移動を開始してからどれほど経ったのか。
 結局丘の上の屋敷……メールで知ったが、地霊殿と名づけられたらしいそこへは戻らず旅を続けている。
 妹紅からはツッコミメールが連日届いたが、こいしから届けられたメールには、少ししてから自分だけで妖怪退治をしてやると地霊殿を出たと書かれていた。
 あの広い屋敷にさとりとこいし。
 結局勇儀もそこに住んでいるらしいが、やはり仲良くとはいかないらしい。

中井出「みんな仲良くってのは難しいもんだね。出来れば面白いだろうに」

 言いながらも歩く。
 どこをどう通ったのかも解らないが、楽しさを求める声を求めるつもりで歩いていたら、全く見知らぬ場所に辿り着いていた。

中井出「昼だというのに薄暗い森……光の届かない森っていうのは不気味ですね。
    まあ僕ほどのロンリーメンにしてみりゃ、
    ここここれくらいの暗がりなんてどうってこと」
?? 『べろべろばぁーーーーーっ!!』
中井出「もぎゃああああおぉおおおおっ!!!!」

 大絶叫だった。
 光があまり差さない森にて、急に上からバサアッと落ちてきたもの。
 それは……傘だった。

中井出「へっ! やっ! ちょっ……なになになになにっ!?」
傘  『やったやった驚いた〜! ねぇねぇあなた、こわい? 私こわい?』
中井出「かっ……傘…………だと……!?」

 古そうな傘だ。
 茄子色をした、番傘のようなもの。
 目と口があり、口からは長〜い舌がべろ〜んと伸びている。

中井出「すげぇ……! なんて斬新なデザインの傘なんだ……!」
傘  『え? いや、よく解らないけど……驚いた? ねぇ驚いた?』
中井出「驚いたよ! めっちゃ驚いた!」
傘  『なら満足!《どーーーん!》
    さぁて次の人間を驚かすために、また木の上に上っておかないと』

 言いつつもぴょんこぴょんこと一つ目の傘が跳ねる。
 当然木の上になど上れるはずもなく、じゃあ最初はどうやって上ってたんだとツッコミたくもあるが、誰かに手伝ってもらったのだろうなぁと考えつつ話しかけることにした。

中井出「ねぇ傘さん」
傘  『なんだい人間。驚いたならもう行っていいわよ。
    それとも驚き足りない? じゃあじゃあ、……うらめしやー』

 べっ、と伸びている舌でべろんちょと中井出を舐める。
 こう、足元から頭までヴェッロォ〜ンと。

中井出「───」

 大キョーフ!
 その時ッ! 中井出の脳裏と中井出の中に居る様々な意思たちに戦慄が走ったッ!
 それはたった一人でも恐怖すれば伝播してしまうようなものであり、まあ中井出がむりやり意思を繋げてそうしただけなのだが、一つの恐怖が全体に広まればその恐怖たるや、尋常ならざる恐怖に至るものであった!
 声にならない悲鳴が響く。
 その瞬間、人の恐怖を食べて生きる“から傘お化け”は一気に満腹を超越し、

??「《ぽむんっ》はうっ!?」

 ……化物として、成長を遂げていた。

??「はっ、あ、あれっ!? なにこれ。足が生えた。これは手?
   まるで人間じゃない。ああっ、傘がっ、傘がっ」

 傘から弾き出されるように姿を現した少女。
 傍にはからかさが落ちていて、彼女は慌ててそれを拾い上げた。
 水色のショート、右目は髪と同じ水色で、左目は赤のオッドアイ。
 服装は……傘から分離したばかりなので、まあその。

中井出「変態だーーーーーーっ!!!」

 そんな彼女を前に、口をひし形にして泣き叫ぶ馬鹿がおったそうな。

中井出「古き時代にも露出狂がおったとは!
    これを着なさい! 言い訳は聞かねー!」
?? 「え? え? なになになにっ!?」
中井出「戸惑ってる暇があったらさっさとしねーかーーーっ!!」
?? 「《がばーーーっ!》わひゃーーーーっ!!?」

 そして、半ば襲われるようにして着替えさせられる少女。
 こんな現場を見ている人が居れば確実に誤解されていたところだろう。
 ややあって服を着せられた少女……小傘というらしい……は、立ち慣れない自分に戸惑いつつもとりあえずは二本足で立っていた。

小傘 「うう、結構難しい。むしろ困ったー。
    体ばっかり大きくなっても、お腹が膨れなければ辛いだけなのにー」
中井出「じゃあ普段から人を驚かす練習をしてみるとか」
小傘 「それはいい案ね人間。それじゃあ……驚けー! うらめしやー!」
中井出「…………」
小傘 「どーだっ!」
中井出「………」
小傘 「《なでなで》あ、あれ? なんでなでるの?
    な、なんでそんなやさしい顔するの? ねぇ。ちょっと。ねえ」

 ただの悪趣味な傘を持った少女が、一生懸命驚かそうとしているようにしか見えなかった。中井出はただただやさしいお父さんの顔になって、小傘の頭を撫でたのだという。

中井出「しかしからかさお化けですか。初めて会ったかも」
小傘 「傘が趣味悪いって言われて、ず〜っと放置されたのよ。
    でも今はそれが怖がらせる最大の武器になっているの。
    これはもう私に人を驚かせと誰かが言ったようなものよね!」
中井出「そのノリだと神様が言った〜とかじゃない?」
小傘 「あはは〜、それはないないー。だって私こそが、付喪神だから!」
中井出「なんと神であったか! …………ワニムのような神が居るか!」
小傘 「ワニム!?」

 ワニム=きさま。
 ちなみに、ものに宿る神や霊魂を付喪神と呼ぶのであって、必ずしも神であるという確証はない。
 なんてことを考えつつ、中井出は変わらず小傘の頭を撫でてにっこり。

中井出「あのさ、小傘さん。なんか雨降りそうだから、傘になってもらっていい?」
小傘 「え? 本気? 趣味わるいなぁ」
中井出「自分で言うかねそれ。いや、最初見た時に言った通り、ステキだと思うよ?
    僕、普通の傘より番傘とか好きなんですよ。しかもこれには目と口があります。
    他にないよ? こんな立派な傘」
小傘 「え…………立派? り……立派かなぁ、そうかなぁ、えへへ」
中井出「立派立派! こりゃ二つとない立派な傘さ!
    だから僕と契約して……傘になってよ!」
小傘 「し、しかたないなー。
    あ、でも驚かせたい時は驚かすから、その時は邪魔したらひどいよー?」
中井出「うむ! むしろ協力しますとも! というわけで───」
小傘 「というわけで!」
中井出「今こそ!」
小傘 「傘が一人でに動き始めても驚きもしなくなり始めた連中に!」
二人 『天誅(手動)を下す時!』

 妙なところでノリが合ったのか、二人はアクセス(握手)をして歩き出した。
 むしろ小傘は傘になり、その傘を中井出が差し、旅を続けるというカタチに。

小傘 「ところであなた、名前はなんていうの?」
中井出「俺か! 俺は南葉高校が誇る超新星! 剣道部の田中だ!」
小傘 「長くて覚えられないわ。短くして」
中井出「あれがフルネームじゃないからね!? どこからどこまでが苗字!?」

 そんな話をガヤガヤとしながら。
 彼と彼女は、しとしとと雨が降る景色を旅した。

……。

 旅をしだして何日か。
 途中、ひとつの廃村に辿り着く。
 すっかり歩くのにも慣れた小傘は、中井出にもらった一張羅(汚れない不思議加工)の格好で楽しげにぴょんこぴょんこと跳ねている。
 なんでも片足でどんな行動も出来るようになる練習らしい。

小傘「目標は、上段回し蹴りのあとにきちんと片足で着地すること!《どーーーん!》」

 中井出は思った。
 こいつばかだと。
 しかしそんな馬鹿が大好きな彼だから、飽きることなく一緒に居る。

中井出「しかし廃村ね……妖怪に襲われたりしたのかな」
小傘 「たまに居るのよねー。
    驚かすだけで満足しないで、人を食べちゃうお馬鹿な妖怪が」

 その点、私はゆーしゅーだから驚かすだけで満腹満足ー! と鼻高々な小傘さん。
 愛すべき馬鹿ものの頭を撫でて、廃村を歩いた。

中井出「おや」
小傘 「? おお、これ知ってる。ジゾウとかいうのよね」

 廃村の道の端に地蔵があった。
 ぽつんと存在するそれは、まるで村を見守るように置かれていた。
 が、見守るべき村はとっくに廃村。人の気配はなく、家の中などを調べた中井出が、生活の色が残っていた事実に頭を掻いた。
 やはり妖怪に襲われ全滅した村なのだ。

中井出「お地蔵さま。
    目の前で村が滅ぶ様を、黙ってみるしかないっていうのはどんな気分だった……?
    俺にはお地蔵様の気持ちは解らんけど、大切に思っていたなら悔しかろうなぁ」

 言って、手入れする人が居なかったからだろう。
 地蔵の体についた苔などを洗い落として、綺麗に磨いてからお供え物をした。

中井出「………」
地蔵 「………」
中井出「あのー、お地蔵さま? 言いたいことあったら言って?
    声聞こえるから、お願いごとあれば聞くよ?」
地蔵 「!?」

 地蔵がごとりと動いた。
 どうやら驚いたらしい。
 それどころか少しするとごとごとと揺れ動き、輝きに包まれると───なんと、地蔵が人間の少女の姿になるではないか。

中井出「ギャア! お地蔵さまが人の姿に!
    お、おのれぇお地蔵様を騙った変化だったとは! ───悪霊退散!!」

 どこから出したのか、数珠をじゃらりと構えた中井出。
 ……だったのだが、悪霊呼ばわりがよっぽどてっぺんに刺激を与えたのか、“喝っ!”の一言からありがたい説教が始まった。

地蔵 「まったくなにを言い出すかと思えば。私が悪霊? とんでもない侮辱です。
    私はこれでも地蔵として徳を高める身。
    確かに地蔵自身に人間に対して出来ることなどないでしょう。
    動けもしないしお供え物を受けて、願いを聞くだけです。
    しかしその願いを送り届けるという立派な仕事を持っているのです。
    それを、言いたいことを言うために人の姿をとってみれば悪霊などと。
    そう。あなたは少々相手への認識を早まりすぎている。
    今よりその癖を直すための説法を行います。静聴を」
中井出「い、いやあのあの……」
地蔵 「いいですか? そもそも───」

 説教が始まる。
 何故か正座をさせられた状態で。
 そろりと逃げようとした小傘まで捕まり、二人仲良く正座説教。

小傘 「あうぅ、なんで私まで───《ジュウウウ……!》ひゃああああ!!?
    浄化する! ありがたい説教で浄化するーーーーっ!!」
中井出「ひょっ!? 小傘!? 小傘ーーーっ!!
    お地蔵さんストップストップ! やめてとめてやめてとめてやめて!!」

 出会いはとてもやかましいものとなりました。
 そんなお地蔵さまのお名前は、四季映姫。
 地蔵として長年、何代もの村の様子を眺めてきた立派なベテランお地蔵らしい。
 しかしつい最近、別の地域から流れてきた妖怪たちに村が襲われ、当然動けもしないので危うくこのまま風化するところだったとか。

中井出「こうやって人になって移動すればよかったじゃない」
映姫 「その徳すらもがなかったのです。
    妖怪に襲われる人たちが出来るだけ死後にも迷わぬようにと願った結果、
    自分の徳のほぼを使い切ってしまいまして」
中井出「おおう立派」
映姫 「この姿になれたのも、あなたが私に対して敬意を払ってくれた結果です。
    感謝します。……ええと、失礼。まだ名前を伺っておりませんでした」
中井出「俺は中井出博光だし呼ぶ時はさん付けでいい
    職業は平凡な人の血肉で出来た不死人で名実ともに唯一ぬにの凡人
    遊び人だから喧嘩も弱いし体力もすぐ無くなるから一瞬で瞬殺さるる
    あと自慢じゃないが仲間と一緒にいる時“雑魚の最高実力者”と言われたことも」
映姫 「名前以外は訊いていません」
中井出「感謝された時点でいろいろ知りたがっていたのは証明されたな
    本当に知識が欲しいやつは知識を口で説明しないからな
    口で説明するくらいなら俺は牙をむくだろうな」
映姫 「言っている意味が解りません」
中井出「まあ冗談です。名前でしたね。そのまま中井出博光でOKです。
    感謝も別にいいですよ。お地蔵さんとか結構大事にするほうなので」

 もちろん、内側の晦悠介の意志の影響である。

映姫 「良い心掛けです」
中井出「や、タオルで全身隠してる幼女に言われても」
映姫 「じっ……地蔵に服装のなにを期待しているのですかあなたは!」
中井出「口調からしてこ〜んな格好」

 顔を真っ赤にしてぷんすか怒った幼女に、シュパーンと服を着させる。
 機能性重視。温度に反応して、着るものにとって丁度いい温度に変化する不思議な服。
 トドメに頭の上に笠を被せてやると、中井出は目を輝かせて「うむ!」と頷いた。

中井出「地蔵といえば笠でしょう!」
映姫 「そうなのですか。意味までは解りませんが厚意は素直に受け取ります。感謝を」
中井出「いえいえ」

 綺麗な会釈に会釈を返しながら、中井出は頭の中では少々思うところがあった。
 今まで話して来たタイプとは少々違う。
 長い“時代”を生きてきた自分にとって、こういうタイプは珍しい。
 神とも人とも妖怪とも違った、今までにないタイプの……波長、というべきか。
 分析してみれば、絶対に人とは絡まりあったりしない、不思議なタイプのものだった。
 ぞれが地蔵だからなのかどうかは解らない。

中井出「映姫ちゃん、全てを公平な目で見るのとか、得意そうだね」
映姫 「贔屓をしては地蔵などやっていられません。
    真剣に願う者の願いを受け止めることが地蔵の役目なのですから。
    そこに例外を作っては、象り、魂を吹き込んでくれた人々に面目が立ちません。
    目に見えない寄りかかりの信仰だとしても、
    信仰を贈るべき先が架空の菩薩なのだとしても、
    そこにあると信じて贈り続けた先に何も出来ないということはありません。
    現に私はこうして魂のカタチまでをも持っています。
    信じるからこそ形作られることなど、人の中にもたくさんあるでしょう」
中井出「そだね。つーか、人ってそれの連続だしね。
    きっとこうなる筈だから信じてこうしよう、ってやって成功する。
    それが基盤になって次々と新しいものが開発される。
    そりゃ、信じてりゃあものにだって魂が宿るさ」

 ただし、弥勒菩薩はいなかったけどね。
 そう呟いて、自嘲気味に笑う。

中井出「でもその波長、人には嫌われるよ?」
映姫 「公平でいようとするならば仕方のないことでしょう。
    というか、地蔵である限り、願う人しか私の前には訪れません。
    そこに好き嫌いなどは存在しないでしょう。
    “願うか、願わないか”。それのみです」
中井出「うす。ではこうしよう」

 パムと手を叩き合わせる。
 そうしてから自分の手を賢者の石を通して見下ろして、回路の一部をいじくる。

映姫 「? なにを?」
中井出「全ての世界の回路の方向性を、
    順応の回路とともに映姫ちゃんの波長に合うようにしました」
映姫 「その行為の必要性は何処に? あなたは今とても無駄なことをしました」
中井出「お黙り地蔵この野郎。俺がやりたいことを無駄と勝手に決めないでもらおう。
    キミが公平でいようがどうしようがきみの勝手。
    俺がきみが居るところまで歩いていこうがどうしようが俺の勝手。
    勝手同士、必要性に縛られる意味なんざないってことでいいじゃない。
    大体、俺不老不死だから、どうやったって公平になんか扱えないって。
    それでもまだ頑固を貫くのならこの一言をあなたに届けましょう」
映姫 「なんでしょう」
中井出「お前には出来ないかもしれない《にこり》」

 もったいつけておいて、ダブルハードの真似だった。
 しかし早速回路の効果があったのか、何事にも流されない波長を持つはずの彼女の頭にカツーンとくるなにかがあった。

映姫 「私には出来ないと。あなたはそういいましたね?」
中井出「おっと間違えるな。出来ないかもしれない、だ。
    ダブルハードはあの奇妙に自信がないところに魅力があるんだ」
映姫 「白黒はっきりするべきでしょう。何故そうまで自信がないのです」
中井出「ダブルハードだからだ」
映姫 「言葉の意味を要求します。そう、あなたは少々適当すぎる」
中井出「じゃあ問題。今この場には何人居ます?」
映姫 「3人でしょう」
中井出「やったな小傘! 忘れられてなかったぞ!」
小傘 「話しかけないで……集中してないと浄化される……」
中井出「元気をおだし」

 白黒はっきりとつけられた上での三人状態。
 話に参加できない小傘は、中井出の背でぐったりしていた。
 仮にも神という名前がついたお化けなのに、なんと悲しいザマであろうか。

中井出「まあそんなわけさ。一人くらいカツーンとくるような相手が居てもいいでしょ。
    それじゃ、村がありそうな場所まで歩きますか」
小傘 「うう、そしたらまず私が驚かして……」
映姫 「待ちなさい。何も悪くない相手を無遠慮に驚かすことは捨て置けません。
    そういった行為を続けるつもりならば、私も考えさせてもらいます。
    大体にして私利私欲に動き人に迷惑をかけるとは何事か。
    そう、あなたは少々───」
小傘 「《ジュウウウ》きあーーーーっ!!」
中井出「映姫ちゃんストップストップ! 説教中止! 小傘が浄化する!
    一応神様なのに説教で昇天しちゃう!」
映姫 「説教? 私は普通に話していただけですが」
中井出「会話が説教レベル!? あ、あー小傘? きみもう傘になってなさい。
    ただ傘をさしている分には映姫ちゃんも文句はあるまいて」
小傘 「な、納得の説得力……なのかなぁ」

 言いつつも傘に身を移し、中井出がそれを差す。
 日傘としても素敵な傘。一家にひとつ、小傘さん。

映姫「べつに傘を差すほどでもありません。たたむべきです」

 ふんすと鼻から溜め息を吐く映姫をよそに、中井出と小傘は小さく話し合う。
 そんな中で“驚かす”というキーワードを映姫が拾い、ぴくりと顔をしかめた。
 驚かす? もしかして私を? 馬鹿な。無駄なことを。
 即座に浮かんだのはそんなこと。
 公平を知る自分は慌てることがない。
 なにものにも流されず、染まらずを貫ける私だからこそ地蔵としてやっていられるのだ。
 そこまで然であるとして構えた彼女は、むしろ驚かせられるものなら驚かしてみろとばかりに口を結んだ。顔を少し持ち上げ、目は伏せ、口は猫口のように小さく結ばれている。
 見る人が見れば、拗ねた幼女のようにしか見えない。

中井出「映姫ちゃん」
映姫 「なにか?《ズキュゥウウウウン!!!》」
中井出「や、やった!」

 そんな、目を閉じていた彼女に声をかけた。
 それは……目を閉じながら歩いていた彼女の目を開かせるための言葉なだけだった……はずなのだが。踏み出された一歩が大変な結果を生んでしまった。
 目を開けた先でべろべろばー、と小傘とともに驚かすつもりであった中井出がしたポーズ。それは、べろりと出された小傘の舌に自ら身を差し出したという映姫に向けて贈る敬礼であった。

中井出「え、映姫ちゃんたら……まさかうぬがそこまで小傘を愛していたなんて」
映姫 「…………《モキリ》」

 ぬべちょ、と舌をどかした先には、コメカミに青筋を浮かせるお地蔵変化。
 対する小傘は人型に戻り、近くにあった雨の水溜りで口をすすぎ始めた。

映姫 「それはどういった嫌がらせですか」
中井出「きっと初めての愛情表現の一を映姫ちゃんに奪われてショックだったのだ!」

 そうは言うが、もちろんジョジョの真似である。
 泥水に見えるそれも中井出が創造したものであり、奇妙な信頼関係があるからこそ咄嗟に出来る行動だ。というよりそもそもファーストキスがどうのの考えがからかさお化けにはなかった。だって傘だもの。
 種明かしをするようにうがいをして、ぺっと吐き出せば綺麗なお口。
 ぽかんとする映姫を前にイエーとハイタッチをしてみせると……説教が始まった。

小傘 「《ジュウウウ!》きあーーーーーっ!!」
中井出「小傘ーーーーっ!!」

 こうして、妖怪と地蔵という、奇妙な旅のお供が出来たのでした。


───……。


 旅行けば。
 長い道を歩く中、自然を豊かにしたりマナの花を植えたり、種が出来ればマナと癒しの樹を植えたりを繰り返しながらの旅を続ける。
 身を置く場所を作っては、その場所に近い道に地蔵となって人の願いを受け取る映姫は、少なくなっていた徳を集める日々。
 小傘は夜の道端で中井出とともに人を驚かせ、日々をツヤツヤに生きていた。
 驚かされた人間は地蔵になんとかしてくれと願い、地蔵はそれを叶えるべく妖怪に説教。今日も彼女は体から浄化の煙をジュウウと立ち上らせて「きあーーー!」と叫んでいた。

小傘 「ううう……悲しいねぇ。朝から説教なんて、神も仏もありゃしない」
中井出「きみ、まがりなりにも神名乗ってるでしょーが」
小傘 「そうだった! やいお地蔵さま!
    私だって神様なんだから、神に説教なんてひどいことは───」
映姫 「まだ足りませんか。そうですか」
小傘 「いりませんごめんなさい!! ……うあーん博光ー!」
中井出「あぁはいはい泣かないの」

 力関係はこんな感じに収まっているらしい。
 どちらにしても小傘がへこたれない性格なので、説教されてもポジティブに受け止めては結局人を驚かせて腹を満たしている。
 結局のところ、映姫も小傘が人を驚かさなければ餓えてしまう妖怪だと知ってからは、根本は結局曲げはしなかったが、頷ける部分は受け取っていた。心臓の弱い人は驚かさないこととか、そういったところだ。
 そうなると人を選んでの驚かせになるわけで、人を驚かさなければひもじいだけの妖怪である小傘が空腹に苦しむ日も当然あった。

小傘 「大体妖怪とお地蔵さまが一緒に暮らすって、どこか間違ってると思うのよ」
中井出「そ? 別に気にしないでいいじゃないのさ。むしろきみ神だし」
小傘 「そうだった! やいお地蔵さま!」
映姫 「食事中は静かに」
小傘 「あ、はい《もぐもぐ》」

 とある村から少し外れた場所に月然力で建てた家は、地面から生えた木々がそのまま家となった不思議な場所。
 そこに住むに至り、この家には映姫も素直に感心していた。
 調整はしたものの、自然に生えたものなので木々を切り倒す必要もない。
 中はもちろん少々狭いが、三人が十分に住める広さだ。
 というより一人が置き傘で一人が地蔵なため、実際は中井出一人が住めれば問題ない。
 小傘が食べる人の恐怖も中井出が創造出来るので、本当にお腹が減った時は中井出に頼んで創造してもらっている。……恐怖おにぎりというらしい。米の一粒一粒に人に恐怖がぎっしり詰まっているので、小傘は目を輝かせながら咀嚼する。
 しかし食べ終えたときは決まっていうのだ。

小傘「人の驚く顔を見ながらじゃないと、おいしさも半減なのよね」

 そうなると明日から本気出すとばかりに張り切り、翌日は張り切り過ぎて説教が下る。
 そんなことを繰り返していると、次第に人の反応も薄くなっていき……

小傘「う、ううーーーっ! お腹が空いた! 恐怖がたべたい!」

 小傘が漂流教室の子供達のような顔で空腹を訴える日々が続くようになった。
 対して、映姫は“お地蔵さまがお願いを届けてくだすったんじゃあ”とばかりに徳をため、あっちを上げればこっちが下がる的な状況の勝者として君臨。

中井出「はいはい騒がないの。ほれ、この写真を見ながら恐怖おにぎりをお食べ」
小傘 「うう……《もぐもぐ》」

 驚く人間の写真を見ながらおにぎりを頬張る妖怪の図。
 こんなんでいいのだろうかと思いつつ、それでも少々満たされる自分に泣きたくなった。

中井出「そんなわけでえーきっき、
    そろそろここらじゃ小傘を恐怖する者が居なくなってきたから、
    場所を移ろうと思うんだ」
映姫 「住処を移すというのですか? 選り好みをしていては精進できません。
    今の方法で驚かせられないのなら、どこへ移ろうと同じことでしょう。
    そう。それはあなたがたの努力が足りぬ証拠と受け取れます」
中井出「驚かせ方に制限かけてる人が偉そうに言わない。
    それは小傘のわがままじゃなくてキミのわがままでしょうが」
映姫 「《がーーーん!!》……わ、が……まま……でしたか? わたし……」
中井出「だってこれが正しいって決めたら曲げないじゃない映姫ちゃんたら。
    これは決められていることだからって。
    正しいことが素晴らしくないっていうんじゃなくて、
    それだけしかしないんだったら、それしか許さないんだったら、きみ。
    人の成長なんて望めやしないのです。
    そう。あなたは少々おごりがすぎる」
映姫 「お、おご……り……? 私が……? ───《キリッ》いえ、それはありません。
    間違いを間違いだと指摘することは正しいことです」
中井出「誰かが間違わなきゃ拓けないものだってございましょう。
    いいですか? そもそも───」
映姫 「《ムッ》……人の真似はやめてください。そもそも───」

 そうして始まる説教対決。
 三人で居るには少々狭い自然の家にて、それは賑やかととれる声調で続けられ、

小傘「《ドヂュウウウウ!》きあーーーーーっ!!!」

 狭い部屋での逃れられない状況で、一人の付喪神が体から煙を出して苦しんでいた。


───……。


 世の中には説き伏せたくても説き伏せられない存在が居る。
 彼女がそれを知ったのは、とある馬鹿者に出会ってからだ。

中井出「そう、これが斬新」
小傘 「おお、これがザンシン」
映姫 「なにを作っているのですかなにをっ!」
中井出「なにって……アレだよお前。
    ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だよ」
小傘 「完成度高けーなオイ」
映姫 「人が地蔵として佇んでいる場所の隣になんてものをと言っているのです!」
中井出「わー、怒った怒ったオーコッター♪」
小傘 「小さい小さいお地蔵ちいさーい♪」
映姫 「ギ、ギイイイイーーーーーーッ!!!」

 説教をしても聞き入れない、聞き入れても懲りずにやる。
 そんな存在が二人、彼女とともに歩いている。
 波長を合わされてからというもの、不思議なもので中井出博光の取る行動に彼女は振り回されっぱなしだ。
 小傘相手ならばそんな気分は沸かない、というか振り回されても“そうですか”で切り上げて説教に移るだけ。だというのに、中井出相手では文句のひとつも言いたくなる。
 それが日々膨らみ、今では人を逆上させるダンスを踊られるとカチンときてしまう。
 感情で動くことは良しと思えない彼女にとって、それはとても不思議な感覚。

中井出「ひらけ!」
小傘 「えーきっきー!」
映姫 「喧嘩売ってんですかそうですかそこに座りなさい二人とも」
中井出「映姫ちゃんは卑怯だ! そうやって自分の土俵でしか闘わないつもりなんだろ!」
小傘 「ひきょーだひきょーだー!」
映姫 「む。いいでしょう。
    では公平を証明するため、あなた方はどんなことを願うのです。
    と、いいますかこれは戦いなのですか?」
中井出「驚かせ対決を要求する! そうこれは戦い!」
小傘 「わはははー! 何を隠そう私こそが妖怪驚かし四天王最強! 多々良小傘!」
中井出「そしてこの博光が四天王の面汚しよ! ……って、小傘小傘、きみ神さま」
小傘 「はっ! そういえば私、付喪神だった!」
中井出「忘れてたの!?」
映姫 「待ちなさい。驚かせの時点であなたがたに有利が働きます。公平ではありません」
中井出「ぬう! そ、そこに気づくとはやるではないか……!」
映姫 「どれだけ人を低く見てるんですかあなたは……」
中井出「コチコチの石頭さん」
小傘 「ジ・蔵」
映姫 「……説教を始めます」
中井出「よし行け小傘」
小傘 「ふははははー! 何度も浄化されそうになって耐性を作っていった私にとって、
    もはや地蔵の説教などただの言葉! 今こそ驚けうらめしやー!」

 きゃーうとノリノリで驚かしにかかるが、真正面からそんなことをされて驚く者なぞ居やしない。不意打ちならまだしも、堂々と驚かしにかかる存在に、映姫は溜め息を吐きつつも説教を開始した。

小傘 「《ジュウウウウ!》きあーーーーっ!!」
中井出「だめじゃないか!」

 しばらくそんな日々が続きました。

映姫 「はぁ、まったく」
中井出「楽しそうね」
映姫 「波長を合わせるのをやめてくれたら、
    もっと……いえ、のちのことなど今の私に白黒つける権利はありませんね。
    言ったことを撤回するつもりもない。少々思考が偏りすぎました」
中井出「楽しくない?」
映姫 「どちらかと問われれば、この感情は楽しいというものなのでしょう。
    ええ、黒です。そう、私は楽しんでいる」
中井出「いちいち堅苦しいのう。
    もそっとほれ、楽しさに埋没するつもりでタガを外してみればいいのに」
映姫 「徳を集めるものが何かを贔屓するなど有り得ぬことです。
    なにに対しても公平であれるからこそ、徳というのは得られるのですから。
    あなたは贔屓ばかりをする人をかけらでも信じることが出来ますか?」
中井出「状況によるね。僕を贔屓するなら考えんでもないって感じで」
映姫 「なるほど、信頼に信頼で応えるのは悪いことではありません。
    ……あなたのいう自分に向けられる贔屓とはつまり、そういうことでしょう?」
中井出「信頼しているかなんてわからんけどね。
    信用とか信頼とか、考えるのが面倒になった。
    裏切られなけりゃ裏切らない。そんな単純なことでいいじゃない」
小傘 「そうそう。信頼しなければ死ぬわけでもないんだし。
    もっと気楽に生きていけばいいのよ。
    世の中捨てたもんじゃない。私は捨てられたモノだけど!《どーーん!》」
中井出「おお! ナイスどや顔!」

 威張って言うことでもなかったが、二人はタシーンとハイタッチをしてから肩を組んで笑った。これで結構ノリが合っているらしい。

中井出「そんなわけでさあ行こう! 次の場所はきっと賑やかだぞう!」
映姫 「え……もうですか? まだここらに住む人の徳は───」
中井出「もう十分さ! それよりももっと別の地域に住まう人の悩みも聞こう!
    そうしてたくさんの人を願いを受け入れて、きみはビッグになるのさ!」
小傘 「おお! 変化以外にも出来るようになるの!?」
中井出「きっと地蔵という殻を破って、巨大なゴツイお方になるんだ。
    ほら、毘沙門天とかそんな感じの方向の」
小傘 「なんか強そうな名前ね!」
中井出「強いぞぅ! きっと目からビームも簡単に出せるんだ!」
映姫 「出せません」

 徳が高まるたびに、中井出は映姫の服を新調した。
 おめでとうをカタチにしたものらしい。
 最初こそ綺麗ではあったけれど村人が着ているものっぽい和服から、今や洋服のようなものへと変わっている。
 下穿きがズボンからスカートになった辺りで相当恥ずかしがっていた映姫だったが、今や慣れたものだ。
 そうこうして、その日も目標としていた部分まで徳を溜めると、中井出が新たなものを作ってみせた。徳が溜まるたびに服だけでなく、笠もこう……なんというかごーじゃす? になっていった。
 今や笠ではなく帽子と言えるものに変わったそれは、なんだか少々トゲトゲしている。
 装飾に金でも使っているのか、きらきらと輝くそれをぽふりと被せられ、少々戸惑う。

映姫 「あ、あの。これは?」
中井出「いや、映姫ちゃんにはこれがないと(と、内部の意思が言っていた)」

 フリルがついた帽子だ。
 トゲトゲというと鋭いイメージがあるが、開いた花のように伸びている金の装飾には、秤……天秤の絵が掘られている。
 紅と白のリボンもついていて、なんというか綺麗なだけではなく、好感が持てた。

中井出「紅は出生、白は死と別れを意味するという説があるとかねーとか、
    なんかもこたんと話している時にどこぞの神様が教えてくれたよ?」
映姫 「………」

 きょとんとしながらも頭の上の帽子に触れ、「……そうですか」と言う。
 特に喜ぶ様子もなく、目を閉じてフムーと息を吐いていた。

中井出「んむ」

 いつものことだ。
 プレゼントしてもこんな感じなので、すっかり慣れた中井出もそのまま歩き出す。
 ……全ての視線から外れた途端、彼女の口元が優しく緩んだことには気づかなかった。

小傘「───《にぃいこぉおおお……!!》」
映姫「!?」

 あくまで、中井出は。

小傘「博光ー!」
映姫「やめてくださいそれは困ります!」

 少女二人が駆け出したのはほぼ同時でした。
 不意打ち以外にも人は驚かせられると知った彼女は、映姫の反応で中井出を驚かせてやろうと、まるで悪ガキのような輝く瞳で。そうはさせまいと必死に止める映姫は真っ赤な顔で。
 互いにギャーギャーと取っ組み合いを始めた二人を見て、中井出は「おやおやすっかり仲良くなっちゃって」と近所のオヴァサマのようにやさしい目をしとったそうな。





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