04

 そうして迎えた第二層。

キリト「なんで俺、お前と一緒に居るんだろ……」
ナナシ「はっはっは! 細かいことは気にしません!
    べつにキミがギルドを脱退しようが、配給はやめぬ!
    俺はギルドのためにやってたんじゃない! みんなが楽しむためにやっていた!
    なので文句を飛ばすヤツは容赦しませんあしからず!
    大体みんなで決め合ったでしょうが、
    合言葉は“我らがパーティに遠慮は無用!”だから俺も遠慮はせぬ!」

 キリトは仲間とともに第二層攻略を続けていた。
 端から端まで徹底的に調べ、得たものはカヤゴロへ届ける。各層には転移できる転移門というものがあり、有効化しておけば到達した層にならいつでも飛べるので、それを使って。
 きっちりと支援するのはβテストで行けた十層までだよーと言っておくのも忘れない。

キリト「ていうかお前! 壊れ物でどうしてそんな威力出せるんだよ!
    ユニークスキルなのは前に話して知ってるけど、にしたって異常だろ!」
ナナシ「これこれ、スキルのコトを訊くのはルール違反だよ?」
キリト「それでもおかしいだろそれ! 俺チートとかベーターとか散々言われて、
    今やビーター呼ばわりだけど、お前のほうがよっぽどじゃないか!」
ナナシ「失礼な。俺のもちゃんとしたスキルだ。ファイナルストライクっていう、
    次の攻撃や防御で壊れるものなら最大なる威力を発揮するスキル」
キリト「なんだそれ! 獲得条件は!? ───あー……教えるわけないか。
    けど、だからそんなに出来損ないの武器ばっか持ってるのか」
ナナシ「それもだけど、せっかく作ったのに失敗作だからで捨てるのは武器が可哀相だ。
    だから最後まで使う。これは譲れん。
    あと、スキルに関してはいつの間にかあった。
    一部で知られるユニークスキルってやつだな」
キリト「そりゃ知ってるけど……確かβ版でも噂されてたな。
    確かジークフリードのスキルで、黄竜剣ってのが……」

 ユニークスキル。
 極少数の、知られていない“とある条件”で入手できるエクストラスキル。
 得られる者が極僅かであり、β版でもジークフリード以外の噂は聞かなかった。
 というかそれ自体がゲームスキルではなかった。
 たまたまボス戦を繰り広げているジークフリードを目撃した者が、その金色の輝きに魅せられたところから噂が広まった。
 斬る瞬間に“黄竜剣!”と叫んでいたから間違い無い!と興奮しながら喋るそいつの言葉を、皆は一応は信じた……なので噂。あくまで噂。
 そもそも剣の熟練度を上げれば覚えられるかもしれない……と誰もが思ったが、その目撃した存在は“あんな巨大な剣、騎士用両手剣の中でも見たことがない”と言ったため、巨大長剣装備ってスキルがあるのかもと囁かれたのだ。

キリト「巨大長剣か……そんなの持てても、筋力が無ければ振るえないだろうな」
ナナシ「まぁねぇ」

 実際のところ、稀紅蒼剣ジークフリードは彼だけが持つことを許された反則剣。
 機械を味方につけているからこそ仮想世界だろうと持ってこれたものであり、どれだけ筋力があっても振れるものではない。敵など一人で倒せる反則性抜群な武器なため、STRもAGIもあまり意味はなかった。ただしHPまではどうにもならないので、ジークフリードとして走った時はレベル上げを優先させていた。
 さて。
 ともかく端から端を攻略して情報を残そうと決めた二人は、偵察隊としての役目を終え、アスナらパーティメンバーを引き連れてパーティで行動。
 一気に攻略にかかると、その調子でどんどんと先へ進んでいった。

アスナ「トーラス族?」
キリト「ああ。阻害効果……デバフって攻撃をしてくる敵だ」
エギル「阻害……麻痺とかの状態異状か」
ナナシ「ボスモンスターのハンマー振り下ろしには極力気をつけること。
    大地を円形に広がるスパークにまともに触れれば、最悪一発でスタンする。
    効果範囲ってのがあって、
    少々触れた程度ならスタンにもならないけど、蓄積はされるから」
キリト「……しかも、スタンしたり麻痺したやつにターゲットを絞るから、
    スタンならまだしも麻痺すればまず殺される」

 キリトの言葉に、ひう、とシリカの悲鳴が漏れた。
 対処法といえば、とにかく大げさでもいいからジャンプしてでも避けること。
 このゲームではジャンプすれば2メートル以上も飛べるのだから、そこまでの苦労はないはず。
 説明ののちに、辿り着いた先には……巨大トーラス族……牛男が。

キリト  「ナミング・インパクトっていう攻撃が麻痺効果が高い。
      大げさでもいいから、とにかくスパークは避けること」
リズベット「うう、不安だなぁ」
アスナ  「あ、でも今回は取り巻きみたいなの、いないのね」
ナナシ  「いやいやぁアスナくん? あれ、ただの取り巻きだからね?
      ボスであるバラン将軍はあれの二、三倍はデカい」
アスナ  「え゙っ」
シリカ  「えぇっ!? だだだって、あれっ、2.5メートルくらいはありますよ!?」
キリト  「いや、本当だ。ナト大佐……β時代の通称だけど、
      ナト・ザ・カーネルトーラスは前座みたいなもんだ。
      バラン・ザ・ジェネラルトーラス……通称バラン将軍には、
      俺も随分苦労させられたしな……」
ナナシ  「行動不能……スタン効果時間は3秒。ザコ相手なら短いもんだけど、
      ボス相手の3秒は泣きたくなるほど長い。“麻痺”はもっとだ。
      とにかく、絶対避けてね」

 言われたみんなはこくこくと何度も頷いた。
 そうして向かえるボスの間での戦。
 牛男……ナト大佐の大きさにシリカが泣きたくなるが、それでも覚悟を決めて短剣を構える。全員がそうして構えてから、戦闘は始まった。

ナト大佐『ブルゥウウウウウウオオオオオッ!!!』

 それ自体が攻撃であるかのように放たれる咆哮が耳を劈く。
 しかし耳を塞ぐよりも敵の攻撃を避けるのが先に決まっている。
 顔をしかめつつもバックステップしたエギルの前を、ナト大佐の巨大なハンマーが通り過ぎた。

エギル「はっ……迫力があるなんてもんじゃねぇぞ……!
    防御したってイチコロじゃないのか、こりゃ……!」

 それでも取り巻きモンスターであることに頭を抱えたくなる。
 で、なんとなく気配を感じて、奥側を見てみれば……居る。明らかにナト大佐の倍以上はある体躯で、黄金色の巨大ハンマーを持つ牛男が。
 シリカでなくとも「ひぃ」と言いたくなる大きさに、エギルは泣きたくなった。

キリト「スイッチ!」
ナナシ「あいよぉ!」

 そんな時でも冷静に、キリトとナナシはナト大佐の相手を務める。
 ソードスキルの技後硬直の隙を庇うために使うスイッチ、攻撃後に仲間が割って入る行動を繰り返し、荒ぶる牛男の猛攻を防いでゆく。

ナト大佐『ヴモォオオオオオッ!!!』
ナナシ 「オォオオオオオッ!! ───パリィ!」

 ナナシはこの時、武器である騎士用両手剣を仕舞い、耐久度が1の盾を装備。
 迫り来るハンマーを直撃寸前でファイナルストライク付加のパリィで流した。
 結果、速度や重さを無視して“システム上のルールで弾かれた”ナト大佐は大きく仰け反る。普通では無理な行動だが、ファイナルストライクだからこそ可能なエフェクトだ。無残に砕け散った盾を見送り、その隙に両手剣を再び装備。
 全員が一気にソードスキルを発動させ、ナト大佐はあっさりと死亡。
 直後に奥からバラン将軍がどごんどごんと巨体を揺らして襲い掛かってくるのを、メンバーは逃げ出したい気持ちを抱きながら迎えた。

エギル「巨大生物バトルってのは、他人に任せるから興奮出来るんだな……。
    これで、まだ自分の姿が自分で設定したアバターだったら笑えただろうに……」
キリト「言ってる場合じゃない! 解るけど!」

 攻撃が始まる。
 バラン将軍は出てくるやハンマーを地面に叩き付けた。
 黄色い円状のスパークが床を走り、皆は危うげなくそれを跳躍で躱す。

リズベット「ちょ、いきなりなんて聞いてないよ!」
アスナ  「避けたんだから文句言わな───」
キリト  「ばか油断するな! 二回目だ!」
アスナ  「えっ───」

 跳躍から下りる瞬間、牛男はもう一度ハンマーを持ち上げ、咆哮するのと同時に地面に叩き付けた。一撃目とは明らかに違う速度で走るスパーク。その大きさにアスナは目を白黒させ、その驚きが判断を鈍らせた。
 他の皆は着地と同時に跳躍。一歩遅れたアスナはスパークを直撃、スタン状態に。
 それを目ざとく睨んだバラン将軍は、すぐにアスナ目掛けてドスドスと歩き……

アスナ「あ……い、いや……いやぁあ……!」

 ぐおお、と唸りながら持ち上げられる巨大な足を見て、アスナは泣きそうになる。
 スタンプが来る。潰される。自身の死に方が頭に浮かぶ。
 3秒。たった3秒が長すぎる。
 動け動けと思っても動けず、ついに足は振り下ろされ───

ナナシ「ソードバァーーーシュッ!!」

 ベゴォン! という、大剣の腹での頭部強打により、それは防がれた。
 どうせ跳躍したのだ、攻撃しない手はない。
 わざわざ隣のアスナの傍まで歩いてきた将軍は、その隣で跳躍していた彼に思い切り殴られたわけだ。
 ……むしろ、そうでなければ彼女は死んでいたかもしれない。
 着地したナナシはすぐにアスナを抱きかかえてバックステップ。強打によって反対に3秒スタンになったバラン将軍が皆にボコられている隙に、震えるアスナに喝を入れた。

アスナ「あ……に、兄さん……」
ナナシ「おぉよしよし、怖かったろうね。……怖かったろうけど、今は前を向くんだ。
    なにもしないで潰されるのなんて、このナナシが許しません。
    ……ほんとはどうしてこんなことにーって泣きたいんだろうけどさ。
    気が狂うくらいまで泣き叫びたいだろうけどさ。
    結局、誰かがやらなきゃ進まないなら、
    他の誰もが自分が前にって進まないなら、自分たちで切り開くしかないわけだ」
アスナ「……うん」
ナナシ「これからもこんなことが起こるやもだが、冷静に分析して突っ込もう。
    敵からは目を逸らさない。仲間へのツッコミよりも、敵が大事。OK?」
アスナ「……うんっ」
ナナシ「ヨロシ! では戦闘再開!」

 アスナを立たせ、恐怖からか震える体を、背中をバシバシ叩くことで立ち直らせる。
 そうするとアスナはもうボスから目を離さなくなり、レイピアを構える姿も実に様になっていた。

ナナシ「よっしゃGO!」

 二人して走る。そんな中、妙に冷静になれたのか、アスナが気になることを呟いた。

アスナ「……あれ? でも、……ううん、まさか。でも」
ナナシ「?」
アスナ「兄さんっ! 一層のボスが王だったのに、
    二層目のボスが将軍なのは、ゲームではよくあることな───」

 言っている途中だった。
 バラン将軍のHPバーが黄色になった途端、ボス部屋の上空から巨大な黒い塊が降ってきたのだ。
 それが何かを確認した全員は口をあんぐり開けるほかなかった。
 バラン将軍よりも大きい、黒い牛男がそこには居たのだ。
 アステリオス・ザ・トーラスキング。
 トーラス族の王が、そこには居た。
 β版での推奨レベル以上のレベルは取ってあるが、それはあくまで相手がバラン将軍であった時の推奨レベル。
 このトーラスキング相手にその推奨レベルが通用するとは思えない。

ナナシ「全員麻痺回復用ポーション用意! すぐ使えるようにしといて!」

 スタンだの麻痺だののデバフを駆使してくる種族の王だ、それがないわけがない。
 全員準備は怠らず、ナナシとキリトが王を、アスナ、エギル、シリカ、リズベットがバラン将軍のターゲットを請け負った。

キリト「こんなやつ、βには居なかったぞ!?」
ナナシ「もちろん俺も初耳である! 行動パターンもまるっきり解らん!
    ていうか一人で来た時はこんなことなかったぞ!?
    HPも1ドットまで減らしたのに!」
キリト「……パーティ相手専用ボス? 素直に倒しておいてくれよナナシィイイッ!!」
ナナシ「正直すまんかったぁあああっ!!
    そして茅場ぁあああああっ!! てめぇ覚えてろよぉおおっ!!?」

 思わず叫んだ。
 直後にハンマーの攻撃。
 それを冷静に再びパリィし、砕ける盾を余所に大剣を装備。
 仰け反り判定でダメージが倍通る状況下の中、まずはキリトが足に一撃を、ナナシがチャージクラッシュを同じく足に叩き込み、転倒させる。

ナナシ&キリト『───!』

 その瞬間、ナナシとキリトは頷き合ってバラン将軍へと突貫。
 全員でバラン将軍を潰したのち、既に起き上がっていた王へと挑んだ。

キリト「推奨レベル通り、バラン将軍は倒せたが……」
エギル「……ナナシ。スクラップシールドは残りいくつだ」
ナナシ「2。つまりパリィも二回までだ。
    装備変更カーソルは常に次のスクラップシールドに合わせてあるから、
    連続攻撃されても二回までなら大丈夫」
キリト「いや、パリィされたら相手絶対に仰け反るから連続ってのはないだろ」
ナナシ「いや……これでもパリィとブレイカーにも熟練度があってね……。
    相手が仰け反るまで上げるのに、どれほどの盾や剣が犠牲になったか……」

 熟練度というものは上がり辛い。一回毎に装備品が壊れるスキルでは余計だ。
 それを、ボスさえ仰け反るほどに成長出来たのも、カヤゴロがあってこそだ。
 代償として、エギルとリズベットが鍛冶で大忙しだったのは言うまでもない。
 壊れそうな盾をプレイヤーから下取りして、それをナナシに譲るということも随分やった。そのお陰でこのパリィの威力だ。
 ブレイカー……剣側のファイナルストライクソードスキルも、同じ要領で威力を増している。この関係がなければ、成長はもっと困難だったわけだ。

キリト「しかし二層でこれね……。茅場はクリアさせる気があるのかどうか」
ナナシ「今なお続くツクールシリーズを思い浮かべてみるんだ。
    ネットで配布されているものの多くは、
    “俺の作ったゲーム難しいィイ!”ばかりを狙ったクソみたいなものばっかだ」
キリト「茅場も同様ってわけか」

 走る。
 叩きつけ以外はステップで躱し、懐に入っては肉薄状態のままに攻撃を続ける。
 巨体であるならば弱点は足元。
 しかしスタンプもあるので、モーションに気をつけなければ潰されるだけだ。
 足がどのように動いたかを見極め、ハンマーがどう動くかも見極め、上手に動かなければいけない。
 上手く誘導してハンマーで自分の足を強打させた時なんて、エギルと手を叩き合わせて「ッシャア!」と叫んだものだ。
 だが、そんな高揚も束の間。
 キングトーラスは息を吸うと、雷のブレスを吐き出してきた。
 首を振るうように、広範囲に。
 急な行動にリズベット、シリカ、ナナシが直撃。ナナシに庇われたアスナは無事だったが、雷の特殊効果で三人ともが麻痺状態になった。スタンどころではない阻害効果と、3経っても直らない状態異状に心が焦る。

ナナシ「くっ、ぐっ……!」

 麻痺とはいえ痺れているだけ。動こうと思えばジリジリとは動けるのがこのゲームのいいところ……なのだろうか。
 ともかくナナシは無理矢理体を動かすと、キリトとエギルとアスナがキングのターゲットをとってくれている間に麻痺回復ポーションを飲み込む。
 麻痺回復とはいっても緩和するだけだ。まともに動くには時間がかかる。
 それでも喋れるようになった口で、シリカとリズベットに麻痺回復ポーションを飲むように指示。というかむりやり動いて、ぷるぷると震えながらポーションを飲もうとする腕を支え、飲ませた。彼自身の歩く姿が、足の痺れにヒーヒー言いながら歩く姿だったのは忘れてやるべきだろう。
 しかし三人とも結局まともに動くことも出来ず、キリトらの戦いを見守りながら回復を待つしかなかった。

リズベット「……あの。ナナシ?」
ナナシ  「ホ? なんぞ?」
リズベット「あの……さ。ほら。前に密林近くで連続お使いイベント、あったじゃない」
ナナシ  「ああ、リズに任せたアレ?」
リズベット「うん。それなんだけど……実はその時、ここのボスの情報を聞いて……」
シリカ  「えぇっ!? ほんとですかリズさん!」
リズベット「あ、ああえっと、ほらっ、
      でも聞いた話と違ったから、嘘だったのかなって!
      あたしが聞いた情報だと、ブレス前には目が光って、
      頭の王冠を投擲武器で攻撃するとディレイするとかそういうので!
      なのに二体目……ナナシやキリトが言ってたバラン将軍は、
      王冠なんて被ってないし、ブレスも吐かないし!」
ナナシ  「アッチャァーーーッ!!」

 結論。
 きちんと話さなかったナナシやキリトやリズベットが悪かった。
 しかし攻略法が解れば十分だ。
 ナナシは投擲武器をインベントリから選ぶと、大きな釘のような武器を王冠目掛けて投げる。もちろん、ターゲットがこちらに向いてシリカやリズベットが巻き込まれないようによたよたと移動してから。
 それは、スイッチのタイミングごとエギルとキリトを潰そうとしていたキングトーラスの王冠に直撃。キングトーラスは大きく体勢を崩し、二人は死の覚悟から解放された。

ナナシ「弱点は王冠だ! 誰かが危なくなったら投擲武器で王冠を狙え!
    あとブレス前には目が光るそうだ! 気をつけろー!」

 言った途端、「知ってるなら先に言えぇえええっ!!」と三人からのツッコミが。
 リズベットは「ごめんなさぁああいぃいっ!」と謝るほかない。

キリト「エギル! モンスターへの鑑定とかは出来ないのか!?」
エギル「出来るか! それよりも光ったぞ! 気をつけろ!」
アスナ「───!」

 光る目はアスナを捉えていた。
 アスナはそれを確認するや、速度重視の身体能力を駆使して一気にキングの後ろへ回り込む。それをシステム上の動作でキングが追いかける最中、ブレスはとうに吐かれ……ハンマーを構えていたキング自身の腕を焼いた。

キング『《バヂィイイヂヂヂ!!》グオオオオオオオオッ!!!』
キリト「こいつ、ばかかもしれない」

 キリトが一人、呟いた。
 しかし隙を逃すことはせず、一気に攻撃を再開。
 ボスだからか、普通は一本のHPゲージが四本あるソレが、みるみる減ってゆく。
 一本、二本。
 やがて三本目のゲージが黄色になると、キングは風圧さえ出るほどの咆哮を発し、キリトらを怯ませ、下がらせた。
 咄嗟に様子を見ようと誰もがする……そんな中、そんな行動を待っていたかのようにキングは巨大なハンマーを振り上げる。
 またサークルデバフか、と油断したが、

リズベット「飛んじゃだめ! 防御! ううん、全力で離れて!!」

 リズベットの叫びに、誰もが“敵に背を向ける”という危険行為をしてまで離れた。
 直後、咆哮とともにハンマーは落とされ、地面だけではなく半球状の衝撃波としてそれは放たれた。跳躍していれば直撃。さらに、振り下ろされたあとのハンマーは半球の効果範囲内でフルスウィングされ、もし衝撃波に当たって麻痺していれば確実に殺されていた。

キリト「二層でこれって……俺達だけで来て正解だったかもな」
エギル「俺としては、とんでもないパーティに入っちまったって頭抱えたい気分だが」
アスナ「抜けてもいいわよ? ビターじゃないチョコレートさん?」
エギル「女にそんなこと言われて抜ける男が居るかよ」

 エギルが戦斧を握る。
 ボスのソードスキルが終わったらしく、キングは少しの間、技後硬直をしていた。

アスナ「兄さん、動ける?」
ナナシ「HPゲージ枠が点滅してる。もうちょいで治りそうだ。
    でもまあ、倒せるなら倒しちまえ」
アスナ「うん」
キリト「ところでナナシ、お前がバラン将軍と戦ってた時のことだけど。
    お前、一人でいったいどれだけの速さでバラン将軍を追い詰めた?」
ナナシ「ナト大佐をスクラップジャベリン投擲二発で黙らせて、
    次に来た将軍にパリィしてからスクラップジャベリン、追撃ブレイカー」
キリト「……なぁ。それってソロの時にキングが出てこなかったんじゃなくて、
    攻略が早すぎたから出てこなかっただけなんじゃないか……?」
ナナシ「………………てへっ♪」
キリト「ボス戦終わったら拳でデュエルしろてめぇ!!」
ナナシ「ア、アイムソーリー!? アイムソーリー!!」

 言うや、キリトが走り、エギルとアスナも走る。
 エギルは技後硬直中のキングの王冠目掛けて、ハンマーの振り下ろしによって砕けた石を拾って投擲。
 当たった途端に軽いディレイを起こしたキングに向かい、三人は一斉攻撃を仕掛けた。
 黄色いゲージが赤となり、ついに残り一本のゲージに差し掛かる。
 キングも反撃をするが、速度を生かして素早く動くアスナとキリトを捉えることは出来ず、その隙をエギルに穿たれる。
 そうしてじわじわと残り一本も緑から黄色、赤と変わり───再び咆哮とともにハンマーを振り上げた。
 三人は身の危険を感じて離れようとしたが、タイミングが悪かった。
 まさか攻撃してレッドゲージになった途端に使用されるとは思わなかったのだ。技後硬直が三人を包み、咆哮もまともに浴び、その至近距離での直撃がスタンを起こさせた。
 持ち上げられるハンマー。
 3秒の行動停止。
 耳障りな心臓の鼓動と、死への恐怖。
 やがて無慈悲に落とされたハンマーは、

ナナシ「さぁああああせるかぁああああっ!! ッ───パリィ!!」

 麻痺が解け、滑り込んできたナナシによって弾かれた。だが盾との衝突の瞬間に衝撃波が走り、周囲の皆を襲おうとするも、

ナナシ「クイックパリィ!!」

 スクラップシールドが砕けた瞬間、即座に持ち直した最後の盾でパリィを。
 ファイナルストライクの絶対防御が発動し、衝撃波を相殺してみせた。
 デモンズソウルやダークソウルでいうパリィのように、システム効果によって体勢を崩されたボスは、なにが起こったのかわからないままに───

ナナシ  「スイッチ───って言うまでもないか」
シリカ  「行きます!」
リズベット「追撃できたらよろしくね! てぇえやぁあああっ!!」

 シリカとリズベットの同時ソードスキルの前にさらに体勢を崩し、次に技後硬直が解けたキリトのソードスキルを受け、とうとう砕け散った。
 こうして……一層攻略から10日かからず、二層目突破に成功する。
 一層からの死者……ベータ時代の知識を活かして自分だけ生きようと突っ込んで死んだ者を抜けば、死者はゼロだった。





05

 二層目攻略から既に三ヶ月。
 とっくにナナシ支援は終了したかに思えたが、五十層以上に行ってもなお、それは続いていた。待っていれば支給されるそれらの素材を待って、勝手気侭に武器強化や装備を作るプレイヤーも現れ、前線に出ている人は随分と少ない。
 待っていれば勝手に攻略してくれるだろうとばかりに、下層でちまちまと遊んでいる者がほとんどだ。それを知ってもなお、ナナシは支援をやめない。今さら使わない素材もあり、売れば金になるだろうに、支援に回した。
 パーティは呆れるばかりだが、苦笑をこぼす程度で強くは言わなかった。
 ある意味で、この男のいいとことなのかもしれないと結論をつけたからだ。
 それはそれとして、5層あたりでシリカがレアモンスターであるフェザーリドラという小さなドラゴンの餌付けに成功。モンスターテイマーの称号を授かる。
 もちろん職業なんてものがないこの世界、呼ばれているだけで別に、そういう職につけたわけでもない。シリカはフェザーリドラにピナという自宅の猫と同じ名前をつけ、それはもう可愛がった。

ナナシ「ぬう、それにしてもテイミングか。何度も言うけど本当に成功するとはなぁ。
    シリカってば運がいいにもほどがある。
    俺なんて出会うモンスターの悉くに襲われてるよ」
シリカ「ナナシさんもやってみたらどうですか? 根気良くいけばいつかは……」
ナナシ「あーだめ、俺だめだわー、ないわー。
    なにせ攻略情報を作るために、モンスターコロがしまくってるもん。
    多分だけど、同種族を殺していないってものも条件に入ってるよ」
シリカ「あ……そうかもしれません」

 モンスターテイミング……魔物の餌付けはランダムイベントであり、モンスターと遭遇した際、極々稀にモンスターがプレイヤーに興味を持って近づいてくる、というイベントが起こる。
 それはシリカがたまたま新しく作ってもらった短剣の試し切りのため、一人でフィールドに出た先で起こった。
 とある森の中、レアモンスターであるフェザーリドラがシリカに興味を持ち、近づいてきたのだ。当のシリカは可愛いのがきゅいきゅい言いながら近づいてくるので、武器は出さずに……ナナシに作ってもらったナッツ菓子をあげてみた。するとたまたま好物だったらしく、テイミング完了。
 ともかく運が良かったのだ。
 ちなみに、真似してナナシがナッツを投げたらそれがモンスターの眼球に直撃。激怒したモンスターに襲われるといういつも通りの日常が展開されたことがある。

エギル「というかだなナナシ。お前はいつになったらカヤゴロへの補給をやめるんだ」
アスナ「そうそう、そうよ。あいつら今じゃ、戦わなくても補給されるって、
    敵を倒す手伝いさえしないんだから」
ナナシ「前線から離れて暮らすお子とかも居るんだし、仕方ないっしょ。
    ただしキバオウがなにかやらかしたらすぐに潰しに行く」
キリト「あぁ……あいつね」

 みんなからの印象はただの因縁サボテンヘッド。
 今も姑息な手段で楽して暮らしているそうだ。

リズベット「それぞれきちんと役に立っててくれれば言うことなしなんだけどね。
      まあ、わたしはようやく自分のお店も持てたし。
      苦労して溜めた甲斐があったーって感じかなぁ」

 リズベットさん。なんと鍛冶をしながら溜めた金……300万コルを使い、家を購入。
 48層の主街区、リンダースで買ったソレは、水車付きの家だった。
 内装に使う費用はナナシが出した。
 出世払いで絶対に払うからね! と笑って言った彼女は、それ以来結構忙しい。

リズベット「ごめん。もう前線には出られないかもしれないけど……」
ナナシ  「いいっていいって。その分我らが頑張って道を開くから。
      いい素材があったら持ってくるから、修理と強化とかよろしくね。
      あ、あとマスタースミスじゃないと取れない鉱石とかあるかもだから、
      その時には攫いに行きますゆえ」
リズベット「お金はもちろんきちんと払ってもらうからね?」
アスナ  「うわっ、ちゃっかりしてる……!」
リズベット「当たり前でしょー!? あんたら武器とか防具の消耗早すぎるのよ!
      エギルさんが居なくてあたしだけだったらって考えるとゾッとするほど!」
シリカ  「アスナさんのレイピア、よく折れますもんね……」
アスナ  「うっ……だって元々の耐久も高くないし、
      速さ重視で威力はそこまででもないから」

 連突の結果、すぐに壊れる。
 アスナは既に、その攻撃のあまりの速度から“閃光”の二つ名をいただいている。
 キリトは黒の装備を好むために“黒の剣士”の二つ名。
 シリカは“竜使いシリカ”。
 エギルは……チョコレート。(命名ナナシ)
 リズベットは鈍器オーダー。(命名ナナシ)
 で、肝心のナナシは……お人好しの馬鹿(命名パーティ全員)と“廃棄物”(スクラッパー)。
 廃棄するはずの武器を集めて戦うところから、そんな名前がついた。

リズベット「見てなさい……すぐにブラックスミスをマスターして、
      マスタースミスの称号を得てやるんだから」
ナナシ  「もう鈍器オーダーでいいじゃん」
リズベット「よくない! もっとかわいいの、もしくはカッコイイのがいい!
      なんでアスナは閃光であたしは鈍器かなぁ! 確かに武器はメイスだけど」
エギル  「オレなんてチョコレートだぞ……肌が黒いってだけで。
      まあ、俺も自分の店が持てそうだから、そうなったら前線からは外れるが」
キリト  「そっか……静かになるな」
エギル  「うるさいのは主にお前とアスナだろう」
ナナシ  「そうだぞまったく。意見の食い違いも大概になさい」
アスナ  「元はと言えば兄さんが、キリト君に変なこと吹き込むからでしょ」
ナナシ  「え? 俺の所為?」
エギル  「まあ、そうだろうな」

 そうらしい。見れば、シリカも苦笑いで頷いていた。
 その肩ではフェザーリドラのピナが羽根を休めている。
 言葉が解るのかどうかはともかく、何故かこくこくと頷いているようだった。

ナナシ「まあいいや。じゃあ最前線は俺とキリトとアスナとシリカってことで」
シリカ「さささ最前線……! 流れで来ちゃった感がすごいですけど、頑張りますっ!」
キリト「ていうかな、第一層で滅茶苦茶梃子摺ったってのに、
    三か月で58層ってアホだろ。しかも虱潰しで上がっておいて」
アスナ「そもそも兄さん、回復結晶どのくらい持ってるの?
    ピンチになるとすぐ使ってくれるのは嬉しいけど」
ナナシ「アイテムインベントリのほぼが回復アイテムざます。
    あとはスクラップシリーズ。
    使用したスロットにドロップアイテムが納まる感じかな」
エギル「金には困ってないんだな、本当に」
ナナシ「敵をコロがせば落とすしね」
エギル「しかし、前にキリトと金策がどうのと言ってパーティから離れたろう。
    今さらだが、あれはなんだったんだ?」

 訊ねられたことに、ナナシとキリトは顔を見合わせて苦笑。二人が言うには、下層に行って悪巧みをしている輩が居ないかを調査してみていたらしい。
 そこで出会った“月夜の黒猫団”というギルドに誘われ、サチという女性に戦い方を教えることになった。
 二人はお前の知名度の所為だぞと互いにお願いされた理由を押し付け合い、結局は二人とも教えることに。
 彼ら彼女らは自分らの家を手に入れることを夢にしているらしく、ならば金が溜まるまでとばかりに戦闘を繰り返す。
 そうして金が溜まったのち、リーダーであるケイタが家を買いに行っている間に、ギルドメンバーが“リーダーが帰ってくるまでレベリングでも”と誘ってきた。行ってみた先にあったのは知っているダンジョンの、いつの間にか出現していた隠し扉だった。
 開いた先で宝箱を発見して、嬉々として宝箱に群がるギルド連中らをよそに、ナナシもキリトもギルドメンバーを止めたのだが……時は既に遅く。
 出入り口は閉ざされ、アラームが鳴ると転移結晶も使えない状態で強モンスターが異常に発声するという、いわゆるデストラップが発動。
 見る間にギルドメンバーは殺され───そうになる前に、キリトとナナシがモンスターを綺麗に片付けた。
 下手をすれば一人でも死んでいたかもしれなかったが、怯えて散り散りになりそうになったメンバーを無理矢理部屋の中心に集めたのが吉となった。
 その際に、キリトとナナシは秘密にしていたユニークスキルを見せてしまうことになったのだが……助けてもらった礼として、月夜の黒猫団の連中は見たことを話さないと約束してくれた。

ナナシ(つーかさ、いつの間に二刀流スキルなんて手に入れたんだきみ)
キリト(お前と同じだ。いつの間にかスキル欄にあった)

 二刀流。
 片手直剣を片手ずつに装備しての、防御を捨てたエクストラスキル。
 防御は出来ないが手数が圧倒的に増し、ソードスキルの中には16連斬を叩き込む技まであり、そのさらに上のソードスキルが存在する。
 そんな手数とナナシのファイナルストライクを使いまくった結果、全員無事に脱出。
 宝箱の中身も手に入れることが出来て、ホクホク気分になった。

キリト「……とまあ、別ギルドでいろいろあって」
ナナシ「二層の時点でもいろいろあったけどね」
エギル「ああ……レジェンド・ブレイブス事件か」

 二層の時点で、一度カヤゴロで問題が起きた。
 カヤゴロで強化してもらった武器や、素材を集めて造ってもらった武器の悉くが、欠陥品扱いになっていたのだ。
 これはおかしいと探りを入れてみれば、鍛冶屋の一人が完成品と欠陥品を秘密裏に交換し、欠陥品を完成品だと言い張ってプレイヤーに渡していたのだ。
 もちろんまんまと手に入れた武器はさっさと売り払い、手に入れた金で高級な料理を食べたりレア装備を買ったりと、最低な行為を続けていた。これが露見するやプレイヤーは激怒。なにがレジェンドだだのと、全員でメンバーらを牢獄にブチ込んだ。
 以降は実にクリーン……だったのだが、今でもいろいろと問題がある。 

ナナシ「一度甘い汁を吸っちゃうと、人間ってやつはいろいろとダメだなぁ。
    きっと次にそんなことを考えるヤツも、
    “自分ならもっと上手くやれる”とかで無茶するんだろうな。
    もうギルドで信用出来るのって、血盟騎士団か風林火山くらいじゃないか?」
エギル「いや。黄金林檎というところも中々いいと聞いている。
    ……むしろお前はギルドを作らないのか?」
ナナシ「堅苦しい関係じゃなくて、楽な関係でいこうよ。
    ギルドに入ったらやめられないとか縛られるの、嫌じゃん。
    むしろみんながギルドに入りたいってんなら俺、とめないし」
キリト「今さらギルドっていうのもな。
    お前に巻き込まれなきゃ、俺はソロでやっていくつもりだったし」
アスナ「……わたし、血盟騎士団に誘われたんだけど……」
キリト「俺は風林火山に。……クラインっていう、
    SAOを始めたばかりの時に一緒に居たやつがギルドマスターをやってるとこ」
シリカ「そ、その。わたしはいろいろなところから……。
    マスコット扱いなのが嫌で、全部断ってますけど」

 言いつつちらりとナナシを見上げるシリカ。
 ホ? と視線を向けると、慌ててなんでもないですと濁した。

ナナシ  「リズとエギルは?」
エギル  「話自体はあったが、
      仲間にマスタースミス候補が欲しいだけのようだ。当然断った」
リズベット「こっちも同じ。女の比率が少ないからって、女と見ればすぐあれだもん。
      アスナあたりなんてすごいでしょ」
ナナシ  「カヤゴロに戻ると、大体道を塞がれてるな。
      ギルドに入りませんかとかパーティ組んでくださいとか」
アスナ  「全部断ってるけどね」
エギル  「そういうナナシはどうなんだ。最前線で戦うお前だ、引く手あまただろう」

 全員の視線がナナシへ向く。
 とうのナナシは「え? 俺?」なんてきょとんとするばかり。
 それどころか「俺はないない」と首を横に振るだけだ。

キリト「他の誰かがナナシを誘うことはまずないよ。
    邪魔をして、ナナシ支援が遅れるのを怖がるやつらばっかだから」
総員 『あ〜ぁ……』
ナナシ「どこまでも利用されてんなぁ俺……。ま、ともかく。
    思うところがあったら、いつでもギルドに入ってもいいから。
    俺も気が向いたら作ってみるかなぁ……どんな名前がいいだろうか」
キリト「……黒がつくのが良さそうじゃないか?」
ナナシ「いや、ここは手堅くエギルと愉快な仲間たち、で」
エギル「いつから俺がリーダーになった!」
ナナシ「いや、名前に使うだけでリーダーじゃないぞ?」
シリカ「紛らわしいですよ!」

 まったくだった。

ナナシ「じゃあ竜使いシリカと哀れなペットたち?」
シリカ「やめてください全力で!」

 全力で却下された。

ナナシ  「じゃあキリトの案を前にだすカタチで……黒烏龍茶!!」
キリト  「ウーロン茶どっから来た!!
      黒がつけばなんでもいいなんて一言も言ってないぞ!?」
リズベット「ああ、えっと。
      ともかくナナシのネーミングセンスが最悪なのはよく解ったわ」
ナナシ  「……いや、まあ解ってたことだけど」

 結局ギルドの話は流れた。
 その日も適当なまでに経験を稼いだり情報を集めたり。
 しかし……ナナシが集めたものを分配、余った分をカヤゴロに納めるために一層目に転移した時、そいつは現れた。
 それぞれが行動を起こし、エギルもリズベットも別行動になり、キリト、アスナ、シリカのみになったパーティの前。白と赤の装備に身を包んだ男……血盟騎士団団長、ヒースクリフと名乗る男だった。

キリト   「ヒースクリフ……驚いたな、血盟騎士団の団長が何の用だ?」
ヒースクリフ「急にすまないな。一度、きみたちと話してみたかった」
アスナ   「……遠まわしな勧誘ならお断りよ」
ヒースクリフ「まあ、まずは話を聞いてくれないか。
       きみ達にとっても聞いておくべきことだと思う」
シリカ   「……? あの、いったいなんのお話ですか?」

 キリトは彼に最前線まで一人で来たのか、と訊きたかったが、それより先にヒースクリフが口を開けた。

ヒースクリフ「きみ達は現状をどう思っている。
       6人というパーティで戦い、調べては情報を渡すという行動を」
キリト   「……聞いてどうする気だ」
ヒースクリフ「そう警戒しないでくれ。ただ聞いてみたい、好奇心というものだよ。
       最初こそ全員でカンストレベルをと言っていた彼も、
       今ではきみ達としか組まなくなってしまっただろう?
       言ってはなんだが、協力すればもっと効率がよくなるのではないか?」
アスナ   「ようするに血盟騎士団に入れってことでしょ?」
ヒースクリフ「べつにこちらへ入らなくてもいい。
       きみ達で作ったギルドに我々が入ることでも一向に構わない。
       ただ協力しようと言っているのだよ」
シリカ   「……ナナシさんは反対しますよ?」
ヒースクリフ「ああ、彼はもう散々と誘ったのだがね。全て却下されたよ。
       ギルドに入るつもりはないと。だからここへ来たのだ」

 フッと笑い、ヒースクリフはキリト、アスナ、シリカを見る。
 そうしてから一度目を閉じ、開くと……静かに問いかけた。

ヒースクリフ「訊いたところによると、同じパーティであるリズベット君、
       エギル君は近々パーティを抜けるそうではないか。
       そうなるときみ達は四人。これは大きな穴となるだろう」
シリカ   「だから手を組もう、ですか?」
ヒースクリフ「誘いたいのは山々だが、言いたいことは別なのだよ」
キリト   「……? どういうことだ」

 キリトは警戒を緩めない。
 アスナも、断られても動かない団長という存在に、自然と身構えていた。

ヒースクリフ「きみ達は考えたことがなかったのか?
       自分たちが、ナナシくんの妨げになっていると」
キリト   「……は?」

 問い掛けは思いもよらない方向へ来た。
 まさかナナシ関連のことだとは。

ヒースクリフ「彼は実に素晴らしい。
       一人で走っても十分に戦える力とセンスを持っている。
       現に、今でもボスの行動パターン情報を得るために、
       まずは単身でボス部屋へと突入するそうじゃないか。
       そして情報を得たら転移で戻り、情報交換をして仲間と討伐。
       実に見事だが……一人でも倒せた上に、
       一人で倒していれば経験値もドロップアイテムも彼だけのものだった」
キリト   「……なにが言いたい」
ヒースクリフ「言わなければ解らんかね。きみたちは、彼の邪魔になっていないか?」

 瞬間、三人から苦笑すらもが消えた。
 表情をなくしたような顔がヒースクリフを睨み、ヒースクリフは怯みもせずに続ける。

ヒースクリフ「彼が今何Lvなのかは解らない。
       だが少なくとも、きみたちのレベリングに付き合っていなければ、
       既により高みへと辿り着いていたのではと思うのだが」
キリト   「だから。何が言いたい」
アスナ   「……キリト君、やめて」

 アスナはもう答えが解っていた。キリトもだし、シリカも。
 ようするにヒースクリフはこう言いたいのだ。

ヒースクリフ「きみ達は彼の邪魔をするべきではない。こちらへ来たまえ。
       離れた力を持つ者同士、大人しく最前線を彼に任せるのだ」
キリト   「……やっぱり勧誘なんじゃないか」

 キリトが片手直剣に手をかける。
 シリカが止めようとしたが、先にアスナが止めに入った。

ヒースクリフ「ハッキリと言おう。きみ達は彼の邪魔でしかない。
       自分たちでも解っている筈だ。
       力の差があること、レベリングに付き合わせている罪悪感と焦燥感。
       自分達が居るから一層一層の攻略が遅れているのでは、という事実」
キリト   「そんなことは───!」
ヒースクリフ「ない、と……言い切れるのならそれで構わんがね。
       だがそれの結果が現在だとは思えないのか。
       いつまでもだらだらと補給を続け、自分の手元にはスクラップばかり。
       支給されたアイテムなどは自警団を気取った連中にいいように使われて、
       そんな行動を咎めたシンカーと、
       それでいいだろうと踏ん反り返るキバオウとで、一層のギルドは割れた」
キリト   「なっ……」
アスナ   「なんで!? どうしてそんなことに!
       兄さんはそんなこと望んでなんか!」
ヒースクリフ「何もしなくてもアイテムが手に入る。
       そんな状態で怠惰しない人が居るものかね。
       そうと知りながらそれを続けてきたのは、
       彼に危機感というものが足りなかったからではないか?」

 ……二人は黙った。
 ヒースクリフも大げさに溜め息を吐いてみせ、もう一人……シリカを見た。

ヒースクリフ「きみはどうかな。自分がきちんと役に立てていると感じたことは?」
シリカ   「え……あ……わ、わたし……」

 ない、と。
 頭の中に即座に浮かんだそれを、なんとか消そうとする。
 しかし上手くいってくれない。
 いつもそうなのだ。
 皆は上手く立ち回っているのに、自分は後手に回ってしまう。
 咄嗟の判断が上手くいかず、一番最初にダメージを受けるのもいつも自分。
 その度に助けられたり、貴重なスクラップパリィを使わせてしまったり、申し訳ないと思っていた。

ヒースクリフ「急かしはしない。ただ、よく考えておいてほしい。
       彼を一人にする罪悪感があるのなら、
       むしろ一人にしなかったことを罪と思えばいい。
       一人だったなら、今のレベルよりも遥か先にいっていたのだろうからね」
キリト   「………」
アスナ   「………」
シリカ   「………」

 ヒースクリフは話はこれだけだと告げるとゆっくりと去り……入れ替わりに戻ってきたナナシを、三人は微妙な気持ちで迎えるしかなかった。


───……。


 しばらく経った。
 攻略は……順調どころではない。
 リズベットに続きエギルも50層に店を持ったことで抜け、それでも頑張っていこうとしていたナナシは、三人の様子が明らかにおかしいことに不安を抱き始めていた。

ナナシ「どーしたのさみんな。なんか動き硬いよ?」
キリト「あ、いや……その」
アスナ「うん……」
シリカ「えと……」

 やはりおかしい。
 ナナシは草原フィールドの真ん中で剣を納めると、その場に座って「では話を」と構えた。話さなきゃ解らんこともあるでしょうって態度だ。
 なにか言いづらいことがあると、彼は決まってこうして言うまでを待つ。

キリト「ああ、えっと。もしもとか……そんな回りくどいことはなしだな。
    出来るならキッパリ言ってくれ。
    ……俺達と組まないほうが、さくさく進めるか否かだ」
ナナシ「組まないほうが進めるね。ほいで?」
キリト「……随分あっさり言うんだな」
ナナシ「悩みに含まれてるんだろ? そりゃ言うさ。で、なに。
    どっかのギルドにでも入りたくなった? それならそうと言ってね?
    何かの所為にしてパーティ抜けるってんなら本気で怒る。
    抜けるなら自分の意思で、こうしたいから抜けるって言え。
    俺ゃ仲間をアイテムかなにかだとは思わないし、自由意志は尊重しますとも」
キリト「───」
ナナシ「───」

 ジッと目を見る。
 本気の目だ。キリトはごくりと喉を鳴らし、意を決して口を開いた。

キリト「俺がお前の足手まといになりたくないから抜ける。
    お前にレベリング手伝ってもらってる時間が申し訳ないから抜ける」
ナナシ「───。そか。解った。アスナとシリカは?」

 キリトの言葉を真っ直ぐに受け止め、ナナシは頷いた。
 アスナはそんな義兄の姿に既視感を感じたが、自分を今まで守ってくれた義兄を縛っていたくないという思いが、既視感を探る勢いを殺させた。

アスナ「兄さんの足手まといになりたくないから抜ける。
    戦闘中、ずっとこっちを気にしていられるのが申し訳ないから抜けるの」
ナナシ「……そか。シリカは?」
シリカ「……役に立ててるって思えないから抜けます」
ナナシ「………」

 ナナシは大きく息を吸い、それから吐いた。
 三人を見てから、静かに言う。

ナナシ「……それが、お前らの考えなんだな?
    誰かに何かを言われたからじゃなく、自分の奥底から湧き出したものだと」

 三人は頷いた。

ナナシ「なら、何も言わんさ。気が向いたらまたよろしくだな。
    あ、今さらだけど全員フレンド登録を───」

 ナナシの態度は変わらない。
 その行動に疑問を抱いた。
 このままじゃ、別れた意味もないのでは。
 別れてもこのままのペースで、何も変わらないのではと。
 だから彼は───

キリト「いや。フレンド登録もしない。もう、いい加減疲れたんだよ。
    一層の人のためって、別に恩があるわけでもない相手のために、
    端から端まで調べる日々に」
ナナシ「………」
アスナ「悪用されてるにも係わらず、ひとつのギルドを分裂させているにも係わらず、
    そんなことを続ける理由が見つからないよ。もう、いいでしょ、支援なんて」
ナナシ「………」

 言葉は続く。
 どれも正論だ。
 ナナシは散々と疑問や不満を吐かれたがそこから動くことはせず、全部を受け止めた。

アスナ「支援に使うアイテムを売ればお金に出来た。
    そのお金で装備を買うことだって出来たのに、最前線である自分の強化よりも、
    なにもしないで待っている人に全部あげちゃうなんて馬鹿よ。
    わたしたちが一緒に居る所為で兄さんの危機感が薄れてるなら、
    そんなことのためにパーティでなんて居たくない」

 キッパリと言う。
 ナナシは……真っ直ぐにそれを受け止めた。
 いつもは自分に合わせようとする彼女が言うのだ、いろいろと考えがあってのことなのだ。しかし、彼にも一つの誓いがあった。
 彼は孤独だ。拾われた彼は、表向きでは拾ってくれた養父のためと頑張る姿を見せていたが、とんでもない。養父とて口ではどうこう言っていたが、ようするに孤独な少年を救ってやったという評価が欲しかっただけ。
 両親揃って体裁を気にする存在のために動くなど馬鹿だとばかりに、彼はもう諦めていた。長男だってそんな両親の跡継ぎとなるべく勉強ばかり。急に出来た弟を迎えるわけもなく、基本無視をしていた。
 ならば自分を兄と言ってくれる存在くらいは、せめて笑顔に。
 彼の心はそればかりだったのだ。
 だから誓った。いつものように。裏切られるまでは裏切らないと。

ナナシ「そかそか。そりゃ悪かった。じゃあフレンド登録もなにも無しで。
    でもまあ見かけたらサポートくらいは───」
アスナ「───いい加減にしてよ!」

 だから、拒絶された。
 守られてばかりで、心配されてばかりの妹は、自分の心が爆発するのを感じた。

アスナ「もうそんなのはいいって言ってるの! もう守られてばかりのわたしじゃない!
    もっと自分のために生きてよ! 惨めじゃないこんなの!
    現実世界でも笑わせてもらってばかりで、兄さんは嫌われてばかりで!
    こんなんじゃちっとも返せないよ! ちっとも楽しくない!」
ナナシ「………」
アスナ「〜〜っ……わたしは……わたしは、そんな兄さんとは、一緒に居たくない。
    わたしのために自分を犠牲にする兄さんとは、一緒に居たくない。
    だからわたしは……兄さんからの信頼も心配もなにもかも、全部裏切る」
ナナシ「───」

 裏切る。
 他のどんな言葉でも苦笑かなにかで流せたはずだった。
 何故、どうしてよりにもよってそんな言葉が出てしまったのか。
 ナナシは自分の砕けた心に新しいヒビが入るのを感じた。

ナナシ「そうか。じゃあ、これでお別れだ」

 パーティは当然解散。
 俯かせたままの顔を持ち上げると、ナナシは背を向けて歩き出した。
 直後にアスナとキリトとシリカの前にシステムウィンドウが現れ、“nanashiさんからブロックユーザーに設定されました”というメッセージが流れる。
 アスナは、言いたいことを言ったはずなのに酷い後悔に飲まれながらも……その背中を、ずっと眺めていた。
 ……以降。ナナシ支援は完全に途絶え、メッセージを飛ばしたところでエラーメッセージが戻ってくるだけとなった。


───……。


 世界が狂ってゆく。
 支援が途絶えてからのアインクラッド解放軍では内部崩壊がたびたび起き、残り少ないアイテムを巡って喧嘩までもが起こっていた。
 血盟騎士団に入ったキリトとアスナは、日々を階層調査に追われている。
 ナナシからの情報がぱったり途絶えたのだ、当然だろう。
 シリカとの連絡も途絶えたままで、時折下層のほうで見かけたという話を聞く。
 実際の到達階層は謎のまま。
 調査しながらなのでどこまでかはわからないが、転移門……いつでも到達した層へ行ける転移場所は、彼と別れた日からろくに有効化されていない。
 なので慎重に探っていっても宝箱はカラッポ、ボスも既に死んでおり、得るものも少ないままに先へゆく。

キリト「……なんか……なんか、だよなぁ」

 騎士団に入ってからは、暇さえあれば団員のレベリングに付き合い、一人でレベリングに向かおうとすれば勝手な行動はとるなと咎められ、時間が空けばマッピング。
 自由度なんてゼロに近い。
 ナナシと居た頃とは雲泥の差だ。窮屈感で心がまいってしまいそうだ。
 そんな心の窮屈感を消すように動くアスナを見るのは、少し辛い。
 あの日から……ナナシから離れたアスナは、しばらく情緒不安定になった。
 宿を借りて部屋に篭って、しばらく出てこなかった。
 時折泣き声が聞こえてきて、向かってみても……鍵は開かず。
 ようやく出てきたと思ったらすぐに血盟騎士団に入って、それからは……まるで狂戦士状態。敵に突っ込んでは強引に殺し、休もうと言っても休まずにレベリング。
 だらける者がいれば叱り、ただただ上を目指す狂戦士。

キリト「……どこで間違えた、なんて……言えない状況があるんだな」

 フレンドリストを開いても、あるのは自分の名前だけ。
 解散した日に全ては砕け、エギルやリズベットには世話になったりするものの、シリカやアスナとの会話はない。
 ナナシは言うまでもなくだ。

キリト「ソロのほうが気楽だった。
    俺だって、なにも騎士団に入ることなんてなかったんだ」

 泣き声なんて聞かなければ、きっと違っていたんだろう。
 キリトは溜め息ひとつ、今までのような黒ではなく、白と赤が主体の装備で草原を歩いた。そんなものに染まってしまった自分に疲れを感じながら。
 現在、装備の中で唯一つ黒い50層のLA、エリュシデータという片手直剣だけが、静かに鈍く輝いていた。





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