27/静けさの先にあるもの

 ドジャップドジャップドジャップドジャップ♪

中井出「ワンリトールツーリトールスリーリトール、イ・ン・ディ・アンッ♪」

 トリステイン王立魔法学院の一角。
 厨房の傍の外で、中井出博光は大きな桶に張った水の中、足を交互に持ち上げ、シーツを踏んでいた。
 もみ洗いとは違ったものであり、そもそもとある地方でワイン作りなどの際に果実を踏んだりするのがこの行為の原型だったような気もしないでもないが、彼にしてみれば楽しければどうでもいいのだろう。

中井出「ウヒョー! 今日もいい天気じゃー!」

 ウヒョーなどという奇声を発しつつ、洗濯が終われば学院の生徒の使い魔にエサをやる時間となる。
 人外に好かれ易く、子供には嫌われやすかったかつての彼だったが、今ではどちらからも好かれる。そんな彼だからこそ、使い魔と慣れ親しむのも早いものだった。

中井出   「イルー! 元気してるかー!?」
シルフィード『きゅいっ!? おにいさまなのね!』
中井出   「兄である!《どーーーん!》」

 無駄に胸を張りつつのっしのっしと踏ん反り返って歩いた。
 当然意味はないが、足元不注意のために大き目の石に躓き、顔面から地面に倒れて鼻を強打。「オアマァー!」という奇妙な声を出したのち、鼻血を流しながらマジ泣きしていた。

中井出「うぐっ……ぐしゅっ……いてぇ……!
    もう嫌だこんな生活、何をやってもダメだよ全部妹子の所為だ……!」

 何気にブランコから落下した時のことを逆恨みしているらしかった。

シルフィード『平気?』
中井出   「べ、べつにわざと転んだだけだから!? 痛くなんかないよ!?」
シルフィード『ならごはんの時間なのね!』
中井出   「……もっと構ってよ……」 

 寂しそうにツンデレと本音を混ぜつつも、使い魔たちにエサを配った。
 このエサは学院から支給されるものであり、彼が創造したりしているものではない。

シルフィード『きゅい……少ないのね』
中井出   「そか。人型になれば食べる量増えるんじゃない?」
シルフィード『その発想はなかったのね! きゅいっ!』

 誰も居ないからといって、堂々と喋るシルフィードが、精霊魔法を唱える。
 すると竜だったはずの体が変異し、やがては人間の女性の姿になった。
 ……もちろん素っ裸である。
 中井出はマントからずるりと女性の服を取り出すと、手馴れた手つきでパパッと着替えさせる。シルフィード……イルククゥは服を着ることを嫌がったが、着てしまうと逆に驚いていた。

イルククゥ「ふしぎ! 服の感触とか窮屈な感じが全然しないのね! るーるる!」
中井出  「ミストスパイダーの糸で縫われた服さ。霧に触れるがごとく、
      なんの感触もなく獲物を捕まえることで有名なモンスターだ」

 もちろんフェルダールでだが、と続けてニッコリと笑った。
 感触がないくせに糸は強靭。加工すればねばつくこともなく、無感触の服を製造することが可能。ただし大変貴重であり、作るのが大変。

中井出「あとは変身時には勝手に着てるように調整すれば《ズキィーン!》ギャーーッ!」

 ちなみに弱齢の時期は続いているため、オルニエール以外で能力を使えば頭痛はするし吐き気もする。マナが蓄積された状態なら平気なのだが、生憎とヒロライン管理だけでもマナは随分と使うのだ。
 しかしながら“楽しい”を前にしたこの馬鹿者は、多少の痛みは我慢する。

中井出「さあみんな、ごはんだよ!」

 食事を与える。
 皆が喜びもっしゃもっしゃと食事をする様を見て、中井出はニコリと微笑んでいた。

イルククゥ「最近のおねえさまは楽しそう。
      きっとおにいさまが何かしたに違いないのね」
中井出  「え? 俺? いや、別になにも」
イルククゥ「そうなのね?」
中井出  「そうなのね」

 彼にしてみれば結果論の出来事。
 シャルルを蘇らせたのはティファニアであるし、シャルロットを檻から出したことも、友達を閉じ込めた貴族連中が許せなかっただけで、全ては自分の自己満足という意識しかない。
 ただしそこには友や仲間や家族が笑ってくれるならという前提があるため、助けられたほうもどう感謝すればいいのかが難しい。

イルククゥ「はふ、ごちそうさまなのね』
中井出  「おや、もう食べたか」
イルククゥ「なかなか歯ごたえがあってよかったのね。きゅいきゅいっ」
中井出  「そかそか。それじゃあイルちゃん、ハイ」

 中井出はあるものを取り出し、ハイとイルククゥに渡した。
 イルククゥはそれを片手ずつに受け取って、きょとんと中井出を見た。

中井出  「歯磨き粉と歯ブラシである!」
イルククゥ「きゅい? ハミガキーコって?」
中井出  「ククク、次の獲物の肉を容易く食い破るため、歯を研ぐための道具である」
イルククゥ「に、人間がそんなものを持っていたなんて初耳なのね!」
中井出  「あれ? もしやシャルが使ってるのも見たことない?」
イルククゥ「見る機会はなかったわ」
中井出  「ふむ……確かになさそうか」

 使い魔といえど、四六時中一緒に居るわけでもない。
 ともあれ促し、イルククゥが歯ブラシに“に〜う”と歯磨き粉を乗せる。
 匂いを嗅ぐと、ツンとした香りが鼻腔を刺激し、「これを使うなんてとんでもないのね!」と何故か怒りだした。

中井出  「おや、出来ないか?
      んじゃ、おいでイル。おにーさんがやってやろう」
イルククゥ「きゅいっ!? いいのね!
      こんなもの使わなくてもシルフィの牙は鋭いのね!」
中井出  「いいから、さぁさ」

 芝生の上に正座し、ぽむぽむと自分の膝を叩く。
 顔はどこまで穏やかである。
 それでもイルククゥは断り───

中井出「おいで」

 ───きれなかった。
 どこまでもやさしい顔で言われたら、警戒心があっさりと砕けてしまったのだ。
 中井出にしてみればそれは、いつか自分の祖母にやられたことのある笑みであり、それを祖母にされることが多かったからこそ警戒心を解き始めていたのだが───……

中井出  「………」
イルククゥ「《さらり、さらり……》きゅ、きゅい? どうしたのね、おにいさま」

 膝の上に頭を乗せたイルククゥだったが、見上げる形になった中井出の顔は穏やかなまま。そんな状態で、中井出は歯磨きをするでもなく、ただただシルフィードの頭を撫でていた。頭、というよりは髪だろう。

中井出「いや……ちょっとね、子供の頃を思い出してた」

 最後に耳掻きをしてもらったのはいつだったか。
 そんなことを考えて、中井出は目を伏せてから穏やかなままに息を吐き、にっこりと笑って言った。「じゃ、始めるか」と。

……。

 シャコシャコシャコシャコシャコ……

イルククゥ「ひゅい……」
中井出  「飲みこんじゃだめだぞー?
      や、まあ飲み込んでもいい成分では出来てるけどさ。
      どうだ? 気持ちいいか?」
イルククゥ「ひょふふぁふぁふぁふぁいふぉふぇ」

 よく解らないのね、と言ったのだが言葉にならない。
 ハミガキーのことはよく解らない。時々チクチクする。
 けれどそれよりもヒザマクラは気持ちいい。
 イルククゥの現在の感想はそんなところだった。

イルククゥ(おにいさまは森のひなたの匂いがするのね。ふしぎ)

 体から力が抜ける。
 あまりに穏やかな空気だったので眠りそうになると、「寝るなよ〜?」とやさしく声をかけられた。

中井出「上の歯っ♪ 下の歯っ♪ 前歯っ♪ 奥歯っ♪」

 奇妙な歌声に穏やかさが吹き飛んだが、今度は楽しくなった。
 そんなことを何度か繰り返して、口の中をすすいでもらうとハミガキーは終了した。

中井出  「どうだ?」
イルククゥ「スースーする。でもなんだかすっきり。るーるる」
中井出  「そかそか」

 歯磨きが終わってもヒザマクラは続行。
 次の仕事の時間までという約束のもと、イルククゥはヒザマクラを堪能した。
 途中コルベールに見つかり、「男爵という地位にあるのに、キミは本当に変わらないな」と嬉しそうな顔で言われたが、「博光ですから」と意味不明な言葉で返した。

コルベール「ところでそちらの女性は?」
中井出  「ミス・タバサの妹のイルククゥ。ほらイル、ご挨拶。
      こちらこの学院の教師で、コルベール先生だ」
イルククゥ「イルククゥなのね」
コルベール「ほう! ミス・タバサの! なるほど、髪の色がよく似ている」

 元気よく起き上がっての挨拶に、コルベールは微笑んで返した。

中井出  「先生はどうしてここに? 散歩?」
コルベール「いやいや、キミを探していたんだ。頭のことでなにかお礼が出来ればとね」

 産毛が生えた頭をさらりと撫でて、とろけるような笑顔で言う。
 「べつに気にしなくていいのに」と返すが、「それでは気が済まないんだ」と返された。

中井出  「ふむ。それじゃあさ、なにか困ったことがあったら相談していい?
      今、体調不良で魔法とかが使えないんだ。
      それ関係でどうしてもって時に相談に乗ってくれるとありがたいです」
コルベール「それくらいならばお安い御用だ。ではその時が来たら、真っ先に言ってくれ。
      それが人を傷つけることでないのならば、
      この“炎蛇”のコルベール、喜んで手を貸そう」
中井出  「ホイス、よろしく頼みますです」

 手を振り合って別れる。
 立ったのは挨拶の時だけで、再びヒザマクラで寝るイルククゥを見て、中井出は笑った。

中井出(……いい風)

 ざぁあ、と静かに葉が揺れる。
 頭を撫でられながら目を瞑るイルククゥは、いつしか「きゅい〜……きゅい〜……」と寝息を立て、中井出はそんな彼女を見下ろしながら歌を歌っていた。
 自分が知っている歌ではなく、意思らから受け取った歌。
 子守唄では断じてないが、イルククゥが起きる様子はまるでない。
 他の使い魔もいつしか彼の傍に集まり、体を落ち着かせると眠り始める。
 身動きが取れなくなったことに笑いながら、彼も目を閉じた。
 もちろんヒザマクラ状態であるからして、寝転がれる状態でもない。
 しかし目を閉じながら歌を歌い、ただただこの静かな時間を堪能した。
 この平和が続きますようにと願いながら。
 ……だがこの考えがフラグだったのか、およそ二ヵ月後、平穏は潰されることになる。


───……。


 オルニエールは中々に広い領地である。
 他の貴族の領地に比べれば小さいのだろうが、それでも十キロ四方の土地であり、一人を主として置くには十分すぎる広さがあった。
 老人しか居なかったこの領土に人が増え、賑やかになっていくと、十キロ四方の静かな領土は賑やかになった。子供も元気に走り回り、老人も元気に走り回っている。
 労働すればするほど体がしっかりと作られるというおかしな場所。彼が領主になってからというもの、住まう人が健康を損ねたことはない。
 そんな領民に領主の話を訊くと、決まって「おかしな人だ」という言葉が聞けた。
 学院がある時間帯は学院に行っているため、診療所も開いてはいない。
 ただ、心を癒しに訪れる人も居て、治療は頼まないが散歩をして帰る人も居た。
 時折に馬鹿な貴族も居て、

貴族「あのような小僧に領主なぞ務まるものか! どれ、わしが領主になってやろう!」

 などと言う者が現れたりするが、丁重にお帰り頂いている。
 杖を持たぬ貴族のなんと弱いこと。
 この領地で鍛えられた者たちは、それはもう逞しかった。
 特に、自らを救ってくれた中井出に対して深い忠誠を誓っている元貴族の娘などは、没落してメイドになろうがその意思は強く、「わしのメイドになれ」と言われようと丁重に断った。実力行使に出られれば、あとは容赦無用だ。
 ……基本、この領地で住まう者たちが一番最初に習うのは“自給自足の生き方”だ。
 無闇矢鱈と救うことを良しとしない中井出は、確かに人買いからは救ったものの、0から10までを与える気はなかった。生きたいなら生きなさいと、そんなものである。
 “自分は買われたのだから”と領主である中井出を警戒していた娘たちは、それでも生きるために、やったことのない畑仕事などの肉体労働をする。もちろん杖は無しでだ。
 不思議なことに疲れてへとへとになることもなく、体を使えば使うほど元気になるという不思議空間において、彼女たちはどんどんと強くなっていった。
 ……それはもちろん、“相手が男だから負ける”なんてことがないほど。

貴族「ひぃいいっ! き、貴様ら! 貴族であるわしに手を上げればどうなるかっ……!」

 貴族はあっさりと叩き出された。
 言われた言葉への返事などこれだけだ。

メイド「理不尽な復讐をすると言うのなら、オルニエールがお相手をします」

 元貴族のメイドが言う。
 許可を得ている彼女は杖を持ち、魔法を使うことも出来るが、敢えて拳でいった。
 杖がなければ何も出来ないと思っている貴族連中に思い知らせるためだった。
 そしてこの言葉、オルニエール。
 彼女が中井出に初めて心を許した際、中井出に言われた言葉でもあったりする。

“もしお前を傷つけようとする馬鹿が現れたら、俺達オルニエールが相手をするから”

 そう言われて頭を撫でられた。
 言葉の意味は解らなかったが、頭を撫でられてひどく安心したのを覚えている。
 そしてその言葉の意味も、心の警戒を解いていく過程で幸せになれるくらいに理解した。
 この領地に生きる者は皆、友達で仲間で家族だった。
 ならばここで生きることを許された自分もまた家族で、だからこそ彼は傷つける者から自分を守ってくれるのだと。それが解ると、後から入ってきた娘にもそれを伝えた。伝えることが、自分の義務であり喜びだった。彼へ向けられる誤解など、すぐに無くなるべきなのだと。
 彼に忠誠を誓おうと思ったのは、そんなことを自然に思うことが出来た自分に気づいた時だった。それからは身の周りの世話をすると提案したのだが、シエスタに大却下された。
 しかし譲りきることは出来なかったので、昼寝などの際に訪問者が居た場合、起こしたりする仕事や軽い世話などを得ることに成功した。
 彼女はそれで幸せだった。

メイド「………」

 そんな彼女が忠誠を誓う馬鹿者が学院に居る時、彼女らは仕事に明け暮れている。
 仕事といっても、体がある程度慣れてくると、てんで苦にもならないうちに終わってしまい、その後は中井出に頼まれた仕事を冷静にこなしていた。

  “元貴族のお子や、貴族の血を持つお子に魔法を教えてやってクラサイ”

 それが命じられたこと。
 ください、と言われたが、これは誰がなんと言おうと私に託された命であり仕事。
 彼女……メイドは小さくガッツポーズのような姿勢をとって気合を入れた。
 彼女自身は中井出にお願いされ、中井出とともに魔法の練習をしていたりする。
 もちろん空いた時間に少々程度だ。
 魔法とはどういう経験で強化されてランクアップするのか。
 それを調べるために、現在ラインメイジである彼女は頑張っていた。
 最初は水のドットだったが、役に立ちたい一心で頑張っていたら、ある日能力の上達に気づいた。散々と頭を撫でられ抱き締められ、「頑張ったなっ!」と褒められて、それはもう幸せだった。
 ともかく、彼女が願うのは主の幸せである。
 なので「あなたの望む幸せとはなんですか?」と訊いたことがある。

中井出「え? みんなが楽しんでいられる日常かなぁ」

 返ってきた言葉など、これである。
 それを自己犠牲と受け取ったメイドは続けざまに質問をするが、

シャルロット「それはあなたの勘違い。彼は本当に周囲の幸せが自分の幸せ」

 シャルロットにそう言われた。
 さっきまで居なかったのにいつの間に。心の中でそうツッコむが、この青色一号は最近よく男爵様の屋敷に訪れるようになった。
 さらに言えば妹を名乗るイルククゥという女まで来る。
 双子だけじゃなかったのかとツッコんだら、「そうらしい」とだけ返された。
 彼が幸せならばそれでいいと、メイドもそれで納得はした。

……。

 ジョゼットがオルレアン公邸で住むようになり、シエスタは学院の手伝いをしに中井出とともに学院へ。自然とオルニエールの管理などはマチルダやウェールズがすることになり、給料もいいことから二人が仕事に励む日々は普通に続いていた。
 もちろんウェールズ自身は自分の畑を耕したり、庭の手入れをしたりでいい汗を掻いたりもしているが、王子としての政治の上手さはなかなかのものだった。
 マチルダは秘書をしていた経験や盗賊時代に得た経験、酒場などで働いていた経験も生かして情報収集や商談などのまとめをし、オルニエールで採れた珍しい野菜や果実、米や、それらで作ったジュースや酒を売ることに夢中になっていた。
 神の癒し手の名はよい意味でハルケギニアに広がっており、訪れる者はあとを絶たない。
 ならばそれを利用しない手は無いと、採れたものを加工した食品を売りに出したり、中井出に忠誠を誓っているメイド……アトリシアというが、彼女が水のメイジということもあり、作った秘薬を他より安く売っている。材料の純度がそもそも違うので、作った者がラインメイジでも効果が高いことで知られ、しかも平民でも買える値段だったりした。もちろん纏め買いや転売は禁止の方向で。
 問題はここでしか買えないことであり、平民が遠くから買いにくるには、ハルケギニアは広すぎた。移動だけで通常の秘薬の倍以上はかかるだろう。

「いっそここに住めばいいんじゃないか? 税率が以前の4割だって聞くぞ?」

 そんなことを誰かが言った。
 当然、頼み込む人は後を絶たなかったが、悉くが却下された。
 “なぜ”と訊いてみれば、「今を普通に生きれるヤツは、ここに相応しくないんだよ」だそうだった。にっこり笑顔のマチルダにそう言われ、問うた者は困惑のままに屋敷をあとにした。

  “楽をしたいから住まわせてくれと頼んでくるヤツは絶対に入れるな”

 それは、このオルニエールでマチルダたちが最初に教わったことだった。
 経営を始める際に厳重注意されたのだ。
 入れてもいいのは路頭に迷った者だけ。
 ただ楽をしたいヤツなんて見捨ててしまえとキッパリ言った。
 実際、ここを当てにして博打で財産をスって、ニヤケた顔で訪れたヤツが居たのだが。
 キッパリと断られ、逆ギレしたところをマチルダにぶん殴られ、「甘ったれるんじゃないよクソ貴族が!」と本気でキレられた。
 女を目当てに自ら落ちぶれて、ここへ来る貴族の馬鹿も居たらしい。
 当然追い出され、侵入禁止にされ、別の町で盗みを働いて捕まった。
 そういう輩が後を絶たないのは、“オルニエール男爵はお人好しだ”という認識が強まっている証拠だった。

マチルダ  「はぁ……本当に馬鹿が後を絶たないね。テファ、お茶もらっていいかい?」
ティファニア「丁度淹れてきたところ。ヒロミツが居ないとすごいね」

 たった今追い返された男がくぐっていった扉を見つめ、ティファニアは驚きを混ぜた溜め息を吐いた。皆、中井出が居ない頃を見計らって訪れる。
 当然、女目当てが大半だった。
 手を出さなければ出入り禁止のカードは働かないとどこかで知ったのか、なにもしないがジロジロと見る輩は増えた。
 ティファニアはジロジロ見られることが嫌いだった。
 以前は胸ばかり見られていたが、今では体全体をじろじろと見られている。
 その時にはきまって、男はだらしがない顔をしている。
 姉であるマチルダに自分の体はおかしいのだろうかと問うてみても、おかしいわけがないと返されるだけ。あれは男どもがテファをいやらしい目で見てるだけさと言われた時点で、男のだらしない視線が嫌いになった。

ティファニア「ヒロミツが居れば、こんなんじゃないのに」
マチルダ  「あんなのでもきちんと領主やってんだねぇって感心するよ、まったく。
       ほら、テファも座りな。今メイドが煎餅焼いてるんだ」
ティファニア「せんべいって、ヒロミツが言ってた?」
マチルダ  「なんでも知り合いに物凄い“ニホンツウ”とかいうのが居るらしくてね。
       ソレにレシピ教えてもらったって、もうすごい笑顔で言ってたね」
ティファニア「へえ、おいしいのかな」
マチルダ  「男だってのに異様に料理上手いからね、あいつは。
       そこは期待していいんじゃないかい?」

 そうこう言っているうちに、メイドの一人がノックのあとに訪れる。
 畏まらなくてもいいってマチルダはお願いしているのだが、メイドたちは「これも仕事ですから」と苦笑した。砕けてはいるのだ。

マチルダ「うん? アトリシアはどうしたんだい?」
メイド 「アトリ様でしたら水魔法の練習を」
マチルダ「はぁ〜……あの娘の忠誠にゃ驚かされるね。
     そんなにまであの男の役に立ちたいかね」
メイド 「それはもちろんです。私たちの人生を救ってくれた恩人ですから、男爵様は」
マチルダ「……あんた、その呼び方をヒロミツにしちゃいけないよ」
メイド 「……悲しみますもんねぇ、はは……」

 それは、買われたメイドが大体は通る道。
 警戒を解いて、初めてこの人のもとで───! と再出発の気合を籠めて“男爵様”と呼ぶのだが、その声にビクリと肩を弾かせた彼は決まって言うのだ。
 “ヒロミツ、もしくは提督と呼んで!?”と。当然、“様もいらんから!”もつける。

メイド   「今でもヒロミツさんを様づけしているの、アトリ様だけですよ」
マチルダ  「あの馬鹿の発言もどうかと思うんだけどね。メイドを集めたと思ったら、
       “様づけ禁止! でも貴様呼ばわりは許可する!”だ」
メイド   「領主を貴様呼ばわりする人なんて居ませんよ……」
マチルダ  「ガリア王ジョゼフは腹抱えて大爆笑してたけどね」
ティファニア「あれは驚いたわ。呼吸困難になるくらい笑っていたもの」

 あれ以来、ガリアの面々はちょくちょくと遊びに来ている。
 頻繁に来ては問題だろうと他の貴族がアンリエッタに進言したらしいが、「問題ありませんわ」で切り落とされた。
 しかしそのあまりの軽さに少し心配になった中井出が、「いっそ、開国でもしようか?」と冗談半分で言ったら、アンリエッタはそれはもう泣きそうな顔で「やめてくださいまし!」と願ったという。
 彼にとっての国とは“オルニエール”でしかなかったんだが、彼の過去を知る者にとっては破壊兵器そのもののような国だった。しかもガリアと一瞬で同盟が組めるほどの。もちろんトリステインもと言えるが、“貴族偉いよ! 平民クズだよ!”なスタンスを地で行くトリステインという国を、中井出は嫌っていた。
 なので、こうなるとガリアとは違い、国を作られれば貴族連中の所為で彼の国とは同盟など組めない。
 よって、やめてくださいまし、なのだ。

マチルダ「大体、国を作るったって。
     ここはトリステインの領土なんだから、そんなこと出来るはずがないのにねぇ」
メイド 「……えと。それなんですが、“巨大風石で空飛ぶ国を作ろう!”と、
     ヘレンメイド長と話し合っていましたけど。
     そこで危険の無い老後生活を送ってほしいって」
マチルダ「…………あの馬鹿はぁあ……」

 溜め息を吐く。
 しかし、マチルダの顔はどうしようもなく緩んでいた。
 結局、あの馬鹿者はお人好しなのだ。もちろん空飛ぶ国も自分のために作るのだろう。
 その結果で誰かに楽しいを与えることこそ、あの馬鹿者の考えの支点。

メイド   「そういえば、タルブがアルビオンに襲われた時、
       巨大な植物が空を浮いていたと聞いたことがあるんですが───」
マチルダ  「ああ……ありゃ、あの馬鹿がやったことさ」
ティファニア「ええっ!?」
メイド   「まあ! では本当に空飛ぶ国を!?」
マチルダ  「作っちまえるんだから困るんだ。客は減るけど……まあ、ははっ。
       争いに巻き込まれないのはこっちとしては望むところだね」

 テファに血を見るようなことをさせずに済む。
 そんなことを第一に、マチルダは苦笑した。

……。

 後日、マチルダはそのことを中井出に話してみたが、

中井出「え? エーテルアロワノンを国にする? ダメダメ、そりゃダメだ」

 あっさり断られた。
 なんでも、根を下ろしたなら下ろした場所で国を建てなきゃ意味がないそうだ。
 その事実をかつて経験したことがあるらしい。
 だからもし空を飛ぶなら、この世界の土とこの世界のモノで。
 よって巨大風石での飛行を求めたのだと。
 マチルダも巨大風石の話は聞いたことがあった。そもそも風石は主にアルビオンへ飛ぶために使われる、船を浮かせる自然石だ。アルビオン出身のマチルダ・オブ・サウスゴータがそれを知らないはずがない。
 知っているのは当然で、聞いた話は巨大風石のこと。
 大隆起と言われる現象を起こすとされる巨大風石。
 大地の地下に存在し、いつしかこのハルケギニアを空に飛ばすかもしれないという恐ろしい可能性を秘めている。
 問題なのは、その噂の風石の話を何故中井出が知っているのかだが───

中井出「あ、なんかシルフとノームが教えてくれた。
    あと一年かそこらで、火竜山脈ってところの一部が隆起するってさ。
    だから、大地がヘンになる前に回収しようかって話をジョゼフとしてたの」

 とんでもないことをなんでもないことのように言っていた。
 建国の話はその副産物らしかった。
 ちなみにしょっちゅう訪れるタバサのことをツッコんだら、

中井出「ちょっと聞いてよマチルダ夫人!
    あのお子ったら僕のことはもういいから、
    パパンに思い切り甘えなさいって言ってんのに聞かないんだよ!?
    前にきちんとそれっぽいこと言っておいたのにさァ!
    どーすんのこれェェ!! お前のせいだよこれェェェ!!」

 なんかいきなり人の所為にしてきたから殴っておいた。
 ついでに「なんで夫人呼ばわりなのさ」と訊くと、「“最初は嫌な人で最後にやさしくなるマチルダ”といえば“マチルダ夫人”じゃないか!」と胸を張って返されたので殴っておいた。トラップ一家ってなんのことだい。
 ともかく、風石の話は本当らしかった。
 ハルケギニアがひっくり返るような大規模な隆起。それを、地下に蓄積された風石が起こすらしい。ならばそれを回収して空の国を作ろう! というのがオルニエール男爵さまの考えだ。

マチルダ 「で、アトリシア。その後、ヒロミツは?」
アトリシア「虚無の曜日ということで、ぐっすりと就寝中ですが。
      ええ、無邪気な子供のような寝顔でした。
      寝言で涙しながら“とーさん……かーさん……”と言っているのを見た時は、
      さすがのこのアトリシアもどうかしてしまうかと思いました」
マチルダ 「あーそうかい。とりあえず鼻血拭きな。
      同い年あたりの男相手になにをそこまで興奮してるんだ」
アトリシア「これは失礼を」

 優雅に鼻を拭うメイド一人。

マチルダ 「あんた、アレに恋でもしてんのかい?」
アトリシア「いえ。忠誠です。そこに恋愛感情は一切ありません。
      心は暖かいのですが、それは感謝や憧れからくる安心感と判断します。
      そしてあの方が幸せならば、それが私の幸せです」
マチルダ 「あんたが幸せじゃないと、あいつも幸せじゃないだろうさ。
      ま、そんな話はいいんだよ。なんていったっけ? 弱齢……?
      ともかく、それの様子はどうなんだい?」

 水のメイジは水に干渉するメイジ。
 人間の約70%あたりは水分で出来ているため、他の属性よりも人を“診る”ことに長けている。「診てきたんだろう?」と続けるマチルダに、アトリシアはふぅと息を吐いた。

アトリシア「はい……とても逞しかったです……」
マチルダ 「ちょっと待ちな。あんたいったい何見てきたんだい」
アトリシア「無駄のない筋肉をですが……なにか?」
マチルダ 「…………」
アトリシア「体は健康そのものですよ。この領地に戻れば自然と癒されるようで、
      帰ってきたあのお方に水を差し出したら、あ、頭を撫でてくださいまして」
マチルダ 「……ほんっとに恋じゃないんだね?」
アトリシア「断じて違いますが?」

 さっきまで、頬に軽く手を添えて、ホゥ……と熱い息を吐いていたとは思えないほどのケロリとした顔。断じて恋ではない。忠誠なのだと彼女は断言する。
 事実、彼女は恋などしていない。
 ただ、恩を返したい相手であり救ってくれた恩人である人を、頭の中で一種の神格化ともとれるほど美化しており、憧れがパーフェクトに至っている状態。英雄を目の当たりにした子供なのだ。故に恋ではなく憧れであり忠誠だった。

マチルダ 「弱齢ってのは領地内に居る限りは平気ってことか。
      ああ違うね、そもそもこの領地がどうかしてるのか。
      まあ、それは今さらだ。
      まだ早い情報かと思ったけど、ちょっと耳に届いた情報があってね。
      弱齢ってのがあんまり続くなら、困った状況かもしれないんだ」
アトリシア「困った状況……ですか。私に言うということはつまり」
マチルダ 「ああ。ヒロミツに関係がない話じゃない。
      ……これから話すことは盗賊時代のツテで得た情報だ。
      他言無用で頼むよ。もちろんヒロミツには言っても構わない」
アトリシア「解りました」

 二人は静かに話を再開させた。
 マチルダが語る内容は、盗賊時代の知り合い、ジャン・ジャック・フランシスが届けたものだった。腕を癒してもらったお礼と言うにはあまりにひどいものだが、伝えるのが早ければ早いほど、多少はマシというものだろう。

アトリシア「近々、アルビオンがトリステインに宣戦布告を……?」
マチルダ 「ああ、そういう動きがあるらしい。順調に準備が進めば、約二ヵ月後さ」
アトリシア「二ヶ月!? そんな!
      トリステインはここ十数年も遠征軍の編成などしたこともないと聞きます!
      たった二ヶ月でなにが出来るといいましょう!」
マチルダ 「はぁ……利口だったらウェールズ突き出して手打ちにしよう、って言うね。
      私だったらそうさ。けど、あの馬鹿は違う。
      私らはもう友達で仲間で家族なのさ。
      我が身恋しさに家族売ってみな。その瞬間あいつこそがあたしらの敵になる」
アトリシア「当然私は男爵様につきますが」
マチルダ 「ま、私もだけどね。はぁ……こほんっ!
      今さら貴族連中の味方をするのは癪なのよ。
      あんなお馬鹿さんを見たあとだと、余計にね。
      あんな子が貴族の例だったなら、私もテファもどれほど救われていたか」

 口調を変え、静かに呟く。
 おかしな話、マチルダは中井出やウェールズのことを手の掛かる弟のように見ている。
 中井出などは悪ガキ、ウェールズは世間知らずだけど好奇心旺盛の悪意の無い悪ガキ。
 それは、彼が言ったように友達で仲間で家族って関係にとても近いのだろう。
 ここに来てから、本当に飽きの来ない毎日の繰り返しだ。
 土メイジとして土を耕すのは中々楽しいし、仕事の合間にテファが握ったおにぎりを頬張るのも、実は密かな楽しみだ。一緒に飲む冷酒が、米と一緒に喉を通る瞬間がたまらない。
 米で作られた米粉で打った麺。それでラーメンというのを食べるのも、また喉越しがよく気持ちのいいものだ。自分はすっかりこの領地に根を下ろしてしまっているのだ、と自覚している。

マチルダ 「………」
アトリシア「………」

 耳を澄ませば、外からは子供たちや老人や若い者の賑やかな声が聞こえてくる。
 とても平和だ。
 そんな平和があと二ヶ月で崩されるかもしれない。
 よりにもよって、祖国の愚行でだ。
 アルビオン貴族の勝手は王族からしてとんでもないと、彼女は解っていたはずだった。
 だが、こんな、ようやく屈託なく笑える時間を手に入れたって時に、なんて野暮なんだと思わずにはいられない。

声 「悲しい犬がァァアハァァアロックンロォーーール! イェエエエエエイ!」

 いられないが、とりあえず聞こえた声に立ち上がり、拳をベキゴキと鳴らした。

マチルダ 「あなたも来ますか?」
アトリシア「はい。少しでも長く眠れるよう、上手に気絶させましょう」

 二人して、屋敷を出た。
 のちにボコボコにされた領主の悲鳴が領地に響いたが、領民はいつものことだと平和的に流して過ごした。


───……。


 日常の一端というのはなんでもないもののようで、やはりなんでもない。

子供1 「しんえ〜たい〜は〜、あらいのこしし〜ない〜♪」
子供2 「しんえ〜たい〜は〜、あらいのこしし〜ない〜♪」
マチルダ「子供たちに妙な歌教えたのはあんたかぁーーーっ!!」
中井出 「ヒャァアアーーーーーーーッ!!?」

 オルニエールの日常の一端もそんなもので構築されている。
 日常とはよく言ったもので、こんな騒ぎがほぼ毎日どころか数時間に一回は起きていた。

中井出「堪忍やーーーっ!! 仕方なかったんやーーーっ!!
    “お風呂で歌えるいいお歌教えて〜?”って、
    無垢な顔で言われたら教えんわけにはいかなかったんやーーーっ!!」

 領主、ヒロミツ・シュヴァリエ・ド・ナカイデ・ド・オルニエール。
 天敵、マチルダ・オブ・サウスゴータ。
 どうにも姐御肌気質の相手には弱いらしく、なにかをやらかしては怒られていた。

マチルダ「領民と仲良くするなとは言わないけど、あんたこんなことやってたら、
     将来ここを出たこの子らがどれだけ苦労するか、解ってるんだろうね!」
中井出 「外の世界の恐ろしさはきちんと教えますとも!
     でも僕は思うのですよ。ハルケギニアの歴史ってスゲーなって」
マチルダ「へ? な、なんだいいきなり」

 先ほどまで「キャー!」と叫んでいた中井出だったが、急にキリッとして言葉を紡ぐ。
 マチルダも“真面目な話か”と受け取……ろうとするのだが、この馬鹿者はふざけた話でも真面目な顔で繰り出すから油断ならない。
 数日前も真顔で「カリフォルニアってさ、カルフォリニアって言いそうにならない?」とか言い出した。なんのことか解らなかったから、正直に訳が解らないと言ったら事細かに説明された。まったく関係のないウツボカズラの存在について。

中井出「いやほら、6000年の歴史アリでしょ?
    よくそんだけ歴史が続いてて、人口がこんだけで済んだなーって」

 ハルケギニアの国の人口数は、最も多いとされるガリアでも1500万人。
 6000年の歴史があっても、世界で見ても1億にも満たないと思われる。
 見渡せば水と大地。
 地球から見れば実にファンタジーの風景ではあるが、それだけの時を経ても地球ほどの発展は見せていない。

中井出 「やっぱあれかな。
     争いをいつまでもやってるから、人が増えても死ぬ人のほうが多いんかな」
マチルダ「国同士は言うに及ばず、獣人や魔獣、エルフだって居る。
     テファはその限りじゃないが、
     私にしてみればエルフも貴族もあまり変わらないさ。
     “話せるなら話してみるべき”なのはもちろん、
     そもそも相手に話を聞く姿勢が無いのもね」

 そんなだから戦が終わらない。
 マチルダはそう言って溜め息を吐いた。

中井出「争いはイヤだけどね、そりゃ。
    でも、正直に言うと緑が残ってることにはありがとうを言いたいね、俺としては。
    人が増えれば大地を削って家を建てる。家が増えればその分緑も減るし、
    技術が発達する代わりにいろいろなものを無くす。
    どっちが世界的にいいかって言えば……」

 世界的に───そう考えて、空界の人々を殺した感触を思い出した。
 けれど頭をがじがじと掻いて、溜め息を吐くと、思い出したものを受け止めながら苦笑。

中井出 「……自己の種族こそが最高。誰だってそう思ってるんだよな。
     まあ、つまらん話はいいね。それよりマチルダさん、今暇?」
マチルダ「別口に仕事が入らない限りは暇だね。その別口をあんたが作ったんだけど」
中井出 「なんでも僕の仕業だって決め付けて突貫するのやめよう!?
     お子が風呂場で歌うくらいいいじゃないか!」
マチルダ「わざわざズラッと整列して、
     前とお尻を同時に洗いながらあんな歌歌うクセつけられたら誰だって怒るわ!」
中井出 「ソ、ソーリー」

 「それで、なんだい」……続きを促された中井出は、魔法強化の提案をした。
 実戦訓練に近いものも混ぜての提案に、マチルダは最初こそ戸惑ったが、すぐに合点が入って頷いた。

……。

 ギーシュ・ド・グラモンは想い人であるモンモ

中井出 「レンタベイビー!!」
ギーシュ「《がばしぃっ!》うわっ!? うあぁあーーーーー………………───」

 ……ランシーとともに学院で語らっていたところを、中井出に攫われた。
 ぽかんと状況についていけずに固まっていたモンモランシーが再起動したのは、それから数秒後のことであり……追いかけるには手遅れすぎた。

ギーシュ「急になにをするんだねヒロミツ。久しぶりにいい雰囲気だったというのに」
中井出 「いや、ギーシュに強くなってもらいたくてね? とりあえず強くなろうぜ!
     ヒロラインパワーはもとより、実際の力の底上げもしよう!」
ギーシュ「しかしだね、僕には」
中井出 「才人も随分強くなったよー?
     ルイズもチェーンスペルの詠唱速度上がってきてるし。
     シャルもとてもいい感じ……なんだけど、ギーシュ。
     キミはミス・モンモランシとの時間を取るあまり、遅れております」
ギーシュ「むぐっ、じ、自覚はしているんだがね。これがなかなか……」
中井出 「ほら、前にアルビオンが攻めてきただろ? あれから結構経ってるし、
     いつかまた来た時に備えないと辛いでしょう」
ギーシュ「ヒロミツ。キミが居れば平気な気がするんだが」
中井出 「あ。無理。俺を頼るっていうのは無理だ。
     俺、今能力が使い辛い時期に入ってて、正直役には立てん。
     だからもしこんな時に攻め入られたら、立つのはキミたちなんだ」
ギーシュ「……!」

 ギーシュの喉がごくりと鳴る。
 しかし、確かに攻め入られはしたものの、勝ってみせた油断がギーシュを弱くしていた。

ギーシュ「そ、そうそう戦なんて起きないさ。
     それに、攻めてくるなら軍が迎え撃って……」
中井出 「ギーシュ。この国で遠征軍が組まれたのって、最近で聞いたことある?」
ギーシュ「………」
中井出 「無いなら軍事関係の人も少ないだろうし、もしそうなら貴族間に話は飛ぶ。
     で、ド・グラモンはどんな貴族だったっけ?」
ギーシュ「…………つまり、真っ先に僕のところに来るかもしれないということだね?」

 ギーシュ・ド・グラモン。
 軍人家系の四男坊であり、もし魔法学院から魔法貴族が選出されるのだとしたら、彼は指名されやすいということになる。
 自分で言った言葉の意味を噛み締めると、彼の目はナンパなものから軍人の目に変わる。

ギーシュ「僕は軍人家系というものを誇りに思っている。
     財産こそ少ないが、それでも誇りを持って生きているんだ。
     命を惜しむな、名を惜しめと言われて育った僕だ。逃げるわけにはいかない。
     キミは怒るだろうがね。だから言っておこう。
     名を惜しむ。これは譲れない。僕はグラモンの子だから。
     キミが家族を大事にするなら、僕だってそうさ。
     でも、命だって惜しむ。家族を大事にするのなら、生きて帰ってこそさ」
中井出 「ギーシュ……お前ってやつは……」
ギーシュ「ヒロミツ。僕を死んでしまわないように鍛えてほしい。
     名を惜しんでも……家族を、愛しい人を泣かせてしまうなら、
     それこそ名に傷をつけてしまうと思うんだ」
中井出 「………」
ギーシュ「───」

 握手。
 互いに言葉は無く、男の理解だけがそこにあった。
 これからどんな戦が起きようとも、必ず生きて帰ろう。
 そんな決意を、目だけで語りながら、二人はきつく握手をした。




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