03

 一ヶ月が過ぎた。
 現在の到達エリアは……一層のまま。
 まだ誰も一層をクリア出来ていないのだ。
 β版の勢いのままにクリアしようとしたベーターが何人か死んだらしい、という噂を耳にする。
 はじまりの街には黒鉄宮と呼ばれる宮殿があり、中には蘇生の間という、本来ならば力尽きたプレイヤーが復活するはずだった場所がある。
 そこには巨大な金属製の碑があり、全プレイヤーの名前が刻まれている。だが、既に何人かの名前が横線で消されていた。先に語ったテスターの名だった。

ナナシ「ほいさー! 今日の補給分じゃーい!」

 そんな中、ナナシは一層の奥まで突入して、手に入れたアイテムの分配を街の万屋でしていた。
 楽しむための世界で怯えるのはあんまりだ、ということがそもそも。
 楽しいを大事にする彼は、怯える皆にこの世界で生きる活力を与えている。
 分配するアイテムも回復系生産スキルが必要になる……いわば調合材料もそうであれば、武具なども作れる素材のものだ。といっても一層。まだ一層だ。
 作れる武具などタカが知れているが、困ったことにこの世界、武具に耐久度というものがある。敵を攻撃すればいずれ壊れてしまうそれを振り続けるわけにもいかず、ならば鍛えなおせばいいとして、一ヶ月皆でコツコツ溜めた金……コルで家を購入。そこを工房として、鎚を振るいたいと願う者を鍛冶屋などに任命。
 調理や調合屋などもその家に置き、一ヶ月ながら、徒党を組んだ人の凄さが見て取れる。……ただし、この家の者は我先にとビギナーを見捨てて、武器入手クエストを目指して駆けていったベーターを嫌っていた。

リズベット「いっつも悪いね、ナナシさん」
ナナシ  「さん付けはいいって。それよりどう? 鍛冶スキルは」
リズベット「約一万人相手のために鎚を振るってれば、
      じわじわとだろうと一日積もればなんとやら。
      積雪の恐ろしさを知る勢いってやつかなぁ」

 その分失敗もあるけど。
 リズベットという鍛冶職人の少女は冗談めかして笑った。
 ピンクの髪とそばかすが特徴の、元気な女の子だ。年の瀬は……まあ、アスナと似たり寄ったりだろうか。最初こそ地味な印象があったらしいのだが、アスナに捕まっていろいろとアバターをいじられたらしい。顔を変えることは出来ないが、髪型や色を変えられるのはオンラインゲームのある意味での特徴だろう。
 ナナシは黒髪だ。最初から決まっている色を変えることを嫌っている。あくまで自分だけの問題で。

リズベット「でもさ、ナナシさんならもう、一層目くらいクリア出来るんじゃないの?」
エギル  「嬢ちゃん、コトってのは焦れば大事なものを潰すもんだ。
      じっくり行くくらいが丁度いい」
リズベット「エギルさん」

 リズベットの言葉に対しての答えを唱えつつ、鍛冶工房の奥から出てきたのはチョコレート肌のスキンヘッド……エギルという男性だった。
 どっかのバーでバーテンでもやっているのが物凄く似合いそうなダンディー。

エギル「ようナナシ。今日もまた突っ込んできたのか」
ナナシ「やあエギル。今日も元気にハゲてるね」
エギル「人の元気さにハゲは関係ないだろう……それより、今日はどうするんだ?
    武器が必要なら適当に出すが」
ナナシ「武具の失敗作、まだある? あるならそれちょーだい。
    あと壊れそうだからって理由でプレイヤーが置いてった武具。
    ちゃんと使い切らないと武具に失礼だ」
エギル「あいよ。いつも通り全部の武器と防具でいいのか?」
ナナシ「うす。種類は選びませぬ。俺は武具を愛している。
    愛しているからこそ全てを最後まで使ってやるのです」

 死ぬのを恐れる他のプレイヤーは、これらを一切使わない。
 なのでゴミの山が増えるだけ……なのだが、ナナシはそれらを最後まで使い、折れた時に感謝を届ける。
 そんなことを続けていたら、いつの間にかスキル欄についていたものがある。
 “ファイナルストライク”。
 次の攻撃で壊れる武器や防具によるソードスキルやアーマースキルというべきか。
 武器の場合は攻撃力が跳ね上がり、防具の場合は防御力が跳ね上がる。
 どちらも次の攻撃にしか耐えられないため、その時だけはとても強い。
 砕ければ無防備なのは確かだが、防具の場合はほぼ絶対防御ととってもいいほど。
 ただし武器の場合は、使える状況が現在に偏る。
 耐久度がなくなる手前でなければ使えないという前提があるため、あとになればなるほどにレア度も値段も跳ね上がるであろう武器を、わざわざ壊れる手前まで追い詰める馬鹿は居ない。当然直してもらったりするだろうから、必然的に使用頻度は下がってくる。

リズベット「武具への愛かー。
      そういうのがあれば、あたしももっといいのが鍛てるようになるかなぁ」
ナナシ  「なれますとも。じゃ、武器ももらったことだし俺そろそろいくね。
      あ、これお勘定」
リズベット「お勘定って、また有り金全部? 回復アイテムとかあるの?」
ナナシ  「ドロップアイテムからいくつか貰ったから大丈夫。
      その金の分を他の客の分から引いてやっておくれ。
      そう……まるで病院でかかる費用が国によって引かれるような気分で」
エギル  「保険証扱いか、お前は」
ナナシ  「まあまあ。せっかくこうして生きてるんだし、
      気分よく生きていてほしいんだ。普通じゃ出来なかった体験って意味では、
      デスゲームでさえなければ楽しめたはずの世界なんだ。
      だから、楽しまないのは損だ。死んだ人は残念だけど、しゃーない」
エギル  「……そうか。無茶だけはしてくれるなよ」
ナナシ  「あいよー」

 手を振り、万屋カヤバゴロシを出る。
 茅場への憎しみが作った万屋だから、カヤバゴロシ。夢がいっぱい詰まった場所だ。

ナナシ「さてさて、これからどうするかね。やっぱりまた突入? それとも……おや?」

 これからの予定を立てようとしていた彼の前に、一人の少女。
 自分を見上げている12、3歳の少女を見下ろし、ハテと首を傾げた。

ナナシ「やあシリカ。壮健かい?」
シリカ「壮健です。おはようございます、ナナシさん」

 人懐こい笑顔を見せて、歩くナナシの隣につくシリカ。
 不安だらけの世界で、この男の傍は意外と落ち着くらしく、見つければ子供は大体近寄ってくる。

ナナシ「おはやう。もしかして今起きたところ?」
シリカ「はい。ナナシさんは……もしかして、また?」
ナナシ「今丁度、有り金全部とアイテムをカヤゴロ(略称)に預けてきたところ。
    代わりに打ち損ねた武器や武具をもらってきた」
シリカ「……そんなことしていると、いつか死んじゃいますよ?
    あたしたちはいろいろ教えてもらって、
    アイテムとかも安く買えて嬉しいですけど」
ナナシ「なにを仰るやら。あそこはみんなで金出して作った工房だ。
    苦労の分、みんなが得するのは当然のことであーる。
    なのでシリカも気にせずバンバン得するとヨロシ。
    管理はシンカーに任せてあるし、俺はアイテム回収する。
    武具も素材の成れの果てを使ってるから、
    お値段以上の活躍も得られる男、スパイダーマッ!」

 謎ポーズを取るナナシを前に、シリカは噴き出してからくすくすと笑った。
 元気なお兄ちゃんっぽい男なのだ、この馬鹿者は。
 少なくとも、彼をよく思っていないプレイヤーはあまり居ない。
 居るとすれば、冷静になってきた人たちの中の極僅か。
 上手く立ち回って、みんなからの信頼を受け取りやがって……と妬むやつらくらいだ。
 そんな彼らも結局はナナシ支援のカヤゴロで世話になっているのだからしょうもない。

シリカ「でも正直、シンカーさんが何をしてくれたのかなって思ってる人、多いです。
    この世界で初のギルド、
    “アインクラッド解放軍”は、やっぱりナナシさんがリーダーをするべきじゃ」
ナナシ「管理してくれてるじゃない。リーダーが居なければギルドは作れないんだし、
    俺はリーダーするつもりはないし。だからこれでいいの」

 アインクラッド解放軍。
 最初こそMTD……“MMOトゥディ”の略であるが、それにするかどうかを揉めた。それというのもシンカーという人物が現実世界でそういったMMOに関する攻略サイトの管理者をしていたので、サイト名をそのまま……という話に。
 しかし解放という言葉に同意したシンカーがその名義でギルド作成。
 現在、プレイヤーのほぼがそのギルドに入っている。

シリカ「みんな、ナナシさんにリーダーになってもらいたがってるのに……」
ナナシ「いいのいいの、俺のやり方って結構強引だから、ついてくる人には辛いし。
    自分の思い通りに動けないのがパーティープレイの辛いところなら、
    俺はむしろ一人で突っ込んで、死ぬ時も一人のほうがいいんだよ。
    誰にも迷惑かけずに死ねるからね」
シリカ「……。死んだら、いやです」
ナナシ「ほ? ぬっふっふっふっふぅ〜〜〜ふぅ〜〜〜っ♪」

 口を緩ませながらカズヤ笑い(木吉)。
 シリカの頭を撫でて、彼は移動を再開した。

ナナシ「死ぬつもりなんて最初から無いって。
    誰かさんはせいせいするだろうけど、アスナが泣きそうだし」
シリカ「アスナさん? たしか兄妹なんですよね?」
ナナシ「義理だけどね。まあともかくそんなわけだ。
    どれほど時間がかかろうとも、じっくりやってじっくり勝つ。
    そんなわけで俺、これから一層のボスの情報を集めに行くね?」
シリカ「えぇっ!? ちょっ───」

 言うや、ごしゃーと走り出す。
 いや、走り出したのだが、行動パターンを読まれていたのかシリカの方が速かった。
 咄嗟に服を掴まれ、阻止された。

ナナシ「なにをなさるの?」
シリカ「ボスなんて一人じゃ無理ですよ!」
ナナシ「いやしかし、それでは情報が。
    ほら、転移結晶もあるからいざとなれば逃げられるよ?」
シリカ「転移不可能エリアだったらどうするんですか!」
ナナシ「大丈夫大丈夫、β時代にもいろいろ調べたし、相違点がないかを調べるだけだ。
    ていうかね、もうこのエリア……フロアって言ったほうがいいのかな。
    ここじゃ、やることが無くなってきた。
    そろそろ上に行かないと、いい素材もなにもない。
    武具もこれ以上進化しないだろうし、これじゃあ皆様安心して狩りにも出れん。
    ならば余が! 今ここで!
    β時代に得た知識を見せ付けてやらねばなるまいて!」
シリカ「みんなで行けばいいじゃないですか!
    ほらっ、丁度昨日、一ヶ月経つからそろそろ一層を攻略しようって話が出て、
    広場で攻略会議っていうのをすることになったんですから!」
ナナシ「え? ほんと?」

 彼は子供のような仕草できょとんとした。
 ───その話は本当らしく、向かった先のトールバーナ噴水広場には結構な数のプレイヤーが集まっていた。結構な数、といっても死ぬかもしれない者たちは恐れて出てこない。
 レベルはここに集った者たちと同じでも、心の強さは人それぞれだ。

ディアベル「今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!
      俺の名前はディアベル! 職業は気持ち的に“ナイト”やってます!」

 ディアベルは冗談めかして言う。職業なんてものは特になく、自称する程度だ。
 鍛冶屋や調合屋なんかも似たようなものだろう。
 しかしその冗談はいい具合に集まった皆の緊張を解き、リラックスさせた。

ディアベル「ナナシが既にボス部屋を発見していることは皆知っていると思う。
      一層の奥まで行ったプレイヤーも居るはずだ。もちろん俺もそうだ。
      ……ここに来てからもう一ヶ月。そろそろみんなに、
      この世界からクリアするための勢いを見せなきゃいけないときだと思う。
      つまり───一層をクリアして、次の階へ向かう時が来たんだ!」

 蒼髪のイケメンが発する言葉に、皆が腕を振り上げ賛成する。
 口笛を吹く者も居て、ナナシは傍から見ていて“自分にゃこんなカリスマないわー……”と羨ましがっていた。
 そんなところへ「ちょお待ってんか、ナイトはん」なんて言葉が入る。
 見れば、階段状になっている噴水広場の端からとんとんと降りてくる剣士が。
 剣士といっても回避重視の軽い鎧を着た、サボテンのように尖った頭をした男だ。

キバオウ「わいはキバオウってもんやけど、
     ナイトはんの意見の前に言わせてもらいたいことがある。
     これ言ってからやないと、友達ごっこはでけへんな」

 突然現れたキバオウは、ディアベルの横で扇状の階段型の椅子に座る全員を見渡して言った。「こん中に、侘びィ入れなあかんヤツがおるはずや」と。

ナナシ「え? 俺?」
シリカ「なんでナナシさんが詫びいれるんですか!」

 言ってみたら睨まれてしまった。
 ちょっぴり理不尽だ。

キバオウ「おるんやろぉこん中にも! わいらビギナーを置いて、
     武器拾うためにクエストしに出てったやつらが!
     そんで何食わぬ顔して混ざりこんどる卑しいヤツが!
     そいつらに土下座させて、手に入れたアイテム渡してもらわな気ィ済まん!」
ナナシ 「え……なんで?」

 発言があまりにアレなので、彼はとことこと降りつつ訊ねてみた。
 周囲から「ナナシだ……」とか「来てたのか……」とか「お兄ちゃん!?」なんて言葉が……アレ? 今アスナ居た?

キバオウ「なんで、て……本来やったらナナシはんが一番文句言いたいはずやろ!
     普通やったら手に入れたもんは全部アンタのもんや!
     やけどアンタはわいらに無償で配ってくれたり気ィ使ってくれたり!」
ナナシ 「うん、手に入れたもんは全部そいつのもんでしょ。
     それをどう使おうが本人の勝手。俺は別に気にしてないし、
     それがそいつらにとっての生き延びる術ならそうするべきだって。
     そいつらが俺より生き方に利口で、俺が利口じゃないってだけだもの」
キバオウ「……アンタ、それでええんか!? そりゃわいらは助かっとる!
     けどアンタ、損しとるだけやんか!」
ナナシ 「文句など特に無し! やりたくてやっていることである!
     あ、あとそろそろ一層クリアしようって意見も賛成。
     ただ、茅場のことだからボスにこそ変更点を付けてる可能性が高い。
     そのことも踏まえて、まずは俺だけで様子見に行ってくるよ。
     変更点があればメモして戻ってくる。コロがせるようならコロがしてくるし」

 ニコリと笑って言うと、キバオウは呆れた存在を見つけた、とばかりに脱力。
 「アンタ……ほんまもんのアホウやで……」と言って、がっくりと項垂れてからクックと笑い出した。

キバオウ「そんで? 手に入れたラストアタックボーナスを独り占めーてか?」
ナナシ 「似合いそうな誰かにプレゼントするよ。目的はあくまでこの世界の攻略だし、
     武器とかだったら俺より上手く扱えるやつは居るでしょ。
     そんなわけだからディアベルさん、攻略はもうちょい待っててくれ」

 ちらりとディアベルを見て言うと、少々の戸惑い。
 予定と食い違いがあったからか、ちょっと待ってほしいと言ってきた。

ディアベル「それは危険だろう。
      元々ナナシが焦らずじっくりとと言って出来たギルドだ。
      その言いだしっぺが一人で無茶をするのは、見過ごせない」

 その言葉は実に道理だ。
 すかさず賛成の意を、手をあげつつも示したのは……シリカとアスナだった。

ナナシ「いや……きみらねぇ」
アスナ「大体おにいっ……兄さんは無茶しすぎなのよ! いつもいつもいつも!」
シリカ「そうですよ! この間だって戦闘中に鎧が壊されて、
    危うく死んじゃうところだったじゃないですか!」
ナナシ「ギャア馬鹿! アスナの前でそれは秘密だって───」
アスナ「───兄さん? 今の話、本当なの?」
ナナシ「うそじゃ《どーーーん!》」
アスナ「兄ぃいいいいさんっ!!!」
ナナシ「キャーーーッ!? か、堪忍やーーーっ! 仕方なかったんやーーーーっ!!」

 特効補給野郎ナナシはシスコンである。それは全プレイヤーが知るところ。
 しかも少年少女に慕われまくっていることからロリコンショタコンであるとも言われ、その集団がロリコニアとか呼ばれているのを彼は知らない。

……。

 さて。
 アスナから逃げ出した彼は何故か一日見つからず、翌日の朝には戻ってきた。
 戻ってきた彼が提供した情報は……ボスであるイルファング・ザ・コボルド・ロードのものだった。

ディアベル「本当に行ってきたのか!?」
ナナシ  「おうさ! まだコロがしてない!
      ちなみにHPを減らしていったら武器を変更するところまでは一緒だった」
ディアベル「……、それじゃあ、別の変更点は?」
ナナシ  「変える武器が変わってたこと。
      普通なら巨大な骨斧からタルワールに変更するはずが、
      巨大なカタナ……野太刀に変わってた。
      ひでぇよあれ、見た目はタルワールなのに、
      チェンジするために掴むと刀に変化しやがった」
ディアベル「見た目まで変えられるというのか……それは厄介だな。他には?」
ナナシ  「え? HP1ドットまで減らしてみても特に変化無し。
      飽きるまで、無限に沸いてくるコボルトセンチネルをコロがしまくって、
      経験値とコルとドロップアイテム集めてた」
総員   『殺してこいよ!!』

 当然のごとく全員がツッコんだ。

ナナシ  「えぇっ!? だってみんなでやるってディアベルが言ったから!」
ディアベル「うぐっ……し、しかしそういう時はもういっそ倒すべきじゃないか!?」
ナナシ  「んーなこと言ったって……きみ。
      この討伐隊のリーダーに自分がなろうと思ったのって、
      自分がラストアタックボーナス……LAが欲しかったからでしょ?」
ディアベル「!? なっ……!?」
キバオウ 「な、なに言うとんのやナナシはん! そりゃ言いがかりってもんで───」
ナナシ  「なんでそこでキバオウさんが庇うの? もしかしてグル?」
キバオウ 「───!《ハッ》」

 噴水広場で再び開かれた攻略会議の場は、一気にしんと静まった。
 それを見ていた黒髪の少年が何かを言いたげにしていたが、結局はなにも言わない。

ナナシ「まあ、LA欲しがるのなんてみんな同じだよ。そうギクリとならんと。
    むしろそういうのの最初ってさ、
    みんなで倒して団結力高めたほうがいいじゃない。
    それにみんな、まだボスの姿とか見てないでしょ?
    威圧感とか感じておいたほうがいいよ、絶対。じゃないとこの先は危険だ」

 ナナシの言葉に、倒しとけよーと文句を垂れていた者たちがごくりと喉を鳴らす。
 それは、たしかにそうだ。まだ一層目のボスなのだ。
 弱いうちにどれほどのものかを見ておくのは得策以外のなにものでもない。
 そんな納得の中で、ナナシはとことこと歩き出す。
 カヤゴロで入手品を分配するためだった。

……。

 噴水広場から離れた通りで、彼は黒髪の少年に呼び止められた。

キリト「なぁナナシ。あんた、それでいいのか?」
ナナシ「大丈夫だ、問題ない」

 問われたことなど一度や二度じゃない。
 ソロプレイヤーでありβテスターでもある彼、キリトはナナシの生き方に疑問を抱いていた。全てを自分のものにして、一人で行ったほうが効率は確実にいいはずなのにと。

ナナシ「こうして地道に死者を出さずに茅場の陰謀を砕く。最高じゃないか。
    まあ確かにボスは倒しちゃってもよかったかもだけど、
    みんなで倒せば達成感もみんなのものでしょ。
    ボス戦に慣れさせるって意味でもあるし、敵が使うスキルも公開した。
    動作からなにから全部ね。攻撃パターンも見切ってきたし、これでOK」
キリト「いっそ敵が哀れだよ。で、本当にLA要らないのか?」
ナナシ「俺が取ったら、似合いそうな誰かにやるだけだもの。
    まあ、層を上がるごとに皆様には頑張ってもらうさ。
    俺は初心者育成のために頑張る。慣れてきたら、みんなが勝手に俺から離れる」
キリト「……それもそうだな。なんか、簡単に想像出来たよ」
ナナシ「でしょ? それよりキリト、アスナは? 確かあぶれてコンビ組んでたよね?」

 そう。
 キリトはディアベルの攻略会議の中、「それじゃあ6人で一組のパーティを作ってくれ」という言葉に戦慄を覚えた。なにせソロプレイヤーなのだ、人との交流はとことんなかった。
 彼が序盤に教えていた相手……クラインも別の誰かと組んでしまっていたし、じゃあ……と見渡した先にアスナ。フードを深く被っていたから解らなかったが、組んでみたら女だった。そんな結果。
 なんでも容姿がいいからとか、SAOでも珍しい女性プレイヤーだからといった理由で誘われまくって、嫌気がさしていたからといった理由のフードらしい。
 その横では既にアスナとパーティーを組んでいたシリカとリズベットが居て、その横にはエギル。鍛冶屋組も戦闘参加ということで、腕が鳴ると喜んでいた。

キリト「鍛冶屋組のレベルに驚かされた。ずっと武器作ってたわけじゃなかったんだな」
ナナシ「仕方ないでしょ、特殊金属を手に入れるには、
    そういった採取能力とか鑑定眼を持っているやつがいかないとダメなんだ。
    だから連れて行った先で死なないように、強制レベル上げ地獄。
    俺がボコって、トドメはあっちって感じで卑劣なレベル上げの始まりだ」
キリト「……道理で」
ナナシ「しかし、きみもいい加減ベーターだってことくらい話したほうがよくない?
    あとになればなるほど、目が厳しくなるよ?」
キリト「……へ? し、知ってたのか?」

 キリトは驚いた。
 確かにβ時代と同じ名前だが、合う人遭う人、いちいち名前なんて覚えてないだろうにと。そもそも確かに自分は抽選で選ばれた中では廃人レベル……レベリングさえ満足に知らないテスターの中でも異常な速度で攻略を続けていた。
 多少は有名になれたかもしれないが、それでもあいつが居た。
 ジークフリード。
 SAOβ時代の生きる伝説。
 開発者がプレイしていただけなんじゃないかって噂が出るくらいに、むしろそっちのほうが真実味があるくらいに異常な攻略をした人物だ。
 姿を二度ほど見たことがあったが、それはもう目が奪われるほどの立派な武器を装備していた。大人二人を縦に並べたくらいの巨大長剣に、鎧は白と黒が混ざったもの。顔は装備に隠れて見えなかったが、アバターだろうから見えても意味がない。

ナナシ「まあ……俺もベーターだったし、速攻攻略ソロプレイヤーのキリトの話はね」
キリト「ナナシはコンバートしなかったのか? ナナシなんて名前、初めて見た」
ナナシ「スタッフの手違いなのか、コンバートしたかったけどデータが消えてた。
    まあ、今の自分に満足してるし、これはこれでね」
キリト「データが消えてた? え、だってお前、マップとかアイテムとか」
ナナシ「手動で打ち込んだ!」
キリト「自力マッピング!? おいおい大丈夫なのかそれ!」
ナナシ「配った情報と照合してみ? 全然間違ってないから」
キリト「あ───そうだった」

 それは他のベーターとの照合で確認済み。
 マップ内で新しく増えているところは“要注意”と印をつけて、第一層はコンプリート済み。ただし隠し扉などが存在する可能性もあるとして、油断はならないよう言ってある。
 ジークフリード時代では偶然βテスターとして選ばれ、一度はやってみたかったβ時点での完全攻略を狙った彼だが……辿り着く前に終わった。
 ステータスは変えようがなかったものの、武具という最高の強化アイテムを持っていた彼は一層一層を虱潰しに探索しながら上を目指した。
 結果が75層。
 ザ・スカルリーパーというボスとタイマンしている最中にゲームは終了。
 様々な場面で管理者側から調整が入ったものの、“機械は彼の味方”だった。
 器詠の理力で味方になったシステムはそれらの修正情報のカタチを変化させた状態で管理者に送り、問題はないという理解をさせていた。
 にも係わらず50層だの70層だのとどんどん上っていくその馬鹿者に異常を感じて修正、また誤認を繰り返して75層。その先は知らない。

キリト「そもそも違ってたらβテスターから苦情が飛ぶもんな。
    むしろよく覚えてられるなってくらいの出来だ」
ナナシ「それくらいしか特技がないもんで。じゃ、俺もう行くね?」
キリト「攻略戦には出るのか?」
ナナシ「出るけどザココロがしに参加するくらいかな。みんなの努力が勝利を掴んだ!
    って感じになることを期待してる。じゃーね」

 手を振って別れた。
 その日は一時解散となり……翌日、塔へ出発。
 森を抜けて迷宮区へ到着、慎重にレベルを上げたためか苦もなく一層最上階まで辿り着くと、その奥に巨大な扉があった。
 辿り着くや、リーダーであるディアベルが床に剣を突き立て、拳をギュッと握る。
 皆に振り向き、何も言わずにこくりと頷いて。
 勝とうぜ、と鼓舞するのは簡単だが、モンスターはシャウトなどにも反応して襲ってくることがある。先はボスの間だというのに、わざわざ呼び寄せてしまう理由はない。
 だから扉を開けると同時に、突撃命令として叫んだ。

ディアベル「いくぞ!」

 一斉に走るプレイヤー達。
 それぞれが一層時点では高レベル、現時点での最高装備を手に、ボスの間へ雪崩れ込んだ。連携を第一に鍛えられた人々は、輪を乱すことなく列を成し、各々が武器を構えて待機する。
 直後に、奥の奥に存在する玉座に座っていたコボルド王が跳躍。
 巨体に見合わぬ……いや、見合うからこその跳躍で、呆れた距離をひとっとびで詰めてきた。

コボルド王『ヴフォォオウウウッ!!!』

 片手斧と盾、頭に兜をつけただけの、あとは他のコボルドとはさして変わらぬ装備のソレは、しかしコボルドとは比べ物にならないほどの巨躯を揺らし、咆哮した。
 薄暗かったボス部屋も、踏み込んだ途端に明かりに包まれ、明るくなった途端に目の前に巨大な生物。驚くなというほうが無理であり、プレイヤーの多くは心に要らない焦りを生んだ。
 だが、βテストで幾度か見ている者は違う。
 ディアベルはリーダーとしての意地というカタチで勇気を見せ付けるように声を張り上げ、怯えるパーティに喝を入れた。

ディアベル「攻撃開始ぃいいいっ!」

 その言葉に肩を震わせ、“今は戦闘中である”と意識するプレイヤーたちは、死にたくないという気持ちから武器を強く強く握る。
 そうだ、止まるな、動き続けろ。
 己に喝を入れ、一人が駆け出せば全員が駆け出していた。

コボルド王『ゴォオオオオオッ!!』

 対するコボルド王……イルファング・ザ・コボルドロードの周りには三つの光が現れ、そこにルイン・コボルドセンチネルと呼ばれるフルプレートに身を包んだコボルドが三体出現。
 走るプレイヤー目掛け、王とともに疾駆する。
 二メートルを軽く越える巨躯が床を揺らして迫る恐怖は初めてのものであり、前列を担当するA隊とB隊は息も詰まる思いだ。だが、だからといって臆して動作が遅れれば死ぬだけ。
 やることは一つ。情報通りに動き、極力命を大事に、しかし自分がすべきことをしっかりとすること。
 A隊とB隊は盾役……タンクと呼ばれる、前に立って敵の攻撃をきっちりガードする役割を持つ。攻撃が放たれればそこに隙が生まれ、きっちりガードしてからC隊D隊がスイッチ、攻撃に入り、その硬直を再びスイッチした盾役が担い、敵の攻撃を防ぐ。
 よって防具は攻撃力を捨てた防御力重視のものになっており、重さの所為か動きも遅い。耐久度も気にしなければいけないために、武具の耐久を上げる鍛え方をするので余計に防具は重くなるのだが、ソロでは致命的なそれもパーティならば問題ない。

A隊『スイッチ!』

 叫ぶや、ハンドアックス……骨を削って作った巨大斧を振り切ったイルファングに、一斉攻撃が開始される。
 ディアベルらC隊と、それに続くD隊らが駆け、見た目では相当酷い状況なのだが、一斉にソードスキルを解放。一気にイルファングのHPゲージが減ってゆき、四本あるうちの一本がみるみる緑から黄色へと変わってゆく。

ディアベル「スイッチ!」

 ソードスキルの技後硬直を狙われぬよう、すぐに叫ぶと後ろで待機していたB隊が前に出て、イルファングの攻撃を防ぐ。その隙に最初に攻撃をガードしたA隊が回復を済ませ、再び盾を構えてスイッチの瞬間を待つ。
 残りの隊はひたすらに出てくるコボルドセンチネルのターゲットを担い、それらを潰してゆく。

キリト「スイッチ!」
アスナ「はぁああああっ!!」

 キリトがセンチネルの攻撃を跳ね上げ、センチネルが仰け反ったところへアスナのソードスキル“リニアー”が貫く。
 硬い甲冑に覆われたセンチネルだが、鎧の隙間を穿たれてはたまらない。
 ドロップウェポンを強化してきたことも手伝って、センチネルは一撃でポリゴン屑と化して消え去った。

キリト「GJ」
アスナ「そっちも」

 言いながらも休む暇はない。
 襲い掛かってきたメイス装備のセンチネルの攻撃を、同じくメイス使いのリズベットが打ち返す。直後に「スイッチ!」と叫ぶと、そこへ潜り込んだシリカが仰け反るセンチネルの喉をソードスキルで切りつけ、技後硬直が消えると同時にもう一度普通に短剣を走らせた。それで、センチネルは砕ける。

リズベット「うぅんシリカちゃんGJっ! その調子っ!」
シリカ  「は、はいっ!」

 喜びも束の間だ。
 見れば敵はぼろぼろとこぼれるように現れては、王を助けようと駆けてゆくのだ。
 そのターゲットを取るために投擲武器でダメージを与え、こちらへ走らせる。

ナナシ「シングルゥウ……シュート!」

 シングルシュートと呼ばれる投擲スキルがそれだ。
 ナナシはジャベリンという投擲武器を投げつけ、王の間の上部の穴から飛び降りてきたセンチネルの喉を直接狙った。見事に貫かれたセンチネルはポップと同時にポリゴン片に。哀れだ。

キリト「お前本当に無茶苦茶だな」
ナナシ「伊達に無茶な潜り方しておりませんわい」

 一人で突入して一人で無茶することもあり、相手の行動パターンは分析済み。
 この世界では努力家として動く彼は、器詠の理力や順応の回路の力の後押しもあり、そういった行動を修めるのが速い。
 自然と人器という、己の体を最大限に活かす方法も体自体に染み付き、相手がどう動くのかも先読み出来るようになっていた。
 そこにきてこのレベルアップで能力が変わってくる世界だ。
 レベルにも後押しされれば、状況判断などは随分早く出来るようになっていた。
 一人で突っ込んでも“無事ではいられる”のはそういったものと、β版の知識があったからだ。
 持っている投槍はスクラップジャベリン。耐久度が壊滅的な槍だ。たった一撃で壊れる武器としても盾としても役立たずな一品。つまり普通のプレイヤーにとっては廃棄物。
 しかし彼が投げるとそれは投擲武器としての範疇を越えたダメージを叩き出した。
 なにせ、弱点である喉に当たらなくても敵が吹き飛ぶのだ。どうかしている。

キリト「こんな早くにユニークスキルを持つなんて、ほんとどうかしてる」
ナナシ「武具を愛すればこそさ!
    茅場は嫌いだけど、システムは愛されて作られたって思いたいね!」

 つまり、ファイナルストライクの恩恵。
 次の攻撃で壊れるものならば、呆れる威力や防御力を叩き出せるというものだ。
 その威力を以って、鎧の上からでもセンチネルを怯ませている。ターゲットを取るどころか、どっかーんと吹き飛んでゆく様は、センチネルが可哀相に思えるくらいだ。

キリト「ていうか投擲武器ってチャクラム以外は大体一回投げたら終わりだろ。
    耐久度なんて設定されてたか?」
ナナシ「武器に設定して、敵の攻撃をガード出来たりもするから一応。
    じゃなきゃみんな盾じゃなく投擲武器を装備するでしょーが。
    でも、そのお陰でこの威力」
キリト「反則だ」
ナナシ「そうでもないよ。盾にしたら砕けるだけで、防御力ゼロだもん。
    武器は攻撃で、盾はガードでしかファイナルストライクが発動しない」
キリト「それはいいな。羨む気持ちが少し同情に変わった」
ナナシ「ほっとけ」

 粗方片付くと、丁度イルファング・ザ・コボルドロードが武器をチェンジするために骨斧と盾……ヒーターシールドを投げているところだった。
 それを見るやディアベルが「下がれ! 俺が出る!」と指示を出す。
 敵HPバーは四本目……ラストで、既にレッドゲージだ。
 威力の高い攻撃ならば二、三発で倒せるというところ。
 一体感を感じさせるならば全員で突撃させるべき場面で、彼は前に出た。

キリト「───やっぱりLA狙いか!」
ナナシ「かっ───焦るな馬鹿野郎ぉおっ! 武器が野太刀だって解ってても、
    どんなソードスキルかをお前は見てねぇだろうがぁああっ!!」

 ナナシが叫ぶが、ディアベルはとっくにソードスキルの構えを取っていた。
 構えたからには放たなければ終わらない。
 とっくに防御は無理になっており、彼はシステムに動かされるままにイルファングに向けて駆けていた。
 そんな攻撃が空振りに終わる。
 イルファング・ザ・コボルドロードはディアベルのソードスキルを跳躍で躱すと、その動作のままに野太刀のソードスキルを解放。
 柱や天上を蹴り弾き、ディアベルの技後硬直を狙い、空からの強撃をディアベルに喰らわせた。

ディアベル「うあぁあああああっ!!!」

 技後硬直の隙だらけなところを狙われ、レベルも装備も万全であったディアベルのHPゲージが一気にレッドに変わる。
 だというのにイルファングはさらに攻撃を繰り出し───

キリト「ぉおおあぁああああああっ!!!」

 ───そこへ、キリトが駆け込み、片手剣突進技であるレイジスパイクで攻撃を相殺。

ナナシ「おぉおおりゃぁああああっ!!!」

 突き出されたままの野太刀をナナシが大剣で斬り上げ、イルファングを仰け反らせ。

アスナ「せぇええぁああああああっ!!!」
シリカ「やぁああああああああっ!!」

 アスナとシリカが巨躯を支える右足へとソードスキルを走らせ。

エギル  「肩膝が崩れたなら大人しく座ってやがれっ!」
リズベット「そういうことだからっ───大人しく正座ぁあああっ!!」

 エギルが両手斧を、リズベットがメイスをフルスウィングし、左足を攻撃。

キリト「これでぇえっ───終わりだぁああああああああっ!!!」

 体勢を崩したところへ、技後硬直から抜けたキリトが潜り込み、跳躍と同時に剣を一閃。大きく突き出た腹に刺さった、アニールブレードという“デスゲーム開始直後にビギナーをほうっておいてでも手に入れた武器”で切り裂いてゆき、トドメを刺した。

コボルド王『グギャァアォオオオッ!!!』

 赤ゲージさえもが消滅した王が眩い光を放ち、砕ける。
 ポリゴン片と化したそれを見て安堵したのは、この場に居る全員。
 ディアベルも深手を負ったものの無事であり、皆は勝利を喜んだ。
 ───そんな時だ。

キバオウ「ちょい待ちぃや!」

 喜ぶべき場面で、ディアベルを介抱しながら叫ぶ男が居た。キバオウだ。
 キバオウはキリトと、その手に持つ剣を見ながら舌打ちをし、罵声を放つ。

キバオウ「ジブン、なにしゃしゃり出てきとんねん!
     ジブンらの隊はわいらの隊のサポートをするだけの隊やったろうが!」

 呆れる言葉だ。
 出なければディアベルは間違い無く死んでいたというのに。

ナナシ 「頭大丈夫? 出なければディアベル死んでたけど?」
キバオウ「んなもんA隊らがすぐに盾に出れたわ! ジブンらが出る必要もなくなぁ!
     そんでちゃっかりLAだけとってヒーロー気取りかい!
     それに……ジブンのそれ、アニールブレードやろ。
     知らんとでも思ったか? それ、ホルンカで手に入る上等武器やろ。
     貰える数が決まっとる、β経験者でなければ取りこぼしてまう武器や」

 ざわりと攻略組全体がどよめく。
 その武器を持っている=自分たちをほっぽって、自分を優先するために武器に飛びついた最低ベータテスター。
 それを知ればこそ、パーティからの目は一瞬にして喜びから軽蔑へと変わった。

男   「な……なんだよそれ。
     そのくせいつの間にか戻ってきて、仲間面して一緒に居たのか?」
男   「見捨てたくせに……自分を優先させたくせに!」
キバオウ「恥ずかしくないんかジブン! 見捨てるなんてことしといて仲間に入って!
     大方一人で立ち向かうんが怖いから仲間に入ったんやろ! あぁ!?」
キリト 「………」
キバオウ「言いたいことあるならハッキリ言えや!
     今まで黙っとった分も合わせて、全部吐き出せや!
     手に入ったボーナスもその剣も金もアイテムも、全部出すなら許したる!」
ナナシ 「………《コリコリ》」

 話を聞いていたナナシは静かに頭を掻いた。
 頭の中で思うことなどひとつだ。“ああ、どこにでも居るんだな、こういうやつ”。
 何も言わないキリトに“恥知らずのベーター”だの“ナナシを見習え”だのの罵声が溢れる。せっかくの一体感が別の一体感に変わり、アスナは怯え、ナナシは呆れ、エギルは頭を掻き……シリカは何も出来ずに状況に戸惑っていた。

ナナシ「……俺ね、こういう場面で勝手に人の名前使うやつ、大嫌いなんだよね。
    誰々は優秀なのにお前はどうして。誰々ならこうしていた。誰々を見習え。
    ……反吐が出る。誰が比較しろって頼んだんだ」

 その言葉は、近くに居るキリト、アスナ、シリカ、エギル、リズベットにのみ届いた。
 すぐに罵声にかき消されたが、ちらりと見たナナシの顔は、明らかに怒っていた。

キリト「………」

 せっかくみんなでここまで来たのに。
 みんなで戦って、みんなで得た勝利だったのに、それがどんどん崩れてゆく。
 それは自分が我先にと武器を求めて走ったからか? 見捨てたくせに仲間に加わったからか? それとも、全員で突撃せずにLAを狙ったディアベルの所為か? ……キバオウの所為では間違い無くあるが。
 キリトは笑った。もうこれしかないと。
 せっかく手を取り合った人たちを仲間割れさせるわけにはいかない。
 誰かが悪役になってでも、みんなが手を取る場所を作らなきゃいけない。

キリト「ああそうだ。俺はβ経験者だ。
    けどな、そこいらに居るテスターたちと一緒にしないでもらいたいな」

 ざわりと、ボスの間がざわめく。
 キリトはゆっくりとした動作で、ラストアタックボーナスで手に入れた装備……コートオブミッドナイトを選び、装備変更をする。
 黒の装備に身を包んだ彼は、自身がβ時代にどういったプレイをしていたかを語り、敵の武器が野太刀であるからにはどういう攻撃方法をしてくるのかも語ってみせた。
 それを最初に言っておけば、ナナシの苦労も軽減、ディアベルも深手を負わなかったんじゃという推論が余計に場を怒りに染める。
 しかもそのカタナスキルというのを彼は遥か先の階層で見たということも伝えたため、ベーターどころじゃない、そんなのチートだと言う者までもが現れ……

キリト「ビーター。いい名前だなそれ。そうだ、俺はビーターだ」

 チートとベーターを合わせたような言葉を、彼は蔑称として受け入れた。
 ……これでいい。
 キリトはわざとその場の全員の怒りを逆撫でするような言葉を残し、二層に続く階段を昇ってゆく。
 その過程でパーティからも出て、自身を悪役にすることでギルドからも脱退。

ナナシ「おーいキリトー」
キリト「……なんだよ」

 そんな彼をなんでもない風に追いかけ、やあとばかりに手を軽く上げる男が一人。

ナナシ「俺もここ抜けるわ。人にイチャモンつけなきゃ気が済まないやつらとなんて、
    仲間ごっこしていたくねーし」

 ナナシだ。
 当然、場は余計に混乱。
 誰よりもまず先にβ時代の知識を教え、みんなを助けてくれた人物のまさかのギルド脱退宣言。驚くなというほうが無理だ。

キバオウ「なっ!? どういうこっちゃ!
     あんさんがここまでわいらを引っ張ってきたんやないか!」
ナナシ 「あのさぁキバオウよぅ。ベータテスターだからなに?
     先にいい武器見つけたからなに?
     結局はそいつも前に出て戦ってて、きちんとこうして攻略できてんだよ?
     何食わぬ顔で戻ってきて混ざろうが、
     じゃあその武器で先を切り開いてもらえばいいじゃないか。
     それをきみ、自分が文句言いたいからってねちねちねちねち……!」
キバオウ「う、せ、せやかて……」
ナナシ 「お前さ、もしその武器を求めて走ったやつが、
     みんなを助けようって思ったから、
     強い武器を手に入れようとしてたらどうするの?
     みんなのために走って、全力で戻ってきたやつを卑怯者呼ばわり?
     最悪だろそれ。あーそれから。ディアベル。あんたもベータテスターだろ。
     黙ってたって意味ならそいつだって同じだ」

 どよっ、と一気に動揺が広がる。
 ディアベルは驚愕に満ちた顔でナナシを見つめ、ナナシは溜め息を。

ナナシ 「ディアベルはこうして塔を攻略しようとしたから許せる? 違うね。
     そいつの目的は最初っからコボルド王のLAだ。
     βテスト時点で同じ名前で最前線攻略をしていたキリトを押さえつけるため、
     キバオウと組んでいろいろと企んでたのさ」
キバオウ「なななななに言うとんのやナナシはん! ななななんでわいがそないな!」
ナナシ 「普通さぁ、攻略会議で団結しようって時に口挟んで、
     しかもそれが仲間割れさせるような文句だった場合、
     ディアベルは止めなきゃいけない立場だった。なのに話を聞こう?
     ふざけんな、あの時しなきゃいけなかったのは仲間ごっこじゃねぇ。
     本気で協力し合って命がけで進んでいく“パーティ”ってもんだった。
     それをごっこ呼ばわりされて黙ってるリーダーだぞ?
     どうせ金でも動いてたんだろうさ」
キバオウ「っ……!」

 ギロリと睨まれ、たまらずキバオウは視線を逸らした。
 キリトは何も言わなかったが、早速人の黒さを見たといった気分になって俯く。

ナナシ 「そんなわけだから、俺はもうお前らとは攻略したくないわ。
     お前の言う通りだねぇキバオウ。仲間ごっこなんてしたくもなくなった。
     協力していこうって第一歩を金で動かすなんてくだらねぇことしやがって。
     βテスター? ビーター? 侘び入れなきゃいけねぇのはどっちだ」
キバオウ「くっ……ぐっ……!」
ナナシ 「そんじゃーね。はいパーティ解散」

 虚空に浮かぶタッチパネルシステムを操作。パーティの解散を選び、○ボタンを押す。
 それで彼はソロとなり、俯いているキリトの肩をポムと叩き、先に進んだ。

ナナシ  「じゃーね、ディアベル。
      きみが真剣にビギナーたちのことを考えてたのは解る。
      リーダーの条件として、LAが欲しかったのも頷ける。
      だからってテスターであることを黙ってたキリトが罵倒されてるのに、
      そこで何も言わずに黙ってたのはいかんわ」
ディアベル「……すまない。言おうと、何度も思った。けれど……」
ナナシ  「ん、解ってる。ていうかごめん、言いすぎた。
      俺もテスターだし、キリトが結構強引にLAばっか拾ってたのは知ってる。
      それを止めて、LAを取ってみんなの前に立ちたかったってのも解る。
      ……だから、これから頑張っていこう。俺達は俺達で頑張るから」

 それじゃーね、と手を振って歩きだす。
 すると、それを追ってくる数人が。

アスナ  「あ、ま、待って! わたしも!」
シリカ  「あたしも行きます!」
リズベット「……はぁ。さすがにあんなの見せられちゃったらなぁ……。
      イケメンさんの腹は黒いのが定番なのかぁ」
エギル  「そう腐るな嬢ちゃん。良い男ってのは探せば見つかるもんだ」
ナナシ  「そうだぞ。なにせエギルは全身が黒い。腹が黒いどころじゃないぞ」
エギル  「オレはもう既婚者だ!! 良い男がどうとか以前の問題だ!」
総員   『マジで!?』
エギル  「……お前ら。今度から鍛冶料金二割増しな」
総員   『ごめんなさいでしたぁあーーーっ!!』

 こうして……キリトは再びソロとして立ち、二層へ向かった。
 ……はずが、いつの間にかナナシ、アスナ、シリカ、リズベット、エギルの6人パーティーが再び結成されていた。



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