24/ともに目指す夢への一歩

 長く零れた涙が止まり、ジョゼフが立ち上がる。
 傍にはミューズと呼ばれた女性が寄り添い、彼を支えていた。

ジョゼフ「礼を言おう。お前のお陰でようやく、弟を理解することが出来た。
     ……うん? ふっ、ふははははっ!
     感謝以前に名を聞いていなかったな、呆れる事実だ」
中井出 「あ、そういや……えーっと、神の癒し手って覚えてくれれば」
ジョゼフ「神の癒し手? ……なるほど、少し前から噂になっている癒し手がお前か。
     名は───」
中井出 「あ、神の癒し手でお願いします。これ以上仕事増えるの勘弁。ね?」
ジョゼフ「解った。全力で名を広めよう。お前とおれの仲だ、気にするな」
中井出 「するよ!? そしてどんな仲!?」
ジョゼフ「この場合は医者と患者か、侵入者と王だが。どちらがいい」
中井出 「前者でお願いします」

 馬鹿正直だった。

ジョゼフ「ならば礼くらいはさせろ。
     お前のお陰でシャルルと本当に解り合うことが出来た。
     俺は、これからのガリアを素晴らしい国にしていかなければならない。
     たとえ疑われようとも、それが俺の身勝手な償いだ」
中井出 「おお……ガリア王殿……」

 立派な人だと思った。
 自分には真似出来るかどうか、とも。

ジョゼフ「礼はなにがいい。なんでも言ってみるがいい。
     俺に出来ることならばなんでも叶えてやろう」
中井出 「えーと……じゃあひとつ。いやふたつ」
ジョゼフ「なんでも言えと言っているんだがな。制限などいらん」
中井出 「まぁま、これはこれからの貴方に必要なことだから、
     どうかそれをするのを許してほしいってこと」
ジョゼフ「なに……?」

 やはりニコリと笑い、中井出は口を開いた。
 そこから語られる言葉に、ジョゼフは目を見開き……だが、最後まで話を聞くと、頷いた。

……。

 王弟シャルルの墓は、父王の墓の傍にあった。
 手入れはこまめにされているのか、雑草の類は見当たらず、墓も綺麗だった。
 恐らくは崩れないようにと固定化の魔法がかけられているのだろう。

ジョゼフ「本当に、出来るのか」
中井出 「出来ますとも。テファ、手伝ってもらっていいかい?」

 マントに収納していたティファニアに声をかけ、出てきてもらう。
 ジョゼフは中井出の気配には気づけても、マントの中の彼女には気づけなかったようだ。

ジョゼフ  「マントから女? ……つくづく、おかしな男だ」
中井出   「褒め言葉ありがとう。じゃあテファ、マントの中で話は聞いたと思うけど」
ティファニア「シャルルさんを、擬似的に蘇らせるのよね……?」
中井出   「そう。黄泉路孵りの杖とネクロマンサーの能力で、
       シャルルさんに偽りの魂を」
ジョゼフ  「つまりゾンビというわけか」
中井出   「そのままだとね。ただの、血肉を求める亡者になる。
       生への固執なのかね、偽りじゃなくて本物の魂が欲しくて、
       生きてる人を襲うようになるんだよね。不思議。
       でも、アンデッド支配を使えば普通の人とあまり変わらなくなる。
       なにせ支配だから、生前の記憶のままに行動しろって言えば、
       その通りに行動する」
ジョゼフ  「なに……!? では!」
中井出   「うん。それは確かに偽りだけど、
       シャルル殿を擬似的に復活させることが出来る。
       話でしか聞けなかったけどさ、やっぱり……
       あなたはシャルル殿と“素晴らしい国”を作らなきゃ」

 言いながら墓を暴く。
 既に夜。
 闇に紛れ、人払いもジョゼフに頼み、土から出てきた棺を見て、中井出は安心する。
 土に埋もれていたというのに綺麗なのだ。
 それは、固定化の魔法がかけられていたことを意味する。
 となればもちろん、遺体のほうも。

ジョゼフ「…………シャルル」

 過去の世界で抱き締めた弟の遺体を見て、ジョゼフは声を震わせた。
 握り締める拳に宿るのは、後悔か悲しみか。恐らくは、全てだろう。

中井出 「ジョゼフ殿、土のルビー貸して?」
ジョゼフ「うむ」

 声をかけられても、表情を引き締めることもないままに指輪形のルビーを渡す。
 中井出はもうちょい警戒心持ったほうがいいのでは?と思ったが、信用しているからこそ、救われたからこその行為だった。

ティファニア「それをどうするの?」
中井出   「ものには意思が宿る。
       見たもの聞いたもの、持ち主の思いや近くに居た者の想いも。
       過去に飛んで、ジョゼフ殿が経験したこともこの指輪に。
       ……あの時のシャルル殿の思いとジョゼフ殿の想いが無ければ、
       たとえ蘇ったとしても溝が出来たままだから。
       これを使って、遺体に記憶と経験を埋め込む」
ジョゼフ  「そんなことが可能なのか?」
中井出   「言ったでしょ? ものには意思が宿る。それと───」

 さらに能力を解放させる。
 デッドイーター。
 死んだ者の魂を食らい、吸収する力。
 その力で吸収した“シャルルの魂”を指輪に籠め、シャルルの遺体の指に嵌めた。

中井出 「ごめんな、ジョゼフ殿。俺は、本当は人を生き返らせることが出来る。
     当然、シャルル殿を生き返らせることも。
     でもさ、それはダメなんだ。死んだ人は生き返らせちゃいけない。
     生きてる限りは救いたいって思うけど、死んでしまったなら、
     どれほど泣こうが諦めなきゃいけない。そういうものだって思ってる」
ジョゼフ「ああ。その通りだ」
中井出 「俺がこれからすることは、死者への冒涜だ。
     眠っている人を勝手に起こして、支配する。最低な行為だろう。
     でもさ、それで笑ってくれる人が居るなら……
     泣けなかった人が、感情を取り戻して泣いてくれるならさ。
     俺がなにを言われることくらい、どうってことないって思えるから」

 だから、と。
 生き返らせることは出来なくても、自分が外道と言われることになっても、誰かの楽しいになってくれるのなら。

中井出   「テファ、傷を癒すイメージでシャルル殿を回復し続けて。
       ゾンビとして復活させると、急に襲いかかってくる危険性がある。
       テファはそれを、目を覚ますのが人であることを願いながら癒してくれ。
       ……せっかく意思を籠めたのに、
       体がゾンビな所為で意思とは関係なく兄を襲うとか、そんなの辛すぎる」
ティファニア「う、うん。やってみるね」

 目を閉じ、自分の指にある指輪に願うように、ティファニアは両手を組み、祈るように癒しを解放する。
 中井出もまた、黄泉路孵りの杖を使い、ネクロマンサーのスキルを発動。

ジョゼフ「………」

 ジョゼフが軽く息を飲む。
 静かな景色に風が吹き、夜の木々がざわめいた。
 次の瞬間、シャルルの腕がビクンッと痙攣を起こし、それをきっかけに体全体が震え始める。

ティファニア「きゃあっ! ひ、ヒロミツっ!」
中井出   「テファ! 集中! 癒したい、治ってほしいって想いを全力でGO!
       俺もシャルル殿の体に纏わりついてる邪魔な馬鹿を取っ払うから!」

 王になれず、無念のままに殺されたシャルルの体には、その悔しさに引かれてやってきた黒い霧が集まっていた。
 怨念そのものと言えばいいのか。
 彼が王になれば利益を得られたであろう者や、なにかしらの悪事がバレて始末された関係のない貴族の怨念が、そこへと集っていた。
 つまり、自分だけ、偽りとはいえ命を与えられるなど、と。
 中井出がゾンビ化の行使で懸念していたのはこれだった。
 特に恨みを買わない人をゾンビにするなら簡単に使役できる。
 しかし生前、地位が高く恨みも買っていた存在というのはこういうことが起こりやすい。
 結果、使役する前に凶暴なゾンビとして襲いかかってくることがある。

中井出「っかー! こりゃ異常なくらいに怨念が集ってやがるね!
    つーかしまった! せめて墓場からの移動くらい考えておけばよかった!
    よりにもよって墓場でやったら、怨念集まりやすいのなんて解りそうなもんだ!」

 しかしやり始めたからには続ける。
 月醒力を以って怨念を蹴散らし、しかしながらゾンビとして蘇らせようとする相手の近くでそれはまずく、ならばどうしたらと考えると、とりあえず横島パパのように拳で怨霊を殴り飛ばした。

中井出 「ジョゼフ殿! シャルル殿の体を抑えて!」
ジョゼフ「任せろ!」

 とうとう跳ね起き、人とは思えない声を喉の奥から絞り出すシャルル。
 その体がジョゼフによって抱き締められ、しかしジョゼフ自身は肩をシャルルによって噛み砕かれんとする。

ジョゼフ「つっ……! っ……シャルル……! 大丈夫だ……!
     おれが、俺が……今からお前を王にしてやる……!
     偽りの命でもいい、無能な俺が崩してしまったガリアを、
     これからは俺とお前とで治していこう……!」
シャルル「ぐがぁあしゅるっ! がぁああっ!!」
ジョゼフ「シャルル……!」

 ギヂギヂと肩を噛まれ、血が溢れる。
 中井出は術を続けながら、寄ってくる怨念や悪霊を振り払い、ティファニアは祈りを続ける。ジョゼフは暴れるシャルルの体を思い切り抱き締め、きつくきつく抱き締め、シャルルの名前を呼び続けた。

中井出「おっしゃラストォッ! (セント)・ゲンコツ!」

 次の瞬間だった。
 寄ってきた怨霊の最後の一体をゲンコツで滅ぼした途端、シャルルの体から抵抗が無くなった。中井出は今こそと術を最後まで完成させ、心から二人の絆を思い、癒すために力を全力で解放。
 ティファニアも、周りから負の念が無くなったことで集中を完了させ、彼らを救いたいと心から願い、指輪の力を解放させた。
 結果───

シャルル「……、ん、ぐっ……がはっ! えはっ!」
ジョゼフ「───!? シャルル!?」

 ジョゼフの腕の中で、シャルルは咳き込んだ。
 今までの亡者のような声とは違う、明らか人間味のある声に、ジョゼフはシャルルを解放。両肩に手を当て、その様子を見た。

シャルル「げほっ……あ、ア───…………、…………ははっ……おはよう、兄さん……」

 吐き出された咳が、ジョゼフの顔にかかる。
 ジョゼフは…………泣いていた。
 顔をくしゃくしゃにして、泣いていた。

シャルル「兄さん……僕は───」
ジョゼフ「いい……いいんだ……! すまなかった……すまなかった……!」
シャルル「兄さん……」

 シャルルは自分の胸倉を掴み、泣き続ける兄を抱き締め、自分も泣いた。
 そんな兄弟の姿を見て、中井出も、ティファニアも、心からの笑顔を贈る。
 そんな時、コシャンッ……と乾いた音を立て、ティファニアがつけていた指輪が壊れた。

中井出   「へっ?」
ティファニア「えっ、あっ───!?」

 まるで、そこに宿っていた全ての力を使い果たしたかのように、砕け、地面に落ちる。
 訊いてみれば、なんでも母の形見であり、それを翳すとどんな怪我も治ったのだとか。
 そんなものを壊してしまったことに、中井出は本気の本気で謝りだすが、

ティファニア「い、いいのっ! 使ってこその道具だし、それに───」

 ティファニアは笑顔で言い、抱き締め合いながら泣く兄弟を見た。
 そして、こんなことのために使えたなら、とても嬉しいからと言った。

中井出「……そっか」

 中井出も謝るのをやめ、感謝を。
 そして、こんな光景に水を差すようで悪いのだがと、ブレイブポッドスキルを発動。
 アンデッド支配を使い、シャルルを───

中井出「………」

 シャルルを…………

中井出「あれ? アンデッド支配が効かねー」

 ポックリ大魔王のように掌を見下ろし、そう言った。


───……。


 ……その後。
 宮殿……グラン・トロワの王の私室に戻ると、

ジョゼフ「なに!? シャルルはゾンビじゃない!?」
中井出 「お、押忍。なんか……生き返っちゃった……」
シャルル「な、なんか複雑だね、蘇るっていうのは……はは」

 事実を述べた途端、中井出はジョゼフに詰め寄られていた。
 顔面同士の距離、およそ5cm。

中井出「いや、誤解なきように言っておきたいんだけど、俺は生き返らせる気はなかった。
    二人に祝福あれー! って全力で回復能力使ったし、
    ゾンビにしとくにゃもったいないくらい回復したけど、
    それでもソンビはゾンビだ。人で言やぁ仮死状態くらいまでは回復しただろうし、
    シャルル殿の魂もデッドイーターで指輪に籠めて、指に嵌めてたさ。
    でもね、生き返らせるつもりはなかったの。
    そんな状況で生き返る原因があったとするなら───」

 ちらりと見る。
 そこには、急に三人からの視線をぶつけられ、びくっと肩を震わせるティファニア。

ティファニア「あ、やっ、ひぅっ……その、ただ治ってほしいって、そう思って必死で」

 慌てて言葉を並べるが、上手く纏まらない。
 が、中井出がジョゼフに「そのために、あのお子は自分の母の形見の指輪を壊すことになった」と教えると、ジョゼフは迷うことなく頭を下げた。

ティファニア「ひゃうっ!? あ、ぁああいえそのそのっ、頭をあげてくださいっ!」

 そんなものは無茶というものだ。
 貴族が、よりにもよって王族が頭を下げるなど、この世界では異常とさえ思われることだろうが、それでも家族との絆というものを今日だけで知りすぎてしまったジョゼフにとって、親の形見を壊してまで救ってくれたことには、返しきれない恩が生まれた。
 シャルルもそれに習って頭を下げ、余計にティファニアを焦らせることになる。
 こうなると王族というものはあとには引けず、恩を返したいやら感謝させろやら。
 やがてティファニアが目をぐるぐると渦巻状にして、俺の背中に逃げてくると、今度は中井出が二人に迫られた。

中井出 「デャーーーもう! 落ち着きなさい! 感謝したいのは解ったから!
     でも感謝は押し付けることじゃないでしょ!?」
ジョゼフ「それでは俺の気が済まん!」
シャルル「兄さんと同じ意見だ!」
中井出 「なんでアータらそこまで仲良いのに仲違いしたの!? わけがわからないよ!」

 言い合いは続く。
 しかし少ししてから随分ぶりに鳴ったシャルルの腹の音で、その場は笑みに包まれた。

シャルル「あ、はは……そういえば、狩りで獲ったものを食べる予定だったよね、兄さん」
ジョゼフ「……そうだったな」
シャルル「ところで兄さん、老けたかい?」
ジョゼフ「30は老けた気分だ。やはり、お前がいない世界は退屈すぎる。
     無駄に頭ばかりを使い、もはや老人だ」
シャルル「よく言うよ。……約束、忘れていないよね?」
ジョゼフ「ああ。何度だって勝負しよう。もう、さすが兄さんだなどと言うなよ?」
シャルル「兄さんこそ。虚無だってことを隠してたこと、後悔させてやる」
ジョゼフ「俺は系統魔法が使いたいんだ。空を飛びたいんだぞ、俺は」
シャルル「僕は加速をしてみたいよ。あんなに速く動けるなんて、すごいじゃないか」
ジョゼフ「馬鹿を言え、空を飛べない者の気持ちが解らないからそんなことを言える」
シャルル「空なんて風のスペルを覚えれば───」
ジョゼフ「だから、俺はその風のスペルがだな───」
シャルル「なんだって!? 兄さんそれは聞き捨てなら無い!」
ジョゼフ「それは俺のセリフだ! 大体お前は───!」
シャルル「兄さんそれは僕のセリフだ! ぼくがどれだけ───!」
ジョゼフ「いいや俺の───!」
シャルル「ぼくの───!」

 穏やかに話していた兄弟が、恐らくは初の兄弟喧嘩に走った。
 もはや止める者も居ない、自由な、子供らしい兄弟喧嘩。
 そんなことをすることさえ許されなかった父王の時代と、こじれてしまった時間の分だけ、二人は遠慮することなく互いを罵り合った。
 様々な言葉が飛び、聞けば危険な言葉も混ざっているというのに。
 二人の顔は、最初から最後まで。絶えることなく笑顔であった。


───……。


 食事を終え、完全にどこにでも居るような、しかし確実に仲がいい兄弟といった感じの鞘に戻ったガリアの兄弟は、肩を組みながら酒を飲んで騒いだ。
 さすがにシャルルが蘇ったぞーなんて公言できるわけもなく、酒などの料理調達は中井出とティファニアと……暇をしていたミューズ(シェフィールド)が行った。
 それが終わってしばらくした現在。
 「そのまま帰るなどさせるわけがないだろう!」とジョゼフに引き止められ、中井出とティファニアは案内されるがままに、泊まることになっていた。

中井出「今日はなんだかいろいろあったなぁ……」

 大きなベッドでひとりごちる。
 とはいっても一人で寝ているわけではなく、隣にはティファニアが居た。

ティファニア「勢いでついてきちゃったけど……
       ヒロミツっていつもこんな大変なことしてるの?」

 寝巻きに着替えたティファニアが、ころりと寝返りをうち、天井を見つめている中井出へと言葉をなげる。
 中井出は天井を見たままに、「たまたまでしょう」と返した。

中井出   「でも、やっぱごめんな。形見、壊すことになっちゃって」
ティファニア「いいったら。信じられないけど、人の命が救えたんだもの。
       あんなに仲良くなれて、わたしも嬉しいから」
中井出   「……そっか。じゃあせめてこれ。お詫びとして受け取ってくれ」
ティファニア「? これは?」

 中井出が取り出し、渡したものは指輪だった。
 色も装飾も、ティファニアが持っていた指輪と同じ。
 訊けば、壊れたものを修復したものなのだという。
 ただし癒しの魔力は無くなってしまったので、代わりに別の力を封じ込めたと。

ティファニア「どんな力? わたし、傷つけるのは───」
中井出   「いやいや、まあつけてみて?」
ティファニア「?《きゅっ───しゅぽんっ》ひゃあっ!?」

 指輪をつける。と、彼女の中から“胸の重さ”が消えた。

ティファニア「え? え?」
中井出   「胸の大きさが三分の一になる能力です。
       もちろん外せば戻りますし、軽い癒し能力もあります。
       男どもめが、どうにも目を合わせないでテファの胸ばっかり見るから。
       なんかキミがいやらしい目で見られるのは嫌なのよさ」
ティファニア「ヒロミツ……えと、それって」
中井出   「ちゃんとティファニアって娘を見てくれないのは嫌なの。
       というか結構重くなかった?」
ティファニア「〜〜〜……《こくり》」

 俯き、顔を赤くし、口を波線みたいにしている。
 そんなティファニアの頭をぽふりと胸に抱いて、その頭を撫でた。
 天井から外した視線で彼女の耳を見て、チョーカーが着けっぱなしであることに気づいたが……外していろいろ騒がれるのも彼女の本意ではないだろうと、苦笑しながらさらに撫でた。

ティファニア「……不思議。ヒロミツって森のひなたの匂いがする」

 そんなティファニアも中井出の胸にごしごしと自分の顔を擦り付けて、その匂いを嗅いだ。懐かしいウエストウッドの匂いに近づけるような気がしたからだ。
 中井出自身、その言葉は何気に言われ慣れているので、返さないままに頭を撫で続けた。さらり、さらりと綺麗な金の髪が揺れる。
 ティファニアはすぐに眠気に襲われた。
 今まで感じたことのないような安心感。
 いつ追っ手に見つかるかと怯えながら暮らしていた彼女にとって、ここまでの安堵など久しぶりだった。
 両親を殺されたあとも、殺される前でも、ハーフエルフというだけで外に出されることはなかった。外を知らずに生き、憧れはしたが、こんな隠れながらの生活なんてきっと夢見てはいなかった。
 だというのに、姉に連れられて訪れた領地はとても賑やかで、彼女は耳を曝したままでも仲良くしてくれる人達に出会った。
 様々な安堵が今さら、心からの安心となって少女の胸に集う。
 目を閉じる過程で涙がこぼれ、一度こぼれたら我慢がきかず、ティファニアは今まで我慢してきたものを吐き出すように、大声で泣いた。

中井出「ひょっ!? ど、どどどどうした!? いきなりどうしたの!?
    あ、あれっ!? 俺クサかった!? 森のひなたの匂いどうなったの!?
    え、あ、あれぇ!? ───ハッ! 頭撫でられるのが嫌だったのか!」

 そして、訳が解らず一人混乱する中井出。
 ティファニアは首を横に振るいながら、離れようとする中井出に必死でしがみ付き、さらに彼の胸に顔を埋めた。
 安心というものがこんなに心地良いなんて知らなかった。
 そう考えると、自分はきっと親の前でも本当の意味で安心出来ていなかったのだと知る。
 親……アルビオンの王、ジェームズ一世の弟であるモード大公と、エルフ。
 そんな二人のもとで、いつ見つかるかを怯えながら過ごす日々で、安心を得られたのか。
 だが、親の傍に居られない子供を思えば、そこにもきっと、今とは違った安心があったに違いなかった。
 そういった様々がぐるぐると頭の中で渦巻き、どうしようもなくなったから泣いた。
 そんな彼女を、焦りながらも突き放すことなく、中井出はずっと撫でていた。
 泣き疲れて、寝静まるまで、ずっと。


───……。


 朝である。
 本日も快晴であり、ぱちりと目を覚ました中井出は、起き上がろうとして……

中井出「……うおう」

 ティファニアにはぎうううと抱き締められていることに、気がついた。
 無理矢理起きてみようとしても、離れる様子はない。
 それどころか取り外しは可能ですか?とばかりに放そうとするのだが、「んやぅうう〜」と可愛らしい声で鳴かれ、気力を奪われた。

中井出「………」

 だがこの馬鹿者はそれで立つことを諦める馬鹿ではないので、とりあえず立ち上がってみる。

中井出「うむ。見事に抱き付いているの巻」

 腕力はすごそうである。

中井出「レディオウ体操! 第一〜!
    あ、チャ〜ンチャ〜ンチャ《かぷり》ホゥワァアアアーーーーーーーッ!!!」

 シャツ越しに肉を噛まれた。
 肋骨が少しゴリリと鳴った。
 その叫びで目を覚ましたのか、ずるべしゃっ、と力が抜けたティファニアが絨毯とキスをした。

ティファニア「んぅう……? いたひ……?」
中井出   「主に肋骨が……! おごご……!」

 骨に妙な角度から衝撃入ると、無駄に痛いこと、あるよね。

ティファニア「あ……おはよう、ヒロミツ」
中井出   「ぐーてんもるげーん!」

 笑顔でサムズアップである。
 意味が解らず首を傾げられた中井出だったが、挨拶は大事なのだ。

……。

 メイドに連れられ、王の私室にやってきた二人は、なんだか泣きはらしたあとを残した兄弟の前に立っていた。

中井出 「どしたのジョゼフ殿、その顔」
ジョゼフ「いや、なに。過去から現在にかけての鬱憤を、互いにぶつけ合い続けた」
シャルル「おかしいものだね。負けていたと思っていたら、
     実は勝っていたところが何度もあってね。
     嬉しいやら悲しいやらで、笑ったり泣いたりを繰り返していたら、
     ひどい顔になっちゃっていてね。治らないんだ」

 そうは言うが、二人はまるで憑きものが落ちたかのようにスッキリとした顔をしていた。

ジョゼフ「で? 願いは決まったか?」
中井出 「あ、そうそう。ひとつありまする」
ジョゼフ「ひとつとか言うな。気の済むまで礼をさせろ」
中井出 「無茶苦茶ですね王様。えーっとさ、なんか言ってたじゃん。
     あのー……娘がどうとかイザベラ様がどうとか」
シャルル「あ、ああ……そのことか」
中井出 「仲違いしたりしてて、もしそれがあなた方が原因なら、
     なんとかしてやらねばなりますまい。
     それに死んだ親が生き返ったとなれば、それはもう驚くでしょう」
ジョゼフ「だが、罪は消えぬ。シャルルの娘は俺を恨むだろうな」
シャルル「兄さん……あの子は無事なのかい?」
ジョゼフ「きちんと言っただろう? 無事だ。
     お前の妻のことも、どういうわけか解らんが、言った通りだ」
シャルル「そうか……だったらぼくが言うことはなにもない……かな。
     元々、兄さん一人だったらこんなことにはならなかった。
     ぼくが家臣たちをたきつけたりしたから、兄さんを慕う臣下があんな薬を」
ジョゼフ「シャルル、もう言うな。終わったことなんだ、全て」
シャルル「兄さん……」
中井出 「……? ? ……、……?」

 置いてけぼりの中井出は疑問符を飛ばしまくっていた。
 ティファニアは疑問よりも、仲直りしてくれたことに喜び、笑顔だった。

中井出 「えーっと、たしかジョゼフ殿が殺しちゃったんだよね、シャルル殿を」
ジョゼフ「ああ、そうだ」
シャルル「兄さん! けどそれは!
     ぼくが兄さんのプライドを崩すようなことをしたり言ったりしたから!」
ジョゼフ「命には代えられぬことだ。
     俺はそんなことを、殺してしまうまで気づけなかった」
シャルル「兄さん……」
中井出 「むしろ殺されたのに兄を庇えるシャルル殿がすごいって」
シャルル「ぼくは王族にあるまじき行為をした。兄さんの悔しがる顔が見たいなんて、
     くだらないことのために家臣まで巻き込んだ。
     そのことで巻き込まれて亡くなった者も居る。……殺されて当然じゃないか」
中井出 「む……」

 貴族の諍いに巻き込まれ、死んだ平民も居ただろう。
 それを考えると、中井出はもう何もいえなかった。

シャルル「それでも生き返ったからには、夢を果たしたい。
     ぼくと兄さんならそれが出来るって信じている。けど───」
中井出 「娘さんのこと?」
シャルル「ああ。きっとあの子は兄さんを恨んでいる。
     また元の鞘に、なんてきっと無理だ」
中井出 「ふむ……あのさ。ちょっと訊きたいんだけど、
     ジョゼフ殿がシャルル殿を殺したっていう決定的証拠は?」
シャルル「え……? そんなの、兄さんがぼくを狩りに誘って、
     その先で殺された、ってだけで十分じゃ───」
中井出 「OKそれ採用。実は僕にはブチノメさなきゃいけない人が居ましてね?
     そいつに悪になってもらいましょう。
     娘さんも、本当にジョゼフ殿がシャルル殿を殺したかどうかなんて、
     確認の取りようがないんだよね?」
ジョゼフ「ああ。俺が連れていき、俺が殺した。
     あいつにとって、俺はそういう存在としてしか認識されていないだろう」
中井出 「よし。じゃあまず……うむ」

 説明を開始する。
 離れた位置でカチンコチンになっていたティファニアを招きよせると、これからのプランを創造した紙に書いてゆく。

中井出 「まず1。シャルル殿を殺したのは実はクロムウェルっておっさんだった」
シャルル「ええっ!?」
中井出 「彼はアンドバリの指輪ってのを持っていて、シャルル殿を殺してゾンビにして、
     操ってガリアをどうにかしようと目論んでいたのだ」
ジョゼフ「あー……なんだ、癒し手。クロムウェルは知っているが、それはまさか」
中井出 「そ。全部あのタコに押し付ける作戦。あいつは敵だから俺は容赦せん。
     で、2。ジョゼフ殿とシャルル殿は本当に狩りに出かけただけだった。
     それを利用してジョゼフが殺したように見せかけ、
     クロムウェルがシャルル殿を襲った。
     王位云々でいろいろともめていた直後なんだから、
     そんなことが起きれば疑われるのはジョゼフだと考えての陰謀だったのだ!」
シャルル「……は、はは……それで?」
中井出 「まんまと“殺した!”と思ったクロムウェルだったが、
     実はシャルルは死んでいなかった!
     しかし傷が深かったため、これ以上狙われないようにとジョゼフは弟を隠した!
     だがそれでも自分が狩りに誘ったためにこんなことになってしまったのだと、
     ジョゼフは自分が殺したようなものだと受け入れた!」
ジョゼフ「くっ……く、くふふふ……!」
中井出 「死体は手に入らない上にシャルルは隠されてしまってはどうにもならんと、
     クロムウェルは今度はアルビオンを襲う算段を固め始め、ガリアから離れた。
     そして、当たり所が悪かったシャルルの治療は、
     水の秘薬を以ってしても治り切るものではなく、
     せいぜいで命を繋ぎとめることしか出来なかった。
     で。何故今になってって話になるけど、そこはそれ。
     最近噂の神の癒し手が治した〜ってことにすれば、“今”なのも頷けるさね」
シャルル「神の癒し手?」
ジョゼフ「その者の通り名だ」
シャルル「神の癒し手か……なるほど。
     人を生き返らせてしまうんだから、その名前も納得だね」
中井出 「いや……納得されてもね」

 やがて計画の全てを説明し終えると、ジョゼフは爆笑した。
 シャルルも苦笑していたが、ジョゼフに釣られて爆笑。
 それが落ち着いた頃には、腹を抱えてヒーヒー言うジョゼフが、中井出の両肩へと手を置いていた。

ジョゼフ   「俺はそれで構わん。シャルルもそれでいいと言っている。
        なに、情報の齟齬を使って他国を攻める、
        もとい責めるのは、王族にはよくあることだ」
中井出    「OK。あ、でも棺に入れたことの事情はどうしようか」
ジョゼフ   「む。そうだな。ミューズよ」
シェフィールド「はい。スキルニルであった、と言えば問題ないかと思いますわ」
シャルル   「あ……そうか。その手があった」
中井出    「スキル似る? 技術が似てる?」
シャルル   「ああいや、そうじゃないよ。
        血を含ませれば自分の姿とまったく同じ姿、
        行動を取らせることが出来るマジックアイテムさ」
ティファニア 「あっ……それを棺に入れていたことにすれば」
シャルル   「ふくくっ……うん、そういうことだね」

 シャルルは子供が悪戯を企んでいる時のような、子供っぽい笑みで答えた。
 そこには優等生の笑顔というものはなく、純粋に状況を楽しんでいる子供のようだった。

シャルル「でも、そうなるとどう説明すればいいかな。
     喜んでくれるとは思うけど、急だったら泣かしかねない」
ジョゼフ「むう……俺も無理を押し付けすぎた。これを機に和解できればいいのだが」
中井出 「泣かれて殴られることくらい覚悟しないと、仲直りは難しいよ?
     親ならどーんとやったりなさい」
シャルル「うん、それはもちろんだ」
ジョゼフ「む。シャルルが逃げぬなら俺が逃げるわけにもいくまい」
シャルル「負けず嫌いだなぁ兄さんは」
ジョゼフ「お前にだけだ、シャルル」

 ははは、と笑って軽く殴り合っている。
 本当に仲がいいなと苦笑しながら、中井出はプランを考えた。

中井出 「娘さんが憧れているものとかってある?」
シャルル「うん? ああ、イーヴァルディの勇者というものがあってね。
     娘はそれが大好きだったよ。
     勇者に救われる姫、というのに憧れていたんだろうね」
中井出 「おおステキ。じゃあそれをさせてみたら?
     まず、娘さんが今現在気になっている相手を攫ってでも連れてきて待機させる。
     戻ってきた娘さんは、今の王族派閥を利用させてもらって幽閉。
     そこへ颯爽と現れる、待機させてた“気になっている勇者さま”!
     で、娘さんには閉じ込めている場所で、えーと、シャルル殿?
     奥方は現在?」
シャルル「ああ。元気に暮らしているって兄さんに聞いた」
中井出 「OK! じゃあその奥方さまが危険な状態にあることを教えて、
     勇者さまに助けられた娘さんはそこへ直行!
     扉を開けた先で皆様で迎え、種明かしをする、とか」
シャルル「よ、余計に混乱しないかい?」
中井出 「どさくさにシャルル殿がまぎれていることに意味があるんだって。
     勇者に助けてもらったことで勇気をもらった上で、ってところも狙い目。
     少し心が前向きになってるだろうから、多少の異常は受け止めるでしょ。
     ジョゼフ殿が一番大変だよ? シャルル殿の奥方を説得しなきゃだし、
     なにより説明する過程で娘さんに散々怒られるかも」
ジョゼフ「覚悟の上だ。首だって差し出し、殺す権利がヤツにはある」
シャルル「兄さん。あの子を人殺しにするつもりかい?」
ジョゼフ「……そうか。それは、たまらないな」

 ふぅ、と溜め息を吐き、ジョゼフは「ままならぬものだ」と呟いた。

中井出   「じゃあ決定と。ようしテファ、これから忙しくなるぞぅ!」
ティファニア「うんっ! えへへ、いけないことだけど、なんだか楽しみっ」

 二人は手を取り合い、きゃいきゃいと燥ぎ合った。
 シャルルの娘がシャルロット・エレーヌ・オルレアン。タバサであることも知らずに。
 気づくヒントは散々とあったのに、“きっと同じ名前なのね”と考えるのをやめた。
 つくづく馬鹿である。





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