22/病は気……力で治せ!

 イライライライライライラ……!!

中井出「で……!? 注意書きもあったのにズカズカ入ってきて……!?
    挨拶も無しに胸倉掴んで貴様呼ばわりした挙句……!?
    公爵を殴った下郎がどーのと散々口汚く罵ってくれた上に……!?
    お願いじゃなくて命令で娘を治せってなぁどういう了見かね!!」
公爵 「あ、あー……いや……」

 彼は不機嫌であった。
 散々と蓄積されたストレスが、先ほどのことで爆発。
 だというのに畳み掛けるように罵られ、その上“許してほしければ娘を治せ”ときた。
 怒らないほうがどうかしている。
 結局のところ再び殴られ、大回転し、さらに殴られ壁に激突。
 起き上がらせられ殴られ、空を飛び、殴り落とされ、さらに殴られた。
 あとはいつもの正座である。

中井出「人の領地に上がり込んで頼み事しようってのに、公爵がそれでどうすんの!
    あんたそれでも貴族!? 偉い貴族なの!?
    そりゃ娘が大事なのは解るよ!
    でもね! その前に治療を受けてた使い魔だって生きてるの!
    順番守ってくれなきゃなんのための順番か解らないでしょ!?」
公爵 「す、すまん。少し気が立っていたのだ。
    陛下と会う機会があり、噂だとばかり思っていた神の癒し手が本物だと知り、
    お前ならば娘を治せるやもと……」
中井出「治して欲しいのは誰でも一緒です。そこには貴族も平民もないのです。
    ……はい、説教は終わりです。事情は解ったから、娘さんを連れてきてください」
公爵 「なにを言っている、来るのはお前だ」
中井出「ダメです。こうしてる間でも患者は来てるのです。
    大体、そんなに危険なら一層ここに連れてくるべきだよ?
    殴られた痕、もう治ってるの、気づいてる?」
公爵 「む……!? い、言われてみれば。これは魔法ではないのか?」
中井出「杖なんぞ持ってないって。ここはそういう奇跡があるの」
公爵 「領地を譲れ! 糸目はつけん!」

 彼は再び拳を振るった。

……。

 で。

中井出「馬鹿じゃなかと!?」

 再びキレた彼が、公爵を正座させるのには、1分とかからなかった。
 はらくしゃあ!と叫ぶ彼をジョゼットやシエスタが抑えるが、騒ぎを聞き付けてやってきたマチルダやティファニアにしてみれば、もうどっちが悪でどっちが正義なのか。
 ティファニアは「順番は守るべきです」と言っていたが。

公爵 「むっ!? エルフ!? 何故エルフがここに!」
中井出「ここに? なに? 人様の領地内でのことにケチつけるの?《ゴキベキバキ》」
公爵 「い、いやっ、しかしだな!」
中井出「ティファニアは何も悪いことはしてないの。
    エルフだからって差別した目で見るな。ていうかむしろ見てみなさい。
    貴様が危険物を見るような目で見るから怯えてしまった」

 ぷんすかと似合わない擬音で怒りつつ、大丈夫大丈夫と子供をあやすように頭を撫でる。
 途端にジョゼットに頬を引っ張られ、シエスタにも引っ張られ、彼は再びカレーパンマンになった。

中井出「この領地では全て人として扱います。
    怪我をしたのが使い魔だろうが家畜だろうが、順番は順番。
    家畜なぞあとにしろと言う貴族を、僕は散々殴り飛ばして最後尾につかせました。
    焦る気持ちはそりゃあ解るさ。でもね、痛いのはみんな同じで、不安なのも同じ。
    ひどい症状の人はそりゃ優先させるさ。
    で、あなたはここに居ない人の何を俺に優先させてほしいの?」
公爵 「貴様っ! それは我が娘に対する侮辱かっ! 病だと言っているだろう!
    これほど焦っている様子を見ても、症状が軽いと見えるのか!?」
中井出「むしろ焦っているからこそ連れてくると思うんだけど……ああそっか。
    姫ちゃんに何を言われようが、結局疑ってたわけね……理解した」

 溜め息。
 以前カトレアを救いたいと、情報のままに口にしていた中井出だったが、こういう状況であれば話は別だ。高圧的に命令されて、言われるままに人を救うのはとても癪だ。
 そう考えれば、医者というのは随分と神経を使うのだなと納得する。
 知らず、溜め息の数が増えたことを考えれば、今さらな考えではあるのだが。

中井出 「じゃあ連れてきてください」
公爵  「馬鹿を言うな! 馬車で二日はかかる距離だぞ! 貴様が来い!」
中井出 「んんー……じゃあ一つだけ条件を。
     迎えに行くから治療はここで。それは譲れません」
公爵  「だから馬鹿を言うなと! 病気なのだぞ!?
     二日も医者の目の届かぬ旅をさせろというのか!」
中井出 「……ねぇマチルダさん。この人俺をなんだと思ってるの?」
マチルダ「平民あがりの男爵でしょ?」
中井出 「返す言葉もない」

 言いながら笑った。
 家族との会話で少し心が救われた気分だった。たったあれだけの会話で。
 貴族が嫌いなのだ。本当に嫌いなのだ。
 こんな高圧的な相手ではそれも余計で、しかもこっちの条件は全く飲まないとくる。
 しかしながら、この世界でいえば罪に問われるのはこのままでは中井出である。
 不敬罪や階級制度といえばいいのか、目上の者に手を上げるのが罪になることを国が決定しているのならば、領地がどうのという以前に国に居る限りは問われ続けるものなのだ。

中井出 「ねぇ、もう強硬手段でいい? えーっと、娘さんの名前は?」
公爵  「強硬手段……? 娘はカトレアというが」
中井出 「……よし、確認できた。じゃあマチルダさん、留守番よろしくね。
     5分もあれば戻ってこれると思う」
マチルダ「そうかい。それじゃ、そっちも気をつけるんだよ。
     とりあえず治せなけりゃ国に潰されるのは確実だからね」
中井出 「だから一箇所に留まるのは嫌だったんだけどね……。
     いいよ、相手から暴力してきたのに罪に問われるなら、貴族絶滅させる」

 にこりと笑い、外に出た。
 公爵の怒鳴り声が聞こえたが、無視して歩くと、途中で会ったヘレン婆さんに行ってきますの挨拶をすると、彼は普通の笑顔に戻っていた。

……。

 その夏は……暑かった。
 庭師が花の手入れなどをする暑い陽射しの下。
 ラ・ヴァリエール家長女のエレオノールがアカデミーから実家へ戻り、門を通って廊下を歩み、自室へ向かっている最中にそれは起こった。

中井出「ィヤァーーーーッハッハッハッハ!! 絶景!!」

 どがしゃああん、という轟音。
 妙な塊と一緒に飛んできた男が家の窓ガラスをぶち破り、丁度歩いていたエレオノールの前に転がってきた。

エレオノール「なっ───」
中井出   「あ、どうも。博光です。えっと、カトレアという人を探してます。
       ちょっと事情があって攫わなきゃいけないのですが、どこですか?」
エレオノール「さらっ───!?」

 大変なことを普通のことのようにさらっと言う人物。
 彼女は悔いた。
 急いでいたとはいえ、アカデミーで使う資料のまとめを取りに来ただけなのだと、杖を馬車に置きっぱなしにしていたのだ。
 本来ならば在り得ないことだが、忙しい仕事に追いやられ、少々注意力が散漫していた。
 杖がなければメイジは魔法を行使できない。
 そうなれば抵抗する力などない女性にすぎないのだが、抵抗しなければ大事な妹が攫われてしまう。それは絶対に避けなければいけないことだ。
 しかしどうやら目の前の男はカトレアの容姿を知らないようだ。
 ならば───

エレオノール「わ……わたしが、そうよ」
中井出   「え? マジで? モノスゲー健康そうなんですが」

 言われた途端、彼女は咳き込んだ。
 それを、先ほどまでの威圧的な視線は、きっと病弱な彼女なりの強がりだったに違いねぇぜ〜〜〜〜っ! と勝手に誤解した彼は、少しだけ涙ぐんでウンウンと頷いていた。
 しかしながら、やることは人攫いである。
 彼は彼女を颯爽とお姫様抱っこすると、巨大な剣に飛び乗って空を飛ぶ。 
 その速度に……むしろそれよりも、お姫様抱っこされたことに怒る彼女だったが、

中井出「大丈夫だ! 絶対にキミを救ってみせる!
    だから今は何も言わずに攫われてくれ!」

 なんだか解らないが真剣な目、真剣な声でそんなことを言われ、彼女は黙るしかなかった。
 ……それは、彼女が婚約者であるバーガンディ伯爵に、“もう限界だ……”と婚約を破棄された日から、少しあとの出会いだった。

……。

 しかしそんな出会いもオチは当然あるわけで。

中井出「え? 人違い? なに言ってんの? この人カトレアさんだよ?
    だって自分で自分がそうだって言ってたもん」

 辿り着いてみれば、そんな状況。
 診察室にはどんよりとした空気が漂っていた。

エレオノール「あなたが噂の“神の癒し手”……」
中井出   「ね、ねぇ、キミ、カトレアだよね? 僕間違ってないよね?
       この人達に言ってやってよ、僕ウソなんてついてないもん」

 エレオノールは、目の前のおろおろする男を見た。
 先ほどの真剣な表情にドキリとしたのは気の所為だった、と確信するために。
 むしろこんな男で大丈夫か? と首を傾げるほどだ。

公爵    「相手を間違えるなど……」
中井出   「いやだから間違えてないって。意地悪しないでよ、カトレアさんだよね?」
エレオノール「……ラ・ヴァリエール家が長女、エレオノールよ」
中井出   「うわぁーーーん! みんな死んじゃえぇーーーっ!!」

 泣いた。そして飛んでいった。
 そしてきっかり五分後、彼は「やあ」と笑顔で戻ってきた。

中井出 「というわけで連れてきました。カトレアさんだよ!」
カリーヌ「…………ピエール。これはどういうことだか説明していただけるのね?」
公爵  「カ、カリーヌ!? いやっ、これはっ!」
中井出 「カリーヌ? いやいやなに言ってんの? この人カトレアだよ?」
公爵  「……うぉっほん! ……妻のカリーヌだ」
中井出 「……エ?」

 そして再び騙されたらしかった。

カリーヌ「名を聞いた時に、もしやと思いましたが……あなたが噂の癒し手……。
     失礼を。私はカリーヌ・デジレ・ド・マイヤール。
     あなたが本物であるかを確認するため、嘘を言いました」
中井出 「なんでみんな平気で僕にウソつくの!? もう僕なにも信じられない!」

 ビワーと騒ぎ出す中井出だったが、救ってきたお手伝いさんにフォローされて正気に戻ったようだった。

カリーヌ  「噂通りの方のようで安心しました。
       騙しておいて頼むのも卑怯だとは思いますが、
       娘を……カトレアを救っていただけますか?」
エレオノール「……母さま。既に居ませんわ」
カリーヌ  「え? なっ……」

 既に出発していた。
 少しするとやはり戻ってきて、何故か自信なさげにおろおろと一人の女性を連れてきた。

中井出「あ、あの……カトレアさん……だよ?」

 二度も失敗して自信を無くしているようだった。

カトレア「母さまに父さま、姉さままで……これは、いったい?」
カリーヌ「カトレア……あなたにあの速さは辛かったでしょう、大事ないですか?」
カトレア「ええ平気。楽しくて燥いでしまいましたわ!
     だってあんなに速いの、初めてだったんですもの!」
中井出 「……!《ぱああっ……!》」

 病弱だというわりに、見た感じでは元気そうな女性。
 ジークフリードでの旅が相当楽しかったらしく、ころころと表情を変えて喜んでいた。
 そしてそれは、この領地の主さまも一緒だった。
 何故か胸を張っている。

中井出   「えーと、それではまず診察を始めたいんだけど。皆様退室願えます?」
公爵    「貴様と二人きりに? 冗談では《グミッ》あいぃいだだだだだ!?
       カリーヌッ!? なにを!」
カリーヌ  「医者を信じないで病が治せるとでも? 出ますよ、エレオノール」
エレオノール「……はい」
公爵    「いやっ! だからだなっ! 何も耳を引っ張らんでも! あいぃーーっ!」

 出ていくカトレアの家族に続き、マチルダやウェールズも出てゆく。
 しかしティファニアは残ってくれと言われ、その場にはシエスタとジョゼットとティファニアが残された。

ジョゼット 「それでお兄さま、今回は……」
中井出   「ご存知の通り分析です。でも今回はテファにも手伝ってもらいたい」
ティファニア「う、うん。わたしで出来ることなら」
シエスタ  「あ、楽にしてくださいね、えーと……」
カトレア  「カトレアよ、可愛いメイドさん」
シエスタ  「い、いやですわお嬢様、可愛いだなんて」

 カトレアは楽しげだった。
 中井出に言われることを真っ直ぐに聞き、きちんと楽にし、息を整える。

中井出  「んー……分析してみたけど。これ、凄いぞ……?」
ジョゼット「まあ、なにがです?」
中井出  「いや、病はある。病っていうか……あー、うん。まあ病だ。
      まず肺の大きさが左右で違う。深く呼吸すると妙に咳き込んだりするでしょ」
カトレア 「まあすごい、そんなことが見ただけで解るなんて」
中井出  「あと栄養失調。病気だからって軽いもんばかり食ってただろ。
      それに筋肉量も足りないし、骨が強度不足。あまり陽に当たってないね?」
カトレア 「……そんなことまで解るのですね。
      初めて会ったのに、まるで長年の付き合いをしているようだわ」

 くすくすと笑う。
 本当に病気なのかと疑いたくなるが、そんな反応は彼女が心配されながら生きてきたための反応なのだと理解すると、中井出は小さく苦笑した。

中井出 「心臓のほうにも不調の兆しがあるな。咳のしすぎで喉にも異常、と。
     肝臓も弱いし、こりゃエネルギーを循環させる能力も相当低下してるな。
     で、一番の問題なのが……やっぱり“水”だよなぁ」
カトレア「水?」
中井出 「あのおっさんのことだから、キミの───」
カトレア「カトレアよ《にこり》」
中井出 「いや、キミ」
カトレア「カトレア、よ《にこっ》」
中井出 「キミね」
カトレア「カトレア……《……にこっ?》」
中井出 「じゃなくて、キミの───」
カトレア「……カトレア、です《じぃっ……》」
中井出 「子供ですかあんたは! うわぁもう今までにない性格だ! やりづらい!」

 中井出、困惑。
 しかしながら頭をぶんぶんと振るって、説明を続ける。

中井出 「まずね、恐らくは紹介された医者の水メイジが原因なんだろうけどね。
     カトレアの体の中には水の魔法が蓄積されすぎてて、
     本来正常に流れるべき血液とかエネルギー生産とかの流れを妨害してる。
     秘薬とか散々使われたでしょ」
カトレア「ええ、“大事”にされたわ。とてもよ」
中井出 「……だろうね。多分一番最初に使われた時には体を回復してくれた。
     それを見たおっさんは喜んで、カトレアに秘薬を使いまくった」
カトレア「結果が……今の症状?」
中井出 「水の魔法効果が、“正常だった部分”にまで異常を及ぼしてるってことだね。
     よーするにこの水を抜いてやれば、まず第一段階の回復が可能です」
カトレア「第一段階? まあ、それよりも善くなるの?」
中井出 「なるよ? ていうか病気とオサラバできます」

 虚空にブミンッと膜を創造。
 そこにズジャーと図を描き、説明する。

中井出 「きちんと説明しよう。カトレアは産まれつき体が弱かった。
     そうなると病気にもなりやすかったし、動くこともままならなかった」
カトレア「ええ、そうね」
中井出 「まあ、それはよかったんだ。弱ってても体を少しずつ鍛えれば。
     ただ公爵家に産まれたってのが問題になった。
     過保護だった親が、病気となればすぐに休ませて、動くことを許さなかった。
     体が抗体を作るより早くに秘薬なんてもので無理矢理治すもんだから、
     いろいろな菌に抵抗しながら成長しなきゃいけなかったキミの体は」
カトレア「カトレア、ですわ」
中井出 「いいから普通に言わせてよ! え、えーとカトレアの体はね?
     抗うための力を秘薬を使われた回数分だけ殺されてきたんだ。
     だから体は弱いまま。秘薬も体に馴染む前に上乗せされた所為で、
     ただ体の中に淀んだまま溜まっていった」
カトレア「そうなの……なんだか、水のメイジさんに悪いわ」
中井出 「気にしなくていいって。解らないなりに手を施した結果だし」

 図を膜ごと消して、ではこれからの説明を。
 中井出はもう一度カトレアを分析したのち、治療にかかる時間をざっと予測。
 それまでの時間をここで過ごしてもらうことになるがと持ちかけた。

カトレア「わたしは平気。父さまと母さまがどう出るかだけど……きっとなんとかなるわ」
中井出 「まあ、なんとかするけどね。
     治る病気を親の我が儘で治さないなんて冗談ではない。
     断ったら両親を殴り倒してでも納得させるさ」
カトレア「まあ、ふふっ、城から姫をさらう白馬の王子様なら、もっと穏便に済ませそう」
中井出 「王子じゃないから、そこのところは勘弁を。ていうか攫いません」

 笑いながらも早速治療の説明。
 まずは秘薬の澱み(水)を抜く前に体を多少鍛えて、ともかく体を強くすること。

中井出「澱みとはいえ、今まであったものを抜くってのは結構負担がかかるからね。
    ほいじゃあまずこれをどうぞ」

 右手に小瓶。
 瓶の口に左手を添えて、創造。
 それをカトレアに差し出すと、まあ、と驚かれた。

カトレア「メイジって感じがしなかったから、魔法を使うなんて思わなかったわ。
     むしろあなた、ハルケギニアの人じゃないのよね。そう感じる」
中井出 「直感すごいですね」
カトレア「ふふっ、それほどでもないわ」

 にっこり笑うカトレアは、病弱で部屋に閉じこもることが多かった。
 たまに外に出られるとしても、広大なラ・ヴァリエールの庭を歩く程度。
 その中で傷ついた動物を発見しては手当てをして、お友達になっていた。
 そんな数多くの動物たちに囲まれた生活を送っていたからだろうか。
 妙な勘を持っている。

中井出「ジョゼット、エリクサー取って。シエスタはそっちの空き瓶を。
    ティファニアは秘薬を使わずに、カトレアの回復を」

 指示を出すと、疑うことなく行動してくれる。
 出会ってここに来て一ヶ月も経っていないのに、ジョゼットもティファニアも慣れたものだった。というより疑うだけ無駄だと悟った。この馬鹿者は、自分たちが裏切らない限りは絶対に裏切らないのだと、妙に理解できてしまっているから。

ジョゼット「秘薬はダメなのに、エリクサーは平気なのですか?」
中井出  「や、飲むの俺だから。《ごきゅり》……ん、よしっと!
      じゃ、カトレア、それ飲んで」
カトレア 「……にがい?」
中井出  「いいからお飲み!!」

 怒ってみれば、笑いながら「きゃあっ♪」と身を竦めるカトレア。
 どこが病弱なんだとツッコミたいところだが、事実なので困ったものである。
 ともあれベッドに座ってもらうと、水を飲んでもらった。

カトレア「ん……っく。……味はしないのね」
中井出 「ほんとは凄く苦いけどね、いじくってあります。
     うじゃ、これから強硬手段で筋肉発達させるから、覚悟するように」
カトレア「ええ。治るのなら……
     これ以上みんなに迷惑をかけずに済むのなら、どうかお願いします」
中井出 「……うむ。任せておきなさいな」

 言って、中井出はカトレアの口に自分の人差し指を当てた。
 カトレアが疑問符を浮かべるが、理由は直後に解った。
 胸の底、胃袋ではないどこかに、真っ黒な何かが集まる感覚。
 気持ち悪いのに吐き出せもしない状況に、ドッと汗が噴き出る。
 呼吸もあっという間に乱れ、全身が痙攣する。
 苦しくて息をしようと口を開けた瞬間、自分の口からどす黒い液体が吐き出され、中井出の指に巻きついていった。

カトレア「あっ……か……!?」
中井出 「口閉じるな! 喋るな! ただ堪えろ!」
カトレア「……!《こく……!》」

 恐らくは飲み込んだ液体が、体の中の“水”を巻き込んだ状態があの“黒”なのだろうと彼女は思った。その過程、体がピンッと張り、一切動かせなくなる。
 みしみしと自分の体ではないのではと思うほど、力が入っていた。
 それは何時間も続いたような苦しみで、しかし実際は一分程度しか経過していない。
 くたりとベッドに倒れると、体から湯気が立ち上る。

シエスタ 「ヒロミツさんっ、こ、これは?」
中井出  「筋肉が高速で作られてるんだ。
      老廃物取りながらやったから、栄養が素直に筋肉に向けられる。
      つーか黒いなオイ。どれだけ組織に悪性細胞溜め込んでたんだ」
ジョゼット「これが“水”というものですか?」
中井出  「やや、これは体に溜まった、体に悪影響しか与えない物質。
      先に筋肉つけるっていったでしょ?」

 そう言う彼が見るフタ付きの小瓶には、先ほどの黒い液体。
 “水”ではなく老廃物のようで、インクかと思うほどに真っ黒だった。

中井出  「シエスタ、汗拭いてやって。服はこっちの“患者の服”で」
シエスタ 「はいっ」
中井出  「ジョゼットは点滴の用意を。こりゃ予想以上に大仕事だ。
      血管に直接栄養水流す。じゃないと細胞が保たん」
ジョゼット「点滴って、あのアレですか……見たくありませんわ……」
中井出  「そう言わない。
      医者を頼ってきた患者を救えないなら、医者なんて居る意味がない。
      もちろん、治せないものだってあるけどね。それでも頑張るのが医者だ」

 点滴が用意され、汗を拭い、着衣を着替えたカトレアの腕に取り付けられる。
 カトレアがなにかと驚いていたが、医療器具だと言うと安心して目を閉じた。
 疲労も癒しの空気を吸い込むことでどんどんと回復し、乱れていた呼吸も安定、突っ張っていた筋肉からも力が抜け、落ち着いてゆく。

中井出   「胃の悪性細胞は吸収した。これから肺の調整に入る。
       それと一緒に他の内臓からも悪性細胞を摘出する。テファ、治癒を頼むな」
ティファニア「うん、任せておいて」
中井出   「よし、じゃあ───我、今、時の精霊に願い奉る!
       時を止めろゼクンドゥス! 人器&クロックワークス!」

 時を止める。と同時にカトレアの腹を裂き、肺を切って調整。
 外側からは届かない部分からの細胞摘出を行うと、回復を施して傷を塞ぐ。
 時が動いてみれば、急な腹部と胸部の痛みに苦しむカトレア。
 しかし安静にしていればすぐに癒しが治してくれることだろう。
 彼はそう思いながら息を吐いた。
 が、痛みに顔を歪ませるカトレアを見ているのが辛くなり、

中井出「だだだ大丈夫? 痛くならないようにやったんだけど、え?
    あれ!? 俺失敗した!? ごごごごめん! 今すぐなんとかするから!」

 大慌てである。
 分析を開始しようと賢者の石の力を解放しようとしたところで、カトレアがくすくすと笑いだした。
 ……のちに、次女は頭にたんこぶを作って、笑顔のままに目尻に涙を溜めていた。

……。

 手術から数分。
 中井出はラ・ヴァリエール一家に、勝手に手術をさせてもらったことを伝えた。
 父、激怒。母、激怒。姉、激怒。中井出、絶叫。
 ボッコボコにされて、屋敷の外へと捨てられた。

中井出  「あいたたた……まったく無茶をする……おや?」
コルベール「あややややっ!? キミはっ!」

 倒れたところで、屋敷を見上げていた知り合いと遭遇した。
 コルベール。“炎蛇”の二つ名を持つ、トリステイン王立魔法学院の教師である。
 何故か妙に挙動不審だったが……なんとなく理由が解り、中井出はニコリと笑った。
 立ち上がって砂を払いながらコルベールを見る。

中井出  「ゴルベーザ先生、この領地になにか用事?」
コルベール「コ、コルベールだよ。
      いや、実はね、この領地になんでも治せる医者が居ると聞いてね。
      その、なんだ、まあ、うん」

 頬を染めて、そわそわとしていた。
 女性がやれば似合いそうなそれを男がやっている場面を見て、中井出は「新鮮ですね」と素直に言った。差別が嫌いな男である。というかむしろ妙に似合っていたから困ったものだった。

中井出  「髪の毛ですか?」
コルベール「私はハゲではありませんぞ!?」
中井出  「ハゲじゃないです。頭だけ輝いてるだけで」
コルベール「そうだ、ハゲではない。その境だけは譲れない……ってそうではなくてだね」

 苦笑。
 笑い合いながら、「ほいじゃあこんなところで立ち話もなんですから」と、癒しの大樹の傍まで歩き、その幹に腰掛けた。

コルベール「……不思議なところだね、ここは。空気が違う。心の芯から癒されるようだ」
中井出  「老人が狂ったような速度で畑耕してますもんね」
コルベール「オルニエールには若い者が居ないと聞いていたんだけどね。
      来てみれば子供も若い女性もたくさん居た。驚いたよ。
      ……だが、不思議と若い男性が居ないのだよね。どういうことだろうか」
中井出  「領主が特殊性癖の持ち主とか?」
コルベール「ミスタ・ヒロミツ、相手の本質を知る前に、適当なことを言ってはいけない。
      噂は知っているだろう?
      貴族に買われた若い女性を引き取り、ここで暮らさせてると。
      貴族だから平民になにをしてもいいというわけじゃあないんだ。
      ……そういった意味では、女性たちがここであんな笑顔を見せている。
      それだけのことが、たまらなく眩しいことに思えてくるよ」
中井出  「……領主さん、そこまでは考えてないんじゃない?
      ただ単に、泣き顔よりも笑った顔が見たいとか」
コルベール「はは、そればかりは本人に訊かないと解らないことだからね。
      けど、それでもいいんだと私は思うんだ」

 座りながら、笑顔で空を見上げ、彼は言った。
 中井出はそんな彼の横顔を、少し驚いた風情で見つめる。

コルベール「誰かの笑顔が見たいと思い、本当に相手を笑顔に出来る人。
      そういう人を、私は素晴らしい人だと思う。
      人を笑顔にするのはね、とても難しいことなんだ。
      軽い冗談が人を傷つけることがある。
      やさしい言葉が人を泣かせることがある。
      ……人とは、難しいものだね。どれだけ言葉に思いを籠めても、
      その意味が届かなければ、やさしい言葉でもただの暴言にさえなってしまう」
中井出  「……先生は、そういう経験があるの?」
コルベール「……ふふっ、どうだろうね。あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
      ただね、私は思うんだ。言葉一つで変わってしまう世界がある。
      言葉一つで救われてしまう世界がある。
      どれもが同じ言葉なのに、私たちは傷つける言葉ばかりを吐いてしまう。
      言葉に従い、力を行使して、誰かの楽しいを壊してしまうことが出来る。
      そして、そんな力を神秘だと謳う貴族が居る。
      ……貴族とは。神秘とはなんだろうなぁ、ミスタ・ヒロミツ……」

 ……風が吹く。
 遠くを見ていた目が自分に向けられ、中井出はその目を真っ直ぐに見た。
 その目に宿るのは後悔と懺悔と……苦しみ、だろうか。
 コルベール自身どうしてこんなことを話し始めたのかが解らなかった。
 しかし、こうして真っ直ぐに中井出の目を見て、掴みきれはしなかったが、解ったような気がした。
 ……鏡で見る、自分と同じ目をしていたから。

中井出  「……そんなの、自分が思ってる程度でいいんじゃないかな」
コルベール「自分が……?」
中井出  「そ。それならさ、
      思っていたよりいい貴族だ、思っていたよりひどい貴族だって割り切れる。
      神秘だってそうだ。思っているよりも大したことないのなら、
      自分が頑張ってその神秘を越えていきゃいい」
コルベール「割り切っていても、やりきれない思いがあってもかい……?」
中井出  「割り切れた思いも、やりきれない過去も、みんなみんな経験だ。
      他の人には出来なかった経験を、
      だったらみんながそうならないように頑張ってみる。
      全部なんて救わなくていい。
      笑ってないヤツが居たら、まずはそいつを笑わせるところから始めて……
      自分が道化になっても構わないってくらいの覚悟で、笑わせに走る」
コルベール「それでも笑わなかったら?」
中井出  「くすぐる」
コルベール「……そ、それは根本的な解決にはなっていないんじゃ───」
中井出  「違うよ、先生。目的が笑わせることなら、笑わせればいいんだ」
コルベール「………」
中井出  「助けたかったら方法を選ばないで助ける。
      あとで悔やんでもいいってくらい、
      他に方法があったんじゃないかって後悔するくらいの覚悟を決めてでも、
      助けたいものがあるのなら助ける。
      やることなんて一緒なんだ。ただ自分がそうしたいって心から思ったならさ、
      自分が今立っている環境なんて全部差し出してでも……楽しませればいい」

 「道化ってそんなもんじゃない?」……そう言って、彼は苦笑した。
 コルベールはそんな言葉に呆然としたが、もう一度空を見て……苦笑した。

コルベール「そうかもしれない……だが」
中井出  「そうじゃないかもしれない」
コルベール「……難しいなぁ、世界は」
中井出  「だから退屈だけはしないんじゃないの?」
コルベール「はは、まったくその通りだね。……うん。では本題に入ろうか」
中井出  「本題?」
コルベール「ああ。実はね、私は……ここには禿げを治してもらいに来たんだ」
中井出  「……直球ですな」
コルベール「目的が生やすことなら、手段は選ばない。そうじゃないのかい?」
中井出  「…………おみそれしました」

 笑い合い、握手をした。
 そして二人して立ち上がると、早速治療についてを話し合った。

……。

 ドッギャァアーーーーーン!!

コルベール「ほっホォオッ……ホァォァアッ!!」

 五分後、鏡を持たせた彼が興奮していた。
 もっさり一気に生やすことは、どうにも不可能だったので、現在は産毛程度の状態。
 だが……しっかりと生えていた。

中井出  「で、先生はいつから気づいてたの? 俺が領主だって」
コルベール「最初からさ。ヒロミツ・シュヴァリエ・ド・ナカイデ・ド・オルニエール。
      ヒロミツとナカイデ。この名がつく人を、私は一人しか知らない」
中井出  「そりゃそうだ」

 薄く笑うコルベールを前に、中井出は肩を竦めた。
 貴族になったのだから、領主の名前など調べれば簡単に解る。むしろ解らないほうがどうかしているのだ。

コルベール「貴族が嫌いなのかと思っていた。いや、事実嫌いなのだろう。
      ……何故、と……訊いてもいいかな?」
中井出  「笑顔にしたいヤツが居ました。
      そいつを引き取ったはいいけど、俺野宿だったからさ。
      庭付きの家買えばいいかなーとか思ってたけど、一応仕事もあるし。
      そうなると家にはそいつ一人だし、そいつ世間知らずだからさ。
      ……一人で居させるよりも、領主になって屋敷に住まわせたほうが、
      領主の名前が盾になってくれるって思ったから」
コルベール「……そ、それだけの理由で、かい?」
中井出  「聞いて驚きなさい、先生。
      博光はですね、楽しいを教えるためならば、手段を選ばないのです。きゅい」

 何故か胸を張りつつ、イルククゥの真似をする彼。
 コルベールはやはりポカンとする他なく……しかし、これもまたやはり、苦笑で返した。

コルベール「キミが変わっていなくて安心したよ。
      キミが貴族に、なんて……性質の悪い冗談だと思っていた。
      料理長やメイドの女性と話しているキミは、
      とてもやさしい顔をしていたからね」
中井出  「俺も、姫ちゃんやウェールズにノセられなければね……でも、
      なんだかんだとあったけど、今はこれでよかったって思っている」

 畑が見える位置で二人、農作業をしている人達を見て呟いた。
 作業中の男が一人、こちらに手を振っている。
 いい笑顔だった。

コルベール「ふふ……元気だね。
      こんな光景を見れるだなんて、キミは本当にいい領主のようだ」
中井出  「どうだろうね」
コルベール「平民も貴族もなく、“人間”として見る領地。
      それがこんなにも穏やかだとは思わなかったよ。
      ……ところで、ここにメイジはいるのかい?
      患者にそういう報せを出しているのは解ったが」
中井出  「ん? ああ、さっき手を振ってたヤツ、メイジだよ?」
コルベール「そうなのか。貴族でも働かなければ食べていけない者も居る、と聞いたが」
中井出  「うん。名前はウェールズ・テューダーだ。仲良くしてやってくれ」
コルベール「ほお! ウェールズ皇太子と同じ名かい! それは興味深…………い………」

 汗を拭いながら、手を振っていた男性が近付いてきた。
 被っていた麦藁帽子を取り、胸に当て、紳士の礼のように笑顔で挨拶。

ウェールズ「やあヒロミツ。今日はサボリかい?」
中井出  「いや、なんかラ・ヴァリエール公爵とかいうのが来ててさ。
      今、娘さんの治療やってたんだけどね?
      その第一歩が終わったよーって言ったらボコボコにされて捨てられた」
ウェールズ「ラ・ヴァリエール公爵が!? ……それは、キミも随分と有名になったね」
中井出  「誰が来ようと、客だけどね。で、今日はどうする?」
ウェールズ「作物が出来るのはまだ先だからね。
      今日も川だ。魚を釣らないと飢え死にだよ」
中井出  「一日抜いたくらいじゃまだまだ死なないよ」
ウェールズ「はははっ、それは医者の言う言葉じゃないな」
中井出  「だったね。よしっ、じゃあ今日もどっちが多く釣れるか勝負勝負!」
ウェールズ「よしっ、受けて立とう! 杖───ではないね、クワに誓って!」
中井出  「おおなにそれカッコイイ! 俺も! クワに誓って!」

 すっかり大地に根を下ろした浮遊国の皇太子は、今日も泥まみれで笑顔だった。
 最近は時間が空けば中井出と川に行き、食料である魚を獲っている。
 もちろん魔法は使わないから自力である。
 最初は釣りに没頭するのだが、最初の頃などは魚の引きに負けて川に転落。
 笑いながらヤケクソになり、中井出とともに素手で魚を捕まえに走った。
 そんな日々を続けていたら、今の皇太子が完成。
 透き通るように滑らかで、女性のように白かった肌は、すっかり陽に焼けていた。
 元々空賊の変装も面白がってやっていたほどなのだ、妙な才能はあったのかもしれない。

コルベール「待ちなさい! というか待っていただきたい!」
中井出  「え? なに?」
ウェールズ「……あ、ああ、失礼。帽子を取っておいて、挨拶だけで済ませてしまった。
      元アルビオン皇太子、ウェールズ・テューダーだ。
      ここでは貴族も平民もないのだから、ウェールズと呼んでほしい」
コルベール「やややや! それ以前に何故皇太子殿が畑仕事を!?」
ウェールズ「それは私が男だからさ!《どーーーん!》」
コルベール「答えになっておりませんぞ!?」

 事情を知っていれば十分な答えである。
 そんなわけで一からいくつからをすっ飛ばして十までを説明すると、コルベールは長い長い溜め息を吐いたが……最後にはすっきりした顔で、頷いていた。

コルベール「そういう事情ならば、私が言えることはありませんな。
      しかし、そうですか。
      ミス・ロングビル……おっとと、ミス・マチルダがここに……」
中井出  「先生? この領地での女性へのアプローチは禁止されておりますが?」
コルベール「きみはこの領地の女性に生涯独身で過ごせというのか!?」
中井出  「女性からのアプローチはOKだからね、問題ないです。
      ただし、結婚だの肉体関係だのは、しばらく同棲生活を送ってから。
      離婚は認められません。当然、浮気も」
コルベール「厳しいのだね」
中井出  「他の人に手を出して家庭を崩壊させるヤツを、俺は信用しない。
      体目当ての結婚なんて冗談じゃない。
      だから離婚と浮気は許さんって先に言っておくの」
ウェールズ「なるほど。それならば、他の女性には手を出せなくなると」
中井出  「そう。きちんと愛し合わなきゃ結婚もしないでしょ?
      でも、どうしても愛し合えなくなったっていうなら……仕方ないね」
ウェールズ「認めるのかい?」
中井出  「領地から出てってもらいます」

 “あなたは男ですか? イエス”そう答えるくらいに簡単に、頷いた。
 コルベールが即座に待ちたまえと叫ぶ。

コルベール「それはいくらなんでもやりすぎじゃないかい!?」
中井出  「言ってしまえばここってぬるま湯だからね。
      仕事も食料も寝床も提供されてる。怪我しても治せる人が居て、金も溜まる。
      そんなぬるま湯を許す絶対条件が離婚しないってだけだよ?
      お互いが嫌いになったなら、いっそヤケクソでなんでもかんでもぶちまけて、
      肩でも組んでヤケクソ笑いしてみなさいって」
ウェールズ「他人同士に戻って、別々に暮らすことは許さないと?」
中井出  「いや、ね? そりゃ本人同士が納得済みなら許可だって出したいよ?
      でも関係ないところで勝手に離婚される子供はどうなのさ。
      二人とも育児放棄したら?
      施設があるんだからそこに預ければいいなんて言い出したら?
      俺ゃ間違い無くそいつら追い出すよ」
コルベール「む。それは確かに許せないな」
ウェールズ「難しいものだね。……私も、親子の諍いのために怒られたばかりだからね。
      むしろヒロミツに賛成したくなる」

 しかも彼の場合は、実の親が弟を始末してしまい、その直臣までもを手に掛けた。
 娘が怒るのも当然だ。
 残された子供はどうなるのか? 周りはそんな子供をどう見るのか?
 せっかくの平穏な領地だというのに、施設送りにされた子供は周りの子供にとって、最高のオモチャになりかねない。

中井出  「とにかく、安易に女に手を出すのは反対。
      ここでの結婚はコントラクト・サーヴァントと思ってくれたほうが早い」
コルベール「なるほど、生涯の伴侶と」
中井出  「そう。なにも使い魔になれとか言うんじゃなくて、
      ともに助け助けられの関係を貫いて欲しいんだ。
      暮らしていける条件は全部出すから、
      連れ添う二人には、二人で出来る楽しいをひたすらに探してほしい」
ウェールズ「……なるほど。なんというか……
      ここまで条件を提示されているのに離婚をするとなると、
      そちらが一方的に馬鹿馬鹿しく思えてくるものだね」
中井出  「でしょ?」

 肩を組んでワハハと笑い合う。
 土まみれの日々と釣りで魚を取って食うサバイバルな生活は、確実に彼を皇太子から野生児へと導いていた。

コルベール「むむむ。では私も本気でミス・マチルダを───」
ウェールズ「……はは、大変だと思うけれどね」
中井出  「いっつも怒られてるもんなぁ、ウェールズは」
ウェールズ「風系統の私に土についてを説く彼女は、なんというかこう……」
コルベール「可憐ですな!」
ウェールズ「可憐!? いや、あなたの目はおかしい!」
コルベール「なんですと!? いくら皇太子殿といえど、聞き捨てなりませんぞ!」
ウェールズ「私は兄妹を持ったことがないから上手くは伝えられないが、
      鬼姉を持つ弟や妹の気持ちは絶対にああいったものだ!」
コルベール「責任感が強いだけでしょうとも!」
ウェールズ「いや! あれはきっと───!」
コルベール「いいえそれは違いますぞ! あれは───!」

 ……静かに休みたかったんだけどなぁ。
 そうひとりごちて、中井出は溜め息を吐いた───ところで、屋敷の方から走ってくるジョゼットに抱きつかれ、そのまま屋敷の方へと引っ張られる。

中井出「え? あれ? なんで今抱きつかれたの?
    引っ張るだけなら抱き付く必要ないよね?
    あれ? ねぇジョゼット? ねぇ!? ねぇったら!」

 訊いてみても、耳が赤い彼女はそのことに関しては答えず、ただ「ラ・ヴァリエール公爵さまがお呼びですわ!」とだけ言った。

中井出「うわっ、この領地で人の家族に領主の呼び出しを頼むときたわ!
    来てほしいなら自分で呼びに来いってのにもう……!
    ごめんなぁ、ジョゼット。こんなことさせるために受け入れたんじゃないのに」

 中井出は愚痴るが、ジョゼットは胸がいっぱいだった。
 自分は大事にされていて、しかも怒っている理由が自分を思ってのことなのだ。
 耳が余計に赤くなった。
 むしろ抱き付く口実が出来て嬉しかったくらいなのに。

……。

 オルニエール領主の屋敷。
 屋敷というにはそこまで広くはない場所、広くはない部屋で、穏やかに眠るカトレアを横目に、ピエールとカリーヌは言った。

公爵  「娘は、カトレアは……治るのか?」
中井出 「治ります」
カリーヌ「それは、大体いつ頃に? やはり7年や10年は覚悟を───」
中井出 「カトレアが思い切り頑張れば明日にでも。じっくり危険なくやるなら三日かな」
カリーヌ「三日!?」
公爵  「ほ、本当か!? 貴様、ウソであったならばタダではっ!」
中井出 「だからなんでそんなに高圧的なの!?」

 公爵が今にでも胸倉を掴みかねない凄みを見せる。
 そうされる謂れもないのだが、こうまで自分は正義みたいな態度で来られると、いい加減自分が悪いような気がしてくる中井出。
 そんな彼がハッと気づき、疑問をぶつける。

中井出「あれ? そういえば……エレオノールさんは?」

 そう。居たはずのエレオノールが居なくなっていた。

カリーヌ「アカデミーで使う資料を家まで取りに行くと。
     そうして戻ったところを貴方に攫われたそうなので」
中井出 「えぇっ!? そういうこと早く言おうよ!
     あ、シエスタ、点滴替えて! テファはカトレアの汗拭いてあげて!
     ジョゼットは着替えを手伝ってあげて!
     僕ちょっと行ってエレオノールさん送り届けてくるから!」
カリーヌ「無用です、ミスタ・オルニエール。ラ・ヴァリエールの長女たる者が───」
公爵  「……カリーヌ。もうおらん」
カリーヌ「……え?」

 空を飛ぶ。
 他のメイドが開けた窓から飛び出て、ジークフリードに乗って。
 途中で見かけた女性を掻っ攫い、文句を聞き流してヴァリエール邸へ。
 そして馬車の主人には理由を話して戻ってもらい、直接アカデミーとやらへ突っ込んだ。
 もちろん、必要な書類を手にした上で。

中井出   「それじゃあ、勘違いとはいえ急に攫ってすいませんでした!」
エレオノール「え? あ、ちょっと! お待ちなさい!」
中井出   「説教ならご勘弁を! カトレアさんの手術、まだ残ってますんで!」
エレオノール「! 治るの!? 本当に治るのでしょうね!?」
中井出   「治せなかったらヴァリエール全員で領地潰しに来てもよし!
       それだけの覚悟で確実に治療しましょう!」

 アカデミーの前でエレオノールを下ろした中井出は、胸をノックした上で叫び返した。
 覚悟はとうに完了している。
 ならば誰になにを言われようが、確実に治すだけなのだと。
 それから即座にオルニエールへと戻り、二度目の手術を開始した。

……。

 夜である。
 既に五度目の手術が終わり、邪魔でしかない物質、部位の除去と回復が終了。
 穏やかに眠るカトレアを横目に、集中領域を酷使しすぎてぐったりな彼は、ラ・ヴァリエール公爵とカリーヌに治療の終了を知らせた。

公爵  「おお……おおお……! カトレア! カトレアぁっ!!」
カリーヌ「顔色がいい……。
     こんなにも血色のいいカトレアを見るのは、どれほどぶりか……!」

 穏やかに眠っているにも係わらず、起きてその声を聞きたいあまり、公爵がカトレアの肩を揺さぶって起こそうとする───が、カリーヌにギロリと睨まれて、怯えた子犬のようにしゅんとなった。

中井出   「あー疲れたぁ……。シエスタ、ジョゼット、テファ、お疲れ様。
       無事に終了、今日はみんなとヤハラ出来なかったけど、
       終わったならOKだよね?」
シエスタ  「はい、もちろんですっ」
ジョゼット 「お疲れ様ですわ、お兄さまっ」
ティファニア「無事でよかった……“頑張るから今日で終わらせて”、
       なんて言われた時は、どうなっちゃうかと……」

 そう。
 中井出がオルニエールに戻り、第二回目の手術の話を公爵にしたところ、起きていたカトレアが今日だけで終わりにさせてほしいと言い出した。
 頑張れば終わると言ったのはあくまで明日の話だったので、これには中井出も驚いた。
 しかしカトレアは「これ以上長く、心配をかけていたくないの……」と言い、ならばと覚悟を決めた。当然これには彼女の両親が反対したが、それは中井出が黙らせた。ボコボコにされたが、黙ってもらった。

中井出「はーあ……ほんとたまらないね、この世界……。
    人の命を確実に救ってやらなきゃ、
    勝手に突撃してきて勝手に治せって言われたことに怒ったこと、
    許してもらえないんだとさ……」

 理由はどうあれ公爵を殴ったことは、いろいろと問題があった。
 公爵は“娘を治せば不問にする”と言い出して、また殴られたわけだが。

公爵 「オルニエール男爵」
中井出「む? おお、どうされた?」
公爵 「疑うわけではないが、後日水メイジにカトレアの状態の確認をしてもらう。
    この領地では魔法は使ってはならぬと言われているからな。
    外へ連れ出しても問題ないか?」
中井出「いいよ? 朝までぐっすり寝れば疲労も回復するでしょう。
    あ、でも……えーと。はいこれ」

 コサ、と文字がびっしり書かれた紙を渡す。

公爵 「これは?」
中井出「カトレアさんの食事制限と運動メニューです。
    公爵領に戻るならこれはやってください」
公爵 「これを続ければ良くなると、そういうことか」
中井出「はいス。あとはこの薬を。毎日朝起きた時と寝る前に飲んでくださいね。
    一週間分用意してありますから」
公爵 「……そうか」
中井出「あ、そうそう。治ってなかったら殺しにきてね?
    治ってるのに殺しにきたら、また殴ってあげますから」
公爵 「ふん、ほざけ小僧が」

 公爵が鼻で笑う。
 それに対してニィッと笑うと、中井出は「じゃあ」と言って部屋を出ていった。




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