【6月5日】

 で…… 

中井出「おはよう辻堂さん」

 なんでこいつは変わらぬ笑顔でアタシに挨拶してるんだろうな。
 相も変わらず整列して迎えられるガッコの途中、笑って手をあげるバカが居る。
 ていうか、なんかこいつ磯臭い。

中井出「? あ、匂い? やあ、ほら、一人暮らしだから金も稼がないと。
    朝から漁協で仕事してるんですよ。良き運動になりまする」

 漁協って。
 アレって結構大変なんじゃないのか?
 や、母さんも別に疲れた様子はないから、楽なのか?

久美子「まぁたテメェか! なんなんだてめぇは!」
中井出「あ、おはよう葛西さん」
久美子「挨拶なんざどうでもいンだよ! なんのつもりかって聞いてンだ!」
中井出「え、えー……ただ挨拶してるだけなのに、どうでもいいだなんてそんな」

 アタシと中井出の間に割って入って喚き散らすクミ。
 ……毎度、その元気を別の方向に向けてくれりゃあこっちも楽なのに。
 おちおち会話も出来ない。だから嫌なんだよ……大体この不良連中だって、辻堂軍団なんてヘンテコな名前つけやがって……。
 善意でやってるんだから始末におえないったらない。

声 「ようやく来たなぁ辻堂愛ぃ!!」
愛 「………」

 で。ギャーギャー騒ぐクミと中井出をほったらかしにして歩いていると、どこからか聞こえてくる声。声のした方向を見てみれば、ナイフを持ってニヤニヤ笑う、長髪を空に向けて立てている不良どもが。
 どうせまたアタシに挑戦しにきたとかだろう。面倒くさい。

愛   「クミ。ケンカは放課後からって看板さげとけ。
     朝8時にこのテンションはキツい」
久美子 「す、すんません」
愛   「お前ら任せた。たった3人なんだしなんとかなるだろ」
辻堂軍団『はいっ!!』

 言ってみれば威勢よく返事をするやつら。
 こういう時だけは素直に元気だ。
 そのくせ、アタシが嫌がる方向のことは素直にやめない。主に朝の整列と挨拶とか。

男A 「おっと雑魚にゃあ用はねぇぜぇ!?
    欲しいのは辻堂……あくまでテメェの首だけだ!」
男C 「ヒャッハーーーッ!!」
委員長「え、きゃっ───!」

 ナイフを持った馬鹿が素早く駆け、近くに居た女……委員長の手を掴み、引き込んだ。
 途端、ローテンションだった頭が熱くなる。

中井出「前方回転ミサイルキックゥ!!」
男C 「《メゴッチャア!!》ぶげぇあ!?」
愛  「……へっ?」

 ……なったんだが、途端に男Cにドロップキックをかます男が一人。中井出だ。
 拍子に男の手は委員長から離れ、中井出は着地と同時にすかさず委員長を逃がす。
 が、代わりに他二人の男に捕らえられてしまった。

男A 「テメェ……ナメた真似してくれるじゃねぇか、えぇ?」
男B 「刺されてぇのか? 女の前だからってカッコつけたかったのか? あぁ?」
中井出「あっはっはっは、おかしなことを仰る。
    差別なぞせん。カッコつけたいってのも違う。
    俺は差別が嫌いだし、捕まったのが男だろうがこうやったし、
    誰かが怖がるのが俺が嫌だから、俺のためにこうしたまででございます。
    誰かのために格好つけるなど、おっほほほ、馬鹿馬鹿しい」

 中井出が笑う。
 ナイフ向けられてるのに暢気に。
 そうこうしている内に委員長はアタシの傍まで来て、怖かったのだろう、肩を震わせていた。

中井出「───自分でやったことを他人のためだとほざきながら人の所為にする!?
    冗談ではない! ナイフと人質がなければろくに目の前に立てもしないクズが!
    不良を名乗り、一丁前に人のツッパリに立ち向かうのであれば!
    人の格好つけというツッパリと馬鹿にせずに立ち向かうところか始めろ!」
男A 「ンんだとコラァ!! どうやら死にてぇらしいなぁ、えぇ!?」
中井出「ところできみたち。ナイフって人を殺せるって知ってる?」
男B 「だから……死にてぇのかって言ってンだろうが!」
中井出「OK、じゃあもうなにも言いません。あ、みんなー、もう教室入っちゃってー」

 ……もしかして馬鹿なのかあいつ。
 この状況で教室に入れ、って……出来るわけがねぇだろうが……!

中井出「昨日話した通り、痛いのには慣れております故。
    それに俺相手じゃ人質にすらならないって。
    ……自分、友達居ないッスから……《どんより……》」
男A 「重ッ!?」
男B 「暗ッ!?」

 重くて暗い! や、やめろ馬鹿!
 勝手に窮地に突っ込んでおいて、勝手に落ち込むな!
 ああもう! これで助けたらアタシが友達代表みたいになるじゃねぇか!

中井出「……《ぱちぱち》」
愛  「……!」

 中井出が目配せをしてくる。
 軽く動かした首と、瞬きを連続させる瞼は、一般生徒の避難優先を促していた。
 ……あんまりナメてくれるなよな、中井出。
 避難させるまでもなく───そんな雑魚たち相手に、他に危害なんて加えさせねぇよ。

男A「オラァ! いい加減に《ボキリ》……へ?」

 地面を蹴り、一気に近づき、中井出にナイフを突きつけていた男の腕を折る。
 だらりと垂れる腕。
 折れた自分の腕を見下ろした男が、次の瞬間女みたいな悲鳴をあげた。

男B「て、テメェ! 人質がどうなっても───」
愛 「人質取って大人しくしろって……バカかお前ら。
   正義の味方でも相手してるつもりかよ」
男B「ひっ……!」
愛 「クズに名乗る名は無い、って言いたいところだけどな。
   一応礼儀だし、名乗っておこうか」

 アタシに意識を向け、震えながらナイフを構えたまま後退る男。
 そんな雑魚にフンと息を吐きながら言ってやる。

愛 「湘南三大天のひとり、辻堂愛。不倒不敗の喧嘩狼───だ、そうだ」
男B「いや───!」

 胸に桃って書かれた殺し屋みたいな悲鳴をあげた男の顎を、容赦なく下から上へと殴り抜けた。
 星になる男。
 名前は……そういやなにか叫んでたけど聞いてなかったな。

久美子「出たーーーっ! 愛さん77の殺し技のひとつ! ギャラクティカ昇竜拳!!」

 ……恥ずかしいからその適当な名前付けやめろ、クミ。

男C「はぁ、はぁ……! ナメやがって……!」

 ン……後ろで一人起き上がったな。
 中井出が蹴りぶち込んだやつか。
 振り向くのめんどいし、後ろ蹴りで十分だろ。

中井出「いやぁお美事。まさか相手さんを星に出来るとは」

 ナイフにはさすがにビビっていたのか、ふらふらした中井出が寄ってくる。
 無理すんな、と言いたいところだが、後ろで起きたやつが駆けてくるのを感じた。
 中井出のことは後回しだ、今はこいつを───

中井出「《かくんっ》うおっととと!? 足がもつれて───」
愛  「!?」

 中井出が足をもつれさせ、つんのめった。
 たたらを踏みながらこちらへと倒れ込んできた中井出は、アタシにぶつかるのを避けようとして───

男C 「死ねやっ! 辻堂ォオオーーーッ───お、おぉおーーーーーっ!!?」
中井出「へっ? あ、キャーーーーッ!!?《ゾブシャア!》ギャアーーーーッ!!」

 ……!! 刺された!!
 なんの冗談だこれ……! アタシが……アタシが居る所為で乗り込んできた不良が、転校したてのクラスメイトを刺す……!? 懲りずに話しかけてくれたヤツが……!

中井出「なんてね。あのねきみ、後ろからナイフでなんて、あもりにひどいでしょう?」
男C 「へぇっ!?」
愛  「なっ───!?」
中井出「名乗りをした“喧嘩”狼と戦って勝ち名乗りしたいのなら!
    拳ひとつでかかってこんかいバッカモーーーーーーン!!!」
男C 「《ベッチャァーーーン!!》ほぎゃああーーーーーーっ!!」

 なっ! ばかっ! 刺された掌で……血まみれな手で張り手なんかしたら!

中井出「いだぁあっだだだだだ!! ───い、痛くないよ!? 僕強い子だもん!」

 いや嘘だろお前! 涙盛大にこぼれてるじゃねぇか!

中井出「ああもう貴重な血液が流れてゆく! もういい貴様!
    人の大切な血を溢れさせた罰だ! その濁ったお目目に血の目薬かけたらー!」
男C 「《がしぃ!》うひぃ!? やややめろ! やめろぉーーーーっ!!」
中井出「黙れ小僧! 貴様はやめろと言った誰かに対して、
    行っている行動をやめたことがあるか! あるなら言ってみろ!」
男C 「あ、ある! あるからやめろ!」
中井出「じゃあ仕方ないね」
男C 「えぇえええーーーーーーっ!!?」

 あっさり解放される男。
 忌々しいけど、アタシも男Cと同じく叫びたい状況だった。
 なんなんだこいつ。

中井出「……《にこり》」
愛  「ン───あ」

 中井出がアタシに向けて微笑んだ。
 ……気づけば、刺されたことで登校中だった生徒は全員学校の中に逃げ出していた。
 最初からあいつの頭の中には生徒の避難しかなかったらしい。
 自己犠牲に加えて、それを自分のためだと言い切る馬鹿。
 なんなんだこいつ───って思うのと同時に、なんだか少しおかしくなってしまった。

男C「な、ナメくさりやがって! テメェはこのデッドナイフ・エッジがズタズタに」
愛 「されるのはお前だけどな」
男C「え《バゴルチャア!!》ぶげるぁあああああっ!!?」

 加減なしのアッパーカット。
 拳に嵌めたグローブに血がつかないほどの速さで殴りぬけば、相手はもう見えないほどの距離を飛んでいた。……っと、あんな雑魚連中のその後なんてどうでもいい。

愛  「……大丈夫か?」
中井出「ああ大丈夫大丈夫、痛いのには慣れてるから」
愛  「……すまねぇ。アタシがもっと早く、面倒くさがらずにキッチリシメとけば」
中井出「? なんで辻堂さんが謝るのさ。
    これは、喧嘩ふっかけてきた相手が悪いんだよ?
    それは辻堂さんが番長だろうがどうだろうが関係ない。
    人の都合を考えず、相手が最強だから挑みにくる〜なんて、
    こ〜んな状況を作ったこの湘南や不良連中に問題アリ。
    それより教室いきましょ。遅刻はご勘弁だ」
愛  「………」

 刺されても平然な顔で歩く中井出。その足取りは軽い。
 ……ふらついたのは見せかけで、最初からアタシを庇うつもりだったのか?
 刺されても震えもしない一般人なんて初めて見る。
 虐待受けてた、って言ってたっけ。
 刺されても震えないほどの虐待って……どんだけだよ。

……。

 あんな事件があったため、朝のSTは中止になった。
 教師……あー、なんつったっけ。加山だっけか。が、その伝達だけをして出ていく。
 普通ならアタシが呼び出し喰らって教師連中に説教受けるはずなのに、アタシは教室で隣の空いた席を眺めている。
 いや、呼び出しはくらった。くらったんだが……

  人が刺されたのに生徒呼んで説教してハイ終わり? めでたいね、あんたら。

 言ったのは中井出だ。
 呆れた顔でそう言った途端、あいつは教師連中の集中怒号を見舞われ、連れて行かれた。わざわざおいてけぼりされたアタシにニカッと笑って手を振りつつ。
 チョーシ狂う。なんなんだあいつ。

愛 (事情聴取に呼ばれるだけで、べつにセッキョーってほどでもないのに)
                                  
 まあ、あれは問題を起こされては困るって教師の恐怖からくる八つ当たりだ。
 向こうが勝手にくるモンをこっちでどうにかすることなんて出来るわけがない。
 それについてはどれだけ他者が何を言おうが変えようがないのだから。
 ああ、つまり、なんだ。あいつはそういうことを教師連中に言いたかったわけだ。
 アタシに説教なんざしたって問題は解決しないって。
 なのに説教をすれば、それはただの八つ当たりだと。

愛 (………)

 ヘンなやつ。
 それで自分が説教受けてりゃ世話ない。
 手ぇ刺されたりしたっていうのに。

愛 「………」

 いや待て。そうだ、刺されたんだぞ? 掌貫通してた。
 あれでどうして平然としてられるんだ。
 教師連中も説教の前にすることあるだろ。

愛 (うぁああああ……!!)

 心配になってきた。
 アタシの所為で手が動かなくなったとかなったらどうしよう。
 大事な血管傷つけたとか言ったら……!
 もしかして今頃救急車とかが呼ばれて、あいつが運ばれて───

中井出「《ガラリ》ただいまギョー」
愛  「ちょっとツラ貸せコラァ!」
中井出「《ビビクゥ!》ヒィ!? は、はい!」

 なんか普通に戻ってきた中井出を連れて教室を出た。
 屋上まで連れていってみれば、アタシを見てビクビクおどおどしている中井出。
 なんでか構えてる。

中井出「くくく来るなら来い! 出来れば来ないで!」
愛  「……いや。なんの真似だよそれ」
中井出「え? だって屋上は決闘の場だって、ヘロスィー……あ、長谷が」
愛  「別に決闘したくて連れてきたわけじゃねぇよ!」
中井出「ごめんなさい!?」

 あっ……くそっ、また怒鳴っちまった。
 そんなつもりはないのに、なんでか怒鳴っちまう。
 ん、んあ……こういう時はえぇっと、どうすりゃいいんだっけか。
 傷は大丈夫なのか……とかか? まあ、そうだよな。気になってるトコはそこなんだからな。

愛  「オイテメェ《ギロリ》」
中井出「……《スッ》」
愛  「カツアゲじゃねぇ! つか10円でアタシになにしろってんだ!!」
中井出「いやははは、冗談冗談。手ならもう大丈夫。ほら、包帯ぐるぐる」
愛  「っ……!」

 痛々しい。
 包帯でぐるぐる巻き状態の手を見せられた。
 困ったことに右手だ……あれじゃあ生活に支障をきたすだろう。
 くそっ……いくら喧嘩に飽きてきてたからって、油断なんかしちまった罰だ。
 よりにもよってクラスメイトを……!

中井出「何度も言うけど、俺は自分がそうしたくて自分のためにやったんだからね?
    辻堂さんが悪いって思う必要はまったくないよ?」
愛  「必要以前の問題だ。アタシが居なけりゃあいつらがここに来ることも、
    委員長を人質にとろうとすることもなかったんだぞ」
中井出「そうだとしても、来る来ないはあっちの都合。
    刺されたのが俺で良かったじゃない。
    ……あ、自分なら誰かに危害が加わるまえに全員倒せました〜、
    なんて話は無しでよろしくお願いしますね。
    それより保健室が保健室なのに不衛生な件について話し合いたいんだけど」
愛  「そういう場所だからだとしか言いようがない」
中井出「いやうん……だろうね」

 保険の先生……城宮楓はヘビースモーカーだ。
 傷を負ってあそこに行くのは本当によろしくない。
 どうせその時も、部屋の中が煙だらけだったんだろう。

中井出「で、なにやら謎の薬をオススメされたので、
    サインをして使わせてもらったんだけど。結果、血がピタリと止まりました」
愛  「命が惜しかったらこれからは使うのはやめとけ」
中井出「え? あ、う、うん……?」

 どうやらその薬がどれだけヤバいかも知らずに使ったらしい。
 まあ、死にはしないと思うが……ってそうじゃない。刺されたこと。

愛  「てめぇのことでクラスメイトに怪我をさせたなんて、笑い話にもならねぇ。
    こうなったらしっかりオトシマエつけて───」
中井出「そういうの結構です。それよりさ、えーと。
    よかったら3会の準備、一緒にやりません?」
愛  「な───」

 さ、3会。3会か。
 実はずっと気になってる。なにせ父さんと母さんの思い出の行事だ。
 父さんと母さんはそれが切っ掛けで互いに意識して、深い仲になったって。
 だから出来ればアタシも手伝いたい。
 手伝いたいのに、不良とか番長とかの肩書きがいちいち邪魔をする。
 泣く子も黙る三大天の一人、喧嘩狼が一般人とコヨシって委員やって? ひとつの行事をワクワクしながら待ってるって知れてみろ。クミはおろか、他のやつらもなにを言い出すか……。
 ああ、ほんと、自由じゃねぇ。
 アタシはただナメられたくなかっただけなのに。

中井出「……ダメか。まあ、いつでも待ってるから、その気になったらヨロシクね」
愛  「あ───」

 無言を拒絶と受け取ったのか、考え事をしている間にそれだけを言い残し、行ってしまった。
 わざわざアタシに手を見せないようにして。
 ……どうせ血、止まってねぇんだろ。
 血が滲んでたの、気づかねぇとでも思ってたのか?

愛 「…………」

 空を見上げて、溜め息を吐いた。
 ……ああ、ほんと…………熱くなれねぇ。
 なんで番長なんてやってんだっけ、アタシ……。


───……。


 放課後。
 クミのやつが慌ててアタシのところへとやってきた。
 誰も居ない教室でボーっとしていたところへだ。
 今頃中井出は一人で委員の仕事をしているんだろう。
 意地なんて張らずに手伝いに出りゃいいのに、アタシはそれが出来ないでいた。

クミ「大変です愛さん! アツシと西が江乃死魔に攫われました!」
愛 「───何?」

 そんなやる気の無い時にこんな言葉。
 本当に、嫌になる。
 だが勝手なこととはいえ、慕ってきている相手を見殺しにするようなことは出来ない。
 半端はしない。それが、母さんに教わった生き方だ。

クミ「助けたけりゃ、江ノ島の橋の下のアジトまで拾いに来いって……!
   とうとう全面戦争ッスね! 愛さん!!」
愛 「………」

 全面戦争ね。あの恋奈が? たかだか100人程度の戦力で?
 ……どーだかな。
 ただ、仲間に手ェだしたオトシマエはきっちりつけさせてもらおう。

クミ「愛さん! 急いで!」
愛 「わーってるよ、ったく……」

 クミと一緒に教室を出る。
 指定時刻は午後11時、江ノ島の海岸近くの橋の下のアジト。
 呼び出しで時間の指定まであるってことは、十中八九陽動だろう。
 アタシたちを江乃死魔におびき寄せて、湘南BABYと決着、ってとこか。

愛 (……どーでもいい)

 湘南制覇なんてどうでもいい。
 アタシが決着つけなきゃなんねーのは腰越だけだ。
 そもそも他が弱すぎて相手にもならないし、飽きた。
 あいつと戦う以外に、無理にツッパる理由も無い。

愛 「……ヤンキー、やめようかな」
クミ「えぇええええええっ!!? ななななに言ってんすか愛さぁん!!」

 燃えるような何かが欲しい。
 ただ、そんなことを考えるようになっていた。




-_-/中井出

 ザムザムザムザム……!

中井出「ゲフェフェフェフェフェ……! 今度は肉まん……夜の俺はちっと怖いぜ?」

 まるで子を守る獣のようにな! ウェーーッハッハッハッハ!!
 などと不敵だったらいいなぁなんて気持ちのままに夜道を歩く。
 3会のことを知るためにいろいろやってたらすっかり遅くなってしまったよ。
 でも後悔なんてあるわけない。
 いいことです。

中井出「さすがに三回連続で食事を落とすなんてこと、するわけないもの」

 それもいいことです。
 さて、この特上豚肉まんをじっくり味わうためいにはなにが必要か。
 1、環境。
 2、状況。
 3、邪魔するヤツが居ない場所。
 この三つに限ります。
 なので邪魔されないうちにそそくさと道を歩き───

不良 「オラァ! なに見てんだコラァ!」
通行人「ひぃっ!」

 ───……まーた不良に出会ってしまったがね……。
 で、でも大丈夫だよ? 近寄らなきゃほら、被害なんて……

不良 「オラオラァ! 見世物じゃねぇぞぉ! 失せろコラァ!」
通行人「ひぃいいっ……!」
不良 「うひゃははははは!!」

 あ……なんかこれヤバイパターン。
 喧嘩とかでテンションあがると、不良ってやたらと勢いに任せてなにかに当たるよね。
 なんか今、それっぽい。
 しかも視線の先には大軍団。
 どうやら転校前日に見た江乃死魔のみなさんが、どこぞのチームと喧嘩しているらしい。それにあぶれた不良が鉄パイプを振り回して、周囲を脅しているのだ。
 なんて思ってる矢先にめざとくこっちをロックオーーーン!!?

不良 「オラオラァ! とっとと散れェ! オラァッ!」
中井出「やっ、ちょ、待《パグチャア!》ハーーーーッ!!?」

 肉っ……肉まんが……両手で大事に持ってた肉まんが、真っ二つどころか鉄パイプで殴られてミンチに……!!

不良 「オラァ、よォオ? こうなりたくなきゃ、とっとと失せろって《ガシッ》ア?」
中井出「っ……貴様に朝日は拝ませねぇえええええィイ!!!」
不良 「え? え《ベゴォッチャアアッ!!》ウベギュッ!?」

 恒例の、大地に炸裂あなたのフェイス。
 頭を掴んで地面に叩きつけました。
 鼻血が物凄い勢いで地面を濡らしていきますがもはや勘弁ならん。

不良B「あぁ!? ンだっテメーワぁ!!」
中井出「獄殴狼」
不良B「へ───あ、テ、テメ《ベゴォッ!》……あひ? へびゃああああああ!!!」

 振るった拳が不良の顎をボゴォと外す。
 拍子を置いて響く絶叫に、江乃死魔の連中がなんだなんだとこちらを見る。
 そんな不良どもへとバルバトスの疾駆を見せ、イビルチャージののちにブラストキャリバー。君の死に場所を決めるRPGを思う存分味わってもらった。

中井出「貴様らみたいなクズが居るから俺の夜食がァアアアアアアアッ!!!
    ───ぶち殺す!!」

 怒り頂点也!
 いつかのように目が赤く輝き、ナルガ先生のように赤の軌跡を描く。ただし格好はもちろん変える! わざわざバレるようなことをしてたまるもんですか!
 喧嘩をしていたのか、ざっと分析した数では……50対100くらいでやっていたのだろう、相手側はもう数を減らし、ボスらしき人しか残っていない。
 対する江乃死魔はほぼ100人無事なようでああいや、それでも20人くらいは潰されてるか? ああいやそんなことはどうでもいい!

中井出「死にッさらせぇい!!」

 目がナルガさんなら動きもナルガさん。
 生憎と刃翼なんてものはないから、飛び掛るように移動してはウエスタンラリアットで不良どもを吹き飛ばしている。
 襲い掛かってきたのは江乃死魔の連中! 通行人を襲ってきたのももちろん江乃死魔の連中! ……もう、おやすみ。

江乃死魔G「な、なんだこいつ! 普通じゃね《バゴルチャア!》げぶぅるぇっ!?」
中井出  「さぁっ! 来いよ! 貴様ら全員ンン……微塵切りにしてやるぜぇぃ!!」

 拳に宿るは人器の輝き!
 貴様ら全員……死に場所はァ……ここだァアアアアアアッ!!!

恋奈   「うるさいわね! この大事な時に何事!?」
江乃死魔U「れ、恋奈さま! それが! 急に妙なヤツが現れて!」
恋奈   「妙なやつ……!? 複数じゃないとでも言う気!?
      喧嘩狼でも皆殺しでもないなら、今はあんたたちでなんとかしなさい!
      あとは総災天を崩せば私たちの勝ちなのよ!
      ……さあ、総災天のおリョウ。あんたで最後よ。
      体勢は決した。そこに跪いて、仲間に入れてくださいと言え。
      そうすれば───」
声    「あ゙ああああああーーーーーーっ!!!」
恋奈   「私が率いる、この江乃死魔で───」
声    「ん゙んんんんんんんんーーーーーーーっ!!!」
恋奈   「つ、使ってあげても……!!」
声    「うおおおおおおおーーーーーっ!!!」
恋奈   「あああああもううっさいわね!! なんなのよ!!
      人がせっかくキメてるところにぃいいっ!!」
江乃死魔U「そ、そんなこと言われても! おかしな格好のくせにやたらと強くて!
      こっちはもう20以上は潰されてます!」
恋奈   「にっ───!? どういうこと!?」

 群がる不良を時に頭突きで時にチョップで時に下敷きで!
 くるくる回転して空は飛ぶし叫ぶし姿を消せるし叫ぶしうるさいし叫ぶし!
 そう! 我が名は知らずとも、その異名だけは忘れることなかれ!
 我こそは───!

恋奈   「まさか皆殺しが!?」
江乃死魔U「い、いえ! それが……相手は妙な頭巾を被った半裸の男で!」
恋奈   「へ? ………………なによそれぇえええええっ!!!?」

 回転する! 叫ぶ! 下敷きでハメる! 挑発する!
 たわけがたわけがこのたわけが!
 知るがいい! この姿、この行動こそが師範の証!
 そう! この在り方こそが───!

不破刃「───……すごい漢だ。《ムキーーーン!!》」

 不破忍道師範、不破刃である!
 まあ格好だけだけどね!

恋奈  「相手が一人なら囲ってたためば終わるでしょ!? さっさと片付けろ!」
江乃死魔『オォオオオオッ!!!』
不破刃 「解らんのか、このたわけがぁ!!」

 身を震わせ、咆哮する。
 と、世界の果てから我が分身がくるくると大回転しながら飛んできて、襲い掛かる無数の不良どもを蹴散らしてゆく!

江乃死魔A「うぎゃああああっ!!? ななななんだこりゃぁあああっ!!」
不破刃A 「うおおおおおおーーーーーっ!!!」
不破刃B 「うおおおおおーーーーーーーーっ!!」
不破刃I 「うおおおおおおおおーーーーーっ!!」
不破刃E 「うおおぉおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」
不破刃Z 「うおおおおおおーーーーーっ!!!」
江乃死魔Y「ぎゃああああああうるせぇえええええっ!!!!」

 そんなやかましさが通り過ぎると、通った先には気絶した不良どもの軍。

恋奈 「なっ、な、な……!」
?  「うえっ! 見るからに変態っすよ恋奈さま! どうすんすか!?」
恋奈 「どうするって……! ……総災天、あれはあんたの切り札?」
リョウ「……い、いや。知らないな。
    ししし知らない、しららららら……!!《だらだらだら……!》」
恋奈 「総災天!? ちょっと、すごい汗よ!?」
不破刃「む。そこな者、よもや湘南BABYの───」
リョウ「他人の空似だ」
不破刃「むう。そうであったか。拙の勘違いか。ならば惣菜屋のヨイちゃん───」
リョウ「違う!!」

 緑髪の、卍丸先輩マスクをつけたスケバン風なおなごが大いに慌てておる。
 いや、アレ絶対ヨイちゃんだって。よい子さん。
 湘南BABYと聞いてまさかとは思ったけど、そっか。冴子さんに次ぐ総長はよい子さんだったか。そういや冴子さん……サエちゃんがガキ大将やめる時、ヨイちゃんに引き継ぎしてたっけ。あれからずっと続けてたのかぁ……すごいなぁヨイちゃん。

恋奈 「……あんた、何者?
    人の喧嘩を邪魔したからにはそれなりの覚悟が出来てんでしょうね」
不破刃「ふむ。拙は初代湘南BABY総長の知り合いであり、
    不破忍道師範、不破───」
リョウ「ちょ、コウくん! 初代のことは!」
不破刃「アイヤー!? やっぱりヨイちゃん!?
    そしてこっちのこともコウくん言っちゃダメでしょ!?」
恋奈 「───そう。総災天の仲間ということね?
    いいわ、そのふざけた格好も馬鹿げた力も納得してあげる。
    初代は総災天よりも強かったと聞くしね。
    それで? 総災天を救いにでも駆けつけたの?
    絶望的でしょ、この戦力差の前では」
?? 「あのー、恋奈様ぁ?」
恋奈 「なによティアラ」
宝冠 「いや、そのー……戦力差っていうか、他のやつら全員、ノビてるっての」
?? 「悲惨なありさまだシ」
恋奈 「へ? ……んなっ!?」

 ハッと気づけば全員気絶中。
 そりゃね、師範の力を使えばこんなものですよ。

不破刃「……引いちゃくれませんかねぇ江乃死魔の。
    そっちの勝ちでいいし、事実あんたらは勝ってた。
    ただし、ヨイちゃんを仲間になどさせはせぬわ。
    なんか屈服させる証として跪かせたり靴をなめさせたりとかさせそうだし」
恋奈 「……ティアラ!」
宝冠 「あいよぉ! はっはー!
    他のやつらは倒せても、快進撃はここまでだってのぉ!」

 おなごなのにやたらとマッチョで巨体な人がズズイと前に出てきた。
 す、すげぇ! 岳人が女として生まれてきたら絶対こんなだ!
 赤髪でマッスルで背が二メートル近くはある!
 ジョースターさんの195センチが小さく見えるぜぇ!
 あ、でもなんか声がギャラクシーエンジェルのフォルテさんっぽい。
 強いのも頷ける気がするのはどうしてだろうなぁ。
 ああいや、今はともかくっ!

不破刃   「湘南BABY諸君! 今宵の戦、我らの負けは確定である!
       ならば引くことに異は唱えまい!
       それとも意地を張って総長に相手の靴を舐めさせますかな!?」
湘南BABY『誰がさせるかぁっ!!』
不破刃   「OK! ならばずらかるぞ! ここは俺に任せて行け!」
BABY  「……へ? その台詞、もしかしてお前」
不破刃   「名前曝しは勘弁ね!? なんのためにこんな格好してると思ってんの!」
リョウ   「引くぞ! 全力で後退しろ!」
湘南BABY『オォオオオッス!!』

 号令がかかると、皆が脇目も振らずに逃走開始!
 やっぱこういう統率が取れてるところは昔と変わらない。
 そしてやっぱり昔から居るやつらもおるのか、危うくバレるところでした。

恋奈「逃がすな! ティアラ!」
宝冠「解ってるってのっ! うぅうーーらぁあーーーーーっ!!!」

 宝冠と書いてティアラと読むっぽいおなごが突撃をしてくる!
 意外ッ! それはタックル!
 殴るとかではなくタックルしてきました!

不破刃「《ドッゴォ!》うおおおおおーーーーーーー……ぉぉぁ……っ!!!」

 まともにくらって地面に激突。しかしその姿はすぐに丸太と化し、ごろりと転がった。

宝冠「あン? 丸太になった?
   ……おぉおおすっげぇ! 本物の忍者を見ちまったっての!」
恋奈「だからいちいち騙されるんじゃない! あっちよ! 普通に走って逃げてる!」
? 「恋奈様ぁ、捕まえちまっていーっすか?」
恋奈「足なら梓ね。ええ、やって」
梓 「あいよーっす。───逃がすかっての、総災天セ・ン・パ・イ♪」

 あずさと呼ばれた、不良の中ではちょっと異質なギャルっぽいおなごが……信じられん速度で走ってくる。
 ぬうこの動き……ワン子の疾駆かそれ以上!?
 このすごい漢を追い抜いて、ヨイちゃんを真っ直ぐ狙っておる!
 まあでも別に僕、差別とかしないんで女でも容赦なく殴ります。

不破刃「ジョンドヴァ〜イ」
梓  「《ドッゴォン!!》ぷぎゅあ!?」

 烈風で即座に追いついて、後頭部に極ナックルパート。潰れたなにかのような声をあげ、拳を中心に回転したのちザムゥ〜と大地に沈みました。
 あ、危なかった……! こうしなければ俺達がやられていた……!

恋奈 「ちょっ……アンタ! 女を後ろから思い切り殴るって!」
不破刃「アホかてめぇ! 喧嘩の世界に卑怯卑劣なんざありゃしねー!
    戦場に立つなら殴られる覚悟くらい決めとけバッキャローメン!!」

 そんなわけで逃走続行。
 僕らは見事、梓さんら仲間を気遣うチーム江乃死魔からの逃走を果たしたのでした。

……。

 ……その後、解散して皆様が家に戻った現在。
 街の中にあるお惣菜屋の前に、元の姿のあっしとヨイちゃん……よい子さんはおりました。

よい子「はぁあ……やっぱりコウくん」
中井出「ハクでもいいでゴンスよ。呼ばれ方はあまり気にしないほうなんで。
    ヒロじゃなければもうなんでも。ただし不良の前では中井出あたりがいいナ」
よい子「……獄殴狼のハクって、コウくんのことでしょ」
中井出「その呼び方は勘弁ノリスケ」
よい子「知ってるよ? 川神で川神百代と戦って大暴れしたって。無茶するね」
中井出「いや、最初はただの中二病ヤンキーを満喫してただけだったんだよ?
    そしたら川爺にお呼ばれされちゃってね……。
    多分誰でも良かったんだよ、川爺の目に留まれば。釈迦堂さんと同じだね。
    目に留まったから誘われて、行ってみればモモとバトル。
    やれと言われてやりますかって断ったらモモに襲われまして。
    で、全力で抗った結果が───」
よい子「引き分け?」
中井出「えーとそのう。ぼ、僕の負けだよ?」
よい子「…………《じー》」
中井出「ううっ……も、もういいっしょ!?
    別に喧嘩強くたってなにが出来るわけでもないし!
    それに俺はこれから平凡に暮らすって決めたんだい!
    ……いい機会だし、ヨイちゃんもそうしなさいよ」

 そう思ったのはほんとだ。
 サエちゃんの時代から続く湘南BABYだが、総長がやめたなら、二代目が負けたなら、もうやめてもいいだろう。
 
よい子「……そうかもね。そうなのかも。元々はガキ大将から始まった場所だもん。
    今まで頑張ってきて、喧嘩もやって、でも……
    逆らうヤツが居るからシメる、なんて世界じゃなかったんだもんね」
中井出「そうそう、危険からは離れましょう。絡んできたらツブす方向で。
    あ、ところでブタメン食べない? 箱買いしたら予想以上に余ってて」
よい子「わ、懐かしいね。ヒロくんとか初代が好きだったね」
中井出「……あの二人、見事に湘南BABYのこと忘れてるでしょ」
よい子「立ち上げた本人が忘れてちゃ、最強とか名乗っててもね。
    うん、いい機会なのかもね。うちのやつらはまだ目指すとか言いそうだけど、
    最強になってなにがあるわけでもないし」
中井出「そうそう。あ、じゃあ僕明日も早いんで」
よい子「うん。って、そうだ。どうしてまた不破刃だったの?
    あれ、寒いからもうやらないって子供の頃に言ってたのに」
中井出「あの格好ならバレようがないだろうってことで。
    ヨイちゃんも気をつけなきゃだめだよ? ヨイちゃんの髪、独特なんだから。
    あの変装くらいじゃああっという間にバレそうだ」
よい子「うぐっ」

 束ねている髪をほどいて、目つきを悪くして、卍丸先輩マスクをつけただけだもの。
 あれじゃあいずれバレます。
 そんな話をしつつ、風が吹いたあたりをきっかけに別れた。
 温かくなってきたけど、やっぱりまだ、夜はちと冷える気がします。





【6月6日】

 漁協での仕事を終え、今日も今日とてガッコであります。
 朝っぱらから曇りの空は、なんというか気分を憂鬱にさせるね。
 そんな時こそ心の中はハイテンション!

中井出「おはよーございまーす!」

 道行く人や、街の人に声をかけながら学園目指してのんびりと。
 今日は早めに上がらせてもらったから余裕がアルノデス。
 その分朝が早かった。ちと眠いけど、大丈夫だ、問題ない。

中井出「ややっ!?」

 そんな道の途中、猫を発見。
 捨て猫? 梅雨の時期だってのに、ひでーことしやがるわい。
 しっかりとダンボール入りの箱入り娘……息子? 性別はわからんが、近づいても逃げない。それどころか見上げてきて、にーにー泣いている。
 間違い無い、捨て猫だ。

中井出「グ、グゥムッ」

 なんとかわゆい……!
 しかも聞こえる鳴き声からは、人を信頼している色が感じられる……!
 こういう時って万物の声が聞こえる能力って不便! 心が痛い!

中井出「連れていってやりたいが……!」

 家は俺だけしか居ない。
 雨風は防げるが、ガッコ行ってる時や仕事の時はどうあっても一人ぼっち。
 半端なやさしさは残酷なものにしかならんし、それならいっそ別の誰かに拾ってもらったほうが……! ああっ、でも別の誰かが来なかったらどうしよう!

中井出「おっ……俺はァーーーーッ!! 俺はよォオーーーーーッ!!」

 マシュマロ差し出したユキをつっぱねた大和の姿がダブる!!
 手を差し伸べてやりたい! あそこで手を伸ばしただけで、どれだけユキが救われたか! 理不尽だろうけど大和! 俺はあの時のお前が少し憎いよ!
 でも今俺はそれをしようとしている! 見捨てるのだッ! 俺はッ!

真琴 「あら。捨て猫?」
中井出「ああっ! 辻堂さん!」

 よいところに! 漁協はもういいんですか!? 既に抜けた俺が言うのもなんだけど!

中井出「辻堂さん! 猫とか飼えません!?」
真琴 「……なんとかしてあげたいけど、うちは旦那がアレルギー持ちなのよね」
中井出「ゲゲェーーーーッ!! グ、グゥウウ……!!」
真琴 「ハクくん家は? 確か独りって言ってたでしょ」
中井出「そう……飼ったとしても、俺が帰るまでひとりぼっちだし、
    雨風は凌げても定時に食事を出せるわけでもない……!
    なにかの拍子になにかの下敷きになったりしても、助けてやることもっ!」
真琴 「あ……そっか。それはマズイわね」
中井出「よ、よよよよし! すまぬ猫よ!
    俺はこれで行くが、もし……もし誰にも拾われなかったら、俺が!
    寂しい思いをさせるだろうが、雨風だけは防げる家へ招待しよう!
    だから……どうか、心優しい誰かに救われてくれ。
    俺は……きみを幸せには出来そうにない……!」
真琴 「……ハクくんて、拾った動物に依存するタイプ?」
中井出「めっちゃします。我が子のように可愛がって、甘やかしまくります」

 京とかユキとか、そりゃあもう甘やかしまくりましたし。
 準や冬馬だって、家を出てアパート暮らしをしなかったのなら甘やかしまくりましたでしょうさ。

中井出「名残惜しいけど、ガッコあるんで」
真琴 「……ん」

 辻堂さんも情が移ると困るからか、撫でたりもせずに背を向けた。
 猫は好きなんだろう。振り向く寸前の目が、少し寂しそうだった。

中井出「あ、でもこの曇天はヤバイね。せめて濡れる時間が少しでも減りますように!
    波夷羅一伝無双流奥義!
    真ッ! 昇龍裂天衝ォオーーーーッ!!!」

 体より溢れるマナという名のKIを天へ向けて突き出す!
 すると黄竜闘気が天へと昇り、どんよりとした雨雲をギョヴァアッ!と消し飛ばした。
 そう、まるで汚れが浮く水の上に強力洗剤を一滴落とした時のように。
 差し込む日差しが眩しいです。

中井出「それじゃあね、猫よ。少々濡れるやもだが、しばし別れだ」
猫  「にゃーう」
中井出「ていうかびっくりもしてないんだね、あんなもん間近で撃ったのに」
真琴 「普通驚くわよ。
    海を走る足といい、雲を吹き飛ばす妙なものといい、ハクくんって何者?」
中井出「ゲゲェしまった辻堂さんが近くに居るの忘れてた!
    あ、あのぅ、今見たことは是非忘れてくれるとありがたいといいますか……!」
真琴 「質問に答えてくれたらいいわよ」
中井出「お、押忍。実は一時期川神に居たことがありまして、
    そこでいろいろあって勁や氣の波動が撃てるっていう、
    かくかくしかじかなワケでして」
真琴 「海を走ったのは?」
中井出「あれは単純に右足が沈む前に左足理論です。足だけは無駄に速いので」
真琴 「ふぅん。じゃあ今度雨の時、
    洗濯物を干すときだけ呼んじゃったりとかしていい?」
中井出「クッ……こ、交換条件というヤツですか……!
    中々に考えおるわこの美人妻さんめ……! でもいいですよ。
    ガッコと仕事以外の時は結構暇してるんで。
    あ、えーと。これ、僕の家の電話番号とケータイとかいうものの番号です」

 紙に書いたソレを辻堂さんにコサッと渡す。
 あ、もちろん伝えることは伝えて。

中井出「ちなみに。コゾーとはいえ男から連絡先を教えてもらった云々で、
    旦那さんとの関係に陰りが出そうなら容赦なく燃やしてください。
    そしていつまでも愛し合える二人でいてください」
真琴 (いいコ……!)

 ハテ。何故か微笑まれたのだが。

真琴 「夫婦仲をこうまで応援してくれたのはハクくんが初めてかもね。
    娘も嫌ってはいないみたいだけど、
    何が恥ずかしいのか馴れ初めを語り出すと嫌そうにするのよ」
中井出「え? そうなの? 俺、辻堂さんと旦那さんの話聞くの、大好きだけどなぁ。
    なんていうかすごい青春って感じで」
真琴 「でしょ!?」
中井出「もちろん!」

 ワハハと笑い合いました。
 しかし時間がそろそろヤバいので、いい加減移動することに。
 いやぁ……夫婦っていいなぁ。いつかは俺もそんな恋がしてみたいや。

中井出(……? あれ? なんで無理だ、なんてことが浮かんだんだろ)

 そんなの、恋に落ちてみなけりゃ解らんのに。
 や、そりゃあしばらくしたらこの世界ともオサラバなんだろうけどさ。
 ……なんだろね。
 幸せな家庭なんて築けない、なんて結末がすごくリアルに見えた気がした。

……。

 ガッコでございます。
 クラスメイツに挨拶をするも、なんかやっぱり距離を取られてる。ちくしょう。
 ガッコに入る前に、例によって不良たちが整列。
 おはようございますの挨拶に目を向けてみれば、辻堂さんが堂々と登校してらっしゃった。おお、不良どもの綺麗な礼の列の間を闊歩。カッチョエエ。なんてことを思っていたわけです。
 で、そんな辻堂さんの横には葛西さん。
 昨夜の湘南BABYと江乃死魔のことを語っていたみたいで、しっかりと湘南BABYが敗北したという方向で話は進んでいた。

中井出「ホアァアア……!!」

 安堵。不破刃の話や、ポロッと名乗ってしまった獄殴狼の話はでなかった。
 現在もヘロスィーと三馬鹿とヴァンさんが不良についての噂で盛り上がっているところだ。その中でも獄殴狼の話が出なかったことに酷く安堵。
 あ、ちなみに話題の中心に近い辻堂さんは、既に僕の隣の席に着席しております。
 だからちらちら見てくるクラスメイツの視線にはいらいらしているようでして。
 ……あ、なんかそろそろブチギレそう。

中井出「なんか視線が集まってる! もしやみんな僕と友達になりたいのでは!?」
辻堂 「っ……」

 殺気を飛ばしかけた辻堂さんより先んじて、道化を発動。
 途端に周囲から「ねーよ」的な雰囲気が溢れ、みんなも視線を外す。

中井出「ち、ちくしょう! だったら意味ありげにちらちら見るなーーーっ!!
    失礼であろう! 見世物じゃないぞー! コノヤロー!」
辻堂 「………」

 言うだけ言って着席。
 見世物じゃないって言葉が効いたのか、それからは視線が集まることもありません。
 僕はといえば、着席してからは3会の準備のために集めておいた資料まとめだ。
 町内会だけに任せておけん! せっかくだからとビラ配りとかポスター貼り付けとかの仕事を委員会からもらってきたのだ!
 フオオ、今からこの博光の胸も高鳴っておるわ……!
 3会のしおりまで貰っちゃって、もうハイテンションがさらにハイテンションさ!
 などとうきうきしていたら、辻堂さんがぽそりと声をかけてくれた。

辻堂 「……それ、3会の?」
中井出「うふふへへぇ〜……うん! これさえあればさらに3会が盛り上がるのさ!」
辻堂 「いや、うん、って。ガキじゃあるまいし」
中井出「楽しむ心は童心からといいますもの、いいじゃない。
    俺は楽しいことには全力でと決めているのです」
辻堂 「…………あっそ」

 興味をなくしたのか、また外を眺める辻堂さん。
 なんか纏めたチラシをちらちら見てた気がするんだが……気の所為?
 まあいいや、ともかくもっと煮詰めていきましょう。

……。

 昼時。
 メシを食っていたら、生徒会から呼び出しくらいました。
 や、呼び出しっていっても教室内でだよ? 出入り口までいらっしゃいなっての。
 で、言ってみたら3会準備委員の……ええと、片瀬胡蝶さんがいらっしゃった。
 副いいんちょさんだね。
 なんのことはなく、3会一週間前だから、今日の会議には絶対出るようにって釘刺しであった。言われるまでもなく毎度出てるのに。
 女子の人にも伝えてくださいって言われたけど……

中井出「辻堂さん」
辻堂 「っ!」

 声をかけたら目を逸らされた。
 ……俺、そこまでキモいでしょうか。
 前もいろいろやってたら片岡舞香さんに“キモッ!”って言われたし。
 まあいいや、そんなの今さらだね。
 十人並みな容姿の僕さ、そんなの当然として受け入れられる!

中井出「今日の3会、一週間前の会議だから絶対に出てくれって。いけそ?」
辻堂 「あ、う……」

 口ごもりつつ、何故か慌てる辻堂さん。
 俺が弁当をつつきながら見ていたチラシにもちらちらと視線が行っているあたり、多分参加したいんじゃないかなーとは思うのだが。

辻堂「えと」

 オウ?

辻堂「いや、アタシは」

 おろおろしてらっしゃる。珍しい。

辻堂「だから」

 ……というか、なんでしょうこのかわゆい生物。
 不良らと一緒の時や、視線が集まってた時なんかは人を眼光だけで射殺せそうな目をしてたのに、おろおろ中は歳相応よりもよっぽどめんこいオニャノコしてる。
 うむ、こういう素直でないお子にはさりげないフォローが一番。
 せっかくやりたそうにしてるなら、一緒に盛り上げるのが一番!

中井出「もし興味があるようなら是非。
    今までのを纏めた資料もあるから、見てくれると嬉しいデス」
辻堂 「いや。べつに興味はねーって。ただ、まあ、その。
    クジは……アタシだったから」

 しどろもどろってこういう時にこそ使える言葉なんだろうなぁ。
 グボログボロみたいな名前で好きです。

中井出「じゃあ一緒に。俺も助かりまする」
辻堂 「えと、えと」

 困惑を混ぜながらでも、なんだか瞳の奥がこう……ぱああ、と喜びに満たされていくのが解った。
 やがてテレながらも、是非って目をしながら「そこまで言うなら……」と言いかける辻堂さん……だったのだが。

舞香「え? なになに? 辻堂さん、準備会やるの?」

 ア。
 なんか要らん横槍の予感……!

未唯「あっあっあー? 辻堂さん、さりげに3会楽しみでしょ」
辻堂「っ!?」

 アッチャァーーーッ!?
 い、いやマズイ! ここでそういう言葉回しはマズイの!
 このテのお子は、そんなこと言われたら奇妙な意地を張っちゃうからね!?
 その言い方はマズ───!

未唯「この前図書館で郷土資料読んでたでしょ。見たよ見たよ見たよー?」
辻堂「なっ……」

 なんで怖いとか怯えてるくせにこんな時だけ今ぞとばかりに話しかけてきてるの!? や、そりゃあ話すきっかけ探ってチラチラ見てきてたのは知ってるよ!?
 突撃してきた不良おっぱらって見せて、なんか格好よく見えたんだよね!? 解るようん解る! でもなにも今じゃなくてもいいでしょう!?
 必死に“やめてやめてぇええ!”とアイコンタクトをするも、通じる人じゃなかったのか再びキモいとか言われた。何気にショックで両手両膝をついて落ち込んだ俺が居た。

未唯 「開海会について調べてたよね。ひょっとしたらとは思ってたんだ〜♪」
辻堂 「いや、そんな……」
未唯 「見てたじゃん。それも30分くらい熱心に」
中井出「お、おうあのな?」
舞香 「あははっ、意外〜♪ 辻堂さんがねぇ?」
中井出「お前人の(モノ)を!」

 他の人が知らないあの人の意外な一面を得意ヅラで語りたい気持ち、解らんでもないですけどね!? 今はやめて!? 今だけは勘弁!
 せっかくやろうとしてきてるのにこのままじゃ───!

辻堂「〜〜……っ」

 は、はああ……! 怒りが蓄積されていっておる!
 このままではいかん! このままではお子特有の“別に俺楽しみじゃねぇもん!”が発動してしまう!
 ええい仕方なや!

辻堂「楽しみじゃ《がぼっ!》ふぐっ!?」

 秘奥義───空いた口にから揚げ突っ込んで黙りなさい!!
 この奥義はみんな大好きから揚げさんを対象の口に突っ込み、黙らせる奥義である。
 大切なおかずがひとつ無くなることから、秘奥義中の秘奥義とされている。
 ちなみにから揚げひとつくらいで人が止まるものかと思う人も居るだろうが、とんでもない。この博光が作るから揚げは既存を遥かに超越したから揚げぞ。
 一口食べれば身も震える極上の味を、あなたに。
 ごらん、楽しみじゃねーよと叫びそうになった辻堂さんが、目を伏せ、頬を染め、その味に身を震わせておる。そしてそんな今だからこそ話を纏めることが出来ルノデス。

中井出「───《クワッ!》」
委員長「───《テコーン♪》」

 クラスの中で、なんというか委員長している委員長にアイコンタクト!
 さっきから片岡さん(舞香)や烏丸さん(未唯)をとめようとしていた彼女には、おそらくあのままでは辻堂さんが暴走することは予測できていたハズ!
 委員長はすぐさま行動してくれた。
 片岡さんと烏丸さんに3会のことを辻堂さんに言うのはやめてということをきっちり。
 他の生徒にもすかさず広め、味覚の幸せから戻ってきた辻堂さんはハッとして、もう一度改めて拒絶しようとするが、

中井出「これからよろしく、辻堂さん」
辻堂 「アァ!? なに言ってんだ、誰がやるって───」
中井出「そこまで言うならって、言ってくれたじゃない。
    一緒に盛り上げましょ、きっと楽しいよ」
辻堂 「うっ……い、いや、アタシは」
中井出「郷土のことは俺もまだ調べてる途中でさ。
    知ってることがあったら教えてほしいな」
辻堂 「だからっ……アタシは!」
中井出「俺ひとりじゃダメなんだ……3会を大成功させるために、力を貸してくれ!」
辻堂 「………うぅ……」

 こういう時、引いてはいけません。
 意地っ張りさんは自分を立てられなきゃ貫けない状況ってものがございます。
 だからこの場合、

辻堂「勝手にやってろバカ」

 ───見事に失敗した俺はアホウである。

……。

 3会の会議に出てしばらく。
 会議中に雨が降ってきてしまい、なんというか勧誘に失敗したことも手伝って、虚しい時間が続いていた。
 うう、ちくしょう。

中井出「っとそうだよ! 雨! ね、猫は!?」

 ああちなみに会議内容は街に貼るポスターについてのものだった。
 ここらの担当は俺が受けてあったけど、ちょっと遠いところのものはまだったそうなので。まあ、それも俺が引き受けましたが。
 独りで大丈夫ですかと委員長に話しかけられたが、大丈夫! 僕強い子だもん! べべべべつに唯一普通に話しかけてくれる委員長の態度が嬉しかったとか、そんなことないんだからねっ!?《ポッ》

中井出「うおおおおおーーーーーっ!!!」

 それはそれとして、雨がザンザカ降る道を走る。
 多少濡れようがそれがどうしたというのでしょう。
 もしまだ誰にも拾われていなかったらと思うと気が気ではないわ!
 と……勇んで走ったのですがね。
 猫が捨てられていた場所に、ひとつの人影が。
 あの金髪、制服の袖を肩から切り取った格好に、長いスカート。そして腰の鎖。
 辻堂さんですね。
 傘も差さずになにを……と思ってたら、傘は足元にあった。広げて、まるで何かを雨から守るように。
 ここまで来たらひとつしかない。
 まさかこの目で見ることになるとは……!
 普段は怖いあの人が、捨て猫にエサとか傘を貸すシーン!

辻堂「これで……っと、だめだ、風が強すぎる」

 けれど今日は雨も強ければ風も強い。
 梅雨ってのはこういう時には厳しすぎる。
 ころころ転がる傘を掴んでは、猫の傍へと戻していた。

中井出「………」

 べつにさ、誰かの意外な一面に心ときめきたいわけじゃない。
 熱くなれるなにかを欲していたのは俺も彼女と同じだけど、多分それはそういうんじゃなくて。ただ……うん、ただ、なんか嬉しかったのだ。

猫 「にゃああ〜……」
辻堂「そんな顔するなよ。うちは無理だから……」

 …………。うん。
 捨てられたなにかの気持ちは、少しだけど他の誰かよりは知っているつもり。
 そこに差し伸べられる手がどれだけ暖かいかも、どうなるか解っててついていって、その先で知る怖さってのも知ってる。
 温かさを信じてついていって、いつかは裏切られるツラさなんて、知り尽くしているくらいだろう。
 じゃあ、なんでいつまでも温かさなんてものを勝手に信じて、裏切られ続けるのか?
 そんなもの───

辻堂「……ったく」

 辻堂さんが屈み、にいにい鳴く猫を軽く持ち上げる。
 その顔は少々しかめっ面に近いけど、雨音を通しても聞こえる声は、温かいもの。

猫 「にゃあー」
辻堂「にゃあじゃねーよ。うちじゃ飼わねーからな」
猫 「にゃー」
辻堂「……2、3日だけだからな」

 ……そんなもの、温かいからに決まっている。
 冷え切った体には、心には、温かさが必要だから。
 裏切られるって知っていても、触れたいって思うから。
 だから……

中井出「うん」

 ふっ───と普段では絶対に見せない、やさしい笑顔を浮かべた彼女を見て、俺も笑ったのだ。
 誰かからの噂なんて、いちいち全てを信じていられない。
 自分が見た誰かの印象こそを大事に、人との絆を作りたいって思うなら───今日の今、この時。俺の中の辻堂さんは、“番長なおんなのこ”から“是非とも友達になりたい人”に変わっていた。



-_-/辻堂さん

 玄関を開け、家へ入る。
 びしょ濡れだ。猫も、アタシも。

愛 「ただいま」
真琴「おかえり」

 すぐに母さんが迎えてくれる……が、抱いている猫を見ると「あら」って言葉が予想通りの声調で放たれた。

真琴「……愛、うちは無理よ」
愛 「解ってるって」

 うちは父さんがアレルギー持ちだ。
 その父さんは仕事で今は居ないが、それも2、3日。
 今はいいけど、すぐに里親を探してやらないといけない。

真琴「って、この猫……ハクくんがなんとかしてあげようとしてた猫ね。
   海沿いの道路よね?」
愛 「え……知ってたの?」
真琴「漁協の傍だったし。今頃安心してるかもね、ハクくん」
愛 「ハク……誰それ」
真琴「職場仲間よ。毎朝元気に漁猟手伝ってるコ。ほら、あのマグロ釣ったコよ」
愛 「ああ、あれは驚いた。稲村ってマグロ釣れるんだ、って」

 釣竿で釣ってみせたってんだから、結構筋力はあるんだろうな。
 そのあと海を走って学校に行ったとか聞いたけど、どこまで信じればいいのか。

真琴「最近の男にしちゃあ面白いコよー?
   覚悟ってのをきっちり持ってて、
   一人でマグロを釣る腕力に加えて雨雲とか吹き飛ばしちゃうし」
愛 「え……それって人間なの?」
真琴「猫が濡れるのが嫌だからって、すぐ傍で見せてくれたわよー?
   拳を空に突き上げて、うんちゃらボールであるみたいな光を飛ばしてね?
   そしたらこう、雨雲が吹っ飛んで」

 母はいったい何を見てきたのだろう。
 嘘や冗談、曲がったことは嫌いだから、そういったものではないはずなのだが。

真琴「まあ、里親探すなら早めにね。
   誠君が帰ってきたら、アレルギー起こしてでも抱き締めるから」
愛 「解ってるよ」

 動物好きなのにアレルギーって、たまらないよな……。

真琴「見つからなかったら言うのよ? ハクくんに言って引き取ってもらうから。
   ただし、それは最終手段よ。いつも一緒に居れるわけじゃないから、
   帰りに拾われてなかったら引き取ろうって、そういうつもりだったみたいなの」
愛 「それって、病気とかになっても一緒に居てやれないからって理由?」
真琴「一人暮らしらしいから、仕方ないでしょ」

 一人暮らしで漁協か。
 ……そういや中井出も一人で、漁協で働いてるって。

愛 (………)

 まさかな。
 ハクなんて名前じゃなかったし、気の所為だ。




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