所とかに合わせて作るキャラクターとかさ」
中井出「お? お、おー…………おお! マスコット! おお!」

 なるほど! マスコット!
 そしてそんな話なら聞いた覚えがある!

中井出「思い出したよ! なんか賞金とかも貰えるっていうやつだよね!?」
翔一 「そうだ! 俺達も全員で案出して、その賞金をGETしようぜ!」
岳人 「賞金かぁ……そりゃあ是非欲しいな」
中井出「じゃあ早速案を。ガクトマッスル・ザ・カワカミでどうだ」

 バックパックからスケッチブックを取り出して、超高速ダサーンとばかりに腕を動かし絵を描いた。……ガクトである。

大和 「それただのガクトだろ」
中井出「だめか……」
岳人 「いきなり提案していきなり落ち込むんじゃねぇよっ!」
中井出「じゃあアレだな。混合物で作ったマスコットで、名前は“ニッケルクロモリ公”。
    こう見えて公爵なんだ。カッコイイだろ」
準  「却下だろ」
中井出「なんで!? カタチ……俺が描いた絵はともかく名前がスゲェいいじゃん!!」
卓也 「どっかで聞いたような名前はダメだと思うよ……」
中井出「ぬぐっ……グ、グウウ……!」

 いい名前なんだけどなぁ……ニッケルクロモリ鋼。

中井出「じゃあニッケルクロムモリブデン鋼」
卓也 「あんまり変わらないでしょそれ!」
中井出「グ、グウムッ……!」

 そう言われてもな……“川神市の”マスコットかぁ……うむぅ。
 他の市のマスコットっていったらなんだろ。
 奈良とかがせんとくんだっけ?
 奈良ってことで鹿と大仏がくっついたみたいな感じだったね。
 じゃあ川神市といえば……

中井出「あ、そーだよ、これ訊いとかなきゃ。
    えっとさキャップ、なんか前提条件とかあったりする?」
翔一 「おー、町の名物を象らないといけないらしいぜー?
    関係ないもん作ったって仕方ねーもんなー」
中井出「む、なるほど」

 川神市の名物……ふむ、名物はー……なんだっけ?
 焼肉が美味い? それとも飴とか? ンー……ちと違う気が。

中井出「もうヴァンプ将軍でいンじゃね?」
卓也 「若者風に言っても却下は却下だからね」
中井出「ムー……じゃあモロ、なにかある?」
卓也 「市民歌からなにかもじってみるとかどうかな」
中井出「好っきっでっすっかっわっかっみっ♪ ヴァ〜ンプのっまっち〜♪」
卓也 「それ愛の町だから! おかしな空耳で歌わないでよ!」
翔一 「じゃああれだな。焼肉ジューシーくん!」
中井出「おお、美味そうなマスコットだ。あ〜〜〜……絵で描くとぉ〜〜……こう!」
大和 「だからそれガクトだろ!!」
中井出「肉でジューシーって言ったらガクトでしょうが!!」

 島津岳人。
 好きなもの食べ物、肉。好きな飲み物、肉汁。
 なのでガクトだ!! ……ええはい、却下されました。

翔一 「こう、いっつも肉焼いてる男だな。
    毎度肉焦がしちゃうから、常にご機嫌ナナメなんだ」
中井出「なるほど、それを頭に入れて描くと………………こうだな」
大和 「……肉焦がして怒ってるガクトだな」
卓也 「ガクト、食う専だから肉とか人任せだしね……。
    マスコットとしては間違ってるけど、ガクトとしては合ってるよ」
岳人 「うるせっ! 肉が好きでなにが悪いんだよっ!」
翔一 「じゃ、こんなのどうだ? 汗が肉汁とか、面白そうじゃね?」
中井出「おお、ならばこうぎっとりとしたツヤのある汗を描いて…………どうだ!」
大和 「汗掻きながら肉焦がして怒ってるガクトだな」
卓也 「いい加減ガクトから離れようよ!!」
中井出「というわけでキャップの案、却下」
翔一 「ちぇー。いいセンいってると思ったのになー」

 うむ、肉なら大体の人が好きだし、悪くはないと思ったんだが。
 しかし肉嫌いな人も確かに居る。これはもう少し考えてみるべきか。
 というわけで案を出す。
 しかしどれもこれもがパッとしなかったりする。

大和 「あー……じゃあこういうのはどうだ?
    久寿餅を前面に出したマスコットってのは」
翔一 「おっ、久寿餅かぁ! あれ美味いよな〜!」
準  「おお、川神の土産といえば久寿餅で決まりって言うからなぁ」
中井出「じゃあ〜〜……っと。絵はこんなんでどうだ?」
大和 「……もっちりとしてツヤのあるガクトだな……」
卓也 「意地でもガクト混ぜるのやめてってば!」

 ハイと突き出したスケッチブックには、穏やかでありつつ凛々しいハンサムが居た。
 きちんともっちり艶やか。ええ、却下されましたとも。

冬馬 「では博光、ここは愛の町、という歌詞からとって、男女問わずに愛する者を」
中井出「おお、愛の町に相応しそうだな。え〜〜〜っと……」
卓也 「うわぁ……今度はトーマが前面に出されそうな予感……」
中井出「ぬっ、いいとこ突いてくるねモロ。じゃあ、完成した絵がこれです」
大和 「…………見境なく男女を襲うガクトだな」
卓也 「いいとこを突くどころか掠りもしてないよ!!」
中井出「なにを言うか! よく見ろ! ガクトの顔がハンサムじゃないか!」
卓也 「だからなに!?」

 うん……なんだろう……。

岳人 「ならハンサムな俺様から提案だ。久寿餅と焼肉が肩を組んでる絵はどうだ」
中井出「来ると思ったからハイこれ」
冬馬 「……汗を掻きながら肉を焦がして怒っている島津くんが、
    もちっとした島津くんと肩を組んでいますね」
大和 「もうガクトから離れていーぞー……つーかどうしてどっちもイイ顔してんだよ」
中井出「ハンサムだろ」
卓也 「汗掻きながら怒ってるのにハンサムって意味わかんないよ!」

 いや、これ結構描くの難しかったんだけど。
 怒りつつ凛々しいって顔は難しいって。

大和 「あ、でも待った」
中井出「え? ハンサム採用? やったなガクト!」
岳人 「ついに時代が俺様に追いついたか《ムキーン》」
大和 「違うから! あぁ、えっと。ひとつ問題がある。
    市長はさ、ほら、自分を主張したがるだろ?
    久寿餅って案もいいだろうけど、恐らくそれは誰もが辿り着くところだ。
    だから採用させるには、市長のご機嫌に触れるなにかがあったほうがいい」

 ぬ……なるほど、さっすが軍師、いいところを突いてくる。
 しかしご機嫌に触れるなにかか。
 市長……市長っていやぁ……胸像?

中井出「そういや市長って、自分の胸像とか何か景品にしたりするよな。
    じゃあ……んん〜〜〜……これだな」
大和 「いや、その絵もうただのガクトの胸像だから」
中井出「大丈夫だ。顔はしっかりハンサムに仕上げた」
岳人 「アリだな」
卓也 「そういう問題じゃないってば!」
準  「さっき投げた案、ヴァンプ将軍じゃなくてヒーローの方を使うってのはどうだ?」
中井出「え……レッドさんを?」

 レッドさんと久寿餅を混ぜる…………赤餅?
 いや待て、サンレッドなんだから、太陽餅?

中井出「太陽、久寿餅、これらを混ぜたマスコット……ふむふむ。
    ヒーローってことで、いっそアンパンマンみたいな感じで、
    出来たての久寿餅を頭に装着すると強くなるー、みたいな?」
翔一 「おおっ、いいんじゃねーかそれっ!」
中井出「で、作られる久寿餅はガクトのハンサムフェイス型で」
卓也 「だからどうして意地でも“ガクト分”を混ぜるの!!」

 そこんとこだが俺にも解らん。
 混ぜたら審査員の目に留まりそうだから、かもしれん。
 インパクトは絶対にあるぜ?

翔一 「よし! 総合して久寿餅マンだな! 彼は正義感に満ち溢れたヒーローだった!
    心に思うことは常にひとつ! 悪はとにかく許さない!」
卓也 「うっ……そのフレーズに心動かされる僕がいる……!」
中井出「で、顔はガクトと」
卓也 「それには全然動かされないよ!!」

 さらりと描いてみせると思いっきり却下された。

準 「まぁまぁ待ちなさいよォ。ヒーローなら技のひとつは必要だろ」
翔一「既に考えてあるぜ!」
冬馬「その心は?」
翔一「アンパンマンからの派生だからな……己を食わせる!
   食いきられる前に喉を詰まらせる!」
卓也「あ───欠点としては、
   食いきられる前に詰まらせられなきゃ自分が危ないってところだねっ!」
冬馬「おや、ノってきましたね」
岳人「モロは特撮好きだからなー。こっち方面の話だと相当甘くなるぜ?」
冬馬「なるほど。しかし特撮ですか───そうなると技の名前も欲しいですね」

 なるほど、必要だなそれは。
 カッコイイのがいいな。技の名前は、叫ぶと強くなるような気がするし。
 まあ、相手が超人すぎると技名を言うだけで見切られたりするから危険なんだが……そんなヤボは今は必要ないね。なにせマスコットの技だもの。

中井出「喉にモチを詰まらせる。近年、そうやって危険な目に遭う老人が増えています。
    ならばこの名前しかないだろう。“老人キラー・ガクト”!!」
卓也 「だからガクトから離れようってば!!」
岳人 「年上好きだからって老人には興味ねーよ俺様!」
卓也 「ツッコむところそこでいいの!?」
中井出「なるほど、解った。
    じゃあガクトからは離れるとして……老人キラー・マッスルでどうだ」
卓也 「残ってる! 微妙に残ってるよガクト分が!」

 ぬ、ぬううこれでもダメか。
 モロは審査レベルが高いな……だがこの博光も伊達に長い間を旅しておらぬ!
 お聞きめされい! 我が頭脳が今こそステキな技名を弾き出す───!

中井出「…………《ハッ!》老人キラー・ハンサム!!」
卓也 「閃いてみせてそれなの!? ていうかもう老人キラーからも離れようよ!」
中井出「ヒーローにだって嗜好の1つや2つあるだろ!
    最近イケメン俳優だの使われてんだから、
    たまには老人キラーやハンサムが混ざったっていいじゃないか!
    じゃあもういいよ! 今度はこうだ!
    悪を許さぬ正義! そして彼の嗜好は……ロリコンだった!」
準  「いや決まりだろコレ。全力で推しちゃうよ俺」
卓也 「ターゲットが準に変わっただけでしょこれ!」
中井出「でも顔はガクトなんだ」
卓也 「ガクトから離れようよ!」

 なかなか決まらないもんです。
 いろいろと案は出るものの、これといったものが……。
 川神市、久寿餅、焼肉ジューシー、愛、いろいろあるものの、これといったものがこう、ピンと来ないわけで。やはりニッケルクロモリ鋼で……いや、却下されそうだから別でいこう。
 有名どころで川神院を混ぜてみる? いや、それもどうかなぁ。
 やっぱり提案通りでいってみるのがいいやもだ。うん。

中井出「じゃあ言う通り、久寿餅を前面に出しまくってみよう。
    そこで質問。久寿餅といえば? あ、食べ方とかそっちでもOK」
大和 「んー……黒蜜?」
冬馬 「きなこですね」
準  「酢味噌で食べるヤツも居るらしい」
中井出「なるほど。技名もいいが……こういうのはどうだろう。
    ヒーローが悪を許さんのなら、悪も必要。つまりライバルが必要だ。
    王道とも取れる食べ方から半歩ズレた位置に立つものを悪にしてみるとか」
翔一 「クズモチマン・スミソだな!」
大和 「語呂悪っ……!」
中井出「いや、いいんじゃない?
    ほら、キン肉マンスーパーフェニックスみたいなノリで」
大和 「あ、それ喩えに出されたら何も言えない」

 だってねぇ、名前にスーパーとか入ってるんだもん、あれには勝てん。

冬馬 「それはそれとして、肝心の技名はどうするのですか?」
中井出「おおそうだった。喉に詰まらせるんだからこう……サザエサンデザートとか」
卓也 「なんでそう妙に懐かしさを混ぜるの!」
岳人 「ん? なにか懐かしいのか?」
中井出「喉に詰まらせるのは、サザエさんの次回予告後のもの。もう古い。
    で、サンデザートってのはファミコンソフト、
    シェラザードの魔法のサンデザードからとりました。
    サザエさんとサンデザードの融合だ。
    ちなみにデザード(砂漠)をきな粉に見立て、デザートとかけた。10点」
卓也 「ほんとヒロはおかしなところにばっかり力を入れるよね……」
中井出「ガクトは筋肉にしか力を入れないけどな」
岳人 「俺様といえば筋肉だからな《ムキーン》」

 とまあこんな感じで、それこそ修学旅行みたいなノリで、布団に転がりながらガヤガヤと話し合った。ヒーロー、クズモチマン。悪役、クズモチマン・スミソ。
 クズモチマンの技の名前はクロミティックデザード。相変わらずきな粉を砂漠に見立て、黒蜜ときな粉の濃厚なハーモニーを前面に押し出した、しかしいかにも喉に詰まりそうな技。
 久寿餅って結構のどにくるよね。黒蜜の濃さでも、きな粉の粉っぽさでも。

中井出「じゃあ絵もこんな形でいいかな?」
卓也 「わあ、さっきもそう思ったけど、ヒロも結構絵ぇ上手いよね」
中井出「キャップにゃ負けるよ。
    俺のは俺自身の能力じゃないし、まだこれは完成じゃない」
卓也 「そっか、キャップにきっちり描いてもらうんだね?」
中井出「いや。顔をガクトに修正する」
卓也 「そのままでいいよもう!!」
中井出「実はクズモチマンとスミソは生き別れの兄弟だったんだ!
    それら全てはクライシスの仕業で、二人は戦わなければならないことに!
    だから顔は両方ガクト」
卓也 「しかも双子なの!? いやだよそんなヒーロー!!」

 こんな調子で騒ぎ合いながら、やがて疲れた順に寝入っていった。
 ……途中、京とユキが人の布団に侵入してこようとしたけど、断固拒否しましたとも。
 そんなわけで久しぶりに一人でぐっすり……な筈が、基本的に寝相の悪いファミリーの男衆に囲まれ、寝返りから放たれる裏拳やら蹴りやらをくらいながらで、熟睡は無理でした。


───……。


 明けて翌日。
 男衆は女衆が着替えている間、旅館内遊戯場で遊んでおりました。

中井出「昔テリーマンをラリーマンと読んでしまっていたラリーショット!」
翔一 「昔ポルナレフをポルナイフと読んでしまっていたラリーショット!」

 卓球です。
 カンコンカンコンと跳ねるピンポン球を弾いては返し、時には雄々しく時にはしおらしく、優雅に、そして力強い勝負をキャップと繰り広げていた。

翔一 「見えたぜっ! そこだっ!」
中井出「なんと!?」

 旅行ってことで能力一切無しの状態でのラリー。ラリーと呼ぶべきかは別として、素の自分のままで戦ってみればあっさり負ける僕がいる。
 うん、やっぱりこういう才とか全然無いなぁ俺。

中井出「ぐぬぬ、準! 悔しいよぅ! 僕の仇をとっておくれよ!」
準  「よーっしゃ任せなさいィ。白黒つけようぜ風間ぁ」
翔一 「お、準かっ、返り討ちにしてやるぜィ!!」

 それから始まるラリーはとても熱きものだった。
 弾ける球! 飛び散る汗!
 もはや卓球ではなく羽根突きまがいなものになったそれは、SUMOUの如く卓球台という大地を捉えないものにまで進化していた……!!

岳人「これもう卓球じゃねぇだろ……」
卓也「台、どけといたほうがいいかもね……」
大和「羽根突きでもないのにあそこまで出来る二人がどうかしてるんだよ」
冬馬「同感ですが、同時に頼もしくもありますね」

 ピンポン球はあれで結構な速度で飛ぶ。
 それを予測と反射神経だけで打ち返し続ける二人は、武術家でもないのに異様な域だ。

準 「どうした風間ァ! キャップの実力ってなァそんなもんかァァ!!」
翔一「まだまだぁ! そういうお前こそ今のは危なっかしかったぜぇ!?」

 卓球台をそろりと引っ張ってどかした後は、もう二人の世界だった。ギャコココココココココォオンと異常ともとれる連打の音と、それに反応してしっかり返す……そんな世界。
 俺達はそんな二人を生暖かく見守り……というかここまで来ると本気でどっちが勝つかを見届けたくなり、女衆がやってきたあとでもそっちに集中していて……なんかまあ、はい、怒られました。


───……。


 そんなこんなで釣り。
 結局決着がつかなかった二人は今度は釣りで勝負ってことになって、子供のように燥いでいる。なんだかんだと基本、なんでもこなせたキャップだ。準みたいな万能キャラが居て嬉しいのだろう。
 それこそ子供のように燥ぎ、川に辿り着くやエサを確保。針に取り付けるや、準とほぼ同時に竿を振っていた。

中井出「よぅし俺は掴み取りで行くぜ! アグレッシヴにせんといかんな!」
岳人 「掴み取りか……なんかいい響きだなぁ〜……俺様もそれでいくぜ!」
一子 「アタシもやるわ!」
百代 「じゃあ私は川で鮭を取る熊の前で、鮭を横取りするとしよう」
卓也 「それどこのジョンウェスト!?」

 走り出したら止まらない。それがファミリーです。
 それぞれがそれぞれの行動を開始してしまえば、もはやツッコミも届かない。
 まゆっちもクリスも早くも順応して、そんなノリの中にも平気で混ざっている。
 あ、いや、若干まだ硬いところも見受けられるけど。

クリス「魚の掴み取り……危なくないのか?」
中井出「クリス……熊を愛するなら、いっそ熊になって熊の心を知ることも大事です」
クリス「熊に……」
翔一 「よっしゃフィーーッシュ!」
準  「おっしゃこっちもフィーーッシュ!」

 離れた場所で、キャップと準が順調な釣果を見せている。
 いいことです。メシのおかずが増えますね。
 釣りをする人と書いてフィッシャー。釣りする人を見ると、FF8のフィッシャーマンズホライズンのBGMを思い出すのはどうしてだろう。

小雪 「ねぇヒロミツー、これつけてー」
中井出「ぬ? おおエサですな。いるよねー、釣りの時にエサつけられないお子」
京  「立派なサオだね博光……触っていい?《じゅるり》」
中井出「……既に竿持ちながらも、人の下半身凝視して言う言葉じゃないよねそれ」

 ていうか聞きかたによっては俺が下半身丸出しみたいに聞こえるからやめなさい。

中井出「これでよしと。じゃあユキ、たーんと釣ってきなさい。
    コツとしてはエサを食わさずに釣ること。
    よく見て、かかったと思ったら一気に釣る!
    そうすればエサをまた付けずに済む」
小雪 「うん、わかったー」

 言いながらも、何故か僕の傍から離れようとしないユキさん。
 ……アレ? 代わりに京が離れていく? ワッツ?

京  「早速条件を押し付けられた。釣りの間は博光に近寄ってはいけない」
中井出「…………例のアレですか」

 デートの時にそんなこと言ってたなぁ……なるほど、つまりユキにとってはこれが出餌屠っぽいものということか。
 うーむ、そうなると───

京 「つまり釣りが終わればしっぽりと熱い時間を過ごせる……!」

 ───いろいろともやもやが溜まるんじゃないかと思ったがそんなことはなかったぜ!
 むしろ溜まったものを思い切り発散する気だよあの子ったら!
 だがしかしそんな後のことを恐れる博光です! じゃなくて恐れる博光じゃないよ!?
 でも怖いですごめんなさい! しかし後悔するなら後で悔やむ! これぞ後悔!
 いや後悔と違うかこれ。とにかく魚を掴み取る!
 つーか靴脱いで川に入った先にまでユキがついてくる! 釣りになりますかそれ!

小雪「魚〜♪」

 あ、でもしっかり釣ってら。食欲旺盛だねここの魚。“フィ〜ッシュ!”とかじゃなくて“魚”と言うキミにカンパイ。

中井出「《ビタァーーン!》へぶぅ!!」

 そして、言葉の穏やかさとは別に超スピードで引っぱられた魚が俺の横顔にクリティカルヒット。おお、この魚、釣り針が見事に口の先に引っかかっている。エサを食わせないで釣るという言葉を、一回目で実践してみせたらしい。
 ……ほんと、このファミリーは基本万能な人が多くて困るね。

小雪 「びちびちいってる……これが噂のピチピチぎゃる?」
中井出「違います。……ほいっと」

 針をクリッと取ると、岩を動かして作った仮生簀(いけす)に魚を放つ。
 跳ねでもしない限りは逃げられないだろう。

中井出「よぅしその調子だユキ! 頑張って釣ろうぜー!」
小雪 「ヒロミツはぁ、僕が釣ったら嬉しい?」
中井出「皆様食欲旺盛だからね、嬉しいぞぅ? 旅館のちょびっとじゃあ足りんでしょう。
    だからたくさん釣ってたくさん調理しましょう。
    釣ったからには食う! 針で釣る、イコール魚が傷つく! 傷つけたならば食う!
    キャッチ&リリース? 知らんヨそんなもの! 戻すくらいならば傷つけぬ!
    ならばこそ、全ての生命、全ての食材に今、万感の思いを込めて……!」
由紀江「いたがきますっ!」
中井出「まゆっちそれ違う!」

 まあそんなわけでの掴み取りです。魚にしてみりゃいい迷惑だね。
 文字通りのキャッチ&リリース! 魚がストレスで死んでしまいそうだ。

中井出「熊拳とかないのかな。蟷螂拳みたいなノリで」
岳人 「熊なんてビンタと噛み付きが主だろ。拳じゃねぇんじゃねぇか?」
中井出「おおごもっとも」

 ならば熊っぽくビンタで魚を陸へ飛ばす?
 それだと傷つけるしなぁ。
 やっぱり掴み取りだな。熊拳は忘れよう。

中井出「あたぁ!」

 シュパァーン! …………逃げられた。
 ズームパンチの要領で腕を伸ばして捕まえようとしたんだが、水中では魚のほうが上だ。
 そして僕は波紋なんぞ使わずに伸ばしたので、関節がズキーンと痛いです。
 ならばこれでどうだろう。鞭打みたいに体を水のようにイメージして、一気に振り抜いて、魚を飛ばすッッ!!
 ヒュラッ……ヂュパァーーーン!!

中井出「ウギャいってぇえーーーーーーーーっ!!!」

 それはまるで水銀の鞭ッッ!!
 でも鞭になって速度や威力が上がったところで、水面叩くのは僕の手、というよりむしろ皮膚なわけでして。痛かったです。滅茶苦茶痛かった。

中井出「はひょー! はひょー! ……あ、あのさぁ……!?
    鞭打ってさ、相手に鞭の一撃を与えるのはまあ解るよ……?
    でもさ、結局叩いてるのも自分の皮膚なんだから、
    自分も速度の分、滅茶苦茶痛いと思うんだけど……違うの……?」
岳人 「難しいことはわかんねーよ。小細工なんざ無しで、筋肉つけりゃいいじゃねーか」
中井出「…………その通りすぎて言葉がなかなか出てこなかった」
岳人 「鍛えて鍛えて、女を虜にする筋肉が仕上がれば、
    女なんて勝手に飛びついてくるもんだぜ?」
小雪 「魚ーっ♪」
中井出「バックステッポォゥ!」
岳人 「《ビタァーーーン!》いってぇえっ!!」

 魚が飛んで来るのを感じ、華麗にバックステッポ!
 すると丁度、ユキによって釣られた魚の軌道上に居たガクトの頬に、それはもう鞭のようにヒットする魚。

中井出「やったなガクト! きっと雌魚だ!」
岳人 「魚類に走るほど困ってねーよ!!」
小雪 「えへへ、嬉しい? ね、ヒロミツ嬉しい?」
中井出「うむうむ、見事な釣りでございます。でもあんまり強く引っ張りすぎると、
    後ろに飛んだ拍子に糸やらなにやらが千切れるかもしれないからね。
    ゆっくりやることを覚えましょうね?」
小雪 「うんわかったー。ゆっくり……」

 ギンッ、とユキの目が鈍く光った。
 その視線の先……川の中には既に針とエサが下ろされていた、ぱちゃんって音に振り向いてみれば、いつの間に取ったのか生簀の中に先ほど釣られた魚が追加されていた。
 ば、馬鹿な……ば、馬鹿な……! 見えなかった……だと……!?
 ええ、ば、馬鹿なを二回言う意味はありません。

小雪「強く引っ張らずに……」

 魚が素通りしようとする。が、そこに無理矢理針を走らせ口に引っ掛ける!

小雪 「あははははっ、ほらほらヒロミツー、釣れたよー!」
中井出「………ス、スゴイネェィ、ユキハァ」

 集中力とか目の良さとか、どうなってるんだろうねこの子ってば。
 くそう、これが産まれ持っての才能とかいうものか……! 僕にはないものだ、ス、スバ、スバラシイ……!
 俺の才能って器詠の理力くらいだもんなぁ……それも、武具無しでは発動しないという無駄な才能というか、悲しい才能というか。
 なんでこんな才能だったんだろうな。感情を手に入れた今さらだからこそ思うよ。
 あ……でもそっか。多少の片鱗みたいなのは確かにあったのかも。
 器詠み。つまり無機物とかの意思を詠むとか、意思を受け取るとか。
 だからこそ写映機やゲーム筐体を通して、映像の式やゲームが上手く出来た、って。
 でも俺だけの才じゃあ全部は引き出せなかったから───…………なるほど。
 世の中も、人間のことも、これだけ生きても解らないもんだなぁ。
 才能なんて呼び切れないものに、家族の魂が助力してくれて初めて、才能なんて呼べるものに至ってくれた。それが器詠の理力。
 ほんと、なんでこんな才能だったんだろうって思うには思うけど……いいんじゃないかな。お陰で、今の自分が居る。

中井出「はうあ! そういや5月といえば鰻! ウナギを釣ってみたい!」
岳人 「5月ってウナギが取れんのか?」
中井出「いや、実際にゃあ俺もよく知らんのだけど。だが獲れると思えばきっと獲れる!」

 昔を懐かしむ思考をうっちゃって、霊章内のマクスウェル図書館の蔵書から知識を吸い出す。必要な知識さえとれればそれでいい。
 間違った知識だろうが、楽しむためのスパイスになるならどんと来いさ!

中井出「川崎……もとい、川神のうなぎはやっぱ五月で、
    雨のあとの濁った川や、夜のほうが活発に動くそうだ。
    だが待ってられんので知識と経験を大図書館から吸収……っと」

 ウナギの行動パターンや潜伏場所を軽く検索。
 ……ふむふむ、ふむ。

中井出「見ィイ切ったァァ! ガクト! 社長命令だ!
    あの奥の大きな岩場目掛けてその大き目の石を投擲!」
岳人 「いきなりなんだか知んねぇが、命令ってのも珍しいからやってやるぜぇ!
    おぉおうらぁああっとぉおおおっ!!」

 ガクトが石というか岩に近いものを持ち上げ、大きな岩場目掛けてどっかーんと投げる。
 そこですかさず、

中井出「ユキ! 土が流され、川の水と土が交差する位置へ、
    斜め60度の角度から釣り針を放て!」
小雪 「まっかせてーっ! えいっ!」

 ユキが竿を振るうと、小さな石が括り付けられた針が一気に水面へと飛ぶ。
 そして軽くちょいと引っ張ると、ウナギはあっさりと捕獲できた。

岳人 「おおおおすげぇ! ほんとにウナギが取れちまったよ!
    く、食うと精力とか付きそうだよな!」
中井出「おお、なんかそうらしいね。
    ……つーか、俺ってそういう話とは無縁の生き方してたなぁ。
    ガクトがそういうこと言うまで、精力増強とか考えたこともなかった」
岳人 「寂しい青春だねぇ……あー……遠慮しねぇで言うけどよ、
    麻衣香さん、だっけ? その人相手にハッスルしなかったのか?」
中井出「頭はエロスでも、人間いざとなりゃああんまり動けんもんよ?
    というか寂しさとか紛らわすためのエロスだったから、
    そりゃあ手を繋ぐところから〜とかウヴ言いたくもなるって」
岳人 「ああ、なるほどな」

 ユキが釣ったウナギを針から外し、他の生簀よりももっと高く作ったそこにちゅるりと泳がせる。隙間とかから逃げそうだしね。
 しかしもう随分釣った……よな? キャップと準がこれでもかってくらい頑張ってるお陰で、食う分には絶対に困らない。むしろ釣りすぎだ。こりゃあ、掴み取りした分は全部逃がしたほうがよさそうだよ……。

中井出「おーい、そろそろ釣りをやめに───ってこらこらこらァァア!!
    モモキミなにマジで熊とやり合ってんのぉおおっ!!」
一子 「冬眠から目覚めてお腹を空かせているのね!
    でも逆に熊鍋にされる末路が見えるわ!」
中井出「生臭いからやめなさい!」
百代 「はっはっはっはぁ、鷹村さんのように拳で仕留めてやろう!
    ヒロ! ウルトラマンセブンのBGMを頼む!」
中井出「それって子熊が居るフラグ立てるだけでしょーがぁ!!」
翔一 「おーい見ろ見ろお前らー!
    魚釣り過ぎたんで下流の人達に交渉にいったら、お礼に肉分けてもらえたぞー!」
岳人 「ヒャッホーゥィ! 肉だ肉だー!」
小雪 「ヒロミツヒロミツー、エサどっか飛んでっちゃったからつけてー?」
中井出「おぉおおおほんと落ち着きのない皆様だなぁもう!
    俺が言えたもんじゃないけど! でもそんな家族が大好きだ愛してる!
    エサでもなんでもつけてやらぁ!」

 騒がしい毎日が大好きです。
 ひとりが大好きさと歌ってしまたがすまん、ありゃウソだった。
 そんなわけで賑やかさどころか騒がしさの中に身を置きながら、岩の下の虫を取ってエサにした。つけてる最中にユキに首に抱きつかれてスリスリされたが、いやらしいことは全くなかった。むしろ首にキマって、危うく窒息するところだったさ。




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