33/炎の贖罪

 一方の、トリステイン王立魔法学院。
 中井出らが上手くロサイス入りを果たした夜だった。
 どしゃり、と二つの塊が地面に落ちる。
 数秒前まで人だったものだった。

「こいつら、女ですぜ。しかもまだ若ぇ。こりゃあもったいねぇことをしやしたね」

 銃士隊の亡骸を、下衆な笑いをこぼしながら見下ろす男。
 その横を興味無さそうに歩くのは、屈強な体にマントをつけた、右目には眼帯、左目側には大きな傷の痕がある、怪しげな男だった。

「オレは昔の貴族のような、男女差別論者じゃない。平等に、死を与えてやる」

 にぃ、と歯を覗かせて笑う。

「貴族のガキどもを殺しちゃだめですよ、隊長。人質にするんですから」
「それ以外は殺してもいいんだろう?」

 杖をいじりながら楽しげにくつくつと笑う男。
 名を、メンヌヴィルといった。
 隊員の一人が地図を広げ、行くべき場所を三つに絞る。
 本塔、寮塔、そして、銃士隊が駐屯している目の前の塔。
 雇われた傭兵である彼らが命じられたのは、人質を手に入れること。
 学院の生徒大勢を人質に取り、この場にアンリエッタか枢機卿でも呼べば、有意義な交渉が出来る。それを狙ってのことだった。

メンヌヴィル「………」

 クッ、と笑い、静かに歩く。
 寮塔へ。
 今頃生徒たちはのんびりとお休みしている頃だろう。
 人質はいい。それ以外はどう燃やしてくれようか。
 ああ、燃やすことを意識すると、目が疼く。
 会いたくて会いたくて、恋焦がれている。
 何処に居るんですかい、隊長。オレはこんなにも会いたいというのに。こんなにも、燃やしてやりたくて疼いているというのに。
 思考のたびにクックと笑いながら、彼は歩いた。
 静かに、気取られることなく。
 寮塔へ行き、賊が入ってきたことを知ると、貴族の女たちは抵抗するそぶりすら見せず、ガタガタと震え上がって動かなくなってしまった。
 抵抗のひとつもしない相手に少々拍子抜けをしたメンヌヴィルだったが、隊員に指示すると、全員から杖を奪った。

隊員「へっ、さっすが貴族のお嬢様方。べっぴんさんの多いこと」

 アルヴィーズの食堂に集められた生徒の数、およそ九十人。
 それら全てが後ろ手に縛られており、女ばかりの教師や、生徒たちは怯えるばかり。
 生徒を捕らえられてはさすがに抵抗できなかったオスマンも、既にそこに居た。
 オスマンは自分だけが人質になろうと訴えたが、メンヌヴィルはこれを却下。
 人質は多いに越したことはなく、じじい一人と戦争の勝敗ならば、戦争を選ぶのが国というもの。オスマンは口惜しそうに溜め息を吐いた。

メンヌヴィル「べつに、無闇に騒がなければなにもしないさ。
       お前らは大事な人質だ。交渉材料というものだからな。
       だから───おいそこの女。黒こげになりたくなかったら黙れ」

 泣いていた一人の生徒が、ひくっ……と、涙を止めた。
 嗚咽が漏れそうになるが、無理矢理に。

メンヌヴィル「そうだ、それでいい。聞きわけがいいやつは嫌いじゃない。
       まあ、嫌いじゃなかろうが、燃やした時の気持ちは変わらんだろうがな」

 にやりと笑うと、その笑みを見た生徒は、ひぃ、と声を漏らした。

メンヌヴィル「じじい。学院の連中はこれで全部か?」

 オスマンは頷いた。

オスマン「そうじゃ。これで全部じゃ」

 それを聞いて満足に笑ったが、銃士隊が駐屯していた場所を担当した傭兵が戻ってこないことに気づいた。
 いくらなんでも遅すぎる。
 手間取っているのか、とも思ったが、手間取るくらいならば戻って応援要請くらいはする筈だ。ならば───……そう思った時、「食堂にこもった連中! 聞け! 我々は女王陛下の銃士隊だ!」……そんな声が響いた。
 なるほど、失敗して捕らえられたか殺されたか。
 そんな結論を出しても、隊員の中に顔色を変える者など居ない。
 傭兵とはそういうものだ。

メンヌヴィル「ちっ、じじい。全部じゃねぇじゃねぇか」
オスマン  「学院の連中、じゃろ? 銃士隊は数に入れておらんよ」

 メンヌヴィルはオスマンを睨み、「たぬきが」と吐き捨てて出入り口を睨んだ。

……。

 出入り口に控えたアニエスは、食堂へ向けて怒声にも似た声で警告をする。
 こちらは一個中隊で包囲している、とハッタリをかましてまで。
 本当は十人程度だというのに。
 食堂から笑い声と、「一個中隊居たところで、相手が銃士隊ならば怖くもないわ」という言葉。アニエスは唇を噛んだが、事実をありのままに投げた。貴様らの仲間はその銃士隊に負けたのだと。
 それでも反応は笑い声ばかり。
 それどころか、投降しろと言ったところで受け入れもしない上、「これから楽しい交渉の時間が始まるのではないか」と言う。

メンヌヴィル「ここにアンリエッタか枢機卿を呼んでこい!
       もし呼ばず、兵を呼べばその数だけ生徒を殺す!
       呼ぶか見殺しにするか! 貴様らに出来るのはそれだけだ!
       5分くれてやるが、呼ばない場合は1分毎に一人ずつ殺す!」

 またも、ひぃ、と声が漏れた。
 それは、この男なら絶対にそうするという、平和に生きてきた者でも解るくらいの“焦げ臭い匂い”がしたからだった。
 こうなるとアニエスは押し黙る他なかった。
 なにかいい策はと考えるが、焦りが思考の回転を鈍らせた。
 そんなアニエスへ、一人の男がそっと歩み寄る。
 コルベールだった。

コルベール「何事ですか、隊長殿」
アニエス 「顔を出すなっ……!」

 食堂を覗いたコルベールだったが、すぐにアニエスに引っ張られ、引き戻された。
 しかし、一瞬に見た食堂に居た巨漢の男。
 その顔を見た時、コルベールの顔は真っ青になった。そのままにアニエスに追いやられ、食堂前の通路で天を仰ぎ、手で顔を覆った。

キュルケ「ねえ、銃士さん」

 そこへ、いち早く賊の気配に気づき、寮から抜け出ていたキュルケとシャルロットが辿り着く。
 アニエスは二人が生徒であることを確認すると、「よくもまあ無事だったものだ」と感心した。蒼髪の生徒に見覚えがあったが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

キュルケ「あたしたちにいい計画があるの」
アニエス「計画?」
キュルケ「早いとこ皆を助けてあげないとね」

 キュルケはアニエスに計画を話した。
 計画とはこうだ。
 風船を用意し、その中にたくさんの黄燐を入れる。
 シャルロットの風でそれらを食堂へと飛ばし、キュルケが発火で燃やし、爆発させる。
 黄燐が放つ光で相手の目を眩ませて、その隙に一網打尽。
 そういったものだった。

コルベール「よしなさい、危険すぎる」

 アニエスも頷いた作戦だったが、コルベールは危険だと待ったをかけた。
 今度こそキュルケは軽蔑の眼差しでコルベールを見て、一瞥をくれると興味を失ったかのように実行に移った。臆病者は黙って見ていればいいとでも言いたげに。
 時間がないのだ。迅速にしなければならない。

コルベール「…………私は……」

 コルベールは俯き、後悔の表情を浮かべたまま、自分の両手を見下ろしていた。

……。

 5分が経過し、メンヌヴィルがのそりと椅子から立ち上がった。
 「時間だ」───そう告げられ、生徒たちは身も凍る思いだった。

メンヌヴィル「さあ、誰から燃やしてほしい? お前らに選ばせてやる」

 燃やす対象である生徒に訊くというひどいことを、やさしげな笑顔で言う。
 オスマンはたまらず「わしにしなさい」と言うが、鼻で笑われ、却下された。

メンヌヴィル「お前は大事な交渉材料だ。
       お前一人と、これだけの人質が居るから、
       女王陛下様も枢機卿殿も頷きたくないことを頷くんだ。そうだろう?」
オスマン  「くう……」

 オスマンは目を伏せ、悔しがるほかなかった。
 やがてメンヌヴィルが生徒たちに向き直った……その時。
 ふわふわと風船が飛んできて、それに意識と視線が集中した途端。
 それが急に破裂し、眩い光を生んだ。
 直視したものは悶絶ものの閃光だ。
 直後に銃士隊がマスケット銃を手になだれ込み、キュルケとシャルロットもそれに続いた。すぐに制圧して全てが終わる。キュルケは、その結末を信じて疑わなかった。

  ───自分の目の前に、炎の塊が飛んでくるまでは。

 直撃を受け、キュルケとシャルロットは吹き飛ばされた。
 銃士隊はマスケット銃の火薬に火が引火し、爆発、吹き飛んだ指を押さえながらのた打ち回っていた。

キュルケ「な……に……? なにが、……おき、たの……?」

 視界が定まらない。
 炎は自分を燃やさず、直前で爆発し、自分を吹き飛ばした。
 お陰でおかしなところを打ったらしく、視界が定まらない。
 そんな中でも青い髪は目について、ぼやけた視界の中でよろよろと立ち上がろうとして、頭を強く打ったのだろう、再び倒れる姿を見た。

キュルケ「タバ───っ……」

 杖を探す。
 吹き飛んだ拍子に手放してしまったそれは、少し離れた位置に落ちていた。
 床を張って拾おうとしたが、それをメンヌヴィルに拾われてしまう。

メンヌヴィル「残念だったな」
キュルケ  「っ……あなた……いったい、どうして……」

 周りを見渡せば、賊はおろか生徒まで視界を奪われ、苦しんでいた。
 だというのに目の前に立ち、倒れた自分を見下ろす相手はにやにやと笑うだけ。

メンヌヴィル「知っているか? 蛇は温度で得物を見つけるそうだ」
キュルケ  「……? ───! あなた、もしかして……!」

 メンヌヴィルは、首こそキュルケを見るために傾いている。
 しかし、眼球はずっと食堂の壁を見ていた。つまり、動いていなかった。

メンヌヴィル「オレはな、炎を使ううちに随分と温度に敏感になったんだ。
       目を焼かれた日からは余計にさ。
       もはや、どんな高温も低音も正確に温度を当てられる。
       蛇のように、温度で人を見分けられる。
       ……クハハ、今、怖がったな? 解るぞ、人は恐怖でも温度が変わる」

 キュルケは寒気が全身に染み渡るのを感じた。
 “これ”は普通じゃない。
 火メイジにはどうしても付き纏う、火独特の香りというものがあるが、“これ”からは焦げた匂いしかしない。それも、普段嗅ぐ事のない、出来れば嗅ぎたくもない種類の焦げた匂いしか。

メンヌヴィル「お前は今まで何を燃やしてきた? 火のメイジよ。
       今度はお前が燃える番だが、なにか言い残すことはあるか?」

 それは、恐怖だった。感じたこともないほどの恐怖。
 匂いがその根源となってしまっていて、それがこの食堂を支配している事実に、キュルケは震えるしかなかった。
 呼吸がしたい。この匂いがしない明るい空の下で。
 ただそれだけを願った。
 たすけて、たすけて、と心が怯え、メンヌヴィルから、この匂いから少しでも逃げるため、倒れた体を起こして逃げようとした。……立てなかった。恐怖のあまり、腰が抜けてしまっていた。
 近付くメンヌヴィル。近付く匂い。
 目の前の恐怖の象徴の杖に炎が集束してゆくのを見て、とうとう涙を溜め、「やだ……」と少女のようなか細い声を漏らした。
 メンヌヴィルはそれを耳にし、ぎしぃと口を歪ませて、たまらんと呟く。
 どんな匂いを放つか。人の焼ける匂いはたまらない。
 そんな“危険”が、とうとうキュルケへ向けて放たれた時。
 キュルケは目を瞑り、───しかし、突然吹き荒んだ風に驚き、薄目を開けた。いや、開けようとした。その前に気づいたことがあって、涙はその安心感からぽろぽろとこぼれた。
 焦げた匂いがしない。
 突然の風が吹き飛ばしてくれたのか、代わりに香ったのは、散歩でもしている時に嗅げるような、なんでもない……けれど落ち着けるもの。
 そう。
 森の中の、ひなたの香りだった。

キュルケ「あ……」

 涙で滲む視界の中、目の前に自分を庇うように立っている人が居るのに気づく。
 ごしごしと涙を拭い、見上げてみれば……態度や在り方が気に入らず、馬鹿にばかりしていた平民が立っていた。

中井出『やあ《どーーーん!》』

 ソレは、今の状況をなんでもないように捉えるかのように、なんとも普通な挨拶をした。
 けど、その声がどうしてかブレて聞こえる。

中井出『約束通り、キミの危機を救いに参上しました。
    まあドッペルだけど、ドッペルな分、マナの最大量に左右なんてされないから』

 ソレは、片手に異様だと思えるくらいに大きく、異様だと思えるくらいに美しい剣を持っていた。
 ひと目で、あれは人が振るえるものなんかではないと解るもの。
 そんなものを持ったソレが、立ち上がれないキュルケを安心させるように微笑み、同じ目線になるように屈み、やさしく頭を撫でた。

中井出『怖かったろ。もう大丈夫だ』

 キュルケの周囲が緑の香りで包まれる。
 その安心感だけで、キュルケは心の底から深い呼吸をした。肺の中から、あの焦げ臭さを無くすために。
 だが、メンヌヴィルは戸惑うばかりだった。

メンヌヴィル「なんだ……? なんだ、お前は。温度もないのに何故喋る。
       魔法物の類か……!?」

 ドッペルゲンガーは姿こそあるが、体温がなかった。
 だからこそ、温度で全てを知ろうとするメンヌヴィルは戸惑い、焦った。

中井出   『まあ、マジックアイテムではあるかね。
       持ち主の心に呼応して発動する魔法の入れ物みたいなもんだ。
       ちなみに作者はコルベール先生』
メンヌヴィル「コル……?」

 メンヌヴィルが呟いた瞬間、彼の杖は切断され、それに気づいた時には両手両足の腱まで切断されていた。
 立っていられなくなり、ぐしゃりとその場に座る。

中井出『危険は潰すよ。殺す気でいたなら、覚悟……出来てるだろ?』

 その顔面目掛け、容赦なく巨大剣の突きが放たれた。
 …………が。その剣がメンヌヴィルの顔面を貫くことはなかった。

中井出   『……シャル?』
シャルロット「〜〜〜……言ったはず。あなたにはもう、殺させ、ない……」

 急に立ち上がったからか、回復していなかったからか。
 シャルロットは息を荒げながらも、中井出を羽交い絞めにしていた。
 といっても止められるほどの力は無く、羽交い絞めというよりは抱き付いているカタチになっていた。
 剣を止めたのは、ようするにシャルロットに止められたからだった。

コルベール「……そうだ。キミはもう、手を汚すべきではない」
中井出  『コルベール先生……』

 ドッペルゲンガーだからいいというものでもないだろう。
 コルベールはそう続け、立てずに、崩れた正座のようなかたちで座り込むメンヌヴィルの前に立った。

メンヌヴィル「……おお、おお! お前は! お前は! お前は!
       捜し求めていた温度だ!
       お前はコルベール! コルベールの声ではないか!」

 腱を切られたというのに歓喜に顔をゆがめ、メンヌヴィルは別人のように喚いた。

メンヌヴィル「忘れたか! オレだ! メンヌヴィルだよ隊長殿!」

 隊長殿、という言葉に、ようやく目が視界が戻り始めていた生徒に動揺が走る。
 その動揺の中から“コルベール先生”という言葉を拾い、メンヌヴィルは笑った。

メンヌヴィル「なんだ隊長殿! 今は教師なんぞをしているのか! あの隊長殿が教師!
       炎蛇と呼ばれたあなたがか! こんなにおかしなことはないぞ!」
コルベール 「……貴様」

 コルベールの瞳から、優しさが消える。
 現れたのは、どこまでもドス黒い、光のない目。
 ……その目を、中井出はよく知っていた。
 後悔の道をひたすらに歩いた者の目だった。

メンヌヴィル「クハハハハ! 何も知らぬキミたちに教えてやろう!
       この男は炎蛇と呼ばれた炎の使い手だ!
       特殊な任務を行う隊の隊長でな……クックック。
       扱う炎は、オレの知る限り最高に凄まじいものだ。
       なにせオレの目も焼かれたのだから!」

 生徒に再び動揺が走る。
 壁に叩きつけられ、呼吸が安定せずに立てなかったアニエスも、その言葉に動揺する。

メンヌヴィル「だがまだ脳裏に焼きついている! あれが最後の光景だ!
       ダングルテールが劫火で燃え尽きる様は、思い出すだけでも身震いする!」

 手が動かない腕で身振りをし、その興奮を伝えようとする。
 その言葉に一番の衝撃を受けたのは───アニエスだった。

アニエス  「ダン、グル……!? テール、だと……!?」
メンヌヴィル「そうさ! 隊長殿の火は凄まじい! 心まで震えた!
       震えたら我慢できずに攻撃しちまったのさ! それがこのザマだ!」

 メンヌヴィルは自分の目を指差そうとしたが、手は動かなかった。
 そんなことまでもが可笑しくて、メンヌヴィルが笑う。

中井出  『コルベール先生……』
コルベール「……事実だよ。私は人を殺した。焼いたのだ、この手で、己の炎で。
      命令とはいえ、なんとむごいことをしたのだろう。
      私はずっと、王国の杖だったのだ。
      命に従うことこそが正しい貴族の在り方だと、本気で思っていた」

 杖を、ぎり、と握る。
 メンヌヴィルはコルベールの話をまるで、心地の良い音楽を聞くかのように上機嫌だ。

コルベール「だが。罪無き人々が住まう町を燃やした時、それが間違いだと気づいた。
      私は……いや。人とは、貴族平民である前に、一人の人間なのだ。
      権力があるから、力があるからといって、罪無き人を殺していいわけがない。
      ……そうだろう? ミスタ・ヒロミツ」
中井出  『……うん。解る。でも、そこまでいかなきゃ気づけなかったあなたが、
      俺には悔しくてたまらない。どうか、焼く前に気づいてほしかった』
コルベール「……そうだな。キミの言う通りだ。先に立つ後悔などない。
      だからこそ私は、一人でも多くの者を幸せにするために研究に打ち込んだ。
      贖罪になればいい。そう思ったからだ。いや、“義務”だ。
      私はそうしなければいけない。だが───」
中井出  『晴れないよ。その思いは、絶対に晴れない』
コルベール「だろうね。経験したきみが言うんだ、
      私は死ぬまで義務を果たし続けるだろう」

 コルベールは天を仰いだ。
 後悔のみが渦巻く表情……だったが、次の瞬間には驚愕とともに目が見開かれた。

アニエス 「贖罪!? 義務!? ふざけるな! 晴れるものか! 晴れてたまるか!
      貴様は……貴様は私の仇だ!
      貴様が! 貴様がダングルテールを! 私の家族を燃やしたのか!」
コルベール「……アニエス君。では、きみは……」
アニエス 「ああそうだ! あの町の唯一の生き残りだ!
      二十年……二十年貴様を探し続けた! 必ず復讐してやると!
      計画をしたリッシュモンに復讐し、あとは実行した者だけだった!
      それが貴様か! こんなにも近くに居たというのか!!」
コルベール「………」
中井出  『……そういうことかよ……姫ちゃん』

 中井出は頭を掻いた。ガリガリと。
 教えたがらないわけだ。
 コルベール自身もオスマンに雇われたのなら、それまでの事情も話しているだろう。
 王立学院ならば、その話はアンリエッタの知るところだったかもしれない。
 だからこそ、アニエスが話すのならと言ったのだろう。

コルベール「私は、自ら死を選ぶことを良しとしない。
      だが、そんな私を殺しても許される者が居る。……貴官だ。
      貴官だけが、私を彼らの慰みのために殺すことが出来る」
アニエス 「ああそうだ! 殺してやる!
      貴様を、貴様を殺すために私がどれだけ!」

 ふらつく体を無理矢理起こし、アニエスは剣を手にした。
 殺してやる。
 頭の中はただそれだけしかなく、生徒の視線があることすら忘れていた。
 だから、気づかなかった。
 生徒と同じく、視力を取り戻し、魔法を詠唱した傭兵メイジが自分を狙っていたことに。
 魔法は、ひどくあっさりと放たれた。
 アニエスはコルベールしか見ていない。
 それに気づいたコルベールは駆け、アニエスを庇おうとした。
 だが、アニエスは急に動いたコルベールを見て、それを抵抗と受け取った。
 “なにが殺す権利だ”───頭の中で吐き捨てて、彼女は……剣を突き出した。
 何本ものマジックアローが、ゾンゾンゾンッ、と突き刺さる。
 ギャリンッ、と重い金属が落ちる音がして、アニエスは目を見開いた。

アニエス「…………なぜ」

 自分はコルベールに庇われていた。
 剣は、誰がやったのか柄から先が折れ、床に重苦しい音を立てて転がる。
 魔法の矢の前に立った男はどしゃりと力無く倒れ、その一方でアニエスは、目の前にあるものを見て、目を疑っていた。

アニエス「なぜだ……なぜ、お前の肩に、この火傷が……」

 魔法の矢が破いたマントの先。
 コルベールの肩には、引き攣れたような火傷の痕があった。
 アニエスは幼い日、自分を助けた者のことを思い出した。
 背に抱えられ、目を開けたアニエスの目の前には、この火傷と同じものがあった。
 違うところといえば、少し色が変色した程度のもの。

アニエス 「……なぜ、私を助けた。なぜ、あの日、わたしだけを生かした」
コルベール「………言ったろう。私は、気づくのが遅すぎたんだ。
      一人でも生きていてくれて、嬉しかった。そして、申し訳なかった。
      だから……いつかあの子が成長し、私を殺そうとするのなら、
      受け入れようと思っていた。
      その時がくるまで、ずっと一人でも幸せにしようと研究に打ち込んだ。
      けれど……私は火メイジなのだ。
      生徒に破壊の象徴とさえ言われてしまう、火を司るメイジなのだ」

 だから、破壊ばかりが火の見せ場ではないことを教えたかった。
 いや、もしやすれば、自分こそがその場所を探していたのかもしれない。
 コルベールは、嗚咽が混ざったような声で懺悔する。
 アニエスは、それでも怒りが治まらない。殺せば、仇をとればきっと晴れる。
 そう思っているのに、刃を拾い、突き立てれば全てが終わるというのに。
 どういうわけか、その腕は動かなかった。
 そうこうしているうちに、傭兵メイジは復活したシャルロットや、縄から解放されたオスマンら、そして無事だった銃士隊によって制圧された。
 メンヌヴィルだけが笑っており……魔法の矢を受け切った中井出はキュルケに抱かれ、ドッペルゲンガーとしての生命を終わらせようとしていた。

キュルケ「ちょっと! ちょっと、しっかりして! ねぇ!」
中井出 『フフフ……わ、悪くないぞ、キュルケよ……。
     女に看取られ、死にゆくというのは……。
     お、俺は……ずっと見送ってばかりだったから……』
キュルケ「え……? なに……? どういう、どういうこと……?」
中井出 『俺は、所詮ここまでの存在だったが……きみの危機を救うことが出来た……。
     俺はやり遂げることが出来た……それが勝利なんだ……それが……。
     気にするな、ジョルノ……これでいいんだ、これで……』
キュルケ「ねぇっ! しっかり! っ……ジョッ……ジョルノって誰よぅ!」

 ソレがドッペルゲンガーとは知らないキュルケは、自分を助けに来たために尽きようとしている命を、涙を流して抱き締めていた。
 すぐに賊を片付けたシャルロットも駆け寄り傍に屈むが、ひと目見て理解した。
 これは、普通ならば助からない重症だと。

中井出   『はぁっ…………シャル……そこに、居るかい……?』
シャルロット「居る。……なに?」
中井出   『よし、シャル……よぅくお聞き。
       今、艦隊はアルビオンのロサイス入りを、無事に果たした……。
       着陸出来ずに戦闘体勢を取りきる前だったら、
       相手にいいように削られただろうが、
       こうして設備が充実した空軍基地で構えることが出来た。
       これから敵も慎重になって、そう簡単に攻め入ってこないだろう……』
シャルロット「……そう」
中井出   『このままいけば、数で勝る我らが勝てるかもしれん。
       だが、戦局とはどう覆るかは解らぬもの……。
       だから、お前に遺言を残しておこう。きちんと、聞き取ってくれ』
シャルロット「……遺言ではないのなら、聞く」

 ドッペルゲンガーとは解っていても、大切な人が傷つき、弱々しく喋る姿を見て、シャルロットは冷静に見えてはいたが、心の中は相当に不安でいっぱいだった。
 苦笑を漏らす中井出が、シャルロットの頭をくしゃりと撫でた。

中井出   『これからは、多分総力戦になる。敵国に乗り込んでの戦いだ。
       こっちは負傷者が出たから人員交換、なんてことは出来ない。
       だから、ヘタうって捕まりでもしたら、今の俺じゃあ絶対に帰れない』
シャルロット「───! すぐに行く! あ、あなたは、わたしが───」
中井出   『いいから。聞きなさい。
       ……もし総力戦になっても、このままならトリステインが勝てる。
       ただな、こうして順調に進む戦いで、
       いいことが起こった試しなんてほとんどない。
       “このまま”が崩れたら、敗戦なんてことも考えられる。
       そして……船でトリステインに戻るための時間稼ぎは、
       きっと“姫ちゃんからの信頼が厚い実力者”の俺達がすることになる』
シャルロット「そんなこと、させない……!」
中井出   『……ふふっ……ありがとな、シャル。
       でも、もしそうなっても……才人とルイズだけは絶対に逃がすから。
       俺は捕まってもアレだから。ブリミル教に嫌われるような存在だから』

 アレという言葉に不老不死の四文字を乗せ、中井出は小さく笑う。
 だからと続け、もう一度シャルロットの頭を撫でた。

中井出『才人とルイズが無事に逃げられて、もし俺が帰れない状況なんてものが出来たら、
    俺の代わりに才人を領主に置いてくれ。
    もちろんこの博光、生きることを諦めるつもりも、
    今の生活を捨てるつもりもまったくない。
    だが、“もしも”が起こった時には……ヤツを、───』

 中井出の体が、静かに粒子に変わってゆく。
 緑色の輝く粒になっていく中井出を前に、キュルケはもちろんシャルロットも思わず息を飲んだ。すぐに頭を撫でる手を両手で掴むが、一瞬感じられた感触のあと、それはフワリと粒子に変わった。
 消えた手を見て、慌てて中井出の顔を見ようとしたが。
 もう、そこにはキュルケしか居なかった。

キュルケ「な、に……これ……なによ、これ……」

 キュルケが消えた中井出の感触を探すように、何も無い空間で手を彷徨わせる。
 もちろん、なにもない。
 すぐにシャルロットに少し乱暴に訊ねてみるが、シャルロットは左手を左耳に当てたままに、視線を動かし続けるだけだった。
 ……中井出へと、メールを飛ばしていた。
 だが現在、中井出のナビは停止している。
 どれだけ送っても待っても返ってこないメールに、シャルロットは怯えにも似たなにかを感じていた。まるで、大切ななにかを失ったあの日のように。

シャルロット「………!?」

 そんな落ち着きの無い視界の先。
 息を荒げたアニエスが、とうとう折れた剣を拾うのが見えた。
 コルベールと対峙し、応急手当用の包帯だろうか……布を巻きつけた剣を手に、構えた。
 コルベールは動かない。
 一言二言のたびにアニエスは怒りを露にし、剣を握る手にも力が籠もる。
 そんな二人を前に、笑う者がひとり。
 メンヌヴィルだった。

メンヌヴィル「女。殺すという言葉を何度使えばお前は隊長殿を殺すんだ?
       いや、そもそもそれは俺の獲物だ。
       言葉ばかりで何もしない小娘にくれてやれるほど安くはない。
       解るか? 俺も二十年だ。まるで恋焦がれるように探した。
       そのために、あの日よりも倍以上に強くなったのだ」
アニエス  「黙れ! あの日、副長を務めた貴様も私の敵だ!
       人が燃える様を見て笑うなど! 家族が、町が滅びるのを見て笑うなど!」
メンヌヴィル「許さぬか? また殺してやるか?
       言うだけで即座に実行出来ないのは臆病者の証拠だ!
       そして、両手両足を切った程度で無力化が狙えると思うあたり、
       貴様らはぬるい! ぬるすぎるのだ!」

 言うや、メンヌヴィルは自分のマントのたるみに口を突っ込み、そこから予備の杖を取り出した。アニエスが驚愕とともに、「しまっ───」と悲鳴のような声をあげるのと魔法が放たれるのは、ほぼ同時だった。
 ……そう。ほぼ同時に放たれたソレは、メンヌヴィルが放つ炎などいとも容易く丸のみにし、弾けて消えた。
 メンヌヴィルが最後に感じたのは、コルベールから発せられる凄まじい殺気と。
 恐怖のあまり、一気に下がる自分の体温。
 そして、ぞぐ、と……自分の胸を突き刺す、アニエスの剣の感触だった。

……。

 ごとりと声も無く倒れ、メンヌヴィルは動かなくなった。
 生徒から悲鳴が漏れたが、こればかりは仕方がない。
 メンヌヴィルの心臓を貫いた剣を、アニエスはコルベールの眼前に突きつけた。
 コルベールは、やはり動かない。

キュルケ「ちょっとやめなさいよ! こんな時に、なに考えてるのよ!」

 キュルケはいい加減、そんな二人が許せなくなっていた。
 怒るのもいい。叫ぶのもいい。けれど、そんなことは皆を救ったあとでも状況が落ち着いてからでもいくらでも出来たはずだ。
 だというのにこんなやり取りが油断を招き、敵の魔法から人を庇い、人が一人傷ついたというのに。消えた理由は解らないが、それでもいい加減頭にきていた。

アニエス「こんな時だからだ……! 私がこの男をどれほど探したと思っている!」
キュルケ「それが理由!? そんなことが理由で油断して、
     魔法の矢が突き刺さった人が居ても知らない顔してたっていうの!?」
アニエス「あの男は特別だ! あの程度では───」
キュルケ「特別!? あの程度!? 冗談じゃないわよ!
     じゃあ特別じゃなかったら、あなたは今怒ってなかったとでも言うの!?」
アニエス「───っ、───!?」

 言われ、盲目的になっていたアニエスは、ようやく辺りを見渡すことが出来た。
 ところどころが壊れた食堂。
 転がる死体に、流れる血。
 自分を見つめる仇の男の視線と、怯えを孕んだ……生徒からの視線。

キュルケ「仇カタキって言ってるけど!
     あなたがいったい今までのその人の何を知ってるっていうのよ!
     それで自分の仇だけを討ってスッキリして、
     あなた自分が恨まれないとでも思ってるの!?」
アニエス「なに……? ふざけるな! この男は死んで当然の男だ!
     家族の、町のみんなの仇を討とうとしてなにが悪い!
     二十年……二十年だぞ!? 復讐だけを誓い、私は生きてきたのだ!
     努力し、平民から上り詰め、陛下の剣になった!
     全ては行動出来る力と、復讐のために───!」
キュルケ「じゃああなたは女王陛下様の命令に背くことが出来るの!?
     陛下の剣だなんて言ってるあなたが、
     罪無き人を殺しなさいと言われて、断りきることが出来るの!?」
アニエス「貴様、陛下を侮辱するか! 陛下がそのようなことを言うわけが───」
キュルケ「先生の王はそれを言ったってことでしょう!?」
アニエス「───!?」

 アニエスは言葉に詰まった。
 そう。アニエスはアンリエッタが王であっただけ幸せだった。ただそれだけだったのだ。
 王など様々。
 アンリエッタも最初は世間知らずの姫であり、世界を知らないままに王になった。
 そんな彼女だったからこそ平民を見下したりなどしなかったし、平民アニエスが騎士になるなどという例も挙げられた。
 ならば、そんな恩あるアンリエッタに、罪無き人を殺せと言われたならどうするのだ。
 殺さねば平民に落ち、復讐も果たせぬままに朽ちるだけだと言われたら?

アニエス「……、ア……」

 がしゃん。重い音を立てて、剣が落ちた。
 しかし認めるわけにはいかなかったのだ。認めてしまえば、自分は今までなにを希望にこの男を追って……。
 だが、ここで。生徒の前で彼を殺せば、自分は必ず生徒に恨まれるだろう。
 自分の中では町の皆の仇でも、他の者にしてみればやさしい教師なのだ。
 そして───仇とはいえ、無抵抗の男を殺したという事実はこの手に染み込み、消えることはないのだろう。
 ……この男が、光の無い目で自分の手を見下ろす時の気持ちを、今度は、きっと自分が背負うことになる。

アニエス「………」

 ある日に見た映像を思い出す。
 ウェールズ皇太子とマチルダ・オブ・サウスゴータの会話を。
 肝心な話は抜け落ちていたように思えたが、つまりはウェールズの父が自分の弟と、その直臣であるマチルダの親を殺したという話。
 ジェームズ一世はレコン・キスタによって倒れ、マチルダの父の仇は討たれた。
 だが、次はウェールズが憎む番だった。
 それが、連鎖というものだった。
 誰かが飲み込まなければならない、負の連鎖。
 それをウェールズは拳を握り締めて、受け入れた。

アニエス「……っ……私は……」

 自分にはそれが出来るだろうか。
 そんなことを考えて、男爵の過去の映像の中で知った言葉を思い出した。

  許せないのではなく、許さないだけなのだ。

 とても苦労することで、とても辛いことだけれど。人は許すことが出来る。
 ただそれを許せないと叫ぶのと、許したくないから許さないと叫ぶのとでは違うのだと。
 ウェールズ皇太子はそれを後者として受け取り、許すことが出来たのだ。
 辛くて苦しかっただろうに、受け入れた。何処かで鎖は断ち切らなくてはならない。
 私もきっと、この男がメンヌヴィルのような男だったのなら、人目など気にすることもなく殺していたのだろう。
 もっと人間らしい顔で笑っていたのなら、殺していたのだろう。
 どうしてこんな、光の籠もらぬ目をしているのか。
 それはきっと、男爵……いや、今は子爵だったか。
 彼の過去を見ることがなければ、知ろうとすら思わなかったことだろう。

アニエス「……、……っ……〜〜〜っ……!!」

 ギウウ、とアニエスは拳を握り締めた。
 歯を噛み締め、息をふぅ、ふぅ……と荒げた。
 あらん限りの憎悪を籠め、コルベールを睨みつける。
 コルベールは、全てを受け入れる覚悟を以ってアニエスを見つめ続けていた。
 ああ憎い。殺してやりたい。
 こんな思いを耐えられるのか? こいつが生きていることを許せるのか?
 こんな思いの先で笑っていられるウェールズを心底尊敬する。
 だが───……ああ、だが───……

アニエス「っ……」

 脳裏に、「お前の所為じゃないよ」と祖父に言われ、泣いた少年の顔が浮かんだ。
 “人の後悔”というものを……罪無き人を殺す後悔というものを背負い、生きた男の心を知る機会があった。殺した瞬間にどれだけ心の中で叫ぶかを、知る機会があった。
 ただそれだけ。
 ただそれだけの事実に、私は……二十年間憎悪を育んだ自分の感情の分だけ、二十年間後悔のみを抱き、それでも人々の幸せを願おうとしたこの男に同情した。哀れんだ。
 だからか、それとも他に理由があったからかは解らない。
 ただ、殺してしまうよりも、別の誰かの笑顔が見たい……そう思えてしまった。
 一人でも多くの人の笑顔を願ったと言った。
 なら、それを信じてやるのもいいのかもしれない。
 許したくはない。殺してやりたいが……自分にとってのアンリエッタが絶対であるように、目の前の男にとっては……その王こそが自分にとってのアンリエッタだった。
 そう考えると、許してしまいそうになる自分が悔しくて、アニエスは俯き、拳をきつくきつく握り締めた。
 許すことはしない。憎み続けよう。
 だが、殺さずに、せめて一生を皆の笑顔のために。

アニエス 「………………百……二十九人だ」
コルベール「うん……?」
アニエス 「百二十九人。覚えておけ。貴様はその十倍、いや、百倍は人に尽くせ」

 その言葉で合点がいった。
 しかし、コルベールは首を横に振った。
 カッとアニエスの頭に血が上り、人に尽くすという条件すら飲めないのか! と怒鳴りそうになったが───首を振るコルベールの悲しげな表情に踏み止まり、次の言葉で天を仰いだ。

コルベール「……百三十一人だ。妊婦の方が、二人居た」

 今度こそ、アニエスは止まらなかった。
 振るわれた拳がコルベールの頬を捉え、コルベールは食堂のテーブルの側面に背中から衝突し、床に倒れた。

アニエス 「〜〜〜っ……私はっ! ……私は……貴様を赦さぬ……!
      だが、ここで貴様を殺せば生徒たちは私を恨むだろう……!
      ……、……憎しみとは、連鎖するものだ……。私は、それをここで断ち切る。
      赦すことはしない。だが、殺しもしない。
      お前が人に尽くし、やがて死ぬまで、恨み続けるだろう」
コルベール「……アニエス君、きみは……」
アニエス 「私は……私は自分が情けない。赦せない。
      アンリエッタ様は私にとって絶対だ。あの方の命ならば、私は従うだろう。
      命令とあらば、からくり人形のように実行する。体が反応する。
      王の杖……貴様の言葉は、本当はよく解っていた。そして───」

 アニエスの目からは涙が溢れる。
 鉄の塊のような銃士隊の隊長は、人目を憚らずに涙を流していた。

アニエス「私は、貴様の言葉が理解できる自分が、ただただ赦せぬ……!」

 王の杖はかつて、町を焼いた。命令だった。
 王の剣である自分は、もし王がアンリエッタではなかったら、復讐を理由に罪無き誰かを殺していたのだろうか。
 復讐を理由に努力し、シュヴァリエにもなり、銃士隊隊長にもなった自分が出せる答えなど、きっと王に忠誠を誓った時から決まっていた。
 そんな自分がただ赦せず、彼女は泣いた。
 コルベールもまた、アニエスを見やり、次に自分の指に嵌まった炎のように赤い炎赤石(ルビー)を見下ろし、いつかを思い、涙した。


───……。


 才人とルイズは、ロサイスでの艦隊との合流のあと、天幕の中でコルベールに貰った書物を見ていた。
 ダータルネスに着く前にも読んだが、それはコルベールの発明により付加された兵器の説明だった。蒸気と魔法を組み合わせた、仕掛けで魔法を発動させるなんていうとんでもない装置だ。
 これには才人もルイズも驚き、ダータルネスで兵に襲われた時に発動させてみた。
 炎の矢がまるでホーミングミサイルのように竜騎士を落とし、二人は驚いた。ゴーファだった中井出にまで着弾し、二人は絶叫した。
 しかしそんな書物の一番最後に手紙が挟まっているのに気づき、こうして二人で読んでいた。中井出も誘ってみたが、「たぶんそれは才人に宛てられた手紙だから」と断った。

才人 「………」
ルイズ「………」

 ハルケギニアの文字が解らない才人に代わり、ルイズが朗読した。
 内容は、他愛の無い話から始まっていた。
 それは夢だったり懺悔だったり。様々なことが書かれていた。
 いつか魔法を、誰でも使える技術に還元したいということ。
 自分が大変な罪を犯してしまったこと。
 罪とは、購うことなど出来ないのだということ。
 どれほど人の役に立ちたくて立ち回ろうと、決して赦されることはないのだということ。
 そして、そんな自分のようになってしまわないために、戦いに、人の死に慣れないでくれ、という願い。

才人 「………」
ルイズ「続けるわよ」
才人 「ああ」

 ルイズが続きを読む。才人は黙って耳を傾けた。
 手紙にしては長い長い話だったと思う。
 ルイズの口から語られるコルベールの心情は、重くもありやさしくもあった。
 その手紙は、自分は才人の世界を見てみたいという言葉を最後に、終わっていた。
 才人は朗読してくれたルイズにありがとうと感謝を口にし、鼻をすする。

ルイズ「泣いてるの?」
才人 「泣いてねぇ」

 才人は、心が温かくなるのを感じていた。
 泣いたのは自分の世界を認めてくれる人が居たから。
 自分でも帰り方が解らないなんていう世界を、見てみたいと言ってくれたから。
 いつになったら帰れるのかも解らない。
 もしかしたら帰れないのかもしれないような世界だ。
 今となってはくだらないものの全てが懐かしい。
 そんな世界を認め、見てみたいと言ってくれたことが嬉しかった。

才人「別の世界からやってきたなんてこと、ちゃんと覚えててくれたんだな」

 才人はルイズの手から手紙を取り、読めないソレに目を通した。
 やはり読めはしなかったが、なんとなくだけど、何処になにが書いてあるのかを、ルイズの朗読と照らし合わせることが出来るような気がした。



  なあきみ。

  その世界では、本当に誰もがきみの言う“くるま”を操り道をゆくのか?

  遠く離れても意思が通じる小箱の存在はまことか?

  本当に月へ人が降り立ったことがあるのか?

  ミスタ・ヒロミツの過去を見ておきながら、こんなことを訊くのはおかしいだろうか。

  けれどな、きみ。私は思わずにはいられない。期待せずにはいられない。

  魔法を使わずに、それらのことをやってのけるとは、なんて素晴らしいことだろう。

  いつかそんな技術が人を幸せにできたら、私も心から笑むことができるだろうか。

  私の手で、誰かに幸せを与えることが出来るだろうか。

  その幸せを与えることが出来るかもしれない技術が、当たり前のように存在するのか。

  私は、そんな世界を見てみたい。



 ……読めない手紙は読めないまま。
 それでも、籠もった思いは胸に届いた気がした。
 才人はもう一度ありがとうと言うと、コルベールに渡された書物に手紙を挟み、閉じた。




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