とある日、とある場所。
 平安の時代の京の都にて、よくない噂を耳にする。
 今に始まったことではないにしろ、妖怪が活発に動く現在、なにより恐ろしいのは鬼である。
 妖怪退治のスペシャリストとして名高い陰陽師もよほどに強ければ問題はないものの、半端な力しか持たぬ者は大体が食われて終わる。
 妖怪退治を生業にする者の多くは妖怪との戦いに命を落とし、そうでない者も妖怪に襲われては命を落とすと、この時代の生活はたとえ我が家の中であってもいつ妖怪が訪れるか解ったものではない時代だった。
 妖怪は人を騙すのが上手く、人間に化けては油断した相手を食べる。
 食べた際に皮だけ残し、その皮を被って次の人間を化かすこともある。
 そういったものを退治する者は確かに居るのだが、それ以上に妖怪の数が多かった。

妹紅「うぅうりゃああっ!! 燃えろぉおっ!!」

 さて。
 そんな妖怪ばかりの世にあって、妖怪退治をしようと言い出したのが妹紅さん。
 ゲームばかりじゃ体がナマるという言葉もそうだが、それ以上になにかに当たりたい気分だった。不老不死というのは、なんともこう……なりたての頃は鬱憤がたまるものなのだ。
 今までの自分とは違う自分になるのだから、当然といえば当然だ。
 そのくせ髪は伸びるし性格も変わる。老いないで死なないだけなんだが、変わったものは変わったのだ。
 成長と老いは違うといっていた輝夜の言葉にうむりと頷く馬鹿も居た。
 そのくせ髪は伸びないし凡人のまま。性格は言わずもがな、老いないで死なないだけに無茶が大好きな馬鹿である。変わってないものもやはり変わってないのだ。

中井出「これもこたん! あまり無茶をするでないよ!」
妹紅 「大丈夫だよこれくらい! ていうかいい加減子供扱いはやめてったら!」
中井出「その言葉が出るうちはまだまだ子供じゃい!
    ていうか退屈凌ぎに妖怪退治って、普通じゃないよねもう!」
こいし「別にいいんじゃないかなぁ。うるさいのを倒してお金もらえるなら」
さとり「ええ、なんの問題もありませんね。
    覚妖怪と見れば唾を吐き出すような妖怪、滅びてしまえばいいのです」
中井出「怖いこと言わないの!」

 妹紅が妖怪に肘鉄を食らわせ、怯んだところを片手で持ち上げて燃やす……いわゆる弐百拾弐式琴月・陽を食らわせ、落ちる姿に振りかぶった拳を一閃。
 そうして一体を片付けても次から次へと沸いてくる妖怪に、だあああっ! と苛立ちを隠しもしない声を荒げるもこたん。

中井出「ようしこいし! 覚醒ドッキングだ! きみが目となり僕が体となろう!
    敵の動きを読んで僕に言うのだ!」
こいし「AYE・SIR(あい・さー)!!」

 言うや、こいしが躊躇もせずに中井出の肩に乗る。いわゆる肩車だ。
 そして第三の目、サードアイをクワッと見開かせると、次々と中井出に指令を送る。

こいし「ヒロミツ! 社長命令だー!
    右のヤツが殴りにきてるから殴られてもいいから殴り返せー!」
中井出「えぇっ!? 殴られ《ボグシャア!》イペェ! こ、こんにゃろオゥラァ!」

 喋っている内に殴られたが、反撃で見事に殴り返すお馬鹿さん。
 そうしている間に後ろから背中を引っ掻かれ、ホギャアアアと弱点に走るダメージに絶叫。

中井出「あのこいしさん!? 社長命令って言う方が面白いって僕言ったけど、
    出来ればもっと早くお願い!」
こいし「うん! じゃあ後ろ!」
中井出「ぬう! 愚地克己ガード!」

 背後から拳を振るってきた妖怪に対し、花山さんの拳を受け止めようとした愚地克己ガードで見事相手の拳をキャッチ。

こいし「左!」
中井出「オワァゥハァッ!!」

 掴んだ拳を絡めるようにして振り回し、襲い掛かってきた妖怪に妖怪ごとぶつける。
 当て身投げが上手いギース様風だったことにはなんの意味もないのだろう。

こいし「お姉ちゃんをくすぐって!」
中井出「チョェエエエエエエッ!!!」
さとり「へっ!? やっ!? うひゃあああああああああひゃひゃひゃひゃひゃ!!?」

 その後彼は怒りMAXのさとりさんにボコボコにされた。
 ───……妖怪退治が粗方片付くと、お上への報告。
 お偉いさんはボッコボコの中井出を見て「壮絶な戦いだったのであろうな……!」と感心したという。彼は泣いた。

……。

 ねち…………ねち…………!

さとり「大体あなたはこいしの言うことを素直に聞きすぎです。
    私の話は話半分で聞きゃしないくせに、なんなんですかこの差は」
中井出「だってきみ、口を開けば愚痴ばっかりじゃん」
さとり「それはあなたの耳が腐っているからそう聞こえるだけです」
中井出「言うことキツイよさとりちゃん!!」
さとり「ちゃんをつけないでください」

 お偉いさんの屋敷から離れた場所。
 休憩所という名の団子屋で、四人はもっちゃもっちゃと団子を食べていた。

中井出「《スク……モッチャモッチャ……》こわっぱめが……」
さとり「誰が小童ですか!」
中井出「柳生十兵衛の真似しただけだよ!?」

 しかしこの覚妖怪、何かというと中井出に突っかかってくる。
 こいしに言わせれば、裏表がないというか、隠そうともしない在り方が気に入られてるんだよ、とのことだが、どう見ても突っかかってきているようにしか見えない。
 眠たげと言えばいいのか、いつも半眼で睨むような眼をしているのだが、それも相まってよく人に絡まれる。“そこな女児! 何故に我を睨むか!”なんて言われたことなど一度や二度ではない。
 生まれつきであることをどれだけ言おうがいちゃもんをつけてくるので、“人の友人にいつまでもいちゃもんつけてんじゃござんせん!”とつい先日この馬鹿者がキレた。いちゃもんをつけてきた男は彼の拳を中心に何回転もして、ザムゥ〜と大地に沈むとしばらく動かなかった。
 それからというもの、いやそれ以前からだったのだが、それからというもの余計に彼女からの突っかかりは激化した。

中井出「ちなみになんで?」
こいし「お友達は遠慮なんかしないって、ヒロミツの心が言ってたからだよ」
さとり「こいし!?《がーーーん!》」

 そういうことらしい。
 覚妖怪ということで、友達も居なかった彼女らだ。
 それまで誰にも向けることが出来なかった友情というものを、不器用ながらも相手と向き合うことでなんとか制御しようと頑張っているのだ。
 まるで初めての恋愛感情に戸惑う思春期ヴォーヤのように、たとえば相手をいじめて気を惹こうとするように。
 しかしながらあくまでそれは友情であり、恋愛感情はゼロである。

中井出「おおなるほど! ならばどんとこいである! 友達に遠慮は無用!」
さとり「うう……」

 人の心を読むことは悪いとは思わないのに、自分の心を知られるのには弱いらしい。
 ぷしゅうと顔を赤くすると、俯いて何も言わなくなってしまった。

妹紅 「まあ、もういいけどね。いい加減、読まれるのも慣れたよ」
中井出「まあこんだけ一緒に暮らしてればね。つーかきみ達、自分の家とかはいいの?」
こいし「家らしい家なんてなかったしね。
    自分たちの住んでた山なんて早々に出てきちゃったし。
    あの丘、あの森が家みたいなものだったんだ」
中井出「なんとまあ。突然家なんて建ててすまんかったね」
こいし「別にいいよ、私たちも住ませてもらってるしねー」

 けらけらと楽しそうに笑いながら、サッと中井出の皿から団子を奪うこいし。
 なにをするか! と奪い合いになるが、それすらもキャーキャーと楽しみながら実行しているこいしさん。顔は(>ワ<)な感じで実に愉快そうだった。

妹紅 「けど、妖怪退治ね。
    気に入らない相手をブチノメしてお金が貰えるのって、おかしな感じ」
中井出「まあ基本、襲ってくるヤツしか相手にしたくないけどね」
妹紅 「私はもっと歯応えのあるやつ相手でも構わないんだけど。
    ゲームの中の自分に現実の自分が負けそうで嫌だ」
こいし「あ、それは私も思うなー」
さとり「…………《ソッ》」

 無言で、しかし真っ赤な顔のままにソッと手をあげるさとりさん。
 ドルトンくん、お前もか。じゃなくてブルータス、お前もか。

中井出「じゃあなにか適当な討伐依頼でも受ける?
    様子見の依頼ならちらほらあったけど」
こいし「あ、そういえばあったねー。
    なんだっけ、太陽の畑の妖を見てきてくれ、だっけ」
さとり「太陽の畑……妖怪の山の反対側にある、一面向日葵の畑のことですね」
妹紅 「そうそれ。傘を差した妖怪が出るって話だっけ。
    もしかしたらあいつが居るんじゃないかって思ってさ」
中井出「傘で妖怪って……」

 そういえば最近はあまり見かけなくなったスキマ妖怪を思う。
 今頃何処で何をやっているのか。
 そういえばヤツも傘を持っていたから、案外彼女なのかも、と二人は思った。

中井出「よっしゃ、ほいじゃあちょっと行ってみようか。妖怪の山にもついでに」
さとり「妖怪の山は鬼や天狗の縄張りですよ。行けば確実に捕まります」
中井出「鬼? アー……いや、鬼には一人、知り合いが居てね。
    まあなんとかなるんじゃない? そこに居る鬼がそやつかは解らんが」
妹紅 「鬼に知り合い!? 聞いてないんだけど!?」
中井出「え? い、言ってなかったっけ?
    えーとそのぅ、伊吹山ってところを放浪してたら、
    谷の上から降ってきた鬼のお子なんだけどね?
    あー……八岐大蛇がスサノオにコロがされてからどれくらい後だったっけな。
    まあともかくその時あたりに拾ってね? 赤子なのに人語も話せたから、
    そこからまた旅に出るまではよく一緒に遊んでたのよ。
    僕が旅に出るっつーか、相手が家出したんだけど」
さとり「鬼を拾うって…………滅茶苦茶ですね、あなたは。
    というか八岐大蛇? スサノオ?
    いったいいくつですか貴方は───…………解りましたもういいです」
中井出「だから、喋らせなさいってば」

 「しかも伊吹童子ですか……」と頭が痛そうに項垂れるさとりさん。
 そんな彼女の頭をぽむぽむと撫でて、彼は団子屋の長椅子から立ち上がった。

中井出「平安京というと、ウグイスが鳴くのに従って、
    意欲に燃えるコロンブスを見たくなりませんか?」
妹紅 「なんの話よ」
中井出「歌の話です。じゃあ行こうか」

 勘定を支払って歩き出すと、慌てて団子を食べて追ってくる三人。
 そんな少女らと旅をする傍ら、この時代でしか味わえない様々を楽しみつつ、彼は今日も愉快に過ごしていた。

……。

 妖怪の山。
 かつての背比べで見た八ヶ岳を指す。
 いかにもという雰囲気をふんだんに醸し出しており、普通の人ならばまず近寄らないだろうことが遠目でも近目でも解った。

さとり「昔は私たちもここに住んでいました」
こいし「みんなが嫌がるから、転々としたんだけどね。
    そしたら山にやってきたヒロミツを見つけたの」
妹紅 「迷惑な話だなぁ」
こいし「えへへへへ、そーだねー♪」
さとり「ふふふふふ、そうですね」
妹紅 「な、なにがおかしいんだ! 言っておくけどべつに私はっ!
    迷惑は迷惑だけど、
    慣れればどうってことないのにとか山の妖怪に言いたいわけじゃ……!」
中井出「ごらん姉妹よ……あれが語るに落ちるという語源だよ……」
古明地『なるほど〜……』
妹紅 「二人して頷くなぁあああああっ!!」

 さて、この妖怪の山。
 余所者に厳しく身内にやさしいと近所でも評判の山である。
 身内はもちろん山の中の妖怪であり、余所者はその他大勢を差す。
 この場合、山を出て行った覚妖怪も含まれるわけで、

鴉天狗「人間がこの山になんの用だ!」
中井出「登山しに参った!」
鴉天狗「失せろ!」

 ドギャオッと飛んできた鴉天狗のお子は、それだけ言うと恐るべき妖力を以って彼を睨んだ。しかし彼は馬鹿だから気にしなかった。

中井出「えーとまあそれは別にいいとして、挨拶に来たのですが。
    あ、失礼。わたくし、ずっとあちらの方にある山の頂に屋敷を構える者で、
    名を中井出博光と申します。見ての通り人間にござる。
    思えば引っ越してきて挨拶もしていなかったなぁと今頃気づき、挨拶を」
鴉天狗「失せろ」
中井出「あ、これ引越し蕎麦です。
    作り方などを記したメモが中に入っているので、
    どうぞ美味しく頂いてやってください」
鴉天狗「どうせ毒でも仕込んであるのだろう? 食えるものか」

 天狗は中井出が差し出した箱を乱暴に取り上げると、それを地面に振り落として踏み潰した。彼は……にこにこ笑顔だ。

中井出「ククク馬鹿め、そうくることはお見通しよ。こっちが本物さ」
鴉天狗「!?」

 ズチャアアと出したそれは、先ほどと同じ箱。
 驚いて自分の足元を見た天狗は、それが等身大マスオ人形だったことに驚愕する。

鴉天狗「えっ!? なんで!? さっきまで箱だったのに!」
中井出「気の所為でしょう。というわけではいどうぞ」
鴉天狗「……それは私に踏み潰してもらいたいと言っているようなものだぞ?」
中井出「って言っても、僕ァ美味しく食べてもらいたいだけだもの。
    踏み潰したいなら別にいいけど、そんなことしてもつまらんよ?
    なんなら俺が作って、俺が味見してもいいけど? 毒なんぞ入ってないし」
鴉天狗「ならば今、ここで、食べてみせろ」
中井出「ラーサー!」

 躊躇はなかった。
 彼はすぐさま調理器具をズヴァーと霊章から取り出して並べると、調理を開始。
 どこから出したんだという質問も「今必要なのは料理を作り、味見をすること……僕がだ。そしてそれはきみが今口出しをするべきことじゃあない。…………違うかな」と、無意味にジョジョを意識した口調で語りだした。
 ややあって出来た蕎麦。
 それをズゾゾーと中井出、妹紅、こいし、さとりが食べ、そういえばまだ食事をしていなかった鴉天狗はきゅるるぅと鳴るお腹に赤面した。

中井出「まあいいから食べなさいって。きみに毒盛って、僕がどんな得をするってのさ」
鴉天狗「……誓って毒はないか?」
中井出「あったら鬼でもなんでも連れてきて僕を潰せばいいっしょ。
    確か鬼って嘘が大嫌いだったよね? ならOK、嘘は一切ないから。
    嘘だと思うなら鬼さん一人でも呼んできて、一緒に酒盛りしてもいいよ?
    嘘は一切ない! この博光の覚悟をかけて、それを宣言いたそう!」
鴉天狗「《ずぞぞー……もぐもぐ》」
中井出「聞いて!? あれぇ!? なんで人の猪口使って蕎麦食ってるの!?
    あれ!? 僕の言葉への対応は!?」
鴉天狗「……ほわ…………おいしい」
中井出「《テコーン♪》そうであろう!?
    この蕎麦を不味いなどと言える者などおろうものか!
    そして“うまい”じゃなくて美味しいと言ったあなたに感謝を!
    持て成された料理を口にして“うまい”と言うのはイッツア・ヨクナーイ!!
    礼儀などは気にしない僕だが、
    初対面の人にはせめて美味しいと言ってほしい愛がアルノデス!」
鴉天狗「《ずぞぞーずぞぞーずぞぞー》」
中井出「いや……聞いてよ……」

 鴉天狗は彼を無視して食べ続けた。
 多少焦るように食べているのは、やはり空腹だったからなのだろう。
 口が寂しくなるより先に次を入れては、味を楽しんでいるようだった。

中井出「おっと、食べ終わったならこれもどうぞ。モミアゲ特製の蕎麦湯にござる」
鴉天狗「そばゆ?」
中井出「この蕎麦を煮た汁、またはそば粉や打ち粉を湯で溶いたものです。
    これで蕎麦汁を割って飲むと……ほいどうぞ。熱いから気をつけて」
鴉天狗「《スズ……》……おおっ、これは美味しいし、
    冷たいもののあとだとなんともありがたい!」

 ほわっと花開くような綺麗な笑顔がそこにあった。
 印象からしてキツい感じだったが、まあ女性である。

中井出「では一息ついたところで自己紹介を。拙者、中井出博光と申すもの。
    こちらは左からもこたんにこいしにさとりんです」
妹紅 「だからもこたんはよせったら!」
鴉天狗「そちらの二人は……───」
さとり「お察しの通り、以前この山を出た覚妖怪ですよ、下っ端天狗さん」
鴉天狗「《むかり》……山を出た妖怪がなんの用だ」
こいし「ヒロミツが見てみたいっていうから来ただけだよ。
    そんなに怯えなくていいってば」
鴉天狗「怯える? いったいなににだ」
さとり「心を読む醜い妖怪め、話している暇があるなら早く消えろ、ですか」
鴉天狗「!?」
さとり「心を読むことを醜きと勝手に決めたのは、貴女方でしょうに。
    読みたくて読むんじゃない。読めてしまうのが覚」
中井出「読心すごいですね」
さとり「それほどでもありません」

 にこりと笑い合う二人は、なんというか人をからかう時だけは長い付き合いの友人のように息がぴったりだった。どちらもこういう時だけは他人にやさしくないのは、ある意味で似た者同士だからなのかもしれない。

さとり「それで、何に怯えるかという質問でしたね。
    ええ、今さら取り消そうとしなくてもきちんと教えますから、
    そう身構えないでください」
鴉天狗「や、やめろ! 見るな! 人の心を勝手に覗いて、恥ずかしくないのか!」
さとり「読めてしまうのが覚と言ったでしょう。
    勝手に読めてしまうのに醜い醜いといわれた覚たちの気持ちが、
    あなたには少しでも解るとでも? 解らないでしょう?
    ええ、そんなに心の中でまで解るわけがないだろうと叫ぶ必要はありませんよ」
鴉天狗「くぅっ……! ずっとそうやって嫌われ続けるがいい!
    どうせ貴様を受け入れる者など───」
中井出「ココニイマス」
鴉天狗「!?」

 ゴゴゴゴゴゴ……と何故か奇妙な擬音を鳴らしつつ、T-SUWARIでさとりの傍に現れる馬鹿者。名を中井出博光といった。

中井出「理解者になれるかは別にしても友達ですもの、嫌う理由は特になし。
    ていうかね、きみ。
    心を覗いて一番傷つくのって、覗いた本人だったりするのよ?
    それをなんだい、醜いだの嫌われろだの」
鴉天狗「貴様は平気だとでも言う気か?
    思っていたことを口にされ、皮肉も混ぜて返されて」
中井出「するほどの隠し事がないからね。
    そんなの気にするよりも楽しんだもの勝ちでしょ。
    ククク、その気になればじゃんけんで永久に負けられるこの博光、
    それすらも楽しみ尽くしてつい先日、枕を濡らしたほどさ」
鴉天狗「楽しんでないでしょそれは!」
中井出「ニョホッ? おやおや、ついにおなごっぽい口調になったね?」
鴉天狗「ハッ!?」
中井出「次にお前は気の所為だと言う」
鴉天狗「そんなことはない!」
中井出「……アレ?」
こいし「……ぷふっ!」
さとり「くふっ! ……ぷっ! ぷふしゅっ!」

 未来予測の真似事をしたら見事に外れた。
 心が読める二人は吹き出し、中でもさとりはあまりにおかしかったのか、肩を震わせながら背中を向け、苦しそうにビクンビクンと痙攣するように笑っている。

中井出「えーと…………すげぇだろ《どーーーん!》」
妹紅 「そこで胸を張れるのは、ある意味すごいよ……」
鴉天狗「……なるほど、馬鹿なのね、あなた」
中井出「否定できん」
妹紅 「いや、しようよそこは」

 つくづくいろんな意味で裏を掻く男は、ついには天狗にまで笑われた。
 そんな気の緩みがあったからか鴉天狗も砕けた口調になり、古明地姉妹にも謝罪。
 ただ、心を読まれるのが嫌だということは解ってほしいとお願いしてきた。

中井出「読まれるのもこれはこれで楽しいのにね」
妹紅 「そんなこと言えるの、きっとお前だけだよ」
中井出「そうかな。……そっか、まあいいや。ところでいい加減名前知りたいんだけど」
鴉天狗「あ、そういえば言ってなかったわね。文よ、射命丸文。
    下っ端天狗っていうのも認めるし、蕎麦が美味しかったのも認める」
中井出「おや、なんか急にフレンドリー。まあそれもいいね、よろしく」
文  「言っておいてなんだけど、確かに急に馴れ馴れしいと嫌な気分ね」
中井出「そう言わんと。ちなみに登山に来たのはほんとだよ?
    かつての八ヶ岳がどんな風になってるのかなーって気になっただけだし」
文  「?」
妹紅 「あー……解らないって顔をするのも無理ないよな。
    私だって未だに信じられないし。
    えっとな、この男はな、天狗はおろか、鬼や神よりも長生きしてるんだ。
    聞いた話じゃこの大地の創造の瞬間にも立ち会ったらしい。
    きょーりゅーとかいうのとも戦ったとか言ってたわ」
中井出「リアルピクル体験済み……中井出博光です《脱ぎャアアーーーン!!》」
妹紅 「脱ぐな!!」

 ぽかんとする文は決して間違っていない。
 笑い飛ばすのもアリだろうが、困ったことに嘘を言っている様子がない。
 この山での嘘は、たちまち鬼の耳にも届くといったもので、正直ものでなければこの山ではやっていけない。

中井出「しかしなんだね、ここってそんなに厳しくないと生きていけないの?
    もっと肩の力を抜いて生きていけばいいのに」
文  「鬼が居るのにそんなことできるわけがないわ」
中井出「……そんなに強いの?」

 訊ねると真剣に頷かれた。

中井出「じゃ、降りようか」
総員 『速ッ!?』

 その一言は、覚妖怪をして驚かせるほどの即決だったようだ。
 読むことすら間に合わなかったらしい。

妹紅 「お前は……少しは戦ってみようとか、なんとかしようとか思わないのか?」
中井出「だって怖いもん! 別に僕戦闘狂の趣味とか強者ブチノメす趣味とかないし!」
こいし「戦って勝つ自信は? ……わ、あるんだ」
中井出「酒飲みだけでは絶対に負ける自信があるけどね」
さとり「勝てる気でいて、実際に勝てる力があるほうが驚きですが」
文  「…………ほんと? 勝てるの? 覚妖怪が認めるくらいにほんと?」
さとり「確信の材料に人を喩えるのはやめてくれますか? 不愉快です」
こいし「そうだこのタコー! ってヒロミツが言う」
中井出「そうだこっ……先に言っちゃダメヨー!?」

 まるでジョセフが仲間についたようだ……と彼はさめざめ落ち込んだ。
 しかしながらすぐに気を取り直すと、射命丸と話し合う。

中井出「いやァすいませェ〜ン。実は僕らこれから太陽の畑に行こうと思ってまして」
文  「あのフラワーマスターのところへ!?」
中井出「え? なに? フラ……え?」
文  「フラワーマスターよフラワーマスター!
    四季のフラワーマスターと呼ばれる大妖怪、風見幽香のこと!」
中井出「かざみ? なにかそれ」

 いまいちどころかてんで解っていないようだった。
 もうすっかり妖怪の様子見という名目を忘れ、向日葵を見に行くことに頭が持っていかれていたらしい。

文  「あ、ああ、まあいいわ。
    それよりさ、そこに行く前に鬼達と会ってみてくれない?
    それでなんとか出来るなら……その」
中井出「山から追い出せと?」
文  「これで結構冗談とか化かし合いは好きなもので、
    嘘をつけないというのは正直息がつまるのよ……。
    下っ端だから口調にも気をつけないといけないし、
    真面目で威厳があるように見せるために、
    こうしてキリッと話してはいるけど……やっぱり疲れるし……」
中井出「どんな風になりたいのさ」
文  「山限定でしか動けない今より、
    もっと自由に、自分の速度を生かしたことをしてみたい!
    たとえば世界の情報を集めて天狗同士で話題にしたり……
    ほら、噂話とか大好きだし」

 知らんがな。
 素直にそう呟いたのは妹紅だった。

中井出「じゃ、新聞とか作ってみたらドゥーなのよぅ?」
文  「新聞?」
中井出「起きたことを紙に纏めて、配るもののこと。たとえば───ほれ」

 中井出が軽く思考して、今日起きたことを纏めたものを新聞紙として創造。
 それを渡された文は驚きつつも目を通し……

文  「…………? ところどころ読めないわ。なにこれ」

 びっしり書かれた日本語に首を傾げた。

中井出「ぬおっ!? そういやこの時代にはまだひらがなとか無いんだっけ!?
    いや時代のこととかよく知らんし! ええいならば───」

 時代に詳しいモミアゲさんに相談。
 あっさりと協力してくれたお陰で新聞紙は出来上がり、文はそれに目を通し……ほおおおと感心していた。

文  「これはすごい。起きたことを紙にまとめて、この綺麗な絵とともに載せる。
    そうすることで思い出せなくなってもこれを見れば解る、と……!」
中井出「あ、それは写真といいます。絵ではないのですよ」
文  「なんと!?」

 ほら、と再び創造したポラロイドカメラをひょいと渡す。
 手に持たせ、シャッターを押させてみれば、身構えていた古明地姉妹が映った写真がブミーと出てくる。

文  「あやややや! これはなんと珍妙な!」
中井出「これが写真。で、あとは文字と一緒に印刷すれば新聞紙の出来上がり」
文  「印刷?」
中井出「………」

 どうやらいろいろと説明しなければいけないようだった。

……。

 さて、その後。
 ねだりにねだられまくられ、カメラと印刷機を創造してあげることになった彼は、そのお礼にと通された山で溜め息を吐いていた。
 ……そう、吐いていた。今は吐いていない。

中井出「ヌッハッハッハッハ! ハァーーッハッハッハッハ!!」

 とても元気だ。
 両肩に古明地姉妹を座らせ、足を支えてダブル肩車状態。
 妹紅はすっかりお馴染みになった白のシャツともんぺのような袴、指貫袴というものを着て、のんびりと隣を歩いている。

中井出「もこたんも着っぱなしだよね。今度なにか縫おうか?」
妹紅 「上は変えても下は変えたくない」
中井出「藤原を吹っ切るつもりはない?」
妹紅 「望まれなかったとしても、腐っても藤原だからね」

 どこか拗ねたようにふんと鼻をならして歩く。
 鬱蒼とした森は山の奥まで続いていて、人が入って歩けるような道は一切ない。
 しかしながら二人は歩き、古明地姉妹は懐かしそうに辺りを見渡している。

妹紅 「これ、飛んだほうが早くないか?」
中井出「なにを仰る、歩いたほうが健康にいいんだぞコノヤロー」
妹紅 「私たちに健康もなにもないでしょ」

 それもそうだ。
 しかしやはり人ならば歩きませうと、彼は歩いた。
 歩いて歩いて、やがて……山の中腹あたりの森の無い開けた場所に辿り着く。
 そこには大きな洞穴があり、そこからは……異様なほどの酒の匂いが。

妹紅 「うわぁ……絶対居る」
中井出「居るねぇ……」
こいし「いるねー」
さとり「間違い無く、ね……」

 鬼が居る。
 きっとゴリモリマッチョでホガーとか鳴くに違いねーとか思いつつ、彼はかつて抱きとめた、落下してきた鬼を思い出した。
 今頃は何処で何をしているのか。
 悪い人間に退治されたりしていないか。
 いろいろと気になったが、この男……鬼と聞けばまず思い出すのがシュテンドルフ。もとい、酒呑童子。理由はただザ・モモタロウが好きだったからというだけ。
 しかし伊吹童子と酒呑童子が同一だとは全く知らず……実はいつか来るかもしれねー酒呑童子との戦に備えて、酒の準備でもしておくとするか〜〜〜〜〜っ! などと考えて酒をバックパックに用意してあったりする。

中井出「あの中にシュテンドルフ……もとい、酒呑童子とか居るかな!《わくわく》」
さとり「酒呑童子は……ええ、私たちが居た時と変わらないのであれば、居る筈です」
中井出「マジですか!? では早速! ヘェーーーロォオーーーーウ!!
    鬼さーーーーん!! 人間が遊びにきたよーーーっ!」

 洞穴に向けて元気に叫ぶ。
 妹紅は盛大に驚き、読んでいたさとりとこいしは……さとりは溜め息、こいしは少し怯えて中井出の頭をきゅむりと抱き締めた。前が見えない。

鬼 「鬼を呼びつけるとはどこぞの命知らずな人間か!」

 ややあって出てきたのは、額に一本角を凛々しく伸ばした女性。
 角がなければ鬼だと解らぬその容姿は、一般で言えば間違い無く美女の類。
 人間をブチノメして手に入れたのか、中々に綺麗な着物を着ていた。
 ただし着崩しが好きなのか、胸元が大きく開いていて、少々目に毒だった。

中井出「やあ《どーーーん!》」

 そんな鬼に臆することなく片手をあげてにっこり馬鹿。
 しかしそんな挨拶はソレが当然であるかのように無視され、鬼の女性はその肩に乗る二人に注目していた。

鬼  「おや? 見なくなった顔がまた見えた。
    てっきり出て行ったと思ったが、いつ帰ってきたんだい?」
さとり「出て行ったのは事実です。ただこちらの頭の回転が少々アレな方が、
    山を見たいというのでついてきただけです」
中井出「アレです《どーーーん!!》」
妹紅 「だから、少しは否定とかしろってば……」
こいし「アレですとも!《どーーーん!》」
妹紅 「お前は便乗しなくていい!」

 にたりと意地悪そうに笑っては、二人を見る鬼。
 しかしほんの一瞬だけホッと息を漏らしたのを、妹紅以外の三人は見逃さなかった。

中井出「おやおややさしいでちゅねー!
    口ではそんなこと言いつつやっぱり心配だったんでちゅかー!」
鬼  「山の仲間だ、当然じゃないか」
中井出「潔さに惚れた! 鬼さん、お名前教えて!? 僕中井出博光!
    ちなみに惚れた宣言は人柄って意味であって愛ではござらん!」
鬼  「ん? ああ、まだ居たのか」
中井出「居ました《どーーーん!》」

 無視されていたことも気にせず、胸を張る馬鹿がおる。
 鬼は少々ぽかんとしてから軽く笑うと、酒を一口、言葉を発する。

鬼  「今は人間に構いたい状況じゃないんだがねぇ……。
    まあいいさ、私は星熊勇儀。見ての通り一角の鬼さ」
中井出「押忍。手前は人間にございます。
    こちらは妹紅。世を知るための旅をしている最中ですじゃ」
勇儀 「そうかいそうかい。で?
    鬼をからかおうとしたその代償、あんたは払ってくれるんだろうねぇ」
中井出「いやん、ちょっとしたお茶目じゃない」
勇儀 「はっ、鬼の前で随分と堂々とした人間が現れたもんだ。
    だが代償は代償だ。鬼ってのは恐怖の象徴だ。
    それがごめんで人を許したら示しがつかないんだよ」
こいし「アホかてめぇ! 誰がごめんなどと言った! ……ってヒロミツが言う」
中井出「だからやめてぇええーーーーーっ!!?」

 言ってる間にゴキベキバキベキと拳を鳴らす鬼様。
 そのコメカミには青筋が浮かんでおり、「嘘をつかないところは認めてやるよ」と笑顔で立派に怒ってらっしゃった。

勇儀 「ごめんって言わないってことは、戦うってんだね?
    この山の四天王である星熊勇儀と」
中井出「フッ、馬鹿め。この博光とて四天王になれたのが不思議なほどの実力者よ。
    今この場でこの博光を打ち下そうとも、
    すぐに新たな四天王が組まれることに……なるのか?」
勇儀 「私が知るか!!」
中井出「ごもっとも!」
勇儀 「調子が狂うやつだね。鬼と戦うっていうのにそんな気が抜けてて、
    アンタ、これから自分が死ぬって意識、あるんだろうね」
こいし「わはははは馬鹿めー! このヒロミツは不老不死だから死にはしないのだー!
    ……ってヒロミツが言う」
中井出「いやだからちょっと待って! 言わせて!? お願い!」
勇儀 「不老不死? へぇ、なるほど。それが鬼に挑戦する理由かい。
    鬼をからかう代償も、きっちり支払ってくれると」
こいし「支払いは任せろー!《バリバリ》」
中井出「やめて!」
勇儀 「あー、解った解った、ようするにあれだ。アンタ、鬼ってものを舐めてるのか」

 わざわざ創造してまで用意していたマジックテープ型財布をこいしに取られ、ネタまで披露されてしまう中井出をよそに、ズシンと殺気の力場が発生する。
 それは重力のように重苦しく、毒ガスのように息苦しい。
 ギンと睨む鬼の眼光にさとりもこいしも息を飲み、妹紅もごくりと息を飲みながら後退った。
 しかし馬鹿は「超〜眼〜力〜!」とか言いつつ睨み返している。
 ご丁寧に顔面からビキッバキッミシッと奇妙な音を鳴らして。

勇儀 「鬼に睨まれても平気か。それとも感じないだけかい?
    ああいい、ともかくやってみりゃあ解ることさ。
    ただ、馬鹿でもどうでもいいことだけど、その胆力は気に入った!
    せいぜい愉しませてやるから、駄目になるまでついてきな!」
中井出「ほざきやがれ! ついてくるのは貴様のほうぞ! ……って、はうあ!?」

 言うや否や、勇儀が大きく振りかぶり、足払いをされて転倒した。

勇儀 「………………、へっ!?」
中井出「この愚か者が!!」

 お目々ぱちくり。
 ハッとして起き上がると、しかしすぐに足払いをされ、綺麗に折り畳まれ、気づけば正座で座っていた。

勇儀 「え? え?」
中井出「アホですかキミは! そんな格好で激しく動いたら見えちゃうでしょう!?
    いくら鬼とはいえ、年頃のお子がそげなことにも気づかんとは……!
    ああもうまったく嘆かわしい!!
    ちょっと説教するからそこへなおれコノヤロー!!」
勇儀 「え、い、いや待て! 今のこの状況で説教とか」
中井出「うるせー!! 黙らんかスグルーーーッ!!」
勇儀 「きゃうっ!?」

 そして説教が始まった。
 おなごとしての慎ましさやら、己に対する清らかさやら、着物に対する感謝やら、ともかくいっぱい説教された。
 終わる頃には最初の勢いもどこへやら。
 ぐったりと疲れ果てた勇儀姐さんは、中井出が用意した衣服に身をつつみ、やはりぐったりしたままだった。

中井出「むう、完璧じゃ! では始めるとしましょうぞ!
    あ、さとりさんにこいしさん? 降りててね? ……うむ!
    さあ……どこからでもかかってきなさい」
勇儀 「あ、ああ……ああ、うん……やる気……あるんだよな……?
    べつに私が間違ってたとか……そういうことじゃない……よなぁ……?」
中井出「ひょ? なにを仰る。愉しませるとか言ったのに、
    肌を露出しそうになった所為で中断させたのはあなたでしょうに」
勇儀 「……人間相手に着替える必要なんてないって思ったんだよ」
中井出「そうか! じゃあ今から僕を愉しませてよ!《キラキラ……!》」
勇儀 「アンタさ、愉しませるって言葉にどれほど食らいついてんのさ」
中井出「楽しいが好きなのさ! だから愉しませてくれる存在は大好きです!
    というわけでさぁこーーーい!!
    言っておくがこの博光はよほどのことがない限り愉しまんぞーーーっ!」

 ゴヴァーーーン!《中井出 が 現れた!》

勇儀「ああもう、これじゃあどっちが闖入者だか解ったもんじゃないねぇ……!」

 しかし構え、走る。
 ひと思いに一撃で潰してくれようと思ったわけでもない。
 言葉通り、愉しませるつもりで拳を振るった。
 しかしそれがパシッと掴まれ、気づけばズベシャアと地面に座らせられていた。
 世に言う渋川流オリバ殺しである。
 しかし驚きも数瞬。すぐにそんなものも力で返してみせると、中井出を軽く放り投げ……その後を追って駆けると、ゴキンバキンと鳴るほどに握り締めた拳を以って、中井出の腹を殴りつけた。

中井出「コココ……腹はくれてやる……!」
勇儀 「!?」
中井出「皇流古武術奥義! 腕拉ぎ十字固め!!」

 腹を殴り、骨や内臓を破壊した腕を取り、折りにかかる。
 しかし勇儀はニヤリと笑うと腕に力を込め、反ろうとする中井出の力をなんなく返してみせた。

勇儀「力で私に勝とうなんて、生まれ変わったって早い!」

 腕にしがみついたソレを地面へ叩きつける。
 轟音とともにクレーターが出来るほどの威力に、妹紅もさとりもこいしも顔面を蒼白にする。

勇儀「はははははっ! おやおや、ちとやりすぎたかい?
   だがそれでもしがみ付いているのは敵なが……ら……」

 腕にしがみつく感触に笑っていた勇儀だったが、煙が晴れたそこには……ダッコちゃん人形(マスオ型)がついていた。

中井出「天晴れェィ!《どーーーん!》」

 そしてそこに居たはずの中井出はといえば……クレーターの真ん中でぴくぴくと痙攣していた。

妹紅 「なにやりたいんだお前はぁああーーーーーっ!!」
中井出「ゲフッ! ゴフッ……! い、いつだって相手の常識の裏を突きたい……!
    体を張って幾数億……博光です……」

 よろよろと起き上がる様は満身創痍の言葉がよく似合う。
 しかしながら、鬼としてはあれだけ勢いをつけて人間が平気だというのは気に入らない。実に気に入らない。特に彼女は“力”の鬼。一撃で粉砕した人の数など数えるのも馬鹿らしい。

勇儀 「不老不死ね……嘘じゃあないようだ」
中井出「当然よ!《シャキィンッ!》
    この博光、覚妖怪と一緒に暮らして笑っていられるほどの四天王最弱よ。
    嘘など愉しむ時以外には滅多に使わんし、
    相手が本音でぶつかってくるのならば本音でぶつかる修羅ぞ!」
勇儀 「…………タフだねぇ。そのちっぽけな根性が実にタフだ」
中井出「ワムウ!?」

 言った瞬間だった。
 トンと軽く踏み出した一歩が、軽くだと言うのに馬鹿みたいな風圧を弾き出す。
 気づいた時には懐に潜り込まれ、右の脇腹に突き刺さるのは鬼の左拳。
 激痛にたまらず体を折ると、次の一歩が踏み込まれ、体を折るのと同時に下へと下りた顎に右の拳が突き刺さる。かぽん、どころではなく、骨が砕ける音と、それらが口内を突き破る音さえ脳髄に響いた。
 そしてトドメの三歩目。
 二歩目から大地を蹴り弾くように発せられた三歩目が、中井出の体を青い空へと弾き飛ばした。ロケット花火が空に飛ぶような勢いで、人間の体が簡単に宙に舞う。
 大地を蹴り弾いて飛んだ勇儀よりもなお高くに飛んだその体は、しばらくののちにようやく落下し……土煙が晴れてその体が確認される頃には、勇儀は自分で用意した酒を美味そうに呑み終えていた。

勇儀 「タフさに免じて四天王奥義まで出してやったんだ。
    鬼との喧嘩にしちゃあ、最大級の“お愉しみ”を味わえたろう?」
声  「デザートはオレンジジュースがいいです」
勇儀 「おれんじ───ハッ!?」

 杯を手にした勇儀が振り返る。
 するとそこには無傷な男性が立っていて……!

勇儀(ば……馬鹿なッ! 手応えは確かにあったハズッ!
   こ、こんな……まさか! いるはずがないッ!
   ……あれを喰らって平気な人間などッ!)

 ごくりと喉を鳴らして男性を直視する。
 するとそいつは…………何故かスゥウウ……と消えていった。

勇儀 「へ?」
中井出「フ……フフフ……ド、ドッペルゲンガー……!《ガクッ》」

 ………。
 気絶の間際にドッペルゲンガーを出現させて、平気なフリをして見せただけだった。
 心を読んでいたさとりとこいしが、腹を抱えつつ声を殺して爆笑中の出来事であった。


───……。


 五分後、復活した彼はワハハハハと元気に笑っていた。
 一方で最後の最後までからかわれた勇儀はといえば、どうにもスッキリとしない気分を抱いたままに中井出を睨んでいた。
 一言で心中を語るのならば、“納得いかねぇ、リターンマッチだ!”といったところ。

中井出「え? やだ」

 きっぱり言ってみればこれである。
 なんで! と訊いてみるも、「べつに喧嘩しに来たわけじゃないし」の一点張り。

中井出「こういう場面で戦うのはどこぞの物語の主人公だけだよ?
    僕みたいな脇役がそんなの許されるわけないじゃない。
    大体、なにかしらの能力があるからってすぐバトルバトルって、
    僕はそげな戦闘狂じゃあないのですよ?
    からかうためとか愉しむためなら喜んでやるけど」
勇儀 「戦えば私が面白いんだ、だからやろう」
中井出「やだったら! 貴様、僕の強さを知らないらしいな!
    言っておくがこの博光! しぶとさだけは一級品だが武具が無ければ激烈雑魚!
    産まれたばかりの赤子に指を握られてベキャアと折られる伝説の男ぞ!?」
勇儀 「それは弱すぎだろう! 弱さをひけらかすにしたって大げさすぎだ!
    鬼の前で嘘を言うってことがどういうことか、解って───」
中井出「……………、………」
勇儀 「わ、わかっ……」
中井出「…………」
勇儀 「い、いやそのっ……わ、悪かった、泣くな、泣くんじゃないよっ!
    解ったから! もう解ったから!
    嘘じゃないほうが辛すぎるなんてあんまりだろう!」

 弱すぎだろうと言われて傷ついて、大げさすぎと言われて落ち込んで、嘘だと言われて体育座り。やがてしくしくと泣き始める彼に、鬼の方が音を上げた。
 ちなみに、真実事実である。
 とある世界で友人に子供が出来たとかで、それに立ち会ったことがある。
 その際、武具なんて物騒なものを身につけてたら怖がらせちゃうよねと、指輪ごと武具を取り外した。
 赤子の握力を見るためには親の指を赤子に握らせる、というのがあるが、なんとそれをさせてもらうことになり……折られた。
 オギャーと泣く赤子の前で、彼はAHEEEEYYY!!と泣き叫んだ。

勇儀 「けどね、鬼に挑まれたなら、負けたら食われるってのが世の定めだ。
    アンタが不老不死だろうがどうだろうが、負けたからには───」
中井出「うむ! 存分に味わってもらおう!」
さとり「ちなみに私とこいしはいつも食べているわ」
こいし「美味しいよねー」
勇儀 「……もうやだ、この人間」

 鬼に真正面から嫌がられる人間も珍しい。
 ともあれその場で料理が始まり、良い香りに誘われて洞穴から出てきた鬼も混ぜての博光風ヨシェナヴェパーティーが始まった。
 博光風と言うのは当然、具材が中井出で構築されたものの意である。

勇儀 「お前さん、不老不死だからって、
    自分のいろんな部位を引き千切って保存してるのかい?」
中井出「いや、分析して複製してるの。だから心臓だって増殖し放題。
    妖怪に保存食として正式に認められて枕を濡らした博光です」
勇儀 「呆れた男だねぇ……そしていろんな意味で本当にタフだ」
中井出「それより美味しい? 僕美味しい?」
勇儀 「食ってる本人に訊かれるのは物凄く微妙だ。けどまあ、うま───」
中井出「《ギロリ》」
勇儀 「……おいしい、な」
中井出「《ぱああっ……!》」
勇儀 「調子の狂う人間だ」

 言いながらもガツムシャと食べる。
 目の前で笑っている相手の腕の部位にガッと歯を突き立てて、グイッと骨から肉を引き千切るように。骨付きの鶏肉を食べるような感じだ。
 それを前にしても笑っている目の前の人間を見て、やはり彼女は頭を痛めた。

中井出「ところで姐さんや? 鬼って……これだけ?」
勇儀 「うん? どういう意味だい?」
中井出「いや、もっとちっこくて、二本角の鬼とか居ないかなーって」
勇儀 「萃香のことか。なんでアンタが知っているのかは知らないが、
    あいつなら今、京に人間襲いに行ってるよ」
中井出「そうなんだ。元気?」
勇儀 「元気すぎて困るくらいさね。
    ……さて、そうまで訊くってことは、やっぱり知り合いかい?
    会ってからずぅっと、あいつは独り身だった筈なんだがねぇ」
中井出「谷に捨てられた萃香はワシが育てた《どーーーん!》」
勇儀 「………………ッハ。なるほど、ははははは! 鬼を怖がらないわけだ!
    あのじゃじゃ馬を育てたっていうなら、そりゃあそうだろうさ!」

 けらけらと笑う。
 その笑い声に、離れていた妹紅もさとりもこいしも寄ってきて、なんだなんだと耳を傾ける。中井出も今さら隠し事なんてする気もないので、伊吹童子……伊吹萃香という鬼と燥ぎまくってたことがあると説明。
 妹紅にはとんでもなく驚かれ、さとりとこいしは既に読んでいたので平然としていた。

勇儀 「大変だったろう、あいつと生きるのは」
中井出「え? むしろ毎日が宴会で楽しかったけど」
勇儀 「いや、酒の確保とかさ」
中井出「必要になればいくらでも作れるし、素面の萃香を見るのが僕の楽しみだったし」
勇儀 「…………」
中井出「…………」
勇儀 「もしかしてだが。萃香が泣かされたことがある人間の男って」
中井出「あ。それ僕です。
    一度萃香がいつにも増してべろんべろんに酔っ払ったことがあってね?
    “あぁん!? 最近だらしねぇな!?”と叱ってみたら、
    “じゃあ酔いを醒まさせてごらんよ”と挑戦状を叩きつけてきまして。
    で、リフレカヅラの樹液を飲ませたらあっさりすっきり。
    顔を真っ赤にして慌てるものだから、全力でからかったら泣かれました」
勇儀 「………」
中井出「?」

 やっぱり頭が痛そうだった。

中井出「その時に家出しちゃってねー……それ以来会ってなかったんだけど、やぁ。
    まさかこんなところで仲間と楽しんでいたとは。博光嬉しい」
勇儀 「楽しんでいればそれでいいのかい……」
中井出「ホ? そりゃもちろん。
    楽しいを知らぬ者に楽しいを教えるのがこの博光の喜び。
    それを与えるのがたとえこの博光ではなくとも、」
こいし「ヒロミツにとっては誰かが楽しんでくれるのが一番なんだよねー」
中井出「だから言わせなさいったら!」
こいし「えへへー、だーめー♪」
中井出「ギィイイーーーーーッ!!」

 覚妖怪にからかわれる人間と、鬼をからかう人間。
 実におかしな力関係だ。

中井出「あ、でも僕気になったんだよね。
    姐さんさ、覚妖怪のことを山の仲間って言ったよね。
    なのになんでさとりんたちは山を出ようって思ったんでしょ」
勇儀 「仲間だとは思っていても、なんでも見透かされるのは嬉しくないもんさ。
    そういうもんだろう?」
中井出「エ? いや、べつに……」
勇儀 「それはお前がおかしい。断言する。おかしい」
中井出「え? そ、そう? そうかな。エヘヘ、ぼ、ぼくもちょっと、
    きっと自分はみんなと違うんだぜとか思ったことあってさ」
勇儀 「言っとくが、ちぃとも褒めてないよ」
中井出「なんだとてめぇ! 人の純情ブチコワシやがって表出ろコノヤロー!!」
勇儀 「おっ! 喧嘩かい!? 人間から挑戦してくるとは嬉しいねぇ!!」
中井出「棒倒しで勝負だ!!《どーーーん!》」
勇儀 「応さ! おう…………オウ?」

 棒倒し?
 一角の金髪お姉さんは、こてりと首を傾げた。


───……。


 ◆棒倒し───ぼうたおし
 砂場や砂浜で砂の山を作り、その頂に棒を突き刺す。
 そして順番を決め、自分から見て反対側の位置から自分の位置まで、
 円を描くように砂を運ぶ。
 手前をちょいと取るのではなく、必ず円を描くように。
 相手もそうして砂を減らしてゆき、自分のターンで棒が倒れた方の負けとする。
 この戦いは古くは酒呑童子の時代からあるとされ、
 酒呑みのお子が一人の凡人に負け続けた戦闘方法だと凡人が勝手に伝えた。
 *神冥書房刊:『鬼は細かい作業が嫌いなんだよ!』より

 ……。

中井出「《ざっ……ゴゾォオ……!!》では……私はこれだけいただこう……!」
勇儀 「ず、随分たくさん取るじゃないか」
中井出「ホホ、人間は見栄っ張りですけェのォ。
    せめて取る砂の量くらい、鬼の上をいきたいのですじゃ」
勇儀 「言ってくれるじゃないか。鬼として、挑戦は受ける!」

 勇儀が砂に手を添え、ゴゾゾと一気に奪う。
 ぐらりと揺れる棒に、勇儀の肝が一気に冷える……が、倒れない。

勇儀 「くはっ……たかだか棒が倒れるか否かなのに、なんて緊張感だい……!」
中井出「それがこのゲームの面白いところヨ。
    さて、ではこの博光はさらにこれだけいただくとしよう《ゴゾォオ!!》」
勇儀 「うわばかっ! そんなにしたら倒れ……ない!?」
中井出「コココ馬鹿め……! きみとは年季が違うのだよ……!
    遊びに費やした年季というものがね……!」
妹紅 「威張れるもんじゃないでしょ、それ」
中井出「うるさいよもこたん! もこたんだってPWPばっかやってるくせに!」
妹紅 「なうあっ!? あ、あれは目的があるからいいの!
    打倒輝夜! ほら、きちんと戦いのためなんだから!」

 騒ぐ周囲。
 だが鬼の緊張感は尋常ではない。
 人間は先ほどの自分よりも多く取った。
 ならば自分はもっと取らねば。
 これは意地だ。鬼としての、人には理解出来ぬ意地…………っ!
 ここで引けば鬼が廃る。
 しかし負ければ鬼が廃る。
 ならばどうするか? あんな量以上を取れば確実に負ける。
 だが取らねば鬼として負ける。
 ……負ける? 鬼が、人間に?
 ───有り得ん!(*緊張感が溢れ出ていますが、棒倒しです)

勇儀「くっ!」

 キッと砂山を睨み、ゴゾリと砂を───

中井出「姐さん」

 ───取ろうとしたところで、待ったが入る。

勇儀 「なんだい。まさか情けをかけようって気じゃあ───」
中井出「いや、なんで情けなんて言葉が出るのか解らんのですが……あの。
    真剣にやってね? 真剣に“遊び”を楽しんでね?
    これは確かに勝負だけど、楽しくない勝負はつまらんです。
    だから……自分は鬼だから相手以上を、
    なんて僕の言葉に惑わされた愚は犯さないでね?」
勇儀 「…………それは、つまり」
中井出「うむ! 勝負だ勇儀姐さん!
    鬼でも人間でもなく、星熊勇儀と中井出博光での勝負!
    やってることは遊びだが、この博光は遊びからは絶対に逃げーーーん!!
    そして姐さんや!? 鬼とて人間との戦いは遊びと構えるでしょう!
    ならばそこを勘違いしてはなりませぬ! 真剣に! 楽しむのです!!
    ここで種族を理由に負けちゃあだめだ! 人間くさいしぶとさを見せてでも!
    勝たなければ姐さん! それは遊びじゃあなく敵に命を投げ出す侮辱だぜ!!」
勇儀 「!!」

 (*熱く語っていますが、これは棒倒しです)

勇儀 「……ふふっ。まさか人間に教えられるとはね。
    いいだろう、鬼の強さっていうのを見せてやろうじゃないか!
    ほんの少しと笑わば笑え! 私はアンタに、己として勝ってや《トサァ》あ」
中井出「あ」

 砂を動かしながら豪快に喋るもんだから、棒がとさりと倒れた。
 見守っていた一同、呆然。
 その空気に耐えられなくなったのか、勇儀の目からぽろぽろと涙が

中井出「ルヴォアァアーーーーーッ!!?」

 泣いた赤鬼状態!?
 ホワーイどうすれば!?

1:むしろもっと泣かせる

2:リュウの如く「俺の勝ちだぁ!」と元気よく拳を突き上げる

3:女は何度か本気で泣いて、良い女になるのさ……とターちゃん風(女性向け)に

4:僕のお乳をお飲みと胸を肌蹴る

5:お前は強かったよ……でも間違った強さだった

 結論:───

こいし「4番だね!」
さとり「1番で」
中井出「死ねと!?」
妹紅 「心を読んで騒ぐなって……ついていけないじゃないか」
中井出「グ、グーヴ。じゃあ僕が考えたさいきょうのせんたくしをもこたんにも」

 説明してみた。
 すると「2で」と言われた。
 ……なんか、格好よさげな僕を一度でも見てみたいんだって。
 きっと相当似合わないだろうから、せいぜい楽しませてくれと。

中井出「ならばこの博光も───誠意を以って答えねばならんな!」

 そして彼は行った。フルコースで。
 2、5、3、4、1の順で行ったら本気で泣かれ、本日二度目の四天王奥義で空を舞ったのだ。
 のちに彼は言う。
 “ヘイボブ、二度目のフライトじゃあ天竺が見えたぜ”と。
 いったい何処の大陸を差して言っているんだかとどこぞの神様に笑われたとか。
 そしてそれを見守っていた仲間三人にも盛大に笑われて、殴られたというのに満足げだったとか。



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