【6月7日】

-_-/中井出 

 それは……ガッコでのとある出来事でした。
 外は朝から土砂降りが続き、そんな雨がいい具合に収まった頃のこと。

声 「辻堂愛ーーーーーーっ!!
   出て来いやぁああーーーーーーっ!!!」

 授業中、外から聞こえる爆音と絶叫。
 見れば校庭で走り回るバイク、バイク、バイク。
 派手にふかしながら、地面にタイヤで“エノシマ”と削り痕をつけていた。

声 「オラどしたぁーーーっ!! ビビってんのかぁあーーーーっ!!!」

 叫んでいるお子は……いつぞやの江乃死魔のボスだね。
 たしか名前は片瀬恋奈だったはず。

恋奈「聞いてっか稲村のバカども!
   私が湘南最強連合、江・乃・死・魔・の……リーダーだぁっ!!
   これまでテメェらにゃ馴染みがなかったが、
   今日からはここも私の管轄下に入るんで夜露死苦!」

 なんか叫んでる。
 エート……これってどういう反応を取れば?
 チラリと見れば辻堂さんはケータイとかいうので葛西さんを通じて、辻堂軍団に召集をかけているようだった。
 つーかアレだけボコったのに乗り込んでくる根性は見事だ。

恋奈「まあ安心して。上納金がどうとか、古臭いことは言わないから」

 まあとりあえずアレですよ。
 窓をカラリと開けて、と。

中井出「すまーーーん!! 聞こえーーーん!!
    バイクのエンジン止めてから叫んでーーーっ!?」

 事実を述べました。
 したっけ律儀にエンジン切ってから叫びなおしてくれる片瀬さん。
 ……地味にいい人じゃない?

中井出「ほい、そんなわけで咄嗟の逃げ足は封じました。律儀だね、彼女」
辻堂 「……つかお前、結構慣れてるのか?」
中井出「中学時代にいろいろありまして。じゃ、そろそろ行きましょか。
    どーせ言いたいこと言って、今日ンところはさいならでしょ?
    で、それをネチネチと続けて、学園からの辻堂さんへの不信を煽る。
    頭ばっかな陰険なやつが考えそうなことですわ」
辻堂 「……怪我してるヤツが、しかも一般人が係わるな。これはアタシの喧嘩だ」
中井出「迷惑してるのはこっちも一緒だよ。同じガッコの仲間じゃない、楽しくいこう」
辻堂 「……喧嘩の経験は?」
中井出「ホイ? ……喧嘩にもならない程度の実力です」

 盛大に溜め息を吐かれました。
 や、まあ、意味は間違ってないと思うんだ。
 一方的に殴って終わりって、喧嘩じゃないと思うし。
 い、いや、自分の力を誇りたいとかそんなんじゃないんだよ!? だってこれ借り物の力だもん、僕の力じゃないんだから威張ったって悲しいだけじゃん!
 それでもさ、ほら……ねぇ?

中井出「ともかくレッツ&ゴー! 早く行けばいくほど、
    この重苦しい雰囲気が消せるなら迷う必要ナッスィング!! ジョイヤー!」
辻堂 「へ? うわばかっ!」

 開けておいた窓から上履きのまま外へとダーイヴ!!
 その勢いのままに離れた位置にあった木の枝を掴むと、ぐるりと回転してから着地!
 バルバトスポーズのまま疾駆して、啖呵切ってる江乃死魔目掛けて突撃しました。

宝冠「あぁん? なぁなぁ恋奈様ぁ、なんかヘンなやつがこっち走ってきてるっての」
恋奈「ヘンなやつ? ……? あいつ、どっかで……」
花子「あー! あいつ、知ってるシ!
   前にハリケーン潰した時にブタメンがどうとか言ってたやつだシ!」
恋奈「ブタメン……思い出した! カップラーメンのことを強く語っていた男ね!?
   ……ちょっと待ちなさい?
   あの時、あいつって“皆殺し”と同じくらい強かったんじゃなかった?」
花子「………」
梓 「………」
宝冠「ハッハー! 大丈夫だっての恋奈様ぁ!
   このティアラさまが居れば、皆殺しだろうと止めてみせるぜぇ!」
恋奈「そう思いたいのは山々だけど……事実だったらまずいのよ。
   部下の一人が、あいつが自分を“獄殴狼”と名乗ったのを聞いているわ」
宝冠「獄狼竜? なんだいそのジンオウガは」
恋奈「獄殴狼よ。中学時代、武士の聖地川神で、武神川神百代と互角に戦ってみせた男。
   重度の中二病だとか呼ばれてたけど、
   口にしたことのどれもを実現させてみせたから、
   そのうち中二病なんて言えるヤツが居なくなったほどの実力者よ」
梓 「やぁ、でも中二は中二っしょ、恋奈様」
恋奈「海を割ると言って実際に割ってみせ、
   雲を穿つと言って実際にやってみせたそうよ。
   これを聞いても同じことが言える?」
梓 「うわ……まじっすか」
恋奈「中学卒業を機に中二病は卒業。
   当時銀髪赤眼だった髪と眼も普通に戻したって聞いたけど……
   あれが本物ならまずいわ」

 ……向かってる最中、地獄耳状態の僕の耳にそんな会話が届きました。
 やべェェェェ! バレる! いやバレてる!? いやまだ疑ってる!
 こ、ここは穏便に、バレない程度に普通に! ネ!?

中井出「やあ《どーーーん!》」

 でもまずは挨拶です。
 彼女らの前で足を止めサワヤカに挨拶。
 すると一斉にガン飛ばしてきましたギャア怖い!

中井出「あ、あのー、騒音が迷惑なので、もう帰ってくれませんか?」

 だがこの紳士は諦めない!
 たとえ敵わなくたって立ち向かわなければならないときが紳士にはあるのだ!

恋奈「………」

 リーダーのちっこいお子は、俺をじろりと見てなにかを思考中のようだった。
 けれど今一度僕を睨むと一歩前に出て、不敵の笑みを浮かべる。
 ああ、なんかこういうところ、華琳っぽいです。

恋奈「ハリケーンの時も湘南BABYの時も、うちのが世話になったわね。獄殴狼」

 わあ、カマかけてきました? それとも既に確信?
 まあバレる要素など無い筈だからシラを切り通しますがね!

中井出「獄狼竜? なにそのジンオウガ」
恋奈 「すっとぼける気? 皆殺しにすら匹敵する力を持っていながら、
    この恋奈様を騙せるとでも───」
中井出「あのー……人違いじゃないですか?」
恋奈 「………」
中井出「?」

 あくまでシラを切る。
 俺はあくまで食のために拳を振るったのであって、喧嘩とかはどうでもいいのです。
 ただ平穏な暮らしをと望む一般生徒サ!
 なので出来れば穏便に……

宝冠「恋奈様ぁ、こんなひょろっちぃのが強ぇわけねっての!」
恋奈「じゃあ他の三大天はどう説明つけるのよ!
   筋肉なんてなさそうなのにバケモンじゃないの!」
梓 「あちゃー、それ言っちゃうっすか、恋奈様」

 あー、解るわー。
 筋肉なさそうなのに強いお子、この世界には多く居すぎだよね。
 むしろそのー……ティアラさん? のほうがマッスルで強そうなのに。
 ……と、まあここまでですな。

中井出「ところで江乃死魔のみなさん」
恋奈 「あぁ!? なによ!」
中井出「辻堂さんが到着しました。
    ちなみに言うと出入り口も辻堂軍団の皆様によって封鎖されております」
恋奈 「───なぁあっ!?」

 言うや、不敵の笑みを浮かべてズチャリと降臨辻堂さん。
 その迫力たるや、はああ……! と震えてしまうほど……!

恋奈 「つ、辻堂愛……! あんた、時間稼ぎに一般人を使うなんて!」
辻堂 「使ってねーよ。こいつが勝手に飛び出したんだ」
中井出「押忍。よくない雰囲気に耐えられませんでした。楽しいことが好きなもので」
恋奈 「くっ……ティアラ!」
宝冠 「はっはー! 任せとけっての恋奈様ぁ! 一撃で仕留めてみせるっての!」

 ティアラさんが腕をぶんぶん振り回したのち、駆けた!
 ───意外ッ! それはタックル! ……って、えぇええっ!? 腕振り回した意味は!?《ズルドグシャア!!》……エェエーーーーッ!!? しかもぬかるみで足滑らせてコケた!?

恋奈「ちょ、ティアラ!? なにやって───」
宝冠「……きゅう……」
恋奈「気絶ーーーっ!!?」

 ……ああ、ああ、なんだろう……物凄く悲しい風が吹いている……。
 風が泣いているどころじゃないよ……なんかもう空気が重くて辛いよ……。

梓 「う、うちら最強のティアラさんが……」

 しかも最強なの!? え、えぇええ……!?
 自滅しちゃったんですけど!? どどどどうするのこの空気!

辻堂「…………」
恋奈「あ、えと……」

 ……あとはひどいもんでした。
 止める人が居ない状況ってのは厳しいものどすなぁ、と言いたくなるほどに。
 やっちまえーと勢いよく飛び出した20人があっという間にツブされ、逃げようとすれば校門で辻堂軍団に捕まり、辻堂さんが持ってきた重いコンダラでバイクを潰されたり、なんかもう相手のほうが可哀相になるくらい。
 しかしまあ人の目もあるしさすがにそれ以上はと止めれば、元々そこまでするつもりはなかったのでしょう。辻堂さんはあっさり引き下がり、江乃死魔の皆さんを逃がしました。
 お決まりの捨て台詞を吐いて去る江乃死魔のみなさんは……なんというか、うん。
 気にしないやさしさってあると思うんだ。つか、辻堂さんが強すぎる。
 一人で20人ツブしちゃったよ。
 言われた通り、筋肉なんてなさそうな細い腕してるのに。

中井出「お美事にござる」
辻堂 「怖がらねーのな、お前」
中井出「そこんところの感覚はちょっと麻痺してるのかも。じゃあハイ、これどうぞ」

 ポムスと拡声器を渡す。

辻堂 「……アタシがしようとしたこと、解ってたのか?」
中井出「元々全滅させる気なんてなかったんでしょ?」
辻堂 「………」

 少しぽかんとしてらっしゃる。
 でもねぇ、最初から潰す気だったら、校門に軍団が回りこむ前に突撃して、全員潰せばいいんだから。そりゃあ潰す気なんてなかったんでしょとは思いたくもなる。あの戦闘力を見せられたら、むしろ当たり前です。

辻堂 「あーあー、テステス。本日は晴天なり」
中井出「曇天です《ドスッ》おごっ!」
辻堂 「黙ってろ。……あー、見てのとおりだ。
    騒がしい馬鹿がいたけど、ご覧の通り怖がる必要はない。
    雑魚が何人集まろうと関係ないし、
    アタシらの世界の動向なんて気にしなくていいから、フツーに生活してくれ」
中井出「否! 楽しく生活しよう! 楽しい最高!《ドス》おほう!」
辻堂 「だから黙ってろ。……えと。もしあいつらからなにかされたときは、
    一年の葛西久美子を頼れ。アタシのとこには来るなよ、めんどくさいから」
中井出「あと僕と友達になってください!
    中井出博光! 中井出博光をお願いします!《ドスッ》おごっ!」
辻堂 「黙ってろ……」

 なにか言うたびに殴られました。
 ツッコミ程度だから痛くはなかったが。
 そこまでやってから「以上」と言う辻堂さん。
 なんというか凛々しかったので、拍手を送ることに。
 するとそれが伝播して、校庭でのやりとりを見ていた生徒全員が拍手喝采。

辻堂 「なっ、なんで拍手なんかしてんだテメェ!」
中井出「いやっ、緊張してるみたいだったからほぐそうかと! そしたらみんなが!」
辻堂 「……お前……。もしかして、やたらと横から騒いでたのって」
中井出「おっほっほっほ、技ぁ〜。
    じゃなくて、そろそろ視線が痛いので移動したほうがいいよ?
    生徒らは喜んでても、センセらは授業にならなくて怒ってるだろうし」
辻堂 「ン───」

 ちらりと見上げると、窓から乗り出すような格好で辻堂さんに手を振るお子めら。
 ……なんか、今回ので随分と株が上がったらしい。信頼度っていうのかね。
 それに気づくや、辻堂さんは恥ずかしそうに視線を逸らすと、葛西さんに倒れた江乃死魔の処理を任せた。……任せてからは、そそくさと校舎の中へ。

中井出「えと、葛西さん? 倒れた江乃死魔のみなさま、どうすりゃいいの? 手伝う」
久美子「アァ? なかなかいい心掛けじゃねーか。愛さんのために馬車馬みたく働け」

 言いつつ、保健室に運べばいいと言ってくれました。
 何気にいい人だ。
 で……保健室に運んだんだけどね?

楓 「丁度新しい薬の被験者が欲しかったんだ」

 ヘヴィースモーカーの城宮楓さんが、眼鏡をゴシャーンと輝かせて待っていた。
 被験者ってのは当然江乃死魔メンバーだ。
 なんかもう喧嘩ふっかけてきてボコられた他校生は、素手にモルモット扱いらしい。

江乃死魔G「な、なんだテメェ! やめろ触んじゃねぇ! やめアーーーーッ!!」

 なんか刺されてたけど気にしちゃいけない。

辻堂「懲りたら二度とうちに来んじゃねぇ」

 辻堂さんも何気にいらっしゃる。
 てっきりどっかで時間潰してると思ったのに。

中井出「顔赤いよ?」
辻堂 「アァ!? …………う、くぅう……! ちくしょー恥ずかしい」
中井出「おや素直」
楓  「族の総長やってて恥ずかしがり屋か?」
辻堂 「うっせーな……! あんなの普通しないだろ。
    全校生徒に向かって“勝ったどー”宣言とか」
楓  「まあ、授業中に拡声器を持ち出す生徒は少ないが」
中井出「いえ、あれマイ拡声器です」
辻堂 「なんでンなもん持ってんだよ……」
中井出「なんとなく」

 拡声器って持ってるとわくわくするんだよね。
 なんでか知らないけど。

楓  「まあそう赤くなるな。というか、あの女の娘にしては可愛すぎだぞ」
辻堂 「え……母さんのこと知ってるの?」
楓  「私くらいの年頃ならみんな知ってる」
中井出「俺知らんかった」
楓  「それはなにか。私が歳食ってるといいたいのか」
中井出「タバコやめれば美人だよ楓センセ」
楓  「教師を口説くなとは言わんがタバコは私の半身だ。やめられん。
    それと特別に許可するからタバコやめればを抜いたあとの台詞をもう一度」
中井出「楓センセ」
楓  「そこで美人を抜かすなよ」

 言いながらも笑う楓センセ。いい人だ。冗談と本気の域を解ってる。

辻堂 「はぁ……だいたい母さんの所為だよ。
    あんな伝説残してるから娘のアタシが喧嘩売られて。……で、今みたいになる」
中井出「買わなきゃいいのでは?」
辻堂 「ンなことしたらナメられるだけだろうが。アタシはナメられるのが嫌いなんだ」
中井出「自分で選んだ道ならいいじゃない」
辻堂 「るせぇ。言われなくても解ってるよ。
    ……つか、なんでアタシはテメェにこんなこと話してんだコラァ!!」
中井出「なりゆきじゃない?」
辻堂 「……センセ、こいつおかしい。睨んでもてんで動じない」

 病んでいる人を見るみたいなげっそりした顔で俺を指差す辻堂さん。
 ニラミが効かないなんて人、初めてなのかしら。

楓  「部屋を煙だらけにしても特に騒がなかったぞ?
    薬どこ? と訊いてきただけだ」
中井出「その環境が好きならそれでいいじゃない。
    驚いたけど別にいいやーってなっただけだし」
辻堂 「動じなさすぎだろオイ……───っと、そうだ。先生って猫好き?」
楓  「もちろん好きだ。猫の毛から新しい薬が作りたくて、
    今健康な野良を集めているんだが。それが?」

 咄嗟に腕をペケ印にして、辻堂さんを見て首を横に振りまくる。
 ノー! こげな人に猫を渡したらどうなるか! ───ア。

辻堂「………」

 アイヤーしまった! 辻堂さんが猫を拾ったなんてこと、辻堂さんからしてみりゃ誰も知らない事実じゃない!
 案の定疑いの眼差しで睨まれてしまい、ちょっとツラ貸せコラァって感じで屋上に連れていかれました。

……。

 で。

辻堂 「テメェどうして猫のこと知ってんだ!」
中井出「帰り道 猫に傘差し 良い笑顔」
辻堂 「ギャーーーーーーッ!!!」

 真っ赤でした。
 切羽詰まった時のワン子みたいにギャーと叫んでる。

辻堂 「くそっ! あの大雨だから誰も見てないと思ったのに……!」
中井出「ばっちり見ましたとも。
    ガッコ行く前から気になってたから帰りに寄ってみれば、なんとまあ」
辻堂 「あ、う、ぐ……っ───《ギンッ!》……テメェ、アタシのことナメてんのか?
    アタシは辻堂愛だぞ? 解ってんのか」

 睨みとともに胸倉掴まれて、宙吊りにされました。
 おお、なんか懐かしい感じ。片腕一本で人を持ち上げるとは、なんとまあ。

辻堂 「不良界に知らない者はない。北は北海道から南は沖縄までその名が知られた、
    湘南最強のヤンキーだぞ」
中井出「差別せんから相手が総理大臣だろうが知ったこっちゃないです」
辻堂 「なっ……テメェ、嘘だとでも思ってんじゃねぇだろうな。
    札幌のヤンキーから“時計台の前まで来い”って果たし状がきて、
    困ってるくらいなんだぞコラァ!!」
中井出「すげぇヤンキーも居たもんですね……。
    ちなみに俺は川神からお手紙がよく来ます」
辻堂 「川神……武の聖地って呼ばれてるあそこか。なに、お前強いの?」
中井出「喧嘩にすらなりません」

 この世界でもフルブラスト解放して、モモの腰を抜かせてみせましたもの。
 そしたら戦え戦えって手紙が一週間置きに……!
 なんで住所解るんだろうね。教えてないのに。

辻堂 「……《ハッ》───テ、テメェのことはどうでもいンだよ!
    とにかくアタシはそういうヤンキーで!
    そんなアタシが猫を拾ったなんて……! 拾った、なんて……!!」
中井出「誰にも言ってませんから安心おし」
辻堂 「当たり前だコラァ!!」
中井出「まあまあ落ち着いて。べつに怒鳴らんでも。
    対人関係で嫌なやつらばっかと付き合ってると、
    人間より動物のほうが可愛く思えるっての解るし」
辻堂 「ン───あ……そういやお前、虐待受けてたって───って、
    誰が可愛く思ってるだコラァ!」
中井出「だァーから落ち着きなさいって! 猫好きなんでしょ!?」

 なんかもう眼がぐるぐるになってらっしゃる!
 かわええけど話が進まん!
 とか思ってたらようやく、宙吊り状態からとすんと下ろされた。
 ええはい、今までずっと宙吊りでした。

辻堂 「……可愛いんだ。こう……顎を撫でるとさ、だんだん力が抜けてって、
    そのうちお腹を出して寝る可愛くねーよ馬鹿野郎!」
中井出「思いっきり本音出てましたけど!?」

 モノスゲー混乱してらっしゃるね! 確認するまでもなく!

辻堂「あぁあああの猫はアレだ! サンドバッグにしてんだよ!
   う、うちでもうボロボロだぜ……!?
   助けてー助けてーってニャーニャー鳴いて、アタシが帰るのを怖がってんだっ」

 まだ家に置いてくれてるらしいです。

中井出「雨の中置き去りじゃあ結構弱ってたでしょ。食欲とかどう?」
辻堂 「うん……ちょっと弱ってるみたいなんだ。
    だから元気になるま元気になったら虐待するけどな!」
中井出「うん、猫が嫌がるまで撫でまくってるんだよね」
辻堂 「嫌がるどころか擦り寄ってきてるっての! ───ハッ!?」
中井出「猫、好き?」
辻堂 「うっ……」
中井出「好き?」
辻堂 「…………〜〜っ……はぁっ……!」

 大分長い間溜めてから、盛大なる溜め息。
 腕を組んで、ばつが悪そうな顔で「あーそうだよ」と認めた。

辻堂 「猫っていうか、犬とかうさぎとか大体好きだ」
中井出「うん、なんか解る」
辻堂 「たまにこっそりペットショップ行って癒されてる」
中井出「ハマの? あのレンガ倉庫の近くの? 入り口にデカい水亀が寝てるとこ?」
辻堂 「……知ってんの?」

 あ、なんか興味持ったみたい。
 OK、あそこにはちょいと苦い思い出があるけど、話題になるならそれもよし。

中井出「あの亀可愛いよね。なんか、癒される。
    でもねー……俺が行くと店員さん怒るんだよ」
辻堂 「ん? なんで」
中井出「俺、動物に好かれやすい体質でね。俺が行くと動物が騒ぎ出すの。
    で、うるさいってんで追い出された」
辻堂 「あ、それ知ってるかも。前に行った時、犬とか猫とかすごい鳴いてた」

 声を聞けるってのが一番の原因なのかもね。
 欲しているものがなにか解る分、次は俺に次は私にって感じで、きゃんきゃんワンワンですよ。

中井出「なので今度行ったら、フクシくんにエサでもやってあげてください。
    店員さんにお腹空いてそうな時間訊くと、いいタイミングを教えてもらえる。
    普段動かないくせに、エサの時はハッスルだから気をつけて」
辻堂 「へ〜、そうなのか」
中井出「あっはっはっはっは」
辻堂 「ははっ───…………なに愉快にペット談義してんだコラァ!!」

 また怒られてしまった。
 アータ随分楽しそうだったじゃない。
 でもOK解った。そういう流れになると、結構油断してくれる人だこのお子。
 そしてフクシくんとはフクロウのことです。

中井出「で……そんなペット大好き辻堂さんは、何故に猫の里親探しを?」
辻堂 「父さんがアレルギーなんだ……お前ン家はどうなんだ?」
中井出「一人暮らしだからね。飼えなくもないけど、結構寂しい思いをさせそうで。
    バイトもあるからさ、なんとも」
辻堂 「チッ、役に立たねーな」
中井出「ぐっ……グウウ……! そう言ってくださるな……!
    動物好きなのに素直に飼ってやれない辛さ、きみになら解るでしょう……!」
辻堂 「…………すまねぇ」

 素直に謝られた。
 痛いくらいに解ってくれてるらしい。

辻堂 「それとなく里親探すためにいろいろ訊いて回ってるんだけどな。
    やっぱりそう上手くはいかねぇ」
中井出「そうかそうか…………ホ? 回ってた?」
辻堂 「ああ。おい、って声かけて、なんでもねぇ、って言って」
中井出「肝心の猫の話がどこにもないんですが!?
    あ、あああもう……あの、辻堂さん?
    とんだお節介だろうけど、里親探し手伝っていい?」
辻堂 「え───い、いいのかっ《ぱああっ……》」

 難しそうな表情から一転、嬉しそうな顔になる辻堂さん。
 わお! めんこい! 美系だからかちょっとの笑みでも絵になりやがるこの野郎!
 …………ハテ、なして俺はこの野郎とか言ってんでしょう。

中井出「猫のことは気になってたしね、出来る範囲でなら。
    最悪、見つからなかったら俺が引き取りまする。
    寂しい思いをさせようとも、雨風凌げるほうがいいだろうし」
辻堂 「そか。助かる」
中井出「うす。で、いつくらいまでに見つけたほうがいいかな」
辻堂 「んと……明後日。……最悪、明々後日。
    父さん、出張が多いんだけど、明後日には帰ってくるんだ。
    二日も一緒だとアレルギー出ちゃうから」
中井出「了解! ならばこの博光の人脈を以って………………友達いねぇ……」

 頭抱えて泣きました。
 ち、違うよ!? 川神時代だったらたっぷり居たもん!
 風間ファミリーでもあったほどだよ!? この世界じゃ違うけど!

中井出「あーまーとにかく探す! あの猫に相応しい里親を!
    相応しくなければ任せられるものか!
    昨今は拾った動物に虐待をする者までおるという!
    虐待されて育ったこの博光としましては、そんな人間に猫は任せられぬ!
    なので探そうホトトギス! あ、じゃあ見つかるまではこれをどうぞ」

 一気に叫んでから、コサ、と袋を渡す。
 マントルから出したものだから困惑は当然だが、特に警戒せずに受け取ってくれた。

辻堂 「なんだこれ。モーニングスター?」
中井出「猫じゃらしだよ!? なんでモーニングスター!?
    あと爪とぎとかヤスリにブラシ、猫用シャンプーに……猫缶!」

 全て創造ブツだが気にしない!
 むしろ既存品よりもよっぽどじゃれるぜぇ……!?
 この猫じゃらしを振れば、もう猫なんぞごろごろ転げるだけのお猫さまよ……!

中井出「あ。あとお猫さま一撃必落アイテム、超マタタビもどうぞ」
辻堂 「超? 他のまたたびとなにが違うんだよ。つか、どうしろってんだこれ」
中井出「まあまあ、使い方はとっても簡単。
    手にシュワッと吹きかけるだけのスプレータイプ。
    家以外では使わないでね? 使い終わったら手を洗うこと」
辻堂 「……やばいものでも入ってんじゃねぇだろうな」
中井出「動物好きは動物に嘘はつきません。あとはこれと……」

 “僕ら著:動物の飼い方”と……あとは。

辻堂「動物の飼い方って。だからアタシは飼えな───」

 ソレに重ねるように、3会のしおりを。
 ……わあ、少し気を許しかけていた視線がま〜たキツくなった。

中井出「準備。一緒にやりませぬ?」
辻堂 「……無理だよ。クラスメイトの反応見ただろ?
    アタシがちょっと隙を見せればあんなもんだ。
    意外だとかなんとか、あの辻堂が祭りを楽しみにしてるとか。
    番長、ってイメージが付いて回る以上、
    江乃死魔を追い返してまで切った啖呵の効果が薄まる」
中井出「……通さなきゃいけない意地ってやつですか。
    手伝いたくないとかじゃなくて?」
辻堂 「……楽しみは楽しみだよ。父さんと母さんが好きなんだ、3会。
    二人、そこで会ったらしくて。毎年楽しみにしてて。
    それの手伝いをアタシが出来たらいいな、って」
中井出「………」

 でも、番長の肩書きがそうさせてくれなかったと。
 郷土資料を読んでたってだけで、あんな反応だ。過剰だと思ってもいいくらいだった。
 けどまあ、そっか。そっかそっか。やばい、なんか嬉しい。

中井出「お父さんとお母さんのこと、好きなんだ」

 その嬉しさをそのまま言葉に。
 大切な日を大切な日のままに思える夫婦が居て、そんな日を娘までもが大事に思ってくれる。こんな眩しい関係があるだろうか。
 なんか……なんかさ、ああ、家族だなぁって思えた。
 俺じゃあ二度と感じることの出来ない感情。
 ただそれが、凄く眩しく思えた。
 ……辻堂さん自身は、俺の言葉に顔を赤くしたあと睨んできましたが。

辻堂 「……悪いかよ」
中井出「とんでもない。俺の理想ってさ、いつまでも愛し合う夫婦と、
    そんな親を好きでいられる子供が居る“家族”なんだ。
    知っての通り、俺はもう家族なんて居ないから」
辻堂 「あ……その、悪い」
中井出「いやいや謝る必要ございません。
    むしろ、そんな家族が本当に居てくれて嬉しいくらいだ。
    こりゃあ今回の3会、意地でも成功させないとな」
辻堂 「ン…………中井出。勝手だと思うけど頼みたい。3会の準備、頑張ってくれ」

 そりゃ言われるまでも…………ホ?

中井出「いやいやなに言うてはりますの? 辻堂さんも手伝うんだよ?」
辻堂 「いや、だからアタシは」
中井出「そんな寂しそうな顔して“出来ない”なんて言わないの。
    OK、目の前にある楽しいの可能性を拾えないあなたに、
    この博光が楽しいをお届け! 俺、準備、頑張る!
    あなた、俺、テツダウ! これであなたも準備委員!」
辻堂 「なんでカタコトなんだよ……───って、そんなこと、出来るのか?」
中井出「出来る出来る。会議なんてサボってもらっても構わんです。
    ただしやることはいっぱいありますよ?
    なにせこの博光! 盛り上げるためにほぼ全ての仕事を請け負いました!
    ビラ配りやポスター貼り付けやら───あ、もしよかったら、
    猫のポスターも作って一緒に貼り付ける?」
辻堂 「え───いいのかっ?」
中井出「自然な流れでイクノデス。
    3会のポスターは貼り付けOKの店舗にもう話が通ってるから、
    3会のポスター貼り付ける時に“これも一緒によろしく”って感じで」
辻堂 「おおっ……」

 提案してみれば、なるほどって感じで頷く辻堂さん。
 なんというか、普段が普段なためか、こういう普段見せない動作がいちいちめんこいです。

辻堂 「お前頭いーなぁっ」
中井出「たまたまの思い付きです。……っと、そうだもうひとつ。
    パパりんって出張多いんだよね? 3会当日は仕事入っちゃったりしない?」
辻堂 「そればっかりは訊いてみないとな……」
中井出「ああ、まあ、そりゃそっか。けどよっぽど大きい場所じゃなければ、
    時間を取っておきたい日くらいは決めておけるよね」

 楽しみにしてる日になら休みくらい取っているハズ!
 と、うむと頷いていると、何故か困った顔の辻堂さん。

辻堂 「……父さん、九鬼財閥関係のとこで働いてる」
中井出「デッケェエーーーーーッ!!!」

 よっぽど大きい場所そのものでした!
 ア、アアア……こりゃあどうなっちまうか……!

中井出「えっと。楽しみにしてるんだよね?」
辻堂 「ああ」
中井出「夫婦仲、とってもいいんだよね?」
辻堂 「馴れ初めを娘に一万回聞かせるくらい」
中井出「そっか。じゃ、絶対に成功させてやりたい。覚悟完了!!
    えーと、ペッポッパーと……」
辻堂 「? なにやってんだ?」
中井出「ちょっと知り合いに電話。あ、川爺?
    例の件だけど、一つお願い聞いてくれたらとってもOKだよ?」

 川神さん家のお爺様にお電話。
 なにをするかって? ……モモからの戦えコールを受けます。条件付きで。

中井出「いやいやなにも難しいことではござらん。
    えーっと、九鬼財閥にも顔利くよね?
    実は近々、こちらで大切な記念日がありまして。うんそうそう、3会。
    でね、辻堂っていう……えと、ごめん辻堂さん、お父上の名前、なに?」
辻堂 「へ? や……誠、だけど」
中井出「OK。───えとね、辻堂誠っていうお方が九鬼で働いてるはずなんだ。
    ん、そう、そうそう。
    そのお方をね、3会の日はまるっと休ませてあげてほしいんだ。
    あ、むしろその前日からでも。出来る? ……うん。うん、うん」
辻堂 「お、おい中井出? お前いったい誰と……」

 話の内容からして困惑気味な辻堂さん。
 そりゃね、こんな素晴らしく平凡な僕が、父の仕事関係に口出し出来るっていうのは微妙な状況でしょう。
 でも今は我慢です。

中井出「え? 大丈夫? 休み出せる? 全力で? オッケン!
    じゃあ近いうち遊びにいくね。うん、用件はそれだけだから」

 ……はい終了。

中井出「これでOK! 3会の前日と当日、辻堂誠氏の休みを得ました!」
辻堂 「テメェなにもんだ!? どうしてそんなことが出来んだよ!」
中井出「いや、実は揚羽さんや英雄とは知り合いでね?
    今のは川神院の川神鉄心さん。彼にお願いしてお休みをプリーズと」
辻堂 「……友達は居ないのに、おかしな人脈はあんのな……」
中井出「《ゾグシャア!》…………ゲフッ!」

 言葉の槍が突き刺さった。
 ええ、ええ……どうせ変人しか友人居ませんよ!
 いいじゃないかべつに!

辻堂 「ん? ちょっと待て。
    お前、なにかを受け入れることを条件に話進めてただろ。
    テメェまさか、アタシに恩でも売る気か?」
中井出「まさか。いくらこの博光が自分のためにしか動かんとはいえ、
    そんな気は一切ないよ? 俺はただ楽しみたいからそうするだけ。
    言ったでしょーが、仲良し夫婦が大好きなんです。
    そんな家族を俺が見たい……そーゆー自分のために行動するんです。
    さあ辻堂さん! 時間は待っちゃくれません!
    猫ポスター作ったり3会ポスター集めたり、どんどんやってきましょう!」
辻堂 「………」

 エイオー! と拳を突き上げる僕を、辻堂さんは呆れた顔で見ている。
 けれどもフッと溜め息を吐くとやれやれって感じで苦笑。

辻堂 「ヘンなやつだな、お前」
中井出「普通より楽しいが増えるんだ。ヘンってのは褒め言葉だね」
辻堂 「そっか。……ははっ、お前いいやつだなぁっ」
中井出「いやいや、俺は悪です。
    大人が嫌う、“自分のためにしか行動しないヤツ”だからね。
    そりゃもう悪ですとも。……友達居ないし」
辻堂 「あれはお前の自己紹介が悪いだろ」
中井出「嘘つくよりはいいと思ったんだよぅ。でもいいや。
    俺としては、そんな自分を知っても友達になってくれる人こそ信用したいし」
辻堂 「都合のいい考え方だけど、ちょっと解るよ、それ」
中井出「だよね」

 たははと笑い、僕は僕で行動開始。
 えーとまずは猫ポスターと、ちらし配りと……

中井出「早速だけど猫ポスターはどっちが作る?」
辻堂 「あ……それはアタシが。
    っつーか、ポスター自体は出来てるんだ。あとは刷るだけ」
中井出「なんと! じゃあこっちも刷るとして……明後日休みだし、貼りにいく?
    っと、これ、俺のケータイとかいうのの番号とメールアドレス。
    暇なときならいつでもこいさ!
    登録は……べつにしなくていいです。なんか俺キモいそうだから」

 ノート持ってただけでキモい言われた男……こんにちは、中井出博光です。
 なのできっと、番号登録など夢のまた夢。
 おおまゆっち……貴様はこんな孤独と戦っていたのか。俺も今大絶賛寂しいです。

中井出「あとはえっと。こっちのしおりに目を通しておいてくだされ。
    俺が書いたものだけど、おかしなところがあったらツッコんでくれれば、
    それだけでより良い3会つくりの手助けとなります」
辻堂 「あ、ああ。解った」

 少し喜びの色を宿した目で、渡されたちらしを見下ろす辻堂さん。
 キモい辺りのフォローはないらしい。いや、別にいいんだけど。
 冗談でもなきゃ自分のことを美しいとか美形とかなんて言えない僕だもの。
 その点、辻堂さんは美形だね。彼氏になれた人は、きっと鼻高々でしょうね。
 …………羨ましくなんかないんだからねっ!?《ポッ》

中井出「じゃあ決行は明後日として、詳しい時間や場所はそっちが決めてくだされ。
    あ、でもあんまり朝なのはちと無理です。新聞配達と漁協の仕事があるんで。
    9時以降なら大体空いてますじゃ」
辻堂 「ああ、解った」
中井出「ウィ。じゃあ今日は解散で、印刷などを済ませる方向で」
辻堂 「ああっ」
中井出「あ───」

 …………ハッ!?
 あ、あれ? ちょいと意識飛んでた?
 ……イヤイヤ気の所為だよね? そう気の所為。

中井出(恐ろしい。なんつー顔で笑いやがる)

 これがまゆっちだったらモノスゲー睨んでたところだ。
 ええまあつまり……笑った顔が、やばいくらい可愛かったです。
 なんといいますか、ヤンキーとかスケバンってケバい印象のほうが強いのに、辻堂さんってそういうのしてないというかすっぴんというか……髪は金に染めてるんだけど、それ以外が飾ってない所為か。
 個人的に受け入れやすい不良さんだ。大変困ったことに。

辻堂「? どした?」

 停止してた俺をおかしく思ったのか、訊ねられる。
 どうした? ふむ、どうしたんでしょうね、ほんと。
 や、べつにどうもしない。しないはずなんだけどね。

中井出(? よく解らん。なんで俺、こんなにいろいろ考えてんでしょう)

 とにかく解散。帰りましょうね。
 軽く手を振って、屋上をあとにしました。
 ……あれ? つーか授業とかそっちのけでずっと屋上で話し込んでたけど……ヤベェェェェ!! 転校してからそう時間経ってないのに先生に目ェつけられる!
 せっかく普通の生徒として頑張ろうとしてたのに!
 ま、まゆーーーっち! ヘルプミーまゆっち!
 環境が! 環境が僕を普通でいさせてくれない!




-_-/辻堂さん

 ……中井出が屋上から去っていった。
 見送ったあと、空を見上げてみる。
 綺麗な空。
 雨が降ったとは思えないほどに綺麗なそれと、雨上がり独特の香り。

愛 「………」

 不良でもない相手とこんなに話したの、どれくらいぶりだろ。
 ナメられるのが嫌だからって我を通してきた自分だけど、ああまで慌てたのは久しぶりか、それとも初めてになるのか。

愛 「中井出博光……か」

 おかしなヤツだ。
 落ち着きがなくて騒がしい、いわゆるムードメーカーとかそっちの男。
 お調子者っていえばいいのか、ただ単に馬鹿なのか。

愛 「……ふふっ」

 手にある3会のしおりと猫グッズ、それから中井出のケー番とアドレスを見た。
 差別はしないとか言ってたけど、しないにもほどがある。
 学園ではもちろん、ここら一帯じゃあアタシに声をかける男といえば喧嘩を売るか、ただ罵声を飛ばす雑魚ばかりだったはずなのに。

愛 「………」

 どうにかできればと思っていた3会の準備まで手伝えることになった。
 あいつのお陰だ。
 猫のことだって、ポスターを作ったはいいけどどう貼るかも考えていなかった。
 あんなもん適当にべたべた貼ってきゃいいとは思ってたけど、勝手に貼りゃ剥がされるのがオチだ。それこそアタシみたいなヤンキーが貼ってるのを見たやつが受け取り人になったら、猫に虐待するかもしれない。
 なら、学園が許可を通した店に貼っていけば相当安全だ。
 そんな深いところまでは考えてなかったアタシにしてみれば、それはとてもありがたい提案だった。

愛 (ン───あれ? 流れでそうなったけど、明後日……男と出かける、のか)

 そんなの初めてだ。
 休日に男に呼び出されて喧嘩なら、まああったが。

愛 「………」

 知り合って間もない相手とそんな状況になってる。
 なんか、不思議だった。




-_-/中井出

 授業中に堂々と教室に戻ったらこっぴどく叱られました。
 こんにちは、中井出博光です。
 時は既に放課後。
 辻堂さんはあれから教室には戻ってこず、恐らくは家に戻って印刷をしておるのでしょうと適当に想像してみております。
 みんながガッコ行ってる間なら、堂々とコンビニで印刷も出来ましょう。
 そんな、教室にはもうメイツは居ない夕暮れの頃。

中井出「イインチョッフも今帰り?」
委員長「はい。ちょっと買っておきたいものがありまして。
    いろいろやっていたら遅れちゃいましたけど」

 俺はたまたま最後だった委員長と、当たり障りないところから会話を始めておった。

中井出「あ、買い物といえばティッシュが安売りしてたっけ」
委員長「ずばりそれです」
中井出「おお、なんか主婦してる感じでいいですな。
    ……ていうか委員長くらいだよ、俺に話しかけてくれる人……」
委員長「辻堂さんともお話してるじゃないですか」
中井出「一方的に話しかけて総スルーされるのがお話って呼べるならね……」

 これでもちょくちょくとは話をしようと頑張っていた。
 でも総スルー。
 屋上での件は珍しいくらいでしたよ。
 なので、俺に話しかけてきてくれる人は今のところ委員長くらい。
 辻堂さんは自分に用件がなければ話しかけてこない感じだ。
 ヘロスィーは……ヴァン(坂東太郎)氏と話していることが多く、やることも多いのかあまり話す機会がない。
 目が合えばアイコンタクトくらいはするんだけどね。
 不思議と会話は必要ないレベル。ほんと不思議。

中井出「委員長は辻堂さんとは長いの?」
委員長「去年も同じクラスで、プリントを届けたりしてました」
中井出「届けに? ……おお、休んだりしたときに」

 なんとなくだけど、他の人に比べると委員長の辻堂さんを見る目がやさしい気がしたのです。気にかけてるけどウザがられない程度の距離を保ってるっていうか。
 あと、まあ、これもなんとなく。
 辻堂さんが一番最初に猫の里親に選ぼうとしたのも、彼女なんじゃなかろうかと。
 話しやすさっていうのかな。ともかくそんな雰囲気を持つ人なのだ。
 オカンオーラっていうのかな。みんなのお母さん的な雰囲気がある。
 それに不良に捕まった時、ダルそうだった辻堂さんの雰囲気、モノスゲー速度で切り替わったもの。多分、他の人よりも気に入られている。

中井出「ところで委員長ってなんでそんなに委員長してるの?」
委員長「え? えっと。質問の意味が良くわからないんですけど。
    私、そんなに委員長してるんですか? よく言われるんですけど」
中井出「見事なまでに委員長してると思う」

 まさか伝説のぐるぐる眼鏡をしている人が居るとは思わなんだし。
 髪は腰より下まであるストレートを下の方で結わい、頭にはカチューシャ。目にはぐるぐる眼鏡。
 これで眼鏡取ったら美人なら確実に委員長でしょう。ああ委員長でしょうとも。

委員長「ま、まあ委員長のことは置いておくとしましても……どうですか?
    辻堂さんとは3会の準備については……」
中井出「まあ、悪いことにはなってない、と思う。
    茶々入れがなければ普通に手伝ってくれてたかもしれないと思うと、
    無性に悲しくなるのはどうしてだろうなぁ」
委員長「あれは……タイミングが悪かったとしか」
中井出「だよね」

 仕方ないね。

中井出「ところでさ。委員長の名前って北条歩でよかったよね?」
委員長「はい。委員長でも中国風に委・員長でもありません」

 きっぱり言われた。
 ……うん、クラス中、全員が委員長って呼んでるし、気にしてたのかも。

中井出「北条歩、北条歩……よし、覚えた。
    あゆむじゃなくてあゆみなんだよね?
    文字だけ見た人に“あゆむ”って呼ばれたこととかありそ」
北条 「ああ、はい。実は結構。女の子でもあゆむって子、居ますから。
    むしろあゆみ、なら魚の“鮎”って文字と、
    うつくしいの“美”で鮎美、とかですよね」
中井出「俺としては歩くって字は付けても、そのあとにうつくしいで歩美かな」
北条 「あ、いいですねそれ。なんだか女の子って感じです」

 教室ではあまり話す相手が居ない自分……こうして話せるのが嬉しいからか、久しぶりな普通の会話に花を咲かせました。
 ああ……普通だなぁとしみじみ思いながら。
 もう少し孤独な時間が続いてたら、ストラップに話しかけてたかもしれん。

中井出「不思議だなぁ。北条は……あ、苗字で呼ぶけど、いい?
    呼び方が委員長じゃ、個を認めてないみたいで嫌ざます。
    代わりに俺のことは中井出でも博光でも好きなようにどうぞ」
北条 「はい、構いませんよ。私はそのまま中井出くんで」
中井出「押忍。では……北条はなんというかアレだね。
    お母さん的なオーラが滲み出てる。おせっかいとか好きだったりする?」
北条 「自覚があるほどにっ」

 眼鏡のツバをくいっと持ち上げ、ムフー!と鼻息荒く返事された。
 ……自信持って言うところ、そこなのか。

北条 「その所為なのか関係ないのか、
    おばさん臭いとか思われそうですけど肩がすごく凝るんです。
    今日もティッシュと一緒に指圧器も買うつもりで」
中井出「肩が。そりゃいけません、ちょいといい?」
北条 「え? あ、あの?」

 北条の後ろに回りこんで、肩にそっと手を添える。
 ───ムウ、こりゃ確かに凝っている。
 血行もちと悪いね。んー……分析分析。

中井出「ちょいと揉むよ? んーと、ここに澱みがあるからほぐして……」

 手に慈しみの調べを発動。
 癒しも解放して、血流をよくしてあげます。
 ちと普通のマッサージとは違うから、とても気持ちいいことになります。
 でも気持ちいいっていいことだし、大丈夫さ! たぶん!

北条 「《こりゅこりゅ》はうぅうっ!? んっ、んんーーーっ!!?」
中井出「全体的に冷えてるみたいだから、筋肉にも刺激を与えて……と」
北条 「《ごりごりごり》あ、あうぅうっ、はぅうんっ!?」
中井出「たんぱく質も足りてないか。えーと……委員長、これ飲んで」
北条 「ふあ……? は、はい……?」

 栄養水を創造、飲ませてからは毒素を取り除くマッサージを続け、代謝促進のツボを徹底的に刺激。筋肉に栄養がいくように身体効果を整えてあげれば、血色のいい北条さんの出来上がり!
 ……出来上がりなのに、何故かぐったりしてらっしゃる。何事?

北条 「う、うぅうう……こんな……こんなに気持ちいいマッサージ、初めてです……」
中井出「え? そ、そう? いやぁ、実は僕もマッサージだけは、
    日頃から誰にも負けない自信がありそうでなかったり」

 ええまあつまりはないわけですが。
 ただこんな風に言われたのは初めて……かな?
 京とかユキ、まゆっちなんかにやったことはあったけど、あの三人って別に特別なことしなくても感謝の反応が過剰だったから。

中井出「指圧器だって馬鹿になりません。また凝ったら遠慮なく言っておくれ?
    こう見えて、家事全般やこういったマッサージとかは得意です」
北条 「それは助かりますけど……いいんですか?」
中井出「実はこれをきっかけに友達が出来たらなーって打算はあるにはあったり。
    でもあくまできっかけってだけで、肩揉みやマッサージなど、なんでもござれ。
    金を使うくらいなら、誰であろうと差別なくマッサージいたしましょう」
北条 「ううん……確かにそれはお財布にもとてもありがたいですけど」
中井出「スポンサーは、人の楽しいを応援する中井出博光の提供でお送りします。
    あまり気にしないでうんって言ってくれたら嬉しいです。
    人の笑顔が好きだから、そんな笑顔が見たい自分のためでしかないのです」
北条 「あ。それって自己紹介の時に言ってた、自分のためにしかっていう?」

 おや、覚えててくれてた。
 なんか地味に嬉しい。

中井出「はいな。そういう自分のためにしか行動したくないのです。
    身勝手さんだから他人にとってはとても悪な俺ですもの。
    拒否したって北条の肩をスッキリさせてやるぜ〜〜〜〜っ」
北条 「…………ぷふっ」
中井出「ややっ!?」

 何故か笑われた。
 ホワイ何故? まあいいや、良い笑顔だから気にしません。
 その後もなんやかんやと主婦同士みたいな会話を続け、ティッシュも一緒に買いに行って、なんだかんだで指圧器も見て回ったりしてみて、指圧についてを語り合った。
 店を出る頃にはとっぷりと夜だったので、きちんと家まで送ることも忘れません。
 今日の俺は紳士的です。
 そして意外だ。俺、主婦っぽい人との会話の方が弾むのかもしれない。

中井出「曇天が嘘だったみたいにいい天気」

 北条を送ってからは自分の帰路を歩む。
 途中、笑みを浮かべて上機嫌なお肉大好き皆殺しさんを発見。
 確か皆殺しでよかったよね? 江乃死魔の人にそう呼ばれてたし。
 青髪でセーラー服っぽいの着てて、犬っぽいオーラのお子。

中井出「やあ」
皆殺し「あン? 誰お前」

 焼肉奢ってあげたのに、もう忘れられていた。

中井出「前に焼肉食い放題奢ったモンです」
皆殺し「肉? あーあーあー、あいつか。その肉野郎がなんの用だ?
    闇討ちか? 今いい気分なんだから、それを害するなら容赦しねーぞ」
中井出「むしろなんで声かけただけなのに闇討ちになるのかが知りたいっす。
    楽しそうだったんで声かけただけですわ。じゃ、俺はこっちなんで」

 てほてほ歩く。
 いやしかし、なにかあったんかな、あんなににこにこしちゃったりして。
 もちろん、良いことでございます。文句などあろうがずがございません。
 ……と、皆殺しさんと別れてからさらに進んでると、今度は辻堂さんと遭遇。
 なんだろ、今日は妙に見知った人との縁がある。なのに友達はいない。どうかしてる。

中井出「やあ」
辻堂 「あ? ……って、中井出? こんな時間になにやってんだ?」
久美子「つかなに気安く話しかけてんだコラァ!」
中井出「おや、葛西さんも。こんばんわ」
久美子「こんばんはじゃなくて質問に答えろってんだよ!
    まさかてめぇ、愛さんをつけまわして何かしよーってんじゃ……」
中井出「そのようなことがあろうはずがございません。
    わたくしより戦闘力の低いブロリーが、どうして伝説の超サイヤ人などと」
久美子「なんの話をしてんだテメェ!!」
中井出「そっちこそその質問もうされたよ!? ただ挨拶しただけだってば!
    今日はティッシュの特売日! その帰り道に候!」
久美子「ティッシュだぁ? ンなもん買ってこの時間かよ。
    親に……チッ、親に任せりゃいいだろうがそんなもん」
中井出「親居ないんで、無理なんです。んじゃ」

 あまり話をするのもなんなので、適当に切り上げる方向でGO。
 辻堂さんが鰹節を大事そうに抱えてるのを見れば、あまり深く踏み込むのは危険だ。
 アレ、絶対に猫用だろうし。
 しかし……ハテ? 葛西さん、親って言葉を使う時、モノスゲー微妙な顔をした。
 もしや家庭内のこと、あまりよろしくない?

中井出「………」

 俺が気にしても仕方ないことか。
 今も、「そりゃ羨ましいこった」なんて言葉が背中に投げかけられたほどだ。
 さ、帰って3会の準備のほう、整理しときますか。




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