31/愛・編む・レジェンド

 それからトントン拍子で話は進んだ。
 戦を前に、オルニエールから投資された金は軍備に大きく貢献し、その功績が認められ、晴れて子爵に。
 さらに今回の戦で功績を得れば伯爵になることが約束され、彼はあとに引けなくなっていた。ちなみにその影にはピエールとカリーヌが暗躍しており、何故かマリアンヌ大后までもがその話に乗っかったとか。
 もちろん功績がなければ意味がないので、中井出は適当に参加……というわけにもいかないのが現実。尽力する、協力するなどと言った手前、適当になど出来るはずもない。
 しかしながら弱齢の時期にあるのは本当で、使えるものといえば人間奥義くらい。
 超連歩烈風脚と超速剣疾風斬。それも順応の回路で得た劣化版のようなものであり、いつかの人器のように、続けて使うと苦痛が伴うようなものだった。苦痛が伴わないとするならば、せいぜいで器詠の理力程度だろうか。そう考えてみて、中井出は頭を抱えて顔を真っ青にしてみた。クロマティ高校の前田くんのようだった。

中井出「ねぇ。俺、いいように扱われてないかな。
    主に自分の発言で後悔ばっかしてないかなぁ」
才人 「今さらだろ、それ」
中井出「うう、ちくしょう」

 才人の即答に、彼は泣いた。
 他の皆が領地散策に出たことを確認してからの、マナの大樹の下での休憩。
 しくしくと泣く彼の傍には才人のみ。
 ルイズは結局参戦の許可が貰えず、自分の部屋として宛がわれたカトレアの部屋で、カトレアに抱き付いて泣いていた。

中井出「……でもさ。結局どうなるのかな」
才人 「どうなるって?」
中井出「や、ほら。俺達、戦に出るじゃない。
    なんかここで即興叙爵式されて、いきなり子爵になった俺だけどさ。
    子爵席を金で買ったみたいで妙な気分……別に俺だけが集めた金じゃないのに」
才人 「領民のみんな、喜んでたじゃん。自分が集めた金じゃないっていっても、
    税金なんて他に比べりゃ安すぎるって姫さまも驚いてたし。
    ていうかよく回転してるよな、この領地。
    こういうところってさ、
    言っちゃなんだけど税金をもらってなんぼかと思ってたよ、俺」

 「つーかそもそもお前が男爵って時点で信じらんねぇ」……そう続けて、才人は腹を抱えて笑った。まさか噂に聞いていたオルニエール男爵が、貴族嫌いで有名だった自分の友人だったとは。
 しかも自分の目の前で子爵になった。
 それも、呆れるくらいの金をアンリエッタに献上して。

才人 「あの金、持ったら腕が折れそうだ」
中井出「ここも一種の遊園地みたいなところになってるからね。
    来るだけで癒される、空気がいいってんで、みんな寄ってくる。
    来たら来たで、珍しいものや美味しいものを買ったり食べたり、
    宿にだって泊まるから金も増える。元値がタダ同然だから、こっちは損しないし。
    ちなみに各国で清掃業も預かってるから、
    その金もさっきの献上金には混ざってる」
才人 「あ、なるほど。あれだけ臭かったりすれば、そりゃあここの空気は天国だ」
デルフ『だはははは! ちげぇねぇ!』
中井出「おやデルフ、久しぶりに声聞いた」
デルフ『いやぁ久しぶり。ほんとに寂しくて死ぬかと思った』
才人 「ここに来る前に馬車の中で話したじゃねぇか」
デルフ『そういう時にしか話させてくれねぇっていうんだよ、そりゃあ』

 ゆるい空気が流れる。
 が、ハタと思い出し、才人は訊ねた。

才人 「で、どうなるのかな、ってどういう意味だ?」
中井出「っとと、そうだった。戦に出るじゃない、ってところだったね。
    俺達が戦に出て、もし勝ったとしてさ?
    そのあとのアルビオンってどうなるのかなーって。
    ウェールズは亡命して外へ逃げた存在だろ?
    勢いのままに連れてきたことは、先ほどちょっぴり後悔したけど、
    それでも生きること選んでくれてありがとうだったから、うん、それはいい。
    ただね、敗北した側が急に現れた王党派を受け入れるかなぁと」
才人 「負けたんだから、それは従わないとまずいんじゃないのか?」
中井出「や、ほら。貴族派って無駄にプライドばっか高そうじゃん。
    刺し違えてでもー! とか、死を選ぶ! とか言いそうでさ」
才人 「うわ……簡単に想像出来るあたり、ほんとろくでもねぇ……。
    でもさ、それならウェールズが民と一緒に生きていきゃいいんじゃないか?
    それなら貴族もなにも関係ないし」
中井出「俺もそれを願ってるけどね。
    そうなると、アンリエッタとウェールズの結婚は随分先になるんだろうなぁ」
才人 「あ……」

 勝てたとして、アルビオンが復興するまでは結婚なんて話どころではない。
 仮に同盟として結婚し、復興するにしても、トリステイン側に得るものがない。
 やはりトリステイン貴族たちはゲルマニアとの関係を望むだろう。

才人 「あー、そっかそっか。それでどっちがお得かって話になるのか。
    面倒だなぁ、貴族って」
中井出「そーゆーもんさ。慣れそうで怖い。男爵になってからというもの、
    この領地を欲しがるたわけもんを何人も見てるからね、
    ほんと貴族たちの考えることが恐ろしいよ」
才人 「……頼むから、慣れないでくれよな」
中井出「当たり前じゃい。慣れても、頷くもんか」
才人 「そっか。そーだよな。提督だもんなぁ。あっはっは」
中井出「…………キミ、よく一言余計って言われない?」
才人 「えぇっ!? な、なんで知ってんだよ!」
中井出「知るというかね、キミ。付き合ってりゃ解る」

 苦笑を漏らし、中井出は大樹の幹に寝転がり、丁度いい窪みに納まるように目を閉じた。
 少し寝よう。いろいろあって疲れた。というか、結局女性たちの反応が変わらない……どころか、余計に接触しようとしてくるようになったことに、中井出は頭を悩ませた。
 どこでなにを間違えた。
 ともあれ、アルビオンと真っ向から戦うことが決定した。
 よりにもよって、この時期に。

中井出「勝てるかな」
才人 「おいおい、あんたがそれを言うかよ」
中井出「だから、不老不死である以外、俺なんて能力が無ければザコだって。
    困ったことに俺のナビネックレス、ここ以外じゃ効果出さないし」
才人 「そうなのかよ! な、なんでまたそんな……」
中井出「マナは多少溜めてられるけど、ここを出ればその“最大量”が減るんだよ。
    弱齢ってのはそういうもんなの。
    車で言うなら、最大積載量が10分の1以下になるのと同じだ」
才人 「うえ……じゃあほんとにやばいじゃねぇか」
中井出「ちなみに俺は剣の技術も並み以下だぞ。鍛錬なんてしてないから。
    まあそこは劣化人器で多少はカバーできるだろうけどさ。
    あれやると頭痛いんだよなぁ……。
    まあ、器詠の理力は使えるから、戦闘技能はロード出来るけど」

 「戦闘技能って?」「たとえばエクスカリバーから伯の剣術を引き出すとか」「うわ、なんだそれずりぃ」……そんな会話がのんびりとされた。
 しかし、実際にやってみると、器詠の理力自体は平気なのだが、意思を読み取るとマナの減少を感じて、その案は却下という運びになる。
 ならばどうするか……そう考えて、才人の左手のグリランドリーの存在を思い出す。

中井出「そうだ、ミョズニトニルン」
才人 「へ? ミョズ……?」

 マジックアイテムを自由に扱える使い魔能力。
 それを思い出し、ルーンを行使してジークフリードを取り出し、握る。
 しかし分類が武具であるために、ルーンでの使用は認められず、ならばとエジェクトしたブレイブポッドを握り、発動。
 すると見事に額のルーンが光り、使用可能であることが確認された。

中井出「おおすげぇ! ミョズニトニルン最強!」

 それが嬉しくて使用した。幸せ光線で幸せになろうと。
 しかし何故か、懐かしのドラムロールがどこからともなく響き渡り、ひぃ、と条件反射で喉が鳴った途端、《ジャンッ!》という音とともにポッドに表示された文字。

  《博打No.23! 自爆!》

中井出「いやぁああああああ!!!」

 彼は慌てて大樹から逃げ出した。もとい離れた。
 いきなりの行動に才人も慌てて追ったが───それがいけなかった。
 中井出の体が急に輝きだし、「へ……!?」と嫌な予感を抱いた時には、広い庭の一角で大爆発が巻き起こった。

  これぞ、世に言う中井出花火である。

 ゴコッ……パラパラ……吹き飛んだ地面の土や砂利などが、空から降ってくる。
 その下で、中井出と才人はプスプスと煙を上げながら痙攣していた。

中井出「カカカカカ……!!」
才人 「うぇげっ……げっほ……ごほっ……!」

 すぐに癒しの空気が二人を癒したが、突然爆発された才人はたまったものではない。

中井出「せ、せっかく逃げたのに追ってくるとは思わなかった……」
才人 「いや……普通いきなり駆け出したら何かあったのかって思うだろ……」
中井出「すまんなぁ……心配かけました。───ってそうだ!
    これぞマジックアイテムってやつ、あった!」

 プスプスと焦げた彼だったが、焦げたからこそ気づけたものがあった。
 中井出はジークフリードからあるものをエジェクトし、指に嵌めた。
 それは、グニンディールの指輪とソーサラーリングだった。
 そしてさらに、

中井出「アイテムマグニファイ! そーれソーサラー!」

 指輪を二個嵌めた右手を「はー!」と突き出すと、そこから強化された属性の矢が放たれる。マナの消費は……無い。しかしアイテムマグニファイは2分ごとの能力なので、威力の高い属性の矢は二分ごと、ということになった。

中井出「オーケオーケ! なんかいけるような気がしてきたようなそうでないような!
    えーと、マイケルジジーソンに貰ったテオブランドの浮遊石効果を使えば、
    フロートを引き出すことも出来る……よな。
    あと他には………………武具能力ばっかじゃねぇか……」

 そもそも烈風脚も疾風斬も武具能力だが、使用頻度の高さのお陰で人器能力扱いとなっている。人器100%状態で“人に出来る技術”を探した結果、僅かに開花したというべきだが、いくら順応があろうが、四歩以上を得ることは不可能だろう。

中井出「くそぅ、他の能力を使う方法は───……あ、閃いた」

 ともかく悪知恵が働く原中が提督である。
 現時点で使えないから、などという理由で諦めるなら、既に人生を何度諦めていることか。今現在もブレイブポッドならぬパンドラポッドに装備品が全て籠もったジークフリードをあてがい、溶け込ませる。
 そうすることでパンドラポッドが主体となり、武具ではなくアイテムとして認識。
 これにより、スキルまでもがポッドに溶け込み、調べるを発動してみれば、発動する可能性のあるスキルは100を越えていた。

中井出「項目は全部出てる……でもなにに当たるかは運次第か。
    これ、エンペラータイム当たったら無敵じゃないですか」

 それもルーンの力として認識されるのなら、彼自身はマナを使わなくて済む。
 そう考えたら、中井出は笑みが止まらなくなった。
 いやらしい目ではなく、その目はやさしそうだった。

中井出「デルフー、ガンダールヴは心の強さで力が変わるんだっけ?」
デルフ『ああそうだ。相棒はそこんところ、まだコントロールし切れてねぇから不安だ』
中井出「ミョズニトニルンも同じなのかな。心を熱くすれば強くなるとか」
デルフ『だはははは! ミョズニトニルンに身体能力強化はなかったはずだぜぇ!?』
中井出「うわずりぃ! 才人ずりぃ!」
才人 「俺が悪いのかよ!」

 くそぅ主人公め……そう呟き、中井出は羨ましそうにグリランドリーの下にあるガンダールヴのルーンに想いを馳せた。
 そこでハタと思いつき、額に巻いたバンダナをなにかステキ装備に変えにかかった。
 能力が低いのなら武具で補えばいい。
 単純な発想だった。
 しかしそれもヒロライン能力であることを思い出し、軽く落ち込んだ。
 ならば能力強化の指輪がマジックアイテムとして認識されれば……! 懲りずにいろいろと挑戦して、結局は多少の能力UP効果しか得られないことを知ると、彼は落ち込んだ。

中井出「武具強化に明け暮れる日々……
    恩恵から遠ざかる自分がここまで弱いことを忘れていたよ……」

 まるで空の青さを忘れていた旅人のように、体育座りでたそがれた。
 隣の才人が「なるようにしかならねーじゃん」と言う。そりゃそうだ。
 ならば強化出来る人は出来るだけしておこう。
 中井出はナビでメールを飛ばすと、きたる戦に向けて自身を強化する者だけ集ってほしい意思を表した。


───……。


 ルイズは結局、実家に帰ることも魔法学院に戻ることもしなかった。
 カトレアと同じ部屋に泊まり、泣き明かした。
 朝に起きて、まず感じたことはやすらぎだろうか。
 良い空気というものを体で感じながらの目覚めは、嫌な気分を随分と軽くしてくれた。

ルイズ「……すごい」

 思わず漏れた声に、隣で穏やかな寝息を立てていたカトレアが身動ぎをする。
 ハッとなって口を手で塞ぐが、そんな動作が自分でおかしくてくすくすと笑った。

ルイズ「………」

 窓から外を見る。
 作業服を着た人達が土をいじり、作物を採り、汗を拭う。
 泥のついた顔でお互いが顔を見合わせると、賑やかな笑い声が響いた。
 手ぬぐいで汗を拭いて、肩を下ろすように息を吐く人が気になって、じっと見た。
 視線に気づいたその人が、二階のルイズを見上げる。目が合った。
 ……ウェールズだった。

ルイズ「え゙っ……!?」

 穏やかに笑い、手を振られた。
 思わず手を振り返すが、思考は固まったままだった。
 じゃあその隣の女性は? 作業着を着た人、誰?
 嫌な予感を抱いたままにジッと見ていれば、手を振るウェールズに気づいて、同じく見上げる女性。……アンリエッタだった。

ルイズ「───」

 今度こそ完全に頭の中が真っ白になった。
 いや待て、いやでも、陛下が、アンリエッタ姫が土仕事? 魔法でもなく?
 …………いろいろ考えたが、もうやめた。
 この領地でそういう考えは捨てなきゃいけない、のだろう。
 普段の自分だったら「いけません陛下!」と叫んでいただろうが、今はそんな思いも沸いてこない。

ルイズ「はぁ……」

 覚悟のつもりだった。いや、つもりじゃなくて覚悟だった。
 恐怖に飲まれそうな心を一生懸命奮い立たせ、戦に出ると父さまに言った。
 けれど返ってきたのは否定、拒絶、不許可。
 父さまも母さまもお忙しい方々だ、もう帰ってしまわれただろうか。
 自分の行く道を自分で開けなかったことに、ルイズは歯噛みした。

ルイズ「父さまの言いたいことも解るわ。解るけれど、それでも……」

 悔しげに呟く。無力感でいっぱいだった。
 頼られてもなにも出来ない。借り物の力でも、ようやく役に立てる時が来たのに。
 そう考えると喉がくっと苦しくなった。この感覚を知っている。自分は泣きそうなのだ。
 そんな、震え始めの体が後ろからそっと抱き締められた。肩越しに見上げると、自分を包むように抱き締めるカトレアが居た。
 朝陽が差し込む窓際で見上げる姉は、寝起きだというのにまるで女神のように美しく見えた。

ルイズ(そうだ、もう姉さまの病気は治ったんだ)

 ぐるぐる回っていた思考が、その嬉しい事実によって薄れるのを感じた。
 ヒロミツが治してくれた。
 というか、彼がオルニエール男爵だった。
 今さらその事実が、せっかく治まった思考のぐるぐるを巻き起こし、ルイズは軽い眩暈を覚えた。
 貴族嫌いだったのに、どうして? そりゃあ、映像の中で少しは理解したつもりだけど。
 いや、今はそんなことよりも。

ルイズ 「あ、あの、ちぃねえさま」
カトレア「いきなさい」
ルイズ 「え……?」

 ルイズは、その言葉の意味を理解するまで随分と時間をかけた。
 きょとんとして、“行くって、どこへ?”……そう、何度も考えた。
 けれどカトレアの不安が混ざった複雑な表情を見て、それが戦の話であることに気づく。

ルイズ 「え、で、でも、父さまが」
カトレア「戦は感心しない。嫌いだわ。正直、ルイズには行ってほしくはない。
     でも、ルイズがそう決めて、その行為を必要とする人がいる。
     だったら、とても不安はあるけれど、行くべきだと思うの。
     待つのはいつだって辛いし、怖いことだわ。
     それでも、向かうか向かわないかを決めるのはわたしたちじゃない」
ルイズ 「姉さま……」

 カトレアにやさしく包まれ、ルイズは自分の中の不安がほどけてゆくのを感じた。
 しかし、父は、母は怒るだろう。
 ダメだと言ったのに、勝手に戦に出るというのだ。
 最悪、勘当、追放、ヴァリエールではなく、ただのルイズになるかもしれない。
 いや、それよりももっと最悪なことは、身勝手に前へ出て、無様を曝して、ヴァリエールの名に泥を塗ることではないだろうか。
 今さらそんな考えが浮かんで、ルイズは震えた。
 震えたが、自分を包む腕も震えていることに気づいて、泣きたくなった。
 行かせたいわけがないのだ。
 それでもわたしがそう決意したから、背中を押してくれている。
 ここで怯えてどうする。やっぱり行きませんなんて言うのか?

ルイズ(………)

 左手に勇気を描き、舐める。
 すると不安が消えて、心に勇気が沸いてきた。
 そんな様子を見ていたカトレアが、「それが勇気の魔法?」と訊ねてきた。
 え、と振り向くルイズに、カトレアはいたずらっぽく微笑んだ。
 姉のそんな無邪気さを見て、今度こそルイズは姉が本当に回復したんだなと確信を得る。
 得るが、このいたずらっぽい顔はどうか。
 というか震えはどうしたんですか、ちぃねえさま。
 そう思って、自分の肩から胸へと交差された姉の腕にそっと手を重ねると、その腕はまだ震えたままだった。

ルイズ「……あ、あの。ちぃねえさま」

 他人に効果があるかは解らない。
 けれどルイズは左手に勇気を描き、カトレアに向けた。
 カトレアはきょとんとしたが、すぐに意図に気づいてペロリとその手を舐める。
 ルイズがくすぐったさを感じた時には、カトレアの表情は驚きに変わっていた。

カトレア「すごいわ。震えなんて止まっちゃった。本当に魔法みたい」
ルイズ 「ほ、ほんと?」
カトレア「ええ。でも───」
ルイズ 「?」

 胸の前に回された腕が、きゅっとルイズを抱き寄せる。
 肩越しに近くになったカトレアのやさしい顔に、どきっとした。

カトレア「わたし、心配だわ。勇気が沸くのはいいけれど、“怖くない”っていうことは、
     きっと“一歩も退かない”っていうことだと思うから」
ルイズ 「一歩も、退かない……?」
カトレア「ルイズ、わたしのちいさなルイズ。
     あなたは怖くもない動物を前に、逃げたりなんかする?」

 質問に対して、ルイズの頭の中には“逃げたりなんかしない”という答えが即、浮かぶ。
 それが表情に出たのか、カトレアは「そうよね」と悲しそうに言った。

カトレア「ルイズ。どうか勇気を得ても臆病でいて。
     怖さを知らない人は、きっと戦の中で一番に死んでしまうから。
     怖かったら逃げてもいいの。辛かったら泣いてもいい。
     貴族の条件は、魔法が使えることでもお金があることでもない。
     勇気を持つこと。ただそれだけ」
ルイズ 「え……? でも、ちぃねえさま、臆病になれって……」
カトレア「ええ、そう。勇敢な貴族はとても素敵だとか言われるけれど、そうじゃない。
     待つ人にとって、本当に素敵なのは……“臆病になる勇気を持つ貴族”。
     それが貴族然としていなくてもいい。
     待つ人は、いつだって“生きた家族”を待っているの。
     “形のない名誉だけ”なんかでは絶対にないわ」
ルイズ 「あ……」
カトレア「本当に強い人は、いつでも怖がりながら、自分と誰かの幸せを願っているの。
     ルイズ、かたちの無い名誉よりも、身近な繋がりを大切にしてね。
     それも目には見えないけれど、きっとあなたを守り、微笑んでくれるわ」
ルイズ 「…………」

 姉の言葉が、密着している部分を通して体に染み込んでくる。
 温かい。
 ルイズの心に、勇気の魔法を使った時とはべつの勇気が沸いてきた。

ルイズ 「でも、もしかしたらこれでお別れなのかもしれない。
     だって、父さまも母さまも、勝手に戦に行くわたしをきっと許してくれない。
     このまま出て行ったら、きっと勘当される」
カトレア「……ルイズ。本当に行かせたくないのなら、
     あなたを止める方法なんていくらでもあるの。
     あなたがこうして自由に動けるのはなぜ? 檻の中に居ないのはなぜ?」
ルイズ 「え───? あ……」

 方法はいくらでもある。
 断固として行かせぬつもりなら、檻にでも閉じ込めて戦が終わるのを待てばいい。
 では、どうして逃げ出す可能性もあるというのに、杖もネックレスも持たせたまま、拘束すらしないのか。
 その意味を理解したら、ルイズはもうだめだった。
 涙をぽろぽろとこぼし、声を出して泣き出した。

カトレア「自分の子が心配じゃないわけないじゃない。
     でも、あなたが決めたことだから。あなたが必要とされているから。
     父さまも、これでルイズの気が変わってくれるならって本気で思ってる。
     無理だろうとも思っているだろうけど、それでも。
     だから、約束よ、ルイズ。無茶はしないで。
     わたしたちは名誉よりも、あなたの元気な姿を望んでいるんだから」

 カトレアの腕の中、ルイズはいつまでも泣いていた。
 絶対に死なない。必ず生きて、このぬくもりのある場所に帰ってくる。
 そう、心にきつく言い聞かせながら。


───……。


 そんな決意は、どうにも別の方向にも燃えていた。

ルイズ「じょ、じょじょじょじょ冗談じゃないわ!
    なんで!? なんであんたが、あ、ああああ、ああ義兄になるのよ!」
中井出「知るかー! そんなの貴様のパパりんに訊け!」

 何気ないところから漏れた話題に、突然顔を真っ赤にしたルイズが中井出の部屋を蹴り開いた。そして詰め寄って、この言葉である。

ルイズ「冗談じゃないわ! あんたなんかにちぃねえさまを渡すなんて!」
中井出「怒ってるのはよく解ったから冗談じゃないわを二回言うな」
ルイズ「そりゃああんたの過去にはいろいろ思うことがあったけど!
    姉さまを治してくれたのがあんたで、感謝もしてるけど!
    わたしでも魔法を使えるようにしてくれてありがとうだけど!
    いっつも練習に付き合ってくれてありがとうだけど!」
才人 「どんだけ感謝できる要素があるんだよ……」
ルイズ「るっさいわね黙ってなさいよ!!」
中井出「そうだこのタコ!」
才人 「なんで提督まで!? お前俺に相談があって呼んだんだろーが!」

 才人の言葉に、ルイズが「相談?」と首を傾げる。
 こうなったらルイズにも協力してもらおうってことで、中井出はルイズに思いをぶつけた。

ルイズ「なっ……ななな、なな……! なぁああんです、ってえぇええ……!!?」

 聞いた途端、ルイズのピンクブロンドがぞわぞわと波打つ。
 怒りの感覚器官かなんかですか? と訊ねた中井出が電光石火で怒鳴られた。

ルイズ「ち、ちちちちぃねえさまと婚約したくないだなんて、
    よよよよくもよよよよよくもよくもよくももも……!!」
中井出「アータどっちの味方!? 義兄にさせたくないんでしょ!?」
ルイズ「あぁあああたりまえでしょ!? 感謝することはいろいろあるけど、
    それでもちぃねえさまの相手があんただなんて悪夢以外のなにものでもないわ!」
中井出「義弟よ!」
才人 「義兄さん!」
ルイズ「…………ねぇ。冗談でも言っていいことと悪いことがあるわよねぇ……?」
中井出「スンマセンッしたァーーーッ!!」
才人 「調子に乗ってましたァーーーッ!!」

 杖をズチャリと構えるルイズを前に、二人は素直に謝った。
 中井出もルイズの失敗魔法は苦手だった。
 防御力も魔法防御力も無視でダメージを与えてくるのだ。
 あれを食らうのが好きなやつなど、居るわけがない。

中井出「で、でもさぁ、じゃあどうすりゃいいのさ」
才人 「提督が婚約を破棄するとか?」
ルイズ「それってなに? ヒロミツがちぃ姉さまを捨てるってこと?
    ……だだだだめよっ、赦せないからだめっ」
中井出「じゃあどうするのさ」
ルイズ「そうね。……そうだ! ヒロミツが姉さまに告白してフラれればいいんだわっ!」
中井出「笑顔でなんとむごいことを……」
才人 「いや……なんか悪い、うちのご主人様が……」
中井出「いや……苦労するね、お前も……」

 二人は盛大に溜め息を吐いた。
 ルイズはそんな二人を見て「あ、あによぅ」と、ぶーたれている。
 不貞腐れていると、“なによ”が“あによ”になるらしい。

中井出「えーと、じゃあなに? 俺が全力で告白して、全力でフラレりゃいいんだ」
ルイズ「そうよっ」
中井出「才人どうしよう。この馬鹿マジだ……」
才人 「そんだけ姉ちゃんが大事なんだろうけどなぁ……どうすんだ、提督」
中井出「ん、俺もこのまま婚約ってのも困るし、方法がそれしかないならやるっきゃない」
ルイズ「な、なななななんですって……!?
    おおぉおお、おお恐れ多くもちぃ姉さまとこここ婚約することが困る……!?」
中井出「うおお面倒くせぇ! どうしてほしいんだよお前は!」

 顔を真っ赤にしてカタカタと震え出す未来の義妹(仮)をなだめ、計画を立てた。
 その名も“ちぃねえさま解放作戦”。
 お前ほんとに俺のこと嫌いなのな、とは中井出の言葉である。

ルイズ「え? や、あ、あの、ち、ちが」
中井出「よしっ! んじゃあともかく告白のセリフを考えるか! どんなのがいいかな」
才人 「ストレートに好きですーってのはどうだ?」
中井出「よし才人! ルイズに言ってみてくれ!」
才人 「無茶言うなよ!」
中井出「お前がソレ言うなよ!」

 ルイズの反応は、二人の……そろそろ本当にこなれてきた関係の前に、掻き消された。
 しゅんとするルイズを余所に話は進められ、「どうせなら盛大にフラレてやるぜー!」と中井出は本気で告白の言葉を考えた。協力には、かの口説きの貴公子ギーシュ・ド・グラモンを迎え、じっくりと練り……そして決行。

中井出「…………《ズシャア……》」

 よく晴れたその日。
 中井出は、癒しの大樹の傍で少しずつ体を動かし、鍛えているカトレアを見つけ、大地に立った。
 医者としての言いつけを守り、カトレアはこの地に来てから体を動かしている。
 そんな彼女のもとへと静かに歩き、屋敷の中で固唾を呑むルイズと才人とギーシュの視線を受けながら、彼は行った。

中井出 「やあカトレアくん。今日もいい天気だね《ファ》」
カトレア「ええ、本当に」

 まずはさりげなく話しかけながら、髪の毛をファサリと手で流す。
 しかし髪が短いのでファッサァアアではなくファで終わった。
 カトレアは、急に大地に両手両膝をつけてウォオオオと泣き叫ぶ領主を前に、戸惑った。

中井出「Xメンは挫けない!《ビシィ!》」

 復活した。
 そんな彼を見た彼女は戸惑いつつも、何かを一生懸命に行おうとしていることに気づき、姿勢を正して待つことにした。

中井出 「え、ええっと、あの、そのだね」
カトレア「はい」

 わたわたと身振り手振りをする目の前の男。
 感じる気配はただただやさしい。
 自分の勘が告げているものは、悪いことはまず起こらない。それだけだった。

中井出 「いい天気ですね!《どーーーん!》」
カトレア「…………はいっ」

 一瞬きょとんとしたカトレアだったが、すぐにおかしくなって、くすくすと笑った。
 中井出の部屋では盛大にコケたルイズが窓に頭をぶつけていたが、音に気づいて見上げたカトレアから逃げるように、身を隠した。

中井出「えぇとなんだつまりその、あの……!」

 中井出にしてみれば、よもや本気の告白がこれほど恥ずかしいとは……! といったところ。ドリアードにもしたことがあるが、いわばこれは浮気のようなものである。
 それを考えれば、いくらフラレることが前提だからという理由でドリアードの許可を得たからといって、心はひどく落ち着かないものになっていた。
 いい意味でも悪い意味でも一途なのだ。

中井出「すすすっすす好きです! 付き合ってください!」

 今度は才人とギーシュが窓に頭をぶつけるほどズッコケた。
 告白の言葉はもっとキザったらしく、しかもそれを本気で言うという、ある意味罰ゲームにも似た内容だったはずだ。
 中井出は中井出でテンパりすぎて、本気の本気での“本当の告白”をしていた。
 それは、彼が“友達になってください”と心から言うくらい、“大切にします”という心を籠めたものだった。
 だからこそのシンプルなものだったが、すぐに思い出してキザな言葉を並べ始めた。

中井出 「キキキッキキキミの笑顔は、夜空に輝く双月よりも美しい……!
     どうか僕の傍で、いつまで───」
カトレア「ヒロミツさん」
中井出 「ホワイ!?」

 急に言葉を遮られ、中井出はおかしな裏返った声で返す。

カトレア「取り繕った言葉よりも、先ほどの言葉のほうが、とても心が籠もっていました。
     どうか自分を偽らないでください」
中井出 「ア、アウ、アウアウアウ……」

 中井出はもう恥ずかしさで死にそうだった。
 なんで俺、こんな思いしてるんですかルイズさん。頭の中はそんな言葉でいっぱいだ。
 でも取り繕いってバレたなら、それは立派な失敗というか、フラレ的ななにかになるのではないだろうか? 中井出の心にミッションコンプリートの文字が浮かび始め、

カトレア「で、でも……どうしよう、困ったわ。
     あんなに心の籠もった告白、初めてだったんですもの《かぁあ……》」
中井出 「……アレ?」

 彼は、なにか自分がとんでもないことをしでかしたことに気づき、顔を青くする。
 しかし目の前の、両の頬を両の手で深く包み、赤くなる女性のなんと美しいこと。
 中井出は変色忙しいと言われても否定出来ぬほど、今度は真っ赤になり、取り乱した。

カトレア「あの」
中井出 「ホゥワァアアア!! ヨヨヨヨウジ思い出したァアゥヨォオゥ!!
     ちょっと待っててガドレアザァン!!」
カトレア「え? あ、あの」

 焦りと状況のあまりに中井出は駆け、自室へと戻った。
 そして振り向いたルイズにブルドッキングヘッドロックをかまし、ベッドに沈める。

中井出「ダメじゃないか! だだだっだだだめじゃないかだめじゃないかぁあああ!!」

 顔は真っ赤で涙目である。
 それこそ、告白して嬉し涙を流す青春ボーイも恥ずかしくなって逃げ出すほどに。

ルイズ「ななななんで好感触なの!? あんたまたCHRとかいうのいじったでしょ!」
中井出「いじるかぁ! つーかいじってもカトレアには効かない気がするし!」
ルイズ「へぁえ!? ちょちょちょちょっとなに勝手に呼び捨てにしてるのよ!」
中井出「うるせー! どうすりゃいいんだこの状況! もう僕本気の告白しちゃったよ!
    どう転んでもあとでドリアードに拷問されるよ!
    てめぇ絶対しがみ付いてでも道連れにしてやる!」
ルイズ「ひぅう!? ややややめてよ! わたしだって予想外だったんだもん!」

 顔を真っ赤にした男女が、ベッドの上でもつれあっている。
 言葉にしてみれば怪しい感じがするのだが、目で見ればただの子供の喧嘩だった。

ギーシュ「いや、しかし困ったね。
     まさかあんな真っ直ぐな告白こそが、カトレア嬢に届くものだったなんてね」
才人  「参考にしよう」
中井出 「てめぇらぁああああああっ!!!」

 暢気にうんうんと頷く友達に、中井出はもう阿修羅面(怒り)の如き形相で襲い掛かる。
 二人まとめてベッドに引きずり込み、しばらくプロレスごっこのようなものを続け、頭が冷えたあたりで作戦会議。
 ルイズからの次なる提案は、告白したのに目の前で他の娘に告白する、なんてもの。

中井出 「才人……俺、泣きそう。
     人に好かれないようにするのって、すげぇ罪悪感が付き纏うものなんだな……」
才人  「いや……ほんと悪い……」
ギーシュ「というか、なんだね。友達でいるという選択はないのかね?」
ルイズ 「ここまで来たらいくしかないじゃない!」
中井出 「まだ一歩しか踏み出してませんが!? 一回の告白でどこまで走ったのよ俺!」

 ともあれ実行。
 骨は拾ってやる、せめて生きたまえ、フラレなさい。暖かな三つの声援に背中を押され、彼は再び大地に立った。
 丁度そこにはティファニアが居て、彼は泣いた。
 屋敷を見上げれば、ルイズが“ファイッ!”とキラッキラ輝く瞳で、きゅっと握った両拳を胸の前に構え、上半身を一度揺らしていた。

中井出「神様……」

 そのまま天を仰いだ。
 カトレアが、最初の中井出の視線に気づき、中井出だけを見ているルイズを発見したのはこの時だった。

カトレア(……もう。仕方のない子)

 それであっさり解ってしまった。
 恐らく彼は、自分の前でティファニアになにかしらの接触をするだろう。
 けれど、自分にした告白には、けっしてウソは混ざってなかった。

カトレア(きっと、なにもかもを大切にしすぎているのね)

 不器用な人だな……カトレアはそう思い、しかし面白そうなので見守ることにした。
 この女性、元から結構ないたずら好きである。
 一方では中井出が再び頭の中と格闘していた。
 どんな告白がいいか。やるからには全力だ。妥協は許さぬ。
 さあどうする。相手はテファなのだから優しく? それともいっそ男らしく?

声  (今こそ好機! 全軍打って出よ!)
中井出(孟徳さん!?)

 かずピーの中の妖精さんが舞い降りた気分だった。
 後押ししてくれる妖精さん……もとい、脳内電波があるのなら、いっそ突き進むが吉!
 中井出は周囲も見えないくらいにテンパりながら考えを纏め、丁度目の前を横切ろうとした女性の手をがしっと掴み、驚き振り向く人の顔を胸に抱き、真っ直ぐに、男らしく言った。

中井出「きみが好きだ! 俺のものになれ!!」

 男らしすぎである。
 その強引な行動に、ティファニア……ではなく、カトレアの様子を見に来たエレオノールは、びしぃっと固まった。

中井出「………………OH…………」

 その一言は、この状況を見ていた全ての者に、深い悲しみを覚えさせたという。

……。

 さて。場面は再び中井出の私室。

中井出「どうすんのアレェ! お前の所為だよアレェェェェ!!」
ルイズ「いひゃわわわっ! ひゃっふぇぇええ!!」

 私室……なのだが、何故か一緒にエレオノールがついてきて、顔を赤くしたまま大人しくしている。才人とギーシュはなんだかいたたまれない気持ちになって、中井出の肩を何度も何度も叩いていた。
 ルイズは中井出の手によりカレーパンマン状態だ。
 一方のエレオノールといえば、ぐるぐる思考が回り、目まで渦巻き状で顔を真っ赤にして考え込んでいた。
 いったいなにがあったのか。カトレアの様子を見に来た。それはいい。
 でもなぜか急に腕を取られ、振り向いたら逞しい胸板に抱かれ、告白された。
 見た目は自分より幼い、けれど自分の百倍以上生きている殿方。
 とても男らしい、まっすぐな告白だった。
 自分としては逞しく、包容力のある殿方が、と思ったが、困ったことに中井出は逞しい。
 超筋肉痛が云々と映像では言っていたが、なるほど、逞しかった。
 そして告白。きざな殿方のような回りくどいものではなく、自分に向けてのみ放たれた真っ直ぐなもの。心にドンと届いた。
 けれど待とう。彼は男爵……いえ、子爵だったわ。子爵で、平民あがり……とはいうけれど、困ったことに魔法めいたものをたくさん使える。平民は嫌いだし下級貴族も冗談ではない。子爵ともなれば……ああ、ワルドなぞをルイズの婚約者として認めたのは失敗だった。お陰でおちびのルイズが傷ついた。今度見かけることがあったら、どうしてくれようか……いや、今はそんなことはどうでもいい。
 今はあの男のことを……いや待て、自分はつい最近までバーガンディ伯爵に恋をしていたではないか。だというのに、またすぐに別の男に目をやるほど、自分の恋は薄いものだったのか? それを、子爵などに……いや。そういえば功績を上げれば、すぐにでも伯爵になると、父さまが言っていたような。
 ……あれ? ちょっと待って? じゃあなに? 子爵だけれど伯爵確定状況で、女王陛下とも交流があって、ガリア王家とも友人関係で、此度の戦に勝ってウェールズ皇太子が王になれば、アルビオンとも交流があって? しかも収入は様々な食品流通や診療所、宿や食べ物屋、ワインやお酒やオコメとかいうので潤いすぎている? ……なによこれ。考えれば考えるほど、悪いところが見つからないじゃない。そこらの子爵……へたをすれば伯爵よりもすごい。

エレオノール「…………」

 ちらりと中井出を見てみる。
 丁度視線が合い、彼はとてもやさしい笑顔で微笑んでくれた。

エレオノール「……《きゅんっ》」

 ……バーガンディ伯爵の笑顔が思い出せなくなった瞬間である。
 その一方で、ルイズに“エレオノール姉さまは無意味なやさしい笑顔が嫌いよ!”と言われたからやってみた中井出は、エレオノールに向けた笑顔のまま、ルイズの頬を引っ張っていた。

ルイズ「いふぁいいひゃひゃい! ふぉめ、ふぉめんまふぁいぃ〜〜〜っ!」

 ルイズにしてみれば、ことあるごとに自分の頬を引っ張る姉に、そうされないために笑顔をむけていた時期があるのだが、結局は引っ張られたためにそう思っただけだったのだが……完全に裏目だった。
 中井出は笑顔のままに頬を引っ張り、笑顔のままに泣いていた。
 才人とギーシュは敬礼していた。
 奇妙な友情があった。

中井出 「で、ほんとどうすんだよこれ……もう収拾つかなくなってないか……?」
ルイズ 「……そうだわ、いっそヒロミツがエレオノール姉さまと結婚すれば、
     エレオノール姉さまも落ち着いて、
     ちぃねえさまにも悪い虫がつかないじゃない」
中井出 「ウオォオオオオ!! 才人! 止めるな!
     俺はっ! 俺はマッスルスパークがいいと思う! 離してくれ!」
才人  「ちょ、待ってくれよ! DSCにまからないか!?」
ギーシュ「僕にはその差がよく解らないんだが……」

 問題は何一つ解決しないまま、男衆は頭を抱えた。
 しかしここまで来ると、才人は「いっそ全員もらっちまえば?」などと言い出す。

中井出「OK解った。俺が居なくなったら同じ思いするのお前だからな?」
才人 「真面目に考えようぜ! 妥協、ヨクナイ!」

 いつか来るかもしれない忘却と辻褄合わせ。
 それを知るからこそ踏み出せないものもあれば、好きな人が居るから踏み出さない想いがある。大切にしたい気持ちは変わらずに、ただ、賑やかな家族像を望んだ。

ギーシュ「うーん……ならばいっそ、
     この人ならばこの状況をなんとかしてくれるという人を探してみたらどうだい?
     僕らには手に余る話だよ」
中井出 「この状況を打破できる人か……ピエールさんとか?」
ルイズ 「間違い無く悪化するわよ」
才人  「じゃあ姫さんは?」
中井出 「むしろ応援しそうな予感」
ギーシュ「ミス・マチルダはどうだね? 冷静に判断出来そうじゃないか」
全員  『それだ!』

 そうと決まれば行動は早かった。
 中井出は走り、部屋を出て、マチルダの部屋の前まで行くと、才人に止められた。

才人 「ちょっと待った! 提督ちょっと落ち着けって!」
中井出「な、なにをする離せ! ええい、離さんかっ!」
才人 「こんなところでリヴァース元帥の真似しても誰も解んねーよ!!
    それよりもここで突っ走ったらまた余計な問題が増えるだろ!?」
中井出「え? よ、余計な問題?」
才人 「はぁ……あのさ。入るのと同時に、なにを言うつもりだったんだ?」
中井出「僕を救う運命の人! 僕とどこまでも一緒に来てくれ!」
才人 「……あながち間違ってないからツッコみきれねぇ……。
    あのさ、それ言ったらまた余計な火種が増えるだけだと思うぞ?」
中井出「え? そうなの?」
才人 「とにかく落ち着いて、普通に頼んだほうがいいって。
    提督の場合、感情任せに動くとロクなことにならないから」
中井出「グ、グウウ……」

 そう言われると思い当たるフシがありすぎて、中井出は大人しく深呼吸をした。

中井出「よ、よし。冷静にね? 冷静に、きちんと説明すればいいんだね?」
才人 「そうそう、簡単なことじゃねーか」
デルフ『そうかねぇ、どーにも嫌な予感がするがね』
才人 「へ? デルフ、それどういう意味だ?
    って提督ちょっと待った、デルフが───」

 ……振り向いた先には、既に馬鹿者は居なかった。
 才人は静かに胸の前で十字を切った。
 こういうパターンでの中井出は、絶対にろくな目に合わない。
 それを確信しての行為だった。

……。

 シュゥウウウ……

中井出「お……おごご……お、ごご……」

 顔をボッコボコにした中井出が自室に戻ってきたのは、それから数分後だった。
 しかしながらその後ろには顔を赤くしたマチルダがついていて、事情を聞けば、なんでも酷く冷静に、酷く遠回しに告白されたんだとか。

中井出 「してないよ!? 僕協力してって言っただけだもん!」
才人  「マチルダさん。その時の状況をどうぞ」
マチルダ「“今……とても辛い状況に僕は居る。
     この状況を乗り越えるには、キミの力だけが頼りだ。
     他に頼れる人なんて居ない。僕にはキミだけなんだ。
     僕の未来のために、今のキミの時間を僕にくれないか。
     この言葉を、ありったけの想いを籠めてきみに送ろう”」
才人  「告白じゃねーか!!」
ギーシュ「告白じゃないか!!」
中井出 「えぇ!? だって才人が冷静にって言うから! 僕間違ったこと言ってる!?」
ルイズ 「…………言って……ないわね……」

 いっそ笑ってしまうくらい、今の状況にぴったりの言葉だった。

マチルダ「本気の顔で言うもんだからコロリといきそうになったよ……。
     普段から馬鹿ばっかりやってるくせに、なんて顔するんだろうね、この馬鹿は」
中井出 「馬鹿って言うほうが馬鹿だこの馬鹿! ぼぼぼ僕は暴力には屈しないぞ!
     いつまでも怒られっぱなしだと思うなー! よし行け才人!」
才人  「自分で行けよ!」
マチルダ「はぁ……本当に、まったく……」
ギーシュ「ミス。顔が赤いですよ」
マチルダ「ほっときなさい! 〜〜〜……はぁ。
     そりゃね、言っちまえばあんたはこれ以上ないってくらいのお得物件だよ。
     他国の王にも自国の王にも顔が利いて、領民からの反応もいい。
     なにもしなくても金がゾロゾロ入って、しかもここは平和の楽園さ。
     顔はまあ普通だが、“守る力”を持ってるんだ。十分すぎる」
ギーシュ「む……」
才人  「だよなぁ……ほんと、異常なくらい相手にとって都合のいい男だよなぁ」
マチルダ「家族になった相手には異常なくらいやさしいしね。
     そういった意味じゃ、私だって頷くさ。むしろ本気なら婚約でもなんでもする」
ルイズ 「えぇっ!? ちょっと本気!?」

 ルイズが慌てるが、当のマチルダは笑っていた。

マチルダ「一言で言うならね、結局変わりはしないさ。
     こいつは家族を大事にする。で、私たちはもう家族だ。
     それが妻になろうが妾になろうが、対応なんてそうそう変わらない。
     こいつにとって家族は家族さ。そうだろ?」
中井出 「ウィ。差別するよりもさ、家族みんなで笑っていたいじゃん」
マチルダ「あんたたち、よく覚えておきなさい。
     こういうことを素でやるやつが、誤解に誤解を生ませて後ろから刺されるんだ」

 全員が「はぁ〜……」と納得した風情で頷いた。
 もちろん中井出は抗議したが、長くは続かなかった。

才人  「じゃあ、マチルダさんはこっちの話は無しの方向で?」
マチルダ「面白そうだから乗っておくよ。上手くすれば玉の輿だ」
ギーシュ「ミス・ティファニアに嫌われないかね?」
マチルダ「二人揃って妾になりゃ、なんも問題ないだろ。むしろ私はそっちを望むね」
才人  「……すげえ。公認ハーレムかよ」
ギーシュ「……本人、泣いているがね」
ルイズ 「ちょ、ちょっと……泣くことないじゃない」
中井出 「誰の所為だよもう!」

 言ってしまえば、自分の所為である。

……。

 そんな日からしばらく。
 ほぼ毎日のようにオルニエールを訪れるようになったエレオノールは、すっかりととろけきっていた。
 理由は単純であり、通い、中井出に係わるうちに、骨抜きにされた。
 文字にすれば一行で終わるほどの、それはもう単純なものなのだが……

中井出「俺……もうお前のこと信じるの、やめようと思うんだ……」
ルイズ「や、やだっ! やめてよ!
    しょうがないじゃない! こんなはずじゃなかったんだもん!」

 今、ルイズの前にはマジ泣きする中井出が居た。
 それというのもエレオノールがとろけるきっかけを作ったのがルイズの助言であり、よせばいいのに「解った……俺はお前を全力で信じる!」と覚悟完了した中井出。……だったんだが、数日後の現在、さめざめと泣いて、そう言っていた。
 ルイズはルイズで、まさかそんなことを言われるとは思ってもなく、身が震えた。
 なんだかんだで無遠慮に言い合ったりどつき合ったりする仲に落ち着いたが、ルイズはこれで案外、この関係が気に入っていた。口を開けば言い合いになり、喧嘩めいたものもするが、そこには以前にはあった軽蔑めいたものがないのだ。
 笑顔で自分をからかうこの男は、本当に冗談でそれを言う。なにかあればフォローしてくれるし、落ち込めば頭を撫でてくれる。なんというか、そう、気安いのだ。親のようであり母のようであり兄のようでもあり、弟のようでもある。一人で“家族”を担っているといえばいいのか、ともかく一緒に居て重くなかった。
 そんな存在に信じるのをやめると言われるのは、とても怖いことだった。

中井出「なにが子供扱いみたいなことすれば怒って嫌うだよ……。
    甘やかしまくってたらすっかり寄りかかられたじゃねぇかよぅ……」
ルイズ「わ、わたしもあれには驚いたわ……別人かと思ったもの……。
    でも、わたしもあんなふうになるなんて……ほ、ほんとよ? 知らなかったの」

 子供扱いするつもりで、気安く頭を撫でたり、嫌がるエレオノールを無理矢理膝枕し、耳掻きをしたり高い高いをしたり、とにかく子供っぽく扱うようにしてみた。
 するとどうだろう。
 長女である立場から、常に気を張っていたエレオノールの中で何かがぷつりと切れ、中井出にべったりになってしまった。これにはカトレアもルイズも大驚愕であり、今まで苦労させてたんだなぁと思うのと同時に、作業中だというのに引きずられ、二人きりにさせられて甘えられまくる中井出に、心底同情した。

中井出「なんか……なんかね……。もう限界だって言ってたバーガンディ伯爵の気持ち、
    ちょっとだけ解り始めててさ……」
ルイズ「えぇっ!? やめなさいよ!?
    今あんたにフラレでもしたら、エレオノール姉さまがどれだけ暴れるか!」
中井出「お前が言うなぁあああああああっ!!」
ルイズ「《グミミミミィ!》ひゃふぁぁあゆゆゆゆ! あふぃぃい〜〜〜っ!!」

 数日前はよかった。中井出は語る。
 数日前までは、“一途ないい人だな”って認識だった。
 傍に居たがって、尽くしてくれようとする。
 最初こそは中井出は、バーガンディ伯爵がどうして“もう限界だ”なんて言ったのか理解できなかった。

中井出「会う頻度がさ……増えていくんだ……。
    二日置き……一日置き……十数時間置き……数時間置き……数十分置き……。
    時間が……時間がジワジワ無くなっていくんだ……!
    逃げたら何故か先回りされてて用事があるからって言ったら手伝うって言われてや
    んわりと断っても涙浮かべてじぃっと見てきてそんなの無視して作業してたら数時
    間後あたりに寂しそうにくいって服引っ張ってきて“いい娘だから大人しくしてな
    さい”って言ったらこれが結構聞き訳がよくてと思ったら仕事が終わるなり引きず
    られて目一杯甘えられてアガガガガーーーッ!!」
ルイズ「ひゃああっ!?」

 戦を前に、魔法学院は無期限休校になるという噂がでている頃、エレオノールが通うアカデミーも例に漏れず、休講というかたちになっていた。
 こうなるとエレオノールも時間の許す限り、中井出の傍に居たくなる。
 中井出は居たくないのだが。

中井出「とにかく俺はもう我慢できーーーん!!
    エレオノールに元凶は全て貴様だったことを暴露し、この日々を終わらせる!」
ルイズ「いやぁああああ!? やめて! やめてぇええ!!
    おしおきされちゃう! わたし、おしおきされちゃぅう!!」
中井出「《がばしぃ!》ぬうう! 離せぇえええっ!! この博光、もはや辛抱たまらん!
    もうだめ! そりゃ可愛いよ! 甘やかしたくなるよ!
    でも他のお子に楽しいを教えてやれないのは辛い! 辛いのです!
    って、はうあ! カトレアの魔法のサポートする時間だ!」
ルイズ「ふえ? そ、そんなことしてるの?」
中井出「魔法を使うと症状が悪化する傾向が前にはあったそうだからね。
    治すのなら徹底的にだ。せっかく善き魔力をお持ちなのだから、
    きちんと馴染ませてやらなきゃね。働いてみたいとも言ってるし、
    だったら水魔法で人を治してやれるくらいが丁度いいでしょ?」
ルイズ「……まさか、その時間にまで───」
中井出「ああ……来るんだ……。一緒に魔法を練習していくんだ……」
ルイズ「………」

 ルイズは、なんというかもう謝ることくらいしか頭に浮かばなかった。
 が、そのまま謝ろうとした途端に中井出の私室の扉が開かれ、輝く瞳のエレオノール様が降臨なされた。逃げようと思ったらあっさり掴まり、「たすけてぇ! たすけてぇええ!」と叫ぶ中井出を……ルイズは見捨てるしかなかった。

……。

 エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールは、平民や下級貴族を見下す傾向が強く、その性格が仇となり、婚約を破棄された。
 一途であるし、恋をすれば真っ直ぐではあるが、その性格がかつてのルイズよりも前に出すぎていたのだ。そういった意味で言えば、見下す傾向が出すぎる前に中井出の過去を見たのは幸運と言うべきなのか。エレオノールは、中井出が嫌う貴族像にぴったりと当てはまっていた。
 そんな一方がどんな冗談なのか一方に惚れ、こうして会いにくる。
 今の彼女ならばバーガンディ伯爵も限界などとは言わないだろう。
 ……あくまで、見下し傾向云々の話では、だが。

中井出 「お、おまたせ……」
カトレア「ええと……いえ、わたしも今来たところですから」

 大樹の下ではカトレアが待っていた。
 エレオノールに引きずられる中井出を確認すると、困ったような笑みを浮かべて挨拶。
 中井出はもう、全てを悟った男の顔をしていた。

中井出   「えっと……それじゃあ魔法練習を始めようね」
カトレア  「はい」
エレオノール「余裕でこなしてみせますわ」

 やる気満々である。
 中井出の過去で、身分の低い者を見下す姿を客観的に見ることができたエレオノールは、かつての自分を恥じた。身分を気にして生きてきたし、平民も下級貴族も見下してきた。
 しかし、平民たちは平民たちの世界で、泥まみれになりながらも懸命に生きていた。 
 それは決して見下していいものではなく、彼らが居るから自分たちの暮らしは保証されているのだということは、実際に見てみれば解りそうなものだった。
 平民の暮らしになど興味ないと目を背ければ、一生気づくことはなかった世界。それを見て、感じて、受け入れた瞬間、彼女の中で、彼女が気づかないままに何かが変わっていた。

中井出「………」

 一方では、そんな心境の変化があったことを知らない中井出は、戸惑うばかり。
 何がどうしてこうなったんだろう……と、ルイズから聞くエレオノール像に首を傾げるばかりだ。もしかしてルイズにだけ厳しいお子だったのだろうか。しかしながらルイズがいうには、平民や下級貴族にはとりわけ厳しく接するという。

中井出「まあ、言われたことよりも自分で感じたことを信用するけどね」

 にこりと笑い、カトレアに魔法行使をしてもらう。
 体調の不良が現れることはなく、コンデンセイションで大気中の水蒸気を液体として集めてもらうと、空中に水がふよふよと浮いていた。

中井出 「じゃあ次。水の形を変えるイメージ。
     凝縮はしたままで、ゆっくりとその凝縮の方向を傾けてみよう」
カトレア「はい」

 凝縮のイメージは、現在のこのように“水蒸気を球体として集める”というのが一般的らしく、誰がやっても大体は球体に治まる。ものの集合体とはそういうものだという意識が、体には染み付いているものなのかもしれない。

カトレア「………」

 意識を集中させて、頭の中の固定されたイメージである“球体”を、べつの形へ。
 それがなされると、空中には猫の頭部のようなかたちの水が形成された。

エレオノール「……上手いものね」
カトレア  「ふふっ、これでも頑張っているから」

 まずは固定イメージを変えることから。
 この魔法鍛錬を始めた初日に、中井出に言われた言葉だ。
 カトレアは特に反論することもなくそれに頷き、今もこうして“魔法のカタチ”を変えていくことに慣れようとしていた。

エレオノール「ヒロミツ、これがいったいどんなことに繋がるというの?」

 エレオノールはキリっとした表情で中井出を見る。
 中井出はそんな目つきにニコリと返事をするのだが、これが二人きりになった途端、キリっとした表情は崩れ、甘えきってくるのだからたまらない。ただし中井出も普通に容赦なく、仕事時間にまでその行為が及ぶようなら問答無用で首の骨を折って気絶させて回復させて逃走、なんてことは今までで何度もあった。
 下手な差別はしない。
 彼の性格は、そういった意識で作られている。

中井出   「ほら、水メイジって回復とかに長けてるじゃないか。
       人、一人一人によって水の流れは違うでしょ?
       そんな流れに自分から合わせられないと、
       その人に合った回復がしてやれないんだ。
       それを、アトリたちと一緒にやった研究で発見できた」
エレオノール「そんな……独学で、そこまで?」
中井出   「知識と経験、見たでしょ?
       元の世界とマクスウェル図書館の知識を合わせれば、
       エレオノールならもっと早い段階で辿り着けるって」
エレオノール「え、あ、あう……またっ、おからかいになって!」
中井出   「エ? や、べつにからかってないけど……じゃあ次の工程ね。
       カトレアももう、魔法行使しても全然平気みたいだね」

 頬を薄く染めるエレオノールをよそに、穏やかに魔法行使をするカトレアを見る。
 最初こそ、薄く汗を掻いて辛そうにしていたのだが、癒しとマナのお陰か、体にかかる負担も消え、その体自体が鍛えられてきたこともあり、カトレアは健康な人と然程も変わらぬものへと至っていた。

中井出「じゃあ次はこれ」

 中井出が次はと用意したのは、傷ついた人体模型・佐藤はるおくんである。
 べつに骨格標本の鈴木ジンコツくんとコサックダンスを踊ることはない。
 それらを見たエレオノールが「ひぃ」と悲鳴をあげる。さすがに人体解剖なんてことはしたことがないのかもしれない。

中井出 「血は巡ってるし脈もある。大樹の樹液でできた血だけどね。
     これを使って、人の“流れ”を知ろう」
カトレア「はい」

 にこりと笑う。
 カトレアが診療所の手伝いをしたいと言ったのが何日前だったか。
 “治ること”の嬉しさを、皆に知ってもらいたいと思い、彼女は立ち上がった。
 当然、相談先は中井出になり、「無茶はいけませんよ」という約束ののち、体力回復も含めた魔法鍛錬が続けられていた。
 カトレアは大変強い魔力を秘めていたが、行使すれば体調を崩すこともあり、魔法の知識はあっても応用の方向は随分とアレだった。
 なので、ここで知ることはまるで宝石箱のようにわくわくすることばかりで、彼女はまるで夢見る少女のように魔法というものにのめり込んだ。もちろん、それが医療のためであることを忘れたことはない。
 しかしながら“それとこれとは別”という言葉があるように、カトレアは今まで動けなかった分を取り戻すかのように、実際取り戻すつもりで、未経験のものに手を出し続けた。好奇心だけは人一倍はあるのだ。

中井出   「ところで水魔法にはギアスってのがあるらしいね。
       どういうものかは、まあ名前でなんとなく予想がつくんだけどさ。
       俺、ちょっと不安なんだよね。洗脳方面には滅法弱くてさ」
エレオノール「言われてみれば、過去でもいろいろと……」
中井出   「うん。だから惚れ薬騒動の時も、
       誤って俺が飲むようなことがなくてよかったって本気で思うよ。
       飲んでたら間違い無く暴走してただろうから」
エレオノール「───《ぴくり》」

 たはーあ、と大袈裟に地面へ向けて溜め息を吐く中井出は気づかなかった。
 エレオノールの眉が、傍から見ても怪しく動いたことに。
 カトレアは気づいていたが、あえて止めることはしなかった。
 彼の周囲は“そういう空気”で作られていっている。
 無理に止めるのは澱みを生むことになる。というか、そんなことになっても楽しむ方向に持っていこうとする彼なのだから、止めるのはきっと野暮なのだろう。
 そんな考えにくすくすと目を伏せて肩を揺らしていると、それを咳込んでいると勘違いしたのか、中井出が心配そうに寄ってきた。
 なんでもないことを知ると安堵の息を吐いて、頭をくしゃりと撫でてくれる。

カトレア(………なんて、表せばいいんだろ)

 なんというか。
 目の前の殿方は、本当に家族を大切にする。
 年齢関係なく、大切にする。
 誰だろうと頭を撫でるし、最初から嫌な態度を取らなければ、多分誰にだってやさしい。

中井出   「よぅし! じゃあカトレアが“流れ”の勉強をしている間、
       僕らは別の研究だ!」
エレオノール「望むところですわ!」

 あの姉の燥ぎっぷりは、バーガンディ伯爵との婚約が決まって以来だろう。
 婚約をしたわけでもないのに、まるで少女のように燥いでいる。
 子供の頃に出来なかったことを取り戻すため。まるで自分と同じ行動原理で動くかのように、姉はヒロミツさんとともに居た。

カトレア「………」

 ふぅ、と息を吐いて首を振る。
 今は集中。
 水の流れを知って、少しでも多くの人に癒されることの喜びを知ってもらうために。
 そうして人体模型に魔力を送り込むと、模型が喋った。

佐藤はるお『無理して苦しくなってもフォローするから、たまには冒険してみてね』
カトレア 「………」

 ぽかんと、驚いたまま動けなくなった。
 けれどそれがヒロミツさんの声で、危なくなったら支えてくれるというのだから、段々と驚いてしまった自分や喋る模型がおかしくなって、わたしは笑った。声を出して、淑女らしからぬ声で……そう、まるで少女のように。
 姉さまが何事かとこちらを見るが、笑うわたしを見て少し呆れた表情になると、苦笑を見せながら溜め息を吐いた。

カトレア(…………ありがとう)

 言葉にはせず、ありがとうを唱えた。
 あんな表情も、燥ぐ姉も、楽しそうな小さなルイズも、見るのはとても久しぶりだった。
 自分の病気が治るとも思っていなかったし、自分がこんなふうに笑えるなんて知りもしなかった。

カトレア「……ふふっ」

 だったら、もう少しわがままになってもいいだろうか。
 迷惑をかけてしまった自分だけど、こうなると欲しいものがいっぱいになってしまった。
 病から、いくらラ・ヴァリエールの娘だからといって、結婚は諦めなさいと……父に頂いたラ・フォンティーヌの爵位も返上して、ようやく自分はラ・ヴァリエールに戻れた。
 遅くはあるが、結婚だって出来るだろう。
 けれど、病が治った途端に掌を返す人となど、一緒になりたくはない。
 最初から態度を変えず、怒りもするし心配もしてくれて、普通に扱ってくれた人がいい。
 なにより、家族を大事にしてくれて、自分も大切にしてくれる人が。

カトレア(贅沢かしら)

 思ってはみるが、困ったことに当てはまる人が居てしまう。
 その人は自分の知識を姉に教え、コルベールという学院の先生を紹介している。
 コルベールさんが作った“ヘビくん”を説明するヒロミツさんは、とても楽しそうだ。

カトレア「………」

 そんな、少年のようで、わたしたちよりも長生きし、わたしたちより辛い思いを散々としてきた人をじっと見る。
 彼には好きな人が居た。彼には好きな人が居る。きっと、彼に惹かれた人は、それを知りながらも一緒にいたいと思っている。それは、たぶんわたしも。
 結婚だけが全てではないのだから、せめて一緒に居るくらいは許されたい。
 なんとなく寂しくなって、それを彼自身に言ったら、なんとゲンコツをされてしまった。

中井出「家族が一緒に居るのに許すもなにもあるか! 怒るぞ!?」

 ……そういうことらしかった。
 ゲンコツなんて、きっと初めて。
 痛くて、言われた言葉が嬉しくて、気づけば頭を押さえながらポロポロと泣いていた。
 すると姉さまやヒロミツさんが急におろおろし始めて、心配してくれる。
 ああ、ほんとうに……なんて温かいんだろう、ここは。
 ただ大事にされるだけじゃなく、一人の人として、家族として大事にされる。
 そんな普通なことが、ただただ温かい。手放したくないと、そう思ってしまう。
 だから、

ルイズ「ちちちちちぃねえさまを泣かせたわね!? 泣かせたわねぇえええっ!!?」

 そんな温かさの中、ルイズが窓を爆発させて飛び降り、ものすごい形相でヒロミツさんに飛び掛かった時は本当に驚いた。

中井出「泣かせたがどうしました! 彼女はとてもひどいことを言ったのだぞ!
    それを教え、尚且つ受け止めてやらずに何が家族!!
    他の家族の事情など知らん! ここではこれが然であり全である!!
    だから怒ったキミも実にベネ!! いい子だ! よーしよしよしよし!!」
ルイズ「《わしゃわしゃぐりぐり》ひゃぁああぅぷぷぷ!!?」

 ルイズが捕まり、向きを変えられ、後ろから抱き締められて頭を撫でられ続けている。
 するとあれだけ怒っていたルイズが大人しくなり、顔を真っ赤にして俯いた。

カトレア(……そう、褒められることに慣れていないのね、ルイズは)

 違う。それはきっと、わたしたちも同じこと。
 ここでは誰もが褒められて、誰もが叱られる。
 当たり前のことが当たり前としてあって、でも……いつしかわたしたちの中では当たり前ではなくなったものが、そのまま残っている。
 あの気難しさで知られる姉がとろけてしまうのも、解る気がした。
 “さすがですな、ミス・ヴァリエール”とアカデミーで言われるのと、“よくやったな、エレオノール”と頭を撫でられるのとでは、得るものが違うのだから。

エレオノール「おちび! 子爵の屋敷の窓を破壊するなんて、なにを考えているの!」
ルイズ   「《グミミ……!》いひゃひゃひゃひゃ! ひゃぁあぅいいい〜〜〜っ!!」

 頬が引っ張られ、ルイズが痛そうな声をあげる。
 すぐに止めに入るけど、二人の間には以前ほどの威圧や恐怖は感じない。
 もちろん、威圧が姉で恐怖が妹。
 これも、この領地に来たお陰なんだろうなって思ったら、涙は滲んだままだけれど、笑みが浮かんだ。

カトレア(伯爵になったら婚約……か)

 父さまが仰ったこと、少し考えてみようか。
 周囲の女の子達はきっと反対するだろう。
 でも、そんなみんなも、“自分が彼と一緒になれる”とも、きっと本気で思っていない。
 それでも一番近くに居たいと思えてしまうのだ。
 自分の性別のことながら、女性というのは難しい。

カトレア(けれど……)

 自分が彼と一緒になれる。そう本気で思っている人も、きっと居る。
 ここでは欲張りなくらいが丁度いいのかもしれない。
 わたしも、病気ではあったけれど女だから、子供の頃は王子様に憧れたことがある。
 病気の子を救いに来る王子なんていないと気づいたのは、いつだっただろう。
 好き好んで病気の女性を貰う人など居ないと知ったのは、いつだろう。
 ぽろぽろと夢が掌から落ちていくのを感じると、いつの間にか望むものが少なくなり、わたしは“落ち着いた女性”になっていた。
 そんなわたしを慕う妹が居る。そんなわたしを出来た子だと言う家族が居る。
 それが、たまらなく辛かった自分が居た。

  ……彼はわたしの王子様? 病気だったわたしでも、迎えにきてくれただろうか。

 そんな無粋なことを考えて、頭を振る───おうとした時。

中井出「というかね、きみ。なんだってそうカトレアのことになるとムキになるの」
ルイズ「ち、ちぃねえさまは幸せにならなきゃいけないのよ!
    だから病気が治ったからって掌返して寄ってくる貴族なんか追い払わなきゃだし、
    あ、あああ、あんただってもしかしたら病気じゃなくなった途端、
    ちぃねえさまを好きになったりとかするかもしれないじゃ《ごすっ》きゃぅん!」

 ゲンコツが落ちた。
 次いで、馬鹿じゃなかと!? という声。

中井出「人を好きになるのに病気もなにも関係あるかい!
    俺は差別が嫌いだ! 好きになったら病気だろうと瀕死だろうと好きになるわ!
    あ、で、でも相手が僕のこと嫌いだったら意味ないよね?
    なら頑張って治して、それからのキミに乾杯と、クールに去ります。泣きながら」
ルイズ「全然クールじゃないじゃない……」
中井出「う、うるせー! 心が寒くなってんだよ! クールなんだよ! ほっといてよ!」

 ……無粋どころの話じゃなかった。
 言葉の意味を受け取ったら、子供の頃に会えてたら、どれだけ救われただろう、なんてことを考えた。
 ……うん。なんかもう、いいって思えた。
 受けよう、婚約。問題が起きても笑って、そんな問題すらも楽しもう。
 ここは差別を嫌う場所。我が儘だって、いいんだから。
 女性としての人並みの幸せを、せめて彼が居るうちだけでも噛み締めていよう。
 次第に騒がしくなる姉と妹と中井出を見て、カトレアはくすくすと笑う。
 そんな時、エレオノールが怒鳴ろうとした瞬間、それは起こった。

中井出   「はいストップ! 頭ごなしはいけません!」
エレオノール「《がばぁっ!》ひゃんっ!?」
ルイズ   「《すぱぁん!》ひゃあっ!?」

 エレオノールが抱かれ、ルイズが足払いされ、次の瞬間には中井出の膝に頭を乗せ、寝かせられていた。
 すぐに起き上がろうとしたが、ぴしゃりと額を叩かれると、二人は動かなくなった。

中井出 「まったくもう。喧嘩はいいですが、
     ちゃんと叫んだらどうなるかを考えてからにしましょうね?
     カトレア、うるさくしちゃってごめんな? ゆっくり集中してくれーい」
カトレア「まあ」

 言うだけはあるというか、二人は本当に静かになってしまった。
 ルイズが何かを言おうとするが、頭を撫でられると口を閉ざした。

中井出   「昼寝にしましょうか。どれ、子守唄のひとつでも」
エレオノール「う……もう、また子供扱いして」
中井出   「む。じゃあ意外性をついて、勇気の歌でも」
ルイズ   「勇気の歌?」
中井出   「そ。ブレイブ。猛者知識からの歌だけど、結構好きでさ」
エレオノール「勇気の……」

 静かになった二人を膝に寝かせ、中井出は月奏力で音楽を奏でながら歌を歌う。
 二人は静かにそれを聴き、カトレアもまた、声を出さずに聴いた。
 しかし……

ルイズ   「あれ……?」
エレオノール「……? ……おかしいわね」
カトレア  「……どこかで、一度聴いたような……」

 三姉妹は首を傾げる。
 しかし中井出は歌い続けた。
 結局はカトレアはその歌を聴いている間は集中することが出来ず、中井出はすまんかったァアア!と叫ぶように謝った。 
 歌のことを改めて訊くと、「え? 僕の世界の歌だけど、なに?」と返される。
 どうしてそれを聞いたことがあると思ったのか。
 三姉妹はやはり首を傾げ、しかし思い出せないままに、アンコールを頼んだ。




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