28/ゴリー・エスペシャル

 オルニエールを訪れる人はあとを断たない。
 休日である虚無の曜日になればその人数も増え、ここに居るイルククゥもその一人だった。もちろん学院とは関係がないのだから、いつだって来れるし、事実ほぼ毎日訪れていた。
 ただし今日は平日で、学院の庭での襲撃だった。

イルククゥ「きゅい、おにいさまおにいさま、またスッキリしたいのね」
中井出  「歯磨きか? いいぞ、おいでおいでー」
イルククゥ「きゅいっ」

 屋敷前の庭で草の手入れをしていた中井出へと抱きついた彼女(?)は、流れのままにヒザマクラを堪能しつつ、歯を磨いてもらった。
 ついでに耳も掃除してもらうと、いつしかすいよすいよと眠ってしまう。
 そんな元気っ子の頭を髪ごとさらさらと撫でていると、その場へ客が訪れた。
 視線を向けてみれば、学院の生徒だった。ここに生徒が来るなんて珍しいなと思いながらも、中井出は相手の出方を待った。

生徒 「おい平民」
中井出「………」

 嫌いなタイプの貴族だ。
 彼はたった一言で全てを悟った。

生徒「聞こえていないのか平民。
   なんで貴様のような平民が、この神聖な学院の敷地内に入っているんだ?
   見たところ、給仕でも料理人でもなさそうだ。
   大方こんな場所なら人目もつくまいと、
   その女と逢瀬の約束の場にでもしたんだろうが───」

 はん。生徒は鼻で笑い、杖を突きつける。

生徒「罰が必要だな。貴族さまの領域に許可無く足を踏み入れたことに対して。
   平民風情が、貴族さまの領域を逢引の場に使うなんて。死んで償え」

 鋭い殺気……をぶつけているつもりの生徒は、口上も長くべらべらとよく喋る。
 中井出はその間に、どっかで見たことあるような顔のそいつをまじまじと見ていた。
 貴族だからと嫌うのは簡単だ。
 しかし、ギーシュのように解ってくれる貴族も居るのだ。
 歩み寄ろうとする努力はいつだってしなくては、自分もルイズのことは言えやしない。
 そう思ったからこそ、彼は頑張って彼の名前を思い出そうとしていた。
 そして辿り着いたのは───

生徒 「そうだ。この僕の。
    この僕の名をフルネームで、様付けで呼べたら、刑を軽くしてやろうじゃないか。
    僕はやさしいからな。腕を吹き飛ばすくらいで勘弁してあげるよ」
中井出「名前は───《ハッ!》───げろしゃぶ!」
生徒 「ヴィリエだ! ヴィリエ・ド・ロレーヌ!!」
中井出「ゴリエ!? ……す、すげぇ名前ですね」
生徒 「ヴィリエだ!!」

 全力で間違った名前だった。
 ろくな辿り着き方ではなかったのは、顔を真っ赤にしたヴィリエを見れば一目瞭然だ。

中井出 「で、そのゴリエは貴族だからって僕らを勝手に殺すと?」
ヴィリエ「さすがに殺しはしないさ。ていうかヴィリエだ!
     〜〜〜……ただ、二度と働けなくなるようなきつい罰を与えてやるだけだ」
中井出 「勝手に平民に手を出したらまずいんじゃない?」
ヴィリエ「誰に向かって口を利いているんだ、平民の分際で。
     平民の一人や二人動けなくなったところで、誰も困りはしないさ。
     問題になってももみ消してやればいいんだ。代わりはそこらにたくさん居る」
中井出 「…………」

 決闘したらギーシュみたいになってくれるだろうか。
 思ってはみても無理であると確信を持っていることを、中井出は思い浮かべた。

中井出 「諸君! 決闘だ!」
ヴィリエ「決闘? 僕が? 貴様と? 平民風情が、身の程を知れ」
中井出 「一方的にやられるのは癪なので、反撃します。
     殴られても文句言わないでくださいましね、貴族さま」
ヴィリエ「僕を殴れるつもりか? そのまえに潰してやるさ。やってみろよ、平民」
中井出 「録音オッケーよし死ねオォウリャアッ!!」
ヴィリエ「《ドゴォッ!!》えぺぎゅっ!?」

 ソッとイルククゥの頭を芝生に寝かせると、立ち上がりと一緒に烈風脚。
 その勢いのままに殴られたヴィリエは勢いよく飛び、地面をズザザァと滑った。
 痙攣したまま起き上がらない貴族さまを確認すると、中井出はもう一度イルククゥの頭を膝の上に乗せ、さらさらと頭を撫でた。

……。

 後日。
 今日もイルククゥにねだられ、歯を磨いていた時のこと。
 彼女(?)は彼女で退屈らしく、歯磨きでもヒザマクラでもなんでもいいから誰かと一緒に喋りたいということもあり、学院で授業がある間はほぼ中井出にべったりだった。
 そんなわけで、昨日と同じく庭の隅で歯磨きをしていたのだが、そこに訪れるメイジがいた。ヴィリエだ。

ヴィリエ「貴様、性懲りも無く……」
中井出 「エ? あ、ゴリエ」
ヴィリエ「ヴィリエだ!! 貴様、人がせっかく見逃してやったのに!
     調子に乗っているつもりなら、僕のやさしさもそう長くは続かないぞ!」
中井出 「……ウワー、殴られて気絶したこと、都合のいい夢だとか思ってるのか……?」

 あの後、いつまで経っても起き上がらないヴィリエを、彼は癒したのちに医務室へと寝かせた。あとは放置で、力を使った所為で吐血したりもしたが、いつも通りの日だった。
 だというのにこれだ。天を仰いで頭を掻きたくもなるだろう。

中井出 「で、なんの用でしょうか貴族この野郎」
ヴィリエ「貴族この野郎!? ……まっ……たく……!
     口の聞きかたを知らない平民が、この場に居るなんてね……!
     いいだろう! 貴様には少々教育が必要なようだ!」
中井出 「言葉遊びでいきなり攻撃に走るなんて、随分器の小さい貴族さまだ。
     身の振り方を知らない貴族が、この場に居るなんてね……!
     いいだろう! 貴様には少々教育が必要なようだ!」
ヴィリエ「きき、貴様あぁああっ!! 僕が、僕が器が小さいだって!?
     平民に舐められっぱなしで貴族が務まるか!
     これは教育なんだ! 生意気な平民を殴りつけてでも解らせてなにが悪い!」
中井出 「えっと……すまん。悪いのはお前の頭だと思う」
ヴィリエ「《ブチリ》…………おい。いい加減にしろよ平民が。
     誰のお陰で食っていけてると思ってるんだ?」
中井出 「とりあえずお前のお陰ではないね。親の七光りで威張り散らすのやめない?
     キミがキミとして話しかけてくれるなら、
     そもそも俺だってこんな態度取らずに済むんだからさ。
     キミなに? 貴族に産まれたことしか誇ることないの?
     産まれた先がたまたま貴族の家で、だからなにやっても許されるの?」
ヴィリエ「黙れ平民が。産まれた時からエリートな僕ら貴族と、
     貴様ら平民とではその時点で既に上下関係にあるんだよ!」

 再びビッと杖を向ける。
 中井出はさらりさらりとイルククゥの頭を撫でるのみだ。
 ちなみに話している内に歯磨きは終わり、イルククゥはすいよすいよと眠っていた。

中井出 「上下関係ねぇ……親が潰れりゃなにも残らないくせに、よく言うよ。
     OK、教育したいっていうならどうぞご勝手に」
ヴィリエ「ほう……!? い、いい度胸だ……!
     僕もさすがに限界だ、遠慮なくやらせてもらうよ!」

 ヴィリエが詠唱を始める……が、その手には杖が無かった。

ヴィリエ「えっ? あれっ!? 杖が……!?」
中井出 「ほれ。教育、どうしたの? なに? 杖がなければ教育も出来ないの?
     いや、そんなことないよね。
     親の七光りと杖がなければ威張れないなんてそんな……ねぇ?」
ヴィリエ「う、ぐ、うう……!」
中井出 「さーて、じゃあただ教育されるのもなんだし、僕も攻撃させてもらおうか。
     ふぅううう……! 久々にこの博光の拳が光って唸るわい……!」
ヴィリエ「な、なにをッ……なにをする気だ!? ぼぼ僕になにかしてみろ!
     ロレーヌ家が黙ってないぞ!!
     僕の家は優秀な風メイジを多く排出してるんだ! 貴様なんてすぐに───!」
中井出 「だから。自分の力でなんとかしてみなさい。
     杖が無くなって、真っ先に言うのがそれ?
     そりゃ、七光りとか言われても否定できねぇだろオイ……」
ヴィリエ「なんだと!?」
中井出 「わかった解りましたよぅ……僕らもう退散するから、追ってこないでね?
     あとこれどうぞ。あなたの杖です」

 ひょいと投げて渡したのはヴィリエの杖。
 ヴィリエはそれを受け取ると、すぐに目の色を変えて魔法の詠唱を始める。

中井出「……俺、ここまでひでぇメイジ初めて見るかも」

 さすがに頭が痛くなった。
 ごんごんとヴィリエに向かい、集ってゆく風を感じて、中井出はしかし冷静に言った。

中井出 「ゴリエー」
ヴィリエ「ヴィリエだ!!」

 詠唱が中断された。
 その隙に中井出はイルククゥを抱き上げると烈風脚を使い、逃走した。

ヴィリエ「なっ!? 待て! まだ教育が───!」

 聞こえる言葉など完全無視。
 人の奥義であるお陰で消費の少ない烈風脚は、彼にとってはとてもありがたい奥義だ。
 もちろんマナがない状態でも“順応”の回路のお陰で使えはするが、ペナルティである盲目が長く続いてしまうこともあり、四回以上は使えない。
 それでもヴィリエから逃げるにはそれだけでも十分であり、追おうとした頃には既に、中井出は小さな豆粒になっていた。


───……。


 日常は日常というだけあって、似たような“常”が繰り返される。
 オルニエールは平和ではあったが忙しくもあり、ジョゼットがオルレアン公邸に住むようになってからは人手不足であったりした。
 それというのもジョゼットが居た位置がぽかんと空いており、他のメイドに頼むにしても、彼女らは彼女らで別の仕事があるのだ。
 本日は大忙し。
 診療所も商業区も賑わっており、シエスタはヨシェナヴェ製作員として食事処方面に駆り出されていた。
 故に、現在診療所はティファニアと中井出だけだった。
 マチルダもウェールズも個々で仕事を持っており、既に独立した商業などに手を出している。

中井出   「はーあ……どうしてこう怪我人や病気持ちが多いんだか」
ティファニア「なにか原因があるのかな」

 二人は考えた。
 トリステインだけでも病気持ちになる人が多すぎる、と。
 他国から来る者ももちろん居る。
 主にガリアやゲルマニアになるわけだが、特にガリアからはジョゼフが言いふらしていることもあり、訪れる者が随分と増えた。
 トリステインとは友好関係を……繋いでいるわけでもなく、あくまで“オルニエールのみ”と同盟のようなものを結んでいるガリアは、今や他の領地は無視してオルニエールにのみ来訪する国民が増えていた。

中井出「あ、そういえば」

 原因、と聞いて、ふと思い出す。
 そういえば才人やルイズと武器屋に行った時、王都にしては随分と汚れていたと。
 貴族が通る中心だけが通りやすいというだけで、道は結構狭かったと記憶していた。
 つまりは、汚いままで放置され続ければ、やがてそこから病原菌が。

中井出   「……原因、解ったかも」
ティファニア「ほんとう!? すごいわヒロミツ!」

 やることは決まった。
 その前にやらなければいけないことは人捌きか。
 溜め息をひとつ、中井出は腕をまくって診察や治療を再開する。

中井出   「今日はごめんなぁテファ。まさかこんなに忙しくなるとは」
ティファニア「気にしないでヒロミツ。わたしも力になれて嬉しいの。
       ウエストウッドに居た頃は、わたしはなにも出来なかったから」
中井出   「……そか。じゃあ、頼りにしてるな」
ティファニア「……ほんとう?」
中井出   「現に助けられてるじゃない。
       昼までもうちょいだし、昼の休憩になったら適当な店に食べに行こうか」
ティファニア「え、あ、うんっ」

 それから、ティファニアが張り切りすぎて失敗しまくっていたが、大きな問題もなく午前の診察は終了。言った通り、商業区に向かって適当に食事をし、買い物をし、笑いながら束の間の平穏を楽しんだ。
 休憩が終わればすぐに仕事だが、ティファニアはとても楽しそうにしていた。
 のちにマチルダに“それはデートって言うんじゃないのかい?”と訊ねられた彼は、平然と言った。「え? 昼食だけど?」と。
 午後。彼の頭には何故かコブがあった。

中井出   「なんで殴られたんだろ……」
ティファニア「ごめんねヒロミツ……姉さんが」
中井出   「いやいや、それは気にしない。
       あっしゃあ家族からのツッコミナックルとか躾けナックルには、
       どうにもこう、苛立ちを覚えん体質なのです。
       理不尽なものにはさすがに疑問を抱くけど、きっと事情があったのよ。
       というわけで、午後も頑張っていこう! おー!」
ティファニア「お、おー!」

 忙しい日々。
 しかし、ティファニアは結構こんな生活が気に入っていた。
 元々友達が欲しいと思っていたティファニアだったが、ウエストウッドに訪れるのはせいぜいで盗賊くらいだった。もちろん友達になどなれるはずもなく、ある方法でお帰りいただいていた。
 それがここに来て、一気に友達や仲間や家族が増えた。
 そんな領地を纏めるのはやさしくて温かく、森のひなたの香りがする不思議な人。
 少なくともマチルダの次に心を許した相手であり、男性でいえば初めての友達だ。
 そんな小さな“特別”が、少しずつではあるがティファニアの心を占めてゆく。
 なんというか、笑顔を向けられるとホッとする。嬉しい。いろいろあるのだ。
 それを相談されたマチルダは、「あちゃあ……」と。素で「あちゃあ……」と言った。

ティファニア(なんだったんだろう、あれ)

 考えてみても解らない。
 ともかく、中井出博光という存在を見ていると、視界に入れておくと、安心する。
 それが彼女の中の“確か”だった。
 泣いてしまい、彼に抱き付いてしまったあの日から、どうにも落ち着かないでいる。
 ただ傍に居ると安心して、離れると寂しいと感じた。
 友達だから? ……解らない。けどきっとそう。マチルダと一緒に居る時に感じるものと似ているから。
 ただ、似ているというものが、必ず全て一緒であるとは限らないことを、彼女は知らなかった。

ティファニア「………」
中井出   「テファー? リキュールボトル、二倍に薄めてこっちにちょーだい」
ティファニア「あ、うんっ」
中井出   「あとは解毒草とアルコール。……よしっと。
       秘薬の生成も結構だけど、純度高めようとして無茶しないようにね」
貴族    「黙れ。貴様はただ治せばいい。それ以上は望まん」
中井出   「……ほんと腹立つなぁ。でもまあ、お大事に」

 最初は小さな安心だった。小さな寂しさだった。
 しかしながらこうして何日も一緒に居る日が続くと、それが段々と大きくなっていった。

貴族 「《ズキィーーーン!》しぎゃーーーーっ!!!」
中井出「男の子が薬塗られたくらいで叫んでんじゃないのォォォォ!!
    シャキッとしなさいっ! ンもォォォォ!!」
貴族 「〜〜っ……待て貴様! それは本当に薬か!?」
中井出「医者を信用しないで治りたいとかふざけたこと言ってんじゃないのォォ!!
    こんな化膿するまでほうっておいてェ! なァァに言ってんのもォォォォ!!」

 軽い毒と、魔法では直しきれなかった傷に薬をかける。
 それが済むと消毒処理をきちんとして、塗り薬をさらに付けて、ぐるぐる巻き。
 あとは一時間ほど領地で休めば治ると言い、中井出は貴族を帰らせた。
 ……実は最初に塗った“リキュールボトルを二倍で薄めたはずのもの”が、痛覚を増す薬が二倍に薄められていたものだったとは言えず、きちんと治してから帰らせたのは内緒の話。
 偉そうな態度の対価にでもしておこうと、彼は溜め息を吐いた。

中井出   「テファー? 調合するの間違えてたぞー?」
ティファニア「えぇっ!? ほんとうに!? ごごごっごごごめんなさいヒロミツ!」
中井出   「いや、俺───まあいいか、たまにはいい薬だ。いい子いい子〜♪」
ティファニア「《わしゃわしゃわしゃ》えぇぇぅうう!?」

 間違えたのに何故か頭を撫でられ、ティファニアは混乱した。
 中井出自身は“俺に謝られても”と言おうとしたが、自分自身があまりこの言葉が好きじゃないのを思い出して、言うのをやめた。
 事実、今回のことがバレれば文句は自分に飛ぶ。
 なら、受け取っておいてもバチは当たらないだろう。
 そう片付けることにして、頭を掻いた。


───……。


 夏期休暇終了から一ヵ月後。

中井出「うんよしその調子その調子。集中して〜……」

 オルニエールは田畑や菜園が豊富な領地である。
 そんな領地にあって、広く綺麗に手入れをされた庭の上で、中井出は平民メイジや没落メイジたちを前に魔法を教えていた。
 平民メイジは自分に貴族の血が流れていることも知らずに生きてきたため、突然キミは魔法が使えるかもしれない! と言われても戸惑うだけだったが、相手が恩人であることから一応信じ、試してみることにした。
 まずはコモンマジックである“ライト”。
 それが出来ると、次のコモンマジック。
 それらで四系統の内のどの系統が秀でているかを見極め、系統魔法の初歩を教え、やがては風系統のレビテーションやフライを念入りに教えてゆく。オルニエールの屋敷のマナの大樹の傍で行われるそれは、もはや定番となったものであり、この一ヶ月、彼がアトリシアと研究し、魔力を伸ばす方法を自己流で編み出したものを教える集まりだった。

中井出「重要なのはイメージだ。よーくイメージしたら、はい詠唱!」

 メイドが魔法を放つ。
 なんの因果か、水に特化したメイジと土に特化したメイジばかりだった。
 風と火が圧倒的に少ない。
 だが、お陰で農作業は捗った。
 ラインにまで引き上げるのはあっという間で、アトリシアは既にトライアングルだった。
 負けていられないと特訓に参加したマチルダは、スクウェアにこそなっていないものの、限りなくそれに近いトライアングル。
 土と水のトライアングルのお陰で、今日もオルニエールの土は健康だ。
 ギーシュも既にラインの上位にまで達しており、日々、己を練磨している。
 そして老人が元気である。

老人1「ふぉふぉふぉ! ほそっこいの! 今日こそワシが勝ってやるわー!」
老人2「返り討ちじゃふっといの! ふぁふぁふぁふぁ!」

 老人たちはもはやなかなかの肉体美を持つ老人たちになっていた。
 子供たちもすくすくと育ち、元気に遊んでいる。

ヘレン 「あぁシャモンちゃん、いつも害虫退治、ありがとうねぇ」
シャモン『キュ』

 放し飼い状態の月光竜、シャモンはこの領地の番犬のようなものだ。
 とはいっても、外に出てもマナの消費が少なくなるよう、全属性精霊を領地に置いている時点で、誰かが馬鹿なことをしても始末されるだけなのだが。

中井出「はいはい集中。土からものを作るイメージを弾かせて……はいっ」
メイド「“錬金”っ!」

 メイジメイドは今日も魔法鍛錬。
 各属性の精霊のバックアップで魔法行使を容易にし、暇があれば中井出とアトリシアに指導されつつ頑張っていた。
 相変わらず男っ気の無い領地だが、それぞれが皆、楽しそうに過ごしている。
 ……いや、正確には“過ごしていた”。その平和が残り一ヶ月程度で崩されんとするなど誰が思おもうか。

中井出「そういや思ったんだけどさ。
    もうみんな学院に通ってたら使い魔召喚の儀式してるくらいの年齢かな?」

 訊ねた相手はアトリシア。
 彼女は確かにそうかもしれませんと言う。

中井出「いいよなーあれ。俺もなにか召喚できないかな。メイジじゃないけど。
    こうやってマナを集めて〜……五つの力を司るペンタゴン!
    我が運命に従いし“使い魔”を召喚せよ! はいドッカーーーン!!」

 せっかくなので取り出しておいた剣型ミストルテインであるフロームンドをズビシィーとなにもない芝生へ向けて振り下ろす。
 するとどうだろう。
 楽しいことよ巻き起これ〜♪とばかりに全力で集めたマナが風を凝縮。いっそ凍えるかもしれないと思うほどの冷気がその場に集束し、「え!? なに!? なんなの!?」と中井出が慌てふためいているうちに、それは降臨した。
 ……今日はいい天気。
 青空と、眩しい太陽がサンサングラミー、もといサンサン。
 夏の名残もあってか、温かいくらいだ。
 だというのに、ソレの傍は寒さのあまり地面を這うような冷気が煙状に這うように漏れていた。そして、ソレ自体はバサリバサリと羽根をはためかせ、浮いている。
 白銀と黒のコントラスト。
 ささくれだっているのに美しいと思える、尖った鱗。
 陽光を浴びてギラリと輝くソレは、鱗だというのに鋼のように硬そうだった。
 そう、ここまで言えば知っている人も多かろうソレの名は、鋼龍クシャルダオラ。

中井出「………」

 召喚した(?)中井出は、柴田亜美漫画風に、鼻血をたらりと流していた。いい笑顔だ。

アトリシア「なんと美しい……!」

 一方のアトリシアは見惚れていた。
 老人は久しぶりに腰を抜かしていた。
 メイドたちは言葉も忘れてへたり込んでいた。
 そしてヘレン婆さんは───

ヘレン「おやおや、また新しい家族ですか、ヒロミツさん」

 にこにこ笑っていた。
 中井出は混乱しながらも自分の内側と連絡を取り、これが使い魔ではなく悠介の創造物であることを知ると、

中井出「余計なことすんなぁあああっ!!!
    まままっままマジでビビッたじゃないかぁああ!!」

 と涙声で言った。
 しかし、聞けばきちんとチスをすれば契約できるとのこと。

中井出「こ、古龍種とチスか……いや、これも経験……だといいね?」

 気にするのはやめた。
 そして詠唱を済ませるとおもむろにクシャルダオラに近付き、

  ズキュゥウウーーーーーーン!!!

総員『や、やった!』

 遠慮無用にキスをした。
 するとクシャルダオラの舌にドヂュゥウウとルーンが刻まれ、あまりの熱さにクシャルダオラがゴギャーとのた打ち回っていた。
 何故舌? とも思ったが、なるほど。クシャルダオラはこれで、鋼の鱗が錆びてくると脱皮するのだ。下手をすれば脱皮でルーンまではがれるかもしれない。
 ……もっとも、そんなことはないだろうとは思うが。
 中井出は溜め息を吐きつつ、メイドたちにも促してみた。……が、召喚数は0だった。
 その失敗の景色を眺めるさなか、シャモンに突かれたり噛まれたりをしていた中井出だったが、訳を聞いてみれば、どうやら自分以外の竜が中井出の傍に居るのが気に食わなかったらしい。血は繋がってはいないものの一応の娘にあたるシャモンの嫉妬に、彼はくすぐったく笑いながらシャモンを撫でまわした。
 途中で皆の視線に気づき、「べ、べつに嬉しくなんかないんだからねっ!?《ポッ》」と無駄にツンデレ怒りをしつつ、咳払いをして魔法鍛錬の続きへ取り掛かった。

中井出  「ではこれより応用を学んでもらいます」
メイド  「応用、ですか?」
中井出  「そう。まずライトだけど、これの輝きをレベルアップさせるのさ」
メイド  「輝きを……」
中井出  「アトリ」
アトリシア「《スッ》ここに」
中井出  「手本、見せてあげて」
アトリシア「承りました───“ライト”!」

 アトリシアが杖を構え、その先端に魔法の光源を作る。
 それは最初は弱々しかったが、徐々に強く、まぶしくなってゆく。

中井出  「こんな感じで輝きの強弱をつけられるようになろう。
      コモンマジックだからって、系統魔法を覚えたら大して使わなくなるとか、
      そんな甘っちょろいことは聞きません。基礎は絶対に強化すること。
      次はレビテーション。風系統になるけど、これも同じく強化しておくことね。
      実はこれ、極めると適当な系統魔法よりも強いから」
メイド  「え? それはどういう……」
中井出  「アトリ」
アトリシア「《スッ》ここに」
中井出  「手本、見せてあげて」
アトリシア「承りました───“レビテーション”!」

 アトリシアが同じやり取りで登場。さっきから居るが、なんと言われようと登場。
 道端の大きめの石をレビテーションで浮かせ、その理力を反転させた魔法を行使。浮力を反転させた重力でもって、石をズドンッと地面にめり込ませた。

中井出「と、このように。浮かせることが出来るなら、
    魔力が向かう方向を反転させることで重力操作もお手の物。
    “レビテーションは浮かせる魔法”ってイメージが強いけど、
    先入観さえ持ってなければ早い段階で落とす方にも慣れるよ。
    しかも相手を杖で指せば浮かせられるんだ。浮かせた時点でほぼ勝ちになる」
総員 『…………』

 ごくりとメイドたちの喉が鳴った。
 そして辺りが寒い。
 何故か急に豪雨が彼女らを襲った。

中井出  「ギャヤヤァアア!!? 何事かぁああ!!」
アトリシア「解りません! 急に豪雨が!」
中井出  「ウンディーネさん!? もしかしてこれキミが!?」

 契約を通じて訊いてみるも、違うと言われた。
 では何故? そう思い、その場のみんなを家の中に誘導していると、

クシャルダオラ『………』
中井出    「あ」

 暴風雨と吹雪の古龍と目が合った。
 もちろん直後に悠介に向けて呪いのメールを送りまくった。
 なにもそこまで似せることねーだろとばかりに。
 メールの内容は“このメールを5分以内に10人に飛ばさないとゲームマスター権限で死ぬ”だった。
 その少しあとに中井出に向けて10通のメールが届いた。
 ……同じ内容のメールだった。

中井出「返信。とりあえず53億レベルの腐れ外道を送ります。死んでください太子」

 完了。
 のちにフェルダールに53億レベルの妖怪腐れ外道が現れ、晦悠介は無事始末された。
 逆恨みもいいところである。
 しかしこの外道を回収するのをスコーンと忘れ、のちにフェルダールは地獄と化した。


───……。


 時間は普通に過ぎてゆく。
 宣戦布告の予告がジャン・ジャック・フランシスから届いてからしばらく。
 今日の中井出は学院で、ルイズにチェーンスペルを教えていた。

中井出「じゃ、まずは基礎からね。その前にこれをどうぞ。両手両足、両手首両足首に」
ルイズ「? なにこれ」

 ゴシャリと渡されたものを見て、ルイズは戸惑った。
 受け取ってはみたが重い。
 ゴシャリ、という音は実にいい喩えの音だ。

中井出「メンタルグローブとメンタルシューズとメンタルバンドだ。
    それをつければ最大TPがめっちゃ上がる。
    あとメンタルネックレスとメンタルカチューシャとメンタルイヤリングと、
    メンタルクロークとメンタル───」
ルイズ「ちょ、ちょっ、ちょちょっ、なにっ、えっ、なになにっ!?」

 ジャラジャラと取り出したものをジャラジャラと無理矢理身に着けられルイズは本気で困惑していた。そして気づけばフルメンタルシリーズで身を固めていて、本気でポカンとしている。
 TPを見てみれば、今のレベルでは考えられないほどのTP。

中井出「じゃ、始めよう。まずはプチファイアからね?」
ルイズ「う、うん……」

 戸惑いはあったが、教えてくれるのなら。
 重い装飾をジャラジャラと鳴らし、ルイズは集中した。
 そして最初の詠唱を終えるとプチファイアを放ち、即座に次の詠唱。
 しかしそれに待ったをかけた。

ルイズ「え? なに?」
中井出「ルイズ、すまん。まずは無詠唱を覚えよう」
ルイズ「むえいしょう?」
中井出「そ。頭の中で詠唱を終わらせて、魔法を放つ。
    試しにプチファイアの詠唱を頭の中で組み立てて、マナを解放してみなさい」
ルイズ「そんなこ───」
中井出「疑いは持たない。せめてこの魔法練習の時だけは、完全に俺を信用してくれ。
    大丈夫だ、必ず立派な魔法使いにしてやる。約束する」
ルイズ「………」

 ルイズは思った。
 最近のこの男は変だと。
 妙に自分にやさしいし、なにか焦っているようにも見える。
 それが何を意味するのかは、訊いたところで答えない。
 けれど、厄介なことに目は真剣だった。
 わたしなら絶対になれるって信じてくれている目。
 だから嫌いなのだ、この目は。
 勝手に人を信用して、失敗しても落胆もしないまま信じている。
 これじゃあ出来ないでいる自分が悪いみたいじゃないか。

ルイズ(……出でよ灯火、プチファイア)

 渋々、マナを解放。
 詠唱はせずに手を突き出してみる……と、ポムッと火が出た。

ルイズ「え? あ……で、できた……?」
中井出「ベネ! じゃあ次は高速詠唱だ! 頭の中での詠唱を“名前”感覚で覚える!
    “プチファイア!”って意識したら、
    もうプチファイアの詠唱が頭の中で弾けてる状態に持っていく!」
ルイズ「そ───…………わ、解ったわ」

 そんなことが出来るの?などとは訊けない。
 “なぜ?”だって、さっきもそう言おうとして遮られ、出来たじゃないか。
 なら疑う時間がもったいない。
 彼はきちんと教えてくれようとしている。
 そう思い、ルイズは集中することにした。
 言われたことを忠実にこなしてみせよう。
 座学最強は伊達じゃない。

ルイズ(“出でよ灯火”(プチファイア)!!)

 炎が出る。だがその炎が消えるよりも先にもう一度同じ工程で炎を。
 なるほど。これは確かに早い。
 コツを掴んでしまえば詠唱は既に自分の中にあり、口で言うよりも全然早い。
 なら? ならば……長い詠唱の魔法がこんなに早く出せたらどうなる?
 そこまで考えて、ルイズは今までにないくらい体が震えていることに気づいた。
 それは興奮から。
 系統魔法を覚えただけではきっと得られなかった興奮。
 チェーンスペル……連続魔法は憧れではあったし、派手な魔法にも興味が尽きない。
 なのにその二つを組み合わせることが出来るのだ。
 少なくとも、ヒロラインで彼女は見た。噂のガトリングスペルを。
 なんだあれ。人間じゃない。バケモノよ。無茶でしょあんなの。
 思うことは多々あったが、その光景に見惚れたのも事実だった。

ルイズ「ねぇヒロミツ。わたしワイズマンになりたい」
中井出「ホ? あ、あー、“賢者の英知”ね?
    チェーンスペルとかガトリングスペル使うなら絶対に必要だもんな」

 賢者の英知。“一分間完全詠唱破棄”の殺戮秘奥義。
 それがどんな魔法であろうと詠唱無しで放てるようになるという、ガトリングスペルを持つホギーの超最終奥義にして得意技だ。
 ただし一分経てば問答無用でTPが0になるが、古代魔法を一分連続で、しかもガトリングシペルで放たれればどんな敵でもほぼ消し炭だ。

中井出「レベルは?」
ルイズ「58。魔法鍛錬だけでも上がってくれるのはありがたいわ。
    ていうかこのネックレス、いろいろと反則でしょ。
    普通は魔法の同時行使なんて出来ないはずなのに、なにあの魔法の豪雨」
中井出「あれはホギーが異常なだけだ。普通のヤツにゃあ無理だ無理無理。
    でも座学ナンバーワンのお前なら出来るかもしれないから、
    今こうしてチェーンスペルの練習をしてもらってるのさ」
ルイズ「う、うん……覚えたら、わたしも姫さまのお役に立てるかしら」
中井出「古代魔法をチェーンできるようになった自分を想像してみなさい」
ルイズ「………」

 想像してみて、心が震えた。
 なんだこれは、まるで英雄のようじゃないか。
 想像の中の自分に「えへへ……」とうっとり顔をするルイズだったが、ぺしりと軽く頭を叩かれた。

ルイズ「なにすんのよっ!」
中井出「ルイズ。強い自分になるのは構わない。最高の魔法使いになるのもいい。
    でも、殺すことに慣れるなよ?
    この世界で“強い”ってのはそういうことだ。
    誰かのために人を殺すな。自分の責任で人を殺せ。
    姫ちゃんや国のために杖を振るって人を殺すなら、
    いつかお前は国のためになんだからと、人の人生を国の所為にして軽く消す」
ルイズ「そ、そんなことするわけ───」
中井出「そうか? 姫さまの役に立てるって言ったばっかりなのにか?」
ルイズ「う……それはっ!《わしゃしゃしゃ》はぅぷぷぷっ!?」

 言い返そうとするルイズだったが、中井出に頭を乱暴に撫でられ困惑した。

中井出「出来る限り、自己防衛のために力を使え。
    もうロックオンミサイルとかで殺したかもしれんが、
    敵国だから必ず死んでいいなら、ウェールズだってとっくに死んでる。
    殺しにくるヤツは殺せ。でも、殺すなら自分のために殺せ。
    じゃないと、お前はいつかどんな命でも、
    “国のためなら”って……蟻を殺すみたいに簡単に人を殺すことになる」
ルイズ「………」
中井出「戦争が起こるのは仕方ない。出来れば話し合いで済ませてほしいけど、無理だ。
    一人一人があそこまでガンコな貴族連中だ。話し合いで済むなら、
    6千年前のブリミルの時代にとっくに戦なんて治まっていたはずだ。
    でも、この国の貴族を見ればそりゃ無理だって頭から否定できる」
ルイズ「な、なんでよ! 姫さまは頑張っていらっしゃるじゃない!
    この間だって身内に居たリッシュモンを───」
中井出「身内に裏切り者が出る理由も解るって言ってるんだ。
    ……あのさ、ルイズ。
    お前身内とか言ってるけど、おまえにとっての身内って貴族だけか?
    俺は、お前がここをきちんと“国”として見て言ってるなら、殴らなきゃならん」
ルイズ「え……?」

 わけがわからない。
 身内といえば貴族だろう。
 事実、姫さまは残念そうに思いながらもリッシュンモンを始末したといった。
 裏切る理由? そんなの、解るわけがない。

中井出「貴族だけで暮らしていけるならそうすりゃいい。
    いっそ平民の全てを俺が預かったっていいさ。
    で、お前らはどっから税を手に入れて自分の生活支えるんだ?」
ルイズ「───あっ……!」

 身内……そうだ、国があっても民が居なければ貴族もなにもない。
 ラ・ヴァリエール領だってそうだ。お金回りがあるからこそ食うに困らなくて、それらはメイジが田畑を耕して手に入れるものでは断じてない。

中井出「一度、民を家族と照らし合わせて歩いてみろ。
    トリスタニアを歩くだけでもうんざりするぞ?
    貴族の前を横切っただけで“無礼”と言われて殴る蹴る。
    子供を庇う親を痣だらけにしてもまだ蹴って、笑う貴族連中。
    ……無理だろ、どうやって好きになれってんだ、あんなクズども。
    もしヴァリエールが没落して、殴られてるのが平民になったカトレアだったら、
    お前は見て見ぬフリとか出来るか?」

 その喩えを想像してみて、ルイズの心はあっさりと怒りに震えた。
 姉を殴る貴族。
 姉に庇われてる子供は自分だろうか。
 殴る理由は、わたしがちぃ姉さまとの買い物を楽しんでいて、不注意で貴族の前方を過ぎった。ただそれだけ。
 姉はもうぼろぼろだった。わたしは何度もやめてと叫んだが、貴族連中は“貴族さまに口答えをするな”とかわけの解らないことを言うだけ。
 理不尽だ。
 病気が治ったばかりなのと懇願したところで、貴族は止まらない。
 そればかりか弱った姉をわたしから無理矢理引き剥がして、そのまま───

中井出「《ズパァーーン!!》ギャーーーイ!!」
ルイズ「……ふえっ!?」

 想像が行き過ぎて、ルイズは涙目になってキレた。
 男、コロス! とばかりに怒り任せに振るった平手が、その場に居た唯一の男である中井出を襲い、彼は衝撃のあまり口からナルトを吐き出しつつ、カタカタと震えながら叩かれた頬を押さえてルイズを見た。

ルイズ「あ、やっ、ちがう、ちがうの。だってねえさまがっ……」

 ルイズにしてみれば想像の中の男が許せなかっただけだった。
 ただたまたま、その男を滅ぼすつもりで振るった平手が中井出を襲っただけ。

中井出「エート……とりあえず、それがどんなにひどいことか、解ってもらえた?
    解らなかったらトルネードフィッシャーマンズスープレックスね?」
ルイズ「ひうっ!? わ、わわ解った、解ったわっ! わ…………わかった……わよ……」

 脅されたから答えたのではなく、本当の意味で解ってしまった。
 トリステイン貴族の大半はあんな感じだ。
 平民は自分の思い通りになる人形かなにかだと本気で思っている。
 だから平気で税率を上げたり、前を通っただけで殴るなんてことが出来る。
 そして……自分もそうだった。
 横切っただけで殴ったりはしないが、じゃあ才人にしてきた仕打ちはどうだったのか。
 平民だというだけで、別の世界から来た者を殴り、衣食住を条件に脅して。
 それは貴族の在り方か? わたしは結局、想像の中の下衆な貴族と変わらないのでは?

ルイズ「………変わらなきゃ」

 変わらなきゃいけない。
 自分の思う貴族像に近付くために。
 でもどうすればいいんだろう。
 わたし一人でトリステインの貴族全てを変えることなんて出来ない。
 公爵家の娘だからといって、わたしが公爵なわけじゃない。
 じゃあどうしよう。どうすればいいんだろう。

中井出「じゃあ、手始めに才人にやさしくしてごらんなさい。
    自分に尽くしてくれようとしているヤツにまで優しくできないなら、
    他の誰にもやさしくなんて出来やしない」
ルイズ「あ………………そっか。そうよね……そうなんだわ」

 こく、こくりと頷き、ルイズは大きく深呼吸をした。
 最後に“うん”と頷いて、また魔法の練習に入る。

中井出「いいかールイズ。男ってのは女の極端な変化に戸惑うもんだ。
    昨日まであんなに罵ってきたのに、どうして急にやさしく? とか。
    でもな、そんな疑いの目は自分がしてきたことへの責任として受け取りなさい。
    まずは歩み寄ってやらなきゃ、平民は貴族に心を開かないのよさ」
ルイズ「…………歩み寄ろうとした平民まで、わたしたちは叩いてたのよね?」
中井出「おっ…………ああもうルイズゥ〜〜〜ッ!!」
ルイズ「《わしゃわしゃわしゃ》ひゃぁああぅうぷぷぷっ!!?」

 突然頭を撫でられた。
 わけが解らなくて、けれど俯かされながら見上げた彼の顔は、どうしようもないくらいに嬉しそうだった。
 ただそれだけを理解してくれたことが、そんなに嬉しいのだろうか。
 そう思って、自分は“それだけ”すら知ろうとしなかったことに愕然とした。
 噂では、オルニエール領では全ての者を“人間”として捉えるらしい。
 平民も貴族も、亜人も魔獣もなく、ただ人間と。
 わたしたちトリステイン貴族が6千年もの間、知ろうともしなかった“それだけ”が、そこにはあるのだそうだ。

ルイズ(それにちぃねえさまを救ってくれた。
    もう夏期休暇から一月以上も経つし、そろそろ許可も下りるかな)

 本来ならば報せを受けてからすぐにでも行かなければ、それこそ不敬というものなのに。
 誰がやっても出来なかったことをやってくれたのだ、公爵家と男爵家の差はあれど、感謝をする理由なんて腐るほど溢れている。
 でも、わたしは……今のわたしは、爵位なんて関係なくただのルイズとしてお礼をしたいと思っている。妹として、姉を助けてくれてありがとうと。
 だって、わたしは娘で……シュヴァリエでも男爵でも公爵でもないのだから。

ルイズ(でも)

 不思議なことに、実家から届く手紙にも、自分たちもまだお礼が返せていないという。
 お礼をせねばと向かうと、きまって男爵は居ないのだとか。
 もちろん公爵という立場がそうそう暇を取れるはずもなく、訪れるのは一月に数回程度らしいのだが、その度にカトレアも同行しているらしい。
 体はもう随分と調子がよく、オルニエール男爵領に入ると、その調子は余計によくなるそうなので、休みが取れたエレオノールとともに泊まることも何度かあった……そんな手紙の内容に、ルイズが羨ましがったのは言うまでもない。
 心が落ち着いて、温泉があって、美味しい食事があって、商業区扱いになっている場所では珍しい工芸品もあり、癒し以外の目的で訪れる人も随分居ると聞く。
 まるで観光地だ。

ルイズ「ね、ねぇヒロミツ。オルニエールって場所に行ったこと、ある?」
中井出「お? あるよー?」
ルイズ「ほんと? どんな場所?」
中井出「とても空気がいい場所アマス」
ルイズ「空気……? 違いなんて解るものなの?」
中井出「入ってみれば解るって。
    武器になるようなものを置かないと入れないようになってるから、
    杖も刃物とか鈍器も持ってはいけないぞ?」
ルイズ「徹底してるのね……でも野蛮な人だと、殴ったりとか……」
中井出「そういうことしたら出入り禁止だって。領地内の女性に手をだすのも禁止。
    両者が本当に好き合えば別だけど、
    一方的に金で買おうとする男って存在を嫌ってる傾向があるからね、
    両思いは難しそうだぁね」
ルイズ「え? なにその言い回し。あ、さてはそこに好きな女の子でもいるんでしょ」
中井出「おう! いるぜ!」
ルイズ「え!? ほんとに!?」

 もちろんドリアードのことだ。
 全精霊はオルニエール領で解放状態になっているため、その言葉は間違っていない。

ルイズ「……信じられない。あんたが恋なんて」
中井出「し、失礼な!」
ルイズ「あ、ところでさっきから空にヘンなのが居るんだけど、あれなに?」
中井出「あれ? あ、あー……クシャルダオラ」
ルイズ「クシャ……?」
中井出「古龍種だよ。一応俺の使い魔」
ルイズ「…………もう驚かないわよ。
    あんたが規格外だってことなんてとっくに知ってるんだから」
中井出「あんがと」

 おーいと呼んでみれば、キュィイーーと、風を切る音がリアルに鳴り、スッ飛んでくる古龍。ルイズはその姿に怯え、しかし目には輝きを孕んでいた。

ルイズ「これが、くしゃ……」
中井出「クシャルダオラ。風を操る龍だな」
ルイズ「あ……ほんとだ。解り辛いけど、風を纏ってる」

 近付いてみたら風圧に飛ばされかけ、ルイズは尻餅をついてしまった。

ルイズ「すごい……けど、こんなに風を纏ってて疲れないのかしら」
中井出「龍ってものを甘く見るんじゃありません。まあ、ともかくこれから」

 魔法の練習を───と続けようとした途端、再び豪雨。
 暴風雨と言って十分なモノが、中井出とルイズを打ちつけた。

ルイズ「いたっ! いたいいたたたっ! な、なによこの雨!」
中井出「ぬおおお!! ル、ルイズ! 外での練習中止! あとごめん!」
ルイズ「ごめんってなにが!?」

 迂闊に呼べばこうなることくらいは解っていたのだが、どうにも鋼龍は少しでも神経を尖らせると雨雲を呼ぶらしい。





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