26/オルニエールの道化

【Side:シャルロット】

 イーヴァルディは竜に向けて剣をふるいましたが、硬い鱗に阻まれ、弾かれました。竜は爪や、大きな顎や、噴き出す炎で何度もイーヴァルディを苦しめました。

 イーヴァルディは何度も倒れましたが、そのたびに立ち上がりました。

 竜がとどめとばかりに、炎を噴き出したとき、驚くべきことが起こりました。イーヴァルディが握った剣が光り輝き、竜の炎を弾き返したのです。

 イーヴァルディは飛び上がり、竜の喉に剣を突き立てました。

 どう! と音を立てて竜は地面に倒れました。

 イーヴァルディは、倒れた竜の奥の部屋へと向かいました。

 そこには、ルーが膝を抱えて震えてました。

「もう大丈夫だよ」

 イーヴァルディはルーに手を差し伸べました。

「竜はやっつけた。きみは自由だ」


 ……───そこまで読み終えた時、先ほどから聞こえていた轟音が、こちらへ向かっていることに気づいた。

貴族1「な、なにをしている! たかが平民独りに!」
貴族2「うるさい! ならば貴様がいけばよかろう!」
貴族1「なんだと!? 貴様誰に向かって! ええい騎士はどうした!
    こんな時に動かずに、なにがシュヴァリエだ!」

 ジョゼフ派の貴族たちが、ヒステリックな声をあげて騒いでいる。
 平民一人と聞いて、胸に湧き上がったのは期待か、不安か。
 けど、それはきっとない。
 彼は弱齢の時期、と口にしていた。
 それは、彼の中の巨大図書館で知った言葉の一つだ。
 千年の寿命というものを得て魔導魔術と寿命を得る代わりに、特定の時期が来ると力が弱まるという一種の呪い。
 それがあったからこそわたしは彼に勝てたのだから。
 そんな彼が、ここまで来れるはずがない。いや、来てはいけないのだ。
 来たら……そう、彼は死なない。死ねない。
 体を幾度焼かれようとも死なないのに、力が出せないために無駄な傷を負うことになる。

貴族1「はっ……はっはっはっは! やったぞ! 燃やしてやった!」
貴族2「なっ……おい! 傷つけるなとあれほど!」
貴族1「そんなことを言っている場合か! ああしなければ私が傷つけられていたんだぞ!
    あんな平民ごとき、適当に似た顔の傀儡を用意すれば替えはいくらでもある!」
貴族3「……は、はは……そ、そうだな、たしかにその通り───ひっ!?」

 ……嫌な匂いがした。
 肉が焦げる匂い。
 髪の毛が燃える匂い。
 貴族連中がそれをしたというのなら、相手は既に死んでしまったのだろう。
 ……だというのに、貴族たちは悲鳴をあげ、信じられないものを見ているといった様子で後退っていた。
 シャルロットが座る位置からはそんな貴族たちは見えはしないが、声だけでも状況は判断できた。

貴族1「お、おい。あれは、あれはなんだ? 私は確かに燃やしたはずだ」
貴族2「っ……ひっ……! ば、バケ」

 ……そんな貴族の一人が、吹き飛び、格子の先を横切っていった。

タバサ「───!」

 そんなことを出来る人を、自分は一人しか知らなかった。
 平民であるのなら確実と言っていい。
 顔をあげ、格子に駆け寄ろうとした途端、矢継ぎ早に吹き飛ばされてゆく貴族たち。
 嫌な匂いは続いていたが、シャルロットが格子に手をかけたとき、それは一気に消えた。
 そして、しばらくすると……目の前には、弱々しくもいつもの笑顔で自分の前に現れる彼がいた。貴族の服を着ていて、マントも羽織り。一見すれば、まるで勇者さまのようで、シャルロットは息を飲んだ。

中井出「……さ、お姫さま。ひ弱な道化が助けに参りましたよ」

 格子が破壊される。
 入ってきた彼が頭を撫でてくれた。
 いつも右手で撫でてくれていたのに、と見れば、右手は癒しきれなかったのか、炭化していた。もはや匂いさえしないくらいに燃え尽きていた。

中井出「あ、あー……これか?
    ごめんな、さすがに燃えすぎた体で会うわけにはいかなかったから、
    無理矢理マナ解放して回復させたんだけど……右手だけは足りなかった。
    マナが尽きてしまったよ」

 もはや痛覚さえないのか、たははと笑う。
 対称的に、シャルロットはぽろぽろと涙を流していた。
 無表情のままではなく、顔を歪め。

タバサ「……、……!」
中井出「え? あれ? 鯉の真似───じゃないよな、もしかして声が出ないのか?
    あ、でもなんとなく言いたいことは解る。
    裏切ったのにどうして? ってところだろ? ははっ、まさか。
    俺はきちんと事情を把握して調べてからじゃない限り、
    自分が納得出来ないから信じるさ。
    それに裏切ったっていうなら、口から出すのは嗚咽じゃなくて高らかな笑いだろ?
    お前、泣いてたからさ。じゃあ、道化としては笑わせなきゃウソだろ?」
タバサ「……っ……」

 嗚咽が漏れる。
 感謝を述べたいのに声にならない。
 そんな自分をやさしく撫でてくれる、この温かさを失わずに済んだことが、とてもとても嬉しかった。

中井出「……で。お前がこんなに必死になってたってことは、ママンが係わってるんだろ?
    なら、すぐに行きなさい。オルレアン邸に居るって、
    えーと……協力してくれたカステルモールって人が言ってた。
    イザベラ様に仕えながら、ずっとチャンスを待ってたんだってさ」
タバサ「───!」

 そう、そうだ。
 母のところへ行かなければいけない。
 すぐに駆けたが、中井出はその場に崩れ落ちてしまった。
 駆け寄ろうとしたが手で制され、行きなさいと言われる。

中井出「すまん、限界だ。お前だけでも行きなさい。
    道化には勇者さまの真似事なんて無理だね、何度も立ち上がるとか無理だわ」
タバサ「……! ……!」

 そうは言うが、自分のために傷ついた人を置き去りには、と中井出を見る。

中井出「心配してくれてるんだよな。うん、解るよ。
    でも、行きなさい。はは、大丈夫大丈夫、弱ってても不老不死ですもの。
    それに、すぐカステルモール殿が来てくれるでしょ。
    ウソをついてるようには見えなかったし、大丈夫だから」
タバサ「………」

 大丈夫、と言われた。
 その言葉の先で、狩りに行って死んでしまったのは誰だっただろう。
 怖くなって、シャルロットは彼の傍に屈み、彼の服を引っ張った。
 手を握ろうとしたが、炭化して見るに堪えなかった。

中井出「……いいから、行きなさい。
    大丈夫、ここには時間制限なんてないし、
    ヒロラインの最後の時みたいに爆発するわけじゃないから。
    行って、ママンを取り戻してきなさい。
    それが出来れば、もうお前を縛るものなんてないんだ。
    悪い貴族は俺がブチノメした。……お前は、もう自由だよ」
タバサ「………!」

 頭を撫でられ、頬を撫でられ、コツンと額と額をくっつけられた。
 一瞬だけ森のひなたの香りがして、焦りばかりが渦巻いていた心が少しだけ落ち着いてくれた。

タバサ「…………《こくり》」

 ようやく頷いて、走り出す。
 足音が遠ざかって、やがて聞こえなくなったのを確認すると、中井出は着ていた服をはだけた。その下には、様々が炭化している、生きていることが信じられない状態の腹部や胸部があった。
 ……結局、左腕と顔を癒す程度しか、マナが残っていなかったのだ。
 だから長い服を貴族から剥ぎ取り、着込んで誤魔化した。

中井出「ははっ…………ああ、いてぇ…………」

 こんなことなら弱齢の時期が来る前に、もっともっとグミを精製しておくんだった。
 そう思いながら最後に笑い、彼は気絶し、その場に崩れ落ちた。


───……。


 呼べば飛んできたシルフィードに跨り、オルレアン邸を目指した。
 今までよりも尚早く。
 彼が作ってくれたこの時間を後悔で終わらせないために。
 辿り着けば駆け、扉を開け、廊下を駆け、一直線に母の寝室を目指した。
 その扉を乱暴に開け、わたしは───今さら、杖を持っていないことに気がついた。
 そして、自分の愚かさに愕然としたその途端、

声 『お誕生日、おめでとう!』

 そんな声が聞こえ、わたしの思考は停止した。
 扉を開けた勢いのままに、とっ、ととっと歩は進む。
 その先には綺麗に飾られた部屋の景色。
 見慣れていたはずの世界は彩りに溢れ、一瞬ではあるが、子供の頃に似たような景色を見たなと思った。
 そこには居て欲しかった父は居なくて、幸せになる筈だった誕生日は最悪最低の日となった。……そうだ、この景色はあの日のものとよく似ている。
 部屋の中心にドラゴンケーキがあって、母が笑顔で立っていて、そして……そして……

シャルル「おかえり、シャルロット。……ははっ、大きくなったね」
タバサ 「───、……?」

 え、と喉が動いたが、声はでない。
 父が居た。
 あの頃と変わらぬ容姿の父が。
 その隣で微笑む母は、あの日から少し変わった。
 そんな二人の隣には、憎きあの男、ジョゼフが立っていて……その隣には、頭をたんこぶだらけにした従姉のイザベラが涙目で立っていた。

タバサ「……、……」

 わけがわからない。理解が追いつかない。
 なんだろう、なにが……?
 困惑しているうちに父が近付いてきて、わたしを抱き締めた。
 驚いて、スンッと息を吸った。
 途端、一気に父との記憶が心に溢れた。
 間違い無い、父の匂いだ。
 あの日失ってしまったと思っていた、父の香り。
 夢ではないのか。もしやわたしはあの格子の内側で死んでしまっていたのでは。
 そう思って母を見るが、母は幸せそうな笑顔で……泣いていた。
 ジョゼフはイザベラと何かを言い合い、げしげしと足を蹴られたりゲンコツを返したりしている。
 ……本当に、わけがわからない。
 幻術? でも、匂いも、このやさしい抱擁も本物だ。

シャルル「随分と時間がかかった。やっと、きみの誕生日を祝える。
     あの日のドラゴンケーキを再現してもらうのは骨が折れたけれどね、ははは」
タバサ 「……、」
シャルル「あ、ああ、うん。最初に説明したほうがよさそうだね。
     いいかいシャルロット。これから言うことをきちんと聞いてくれ」
タバサ 「………」

 思考が追いつかない内に、父は……父さまは今までのことを話してくれた。
 あの日、狩りに行った自分は毒矢を受け、確かに倒れた。
 けれどそれをしたのは叔父であるジョゼフではなかったこと。
 それどころか叔父は父がこれ以上狙われないようにと、父を死んだことにして隠したこと。魔法での治療が効かず、固定化を施して眠ってもらうしかなかったこと。
 埋めた遺体はスキルニルだったこと。様々だった。
 そして、結局今まで救うことが出来なかった父さまを救ってくれたのが、神の癒し手と言われる人物だったこと。この通り名は聞いたことがあった。オルニエールの男爵がそう呼ばれていたはずだ。

タバサ「…………」

 震える手で、父の背をきゅっと抱き締める。
 すると、いつかのように大きな手で頭を撫でてくれた。

シャルル「ああ。ここに居るよ。ぼくのかわいい、ちいさなシャルロット。
     寂しい思いをたくさんさせた。辛い思いをたくさんさせた。
     でも、もう一緒にいられる。成長していくキミを見れなかったのが残念だけど、
     これからのキミを見せてくれないかな」
タバサ 「………」

 涙が出た。
 夢じゃない。
 父が居る。
 憎むべきは叔父ではなかった。
 辛い思いを散々してはきたが、従姉を恨んだことはない。
 それを思えば、叔父を恨んできた自分はなんだったのか。
 叔父は、父さまを狩りに連れて行ったのは自分だから、自分が殺しそうになったも同然だと受け取り、周囲の言葉を甘んじて受けていたのだと聞かされた。
 父さまが居ない世界は張り合いがなく、心は冷たくなるばかりだったとも。
 その気持ちが解ってしまったから、もう……言えることはなかった。
 ただ、任務の中で傷ついていった人達の分だけは、文句は言わせてもらおうと───

タバサ「っ、……、……?」

 もら、おう、と……?

タバサ「ひっ……ひぃぅっ……ひっく……」

 思考は、もう纏められそうもなかった。
 声が出た、と思えば、心は嬉しさと涙で埋め尽くされていた。

タバサ「あ、あぅ……あ……」

 今度こそ、終わった。
 人形である自分は、もう人に戻ってもいいのかもしれないと、ようやく思えた。
 いつか、王族ではなくなったのだから名前を捨てなと従姉に言われた。
 つけた名前がタバサで、自分はもう一生その名で生きるのだと思っていた。
 けれど……

イザベラ「あ、ああもう!
     そんなめそめそ泣いてんじゃないよ鬱陶し《ごぢんっ!》いたぁっ!?」
ジョゼフ「イザベラよ、本音で話せ」
イザベラ「う、うぅうう……! ……ち、ちいさなエレーヌ……」
タバサ 「!?」

 幼少の頃。
 まだ仲がよかった頃、従姉は自分をミドルネームで呼んでくれていた。
 わたしは彼女のことが大好きで、一緒に遊ぶことが大好きだった。
 全てが反転したかのように崩れた誕生日から今日まで、わたしは……

イザベラ「許してくれ、なんて言わないよ。言えやしないってほうが正解だろうがね。
     ……わたしはあんたが羨ましかった。
     魔法が上手くて、親の愛を一身に受けるあんたが。
     憎いとさえ思ったくらいだ。
     わたしは魔法が上手く使えなくて、父もわたしの相手なんか……」

 呟く少女の影で、兄王が弟と義妹に足を蹴られまくっていた。

イザベラ「でもね、そんな父でもわたしにとっては父なんだ。たった一人の、父だ。
     父に期待されたいと、目を引こうといろいろなことをしたよ。
     でも、だめなんだ。わたしには殿下とか呼ばれる資格も無ければ、
     冠だって似合いやしない。ずっとちいさな子供で居ればよかった。
     叔母さまの傍で悲しむあんたの手を引ける、ちいさな子供で居ればよかった。
     理屈や屁理屈なんて知ってしまった時点で、
     手なんて伸ばせやしないって……どこかで解ってたはずなのにね」

 後悔が渦巻く表情で、イザベラは言う。
 しかし、タバサは首を横に振った。
 泣きながら、嗚咽を吐きながら、それでもそれは違うのだと。

タバサ「………」

 手を伸ばす。
 握ったのは、イザベラの手。
 その手を持ち上げ、いつかのように笑ってみせた。けれど、上手く笑えなくて困った。
 涙はぽたぽたとこぼれ、やがて耐え切れなくなって、イザベラの体を抱き締めて───

シャルロット「ひぃぅっ……うっ……うあぁああああああん!!
       あぁあああああああ!! うわぁああああああん!!!」

 今までの涙を、従姉の傍で吐き出した。タバサではなく、シャルロットとして。
 イザベラもまた、無表情だったタバサがこんなにも泣くことを強いていたことに、自分が情けなくなって泣いた。
 理屈じゃない。
 守りたいと思った。この、小さなエレーヌを。
 二人の子供のような泣き声はしばらく続き、泣き終えたあとは……ただただ、幸せそうな家族の笑顔がそこにあった。
 いつか出来なかった誕生日をしよう。
 主役は少女。
 周りは笑顔で、おめでとうと言ってくれる。
 おいしい料理と大好きな人に囲まれて、幸せを噛み締めよう。
 渡されたプレゼントを従姉と開けて、そっちがいいこっちがいいと、子供らしく笑いながら取り合いっこをした。

 やがてたくさん楽しんで、たくさん甘えたあと、ふとそこにあったことに気づいて、それを手に取った。
 綺麗に繕われたそれは、けれどやっぱり痛んでいる。
 でもそこに居てくれたことに感謝しながら、わたしは言った。

  ただいま、タバサ

 返事はなかったけれど、わたしはようやく帰ってこれた……そう思えた。


───……。


 そんな喜びを、それはそれとしてと横に置き、深呼吸をしたわたしは叫んでいた。

ジョゼフ  「い、いや、おれは丁寧に、決して怪我をさせるな、とな」
シャルロット「そんなものは言い訳! 彼はとても傷ついていた!」
夫人    「まあ……それで、ヒロミツさんは平気なの?」
シャルル  「カステルモールから連絡があったよ。
       なんでも…………顔と左腕以外、ほぼ全焼……ひどい火傷らしい」
シャルロット「───! …………だから、貴族の服なんて───」

 この時、ようやく彼女は、貴族嫌いの彼が貴族の服を着ていたことに疑問を抱き、答えを得た。
 自分に気づかせぬためだったのだと。
 そうまでして自分と母を優先させてくれたことに、胸が熱くなる。

イザベラ  「エレーヌ? ちょっと、どうし───」
シャルロット「叔父さまのばかっ!」
ジョゼフ  「《ぐさっ!》ふぐぅ!?
       ……あ、改めて言われると、中々に突き刺さるものだな……!」
シャルル  「あ、はは……さすがにこれは仕方がな───」
シャルロット「父さまも嫌い! 大嫌い!!」
シャルル  「《ザグシャア!!》ぐわぁああああああっ!!」

 言葉のナイフが王兄弟を襲った。特にシャルルのダメージはとてつもなく、両手両膝を床についてカタカタと震えている。
 そう、今回の計画は全てお芝居であったことを、シャルロットは聞かされた。
 イザベラからの任務の時から既にそれは決まっていたと知り、シャルロットは自分が泣いたことなどを思い出して赤くなった。が、自分が彼を傷つけたことも思い出すと、もう冷静ではいられなかった。
 問題が起こったのは、秘密裏にやっていたことに空気を読めない貴族連中が気づいたことだった。ジョゼフの加速や竜籠を移動手段としていたため、その場を離れればそこからの情報などそうそう届かない。
 結果として、シャルロットを幽閉したという話を聞いた貴族が調子に乗り、仲間を呼んでいらない行動に出たのだ。
 それが中井出の弱齢と重なり、今回のようなことが起こった。
 しかしカステルモールからの情報で、彼はオルニエールの神の癒し手のもとへ連れていくことになったらしく、父を治してくれたところならばと安心した。
 ……なんだかいろいろありすぎて疲れた。
 でも、せめて今日だけはずっと笑顔で、楽しいを受け入れよう。
 彼はそのために自分を救ってくれたのだから。



【Side:中井出】

 炭化した体に血が巡るまで、癒しの大樹の傍でも一晩かかった。
 それでも絶対安静状態。
 動けるようになったのは昼で、「炭化しても復活する男! スパイダーマッ!」と遊んでいたらジョゼットに泣かれて反省した。
 そもそもカステルモールに連れてこられた時にも、領民に泣かれた。
 シエスタ、ジョゼット、ティファニアの慌てぶりは特に凄まじく、何度大丈夫だと言っても聞き入れてはくれないほどだった。
 そんな彼がスパイダーポージングなどをしていれば、泣きもする。

中井出「いつか他のだ〜れか〜を〜♪ 好きになったと〜して〜も〜♪」

 なので彼は歌うことにした。
 そしてその途中で泣いた。

中井出「だめだ……なんかガーネットは自分自身に物凄いダメージが……!」

 しくしくと泣いているところをマチルダにズパァンと叩かれ、「いいから安静にしてな!」と怒られた。

中井出  「でも退屈だよぅ」
ウェールズ「ヒロミツ。治るまでは無茶はしないでほしい」
中井出  「うう……」

 マナを吸収すれば癒しを発動。癒しを吸収しても癒される。
 そんなことを続けても未だに完全に治らぬ体は、治癒能力までもが下がっていた。

中井出 「でもさ、こういう日に限って公爵さんとか来るような予感しない?
     あ、あ、公爵さん来たら僕居ないって言ってね? お礼なんていらないよぅ」
マチルダ「居留守も大概にしな」
中井出 「うう……」

 しょんぼりとして、彼は癒しの大樹にもたれかかった。
 今のところ、一番体が回復する場所で目を閉じ、回復に専念した。
 少しすると眠気が襲ってきて、それに逆らうことなく眠りについた。

……。

 キーコキーコキーコ……

マチルダ  「あっ……まぁた逃げたよあの馬鹿は!
       テファー! あの馬鹿が何処に行ったか知らないかい!?」
ティファニア「えー!? ヒロミツならツナがどうとか言ってたけどー!」
マチルダ  「ツナ!? なんだいそりゃ……」

 キーコキーコ……

声 「ねーねーにーちゃん! これなんていうんだー!?」
声 「これはねー、ブランコというのだー」
声 「ぶらこん?」
声 「ブランコです。まあただ揺れるだけだけど、
   妹子がツナ好きであることを再確認出来るステキな乗り物だ。
   妹子とツナは〜、なぁ〜〜〜〜かよしトゥナァイ♪」
声 「あはははは! 変な歌ー!」

 聞こえた声に、大樹の裏側を見てみれば、そこには膝の上に男の子を乗せ、大きな枝に括り付けた長いブランコに乗る中井出が。

マチルダ「だからあんたは何やってんだい!!」
中井出 「キャーーーッ!!? や、やべぇバレた! 逃げるぞジャック!」
ジャック「まっかせとけー!」
中井出 「ほほっ、孺子が吠えおるわ。
     ならば僕も《ズルルシャドグシャア!!》ジェイニーーーッ!!」

 そして逃げようとして足を滑らせ、脇腹から落下し、血反吐を吐く馬鹿者。
 ジャックはそんな彼を見捨ててさっさと逃げていった。

中井出「待ってくれーーーっ!! 俺を置いていかないでくれぇええーーーーっ!!」

 無情。ジャックは既に屋敷の裏手に姿を隠していた。
 そして、脇腹を痛めた所為で上手く動けない彼の前へと、ズンと踏み込まれる足。

中井出「ヒィ!?」

 もちろんマチルダである。

マチルダ「………さて。覚悟は出来てるんだろうねぇ」
中井出 「くっ……く、ふふふ……!
     お前は倒れた俺を捕らえ、いい気になっているのだろうがな……!
     残念ながら俺は四天王になれたのが不思議なくらいの小者よ。
     俺がここで力尽きようとも、これから先には三人もの《ごすんっ!》ギャウ!」

 ゲンコツが落ちた。
 喋り途中だったため、無駄に舌を噛んだようで、「アガガー!」と悶絶している。

中井出 「ま、待てー! じ、実はこの僕はスキルニルなんだー!
     だからそのー……叱っても意味ないよ? ほ、ほんとだよ!?」
マチルダ「じゃあとりあえず、変身効果が切れるまで殴られな」
中井出 「やだぁああーーーーーーっ!!」

 当然本物である彼は、しばらくの間マチルダにボコボコにされた。

……。

 そんな騒ぎから数時間。
 昼が訪れた頃に、とある人物がオルニエールを訪れた。
 青い髪の、まだまだ若い父親と、青い髪の、やたらとそわそわして辺りを見渡している少女。シャルルとシャルロットであった。

シャルル「ふう。死んだことになっているっていうのは、これで案外行動しやすいものだ」

 呆れた溜め息が出たが、国境を越える際にもそこまで注意されることもなかったので、そのままこの場へやってきた。
 ジョゼフが来るとなるといろいろと騒ぎにもなるが、まさか彼が、かつて亡くなったオルレアン公だとは誰も夢にも思うまい。

シャルル「さて、それじゃあヒロミツくんと、オルニエール男爵に会わないとね。
     オルニエール男爵が神の癒し手だったなんて、少し驚いたけど」

 歩く。
 領地に入った途端に空気が変わったことは、二人とも気づいていた。
 傷なんて治るはずだ。ここは異様であるくらいに穏やかだ。

シャルロット「………」

 そんな穏やかさの中にあって、シャルロットはあちこちへと視線を投げていた。
 なにせ初めて来たので、何処に彼が居るのか解らないのだ。
 そしてオルニエール男爵は自分の父の恩人だ。
 もう会えないと思っていた父を救ってくれた。大恩ある人がまた増えてしまった。自分はもっと頑張らなければいけない。
 そうは思っても大変だとは感じず、むしろ活力が沸いてきた。

シャルロット「………」

 会えたらまず何を言おう。
 ありがとう? それはもちろんだ。
 感謝する? ……変わらない。というか失礼。

シャルロット「……無事でいてくれたら、それでいい」

 結論はそこに落ち着いた。
 だからまずは彼を探そう。
 無事を確認したら、オルニエール男爵を探そう。
 神の癒し手という人がどういう人なのかは知らないけれど、感謝してもしたりない。
 そう思って歩いていた時……ふと、奇声が聞こえた。

声 「悲しい犬がァーーッ! ハァーーッ! ロックンロォーーールイェーーーイ!!
   悲しい犬がァーーーブァァアーーーーイ!! ホットドォーーーック!!」

 ……奇声以外に喩える言葉が見つからなかった。
 次いで、聞いたことのある声とともに妙な炸裂音。
 ……奇声は治まった。

声 「いや、違うんです。悲しい犬のロックンロールを歌っただけなんです。
   奇声じゃないんです。歌は癒しなんです。
   傷口広がったけど、思い出したら歌いたくなっただけで───」
声 「だったらせめて歌うだけにしな! あんな激しく動き回って、
   歌いたくなっただけなんてよく言えるもんだよまったく!」

 聞いた声。
 これは…………土くれのフーケ?
 何故彼女がここに?
 声はそこそこに大きな屋敷の傍の、大きな樹があるところあたりから聞こえた。
 よく見れば、包帯だらけの誰かがフーケの前で正座している。きっと彼だ。

中井出 「じゃあ、癒しの歌を。精霊の唄でいいかな」
マチルダ「うるさくなくて傷に障らなきゃなんだって構わないよ」
中井出 「じゃあ」

 彼がひゅう、と息を吸う。
 途端、領地に満ちていた穏やかな空気が彼に向かって集ったような気がした。
 次いで放たれる歌声はとてもやさしく、言葉として理解できるものではなかった。なかったけれど、それがとても心地良いことだけは理解できた。

中井出「……ふぅ。復活!!《どーーん!》」

 歌い終われば、彼はなにを思ったのか包帯を全部取ってみせた。
 その下には傷ひとつない、元の彼の姿が。

シャルロット「あっ……」

 彼の元気な姿を見て、安心するのと同時に顔が熱くなるのを感じた。
 けれど今はそれよりも、父が無事だったことを伝えたくて走───

シャルル「ああ、ははっ、相変わらずのようだ、男爵も」

 ───…………ろうとした足が、止まった。

シャルロット「……え?」

 振り向く。
 彼を知っている? いや、それよりも今、彼のことを“男爵”と。

シャルル  「うん? ああ、それもそうか。
       あんな若い様子では、誰も男爵だなんて気づかない。
       包帯まみれで僕も気づかなかったけど、彼がオルニエール男爵だ。
       神の癒し手とは、彼のことだよ。ぼくも彼に救われた」
シャルロット「………」

 …………足が、勝手に地面を蹴った。
 我慢できず、ただ走る。
 頭の中での整理は捗らない。
 わたしは何故走っているのだろう。
 彼に感謝を。
 それは最優先。
 でも、それだけ?
 届けたいのは感謝だけ?
 彼は、初めて接触した時に名乗ったことを、現実にしてみせてくれた。
 イーヴァルディ。
 自分の中に渦巻いていた全てを綺麗に整えてくれた。
 母を救ってくれただけでも嬉しかったのに、父まで救ってくれた。
 ずっと、自分は一人だと思っていた。
 勇者なんて居ないのだと思っていた。
 なのに彼は、あの誕生日の日から変わってしまった世界を戻してくれて、父さまとの誕生祝いまで叶えてくれた。
 泣くななんて言うのなら、それこそがひどい拷問だ。
 でも、泣いてもいいのだと受け取ることが出来た。
 彼がわたしに、イーヴァルディと同じように“きみは自由だ”と言ってくれなければ、たとえ父さまが生きていたとしても……わたしは表情を殺したままに、感謝だけを述べただけに違いない。
 だからありがとうを。いっぱいのありがとうを。

マチルダ「ひどい怪我だってのになにやりたいんだよあんたは!」
中井出 「フムフハハハハハ! 当然、その場限りの幸せよりも明日の笑顔を!
     初めましてからさよならまで、
     暮らしに楽しいを届ける博光でございますえ!?」

 ます、で切るつもりが、飛びつくために地を蹴り弾いたシャルロットを見て、「え!?」と叫んだ。結果、ちょっと京都弁っぽくなったのだが、それはどうでもいい話。
 正座していた中井出は、急に飛んできた少女を慌てて受け止め、そのまま大樹にドゴォと側頭部をぶつけた。「ハガァアォオオ……!」と妙な搾り声を出して震えている。
 しかし、自分の首に抱き付き、ぼそぼそと言っているシャルロットに気づくと、すぐに体勢を立て直した。

中井出「ど、どうしたシャル、怖い夢でも見たか?
    ここに来るとはなにかの病気? つーか……あれ? シャルル殿じゃないすかー!
    やあ、どうしたんすかー!? もしかして具合悪いですかー!?」

 中井出に呼ばれ、シャルルはシャルロットより少し遅れて到着した。

シャルル  「やあ、神の癒し手。ぼくは健康そのものだよ。
       お陰で第二の人生を満喫している気分さ」
中井出   「おっほっほ、それはなによりです。あ、紹介します。
       こちらシャルロット。シャル、こちら、シャルルさん」
シャルル  「………」
シャルロット「………」
中井出   「ウィ?」

 促して双方の紹介をする中井出だったが、どうにも双方からの反応がおかしく、首を傾げた。

シャルロット「あ、の……」
シャルル  「えっと、その。もしかして、とは思うんだが。
       神の癒し手。キミの名はもしかして、ヒロミツ・ナカイデかい?」
中井出   「え? うん、そうだけど……誰から聞いたの?
       あ、一応ヒロミツ・シュヴァリエ・ド・ナカイデ・ド・オルニエール男爵。
       それが現在のフルネームってことになってます。
       で、シャルル殿はどうしてその名を?」
シャルル  「う、うーん……実は妻に聞いてね」
中井出   「なんだと……俺の名前もついに奥方が噂するほどになったか」
シャルル  「…………と、ところで。ぼくには娘が居るといったね?」
中井出   「あ、うん。ジョゼフ殿の娘がイザベラ様で、」
シャルル  「そう。ぼくの娘がシャルロットだ」
中井出   「すごい偶然だよね。なんとこの子もシャルロットだ!」
シャルル  「………」
シャルロット「………」
中井出   「ウィ?」

 きょとんと首を傾げられた二人は、どうしたものかと途方に暮れた。
 しかしながら、シャルロットのほうはといえば、少し心境が違った。
 嬉しすぎて、どうにかなってしまいそうだったのだ。
 だって、父を自分の父と知らずに癒したということは、王族に取り入ろうだとかそんな打算が目的ではなく、ただ純粋に治したかったから治しただけ、という意味に繋がるのだから。
 この人は本当に、そういう流れだったからそうしましたって胸を張れる人だ。
 それが確信に変わったら、もうだめだった。
 首に抱きついた状態のまま力を籠め、もっと近くに感じられるようにと抱き締め続けた。

  理屈抜きで自分の傍に居てくれる人がどれだけ居るだろう。

 いつか考えたことのあるもの。
 自分はそれを、考えることを放棄した上で一人で生きてきた。
 ジルが死に、キメラドラゴンを倒したその先で、髪と一緒に切り捨てた感情。
 いや、そのつもりになっていた感情。
 そんな硬い扉を開け、自由だと言ってくれた人が居た。
 わたしに微笑みかけて、わたしを救ってくれる勇者なんて居ないと思っていた。
 事実勇者なんて現れなかった。
 けれど、道化は現れてくれた。現れて、自分が見ていた世界を変えてくれたのだ。

 “……いつか、自分を退屈な日常から連れ出してくれる勇者を待ち侘びた。
  でも……勇者はこない。
  こんな少女を救ってくれる勇者が何処に居るのだろう。
  そんなものは勇者なんかではない。ただの偽善者ではないだろうか”

 そう、牢屋の中で思ったことを思い出す。
 わたしの前に勇者は現れなかった。
 だって、彼はいつだって何かに怯えながら生きていて、怖いものは怖いと言った。
 勇気と無謀を知っていて、怖ければ逃げ出したいと思う人。
 なのに誰よりも笑顔が好きで、退屈な日常から人を引っ張り出すことが好きだった。
 誰かに影響を与えることは、いろいろな意味で怖いものだ。
 彼はそれを自己満足だと割り切って、手を差し伸べる。
 ……わたしのもとに勇者はきっと現れない。そんなことは解っている。
 でも、勇気を持った道化は現れてくれたから。
 助けるだけの勇者じゃなくて、わたしとわたしの周囲に“楽しい”をくれたから。

  おどけたサーカスの道化が現れて、全部夢でした! と言ってくれる。

 そんなことを、いつか思った。
 そして、道化は本当に現れて、現実を夢へと繋げ、そのまま現実にしてくれた。

シャルロット「………」
中井出   「シャ、シャル〜? どした〜……?」

 彼の声が聞こえる。
 戸惑いながらも背中をポンポンとやさしく撫でてくれたり、頭を撫でてくれる。
 それだけでひどく落ち着く自分が居て、一層に腕に力が入った。
 ……それが、中井出に抱き付いている彼女の心境だった。

中井出 「あ、あっはは……ごめんシャルル殿。
     普段はこんなことするお子じゃないんだけど」
シャルル「……いや、いいさ。
     剥奪されたとはいえ、王族という環境を親無しで生きるのは大変だ。
     ぼくはシャルロットになにもしてあげられなかったから、
     ぼくが今ここで何かを言う権利なんて、親の権利以外にはきっとない」
中井出 「そっか…………え? 親?」

 抱き付いているシャルロットを、すとんと胡坐の上に乗せた中井出のささやかな疑問。
 今……なんと? とシャルルを見た。

シャルル「改めて自己紹介だ。ぼくはシャルル・オルレアン。
     シャルロット・エレーヌ・オルレアンの父だ。
     オルレアンなんて名乗ってはいるが、王族としては名を剥奪された身だ」
中井出 「あ、これはどうもご丁寧に。なるほど、シャルの父…………えぇ!?」

 今さら驚愕。
 抱き付いているシャルロットとシャルルを何度も見比べ、そういえば髪の色が……と共通点を発見すると、ようやく受け入れた。

中井出 「お、親の前で実の娘を紹介するって……ぐおお恥ずかしい……!!」
シャルル「あんなことをされたのは、産まれてこのかた初めてだったよ……」

 苦笑は当然だった。
 しかしハッと顔を持ち上げると、気になったことを質問することにした。
 マイペースだ。

中井出 「えっとさシャルル殿。ガリアでは双子を忌み子として扱ってるんだよね?」
シャルル「え、あ、ああ……そう、だね。そうなっている」
中井出 「でも王族から外されてるなら、あまり深く考える必要は無い……違う?」
シャルル「いや、王族がどうこう以前にガリアだからこそその風習があるんだ。
     そこに王族か貴族かとかは関係ない」
中井出 「辛い現実ですね……ということで遠慮無しに質問。
     シャルロットの双子で、ジョゼットという娘が居なかった?」
シャルル「っ……」

 中井出はこの時、シャルルが息を詰まらせるのを見逃さなかった。
 腕の中でシャルロットが「え……?」と声を漏らすが、構わず続ける。

中井出 「セント・マルガリタ修道院。そこで修道女であるお子を発見しまして。
     フェイスチェンジの魔法が籠められたペンダントを身につけておりまして」
シャルル「……キミはよくよく、ぼくの家と縁があるようだ」
中井出 「ほんとだよ……僕も驚きの連続でどう反応したらいいか」
シャルル「どう楽しむか、しか考えてないんじゃないかな?」
中井出 「まさにその通りです」

 なので呼んだ。
 「ジョゼットー!」と声をかけると、「はーい!」と返事。
 少しして屋敷の中からぱたぱたと駆けてくる少女は、……中井出に抱き付いているシャルロットを見てびしりと固まった。
 地味に少し涙目であった。
 しかしめげることなく駆けてくると、シャルロットを剥がしにかかった。

ジョゼット 「は、離れてくださいまし貴族さま! ここでは男女の関係はご法度です!」
シャルロット「それは誤解。これは感謝を表しているだけ」
ジョゼット 「まあ! 赤い顔で言われても説得力がありませんわ!」
シャルロット「それはあなたの気の所為」

 あっという間に騒がしくなる屋敷の横。
 マナと癒しの大樹の木陰で、中井出は苦笑した。
 シャルルはといえば、中井出に「彼女が?」と視線を投げ、彼はウムスと頷いた。
 無礼は承知で、そっと喧嘩をしているジョゼットの背後に回り、シャルルは一度断ってからペンダントを外した。
 するとフェイスチェンジが解け、そこにはキャーキャーと取っ組み合っている、同じ顔、同じ髪色の女の子が。

シャルロット「!?」
ジョゼット 「……? ど、どうかなさいましたか、貴族さま」

 これにはさすがのシャルロットも驚愕。
 びしりと固まって、平民の服に身を包む、自分と同じ顔をした少女を見ていた。

シャルル  「……シャルロット。今さらだが、紹介しよう。
       キミの双子の妹、ジョゼットだ」
シャルロット「………」

 小さく開いた口は閉じない。
 ジョゼットも、シャルルを見て“なにを言い出すんだろう”って顔をしている。
 自分の顔がどうなったのか、認識できていないからだろう。
 なので中井出はバックパックから手鏡を取り出すと、ジョゼットにハイと渡した。
 そこで思い出して、グミを精製しながら。

ジョゼット「え……? 貴族さまと……同じ、顔……?」

 驚くジョゼットをよそに、シャルルは深呼吸をしながら、自分の中で覚悟を決めた。
 「話さなきゃならないこと、謝らなきゃいけないことが山積みだ」とこぼすのも仕方がないことだろう。
 けれど逃げることはせず、キッと真剣な顔をして、話し始めた。
 ……話を聞いて一番驚いたのはジョゼットだろう。
 別の修道女と、自分はどこそこの生まれで、そういう貴族の娘に違いない、などと夢を語ることが多かった。娯楽に餓えていたし、だからこそ娯楽の塊である中井出をあっさりと受け入れた。
 そんな中にあって、ジョゼットもまた、“きっと自分は”と夢を語った。
 それがまさか貴族どころか王族だったなんて。

シャルロット「………」

 当然、シャルロットのショックも大きかった。
 自分には妹が居て、まさかこの子がそうだとは、と。
 しかも自分は当然のように父と母からの愛情を受けて育った。
 妹は修道院に預けられた。
 普通は忌み子として始末されると聞くが、それはやさしい両親が出来る最大限の譲歩だったはずだが……捨てられたことには変わりない。
 一瞬、二人で歩めばこれまでの道も楽しかったんだろうかと考えたが、すぐに振り払った。そんなに上手くいくはずがない。きっと、ジルと同じくキメラドラゴンの森で別れることになっただろう。

中井出「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが……」

 そしてこの馬鹿者は、真面目な空気に耐えられず、子供たちに昔話を聞かせていた。

シャルル「いや、ミスタ・オルニエール……少し空気を読んでくれ」
中井出 「え? や、家庭事情に首を突っ込みすぎるのも、さ」
シャルル「キミが居なければ、ぼくら家族は完全に潰れていたんだがね」
中井出 「首突っ込みすぎてごめんなさい」

 なんの冗談か、本当の本当に突っ込みすぎていた。
 それもこれも猛者どもの所為だとぶつぶつ言うが、助かった人がいるのも事実なので、強くは言えない中井出だった。

シャルル「でも、助けられた。ぼくらはキミに感謝してもしきれない恩ができたよ。
     是非とも恩返しをしたいんだが───」
中井出 「いりません」
シャルル「はは、噂通りだ。でもそんな言葉は聞けない。きっちりと返させてもらう」
中井出 「まあひどい!」
シャルル「いや、ひどいって……ああ、そうだ、ひとつ訊きたかった。
     キミはぼくの娘がシャルロットだと知らないまま、あの計画を立てたのか?」
中井出 「あの計画……ああ、イーヴァルディ計画ね? いや、全然知らなかった。
     だから急にシャルが襲いかかってでも俺を連れ攫おうとした時も、
     牢屋で貴族どもをブチノメした時もかなり本気だった」
シャルル「……すまない。つくづく計画というのは、
     事情を知らない者の介入で潰れるものだと思い知らされたよ」
中井出 「ちなみにあの時の貴族どもは?」
シャルル「兄さんの手で、強硬派を抑えるための礎になった……かな」
中井出 「なるほど」

 彼らの末路にハンケチーフを揺らした。

シャルル「それで、大怪我を負わせてしまったお詫びも兼ねて───」
中井出 「そんな深く背負わないでってば。
     えっと、俺としては、俺と友達になってくれればそれでいいんだけど」
シャルル「なんだって? それだけ?」
中井出 「うす。アンリエッタもそれで納得したし、ウェールズもだ。
     貴族だ平民だ王族だは、せめてこの領地では忘れていただきたい。
     そのための癒しの領地だよ?」
シャルル「…………───…………なるほど。よし、わかった。
     それじゃあ、握手でいいかな?」
中井出 「いや、拳で」
シャルル「殴り合い?」
中井出 「いやいや、拳、突き出して?」
シャルル「───……ああ、なるほど」

 言って、二人はゴッと拳を突き合わせた。

中井出 「これからよろしく」
シャルル「よろしく。ああそれと───」
中井出 「ホ?」
シャルル「娘を泣かせたら、殺すよ?」
中井出 「………」

 彼は思った。
 これで何度目だったっけ……と。


 それから、マナが溜まるとガリアに遊びに行ったり、ガリア王族が遊びにきたりということが何回かあった。
 護衛もつけずにジョゼフ兄弟が妻や娘を連れてきた時にはさすがに驚く領民たち。外交問題とか大丈夫なのかと訊ねたのだが、中井出の名前を出したらアンリエッタは妙に納得した顔で許可を出したらしい。なんでさ。

中井出    「しかしシェフィールドさんって若いよね。
        何歳くらいの時にジョゼフと結婚したの?」
シェフィールド「けっ……!?《ボッ!》」

 ジョゼフにのみミューズと呼ばれるシェフィールド。
 神の頭脳・ミョズニトニルンであり、才人と同じく虚無の使い魔だったことが判明。
 しかしだからなんだということもなく、てっきり家族だと思って質問した中井出は、いい笑いものになった。

中井出 「えぇ!? 俺てっきりイザベラさまのママンかと思ってたのに!」
イザベラ「そ、そんなわけないだろう! なにを言ってんだいあんたは!」
中井出 「やめて! その喋り方やめて! マチルダが二人になったみたい!
     お、押忍! ではこれからはミョズ姉さんと呼ばせていただきます!」
イザベラ「それ以前に、なんでわたしだけ“さま”つけてんのさ」
中井出 「俺の中で、イザベラさまという名前には様をつけなきゃ無礼にあたるのだ」

 当然、イザベラは首を傾げるしかなかった。

ジョゼフ「それでどうだ、我が友よ。あれから変わったことはあるか?」
中井出 「面白いことがあったら教えろって話でしょ?
     OK、体験させるくらいならできる」
ジョゼフ「フハハハハハ!! 楽しみにしているぞ、同士よ!」
中井出 「楽しそうだねぇ」
ジョゼフ「楽しんでいるのだから当然であろう!」

 ジョゼフはとても楽しそうだった。
 なんでも今は、ガリアで双子を忌み子として扱う風習を無くそうと、シャルルとともにいろいろと頑張っているらしい。
 シャルル生存の知らせもガリア中に轟き、人々を喜ばせもしたし驚かせもしたし、一部の人間に舌打ちもさせた。
 しかしながらこの二人が組むというだけで、国の動きは今までにないくらいに急速によい方向へと進んでいるのだという。

中井出 「でね? 思ったんだよ僕。使い魔とメイジとの絆ってやつと、虚無についてを」
ジョゼフ「ほう?」
中井出 「使い魔が死ぬと、メイジは新しい使い魔を呼び出せるようになるだろ?
     で、虚無も代々王の血筋に宿るとかで、虚無が死ねば次の誰かに虚無は宿る。
     それってさ、使い魔が死ねば別の使い魔を呼び出せるってシステムに、
     なんか似てないかな〜って思ったんだ」
ジョゼフ「なるほど……? つまり虚無の担い手を使い魔に喩えるのなら───」
中井出 「そう。使い魔のルーンが消える条件って、なにも死ななくても、
     仮死状態とか明らかに死にます的な状況が出来れば解除されるらしいじゃない。
     それを知って、ある日俺は閃いたニャ」
ジョゼフ「クックック……虚無もまた、仮死状態になれば次の者に宿るのでは、か?」
中井出 「おおさすがジョゼフ! 先読みと理解力が半端じゃない!
     で、俺はさらに考えたんだよ。虚無が無くなるってことは、
     虚無があった所為で使えなかった四大系統を使えるようになるんじゃ? と」
ジョゼフ「なに!? ……では俺にも系統魔法が使えるようになる、と?」
中井出 「予想でしかないけど、虚無が転移するということは、
     ただのメイジになるわけだから可能性は高い」
ジョゼフ「よし我が友ヒロミツよ。俺を死なん程度に痛めつけろ。それで俺は空を飛ぶ」
中井出 「どんだけフライ使いたいのキミ!」

 もちろん宴の席なので、別の機会にしてもらった。

中井出   「ところでさ。シャルロットもジョゼットも、
       どうして僕の両脇にぴったり座ってるの?
       せっかくのお庭に座してのヨシェナヴェパーティーなんだから、
       もっとのびのびと───」
シャルロット「それは承服できない」
ジョゼット 「お姉様が離れないのならわたしも離れませんわ」
シャルロット「離れてもきっと同じ」
ジョゼット 「うぐっ……」
中井出   「あの……ママン? なんとかなりません?」
夫人    「くすくす……ガリアの未来が安泰そうで、なによりですわ」
中井出   「人の話聞こう!?」

 青髪の双子は、ぴっちりと両脇に座っていた。
 お互いのことを話し合い、納得した上で、互いは互いを受け容れた。
 シャルルはジョゼットに深く謝罪し、ジョゼットはあっさりとそれを許す。
 シャルロットの人生を聞けば、修道女として自由はなかったが安全に生きてきた彼女にすれば、修道院での暮らしは幸福だったといえる。

シャルル「しかし、こうして座って焚き火しての料理となると、狩りを思い出すね」
ジョゼフ「そうだな……」
イザベラ「なぁヒロミツ。このヨシェナヴェっていうのは、毎回味が変わるのかい?」
中井出 「食べたいものを食べるのが寄せ鍋というものだと思ってる。
     ちなみに今回はキムチ鍋風味。さあどんどん食べて?
     デザートも用意してあるから」
夫人  「《びくりっ》」
シャルル「……? どうかしたのか? 真っ青だ」
夫人  「い、いいぃいい、いいえ……少し、思うところがあって」

 夫人は危険察知をしたらしい。
 見れば、シャルロットの顔が輝いている。
 あれはきっとアレが来てしまう。
 そんなことを、“デザートも用意してあるから”の一言で理解した。

中井出   「しかしこう、ただもぐもぐ食べるのもなんだなぁ。
       王族だからか、食事の時はひどく静かだ。
       シャルとジョゼットは元気だけど。もしよかったらなにかしようか?」
ジョゼット 「道化のお兄さま、またお話が聞きたいですわ」
シャルロット「勇者の歌が聞きたい」
ジョゼフ  「お前の過去を話してみよ」
シャルル  「この領地を受け取ることになったきっかけとかを知りたいかな」
夫人    「時々会いにくるという、ラ・ヴァリエール公爵との関係を知りたいですね」
イザベラ  「踊ってみせな。ここで、無様に」
中井出   「見事に違う提案だなオイ……あー、じゃあひとつの物語を聞かせましょう。
       その後は、鏡の中の勇者を歌います。過去は……口外しないなら。
       もちろんそこに領地を受け取るきっかけとか公爵殿との話もあるから」

 ではまず初めから。 
 子供たちに話して聞かせるような物語を頭の中で構築して、思い出したことを口にした。
 これから話すことはなんとも皮肉な物語、なんて語りを入れて。

中井出「昔々あるところ。サヴァ王国という国に、アサムという老王が住んでおりました。
    彼にはカイ、ブコウ、サトラという三人の息子がおり───」

 それはひとつの国のおはなし。
 跡継ぎを決めるため、実力が全く同じ三兄弟が争い続けるという、悲しい物語だった。
 ジョゼットは終始ハラハラ。
 シャルロットとイザベラとオルレアン夫人は複雑そうな顔で聞き続け……やがて語り終えたのち、ジョゼフとシャルルがとてもやさしい顔で、互いに互いのワインを注ぎ合い、『ここにある平和を、父上に』と囁いて、ワインを呷った。
 シェフィールドはそんなジョゼフの姿を、どこか安心したような表情で眺め───

総員    『ブゥウッフェオゴァ!!?《ゴプシャア!!》』
シャルロット「!?」

 ───最後に食べたシャルベットで、全員吐いた。




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