06/白紙の国宝

【中井出博光/無礼奴-ブレイド-】

 トリステイン王宮は、ブルドンネ街の突き当たりにあった。
 ブルドンネ街ってのは以前、デルフリンガーを買った街だね。
 魔法学院から馬を走らせて二時間くらいの距離にある街の、その突き当たり。
 そこには門番として魔法衛士隊の兵士どもがドドンと構えていて、戦争があるかもしれんって情報を前にピリピリしておったんじゃああ……。
 よーするに、隣国アルビオンを制圧した貴族派連中、“レコン・キスタ”がトリステインに侵攻してくるって噂だね。
 なんのために侵攻してくるのかは解ってない。
 だって僕が知ってるの、風のアルビオンまでだったし……いや、そうでもないか。
 アニメは「これが……虚無の力か……!」までは見たわけだし……でも詳しいことはよー知らんね。
 そうなるとこっからは猛者情報を頼りに行くしかないわけなんだが……グムムー。
 まあいいや、ともかく姫ちゃんに報告するために、朝を待ってからわざわざこうして遠出してきたんだ。
 まずはお目通りからだよね。ドドンッと構えている隊長らしき人に、気さくに挨拶を。

中井出「やあ」
隊長 「杖を捨てろ!!」
中井出「持ってませんよそんなもん! なにかねいきなり怒鳴りおって!!」
ルイズ「ちょちょちょちょぉおおっ……!! ひろっ……ヒロミツッ!
    なんでいきなり喧嘩腰なのよっ……!」

 軽く挨拶した途端に怒鳴られ、しかもゾシャアと駆け寄ってきた兵士サマたちにレイピア型の杖を向けられる。
 おやおや、ワルドと同じく魔法衛士隊なだけはある。
 なんて考えつつ、ルイズに引っ張られるままに下がりました。

ルイズ「私はラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです。
    怪しい者じゃあありません」
中井出「そして俺が博光よ」《ドンッ!》
隊長 「………」
ルイズ「………」
中井出「………」
ルイズ「姫殿下に取り次ぎ願いたいわ」
隊長 「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」
ルイズ「いかにも」
中井出「そして俺が博光よ」《バンッ!》
隊長 「………」
ルイズ「………」

 …………。

才人 「な、なぁっ……くふふははっ……だまっ……黙ってたほうがいいとっ……ぶふっ」
中井出「わ、笑うんじゃねーざます!
    僕スルーなんてされてないよ!? ほんとだよ!?」

 完全シカトされましたが。

隊長 「なるほど、言われてみれば目元が母君にそっくりだ。して、要件を伺おうか?」
中井出「500円ちょーだい?」
ルイズ「カァアーーーーッ!!!」
中井出「《バゴシャア!!》つぶつぶーーーーーっ!!」

 顔を丸々太ったおっさんフェイスにしつつ言ってみたら、黙ってろとばかりに左頬を殴られました。
 あまりの勢いに頬は三角形にヘコミ、顎がゴキンと外れて大激痛に襲われる!

中井出「うきっ! うきっ、うきぃいいーーーーーっ!!!」

 あまりの痛さに大地に転がって足をバタバタさせました。
 こ、このお子ったらこの貧相な体のどこにこれほどまでのパワーを……!!

才人 「俺……こんな状況で幽遊白書の真似してるヤツ見たの、初めてだぞ……」
中井出「ワガガガガ……!!《ズキズキズキ……!!》」

 エエハイ……僕もメイジに顎外されたのは初めてですよ……。
 でも結局、500円ちょーだいの時の幽助の顔はなんだったんだろうなぁ……───どんな時でもからかいの心を。博光です。

ルイズ「はぁ……要件は言えません。密命なのです」
隊長 「では殿下に取り次ぐわけにはいかぬ。
    要件も訊ねずに取り次いでは、こちらの首が飛ぶからな」
中井出「あのー、ほんとに密命なので通していただけませんか?
    責任は全部このルイズ・フラ、フラ〜……フランソワ・ボタが負いますんで」
才人 「ばぶふぅっ!? ぶっ……ぶははははははっ!! 
    ボタッ……フランソワッ……ボタハハハハハッ!!」
ルイズ「《ヒククッ……!》ねぇ……あんた私を怒らせてそんなに楽しい……!?」
中井出「あれ? えーと……」

 名前なんだったっけ。
 フラ……フランシス、はワルドだし。
 フロシャイムは違うし、フランソワ……ズ? おお、フランソワーズだ!

中井出「失礼、ルイズ・フランソワーズが負いますんで」
ルイズ「負わないわよっ!!」
隊長 「どちらにせよだめだな。ここを通すわけにも、ましてや取り次ぐわけにもいかん」
中井出「どーしても?」
隊長 「どうしてもだ」
中井出「それは姫殿下様が決めたことと考えていい?」
隊長 「段取りというものがある。規律は守られるためにある。
    誰とも目通り出来るようであれば、誰が国を、姫殿下を守るという。
    密命だと口にした者をただ通し、もしその者が暗殺者だったらどう責任が取れる」
中井出「……じゃ、最後に一つ。姫殿下からな〜んも聞いてない?」
隊長 「……? なんの話だ」
中井出「……オォ〜〜ケェエエイ……!!」

 コロキキキ……! と指を鳴らし、一歩前へ。
 が、すぐにルイズ嬢が止めに入った。

ルイズ「ちょっとあんた何するつもり!?」
中井出「何もかにも! 人にあげな密命頼んでおいて、
    門番さんになんの話も通しておらん姫ちゃんに喝をくれてやるのよ!
    ええいあのお馬鹿さんめ! 一度きっちり説教してやらにゃ解らんのよ!
    つーわけで───……通るよ?」
隊長 「ほう……平民風情がよく謳った、やってみろ。通れるものならばな」
中井出「あ、やっていいんだ。よかったー、許可が無いとただの犯罪だし。じゃあ───」

 遠慮することなく、僕は前進しました。


【Side───アンリエッタ】  …………。 アンリエッタ「ウェールズ様……」  私室の窓から空を見上げる。  今頃ルイズ・フランソワーズはラ・ロシェールだろうか。  アルビオンへの道中、なにもなければいいのだけれど……。 アンリエッタ「アン……貴女はひどい人ね……」  お友達に、大事なお友達にあんな危険なことを頼むなんて。  それでも、こうせずにはいられなかった。  ルイズの好意を利用するような形で、あの方へ手紙を届ける。  どうか亡命していただきたい。  この国で、ともに生きてほしい。  私はゲルマニアとの同盟のため、愛してもいない殿方と結婚することになりますが……それでも、貴方の傍に居たい。  いえ……居られなくてもいい、ただ生きていてほしい。  そう願うのは罪でしょうか……ウェールズさ《ドゴッシャアッ!!》 アンリエッタ「きゃあっ!? ───……な、何事です!!」  突然の轟音。  私室の出入り口である大きな作りの装飾扉へと振り向いてみると、そこには───……その、ぐったりと倒れる数人の衛士隊のみなさんと、穏やかな笑顔なのだけれど、とても怒っていると一目で解る、ま、ままま……魔王さんが……!! 中井出   「きーーーたーーーぞーーーっ!!!!」 アンリエッタ「きゃああああーーーっ!!?」  突然の叫び。  そのあまりの迫力に、私は悲鳴を上げることしか出来ませんでした。 【Side───End】
 ……で。 中井出「馬鹿じゃなかと!?」  姫ちゃんの私室。  その中心で、僕は姫ちゃんに正座をさせた上でガミガミと説教くれてやってました。 中井出   「人にあげな無茶な任務任せといて! 衛士隊や兵には何も教えんとぉ!        密命ば言ってみりゃア通すわけにはいかんて実力を行使したァんよォ!?        ふつーこげん時ャアきちんと話通しとくもんでしょーよォオ!!?        それをアタ、部屋で空眺めるばっかでなーーんもやっとらんとぉ!!        そぉんで来てみりゃ顔見るなり悲鳴かィヤ!!        そげん悲鳴ば出してさぁ!?        余計に兵呼んどりゃあどこもこもなかろうモン!?        アタ自分がなんしょっとかわかっとーと!? はらくしゃあ!!」 アンリエッタ「うう……」  史上初? 自室の中心で正座をする王女さま。しかも説教付き。  いろんな方言混ざってるけど、細かいことは気にしません。  いやしかしほんと勘弁していただきたい。  報告に来たのに門前払いじゃあなにも出来やしないよまったく。 中井出   「はふぅ。では説教終わり。さ、立って立って」 アンリエッタ「申し訳ありませんでした……まさか、こんなにも早く帰ってくるとは……」 中井出   「ハイパーメテオ火球の用だって言ってたから急いでみました」 アンリエッタ「は、はいぱ……?」 中井出   「いえなんでもありません」  うむ、ハイパーゼットンなんて最初から居なかったのさ。  ただ火急の用があっただけ……それだけなのさ。 中井出   「で、任務の件だけどね、きっちり手紙届けてきたよ?        きちんとキミの恋文も返還してもらった」 アンリエッタ「こ、こいっ……!? う、ぅう……」 中井出   「ほっほっほ、まあま、そんな赤くならんと。        ほい、これでいいかな?」  黒から手紙を取り出し、ほい、と渡す。  と、姫ちゃんは一度目を伏せてから、それを受け取った。 アンリエッタ「…………ウェールズ様は?」 中井出   「噂、聞いてるでしょ?」 アンリエッタ「……アルビオンが、貴族派に制圧、された…………ですか?」 中井出   「うむ」 アンリエッタ「では……ウェールズ様は……」  手の中の手紙を見下ろし、涙する姫ちゃん。  つーか噂広まんの早いね。やはりこの世の人も噂で生きてるということか〜〜〜っ! 中井出「あ、あれ? どうして泣くの?     なにが悲しいの? 奥歯にもやしでも詰まったの?」  と、いつもながらワケの解らん言葉を発してみるんだが、姫ちゃんは泣いたままだ。  ……OK、ここは普段通りでいこう。  そのほうがきっと彼女も喜ぶってことにして。 中井出   「実はね、ワルドが裏切り者だったんだ」 アンリエッタ「───! あの、子爵が……?」 中井出   「うむ。何を思ったのかヤツはウェールズの前で艶かしく服を脱ぐと、        驚愕に染まる彼に惜しげもなくマグナムを見せつけ、        “ところで俺の”」 ルイズ   「姫殿下になに吹聴してんのよこの大馬鹿ぁあああああああっ!!!!」  ドボォッホォッ!! 中井出「ゲブゥエ!!?」  とっ……飛び蹴り! しかも脇腹!!  呆れるくらいの助走がつけられたソレは、僕の体へ深く減り込むとコリキキキとイヤ音を立てて……!!   バキベキゴロゴロズシャーーーアーーーッ!!! 中井出「ギャアーーーーーッ!!!」  ……高価そうな絨毯の上をジュザァーーーと転がり滑りました。  ふふふ……だが負けん……まだ終わりじゃあ……ねぇぜ! 中井出「ごふっ……! い、いい蹴りだルイズ嬢……!     よもやこの博光に不意打ちをかますとは……!     だが、フフフ……この博光は四天王になれたのが不思議なくらいの弱者。     ここから先には俺なんぞよりも強い者があと三人も───」 ルイズ「うっさいばかっ!」 中井出「あらひどい!」 ルイズ「大体あんたどーすんのよこれ! 魔法衛士隊をこんなぼっこぼこに……!     しかもところどころでひっ、ひひっ人のっ、人の名前っ、叫んだりしてっ……!」 中井出「スリル満点の生活を貴女に」 ルイズ「胃が壊死するわよっ!!」  いや、実はただ突き進むんじゃあつまらんだろうと、慌てて後ろを追いかけてくるルイズ嬢の名前を叫びながら突っ走ったんですよ。  おらおらおらおらルイズ・フランソワーズ様のお通りじゃぁああ!! 道空けんかいコラァアア!! って感じで。  ええ、途中から「やめてぇ! やめてぇええっ!!」って泣きが入りましたが。 ルイズ「殺されるわ……お父様に、いえ、むしろお母様に……」 中井出「可哀想に……墓にはきちんと遺言を刻んでやるからな?     “フフフ馬鹿め……この私はラ・ヴァリエール公爵が三女になれたのが不思議なく     らいの小者。今に第二第三のフランソワーズが《バゴシャア!》ジェブァッ!?」 ルイズ「それの何処が遺言なのよっ! ていうか刻むな殺すな囀るなぁっ!!」 中井出「ワガガ……! だ、だからって殴らんかて」 ルイズ「うるさいっ! 静かに見てなさいっ!」 中井出「グ、グウムッ……!」  釘を刺されてしまった。  仕方なく、遅れて走ってきた才人に軽い説明をすると、僕らはルイズが話し終えるまで待っていることにした。  そしてルイズは語るのだ。  ワルドが裏切り者だったこと。  フーケを逃がしたのも彼だったこと。  才人に助けられたこと。  僕が灼熱のファイアーダンスをしたこと。  コルベール先生が毛生え薬を製作中なこと。  僕がシャルベット(シャルロット式はしばみシャーベット)で吐いたこと。  赤毛のアンは鼻毛も赤いのか否か、など……様々なことを……! ルイズ   「全部声に出てるわよ、この馬鹿……」 中井出   「で、赤いのかな」 ルイズ   「知るわけないでしょ!? 誰よアンって!」 アンリエッタ「…………《かぁああっ……!》」 中井出   「エ? あ、いや違う違う! 姫ちゃんのことじゃないよ!?        僕が住んでた場所の話でアンって子の物語があってね!?        ……でも姫ちゃんも赤いほうだよね、髪。        ねぇ姫ちゃん? 姫ちゃんの《バゴシャア!!》つぶつぶーーーっ!!」  懲りずに殴られる僕の姿がありました。 ───……。  その後私は知人のルイズ嬢にボコボコにされた。 中井出「ちくしょ〜〜……」  手で殴ったら痛いからって鞭はないと思うんだ。痛いよあれ。  ともあれ、僕がボコ状態でぐったりしている間に話は済んだらしく、姫ちゃんは─── アンリエッタ「…………勇敢に戦い、勇敢に死んでいく。        殿方の特権ですね。残された女は、どうすればよいのでしょうか」  寂しげにそう言うと、大きな窓の傍に立ち、青の空を見上げた。 中井出「ふむ……ねぇ姫ちゃん? 正直な話、ゲルマニア皇帝と結婚したい?     アンリエッタ王女ではなく、アンリエッタに訊ねますけど」  ウェールズに訊いた時のような物言いで訊ねる。  ルイズが「失礼でしょ」と口を出すが、それを才人が「まあまあ」と宥めてくれる。 アンリエッタ「私として……ですか」 中井出   「そ。皇帝と結婚したい? しょーじきに答えなさい。        民の意思も国の未来も、ぜ〜んぶ忘れたキミとして。        貴女はそれを受け容れられますか?」 アンリエッタ「───…………。本来ならば、口にさえ出していいことではありません。        それこそ国のため民のため、私欲など捨てるべき……ですが。        わたくしは……嫌です。嫌…………っ……嫌…………!        わたくしは、あのお方と……ウェールズ様と……!」 中井出   「嫌、ね? ほんとに嫌なのね?」 アンリエッタ「嫌です……。でも、国のためには仕方のないことで───」 中井出   「いやいやいやいや、それが聞ければ十分。        ───アンリエッタよ。汝が願い、確かに魔王が聞き入れた。        キミの願いは叶うだろうよ。        だが今は同盟の件はそのままにしておきなさい。        あー…………うむ、うむ……」  猛者どもから情報を得つつ、頷きながら先を促す。 中井出   「いいかい姫ちゃん。        これからアルビオン……レコン・キスタが攻めてくるのは真実だろう。        なにやら世界征服でもしたいのか、勢いづいてるみたいだし。        ならばその馬鹿者どもを、我と才人が潰してみせよう。        そうすりゃゲルマニアの方から同盟結んでつかぁさいって頭下げてくらぁ。        政略結婚なんざする必要はねぇ。        だから、キミはトリステインがレコン・キスタに勝つまで我慢しろ」 アンリエッタ「我慢? 我慢とは、いったいなにを?」 中井出   「全部。いろいろ。恋も夢も全部だ。        そこまで我慢出来たなら、最高のプレゼントをキミにあげよう。        だからそれまでハングリー精神でゴーだ!」 アンリエッタ「…………いいえ。今のわたくしには、最高のプレゼントなど……。        そう仰るのでしたら、あの方に……ウェールズ様に会わせてください。        ああ、ウェールズ……ウェールズ様……」  あらら、シクシクメソメソタイムです。  ええい、王女たる者が下の者の前で泣くなど───なんと人間的なんだ!  素晴らしい! それですよ王女さま! それこそ人!  王女だから貴族だからと人らしい部分を見せぬ者など僕は嫌いです! 中井出「そんな貴女に乾杯!」  だからでしょう。  僕は姫ちゃんの肩をガッシと掴むと、黒衣を出現させ、頭だけズボリと黒衣の中に通しました。  するとビクンッと動く姫ちゃんの体。  やがてふるふると震え、しゃくりあげるように肩も震える。  はいタイムオーバー。  ズボリと黒衣から出した姫ちゃんは泣き顔だった───けど。 アンリエッタ「はいっ! 皇帝と結婚などしません! 意地でもです!」  だめだ話にならない! アンリエッタはやる気だ!  と言いたくなるほどの元気っぷりでありました。 ルイズ&才人『…………?』  一方ルイズ嬢と才人は疑問符を浮かべているが、よーするに黒衣の中のウェールズを見せただけです。  最高のプレゼントってのが何かを理解しただけで、彼女のやる気メーターはとんでもないことになっていた。  無理矢理顔突っ込まれても困るから、少し距離を取ったけど……すげぇ笑顔だ。てゆゥか黒衣の方凝視してない? やっぱり離れて正解だったようん。 アンリエッタ「それであの、ヒロミツさん……でしたね?        なにかわたくしに出来ることはありますか?        いえ、やらせてください、是非に」  涙目だけどにっこにこ笑顔である。  ルイズがしきりに首を捻って、声をかけるかどうかを躊躇するほど。  ならばと僕が出した言葉は、 中井出「友達になって?」  だったりした。  ルイズが「んなぁあっ!?」と素っ頓狂な声をあげるが、やっぱり無視の方向で。  代わりに姫ちゃんはぱぁあっと顔を綻ばせて、たととっと俺に近寄るとキュッと手を取って、 アンリエッタ「まあっ、こんなわたくしとお友達に……?        ああ、今日はなんといい日なのでしょう、ありがとう、ヒロミツさんっ」  やっぱり笑顔でそんなことを仰った。  うーむ、警戒心ってものがないのか? このお子は。 ルイズ   「姫さまっ! こここここんなやつのととっととと友達になんてっ!        なったらまた、いつ叩かれたりするかっ!」 アンリエッタ「いいえルイズ・フランソワーズ、        彼は理不尽に人を叩いたりはしていないの。        痛さも理由も納得がいくもので、        だというのに彼はそのお詫びにと任務を受け取ってくれました。        忠誠には報いを。信頼には信頼を返さねばなりません。        もちろん、義務的にではなく、わたくしの心でです」 ルイズ   「姫殿下……」 アンリエッタ「ヒロミツさん。私は王女と呼ばれはしていますが、        争いを嫌い、戦うことを恐れる弱い女です。        それでも……貴方は助けてくれますか? 友だと仰ってくれますか?」  姫ちゃんが少し悪戯ッぽい顔で訊ねてくる。  それを俺は、たははと笑って返してやる。 中井出   「OK、十分な信頼だ。お前の願いは俺の軌道に乗っけてくよ」 アンリエッタ「ふふっ……はい。勝手に信じていますね、ヒロミツさん。        貴方は私の一方的な願いを本当に叶えてくれました。        疑う理由が無くなってしまったのなら……勝手に信じ続けていますね」 中井出   「うむ。ならばこの博光も勝手に動けるというもの」  二人で内緒話でもするかのようににししっと笑い合う。  と、ルイズが面白くなさそうに頬を膨らますのだが、そこはそれ、才人が宥めてくれた。  説得の言葉としてはアレだ、「また疑うのか?」や「ちゃんと話してくれるって」などであるが。  生憎と現在は話す気はないなぁ。 中井出   「うじゃ、こんくらいかな? っと、姫ちゃんこれ持っておいて」 アンリエッタ「? これは?」  チャラリと出したのはナビネックレス。  友になったのならこれでしょう。  ちなみに、ウェールズにもきっちりと渡してある。  つーか無理矢理つけた。死なれても困るし。 中井出   「離れてても話が出来るえーと……まあマジックアイテムだね。        用事が出来たら飛ぶ前に都合を訊くから、それで応えてほしい」 アンリエッタ「え? あの、使い方はどのように……?」 中井出   「首に下げて、耳にザッと違和感のようなものを感じたら、        “繋げる”って意識してくれればいいや。        手紙を飛ばしたい時は、えー……」  軽い説明をしていく。  メールメッセージ機能や全体チャット、グループチャット機能など、様々に軽く。  それが終わる頃には、ルイズが「あんたのそれ寄越しなさいっ……!」って才人に襲いかかってたりした。 アンリエッタ「まあ、こんな便利な道具がっ! なんて素晴らしい……!        これで寂しい時はいつでもお話が出来るわね、ルイズ・フランソワーズ」 ルイズ   「ふえっ……!? あ、いえあのっ……わ、わわ私はその、持ってなくてっ、        〜〜〜っ……ちょっとサイトッ、        やっぱりそれちょーだい、いいえ寄越しなさいっ、寄越せっ!」 才人    「うわわわわっ! 無理だって!        俺の情報とかいろいろ記憶されてるんだから、        もしルイズの情報に上書きされたら、俺のこれまでの苦労がっ……!」 ルイズ   「だったらヒロミツ! 私にも寄越しなさいよっ!」  どーん、と胸を張って言われました。  僕はといえば、そんなフランソワーズさんの頭にポクリと手刀を落とす。 中井出「ルイズ嬢〜? キミはま〜だその性格を改めるつもりがないようだねぇ?」 ルイズ「ふぇ? ─────────あっ……!     ややややるわよっ、ちゃんと平民の気持ちも解るようになるわっ! 明日から!」 中井出「一番信用出来ない文句だよそれ!! むう……じゃあ明日からね?     実行に移そうとしないと自動で爆発するようにしたから。はい」 ルイズ「……イラナイ」 中井出「おぉおい!?」  まるで三日坊主を前提になんでも始めたいお年頃の子供のようだった。 【ルイズ・フランソワーズ/祈祷書。それは白紙の書物】  ヒロミツからネックレスをもらい、上機嫌で城をあとにした私は、学院に戻るなりオールド・オスマンに学院長室まで呼び出された。  サイトを連れて行こうとしたのに、サイトは「一人にさせてくれ」と言って、私の返事も聞かずに歩いていってしまった。なんなのかしら。  ともあれ訪れ、ノックをしてみれば「鍵はかかっておらぬ」との返事。  中へと入ると、パイプのあまり好ましくない匂いが嫌でも鼻についた。  生徒を呼ぶのにパイプを吸うの、やめてくれないかしら。 オスマン「おおミス・ヴァリエール、旅の疲れは癒やせたかな?」 ルイズ 「オールド・オスマン、      失礼ですが生徒を呼び出しておきながらパイプはどうかと思います」 オスマン「む? おぉっとっとすまんすまん。      どうにもこれを吸わんと落ち着かなくてな」  言いながらパイプに点った火種を消す髪も髭も長い老人。  ヨボヨボとまではいかないものの、威厳らしき威厳があるかと問われれば、誰もが飄々としたただの老人だと言うであろう体躯。  噂によると相当にスケベらしい。 ルイズ 「それで、オールド・オスマン。私になにかご用がおありなのでしょうか」 オスマン「うむ。ちと話が早いと思うが、      お主たちの活躍のお陰で同盟が無事蹄鉄されるそうでな。      トリステインの危機は見事に去ってくれるようじゃ。      それに伴い、来月にはゲルマニアで、      王女と皇帝の結婚式が執り行われることが決定してな」 ルイズ 「え……あ、はい、そう……ですね。      ……ってわわ私達がアルビオンに行ったこと、      知っていたのですかオールド・オスマン!」 オスマン「学院の目の前であんな巨竜だのグリフォンだの出されて、      気づかんわけがないじゃろが。      それにアンリエッタ王女殿下も事情を話してくれたしの」 ルイズ 「う……」  バレバレだった。それもこれもヒロミツの所為だ、そうだ絶対に。  でも……そうだ、結局まだ解決してない。姫殿下の婚儀のこと。  ヒロミツはなにかぶつぶつ言ってたけど、それってちゃんと間に合うんでしょうね……来月っていつよっ! もうっ!  などと苛立っていたのだが、目の前にホレと言わんばかりに差し出される一冊の書物。  なんだろう、と受け取ってはみたのだが…… ルイズ 「これは?」 オスマン「始祖の祈祷書じゃ」 ルイズ 「始祖の? …………それって、ここっ……国宝、じゃあありませんか!!」 オスマン「いかにもトリステインが国宝であるわい。      トリステイン王室の伝統で、      王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。      選ばれた巫女はこの始祖の祈祷書を手に、      式の“詔”(みことのり)を読み上げる習わしになっておる」 ルイズ 「は、はぁ」  みことのり? なんかよく解らないけど……王室っていろいろ大変なのね。  ……で、どうしてその祈祷書が私に渡されるのかしら。 オスマン「そして姫は、その巫女に───ミス・ヴァリエール。そなたを指名したのじゃ」  …………エ? ルイズ 「……姫様が?」 オスマン「うむ。ちなみに巫女はその祈祷書を肌身離さず持ち歩き、      詔を自分で考えねばならん。なにせ白紙じゃもん、その祈祷書」 ルイズ 「えぇえええっ!? わわっ、私が考えるんですか!? 詔を!? 自分で!?」 オスマン「姫が直々に指名したんじゃ、これは名誉なことじゃぞ?      王族の式に立ち会い、詔を詠みあげるなど、一生に一度あるかないかじゃ」 ルイズ 「………」  名誉ではある。  あるわ、それはそうよ、一生に一度あるかないかなのも頷ける。  でも相手は、好きでもない相手と結婚する姫さまよ?  私はそれに向けて、詔なんか紡げるの? ルイズ「………」  私室での姫殿下の顔を思い出す。  ヒロミツになにをされたのかは知らないけど、あどけない少女のような笑顔。  幼少の頃のままの笑顔がそこにあった。  それは、心から嬉しいことがなければ出来ないような笑顔だったから───……そうだ。あの時ヒロミツがなにかしてくれたんだ。今はそう信じよう。  知る努力をするって、決めたのよ私。  身近な者も信じられない貴族を目指したいわけじゃない。  もっと、貴族としても人としても高みへ……! ルイズ 「解りました。謹んで拝命いたします」 オスマン「おおそうか、快く引き受けてくれるか。      よかったよかった、姫も喜ぶじゃろうて」 ルイズ 「はい」  手に在る祈祷書を強く握り締めた。 オスマン「それから、キミの使い魔くんのことじゃがの」 ルイズ 「? はい……? はっ!? まさかあの犬、何かしでかしましたか!?」  ままままさかそれがバレるのが嫌で、一人になりたいとか言って、ご主人様の声も無視して……!? オスマン「いやいやそうではない、ちと気になることがあってのぉ」 ルイズ 「気になること?」  ……違ったみたい。焦りは禁物だったわ、反省。 オスマン「使い魔のルーンのことは知っておるな?      契約した使い魔には皆、ルーンが刻まれる。      召喚の儀式の際、      ミスタ・コルベールが全員分のルーンを調べたはずなんじゃが───      どうにもおぬしの使い魔くんのルーンだけが調べられなかったそうでの」 ルイズ 「サイトの……あっ」  そうだ、あの左手に巻きついた妙なもの。  そういえばどうしてあんなものがあるのかって思って、最初の夜に訊いたわ。  そしたらあいつ、「あ、いやぁ……これはなんでもないから」なんて隠したりして。  しかもあの時のサイト、なんか私に怯えてるみたいで……なんなのかしら、思い出したら腹立ってきたわ。 ルイズ 「多分ですけど、左手の妙なものに隠されているんだと思います」 オスマン「妙な……おお、あの手甲のようなものか。      あれは彼が最初から付けていたものかの?」 ルイズ 「……いいえ。召喚した直後にはつけていませんでしたわ、オールド・オスマン。      あれは……そう、契約した直後にヒロミツがつけたもので───」 オスマン「ヒロミツ……あの得体の知れぬ少年か。      背格好はここの生徒と変わらんわりに、妙に落ち着いておる。      モートソグニルで監視を試みたところで、あっさり見破られてしまうしのぅ」  あんた生徒が大勢居る学院でなにやってんですか。  思わずそう言いそうになるのをぐっとこらえた。  大丈夫なのかしら、こんな人が学院長で。 オスマン「フーケを捕らえてくれたきっかけとなった彼を、疑るわけではないがの。      ミス・ヴァリエール。もし彼のことについて気づいたことがあったなら、      わしかミスタ・コルベールに報告するんじゃぞ」 ルイズ 「………」 オスマン「ミス・ヴァリエール?」 ルイズ 「解りました」  こくりと頷いた。  どうして躊躇なんてしたのかしら……べつにあんなやつ、どうなったっていいじゃない。  妙なこと出来るけど平民は平民だし、偉そうだし怒るし。 ルイズ「それでは、失礼します」  お辞儀をし、部屋から出る。  そうして、すぐにヒロミツのことを思い返し、ぶちぶちと愚痴をこぼした。  そうだ、怒るし殴るし生意気で偉そうだし、でも………… ルイズ「………でも」  本気の目で叱る、数少ない人。  馬鹿にする目じゃなくて、本当に心配してくれている目だった。  哀れみなんてなくて、こんなもんじゃないだろって励ますような目だったのだ。  それが不思議で仕方なかった。  口ではひどいこといっぱい言ってるのに、お前は出来るやつだって勝手に信じてくれている……そう思わせる何かが、あの男にはあった。  だからサイトも心を許しているのかもしれない。  そうは言うけど、人として好きになんかなれそうにない。  エレオノール姉さまのように“出来ないこと”について理不尽に、頭ごなしに怒るんじゃない。きちんと理由を以って、それでも私なら変われるって……そう確信を以って叱る人。  やっぱり苦手だ。怒鳴られるのは好きじゃない。 ルイズ「解ったことがあったら報告ね……それって生徒を偵察に使うってこと?」  確かに興味はあるわ。  ヒロミツやサイトがどんな場所に居て、どんなことをしていたのか。  でもそれだけ。  必要になれば自分から教えてくれるだろうし、必要が無ければ自分から語り出すことは無さそうだ。  その時は実力を行使して聞けばいいだけのことで、偵察までして報告するのは嫌だ。貴族然としていない。ヒロミツはまだしも、サイトは私の使い魔よ? なんで私が偵察までして知ろうとしなきゃなんないのよ。  私はご主人様なんだから、どんと余裕に構えて、話してくるのを待てばいいのよ。 ルイズ「こうなるとオールド・オスマンに報告するのは癪ね……。     報告するならミスタ・コルベールにしておいたほうがよさそう」  なるほど、姫殿下の仰る通りだわ。  何処に目が、耳が光っているか解ったもんじゃない。  私には探知魔法なんて使えないから余計に気をつけないと。  いや、それ以上にオールド・オスマンの使い魔のネズミ……モートソグニルだっけ?  あの使い魔だって、オールド・オスマンの目となり耳となっているんだから、探知魔法だけじゃあ対処しきれない。  ……ほんと、学院の長があんな調子で大丈夫なんだろうか、この学院は。 ルイズ「貴族然ね……ヒロミツの言ってたこと、本気で考えてみるのもいいかも」  思いっきり怒られてみたら、いろいろなものに対する見方がほんのちょっとだけ変わった気がする。そもそも覗きに魔法を使うなんて、私が目指してる貴族像じゃないもん。  なのにその長たる人がそれをする? 聞けば、ミス・ロングビルの下着とかも覗いてたとかいうし。なにそれ、最低、信じられない。  そのロングビルが居なくなった途端に今度は人の使い魔のこと調べてるの? ルイズ「……なんかむかついてきたわ」  よし、サイトを探そう。  そして訊いてやるんだ、チキュウとかいう、サイトが住んでた場所のこと。  一緒にダンスした時に、「信じてあげるわよ」とは言ったけど……その実、内容は聞いていない。だから聞く。うん、聞くわ。でも私から知ろうとするのはなんだか癪。どうしよ。  ともかくこれは決定ね、訊きはしない。聞くだけ。ちょっとそういう流れを作れば勝手に喋るに決まってるんだから。 ルイズ「はぁ。祈祷書なんて大変なものまで渡されて、どうしろっていうのよ、もう」  言いながらも、気にはなるから祈祷書を開いてみる。  ……真っ白だった。 ルイズ「……これが国宝である理由も知りたいわ。なにこれ」  歩きながらの呟きは誰にも届かなかった。 Next top Back