10

 この世界を堪能しよう。
 そう言い出してから、三日が経った。
 既に生存者ほぼ一万人にはあと少しでクリアという話は通り、楽しめそうなことは楽しむこと、と話して回ってある。
 せっかくもう少しなのだから、せめて楽しんでからグッバイしようということで、皆は諸手を挙げて喜んだ。

ナナシ「でね、ここはこうやって……こう!」
サチ 「こ、こうっ……!?」

 黒髪の女性が自信なさげに呟きながら、ゴブリンが振り下ろした棍棒を、左手に装備したウッドシールドで弾く。

ナナシ「ノノノ、もっとこう、力の流れを見る感じ。弾くのではなく、逸らす。
    逸らす瞬間、その方向へ自分も押してやる。そうすると……こう!」

 再び振りかぶったゴブリンの攻撃を、今度はナナシが盾で迎え、棍棒を大きく逸らし、思い切り押すようにして仰け反らせた。

サチ  「わあ……!」
ナナシ 「これがパリィでやんす。あとは仰け反ってる敵に接近して、無防備なお腹に」
サチ  「えいっ!」
ゴブリン『《ザゴォオッシャァアアッ!!》グギャーーーッ!!』

 サチが右手に装備したロングソードでゴブリンの腹へと致命の一撃を決める。
 表示されているゴブリンのHPゲージが一気に減り、しかしまだ死んではいないゴブリンがグルルと唸る。

ナナシ「ハイサチさん! ワンモアセッ! GO!」
サチ 「え、えと、ひきつけて、弾くんじゃなく、敵の攻撃の流れにそって……こう!」

 振るわれる棍棒。
 それをウッドシールドで受け止め、衝撃が腕に伝わるか否かの間隙に、盾で滑らせるように逸らし、しかし逸らしきる瞬間に腕を思い切り払うと、流れに乗るようにゴブリンの上体が大きく仰け反った。

サチ 「! あ───」
ナナシ「サチさん! 今!」
サチ 「うんっ!」

 踏み込み、ソードスキル“スラント”を発動。
 光に包まれた片手剣がゴブリンを袈裟に斬り、赤いゲージがからっぽになったところでゴブリンはポリゴン片になって消えた。

サチ 「あ……」
ナナシ「ブラボー! おおっ……ブラボー!」
サチ 「やった……やった! キリト、わたしやったよ!」

 サチは喜びの声をあげ、誰よりもまずキリトに声をかけた。
 途端、ナナシは口を猫口にして目を細めて「ぬっふっふっふっふぅ〜ふぅ〜♪」とカズヤ笑い(木吉)をする。
 ……さて。
 ここは下層、第二十二層。
 一層ではじまりの街に住まうプレイヤーたちに現在の進行度を教えたのち、こうして一層から順に昇ってきていたのだ。
 その途中、かつて知り合った月夜の黒猫団の連中に出会った。
 いつも通り「やあ」と声をかけたことをきっかけに、少しずつだが確実に力をつけていた彼らに、上層での戦い方を教えてほしいと言われたのがそもそも。
 彼らにもそろそろ決着がつきそうだと話すと、それはもう喜んだ。

ケイタ「けど、まさかこんなところで会えるなんて。
    僕たちは相変わらずもたもたやってるけど……上は今どんな感じだい?」
ナナシ「街にいってもNPCすら居なくなったかな。
    最後が近いってんで、なんというか敵しか居ない感じ。
    一応転移門があるし、そこらへんは安全地帯なんだけど……
    住むなら家を建てなきゃいかんなぁ」
ケイタ「そうか……」

 短髪で穏やかな男性がふむと俯く。
 しかしにっこり笑うと、「まあ、どうあれ決着がつくのはいいことだ」と言う。
 それにメイス使いのテツオが便乗して、糸目をさらに細くして笑い、「じゃあこの世界ともそろそろオサラバってことかぁ」などと言っている。

テツオ「言ったら怒られるだろうけど、
    スキルみたいなのが使える世界とさよならっていうのは……
    ちょっともったいない気もするよな」

 言いながらソードスキルを発動。
 輝くメイスを振るいながら、彼はたははと笑った。

サチ 「またそんなこと……無事に帰れるのが一番に決まってるじゃない」
テツオ「まあ、そうなんだけどさ」
ケイタ「惜しいって思うことくらい、サチにだってあるだろ。
    料理スキルが上がって喜んでたじゃないか」
サチ 「ぶぅ。ほっといてよ。現実でだってこれくらい出来るんだから」

 頬を膨らますサチに、その場に居る全員が笑う。

ナナシ 「はぁ〜ぁ……やっぱ月夜の黒猫団の空気っていいわー……和む」
キリト 「だな。……攻略組の連中じゃあこうはいかない」
ダッカー「ふーん? そんなもんなの? 俺達ゃ結構普通にやってるんだけど」
ササマル「なに? もしかして結構ギスギスしてたりすんの?」

 シーフのダッカー、槍使いのササマルが言葉に乗っかり、ニカッと笑いながら訊ねてくる。ナナシとキリトは顔を見合わせて、「敵を倒すことしか考えてない」と声を合わせた。
 迷宮区の入り口付近で喋りながら歩く一行は、男性の中にサチ一人だけが女性という構成だ。ジークフリードのメンバーでここに居るのはキリトとナナシだけであり、他のメンバーは今頃、二十二層の居住区に買った家でくつろいでいるだろう。
 キリトとナナシだけでここへ来た理由はといえば、適当に買った武具の耐久度を減らすためだったりした。スクラップシリーズの作成のためだ。そこでこの月夜の黒猫団と再会し、再び戦い方を教えていた。
 以前会ったのが11層という、βテスト基準から一層上がった場所だったのだが、それでも今二十二層というのは頑張っている方なのだろう。ギルド・ジークフリードの進み方が阿呆すぎるだけなのだ。

ダッカー「あ、そうそうナナシといえば。ナナシ支援ってどうしてやめちゃったんだ?
     あれには随分と助けられてたのになー」

 冗談めかした口調でダッカーが言う。
 雰囲気から冗談であることはすぐに解った。

ナナシ 「元々十層までって決めてたのを、気まぐれで延長してただけだよ。
     あの頃だともう全員が十層は越えただろうから、いいかなーって」
ササマル「あ、なるほど。ナナシが十層越えたらじゃなくて、
     みんなが越えたと思ったら切るつもりだったのか」
ダッカー「ははっ、まあいつまでもすがってるつもりはなかったからいいけどなー。
     けど、便利だったのは偽り無い本音であーる! なんつって、あはははは!」
ケイタ 「でも、本当に二人には助けてもらったよ。感謝してる。
     ……っと、そうだ。もし本当にクリアできて、
     現実世界に戻れたら……メシ、なんでも好きなだけ奢るよ」
ササマル「あ、じゃあメアドとか交換しとくか?」
サチ  「メアド……《ちらり》」
キリト 「ん? なんかついてるか?」
サチ  「あ、ううん、なんでも」

 見ていたことに気づかれたサチが、ぱたぱたと胸の前で両手を振るう。

ダッカー「……ふふ〜ん?」
ササマル「おやおや〜?」

 それを見たダッカーとササマルがにんまりと笑み、ケイタとテツオがやれやれといった様相に溜め息。

ケイタ「春だなぁ……青い春の匂いがするなぁ」
テツオ「なぁなぁケイタ、幼馴染としてどんな気分だ?」
ケイタ「いいんじゃないか? このまま恋のひとつでも成就させて、
    怖がりが直ってくれたらなーとか思ってる」
サチ 「え、ちょ、ななななに言って! わたしそんなんじゃ!」
ナナシ「ぬふふっ……ぬっふっふっふ……ぬっふっふっふっふぅ〜ふぅ〜♪」
サチ 「その笑い方やめてってばナナシくん!」

 サチには、年下であるキリトはキリトと、同じ高校生という立場のナナシはくんをつけて呼んでいる。べつに呼び捨てでもいいと言ったのだが、なにかしらのこだわりがあるらしい。
 ナナシは主に男四人を教え、キリトはサチに教えるというバランスでやっていたため、二人の間になにが起きてサチがキリトを目で追ってばかりなのかをナナシは知らない。知らないが、それが好意かどうかは別としても“傍に居たい”という意思の表れであることは間違い無いと受け取り、カズヤ笑い(木吉)をしているのだった。

ナナシ 「そういや前に11層から28層まで手伝ってた時、
     サッちゃんがキリトの部屋によく行ってたような」
サチ  「ひう!?《ボッ!》えなぁなななんで!? なんで知ってるの!?」
ナナシ 「偶然見かけました。最強」
ケイタ 「なんだなんだ、そんなことしてたのかお前」
サチ  「ちちち違うの、違うってば。
     ……装備を槍から剣に変えて、前衛になってからのこと、知ってるでしょ?
     ろくに眠れなくて怖かった時に……ほら」
ケイタ 「あ、あーあーあー、なんか急に居なくなったときのアレか」
サチ  「あの時にその。キリトが“きみは絶対に死なないよ”って言ってくれて。
     それで安心できて、眠れるかなって思ったけどやっぱり眠れなくて。
     それでキリトの部屋に行って、で、その。近くに居ると安心して眠れたから」
ダッカー「おやおやぁん? そうですかぁ、二人はそんな関係に!」
ササマル「いいねぇ若いねぇ! 俺も若いけど」
ダッカー「んぉおっ? 俺だって若いぞー?
     青春溢れる高等学校生徒には夢がまだまだたーっくさんあるんだっ!
     帰ったらやってみたいこととかいろいろあるし───あ、その前に、
     てんで動かさなかった所為でナマってる体をどうにかしないとな。
     いいよなー本体は。ナーヴギアの所為にして、休みっぱなしなんだぜー?」
ササマル「そういう問題じゃないだろ。それより恋人とかだよ。いいよなー、年下。
     ぁン……まあ、年上の、ちょっと寄りかかりたい恋人〜ってのもいいけど」
ダッカー「な〜に言ってんだよ。年上の恋人なら、時折見せてくれる弱さとか、
     年下の自分に甘えてくる姿とか、
     寄りかかってくれる無防備な姿がいいんじゃんかよ」
ササマル「………」
ダッカー「………」
二人  『友よ……!』

 二人は肩を抱き合い、空いた片方の拳をゴッツとぶつけ、ニッカリ笑った。

テツオ「年下の恋人かぁ。いいなぁ、俺も年下か同い年がいいな」
ナナシ「ぬっふっふっふっふっふ〜!!」
キリト「人の顔見て笑うな! あとその顔やめろ!」

 絶対に死なないよ宣言を何気に暴露されたことに真っ赤になりながら、キリトが叫ぶ。
 ちなみにどんな顔、と訊かれれば、( ^ω^)←こんな顔である。

ナナシ「しかし、へぇ〜え? キリトが“絶対に死なないよ”とは」
キリト「う……わ、悪いかよ」
ナナシ「うんにゃ、なんかちょっぴり安心。あの頃のキリト、ちょっと不安定だったし。
    デスゲームって解っていながらも、なんか根っこでは軽く見てる感、あったし」
キリト「……まあ」

 当時のキリトは、死ぬ人が少なかったことや苦悩している人を見ることが少なかったこともあり、この世界を軽く見ている部分があった。
 一人でホルンカの村に走った時に、コペルというプレイヤーが傍で死ぬということがあったが、それでも。イベント内でのNPCを見て妹のことを思い出し、家族のことを思い出して、しかし死というものを自分の傍に置こうとはしなかった。
 結果として現在も生きてはいるが、根っこの弱い人を間近で見ていなかったこともあり、そういう部分には触れてこなかった。誰かがそうなっても自分は違うと。
 しかしサチという、精神的に弱い女性としばらく時をともに過ごしてから、ようやく現実というものと向き合う日を迎えた。ビーターと呼ばれる自分に向けられる信頼を受け、初めて守ってやりたいと思った存在が“月夜の黒猫団”の連中だった。
 当時のアスナやリズベット、エギルやシリカらにそういった気持ちを抱かなかったのかといえばYESになる。逞しすぎたのだ、当時の連中は。特にナナシが。守ってやりたいなどと思うより、まず守られていた感が強かった。

ナナシ 「ちなみにその時、
     キリトはサッちゃんに“二人でどこかに逃げようか”と持ちかけられて」
キリト 「なんで知ってるんだよお前は!」
ダッカー「おぉっと、カット入りました! ってことはほんとに言われたんだ!?」
キリト 「うっ!? い、いやー……その」

 言いよどむキリトを前に、ダッカーとササマルが向き合い、ソッと抱き締め合う。

ダッカー「《ザッ》───二人でどこかに逃げようか……!」
ササマル「《ササッ》二人きりで……? そうだね、それもいいかもしれない……!
     大丈夫、きみは俺が絶対に守るから……!」
ダッカー「なんてか!? なぁんてかぁ! あっははははは!」
サチ  「そんなんじゃないったら! 大体その時は、そんな言い方じゃなくて……!」
ケイタ 「あれ? 違うんだ。じゃあどんな感じだったんだ?
     キリト男らしかった? キリトの言葉に安心しちゃったんだよな?
     臆病だったお前が安心するんだから、きっとよっぽどの言葉だよな」
サチ  「あ、あう……だから……!」
ナナシ 「とっても賑やか」
キリト 「困ってるんだよ!!」

 賑やかさの中にあって、冷やかされる人というのは立場が低くなるものだ。
 何を言っても拾われてネタにされてしまうので、どうしても優位に立てない。

サチ  「こっちのことはいいでしょ? それよりもあと少しで帰れるんだったら、
     もうこんな危ないところに居ないでコラルに戻ろうよ」
ケイタ 「まあ、それがいいかな。どうせ終わるんだったら〜、なんていって、
     無茶して死んじゃったらもったいない」
ナナシ 「おや、一応懲りてくれてる?」
ダッカー「いや〜、そりゃもう。デストラップはこりごりだ、あの時は申し訳ないっ!」

 当時、デストラップを発動させてしまったダッカーが両手をぱしんと合わせ、謝ってくる。懲りてくれてりゃ構わんさねと笑うナナシに対して、ダッカーは苦笑いを浮かべるほかない。事実、彼らだけで行っていれば死んでいたかもしれない……違う、死んでいたのだから。
 ダッカーはかつての背筋が凍るようなデストラップのアラームを思い出し、ぶるりと震えた。アラームとともに出てくる敵、敵、敵。自分より明らかに強い敵との邂逅と、その数の多さに固まった瞬間を覚えている。
 あんなものは二度とごめんだ。
 そう思うからこそ、かつての勢いを無くしてじりじりと慎重に進んでいたのだが。
 それは逆に、サチにとっては良い方向に転がっていた。
 最近は敵と戦うのにも慣れてきていたのだ。
 もちろん、同じ階層の敵に慣れてきた、という部分も手伝ってのことだ。階層が変わるたびにびくびくするサチにも、もうメンバー全員が恒例のことと受け入れていた。むしろ逆にそれを見るたび、次の階層に来たんだという意識を強め、“死なないように”を努めた。

キリト 「けど、なんだって二十二層なんかに?
     前の時は二十八層クラスでもなんとかいけただろ」
テツオ 「あ、はは……はぁ。まあその、なんというか。トラウマ? かなぁ」
ダッカー「一度死ぬかもしれないって思うような出来事に直面すると、さすがにね。
     リーダーはどんどん進もうなんて言うけど、
     あれは経験してみなきゃわかんねぇよなぁ」
ケイタ 「なに言ってんだよ、そもそも人がギルドハウスを買いに行ってる時に、
     自分たちだけで稼ぎに行くのが悪いんじゃないか。人をのけものにした罰だ」
ササマル「ははっ、違いない」
テツオ 「でも、頼むよリーダー。あんなの、もう本当にごめんだ。
     今のレベルとてんで合わないここでもさ、熟練度UPは出来るんだからさ」
ケイタ 「いや、安全第一は俺も望むところだ。
     必ず全員で現実に戻って、またなんでもない話題で盛り上がろう。
     ……その前に出席日数とか大丈夫なんだろうか、俺達」
サチ  「あ……」
ダッカー「留年が決定した翌年、キリトが後輩になってたりして」
ササマル「あはは、いいなぁそれ」

 笑う団員たち。
 そこにはもう、デスゲーム開始時の恐怖に染まった顔はない。
 それが知り合いが見せる笑顔であることに、キリトは心底安心していた。
 いろいろあったが、あとはクリアさえすれば全て終わる。
 安心して、あちらへ帰れるんだ。
 確かに戻った時の自分の立ち位置が心配ではあるが、なによりもまず“生きて帰ること”が重要なのだから、まずは生きて帰ることだけを考えよう。
 あとは野となれ山となれだ。

ケイタ「まあ、とにかく命を大事にってことでじわじわいってたんだけどさ。
    最初こそ“盾の後ろに隠れてりゃいいんだよ”って言ったけど、
    まさか本当に盾の後ろに隠れたままなにもしないなんて。
    盾で弾いてからは反撃しろって言ってもなかなかうまくいかないし」
サチ 「ケイタに盾になる人の気持は解らないよ」
ケイタ「両手棍持ちの俺に盾を覚えろってのは、スキルスロットの無駄でしかないだろ。
    と、こんな状態だったわけだよ。教えてくれて助かる」
ナナシ「なんのなんの、パリィはやはり基本だからね、基本は大事ざんす。
    俺もパリィの重要性に気づいてからは、
    ロマサガシリーズでどうしてパリィが閃き技なのかが理解できた気分さ」
テツオ「受け流すタイミングとか、自分で覚えるしかないからなぁ」
ナナシ「だよねぇ」
サチ 「うん、やり方を教えてもらっても、それは自分で掴むしかないって思った」
三人 『ね〜?』

 盾を使う三人は、示し合わせたように同時に小首を傾げながら言った。
 これで女三人ならばまだ姦しくもあり可愛かったのだろうが、三人のうち二人は男だった。

ナナシ「っと、言ってるところにモンステウ。
    サッちゃん、パリィの練習しよう」
サチ 「うん」

 なんだかんだでキリトの横に立っていたサチが、とととっとナナシの傍に行くと盾とロングソードを構える。
 武器がロングソードなのは威力を弱めるためであり、トドメにならない程度に剣の熟練度を上げるためだ。

ゴブリン「ホガー!」
サチ  「っ! こ、ここっ!《がいんっ!》あっ!」
ナナシ 「おおう、惜しい!」

 棍棒ではなく剣タイプのゴブリン。
 棍棒とはタミングが違うため、サチは戸惑いながらも盾で防いでゆく。
 攻撃をするのはパリィが成功したら、という縛りをつけて、パリィが成功するまではひたすら防御。
 そうこうしている内に防御の熟練度も上がってゆき、ダメージ軽減も上がってゆくと、心にも余裕が出来てゆく。

ナナシ「自分の中で法則を作ってしまうのですよ。
    敵の攻撃がこっちから来たらこう逸らす、こっちならこう、って。
    で、盾の形と敵の武器の形を見比べて、
    どう滑らせればより抵抗を殺して滑らせられるのかを考えて───」
サチ 「───こうっ」

 言った傍から成功。
 ばうんっ、と大きく仰け反らされたゴブリンは喉にロングソードの突きを喰らい、消滅した。

サチ 「……なんか……解ってきたかも」
ナナシ「おお、それはステキなこと。
    じゃああちらに槍のゴブリンが居るから襲い掛かってみましょう」
サチ 「えっ!? お、襲いかかるのはちょっと」
ナナシ「大丈夫! 盾構えながら、
    とにかく相手の武器の先から目を離さないように意識してればいける!」
サチ 「でもっ」
ナナシ「キリトにいいとこ見せちゃろ?《ヴォソリ……》」
サチ 「うぅっ……」

 彼女は進んだ。
 恐れながら進んだ。
 ある程度近づくとゴブリンが気づき、ホガーと唸りながら襲い掛かってくる。
 今までの棍棒や剣とは違う、刺突系武器のパリィに挑戦ということで怯えるサチだったが、

ナナシ「突きは正面から受けると右にも左にもズレやすい。
    だったら自分から軽くズレてやれば、案外逸らしやすいのです」
サチ 「え? あ、───じゃあ」

 槍を突き出してくるゴブリンを前に、盾を構えながら少し右へ移動。盾ではなく自らをずらすことで槍を斜めに受け、それを思い切り前へと押してやれば、ゴブリンは簡単に姿勢を崩した。

ナナシ「サチさん! 今ッ!」
サチ 「うんっ!」

 よろけたゴブリンへソードスキル“ホリゾンタル”を実行。
 斜に斬るスラントとは違い、水平に斬るソードスキルだ。
 それを受けてもまだ元気なゴブリンランサーは、続けてサチへと攻撃を仕掛ける。
 突きではなくスウィング。
 横薙ぎの一閃をしかし、サチは多少身を屈めてアッパーをするように盾を振るう。
 それは見事にスウィング実行中の槍をかちあげ、無理矢理相手を仰け反らせる。

サチ「やあっ!」

 発動するのはソードスキル“パーチカル”。
 垂直斬り系の基本ソードスキルがゴブリンランサーを襲う。
 HPゲージは消え、ゴブリンはポリゴン片となって消える。

ナナシ「おおう……まさか盾でアッパーとは」
サチ 「突きでくると思ったのに払いだったから、
    ちょっと慌ててて……夢中で振るったら」
ナナシ「ああ……人間、あせるととりあえず“払う”よね……」

 無傷なことを喜びましょう。
 頷き合って、黙々とパリィの練習を続けた。
 サチが果敢に……ではなく、引け腰になりつつもモンスターに向かう最中、キリトはサチの姿を眺めつつもナナシの横に立つと質問を投げた。

キリト「パリィといえば……なぁナナシ。
    シリカちゃんのパリィングダガーも盾防御スキルに含まれるのか?」
ナナシ「自分でもう予想はついてるでしょうに」
キリト「まあ。パリィングダガーの性能が短剣スキルに分類されてるなら、
    あれは間違い無く武器防御スキルに分類されてるよな」
ナナシ「そゆこと」
キリト「羨ましいな。武器で盾性能を出せる武器なんて。
    盾性能がないと、武器で受け止めると耐久度がゴリゴリ減るからな……」
ナナシ「それ狙って、武器破壊とかシステム外スキルを狙うキミがよく言うよ」
キリト「あれ、自分の武器の耐久が高くないとやってられないんだよ。
    連戦には向いてないし、相手がもし耐久度向上鉱石で武器を強化してたら、
    逆にこっちの武器が危ない」
ナナシ「ああナルホロ、そらそーだわ」

 目を閉じ、軽く俯きながらくっくと笑う。
 口角は勝手に持ち上げられて、二人してそんな風に笑うもんだから、丁度パリィに失敗したらしいサチがぷんすかと怒っていた。
 慌てて謝るも、どうにも拗ねてしまったらしいサチを見て、ナナシはキリトを生贄としてズズイと背中を押した。

キリト「お前こういう時ほんとに容赦しないよな!」
ナナシ「お褒めに預かり光栄! さあ生贄となってサチ様のご機嫌を取るのだ!」
キリト「生贄って言い方のほうがどうかしてるだろ!
    ほら見ろ! 余計に拗ねたじゃないか!」
ナナシ「ギャアお馬鹿! 拗ねた相手に拗ねたと言うと!
    ……それ見たことか! 余計に拗ねたわ!」
キリト「お前だって拗ねたって言ってるだろ!」
ナナシ「キミこそ言いまくってるじゃないかね! 拗ねた拗ねたと!」

 ギャアギャアと騒いでは、キミがいけお前がいけと回り込んでは背中を押し合う。
 その最中にも拗ねた拗ねたと言うものだから、サチは段々と恥ずかしくなり……ゴブリンの攻撃をゴヴァアンとパリィするとその姿を両断。
 ゴブリンの断末魔にハッとして振り向いた二人に、その場まで戻ってきたサチはにっこりと微笑み……

サチ 「べつにもう怒ってないから、少し静かにして。ね?」
ナナシ「イ、イエッサ」
キリト「悪い……悪かった」

 最前線の二人が背中に多量の冷や汗をかくほど、その迫力は凄まじかったという。

……。

 その日は散々と練習に付き合い、一向はそのまま二十二層の家へと招待された。
 その頃にはとっくに夜を越えて朝。
 野営はしたものの、熟睡とはいかなかった。
 家に戻った二人と黒猫団を待っていたのは料理を作り終えたアスナであり、手伝っていたシリカやリズベットと、皿を並べたエギルであった。

エギル  「遅かったな。その客人が原因か?」
ナナシ  「やあ、相変わらず黒くてハゲだな。
      今日は招待に応じてくれてありがとうエギル」
エギル  「一言二言余計だ。まあ、店は休業にしてきたから気にするな」
リズベット「同じく臨時休業。最近はこの世界に慣れた人が多い所為か、
      そんなに忙しくもないしね」
シリカ  「え? それって───」
リズベット「この世界に順応し始めてる人が、今一番増えてるってこと。
      だから無理に攻略しなくてもいいって思ってる人や、
      このままここで暮らすのもいいかもって思ってる人も居るみたい。
      あたしは───まあ、鍛冶とか出来なくなるのはもったいないとは思う。
      思うけど、やっぱり帰りたいなとも思うわけで」

 賑やかに話すジークフリードメンバーを前に、ケイタら黒猫団はぽかんとしていた。
 居住区の名前を教えてもらい、四十八層のリズベットの店や五十層のエギルの店にも行ったことはある。信用ある人に武具のメンテを頼むためだ。武器を預ける際にギルド名を口にしたら、「あー! きみたちがそうなの!」と驚かれた記憶も。
 自分達にしては奮発した武具強化だったものの、驚いたのはその仕事の完璧さだ。笑顔で迎えてくれるのも嬉しいし、武具は最大耐久度が下がることなく新品同様に戻ってきた。強化部分も切れ味が上がる代わりにどこかが悪くなるなんて半端もない。
 エギルの店にしたって噂通りの品揃えで、下層では絶対に見ないようなレアな武具が置かれていた。値段が目が飛び出るほど高かったのだが、店主であるエギルに言わせれば安いほうだと言う。命の危険にさらされずに手に入るのだ、それは確かにそうなのだろう。
 なにか自分たちでも買えるいい装備があったら連絡がほしいと、交渉をしてみればフレンド登録とともに軽く了承。フレンドリストで所属ギルドを見られてからは「お前らがそうなのか!」と笑顔を向けられ、翌日には自分らが装備している防具よりも一段階上の装備を格安で回してくれた。
 ……そんな二人が、賑やかに話している。
 月夜の黒猫団は、ますます“何者なんだこの人たち”と呆れた。

リズベット「うん? あ、お久しぶり〜。月夜の黒猫団のみなさん、でよかったっけ?」
ケイタ  「あ、は、はい! 僕っ……いえ自分はリーダーを勤めますケイタと!」
リズベット「いやいやいやなんでそんな思い切り畏まってるの!?」
エギル  「お前はもうちょっと自分の知名度を考えてから話せ……。
      今やこの世界でお前の名を知らないヤツは、
      48層の居住区の名前も知らないっていう、
      ビギナー中のビギナーだとまで言われてるんだぞ」
リズベット「うわ……それ初耳だ」
エギル  「武具強化の限界突破を出来るのがお前だけなんだ、
      世界的に有名になるのも当然だろう」
リズベット「そういうエギルさんは、
      レア武具を売りに出すことで有名だとか言われてるじゃないのさ」
エギル  「あれらは全部そこの馬鹿どもの使い捨てだろう」
ナナシ  「よろしく馬鹿」
キリト  「人の肩叩いて馬鹿呼ばわりはやめろ。
      あと、“馬鹿ども”扱いされてるように、お前も馬鹿だからな?」
ナナシ  「なんだとこの馬鹿!」
キリト  「うるさいこの馬鹿!」

 馬鹿の擦り付け合いを前に、黒猫団は苦笑するほかない。
 しかしそんな苦笑も場に慣れれば笑いに変わり、その場での食事は───

ニシダ「んまい! これですよ! この醤油の味! やはり刺身は醤油でなければ!」

 ニシダというおっさんを主役に、行われた。

ダッカー「な、なぁキリト。あのおっさん、誰……?」
キリト 「え? あ、あぁ……ニシダさんだよ。ナナシの知り合いだ。
     釣りが異様に上手い人で、今日の料理の魚もニシダさんが釣ってきたものだ」
ダッカー「釣りスキル!? っへぇ〜……上げてる人居たんだなぁ。
     食べられればいいやって、サチも調理スキルしか上げてないし……」
ナナシ 「ちなみに釣りスキルでしか釣れないモンスターも居るぞ。
     俺達はニシダさんに協力してもらって、水棲モンスターもきっちり調べた」
ササマル「あ〜ぁあ……そういえば、
     情報屋からの号外に水棲生物のこともやたら詳しく書いてあったなぁ」

 食事は主に魚料理。
 調理スキルを修めているのがアスナとナナシだけであり、シリカは手伝いに回っただけであった。リズベットは当然鍛冶関連でスキルスロットを潰し、エギルは戦闘スキルと鑑定や採掘側で埋まっている。
 レベルが上がれば上がるほどスキルスロットも増えるが、それは高いレベルになるにつれ増え方が減少する。
 100時点で12個あったスロットだが、150を過ぎても15程度だ。この調子では17か18あたりで止まりそうだとメンバー全員が溜め息を吐いていた。

ナナシ「さてさて、今日集まってくれた皆様に朗報がございます」
キリト「朗報? 一緒に居た俺も知らないことか?」
ナナシ「うん。ソロの時に手に入れたものだから。
    もしみんなが集まることがあったら、お披露目しましょうかなぁとか思ってた」
アスナ「お披露目? いったいなんの?」
ナナシ「フフフ、それはね? ……これだーーーっ!!」

 ナナシがアイテム欄からずちゃりと取り出したそれ。
 皿の上にドムンッと重量感のある音とともに落ち、しかし弾力で弾み、震えて見せたいわゆるデカい“漫画肉”は───

エギル  「なっ!」
アスナ  「えっ!?」
キリト  「なぁっ!?」
リズベット「まぁあっ!?」
シリカ  「はうぅ!?」
黒猫団  『あぁああーーーーっ!!?』

 全員が驚愕。
 ニシダさんだけがハテ、と目をぱちくりさせていたが、それは知る人ぞ知る……たとえその存在を知らなくても、漫画肉というだけで心動かされるソレは、ラグーラビットの肉と呼ばれるもの。
 遭遇率、捕獲率ともに絶望的とされるラグーラビットであり、捕獲報告現時点で零。報告していないのなら確かにと頷ける人物がそれを持っていた。

エギル「ラグーラビットの肉じゃねぇかっ!
    お、オレも現物を見るのは初めてだぜ……!」
キリト「S級食材なんて希少なもの、いったいどこで……!」
ナナシ「74層の森の中で。野宿用の食事をと罠仕掛けてたら引っかかってくれた」
アスナ「相変わらず……ヘンなところで運がいいのね、兄さんは……」
ニシダ「ほほう……これはそんなにも珍しい食材なんで?」
エギル「そりゃあもう。食材の中では王様と言っても許されるもんさ。
    食べ物としちゃあ、一度食べられれば運を使い果たしたとさえ言える」
ケイタ「そ、そんな食材が……え、い、いいのか? 俺達まで」
ナナシ「ダイジョブダイジョブ。まだあるし」

 言って、ナナシは同じものを二個三個と出してみせた。
 当然たまげる総員。

ナナシ「捕獲して、閉じ込めた状態にしてたら仲間を呼びました。そこで一網打尽」
エギル「えげつねぇことするな……」
ナナシ「みんな喜べー! エギルいらないってさー! 分け前が増えるよ!」
総員 『やったねナナシ!』
エギル「おぉおおいおいおいそりゃないだろう!
    解った! オレたち人間は罪深い生き物だ!
    えげつなくても食うんだから仕方ない!」

 エギルの反応に全員が笑い、じゃあ夜にでもという話になった。
 それまでは腹ごなしに釣りでも、という話にもなったのだが、ここでニシダがとある提案を出すことになる。S級食材という言葉に心惹かれたからだろう。

ニシダ「S級食材というものを手に入れられる皆さんを見込んで、お願いがあります」

 うおっほん、と咳払いをするが、あまりに似合っていないので妙に力が抜ける。
 みんながよい感じでリラックスしたところでニシダは自分の願いを語る。
 それは……湖の主を釣りたい、というものだった。

アスナ 「ヌシッ!?《ぱあああっ……!》」
ニシダ 「そうなんです。実は郊外の湖にはヌシがおりまして……」
ナナシ 「や、アスナさん? なしてそげに嬉しそうなの?」
アスナ 「だってヌシよヌシ! 見てみたいじゃない!」
ダッカー「あ、俺も俺もっ!
     ヌシっつーからにはデケェんすよね!? えー、あー、ニシダさん?」
ニシダ 「それはもう。わたしも一度ヒットさせたことがあるのですがね……。
     物凄い力で、竿ごと取られてしまいました」
キリト 「え……じゃあお願いっていうのは」

 ごくりとキリトが喉を鳴らす。
 釣りスキルは地味にはあるものの、そう多くはない。
 目の前の中年男性がマスタークラスなら、自分は上級止まりあたりだ。

ニシダ「はい。ヌシというからには食材としてもきっと輝くはず。
    キリトさんらの腕を見込んで、魚を釣ってほしいんです。
    あ、もちろんヒットさせるまではわたしが。
    釣り上げをスイッチしてくだされば」
サチ 「……釣りってスイッチ出来るの?」
キリト「俺に訊かれても」
ナナシ「出来るよ? シリカにやらせたことあるし」
シリカ「ヨシノボリが釣れました!《どーーーん!》」
総員 『釣りでヨシノボリ!?』

 ハゼ亜目ハゼ科ヨシノボリ属。小さなハゼであった。
 いろいろとツッコミどころはあるものの、ともかく請け負った皆。
 時間もあるということで、早速向かうこととなったのだが───




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