09

 再び時は流れる。
 ギルドジークフリードはとうとう95層まで辿り着き、そこまでの転移門を解放。
 街の名前は伏せたままにして、95層に家を持った。

キリト「四人で95層到達って……」
ナナシ「まあ、上等じゃない? 上手い具合に全員分のユニーク武具も揃ったし」

 キリトが黒主体、アスナが白主体、シリカが青で、ナナシが緑。
 見事に色が分かれたのは、ドロップ時に色設定が出来るからだ。
 そして、手に入れたユニーク武具は、多すぎない程度の人数で分けたほうが攻略がしやすいということが解った。
 武具分の人数を一人ずつ集めて固まるより、武具一式分の人数を集めてフル装備させたほうが防御力も攻撃力も敏捷度も安定する。
 お陰でスカルリーパーの時のような苦戦は特になく95層だ。

キリト「二刀流も完全に馴染んだし、武器も一新。
    贅沢三昧ってのも、やってみると案外怖いな……」

 背中に二本の剣を差しているキリトは、言葉の割りに顔は笑っていた。
 フォービドゥンとトゥルーエクスカリバーという直剣は、既にリズベットによって最高値まで鍛えられている。

アスナ「あとは、これからの5層があまりに強くないことを願うだけ……ね」

 アスナの細剣も一新されていて、ただひたすらに突くことだけに特化した武器、名前はハートノッカーという名前で、ノックするような気安さで心臓を突き破るとされる、突きが異常なまでに強い細剣。

シリカ「強くても、みんなで頑張れば大丈夫ですよ、きっと」

 シリカの武器はクシャニシカという、風と雷の属性を付加したユニーク武器。
 相手を確率で麻痺させるとともに鎌鼬で刻むという武器だ。

ナナシ「そうそう、なるようにしかならん。なるようになるために、今日も元気にレベリングさ!」

 ナナシの武器はインセンディエリという高熱を持つ大剣。
 武器と同調することで大剣の中でマグマが踊るほどの高熱を叩き出す。
 全員のレベルもとっくに100を越え、ここより下層ならば苦労もせずに敵を倒せるところまでいっていた。
 あとは───

ナナシ「じゃ、クリアする前にこの世界を堪能するか!」
シリカ「そうくると思ってました」
アスナ「まあ、兄さんだし」
キリト「遣り残したことがないか、調べておかないとな」
ナナシ「うむ。こうして地道にフラグを立ててゆくのだ。
    勝てて当然って思っておいて、実は……みたいな感じで」
キリト「どうせなら勝てるフラグを立てようぜ……」

 正論である。
 家から出て、いざ外へ……と思ったところで、家の前で小さく流れる小川に、子供が立っていることに気がついた。
 
キリト「へぇっ!?」

 95層に子供!? 街中だからって居るわけがない!
 90層にもなってくると、居住区はあっても人は住んでないんだぞ!?
 それが……子供!?
 目を何度もこするキリトの背中に、後ろが閊えてるぞとばかりに蹴りを入れる。
 つんのめった彼の恨みがましい視線を受け流しながら、ナナシはその少女を見つめ……とことこと傍まで歩き、振り向いた少女に人差し指を伸ばした。
 こてり、と首を傾げた少女だったが、真似して人差し指を突き出し、二つの指がくっつく。彼は元気にこう言った。

ナナシ「この子はわたしの子供です!」

 少女が気絶した。
 ナナシは全員にボコられた。

……。

 少女は自身をユイと名乗った。
 気絶したのは別に、勝手に子供扱いされたからではないことが解ると、ナナシは“あばれる”を実行。マスタースキルである体術を使い、三人にマキシマリベンジャーを叩き込んだ。

ナナシ「ユイちゃん? 俺、ナナシ。ナ・ナ・シ」
ユイ 「な、な、い?」
ナナシ「シ」
ユイ 「い?」
ナナシ「やだこのお子可愛い……! な、撫でていい? 撫でていい?」
シリカ「だめです!」
アスナ「だめ!」
ナナシ「なんで!? いいじゃんかべつに!」

 少女の外見は八歳くらいで、肩甲骨あたりまで伸ばした髪の前はぱっつんとそろえられており、なんというか子供らしい子供といった感じで、見ているだけで癒しを感じる気分だった。

シリカ「えと。あたしはシリカだよ。シリカ」
ユイ 「いーか?」
ナナシ「なんと……シリカはイカであったか……!」
シリカ「違いますよ! ほ、ほら。シリカ。シリカ。ね?」
ユイ 「いぃか」
ナナシ「海老臭い!」
シリカ「海老だなんて言ってないですよ!」
キリト「まあまあ。なんでも呼びやすいように呼ばせればいいじゃんか。
    あ、俺はキリトだ。キリト。解るか?」
ユイ 「ん……き、い、と」
キリト「やっぱ難しいか。はは」
アスナ「わたしはアスナ。アスナだよ、ユイちゃん」
ユイ 「あうな!」
ナナシ「なんと……アスナは四魔貴族の一角であるアウナスであったか……!」
アスナ「違うわよ!」

 家は随分と賑やかになっていた。
 今度、暇が出来たらエギルとリズベットを招待するつもりだったが、それも結構早まりそうだ。
 ナナシは苦笑しながらそんなことを考えると、現実問題に取り掛かる。

ナナシ「で……このお子、どっから来たんだろ」
アスナ「第一層から……じゃないかな。偶然転移門でここの名前を言っちゃったとか」
キリト「それしか考えられないよな……」
シリカ「めげません! お姉ちゃんと、お姉ちゃんと言ってみてユイちゃん!
    お・ねー・ちゃん! はいっ!」
ユイ 「あい、うー、あん?」
ナナシ「なんと……シリカはドラゴンボールに出てくるパイクーハンであったか……!」
シリカ「違いますってば!」
キリト「けど、8歳なのにまともに喋れないってのも気になるよな。
    どうなってるんだ?」
ナナシ「ああ……まさか我が妹がアウナスで、シリカがイカだったとは……」
キリト「それは一切関係ないからな?」

 少女の身元確認が、目的になった瞬間だった。

……。

 四人はユイを連れて転移門から第一層へ。
 久しぶりに訪れたそこで、懐かしい味を堪能しようとNPCが経営する食事処に立ち寄った。

キリト「今なら人々がB級グルメを求める気持ち、解るかも」
ナナシ「アスナのメシは美味いけど、たまには変化が欲しくなるよな」
アスナ「なによそれ。美味しいならいいじゃない。
    料理のマスタースキルを馬鹿にしないでほしいわね」
シリカ「ほらユイちゃん、あーん」
ユイ 「あー」

 店内ではなく外の椅子で早速食べる四人と一人。
 シリカは自分より年下が居たことが嬉しくて、相当にべったりだ。
 しかしプレイヤーにしては頭の上にカーソルが現れず、かといって家に連れ込める時点でNPCでもない。
 イベントが発生するわけでもないし、いったいなんなんだろうかと四人は首を傾げた。
 そんな時だ。
 路地の奥から悲鳴を聞いた。
 街中で悲鳴なんて穏やかではない。
 頷いて走ってみれば、一人の女性プレイヤーを囲む四人の甲冑に身を包んだ男が。

女性 「子供たちを返してください!」
甲冑男「人聞きの悪いこと言うなって。すぐ返してやるよ。
    ちょおっと社会常識ってのを教えてやったらな」
甲冑男「そうそう、市民には納税って義務があるんだからな」
キリト「あ」
アスナ「兄さんストップたんまやめて止めて」
ナナシ「どげぇえええぃやぁあっ!!!」

 納税と義務って言葉に止まらなかった彼が、甲冑男ら四人に向かって体術スキル“チャージ”で突っ込んだ。
 街中ではどうやっても、デュエル以外ではHPゲージは減ったりしない。
 代わりにヒットエフェクトと衝撃だけは相手に伝わり……技や攻撃などの迫力だけは嫌でも伝わる。

甲冑男「な、なん」
ナナシ「ブチ殺す!!」

 立ち上がった甲冑男が頭を掴ま───れず、動作の勢いのままに地面に叩きつけられた。他の甲冑男がひぃと叫ぶが、それだけでは終わらない。

ナナシ「貴様の死に場所はァァア……!!」

 倒れた相手にスタンプを二発。
 これも当然ダメージにはならないが、レベル差のあまり大地を揺らすほどの衝撃に甲冑男はひぃいい!と叫ぶ。

ナナシ「ここだぁあああああああっ!!!」

 倒れて怯える姿に、掬い上げフルスウィング。
 そう、ダメージは受けないが衝撃は走るソレにより、甲冑男は第一層の空を、蹴られたゴムボールのような勢いでフッ飛んでいった。

甲冑男「いあぁあっ!? なななっ、なんだこいつ!
    お前っ! 俺達をアインクラッド解放軍の徴税官と知ってて───!」
ナナシ「徴税なんてルールは無いね。作ったのは誰だ? シンカーか? キバオウか?」
甲冑男「なにを寝惚けたこと言ってやがる! キバオウさんに決まって」
ナナシ「ブッ飛べカラミティイイイイイイッ!!」
甲冑男「《ギゴォゥンシャドッガァアアン!!》ぎゃあああああああっ!!!」

 大剣のフルスウィングで、またも星になった甲冑男。
 残り二人の甲冑男は悲鳴をあげながら逃げ出し、残されたのは……女性と、甲冑男らに囲まれて逃げられなかった少年少女たちだった。

ナナシ「よーす! 大丈夫かぁお子めらよ!」
少年 「え……あー! ナナシのにーちゃん!」
少女 「にーちゃんだー!」
少年 「今までなにやってたんだよー!
    なんかみんなシエンが終わったとかよくわかんないこと言って、
    大変だったんだぞー!?」
ナナシ「大丈夫! それは自業自得だから!」
キリト「いや、ここでそれ言っちゃうかよお前」
ナナシ「事実でしょうとも。じゃ、俺ちょっとキバオウブチノメしてくるから」
女性 「えぇっ!? あ、あの、あなたたちは……」
ナナシ「うわ、やっぱもう忘れられてる? 子供たちは覚えてたのに。
    えーと、ほら、俺ナナシ。解る?」
女性 「え……えぇっ!?
    あの、バグの所為で死んだことにされてない死人って噂されてた!?」
ナナシ「素直にひでぇ!」

 その一言に尽きた。
 ともあれ、いつかキリトやアスナが言っていたように、アインクラッド解放軍は二つに分かれた状態にあるらしい。
 元々の名前自体が違ったんだが、まあこれは仕方ないということで。
 目の前の女性……サーシャは、ナナシが支援をしなくなってからも子供たちの世話を続け、ほうっておけば精神異常を起こしていたかもしれない子供たちの支えになっていたのだとか。

……。

 さて、サーシャに案内されて訪れた教会にて、そこに訪れた先ほどの兵らのことで話があるというユリエールに事情を聞いたナナシは、うむりと頷いていた。

ナナシ  「なるほど、つまりシンカーは、
      キバオウに騙されて骸骨先生の傍に飛ばされたと」
ユリエール「が、骸骨先生?」
ナナシ  「ユリちゃんが言ってたダンジョンの奥に居るボスだよ。
      死神の格好をしていて、やたらと強い。まあでも……今なら勝てるかな」
ユリエール「ユリちゃん……って」
ナナシ  「ああ、ところでキバオウのやつどうして欲しい?
      フィールドまでホームランして、
      そこで装備を一つ一つ破壊してから崖からロケットダイヴしてもらう?
      俺もうあいつにかける情けの全てを捨ててもいい覚悟が出来てるわ」
キリト  「あんなクズのために手を汚す必要はないだろ」
ナナシ  「じゃああれだな。西の山の竜の巣まで連れてって、
      そこからヒモ無しロケットダイヴ」
キリト  「ロケットダイヴから離れような?」

 そうは言うが、キリトも内心怒ってはいた。
 軍を纏められなかったシンカーも悪かったかもしれないが、“丸裸で腹を割って話そう”といって装備を外したシンカーを、強制転移でダンジョンの奥深くに飛ばしたキバオウは最悪すぎる。

ナナシ「じゃああれだ! もうキバオウをリーダーにして最前線立とうぜ!
    あいつきっと泣き叫んで喜ぶよ!」
キリト「リーダーが真っ先に死ぬパーティってどうなんだよ……」
シリカ「死ぬことは確定なんですね……」
総員 『なにを今さら』
シリカ「それもそうでした」

 満場一致でキバオウが嫌いなようだった。

キリト  「ディアベルのやつはどうしてるんだ? キバオウとは一緒じゃないのか」
ユリエール「自分にリーダーは向いていなかったのかもしれないと言って、
      ああいった恐喝まがいの徴税者を見つけては、
      すぐに止める側の位置に立っています」
キリト  「へえ……」
ユリエール「急にこんなことを頼むのはおかしいかもしれません。
      わたし一人で行くべきなのかもしれませんが、
      敵が強すぎて我々では敵わないのです。
      どうか、シンカーを救ってあげてもらえないでしょうか」
アスナ  「……ユリエールさん」
ユリエール「あ、は、はい。少ないですが、報酬金は払うつもりで───」
アスナ  「そうじゃなくて。もう居ないわよ」
ユリエール「え? ……あれぇ!?」

 アスナとユイを除く仲間の姿は既になく、既に走り出していたことが簡単に予想できた。そのしばらく後で、かつて茅場晶彦によってデスゲームであることを伝えられた広場で、

ナナシ 「磯野ー! 野球しようぜー!」
キリト 「ボールがサボテンだなんて洒落てるよなー! 中島ー!」
キバオウ「ななななにする気ぃやジブンら! ワワワイに妙なことしてみぃ!
     すぐにオレンジ扱いになって、街におられんくなるでぇ!?」
ナナシ 「ぶぇ〜! ぶぇ〜ぶぇ〜ぶぇ〜!」
キリト 「ぶぇ〜〜だぶぇんでぶぇららぶぇ〜れ〜れ〜!」
キバオウ「いやほんまなにする気ぃや!! やっ、ちょっ、待っ───」
ナナシ 「ピッチャー投げました!」
キリト 「バッター打ちました!」
キバオウ「《ぼごぉ!》ほぶえ!?」
ナナシ 「ピッチャーも打ちました!」
キバオウ「《べごぉ!》げぼぉっほぉ!?」
キリト 「おおっとバッター負けじと打ち返す!」
キバオウ「《ごどぉ!》げぴゅう!!」
ナナシ 「ピッチャー一歩も引かない!」
キバオウ「《めごぉ!》ぶぎゅる!?」

 ひとりのサボテン頭が二人の男の手によって武器で打ち上げられまくられ、地面に落ちることも出来ずにもてあそばれるボールの気持ちを理解しそうになったとかならないとか。

ナナシ 「嘘じゃなーいーほーほーえみーでー!」
キリト 「わたしだーけーみつめてくれーるー!」
キバオウ「《バゴォ! どごぉ! めごぉっしゃどごっしゃ!》ふびゃああああ!!!」

 段々と打ち返す速度が速くなると、二人はリズムに合わせて何故か歌いだした。
 もちろん意味などないだろう。
 散々と打たれ続けたキバオウはいい加減目を回し、ようやく空の旅が終わった頃にはぐでりと倒れて動かなかった。
 当然そのまま牢獄行き。
 他の恐喝まがいをしたプレイヤーも牢獄行きとなり、はじまりの街も随分と静かになった……と幕を下ろすことなど出来るはずもなく、ギルド・ジークフリードはシリカを筆頭にダンジョンへと潜り込んでいた。それにはアスナも参加して、敵を蹴散らしながら走る。
 途中、カエルの足肉を手に入れてナナシが調理。
 調理を頼んだがアスナが全力で嫌がったため、ナナシがやった。
 かじってみれば鶏肉のような弾力とスパイスの香ばしい味付けがしっとりと染み込み、キリトとナナシは喜んだ。
 当然というべきか、女性人は食べなかった。

キリト「もうちょっと先か?」
ナナシ「いや、もうちょい。ほら、部屋が見えてきた。その入り口前の柱の五本目」
シリカ「いやに具体的ですね……」
ナナシ「きちんと調査しながら進んでたからね。っと、ここらで投擲を……あ、アスナ。
    ユリエールさんとユイは離れさせておいて。
    やばくなったらスイッチするカタチで、ともかく前に出さないように」
アスナ「うん」

 困ったことに、ユイもユリエールも居る。
 はじまりの街にて“ここで待ってなさい”と言うも、てんで聞いてくれないユイと、シンカーとラヴい関係にあるユリエールは譲らなかった。
 結局はここまでついてくることになり、現在こうしてアスナとともに身構えている。

ナナシ「よっ……っと。ファイナルストライク!」

 腰に差した投擲武器、スクラップジャベリンを手に取り、柱の影へと投擲。
 するとHITエフェクトと一緒に不気味な悲鳴が聞こえた。

キリト「っ! いやな声だな!」
ナナシ「油断してかかっちゃだめだぞ! 攻撃力アホみたいに高かったから!」
キリト「それって100超えててもか!?」
ナナシ「うむ!」
キリト「茅場絶対に殴る!」

 ぬう、と出てきたのは巨大な赤黒いボロボロのローブと、その奥に存在する骸骨。
 巨大な鎌を持ったそれは、なるほど、確かに死神を思い出させた。
 名称はアンノウン。識別スキルでも見破れない相手に、キリトは冷や汗を掻いた。

キリト「前に来た時は、どうしたんだ!?」
ナナシ「攻撃防御したら天井まで吹っ飛ばされたから、
    回復してからすぐに安全エリアに逃げた!」
キリト「安全エリア……あれか!」

 アンノウン……死神ならばデスとでも呼ぼうか。
 デスの後ろ、大きな通路の先には、白い光がこぼれる部屋があった。
 そんな一瞬の確認の間隙を穿つが如く、巨大な鎌が振るわれた。

シリカ「弾きます! パリィ───」
ナナシ「シリカバックステップ! そいつの攻撃を“受けちゃ”だめだ!」
シリカ「え《ガギどがぁんっ!》きゃあうっ!!?」

 鎌を左手のパリィングダガーで受け止めた途端、シリカの体は壁へと叩きつけられていた。100レベル以上だというのに、武器でとめたというのに、一撃でHPゲージが三分の一削られる。

キリト「冗談だろ!?」
ナナシ「現実ですとも! 攻撃は全部躱せ! つーか言うの遅れてごめん!」
シリカ「い、たた……! ほんとですよ、もう!」
アスナ「大丈夫!? わたしも───」
ナナシ「ノー! 隙を作るから、ユリエールさんとユイを連れて安全エリアに退避!」

 言っている間にも鎌が走る。
 キリトは斜に振るわれたそれをスライディングで躱し、二刀流ソードスキル、ジ・イクリプスを発動。
 連撃ソードスキルであり、発動中は防御もなにも出来ず、終わるまで待つしかないそれだが───速度も攻撃回数も申し分なく、全て決まれば大体の敵は倒せる。27連撃という、スードスキルの中でも最多と思われる攻撃回数に、見たものは興奮を覚えるだろうが───強敵相手への27連というのは、動作中は防御が出来ないこともあって、長く感じるものだ。
 焦りも生まれれば、仕留め切れなかった時の絶望感も存在するだろう。
 当然ディレイも長く、技後硬直はスタン並みか、それ以上ともとれる。
 が、それはソロであった場合のみだろう。
 キリトが放つ27の連撃は、もたもたしたものでは断じてない。
 システムによって定められた動作を繰り返して切り刻むのは同じだが、そもそも速度が以前とは違うのだ。

キリト「おぉおおおあぁああああっ!!!」

 死神を刻む。
 コボルドロードの巨体や、トーラスキングの5メートルを越える巨体よりも大きな骸骨を、幾度も。
 ボロボロの外套部分にもダメージ判定はあるようで、HITエフェクトがマシンガンでも撃たれているかのように発生する。
 27連斬を放ち終わった瞬間に死神は無慈悲なる鎌を振り下ろすが、それはナナシのパリィで弾かれ、しかしシステム的仰け反りすらしない死神の代わりに、ナナシが壁に叩きつけられる。

キリト「ナナシ!」
ナナシ「げっは……! っ……ストライクパリィでも弾かれるのかよ!」

 痛みはない。ないが、衝撃は通るのだ。
 スキルのお陰かダメージは軽減できたが、これでは技発動と同時にスイッチする意味がなくなってしまう。

シリカ「ソードスキルは命取りってことですね……じゃあ、あたしが」
ピナ 『キュッ』

 ならばと走ったのはシリカ。
 ドーピング効果により、AGIはパーティ1の彼女が、地を蹴って肉薄。
 ソードスキルを使わなくても竜巻のような連撃を放てる彼女は、敵を切り刻みながらも振り下ろされる攻撃を躱すと、同時に踏み込んで再び切り刻む。
 HPゲージすら表示されないアンノウン扱いの死神が、骨の奥で赤い光を放つ。
 なにか来る、と思った時にはソレは発動していて、鎌が死神の手から離れたと見るや、鎌だけが踊り、死神の周囲を一度だけ回転。
 三人とも咄嗟に避けたが、物理だけでなく衝撃波まで発生していたようで、直撃を受けてしまう。
 たった一撃で見る間にレッドゲージになる様に呆れる上、どうやらシリカ以外はスタンを受けたらしい。

ナナシ「っ、ちょ、うそだろ!?」
キリト「こんな時にスタン!?」
アスナ「驚愕はあと! 二人とも、下がってて!」
キリト「へ?」
ナナシ「あら、綺麗なお御足《ベゴシャア!》ベップ!」

 瞬間、アスナが前に出て、二人に鋭い蹴りを見舞った。
 キリトとナナシはユリエールとユイのもとまで転がり、剣を抜いたアスナはシリカとともにAGIを生かした攻防を既に始めていた。

ナナシ「……女ってコワイ……」
キリト「このギルドの女が特別なだけだと思うぞー……」

 キリトは、苦労して修めたジ・イクリプスが霞む斬撃豪雨を眺めながら言った。
 レベルが上がれば上がるほど、AGIを極めれば極めるほど、ソードスキルが霞んでいくような気がしてならない。
 しかもAGI特化型装備に身を包んだ彼女らの動きは実に速く、同じレベルのキリトも目で追うのが疲れるほどだ。

キリト「ナナシさぁ……ドーピングアイテム、
    少しはこっちに回してもよかったんじゃないか……?」
ナナシ「うん……実はちょっぴり後悔……」

 アスナは速い。
 けれど、サウンザンドリーパーを装備したシリカはもっと速かった。
 通常攻撃にも当然ディレイは存在するが、それが無いAGI特化戦士の速度はバケモノ並みだ。俺は光を見たんだ……などと言っても、理解ある者はきっと頷いてくれる速度を誇っていた。

キリト「……よし、回復も済んだし、いくか」
ナナシ「足手まといはどっちだよって感じだよなー……」
キリト「……あの時は悪かった」
ナナシ「気にするねぃ。こうして一緒に居てくれるだけでありがとうだ。
    つーわけだからユイ、ユリエールさん、あちらへ」

 いいんですか、と死神とこちらとを見比べるユリエールだが、死神の攻撃はとっくに見切られてしまっているようで、シリカとアスナに任せておいても大丈夫そうだと二人は頷いた。
 だが、歩き出した瞬間、回廊が赤く染まる。
 回転灯にずっと照らされるとこんな感じかなと頭の隅で思いながら、キリトとナナシは死神を見た。するとそこに名称とHPゲージが出現。
 死神は巨大な鎌に黒い炎のようなものを灯らせると、それをアスナ目掛けて振り下ろした。当然ステップで避けるのだが、振るわれた鎌の奥からさらに鎌が揺らめき、避けたはずのアスナの体を斬り裂く。

アスナ「うぁああああっ!!?」
ナナシ「アスナ!」

 吹き飛ぶ姿を咄嗟に駆けて抱きとめ、HPゲージを見る。
 ゲージはみるみる減ってゆき、止まろうとしない。
 迷わず回復結晶を使うと、結晶は砕けて赤ゲージに差し掛かっていたゲージを緑にフル回復させた。

ナナシ「大丈夫かアスナ! アスナ!?」
アスナ「っ……つ、つ……う、うん、ごめん、兄さん」
ナナシ「ごめんなんてヨロシ!
    いぃいい痛いところはないか!? 傷ついたところは!?」
アスナ「……ぷふっ。あははっ、だ、大丈夫だから。
    ほら、兄さん? キリト君が呆れて見てるわよ?」
ナナシ「見世物じゃござーませんことよ!?」
キリト「言うより先に加勢だろ! つかどれほど過保護だよこのシスコン!」
ナナシ「褒め言葉だ」
キリト「褒めてねぇ!」

 同時に走る。
 どうやら麻痺を起こしたらしいアスナに麻痺回復ポーションを飲ませ、地を蹴り。
 
ナナシ「無事かねシリカくん!」
キリト「なんでそこで面倒見のいい上司口調になるんだよ!」
ナナシ「言ってみたかったからだよ! シリカ! 無事───」

 と、訊くまでもなかった。
 シリカは冷静に立ち回り、攻撃を避け、相手の目が光れば大きく距離を取るといったスタンスをとっている。
 どうやら先ほどの死神の行動はソードスキルのようなものらしく、死神の鎌が二重にブレて見える。一撃目を躱しても、陽炎の二撃目が相手を刻むというものなのだろう。
 地味だが、相手の攻撃力がバカ高ければ必殺の威力を誇る。
 一撃目が直撃して、陽炎の二撃目が当たれば無事では済まないだろう。防御してもHPゲージは三分の一まで減ることになる、ということだ。

ナナシ「少しでも輝いてた頃の自分が懐かしい……俺の判断は間違っていなかった!」
キリト「だからってシリカ一人に任せるのもどうかと思う! いくぞナナシ!」
ナナシ「そりゃもちろん解ってるけどね!?」

 もう、あいつ一人でいいんじゃないかなぁとか言う人の気持ちが、なんとなーくとキリトとナナシの心に浮かんでいた。
 迷いの森で泣いていた少女とは思えないほど強くなった少女は、相棒のピナとともにゴリゴリと死神のHPゲージを削ってゆく。
 一本、二本と消えるたびに死神はソードスキルを発動させるのだが、

ナナシ「シングルシュート!」
死神 『《ゾゴシャア!》キョェエエァアアアッ!!!!』

 骸骨の窪んだ空洞の奥、人ならば目があるべき空洞の奥が光った瞬間、投槍を投擲。
 ジャベリンが額に突き刺さって消えた瞬間、死神はいつかのトーラスキングのように大きく仰け反り、隙を見せた。どうやら目が光った時が弱点らしい。だが、そんな時に攻撃を仕掛ければ敵のソードスキルの餌食とくる。ならば投擲しかないだろう。

キリト「もう一発───! ジ・イクリプス! おぉおおらぁあああああっ!!!」

 キリトが駆け、斬撃の嵐を叩き込む。
 その反対側ではシリカがその速度に負けない斬撃を休む暇なく叩き込み、見ればどんどんと死神のHPゲージが削られてゆく。
 体勢を立て直した死神が、再度鎌を振るうがキリトはそれをバックステップしながら武器で受け止めて、そのままこちらへ吹き飛ばされてくる。

キリト「スイッチ」
ナナシ「面白い離脱方法するねぇまったく!」

 翳された手にパンと手を当て、走る。
 視界の先ではついに攻撃を受けてしまったシリカが吹き飛ばされていた。
 即座にヒールブレスを吐くピナの相棒っぷりに脱帽だ。
 大きな死神を横から回り込んでシリカのところへ行くのは距離が遠い。
 なのでナナシは勢いのままにスライディングをすると、浮いている巨躯をくぐってシリカの前に立つ。

シリカ「あ、ナナシさん……」
ナナシ「前と後ろとでスイッチしていくよ。回復終わったら教えてくれ」
シリカ「はいっ」

 麻痺状態のシリカに笑みを投げて、状態異状能力が高いらしい死神目掛けて走ってゆく。振るわれる大鎌は変わらず陽炎を宿していて、ギリギリで躱していたら陽炎に刻まれる。
 なので大きく避けるほかなんく、ナナシは舌打ちしたい気分に襲われたが舌打ちする人が嫌いなのでやらなかった。
 鎌を避けるとHPを回復させたキリトが死神を後ろから攻撃。
 ターゲットがキリトに移ったところでナナシが背中を攻撃する、という一種のイジメにも似た攻防が始まる。

ナナシ「硬いねアンタッ……! チャァアアーーージッ! クラァーーーッシュ!!」

 ジリジリとしか減っていかないHPゲージにシビレを切らし、ソードスキルを解放。
 器詠の理力集中解放でマグマのごとく煮え滾った大剣を、無遠慮に叩きつける。
 するとHPゲージがゾッと一気に減ったが、かかる秒数やディレイを計算すると、明らかにシリカが同時間を切りつけ続けたほうが速かった。少し泣きたくなったという。

キリト「ぉおおおおおっ!! もっと速く! もっと……速くゥウウウウッ!!!」

 ナナシの反対側では、今の一撃でターゲットをナナシに移した死神にジ・イクリプスの連撃を決めているキリトが。
 AGI総量は変わらないのだから、もっと速くと言っても速度は変わらない……筈。
 だというのに意識は加速し、僅かではあるが、キリトの斬撃の速度が上がった……ように見えた。
 無防備である背に攻撃をしているのにダメージはなかなか思うようには通らない。連続して斬りつけるものだから、武器耐久度はみるみる減っていくというのに、上手くはいかない。
 だが、好機は見逃さない。
 ゲージが再び一本無くなると、死神は目を光らせた。

ナナシ「ここぉっ! メテオォオッ……ストライク!!」

 目を光らせるという弱点を露にした死神へと、跳躍して渾身の一撃を叩き込むソードスキルを解放。
 ダメージはデカいが動作が大きく躱されやすい上にディレイがとても長いという、一発狙いの両手剣ロマン系スキルだが、相手が隙だらけならば話は別。
 マグマが撥ねる高熱大剣をソードスキルの輝きで満たし、彼は弱点である頭部にそれを叩き込んだ。

死神『カギャァアアアアカカカカカカァア!!!』

 走る悲鳴。
 重い一撃をまともに喰らったからか、ソードスキルモーションもキャンセル。スタン効果も現れ、死神の頭の上で星がくるくる回っていた。
 同時に「スイッチ!」とナナシが叫ぶと、麻痺から回復したアスナ、戦っていたキリト、同じく回復したシリカが一気に畳み込む。
 長すぎるディレイにやきもきするナナシを置いて、敵一体に向けて何閃も走る剣の軌跡を眺めていた。ソードアート。剣の軌跡が描く芸術、美、技巧。デスゲームでさえなければ、今頃もっと、皆も笑顔でいられただろうに。
 こんな時にそんなことを考えた彼は、ようやくディレイから解放されたところでジャベリンを投擲した。
 再びソードスキルの構えをとっていた死神はよろけ、そこへ再び畳み掛ける。
 やがて、HPゲージはジリジリと消えてゆき───死神は、光を放って消滅した。

キリト「〜〜〜……っ……はぁああっ……!」
アスナ「はっ……はっ……」
シリカ「つ…………はぁああ……疲れ、ましたぁ……!」

 戦闘が終わってみれば、全員ぐったりとその場に座り込む。
 結局は安全地帯もなにも、行ける気がしなかったユリエールは唖然としていた。
 なにせ攻撃だの移動だのが全然見えなかったのだ。
 これが前線プレイヤーなのかと、一層からろくに動いていない自分に歯噛みした。

……。

 回廊を抜けると、光がこぼれていた部屋に辿り着く。
 中央にはなんらかの石碑のようなもの。
 横倒しになったそれは、まるでなにかの棺のようだった。

ナナシ「なんだろこれ。破壊不能オブジェクトみたいだけど。
    ……宝は!? 宝はないんでござるか!? あれだけ苦労したのに!」
キリト「LAは? 誰が取ったんだ?」
ピナ 『キュ』
シリカ「その……ピナが」
総員 『ピナが!?』

 全員が全員、速く倒れろとばかりに攻撃を連ねていたため、誰がLAを取ったのか気づかなかった。思い出さなければ気づかないほどだ。
 しかしピナにアイテムインベントリが設定されているはずもなく、シリカがアイテムウィンドウを開いてみると、そこには“ローブ・オブ・デス”という、黒と赤を混ぜた死神のローブが。
 その気色の悪さにすぐにトレードウィンドウを選択。
 速度を無駄に生かした速さで、ナナシのトレードウィンドウにそれはぶちこまれた。

ナナシ「速ッ!? やっ、つーかこういうのはキリトっしょ! ほら! 黒好きだし!」
キリト「……ちなみに、性能は?」
シリカ「……状態異状完全回避と、被ダメージ軽減能力……らしいです」
アスナ「い、いいじゃない! 見た目はその、アレだけど……」
キリト「…………」
ナナシ「………」
シリカ「……」
ナナシ「じゃあこれは、イイって言ったアスナ行きで」
アスナ「えぇええっ!?
    で、でもこういうのって主力のシリカちゃんが受け取ったほうが!」
シリカ「いいですいりません! あたしはナナシさんにもらったこれでいいんです!」

 青の天使装備シリーズを誇らしげに見せるシリカ。
 アスナは何故か「むう」と頬を膨らませかけたが、すぐに首をふるって妙な考えを追っ払う。

キリト「あー……じゃあ、俺が受け取るよ。ちなみにカテゴリは?」
シリカ「えっと……あれ? 防具じゃなくてアクセサリみたいです」
キリト「ローブなのにか? 珍しいな……」

 言いつつも受け取り、早速装備してみる。
 いつもの黒主体の装備の上に、禍々しい赤黒いローブが現れた。
 風があるわけでもないのにざわりざわりと蠢いていて、実に気色悪い。

キリト「……ごめん、やっぱり返す」
シリカ「いやです受け取りません!」
キリト「ナナシじゃないんだから受け取ってくれって!」
シリカ「いやです受け取りません!」
キリト「頼むから! 街に戻ったら好きなもの奢るから!」
シリカ「いやです受け取りません!」
キリト「お前はRPGのモブキャラクターかぁあああっ!!」

 悶着はしばらく続き、結局はナナシも奢るということで何故か決着がついた。

キリト「俺……嫌われてるのかな……」
ナナシ「ドンマイ……きっと俺に奢らせたいだけなのよ……」
キリト「ああ……それはなんか解る気がする。ついでに俺にも奢ってくれ。
    少しでも奇妙な優越感に浸りたい」
ナナシ「ひどいですねきみ」

 そんな騒ぎはさておき、転移結晶ではじまりの街に戻ったシンカーとユリエールを見送ると、ジークフリードのメンバーは白い部屋の調査を始めた。
 あちらこちらを調べては、なにかしらの仕掛けがないかをチェック。
 しかし、なにも見つからない。
 石碑に触れると半透明のキーボードが現れるだけで、仕掛けがあるわけでもない。
 キーボードも文字が振ってあるわけでもないので、配置を知るものじゃなければ適当に触れても意味もない行為に終わるだろう。

ナナシ「ふむ。きっとここに暗号を打ち込むんだぜ。そうに違いないんだぜ」
シリカ「どうして急にだぜを強調するんですか?」
ナナシ「意味はまったくありません。で、暗号だけど……いーざーゆーかーん〜♪
    ゼ〜ロナ〜ナニ〜ッ♪」

 072と打ち込んでエンター。
 ……意味はなかった。

キリト「お前が言うとなんか卑猥だ」
ナナシ「なんで!? じゃあキリト打ってみんさい!
    なにを打てばいーのかも知らねーけど!」
キリト「なにを、って……ふむ」

 キリト……本名桐ヶ谷和人は、こういったものに強い脳を持っている。
 子供の頃から機械いじりに長け、自室にあるPCモニタは三台。
 様々な方向からものをいじることにも長け、ビーター呼ばわりされた時にも出たが、そこいらのβテスターと比べると差が出てしまうほどの知識と経験を持っていた。システムハックと呼ばれることも出来るという、14歳でこの世界にダイヴしたとは思えない異常性。
 そんな彼がキーボードの前に立つと、触れようとして……

ユイ「待ってください」

 ……つたない言葉ではなく、ハッキリした声でユイに止められた。

アスナ「ユイちゃん?」
ユイ 「全部……思い出しました。
    この部屋のこと、わたしのこと……この石碑がなんなのかも」
ナナシ「なんと!? さ、さあ山岡くん! 説明してくれたまえ!」
シリカ「誰ですかヤマオカさんって!」

 ツッコまれつつも、全員がユイの話を聞いた。
 まず、この部屋がGMがシステムに緊急アクセスするための部屋だということ。
 あのモンスターはプレイヤーが入れないようにするために、システム自身……カーディナルというメインシステムが配置したモンスターだったということ。
 ユイ自身が、プレイヤーの精神が不安定になった際に、やすらぎを与えるために現れる自律型AIオブジェクトであること。

ナナシ「そして、赤毛のアンが鼻毛も赤《バゴォン!》ジェノバ!」

 キリトの体術スキル・メテオブレイクがナナシの頬を薙ぎ払った。
 ともかく、茅場晶彦があの日、この世界をデスゲームにして脱出不可能にした時点で、全員が精神に不安定なものを抱いた。
 ユイは当然それを安定させるために出現するはずだったのだが、茅場が設定したプログラムの所為か、ユイに下された命令はプレイヤーへの接触禁止。
 話を聞き、問題を解決し、癒さなければけない立場であるユイは、電子空間でただひたすらに苦悩し泣き叫ぶプレイヤーの姿だけを見せられていた。
 しかし、そんな恐怖や苦悩ばかりの世界にあって、賑やかな六人が居た。
 最初こそ六人だったそれは四人となり、一人になり、けれど二人になって四人に戻って、とても楽しそうにしていた。
 そんな人たちに触れてみたい。
 普通ならばそんなことを考えることすら許されていないAIだったはずが、精神を癒すために生まれたのに傍にいけないことでエラーを蓄積させ、壊れていった。そのため、エラーを埋めようと手を伸ばした結果が、そんな感情だったのかもしれない。
 プレイヤーとの接触禁止はあったものの、実体化してフィールドに下りてはいけないわけではない。エラーだらけでぼうっとする頭のままに降りたユイは、そこでキリトやナナシに出会い……接触することでエラーを暴走させ、気絶した。

ナナシ「どーだ見たかわりゃわりゃーーーっ!
    やっぱ俺が変態だから気絶したわけじゃ《バゴォン!》ジェノバ!」

 再びメテオブレイクが走った。

キリト「じゃあ、今のユイは……」
ユイ 「……言語システムの正常化、
    情報を得たために、カーディナルに見つかった状態です。
    接触禁止なのにこうしていれば、当然……エラーを消去しようと動きます」
シリカ「そんな! な、なんで! なんとかならないの!?」
ユイ 「無理です。もう……」

 喋っているユイの足が、爪先からポリゴン片へ崩れてゆく。
 キリトもアスナも息を飲み、シリカは真っ青になってからユイを抱き締めた。

シリカ「なんで!? こんなのってないよ! 仲良くなれるって思ったのに!
    今まで出られなかったのに、出たばっかりなのに、こんなのって!」

 年下ということで可愛がっていたシリカにとって、衝撃の事実だった。
 バグだろうがプレイヤーだろうが、妹のように可愛がろうと思っていたのだ。
 だというのに……───と、泣きそうな顔になっている少女をよそに、ソッとキリトのすぐ傍まで移動したナナシは呟いた。

ナナシ「キリトー、ハックしようぜー」
キリト「空気読めよ……! ……けど、賛成だっ……!」

 キリトとナナシがキーボードの前に立つ。
 アスナとシリカはユイに抱きついて涙している。
 その横でナナシは器詠の理力を以ってシステムを読み込むと、どうすればなにを変えられるかをキリトに告げる。

キリト「なんで解るんだ、なんて……訊かないほうがいいな、今は」
ナナシ「おう、やっちめぇ」

 キリトが高速でキーボードを打つ。
 すると石碑の上部、なにもなかった虚空に0と1の羅列で占められた文字が幾重にも浮かび上がり、キリトはそれをいじってゆく。
 まずはユイをシステムから切り離す。
 GMが緊急でシステムに接触する場所がここならば、出来るはずだと。
 ナナシもそれが容易になるように機械と同調を開始。
 機械自体を味方につけるように働きかけ、文字の羅列にプログレスバーとその中を走るゲージが右端になるのをじっと見つめる。
 やがてそれがMAX……右端まで辿り着くと、消えていっていたユイの体がパァンと実体化。泣きすがっていた二人とユイは大層驚き、しかしそれだけでは終わらない。

キリト「GM……ゲームマスター緊急アクセス用ってことは……!
    この世界の何処かにプレイヤーとして居るんだろ!? 茅場ぁ!!
    いつもいつも……! なんでもお前の思う通りにコトが運ぶと思うなよ!!」
ナナシ「他人がやってるRPGを見ることほど、つまらねぇものはねぇってなぁ!
    さぁて貴様も同じ舞台に立ってもらうぜぇ……!?
    茅場のGM権限を排除! アカウント茅場晶彦をプレイヤーとして認識!」
キリト「っ……自分を破壊不能オブジェクトに設定してやがったのか! 解除!
    HPも黄色から下には下がらなくなってやがる……解除!
    そして───ログアウト不可能機能を───!」

 解除、と……設定しかけた瞬間、青白いスパークとともにキリトとナナシは弾かれた。
 地面を転がり、壁際まで吹き飛ばされる。

キリト「ッ……っつぅう……! っ! システムは!?」
ナナシ「───……だめだ。ログアウトは出来ないままだ」
キリト「っ……くそっ!」

 こぼし、再びアクセスを試みる。
 しかし、もうシステムはGM権限でも起動しなかった。
 そういうプログラムがなされていたのだろう。
 勝手にログアウト機能を回復させようとすれば、一切の接触を禁ずる、といった。

アスナ「キリト君……兄さん……今の……」
キリト「ああ。ちょっといじってやった。
    茅場はこの世界で、プレイヤーとして立ってる。
    名前までは悔しいことに解らなかったけど……」
ナナシ「おおよ。自分を破壊不能オブジェクトにして調子に乗ってたみたいだし、
    同じ舞台に立ってもらった。死ねば死ぬよ、あやつも」
シリカ「あ……はは……。無茶、しますね……」
ナナシ「僕らだもの、遠慮は無用! つーことで、ハイ」
シリカ「はい?」

 ナナシは握っていた、小さく綺麗な水晶のようなものをシリカに渡す。
 両手で受け取ったシリカは、こてりと首を傾げつつ、それをツンとつついた。

ユイ「はうっ」

 と、ユイがぴくんと体を跳ねさせる。

シリカ「え? え?」
キリト「もうユイがシステムに干渉されないように、システムに潜り込んで切り離した」
ナナシ「で、それが“破壊不能オブジェクト”のユイ本体」

 つついた拍子に現れたウィンドウには、“ユイの心”と書いてあった。
 見覚えのある文字に、シリカはナナシを笑顔で見上げる。

ナナシ「死亡した使い魔扱いじゃないけどね、
    サポートはある程度出来るように設定したよ。アイテムで選んで使用してみな」
シリカ「は、はい」

 言われた通りに使用してみる。
 するとユイの体がきゅぽんと小さくなって、背中に羽根が。

ユイ『え? え? わわわっ!?』

 ひょいとナナシに摘み上げられたユイが、ぽすんとピナの背に乗せられる。
 さらに言えばシリカのスキル欄にNew!の文字が点滅して……おそるおそる、予感を抱きながらも開いてみると、ハートファミリアの項目のピナの文字の下に、ユイの文字が。

アスナ「ど、どうなったの、シリカちゃん」
シリカ「……ユイちゃん、あたしの使い魔扱いになってます……」
アスナ「えぇええっ!?」
キリト「お前……そこまでやるか……」
ナナシ「ままま、今まで散々好き勝手されてきたんだし、こんくらいの我が儘はね。
    ちなみに俺も機械には滅法強いってだけで、茅場側の人間じゃあないからね?
    つか、アスナの兄ってだけで十分な気もするけど」
キリト「剣を向ける必要、ないか?」
ナナシ「クリア出来るならとっくにしてるって。俺だって死にたくはないし。
    むしろそれならログアウト機能をオンにして、みんなで笑って楽しみたいよ」
キリト「……そーだな。お前ってそういうやつだよ」

 キリトは笑い、手にとって構えようとしていた剣に向かわせていた手を下ろす。

アスナ「ところで……ユイちゃんってずっとこのままなの?」
ナナシ「またアイテムとして使えば、元の姿に戻るよ。
    ちなみに死んでしまっても三日間までなら復活可能」
シリカ「死なせません絶対に! みなさん、レベリングの時間です!」
アスナ「え?」
キリト「い、今からか? 死神戦で消耗したし、今日は休んでから───」
シリカ「団長命令です!!《どーーーん!》」
キリト「………」
アスナ「………」
ナナシ「ごめん……ピナの時もこんな感じだった……」

 問答無用で使われた転移結晶で、パーティははじまりの街へと飛ばされた。
 それとほぼ同時期、一人の男が「先が楽しみだ」と呟き、静かに笑っていた。
 それが茅場晶彦だとは、まだ誰も知らない。




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