思い付きボツ


■ヒロラインQ&A ■天地空間ボツ1 ■天地空間ボツ2 ■適当
【FallFesta】 昔、誰かとした約束ってあると思う。 例えば友達、例えば家族。 でも、僕の場合はそのどちらでもなく───近所に住んでた年下の女の子と約束した。 大きくなったらおにいちゃんのお嫁さんにしてね、なんて。 マンガとかだとよく聞く話だ。 でも実際に起こることなんて早々無く─── あったとしても、そんな約束を律儀に守るわけもない。 第一その子とはそんなことを言った翌年には離れ離れになることになった。 僕は両親の失踪で親を無くし、遠くの誰かの養子に。 女の子は親の都合で海外行きだ。 それ以降なんの音沙汰も連絡も、手紙のひとつもありはしない、 それ以上もそれ以下も無い、ただの昔話の少女だ。 鈴理 「……はぁ」 どうしてそんなことを今更思い出したのか。 それは自分の友達に理由があった。 高校三年の秋、そいつは憧れてた学園のアイドルと付き合うことが決定。 感激しながら体をくねらせて、僕にその喜びを表現していた。 で、そんなことを聞かされた僕がなにを考えたかと言えば。 自分の人生の中、少しでも色気があったのかどうか。 たったそれだけのつまらない自問だ。 もちろんそんなものはない。 地味で優柔不断で、メガネなくせに別に頭がいいわけでもなく運動もダメ、 悪いとこだらけで、唯一人に褒められたのが“やさしい”というだけのダメ人間の典型だ。 そんな僕の友達を勤めているのは、学園でも有名な顔だけ色男、品川尖天丸(しながわせんてんまる)。 物凄い名前だけど、本人はこの名前がいたくお気に入りらしい。 確かに僕の名前、津学鈴理(つがくすずり)なんてものよりよっぽどいい気もする。 僕自身、こんな女の子みたいな名前が苦手だ。 しかも─── 尖天丸「どうしたぁ?マナベル。溜め息なんかついて」 こんな風なあだ名をつけられる始末。 津学の学……つまり“まなぶ”の字に、鈴理の鈴……つまり“ベル”。 それを奇妙にくっつけた文字、マナベルが僕のあだ名だ。 ちなみに名付け親は目の前の尖天丸。 学校一の格好良さを誇る代わりに、人間性を母親の胎内に置き忘れてきた悲しい男だ。 女の子にだらしないとか、格好良さを利用して女の子を騙してるとかそんなことはない。 純情だし、一途な珍しい人種だ。 ただその代わり─── 尖天丸「ああところで聞いてくれマナベル。     俺昨日さ、とうとう沙耶ちゃんとキスしちゃってさぁっ!     な、なぁなぁ!これから俺どうしたらいいと思う!?やっぱその、ホテルか!?     それとも自宅かなぁ!自宅はやっぱりアルバムとか見せながら肩並べて、     触れ合った肩に頬を染めながらやがてゆっくりと……ってな具合にあはははは!」 周りのことも考えずに、思ったことを口走ってしまう特性を持っている。 相手がブスだと思えばブスと、太ったと思えばデブと。 そんなこんなで周りからは散々な眼で見られているんだけど…… 沙耶、という学園のアイドルとめでたく恋人関係に。 そんな友達を持った僕としての心境は複雑である。 鈴理 「尖天丸さ、その癖直した方がいいって何回も言ってるんだけど」 尖天丸「無理だ。何故なら俺はウソが大嫌いだ。     愛してるなら愛してるって叫びたいし、嫌いなら嫌いって叫びたい」 鈴理 「それで何回フラれてると思ってるのさ」 尖天丸「23回だな。後悔はしてない。     みんなステキな女性だった。辛かったし落ち込みもしたさ。     でもその一瞬その一瞬で彼女らのことが大好きだったのは確かだから後悔はない」 鈴理 「…………で、もう一回訊いていいかな。なんだって僕なの。     キミと友達になりたいってヤツ、結構いるのに」 尖天丸「俺はウソが大嫌いだ。     だから俺って存在を利用しようとするヤツを友達にしたいだなんて思わない。     その点お前は地味だし根暗だし、俺を利用しようとなんかしてないし」 鈴理 「正直なのは解ったから地味と根暗はやめてくれってば……。     僕のこれは敢えてこうしてるだけで、別に本当に暗いわけじゃないんだ」 尖天丸「お?そりゃ初耳。なんだって地味で根暗を通してるんだ?」 鈴理 「…………」 言われてから思い返す。 でも答えは最初から決まっていたこと以外に思い浮かばなかった。 鈴理 「基本的に……人と接したくないからかな。派手で胸が踊ることなんて望んでない」 尖天丸「なるほど、地味で根暗だ」 鈴理 「はぁ、もういいよ。尖天丸は砂田さんと仲良くやっててよ。     僕はね、地味で目立たない存在で十分なんだよ。     自分から望んでそのポジションに居るんだ。     尖天丸みたいな格好良いヤツが僕の傍に居たら、     僕の方にも眼が寄るかもしれないだろ」 尖天丸「はぁ……こ〜れだからマナベルは。     お前さ、素材はいいんだからバシっとキメてみないの?」 鈴理 「興味ないよ、格好の良い自分なんて」 メガネをツ……と上げて、もう一度溜め息を吐いた。 ボサボサに伸ばした髪に、根暗を象徴するかのようなメガネ。 いや、メガネが根暗だって言ってるんじゃない。 前髪をバサバサ伸ばして、 そこから覗かせるようにメガネを見せている自分が根暗だって言ってるんだ。 というより、自分でそうなるようにしたんだから、そうじゃないと困る。 尖天丸「お前さ、どうして根暗を演じようだなんて思ったんだ?」 鈴理 「誰も僕に関わらないように、かな。     僕は独りがいいんだ。いろいろ考えないで済むから」 尖天丸「そーかい?最初から最後まで一人がいいのか?     なにかなかったのかい?心温まるエピソードとかさ。     別に最初から孤独を望んでたわけじゃないんだろ?」 鈴理 「………」 思い返されるのは一人の少女。 いっつも僕の後ろをちょこちょこ付いて回って、 頭を撫でてやると眩しいくらいの笑顔になったあの少女。 名前は……なんていっただろうか。 よく覚えてない。 でも思い出せなくても関係ないだろう。 どうせもう会うこともない。 あれから何年も経ったんだ、面影なんて残ってないだろうし、なによりあの子は今海外。 戻ってくる理由なんてなんにも無いのだ。 鈴理 「昔、結婚を約束した女の子が居た」 尖天丸「おお。それで?」 鈴理 「僕が遠くの……まあ今の義父さんと義母さんだけど、     そこに貰われて、その女の子は海外に。それっきりだよ」 尖天丸「心温まらないな……ていうかその前髪鬱陶しいから切らない?」 鈴理 「切らない」 尖天丸「でもお前さ、この前根暗ヤローとか言われて囲まれてただろ」 鈴理 「問題ないよ。殴られるのは慣れてる」 尖天丸「……その割に生傷全然ないんだよな。もしかして腹とかばっか殴られてるのか?」 鈴理 「ん……そんなところ」 ……ここだけの話、殴られた跡なんて微塵にも残っちゃいない。 何故って、自分には治癒能力があるからだ。 頭がよくないっていうのも運動が苦手っていうのも全部“作った自分”。 地味で根暗であるためには必要だったからそうしているだけで─── 自分は“月の家系”っていうところの“治癒”の象徴、朔月の血筋の者、らしい。 らしいっていうのは、僕自身が最近教えてもらったばかりだからだ。 そろそろいいだろう、なんて言われて義理の親から教えてもらったのはそんなこと。 でも僕はこれといって驚いたりはしなかった。 何故って、癒しの力自体を自分が使えることは何年も前から知っていたからだ。 それを使って最初に癒してあげたのが、約束の女の子が飼っていた小鳥だった。 どんな鳥だったのかは解らないけど、生きているならきっと大きくなっているんだろうな。 ああいや、飼っていたのを癒したんじゃない。 癒したのを飼ったんだ。 轟貴 「おーし、全員席につけー」 尖天丸「っと、轟貴(とどろき)来たか。じゃ、また後でな」 鈴理 「もう来るなったら……」 いくらつっぱねてもしつこく食い下がる彼の性格に、僕は結構疲れてる。 諦めてるって言ってもいいのか、もう反論する力も失われつつあった。 轟貴 「さて、出席を確認する前にお前らに転入生を紹介する」 男鹿 「女の子っすか?」 轟貴 「ああそうだぞ。喜べ男子」 男子 『断る』 轟貴 「そ、そうか……では、入ってきてくれ」 ガララ、と音が鳴る。 その音に誘われるように入ってきたのは───…………赤い絨毯だった。 ハテ、と思うより先にギョッとした。 これはマンガやアニメで有名なお嬢様の登場シーンだろうか、とか。 やがて何処からか鳴り響くドラムロームに誘われるように現れたのは───バサァッ!! 生徒 『うあわぁああーーーーーーっ!!?』 鷹だった。 眼光鋭い一羽の鷹が舞い、クラスメイトたちを威嚇するのだ。 そんな騒ぎの中で、その空間だけをまるで静寂で支配するかのように現れたのは─── 赤い絨毯の上を歩く、とても綺麗な外国人の少女だった。 轟貴 「えー、彼女は───」 ???「お待ちください。自己紹介はわたしがします」 教壇の横に辿り着き、先生の言葉を遮ると、手に持ったチョークを動かし始める少女。 先生はもちろん戸惑い顔だけど、 なにやらごっちゃりと廊下側から覗く黒服さんの存在を前に、 しりごみするほかないようだった。  カ、カカッ……カ、カッ─── ややあって、黒板へと書かれた名前はマリヤスカーレット=フレルミラージュ。 その名を誇るように素早くバサァッと振り向く彼女は不適な笑みを浮かべると、 ふんぞり返るように片手を腰に当てて名を名乗った。 マリヤ「マリヤスカーレット=フレルミラージュ……これがわたしの名前です。     マリヤスカーレットが名前ですけどマリヤと略すことを許可します。     よく覚えておきなさい。     今日からこの学校はわたしの支配下に置かれるのですから」 ざわ……と騒ぐ教室内。 それはそうだ、急に現れて急にそんなことを言えば誰だって呆れる。 しかもかなり可愛い娘であり、いろんな人が頬を染めたりざわざわと噂したり。 クラスはなんだか混沌に包まれていた。 腰あたりまで伸びた、透き通るような薄い蒼の髪。 何処の国の髪の色ですかと訊きたくなるほどの色だけど、それが彼女によく似合っていた。 と───それはそれとして、僕の席に降り立ったこの鷹はどうしよう。 なんだか僕の顔をジッと見たまま動……いた!? ち、近づいてきて───え!?えぇっ!?……え、へ……? 鈴理 「え……えぇ……?」 近づいてきた鷹は、僕の顎に自分の額を押し付けた。 その状態のままにぐりぐりと体を捻る。 これは…… 鈴理 「えっ……キミ、ホルかい……!?」 こんなことをする鳥を、僕はホルしか知らない。 さっき思い出した、初めて能力を使った鳥……それがホルだ。 癒してあげて以降、なんだか妙に懐かれて…… そんな時、よくこんな風に額を押し付けられたっけ……。 鈴理 「もしかして僕のこと解るの?こんな格好なのに?」 ホル 「………」 鈴理 「って、喋れるわけないか……」 でも思い出した。 彼女と一緒にホルが現れたってことは……彼女は“あの”マリヤちゃんだ。 いつ日本に戻ってきたのかは解らないけど、なんだってこの学校に……? ていうかマリヤちゃん、僕より年下じゃあ……。 ああいや、それよりもだ。 ……もしかして、僕との約束を守るために……?なんて、そんなことあるわけがないよね。 それにしても……ああ、確かにあんな髪の色だった。 彼女はあの髪の色を嫌っていたけど、僕は凄く好きだった。 染めたわけでもなく、産まれつきの異常な髪の色。 それでも僕はその髪が好きだよって言ったら、泣くほど喜んでくれたっけ。 でもあの頃からは考えられないくらいにキリッとした顔になってる。 子供の頃は泣き顔と笑顔が印象的な子だったのに。 懐かしいな…… スカーレットって名前と髪の色が合わないって言って泣いてたのがウソみたいだ。 ……もちろん当時の僕は、スカーレットの意味もなんにも知らなかったわけだけど。 轟貴 「そ、それじゃあなにか質問は……」 保品 「はいはいはーーーい!俺!俺ね!恋人居ますか!?居なかったら俺と───」 マリヤ「お断りいたします。わたしには心に決めた人が居ます。     その方以外となんて考えたこともありません。     そう───わたくしの全てはあの方のため。     わたしの心も体も、全てその方のために存在するのです」 保品 「な、なんとまあ……!誰!?誰なんだその幸せ者は!     こんな可愛い子の心も体も自由に出来るアハ〜ンなヤツは!」 マリヤ「……ああ、丁度よいですね。少々お聞きしたいのですけれど。     この近所に朔月鈴理兄様(あにさま)という方、いらっしゃいますか?」 鈴理 (───ひきっ!?) え……なんで!?僕を探してる!? 心も体もって……冗談だよねちょっと!! 保品 「鈴理?鈴理って……あ、でも苗字違うしな……」 因幡 「マナベルー、お前の苗字、津学だったよな?朔月じゃないよな?     そうじゃないって言え、言わないとブン殴るぞ」 鈴理 「え……いや……」 因幡 「かっ……ほんとハッキリしねぇやつだなおめぇは!話するだけでムカツク!」 鈴理 「………」 はぁ……だったら話し掛けてこないでほしいんだけど。 マリヤ「?……心当たりがあるのですか?」 因幡 「あ、いや、へへっ、こいつとは絶対関係ねぇから。     ところでマリヤちゃんって何処の人?可愛いよね、よかったら───」 マリヤ「くどいですよ。わたしは兄様以外と連れ添う気なんてありません」 因幡 「うお……」 ぴしゃりと言い切るマリヤちゃん。 で……そんな彼女の眼が僕の方に向けられる。 ていうかしまった!どれだけ他人のフリしてようと、僕の前にはホルくんが……! 鈴理 (ホ、ホルくん!ほら、戻って戻って!) ホル 『………《ぱさぱさ》』 鈴理 (や、そうじゃなくて!翼を広げろって言ってるんじゃなくて!) マリヤ「ホル?なにをしているのです」 鈴理 (キャーーッ!!?) 終わる……僕の平穏な人生が……! 終わる……! 鈴理 (ホルくん!ゲットセット!) ホル 「───!《ピタァッ!》」 鈴理 (ゴー!) 軽く首を横にずらすと、構えたホルくんが羽ばたく! そして見事に僕の机から飛び去ると、教室の天上スレスレの部分を飛び回ってみせた。 当然マリヤちゃんもその美しい飛び方に目を奪われて───ない!? マリヤ「……わたし以外の何者の命令も聞かないホルが、     目配せだけで行動するなんて……あなた何者ですか?」 鈴理 「う、うわ、わわわ……!」 軽く目配せしただけなのに、どうやら見られていたらしい……。 ああ、どうしよう……こんな時は───そ、そうだ、なにか適当な言い訳を───! 鈴理 「あ、あのっ、僕は───《バッサバッサ……ビッタァ!》ぐあ……」 マリヤ「───!?」 空を飛んでたホルくんが僕の肩に留まる。 まずい、まずいよホルくん……!その降り方は……! マリヤ「空を飛んだホルが肩に留まる……!?そんな……そんなまさか……!」 鈴理 「なななにを勘違いしているのか知りませんが!僕の名前はマナベル!     マナベル=フォン=ファインズラット!日系アメリカ人なので人違いですよ!?」 尖天丸「マナベル!ウソはダメだ!!」 鈴理 「うわぁあーーーーっ!!尖天丸!お願いだから今は見逃して!お願い!!」 唱えたウソに敏感に反応! ガタァと席を立った尖天丸は、 マリヤちゃんを真っ直ぐに見るとやがて僕の名前を語りだした……! マリヤ「津学……朔月ではないのですか?」 鈴理 「そ、そうっ!朔月じゃないんだっ!     だからマリヤちゃんのこともホルくんのことも、     全然まったく知らないっていうかっ!」 マリヤ「……でしたら何故ホルの名前を知っているのです」 胸の下で腕を組み、こころなしジト目で僕を見るマリヤちゃん。 というか既にバレてらっしゃる可能性が高い。 鈴理 「ぎっ……!そ、それはほらっ!キミがホルホル言ってたからっ……!」 マリヤ「…………《じ〜〜〜〜……》」 鈴理 「う……!」 見られてる……物凄く見られてる。 そんな僕の横では立派に成長したホルくんが首を傾げたりして……。 ああ、もう懐かしさよりもなんだか恐怖が先立ってるよ……。 でもこのまま黙ってれば苗字の違いでバレることも─── 尖天丸「そういえばマナベルは将来を約束した女の子が居るって言ったな。     もしかして彼女か?さらに言えば養子にもらわれたって言ってたから、     当然苗字も変わ《がぼし!》ムグモゴ……」 鈴理 「わぁああっ!!ストップ!尖天丸ストップ!それ以上は───!」 マリヤ「…………兄様」 鈴理 「ヴ……」 背後からなんだか殺気……じゃないなにかが。 慌てて席から立って、尖天丸の口を塞いだ僕の背後はどんなカオスですか?って、 立っている僕たちの下方で、 目一杯机に埋まるようにして空間を作ってくれている芹沢さんに訊いてもいいだろうか。 いや迷惑だからやめておこうか。 鈴理 「いやあの僕はっ!」 マリヤ「兄様ですね?」 鈴理 「いやあの………………ハイ……久しぶり、マリヤちゃん」 マリヤ「〜〜〜〜っ……兄様ぁああああああっ!!」 がばしぃいいいいっ!! 鈴理 「うわわわぁああっ!!?」 生徒 『ざわっ……!』 突然、クラスの根暗野郎に抱きついた少女を見て、クラス全員がざわめく。 あ、いや、尖天丸は何故だか涙流しながらうんうん頷いてる。 利賀 「マナベルてめぇ!なにしくさってんだコラァ!!」 檻蔵 「てめぇいっぺん逝ってみっかコラァ!!」 鈴理 「ちょ、待って落ち着いて!僕にもなにがなんだかっ……!」 マリヤ「兄様お忘れですか?わたし、マリヤは兄様と将来を誓い合った仲ですのに……」 鈴理 「いや覚えてるよ!?覚えてるけどさ!まさか本当に来るだなんて───!」 利賀 「そ、そうだそうだ!そんな地味で根暗でマナベルなヤツなんてほっとけって!」 マリヤ「口を慎みなさい!!」 生徒 『ざわ……!』 マリヤ「外見も性格も関係ありません。わたしの兄様だからこそお慕いしているのです。     それを、地味だ根暗だ……     あなたがたの基準でわたしの兄様を曲げないでくださいますか?」 生徒 『………』 ああ……見てる……! クラスメイトが僕のことを信じられない奇妙物体を見る目で見てる……! マリヤ「……でも確かに、何故そんなに髪の毛を伸ばしていらっしゃるんですか?     メガネも……伊達なのですね」 鈴理 「うわわっ、しー!しーーーっ!」 マリヤ「…………澤田《パチンッ》」 ザザザザザァアアアッ!!! 轟貴 「うおわっ!?」 マリヤちゃんが指を鳴らすと同時に、廊下に居た黒服たちが一気になだれこんだ! ていうかなにこの数!10人20人どころじゃないよ!? 澤田 「お呼びでしょうか、お嬢様」 マリヤ「兄様をスッキリさせて差し上げて」 澤田 「ハッ」 ペコリと頷く黒服さん。 で、次の瞬間には僕に向かって襲い掛かってきてがばしぃっ!! 鈴理 「うわぁあああっ!!?」 抱え上げられた。 しかも片手で。 鈴理 「ちょ、ちょっと!なにを───!」 澤田 「サッパリいたします」 鈴理 「サッパリってなに!?そっちのほうがさっぱりなんだけど!?     ちょ───あわぁああーーーーーーっ!!!」 黒服の波が走る。 僕を連れて……というか担いで。 そのまま廊下に出ると速度を落とすこともなく駆けて駆けて駆けて、 気づけばサッカー部のシャワー室前まで来ていた。 澤田 「さあ……脱げや」 鈴理 「えぇええーーーーーーっ!!?」 僕はもちろん抵抗した。 でもそれは、この屈強な男達の前では無駄な抵抗だったんだろう。 元々暴力が嫌いな僕は結局耐えることしか出来ず─── ───……。 ……。 ───気づけば、教室に舞い戻っていた。 みんなに呆然の眼差しを向けられながら。 利賀 「……誰?」 馬場 「きっと転校生だ」 ヒソヒソと聞こえる声と、何故か教壇横に立たされてる僕。 確かに髪の毛バッサリ切られたしメガネも取られちゃったしで、 外見はかなり変わったわけだけど…… 中には3年間を一緒に過ごした人も居るっていうのにこの反応。 望むところだったんだけど、 今や根暗で地味な印象が払拭されてしまった所為で嬉しくもない。 マリヤ「さ、兄様」 鈴理 「あのさ……僕になにをしろっていうのさ」 マリヤ「もちろん、新たな自分としての自己紹介です。     聞けば兄様はわたしと別れてからというもの、地味と根暗を貫いていたそうで。     そんなにしてまで他の女を近寄らせようとしなかった事実にわたしは感激です。     でももうそんなことを心配する必要はありません。     何故って、わたしが他の女の追随を許さないからです」 静かに、飽くまで高貴に語る幼馴染がそこに居た。 はぁ……でも確かに、久しぶりに髪の毛ごしじゃない世界を見たら心が晴れ渡った。 ……いい、のかな。少しは抵抗してみても。 “月の家系の産まれは孤独に生きる”って嫌な伝承……それを無視したことをしても。 そんなことをしても余計に悲しみを味わうだけなんじゃないだろうか。 いつか、マリヤちゃんとホルくん以外に友達が居なかった自分と同じように、 またいつか、マリヤちゃんとホルくんと別れた時みたいな痛みを味わうんじゃ─── 鈴理 「………」 尖天丸「───《グッ!》」 視線の端で、尖天丸が親指を立てていた。 なるようになれ、って感じで。 鈴理 「………」 そう、だよね。 ここで燻っててもなにが変わるわけでもない。 地味で根暗で居るのは気持ちが楽だったけど、いいことがあったわけでもない。 ただ影みたいに生きて、誰かに見つかったら罵倒されるような人生。 だったらたまには光を浴びてみるのもいいかもしれない。 根暗で地味で、なんにも出来ない自分なんて払拭してしまって。 鈴理 「……うん」 黒板に振り返る。 チョークを手にして、自分の名前を書き、躍動する心臓の音を呼吸で押さえて。 そして……『朔月鈴理改め、津学鈴理』という文字を書くとクラスメイトに向き直る。 胸を張って、真っ直ぐに。 鈴理 「───朔月鈴理改め、津学鈴理。     今までの自分を捨てて、内側の自分でこのクラスに転入します。     みんな、よろしく」 生徒 『ざわ……』 馬場 「へ……?マナベル?お前マナベル!?」 利賀 「なんの冗談!?あのボサボサ頭が!?」 緒方 「ヘッ、でも所詮マナベルだろ?     どんな格好しようが腰が低くて脅しに弱い馬鹿で何も出来ねぇグズじゃねぇか」 マリヤ「お言葉ですが。それはあなたが本当の兄様を知らない証拠です。     兄様は凄いのですよ。ええ、それはもうあなたごとき、相手にならないくらいに」 緒方 「───なんだとぉ?」 ギヌロ、と、この学校の番長の緒方くん(通称オーガ)がマリヤちゃんを睨む。 大抵の人はビビってしまう緒方くんの睨みだけど─── 残念ながらマリヤちゃんは全く動じない。 それどころか“本当の気迫”を以って、クワッと睨み返した。 緒方 「うっ……」 マリヤ「世界の広さも知らないお山の大将が踏ん反り返ってるなんて、     なんというお笑いでしょうか。     結構です、フレルミラージュ家の名の下に貴方に決闘を申し込みます」 緒方 「あぁっ?てめぇみてぇな小娘がかよ」 マリヤ「いいえ、兄様がお相手致します」 鈴理 「───え?いやちょ───」 緒方 「マナベルが!?ぶははははは!!なに考えてんだよ頭大丈夫か!?     こんなひょろっちぃヤツ相手じゃ勝負にもなりゃしねぇよ!!」 轟貴 「いや……ていうかな、お前ら……今ホームルーム中だってこと覚えてるか……?」 轟貴先生の言葉を聞いてる人なんて誰も居ない。 それよりも僕に抱きつくマリヤちゃんを見たあと、 僕を見て憎しみのオーラを出す人でいっぱいだ。 緒方 「そんじゃ条件だしていいか?」 マリヤ「条件ですか。どうぞ、お好きな条件を出していただいて結構です」 緒方 「へへっ、そうかよ。だったら俺が勝ったらお前……俺の女になれ」 マリヤ「……そんなことでいいのですか。構いませんよ。勝てたらの話ですけど」 緒方 「へっ!よっしゃあその言葉忘れんなよ!?オラマナベル!表出ろやぁ!」 鈴理 「………」 自分に発言権が与えられない理不尽な状況のままに、 なんだか話がどんどんと大変な方向に進んでいく。 暴力はよくないよ、って言おうとしても……誰もそれを許してはくれなかった。 ───……。 ……。 で……結局こうやって、ホームルームの時間だっていうのにグラウンドに居るわけで。 緒方 「へっへっへ……十石(とうごく)高校のオーガに喧嘩吹っかけるなんて命知らずだぜ……。     しかも相手がマナベルで賞品は綺麗な女とくる。こんなにツイてていいのかよ俺」 鈴理 「あの。一応言いますけど……やめません?」 緒方 「あぁ?ここに来て敵前逃亡かよ。     別にいいぜ?俺の不戦勝ってことで女は貰うけどな」 鈴理 「───マリヤちゃんはモノじゃない。そんな言い方するな」 緒方 「はぁ?なんだぁその口の利き方ァよぉ。     パシリのマナベルくぅん?僕ちょっと今の言葉聞こえなかったなぁ」 鈴理 「……はぁ……。まったく面倒くさい……。     だったらもう一回でも何度でも言ってやるよクソブタ野郎。     鼻息フガフガ鳴らしてマリヤの名前出すな気持ち悪い」 緒方 「なっ……なんだとぉおおおっ!!?てめぇいつからそんなに偉くなった!!     この俺に向かってそんな口───!てめぇブッ殺してやる!!」 緒方くんが走ってくる。 暴力は嫌いだけど、マリヤちゃんが賞品扱いされてるんじゃあ絶対に負けられない。 まったく、どんな冗談なんだ。 初めて使うような言葉を搾り出してまで向かわせて、 それを打倒しようとするなんて僕らしくもないじゃないか。 それでも…… 鈴理 「僕は偉くなんかなってない。キミが勝手に人を下に見ただけだよ」 緒方 「ごちゃごちゃうるせぇ!死ね!」 振るわれる拳。 馬鹿正直に振るわれた大振りのそれを軽く避けて、 驚いた顔をしているその顔面こそに全力で振るった拳を───合わせる!!  ドッゴォオンッ!! 生徒 『ざわっ……!』 人が殴り飛ばされるのを見たことがあるだろうか。 いや、きっと無いと思う。 マンガやアニメの世界ではよくあることだけど、 殴られた人が宙に舞うなんてことが普通に有り得るわけがない。 でもそれは実際に目の前で起こって─── 緒方くんは数メートル先のグラウンドに落下した。 利賀 「え……あ……」 馬場 「ちょ、オーガさん!?なに冗談やってんすか!     あんなヤツ───あんな……うわぁあっ!!泡吹いて気絶してる!!」 矢島 「やべっ───担架!担架持って来い!」 河合 「……勝っちゃった」 矢島 「へ……?」 河合 「勝っちゃった……のよね。あのオーガに」 矢島 「え……あ……でもまぐれだって!あのオーガが……!」 芹沢 「まぐれであんなに人が飛ぶの?」 矢島 「う……だったら次は俺だ!賞品はそのままで!ここ大事!」 矢島くんはとても正直だった。 マリヤ「どうぞお好きに。どのみち結果は見えていますから」 矢島 「なっ───ナメんなぁあーーーーーーっ!!」  マゴロシャァアーーーン!!! 矢島 「ギャアーーーーーーッ!!!」 尖天丸「武から身を引けい」 生徒 『その間、僅か2秒!』 矢島くんが空を飛んだ。 いきなり襲い掛かってくるもんだからつい殴っちゃったけど……大丈夫だろうか。 利賀 「うわっ!矢島まで泡吹いてる!」 馬場 「やべえよ……これマジか!?まぐれじゃねぇなんて……!」 尖天丸「はいはい、もういいだろ?能ある鷹は爪を隠すって言うじゃねぇか。     で、マナベルは実際、勉強も運動も出来ることを隠してたんだから」 生徒 『なんで!?意味ねぇじゃん!!』 尖天丸「目立つのが嫌いなんだとさ。ただそれだけだ」 利賀 「てめぇ何処の吉良吉影だよ!!」 馬場 「じゃあ今までの全部演技か!?弱いお前も根暗なお前も!」 鈴理 「目立つのって嫌いなんだ。人との干渉も嫌い。     だったら、隅っこに居るほうがいいに決まってる。     それなのにみんなほっといてくれないんだ、     こうして立ち上がるしかないじゃないか」 利賀 「……じゃあもしも、俺達がお前にずっとちょっかい出さなかったら……」 鈴理 「……蝶野攻爵?」 誰の目にも止まらない、居ないのと同じ存在になってただろうに。 利賀 「まあそれはいい。で、お前は番長のオーガを倒しちまったわけだ。     事実上お前が現在の番長ってことになる。で、お前はどうすんだ?     隠し持ってたその力で俺達に仕返しすんのかよ」 鈴理 「やだよそんなの。僕は今まで通り静かに暮らせていられればそれでいい」 利賀 「へ……?」 鈴理 「暴力なんて嫌いだ。そのきっかけになることも含めて、全部。     だからずっと一人で居たんじゃないか。みんなは今まで通りでいいよ。     僕にちょっかいを出すっていうところを度外してくれれば僕はそれで満足だから」 そうだ。 やっぱり僕は今までのままでいい。 ヘタに友達なんて作って、あとで苦しむのは自分なんだから。 尖天丸「断る!」 生徒 『断ったぁーーーーーーっ!!』 尖天丸「お前にどんな理由があろうと俺はお前を友達だと思ってる!だから断る!」 鈴理 「いや……それが一番解らないんだけど。なんで僕なんだ?」 尖天丸「ある日のことだった。雨が降っていたあの日、お前は捨てられていた子犬」 鈴理 「解ったもういいやめてやめて!!」 尖天丸「これからもよろしくだ!はっはっはっはっは!!」 あれを見られていた。 それだけで気恥ずかしくて顔を上げられない。 ……いつだったか、僕は捨てられていた子犬を拾ったことがある。 というより僕の家は僕が拾ってきた犬でかなりいっぱいだ。 道端に捨てられていた子犬はもちろん、 草原に捨てられていたりだとか怪我していた猫を助けたりだとか、 川を流れる犬や猫も助けたし、狐まで拾ったこともある。 それらは全員今でも家に居るし、 義父さん義母さんともに無類の動物好きだからなんとかなってるけど……。 そんなの美談でもなんでもない。 捨てられた方にしてみればいい迷惑な話だ。 だから公表されるのは御免だし、 そんなことで“いいヤツだ”とか思われるのは心の底から腹が立つ。 元々誰かが捨てなければ彷徨うことはなかった命なんだ。 それを救ったからっていいヤツなんて思われるのは冗談じゃない。 マリヤ「兄様ぁっ!」 鈴理 「《がばしっ!》うわっと!ちょ、マリヤちゃんっ!?」 マリヤ「……マリヤ、です兄様。あの時のようにそう呼んでくださいませ」 鈴理 「う……ま、マリヤ……」 マリヤ「───……はい、兄様」 じっくりと、僕に呼ばれる自分の名前を心の中で繰り返すように目を閉じて、 やがてゆっくりと目を開けて返事をするマリヤ。 ああもう……いちいちいろんなところがお嬢様っぽくなってる気が……。 マリヤ「兄様……わたし、感動しました。     まだ動物達を救ってさしあげていたのですね」 鈴理 「う…………」 そんな輝く目で言われても困る。 ああ……ほらみろ……周りのみんなの目も変わってきちゃったじゃないか。 今までの汚いものを見る目が普通に、 普通からやさしい人を見る目に変わっていくのが解る。 はっきり言って……この目はあまり好きじゃない。 避けられるならまだしも、こういう特別視みたいなのは好きじゃないんだ。 ああ……どうしよう。 こんな時は……うう……もう帰ってしまおうか? 芹沢 「ほらみんなっ、喧嘩は終わったんだから教室に帰ろうっ?」 と、そんな時。 クラス委員の芹沢さんがパンパンと手を叩いて声を張り上げた。 すると顔を見合わせてボソボソと話し合ったクラスメイトたちは、 ひとり、ふたりと校舎へと歩いてゆく。 おお、すごいぞ委員長パワー。 ───……。 ……。 ……なんて思うのは馬鹿者のすることである。 ホームルームが長引き、さらに一限目のセンセが急用で自習、 さらに担任の担当授業が無かったことから、 一限目をフルに使ったロングホームルームが勃発。 滅茶苦茶だが、そんな無茶がこの十石高校の校風なわけで。 で、自習ともなれば一端の高校男児ともなれば落ち着いているわけがないわけで。 壇上に立つクラス委員長の芹沢を無視して、みんな騒いでいる状況である。 ……ちなみに。 担任である轟貴センセは必要連絡事項書類を芹沢さんに渡すと、 さっさと教室を出て行ってしまった。 大丈夫なのかな、このクラス。 芹沢 「し、静かにしてーーーっ!静かにっ……!静かにーーーっ!!」 尖天丸「どこかで見たことある光景だな。     静まらないクラスメイトを静めようとする委員長っていうのは」 どこかでもなにも、ほぼ毎日見てる。 勝手な押し付け推薦で委員長に選ばれた、僕らの芹沢衿香(せりざわえりか)さん。 またの名を委員長。 尖天丸「そんな時はコレ」 鈴理 「?」 ポム、と渡されたのは……誰でも一度は見たことあるようなアレ。 ああいや、誰でもっていうのは言いすぎかもしれないけど。 鈴理 「どうしてこれを僕に?」 尖天丸「お前が渡すことに意味があるんだよ。ホレ、いいんちょ」 スッと芹沢さんを促す尖天丸。 ようするにこれを芹沢さんに渡せっていうことか? 尖天丸「ハニーがクラスメイツに質問攻めに遭ってる今がチャンスだ。ほらいけ」 鈴理 「………」 今なお、あわあわと涙目になりつつ叫んでる僕らの芹沢委員長。 そんな彼女を眺めつつ、ポリ……と頭をひと掻きしてから立ち上がる。 まあ……渡せというのなら、という風情で。 とりあえずハニー言うな、マリヤはそんなんじゃ……ないのかな。よく解らない。 鈴理 「えっと、芹沢さん」 芹沢 「う〜〜っ、静かにぃい〜〜〜っ……うう……な、なに……?」 鈴理 「いや……そんな恨めしげに見られても。とりあえずこれ使って」 ポケットからハンカチを取り出して渡す。 と、何故かわたわたと真っ赤になりつつ……けれどしっかり受け取って、 “だ、大事にするね”って言ってスカートのポケットに仕舞ってしまう僕らの芹沢委員長。 ……いやあの、あげるなんて言ってないんだけど。 鈴理 「じゃなくてほら、涙涙」 芹沢 「な、泣いてないもん!」 だから……そこで僕を怨敵みたいに見られても困るんだってば。 でもきちんとハンカチを取り出して、涙を拭う芹沢さん。 でもハンカチはそのままスカートのポケットに。 ……返してくれないらしい。 芹沢 「あ、洗って返すから……」 鈴理 「いや、べつにそのままでも……」 芹沢 「いいのっ!洗って返すのっ!」 鈴理 「う……そ、そう……?それじゃあ……」 お願い、と。 とりあえずハンカチに向かってサヨナラの心を贈った。 じゃなくて。 鈴理 「それで本題なんだけど……これ使って」 芹沢 「………」 ポム、と渡したそれを見て、僕らの芹沢委員長がきょとんとする。 クラスでも……いや、学校でもトップクラスに入るほどカワイくて有名な彼女だが、 そんな彼女のこんな表情を見るのは初めてである。 というかそもそも誰も相手にしようだなんて思ってなかったしね、僕。 ともかく沈黙状態である、そんな芹沢委員長。 そりゃそうだよね、印籠なんて渡されたら、誰だって─── 芹沢 「う、うん解った!わたしやってみる!」 鈴理 「エ?」 思わず硬直。 だが僕らの芹沢委員長はムンと構えると、てんで迫力の無い、 逆に可愛いと思える風情のままに騒がしいクラスメイトたちに向き直った。 ……まあその、印籠を突き出して。 芹沢 「し、静まれぇーーーい静まれぇーーーい!!     この紋所が目に……静まれぇーーい!!     みみ皆の者っ、静まれっ!静まれぇーーい!     このお方をどなたと……静まれぇーーい!!ええい静まれっ!静まれーーっ!!     さきの副将軍、水戸の御老……し、静まれぇーーーい!!     静まれぇーーーい!皆の者っ、静まれぇ〜〜〜〜いぃいいっ!!     水戸……静まれぇーい!静まれぇ〜〜いぃっ……!静まれぇ〜ってばぁ〜〜っ!」 ……結果はあまりに無惨だった。 しかもやっぱり僕のこと涙目で睨んでくるし。 ……あの、騒がしいのは僕の所為じゃないんだけど……。 それと印籠渡したのは僕じゃなくて、あそこでお腹抱えて大爆笑してる尖天丸だから。 どうやら涙目になって印籠を突き出す委員長の姿がよっぽどお気に召したらしい。 どういう関係なんだろう、この二人。 鈴理 「と、とりあえず。     こうやって書類はあるわけだから、勝手に机の上に乗せていこうよ。     これじゃあどうしようもないし……」 芹沢 「…………《……こくり》」 真っ赤になりつつ涙目で、俯きながら小さくこくりと頷く僕らの芹沢委員長。 一年の頃からかなり有名だった彼女だけど─── その頃から委員長を務めてた、というか背負わされていたらしい。 成績優秀、勉強も運動も出来る娘で、顔も性格もいいとくれば有名にもなるってもので。 そんな彼女とクラスメイトになったのはこの高校3年目が初めてだった。 いや、別に一緒のクラスになりたいとか思ってたわけじゃないけど。 でも実際、知らない間柄だったわけじゃなかったから、 このクラスで久しぶりに会った時は小さな挨拶くらいはした。  あ……同じクラスだね  ……そうだね  えと……うん それだけ。 僕の“そうだね”って一言だけで近寄りがたい雰囲気でも感じたんだろう。 ただでさえ地味で根暗を通してた僕だ、彼女はすぐに僕を遠巻きに見るようになった。 離れたところからやけにチラチラ見てくるというか、そんな存在に。 そんなものはもう慣れっこだったし、それの方が気楽だって思ってたから丁度よかった。 芹沢 「………」 鈴理 「?なに?」 芹沢 「あ、や、ううんっ?」 チラチラ見てくるのは今も変わらない。 それでも別に気にしてない。 でも……いつだったかな、最初に僕らの芹沢委員長に会ったのは。 確か───そう、たしかあれは1年の秋。 その頃から暴力にモノを言わせて、2年や3年まで脅かしていた緒方くんが暴れてた頃。 オーガの異名を持ち始めた彼が、女の一人や二人居ねぇとなぁとか言い出してた時だった。 その頃から可愛いって噂されてた芹沢さんを校舎裏に引っ張り込んで、 無理矢理乱暴しようとしてたことがあったんだ。 で、僕はそんな時、運が良かったのか悪かったのか、 校舎裏で足を引きずってた猫を介抱してたわけで。 争うような声と悲鳴、集団で一人の女の子を囲む男たちの姿が酷く醜く見えた。 だから助けたんだっけ。 もちろん暴力は振るってない。 悲鳴が聞こえる人垣の中に割って入って、泣いている芹沢さんを庇い、 なんとか逃がして……で、そのあとはボッコボコ。 もう鼻血は出るわ口の中は切るわ痣は出来るわで大変だったっけ。 それからはなんだか興が冷めたみたいで、 緒方くんも女の子を襲おうとなんかしなかったけど。 大本の原因は、僕をボコボコにしてた現場を校長先生に見られたことだろう。 流石に気まずいと思ったのか、あれ以降緒方くんは女の子は…… まあ、時々絡んでいるようだけど、無理矢理襲うようなことはしてないと思う。 ちなみに校長先生の名前は緒方豪将。 緒方くんの祖父で、空手や柔道、合気などといった武道の達人。 緒方くんが最も恐怖する相手で、 不良や集団イジメ、特に女性を手荒に扱うことが大嫌いな真面目な人である。 まあもっとも僕が話していないから、 緒方くんが芹沢さんを襲おうとした事実を知る人は少ないんだけど。 そんなわけでそれ以降、芹沢さんとはこのクラスで会うまで一度も会ってなかった。 尖天丸は3年連続で同じクラスらしいけど。 その頃からちょくちょくと僕の前に現れては、僕に絡んできてたっけ。 鈴理 「そういえば委員長」 芹沢 「はわっ!?な、なにかなっ?」 鈴理 「尖天丸とは仲いいの?1年からの知り合いって聞いたけど」 芹沢 「へうっ!?そ、そんなっ!ただの幼馴染でっ!     そそそれからわたしのことは芹沢さんでいいからっ!     あ、えと、べべべつに深い意味はないんだけどそっちの方が呼びやすいだろうし、     それにわたしも委員長って呼ばれるよりは芹沢さんって呼ばれたいし、     あっ、でも嫌だったらそのえぇえええ衿香って呼んでくれてもハワワワワ!?     ななななに言ってるのかなわたし忘れて忘れて今の無しっ!」 なにをそんなに焦っているのですかとツッコミたいくらいだ。 でも状況が状況なだけにそれも危ないというか。 しかしとことん赤くなりやすいお方だ。 しかしそっか、幼馴染か。 こんなに可愛い子が幼馴染で、他の子に惹かれる尖天丸の気持ちが解らない。 ……って、僕もそうなのかな。 どちかっていうと女の子って苦手だし。 まあいいや。 僕はポムと返された印籠をポケットに入れると、 重要書類らしいものをそれぞれの机においていった。 鈴理 「……あ」 無人の机をつつっと撫でる。 そういえば緒方くんのこと完全に忘れてた。 ───……。 ……。 昼時。 いつも弁当持参(自作)の僕の特等席は屋上にあったりする。 で、その屋上の給水塔の上がソレであり、普通の人間じゃあ上れないつるつるの仕様。 そんな場所に身体能力にものを言わせて上ると、お弁当を一人で楽しむわけである。 まあ、これが僕のお昼の過ごし方。 僕がここで弁当を食べてることを知っているのなんて、尖天丸くらいだ。 鈴理 「はぁ……静か」 ゆったりと、校舎内から聞こえる小さな喧噪に耳を傾けながらの昼食……たまりません。 僕はこうしている時がきっと一番幸せだ。 なんてことを思ってるとドバァン! 声  「兄様……?」 荒々しく屋上のドアを開ける音と、静かだけどきちんと通ったよく響く声。 マリヤだ。 どうやら僕を探してるようだけど……冗談じゃない、 彼女と一緒に居たら僕の幸せが確実に崩れる。 知らないフリ知らないフリ、と……。 声  「澤田、本当にここにいらしたのでしょうね」 声  「ハッ……確かに……」 声  「ならどうしていらっしゃらないのです」 声  「そ、そこまでは……」 声  「はぁ……解りました。ひとまず教室に戻ります」 声  「ハッ」 …………ゴ……ガチャンッ。 屋上のドア独特の音を立てて、入り口でも出口でもある扉は閉ざされた。 ……さすがに給水塔の上までは探そうとは思わなかったようだ。 でも石屋根の上まで見て回ったのは見事だったよ、黒服さん。 ……確か澤田さんっていったっけ? なんでも澤田と名のつく人を鍛え上げてボディーガードにしたとかなんとか。 だからマリヤの周りに居る黒服サングラスさんは全員澤田という名前らしい。 どうして澤田だったのかまでは聞いてない。 ……なんて思ってた時だった。 閉ざされた扉が再び開かれると、そこから現れる影。 それは……尖天丸だった。 その尖天丸が迷うことなく給水塔を見上げると僕を見つけて、ニヤリと笑う。 でも……あれ?なんだかその笑顔に輝きが足りない気が……。 …………。 ……。 尖天丸に合わせて石屋根に降りた僕は、 どうしてか一緒に来ていたらしい芹沢委員長とともに弁当をつついていた。 で……その席で輝きが足りない理由を聞いてみれば、 尖天丸「……沙耶ちゃんにフラれた……」 悲しみをそのまま言葉にしたような声でそう語られた。 原因はやっぱり“正直一直線”だったらしい。 どうやらホヤホヤらしく、彼はついさっきフラれてきたらしい。 なんでも“俺は沙耶ちゃんの手料理が食べたい!”とか “俺は沙耶ちゃんが大好きだ!”とかを大声で叫んだらしい。 そりゃフラれる。 尖天丸「キスまでした仲だったのに……」 芹沢 「尖くんは正直すぎるんだよ。     今じゃキスどころか結婚しても別れる人ばっかりでしょ?     キスで縛り付けておけるほど、女心は単純じゃないのだよワトソンくん」 おどけるように、箸をくるくると彷徨わす委員長。 ……たった今気づいたけど、こんな仕草を見るのは初めてだ。 やっぱり幼馴染っていうのはそういうものなのかな。 僕には……そういう人が居なかったから解らない。 本当の親に教わったのは“友を作ればきっと後悔する”ということだけ。 それの真意に気づいたのはずっと後。 “月の家系は孤独を味わう”という言葉を、“血”こそが教えてくれた時だった。 ……本当は、目の前の状況に眩暈さえしてる。 人と接するのは苦手だ。 嫌いなんじゃない、苦手なんだ。 尖天丸「恋心は妻心になんか負けないと思ってたのに……」 芹沢 「これに懲りずにまた好きになればいいんじゃないかな」 こうして微笑んでいる二人を見ると、確かに自分も楽しい気分になる。 でもそれは、まるで額縁に飾られた絵画でも見ているような…… 手を伸ばしても、触れたとしても、決してその中には入れないような錯覚を覚えるのだ。 あまりにも遠い。 どうやっても届かない。 鈴理 「どうして……」 尖天丸「ん?」 鈴理 「あ、いや……」 どうして、月の家系なんてものは生まれてしまったのか……時々考える。 元を辿ればどんなものに至るのかなんて解らない。 そもそもそういった文献は全てが晦神社に保管されてあると聞く。 以前一度訪れたことがあるが、 ぶっきらぼうな神主代理とやたらと元気なツンツンした頭の男が居ただけ。 見せてほしいと頼んでも、“俺は代理だから頼まれても困る”とか、 “雪子さんのセクシーショットで手を打とう。だが受け渡しの時貴様の命は終わる”とか。 なんだかヘンテコな断り文句を出されて、どうにも見ることは敵わなかった。 ただまあ……その。 その時に会った……そう、ぶっきらぼうな男の方。 彼のモミアゲが素晴らしかったことくらいしか解らなかった。 でも……やっぱり雰囲気で解った。 人を遠ざける雰囲気と、心に硝子を持った存在……月の家系。 感情っていうものを硝子細工で作っている、人とは遠い存在。 人には無い力を持つ代わりに、心があまりに脆いのだ。 だから人と距離を取り、心が壊れないように日々を生きる。 心が壊れてしまった人は……正直思い出したくない。 尖天丸「マナベル?おーい、マナベルー?返事がないと屍と断定して、     千切って丸めたパンを貴様のノーズファンシーにするぞ」 鈴理 「屍に千切ったパンを詰める穴なんてないよ」 尖天丸「む……確かに詰めるのは無理か」 芹沢 「でも骨にも穴があるでしょ。そこにほら、詰めてみれば」 鈴理 「芹沢さん、それはもうただの空洞であって鼻じゃないと思うけど」 芹沢 「えっ?やっ、あ、あっははははは……うぅう〜〜〜っ……!」 尖天丸「《ぽかぽかぽかぽか……!》どわっと!?なんでそこで俺を叩くかな!」 どうしてか真っ赤になりながら尖天丸を叩く僕らの芹沢委員長。 よくは解らないけど、尖天丸は叩かれるほどのポカをやらかしたらしい。 ……それが本当に尖天丸のポカなのかは僕には解らないけれど。 尖天丸「まあいいんちょの攻撃はいいとして」 芹沢 「い、いいんちょって呼ばないでよぅ!」 尖天丸「いいのか?あの……マ、マー……マリヤッス彼えっと=フランボワーズだっけ?」 鈴理 「誰ですかその人」 尖天丸「敬語はイタイな……ええと、ほれ、お前探してたあの綺麗な転校生さ」 鈴理 「ああ……マリヤか」 尖天丸「そうそう、そのマフィアちゃん」 芹沢 「尖くん、わざと間違えてるでしょ」 尖天丸「ん?いや……そんな名前じゃなかったか?」 芹沢 「う……忘れてた……。尖くんってウソ嫌いなんだっけ……」 尖天丸「ああ嫌いだ大嫌いだ愛してるなんて言うもんか!」 鈴理 「理由は?」 尖天丸「秘密だ!何故ならその方がカッコイイからだ!」 鈴理 「全力で根性ねじれてるね。芹沢さん、知ってる?」 芹沢 「ハワッ!?そ、それはわたしが言っていいことじゃないんじゃないかなっ!?」 ひょいと話を振ると、 まるで不意打ちを食らったかのようにボムンと真っ赤になった芹沢さんが叫ぶ。 手をワタワタ振り回して、いやはや……僕の今の言葉に慌てさせる要因はあっただろうか。 鈴理 「尖天丸。潔く話すのもカッコイイと思うけど」 尖天丸「あれは俺がまだ幼い頃のことだった!!」 ───……熱弁が聞けそうなくらいの熱い気迫だった。 ……。 話によると……尖天丸は孤児だったらしい。 こんなご時世に珍しいとは思うものの、 そういうことだって自分の知らない場所で確かに起こっているんだろう。 それに……僕はどっちかっていうと“そっち側”の人間だ。 孤児が出来る状況や原因なんかには逆に親近感さえ覚えてしまうくらいだ。 ……話を戻そうか。 尖天丸は孤児だった。 でも何も知らない赤子の時に捨てられただの預けられただのって話じゃない。 実の親に、普通に捨てられた……いや、孤児院に預けられたらしい。 いや、結局戻ってはこなかったらしいから、置いていかれたんだろう。 尖天丸「その時さ、親父様とお袋様は言ったわけだ。     “正直で素直な子で居たら、きっと迎えにいくから”って」 鈴理 「……それを、ずっと守って……?」 尖天丸「馬鹿みたいだろ?     まあ結局今の今まで来なかったわけだけど。今頃なにやってんのか」 鈴理 「う〜ん……確かに馬鹿かも」 尖天丸「うわー、ほんとストレートに」 鈴理 「正直が好きならいいじゃないか。……それに、僕も馬鹿だし」 尖天丸「───おお、それはお前、あれか?     俺を友としてちゃんと認めてくれるってことか?     今のセリフは友が友を支える言葉の代名詞のように聞こえたが」 鈴理 「気の所為だし僕に友達はいらない」 尖天丸「ウワー、少しランクアップしたかと思ったらこれか。     お前さ、俺のこともうちょっとやさしく扱ってくれると嬉しいんだけど」 鈴理 「何度も言ってることだよ。友達なんていらない」 尖天丸「何度も言ってることだよ。友達なんていらないなんて何故言う」 鈴理 「何度も言ってることだよ。不幸になる」 尖天丸「何度も言ってることだよ。そんなこと知ったことではないわ!     今時動物をやさしく包み込んでやる若人に会ったんだ!     俺はお前以外にはないと思ってる!最高の友ってやつを!」 鈴理 「必要ないよ」 芹沢 「わ……スッパリ……」 尖天丸「ぬうならば恋人はどうだ?今欲しいと言えば、     炊事洗濯掃除勉学、全てにおいて花丸をあげたい女がもれなくついてくるが」 芹沢 「ひゃぁあああっ!?せせせ尖くん!?」 鈴理 「一生を孤独に過ごすって決めてるんだ。だから動物だけ飼ってる」 尖天丸「うお……寂しい一生だな」 芹沢 (うっ……うぅううう……ど、動物以下……) 尖天丸(めげるないいんちょ、明日がある。そうだ、いっそ動物になれ!) 芹沢 (ど、動物……?) 尖天丸(小賢しい女のことをよく言うだろ、女豹って《スコォン!!》いてぇっ!) 鈴理 「……?」 なんだかよく解らないうちにが小さな本が振るわれ、鋭いカドの感触に尖天丸が叫んでた。 尖天丸(貴様!自分から告白も出来ないくせに俺を攻撃するとは!) 芹沢 (そ、それを盾にするのは卑怯なんじゃないかな!) 鈴理 「どうしたのさ。早く食べないと乾くよ」 尖天丸「乾くって……そんな言われ方されたの始めてだぞオイ」 鈴理 「食べ物は粗末にしないって決めてるんだ。     弁当でもパンでも、美味しいものは美味しいうちに食べるべきだ」 尖天丸(ほう……じゃあいいんちょ、弁当をあげてみろ。食べるぞ) 芹沢 (ハワッ!?きゅきゅきゅ急にそれは危険なんじゃないかな!?     それにわたしもう半分くらい食べちゃってるし、     お前の箸がついたものなど食えるかとか言われるんじゃないかな!?) 尖天丸(ええいカナカナやかましい、ひぐらしかお前は。     ………………あ、ああ!なるほど!     ヒロインが“かなかな”言いまくるから“ひぐらしのなく頃に”だったのか!!) 芹沢 (なんの話!?) 尖天丸(いいからいけ、ほらいけ) 芹沢 「う、うう……津学くんっ!よよよかったらわたしのおべんと食べて!」 鈴理 「うんいいよ」 芹沢 「ハワッ!?」 尖天丸「ウホッ、随分あっさりと……」 ズイと突き出された弁当を受け取って、それをパクパクと食べていく。 ……うん、安定した味だ。 濃くも薄くもなくしつこくもないあっさりした食べ応え。 もしおかわりをするならこういう味のほうが好ましいって思える。 芹沢 (ハ、ハワワワ……!!食べてる……!食べてる……!!) 尖天丸(よくやったいいんちょ!これで一歩前進───) 鈴理 「……ごちそうさま。     芹沢さん、あまり食べられないようなら無理に積めてくる必要ないと思うよ」 芹沢 「え……」 尖天丸「…………むしろ後退か……」 鈴理 「え?なにが?」 尖天丸(だが間接キスは成立した!貴様の箸を伝いヌチャアと米粒に付着した唾液が     マナベルの体内でジワリジワリと溶けてゆく!!) 芹沢 (もう少しやさしい喩えとかできない間接キス!?) 鈴理 「……?芹沢さん、顔赤いけど風邪?」 芹沢 「なっ……!なんでもっ……なんでもないからっ……!」 狼狽える芹沢さんは顔面だけ日焼け中ですと言われても否定できないくらい赤かった。 結局赤い理由は解らないままに食事を終えた僕らは教室に戻って─── 僕を探して歩き回っていただけで昼が終わってしまったために、 空腹で机に突っ伏していたマリヤちゃんが迎えてくれた教室で、ただただ溜め息を吐いた。 ───……。 ……。 下校時刻…… 帰宅部な僕はさっさと帰り支度を整えると教室をザザザァッ!! 鈴理 「………」 澤田 「………」 僕は逃げ出した。 しかし澤田さんに回りこまれた。 鈴理   「あの。帰りたいんですけど」 澤田   「お嬢様の準備が整っておりません。今しばらくお待ちを」 鈴理   「あの……澤田さん?」 澤田×10『なんでしょう』 鈴理   「いや……あの……」 ねぇマリヤ……。 澤田って名前にどれほどの愛着があったの……? 声  「お待たせしました兄様。それでは参りましょう」 と、澤田さんの謎について頭を抱えていた僕の背中に投げかけられる声。 確認するまでもないこの落ち着いた声はマリヤだ。 鈴理 「参るって……帰るんだよね?マリヤの家って僕と同じ方向にあるのかな」 マリヤ「はい。兄様の家の丁度目の前になります」 鈴理 「え?……いや、だってあそこは外国人男性サムソン=低茶阿さんの家で……」 マリヤ「今朝ご引越しなされたそうです。そこにわたしが丁度」 鈴理 「そ、そうなんだ……いっつも“オカネナイデェ〜ス”って言ってたのに……。     引越しするお金なんてどこに……」 澤田 「恐らく密かに溜めていたのでしょう。もしくはご実家に帰られたか」 鈴理 「………」 べつに親しくもない澤田さんに丁寧に説明されるのってなんだかヘンな気分だ。 しかもなんだかウソくさい。 鈴理 「誰ぞある」 尖天丸「ここに《ニヤリ》」 鈴理 「サムソン=低茶阿さんは金を隠し持っていたか?」 尖天丸「それは無茶というものです。     毎日を虚無僧のように生きてきた彼が引越しするだけの金を出すなど……     無茶にもほどがあるかと。おそらく買収されたのでしょう」 鈴理 「やっぱり?ていうか虚無僧のような生き方ってどんなの?」 尖天丸「お宅を転々と歩き、お恵みで生きていくのが虚無僧の正しいスタイルだ」 鈴理 「………」 サムソンさん……あなたって人は……。 いや、それを言ったらそんなことをご近所の僕よりも詳しく知ってる尖天丸も異常だけど。 生徒1「オワッ!?お、おい外見てみろ外!なんか知らんけど車が来たぞ!?     長い上に黒い!黒光りしてる!」 生徒2「なんと立派な……!」 マリヤ「さあ、兄様。外に車を用意してあります。参りましょう」 鈴理 「え、いいよ。僕歩くの好きだし」 マリヤ「───《チラリ》」 澤田 「………《コクリ》」 生徒1「ああっ!来たばっかりの車が去ってゆく!」 生徒2「なんだったんだいったい!」 マリヤ「それは健康的ですね。わたしもご一緒させてもらってよろしいですか?」 鈴理 「えと……車で帰るんじゃ……」 マリヤ「車でしたら先ほど事故にあったという報せがありました」 生徒1「ああっ!車が突然電柱に突っ込んだ!     ちゃんと曲ろうとしてたのに急に進行方向変えて突っ込んだ!」 生徒2「だ、大丈夫なのか運転手は!(頭が)」 鈴理 「………」 マリヤ「……さ、兄様?」 鈴理 「え、ええとその……僕、尖天丸と一緒に帰る約束が……」 尖天丸「そんな約束はしてない」 鈴理 「バカ正直なのも考え物だと思うなぁ僕は!!」 僕は澤田さん(一番手前に居た澤田さん)を引っ張ると、 廊下に連れ出して話し合うことにした。 鈴理 「澤田さんっ!あれどうなってるの!?     外見なくても手に取るように解るあからさまなあの状況は!」 澤田 「お嬢様は世界に羽ばたくフレルミラージュ家の唯一の一子。     どのような無茶でもお嬢様のお一言で叶うのです」 鈴理 「だからって車が電柱に……!」 澤田 「お嬢様ですから」 鈴理 「……あの、澤田さん?こんなこと言うのは無粋だと思うけど……     ほんとにマリヤに付いてていいの?幸せ?」 澤田 「お嬢様は荒くれ者だった私を澤田というだけで拾ってくださったお方。     このご恩は一生をかけてでもお返ししたいと思っております」 鈴理 「澤田ってだけで!?」 澤田 「ええ、私も」 澤田 「私もです」 澤田 「かつて何も出来ないただの澤田だった私を、     いろいろなことが出来る澤田に変えてくれたお嬢様……」 澤田 「自分の得意なものが解らなかったただの澤田だった私に、     仕えることが得意な澤田であることに気づかせてくれたお嬢様……」 澤田 『我ら澤田は、ただただお嬢様が望むことを叶える澤田……。     誰に従うわけでもなく、お嬢様のみに従う澤田なのです!』 鈴理 「………」 目の前で澤田カーニバルが展開されていた。 もうただの澤田でもなんでもいいから……誰か助けて……。 芹沢 「あ、あのっ!津学くんっ!」 鈴理 「え……?」 と、いっそ涙でも流してやろうかと思ってたところに僕らの芹沢委員長が登場。 今度はいったいなにが起こるのかと身構えてしまう僕は、 今日一日で随分と生活パターンが変わってしまった事実に愕然とした。 芹沢 「そ、そのあのえっと、ほ、ほらっ、今日一緒に帰る約束してた、よねっ?」 エ……あ、いや! 鈴理 「う、うん!そうそう!というわけでマリヤ、僕は芹沢さんと帰るから……」 じゃあ、と手を軽く上げてそそくさと─── 尖天丸「待て!そんなことはいいんちょとずっと一緒に居たこの尖天丸!     一言も《ガドォッ!!》いってぇーーーーーっ!!!」 芹沢 (応援してくれてるのか壊したいのかどっちかな!     チャンスがあったらぶつかっていけっていったの尖くんでしょ!?) 尖天丸(だからってわざわざ分厚い参考書出して角で殴るか!?殴りますか!?     ゾンビとかの頭蓋だったら絶対にコシャって割れてるぞコシャッて!!) 芹沢 (そんな小気味のいい音で喩えたってダメなんだからね!いいから黙っててよ!) 尖天丸(えっ!?音の良さは認めるの!?) 芹沢 「ほ、ほら、いこ?津学くん」 鈴理 「う、うん」 今度こそ、僕はそそくさと逃走した。 ……何故か尖天丸も一緒に。 ───……。 で…… 鈴理 「ごめん、助かったよ」 芹沢 「あ、ううん、困ってそうだったし……」 尖天丸「なによりわたし、マナベルと一緒に帰り《ガドォッ!》おぶぇ!」 鈴理 「……?尖天丸、今なにか言った?」 芹沢 「き、気の所為じゃないかなっ、あ、あははっ」 尖天丸「マナベル……いいんちょが最近俺にだけ冷たいんだ……。     昔は一緒のお風呂にも入った仲なのに」 芹沢 「きゃわーーーーーっ!!!」 なんだかとてもヘンテコな悲鳴を聞いた。 それから参考書でゴドゴドと殴られまくってる彼を、僕はどうしたらいいんだろうか。 鈴理 「あれ?二人って幼馴染なんだよね」 尖天丸「おう」 鈴理 「じゃあ……もしかして芹沢さんも孤児?」 芹沢 「あ……うん」 鈴理 「やっぱり寂しいもの?親が居ないって」 尖天丸「いや……そんなこたぁないな。俺達にはシズノさんが居たし」 芹沢 「うん、シズノさんはお母さんよりお母さんらしいっていうか……     とにかくやさしくて厳しくて、とってもお母さんな人だね」 鈴理 「………」 多分、月の家系の中でシズノおばさんを知らない人はいない。 もちろん僕も知ってるし、孤児の人はあの人のことを本当の親のように感じている。 鈴理 「ところでさ、もういいよ。尖天丸、こっちじゃないだろ」 尖天丸「遊びに行っていいか?」 鈴理 「ダメ」 尖天丸「なぁんでだよぉ〜〜〜っ!!いいじゃねぇかよ友達だろぉ〜〜〜っ!?     都合のいい時ばっかり利用しようとしやがってぇ〜〜〜っ!!」 鈴理 「友達じゃないし、利用しようとしてもスッパリ斬り捨てるじゃないか。     おあいこの条件になに言ったって無駄だって。基本的に僕人間には冷たいし」 尖天丸「ぶっちゃけた!なんだか急にぶっちゃけたこの人!     おいおいそりゃないだろお前!知ってるか!?     人間だって動物なんだぞ!?それをお前まるで汚物みたいに───」 芹沢 「あっ───!」 尖天丸「お?」 鈴理 「───!」 芹沢さんが放った言葉のあと、ギキィイイッ、という音が聴覚を劈いた。 嫌な予感がして振り向いたが─── 振り向き終えるより先に気味の悪い音がその場に響く。 芹沢 「う……そ……」 次いで、車が慌てて逃げる音。 止まることもせず、躊躇もせずに逃げ出した。 教習所とかでは、人が飛び出したら止まって、 動物が飛び出したら止まるなってことを教えてる、 なんてことを聞いたことがあるけど───ようするにこれが答えなんだろう。 尖天丸「おいおい……!」 鈴理 「………」 道路には、無惨に横たわる野良犬の姿。 内臓が飛び出て、足は完全に潰され、だけど…… 鈴理 「……大丈夫」 まだギリギリ息がある。 尖天丸「マ、マナベル!?おっ……ちょっと!」 血塗れの犬を胸に抱く。 制服に血が付着するけど……だからなんだ。 鈴理 「……月生力」 力を流す。 強く、強く。 手遅れになってしまわないように、集中して。 尖天丸「へ……?犬が……あ、いや……マナベルの手が光って……?」 芹沢 「津学くん……?」 ……治癒の奇跡が終わる。 すると、虫の息だった犬は元気を取り戻し、 制服に付着していた血は流れ出る血液を伝って犬に戻った。 尖天丸「う……お……!?」 芹沢 「うそ……」 僕の能力を初めて目の当たりにした二人は、驚きのあまり呆然とするだけだ。 でも僕はそんな二人よりも、下ろした犬の前に屈みこむと─── 鈴理 「野良犬なんだよね。よかったら、僕のところに来るかい?」 そう言って、犬の頭を撫でガブリ。 鈴理 「あてっ!?」 尖天丸「噛んだァーーーーッ!!」 鈴理 「よ、よしよし……!そ、それじゃ一緒に行こうね……!」 尖天丸「あ……ちょ、ちょっと待て!おいマナベル!今のって……!?」 鈴理 「なんでも訊けば応えてもらえると思ったら大間違いさ。教える義理もないし」 尖天丸「う……そりゃ、そうだがよ……」 鈴理 「気味悪いとか言って嫌ってくれてもいいし、他の人に言い触らしたっていいよ。     そんなの、もう慣れてる」 尖天丸「…………お前、俺がそんなことするヤツだと思ってるのか?」 鈴理 「“男と女に興味はない。でも人間には興味がある”。それが僕の思考の基礎。     つまりね、日々を興味本位で生きている人間なんて、     意識下では大抵同じことを考えてるんだよ。     ただ実行する時にどれだけの理性が働くか。それが個人差に繋がってるだけ。     僕らは“人間”を信用しない。自分を含めた人間が嫌いだから」 尖天丸「僕……“ら”……?」 鈴理 「とにかく、ここまでだよ。     “こっち側”に来たいならそれだけの覚悟は持っておいてほしい」 尖天丸「………」 芹沢 「………」 鈴理 「それじゃあ。芹沢さん、付き合ってくれてありがとう」 芹沢 「あ……」 二人に背を向けて歩き出す。 ……本当に、馬鹿なことをした。 月の家系である僕が、周りに認められるわけがないじゃないか。 それを、自分を変えてみようだとかなんとか……本当に馬鹿だ。 僕は今まで通り、地味で目立たない存在で居ればよかったんだ。 そうすれば、無理に能力を見られることもなかったろうに。 鈴理 「………」 そこまで考えて、マリヤのことを思い出した。 鈴理 「どっちみち……見られてたかな」 まあ、マリヤは僕の能力のことは知ってるわけだけど。 鈴理 「それよりキミさ、名前、なにがいい?」 犬  「ハルルルル……!!」 鈴理 「そうだなぁ……“ドルトンくん”っていうのはどうかな」 犬  「ギャワッ!?」 鈴理 「あはっ、叫ぶくらいに嬉しかったかい?だったらキミはドルトンくんだ」 犬  「………」 ……その日。 僕のドッグファミリーに、新たにドルトンくんが仲間入りした。 ───……。 ……。 …………スタスタスタスタ…… 鈴理 「………」 ……。 スタ………… 鈴理 「………」 足音がする。 僕の歩く音に重ねるように聞こえるそれは、 だけど急な歩き方にはついてこれないらしく……慌てたように音を消したりしてる。 でも振り向いても誰も居ないわけで。 鈴理  「……ドルトンくん、なにか感じる?」 ドルトン「………」 訊ねてみるも、ドルトンくんはシヴい顔のまま、 どこか遠い目でなにかを懐かしむように空を見ていた。 ……犬って時々こういう顔するよね。 鈴理  「ドルトンくん、走れるかな」 ドルトン「………」 言ってみると、僕を見て何処か誇らしげな顔をするドルトンくん。 まるで“大丈夫、何を隠そう俺は走りの達人だ”と言っているかのようだ。 ……と、そういうわけで……僕の唯一の特技(特性?)であるこれ、 “動物と会話出来る”は特種中の特種。 会話といっても、詳しいことが解るわけでもない。 ただどんなことを考えてるかが解るんだ。 そして、僕が発した言葉は動物にちゃんと届く。 ホルくんが僕の合図で飛び立ったのにもそういう理由があったりする。 どうしてこんな能力を持っているのか……それは正直解らないんだけど、 子供の頃からそれが当然だったから、それを知ろうだなんて思わない。 鈴理  「じゃあ……GO!」 ドルトン「ワフッ!」 タンッ、と一気に駆け出す。 そんな行動に息を飲む音が確かに耳に届き───慌てて追う音も幾つも。 僕とドルトンくんは何度も何度も足を弾かせて走って、そんな音をどんどんと遠ざけた。 ドルトン「ワフッ、ハフッ、ハフッ」 鈴理  「うん?ああ、これでも体力には自信があるんだよ。      家系の力だけに頼るのが嫌でさ、地味にトレーニングを……」 ドルトン「………」 鈴理  「あっ、無視したね?今自分から話し掛けてきたのに無視したでしょ」 路地を駆ける。 途中、擦れ違う人にヘンな目で見られたけど、そんなものは今更だ。 僕は周りに関心を持たないし、周りが僕に関心を持っても知らない。 ……まあ結局、 雰囲気で解る程度でドルトンくんの言葉は完全に解るわけじゃないんだけどさ。 鈴理 「で、と。後ろの様子は……ああ、やっぱり」 バタバタと走る黒服な澤田さんらと、それに担がれているマリヤ。 ずっと尾行けてきてたのか。 でも、せっかくだけど走りで負けるつもりはない。 こう見えても犬の散歩で、全力で走る犬たちにも終始付いていける足の持ち主だ。 バイトもしてるし、体力にはまあまあの自信はある。 あ……そういえば髪いきなり切ったからバイト先の人に驚かれるかも……まあいいか。 いっつも髪は後ろで縛ってやってたし、 クラス連中に会った時も僕だってバレたことなんて一度もなかった。 ……でも、これでクラス連中に見つかったら今までの僕が僕だったってバレるんだよね。 鈴理 「……憂鬱だ」 気にしていても仕方が無いとはいえ、先が思い遣られるなぁ……。 ザザァッ! 鈴理 「わわっ!?」 澤田 「お待ちくださいませ、津学様」 鈴理 「さ、澤田さんっ!?なんで!?」 澤田さんに回りこまれた! そんな……マリヤはもうずっと後ろのほうに居るっていうのに…… 澤田 「こんなこともあろうかと、私だけこの場でずっと待機しておりました」 鈴理 「え……ずっと?」 澤田 「はい、ずっと」 鈴理 「下校時刻から……?」 澤田 「いえ、学校が始まってからです。     失礼ですが、貴方が津学様で間違いありませんね?     こちらに走ってくる学生を捕まえろとのことだったのですが」 鈴理 「人違いです。それでは《ガシィッ!》あー……」 澤田 「この直線状には貴方以外に学生がおりませんが」 鈴理 「…………ひとつ訊いていいかな。なんだってマリヤは僕のこと追い掛け回すの?」 澤田 「それは貴方、津学鈴理様がお嬢様の旦那様になられる方だからでございます」 鈴理 「あのー、できればというかむしろ是非とも辞退したいんですけど」 澤田 「そればかりはお嬢様の受諾がなくては。     ただ我ら澤田、お嬢様の夫となる人は貴方様以外には居ないと思っております故」 鈴理 「あの……参考までに、なんでですか?」 澤田 「我々はお嬢様にいつも津学様のお話を聞いております。     その中にはもちろん“癒しの力”のこともありました。     さらに先ほどの犬を助けたお姿……素晴らしい……」 鈴理 「………」 澤田 「あちらをごらんください」 何も言ってないのにサッ、と右手の方向を促す澤田さん。 黒服=澤田さんと勝手に解釈してたのに本当に澤田さんだったらしい澤田さん。 促されるままにそっちを見ると─── カメラ片手にぜぇぜぇと息を吐いている自転車に乗った澤田さん。 もう……ほんと澤田さんだらけだ。 澤田 「あのカメラで撮られた映像は全て私たちのこのサングラスに投影されます。     常に貴方様を監視するようにとのお嬢様の命令なので」 鈴理 「………」 じゃあ僕の存在を確認したあの言葉はいったいなんだったんですか。 澤田 「まあそれは今は問題ではないのです。問題は───」 鈴理 「も、問題は……?」 澤田 「我ら澤田衆の全員が全員、無類の動物好きということです」 鈴理 「…………」 ワー。ソウナンダー。 澤田 「血に塗れても犬を救うお姿……動物を救い続ける姿勢……。     この澤田、感動いたしました。     ですから我らは貴方様に是非ともお嬢様の夫になっていただきたいのです」 澤田 「この澤田も感動いたしました」 澤田 「もちろんこの澤田も」 澤田 「なんの、私こと澤田も感動いたしましたとも」 鈴理 「う、うわ……!」 なんだかいろんなところから澤田さんが沸いて出てくる……! 民家から、塀の向うから、電柱の上から、マンホールの下から……! い、いったいどれだけの澤田さんがマリヤに就いてるっていうんだろうか……。 なんて思ってるうちに、澤田さんに担がれたマリヤが到着した。 マリヤ「兄様」 鈴理 「う……」 とてもとても冷静な表情で、とてもとても冷静な声を投げかけられる。 慌ただしかったくせに妙に静かなのが物凄く不気味というか。 これが本当にあのマリヤだっていうんだろうか……。 昔もずっと後ろを付いて回っていたけど、 今のこの状況の場合は付いて回ってたっていうよりは尾行(つけ)回してたって感じが……。 マリヤ「もう、約束はよろしいのですか?」 鈴理 「……よ、よろしいのです……」 小さな微笑とともに言われると、さすがにウソでしたなんて言えない。 とっくにバレてるんだろうけど、言えやしないのだ。 マリヤ「それではわたしと一緒に……」 声  「オーーーリーーービーーーアーーーッ!!」 鈴理 「───え?」 マリヤ「───」 突然の声が、マリヤの声を遮って届いた。 ふと視線をマリヤからずらせば───こちらに向かって走ってくる尖天丸と芹沢委員長。 鈴理 「なんで……」 尖天丸「はっふぁーーっ!!……はぁっ、はぁっ……まったく……!     どういう速度で走ればここまで距離が開くんだよ……!     ああもう、ンなこたどうでもいい……!     はぁっ……〜〜……はぁ〜あああ……───よしっ!     よ〜く聞けよマナベル!一回しか言わないからな!     ……ダメだろ、俺達置いてとっとと行っちまったら。一緒に帰るって言ったろ?」 鈴理 「よ〜く聞いてなかったからもう二度と言わなくていいや」 尖天丸「えぇーーーっ!!?今俺物凄く美しくカッコイイこと言ったのに!!」 芹沢 「あ、あのっ、はぁっ……!津学、くんっ……!わたし解ったの……!」 尖天丸「わたし“たち”な」 芹沢 「津学くんがどんな存在でも構わないって……!     だって、だって───わたし……!あの時、津学くんに助けてもらった時から、     わたしは……津学くんのことが───!!」 マリヤ「……《パチン》」 澤田 『───ハッ』 ザザザザザァッ!! 芹沢 「好───あ、あれ?」 澤田 「失礼」 芹沢 「な、なんですかっ……?わ、わたし今勇気を振り絞って《がぼしっ!》んぐっ!?     んーーーっ!んーーーっ!!」 あっという間に芹沢さんと尖天丸が囲まれて口を封じられた上に担がれた。 もちろん澤田さんに。 そして何処かへ連行された。 もちろん澤田さんに。 声  「ちょ、ちょっと待てぇーーーっ!!     普通こういう場面って熱い語らいで真の友情が芽生えるってシーンだろ!?     それすらさせずに連行かよ!     なんのために俺達全力で走って───あぁーーーっ!!」 ……やがて見えなくなる澤田さんたちと尖天丸と芹沢さん。 そして残される僕とマリヤ。 マリヤ「さ、参りましょう」 鈴理 「………」 ……頷くしかなかった。 ───……。 ……。 そうして……やがて夜になった。 鈴理 「はぁ……」 新たに加わったドルトンくんを犬たちに紹介して、 さらにバイトに行ってを一通りこなした僕は、 ボスンと自分のベッドに体を預けると息を吐く。 なんだか今日だけで随分と疲れた。 学校でも帰り道でもいろいろあったし、 バイト先ではバイト仲間に驚かれるわ、客として来たクラスメイトには仰天されるわで…… ああ……もう泥のように眠りたい。 鈴理 「……というよりは、もう泥のように眠ろう……」 パチンと電気を消して、再び寝転がる。 さらに掛け布団を目一杯かぶって準備を整えると、明日のために睡眠を───ガチャッ。 鈴理 「ん……あれ?」 一度閉じた目が、自室のドアが開く音に反応して開かれる。 真っ暗な部屋の中だ、窓から差し込む月明かりくらいしか頼りになるものはない。 ……と、ほんのちょっとだけ思っていたのだけれど。 突如バヅンッ!と照らされた一箇所への光によって、なんだかんだで明るくなった。 一箇所へ向けての光……そう、いわゆるスポットライトなんだけど。 ……どうしてそこに三つ指立てて座るマリヤが居るんだろうね……。 マリヤ「兄様……マリヤはこの日をずっとずっと待ち望んでおりました……。     わたしと兄様が契りを交わす日……。     本来なら式を挙げてからすべきなのでしょうが……もう何年も待ちました。     これ以上なにを待つ必要がございましょう。     どうせわたしたちはいずれ、その、添い遂げるのですから……。     ですから兄様……その前にどうか証を立てて、わたしを安心させてくださいませ」 鈴理 「え…………えぇっ……?えぇええええええっ!!!?     ち、ち、ち、ちぎっ……千切ぎちぎちぎ契り……って……!!」 ていうかそのスポットライトなに!? どうして天上に澤田さんが張り付いて懐中電灯翳してるの!? ほら!無茶な掴まり方してるから呼吸荒いよ!?無理しないで機材に頼ればよかったのに!  ドグシャアッ! 澤田 「おぶぇっ!!」 ああっ!落ちたっ! やっぱり体勢が悪かったんだ!! しかも最後までマリヤを照らそうとしてた所為で受身も取れずに腹から落ちたよ今! マリヤ「さ……兄様……」 しかもマリヤったら全然無視だし! むしろ澤田さんのほうがそそくさと部屋から出て行った! 鈴理 「え……いやちょ……!」 待って、と言う暇もない。 腹を庇ってた澤田さんの魔手によって、自室の扉はパタンと閉ざされてしまった。 キシ…… 鈴理 「う、うわ……!」 マリヤ「兄様……」 マリヤの顔が近づいてくる。 カーテン越しに差し込む月の光に映える美しい顔立ちの娘が。 どういうわけか、僕に向かって。 いや……本当にどうしよう。 本当に女にも男にも興味はないんだ。 興味があるのは人間、って言ったのはウソじゃない。 男女関係になんて無関心だったし、面倒なだけだと思ってたのに。 なんだって目の前がマリヤでいっぱいになろうとしてるってことだけで、 僕はこんなに焦って…… 声  「オーーーリーーービーーーアーーーッ!!」 鈴理 「っ!?」 マリヤ「……!!」 あの声……尖天丸!? 慌てて窓を開けて、二階に位置する自分の部屋から外を見る。 すると……道路には確かに尖天丸……と、どうしてか芹沢委員長の姿が……。 尖天丸「マナベルさぁん、ボク、戻って来たよォゥ」 マリヤ「───あとにしてくださいます?」 澤田 「帰れ」 尖天丸「マナベルさぁんっ、ボォク、戻ってきたよォ?」 マリヤ「あとにしてくださいます……?」 澤田 「帰れっ」 尖天丸「マナベルさぁん!!ボク!戻って来たヨォオオウ!!!」 マリヤ「あとにしてくださいます!?」 澤田 「帰れぇっ!!」 尖天丸「ウォオ〜〜〜ゥ……お前の愛〜に抱ァかァれェエ〜〜〜ィ……♪     ウォオオ〜〜〜ゥ……町を彷徨ォ〜〜ったァ日ィにィイ〜〜……♪     俺のこっころぉ〜〜ぅ狂ゥわッせェエるゥ〜あぁ〜〜いがぁ〜〜っ♪     お前求め走ィりィ出ァすゥ夜ゥ明けェエ〜〜〜イ♪」 マリヤ「……このっ!!」 喋りながらウネウネ動いたり歌ったりする尖天丸に怒りを感じたのか、 ついに声を荒げるマリヤ。 マリヤ「わたしと兄様の営みを邪魔しようなどと、なんという無礼な方……。     構いません澤田、片付けなさい」 声  『ハッ!』 廊下のほうからバタバタという無数の足音。 それを確認するとぴしゃんと窓を閉めて、再びマリヤが僕を見る。 マリヤ「興が殺がれてしまいましたが……でも大丈夫。     わたしはこれしきのことでめげるような生き方をしてきていません。     さ、兄様……」 鈴理 「やっ!さ、兄様……じゃなくて!!ななななに考えてるのダメだよそんなこと!」 マリヤ「大丈夫です。夫婦の愛の前では全てが許されるのですよ」 鈴理 「許しちゃだめでしょ!結婚の適齢期にもまだ至ってないのに!」 マリヤ「お望みでしたらすぐに出生の改竄を澤田にやらせますが……」 鈴理 「なっ!それはもっとダメだよ!!ごめんだよそんなの!!」 マリヤ「ではこのまま」 鈴理 「それもダメぇぇえっ!!」 マリヤ「……兄様そんな……わたしになにか至らないところでも……?」 鈴理 「至りすぎてるから困ってるの!とにかくダメ!ダメったらダメだっ!ダ───」 声  「マナベルーーーッ!よく聞けぇえーーーっ!!     たとえお前がどんな風に思ってようがぁーーーっ!!     お前は俺の友達だぁーーーっ!!《ボゴシャア!》イボンヌ!《ドザァ……》」 聞こえた声に再び窓を開けてみれば、イボンヌさんがリタイアしてた。 と……そんな風にして外を見た拍子に、芹沢さんと目が合う。 芹沢 「っ───!」 途端、芹沢さんはキッと目つきを変えて僕を真っ直ぐに見た。 芹沢 「津学くん!わたしは《ビスッ!》ふきゅっ!?」 で、なにかを言おうとしたんだけど……次の瞬間にはスナイパー澤田さんに狙撃されてた。 麻酔銃だったみたいで、一撃で昏睡。 マリヤ 「……兄様、これで邪魔者は居なくなりました。さあ……」 鈴理  「あ、いや……!」 声   「うらぁああっ!!マナベルゥ!出てこいやぁああっ!!      ここがてめぇの家だってのは知ってんだよコラァッ!!」 鈴理  「え……あれぇ!?緒方くん!?」 マリヤ 「〜〜〜……次から次へと……!!」 緒方くん「あんなのは認めねぇ!今すぐ降りてきて勝負しやがれ!      今度は俺の黄金の右を見せてやるぜ!!ウエヘヘヘヘヘヘヘヘ!!」 マリヤ 「……澤田!」 澤田  『ハッ』 マリヤ 「構いません……邪魔になる可能性のある者を、排除し続けなさい!」 澤田  『お任せくださいお嬢様』 緒方くん「あぁんなんだてめぇら!このオーガさまとやろうってのか!?      面白ぇかかってこいやオラァ!!《ボゴゴスドスドゴ!》ギャアーーーッ!!」 澤田さんに四方八方囲まれた緒方くんがボコボコにされていった。 尖天丸 「ふんがぁーーーーっ!!根性ォーーーーッ!!」 澤田  「なっ……!」 マリヤ 「なにをやっているのです澤田!手早く仕留めなさい!」 芹沢  「大丈夫……平気……へっちゃら……ぅ……眠くない……眠く……ないもん……」 マリヤ 「そんなまさか……麻酔銃に打ち勝つなんて……」 芹沢  「わ、わたしの思いを……届ける……までは……」 マリヤ 「……見事な精神力です。けれどその思いは永劫届きませんよ」 芹沢  「届く……もの……」 マリヤ 「不可能です」 芹沢  「届くものっ!」 マリヤ 「不可能だと言っていますでしょう!」 芹沢  「後悔なんて……したく、ないもの……!      だから相手がなんだって……知らない……!      やる前から……負ける時のことなんて……考えない……!」 マリヤ 「………」 鈴理  「あ、あのー……話が見えないんだけど……」 尖天丸 「俺とお前は友達だーーーっ!!」 緒方くん「降りてこいこらてめぇマナベル《ボゴシャア!》ぶぅっひぃっ!!」 マリヤ 「……いいでしょう。あなたをわたしのライバルとして認めてさしあげます。      その眼光……気に入りました。その耳に聞き、その目に焼き付けなさい。      わたしはマリヤ。マリヤスカーレット=フレルミラージュ!!」 芹沢  「わた……し、は……」 マリヤ 「結構。あなたの名前くらい知っています。わざわざ聞くまでもありません」 芹沢  「覚えた……からね……。……渡さない……あなたなんかに……絶対……」 尖天丸 「ゆ、友情ーーーーっ!!」 緒方くん「勝負しろマナベルーーーッ!!」 鈴理  「………」 ふんっ、と踵を返して部屋を出てゆくマリヤと、その場にずるずると崩れ落ちる芹沢さん。 夜の世界で友情を叫ぶ尖天丸に、夜の世界でさらなる勝敗を叫ぶ緒方くん。 たった今の危機は逃れることは出来たものの、これから先……いや、最も早い段階で、 明日の僕はいったいどんなことになるのだろう。 そんなことを考えてみて、軽く眩暈を覚えた。 ……これは。 地味で根暗に生きてきた僕が、一人の少女との再会をきっかけに巻き起こり変わってゆく、 騒がしくも……やっぱり騒がしい、秋の日の物語。
【お嬢の居る日々】 さあ、と風が吹いたその日。 登校するにはちょっと遅い朝、少しだるい体を引きずるようにして家を出た。 子離れ出来ない母と父が家の前で手を振り続け、それに背中ごしに手を挙げて応える。 そういう一連の遣り取りを、もう何年も映してきた路上ミラーに苦笑を届けながら、 のんびりと歩いて学校を目指した。 薄いが必要な用具は入った鞄を持ち上げ、肩に引っ掛けるようにして歩く。 チラリと見えた鞄の側面のネームプレートには、二村 灼夜(にむら しゃくや)の字。 ……自分で見て、ヘンな名前だと苦笑する。 灼夜 「ふう」 秋も半ば。 うだるような暑さを誇った夏の名残も完全に消え、 「涼しい一日になるでしょう」 と嬉しそうに語るキャスターさんの声にも普通に頷けるようになった頃。 つい最近までは涼しくなるでしょうって言葉を誰もが信じられず、 不満を漏らしては……実際に秋とは思えない暑さがぶり返し、誰もが文句を口にした。 なんてことも完全に過ぎ去ったようで、今では適度に涼しい季節の中に身を置いていた。 灼夜 「………」 何気なく見下ろした腕時計は、やっぱりのんびり登校するには遅すぎる時間だった。 それでものんびり歩く。 大事なのは余裕だと思うんだ、うん。 灼夜 「しかし、腕時計ね……」 都会の方では、もう時計なんか使わずにケータイで調べるんだろうけど。 この町ではこれが普通だ。 多少技術は遅れていても、 田舎だなんだと笑われようが、人を暖かくさせることが出来る町。 それがここ、堀田町だった。 灼夜 「うん。まだ余裕あるな」 懐のサイフを取り出して、そこからタクシー無料券を取り出し、にんまりと笑う。 二枚あるそいつは、以前父さんがタクシー会社の社長からもらったってものだ。 うちの父さんにどんな信頼が寄せられているのかはしらないが、 なにかと人脈があるのが家の父と母(義理)だった。 ……ちなみに、その社長ってのが我が幼馴染と関係しているということは、 まあ知らなくてもいい事実としておきたいようなそうでないような。 そう、このタクシー無料券を使えば、行きと帰りが楽出来る上に無料なのだ。 しかも速い……これほど有意義にして贅沢な使い方がそうあるだろうか。  そんなわけで、駅前だ。 家の近くは比較的静かではあるが、しばらく歩くとこうして駅がある。 家の絶対数も少ないこともあってか、そう賑わってはいないが。 そんな場所でもタクシーはあって、 むしろこんな場所だからこそ、タクシーは儲かっている。 なにしろ電車の出る本数が少ないのだ、仕方ない。 そんなわけで俺は暇そうにしているドライバーのあんちゃんを、 ドア窓をコンコンと叩くことで呼んで、ドアが開けられるや中に─── 声  「は、う……っ……く、ぅうっ……」 灼夜 「………」 声  「う、あぁあっ……!」 灼夜 「………」 聞こえてきた謎の声に首を傾げる。 「ユー?」「……俺?ノンノン」 そんなやりとりをドライバーのあんちゃんと交わしてから、 深呼吸ひとつ、後ろを振り返ってみた。 すると…… 灼夜 (う、わ……) 綺麗な人が居た。 綺麗な女性だ。 今までこんな人見たことがない、と思わせるような容姿と、長く綺麗な髪が印象的だった。 ……で、その人は苦しそうに蹲っていて、そのお腹は……ああ、妊婦さんだ。 灼夜 「大丈夫ですか!?しっかり!」 そんな姿を見てしまったらほうっておけるわけもなく。 俺は彼女に駆け寄り、調子のほどを訊ねてみた。 …………、どうにもよろしい方ではないらしい。 どころか、急に産気づいてしまったらしいのだ。 ここから病院までは……ちょっと遠い。 灼夜   「………」 あんちゃん「…………《ニッ》」 振り返れば、“てめぇに任せるぜ、選びな”って顔でニヤリと笑われてしまった。 うん、迷う理由はないからな。 灼夜 「あんちゃん……人の命がかかってる。     貴方のその胸の内にある熱き魂……もし今まで燻っているだけだったなら。     燃やす時ってのはきっと、今を置いて他にない。───行ってくれ、無料券だ」 ……あんちゃんはしばし呆然としたあと、 任せな、とだけ言って……再び後部座席のドアを開けた。 灼夜   「さ、乗って!さくら中央病院まで目一杯飛ばして!」 あんちゃん「任せな!」 女性   「は、う……!ま、待って……!主人が……あの人が、まだ……!       一緒に立ち会ってくれる約束なのです……!あの人を置いては……!」 灼夜   「だめです。確かに一生のうち何度あるか解らないことでも、       もしこの一瞬の判断が原因で悲しいことになったら、       あなたは笑っていられますか?       待ってもらって一緒に言った主人は笑ってくれますか?」 女性   「は、は……!あ、あなた……」 灼夜   「行ってください。ご主人の方には俺から話しておきます。       きっと急いでくると思いますからそれで解るかと思いますし」 女性   「でも、その服……これから学校があるんじゃ───」 灼夜   「タクシーで登校しようと考えた罰です。だから、行ってください」 女性   「…………ごめんなさい、ありがとう……」 女性は苦しそうな顔をしながら、何度も何度も頭を下げてタクシーに乗った。 そしてドアが閉まるなり、 タクシーは法廷速度を守りつつ限界の速度でゴシャーと走っていった。 灼夜 「…………はあ」 俺の馬鹿。 けど、あれを見捨てて一日中気になったりモヤモヤしてるよりはマシだ。 それに…… 灼夜 「生徒会長、二村灼夜に外道の二文字は似合わない!」 ズビシィ!と振り返りザマにキメポーズを取って言ってみた。 わざわざ体を180℃回転させ、後ろへポーズ取る意味もなければ、 こう、右手の掌を胸部中心に軽く当て、片目を閉じる意味もないな。 なんとなく爽やかっぽいからやってみただけだ、他意はない。 灼夜 「さて」 ……ジュースでも買ってくるか。 いや、スポーツ飲料がいいかな、無炭酸の。 ……。 で、近くの自販機でスポーツドリンクを買って、 それが飲みやすい温度に変わろうとしている時。 ドタバタと駅の階段を降り、やたらとキョロキョロしながらタクシー乗り場…… つまりここに走ってくる人が一人。 ……どっかで見たような顔だった───が、気にしないことにした。 男性はかなり慌てているようで、しきりにあちこちを見渡しているが……うん。 灼夜 「すいません、もしかして妊婦さんをお探しですか?」 男性 「はっ───し、知っているのかね!妻は、妻はどこかね!?」 灼夜 「───」 思わず“教えて欲しいなら身代金を”とか言いたくなる切り返しだった。 くう、この人結構やるようだ。なにを、って質問は受け付けないが。 灼夜 「かなり苦しげだったので、     失礼とは思いましたが先にさくら病院に行ってもらいました」 男性 「さくら病院……?あ、あああ……す、すまない、     まだ私たちはここに越してきたばかりで、そこが何処かも解らないのだよ……!     キミ、よかったら案内を───あ」 男性が俺の格好を見て、落胆というか、悲しそうな顔をした。 男性 「すまない、これから学校があるのだろう?無理は言えない、すぐに───、?」 灼夜 「───《スッ》」 男性の言葉を遮るように、無料チケットを天に掲げた。 その際、顔は俯かせて目を閉じるのがスマートなやり方だ。 さあ唱えろ。今使える、救いの魔法を。 灼夜 「ヘイ・タクシー!!」 キキィッ!───ゾザァアアッ!!! 平屋 「おうなんでぇ、二村のガキんちょじゃねぇか!」 灼夜 「平屋のじっちゃ───よかった!あなたがドライバーなら無敵だ!     この人をさくら病院まで!近道ありで、特急!」 平屋 「おぉ?へっへ、大きく出たがボウズ、俺っちの特急は安かぁねぇぜ?     おめぇみてぇなヒヨッコに払えるか───な……」 灼夜 「……じっちゃ、人の命と一生の思い出が待っている。     なにも言わず、この無料券を握ってかっ飛ばしてくれ」 平屋 「……いいツラするようになったな、ボウズ。     乗りな、アンタ。アンタにその、人の命と一生の思い出を手に入れさせてやる」 男性 「し、しかしキミは───そうだ、キミも乗りたまえ!学校があるのだろう!?」 灼夜 「結構。いいから乗ってください。     男はなにかを為さんとした時、ただひとつのことを考えていればいいんです。     両方を選ぶのはルール違反で欲張りですよ。それは、運転手にも言えることです」 男性 「あ……」 平屋のじっちゃが、俺を見て“ヘッ”と笑った。 その顔はまるで子供の成長を見たような感じで、嬉しそうだった。 灼夜 「ではじっちゃ、お願いします」 平屋 「おうよ!さくら病院だな!?いくぜあんちゃん、シートベルト忘れんなよ!」 男性 「は、はい」 平屋 「……つーかよ?俺ぁあ……アンタをどっかで見た気がするんだが……?」 灼夜 「じ〜〜っちゃ」 平屋 「っとと、いけねぇやな。んじゃ、飛ばすぜ!」 ……タクシーが走ってゆく。 それを見届けてから、たらりと流れる汗を拭って、俺は走りだした。 灼夜 「太陽よ……まだ昇るな!俺が……俺が先生の教室入りを追い越すまで!」 格好いい男はいつでも掛け声を忘れないものだ。 無名の攻撃にだって技名とかつけて叫ばなきゃいけないんだ。 その恥ずかしさを超越した先に居るのが、格好いい男なんだ。 ……べつに俺がそれになりたいかっていったらそうでもないわけだが。 ……。 どれだけ急いでも走っても時間は流れる。 そーいや今日は転校生が来るとか言ってたよなあ……とぼやきながら、 すっかり静まった校舎の中をとぼとぼと歩く。 もちろん、HR中の生徒or教師に見つからないように、足音も気配も姿も隠しながらだ。 転校生ってのはまず一番最初に、職員室で待つセンセのところへ行くもんだ。 だからそこでの話が終わるまでは、生徒たちのフリータイムがあったりする。 そこを狙ってみたが……教室の前まで来た俺は、 既に始まっている転校生の紹介に膝を着いた。 間に合わなかったよ……走ってきて損した。 ああいや、この汗もいつか思い出になるって信じよう。 じゃなきゃやってられない。 灼夜 (……に、しても……) 転校生紹介のわりに、随分と静かだ。 いや、静かどころか随分と重苦しい雰囲気になってるような。 ……どれどれ? 灼夜 (……ほええ、綺麗な娘じゃないか) 驚くくらいに綺麗な女の子が居た。 なのに騒がない男どもよ、貴様らはついに不能の旅に出たか阿部さんの使徒になったのか? ともかく、こんなのはダメだ。 ……うむ、丁度遅れてきたことを誤魔化すのにもいいかもしれない。 Tチャーも困ってるようだし。  ガラァッ───  ざわっ…… 教室の引き戸を開けると、静まっていたみんなの視線が俺に釘付けになる。 ああ、困った顔をしていた転校生の目も含む。 そんな視線の中を堂々と歩き、壇上に上がると、 チョークを拾って黒板にカカッカッと自分の名前を書き、 その隣におずおずと書いてあった小さな名前に笑みを送る。 白瀬香夏子、か。覚えておこう。……ハテ、白瀬?……ああ、まあいいや。 とりあえずシャラァ〜ンと優雅に振り返って、と。 灼夜 「皆様昨日ぶりまして。本日もこの教室へ来た、二村灼夜です。     いろいろと至らぬこともあると思いますが、よろしくお願いします」 ここで爽やかスマイルと美しきパーフェクトお辞儀! 顔をあげるとともに再び美麗スマイルを浮かべることを忘れずに! ……すると。 クラスメイツ『ぷわぁーーっはっはっはぁっ!!!』 クラス中が大いに沸いた。 ふふ、こんなもんである。 俺はみんなが笑い出すのを確認してから、Tチャーを見てコクリと頷く。 その隙に転校生の女の子は空いてる席に座るようにと促され、 俺はそのどさくさに紛れて自分の席に座った。 転校生「………」 灼夜 「………」 隣の席だった。 茶沙良「あ、シャッくん?遅刻した理由をあとで職員室まで言いに来なきゃだめだよ?」 そして誤魔化せなかった。 弥弥弥 茶沙良(みやび ささら)。 名前のてっぺんから取ってティー(茶)チャー(茶)と呼ばれている、俺の姉もどきだ。 捻りがないからTチャーと呼べと言われてる……Tの文字が好きらしい。 もうなにがなにやら。 そんな彼女だが、はっきり言って教師には向いとらん。 どうやればあんな人が教師になれるのかが不思議で仕方ないくらいのヘッポコさんだ。 容姿は美しく、弟(血は繋がってない)の俺から見ても美人だ〜とか綺麗だ〜とか思う。 スタイルもいいし、笑顔も綺麗だったり可愛かったりと、生徒ウケはいいのだが…… その他全ての能力がヘッポコにして凡骨以下。 姉貴ぶるくせにその実、弟に頼りきりの情けないしょんぼりTチャーである。 苗字に“みやび”ってついていて、容姿は雅だけど中身が子供なしょんぼりさんだ。 茶沙良「えぇとそれじゃあHRを……シャッくん、お願い」 灼夜 「ちょっと待て凡骨茶葉。朝っぱらから職務を投げっぱなしする気か」 茶沙良「凡骨茶葉!?ひ、ひどい!シャッくん今とってもひどいこと言った!」 灼夜 「ええいやかましいわビビビの鼠女め!     生徒会長、二村灼夜が命じる!HRをきちんと遂行せよ!」 茶沙良「ビビビじゃないもんみやびだもん!     そういうヒドイこと言ってると、成績オール1にするよ!?」 灼夜 「ほう。ならばこちらは晩飯にグリーンピース入れよう」 茶沙良「ずるいよシャッくん!!それって脅しって言うんだよ!?」 灼夜 「いいから仕事をしろ茶葉!!」 茶沙良「茶葉じゃないもん茶沙良だもん!     シャッくんはお姉ちゃんの名前に文句があるっていうの!?」 灼夜 「名前以前に職務態度に物申すわ給料泥棒!」 いわく、成長の仕方を間違えた究極美人。 昔はそうでもなかったんだが、今ではこんなだ。 信じられるだろうか、こんなポンコツさんがかつて、俺を守ってくれていたなんて。 十和 「落ち着きなさいなシャッちゃん、それ以上言ってはヤーさんが可哀想ですわ」 灼夜 「シャッちゃん言うなジューシー」 十和 「トワですわ!ト・ワ!十和かアリスと呼べと言っているでしょう!」 茶沙良「十和ちゃん!今度ヤーさんって言ったら成績下げるって言ったよね!?     それとシャッくんに近づかないっ!」 いろいろ補足が必要そうだ。 我が席のすぐ後ろ、窓際の一番後ろの席を陣取る金髪ツインテールの女。 名を巳浜=アリス=十和。ミハマ・アリス・トワって名前のハーフである。 顔は日本人で目と髪の色はアメリカ譲り。 なんの冗談か、幼馴染の腐れ縁ってやつである。備考、金持ちだけどポンコツ。 十和という文字をジュウワと読んだのがきっかけで、 ジュワーって肉などを焼く音からジューシーというあだ名がつけられた。 ちなみにミハマ=アリストワと呼ぶと怒るくせに、 ミハマ=A=トワと呼ぶと、格好いいらしく喜ぶ。 だがもちろんだ。人とは格好つけてこそ華。お前は正しい。 ……あ、おまけだ。 茶葉がヤーさんと呼ばれている理由は、“弥”が三つ並んでて、ヤが三だからヤーさん。 子供の頃に決定したあだ名ってのは消えないもんで、十和は時々ヤーさんと呼ぶ。 俺はもっぱら茶葉呼ばわりだ。 十和 「ほらみなさい、貴方の所為で私まで怒られてしまったではありませんの。     ……それより灼夜?今日はいったいどうしましたの?貴方が遅刻など、珍しい」 灼夜 「ああ。お前にもらったタクシー券あっただろ?     あれを使って威厳ある登校をしようと思ったんだが、     いろいろあって無に帰してしまってな。仕方なく走ってきた」 十和 「まあそうですの、早速使ってくれたんですのね?」 灼夜 「俺の利益にはまるでならんかったが、人助けには使えた。お前に感謝を」 十和 「構いませんわ。貴方を支えるのが私の使命ですもの。     ……それで?あそこで叫んでいるヤーさんはどう致しますの?」 灼夜 「茶葉、さっさとHR進めてください」 茶沙良「シャッくんがやって!わたしもう知らないもん!」 ……実にポンコツで凡骨である。 知らないもんとか言いつつ、わざわざ俺と十和の席の空間をゴガーと開き、 俺の腕を取ると無理矢理教壇の上へと引きずっていく。 ……しかも離しやしない。 灼夜 「離れろ茶葉、暑っ苦しい」 茶沙良「もー!茶沙良だってばぁっ!     いつになったらシャッくんはお姉ちゃんのこと名前で呼んでくれるのかなぁ!」 灼夜 「呼ばん」 茶沙良「あ、そうだ。白瀬香夏子さ〜ん?     シャッくんは高校卒業したらわたしと結婚するんだから、     手とか出したらダメなんだからね〜?」 灼夜 「いい加減弟離れしろっ!そして人の話を聞けっ!」 茶沙良「ほら、ね?さ・さ・ら、って……言ってみて?」 灼夜 「茶葉姉ェはほっといてHR始めるぞー。日直ー、号令ー」 茶沙良「あぁああん!シャッく〜〜〜ん!!     ───って茶葉姉ェだけはやめてって言ってるのにぃいいいーーーっ!!     ゴキブリみたいで嫌だって言ってるでしょーーーっ!!?」 美人さんの転校生のインパクトも対してないままに、HRが始まりあっさりと過ぎてゆく。 そうなれば用済みとなった茶葉はとっとと追い出すに限り、 ドゲシと教室から叩き出された茶葉の喚き声をガン無視しつつ、 早速自分の席の隣に出来ている質問攻めという人だかりを横目に、一限目の準備を始めた。 十和 「助けなくてよろしいんですの?」 灼夜 「友達を作る絶好の機会を、生徒会長たる二村灼夜が破壊してどうする。     俺は常に皆の笑顔を求めて生きる修羅。ここで邪魔をするのは野暮ってもんさ」 十和 「そうですの?私には彼女が助けを求めているようにも見えますが」 灼夜 「おらおらとっとと失せろモブどもが!新生徒への迷惑行為は生徒会長が許さん!」 級友A「いきなりなんだよっ───つーかモブ扱いかよ俺達!」 級友B「わたしたち一ヶ月間一緒のクラスの親友でしょ!?」 級友C「名前も知らないなんて言わせないわよ!?」 灼夜 「愚問!この学校に我が名を知らぬ生徒はいない!     幼馴染の十和を筆頭に、     上級生の影が薄いことで知られない貞元紗卓氏まで全て知っている!」 だがいちいち一人一人に言ったところで聞くとは思えない。 ので、全員を引き剥がせばとっとと下がるだろうって方法だ。 級友たちは「お前にゃみやびちゃんがいるだろーがー」と、 よく解らんことを叫んで引き下がっていった。 “弥弥弥”……みやびねぇ……。 弱かった俺を守ってくれていたあの日は遠く、今では完全に立場が逆だ。 元々なんでも出来る人で、だけど唯一犬が苦手ってスキルを持っていた。 いつも守ってばっかりだった俺は、少しでも恩を返したいと、 ある日野犬を前に怯えることしか出来なかった彼女の前に立ち、守った。 男嫌いで有名で、そのくせ男勝りで、急に姉になったってこともあって、 どうせ気まぐれで俺を守っていただろうねーさん。 男に守られるのも初めてなら、男を頼もしいと思ったのも初めてだったんだそうだ。 ……男に惚れるのも、それが初めてだったってんだから笑えない。 それ以降、子供の頃からず〜〜〜っと俺にべったりだ。 俺も守ってもらった恩が返せるならってあの茶葉姉ェを甘やかしまくって─── やがて完成したのが出涸らし茶葉な彼女である。 完全に俺に依存しまくりで、俺の高校卒業を待って結婚するとまで言っている。 家に居れば、ところ構わずべったりと抱き着いてくるし、 隙を見てはキスをしようと唇を奪いにくる。 あまつさえ夜には自分の枕を持参して俺の部屋に潜り込んでくる始末であり…… つくづく思うね、どこの馬の骨とも知らんヤツに惚れなくてよかったと。 まあ、なんだ。 なんだかんだで俺もシスコンを自覚しているわけで、 “茶沙良”には幸せになってほしいと常々思っている。 俺に出来ることならなんでもしてやるつもりではあるんだが……結婚? さすがにそれはないだろう……なぁ? 綺麗だとは思うぞ?可愛いとも思う。 甘やかしたくなる時だってそりゃああるし、 誰とも知らぬヤツのところに向かい、 笑顔で俺から離れていく茶沙良なんて想像したくもない。 だったらとっととくっついちまえって話なんだが、やっぱりこう、抵抗があるわけだ。 両親ともにお前なら任せられるとか言っているような家庭なんだから、 俺がこくりと頷いてしまえばすぐにでもゴールイン……なんだろう。 ちなみに両親は喧嘩別れとかをしたんじゃなく、 互いが互いの相手を妻や夫より好きになってしまったから別れたっていう不思議なケース。 俺の母さんが茶沙良の父親を父さんよりも好きになり、 父さんが母さんよりも茶沙良の母親を好きになり、 相手もまあ同じようなケースなわけで。 子供は両方俺の父さんと茶沙良の母さんが受け入れることになって、 こんな関係が完成した。 双方ともに納得してるなら、なにを喧嘩別れする必要がありましょうか、なんて…… ものすごーくあっさりとした別れだったのを覚えている。 元から仲良しだった互いの両親だったから、 別れることになってもくっつくことになっても、そう違和感はなかったりした。  と、考え事は適当なまででよしておこう。 ふむ、と頷くと、隣の席でスフー、と静かに安堵の息を吐いている白瀬さんと目が合った。 シラセカナコ。 綺麗な顔立ちの黒髪美人だ。 田舎だから黒髪も珍しくはないんだが、お人形さんみたいとはよく喩えたもので、 黒髪の良く似合う人……それが俺の中の印象だった。 そう、まるでここに来る前に出会った妊婦さんのような………………ハテ? 黒髪……シラセ……シラ…… 灼夜 「…………枯れ尾花!」 香夏子「え、えっ……?」 十和 「まあ!バケモノ!?どこですの灼夜!おばけが出たのでしょう!?」 灼夜 「白瀬!白瀬紫子!そうか、あの人が───!」 思い出した!ああ思い出したとも! シラセユカリコ、シラセトウマ……二人とも都会で有名な金持ちさんじゃないか! たしか奥さんの紫子さんが体が弱くて、だけど何年かぶりの出産騒動で、 静かな場所で暮らしますとかそんなニュースがあったような……! 灼夜 「そっかそっか、じゃあキミが白瀬さんの娘さんの……」 香夏子「あ……自己紹介が遅れましたね。白瀬香夏子です。紫子はわたしの母です」 ビンゴだ。 綺麗な黒髪をさらりと揺らし、わざわざ席から立ち上がってからお辞儀をされた。 思わず俺もアリスも姿勢を正してお辞儀返し。 パッと顔を上げてみると、丁度戸惑った俺とアリスとの視線が彼女と交差して、笑った。 十和 「んもう、調子が狂いますわ。貴女、あのシラセカンパニーの娘なのでしょう?」 香夏子「はい、一度社交界でお会いしていますよね、アリスさん」 十和 「十和と呼んでくださいな。私をアリスと呼んでいいのは灼夜だけですの」 灼夜 「よろしく、ジューシー」 十和 「アリスと呼べと言っているでしょう!?」 灼夜 「まあなんだ、ようこそ堀田町へ。     生まれも育ちも堀田ッ子のニ村灼夜、君の来訪を歓迎します。     つきましては早速あだ名をつけたいんだが。     なにか呼ばれたことのあるあだ名は?」 十和 「人の話を聞きなさいなっ!」 堀田ッ子は遠慮という言葉をあまり知らんで育つ。 なぜならば遠慮は人との距離ばかりを作ってしまうから。 遠慮せずに土足で踏み込む根性……それが堀田魂と書いてホッタソウル。まんまだ。 香夏子「あだ名……つけてくださるんですかっ!?《ぱああっ!》」 十和 「あら。満面の笑みですわね。今にその笑顔が落胆へと変わるといいますのに」 灼夜 「人聞きの良いことを言ってくれるなジューシー」 十和 「やーかましいですわ住宅ローン」 灼夜 「借家って言うなぁああああっ!!」 十和 「ジューシーと言わないでいただけます!?」 香夏子「あ、あのあのわたしっ、家のこともあってか友達が出来なくて……!     あ、あぁああだ、あだ名なんて初めてで……!」 誰一人、まともに会話を成立させちゃいなかった。 よし、気を取り直そう。 灼夜 「そうか。ならば善きあだ名を付けねば。白瀬……シラスってのは安直だな。     外見は綺麗だし……お人形って感じがあるが、そのままお人形ってのもダメ」 十和 「ドールでいいのではなくて?」 灼夜 「やかましい骨有りジューシーフライドチキン」 十和 「なんですのこのオンボロアパート!」 灼夜 「借家はやめろって言ってるだろうが!」 十和 「アリスと呼べと言っているでしょう!」 香夏子「《わくわく……♪》」 いろいろぐだぐだだが……ひとまずはあだ名が先決。 目をうるうると輝かせながら、 期待に満ちた態度をいつまでもさせているわけにもいかない。 灼夜 「バトルプログラマー」 十和 「却下、ですわ」 灼夜 「粥。……太らせて食べるのだ」 十和 「却下ですわね」 灼夜 「……………………かかし」 十和 「………」 香夏子「…………《キラキラ……!》」 十和 「…………滅茶苦茶喜んでますわね」 灼夜 「とろける笑顔で両拳持ち上げながらふるふる震えてるぞ?と実況してみる」 香夏子の読み方を変えてみただけ。 しかもカカシなんてものなのに、本気で喜んでいる彼女が居た。 【完】
【なにかのボツネタ。書いといて放置してたら、なんの話だったのか忘れた】 ずっと昔の物語。 まだこの世に『術』と呼ばれるものがあった時代だ。 そんな頃に自分たちは出会って、ずっと一緒の時を生きてきた。 寂しさを、悲しみを、そして笑顔と楽しさをふたりで分かち合いながら。 置いてきてしまったものに言った『ごめんなさい』は数え切れない。 だけど後悔なんてしなかった。 ごめんなさいが届かないことは知っていたけど、それでも僕に迷いはなかった。 だからごめんなさいの合間に『さよなら』を謳った。 この瞬間に唱え、やがて未来でもう一度言うことになる『さよなら』。 それが虚空に消えた時、僕の耳には泣き声だけが残っていた。 それでも後悔なんて無い。 僕は笑顔のままに泣き叫ぶ大事な人に手を振って、長い長い時を生きた。 もうきっと何処にも辿り着かない、終わりの無い旅の中を確かに生きたんだ─── ───時希/とき─── それは、さんさんと雪の降る季節だった。 空を見上げると一面白い雲。 真っ白とは言えず、ところどころ濁った空が僕は好きだった。 伊吹 「………」 僕、皆寺伊吹は捻くれた子供なんだそうだ。 僕を見る大勢の大人たちは僕を見てそう言う。 けど僕自身は皆に好かれるように精一杯の努力をしてきた。 けれど───結果は言うまでも無い。 今でも言われ続ける言葉は捻くれ者だとか、 なにを考えているのか解らないだとかそういうことばかり。 高家の生まれでもないのに『力』を持って生まれた僕は、それだけでも奇異な存在だった。 父も母も気持ちが悪いと早々に僕を捨て、僕はひとりぼっちで生きている。 伊吹 「……はぁ」 親から貰ったものは命と身体、そして名前。 『力』は別に欲しかったわけじゃない。 けどその力は僕を救うものだったから、無ければ困るのは確かな事実だった。 伊吹 「………」 僕は『力』のお陰で生きていられている。 大人が言うには、 今まで見たことも伝え聞いたこともないほどの『力』を僕は持ってるらしい。 その『力』のお陰だと今は思っているけど、僕は飢えることも怪我をすることもなかった。 いや、怪我をしてもすぐに治ってしまうなんていう、 言ってしまえば本来討つべき側の存在に近いものとして産まれてきたのだ。 物の怪が蔓延るこの時代に、僕みたいな存在はただ気持ちが悪いだけだと。 僕の意見なんか関係無しに親たちは僕を捨て、代わりに妹を溺愛した。 もちろんそれについての文句なんて僕には無い。 伊吹 「………」 もう一度空を見上げた。 ふと途絶えてしまった雪を寂しく思い、だけど歩かせる足は止めない。 ───この先には神社がある。 名前も無い場所で、ずっとずっと高い場所にある。 今日のねぐらはそこにしようと決めたから、こうして昇っている。 でも雪が降らないのは寂しい。 僕には温度を感知する力が生まれた時から少なすぎるから、 冷たいと感じられるそれは僕の唯一の味方だったのに。 伊吹 「………」 やがて辿り着く。 高い空の下、鬱蒼と生えた草に囲まれるようにして、古びた社がぽつんと。 ずっと昔に放置されたと聞いている。 会話を盗み聞きして手に入れた情報だ、詳しいことは何一つ知らない。 だけど、だからこそ───……ここには誰も来ないだろうというのは知っていた。 伊吹 「……やあ、どうも」 ???『っ───!!』 何処まで真実だったのかは知らない。 けど、ここに物の怪が住んでいるということは確かに話の中にはあったのだから。 ???『わたしを消しに来たのか!払う者め!!』 物の怪は僕の『力』を感じ取ったのか、出会った途端に殺気を込めて僕を睨んだ。 でも……それでいい。 もし彼女に僕を殺すことが出来るのなら、僕は喜んで息絶えよう。 僕は、自殺することも出来ないっていう迷惑な能力者だから。 誰かの手でなければ死ねない。 それも、半端な力では弾いてしまう特異体質。 だからこそ、殺せるのなら殺してほしかった。 僕はこの世界に未練なんてないのだから。
【なんか知らないけどボツ】 ───どうしてそんな単純なものに気づけなかったのか。 今思い出しても……いや。きっと昔に思い出しても後悔していた。 後に残る悔いが後悔だっていうのに、自分は産まれた瞬間から悔いていた。 だったらそれは最初から『後悔に似た何か』だったわけで、でも後悔じゃない。 ただ悔いているって言えばよかったのか……ああ、もうそんなことを考えてる時間も無い。 そう考えると自分の過去は不幸だらけだったのだろうかと考え直して否定する。 何もかもが『今さら』になってしまう瞬間が目の前に迫ってる。 あと数秒もすれば自分は肉片になって、 あるとしたら行くのであろう死後の世界でも後悔する。 だって、つまるところ自分は結局後悔の具現のような生き物だった。 その事実にすら後悔してるんだ、 死んでも死に切れないのが当然なら、呆れてしまうのも当然だった。 それでもこの体は目の前に迫る絶望から逃げようともしなかった。 そもそも『逃げる』なんてことが許されるような思考回路を持ち合わせてなかったんだ。 自分はもう『死ぬ』って決めてしまった。 自分にはなにもなくて、だからこそ決めたことは守りたかった。 それがたとえ、自分を殺す誓約だとしても。 だから普段耳にしないような、ぐしゃっ、て音がしたって別に不思議に思わなかった。 ただそれで、俺の人生が肉の塊になっただけ。 本当にただそれだけの、つまらない人生だった。 ───檻ヶ刻/矛盾─── /01 7月に入ったばかりの、まだ少し涼しい筈の季節。 なのにその日はうざったくなるくらいの暑さで、 時期的には早いけど真夏の到来を告げるきっかけにはなった。 道行く人の悉くは暑さに不平を漏らすような雑言を唱え、 そういう自分だってその一人にすぎなかった。 膏磨「そういえばね、仁。さっきそこの踏み切りで自殺した人を見たって」 そんな中で一人、のほほんと涼しげな顔をして、 日差しが強くてクソ暑いって日に黒い長袖の服を着た馬鹿が俺に話し掛けてくる。 坂口膏磨(さかぐちこうま)なんて名前のそいつは、何が気楽で何が平穏なのか。 本気かどうかも分からないことを平然と口にしている。 『誰のトゲでも磨いて、やさしくしてしまうような軟膏たれ』と付けられたらしい名前は、 恐らくどころか不出来な冗談みたいにこいつにぴったりだった。 仁 「冥福でも祈ろうってか。やめとけやめとけ」 ガキの頃からの腐れ縁で、どこまでも平穏なこいつと俺が出会ったのは小学2年の頃。 当時友達も居なくて、一人孤立していたこいつに話し掛けたのがきっかけだ。 先に言っておくが、当時の俺の『話し掛ける』は『殴る』にイコールする。 机を巻き込んで倒れたそいつは、 ポカンとした顔をした後に人畜無害の表情を豹変させて殴りかかってきた。 で、妙に納得しちまったわけだ。そいつが孤立していた理由を。 膏磨って男は、自分が殴られたってのに『俺のために』豹変しやがったのだ。 見るからに弱っちそうだったそいつは散々っぱら俺を殴った後に、 倒れながら言いやがった。 「理由もなく人を殴るのはよくない。何かむしゃくしゃすることがあるなら聞くから。  だから、暴力を振るうのはやめたほうがいいよ。キミのためにも、他人のためにも」 って。ほんと呆れちまう。 だって、小学2年の出す言葉か? しかも俺は、 よせばいいのにそいつがあんまりにも大人びたこと言うもんだからキレたってわけだ。 /01 過去 ガキの時分ってのはまあ、精神が案外不安定になりやすい。 だから簡単に善悪を逆転させることもあるし、堪忍袋だって未発達だったりする。 今現在の俺が述べられる屁理屈を言うとしたなら、まあそんなくらいだ。 ガキだった俺は倒れてる体を起こして、まだ倒れてたそいつの顔面を思いっきり殴った。 けどやっぱりそいつは普通じゃなかったんだ。 殴った瞬間には俺の腹に鋭い痛み。 そいつは平然とした顔で俺の腹を蹴り上げて、 顔面殴られたってのに起き上がって俺とまた殴り合いやがった。 真実呆れたもんだ。 センコーに呼び出されて事情聞かされた後と来たら……その時の比じゃなかった。 俺はそいつを呼び出して、これでもかってくらいに殴り合った。 その場には止めるヤツも居なかったし、俺はただそいつを殴りたかった。 別に殴られた腹癒せとかじゃない。 納得しちまった自分と、罪悪感から逃げ出したかったんだ。 「膏磨くんはね、両親から虐待を受けながら生きて……  しかも、その両親は無責任にも自殺しちゃったんだ」 まったくだ。 理由の無い暴力なんて、それだけで罪だって知った。 だからさっきの自分に負けないくらいに強く殴った。 『自分の反省のため』を『理由』にそいつを殴るのはどうかと思うけど、 俺はそうすることしか出来なかった。 それでもそいつは飽きることを知らない何かを見つけたように笑って、俺を殴った。 やがて体が動かなくなったところで、体に命令を送るのもやめて……俺達は倒れた。 ───で。それからはどうでもいい言葉を交わした。 お互いがお互い、どんな人物かも知らずに殴ってきた俺達の会話は酷く順序がバラバラだ。 こんな時になって初めて、お互いの苗字を知ったってくらいの間抜けさだ、 今さら順序なんてどうでもいい。 「お前さ、虐待されてたんだってな。両親も居ないって聞いた」 「そういうキミは、兄弟を死なせてしまったらしいね」 それでもお互いの核心を知ってるあたり、 俺達の間にあった空気には奇妙な繋がりってものがあったのかもしれない。 今思えば随分と妙な関係だったのだ。 だってそんなもの、刹那的な関係でしかない。 俺があの時殴らなければ、 どっちもお互いの名前を完全に覚える必要も無く卒業してしまったに違いない。 つくづく妙な縁ではあるけれど、 それがまた自分達の縁にはぴったりだったとお互いに認めてしまっているものだから、 性質が悪いのか趣味が悪いのか。 「お前、人を殴ったことってあるのか?」 「……ああ、うん。言われてみなければ気づかなかったかもしれない。  僕、人を殴ったのはキミが初めてだった」 嘘だろと言いたかったのをよく覚えてる。 だってこいつの拳、的確に人の弱点を狙ってきやがるんだ。 それは『俺の弱点』なんて生易しいものじゃなくて、『人の弱点』だ。 そんなものを知ってるこいつは、きっと出会う前から普通じゃなかった。 そして、こいつに負けないくらいにそういう箇所を知っていた俺も。 兄弟を死なせてしまった自分は、そのためにそういう箇所を知ったのだから。 多分そいつも、 虐待を受ける中で自分が一番苦しかった場所を本能で打ってきてるだけなんだ。 そんなことを、そいつに殴られながらに俺は知った。 「キミはどうして僕を殴ったのかな」 ふと、そいつはまるで自分にさえ訊ねているんじゃないかって思うくらいの口調で言った。 俺は一度目を瞬かせてから小さく噴き出して、なんだか馬鹿らしくなって白状した。 ……ほんとは分かってた。 こいつが一人だからとか、友達が居なかったとかなんてのは俺の言い訳だ。 確かにそれは事実だったけれど、俺にとっては二の次の問題だったんだ。 せいぜいで教師への目眩まし程度にしか考えてなかったと思う。 「ん……なんだろな。悟ってるみたいで嫌だった、ってのはどうだろう」 「なんだいそれ。殴られた場所が可哀相で泣いてしまうくらい曖昧だ」 それはそうだろう。 俺だって誤魔化したくて言っただけだ。 それに、こいつはまるっきり納得してなかった。 「……人の命は強いものだって思いたかった、じゃ……だめか?」 不安だったと思う。 最初にそう言えばよかったのに、濁すように言われたら普通は腹が立つ。 でもこれはそいつの話で、そいつがどれだけ馬鹿だったかが分かったって瞬間の話だ。 「ううん、それで構わないよ。今のキミは今までのどんなキミよりもキミだった」 俺がそいつの笑顔を見たのはその時が初めてだった。 そいつは本当に無邪気な子供みたいな顔をして笑う。 あんな顔をされれば毒気なんて抜けてしまうだろう。 ……その馬鹿の名前が、横を歩いているヤツと同じ名前。 回りくどく言う必要も無く、まあこいつなわけだが。 /01 仁 「自殺、ね。自殺するやつらの気持ちは今でも分かんね。    自殺する度胸があるなら、もっと別なことできるだろ」 思考を過去から戻した自分は膏磨の言葉を返した。 自殺なんてするもんじゃない。ただそれを言いたかった。 膏磨「そうだね。自殺したらどうなるのかなんて分からないのに」 仁 「自殺したら? そんなの簡単だ、死ぬだけだろ」 膏磨「……仁、キミの喩えは『起承転結』で言う『結』しか想定してないものだよ。    『死』っていうものが『起承転結』の『起』なら、    僕が言ってるのは『承転』の二つだよ」 仁 「そんなの知るかよ。死んだらなんにも残らないだろ?」 そう、死んだらなにも残らない。 だってそれが死だ。 死んだ後に自分に何かが残されるなら、例えばそれは死後の世界だ、とでも言いたいのか? 膏磨「仁、僕達人間は『死の先』を知らない。    『幽霊になる』だとか『消えて無くなる』だとか、    そういうのってただの想像でしかないんだよ」 仁 「じゃあお前は霊能者は仕事をやめろって言いたいのか?    それってそういう力を持ったやつらへの全否定じゃないか」 膏磨「そういうことを言ってるんじゃないんだ。僕が言ってるのは現実性の話だよ。    幽霊になる、なんてことは在り得ないって言ってるわけじゃない。    逆に僕はなったっていいって思ってる」 仁 「……じゃあ何が言いたいんだよお前は」 膏磨「だからさ、仁。人はこの世界に居るってことを話してるんだよ」 仁 「……膏磨。俺、お前のそういう部分って結構苦手なんだけど」 膏磨は案外理屈屋だ。 そのくせ人のことに首を突っ込みたがるというか…… あああれだ、手綱の付いてない『悪意の無い暴れ馬』ってところだ。 膏磨「人はこの世界で死ねば、もうこの世界の住人じゃない。    ほら、それが死ぬってことだとしたら、    もうこの世界では自分に残されたものなんてない。    僕はね、そういうことを考えると、    『死ぬ』だなんてことは怖すぎるって言いたいんだ」 仁 「ああそうかよ。つまり『この世界』で死んだなら、    幽霊になることも許されないって言いたいわけだお前は」 膏磨「それもちょっと違うんだ。僕は───」 仁 「ああ、いい、いい。お前の理屈は始まると長ぇんだよ。    たまには素直に『ああそうだねあははははー』とかで返してみろってんだ」 膏磨「ああそうだねあははははー」 仁 「……俺、お前のそういう冗談が上手く通じない部分も苦手だ」 膏磨「仁がやれって言ったんだろ、僕だって仁のそういうところは苦手だ」 整った顔に呆れが混ざると同時に、横を歩く腐れ縁ヤロウは溜め息を吐きやがった。 こんな状態がガキん頃から続いてるってのに、 今の関係が続いているのは驚きを通り越して不気味でさえある。 仁 「ったく暑ィな……なぁ膏磨、茶店でも寄らねぇか?」 膏磨「中に居れば涼しいけどね。出た時余計に暑いよ」 仁 「……言い忘れた。そうやって正論ばっか振りかざすところも苦手だ。    お前さ、ちったぁ妥協できねぇの?いつか友達無くすぞ」 膏磨「記憶違いじゃなかったら、僕も仁も友達って呼べる関係なんて無い筈だけど?」 仁 「そのくせお前は幼馴染に可愛い女が居るけどな」 膏磨「可愛いかどうかは知らないけどね。    僕はべつに好きで幼馴染をやってるわけじゃないんだから、    そうやって皮肉みたいに言われたくはないよ」 仁 「かっ、これだ。どうしてお前ってそうかね。    加奈ちゃんのことになるとすぐ冷たくなる」 膏磨「仁が茶化すからだろ。いい加減、僕だって疲れるさ」
【ネコロノミコン】 ───かつて。 現在で云う『太古』と称された時代。 そんな古のある記憶。 その全て。 そして、その古よりも過去の記憶。 それらの記憶や、その時代に存在した魔術。 その全てを集結されて書かれた伝説の書物、ネクロノミコン。 伝説の一端の話などあたしにゃあどうでもいいんだが、話さないことには始まらない。 歴史の授業ってのはどうしてこう退屈なんだが。 大体ね、ネクロノミコンってのはそんな陳腐なものじゃなくてね。 ……あーあーハイハイ!カンペ通りにやりますよやればいいんでしょ!? ───……その書物を。 これまた太古の時代に発見した人がいて、それに似せて一冊の書物を書き記しました。 やがてその書物は人の手に渡ることなく、 その家系の書斎と倉庫をたらい回しにされながら、現在の時代へと生き延びます。 そして今より十数年前、ついにその紐は解かれた。 ───が! 何百年も閉じられたままだった本はくっついちゃって開きませんでしたとさ。 あっはははははははははっ! ゴパァアアアアアン!(SE) った……な、なにしやがるのよオルファッ! え?なに?真面目にやれ?これがあたしの真面目よ、なんか文句ある? ……わかったわよ、それで手ェ打ってあげるわ。 言っとくけど、大盛りだかんね? ……はーいはい、さっさと終わらせますってば。 てなわけで、その本を手にとったおじさまが居たわけ。 え?ネクロノミコンがどうなったのか?そんなのあたしが聞きたいわよ。 これはネクロノミコンの偽本の物語なんだから。 そんなわけで。 そのおじさまはその本に感化されちゃって、魔術を試しちゃったわけです。 その魔術っていうのが赤子にしか試せないっていう禁断の魔術だったからさぁ大変。 そのおじさまは自分の息子さんが生まれた直後に、その魔術をかけてしまったのでした。 その結果───まぁ、別に人体に異常はなかったし、 おじさまもインチキだのどうのって苦笑したんだけどね。 ところがどっこい! その魔術は着実にその赤子へと浸透していっていたのでしたぁっ! で、オチからいいますと。 その本ってば『ネクロノミコン』じゃなくて『ネコロノミコン』だったのね。 つまり。 過去のお偉いさんは内容を似せたんじゃなくて名前を似せただけっていうオチでしたー! あーっはっははははははははっ! それでは書物の扉を開いてみましょう! この本のタイトルは─── ネコロノミコン-我輩は猫かもしれないけど僕は猫じゃない- ───子供の頃の話だ。 ぼくは生まれたばかりの頃、父さんに魔術というものをかけられた。 その時は別に異常もなく、小学校にあがるまでは普通の暮らしをしてきた。 ところが。 小学に入ってから、ソレは起こった。 純  「おーい、ねこー」 ───聞こえた声に、僕は思考を中断して振り返った。 その先に見えるのは悪友の松川 純。 純  「よー、ねこー。探したぜ〜」 ふはーふはーと息を荒げている。 あまりいい気分じゃない。 純  「これから帰るとこか?」 …………。 純  「おいおい、だんまりはないだろ〜?かわいい友人と会話も出来ないのかお前は」 はっきり言って、男の子をかわいいだなんて思ったことはない。 ……不本意だけど、思われることの方が多いくらいだった。 純  「なに機嫌悪くしてんのか知らないけどさー。     まあアレだよ。いっちょパァっと遊びにいこうぜ?     そうすりゃあもうつまらんことなんてなー」 深琴 「いいよ。ぼくこれから買い物があるから。今日は秋刀魚の塩焼きなんだ」 純  「……ねこ。昨日の晩はなんて言ってたっけ?」 深琴 「メザシ」 純  「………」 深琴 「明日の朝はアジの開きなんだ」 純  「……魚馬鹿。たまには納豆でもどうだ?安くしとくぜ?」 深琴 「ヤだ」 純  「おまーなぁ、俺ン家の納豆が食えないってのか?」 深琴 「そんなこと言ってないよ。ただあのネバネバが」 純  「大馬鹿者。あれがいいんじゃないか。     納豆からあれを抜いたらアレだぞ?大豆だぞ?」 深琴 「……でもいい」 純  「……あ、そ。まあいいや、今度暇な時にどっか行こうな。そ〜んじゃ」 手を振りながら、純は去っていった。 深琴 「………」 ねこ。 ぼくのあだ名だ。 どうしてついたのかは、言うまでもなく父さんの魔術の所為だったりする。 ぼくは驚いたり興奮したり、ある一定の感情を越したり落ちたりすると 声  「わぁっ!」 深琴 「わゎぁあっ!」 ピンッ! 声  「あっ、出た出た」 ぐいっ。 深琴 「いたっ!な、なにするんだよ」 耳を引っ張られて、ぼくは痛がった。 ……つまり、こういうことだ。 耳と尻尾が出てしまう。 そんな特異体質だった。 (この純は咲桜とはまるで別人ですので勘違いなさらぬよう)
【恋愛シミュレーションツクール2用に書いた失敗作/僕らの夏】 ───いつだって幸せだった。 ぼくらはお互いをお互いだと気づいた時、きっと友達だったんだろう。 いつだってふたりで行動していたぼくらはふたりでひとりのような存在だった。 事実、ひとりでは物事があまり上手くいかなかった。 彼はお調子者で、ぼくはそれに振りまわされてばっかりだったけれど、 それが本気で嫌だと思ったことなんて一度もなかった。 幼少の頃───……蒼い季節。 彼に出会った時、ぼくの物語は始まった。 その夏は穏やかだった。 陽射しがとても熱かったけど、それに慣れるまでもなくぼくは飛び出していた。 後ろからお母さんの声が聞こえたって構わずに走った。 向かう場所は公園。 誰かが来る前に遊び場所を確保するために。 そんな幼子の頃の僕が最初に出会った友達は、その先に居た。 息を切らしながら公園に入った。 まだ誰も居ないそこは、ぼくにとって王国のような気分だった。 ぼくは誇らしげな気分を味わいながら公園の中に入った。 何で遊ぼうか……そう思った時、その姿を見つけた。 直人 「………」 誰も居ないと思っていた砂場に先客が居た。 必死に砂を掻き集めて山を作っている。 横に穴を開けてトンネルを作ろうとしたけど、掘ったとたんに山は崩れた。 直人 「……くそ」 ひとりでぶつぶつ言いながら山を作る。 男の子はどうやら水を使う発想を持っていないらしい。 慎二 「それじゃダメだよ」 直人 「え?な、なんだよおまえ」 男の子が振り向いた。 慎二 「水を使うんだよ」 直人 「……知ってるよそんなこと」 慎二 「え?」 直人 「そんなこと知らないわけないだろ。あっちいけよもう」 男の子はぶっきらぼうに答えた。 だけど水を取りに行こうとはしない。 慎二 「どうして水を使わないの?」 直人 「他のやつらがやってるのと同じことやるのが嫌だから」 言いながら、穴を作っては崩す。 男の子は崩れると解っていてもまた山を作った。 慎二 「……たのしいの?」 直人 「……楽しいわけないだろ、あっち行けってば」 それでも作るのはどうしてだろう。 ぼくはそう思って、この男の子に興味を抱いた。 慎二 「ぼくもやっていいかな」 直人 「………」 慎二 「ひとりで出来ないことってね、     ふたりでやれば出来るってお父さんが言ってたよ」 直人 「いいよ、あっち行けってば」 慎二 「いやだ。お父さんは間違ってない」 直人 「……なんなんだよお前のお父さんって」 慎二 「冒険家だってお母さんが言ってた。     でも……山を昇ってる時に落ちて、もう帰ってこれないんだって……」 直人 「……それって」 慎二 「でも大丈夫、大きくなったらぼくがきっと迎えに行くんだ。     ぼくもお父さんみたいな冒険家になるんだ」 直人 「………」 慎二 「そうしたらお母さん、もう泣かなくて済むんだ。     笑ってるお父さんの写真みながら手を合わせてお願いすることもなくなるんだ」 直人 「…………もういいよ」 慎二 「……ぼく、絶対に迎えに行くから……」 直人 「いいったら!」 慎二 「…………うん」 僕の父は冒険家だった。 何かの仕事だったのか、それとも趣味だったのか。 それはもう憶えていないけど、僕はそんな父が大好きだった。 だけど、遠くの友人の家を訊ねていって、その人と山の崖を登った時。 父は転落して、帰らぬ人となった。 ……もちろん、それがどういうことなのか当時の僕だって知っていたし、 自分の言っていることが自分自身の強がりだったってことだって知っていた。 だけど父のことを忘れたことはない。 信じていれば帰ってきてくれるんじゃないかって、成長した今だって思っている。 直人 「……ほら」 慎二 「……?」 直人 「やるんだろ、山」 慎二 「……うんっ」 こんな風景が彼との出会いのひとつだった。 僕らは山を作っては穴を開けて崩す。 それを繰り返して陽が傾いてきた頃……山に小さな穴を開けて、僕らは諦めた。 砂では山は作れても穴は掘れない。 それが解った─── 直人 「……俺さ……落ち込んでたんだ」 慎二 「え?」 直人 「父さんと母さんが……どっちに付いてくるか選べって……さ。     ……離婚するんだ、父さんと母さんが」 慎二 「離婚……」 直人 「妹が居るんだけどさ……妹は母さんが面倒見るって言ってた。     俺は……多分、父さんの所に残るんだと思う」 慎二 「………」 直人 「……父さん、寂しがり屋なんだ。     家の中で一番、家族を大切に思って筈なのに……。     どうしてこうなっちゃったのかな」 慎二 「………」 ───だけど僕らはこうも思った。 砂に穴が開くと、崩れて埋まる。 それは他の何かを防ぐものじゃないだろうか。 穴が開いてもすぐに埋まるなら、砂ほど力強いものはないんじゃないかと。 ……そんなことを思いながら、ようやく砂遊びをやめた僕らは自己紹介をして別れた。 また明日、と手を振った瞬間。 ───ぼくらはきっと、友達だった─── 01/動き出した歯車 ───ピンポーン。 慎二 「……ん?」 呼び鈴の音が耳に入った。 もともと微弱だった眠気はそれで吹き飛び、俺は意識を覚醒させた。 慎二 「ん……ん〜……」 ぐぅっと伸びをしてベッドから降りた。 母さんはこの時間だと仕事だな。 そう確認しながら着替えをして部屋を出た。 ───ピンポーン。 呼び鈴の音に足早になりながら階段を降りて玄関を開けた。 直人 「よっ、慎二。モーニン」 玄関を開けた先には男の姿があった。 新橋直人(しんばし なおと)、俺の親友だ。 直人 「って、うわ……なんだよその眠たそうな顔」 慎二 「眠いんだよ実際……」 直人 「起きたばっかりか。メシ、今からってことだよな?」 慎二 「そういうことになるかな」 直人 「解った、そんじゃ俺は陽光を浴びて光合成しながら待つとするよ」 慎二 「馬鹿なことしてないで中で待っててくれよ。倒れられたら面倒だし」 直人 「……慎二ってさ、     昔は自分のこと『僕』とか言ってたガキのくせに、言うことキツイよな」 慎二 「直人にだけだよ。ほら、入っていいから」 直人 「お邪魔しますっと。でさ、それって普段は猫被ってるってことか?」 慎二 「俺はいつでも自然体だよ。ただ直人との時はそれより自然だってことだよ」 直人 「言えないような暴言も言えるってことか。まあいいけどな」 直人はハフゥと息を吐いて上がってきた。 俺はダイニングルームに行って、 昨夜の内に作ってラップをかけておいた料理を手早く摘む。 直人 「俺のことはいいからよく噛んで食えよ。消化に悪いし体にも悪いぞ」 慎二 「ん、解った」 どうやら気を使われたのに気づいたらしい。 直人はそれだけ言うと新聞を手に、番組の模索をしていた。 直人 「やっぱ水曜ってロクなのやってないよな。     って、そういえば慎二に訊きたいことあったんだよ」 直人が新聞を椅子に置いて立ち上がった。 直人 「慎二、隣に誰か越してくるのか?」 慎二 「ああ、あの騒ぎね」 隣の家に誰かが越してくるのは間違い無い。 今、隣の家でドタバタと引越しセンターが荷物を運んでいる。 慎二 「誰か来るのは間違いないみたいだ。でもそれで名前まで解ったらスゴイな」 直人 「だな。いや失敬失敬。しっかしアレだなー。     その引越ししてくる人が可愛い娘で、俺達のクラスに転校!     ───とかいったら最強なんだけどなー」 慎二 「直人の言う『最強』ってよく解らないけどな。俺はどうでもいい」 直人 「そんなものはノリでいいのだよシンジくん」 ニヤリと笑う彼を前に、ご飯をつつくことしか出来なかった。 ようするに無視だ。 直人 「よーし、シャイでウヴな慎二の為に!     不肖!この新橋直人が潜入操作に行ってこよう!」 慎二 「行けだなんて行ってないだろ……」 直人 「いいや聞いた。俺とお前の仲じゃないか。     お前の深層心理が作り出す現実とは異なる虚構の世界なんぞお見通しだ。     ゆえに今日もキマッてるぜ」 ズビシィッ!って音が鳴りそうなくらいにキメポーズを取る直人。 俺はもう呆れるしかなかった。 慎二 「ごちそうさまでした」 さっさとご飯を食べて、食器を片付けた。 直人 「あら、食い終わっちゃったの?」 慎二 「偵察なんてことはやめて、さっさと行こう」 直人 「ま、いいけどな。しかしアレだよな、こういうパターンって……     昔別れた幼馴染の突然の帰国!あの日果たせなかった告白を今ァ!     ってタイトルとか浮かびそうだよな」 慎二 「恋愛ゲームのやりすぎじゃないか?」 直人 「なんだよー、オモロイからいいじゃん。     まーあれだな、ゲーム中であるような突然の恋なんてないんだろうな。     あるならなってみたい」 慎二 「俺はそういうのはいいや。のんびりやってくよ」 直人 「お前ってホントそういうところではマイペースな。     もっと騒ごうとは思わないのですか教授」 慎二 「教授じゃない。それにそういうのって人それぞれだろ」 直人 「そうだけどな。まあメタルマックスリターンズのラスボスを、     開始一時間以内でブチノメすお前の心理はよく解らん」 慎二 「それなら恋愛ゲームでヒントを無視して、     バッドエンド直行する直人の性格も解らないよ」 直人 「アレはほら、アレだよ。バッドの方が現実味があって濃厚だし」 慎二 「それはなんとなく解るけど」 直人 「俺達にハッピーエンドがあるかって説くとして、     想像出来る未来図なんてバッドエンドだしなぁ」 慎二 「俺は女の子との関係自体が想像出来ないから」 直人 「お前、それ自体がバッドなんじゃないか?」 慎二 「まさか。それは直人の予想図だろ?     人の幸せの終着は、必ずしも女性との関係じゃないと思うぞ」 直人 「人それぞれか。お前ってそういう考え好きだよな」 慎二 「それはいいから学校行こう。話しながらでも歩かないと遅刻する」 直人 「オッケ。ほんじゃ行きますかぁ」 直人が先立って玄関を出ていった。 俺もそれを追うようにして外に出る。 直人 「いきなり話は変わるけどさ、色気がないよな」 慎二 「ん?」 いきなりの話は本当にいきなりだった。 直人 「いやいや、幼馴染の話さ。     あまり家が離れてないとはいえ、朝起こしに来るのが男ってのもなぁ」 慎二 「お陰で遅刻しないじゃないか」 直人 「いやいやシンジくん。今話しているのはそういう効率性の話ではなくてですね。     アレですよアレ。幼馴染といえば女。     朝起こしに来てくれた女とのひとときのアヴァンチュール。     俺はベッドに潜り込んで中々起きないんだ。     そして呆れながら起こす女に俺が言う!     『……キスしてくれなきゃ起きない』と!」 慎二 「……オチは?」 直人 「『ふざけたこと言ってんじゃねぇわよ!』と、     お怒りを受けてボコボコにされる」 慎二 「そんなことだろうと思ったよ……」 直人 「だってなぁ、幼馴染の定番っていったら気が強くて素直じゃないか、     献身的だけどそっけないのどっちかでしょう。それか天然記念ボケか」 慎二 「直人の好みってなんだっけ」 直人 「俺か?俺はなぁ……まあ理想と現実は一致しないってのは定番なんだけどさ。     俺はこう……家庭的でやさしくて献身的な人がいいな。     頑張ってるんだけど、時折弱さを見せてくれるような」 慎二 「……理想と現実は一致しないな」 直人 「だよなぁ……。もう、なんていうか一度でいいからさ、     甘えてきた娘の頭を撫でてぎゅ〜っと抱き締めたいね」 慎二 「そういうのを妄想っていうんだっけ」 直人 「惜しいな。これは願望だ」 慎二 「誇らしげに言われてもなぁ……」 直人 「まあまあ」 直人は宥めるように、それっぽい手の動きを見せる。 それを見た俺は小さく息を吐いてから口を開いた。 慎二 「あのさ。燕ちゃんとかはどうなんだ?」 直人 「燕?ありゃお前、妹属性だろ?血ィ繋がってるしアヴァンチュールは無理無理」 深吹燕(みぶき つばめ)、直人の妹だ。 苗字が違うのは直人の両親が離婚したからだ。 親には内緒だが、日時を決めて会っているらしい。 子供の頃に俺も紹介してもらったが、カワイイ娘だった。 ただ───…… 慎二 「燕ちゃん、まだよくならないのか?」 直人 「ん?ん〜……まあ、な。世の中ゲームのようにはいかないってこった。     もともと体が弱いってハンデを背負って産まれたんだ、仕方ねぇよ」 ……燕ちゃんは体が弱かった。 外で遊ぶよりも布団の中に居る方が多い。 成長してからは体に抵抗力が付いてきて、多少の無茶は出来るようになったと聞いたが。 慎二 「燕ちゃん、今年から学校来るって本当か?」 直人 「ああ。オフクロがな、     やりたいって思うことはなんでもやらせたいとか言ったらしくてな。     そしたら燕のヤツ、学校に行きたいって言ってさ」 慎二 「ふーん……燕ちゃんと一緒に遊んだのって相当前だよな。     直人と友達になって、家に上がらせてもらった時が初めてだったし。     それからあんまり間も無い内にオフクロさんと一緒に引越しちゃったし……」 直人 「そうそう、燕のヤツそれがどんなことかも知らずにオフクロに付いていってな。     翌日になる前に泣きながら電話し掛けてきたよ」 慎二 「はは、頼られてる証拠じゃないか、お兄ちゃん?」 直人 「よせよ。……あー、でも……待てよ?」 慎二 「直人?」 直人は立ち止って顎に手を当てて考えた。 そしてポムと手を打つと、俺を見た。 慎二 「なんだよ、ヘンなヤツだな」 直人 「んにゃんにゃ、お前にならお兄ちゃんって呼ばれてもいいかな〜って」 慎二 「それこそよしてくれ。大体、俺は燕ちゃんには避けられてたんだぞ?」 直人 「そりゃお前、アレだ。燕は人見知りするから」 慎二 「ほんとにそれだけなのかな……」 怯えられてたから近づいて宥めようとしたら泣かれた記憶があるんですけど。 直人 「ま、そーだな。でも気にするほどでもないだろ?」 慎二 「ん……」 直人の言葉に小さく頷いて、俺はふと思った。 慎二 「……あれ?そういえばさ、燕ちゃんて中学じゃなかったっけ?」 直人 「ああ、そうだぞ」 慎二 「塚杜学校に高等部だの中等部だのは無かった筈だけど」 直人 「俺も知らん」 慎二 「……あのさ。俺、燕ちゃんは塚杜に入学するって聞いたけど」 なんだか話が噛み合っていない気がする。 が、その疑問は直人があっさりとした口調で切り落とすことになる。 直人 「そりゃそうだろ。飛び級だし」 と、こんな言葉で。 慎二 「飛び級って……あの、頭のいい人のみがするという伝説の?」 直人 「伝説かどうかは知らんけど、そういうこった。     あいつは体が弱い分、体を動かすこと以外は苦手なことが無いからな」 それはすごい、あやかりたいもんだ。 慎二 「そういえば直人、燕ちゃんがどのクラスに入るか知ってるのか?」 直人 「アホォ、そんなのはガッコが決めるものだろ。     燕はもちろん、俺だって知らないよ。     それよりほら、もうガッコ見えてきたぞ」 慎二 「ん、解ってる」 最後に出た欠伸を噛み締めながら、僕は学校の校門を跨いだ。 さあ、今日ものんびりとやっていこうか───。 ……担任が出ていったあとの教室。 俺の席に直人がやってきて、いつもの冗談任せな会話に花を咲かせる。 直人 「毎度毎度、この時間は退屈だな」 慎二 「直人の場合は学校自体が、じゃないの?」 直人 「いや、授業は嫌いだが学食と屋上は好きだぞ。     俺はそのために学校に来てるようなもんだ」 慎二 「はは……直人らしいや」 直人 「でも退屈なのは認めよう。俺、スゴク、タイクツ」 どうしてカタコトなんだ? 直人 「しかしこの日常とやらも変わり映えしないよな。     ギャルゲーだったらこんな時に転校生とかが来てさー」 先生 「全員席に着けー」 直人 「っと、センセ来たか。そんじゃな、って……あれ、福本じゃん」 教室に入ってきたのは先ほど出ていった担任の福本だった。 福本 「えー、今から転校生を紹介する」 直人 「なにぃ!?」 直人が真っ先に驚き、それに続くように教室がざわめく。 直人 「てめぇフェイント実行するなんて何考えてんだこの野郎!」 福本 「新橋、廊下に立ってろ」 直人 「ぬおっ!?」 驚いたにも関わらず、直人は黙って廊下に消えた。 妙なところで律儀だなぁとか思いながら、それでも一応教壇を見た。 転校生に興味が無いわけじゃないから。 福本 「それでは入ってきなさい」 ざわっ、と教室の中がざわめく。 やがてドアが開かれ、その姿が明らかになる。 クラスメイトは『絶対に女だ』だとか『いや、現実ってのはアレだから』とか言っている。 そんな声を余所に、その人影は教室にゆっくりと入ってきた。 直人 「ヘロウ」 ドパァン! 直人 「ぷおっ!」 沢田が投げた教科書が直人の顔面を直撃した。 それに次いで、品森がフラついた直人の首根っこを掴んで教室の後ろに引っ張ってゆく。 そこで起きた集団リンチを、俺は記憶と視界から抹消した。 ほぼ全員の男達が私刑を下す中、やがてゆっくりと訪れる人影。 それはやさしそうな女の子だった。 福本 「えー、今日からお前らと勉学を共にすることになった『姫桐 楓』さんだ」 福本先生の言葉を合図にするようにペコリとお辞儀をする少女。 楓  「姫桐楓です。これからよろしくお願いします」 どこにでもあるような挨拶。 しかし、その『声』に男衆が反応して一斉に教壇を睨む。 楓  「え───?」 その形相に驚くかのように、彼女は少し引いた。 品森 「うっしゃあ女ァーッ!!」 沢田 「わっしょーい!わぁっしょぉーいっ!!」 クラスを代表するかのように喜び騒ぐ品森と沢田。 その傍らでボロ雑巾のようにぐったりしている直人は……見なかったことにしよう。 品森 「はいはいはいはい!質問質問ー!」 福本 「あとにしなさい。それでは……えー……」 ざ、と教室を見渡す福本先生。 その目が俺の隣の席に目ざとく輝く。 ……嫌な予感だ。 福本 「それじゃあ宮村の隣に座りなさい」 楓  「───宮村?」 俺の苗字を呟く少女。 どこか驚くような表情でキョロキョロと教室内を見渡している。 ……まあ、苗字だけ言われても何処が何処だか解らないよな。 なんてったって、男子が全員って言っていいほど直人を襲ってるから。 それを感じ取った福本が俺を指差して、姫桐さんに何か言う。 慎二 「……姫桐?」 ふと、心の中で何かが蠢いた。 それは痛み。 遠い昔に味わった、決して晴れることのない……何か。 ───そうだ。 父さんが言ってた。 登山仲間の友人の子供に、俺くらいの女の子が居るって。 その名前が─── 慎二 「───!」 ……姫桐、楓……! 姫桐、なんて苗字で同姓同名なんて有り得ない。 それじゃあ、間違いなく、今目の前に居る、あの少女が…… 父さんを殺した男の娘───! 楓  「えっと……よろしくお願いします」 彼女は俺の机の隣の席に鞄を置きながら軽く頭を下げた。 俺は……自分の感情がコントロール出来ず、その挨拶に返事もせずにそっぽを向いた。 よく感情のままに怒鳴ったりしなかったものだと感心した。 だって、父さんが死んだ所為で母さんは苦労しながら俺を育ててくれた。 それがどんなに大変なことだったかくらい、俺にだって解った。 もちろん目の前の少女の所為で父さんが死んだわけじゃない。 そんなことは解っている。 だけど……感情っていうものは理屈でどうなるものじゃない。 けれどもその感情だって、復讐したいわけでもないし謝ってほしいわけでもない。 ……ようするにどうすることも出来ないんだ。 俺はただ、父さんと母さんとで笑っていたあの頃が欲しいだけなんだから。
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