12

 時は流れて99層。
 ここまでくると最早敵なし。
 プレイヤーの頂点に君臨する少女は、

シリカ「ピナ! ユイちゃん! サポート!」
ピナ 『キューイ!』
ユイ 『任せてください!』

 ……99層のボス相手に、華麗に立ち回っていた。

キリト「つまりさ……GM権限でハックしたとき、見えたのが……
    100レベル以下でも幾つかの90レベルパーティでくれば、
    75層までは苦戦はするものの油断さえしなければ勝てるってことで……。
    100レベルを越えて限界突破をしたあとは、
    150もあれば安定した戦いが出来るって」
アスナ「つまり兄さんが75層まで問題なくこれたのは……」
キリト「そういうこと。LAを全部自分のものにして、
    武器も防具もレベルも条件を満たしていたからだ。
    じゃなければ仲直り以前に永遠に別れてただろうな」
ナナシ「ヘイキリト! スイッチスイッチ!」
キリト「っと、じゃ、行ってくる!」

 HPが赤に突入したナナシが戻り、代わりにキリトが駆ける。
 ポーションをグイッと飲むとジワジワとナナシのHPゲージが赤から黄色、黄色から緑へ変わってゆく。

ナナシ「あっはっはっはっは! いやー! ……シリカが強ぇえ……」
アスナ「そうしたのは兄さんでしょ? カウントストップ……かんすと、だっけ?
    レベルも最高になっちゃった今、
    ドーピングしたシリカちゃんだけ能力が飛び抜けてるんだから、当たり前よ」
ナナシ「正直すまんかった……」

 レベルは既に最大。
 最大になってから全ての層を調べ直したが、二度目の限界突破クエストはなかった。
 最強なメンバーになるなら7人でなって、ギルド名を“素晴らしい7人”にしたかった、なんてナナシがこぼした日が懐かしく、アスナは武具耐久度のチェックをしている兄を見て笑った。
 この光景を見れば“デスゲームでのボス戦だというのに緊張感が無い”、などと言いだす者は大勢だろう。しかし命を懸けているのは彼ら彼女らであり、それで死ぬのなら己の愚であるとメンバー全員が覚悟を決めていた。
 怯えるばかりでなく楽しむと決めたのだから、どんなときでも無理矢理笑える余裕は持とう、というのが数少ないギルドの方針だった。

トーラス王『ロガァアアアアッ!!!』
シリカ  「パリィ行きます!」
キリト  「オーライッ! っ……ぜぇえやぁあああああっ!!!」

 99層のボス……これまでのボスが強化された状態でぞろぞろと出てくるという阿呆のようなボス部屋で、トーラス王はハンマーを振り落とす───が、それをパリィで弾かれ、いつかのナナシのストライクパリィをされたように大きく仰け反った。
 そこへキリトが駆け、二刀流を以って足から膝、膝から腰、腰から胸、胸から喉、喉から頭へと駆け上りながら高速連斬。王冠をヂギンと斬り上げるとそのまま跳躍し、王冠への攻撃にディレイを発生させたトーラス王へと、

キリト「くゥウだけろォオオオッ!!!」

 自分の体重ごと一気に剣を振り下ろし、両断してみせた。

キリト「次っ!」

 レベルを上げて物理で斬る。
 ラスボスがもし茅場だった場合、ソードスキルなんてものは全て見切られている。
 なので通常攻撃で戦う癖を作ろう、という提案で始まったこの戦い方。
 危険になったら転移結晶で逃げるという、敵にとってはあんまりなボス部屋だが、転移が有効となれば使わない手はない。
 次、と言ったキリトは空から落下してきたボスを睨みつける。
 土煙が舞う中、それを気にもせず姿を見せたそいつは……The Gleam Eyes。
 青色のサバトのデーモンのような姿であり、尻尾が蛇の悪魔型ボスだった。

キリト「……グリム……アイズ……? いや、グリームアイズか」

 HPゲージ4本、名前はグリームアイズ。
 74層に出現するボスだ。

キリト「ナナシ! こいつの弱点は!?」
ナナシ「無い! 全力でぶつかれ! それが礼儀だ!」
キリト「礼儀って───! ……へ?」

 ズドンと剣を地面に突き立て、腕を組みキリトを睨む巨体。
 咄嗟にキリトが構える───と、突き立てた剣を手に持ち、抜き去って構えた。

ナナシ「離れるとブレスは使うけど、接近戦なら剣か尾撃しか使わん!」
キリト「礼儀ね……そういうことか」

 両手に剣を構える。
 地を蹴り疾駆すると、相手も雄牛のような筋肉の発達した足で地面を蹴り、キリトの四・五倍はデカイ巨躯を揺らしての疾駆。
 真上から振るわれる大剣を、交差させて構えた二刀流で受け止め、それを跳ね除けるや懐に潜り込むキリトは考える───が、思考はすぐに終わった。
 ソードスキルで華麗に仕留める? 違う。自分で組み立てた、自分のアートで戦え。用意された絵画ではなく、一つしかない自分の命を剣に乗せて、剣の軌跡で未来を描く。

キリト「せいっ! はっ! ぜやぁっ! がっ! ちぃっ! ぉおぁああああっ!!!」

 巨体と巨剣を上手く利用した攻撃が次々と降ってくる。
 それを剣で弾き、弾いた途端に蛇の尻尾が鞭のようにしなって脇腹を殴ってゆく。
 鈍器で殴られたようなヒットエフェクトが走り、しかし攻撃中断なんてことはしない。
 大剣が頬を掠めようが目を閉じず、自分と戦っている青眼の悪魔に挑み続けた。
 エフェクトがあろうが怯まぬ強き意思と勇気があれば、この世界では誰もが格闘ゲームでいうスーパーアーマーを纏える。ボス相手にそれが出来るのは生半なことではないが、人とは慣れることが出来る生き物だ。

キリト「ぜゃぁああああああっ!!!」

 意識が加速する。
 それに応じて、剣を振るう腕も加速し、敵の攻撃速度を上回れば、振り下ろされる剣を片手で弾き、片手では斬るなんて行動も実行できた。
 意識の加速が集中力を跳ね上げたのだ。
 最大まで鍛え上げられた“索敵”スキルが攻撃の来訪を教え、加速した意識がそれを反射的に払う。払えばあとは斬るだけ。“もはや敵しか見えぬ”という加速し続ける意識が、ダメージを負おうが敵を斬りつけることのみに集中し、一歩も引かぬどころか前へと進む剣舞へと変化する。
 ソードスキルは使わない。ディレイがあろうが最大レベルではそう気になるほどでもなく、疲れたと感じなければこの腕が止まることもない。
 最上層のボス部屋だからか下層のボスであろうと強化されており、簡単には死なないが───それでも。

キリト「つっ! はぁっ! おぉっ! がっ! っ……うぉおおおぁああああっ!!!」

 やがて剣舞が敵の攻撃モーションさえ潰すほどの速度に至ると、敵の体がヒットエフェクトで埋め尽くされてゆく。
 赤い線が消える前にさらに赤い線が走り、姿が赤に変わり……やがて、どず、と胸に突き刺さった片手剣が、グリームアイズをポリゴン片へと変えた。

キリト「っ……はっ、はぁっ……! ───次!!」
シリカ「だ、大丈夫ですかキリトさんっ! ひとりでだなんて無茶ですよっ!」
キリト「まだまだいけるさ……ん、ぐっ」

 ポーションを飲んでジリジリとHPを回復する。
 一本では足りないので二本三本と飲み、武具耐久度を調べてから双剣を構えた。

キリト「ていうか……シリカ? お前は疲れたりとか……」
シリカ「? 全然平気です。ピナとユイちゃんが居ますから」
ピナ 『キュ』
ユイ 『まだまだいけますっ!』
キリト「あ……ああ、そう……」

 我らがギルドの団長は強すぎにござる。
 どの口が一人でなんて無茶だ、とか言うのか。
 軽く眩暈を感じながら、キリトは現れる敵を切り刻み続けた。

キリト「っ……スイッチ!」
アスナ「んっ!」
シリカ「スイッチお願いします!」
ナナシ「オーライ!」

 キリトとシリカが下がる。
 敵は丁度ポリゴン片になったようで、降りてくるまでの数秒にナナシとアスナはニコリと笑い合った。
 キリトとシリカは耐久度回復アイテムを使用し、消耗した武具のメンテを。
 回復してくれるのはありがたいものの、確率で最大耐久度が1下がるので、出来れば鍛冶屋でメンテをしたいところだが、そういうわけにもいかない。

ナナシ「ぬふふっ、ぬっふっふっふ……ぬっふっふっふっふぅ〜ふぅ〜〜〜っ♪」
アスナ「どうしたの急に。笑い出したりして。……ていうか、笑ってるんだよね、それ」
ナナシ「いやいや、なんだかんだあったけどここまでこれたなーって改めて。
    さぁこいー! どんな相手でもこの僕が」

 言い途中だった。
 空から降ってきたそいつは円形のショックウェーブを放ち、近くに居たナナシ、アスナをスタンさせ、離れていたキリトとシリカにもそれは及んだ。
 幸いにしてシリカはローブオブデスの恩恵で状態異状にはかからなかったが───

ナナシ「───……うそぉ」

 降ってきたそいつの頭上に現れる名称は“ザ・スカルリーパー”。
 ナナシが二度と戦いたくないと言った存在を強化したボスだった。

ナナシ「キリトォオオッ!! シリカァアアアッ!! 応援頼むぅううっ!!」
キリト「早いなっ……って、スカルリーパー!? ナナシが言ってたヤツか!」
シリカ「強いんですか!? 強いんですよね! 前に言ってましたもんねぇっ!」
アスナ「兄さん! 様子見は必要!?」
ナナシ「敵の攻撃は二人一組で防御! 避けられれば避けること!」

 言葉を伝えたあとは早かった。
 喋っている間に3秒は経ったが、既にナナシの目前へと迫っている骨鎌をシリカがパリィ……したが勢いを殺しきれずに体勢を崩される。立て直す前にもう片方の骨鎌が走り、それをナナシが受け止めると同時、シリカを抱えて自ら吹き飛ばされた。

ナナシ「くっは……! 相変わらず能力が異常だ! ナメとんのかコノヤロー!
    カンストレベルだぞこちとらぁ!」
シリカ「す、すいません。いけると思ったんですが」
ナナシ「いやなになに、こやつの恐怖は戦ってみなけりゃ解らん。
    ただ油断だけは絶対にしないこと。
    敵の武器はあの前足の鎌と、ムカデみたいな全身の足全部だ」

 言っている傍からその無数の刃のような足で動き回り、接近しては無遠慮に鎌を振るう。歩くたびに地震にも似た振動に足をとられ、攻撃にも防御にも集中できないとくる。
 
ナナシ「いきまっせ!」
シリカ「はいっ!」

 走る。
 ナナシが先に走ったのにあっという間にシリカに抜かれ、やっぱり自分にも回すべきだったかなぁ……ドーピング……と彼が思ってしまうのは仕方ないことだろう。
 主だった弱点もわからないほど必死に戦った前回を思えば、仲間が居る分少しは余裕が出来たナナシは、スカルリーパーの行動をじっと見つめながら攻撃を繰り出す。
 マグマを噴きこぼすほど熱された武器が振り下ろされ、骨の刃とぶつかり合うが、ダメージはそう通っていない。ジリジリとじれったいほどにしか減らないHPゲージに苛立ちを覚えるほどだった。

ナナシ「うおおやりづれぇ! ねぇキリト! 俺に二刀流スキル頂戴!?」
キリト「無茶言うな!《ゾギィンッ!》くああぁっ!!?」
ナナシ「キリト!」

 薙ぎ払うように振るわれた骨鎌がキリトの腹を割く。
 赤い線が走るだけで血も出ないが、キリトのHPゲージがぐっと減少した。

アスナ「キリト君下がって!」
キリト「っ……悪い!」

 冗談じゃない、最高レベルなのになんの冗談だとばかりキリトは下がる。
 死神と対面した時も思ったが、今感じる絶望感はあんなものじゃなかった。
 巨大で、強くて、素早くて硬い。
 製作者は絶対クリアさせる気がないだろうってくらいだ。
 これならきっと、ナナシと合流してから戦ってきたボスのほうがよっぽど弱かった。そう思える強さを、この骨のムカデは持っていた。
 上半身から上はまだ人間味を帯びている頭骨が、キリトをギシリと睨む。四つある暗い窪みには四つの目があり、口である口角部分も四つに割れ、キシキシと蠢いている。

ナナシ「アスナ! 盾がないんだから無茶するな!」
アスナ「多少の無茶はしないで、どうやって攻撃を当てろっていうの───よ!」

 鎌を避けて、連なる背骨に刺突を突き刺す。
 リーパーはそれに反応して無数の鎌の足を暴れさせ、アスナを吹き飛ばした。
 綺麗に着地してみせたが、受けるダメージはひどいもの。

アスナ「これは……うん……戦いたくないね……」
ナナシ「骨ばっかだから手応えらしい手応えがなくてね……途中で心が折れそうになる」
キリト「前は……いったい、どうやって倒したんだ……?」

 大して減っていない敵のHPゲージを眺め、キリトは呆然としながら訊いた。

ナナシ「ちょっとした裏技をね……。それでも瀕死の状態でやっと倒せたんだけどね」
キリト「その裏技って、すぐ使えるのか?」

 ポーションを飲もうとしたアスナに襲い掛かったリーパーを、シリカが投擲武器を投げつけてターゲットを自分に向ける。
 そんな中でナナシはギュッと握った大剣をアイテム欄に戻すと、バックパックから一本の剣を取り出す。

キリト「───え?」

 稀紅蒼剣ジークフリード。
 この世界の武器カテゴリには存在していない紅蓮蒼碧の巨大長剣。
 暴風と火炎を孕んだ二つとない武器だが、今は輝きを無くしてそこにあるだけのものと化している。

キリト「お前、その武器───」

 見覚えがあった。
 二度ほどβテスト時代に見た金色の光を放つ巨大剣。
 それを持つということはつまり───

キリト「ジークフリードって、お前だったのか!?」
ナナシ「え? 違うよ? 他人の空似じゃない?《だらだらだら……!》」
キリト「嘘つくならもっと騙す気でつけよ!! なんだよその異常な汗の量!」

 巨大な剣を手に持つ彼だが、どうにも様子がおかしい。
 本当に彼がジークフリードならば、あれを使って伝説通りに75層の……75層?
 そのボスってこいつじゃなかったか? 待て、ジークフリードが75層のボスを倒したなんて伝説はない。ナナシは倒しただろうが、ジークフリードのことは知らない。
 つまり?

ナナシ「実はね……! この武器、いろいろと封印されてて、滅茶苦茶重いの……!
    お陰でまともに振るえなくて、ろくに使えなくてね……!」

 他人の空似というのはもちろん嘘だが、重くてろくに使えないというのは真実だった。
 能力封印に伴い、武具などもバックパックへ収納されて武具宝殿は魂に身を潜めた。
 そういった理由でバックパックから取り出せるのだが、これまでに融合させてきた武器の重さを一身に担ったこの武器は、とてもとても重かった。
 器詠の理力で深く同調すれば多少は軽くなるが、それでも多少。
 走ることすらままならない状態で、彼は大剣を構えたハンターさんのようにニジリニジリと近づいてゆく。

キリト「攻撃力は期待できるのか?」
ナナシ「折り紙を鶴にして貼り付けて贈呈して大層喜ばれるほど最強です」
キリト「普通に折り紙つきって言え」

 重い。
 とても重いが、切れ味だけは紫ゲージを凌駕する。
 フロートが使えればなんてこともなかったそれは、今はとってもヘビィ級。

キリト「じゃあ跳躍してから武器変更! 行けるだろ!?」
ナナシ「キミねぇ! 俺がどうしてこんな武器あってもあいつに梃子摺ったか解る!?
    素早くて跳躍したあとでも避けられるの! 俺の攻撃よりあいつの方が速いの!
    散々っぱらボッコボコにされて、ああ、死ぬ、死ぬな、こりゃ……って思って、
    たまたま振るった一撃に相手が合わせてくれたから勝てたってだけで……!」
キリト「……ちょっと待て。え? なに? それ、一撃必殺武器かなんかなのか?」
ナナシ「まさか。武器の威力が規格外なだけ」
キリト「……解った。じゃあ俺が行く!」

 トレードウィンドウを開き、キリトが「早く!」とナナシを促す。
 ナナシはそれを、目を糸目にしつつもハイと渡すと……ゴシャーンとキリトが潰れた。
 手に持った巨大剣と床とで挟まれ、屈み込んだ状態で暴れている。

キリト「ぐっはっ……! おっ……重ぉおおおおおおっ!!!?
    筋力要求値どうなってんだこの剣! 両手剣でもここまでじゃないだろ!
    つか、え!? そもそもカンストレベルで持てないのか!?」
ナナシ「じゃなきゃ俺だって楽に振るっておりますが?」
キリト「………」

 頑張る女性陣を余所に、微妙な空間を作り出す男性陣。
 さすがに「なにやってるの!」とアスナから怒りが投げられた。

ナナシ「いきますか」
キリト「いけるのか!? これで!?」

 ナナシが剣に触れて、武器との同調を全開にする。
 すると剣が溶けるように消え、残ったのは綺麗な装飾の鎌。

ナナシ「懐かしいなぁこれ……問題点の破壊とか運命操作とか、まあいろいろあるけど。
    今必要なのはなにより、この世界の破壊と茅場が考える未来の操作。
    その常識……破壊させてもらうよ?」

 構えた武器は“災いを破壊する鎌”。
 ディザスティングヴァニッシャーと呼ばれる、対象が災いたる存在ならばとことん破壊する、まるで慈悲のない鎌である。

ナナシ「エジェクトは出来ても、ジークフリードを使うことは出来ないんだよなぁ……」

 “そういった武器”としてシステムに誤認識させてあるジークフリードという武器。
 合成させた武器の全てをエジェクトして使えるが、たとえ重量のほぼの原因であるギガノタウロスの斧をエジェクトしてからジークフリードを使う、ということは……できない。
 エジェクトした武器は使えても、エジェクトした時点でジークフリードがその武器に変異するからだ。

ナナシ「先にこれに気づいてれば、前の戦いでも苦労することなかったんだけどね……」

 ニコリと笑い、鎌を構える。
 疾駆し、シリカが懸命に防ぎ凌いでいる場を目指し、「スイッチ!」と叫んだ。
 本来は戦っている者が叫ぶ言葉を耳に、しかしシリカはすぐに反応。
 まだナナシよりレベルが低かったかつて、こんなことなど何度もあったのだ。
 ならばこそ最良のタイミングで体は動き、入れ替わりにナナシが前に出た。

ナナシ「さてここで問題です!
    あとから出てきて素晴らしい武器で敵を仕留めるのは勇者の所業!
    ここで俺がする行動とは一体なんでしょう!」

 リーパーが鎌を振るう。
 武器の特製に恐怖したからか、それともただの反射的行動だったのか。
 ともかくナナシに向かって振り下ろされた巨大な鎌は

ナナシ「俺、勇者じゃねぇから知らないや」

 ポイと投げた鎌とは別に、新たに取り出された武器によってガギャアンと逸らされた。
 そして、投げられた鎌を手に持ったのは───キリト。

キリト「いっけぇえええええええっ!!!!」

 その鎌にどんな特製があるのかも知りはしない。
 ただ、自分が囮になってまで隙を作ったのならば、この武器には何かがあると確信しての行動。
 手に取り、跳躍し、巨大な頭骨目掛けて振り切った鎌は───衝撃波も巨大な斬撃も見せず、ただ軽い……物凄く、明らかにモノを斬る音とは思えない音で、ユパンッ……と頭骨を裂いてみせた。

キリト「へっ……!?」

 手応えなんてものは一切ない。
 包丁で水を切るように遊ぶみたいな、そんな感覚だった。
 だというのに頭骨はその小さな切り口から一気に裂け、頭骨だけでは済まず全身を両断してみせた。

キリト「う、おっ……あっ……!?」

 文字通り一撃だ。
 それでスカルリーパーのHPゲージは0になり、消滅した。

アスナ「な……ななな……」
シリカ「え……え、え……!?」
キリト「ちょ……え、なぁっ……!?」
ナナシ「お疲れー! あ、武器返して」
三人 『こんなのあるなら最初から使えぇええええっ!!!』
ナナシ「《ビクゥッ!》ヒィッ!? え……な、なんで怒るの!?」

 たった一撃で敵を倒す武器があるならば、みんなそれを使う。
 誰だってそうする。彼だってそうする。
 ただこの場合、使う武器の性能に問題点があり……

ナナシ「ゲヴォゥウハ!?《ゴプシャア!》」
キリト「吐血ーーーーーっ!!?」
アスナ「へわっ……お兄ちゃん!?」
シリカ「ナナシさん!?」

 現在は能力封印中、武器同調と人器しか使えない彼にとって、それを深く実行するのは頭痛くらいでは足りないのだ。使えるのは一回の戦闘で一回きり程度。使ってしまえばまともに立っていられず、戦闘終了が確定している時でもなければ危険でしかない。
 使い終えてみれば武器は消え、ナナシは吐血とともに昏倒。
 さらにいえば次のボスモンスターまでもが空気を読まずに登場し、彼らを盛大にパニックにさせた。

キリト「シリカ! 二人で行動してたとき、似たような状況になったりとかは!?」
シリカ「何度もありましたけど、その度に持病のギックリ腰がーって!」
キリト「ギックリ腰で血を吐くヤツが何処に居るんだよ!!」
シリカ「ででででもナナシさんですしぃいいっ!!」
アスナ「それで納得出来ちゃいそうな兄でごめんなさい……《カァアア……!》」

 人間性とはまったく、おかしなものでございます。
 ともあれ連戦は続く。
 キリトももう自分の武器を構え、ボスモンスターを追い返し続けるのみ。
 そこにアスナとシリカも加わり、ナナシだけがコポコポと謎の汁を口からたらしながら気絶していた。


───……。


 ……どれほど戦い続けたのか。
 いい加減回復アイテムも尽きるという頃、途中から上を目指して少しずつ上がっていた円形の地盤がガコンと音と振動を伝えたのちに停止する。
 見える世界は絶景そのもの。
 空には青があり見下ろせる景色には雲すら存在し……ここが、この世界の最上であることを理解させた。

キリト「ここって……」
シリカ「100層……ですよね!?」
アスナ「え……じゃあ、もうここで……?」

 第100層。
 この世界の旅の終着点であり、デスゲームを終わらせることが出来る、誰もが求めてやまなかった到達地点。

キリト「は───、あっは……! ついたぞナナシ!
    100階にボスが居るかなんて知らないけど、ここを攻略すれば俺達は……!」

 喜びを胸に、倒れたままのナナシへ駆け寄る三人。
 抱き起こしてみれば、何故か「お得でっせ……」とか呟きつつツッパリをしてくる。
 とりあえず殴ってみたら、再び吐血をしつつ目を開けた。

ナナシ「お、おぉお……キテレツやぁ……俺はもう長いことはねぇ……」
アスナ「そんなことはいいから兄さん!」
ナナシ「いやそんなことって……いいけどさ」

 さっきはお兄ちゃんと呼んでくれたのに……とブツブツこぼしつつ、ポーションを飲みながら起き上がるナナシ。
 まだフラつくようで、すぐにシリカが体を支えてくれた。

キリト「……ナナシ。あの武器のことだけど」
ナナシ「……えーと。まあ。うん。俺がジークフリード。β時代でアホやってた男です。
    隠しときたかったけど、それじゃあ武器の説明がしきれないしね……」
キリト「やっぱりか……。なあ。あの武器、いったいなんなんだ?」
ナナシ「普通のゲームを求めた者を騙したやつらに復讐するための武器ざます。
    そんなんチートやんとか言うんだったら、
    俺達が立ってるこの世界自体がチートだろ?
    それをクリアするために出せる、こっちのチート。それがジークフリード」
アスナ「……どうしてそんなものが用意出来たの?」

 訊ねる当然の疑問に、ナナシはぐっと息を詰まらせるような表情をしたのち、静かに語った。自分の胸のうち、今まで面と向かって言わなかったことを……。

ナナシ「……アスナ。実はな……兄さん、キミの本当の兄さんじゃないんだ……」
アスナ「知ってるわよ!」

 面と向かって言わなくても周知の事実だった。

ナナシ「でだけどね。実は俺、時空の旅人なんだ。
    別の世界から来て、アスナの親に拾われて、ナナシって名前をもらった。
    本名は中井出博光。世界を旅する大魔王をやっております」
アスナ「兄さんって本当に嘘がぽろぽろ出るわよね……」
ナナシ「いやいやこれは本当だよ!?
    信じる信じないはそりゃあそっちに丸投げするけど!」
キリト「や、だってな。そんなラノベとかWEB小説じゃあるまいし」
ナナシ「そうだね《ニコリ》」

 あっさり引き下がる。
 受け入れてもらえないなら冗談にするのはもはや慣れっこだ。
 ようは、嘘をつき続けていたのが苦しかったから語り、それこそが嘘だと思われた。
 それだけなのだから。

ナナシ「じゃ、転移門のアクティベートやって───って、ここにそんなもんないね」

 見渡す限りの青の世界。
 つい先ほどまで戦っていた円盤状の地面はあるものの、それだけだ。
 100層のボスが居るわけでも石碑があってイベントが起こる〜とかもない。
 ただ、ぐるりと見た視線の先に、ひとつだけ小さな玉座めいたものがあるのに気づく。
 ……気づいた途端、そこに一人の男が出現した。

??????「ようこそ、最上層へ。私がこの第100層のボスを担う者だ」
ナナシ   「なっ……なにーーーーーーっ!!?」
キリト   「お、お前は……っ!!」

 その場に居る者で見たことがない者など居ないほどの存在。
 赤と白が主体の防具に身を包む男。
 アスナの顔がみるみる驚愕へと変わり、

ナナシ   「ど、独眼鉄ーーーーーっ!!」
??????「違う!!」

 のちに盛大にズッコケた。

ナナシ「へーぇ、キミがボスだったんだ。むしろ茅場か。
    久しぶりだねぇ血盟騎士団団長サマ」

 役職を呼ばれた彼は、口角を持ち上げてフッと息を吐いた。
 そう。
 血盟騎士団団長にして、ギルド“ジークフリード”がなければ間違い無く攻略組最前列を担っていた男───ヒースクリフ。

ヒースクリフ「ああ、久しぶりだ。随分といろいろ暴れてくれたようだ。
       お陰でボスとしての力は残っても、GM権限は潰されてしまった。
       まあ、それは別に構わない。最低限の操作は出来るようになっている」
キリト   「お前が……茅場……!?
       本当にプレイヤーとして紛れ込んでいたのか!
       それもっ! “ここ”を抜けば最前線攻略組のリーダーのお前が!!」
ヒースクリフ「きみ達もゲームというものをやったことがあるのなら解るだろう?
       他人がやっているRPGを見ていることほど退屈なものはない」
キリト   「それだけ……!? それだけが理由で、
       死ぬかもしれない戦いに身を置くやつらを傍観していやがったのか!」
ヒースクリフ「一万人をこの世界へ連れ込み、世界を構築することこそ私の本意。
       その中の一人に私が混ざることに、不都合などなかったろう?
       現に皆、私をリーダーと言ってついてきた。
       デスゲームだというのに、組織を作ろうと言えば近づく者が居た。
       数が増えればそれだけ安心感もあるのだろうな。あとは増える一方だ」

 疑い出せばキリがないのが人だというのに、信じる方向でも人はキリがない。
 真実をこうして目の当たりにしなければ、誰もが未だにヒースクリフを信用していたに違いない。
 しかし、だからといってなら納得しよう、なんて頷けるかといわれれば否なのだ。

アスナ   「許せない……! 皆が……! みんなが必死に生きるために抗う横で!
       あなたは人の生き方を、死なない体で眺めていたの!?」
ヒースクリフ「問題があるかな? むしろ私は希望を与えていたと思うのだが。
       “死ぬかもしれない”と引きこもるだけなら誰にでも出来る。
       だが人の体はそう簡単ではない。保つとすれば何年だろうか。
       3年? 4年? まあ、10年は無理だろうな。
       外の体がただの栄養だけで生かされていたとして、
       そのまま死んでしまうということも十分に有り得る」
シリカ   「そうと知っていながらっ……あなたはっ!!」
ヒースクリフ「だから力を貸した。先に立ち、攻略組として前線で。
       解るかな? 今もこうして話をしている私たちを、その全員が見ている。
       少々いじくり、いつかの広場の時のようにこの場を映している。
       最前列で皆を引っ張ってきた勇者の映像をだ。
       まあ、英雄の役目は私が立たずともそこのキミが全てやってくれたが」
ナナシ   「おい……呼ばれてんぞ」
キリト   「俺じゃなくてお前がだろっ!」
ナナシ   「え? 俺?」

 きょとんとするのはナナシ。
 しかしすぐに名乗りをしてみせると、ヒースクリフは笑った。

ヒースクリフ「まあ、御託はいい。それより私が100層のボスということだが。
       どうするかね。私を倒すか、それとも引き返すか。
       断っておくが、私は既にGMではなくプレイヤーとして存在している。
       誰かがそう設定したらしいからね。つまり私を倒せば───」
アスナ   「───、───!?」
シリカ   「っ、え…………そ、そんな」
キリト   「……人殺しになる、っていうのか……!」
ヒースクリフ「ああ、その通りだ。ご丁寧にこの世界はデスゲームだ。
       100層のボスを私に、というのは初期設定ではあるが、
       そのボスである私がプレイヤーとして設定されてしまっては、
       死ねば当然現実世界の私も死ぬ。さらに言えば……ふふっ《チャキッ》」
総員    『っ!《ジャキンッ》』

 ヒースクリフが右手に剣を、左手に十字の盾を持つ。
 それに合わせて武器を構える四人は、憎々しげにヒースクリフを睨んでいた。

ヒースクリフ「確かに私はボスではある。だが同時にプレイヤーだ。
       “この世界のボス”を倒すことでこの世界はクリアとなるが、
       生憎と私はもうプレイヤー扱いだ。
       100層のボスではあるが、もうこの世界のボスではない」
キリト   「…………? どういう……───、っ!?」
ヒースクリフ「気づいたようだな。
       そう……私を倒したところで、この世界は終わらないのだ。
       新たにボスを設定、倒さない限り、この世界はずっと続いてゆく。
       権限をいじくり、再設定をすることも可能だが───
       一度ボスを退かされた者が立つなど、滑稽だろう。
       故に、きみ達に選ばせたいと思う」

 フッ……と、まるで昔話でもするような気安さで言う。
 キリトもアスナもシリカも「なにを……」と呟き戸惑うだけだが、ナナシは頭を掻いて溜め息を吐いた。

ナナシ「わからんかね、三人とも。つまりさ、あー……えっと。
    ボスっていう名の犠牲者を俺達が選んで、
    そいつを殺して一万近くの人を救う英雄になれって言ってんだよ、そいつ」
シリカ「なっ───!?」
アスナ「そんなっ……そんなこと出来るわけっ───!」

 アスナとシリカがキッとヒースクリフを睨む。
 しかし彼は表情を崩さぬままに玉座に座り、四人の答えを待っていた。

ナナシ   「キミをボスに再設定してコロがしてもいい?」
ヒースクリフ「それは無理だ。何故なら私はこの世界とともに滅びるつもりでいる。
       私が死なねばきみ達に権限は移らないし、
       私自身が自分をボスに設定する気はない。
       つまりきみ達はどうあっても人を殺さなければいけない。
       ああそうだ、ならばこうしようか。私を殺せた者に権限を譲ろう。
       GMではなくなったが、いじくることくらいならば私にも出来る。
       ……きみ達がそうして見せたようにね」

 言うや、ヒースクリフが座る玉座が文字の羅列に変わり、目が疲れるほどの0と1が激しく蠢く中のいくつかをいじくり、それが終わると立ち上がった。

ヒースクリフ「さて、では始めるとしようか。
       座った途端に襲ってくるだろうと武具を構えていたが、
       きみ達は随分とお行儀がいいらしいな」
ナナシ   「いやいや、そうでもないよ? あ、ところでもう設定はし終わった?」
ヒースクリフ「ああ。私を殺せば《ズバァンッ!》───」

 ああ、と言った途端に剣は振るわれ。
 彼の首は宙を舞い、ボソリと地面に転がった。

アスナ「え───」
キリト「……え?」
シリカ「っ……!」

 斬ったのはナナシだ。
 躊躇など一切見せず、殺人者になると言われたのに、それを知った上であっさりと。
 目の前にある現実を脳が理解していくと、人の死体を前にアスナとシリカが悲鳴をあげた。キリトも信じられないものを見たといった風情のまま、呆然とナナシの後姿を見ている。
 ……そんなナナシが三人へと振り返る。

ナナシ「先に言っとくね。殺していいのは殺される覚悟が出来てるヤツだけだ。
    茅場は一万人を相手にそういうことを犯してみせたんだ。
    一万回殺される覚悟もねぇならここに現れるわけがない」
キリト「っ……」

 キリトの喉がごくりと鳴った。
 ポリゴン片となって消えたヒースクリフ……茅場は、恐らく自分が死んだことにさえ気づけずに死んだ。
 そして彼が死んだということは、殺したナナシに権限は移ったということであり───

ナナシ「……あー、ダメだ。アクセスして強制ログアウトさせようとしたけど、
    ログアウトだけはどうあっても出来ないみたいだ。
    言った通り、ボスを決めてコロがさなきゃいかんみたい。
    適当なモンスターをボスに……も、できないか。
    ちゃっかりしてやがるなぁ……───じゃあ」
キリト「っ!」
アスナ「……!」
シリカ「………」

 知らず、ナナシの言葉に心臓が跳ねる三人。
 人を殺したという事実を前に、“もしかしたら”が三人を襲った。
 次に殺されるのは自分なんじゃないか。
 それは、無意識にもそう思ってしまったからこその防衛本能。
 ナナシはそんな三人の反応にも当然気づき、寂しそうに笑う。

ナナシ「人の絆ってそんなもんだよな。
    助かるために、覚悟を以ってなにを為そうが殺しは殺しだ。
    じゃーな、てめぇにだけはやさしい人間のクズども。
    せいぜい幸せなまま長生きして寿命でくたばれ。
    ───システム権限。プレイヤー・ナナシを世界のボスとして設定」
アスナ「!? おにいちゃ」

 咄嗟に駆け出した先。
 ナナシはジークフリードで自分の顔面を貫き、一発で絶命した。

アスナ「え───」

 散るポリゴン片。
 ゲージが0になるまで待つ暇もなく砕けたその体に、駆け寄って伸ばした手がすり抜ける。掻き集めようと何度も伸ばすのに、散った先から消えてゆく。
 やがてそれだけ見れば綺麗であったポリゴン片の全てが消えると……アスナはその場にへたり込み、荒くなってゆく呼吸と目の前で起きたことを信じたくない気持ちに板ばさみ状態にされ……叫んだ。
 青の空に響く悲鳴。
 目の前で兄が死んだことに、アスナは自分の中の世界が壊れるくらいの悲鳴をあげた。

『本日午後1時20分……ソードアートオンラインはクリアされました。
 繰り返します。本日午後1時20分……ソードアートオンラインはクリアされました』

 喜ぶべきシステムアナウンスもどこか遠くに聞こえ、空に映った映像を見るプレイヤー全ても、今この場に居る三人も、ひどく後味の悪いなにかを抱いたまま───世界の終わりを迎えた。





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