30/友達で仲間で家族

 さて、そんな話の一方。
 これは夏休みが終わり、それから二ヶ月以上も経ったある日の……別視点のことである。

ルイズ「サイト、実家に行くわよ」
才人 「へ? ……実家か。へー…………へぇええっ!!?」
ルイズ「うるさいわね、なによ」

 ある日の昼、彼女は実家に帰ると言った。
 実家といえばラ・ヴァリエール公爵家である。
 トリステインに生きる者ならばこの名を知らぬはずがあるまいと言える場所。
 さて、夏期休暇も終わったというのに、何故帰郷なんてことになったのかというと、

ルイズ「姫さま……陛下から手紙が届いたのよ。あんたも知ってるでしょ?」
才人 「ああ……アルビオンとの戦を前にして、ルイズに特別任務があるってやつだろ?」
ルイズ「そうよ。だから実家にも連絡を入れたの。
    “祖国のため、王軍の一員としてアルビオン進攻に加わります”って」
才人 「ああ、それで?」
ルイズ「そしたら却下って返事が来たわ。従軍まかりならん、だって。なにこれ。
    わたしは陛下の命で動いてるのよ? それをまかりならんって。
    必要なら生徒だって杖を振らなきゃいけない状況なのよ?
    それを娘にはいかせたくない、なんて言葉で納得できるわけないでしょ?
    だから直接話すの」
才人 「……あのさ、ルイズ。親父さんたち、ルイズが魔法使えるの知らないんだよな?
    だったらその反応も当たり前じゃないか?」
ルイズ「でも陛下からの命なのよ!? なのにまかりならんなんてっ!」

 ルイズにしてみれば、他でもない自分が頼られたということが嬉しかった。
 アンリエッタにしてみれば、当然信頼が置ける友達であり仲間であり、ヒロラインの力を持つルイズだからこそだ。
 しかしそれを知らないラ・ヴァリエール公爵家としてみれば、魔法が使えない娘を死地に追いやるようなものである。却下は当然だった。

ルイズ「手紙なんかじゃ伝えきれないのよ! だから行くわよ!」
才人 「そんな、自分から戦に首を突っ込む必要があるのかよ」
ルイズ「祖国への忠義はラ・ヴァリエールが誇るべきところよ。
    戦は、それは嫌いだわ。
    けど、じゃあわたしが祖国や陛下のために出来ることってなに?
    わたし自身には力なんてないわよ。
    きっと陛下は、サイトの竜のはごろもに期待してるんだわ。
    それでも頼られてることが嬉しいの。
    ヒロラインの魔法だって、少しは使えるようになったわ」

 だから自分で行って、自分で説得するのだと。
 自分は陛下の女官なのだから、信頼されているのだからと、彼女は歩き出した。

ルイズ「……けどね。国のために、他人のために動くんじゃないわ。
    わたしはわたしの責任で動く。その“結果”で“国のため”を実現するの」
才人 「それ、提督からの受け売りか?」
ルイズ「そんなわけないじゃない。考えを改めた、わたしの結論だもん」

 やがて、扉に手をかけ開けようとしたところで、その扉が勝手に開いた。
 目をぱちくりと閉じたり開いたりさせて、目の前に誰かが立っていることを知ると、ゆっくりと視線を上へ。小柄な自分は見上げてばかりで、今回もそれは変わらないわけだが、ふわりと漂った“知っている香り”に、体が強張るのを実感した。
 口にした決意と覚悟が、あっという間に裸足で逃げ出すような瞬間だった。

エレオノール「ここに居たのね、おちび。ちびルイズ!」
ルイズ   「《グミィッ!》はひゃふっ!? あぅううむむむ!?」

 エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールという名のこの女性。言うまでもなくルイズの姉である。
 ラ・ヴァリエール家の長女であり、性格はルイズの性格をキツい方向に煮詰めたもので、とにかくキツい女性だった。しかし“恋に夢見る少女”という部分までもが煮詰められており、好きになると夢中になりすぎて、周りが見えなくなる。次第に相手がついていけなくなり、別れる。そんなこともあり、歳がアレでも結婚はしていなかった。いや、出来ていなかった。

ルイズ「うぇ、うぇれうぉうぉーうねぇひゃまっ!?」

 頬を抓られた上で引っ張られたルイズが、目に涙を溜めながらなんとか言う。
 言葉になっていないが、姉の名を呼んだようだった。

エレオノール「まったく……聞いたし、読んだわよ。戦争? おちびなあなたが?
       魔法も使えない、ただの女の子のあなたが?」
ルイズ   「《グミミミミ……!》ふぁひゅひゅひゅひゅひゅ!!
       ふぉふぉふぉ、ふぉんふぁひょほはひふぁふぇんふぁっ!」
エレオノール「なに? 言いたいことがあるのならきっぱり言いなさい、おちび」
ルイズ   「《すぱんっ!》はあうっ!
       ……だ、だったらひっぱらないでください、姉様」

 引っ張られていた頬をさすり、既にこぼれていた涙をごしりと拭う。
 しかし深呼吸をすると胸を張り、

ルイズ「エレオノール姉様っ、わたしっ!
    魔法が使えるようになりましたっ!《ディシィッ!》はにゅうっ!?」

 そしてこのデコピンである。

エレオノール「せめて人を騙せる言い訳をお言い。あなたが魔法?」
ルイズ   「はたたたた……! で、出来ます! 見ててください!」
才人    「ばっ……ルイズ! それはっ!」

 才人は見せびらかすのはやめろと言いたかった。
 だから言葉を投げ掛けたのだが、見るからに平民である彼が自分の妹を呼び捨てにしたことに、彼を睨んだエレオノールの眼光に押し黙った。
 その頃には詠唱も終わり、彼女は魔法と自分の失敗魔法を合わせたものを窓から放ち、空中で解放、爆発させてみせた。

エレオノール「………」
ルイズ   「ど、どうですかっ!? ウォーターバーストっていうんですっ!」

 ルイズにしてみれば、姉に認めてもらいたくもあり、見直してほしくもあった。
 だから興奮したままにエレオノールに向き直って言ってみたのだが、エレオノールにしてみれば、水の弾丸も、空中で爆発を起こしたそれも、確かに戦力になるものであった。あってしまった。
 魔法が使えないのならば、まだ“まかりならん”で通せたものを。
 妹を戦場に向かわせる理由が、一つでも見つかってしまったのだ。
 だから否定した。“その程度で戦場など笑わせる”と。

ルイズ「じゃ、じゃあ……“バーン・フォトニック”!!」

 もう一度魔法を発動。
 今度は光の線が虚空の一箇所に集ってゆき、それが一気に爆発した。
 ヒロライン魔法のフォトンの昇華魔法である。
 ルイズは、姉の前で成功した魔法に目を輝かせながらエレオノールを見る。が、待っていたのは頬を抓る指だけだった。

ルイズ   「ひゃぅふぁふぁふぁいぃいっ!!?」
エレオノール「だから、この程度じゃ戦なんて無理と言っているのよ。
       おちび、今から出るからすぐに旅の準備をしなさい。
       実家までは行かないわ。向かう先は───」

 しぱんっと離された頬を擦りながら、やはり涙目で姉を見る。
 認めてほしかったのに……この人はやはり怖い。
 そんな怯えを孕んだ瞳を気にしない風情で受け止めながら、エレオノールは言った。

「オルニエールよ」

 と。


───……。


 そして翌日。
 朝が来て昼が来る。
 畑などで取れた美味しい食材で作った料理が庭にずらりと並び、それらを立食パーティーが如く食らってゆく。
 その中にあって、中井出はにっこにこ笑顔だった。
 今日はとうとう自分のことを暴露する日。
 様々を見せましょうともと覚悟を決めるとともに、エチケット袋などを作っていた。
 ……のだが。

ピエール「やれやれ……どうせ今日も居ないのだろう?
     礼などいらんと言うのならもういいだろう」
カリーヌ「それは許されない行為ですよ、ピエール。
     それに今日はルイズの───、……!?」

 丁度、「上手に出来ましたー!」と中井出がエチケット袋を掲げている時だった。
 オルニエールの屋敷を目指していた二人と、一緒に来ていたカトレアがソレを発見したのは。

ピエール「───」
カリーヌ「───」
カトレア「あ、あの……?」

 二人の目が狩人のソレへと変貌する。
 動きは現役時代のソレとなんら変わらず、一気に彼への距離を縮めた。その速度───まさに烈風が如し。

中井出「ふう。しかしいいエチケッツ袋だぜ。
    もしかして俺、こういう地味な才能もあったりするのかな」
声  「もし。そこの方。なかなか面白いものを作っているな」
中井出「え? 解る? いやぁまいったな、他の人にも認めてもらえるなんて、
    俺も案外シェヴァァアーーーーーッ!!!?」

 かけられた声に振り向くと、彼は腹の底から絶叫した。関係ない話だが、その声はまるで、目の前でシェバが死んだクリス・レッドフィールドの絶叫にも似たものだった。
 それはそれとしてすぐさま逃げて、カリーヌに回り込まれ、しかし毒霧を吐き、怯ませたところで改めて逃走した。

中井出 「ちくしょう馬鹿な! こんな馬鹿な! 何故やつらがここに!?」
カリーヌ「あなたへ礼を届けるためですよ」
中井出 「いらないってばウォオオオオーーーッ!!?」

 返事をすれば、隣に夫人。
 気づけば華麗に足払いをされ、折り畳まれ、ビシィッと正座をさせられていた。

中井出 「ば、馬鹿な……ば、馬鹿な……! 俺は確かに貴様を毒霧で……!」
カリーヌ「風は偏在するのですよ。あれはただの魔法です」
中井出 「……杖持ってきちゃだめでしょ!? なんで通れてんの!?」
カリーヌ「こんなこともあろうかと、杖には見えないものを杖として持ってきたのです」
中井出 「わあ……セキュリティ更新しないと。───…………」
カリーヌ「……? ミスタ・オルニエール?」
ピエール「カリーヌ! それは分身だ! あそこに逃げている男爵が居る!」
カリーヌ「なっ……! ……というか、ピエール。これは……」
ピエール「いや……言うな、カリーヌ。
     そうだとしても辻褄が合わん。合わんが……言葉通りならば納得がいく」
カリーヌ「………」

 二人が逃げる中井出を追う。
 しばらくして二人の姿が見えなくなると、正座していた中井出がズチャリと立ち上がる。

中井出 「ゲフェフェファファファハハハハカッカッカッカッカ……!!
     やはり愚かよ……! 人というのは動くものこそを疑う……!
     逃げていればそれだけで疑うのなら、動かぬ我を本物と思うわけが」
カトレア「思うわけが?」
中井出 「ハァーーーーッ!!?」

 この男、先ほどから叫びっぱなしである。
 しかし安全かと思えばすぐ傍に会いたくなかった者が居れば、叫びたくもなるだろう。
 中井出はドキドキと高鳴る鼓動を呼吸法で無理矢理押さえ、すぐに逃げようとして───

イルククゥ「おにいさま! 今日もスッキリしに来たのねーーーっ!」
中井出  「なんだと《がばしぃ!》ぐわぁーーーっ!!」

 駆け出したところをイルククゥにタックルされ、ゾガシャシャシャアアと地面を滑った。
 のちに彼は言う。見事な腰から下へのタックルだったと。
 結局騒ぎを耳にしたカリーヌがこの場へ駆けつけ、あっさりと彼はお縄についた。
 風メイジは耳がいいのだ。


───……。


 中井出博光は縄でがんじがらめに縛られ、庭の隅に立たされていた。

中井出「ムキキー!《ポキポキポキポキ》とんずらぁーーーっ!!」

 しかし関節をポキポキとずらすと縄から抜け出し、逃走を謀った。
 が、丁度辿り着いたジョゼフに挨拶代わりのラリアットをされ、追いついたカリーヌに捕らえられ、連行された。

……。

 中井出博光は縄でがんじがらめに縛られ、大樹の枝に吊るされていた。

中井出「ムキキー!《ブチーン!》ウッキーーーッ!!」

 しかし単純な腕力でこれを千切り、逃走。
 待ち構えていたカリーヌによってボコボコにされ、再びお縄についた。

……。

 中井出博光は縄でがんじがらめに縛られ、地面に埋められていた。

中井出「ムキキー!《パゴシャア!》ヘヴァーーーッ!!」

 次は火闇で土を爆破、逃走しようとしたところを「いい加減にしなさい!」とカリーヌに殴られた。

中井出 「ち、ちくしょう卑怯だぞコノヤロー! 俺がいったいなにをしたー!」
カリーヌ「貴方には恩があります」
中井出 「とてもじゃないけど恩がある仕打ちに見えないんですが!?」
カリーヌ「………」
中井出 「え……な、なに?」

 カリーヌが、地面に埋まったままの中井出の顔をじっと見つめる。
 するとどうしてか突然可笑しそうに、くすくすと笑った。
 笑って、中井出の耳に口を近づけると、ある一言を口にする。

中井出「?」

 意味が解らずきょとんとするが、カリーヌはそれでよかったのか、顔を引き締めたのちに離れた。
 それを隙と見るや、ガイアもびっくりの痙攣を見せて体をがくがくと揺らし、土から這い出ようとする中井出。
 すぐにマチルダに殴られ、しくしく泣きながらも“いい加減逃げないこと”を約束させられた。騒ぎに誘われてやってきた、オルニエールの面々はそれはもう奇妙な状況を見ることとなる。

中井出 「うう……わ、解ったよぅ……。
     けどなー! 欲しくないお礼だったらぜってー貰わねーからなー!」
シエスタ「どんなものなら受け取るんですか?」
中井出 「え? そうだなー……」

 考えてみる。
 お礼はそもそも受け取るつもりはないと言った。
 しかしながら、もし受け取れるとしたらなにがいいのか。
 しっかりたっぷりと考えて、やがて彼は言った。

中井出「笑っててください」

 そもそも楽しいを振り撒くのが自分の目的。
 ならばそうしてもらえるのが一番のお礼になりますと、彼は笑って言う。
 それを聞き、カリーヌはやはりくすくすと笑った。
 ピエールもぽかんとしていたが、フッと笑うと頭を掻いた。

ピエール「キザだな」
中井出 「そう思うのは貴様の心が曲がっているからです」
ピエール「……ほう、言ってくれる」
中井出 「だってさ、ほら。
     たとえば大事な娘さんが同じこと言ったら、あなたはどう思う?」
ピエール「健気なことだと思うな」
中井出 「……あの。やっぱお礼いらないですから帰れ。
     俺も身内差別は相当するけど、礼だのなんだのの時はきちんと弁えるつもりだ。
     それをあんた、よりにもよって礼の場でそういうこと言うか」
ピエール「遠慮はいらんと思ったからそうしたまでだ。
     なんとしてでも礼がしたい。受け取ってくれ。貴族ではなく、親としてだ」
中井出 「よっしゃ受け取ろう」
総員  『そんなあっさり!?』

 あっさりと頷いた彼に全員がツッコむが、彼は彼で「貴族じゃないならいいじゃない」と言った。さすがのピエールも「そこまで貴族が嫌いか……」と呆れ果てていた。

中井出 「それでえーと……」
ピエール「ピエールだ」
中井出 「ピエールさん。親としてなにをお礼にくださるの?」

 周囲がざわりとどよめく。
 トリステインに名を轟かせるヴァリエール公爵をピエールさんなどと、気安く呼んでみせたのだ、当然だ。
 しかしピエールは気にする風でもなく、今までの刺々しさが嘘のようにフムと思案。

ピエール「どうだろう、ジ……、オルニエール男爵」
中井出 「え? なに!? え!? ジ!? どっからどう出てきたジ!?」
ピエール「こほん。……礼の件だが、わしとカリーヌで考えてみた。
     親として、カトレアが救われた者として、返せるものはなにかと。
     お前のことだ、金や名誉などは欲しくもないだろう」
中井出 「え? ああうん、そりゃそうだけど」
ピエール「そこでだ。カトレアの回復を図ることも兼ね、
     ここでカトレアにお前の手伝いをさせてやってほしい」
中井出 「なんと……手伝いを?」
ピエール「ああ。知っているかもしれんが、
     カトレアは魔法を使うと体調を崩してしまような体だった。
     今でこそ落ち着いてはいるがな。
     そんなカトレアの体調回復と魔法の安定も合わせた願いだ。
     こちらの都合を織り交ぜてしまってすまないが、どうか頷いてほしい」
中井出 「オッケン!」

 その場に居た全員がまたもや驚いた。
 シエスタら、オルニエールに近しい者達は「もう少し考えてから」と言うが、中井出にしてみればそういうお礼ならばドンとこいだった。

ピエール「つくづく後先考えないで突っ走る男だな、お前は」
中井出 「いいじゃないか、その方が面白いし。
     ていうか随分と砕けた感じになったね。どうしたの?」
ピエール「お前相手に小難しいことを考えても無駄だ」
中井出 「すげぇ理解力を見たよ」

 トヒョーと溜め息を吐きつつ、ともかく地面から抜け出て背伸びの運動。
 無駄にチャチャブーの真似をしつつ「ミギー!」と言ってみたが、意味はなかった。

中井出   「それじゃあジョゼフ、そろそろアレをやりたいと思うんだけど」
ジョゼフ  「ああ。楽しみにしていたぞ」
シャルル  「急に連れてこられて、何事かと思ったけどね。
       と、いうかだね、シャルロットにジョゼット?
       君達はその。いくらなんでもここに来すぎじゃないか?
       出来ればもっと、離れていた時間を埋めるように家族と───」
ジョゼット 「ヒロミツはわたしの使い魔ですから! 愛しい人ですから!
       一心同体で、傍に居るのは当然なんです、父さま!」
シャルロット「……距離を掴めない」
シャルル  「愛しい人!? 距離!?」

 シャルルは父としての立場に相当混乱していた。
 距離が掴めないというのはつまり、今さら子供の頃のようにぶつかっていくのは難しい、というシャルロットなりの父への愛の持て余しの度合いだったのだが、悲しいかな、父はそれに気づかなかった。

イザベラ「いや、わたしはエレーヌが……ほら、どうしてもというからであって」
夫人  「殿下。照れながら言っても説得力がありませんわよ」
イザベラ「も、もう! 叔母さま! 殿下はやめてって言ってるでしょう!」
夫人  「ふふふっ」

 ガリアの王族の姿に、ピエールやカリーヌも困惑を隠せないでいるが、話は聞いている。
 どこぞの男爵がいろいろやって、友達になったのだとか、まあそんなところだ。

ピエール「失礼。話が見えんのだが、一体何が始まるのですかな?」
ジョゼフ「おお、ヴァリエール公爵か。
     こうして改まる必要のない場所で会えて嬉しく思うぞ。
     質問の答えだが、これからこの領地の男爵の過去を見ることになっている。
     特に来場客も限定されていないとのことだ、暇ならば見ていくといい」
ピエール「ジ……オルニエール男爵の?」
中井出 「だからジってなに!? ねぇ! ジってなにィィィィ!!?」
カリーヌ「………」
中井出 「カリーヌさん!? なんでもう見る方向でスタンバッてるの!?
     どっから持ってきたのその椅子!
     いやむしろなんでジョゼフが仕切ってるの!?」
ジョゼフ「御託はいい。おれは興味のあるものにこそ猛進する」
中井出 「解り易くて実にベリグー! そうだよ! そういう解り易いのがいいよ!
     なんか脱線してるけどもうそれでいいよ!」

 サムズアップし合って、彼らは肩を抱いた。

中井出  「じゃあもういろいろすっ飛ばして映像開始しようね。
      俺が悩んでも放置されそうだし。
      えーと、映像って言葉がよく解らない人もいらっしゃるでしょうが、
      そこは見てみれば解ります。あとここからは私語は厳禁でお願いしますね。
      他の方の迷惑になりますから。
      というわけで、これよりえーと、ねぇアトリシア。
      映像のタイトルとかどうしようか」
アトリシア「華麗なるナカイデ伝説でどうでしょう」
中井出  「あの。本気で遠慮したいんで他のをお願いできますか?」

 タイトルなんざどうでもいいからさっさとしな、とマチルダに突っ込まれたのは、この一秒後だった。
 しかしこういう時に限って、別の方向から物事が飛んで来るとはよく言ったもので。

エレオノール「ガッ……ガリア王!? なぜ、こんな場所に……!?」
ルイズ   「ちぃねえさま! ……に、タバサ? が、二人!? えぇっ!?」
才人    「提督も居るし……怪我でもしたのか?」
ギーシュ  「……遊びに来たのだが、少し間が悪かったかね」
中井出   「エエエェェェェェェェエエエエ!!?」

 彼はのちに語る。
 今日はきっと厄日なのよと。

……。

 オルニエールの屋敷前には大樹が二本立っている。
 癒しの大樹とマナの大樹。
 その前に立ち、中井出博光は───

ルイズ「なんで!? どうしてわたしはだめなのよ!!」
中井出「いろいろ事情があるんですってば!
    とにかくキミにはキミとして、真っ直ぐ強くなってもらいたいの!
    成長してもらいたいのよ!
    俺の過去を見ることでなんらかの影響を受け取ることなんて無く、
    キミ自身で才人と一緒に成長してほしいんだってば!」
ルイズ「わたしの成長過程はわたしが決めるわよ!」

 結局はアンリエッタやウェールズも混ぜた、知り合いのほぼが訪れた今日というこの日。
 訊ねてみれば、キュルケは別の男とデート中だとギーシュは言う。
 ともあれ、アンリエッタの護衛としてついてきたアニエスや、髪の毛の生え具合を調べてもらいに来たコルベールも混ぜ、随分と大所帯状態になっていた。
 その中でやはりルイズには自分の過去は見せたくないと中井出が言ったのが、今回のコトの発端だった。

才人 「なぁ提督。こうなったらもう見せたほうがいいんじゃないか?
    これ以上無理に突き放したら、最近結構穏やかなルイズと提督の関係、崩れるぞ」
中井出「いや、正直ルイズはキミと仲良くしててくれればいいんだけど」
才人 「……あのさ。提督がルイズの成長を願ってるのは知ってるけど、
    だからってせっかく信じてるルイズの気持ち、提督の勝手で裏切るのか?
    ルイズが成長してくれるなら自分への信頼なんて、っていう状況じゃないだろ?」
中井出「……才人は賛成? ルイズに過去見せるの。
    過去の中には俺が貴族を嫌う理由がごっちゃりあるぞ?
    それを見て貴族が嫌いになって、
    いろいろ癇癪起こしたとして、才人は受け入れられるか?」
才人 「そのための“犬”だろ? なにもしてやれなくても、ずっと傍に居るさ。
    ……もっと信用してくれよ、提督」

 「あんたが言ったんじゃないか」と続けて、才人は中井出の胸をドンッとノックした。
 対する中井出はポカンとしたあとに頭を掻いて、苦笑する。

中井出「……わかった、もう言わん。ルイズ、悪かった。
    どう受け取るかもなにもかも、全部お前に任せるから、我が過去を味わい尽くせ。
    ただし、見るからには途中退場は絶対に許さないし、
    目を閉じても嫌でも映像は脳に入ってくるからね?」
ルイズ「え、と、とととっととと当然よっ!
    それぐらい、簡単に受け入れてみせるんだから!」
中井出「おう。期待してる」

 ぽむぽむと頭を撫で、中井出は儚げに笑った。
 笑って、そこで今さら気づいたのだ。
 成長がどうとか言うよりも、やっぱり……素のままのルイズの直球な態度が、自分は割りと気に入っていたのだと。


───……。


 ……上映会はつづがなく終了した。
 エチケット袋は見事に役立ち、たった今処分されたところだった。

中井出「はい、お疲れ様でした。これで過去の上映会を終了いたします」

 見られてはまずいものはさすがにぼかしたものの、ほぼ全てを映した。
 誕生からここ至るまでのほぼ全てを。

才人 「提督……チャチャブーの解体の場面と猫のアレ、
    もう少しソフトに出来なかったのか……?」
中井出「それじゃあ俺が貴族が嫌いな理由が解らないじゃない」
才人 「そうだけどよ……」

 貴族連中に捕まって、四肢を引き千切られるチャチャブーや、猫の人生は本当にひどいものだった。最初の場面……子供の頃の景色こそ楽しんで見ていた者も、次第に声を無くした。
 少し進めば楽しげな雰囲気も出て、原中時代は馬鹿な行為とともに笑っている者の方が多かったわけだが、その前の殺人やイジメ、のちの祖父の毒殺や家を追い出される景色などは、やはりひどいものだった。
 しかし空界暮らしが始まってからは段々と変わり、楽しげに、少しずつ幸せに向かってゆく中井出の姿に安堵していた。
 ヒロラインの事情にも納得して、中井出が本当に雑魚だったことに驚きつつも、物語は進む。もちろん結果は変わらない。人を殺して家族に嫌われ、仲間に嫌われ、一緒に来てくれた人にもやがては忘れられ。
 その先でも散々と馬鹿を続け、狭間へ落ち、恋姫世界へと飛び、猫になり、すり潰され続け、セシルやゼットに会い、ドリアードに会い、カイや彰やミアに会い、この世界へ。
 ここまでに至る経緯などを見て、皆は深い溜め息を吐いていた。

中井出 「えーと、そんなわけでして。俺にもいろいろ事情があるので、
     俺を好きになっても絶対に別れることになるからやめておこうね?」
ジョゼフ「意思とやらをお前に預ければ、ヒロラインとやらに住めるのであろう?」
中井出 「ええまあそうだけど」
ジョゼフ「俺はむしろそこに行きたいな。この世界は俺には退屈すぎる。
     このまま王の責務のみで死ぬくらいならば、お前がここから出ていく時、
     俺もともに意思として出るとしよう」
中井出 「逞しいね、キミ」

 溜め息ばかりを吐く者たちの中で、ジョゼフは変わらなかった。

マチルダ「ま、あんなもの見せられたら、あんたが貴族嫌いなのも頷けるし」
中井出 「おやマチルダさん。理解していただけた?」
マチルダ「まあ、ね。あれは好きになれって方が無茶で苦茶だ。
     わたしだったら言ってくるやつ殴ってるね」
中井出 「相手が事情知らない場合はしょうがないって」

 マチルダも伸びをしながら、中井出の傍へ。
 他の者もほぼがそうした。

中井出「キミたち、物好きだねぇ……」
才人 「俺としては“忘れるかもしれない”ってところのほうがよっぽど怖かったな。
    ていうか提督、なに人に全てなすりつける算段とかしてんだ」
中井出「いや、やっぱ俺のコト忘れられたら、
    必然的に俺が居た位置の辻褄はキミが背負うことになるだろうから、
    日頃からジワジワといじっておこうかと」
才人 「あんたの人生は俺の人生じゃないんだから、
    しっかりしてくれよ……やだぞ俺、そういうの」
中井出「俺も嫌だよ。……じゃなきゃ、今も怖がってなんかいないって」
才人 「……恋姫世界のことか? 提督、よく北郷のこと嫌いにならなかったよな」
中井出「なに言ってんだ、あの状況もこの状況も、俺はただのイレギュラーだろ。
    辛かったけど、ああなって当然だったから、殴ってでも託すことが出来たんだ。
    俺にとっちゃああいつらは子供みたいなもんだったし、
    なら娘を男に託す場合は、親として相手を一発殴らなきゃだろ?」
才人 「…………この世界でも忘れることになるとしたら、俺もそれやられるわけ?」
中井出「ああ。殴るさ。んで、そのあとはお前がオルニエールだ。
    それで辻褄が無理矢理合わされて、俺は最初から居なかったことになる」

 一刀の時もそうだったから、となんでもない風に言う。
 だが、映像で見た彼の顔を思えば、その顔が作りものであることくらいはすぐに解った。

才人 「たとえいずこにあれど、ゆかしき喜びが、あなたとともにあらんことを……か。
    あんたが言うと重すぎるよ、あの言葉」
中井出「そか? 離れてても思いは一緒。楽しいを探し続けてる。
    そう思えば、いつだって笑顔で居られるじゃないか。
    口約束だろうと忘れられようと、それでいいんだよ。……意思はここにある。
    俺が借りている力は、俺の中でいつでも鼓動を感じさせてくれるからさ。
    だから、いいんだ。俺は一人だけど独りじゃない。それで十分だ」
才人 「……じゃあ。もし意思と離れる、なんてことになったら?」
中井出「…………どうだろ。泣くのかなぁ、挫けるのかなぁ。
    それとも、差し伸べられる手に馬鹿みたいに手を伸ばし続けて、騙され続けるか。
    そんな恐怖の中で、本物の温かさとか勇気に出会えたら……そだね。
    俺はきっと、そんな勇気にこそ恋焦がれるのかもしれないなぁ」
才人 「キザだなぁ」
中井出「詩的っぽくていいじゃん。どーせ俺には似合わんけど」

 苦笑をし、二人は拳をゴッと合わせた。
 しかしその途端、中井出の喉に拳が突きつけられた。

中井出 「……えーと。なんスカ、アニエスさん」
アニエス「……!」

 視線を移せばアニエス。
 その行動にアンリエッタが止めにかかるが、その行動こそを中井出が止めた。
 武器はない。この場に、武器は持ってこれはしない。

アニエス「貴様は人を殺したな……! 罪のない者を、幸せに暮らしていた者を!」
中井出 「殺したね。それで?」
アニエス「それで、だと!?」
中井出 「うん。アニエスさん、正義感は結構だけど、空界人の命にキミは関係ないよ。
     キミがなにを言ったところで何も変わらない。
     むしろ変わるならなんでも言ってほしいところなんだけど……」
アニエス「ふざけるな! 貴様は家族を、知り合いを皆殺しにされた者が、
     それからどんな思いで生きていくか、知っているのか!?」
中井出 「……知ってるからここで俺がこうして生きてるんだろーが」

 ギリ、と拳が震えた。
 言われるまで気づかなかったが、中井出も家族を殺されているのだ。

中井出「まずは最後まできちんと見てから拳を向けてくれてありがとう。
    でもね、俺も家族死んでるんだわ。祖母は潰れて両親は殺されて、じいさんも。
    “どんな思いで生きていくか”?
    そんなの、一人一人で違うから解りっこないだろ。
    俺は仲間に“そういうやつ”が居たから助かった。居なければ死んでた」

 「それだけのことだろ」と言い放つと、アニエスは歯をぎしりと軋ませて、さらに拳を握り締めた。
 中井出は表情を変えないままに、さらに言葉を重ねた。

中井出 「……知っての通り、俺は不老不死だ。
     剣で刺されりゃそりゃ痛いし、拳で殴られても痛いし苦しい。
     でもな、ちゃんと生きてるんだよ。
     お前はその突きつけた拳で俺をどうしたい?
     空界人の敵討ちだーって、知りもしない人のために拳を振るう?
     したけりゃどーぞ。抵抗しないから。なんだったら剣貸そうか?
     あの貴族たちみたいに俺を八つ裂きにしてバラバラにして笑えばいいさ」
アニエス「なっ……あ、ぐ……!」
中井出 「俺は正義が嫌いだ。
     相手の都合も考えないで、自分が正しいとだけ思って翳される義が嫌いだ。
     ……キミもさ、貴族が嫌いみたいだけど、それと貴族のなにが違う?
     自分の勝手で人を裁きたいなら、まず悪を名乗ってからにしやがれ。
     それで自分も貴族となんら変わらないって胸張ってみせろよ。
     それなら一度だけ、無抵抗で八つ裂きにされるから」
アニエス「〜〜〜〜っ………、………一つ、訊かせろ……!」
中井出 「はいな」
アニエス「貴様がこうして、人々を助けているのは……」
中井出 「償いとかじゃあ断じてない。
     俺はただ、俺のために他の誰かの“楽しい”が見たいだけだ。
     俺は基本的に自分のためにしか動かないから。それは映像でも解ったでしょ?
     それじゃ、今度は俺の番。キミはどうしてこんな行為を?
     目つきからして、ただの騎士としての正義感ってだけじゃなさそうだし」

 問われ、アニエスは閉口した。
 簡単に話せるものではないし、そもそも今は人目が多いということもある。

中井出 「? あのー、もしかして本気で知りもしない空界人のために?
     あ、あー……そりゃさ、大昔に猫を八つ裂きにしたり魔法実験に使ったりは、
     その子孫には関係ないしさ。なにも死ぬことは無かったって思いたいのも、
     まあ解らんでもないよ。むしろ親の罪は子供には関係無いって意味では解るよ。
     ただ、そのことに関して復讐していいのは……あんたじゃないだろ?」
アニエス「………」

 彼女もそれは解っていたのだろう。
 目を閉じると拳という名の剣を引き、怒りの刃を胸に納めた。

中井出 「それでアニエスさん。俺の場合、俺が地獄を見た復讐は誰にすりゃいいのかな。
     復讐って大義名分があれば、相手が誰だろうと殺していいと思う?」
アニエス「それは不可能だ」
中井出 「だよね。俺の場合は復讐したい相手が既に死んじまってる。
     生きていてほしかった人が生贄にされて、殺したかった相手はとっくにだ。
     俺はさ、命の恩人に二度も死なれてるんだよ。ばーさんにも、セシルにも。
     ある意味ではゼットにも、森を救ってくれた晦も死んじまった。
     自分の手で復讐を遂げることが出来るのって、結構幸せだったりするのかもな」
アニエス「…………言うほど、気持ちのいいものでもないさ」
中井出 「ホイ?」
アニエス「……いや。なんでもない。それより悪かった。感情任せに動いてしまった」
中井出 「それこそ気にしない。誤解されるのは慣れてるし、
     知り合いに剣を向けられるのも……もう慣れちまったよ」
アニエス「………」

 アニエスは寂しそうな顔で中井出を見ると、そのまま何も言わずにアンリエッタのもとへと下がった。中井出の傍へと行かなかった“ほぼ”の内の一人がアニエスであり、もう一人居る彼女は───言うまでもなく、ルイズだった。

才人「ルイズ……」

 才人がルイズに歩み寄る。
 声をかけてみるのだが、びくりと肩を弾かせ、どこか怯えた顔で才人を見た。

ルイズ「あ、さ、サイト……」
才人 「………」

 ひどい顔だと思った。
 今にも泣きそうな、叱られた子供どころではない表情。
 自分が想像していた範疇など、軽く超えるほどの過去を見た。
 簡単に能力を手に入れて、簡単に栄誉を手に入れて、簡単に人に敬われるような人生を歩んできたと思っていた。
 なのに幼少時代はいつか言っていたように最悪で、確かにイジメられていた。
 家族を侮辱されたから殴ったら、どうしてか彼だけが悪いことにされ、もはや唯一の家族であった祖父が呼び出され、訳も解らないままに謝っていた。
 その時から、彼は“イジメられること”を受け入れた。
 どれだけひどい目に遭おうが耐えて、家に帰れば祖父には笑顔を向けた。
 ……お前の所為じゃないよ、と頭を撫でてくれた祖父を、子供ながらに守るために。

ルイズ「どう、どうしよ……どう、しよう……わたし、わたし、あんなひどいこと……」

 ぽろぽろと涙がこぼれた。
 相手のことなど知ろうともしないで、歩み寄りもせずに否定してばかりだった。
 あんな目に遭えば貴族を嫌うのも当然だし、メイジや魔法にこだわっていれば、猫の時に実験に使われ続けた彼がそれを嫌悪するのも当然だった。
 本当に、知ろうともしなかった。
 態度のままに突き放していればそれでいいと思っていた。
 平民は平民なのだから。
 いっつも理不尽に怒って、怒鳴りつけて。
 目が嫌いだったのだ。やさしくて。どこまでもやさしくて。
 哀れんでいるわけじゃないことくらいは解ってた。
 でも意地になっていた。その意地が、こんな後悔を生むとも知らずに。
 だから───

才人「んなもん、“笑えばいい”だろ」

 だから、才人がそんなことを言った時、耳を疑った。
 目を見開いて、そんなことを言う才人を見上げた。

才人 「提督は同情してほしいわけでも、哀れんでほしいわけでもないって。
    見終わったあとの受け取り方は全部お前に任せるって言ってたじゃんか。
    だからお前は自分が受け取り易いほうで受け取ればいいんだよ。
    嫌いになったなら突き放せばいいし、仕方ないって思ったなら近付けばいい。
    でも、同情や哀れみをするくらいなら、提督なら笑ってほしいって思うだろ」
ルイズ「笑う…………む、無理よ。あんなの見たあとで笑うなんて……」
才人 「そりゃまあ……無茶振りにもほどがあるか。
    でも、ああいう体験のあとでも、提督自身が笑ってるんだから。
    提督が選んだのはそういう道なんだって解ってやらなきゃ、
    あいつ、何処行っても哀れまれるだけになっちまう。
    せっかく信頼したから見せてくれたものを、哀れみだけで見るのかよ」
ルイズ「違う、だって、あんなの……!
    だって、あんなの、わたしが才人にしてたことと同じじゃない!
    貴族だからとか衣食住を保証するからだとか、それを理由にいいように使って!
    魔法が使えるからって猫一匹を捕らえて、
    死なないからってどんなこともしていいなんて、そんなことあるはずがない!
    な、なのにわたし、サイトのこと、犬、犬なんて……!」
才人 「………」

 こぼれる涙は止まらない。
 妹の涙に、カトレアよりも先にエレオノールが近付こうとするが、中井出に止められた。
 誰よりも早く動いたエレオノールに、カリーヌとカトレアが、驚きながらもやさしい笑顔を見せる。二人の様子を見るに、状況をそこまで心配していないようだった。

才人 「えっとな。いつか誰かが言ってたんだ。
    犬には、話し相手になる能力はないけど……涙を舐めてやることが出来る。
    何も言わず、ただ一緒に居てやることは出来るんだって。
    “ともにあるもの”ってのはそれだけでいいんだ、って。
    ……ちょっと“すげぇな”って思った。
    普通、いきなり犬なんて言われたら、反発するくらいしか出来ないもんな」
ルイズ「サイト……」
才人 「俺ら、主従でパートナーだろ?
    いいじゃねぇか、少しくらいキツく当たったって。
    ペット扱いは……まあ少しは加減してほしいけどさ。
    けどさ、少なくとも俺は、お前と居るのは……その。悪くないって思ってるから」
ルイズ「───!」

 ルイズの頬が薄紅色に染まる。
 真っ赤になるのではなく、すぅ、と。
 それは染み入るような言葉だった。なんの疑いもなく受け取ってしまったルイズは、瞳を潤ませながら「ほんと?」と問い返す。
 才人はやさしく、しかし凛々しい顔でそれに「もちろん」と返した。
 不安だらけだったルイズの心に温かさが広がっていった。

アンリエッタ「まあ、ルイズったら」
ウェールズ 「人目くらいは気にしてほしいものだけどね」

 もはや周りの声など聞こえない。
 目の前の使い魔に、人間に、平民に、つまり才人に、この時だけは心を奪われていた。

エレオノール「…………ハッ!? あ、な、ななな……お、おちびっ!
       あなたなにやって!《ズシャア!》ひえっ!? ……って……あなた!」

 ハッとして、今度こそルイズに近寄ろうとするエレオノール。
 誑かされて、平民と駆け落ちでもされたらかなわない。
 そんな思いが彼女を動かしたが、その進行方向にズシャリと、中井出が割って入った。

中井出   「ワハハハハハ! ヤツが犬なら俺は馬!
       人の恋路を邪魔するヤツは、たとえ肉親だろうとトルネーディ!!
       病人だろうと王族だろうと貴族だろうと容赦しねー!」
エレオノール「なぁっ!? なな、なんなのよあなたは!
       大事な妹が平民にたぶらかされそうになっているというのに、
       黙っていられるわけがないでしょう!」
中井出   「誑かすとは人聞きが悪い!
       あれはきちんと過程を通って才人に惹かれていっておる!
       そして才人もルイズのことが好きならば、
       俺はそれを誑かしているとは呼ばぬ!」

 ドヴァーン!《中井出博光が現れた!》
 コマンドどうする!?

エレオノール「このっ……!」

 エレオノールが杖……は無いので、叩いてくれようかと平手を構える。
 しかしそれを、ピエールが遮った。

エレオノール「父さま!?」
ピエール  「ジ……男爵よ」
中井出   「だからジってなに!? あ、あぁぁ今はいいやっ!
       それで公爵殿よ! 何用か!」
ピエール  「一つ訊く。あの少年は、お前が認めた人物か?
       あいつは、ルイズを幸せに出来るのか?」
中井出   「貴族にとっての幸せなんて俺はてんで興味がない。
       でもね、女の幸せってのは好きな人と、
       相手が自分を好きな人と一緒になれることだと思ってる。
       そういう意味では、あいつは満点だ。
       生きた時間なんてまだまだ短いけど、
       ご主人様のために自分の故郷を諦めるくらいには、ね」
ピエール  「…………ふむ」

 ピエールは静かに目を伏せ、モノクルをつつくと溜め息を吐いた。
 いろいろと考えるところもあったのだろう。腕を胸の前で組み、うんうんと唸り、ルイズと才人を見て、中井出を見て、カリーヌを見て。
 散々悩んだ挙句、盛大な溜め息を吐いた。

ピエール  「子爵だ。男爵では足りん。当然シュヴァリエでもだ。
       平民から少なくとも前の婚約者であるワルドと同じ位置に立て。
       それが最大限の譲歩だ」
エレオノール「父さまっ!? そんなまさか! 許されるのですか!?」
カトレア  「まあ……! まあまあまあ!」
カリーヌ  「…………はぁっ」

 公爵の言葉に、ヴァリエールの家族は騒然。
 耳にした周囲の皆も驚きの声をあげるが…………当人達は見つめあったまま、お互いの名前を呼び合っていた。
 平民が貴族に、など前例が中井出くらいしかないわけだが、少なくとも中井出はそう心配はしていなかった。

ピエール「あ。ただしきちんと婚約する前に手を出したら殺す。
     打ち首ね。曝し首にするから。
     ああ、それとルイズがあの少年に飽きたら話は無かったことにする」
中井出 「…………キミ、結構子供っぽいね」
ピエール「お前に言われたくない!」

 ガァッ!と怒鳴るピエールだったが、カリーヌと目が合うと、やれやれと肩を竦めた。

ピエール「それとだ。男爵」
中井出 「おお、なんでしょう。理解ある人は大好きです。なんでも申してくだせぇ」
ピエール「……そうか。
     もっと早くに気づけていれば、殴られることもなかったのだろうが」
中井出 「そりゃああんたしょうがない。来るなり襟首掴まれたら、誰だって怒るよ。
     ナルシストが好んで着てる服をダサイとか真正面からコケにするくらいいかん」
カリーヌ「…………《かぁああ……》」
中井出 「ホイ?」

 中井出の言葉に、何故かカリーヌが顔を赤くして俯いていた。
 なにかあったんだろうかと考えてみたが、当然答えは無しだった。
 ともかく続きを。「それで、なんでゴンス?」と促した。

ピエール「ああ」

 するとピエールは中井出の耳に口を寄せ、小声で話し始めた。

ピエール「お前、今どれほど溜め込んでいる」
中井出 「え? 金のこと? ウェヒヒヒヒ、そりゃもう大分溜まってまっせ旦那」
ピエール「誰が旦那だ。……回りくどく言わず、ハッキリと言おう。
     お前、子爵になるつもりはないか」
中井出 「ない」
ピエール「またハッキリと言うな!」
中井出 「馬鹿野郎! 小声での話し合いで叫ぶなタコ!」
ピエール「タコ!? 公爵をタコ呼ばわりなど正気か!」
中井出 「ここでは爵位など関係ないわい! だから友好的だと思ったのに違うの!?
     だったら望むどころだ表出ろコノヤロー!!」
ピエール「あぁあああ待て待て待て! 待たんか!
     用事はきちんとある! というかまず頷いてもらわんことには進まん!」
中井出 「な、なにぃそうなのか。じゃあ進まなくていいや」
ピエール「………《ヒクヒクヒク……!!》」
中井出 「わ、解ったからそう睨むなよぅ! 冗談じゃないかちょっとした!
     で、でも勘違いしないでよね!? あなたがどうしてもって言うから、
     とりあえずは形だけ頷いてあげるだけなんだから!《ポッ》」
ピエール「やめろ気持ち悪い!」
中井出 「ひでぇ!」

 会話はどうあれ、一応の約束を取り付ける。
 投資功績による爵位授与は、貴族にとってはそう珍しいものでもないらしい。
 まずは戦や任務で名をあげる者がほとんどだが、上に上がれば上がるほど、命が惜しくなり投資での爵位授与を求める。
 勇ましい者は最後まで戦や任務を選び、志半ばで死に、名誉だけが残される。
 軍人の家系のほぼはそういった在り方を代々繰り返している。
 それが、“貴族というもの”らしかった。

中井出 「それで、そんな恐ろしい爵位を俺に上げさせて、なにさせたいのさ」
ピエール「そのままなにか手柄でも立てて、伯爵にならんか」
中井出 「……何考えてやがりますかテメェェェェ……!!」
ピエール「そう疑るな。わしはただ、国や他国にもこうして貢献しているお前が、
     男爵なままなのがどうにも納得がいかないだけだ。
     爵位などに興味がないのかと思いきや、シュヴァリエや男爵位を得ている。
     お前はいったいなんなんだ」
中井出 「なんでしょうね……? 俺も言われるままにずるずる来ちゃった感じで」
ピエール「とにかく。これはわしとカリーヌで話し合った結果の相談ごとだ。
     わしからも陛下やマリアンヌさまに推薦状を書こう。
     といっても、むしろ陛下はそうしたそうな顔をしておったが」
中井出 「……俺、気が変わったらいつでもトリステインを出て行くって約束があるから、
     こうして爵位を貰って住んでるんですよ。
     男爵以上に興味は……や、そりゃあね?
     伯爵って響きはオルランドゥ伯のお陰で好きだけどさ。
     でも、だからって俺が受け取る理由にゃならん」
ピエール「恩には報いるべきだ。
     それは、貴族だろうと父だろうと、そして男だろうと変わらんことだ。違うか」
中井出 「………」

 中井出はまたきょとんとした。
 まさか貴族の、しかも公爵からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった。
 「さてはニセモノかァァァ!」と叫んだらマチルダにゲンコツくらったほどだった。

中井出 「い、痛い……なにかにつけて殴るのやめようよマチルダ……」
マチルダ「お黙り。……失礼?
     内緒話はもう少し小声ですることをお勧めしますわ、ミスタ・ヴァリエール」
ピエール「……彼女は?」
中井出 「あ、ここの秘書みたいなものをやってくれてるマチルダさん。
     ゲフェフェフェフェ! マチルダさんはすげーんだぞ!
     ゴーレム作れるし目からレーザー」
マチルダ「出せないわよ!」
中井出 「す、すんません。だ、だがなー! この方こそ四天王最強よ!
     このお方に比べれば俺なんぞは小者も小者!
     だから文句があるならこのお方に《ゴスゥ!!》オギャーーーリ!!」

 全てをマチルダになすりつけようとした中井出だったが、見事に喋り途中にゲンコツを落とされ、舌噛んで「アォガー!」と悶絶した。

マチルダ「ともかく。あまりコレを誑かすのはよして頂きたいのですけれど。
     見ての通り、このオルニエールは平民にとっては安穏の場です。
     下手に爵位を上げられでもすれば、彼がここに居る時間が無くなるだけです」
ピエール「ふむ……いや、言いたいことは解る。だから伯爵なのだ。
     中間管理とは言わんが、中間だからこそいい。
     下手な貴族に小言を言われる必要もなく、
     男爵子爵からも特に囁かれることもない。しかし立派な地位だ」
マチルダ「……恐れながら、ヴァリエール公爵。
     あなたはこの馬鹿の地位を上げて、なにをなさりたいのですか?」
中井出 「いや馬鹿ってキミ……」
ピエール「安穏の地だからこそ守りたい、とは……受け取ってくれぬのか。
     わしはこの地に娘を預けるのだ。
     その地がいつまでも平和であることを願い、何が悪い」

 言いながら、ピエールはやさしい顔でカトレアを見た。
 その顔がどこまでも“親の顔”であったから、マチルダも失礼と知りながら、溜め息を吐いてそれ以上は何も言わなかった。

ピエール「まあそれに、争いのない領地というのも、
     一つくらいはあっても罰はあたるまい。
     争いなど。人死になど、無いにこしたことはないのだから」
ジョゼフ「そのためには、人同士の争いなど早々に潰す必要があるな。
     ……なるほど、そうなるとおれは友であるお前に力を貸したいところだが、
     王が他国の男爵に入れ込むことを勘繰られる事実は追ってくる。
     ヒロミツよ。ガリアに来い。一夜で伯爵にでもなんでもしてやろう」
中井出 「暴動が起きるよ! むしろ背中から刺されそうで怖いよ!」
ピエール「しかしお前はマントが似合わんな。貴族のマントに着られている感じだ」
中井出 「う、うるせー!」

 言われ放題で、返答すれば別のところから別の話を投げられる。
 それを返せば別の話題。
 彼はいい加減目が回っていた。

ピエール「それでだな、男爵。もし伯爵になれた暁には、カトレアを貰ってほしいのだが」
中井出 「おおっ! 喧嘩か! 喧嘩売ってるのか公爵さま!」

 なんだそれならそう言ってくれ! 中井出は元気に言って、ファイティングポーズを……

ピエール「待て待て! 待てと言っている! どうしてお前はそうなんだ!
     人の話を最後まで、きちんと聞かないなど! 話し合いだろうこれは!」
中井出 「うっさいやい! フレンドリーに話しかけんなコノヤロー!
     よもやこの博光にカトレアを嫁がせるつもりだったとは!
     そのための爵位!? そのための爵位か!?」
ピエール「む……まあ、打算がまったく無いと言えば嘘にはなるが。
     そうでなければ納得しない連中が多いということだ。解ってくれ。
     ああ、当然カトレアが嫌ならばわしから言うことなどなにもない」
中井出 「俺の意見は?」
ピエール「もちろん聞く。だが、恋など自由であるべきだ。
     たとえそれが大貴族と大道芸人との恋であろうと……貧乏貴族との恋だろうと」
中井出 「ルイズと才人のことに条件出したのも、そう思うからか」

 ふぅ、と溜め息が吐かれた。
 モノクル越しに中井出を見つめる目は、親の目でもあり、一人の男の瞳でもあった。
 返事はなかった。
 ただ、カリーヌの傍まで歩くと、何かを話しながら苦笑を漏らしていた。
 そんな公爵に、てこてことルイズが近付いてゆく。
 才人と一緒に居たのでは、と中井出が才人を見るが、そこにはルイズを見守って立っている才人が居た。

ルイズ 「父さま」
ピエール「うん? ……ルイズか」
ルイズ 「はい。あの、父さま。従軍の件で───」
ピエール「決定は覆らん。まかりならんと言ったらまかりならん」
ルイズ 「え───そ、そんな! だって、わたしには魔法が───」

 ルイズは唖然とした。
 映像も見てもらったし、自分が魔法を使う場面も見てもらった。
 なにより機嫌が良さそうだったから、きっと話は通ると思っていた。
 しかし返ってきたのは、手紙と同じ言葉だった。

ピエール「男爵に貰ったマジックアイテムでの魔法、だな?
     ルイズよ。お前は初めて使える魔法に興奮しているだけなのだ。
     お前が行ったところで、いったいどれだけ役に立てるというのだ」
ルイズ 「た、立てます! 立ってみせます! わたしは───」
ピエール「ルイズ。聞き分けなさい。お前のそれは“無謀”だ。
     ……陛下。失礼とは存じますが、娘の従軍は無いものと……。
     わしも娘恋しい親であります。もしこの娘になにかあればと思うと」
ルイズ 「そんなっ……き、聞いて、聞いてください!
     父さま、わたしは出来るの! 頑張れるの! 無謀なんかじゃない!」
ピエール「ルイズ。子供の頃はね、自分がなんでも出来るように感じるものなんだ。
     人というのは常にそんな慢心と戦わなければいけない。
     失敗続きで、ようやく使えたと喜ぶ気持ちは解る。
     だが、だからこそ言うんだ。もっと慎重になりなさい。
     自惚れてはいけない。勇気と無謀は違うんだ」
ルイズ 「父さま、でも」

 ピエールはやれやれ、と息を吐きながらルイズの頭を撫でる。その顔はやさしい。
 まるでいつかの繰り返しだな、なんてカリーヌを見るが、カリーヌはカリーヌで目を伏せて知らんぷりをしていた。
 そんな風にして親にぴしゃりと言われては、ルイズはもう何も言えなかった。
 言葉を紡ごうとするのに、心が震えて踏み出せない。
 このまま従うしかないのだろうかという葛藤が胸に沸き、しかしアンリエッタが自分を見ていることに気づくと、頭を撫でられながらも“そうした”。
 左手に、右手人差し指で“勇気”と書き、ぺろりと舐める。
 その動作にハッとしたのはピエールとカリーヌであり、途端に目つきを凛々しいものに変えて自分を見上げるルイズに、ピエールは戸惑った。

ルイズ「父さま。わたしはそれでも戦に行きます。
    勇気と無謀が違うのは、ヒロミツの過去を見ただけでも十分です。
    確かにわたしは、与えられた魔法に興奮していました。
    けれど、それだけが理由じゃないんです」

 ここまで言われてようやくピエールが口を挟もうとするが、ルイズは畳み掛けるように、しかし冷静な風情で最後まで喋った。

ルイズ「国の役に立ちたい。ゼロだゼロだと言われてきたわたしにも、
    ようやく出来ることが見つかったんです。
    こんなわたしの力が必要だと仰ってくれた方の期待に応えたい。
    だからこれは、勇気でもあり無謀でもあるけれど、わたしの願いです」

 命令だから行くのではないのだと、ルイズはきっぱりと言った。
 もちろん大切な友達であるアンリエッタの願いだから、という思いはあった。けれど最初だけだ。戦というものを、先にヒロラインで知ったルイズは、“自分は死なない、なにがあっても自分は生き残るんだ”なんて、自分の中の過剰な自意識を過信することなど出来なかった。
 敵に怯え、死にもした。
 才人とともにチームを組んで、連携に慣れるためだからと進んだダンジョンで、本当に怖い目に遭った。
 そこで振るわれる、命を削る暴力を幾度も目にしながら、自分はこうして前を向ける。
 しかし、ピエールもまた、あの非常識な“ヒロライン”という世界に不安を抱いていた。

ピエール「……お前の気持ちはよくわかった。しかしな、ルイズ。
     お前のその決心は、倒れても蘇れるというあの空間だからこそ持てるものだ。
     心を麻痺させず、死というものを知りなさい。
     死ねば、そこまでなんだ。わしを悲しませないでくれ」

 ピエールはルイズの言葉を受け取った上で、ゆっくりと話して聞かせる。
 じっくりと。
 でなければ話も半端に突っ走る誰かさんをよく知るがゆえだった。
 そんな溜め息を吐きたくなる思考とはべつに、ピエールはルイズがとった行動を思い返して、今度こそ溜め息を吐いていた。

ピエール「……ところでルイズ。先ほどの、あー、あれだ。
     手に何かを書いて舐める、というのは誰に教わったんだ?」

 予想がついているだけに、訊くのも少し疲れた。
 しかし生憎と映像の中にはなかったため、これまた少しの期待を含めた言葉だったりしたのだが。

ルイズ「ヒロミツです」

 直後、不穏な空気を察した中井出が逃走。
 それを追うカリーヌがあっという間に視界から消え、遠くの見えないところから悲鳴が聞こえた。
 気にすまい。
 しかし張り詰めていた空気がしぼむのを感じ、ピエールは何度目かの溜め息を吐いた。

ピエール「……ルイズ。お前は必要とされているのか?」
ルイズ 「はい」
ピエール「それは、お前の意思か。国のためではない、己の」
ルイズ 「はい」
ピエール「死ぬかもしれんのだぞ。己の力ではなく、借り物の力を過信した先で」
ルイズ 「死ぬのは……怖いです。自分は死なない、自分だけは、なんて言葉は、
     戦の前では無意味だということなど、あの世界で散々と思い知りました。
     それを知れたのは“借り物の力”があったからです。確かにそれはそうです。
     でも、父さま。わたしは、だからこそその力を過信できません」

 なに、とピエールが訊ね返す。

ルイズ 「力は借り物でも、振るうのは自分です。
     自分のミスを借り物の力の所為には、できません。
     ……成長しなくちゃって思ったんです。変わらなくちゃって。
     前までのわたしなら、きっと過信して走って、死んじゃってたかもしれません。
     でも……どうか解ってください。わたしは死にに行くのではないんです」
ピエール「成長は嬉しい。しかし───」

 危険な目に遭わなければ変われない状況を、親として見守ることの恐怖も解ってくれ。
 ピエールは搾り出すような声で、そう言った。
 残されるのはいつも“待つ者”なのだ。
 しかも宣戦布告に対して真正面から受け止める必要もないこの戦、無理に押し通す意味はあるのか。しかし、このままなにもしなければ泥沼化して、いつまでも戦が続くことは確か。
 何年も遠征軍を編成してもいない上、誇りある魔法衛士隊の隊長は裏切り、高等法員長も裏切り。ピエールはトリステインの行く末を思い、この子もいずれ、こんな勇気ごとこの国に飲まれてしまうのだろうかと考え、天を仰いだ。
 だから、子を思う親がこう言うのは、ある意味当然だったのかもしれない。

ピエール「やはり、だめだ。
     親として、能力の足りない未熟な娘が戦に出るなど、我慢ならん」
ルイズ 「そんな! 父さま、どうして!」

 これには、流れが変わったと思っていたルイズも驚き、ピエールの服を掴んで言った。
 アンリエッタも駆け寄り、なぜ、と。
 その姿に、かつてのマリアンヌ大后を重ね見て、ピエールは再び溜め息を吐いた。

ピエール  「……陛下。此度の戦、勝てるとお思いで? 勝算はありますかな?」
アンリエッタ「勝てます。わたくしは、その勝利を信じております。勝算は───」
ピエール  「男爵を頼る、と? なるほど、あれだけの力があれば、確かに。
       しかしそれは、男爵を利用してアルビオンを潰すことと変わりませぬ。
       信じるのが先で、受け取るのが後。なるほど、男爵は良いことを言う」
アンリエッタ「ヴァリエール公爵……?」

 ピエールの言葉にアンリエッタは首を傾げた。
 言っている意味が上手く受け取れない。
 どうしてここで信じることの話が出てくるのか。

ピエール「はっきりと申し上げましょう、陛下。
     今のままでは、男爵は絶対に力を貸してはくれませんぞ」

 だから、その言葉の意味も、上手く受け取れずにいた。


───……。


 信じていれば、信じれば必ず願いをかなえてくれる騎士がいる。
 アンリエッタは、いつしか中井出をそういう目で見ていた。
 最初は道化。次は変わった方。次は恩人で、その次がおともだち。
 アンリエッタはころころと認識を変える中井出が、ウェールズの次にお気に入りだった。
 嫌な言い方になるが、それはおもちゃを手にした子供のような期待感。
 初めて見るソレにわくわくしながら触れて、それを知ってゆく。
 しかし知り尽くしたら何が残るだろう。知ってしまったら、何を期待すればいいのか。
 知らないづくしだったものが理解に溢れると、人はきまって“次の利用法”を考える。
 アンリエッタも、恐らくは無意識にそれを選んでいた。

中井出「え? 戦? や、俺は戦にゃ出ないよ?」

 だから、その言葉が信じられなかった。
 てっきり出て、国を守ってくれるのだと、信じて疑わなかったのだ。
 今日という日に訪れていた人々が散り、オルニエールを見て回るさなか、アンリエッタはウェールズとともに中井出に話しかけていた。
 どうしてか歩き去るカリーヌに手を振っていた中井出に、彼女から話しかけた。

アンリエッタ「そんな。アルビオンを取り戻して、
       ウェールズを王子に戻すまでは協力してくださると」
中井出   「協力はするよ。でも戦はしない。
       タルブの時は条約破棄で襲いかかってきたから後悔させてやっただけだし。
       きちんと宣戦布告をしてきた相手に、俺にどーしろっていうのさ」
アンリエッタ「それは……その、でも」
ウェールズ 「ヒロミツ。アンはキミを信用して───」
中井出   「ウェールズ。信じれば救われるってのは、人間が作り出した世迷言だ。
       それと、勝手に信じるってのは裏切られることもあるって理解しなさい。
       俺は救世主でもなんでもない。それに、姫ちゃん?
       俺が信じてほしいのは俺自身であって、俺の“力”じゃないの」
アンリエッタ「!!」
中井出   「俺が居れば絶対勝てる。だから宣戦布告も受け止める。
       そんな立ち方を“陛下”にされちゃあ困る。
       国民が安心できやしないだろ。俺が居なくなったあとのこと、考えて?
       俺って兵器が無くなった途端、
       他のやつらが一気に突撃してきたら、この国は耐えられそうか?」

 二人の顔を見れば、答えは自然と解りそうなものだった。

中井出   「それに俺さ、今弱齢の時期だし。
       参戦したってタルブの時ほど立ち回れないよ。
       その代わり才人もルイズもギーシュも存分に鍛えてありますから」
アンリエッタ「………」
中井出   「………」

 英雄というものが居る。
 それは周りから英雄だと言われるから英雄なのであり、英雄自身というものは存在しない。アンリエッタにとっての中井出博光という人物は、本当に急にポンと現れた英雄だった。
 ウェールズを救ってくれて、間違いを間違いだとしっかりと叱ってくれて、家族以上に心配もするし怒りもするし、自分が姫だろうが王だろうが平気でゲンコツする。
 気安い関係が嬉しかった。
 しかし、だからといってなんでも願いを叶えてくれると思ったら、それは違う。
 そう思ってしまっていたが、固定観念が生まれてしまっていたが、違ったのだ。
 アテにしていたからこそ勝てる確信があったのは事実。
 今でさえ、彼が参戦してくれないのなら勝てないのでは、と不安が生まれている。

中井出  「一騎当千の力があるからって、
      戦なんてものには首を突っ込まないほうがいいの。
      むしろ“こんな力があるんだぞー”って牽制するくらいでいいんだって。
      大丈夫! 怪我人は可能な限りオルニエールが預かろう!」
ウェールズ「…………。ヒロミツ、本当に、参戦しないつもりか?」
中井出  「薄情だって罵る?」
ウェールズ「理不尽だとは思うだろうが、そうしたい気持ちでいっぱいだ。
      確かに戦をすることだけが全てじゃない。キミはこの領地の平和の象徴だ。
      けれど、キミには責任がある」
中井出  「責任?」
ウェールズ「アルビオンで打ち果てるつもりで居た私を生かしたこと。
      それにより、アルビオンの狙いがトリステインに絞られたこと。
      ……それに、キミは言ったね。
      “皇太子としてここで死ぬか。もしくは俺とともに敵を全滅させて、
      大手を振ってアンリエッタを嫁にもらうか”。
      生憎とアルビオンは全滅していないし、アンを嫁にも貰っていない」
中井出  「ウゲッ!? テ、テンメッ……! ここでそれ出すか!?」

 中井出は、その時に言った自分の言葉を思い返して真っ赤になった。
 “自分だけでは出来ないのならば頼るがよいわ! 自分以外の誰かにこそ! そして俺はそれをする代償として、平民への侮蔑廃止を望む! それが、いつになるか解らなくとも約束されるのであれば! こんな腐った上下関係の世界を見なくて済む未来にため、そう……自分のために尽力しよう!!”そう言ってしまっていた。
 尽力? 尽力ってなに? 頼るがよいわとか言っておいて、頼られたら戦いません?
 ……やっちまったァァァァ!!
 と、後悔が彼を包んだ。割といつものことである。

ウェールズ「卑怯かもしれないが、もう一度言うよ。
      私は王としての道を示す。反乱分子の全てを律そう。
      力を、貸してくれ。魔王ではなく、友として、仲間として、家族として」
中井出  「…………〜〜〜〜〜っ……だーーーっ! もう!!」

 結局、折れるしかなかった。
 中井出は一言二言自分へ向けてぶつぶつと呟くと、申し訳無さそうに、心配そうに自分を見るアンリエッタの頭を撫でた。遠慮無しに、わっしゃこわっしゃこと。

中井出「……アルビオン潰したら、もうほんと知らないからな。
    今回のこと、ちゃんと教訓にするんだぞ」

 まるで妹に言うかのような気安さ。
 先ほどのまでの気まずさなんて嘘だったかのように、アンリエッタの心に温かみが生まれる。……撫でる本人はさめざめとした表情ではあったが、アンリエッタはそれを気にする余裕がないくらいに喜んでいた。
 アンリエッタはまるで、兄に甘えるかのように元気に頷き、頭を撫でる手を取った。




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