【6月9日】

 翌朝午前九時四十分。

中井出「やあ」
辻堂 「オス。……なんか眠たそうだな」
中井出「変態バトルストーカーに襲われて……」

 約束通り駅前で待ち合わせて、商店街へとやってきた。
 結局空が白むまでといわず、ついさっきまで百代先輩とバトってた僕は、当然のことながら寝不足。
 これでもかとばかりにバトり、約束の時間までには間に合うようにと思っていたのに、相変わらずありやがる瞬間回復がそれをさせてくれませんでした。
 結局は百代先輩のKIが尽きるまでそれは続き、少し前にようやく尽きてくれたという次第にございます。もうやだあの人。一人だけツヤッツヤ笑顔で帰りやがって。

辻堂 「ン───あ、これ血か?
    ……まかさお前、ここに来る途中に誰かに絡まれたんじゃ」
中井出「絡まれたら逃げるよ。痛いの嫌いだし」

 ていうか、血? どこに……ってウォタァ!? なんてこと! 唇切れてるじゃないですか気づかなかった! ぬ、ぬう……寝不足がこうも僕から判断の自由を奪うとは。

中井出「血が出てる=誰かに絡まれたは、悪い癖ですよ?
    まあ確かに襲われたのは確かだけど、相手は変態バトルストーカーだから」
辻堂 「変態バトルストーカーって。さっきも言ってたな、なんだそれ」
中井出「人を見ると襲い掛かってくるんだ。真の強者を求めて徘徊してる恐ろしい奴」
辻堂 「それ、普通に通り魔って言わねぇか?」

 そうかも。
 おめでとう百代先輩、キミは通り魔だそうだ。

中井出「はふぅ」

 軽く、遠くの空を見上げる。今日もいい天気です。
 視線を下ろせば商店街の見慣れた景色と辻堂さん。
 当然私服にございます。初めて見るのは当然として、なんとまあ動きやすそうな装備。
 やっぱ服って機能性だよね。ゴテゴテしたものにこだわりを持つよりは村人の服が好きな僕にとって、彼女の装備は実に完璧に見えた。
 なんていうんだっけ。服のことには無関心だから名前がわからん。
 ボトムでいいんだっけ。ブカブカファッションではなく、スラッとしたスマートさがよく似合っておいでだ。
 ……ハテ。しかしなにかが足りないような。なんだっけ。
 まあいいや。

中井出「そして僕はとても普通」

 普通がステキ。博光です。

中井出「なんとゆーか、辻堂さんだね。ああ辻堂さんだってくらいに辻堂さんな私服だ」
辻堂 「どんなもん着てるって想像してたんだよ。
    てか、そういうお前はとんでもないくらい普通だな」
中井出「漫画のモブキャラでももっといい服着てそうだよねっ!《キラキラ……!》」
辻堂 「そこで嬉しそうにすんなよ……」

 だっていいじゃないですか普通。
 俺なんて着飾ったって意味ないもの。見せる相手が居るわけでもないし、居たとして、この博光が着ているものを変えたりするでしょうか。…………しないよなぁ。

中井出「しかし早いね。
    別に遅れても、待ち合わせ秘奥義を使うつもりだったからいいのに」
辻堂 「付き合わせてんだ。こっちが遅れるわけにはいかねーだろ」
中井出「付き合わせてるのはこっちも同じでしょーに。でもありがと。
    いや、最近じゃそんな人居ないよ?
    付きあわせようが、約束の時間は十時じゃないかとか言うやつばっかさ。
    っとと、そんな話はいいやね。でもありがとう。
    で、だけど……猫のポスター持ってきてくれた?」

 感謝するだけして次の話題へ。そのまま感謝してたらウザがられそうだし。
 で、言ってみたら……「ああ、これ」と言って渡される紙の束。
 コサッ、て程度ではなく、ドサッ、て程度だった。
 ……つまりいっぱい。
 渡された一番上を見てみれば、猫の写真と“猫もらってください”の文字。
 写真の下には連絡先が書いてあり、紙の右下にはちょこんと猫の絵と、フキダシに“おねがいっ”の文字が。つまり猫が“おねがいっ”と頼んでいるような絵が。

中井出「辻堂さん……」
辻堂 「ン? あ、な、なんかまずかったか?」

 チラシを見ながらの言葉に、少し焦りを見せる辻堂さん。
 解ります、こういうの作るの初めてなのでしょう? こういう時の相手の反応って怖いよね。

中井出「これ個人的に一枚もらっていいですか?」

 でも大丈夫。

辻堂「へ? 別にいいけど、なんで」

 当然の質問。
 ハテ。なんで? なんでと問われたら……

中井出「手作り感が滲み出る、可愛いポスターだから」

 なんかいいよねこういうのって。
 様々な人は限定品ってものに心を奪われるものだけど、こういうのだって立派な限定品だ。なにせあの辻堂さんが作ったもので、しかも猫とくる。
 猫、好きですよ? いろいろ辛い目には遭いましたが。

中井出「猫にはいろいろと思い出がありまして」

 でも、そんな大げさじゃなくていい。
 他人にしてみりゃ紙っぺら一枚ぽっちの価値でも、あっしにとっちゃあ猫ってのはいろいろな思い出があるのだ。だからって猫グッズ集めたいかっていえばそうでもない。
 こうまで思われてる猫が羨ましくなった……多分、そんなちっぽけな感情だ。

……。

 そんなわけでポスターを貼りに商店街を回る。
 手順といたしましては、

中井出 「へいおっさん」
おっさん「On the house」
中井出 「最近どうなん?」
おっさん「………」

 こんなもんです。

辻堂 「いやわけわかんねーよ」
中井出「そうですね」

 こーゆーのは適当なノリであればいいのです。
 話を適当に振ってみたら拾うのが上手な相手だった、っていうのなら、相手はかなりの心広きお方だ。

中井出 「やあ、また来たよ。ポスター貼りたいんだけど……いい?」
おっさん「ああ、稲村学園の子だよね。どうぞ、話は聞いてるよ。
     というかキミが直に来たんじゃないか」
中井出 「それでも礼儀というものがございます。
     許可を得てるからって、挨拶済ませてベタベタ貼られるのは嫌でしょ?」
おっさん「わざわざ直に許可を得に来る人が、そんなことをするもんか。
     いいよ、猫のポスターも貼るんだったね、どうぞ」
辻堂  「直に許可を得にきてたのか。
     それっぽいこと言ってたけど、そこまでしっかりやってたとは思わなかった」
中井出 「祭り、大好きなんです。なにせ“楽しい”を目的にしたものだから」

 盛り上がること猿の様に。ましらのさまに、って言い方って大好きです。
 猿と書いてマシラと読む。日本語って不思議。

中井出 「そんなわけで100枚貼らせてください」
おっさん「一枚だけなら許可しよう」
中井出 「9枚でいい」
おっさん「謙虚どころじゃないだろう!」

 そう……困ったことに、ズシリと渡された猫ポスターは百枚以上あった。
 辻堂さんはこれを貼れとおっしゃる。
 まあ……やるがね!

中井出 「じゃあ1枚で。えーと3会のと猫ポスターのと……」
おっさん「捨て猫かぁ。
     メス猫を飼っていて、産んでしまったものをどうにも出来なかったのか」
中井出 「人間ってよく責任って言葉使いたがるけど、
     ペット飼う時点でいろいろな責任を放棄してる人、いっぱいだよね。
     俺、そういうのよくないと思うな。
     子供を作ることすらも受け入れてこその責任だろうに」

 話しつつポスターを貼る。
 ひとつの店が終われば次の店へ。
 そんな感じで会話をしながら進み、道ゆく人に挨拶しながらも各店舗を回る。

辻堂   「……顔広いんだなお前。転校生なのに」
中井出  「挨拶っていうのはそれだけ重要ってことですね。っと、こんにちはー」
おばあさん「はいこんにちは。おお、おお、ひろみちくんは元気だねぇ」
中井出  「それが取柄の大部分ですけぇ。ところでばっちゃ。
      こんにちはとかの“わ”の発音の部分、どの文字が合ってるのかな。
      そのまま“わ”なのか、それとも“は”なのか。あと博光です」
おばあさん「おっほっほ、あ〜ぁあ、あれねぇ。
      今日はお日柄もよく、って言葉があるだろう?
      あの言葉はこれから“今日は”だけが残ったものでねぇ。
      だから、“は”のほうが意味としては正しいんだよ?
      だからって、“わ”でも間違ってるわけじゃないんだよぉ?」
中井出  「日本語すごいですね」
おばあさん「それほどでもない《キリッ》」

 なんて話までして進む。
 あのばっちゃは結構ノリのいい人で、ノリのままにノリを教えたりしたら、すごいですねって言えばそれほどでもないと仰るほどのお方になっていた。

中井出「次はお花屋さんだけど……辻堂さん行ってみる?」
辻堂 「ン? あ、───ああ」

 お花屋さん。
 ここの店員さんは話しやすい人だから、辻堂さんでもいけるはず。
 むしろ花屋が話しづらい人だと経営とか大変そうだ。

辻堂「…………《ゴゴゴゴゴ……》」

 ……ハテ。何故ポスターのことでこうまで緊張感が溢れているのでしょう。
 ポスターを片手ずつに一枚持った辻堂さんは、殺気でも出さんばかりの迫力で花屋へ。
 僕はそんな辻動さんを見送るわけだが……止めるべきなんだろうか。
 いくら手伝いたがってたからって急には辛いか? いやいや、そんなことは。

辻堂 「店の人に訊けばいいんだよな?」
中井出「うす。挨拶を忘れずにね」
辻堂 「解ってる。まず声をかけて、目標をセンターに入れてシメる」
中井出「シメちゃダメだよ!? ポスター貼りにきてるんだってば!」
辻堂 「もういいだろシメれば。シメてポスターだらけにしてやンだよ……フフフフフ」
中井出「この一瞬でどれほどテンパったの!? 落ち着こう辻堂さん!
    べつにシメる必要ないって!
    ただ店開いてるだけでシメられるとか、店員さんいい迷惑だよ!?」
辻堂 「うう……解ったよ。……よし、挨拶挨拶───すぅ……はぁ……」

 深呼吸しつつ今度こそ店の前へ。
 息を吸い、吐くのと同時に

辻堂 「稲村学園番長! つじど───」
中井出「ちょっとこっち来ようか」
辻堂 「《ガシィズリズリ》え? え?」

 ───啖呵を切ろうとした辻堂さんの肩をガシィと掴み、引きずって花屋から離した。
 不良の挨拶は奥が深そうだ。

……。

 花屋でのポスター貼り付けもなんとか終えて、現在はお昼中。
 よもや不良相手では敵無しのような人が、普通の人には慣れていないとは。
 まあ、普通に会話とかも苦手そうなイメージはあるけどさ。

中井出「まさかニラミ利かせて無理矢理貼ろうとするとは」
辻堂 「もっと普通にってお前が言ったんだろうが」
中井出「あなたにとっての普通がヤンキー然であるだなんて誰が知りますか。
    他者は知っててもあたしゃ知りません」

 なにはともあれメシでごんす。
 辻堂さんオススメの店にきた僕らは、適当な席について適当に頼む。
 辻堂さんは蕎麦が好きというだけあって、迷うことなく蕎麦を頼んでいた。
 蕎麦って店によってモノスゴク味が変わるものだよね。仕方ないけど。
 なんでもここは店主が打っているのだとか。レストラムっぽいところで手打ちとかって、スゲーよね。和洋中普通にある店なんて……稲村ってスゲーね。

中井出「いただきます」
辻堂 「いただきます」

 パンッと割り箸を割って、軽くつゆにつけた蕎麦をずぞぞーと食べる。
 蕎麦は勢いだ。速さだ。
 なので、ずぞぞーずぞぞーずぞぞー、ぐぅっ───カァンッ!

二人「ふうっ……!」

 さっさと食べて、ぐぅっとつゆまで飲んでカァンと蕎麦猪口を置いてハイ終了。

中井出「おお、さすが。やっぱ蕎麦っていったらこうだよね」
辻堂 「お前もか。蕎麦っていったらこうだよなぁ」

 この食い方は男らしい。
 その在り方は、某アンソロ漫画の空手部部長も認めるところであろう。

辻堂 「で、昼からだけど……あと何件くらい回りゃいい?」
中井出「あと半分だね。商店街はこれにて終了。あとは町全体を回って地道に。
    って言っても、許可得てるところに貼るだけだから迷うこともなし。
    猫ポスターは余るだろうから、それはあとで手渡しで配ろう」
辻堂 「う……やっぱ多かったか」
中井出「んにゃ、元々それくらいしたほうがいいって。
    貰う人が居なかったから捨てられるハメになったんだ。
    それを知る人は、多いほうがいい」
辻堂 「そっか」

 刷りすぎたかもと不安だったんだろう。
 少し落ち込み気味だった辻堂さんだったが、にこりと笑うと同時に意識を切り替えたようだ。

中井出「これから学園方面に向かいつつ協力店に寄ってくんだけど……どうする?
    バレるの困るなら俺一人で行くよ?」
辻堂 「いや、ここまでやったなら最後まで手伝わせてくれ。
    今日のアタシは稲村番長辻堂愛じゃなくて、お前のクラスメイトの辻堂愛だ。
    ここで手を抜いたらアタシが手伝う意味なんてそもそもなかったことになる。
    そんなもん、お前に任せてサボったのとなんも変わらねぇ」
中井出「顔見せるだけ見せて、ハイあと頑張れって言ってるようなもんだろうね」
辻堂 「ああ。だからそうならないためにも、最後までだ」

 ……うん、やっぱこういう人って結構好きです。
 根っこがしっかりしてるっつーんですかね。いい感じ。

中井出「では、よろしくですじゃ」
辻堂 「ああ。……にしても、里親探しってのは難しいな。
    あんだけ可愛いんだから、配った瞬間電話がくるって思ってたのに」
中井出「ねーぇえ」

 実にまったくその通り。
 なにをやっておるのか周りのヒューメンは。
 ポスターをお願いした店の人が、そのまま“なら俺が”とか言ってくるパターンなんてものすらなかった。

中井出「まあ、それならそれでもう一晩遊べるって思っておいてくだされ。
    その方が猫にとっても辻堂さんにとってもいいし」
辻堂 「う……それ丁度思ってたことなんだから、言うなよ……」
中井出「誰も楽しめずに落ち込むだけよりかはマシでしょ?」
辻堂 「いや……悪い。協力してもらってるのにこんなこと言うの、フザケてるだろ」
中井出「気にしてないって。俺、心からの自然な笑顔って好きだから」

 じゃなきゃ道化なんぞやってられません。
 俺がそうやって受け取ったからか、辻堂さんはもう気にはせず、もう一晩猫と一緒に遊べることを思ってか顔を緩ませていた。
 そんな時だった。
 バン、と音が鳴るほど強く、我らが座るテーブルが叩かれた。
 タレ? と思いつつ視線を向けてみると、テーブル横に立っている……なにやらケヴェぇメイクをしたおなごが三人。

おなご1「おやおやおやぁ? 誰かと思えば稲村の喧嘩狼さんじゃない。
     こんなとこで会うなんざ、偶然だねぇ」
おなご2「こっちは退院できてからってもの、
     アンタに会いたくてしょうがなかったんだ」
中井出 「入院なさってたの? 治ってよかったねぇ〜」
おなご2「え? あ、こりゃどうもご丁寧にって、ってテメェにゃ話しかけてねぇよ!」
中井出 「で、なんで入院なんかしてたのこの人」
おなご3「人の話聞けよてめぇ!!」

 や、予想はついてるんだけどね?
 こげなお方たちだもの、入院理由なんてきっと一つさ。

中井出 「大方辻動さんに喧嘩売って怪我したんでしょ?
     ダメだよ〜? 喧嘩なら、売った時点で怪我して当然なんだから。
     なのに逆恨みって、そりゃいかんでしょう」
おなご2「るっせンだよ! 関係ねぇやつァひっこんでろ!」
中井出 「じゃあきみら関係ないね。今会話中だから引っ込んでて?
     いや〜話の解る人たちでよかった。で、話の続きだけどさ」
おなご3「てめぇアタシたちをナメてんのか!?」
中井出 「とんでもない。喧嘩フッかけといて負けたらイチャモンつけるようなクズを、
     これ以上どうやってナメろと。
     負けたなら負けたで、言葉通りに勝負は決まってるでしょうが」
おなご1「テメェいっぺん死にてぇらしいな……」
中井出 「命は元々一つですが……あー、えーと……渾身のギャグですか?」
辻堂  「ぶふっ!」

 辻堂さんが笑った!

中井出 「よかったねおなごさん! あの辻堂さんが笑ったよ! ナイスギャグ!」
おなご1「テメェブッ殺すぞ!?」
中井出 「えぇっ!? なんで!?」

 ホワイ!? ギャグがウケたなら喜ぶべきでしょ!?
 なんで僕がコロがされなければならないので!?

辻堂 「……な? 解るだろ? 人間より動物が好きになる理由」
中井出「うん。化粧臭いね」
辻堂 「や、そーゆーんじゃなくて。まあ臭いけど」

 動物は意味なく絡んでこないからなぁ。
 その点でいうとこのお子めらはまず、店で絡んでくるということをもうちょい考えてから行動してほしい。

おなご1「テメェらぁ……! なにシカトこいてご機嫌キメてんだコラァ!!」
中井出 「ねぇもうちょっとなに? あのさキミ誰?」
おなご3「先月ここに居る辻堂につぶされた“猫夜叉”だコラァ!!」
中井出 (名前かわいい)
辻堂  (名前かわいい)
中井出 「で、その名前がかわいい猫夜叉さんがなんの用?」
おなご2「テメェは黙ってろってんだよ。……今日はカレシとデートか?
     軍団率いてねーとは油断したなぁ」
中井出 「そういうあなた方はせっかくの休日に特攻服とメリケンサックと棍棒……。
     あの、もしかして清川さんに誕生日プレゼントでも差し上げるつもりで?」
おなご2「違う!!」

 すげぇ、この反応を見るに、この人……ときめきメモリアルを知ってる。
 まあしかし、しかしですよ?
 まずはお献立を開いて……えーと、盛り蕎麦の値段は……と。

辻堂 「はぁ。しゃーねぇな。中井出、ちょっと待ってろ。すぐ済ませて───」
中井出「いや、待つんだ辻堂さん。こんな場所でそれはマズイ。
    そちらの方も……今日のところはこれでご勘弁を」

 ズズ……と出すのは我が財布。
 途端、おなごどもが驚きの顔からニタリとした顔に。
 なので僕は財布を開けてお金を取り出すと、既に持ってこられてある伝票の上に“お金”を置き、

中井出「どうかこれでお許しを! ───とんずらぁーーーーーっ!!!」
辻堂 「《グイッ》うわぁっ!? ちょ、中井出!?」

 そう、必要代金のみを置いて逃走! これで食い逃げじゃあない!
 急に絡んできたやからにお金を払う!? 冗談ではない!
 あ、もちろん葛西さんのはからかいと募金って意味があるので冗談ではございます。
 そしておなごどもがハッとしたときにはもう遅い! 射程範囲外よッ!!
 チェックメイト! 貴様らはこの博光との駆け引きという勝負に負けたのだ!

辻堂 「中井出! おいっ! 聞けったらっ!」
中井出「はいここで問題です辻堂さん! 相手の目的は辻堂さんをボコること!
    辻堂さんは無敗の喧嘩狼として名高くあろうお方でしょうが、これが問題点!
    相手が潰したがってるのに僕らが逃げ切ることは敗北でしょうか!」
辻堂 「へ? や…………負け、じゃねぇな。ああ、負けじゃねぇ!」
中井出「そうと解れば逃走!
    喧嘩で熱くなれないなら、初めての逃走に心揺らしてみてください!」
辻堂 「……言っとくけど、足は速ぇえぜ?」
中井出「なんのこの博光こそ足の速さでは韋駄天並みよ!」

 というわけで走った。
 慌てて追ってくるおなごたちなどメじゃないほどの速さで。
 そう……勝利とは、相手の条件を無効化させることでも成り立つものなのだ。
 殴って黙らせることだけが全てではない……第一、あそこで問題起こせば次に来る時に空気が悪くなるじゃあないですか。
 既に一店舗出入り禁止くらってんだから、それは勘弁ノリスケ。

……。

 ───……そんなこんなでずっと走って商店街を抜けて、さらに走った先で、俺と辻堂さんは笑っておりました。辻堂さんは「あの程度のやつら、何人で来ようが秒殺だったよ」と言います。
 でも違うのです辻堂さん。
 僕らがこうして逃げたこと。やつらを撒いたこと。それこそが勝利だったのです。
 そう、それでいいジョルノ……それで。
 完全なる勝利とは、相手にぐぅの音も出せないところまで相手の手から離れることにあるのだ……これでいいんだ。

中井出「今日はクラスメイトの辻堂さんなんでしょ? だったらこれでいいじゃない」
辻堂 「…………。お前、なんかスゲーな」
中井出「いや……正直笑い堪えるので大変でしたが」
辻堂 「ぶふっ……! や、やめろっ……アタシだって我慢してぷはははははっ!!」

 おなごさんたちも、まさか喧嘩狼が結果的に逃げるとは思わなかったのでしょう。
 すげぇ面白い顔になってポカンとしてました。
 なんかこう、鼻がスゲー広がって、ケヴェぇ化粧も手伝って歌舞伎的な顔に。
 いや、もうそれ見てからというもの、走りながらも笑撃がドッコンドッコン胸を打つ打つ。途中で爆笑しなかったのは、日頃から楽しいを追い求めてたお陰でしょう。しかしここにきて、笑いの連鎖に引き込まれてしまい……僕らは逃げ途中であることも忘れて、二人で爆笑しました。
 店を出る前からずっと、手を繋いでいることすら忘れて。

辻堂「あー、笑った笑った……! っかし、敵前逃亡なんて人生初だぜ。
   人の連勝記録に泥塗りやがって……」

 言葉の割には楽しそうだ。
 よかった。
 まだ自分の近くには、自分が楽しいを教えてあげられる人が居るらしい。

中井出「ぬう、そりゃ悪いことを。結論言えば勝ったも同然だけど、ちと違うしね」
辻堂 「ふくっ……ふふふははははっ……! はぁっ……いーよ、気にしてない。
    あんあなおもしれーの久しぶりだったし。
    喧嘩したってつまらねーなら、逃げてみるのもアリだったんだなー……。
    そんなことにも気づかなかったぜ」
中井出「逃げる=ナメられるって意識が強かったんでしょ。
    でも、逃げてみれば相手はポカン。まあ、そりゃそうなんだけどね。
    喧嘩売ってるのに、一発も殴れないで逃げられることほど悔しいことはない。
    狩りに出かけて得物を見つけたのに、
    仕留められないまま逃げられるのと一緒だ」
辻堂 「あ、なるほど。そりゃ確かに悔しそうだ」
中井出「けれども殴らなきゃ収まらないこともあるんだから、そこは人それぞれで」

 そう言うと、何故かきょとんとする辻堂さん。
 ……ハテ? なんかヘンなこと言ったっけ。

辻堂 「楽しいこと以外、暴力とかも反対派だと思ってた。
    殴られて楽しい雰囲気になるヤツなんていねーだろ」
中井出「べつに反対なんざしませんよ? よっぽどな理不尽さがなければむしろ肯定。
    ただ、殴られずに殴り潰す意識は感心いたしません。
    どれだけ強かろうが、殴るなら殴られる覚悟も持たねば」
辻堂 「ン───ああ、自己紹介の時に言ってたアレな」
中井出「そゆこと。っと、そろそろ戻りましょうか。ポスターもまだまだ貼らんと」
辻堂 「っと、そだな」

 話も適当に、学園側へ。
 追ってくる気配もなさそうなので、のんびりと歩いた。

……。

 住宅が並ぶ小道を歩くと、そこにしかない店ってのは結構見つかったりする。
 近所にぽつんとあるお肉屋さんとか惣菜屋さんとか、まあそんなの。
 個人経営であるそこは、元気なおっさんおばさんがやっている確率が高い。

中井出  「おっちゃん……おっちゃァーーン!!」
とんかつ屋「妙な裏声で呼ぶんじゃねぇって言ってるだろがっ!」
中井出  「ィヤッハッハ、まあまあ」

 そんなお方たちにも声をかけて、ポスターを貼ってゆく。
 もちろん惣菜屋にも寄って───

よい子「いらっしゃいま───げぇっ!」
中井出「……ヨイちゃんよぅ」

 向かった先で、ヨイちゃんに驚かれた。

よい子「ななななんで喧嘩狼なんかと一緒に行動してるの……!」
中井出「小声ナイスデース。で、なんでって話だけどそれは言えない。
    ポスター貼りにきたんだけど、いい?」
よい子「いいけど……私がアレなこと、バラしてないよね……?」
中井出「するもんですかい。じゃ、3会のと……あとこれ」
よい子「? ……これ、猫の?」
中井出「うす。実は捨て猫拾っちゃいましてねー。
    なのでついでに貼らせてもらえると嬉しいナ」
よい子「へぇ……あ、もしかして喧嘩狼が一緒な理由は、
    猫を拾ったのがコウくんじゃなくて喧嘩狼だからで、
    しかもその拾い方がベタな雨の中の不良のやさしい一面とかそっちの……」
中井出「……命が惜しければストップ」
よい子「……ズバリなんだ……」

 辻堂さんは離れた位置で僕が戻ってくるのを待っているので、小声ならばOK。
 そんな気配りでヨイちゃんの正体を守る男、スパイダーマッ。
 お話もそこそこにポスターを貼らせてもらい、二度と来ませんようにと笑顔で願われ、僕らは惣菜屋“孝行(こうこう)”をあとにした。

辻堂 「知り合い? 話しこんでたみたいだけど」
中井出「押忍。ちょっとした知り合いです」

 さて……ここらの店も制覇と。
 これでポスター配りは終了。
 あとはまだ残ってる猫ポスターをなんとかしなくては……と、それを作った辻堂さんを見て、なんとなく違和感。私服でこうして会ってたときから軽く感じてたものだったんだが、なんだろ。

中井出「んー……?」
辻堂 「? なんだよ、ジロジロ見て」
中井出「や。なーんか辻堂さんを見てたら……あ。あーあーあー!
    そっかそっか、何かが足りないと思ったら、鎖だ!」
辻堂 「鎖? ……ってああ、あれ」

 辻堂さんはいつも腰にチェーンを巻いている。
 銀色の鮮やかなブツ。
 あれって……なんだろ。やんきーふぁっしょんとかいうもの?

中井出「あれってやっぱりそのテの店があって、そういうところから?」
辻堂 「いや、あれは母さんから貰ったものなんだ。
    母さんが学生時代につけてたとかで」
中井出「へえ。一種のお守りみたいな?」
辻堂 「そうだな。あれをつけてたお陰でライフルで撃たれても平気だったとか」
中井出「へー、ライフルライフル!?」

 いったいなにをしてらしたんで!?
 スナイパーに狙われる学生って何者!?

中井出「……まあ、いろいろありますよね」

 だって川神が存在する世界だもの、普通普通。

辻堂 「あ……そか、お前ならいいかも」
中井出「ホイ? なにがです?」
辻堂 「一度誰かに訊いてみたかったんだ。お前から見て、その、あの鎖さ。
    一応つけてはいるけど、似合ってるかどうか自信ねーんだ。どう思う?」
中井出「俺が見た辻堂さんの印象がそのままピッタリだから、よく似合ってるよ」
辻堂 「……随分即答だな」
中井出「自分には正直に生きてるもので」
辻堂 「そ、そか。……あはっ」

 あ。嬉しそうだ。なんていうか隠し事できないお子だね、この人。

辻堂 「父さんがよく、
    あれつけてた時の母さんのこと褒めるんだ。カッコよかったって。
    同じものが似合うって言われりゃ、そりゃ……さ」
中井出「………………いいなぁ」

 じんわり来た。
 やっぱいいね、辻堂さん。
 家族を大事に思えるのって素晴らしいことだ。
 まあ、その家族がひでぇもんじゃない場合に限るのは解ってはいる。
 生まれた環境が悪かった場合ってのはもちろんあるものなのだ、仕方ない。

辻堂 「? いいって、なにが」
中井出「や、ほら。辻堂さんって両親のこと好きなんだなぁって」
辻堂 「へっ!? あ───」

 そして真っ赤なヤンキーさん。ウヴでございます。
 だがいけませんよ? ここで踏み込みすぎるのはいけません。
 家族愛をつっつくと、人とは非常に照れてつっかかってしまうものです。

辻堂「う……なんだよ、その妙に生暖かい目……!
   悪いかよっ、学園の喧嘩番長が親のこと好きで!」

 ゲェーーーーーーッ!!!
 つっつかずに見守っていたら誤解された!!
 う、うかつ! これはうかつだ! そうだ、目は口ほどにものを言うとも言いますが、ンなもん受け取る側の自由ってなもんでした! これなら素直に口にしてたほうがまだよかったよ!

中井出「NO! NO! 悪いわけないでしょ!? そういう意味じゃなくてですね!」
辻堂 「くそっ……じゃあ訊くけどな、お前はどうなんだよ」
中井出「え? 俺? えーと」

 家族愛を茶化されたみたいな気分で面白くないのだろう。
 顔が赤い辻堂さんが僕に訊ねてきましたが……ぬう。
 家族は愛しておりました。
 大好きすぎる。
 死してなお鎌となり、カケラの才能を支えてくれた大切な方たちです。
 そうなんですよ、そもそも家族が居なきゃ俺、ほんと死んでるんです。
 死んでまで家族として支えてくれるなんてことされて、嫌えるわけがないじゃない。
 でも今話すべきはこの世界の家族だね。
 解ってる。解ってるんだが、これ話したら絶対に辻堂さん落ち込んじゃいそうだ。
 ……どのみちにきっちり話したほうがよさそうだし、いいか。
 暗い雰囲気は嫌いだけれど、友には知っておいてほしいこともある。

中井出「義理の父親大嫌い。縁切ったからどうでもいいけど」
辻堂 「あ……」
中井出「ハイそこで暗くならないでください!?
    売り言葉に買い言葉でこうなったんだから辻堂さん悪くないから!
    それに、元の家族のことは本気で愛しておりました! むしろ今も!
    ……あとね、拾ってくれた家族も好きです。
    だから俺はね、家族が好きな人が素直に好きなんです。
    悪いなんて、本当にとんでもない」
辻堂 「うぅ……悪い」
中井出「そっちの意味での悪いもいりません。
    湿っぽい話をしたかったわけじゃないんですから」
辻堂 「ン───ああ……」

 あちゃ……落ち込んでしまった。
 こんな時こそシャキっとしてほしいのに、亡くなった家族を反撃の手札に使ったことを悪く思っているのでしょう。いつもの切り替えが出来ないでいるようだ。
 え、えーと、こんな時の話題、話題は……いや、あのあの……!

中井出「か、家族ですけどね?」
辻堂 「え? あ、ああ……?」
中井出「実は僕、義理の姉が居まして。あ、もちろん今も生きておる筈です。
    両親はどうなったか知らんけど、
    ばっちゃは健在でじっちゃは……前に亡くなって」
辻堂 「う……」
中井出「だだだから落ち込まないでったら! えーとうーと! ア、アウウ!
    めめ珍しいよねぇ! アハハ!?
    血が繋がってて真っ当な親なら好きになるって定義はあろうとも、
    拾われたのに好きになれるって! 引き取られた先は最悪だったけど!」
辻堂 「………《ずぅうううん……》」
中井出「キャーーーッ!?」

 いやぁあああ話せば話すほど暗くなってゆく!
 どどどどうすれば! どうすればァァァァ!!

辻堂 「……今でも気にしてるのか? ……しねぇわけねぇよな、虐待なんて」
中井出「いえ全然。むしろ我慢強さが鍛えられました。
    というか……これだね。“どうでもいい”。
    引き取ってサンドバッグにしたかっただけでも、
    雨風凌げる場所は提供されたもの。仕返しをしなかったわけでもないし」
辻堂 「え……したの? 仕返し」
中井出「押忍。蹴られそうになればドラゴンスクリューやったり、
    殴りかかられればパリィして殴り返したり。
    あ、俺の義理の姉ってのが理由不明に異様に強いのね。
    そやつに比べれば、ヤツの攻撃なぞどうってことなかったです」

 まーちん……今頃なにやってんのかなぁ。青色のショートヘヤーでちょほいと物静かなお子だった。あのまま育ってればきっと今頃大人しいお子に……っとと、今は辻堂さんだ。

辻堂 「……ビビった。お前、結構やんちゃなんだな。
    反撃したら追い出されるとか考えなかったのか?」
中井出「追い出されたらそれはそれでよかったんです。
    縁切って自分で暮らそうって思ってたし。
    雨風凌げたって腹は減るし目ぇ回るしで、
    ガッコ行ってても給食費払ってないからメシ食えないんですよ。
    だからコツコツビールの空き瓶集めて届けて10円もらって、
    一定額溜まったらパン屋であんぱん買ってさ。……美味かったなぁ」
辻堂 「どんだけ逞しい少年時代送ってんだよお前……。
    あー、でも、お前がやたらと庶民的な味に感動する理由、解ったかも」
中井出「食えない状態でたまに食う味って、大切にしたいからね。
    というか、好物が元々あんぱんとうどんっていう安上がりな男なんです。
    購買であんぱんとかが残る理由が解らないくらい大好きですわ」

 あんぱんはいい。あれはステキなパンだ。

辻堂 「ン……そういやさ、“中井出”ってのは……」
中井出「元の苗字です。拾ってくれた寺の名前は極楽院。
    引き取った男は……忘れた」

 本来だったらワン子が拾われるはずだったところだ。
 それを百代先輩が引き受けたからこそあのファミリーが成立している。
 いや、ほんとワン子を託さなくて正解だよ、ひでぇ男だよありゃあ。

辻堂 「じゃあお前」
中井出「えーと、まあ。自分では中井出名乗っちゃいますが、
    実際にはもう存在しない家名といいますか。
    ガッコでは学園長が同情してくれたのか受け入れてくれてるけど、
    あの義理の親に引き取られた時点で家族は無し。
    血縁も一切無しだし、極楽院にもたまに顔を見せるだけで、
    ばっちゃは迎えてくれるけど……ほかのやつらは睨んでくるね」

 なんでだろね、べつに彼らに俺がなにをしたってわけでもないのに。
 やっぱあれか。義理とはいえ親が犯罪犯して捕まったからか。
 ……だろうね。

中井出「纏めると、僕ァ博光です。ただの博光。苗字はあってないようなもんです」

 これは本当だ。
 中井出を名乗っちゃいるが、家を差し押さえられて地界を捨てて空界に逃れた時点で、俺の苗字なんてなんの意味もないものになっている。
 俺の存在なんて行方不明状態でとっくに抹消されているだろうし、“俺が知る中井出の苗字”はとっくに消えているはずだ。
 だから博光。
 自分を指す時に“この博光”と言い続けているのも、そういった思いが混ざってからはしょっちゅうだ。
 人生って上手くいきません。

辻堂 「中井出って苗字、好きだったか?」
中井出「好きだったね。でもそれは家族が居たからです。
    今となっては振り返ってみてもどうしようもないことばっかりだし───」

 なにより、家族が居た証は鎌として武具の中に存在する。
 中井出って苗字にこだわる理由は、きっともう存在しない。
 だから俺はニコリと笑って言った。

中井出「───まだ、家族がつけてくれた名前があるから。それだけで十分だよ」

 純粋な笑顔だ。
 作った気が微塵もしない、自分の心まで温かくなるソレを見て、辻堂さんも気まずい雰囲気を払拭。「そっか」と小さく息を吐いてから、うんと頷いてあっしに仰った。

辻堂 「ひろみつ」
中井出「ホイ?」
辻堂 「これからはお前のこと、博光って呼ぶわ。……いいよな?」

 訊ねるように訊いてくるけど、その目はもうジャイアニックアイといいますか、既に決定しているから無駄だぞと言っておった。
 おおあなたひどい人! わたしに死ねと……言ってないね。

中井出「ん。よろしゅう。じゃあ僕は辻堂さんのことを辻堂さんと呼びましょう」
辻堂 「変わってねえって」

 ノリなんてそんなもんでよいのです。
 細かな笑いに微笑をこぼしながら、もうとっくに夕陽が差している空の下を歩いた。

辻堂 「なぁ博光」
中井出「ホイ?」
辻堂 「う……ちっとは照れたりしろよ。アタシだけ恥ずかしいみたいじゃねぇか」
中井出「いや、これでも結構恥ずかしかったりするのですが……その。
    せっかく友人が名を呼んでくれているのです。
    ヘンにくすぐったい顔をすると、
    辻堂さんが恥ずかしい思いをするかなぁとなんとか耐えたのですが」
辻堂 「妙な気ぃ回さなくていいよ。あ、あー、えぇと。
    ……猫のポスター、まだあるだろ?」
中井出「ホ? お、押忍。まだ80枚は」
辻堂 「貸せ。これからもう一回商店街回って配ってくる」
中井出「え? いや、最初から俺もその予定だったけど……一人でやるつもりだった?」
辻堂 「え?」
中井出「え?」

 や、だって。
 100枚以上のポスターと、30枚強程度の3会のポスターだ。
 80枚くらいは余るのは解ってたし、貼り付け以外なら配るっきゃねーべヨってなもんで。普通そう考えるよね?

中井出「そっかそっか。辻堂さんはやさしいなぁ」
辻堂 「ぐっ……うるせえっ、いいから貸せ!」
中井出「じゃあ半分」
辻堂 「全部だ!」
中井出「ダメさ! ワハハハハハ!
    さあ辻堂さん! どっちが先に配り終わるか勝負だ!
    喧嘩ではあっさり負けたが、こう見えても俺は! ビラ配りの達人!
    こっちでは負けはせぬ! 負けはせぬぞォォォォ!!」
辻堂 「勝負───上等だコラァ!!
    アタシが喧嘩だけじゃねぇってこと、思い知らせてやる!」

 そして僕らは駆け出した……!
 あの、夕陽を目指して……!
 ……うそです、普通に商店街目指して走りました。

……。

 そして商店街。

中井出「猫! 猫いかァーーッスか! 可愛い猫だよー!」
不良1「あぁ? 猫だぁ? ……ぶっふ! “おねがいっ”だってよぉ!
    なぁなぁお前ぇ、こんなん書いてる時、恥ずかしくなかったンかぁ?」
中井出「ぶち殺す!!」
不良1「へ? へ、へわウギャアアアアーーーーーッ!!!」

 ビラを配る中、夜が近くなってくるとガラの悪いあんちゃんどもが増えてくる。
 そんなあんちゃんどもが馬鹿にした態度を見せれば、カットイン込みで君の死に場所を決めるRPGが発動。
 そももも絵を馬鹿にするために近づく恥知らずにはいくら鉄槌を落としても痛みを痛感できにいので仏の顔を三度までという名ゼリフを行使して言葉の通りに殴ってやった俺は賢い。
 だが大丈夫だ、問題ない。
 騒いでいても辻堂さんは離れた位置に居るので、こんな暴力じ気づくことも───

辻堂 「《ギャオッ!》博光っ、なんか叫び声がしたけど、絡まれたりしてないか?」
中井出「ヒィ!? え、あ、え……? い、今あっち……え?」

 あ、あれ? 今あっちでビラ配ってて……え? あれぇ!?
 ば、馬鹿な……この博光が視認できなかった……だと……!?
 まあよくあることですね。

中井出「コホンム。問題は特にないけど、そっちはどう? 受け取ってもらえてる?」
辻堂 「いや、それが目ぇ合わせるだけでみんな逃げんだよ。
    なんなんだろな。こんなに可愛いのに」

 言って、自分で作ったポスターを見る辻堂さん。
 うん、怖かったのはポスターではなく辻堂さんなんだね。

中井出「でも、やっぱりなかなか居ないもんだね……。
    動物飼うって簡単なことじゃないしなぁ」
辻堂 「…………《そわそわ》」
中井出「里親が見つかればいいのと、
    そうなると遊べないって思いがせめぎあっておりますな」
辻堂 「ぐっ……わざわざ言うなよ…………はぁ。
    このままじゃ、母さんの仕事仲間に任せることになりそうだなぁ……」
中井出「え? ……母親さんのお仲間さん、飼ってもいいって?」
辻堂 「ああ。ただ、一人暮らしらしいんだ。
    だから飼えたとしても寂しい思いをさせるだろうから、
    出来れば最後の手段にしてくれって話で」
中井出「なんと」

 この博光以外にそげな思いを持っているお方が居ようとは。
 やはりまだまだ、世の中捨てたもんじゃあ……ねぇぜッ!?
 帰ったら迎えてくれる家族(猫)が出来ました、とかそれだけの問題じゃないのだ。
 猫側にしてみればずっと家に閉じ込められるのと一緒なんだから。
 だが雨風は凌げるという理由では、ダンボールよりはマシってだけ。
 ほんと、それだけだ。あ、あと食事が出来るのはデカいね。

中井出「その人ばかりに任せちゃおけねぇですね。
    じゃあやはり俺も、見つからなかった時の里親候補に立候補します」
辻堂 「え……いいのか?
    お前だって一人暮らしで、仕事だってやってるって言ってたろ」
中井出「その分愛情を注ぎます。猫にはいろいろと思い出があるので」

 一人だとあの家は広すぎる。
 だから猫さんと話をして、住み方をきちんと決めれば怖くないはず。
 そもそもナニカの下敷きになろうとも、あの家はマナと癒しの宝庫だ。
 ちょっとはそっとじゃ死なないし、なにより暴れれば暴れた分だけマッスルになる。
 ちょほいと住まわせておくだけで、最強猫の完成だぜぇ……!

中井出「そんなわけで、もし父君が帰ってきたりして、
    里親が見つからなそうなら言ってくだされ。その時は喜んで迎えます」
辻堂 「お前の家、ペット禁止とかはないのか? アパートとかなんだろ?」
中井出「えっ?」
辻堂 「えっ?」

 いえ、思いっきり日本家屋といいますか、むしろ屋敷チックで道場までありますが。

中井出「えーと。心配なら一度来てみます? アパートではないので安心はできます」
辻堂 「アパートじゃないって。どういう生活してるんだよ。まさか」
中井出「ホームレスでもないよ!? 説明するといろいろ長いんだけど。
    なけなしの金で買った宝くじで一等が出たー、とか言ったら信じる?」
辻堂 「……まさか」
中井出「一人で暮らすには無駄にデケェ家に住んでるんです。
    っていっても、曰くつきだったから買えた家ってことで」
辻堂 「───」

 曰くつき、の部分で辻堂さんが停止した。
 ……あらぁ!? もしかしてオヴァケとか苦手な人だった!?

中井出「お化け苦手?」
辻堂 「ばっ……ンなわけねぇだろ! なにが出てもブン殴ってやらぁ!」
中井出「………」

 物理的に殴れないからお化けは嫌い。
 なんかモモ先輩みたいな人だった。

……。

 結局は猫ポスターも配り終わり、辻堂さんが家に来ることに。
 結構時間経ったから辺りは暗いもんだ。

辻堂 「こんな場所に家なんてあったか?」
中井出「ありんすよ? この林の奥。あ、俺が辻堂さんを怪しいところに連れていって、
    なにやらいかがわしいことをしようとしてるんじゃ、とか思ったら、
    遠慮なく攻撃してくれていいですよ? 誓って、そげなことはしませんが」
辻堂 「お前相手に、アタシがなんの心配をする必要があンだよ」

 まったくでした。
 喧嘩無敗の無敵な狼さんに言う言葉ではなかった。
 ともあれ家でございます。
 えーと、進入許可者に辻堂さんを追加して、と。
 前の時のように侵入阻害効果を自然全体が放ってるから、許可を出さねば誰も入れん。

中井出「この先です」
辻堂 「ああ《ふわり》……うわ、なんだこれ」

 癒しとマナを逃がさぬよう張られた膜。
 その中へ一歩踏み出しただけで、辻堂さんは驚いていた。
 それでも僕が進むから進み、やがて視界が開けると……余計に驚いた。

中井出「ようこそ博光ハウスへ。初めての訪問者は辻堂さんだ」

 暗い夜の日本家屋ってのは不気味に見えるもんだけどここは違う。
 むしろマナの粒子が月夜の光を浴びて輝いていて、幻想的な雰囲気さえ見せてくれる。
 ……のだが。

辻堂「お、おおおおおい、おいおいおいっ……!
   あ、あれ、オ、オーブとかいうやつじゃないのか……!?
   あたっ、アタシ、てれびでみたたた、見たことあ、あああ……!」

 その幻想をブチ壊すお方が隣に居ました。
 マナをオーブよばわりとは……まあ、ある意味オーブっぽいけどさ。

中井出「そういうのじゃないよ。どっちかっていうと神秘的なほうのものだから」
辻堂 「だっ、おまっ、ちょっ……そ、そんなこと誰が保証してくれるんだよっ……」
中井出「オーブだって証明してくれる人だって居ないよ?
    ならいい方に考えてやらないと」

 家の傍まで来ると、マナが一斉に寄ってくる。
 辻堂さんが「しひぃいいいっ!?」と奇妙な声を上げたが……心配なぞござんせん。
 むしろ辻堂さんの腕にあった猫の引っ掻き傷に優しく触れて、そこを癒してくれた。
 ……辻堂さんは気づいてないようだ。今はそのほうがいい。

中井出「ただいまギョー」

 玄関を開けて中へ。
 電気をつけるといつも通りの見慣れた光景。

中井出「ほら辻堂さん、上がって上がって」
辻堂 「うぅ……お、おじゃまします……」
中井出「ちなみに種明かしをすると、ここは間違い無く最初から僕の家だから、
    幽霊とかは一切出ないから大丈夫だよ? ここ、家族の家だし」
辻堂 「宝くじ云々はどうなったんだよ!」
中井出「拾われっ子がデケェ家持ってるって言ったって信じないでしょ?
    だから、まだ現実味がある方向で場を和ませてみました」
辻堂 「……今度からは、もっと笑える冗談言ってくれ」
中井出「ぎょ、御意」

 笑えなかったらしい。
 ともかく上がってもらって、僕の部屋へと通した。
 特にこれといったものもない部屋である。

辻堂 「へー。こざっぱりしてるっていうか……趣味とかないのか?」
中井出「趣味は楽しむことだから、これといったものはないのです。
    あとお客さん持て成すの大好き! さぁさ座って座って! 座布団どうぞ!」

 太陽を吸収しすぎてはちきれんほどに膨らんでいる座布団をハイと渡す。
 かつてモモ先輩に要求されたものだ。
 いつでも太陽の香りがして弾力も素晴らしい座布団を出せと何故か言われた。
 ええ創造物ですとも。

辻堂 「《もにゅり》うわぁっ!? ……な、なんだこれ!
    感触がなんか……な、生々しいっていえばいいのか……!?」
中井出「創れと言われて創ったものなんだけど……。
    なんかね、女の子を抱き締めた時のやーらかい感触を再現しろとか」
辻堂 「………」
中井出「僕の趣味じゃないよ!?」

 当然、百代先輩の趣味でございます。
 ガクトが“おおおお……! これが年上のねーちゃんの感触……!”とか言って興奮していた頃を思い出す。
 懐かしいなぁ……あの時は百代先輩が“ガクトと同じ嗜好なんて悪夢だろ……”って落ち込んだんだっけ。でもねーちゃん好きなのは事実でしょうよ。
 でもね、今そんな説明を辻堂さんにしても虚しいだけです。
 あの頃のことはあの頃のこと。
 もはや……思い出でしかないのですから。
 その思い出にただいまを言うまでは、輝きに満ちたあの頃を思い、今を生きましょう。

中井出「ままま、まずは各部屋ご覧アレ。
    座ってもらっておいてなんだけど、無駄に広いのがこの家の特徴です」
辻堂 「っと、そうだった。住んでる場所がどんなのかを見に来たんだよな」

 あ、と口を開けて立ち上がる。
 慌てた様子から、なんとなくだけどさっさと座布団から離れたかったのかもしれない。おなごの感触に似ているとか言われて触り続けるのも微妙な気分なんだろう。

中井出「ああそれと。各部屋に不自然に誰かしらの私物があるけど、
    それは過去の家族のものなので触れないよう」
辻堂 「え? ……ってことは、」
中井出「うす。言った通り、ここは俺の家族の家です。今は誰も居ないんだけどね」

 私物はいつかのまま残っている。燃やされる前の姿だ。
 写真なんかは秘密基地にしか置いてない。だからそこを知らなきゃ家族の姿なんて見ることはないし、そこに誰が住んでいたのかなんてのも知れるわけもない。
 なので安心して案内できるわけですよ。

辻堂 「誰も居ない、って……死んだ、とか?」
中井出「ん……どう説明すればいいんだろ。
    ちょっとした事情があって、別れなきゃいけなかった。
    結果として俺は一人になって、拾われて、いろいろあって、今ここ」
辻堂 「……そか。解った、もう詳しいことは訊かねぇ。お前はお前だもんな」
中井出「そそ。重要なのってそこだよね。そんなわけでここが───」

 にっこり笑って案内を続けた。
 ……この世界でも笑っていてくれておりますか、京、ユキ。
 この世界でも頑張っていられてますか、トーマ、準。
 いろいろと嫌な噂ばかりを聞くけれど、きみ達が笑ってくれているのなら、俺はそれで十分です。
 この世界じゃ家族でもなんでもない俺だけど、なんにも手を貸せていない俺だけど、心配くらいはどうかさせてください。やっぱり……気にならないわけがないしね。

辻堂 「うわ、温泉……」
中井出「おなごを前に温泉とかって誤解しか生まないから次行こ?
    次は菜園を見てほしいんだ! 自慢の菜園なんだよっ!?
    毎日毎日家族が手入れしてくれてたんだっ、ほら早く早くっ!」
辻堂 「っととっ!? おいこらっ! なに急に引っ張って───!」

 散々と案内して、最後はとうとう菜園。
 京やユキ、ワン子が手入れをしてくれていた菜園だ。
 彼女らが手入れをしてくれていた時代の作物はとっくに採取してしまったけれど、まだ大元は残っている。……未練だよね。でも、“だから家族なんだ”って今は思っておきたいのです。
 文句を言おうとした辻堂さんが急に言葉を止めてしまったが……ハテ? 僕の顔、なにかついております? えと、笑顔だよな? 出来てるよね? 笑顔。

中井出「ホイ? なんか顔についてる?」
辻堂 「……いや。なんもついてねーよ」

 まるで、なにかを頑張る子供にしゃーねーなって言う大人みたいな苦笑顔で言われた。いやいや、ここは無邪気に燥ぐ青年をオイオイそりゃねーだろって顔で苦笑するところでしょ?
 べつにオイラ頑張ってなんか……ねぇ?


───……。


 全てを回り終えると、辻堂さんは「いいじゃんココ!」と喜んでくれた。
 空気がいいのと広いのが気に入る理由だったそうな。
 だよね、無駄に広いし。

辻堂 「ケドさ。なんつーか。概観と中がちょっと違わないか?
    あー、ほら。焼却炉みたいなところの分が中と合ってないっていうか」
中井出「欠陥工事だったんだ」
辻堂 「ふーん……? まあいいか」

 やっぱり気になる人は気になるのかね、あのデッパリ。
 あそこには秘密基地がありますよなんて言えるはずもなく、案内出来るはずもない。

中井出「問題はやっぱり一人暮らしってことなんですけどね?
    でもその分、愛情を注ぐつもりです。って、これは言ったね。
    だからもし貰い手が居なかったらどどんとこの博光が引き受けましょう!」
辻堂 「ああ、頼む。……やっぱお前、ヘンな奴だなぁ」
中井出「多謝」

 トーチェと唱えつつ、しばらくは適当な話題に花を咲かせました。
 せっかくなので晩飯どうぞと食にも誘って、遠慮する彼女に「いい若いモンが遠慮すんじゃないのォォォォ!!」とどこぞのかーちゃん風に無理矢理招いた上で。
 しかし食事は大絶賛。
 うまいうまい言いながら、変わらぬ速度で食べてくれました。

辻堂 「なぁ博光。お前ってどうして親も居ないのにこんなに料理が上手いんだ?」
中井出「知ってます?
    独身男性の料理って男臭くて大雑把に見えて、結構美味いんですよ?
    多分そんなところに理由があるんじゃないですかね」
辻堂 「独身って。お前まだそんなこと言う歳じゃないだろ」
中井出「ほっほっほ、独身である事実は揺るぎませぬわい。
    まあその、なんだろ。美味しいものを食べたかったんだよ、きっと」
辻堂 「なんだそれ。自分のことなのに解らないのか?」
中井出「そだね。きっと忘れちまったのさ。薄情だからね、俺」

 ふと、視点が低い自分が、自分が作った料理を老人に食べさせる映像が浮かぶ。
 老人はそれを食べて咳き込み、俺もそれを食べて咳き込んだ。
 涙したのを覚えている。
 謝る自分を前に、老人は文句のひとつも言わずに最後までそれを食べて、俺の頭を撫でてくれた。
 ……頑張ろうって思った。
 他人のためなんて言える余裕もなかった頃の、ちっぽけなガキの意地だった。
 きっかけなんていうのはそんなもんなんだ。
 わざわざ口に出して言うほどのことじゃない。

中井出「ではデセルも食べたところで。……そろそろお開きにしませうか。
    きっと親御さんも心配してらっしゃる」
辻堂 「ん……そだな」

 不良で通ってるようだけど、常識のあるお方ですもの。
 きっと親御さんはやさしいお方に違いねー。
 そげな人たちに心配させたとあっちゃあ、クラスメイツとして名が折れるってもの。
 なので帰り支度をする辻堂さんへと「送りましょう」と言ったのですが、見事に「んあ? ああ、必要ねーよ」と言われてしまった。
 それでも引き下がらずに三度までは進言したものの、全部断られたので諦めた。
 やっぱり三度は訊かないとだよね。反射で断っちゃう人って結構いますけぇ、そんな人に送る三度目の正直。でも要らんみたい。ちょっぴり寂しい。
 でも見送りはしようね! 人を見送るのってなんか友達っぽいし!



-_-/片瀬恋奈

 で。

恋奈「ティアラ、見つかった?」
宝冠「いやぁ、それがてんで見つからないんだっての」
花子「こっちに行ったのは見たから、この森に居るのは間違いないシ」
梓 「恋奈様ぁ、もう帰りません? もうどっちでもいいじゃねっすか」
恋奈「そーゆーわけにもいかないのよ。なにせ、いいにおいがプンプンするんだからね」
宝冠「こ、このから揚げはあげないっての!
   泣き落としてようやく一個だけ譲ってもらったんだから!」
恋奈「黙ってろ」

 街の一角で辻堂愛を発見して、3会のポスターを貼っている場面まで確認。
 いい匂いがする。
 手のつけられない猛獣が隙だらけにわき腹さらしてる匂い。
 正直辻堂愛は化物だ。真正面からぶつかってもぶっ潰される。
 ならこっちが使うのは頭脳。
 真正面からが無理なら相手の弱点を突いてしまえばいい。
 使える手札を駆使して勝つ。そう、勝てばよかろうなのだ。

恋奈「けど、広い場所ね。こんな森だか林だかも解らない場所に何の用が───」
花子「あっ! れんにゃっ、来たシ! 辻堂とあの男だシ!」
恋奈「っ! 隠れろ! 様子を見るわ!」
宝冠「がってんだってのぉ!」
梓 「キリッとした命令なのに、どっかカッコ悪いっすよね……」

 なんとでも言え、これが自分のやり方だ。
 頭と頑丈さしか取柄がないんだから仕方ないだろう。

恋奈「………」

 そうして、物陰に隠れながら森の奥から出てきた辻堂を見る。
 隣には平凡顔の男も居て、それが獄殴狼の疑いをかけている男だと確認すると、ごくりと喉を鳴らした。もしやこんなところにまで来て、他勢力を潰すための算段でもしてたのでは……と警戒していたのだ。
 ……が。中身は全く別物だった。

中井出「では気をつけてお帰りを。
    猫のことは……まあ、気長に待つか、俺が引き受ける方向で」
辻堂 「あー……それなんだけどさ、博光」

 博光!? あの辻堂が男を呼び捨て!? しかも舎弟って感じじゃなくなんかちょっと親しげ!?
 ……く、くふっ、くふふふふっ……!?
 ちょっと、これは本格的においしそうな匂いじゃない……!

辻堂 「やっぱ猫、お前が飼ってくれ。他のヤツがどうとか言うんじゃねぇけど、
    知ってるヤツが受け取ってくれたほうがこっちとしても安心できる」
中井出「ホ? あっしでよろしいんで?」
辻堂 「いいよ。家族にしてやってくれ。なんていうかな、その。
    お前、なんだか危なっかしくて見てらんねぇんだよ」
中井出「………」

 あの辻堂が他人を気遣った!?
 な、何者なのあの男……! ……獄殴狼ね。
 本物かどうかは別として、異様に強いのは解ってる。

辻堂 「お前の傍には誰かが居てやるべきだ。
    お前、自分がどんな顔で家の中案内してたか気づいてねぇだろ」
中井出「博光スマーイル!」
辻堂 「……家族を亡くしたことがないヤツが何言ったって届かねぇだろうけどさ。
    あんま気負うなよ。吐き出せるもんは吐き出せる時に吐き出しとけ。そんだけ」
中井出「お、おう」

 そう言って、辻堂が男の……ひろみつとかいった? の胸をドンとノックした。
 それで男は苦笑を漏らして、辻堂はきょとんと。

中井出「覚悟、叩き込まれてしまいました。ならばこちらも誠意を以って応えねば」
辻堂 「覚悟があるのはいいことだな、うん」

 そして笑う辻堂! 笑った! あの辻堂が!
 デビルスマイルじゃなくて、普通に!
 ……使えるわね、あの男。
 いや、それよりもポスターだ。3会のポスターを配って、しかもあの笑顔。
 どうやら辻堂は3会を楽しみにしているらしい。
 それを潰してやったら? それを人質代わりに脅してやったら?
 くふふはははは……! 今から笑いを堪えるのが大変……!
 笑ってやりたい……! 声帯の許すまま、あーっはっはっはって笑いたい……!

花子(れんにゃ、楽しそうだシ)
宝冠(うンまっ! から揚げうンまっ! 冷めてもカリッカリだってのぉ!)
梓 (じっくり味わいたいからって、
   夕方に貰ったから揚げちびちび食わないでくっさいよ)

 少しして獄殴狼と辻堂は別れた。
 辻堂はご機嫌なようで鼻歌を歌いながら、男はそのまま森の奥へ。

梓 「恋奈さま、これからどうするんすか? どっちか追うっすか?」
恋奈「いや、今はいい。それよりも」

 コサ、と剥がしておいた3会ポスターを手にニタリと笑む。
 一緒に猫のポスターも貼っていた。
 しかし猫はあの男に譲る的なことを言っていた。つまりポスターは用済み。
 ニヤニヤするあまり聞き逃しそうになっていたが、明日再び行動するようだ。
 明日は日曜。
 猫のポスターを剥がすために奴らは行動するのだろう。
 だったらその時に……!




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