06

 ジークフリードというギルドが、ギルド名簿に存在していた。
 メンバーはたった一人。
 匿名処理がなされていて、名前は解らない。
 β版のジークフリードがここにも居たんだと喜ぶ声はベーターから。
 それならなんでもっと早くにと怒る声はビギナーから。
 下層でこつこつとレベルを上げていた者たちもじわじわと上ってきている現在、そんな下層では、一人の少女がパーティメンバーと揉め事を起こし、喧嘩別れをしていた。 

シリカ「………」

 シリカだった。
 使い魔であるレアモンスター、ピナをお供に、かつては最前列に居た彼女は下層と中層の間あたりに居た。
 パーティだったからこそ最前線までいけていたのであって、ひとりでもきっと大丈夫と武器を持った彼女はしかし、50層相手でも敵に敵わぬ自分に嘆き、武具を壊しては下層へ、下層へと下りてゆき……今、ここに居る。武器はとっくに下層で楽に手に入るような弱いものに変わり、梃子摺らなかった相手にさえ梃子摺るのが現状だ。
 回復アイテムも底を尽き、武具の耐久度をメンテするためのお金も無く。
 狩りのために出た場所ではパーティと悶着を起こし、喧嘩別れ。
 全然いいことがない。
 どうしてこんなことになったんだろう。
 あのパーティが別れるまでは……いや、ヒースクリフが来るまでは、とても楽しい毎日だった。いつ死ぬかも解らない日々だったけれど、この人たちと一緒ならと前向きにもなれたのに。
 その中の誰一人としてここにはおらず、実力不足に押されるように、下層に居た。

シリカ「どうして……」

 同じコトを呟く。どうしてこんなことになったのかと。
 景色はとっくに暗く、自分が今居る場所さえ解らない。
 迷いの森で道に迷った時点で、脱出は運任せ。
 景色は一分毎にカタチを変え、通り抜けるのならその一分ごとを端から端まで駆け抜けなければならない。だが、複雑に絡み合うような森の世界を走り抜けるのは、シリカの小さな体では困難であり……端へ辿り着く前にどうしても一分が経過してしまう。
 夜であるために魔物も活性化し、容赦なく襲い掛かってくる。
 既にこんな場所の敵に梃子摺るレベルではないものの、ソロでの戦いなどほぼやったことのないシリカにとって、それはとても神経を削るものだった。
 失敗してもドンマイと声をかける人も居ない。
 攻撃の隙を支えてくれる人も居ない。
 終わった戦闘に微笑を見せてくれる人も、頭を撫でてくれる人も居ない。
 ……裏切ったのは自分だというのに、なにを今さら。
 裏切りを口にしたわけじゃない。けど、わたしはあの時、なにも言えなかったじゃないか。役に立てている気がしないからと、彼から離れたじゃないか。

ピナ 『ピィッ!』
シリカ「───! 敵!?」

 落ち込みから一転、腰に備えた愛用の短剣を抜き取ると、素早く構える。
 現れたのは……ドランクエイプという大型の猿モンスターだ。
 三体……いや、四体居る。
 思わず安堵。この森に住むモンスターの中では最高ランクだろうが、倒せない相手じゃない。現に喧嘩別れする前のパーティでも楽に勝てたのだ。いけるはずだ。

シリカ「やぁああっ!!」

 疾駆し、短剣を走らせる。
 一撃で大きくHPゲージを減らすことに成功すると、“やっぱりいける”と勝利の確信を得る。
 しかしその瞬間、横から別のドランクエイプの攻撃を受け、追撃に失敗。
 すぐにその二体目に攻撃を仕掛けて、再びその隙を突こうと疾駆する三匹目を逆に撃退。いける、全然余裕だ───この時はそう思った。
 調子付いたまま攻撃に攻撃を重ね、四体のドランクエイプを追い詰めてゆく。
 だが───おかしいのだ。
 どれだけ攻撃しても相手が死なない。
 それどころか時々に攻撃をくらっている所為でHPは削られ、こちらが危険になってくる。ポーションはもうない。ピナが時折回復してくれるが、それだって無限じゃない。

シリカ「───! え……!?」

 その時だ。
 目の前の敵をとがむしゃらになっていたシリカの視線の先。
 猿達の影に隠れるようにして、つい先ほどダメージを与えた猿が、腰に下げたツボからなにかを取り出して自分を回復しているのだ。
 倒せない原因はこれだ。敵が、プレイヤーがそうするように“スイッチ”している。
 それが解った途端、不意をつかれて攻撃をまともに受けてしまう。
 鈍器での一撃が彼女の体を打ちつけ、地面に倒れると……蓄積したダメージ値がスタンとなって状態異状をもたらし、3秒間動けなくなってしまう。

シリカ「う、うそっ……そんなっ」

 そうしている間にも、回復したドランクエイプも合わせた猿が襲い掛かってくる。
 動いて、動いて動いて! いやだ、死にたくない!
 どれだけ泣き叫ぼうが、きっとそんな救いはこない。
 せめて先ほどのパーティとも、外までは一緒に居ればよかったんだ。
 最前線に居たとか、竜使いと呼ばれているとか、そんな虚栄になんて縋らずに。
 だから、これはきっと罰。
 動けないあたしを庇って、ピナが叩き落されて……死んでしまったのも。

シリカ「───え?」

 どさりと落ちた姿に、スタンから回復した瞬間に駆け寄った。
 見れば、HPゲージが緑から黄色、赤と変色し……止まってくれない減少はついに1ドットを越え……ピナは、あたしの手の中で霧散した。

シリカ「や……やだ……いや、いやぁああ!! ピナ! ピナッ!? ピナァアアッ!!
    あ……あぁぁ……あぁああ…………!! やだ……いやだぁあ……!!
    お願いだよぉお……あたしを独りにしないでよぉ……!」

 残されたのはひとつの尾羽根だけ。
 泣きながら名を呼び続けたところで既に届かず……自分の後ろからは、どす、どす、と四体ものドランクエイプが巨躯を揺らしながら近づいてくる。
 ……かみさま。
 お願いします。もう、人との絆を切ったりなんかしません。
 虚栄なんてどうでもいい……こんな悲しみだらけの孤独な死を救ってくれるのならなんでもします。だから───だから……

シリカ「……っ……たす、けて……ぇっ……!」

 視界が完全に涙でふさがった。
 ぼろぼろとこぼれているそれをとめることは出来ず、きっとこのまま死ぬんだろう……そう思って、せめてピナの尾羽根を抱いて、目を閉じた。
 ───その時だ。

  ギシャゴバァアォオオオゥンッ!!!!

 耳を劈く轟音と、身を斬り裂くような突風。
 確かに放たれただろう断末魔の叫びも掻き消され、閉じた瞼の裏を焼いたのは眩いばかりの金色の閃光だった。

シリカ「…………、え……、え……?」

 嗚咽で震え、状況にも怯えたままに……静かに目を開けた。
 すると、そこに居たはずのドランクエイプは居なくて、代わりに……金色に輝く炎をその身から吐き出す巨大な長剣を持った誰かが居た。

シリカ「───」

 誰だろう、と思うよりも先に、どうしてか……助かったという気持ちが沸かなかった。
 今さら自分だけ生きてどうしろというのか。ピナを死なせてしまった自分は、これから本当に独りで生きていかなければならないのか。
 そんな不安に押し潰されそうになっていた時だ。
 助けてくれた人は、頭に被った紙袋のようなものごと頭をゴショモショと掻いて、身振り手振りであたしに何かを訴えようとしている。
 ……軽い既視感。
 思い出してみて、すぐにとある人の姿が重なる。
 フレンドリストを見ても居ない、パーティリストを見ても居ない、メッセージを飛ばしてもエラーしか出なかったあの人。
 シリカは立ち上がり、よろよろと近づこうとする。
 ひどいことをしてしまった。
 そしてきっと、ひどいことをする。
 自分から離れたというのに、心細くなったらまたすがるのだ。
 そんなひどいことをすると自覚できているのに、近づくたびに嗚咽が溢れ、気づけば走り、抱きついていた。抱きついたまま、泣き叫んでいた。

???「ななななにをしやがる〜〜〜っ!
    おおぉお俺を校務仮面と知っての狼藉か〜〜〜〜っ!!」

 彼が、彼の腰に抱きついたあたしを見下ろす。
 その拍子、ぽろりと紙袋は取れてしまい……やっぱり、そこにはナナシさんが居た。

ナナシ「ギャーーーッ!! ギャーーーーーーーーッ!!」

 紙袋が落ちたことに、どうしてか絶叫するナナシさん。
 けれどあたしはそれどころじゃなく、ピナが死んでしまったことや別れてからのことを泣きながら話し───ナナシさんは、溜め息を吐くと……ブロックリストからあたしを外して、パーティに迎えてくれた。


───……。


 シリカは少々の戸惑いを胸に、ちょこんと座っていた。
 迷いの森で野営なんて、珍しい状況の中に居る。

シリカ「………」
ナナシ「ふ〜〜〜んふ〜〜んふふ〜〜〜ん♪」

 ナナシは焚き火を絶やすことなく燃やし、その傍で料理を作っている。
 いつの間に料理スキルなんて、と思うけど、作られたスープは涙が出るほど美味しかった。人のやさしさに久しぶりに触れられたと思えた。

ナナシ「落ち着いた?」
シリカ「は、はい、すいません」

 顔を赤くして、スープを見下ろす。
 焚き火で照らされる自分の顔が映っていた。……情けない顔をしている。

ナナシ「さて。じゃあピナを生き返らせに行こうか」
シリカ「ふえっ!? ……え、あ───」
ナナシ「四十七層のフィールドダンジョン。
    行くんだろ? 使い魔蘇生アイテムのために」
シリカ「……無理ですよ、四十七層なんて。
    あたし、今日まで出来る限り一人で頑張ってみてたんです。
    みんな、最前線に居たからとか竜使いだからって理由で誘ってきて、
    それが嫌で……じゃあソロで頑張ろうって。……結果は……ひどいものでした。
    ソロの立ち回り方も知らずに無鉄砲に突っ込んで、なんとか勝って。
    ここじゃダメだと思って下層にいっても上手くいかなくて。
    気づけば上の層でみなさんと手に入れた装備も壊れちゃって、
    情けなくて……悔しくて……」

 ぽたぽたとスープに波紋が広がる。
 ぐい、と涙を拭っても、悔しさが消えない限りはこの涙は消えないのだろうとさえ、彼女自身が思っていた。

シリカ「だ、だから……あたしに四十七層なんて───」
ナナシ「や、俺も行くって。なんのためのパーティですか」
シリカ「え……? ひっく……で、でも。
    あたし、ナナシさんのパーティから抜けるって」
ナナシ「再会したのも助けたのも何かの縁ってやつだろ。
    それに俺の最も好きなことは、つまらなそうなお子を楽しませることにある。
    ていうかね、黙々とソロで動くことに飽きた。つまんねーワこれ」
シリカ「………………ぷしゅっ!」

 あんまりにもあんまりな言い方に、ぽかんとしていたシリカは噴きだした。
 それから笑い、ナナシに頭を撫でられると、ようやくいつかの自分を取り戻せた気がした。だから───

シリカ「ナナシさん、手伝ってもらえますか? 役に立てないあたしですけど」
ナナシ「……んー、あのね、シリカ。前にも言おうと思ってたんだけど、
    きみはなにを以って俺の役に立ってないと思うの?」
シリカ「え? だって、戦闘じゃあ後手に回っちゃったり失敗したりで」
ナナシ「俺にとっての役立たずはそれじゃない。
    だから勝手に人の役立たずの意識を決めんでもらいたい」
シリカ「え……だ、だって普通そうじゃないですか! 戦いで上手く立ち回れない人が、
    どうして役立たずじゃないって言えるんですか!」
ナナシ「そりゃきみ、俺の中の役に立つって定義が、
    傍に居て一緒に笑ってくれることだから」
シリカ「───!」

 一発で泣かされた。
 卑怯だ、こんなの。
 だけど解りもしたから文句も言えない。
 信頼出来る人が傍に居ることが、この世界ではこんなにも嬉しい。
 あたしだってそれを、ソロをしている時に知ったのだ。
 だからピナが死に、孤独を感じた瞬間、彼に飛びついていた。
 この世界の孤独はひどく寂しく、悲しい。
 誰も知らないところで独りで死にゆくのなんて、絶対に嫌だと何度でも言える。
 だから。

シリカ「じゃ、じゃあ……ひっく……ナナシさんも笑ってて……ください……。
    あたしも……頑張って、笑います、から……」
ナナシ「頑張って笑う必要はナッスィン。何故なら俺が笑わせるから。
    無理な笑顔はイッツ・ア・ヨクナーイ!!
    なのでまずはピナを生き返らせよう。そうすればきみは確実に笑顔になる。
    そんな笑顔をプレゼンテッドバーーイ・ナナシィーーーーッ!!」

 そうと決まればと、ナナシはシステムウィンドウを開いてトレードを選ぶ。
 対象はシリカ。
 当然シリカの目の前にも半透明のシステムウィンドウが表示され、トレード欄に次々と表示されるアイテムに目を白黒させる。
 どれも、見たことも聞いたこともないものばかりだ。

ナナシ「ほいそれ受け取って装備!」
シリカ「え、で、でも」
ナナシ「え? 嫌?」
シリカ「う、だ、だって、ナナシさんの性格上、
    受け取ったら返そうとしても断りますよね?」
ナナシ「もぉちろんさぁ☆」
シリカ「じゃあ、受け取るわけにはいかないですよ……。
    こっちが迷惑かけてるのに、こんな数のものを……」
ナナシ「…………えーと。
    条件があれば受け取るとかそんな感じの取引を持ちかけられてるんでしょーか」
シリカ「そ、そうじゃなくて、あたしは───」

 最後まで聞かず、ナナシは「あい解った!」と言うと、一度トレードを取り消す。
 そうしてから別のものをいじくると……シリカの目の前にまたも半透明のウィンドウ。
 しかしメッセージは違うもので、“nanashiさんのギルドからお誘いを受けています”というものだった。

シリカ「え……ギルド? 作ったんですか!? それともアインクラッド解放軍に……」
ナナシ「いや、メンバーは俺独り。それでもいいかなーって思ったけどつまんないのよ。
    だから、入ってくれたら特典として、装備一式をあげちゃおう! なんて」
シリカ「………」
ナナシ「え、えと……ダメ?」
シリカ「なんで……」
ナナシ「ワッツ?」
シリカ「なんで……そこまでしてくれるんですか?
    最初は一緒だったとしても、結局は赤の他人なのに」

 不思議でならなかった。
 思えば彼と別れたあの日から、自分の周りに寄ってくるのは珍しさを求める人ばかりだった。純粋にシリカ自身を求める人などおらず、最前線経験者として、竜使いとしての彼女ばかりを求めていた。
 蓋を開けてみれば、連携も上級すぎる行動を要求してばかりで、パーティでの戦闘もソロでも上手くいかない自分。
 なのに、そんな自分にどうしてこの人は。

ナナシ「笑わせたい相手を笑わすのに、いちいち他人だ家族だって考えるやつはおらん。
    居たとしても、そいつの感性と俺の感性は明らかに違う。それだけ」

 ……呆れた。なんてことを言い出すんだろうこの人は。
 ただ笑わせたいから、楽しませたいからここまでしてくれるんだそうだ。
 ばかだ。
 ばかに違いないのに……自分は笑っているじゃないか。
 笑ったなら、きっとあたしの負け。
 負けたなら、素直に従おう。
 怖くてつまらない日常よりも、その道は楽しいはずだから。

  ギルドのお誘いを承諾しました。
  ギルド名“ジークフリード”に入団しました。

 ……、マテ。
 いま、なんて?
 え? ジークフリード? ジークフリードって……あのジークフリード!?

シリカ「え、あ、え、え!? ジ、ジジジジ!? ジークフリードって、あの!?」
ナナシ「え? どの?」
シリカ「どのって、あのですよ!
    “独りしか居ないギルドの筈なのに攻略度がズバ抜けてる”って、
    ギルド名簿を見た人なら一度は驚くあの!」
ナナシ「よく解らんが、そのジークフリードです。
    まあそれは捨てておいて、さあ装備だ! 装備を変えたら次はこれ!」
シリカ「え、えっ、ななななんですかっ!?
    ちょっ、待ってくださいいろいろ訊きたいことがぁああっ!!」

 問答無用であった。
 押し付ける形でトレードを成立させ、気づけばシリカは5、6レベル分の底上げ程度では済まないステータス補正を装備から手に入れ、次はこれと出されたドーピングアイテム使用を促され……

シリカ「ドーピングアイテム!?」
ナナシ「STRとかAGIとかHPとかが上がる秘薬だ。
    最高到達地点まで虱潰しで手に入れた一部だね。ちなみにこれらだけは、
    こんなこともあろうかと最初から最後までカヤゴロには渡してなかった」
シリカ「そ、そこまで考えてですか……」

 で、それをどうするんですかと訊くまでもない。
 アイテムの全てはシリカのトレードウィンドウに詰め込まれ、断ろうにも

ナナシ「ピナが死んだ時に感じた無力感を思い出しなさい」
シリカ「!!」

 ───そんなことを言われてしまっては、断る理由など消えてしまった。
 最大値をあげるという秘薬を飲み、ステータスの底上げをしてゆく。
 結果は…………うわあ、なんだかすごいことになっちゃったぞ、といった感じ。
 武具も一級品どころじゃない。
 左手にパリィングダガー、右手に“フォルセティ”。
 パリィングダガーは短剣スキルで扱えるのにカテゴリが盾扱いという優れたもの。
 フォルセティは風属性の短剣であり、敏捷度+効果とディレイ短縮効果が付加。
 武器にしては珍しく、腕力より敏捷度が装備要求とされているもので、腕力があっても敏捷度が低いと装備できないとくる。
 装備で底上げされたシリカは装備出来たものの、装備や秘薬の後押しが無ければてんで届かない要求ポイントだった。

シリカ「ほ、ほんとに……いいんですか? 全部飲んでしまってなんですけど」
ナナシ「構わん。っと、回復結晶をトレードして、転移結晶も渡して……コルも」
シリカ「えっ、わっ、さささすがにそこまで甘えるわけには!」
ナナシ「甘えなさい!」
シリカ「えぇえええっ!?」

 言っている間に押し付けられてしまった。
 現在の装備といえば……
 右手/フォルセティ(AGI+30/ディレイ短縮/風の追加攻撃)
 左手/パリィングダガー(パリィ成功時に次与ダメージ増加/短剣熟練で防御力変化)
 頭/フェザーイヤリング(AGI+50)
 体/ウィングドレス(AGI+65)
 腕/エンジェルリングカフス(AGI+55)
 足/ジェットブーツ(AGI+100)
 アクセサリ1/ディレイオーダー(総AGIでダメージ量増加)
 アクセサリ2/セブンナイツバッヂ(属性攻撃強化)
 ……と、ひどいものであった。防具だけでAGIが300いってしまっている。

シリカ「改めて見て……すごいですねこれ……」
ナナシ「全部ボスのLAドロップだよ。塔のボスとか隠し部屋のボスとか。
    と、まあ、是非ともシリカにもパリィの面白さを知ってもらいたいのだ」
シリカ「パリィですか……こんな短剣で出来るんですか?」
ナナシ「やってみたから問題無し。
    成功すれば、相手が仰け反ってる最中ならダメージUPだ。
    しかも短剣の熟練度で振れるから、盾熟練がなくてもシリカなら簡単」
シリカ「至れり尽くせりすぎて怖いですよぅ」
ナナシ「そりゃね、普通はパーティとかギルドのみんなで分配するようなもんだろうし。
    それを一人で集中して装備すれば、自然とそうなるよ」
シリカ「あ……そっか。
    みんなで分けたら、一人+50でも足りないくらい……ですよね」

 それでもジェットブーツは上がりすぎです。
 彼女は素直にそう言った。

ナナシ「あぁそれねー……76層の風竜がドロップしたやつ……。
    速すぎて目で追えないのよ……だからアイテムぶちまけて、
    それが割れたところに全力攻撃って行動を何回もとって……ブチノメした」
シリカ「76層!? 一人でそこまで行ったんですか!?」
ナナシ「まあ……ねぇ……。やり方が普通じゃないから……。
    正直、75層のボスが強すぎて嫌になった。
    絶対クリアさせる気ないよ茅場のタコ」

 β版でのある意味でのラスボス、ザ・スカルリーパーは強さが異常だった。
 あんなもの、万全でいっても死人が出る。
 姿は巨大な骨のムカデ。
 足の全てが骨を削った刃であり、前足は鋭い鎌。
 防御力異常。攻撃力異常。敏捷度異常。
 スクラップシリーズを全て使い、回復アイテムも全て使い、ジークフリードまで出して全力で戦った。
 それでもこちらが瀕死になる頃にようやく勝てた相手だ。
 出来れば、80層以降はあんな悪夢を見たくない。
 なにせ転移結晶が使えなかったのだ。いくらなんでもあれはない。

シリカ「その……75層のボスのLAは?」
ナナシ「………」

 チャラリと見せるのは、鎖に繋がれた、無数の小さな骨で編まれたような首飾り。

  アクセサリ/ザ・サウザンドリーパー(通常攻撃ディレイを常に無しにする)

シリカ「……とんでもないですね」
ナナシ「あれだけ苦労させられたんだ、これくらいはないと……って思うけどさ。
    ほら、これ」
シリカ「?」

 つい、と補足の部分を見せてみると、シリカは「うわぁ……」と声を漏らした。

  補足:ただし装備者のスタン耐久度を大幅に減らす

シリカ「……とんでもないですね」
ナナシ「ひどいよなぁこれ……。
    しかも上に行けば行くほどレベルも上がってAGIも上がるだろ?
    つまりそれだけ行動速度も上がるわけだ。
    そこで今さら通常攻撃ディレイをカットしてもらってもなぁ……」
シリカ「うわぁあああ……」

 シリカが、なんというか可哀相な人を見る目でナナシを見つめた。
 しかし次に出た言葉は同情しますとかではなく、「お疲れ様でした」だった。
 労われたらしい。

ナナシ「んー……いいや、これシリカが装備して」
シリカ「え? ええっ!? だってこれ、とっても苦労したって!」
ナナシ「いやー……これはあいつを見てない人にこそ装備してほしいわー……。
    正直これ、装備するのも嫌なくらい思い出したくない」
シリカ「そ……そんなに、ですか……」
ナナシ「下手に俺達ならいけるぜーって調子に乗ってたパーティだったら、
    たぶん……最初の一撃で混乱、続く二撃でお陀仏。
    攻撃力と、その重さが尋常じゃないの。ほんとに反則」

 人器で気配察知能力が全開状態じゃなければ、むしろあの場で死んでいた。
 それほど嫌なヤツで、それほど思い出したくもない相手だった。
 ただ、死にたくないと思った分だけ……人に戻れた気はしたのだ。悲しい。

ナナシ「よしっ、じゃあいくかっ! こんな嫌な気分は捨てまっしょい!」
シリカ「え、あ、そそそそうですよっ! 嫌な気分は捨てましょう!
    あたしたちはピナを助けに行くんです!
    どんよりしている時間はありません!」

 ですよね、とナナシを見上げる。
 軽く持ち上げ、きゅっ握っている拳が可愛い。

ナナシ「おっほっほっほ〜っ♪」
シリカ「《なでなで》わぷぷっ、い、いきなりなんですかっ?」

 いつかのようにカズヤ笑い(木吉)をしつつ、シリカの頭を撫でる。
 それから……ギルド名ジークフリードは動き出す。
 森を抜けるために一分間で端から端まで行くため《びたーーーん!!》

シリカ「………」
ナナシ「………」

 急に動きが早くなりすぎた所為で、シリカがこけた。
 しかしダメージなぞはもちろんなく、高級な装備が土に触れてしまったことに顔を青くし即座に立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げてくる。

ナナシ「シリカ。“我らがパーティに”?」
シリカ「あ……え、“遠慮は無用”!」
ナナシ「よく覚えてました。じゃ、いきませう。
    それにそれはきみにあげたものなんだから、どう扱おうがきみの自由だ!」
シリカ「は、はいっ! あげ───……あげた!?」
ナナシ「ゲハハハハ! 認めたなシリカちゃん!
    認めたからにはもうぜってー受け取ってやんねー!」
シリカ「ずるいですよナナシさん! こんなひっかけするなんて!」

 一方はぷんすか怒り、一方はおっほっほっほ〜♪と笑いながら進む。
 まずは体を慣らす必要がありそうだね、なんて言いながら。

……。

 近場の街の転移門から四十七層へ転移。
 その頃にはナナシは頭装備を顔の全体を覆う装備に変え、首から下も赤と青が占める装備に変えていた。

シリカ「ナナ……あっとと、
    ジークさんのギルドのシンボルカラーが赤と青なんでしたっけ」
ナナシ「いや、べつに決めてない。カラーなんて個人個人の好きにさせるべきでしょ。
    いやー、血盟騎士団とか見てみたけど、ありゃないわー」
シリカ「統率が取れてるって思いますけど」
ナナシ「好きな時に好きな行動が出来ないのに?
    俺は入団したら10分かからず逃げ出す自信があるよ」
シリカ「……そうですね。ナナ……ジークさんならそうしそうです」

 ナナシだとバレると補給はどうしてなにやってんだと周りがうるさいだろうと、シリカには悪いがジークと呼ばせていた。
 しかしジークという名前にも振り返る存在は居る。
 今は夜だから人の数も少ないが、何人かは振り向いたようだったが、向かっている先がフィールドダンジョンだと知ると追ってくることもなかった。

シリカ「……懐かしいですね、ここ」
ナナシ「ピナがてんとう虫を食べた時は爆笑したなぁ……」
シリカ「嫌なことばかり思い出さないでくださいよ!」

 この世界にも虫は当然居る。
 触ることも出来れば、殺すことも。
 ただし時間が経てばまた現れるし、殺したところでなにも得るものはない。

ナナシ「ていうかさ、ピナってつくづくシステムAI無視した使い魔だよね。
    てんとう虫食うとか、ましてや……
    主人を庇うことなんて、システム上存在しないはずなのに」
シリカ「………」

 シリカは俯き、両手で“ピナの心”というピナの尾羽根を持ちながら歩いてる。
 使い魔は死亡したら“○○の心”というアイテムを残し、三日過ぎるとそれが“○○の形見”に変わり、蘇生不能になるという。
 だから向かうなら早い内ということで、モンスターが活性化してエンカウント率が高い夜だというのに、彼と彼女はフィールドダンジョンに向かっていた。

ナナシ「気になることがあるからさ、ピナを復活させたらスキル欄見てみて」
シリカ「え? あ、は、はい。……ジークさんの中では、
    もうピナを生き返らせるのは決まっていることなんですね」
ナナシ「あったりまえじゃい。俺はともに冒険して、苦楽をともにしてきた者ならば、
    たとえ相手がゴブリンだろうが仲間として受け入れる。
    人じゃないとかモンスターだからとか、そんなのは理由にならんのよ」
シリカ「……あたしも……ですか?」
ナナシ「おっほっほっほ〜♪」
シリカ「《わしわし》ひゃぁあうぷぷぷっ! し、質問に答えてくださいよぅ!」

 頭を撫でられてはぐらかされるも、シリカはとっくに笑顔だった。
 この世界での“誰かが傍に居る”は、現実世界なんて比べ物にならないほど安心する。
 それに、ピナを生き返らせるのはもう決まっているのだ。
 生き返らせたら、たくさん謝ろう。そして、一緒に居られない今この時の時間を埋めるように、たくさん傍で楽しもう。
 そんな思いを胸に、シリカはフィールドダンジョンへと足を踏み入れた。

……。

 来るのは初めてではないそこは、夜ということもあって少々不気味だった。
 ダンジョンとはいっても道はレンガの道で舗装されており、なんというかモンスターなんか出ないんじゃないかってくらいに場違いな層だ。
 そんな中をナナシと一緒に走る……のだが、速い! 速いすぎる! AGI+300の世界ってこんなに違うの!? 戸惑うシリカだが、試しに全力で走ってみると景色がまるでジェットコースターに乗った時の光景……いや、もっとひどいかもしれない。
 それくらいの速さを自分で出せてしまう事実と、それに平気な顔でついてくるギルドマスターに唖然とする。

シリカ「あのー! マナー違反かもですけど、ナナシさんのレベルって───」
ナナシ「152!」
シリカ「うぇええええええーーーーっ!!?」

 とんでもなかった。
 こちらはまだ68だというのに、100どころか152!?
 なるほど、一人で76層なんてところを攻略できるわけだ。
 というか……76層のボスのLAを聞いただけであり、76で止まっているとは聞いていないわけだが。……まさかね。

シリカ「ななななんでそんなにレベルが!?」
ナナシ「自分以外誰も居ない最前線。
    アイテムは拾い放題で、エクストラスキルも取り放題。
    ボスのLAも取れるし、個数限定の武具なんかもクエストで手に入る。
    支援はやめたから、文字通りアイテムにも金にも困らない。
    金にものを言わせてリズにブツを限界まで鍛えてもらったり、
    エギルを仲介させて目玉商品をキリトとかアスナに売ってもらったり」
シリカ「そんなことしてたんですか!?」
ナナシ「たまにでいいからエギルの店には寄ってね。
    シリカ用の武器防具も預けてたから。
    まあ、エギルには内緒にしといてって言ってあるけどね」
シリカ「うぅ……自分のことで精一杯で、行ってませんでした……」
ナナシ「そりゃしょうがないよ」

 モンスターが出てきても一刀両断。
 短剣なのに敵が真っ二つになる状況に唖然とする。
 なにせスパッと斬ったら風が巻き起こり、敵を二つに割ったのだ。
 しかもディレイが無いから、その影に居たモンスターも返す一撃であっさり両断。
 ……AGI特化防具と、総AGIで威力を変えるディレイオーダー、そしてザ・サウザンドリーパーの効果は恐ろしいものだった。

シリカ「あの、これ……ソードスキル要らなくなるんじゃ……」
ナナシ「うん……なんかシリカの攻撃見てたら、俺もそう思った」

 そうと決まればと彼は内心ニタァアアと笑った。
 さて、彼が皆と別れてから現在の突破した層までを虱潰しで探索したとして、荷物の総量はシリカに分ける程度で収まるだろうか。答えは否だ。
 彼は上層に自分の家を持ち、そこにアイテムを保管してある。
 そこには当然、ステータス上昇アイテムも。
 どうせならアレだ。シリカさん、最強にしてみません?
 そんなステキな作戦を頭に浮かべながら、彼は走っていた。
 当然、隣を走る少女がそれを知るはずもなかった。

……。

 呆れるほどの速度で奥地についた二人は、そこで無事に蘇生アイテムである“プネウマの花”を入手。すぐに会いたい意思が彼女を動かし、ピナの心にプネウマの花に存在する雫を落とした。
 「あ」とナナシが言うが、もう遅い。
 「え?」と首を傾げるシリカを余所に、ピナは蘇生し……キュウと鳴きながら、シリカに飛びついた。

シリカ「あ、あぁあ……ピナ! ピナァッ!!」

 シリカも当然それを受け止め、涙しながらごめんなさいとありがとうを。
 そして一人頭を掻くナナシは……フルフェイスの硬さにグムムと唸りつつも、どうしたものかと悩んでいた。

ナナシ「え、えーとねシリカさん?
    ここのフィールドモンスター、僕らなら平気だけど、ピナは……」
シリカ「───!」

 感動も束の間。
 街の宿に戻ってから蘇生すればよかったと後悔する彼女を、きっと誰も責められはしないだろう。自分の所為で死んでしまった使い魔だ、すぐに生き返らせたかったに違いない。
 そうだ、ここは四十七層。下層のドランクエイプ相手でさえピナは一撃で殺されてしまったのに、こんな場所でまた敵に遭遇したら……!

シリカ「ど、どうし、どうしよ……あたし、あたし……ピナぁ……」
ピナ 『キュ? キュ?』

 ピナはそんな危険な状況にあることなど知らず、泣き出したシリカの涙を懸命に舐めている。本当に、AI通りに動かない使い魔だなぁなんて思いつつ、ナナシはそれならとシリカを促した。
 普通じゃやらないことをピナだけがするなら、普通じゃないなにかがシリカ側にあるのかもしれない。そう思ったのだ。

ナナシ「スキル欄。見てごらん」
シリカ「スキル……欄……え、でも、あれからろくにレベルも上がってませんし、
    新しいソードスキル習得のウィンドウも……」
ナナシ「いーから」
シリカ「………」

 促されるままに手を動かし、半透明のウィンドウを出現させる。
 それをタッチして操作してゆくと、目の前にはスキルの項目。
 スッと素早く指を動かすと、見慣れた文字の羅列が上から下へざぁっと流れてゆく。
 その羅列の中に見慣れない、けれどあれば嬉しい点滅する“New!”の文字。

シリカ「え、な、なんで」

 システムメッセージにそんなものがあった記憶はない。
 けれどそこにある文字は確かに自分の目の錯覚ではなく……“ハートファミリア”。
 そこにはそう書かれていた。
 項目に触れてみれば新たなスキルウィンドウが開かれ、そこには……

シリカ「あ……あぁあ……!」

 そこには、ピナのステータスが表示されていた。
 Lvから始まりExpで終わるそれは、経験も詰めてレベルも上げられることを指している。
 というか、主人の経験値を分けてあげることが出来るらしく、レベルが上がってから次のレベルまでに溜めた分を分けることが可能。
 試しにあと少しでレベルアップする自分の経験値の全てを分けてみれば、ピナのレベルは一気に25まで跳ね上がり、スキル項目にNew!の文字が現れ、自分を回復してくれたヒールブレス、シャボン玉のように小さいながらもサポートしてくれたプチブレスの名称が明らかになって、その下にはヒートブレス、アイスブレス、ウィンドブレス、サンダーブレスの文字が。
 HPも随分と上がってくれていて、シリカは嬉しさのあまりピナを抱き締めわんわんと泣いた。きっと大丈夫。もう、死なせてしまうことなんてない。なりそうでも絶対になんとかしてみせると。

ナナシ「あってよかった……なかったら赤っ恥だった……! ……あ、こほんっ。
    ユニークスキル習得、おめっとさん。確認だけど、ピナって装備欄とかある?」
シリカ「ふぇぅ……? ふぁっ……まっふぇくらふぁい……」

 涙ぼろぼろなのに笑顔なシリカが、何度も何度も涙を拭いながら項目をいじくる。
 と、どうやらアクセサリのみ二つつけられるらしく───

ナナシ「じゃあ、属性ブレスが吐けるみたいだし、
    属性攻撃強化効果のセブンナイツバッヂと……
    これだな、ヒールネックレス」
シリカ「は、はい」

 サウンザンドリーパーと交換していたバッヂをピナに。
 さらにトレードされたネックレスをピナにつけると、ピナの自然回復力の項目が100から600に変わる。
 それだけでは意味がないので、ピナのスキル項目の中から“戦闘時回復スキル”を選び、習得させる。これで、戦闘時でも10秒ごとにHPが600回復する。そう簡単には死なないし、死なせやしない。

ナナシ「さてシリカさん」
シリカ「ぐすっ……はい、なんですか、ナナシさん」
ナナシ「幸いにも今は夜。敵がわんさか出る時間であり、プレイヤーも今はおりません」
シリカ「はい、そうですね」
ナナシ「では───」
シリカ「ええ───」

 レベリングの時間です。
 二人はピナを強化させるために駆け、存分に力を振るった。
 出てくる敵目掛けて呆れる速さで肉薄するや、右手一本で竜巻でも作る気ですかってほどの乱舞を見せるシリカが、敵を粉微塵にしてそのままポリゴン片に。
 ナナシは一度パーティ解散を選んでモンスターを引き連れてくると、それを全てシリカにコロがさせ、全部シリカの経験値にする。
 シリカはディレイの無い乱舞の中で試しにソードスキルを使ってみたが、それも恐ろしく速かった。速く、威力も高いが、技後硬直はやはり存在していた。これはもう、レベルを上げて物理で殴ったほうがいい。
 大人しくそう思った彼女はそのまま花舞うフィールドダンジョンで舞い続けた。
 不意打ちでバックアタックを狙ったモンスターも居たのだが、ピナのサンダーブレスで麻痺を起こし、振り向き様にシリカに切り刻まれ、あえなく消滅。
 怒涛のレベリングはシリカが納得するまで続き……いや、武具の耐久度がやばくなった時点でお開きになった。
 現在のレベル……シリカ、75。ピナ……46。
 上げすぎだろオイとツッコミたくなったが、まあ……飽きることなく沸いたモンスターに今は感謝を。コロがしながら来た道を戻り、経験値を稼ぎやすい場所でのレベリングは続いた。
 ピナのためにと夢中になるあまり、敵を倒すことに集中しすぎてレベルを上げてしまった回数は7回くらいだろうか。
 レベルが上がったのに、システムウィンドウがそれを知らせると“あぁああああ!”と頭を抱えた。なにかが間違っている……それは、それを見ていたナナシの感想だった。

  で。今は何処に居るのかというと。

 第48層、リンダースの街に二人は居た。
 リズベット武具店の看板を飾った店は48層の主街区の川の傍にあり、水車が川に押されてはごとごとと動いている。
 水車の動力を使って巨大な円形砥石で武器を磨くリズベットは、ここいらじゃ有名すぎる“マスタースミス”の鍛冶屋だ。
 一日に何人、武器のメンテを頼みにくるか解ったものじゃない。
 その日もリズベットは注文されていた武器のメンテをしていた。
 工房の中、回る砥石の隣で鈍い音を立てている水車は、なくてはならない大事なもの。
 でなければこの物件を発見してから死に物狂いでお金を貯めたりなんかしない。
 少し事情があって、まだかつてのパーティには内装代金を支払えていないのだが。

リズベット「はあっ。まったく、どーこほっつき歩いてるんだか」

 ナナシというパーティが行方不明になってから随分になる。
 目撃情報も全然。
 支援が無くなってからは人も荒れ、レアアイテムがドロップすれば、パーティ内でもいさかいが起こるといわれるほどだ。
 そう。行方不明だからお金が返せない。
 ようやくお金も溜まって、今なら返せるというのに。
 溜め息ひとつ、これまたかつてのパーティであり、親友でもあるアスナに注文されていた武器を研ぎ終える。
 刺突武器にしては刀身が広いそれは、ドロップウェポンでありそうそう代えが利かないものだ。だからこそ大事にメンテをする。あたしのもとへ来る注文の多くは、愛着ある武器を壊してしまいたくない人の愛で占められている気がする。

  カランカラ〜ン

 おっと。どうやらお客様のようだ。
 アスナは受け取りは午後になるって言っていたし、それまでは出来るだけ注文を集めておきますか。
 集中していたために固まっていた表情筋をこねて、最後にぱんっと一度叩く。

リズベット「接客も仕事のうち、っと」

 営業スマイルは忘れない。
 もうとっくに、あのパーティに居た頃の爆笑なんてものとは遠い自分だが、今でも思いだせる楽しかった日々。
 マスタースミスも修めたし、また武器を手にとってみるのもいいかもな……そんなことを思いながら、工房から店へ繋がる扉を開いた。
 瞬時に笑顔になるのは職人業だと思ってほしい。
 ていうか、こんな早朝に訊ねるほうもどうかとは思うが。

リズベット「リズベット武具店へようこそ!」

 うむ、会心の笑顔ではないかね! 見たまえ客人! 今日のあたしはこんなにも輝いて───

ナナシ  「ヘロウ」
リズベット「ヘロッ……えぇええっ!?」

 ───輝いたまま、行方不明者を発見した!

リズベット「ナナシ!? あんた今まで何処に居たの!?
      全然連絡つかないから、とうに死んだとか、
      ネームプレートに横線引かれないのはバグだとか言われてたのに!」
ナナシ  「い、いきなり失礼な!
      ちゃんと来てたじゃん! ほら、ジークフリード!」
リズベット「……あれあんただったの!?」
ナナシ  「気づいてなかったの!? フレンドリーに話しかけてたじゃないか!」
リズベット「かつては最前線で〜とかいう噂を聞いて、
      馴れ馴れしく話しかけてくる人多いんだってば!
      馴れ馴れしくギルドに入れとかどうとか! ああでも納得。
      ギルド・ジークフリードが独りしかいなかった理由は解ったよ」
ナナシ  「いや、実は新たにメンバーが加わりました」
リズベット「え? 誰? あんたが誰かを迎えるなんて珍しい」
ナナシ  「……今じゃ、さん付けされてた頃が懐かしいや」
リズベット「遠慮は無用、ってナナシさんが決めたんじゃない」

 ごもっとも。
 そして今さらさん付けで呼ばれるとむず痒い。

リズベット「で、そのメンバーって? あたしも知ってる子?」
ナナシ  「よく知ってるお子よ。ほら」

 ナナシの後ろで、ほわー……なんて言いながら店の武器を見上げては見下ろす少女。
 装備の全てが神秘的で、その人だとは思わなかったが……確かにリズベットは彼女を知っていた。

リズベット「え……シリカ!?」
シリカ  「ふゎいっ!? え、あ、リリリズさんっ、お久しぶりですっ!」

 急に名前を呼ばれ、びくーんとなったシリカはリズベットに向き直り、頭を下げた。

リズベット「どーしたのその格好……ちょっと見ないうちに随分綺麗になっちゃって」
シリカ  「え、えーとその。
      話すととても複雑のようで物凄く解りやすいアレがそうなって」
リズベット「ああいい、なんか解った。ようするにナナシに押し付けられたわけだ」
シリカ  「解りますか……」
リズベット「解るわよ。コレがジークフリードだってんなら余計に」
ナナシ  「ひ、ひどい! なんてひどい!
      ちくしょうこの店は客をコレ扱いするって宣伝してやる!
      ちょっぴりMで目が危ない客に困り果てればいいんだ!」
リズベット「お願いやめてあたしが悪かった! ……で、なに? 冷やかしなら帰って」
ナナシ  「お願いされて悪かったまで言われたのに冷やかし扱いかよ」

 言いながらも自然と頬が緩むリズベットは、変わらぬナナシに手を振り上げ、同じく振り上げた彼とハイタッチをした。

ナナシ「今日来たのは他でもない。このお子が装備している武具を、
    速度重視で最大値まで鍛えてやってくれまいか」
シリカ「よ、よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げるシリカを、リズベットはスキルの鑑定眼で見つめる。
 …………頭から爪先まで、見たこともない装備だった。

リズベット「うあ……まーた無茶な注文を……。
      やったことないものの強化って神経削るんだよー……?」
ナナシ  「大丈夫! きみなら出来る!」
リズベット「まーた無責任な……。あぁ、えーと。
      こっちもいろいろ注文受けてて、すぐってのは難しいし。
      そりゃあ優先させたいけど、店の信用問題だから」
ナナシ  「ちなみに注文って誰から?」
リズベット「アスナとキリト、あとエギルからも武具メンテの注文。
      アスナとキリトのはちょっと特殊で、アスナは一段階上の武器を、
      キリトは二刀流スキルのための武器をもう一本作って欲しいって」

 あぁ、と納得。
 なんでもその武器を作るにはマスタースミスクラスの鍛冶屋でしか発見できない鉱石が必要らしく、行こう、と思った矢先に血盟騎士団から呼び出しをくらい、アスナもキリトも戻ったんだとか。午後までには黙らせてくるから、それから行くわよ、とアスナに言われ、予定が埋まっているそうだ。

リズベット「それより、どーよ! マスタースミスッ!
      もう鈍器オーダーなんて呼ばせないわよっ!《どーーーん!》」

 まあそんな話はさておき、どーんと職人エプロンを身につけた女性が胸を張っておる。
 ナナシは素直に拍手と笑顔を送り、リズベットは鼻を高々に伸ばしたい気分にひたり、シリカは苦笑。

ナナシ  「じゃあそんなマスタースミスを見込んで! 今行こう!」
リズベット「えぇ!? 今からって、そこにはボスモンスターも居るのよ!?」
ナナシ  「ええい構わぬ! 鉱石は必要数を持ってくればヨロシ!
      そうすればアスナもキリトも鉱石発掘せずにハッピー!」
リズベット「店の信用問題が! 順番があるんだってば!」
ナナシ  「午後まで時間はある! たっぷりとだ!
      はいリズ、ハラスメントコード解いて! 俺が抱えていくから!」
リズベット「ちょっと待てあんたはいったいあたしになにをする気だーーーーっ!!
      いやーーっ! 寄るな触るな変態変態ーーーっ!!」
ナナシ  「運ぶだけって言っとろーが!!」
シリカ  「そうですよリズさん! なんだったらあたしが運びますから!」
リズベット「……えっと。まじ? 本気で、今から? 鉱石取りに?」
二人   『押忍!!』
リズベット「あんたらいつからそんな仲良しになったぁーーーっ!!」

 結局は押されるままに……リズベット武具店は午前は臨時休業となった。

……。

 マスターメイサー。メイスを極めた者につけられる名前。
 リズベットはとっくにメイス熟練度を極めており、振るう姿も様になっている。
 なっているが……アレと自分を比べるのは、正直もうどうかしてる。

ナナシ「クラッカーヴォレェエーーーイ!!」
シリカ「小手先の回転! 斬撃のぉっ! 無限回転エネルギィイーーーーーッ!!!」

 ナナシが鉄球のようなものを投擲し、現れた敵を破壊した。
 その後ろに居た大型モンスターを、シリカが……うん、なにやったんだろ。あたしには見えないや。うん。

二人   『さあリズ(さん)も!!』
リズベット「あたしに何を求めてるの!? ジョジョか!? ジョジョなのか!?」

 三人で雪山を登る。55層はほぼが雪で埋もれており、西の山であるここも当然雪山だ。毛皮のコート無しでは満足に行動できない寒さであるが、二人はさっさと前へ進む。
 アスナとキリトが求める鉱石はこの先にあり、実はまあ、ナナシとパーティを組んでいた頃に来たことがある。その頃はまだマスタースミス“候補”だったから発掘は出来なかったけれど……今ならきっと。

リズベット「ここの竜は何度でもPOPするの?」
ナナシ  「コロがしても時間沸きってところかな」
シリカ  「前の時は調査しながらでしたから、随分と大変でしたね……」
リズベット「ああ、あれね。ナナシが襲ってきた竜に向けてピナを突き出して、
      ほーらパパでちゅよー! って言った途端にブレスくらったあの」
ナナシ  「ごめんなさいやってみたかったんです。
      だがピナは庇った俺に死角はなかった」
シリカ  「あの時は死んじゃうかと思いましたよね……」

 思い出話をしながらも、走る足は止まらない。
 というかリズベットはナナシに抱きかかえられていて、苦労もなく進んでいる。

シリカ  「ところでどうしてお姫様抱っこなんですか? おんぶでもいいのに」
ナナシ  「敵が出た時に投げ捨てて武器を構えられるじゃないか」
シリカ  「ああっ!」
リズベット「いやいやそこでなるほどって顔をするんじゃない少女よ!
      捨てられるあたしの身にもなりなさいっての!」

 駆け上ってゆく。
 売り言葉に買い言葉とはよく言ったものだが、これで結構ムキになりやすい彼女にしては、こんなやり取りはむしろ懐かしく、心地の良いものだった。
 普段ならカチンとくるような言葉でも、笑って受け入れてしまえるのだ。
 ……辛気臭い顔で店を訪れては、武器を預けて去ってゆく客たち。
 そんな客に笑顔を見せるのも仕事とはいうけれど、時折居るのだ。「俺達は苦労して戦っているのに、なにをヘラヘラ笑ってやがる!」といちゃもんをつけてくる客が。
 それは主に、キバオウが率いるアインクラッド解放軍の連中だ。
 正直、まるで好きになれない。
 吐かれる言葉の全てが神経を逆撫でするし、誰に向けても威圧的だから腹が立つ。
 けれども、前線を離れて鍛冶をしていることは事実なのだ。
 自分はもう戦っていない。その点に関しては、彼女は出せる反論を持たなかった。

リズベット「……ねぇ。ナナシはさ。なんで……支援をやめたの?」
ナナシ  「んー? そうだなー……みんながそれを当然と受け取り始めたからかな」
リズベット「当然?」

 そう、とナナシは続ける。

ナナシ「自分は助けられて当然。戦わなくても食っていける。
    自分がやらなくても誰かがやる。そんな生き方が“普通”になってきてる。
    攻略に出る人が日々減っていってるの、知ってる?
    俺が情報を提供してた頃はまだ大勢居たけど、
    あれからもう、攻略に出る人の数は半分以下。
    死んだわけじゃない、怖くてやめたんだ」

 情報もないところに飛び込むのは怖い。
 怖いならやめてしまえ。
 俺がやめるのはナナシが支援をやめた所為だ、俺は悪くない。
 そんな連鎖が足を鈍らせ、やがてフィールドに出ることをやめさせた。

ナナシ「“死んだら死ぬ”のは、こっちだって向こうだって同じだ。
    じゃあ、仮想に憧れたやつらが冷静になってから選ぶ場所ってのはどこかな。
    出来なかった技なんてもんが出来る仮想世界?
    それとも、もう随分と長い間潜っちまって、
    今さら戻っても自分の居場所があるかどうかも解らない世界?
    俺だったらきっと、この世界って言うよ」
シリカ「あ……そっか。今もし出れたとしても、何ヶ月も眠ったままの体は……」

 復帰するまでに時間がかかる。
 元の世界のことを一年も二年も学ばずに戻ったとして、自分の居場所はどこになるのか。授業もてんで受けられなかった自分は、他の人に見下されながら生きていくのか。
 シリカはそんな恐れを、あれほど帰りたがった現実世界へと抱き始めた。

ナナシ  「じゃあこっちで、って思い始めたやつらに情報を提供したら、
      そのままで固まるだけだろ? いい加減思い出さなきゃいけないんだ。
      俺が支援するのが常識なんじゃなくて、
      あの時まで支援していたことが非常識だったんだって」
リズベット「……そっか」
ナナシ  「自分の力で歩かずに楽して暮らす。いつかは誰かが攻略して救われる。
      十分、夢の国は味わえたろうさ。だからやめたの。
      約9千人が甘い汁を吸ったなら、最後に自分が吸うくらいはいいだろ?」
リズベット「たっはは、そりゃ言い返せないね。
      で、手に入れたアイテムでシリカちゃんを強化中ってとこ?」
ナナシ  「そうそう。このあと80層にある家に連れてって、
      保管してある残りのドーピングアイテムで最強の短剣使いになってもらう」
リズベット「へー! 家買ったんだ! はちじゅ八十!?」
シリカ  「えぇえええっ!? は、八十層!?
      そんなところまで行ってるんですか!?」
ナナシ  「押忍。独りだからレベルがモノスゲー勢いで上がります。
      なんでもかんでも取り放題。でもデストラップだけは生きた心地がしない」

 なので、レベルアップで新たに出来たスキルスロットに、トラップ探知とトラップ解除を入れた。

ナナシ  「あ、ちなみに80層だと平気でフィールドにコボルドロードとか居る」
シリカ  「ありがたみがないですね……あれ? じゃあLAも?」
ナナシ  「いや、それはさすがに無くなってた。
      代わりにポーションを確実に落としてくれる」
リズベット「かつてイケメンくんが欲したLAがポーションに様変わりかぁ……」

 ひどい話だ。
 溜め息と同時に言葉を吐いたところで、目的地に到着した。

シリカ  「相変わらず水晶が綺麗です〜……!」
リズベット「これ回収して、家を水晶の家とかに出来ないかなぁ」
ナナシ  「ふむ。《コインッ》……破壊不能オブジェクトだって。無理だな」

 叩いてみれば、家屋とかにも出てくる破壊不能を意味するイモータルオブジェクトの文字。不死、不滅の物体らしい。

リズベット「でもこういうのって、
      巨大生物が暴れた時とかは普通に壊れるエフェクト見せるのよね。
      それをなんとか拾ってさ、ほら」
シリカ  「前にもそんなこと言って、
      手にとってみたらポリゴン片になって消えたじゃないですか」
リズベット「……マスタースミスになった今ならいけるかもしれない……!」
ナナシ  「それが出来るなら、今の時点で破壊できてるって」
リズベット「うぅ、それもそーね……」

 水晶の丘に辿り着く。
 新たなダンジョンでもないもんかと、いろいろな場所を巡っては敵をコロがしているものの、今現在で見つけた隠しダンジョンは下層のみ。
 奥に進んでいくと、死神のような姿のボスが居る場所だ。しかも異常に強い。
 まあそんなことは後だろう。
 水晶の丘で見上げる空から、大きな竜が飛んでくるのが解る。
 水晶を餌とし、体内でそれらを溶かし、腹の中で鉱石を生成する。
 だから竜をコロがしてしまうのは実はもったいないわけだが……では鉱石はどこに? という話になるが、これも前回で攻略済みだ。

リズベット「戦う?」
ナナシ  「いや、気配を殺して去るのを待ってから巣穴に行こう」
シリカ  「ですね」

 鉱石は巣穴にある。
 体内で生成されたそれらは竜によって排泄され……まあつまり、そういったものを拾うのが今回の目的。
 竜のビッグから作る武器なんてと思うだろうが、困ったことに強いのだ。
 キリトが二刀流の武器に使うとするなら、一緒に攻略していた時に得たエリュシデータともう一つは、その鉱石から作る武器が望ましい。
 今のところ防具ばかりで、武器のLAはしばらく見ない。
 なにかいいものが出たら、それを渡すのもいいだろう。

シリカ「そもそも耐久度がもう危ないですから、無茶したら壊れちゃいますよ」
ナナシ「ゲゲェそうだった! 迂闊に攻撃も出来ん! ……あ、じゃあ装備変えようか」
シリカ「あ」

 当たり前のことを忘れていた。

……。

 これまたLA防具やトレジャーボックスから得た防具で身を包んだ三人は、竜の巣穴を見てとほーと溜め息を吐いた。
 毎度のことながら、高い。

リズベット「じゃあ、えっと?」
ナナシ  「今回はロープ持ってきてあるから大丈夫だって。
      これを水晶に括りつけて……と。じゃ、行こうか」
シリカ  「はい」

 ロープを握り、ごしゃーと巣穴へ落ちてゆく。
 そう、横穴ではなく縦穴なのだ。
 その底の底にある雪の山に埋もれるように、鉱石はある。
 しかしインベントリに回収できるのがマスタースミス取得者だけとくるので、どうにも上手くいかない。前回もそれで“お宝を目の前にして諦めるしかないなんてー!”と彼女は泣いた。
 随分と長く下りたさきに、足が埋まるほどの雪が積もっている。
 それをざしゅりざしゅりと掘ると、出るわ出るわのクリスタライズ・インゴットという鉱石。それをリズベットに投げて、再び探す。

シリカ  「リズさーん、これー」
リズベット「はいよー。《パシッ》……んーと、鑑定鑑定」

 鑑定をする。
 鉱石にはいろいろなものがあり、一言で鉱石と呼ぶわけにはいかない事情がある。
 というのもこれらの鉱石、拾った時点で+効果の有無や、それが筋力か敏捷のどちらに傾いているのかが解るのだ。
 二人が求めるものはAGI上昇修正のインゴット。アスナもそれで、キリトは硬度を。
 耐久度を上げると、自然と武器の重量も上がり、重くなるが……キリトはむしろ腕にずしりと、手にはしっくりとくる剣を望んでいる。
 なので鉱石をせっせと探すのだが……

リズベット「うわはー……硬度強化ばっかりだ。こっちは助かるけど、そっちは……」
ナナシ  「フラッシュピストン発掘!《ショバババババババ!!》」
シリカ  「身体強化発掘!《ザバババババ!!》」
リズベット「……聞いちゃいないわね」

 雪をどかしては発掘。採掘とも、というかむしろ採掘だろうが、なかなかこれといったものに巡り合わない。
 リズベットはほくほく顔だが、二人の顔は難しくなってゆく。
 時間もそろそろやばい。
 ここでは転移結晶が使えないのだ。

ナナシ「俺、思いました。もし竜が水晶食いまくってる途中でさ、便秘になったら……」
シリカ「……考えたくないですけど、立派な鉱石が誕生するんでしょうね」
ナナシ「まあゲームでそれはないよねー」
シリカ「で、ですよねー、あはは《コツッ》……あ、ありました」

 段々見つからなくなってきた鉱石を見つけ、掘り出す。
 それをリズベットに鑑定してもらうと……速度特化型。目当てのものだった。

シリカ「あはっ! やりましたよナナシさん!」
ナナシ「ウムムム〜〜〜〜〜ッ!! ならば余も負けてはおれぬ〜〜〜〜っ!!」

 なにと戦ってるんだあんたはとリズベットにツッコまれても、彼は掘るのをやめなかった。やがて、いい加減彼の姿が掘った穴の底に消えようとしていた……その時。

ナナシ  「おーい二人ともー! 底のほうに横道発見したぞー!」
シリカ  「えぇっ!?」
リズベット「うそっ!?」

 慌てて下りてくる。
 掘りすぎてほぼ坂になっている雪の山を下りた先には、なるほど、たしかに穴が。ただし雪が詰まるように固まって、氷の壁のようになっていた。

シリカ「ピナ、お願い」
ピナ 『キュウ!』

 そこでピナの出番だ。
 ピナが氷の壁の前に近づくと、息を吸って……ヒートブレスを吐き出す。
 これにはリズベットは随分とたまげた。

リズベット「えぇええっ!?
      ピ、ピナってヒールブレスとシャボンみたいな火しか吐けないんじゃ……」
シリカ  「えへへぇ、実はあたし、ユニークスキル取っちゃったみたいでして」
リズベット「なんですとぉ!?」

 驚愕のリズベットがシリカに詰め寄る。
 照れ笑いを浮かべるシリカが操るウィンドウを見つめ、リズベットが「ほぉわあぁあ〜〜〜っ……!」と目を輝かせていった。
 ……その最中も頑張ってヒートブレスを吐くピナに、友情の敬礼を送るナナシ。
 世界は平和だった。

……。

 氷が解けた横穴の先には、ただただ長い道があり……どこまで続くんだと呆れるばかりの道の先に、ようやく空洞を発見。
 ドーム状に広がるそこは祭壇のように段差が出来ていて、昇っていった先には石造りの台があった。

ナナシ「なんだろこれ……別になにかがあるわけでもないね」
シリカ「使い魔蘇生の時みたいに少し待ったら花が咲く、とかですかね」

 言っていると、AGIで二人に叶わなかったリズベットが高い高い祭壇をようやく登ってきて、恨みがましい視線を二人に送る。

ナナシ  「や、だって通路狭かったし、一人通るので精一杯だったし」
リズベット「段差昇るときに抱えてくれればよかったじゃない!」
ナナシ  「楽を覚えちゃだめざます! ってことで、ここ。なんだか解る?」
リズベット「? ここって……なにこれ」

 リズベットがちらりと見た先には、やはり石造りの台があるだけ。
 生贄を捧げてナイフで突き刺しそうな祭壇だ。
 怪しげに見つめ、ちょん、と突いてみると───石造りの台の上部、まっ平らなそこの中心が輝いた。

リズベット「え、え、なにこれ」

 やがて光が消えると……そこにはハンマーのようなものが。
 リズベットが恐る恐る、ちょんと突いてみると、そこにウィンドウが開き、アイテムの名称を教えてくれる。

リズベット「名称は鍛鎚(たんつい)オンスロート。カテゴリはアクセサリ。
      ブラックスミスを修めたマスタースミスのみが装備出来て、
      武具の強化限界を……突破、できる……!?」

 その時感じた喜びをどう唱えよう。
 ああかみさま、とでも泣き叫ぼうか。
 ただ、前線から離れて鎚を振るう日々が、申し訳なく感じなかった日はなかった。
 心無いプレイヤーがへらへら笑うなと怒る中、暗い気持ちで客を迎えたところで客は落ち込むばかりだ。余計に募る申し訳なさに、せめてクオリティを良くしようと頑張ってきた。
 でも、強化にだって限界がある。
 愛着ある武器を手放さなきゃいけない客を何度も見てきた。
 でも、でもこれで───

リズベット「……っ……」

 鍛冶師をやっていてよかったと、胸を張れそうだ。
 泣きながら鎚を抱き締めるなんておかしなことかもしれないが、それだけ嬉しかったのだから仕方ない。
 鎚を抱き締めながら泣くあたしを、二人はおろおろと慰めようと───した瞬間、突然の地震。驚いたあたしの前には、なにやら全てを悟ったような顔のナナシが。

ナナシ「……リズ。こんな時だけど訊かせてくれ。
    とても素晴らしい宝を手に入れた先に待つトラップって、なんだと思う?」

 唱えられた言葉に、リズベットとシリカはさあっと顔を青くした。
 反射的に転移結晶を使うが発動しない。

ナナシ  「セットイン!」
リズベット「ラジャービュー!」

 言葉だけで即座に負ぶさるリズベットによっしゃと返し彼はシリカを促して駆けた。
 祭壇を飛ばして下りて、来た道とは反対側へ。
 どうにもそちらにも穴があったので、迷う暇なくレッツゴー。
 しかし困ったことにその穴が祭壇の下ではなく、段差の中断あたりの壁にあるのだ。
 走っていったところで届かない。
 なので……跳躍しかない。
 再びシリカを促すと、まずはナナシが跳躍。
 しかしタイミングが速すぎたためか届かず───

ナナシ  「シングルシュート!」
リズベット「《ブン!》ふわい!? きゃーーーっ!!?」

 落下する前に背中のリズベットを剥がし、穴へと発射。見事に穴に入るのを見届けると、その上をシリカが跳躍してゆくのを見届け───

シリカ「ピナ!」
ピナ 『キュウ!』

 落ちる彼を、ピナがウィンドブレスで押した。
 スキルレベルが上がっているためか螺旋効果が付加されているようで、ナナシは回転しながら穴へと吹き飛ぶことになり……そこで待機していたシリカとリズベットを巻き込み、奥の壁に激突した。

ナナシ  「いがぁああたたたた……! まったく無茶をする……!」
リズベット「無茶はどっちよもう……!」
シリカ  「で、でも無事でしたし。ありがとう、ピナ」
ピナ   『キュ』

 穴に飛び込んだ時点で、後方で轟音。
 みれば天井が砕けたようで、先ほどまで自分達が立っていた場所は分厚い氷で潰れていた。と、いうか。

リズベット「うわ……ここってあの凍った湖の下だったんだ」

 そう。空洞の上は、巨大な氷湖だった場所だった。
 穴から出てみれば、丁度足場が出来たような状態。見上げれば大きな空。
 少しは昇らなければいけないような位置だが、解りづらくはあるが昇る坂も用意されていた。

リズベット「……つまり、ここまで跳躍出来るレベルじゃなければ、
      鎚を取っても潰れてたってこと……ね」
シリカ  「……茅場さんを殴りたくなってきました。
      人をこう、真剣に殴りたいって思ったのはきっと初めてです」
ナナシ  「うん……殺したいとかそういうんじゃなくて、
      なんというかこう……殴りたい」

 とりあえず生きて出れたことに感謝。
 穴からよっこらせと出ると、まるでイベントがそうさせたかのように綺麗な光がこの場を照らした。

リズベット「はーあっ……イベント終了、っと。
      終わってみればあっという間だったんだろうけど」
ナナシ  「ていうかね、リズベットさん。
      湖って部分が落下して、抉れたこの場所に光が届くってことはさ」
リズベット「うん? んー…………あぁっ!?」
シリカ  「急いで戻りましょう! アスナさん怒ってるかもしれません!」
ナナシ  「おう頑張れ! 俺はいかん!」
リズベット「えぇっ!? なんでよ! アスナ、あんたのことすっごい心配して───」
ナナシ  「裏切りを口にしてまで頑張ってるお子の前に俺が出てどうしますか!
      だから俺のことは口外禁止!
      武具は預けとくから、アスナやキリトが帰ったらメッセージ頂戴!」
シリカ  「……いいんですか、それで、ほんとに」
ナナシ  「意地とかそんなのじゃなく、アスナが成長するいい機会だってのはほんと。
      あいつが今自分で立ち上がって頑張ってるなら、
      それはきっとあやつの強さになります。だから、よろしゅう」

 言って、手を振って別れる。
 別れるくせにパーティは解散しないあたり、彼も結構寂しかったのかもしれない。
 頭にピナを乗せたシリカと、鎚を大事にアイテム欄に納めるリズベットは顔を見合わせて笑った。




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