34/それぞれの思惑

 ロサイスに到着した彼らを待っていたのは、ド・ポワチエ将軍からの歓迎だった。

ポワチエ「素晴らしい! まさか本当に三人で陽動を務めるとは!
     お陰でこちらは損害皆無で到着することが出来た!」

 出会った時は随分と見下していたというのに、現金なものだと才人は思った。
 しかもポワチエは、「これも私の指揮あってこそだ」などとたわけたことを言っていた。
 何か言ってやろうかと思ったがルイズに制され、中井出がニコリと笑う。
 結局はそのまま適当な言葉を投げられた。
 この男、ド・ポワチエは野心家である。
 この戦ではなんとか手柄をたて、元帥になれればと躍起になっている。
 自分以外は全て駒。利用するだけさせてもらおうと、内心はひどく黒いものだった。
 「王室に叙勲申請を出しておこう」という言葉を聞きながら、納得はいかないままに天幕に案内され、コルベールの書物を読んだ。

才人 「でもさ、無傷ってことはそれだけ勝てる確率が上がったってことだよな」
ルイズ「そうよ。簡単じゃないだろうけど、きっと大丈夫」

 手紙を読まないと言った中井出は天幕から離れ、一人夜空を見ていた。
 無事にロサイス入りを果たしはしたが、これからどうなるのか。
 そう思っていた時にドッペルゲンガーの反応が消えた。
 それと同時にドッペルゲンガーが経験した事柄が頭の中に流れ込み、姫ちゃんが話そうとしなかったアニエスの過去や、コルベール先生の過去を知ることが出来た。

中井出「うわっちゃあ……こりゃ重い」

 でも殺し合いみたいなことにならなくてよかった。
 中井出は一人そう呟いて、夜のロサイスを歩いた。
 ふと見れば、才人たちが居る天幕に兵たちが押しかけ、無事到着祝いの宴会を始めていた。しかし混ざろうと思える気分でもなく、大空にある国から、世界を見下ろした。
 高山病のような症状が現れるほど高くはなく、しかし地上よりも寒いという感覚は染みてくる。そんな、空に近い国で、中井出はこれからのことを考えた。

中井出(あんまり時間、かけてられないよな)

 長引けば長引くほど、敵に考える猶予を与えてしまう。
 数では勝ってはいるが、地の利も連度も連携も向こうが上だろう。
 無傷で来ることは出来たには出来たが、勝てるかといったら話しは別だった。

中井出(今はただ、あいつが到着しやすいように少しでも敵兵を減らすだけだな)

 ……ただし、今回ばかりは“可能な限り不殺で”だ。
 せっかく国を取り戻しても、誰も居ないんじゃ笑えない。
 平民からの成り上がり貴族だ、他の貴族に嘗められることには慣れているし、それを利用して“面倒ごとでも頼んでくれ”と言ってある。
 お陰で面倒ごとは確かに多くはあるものの、手柄も十分手に入れることが出来る。
 彼の狙いはそういった位置にあった。

中井出「メールすら飛ばせないのは痛いなぁ……ま、いいか。
    必要だったら才人かルイズに頼もう」

 オルニエールに待機させてある自分の使い魔を思い、にこりと笑んだ……そんな時。
 中井出は背後から「やあ」と声をかけられ、ドキーンと肩を弾かせた。
 そして満面の笑みで振り向き、「や、やあ!」と返す。
 ようやく“やあ”と言ってくれる人が居た。それだけで、彼は嬉しかったのだ。

男 「こんばんわ、ヒロミツ・ド・オルニエール子爵」

 振り向いた先には男が居た。
 まだ若い、才人と同年代くらいの男だった。
 しかし身なりは貴族に近く、むしろ貴族だと名乗られたなら納得出来る風貌だった。

中井出「えーと……初めましてだよな? 会ったことがあったらごめん」
男  「いいや、初対面さ。自己紹介が遅れたね。
    ぼくはジュ《ハワァーーッ!!》オ。ジュ《ウオーーッ!》オ・チェザーレだ」
中井出「………」

 才人の天幕からやかましい声が響いていた。
 そのため、名前がどうにも中途半端に耳に届き、ジュなんたらオというらしいのだが、その“なんたら”の部分が解らない。

中井出(ジュ? ジュ……オ? 名前の候補を今までの経験から検索して、ジュ、ジュ)

 キザったらしく二回も自己紹介してくれたのだ。ここで訊き返すのは失礼だろう。
 中井出は懸命に思考を回転させて、やがて唯一の手掛かりの到達し、自信満々に言った。

中井出「それでそのジュネオが僕になんの用? ……ややっ!?」

 男は盛大にズッコケていた。
 焦った調子で中井出を見るが、中井出は本気の本気でそれが間違いだと気づいていない。
 それどころか、

中井出(セガタサンシ口一(くちいち)に殺されそうな名前だなー……)

 なんてことを考えていた。
 “懐かしいなぁ、ウラワザえもんS”……なんてこともおまけに。

ジュリオ「……ジュリオだよ。ジュネオじゃない」

 ハンサム顔の美少年は、少しむすっとした顔でそう言う。
 ジュリオか。中井出はこくこくと頷いて、名前を覚えた。

中井出 「おお失礼した。知ってるかもだが一応礼儀らしいからね。
     ヒロミツ・シュヴァリエ・ド・ナカイデ・ド・オルニエールです。
     一応子爵なんぞをやっておる。で、改めて、なにか用?」
ジュリオ「いや、一度噂の癒し手に会ってみたいと思ってたんだ。
     オルニエールの噂はロマリアにも届いているんだ。凄い人が居るってね」
中井出 「なに? ではキミはロマリアの?」
ジュリオ「そう。神官をしている」

 ロマリア。ガリア王国より南部にある、大陸から突き出た島。
 宗教庁という、ハルケギニアの寺院を束ねる場所がある国を指す。
 ブリミル教というものがハルケギニアに根付いている限り、嫌でも耳にする名だ。
 中井出は、食事の前に貴族連中がする“お祈り”が好きではない。
 “今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝します”なんて言葉を、国の王とブリミルに捧げるのだ。
 耕したのは平民で、与えたのは大地だ。
 だというのにブリミルに感謝し、平民を虐げる在り方が大嫌いだった。
 つまり、この世界で言う聖職者。コルベールを除く教職者や神官などが嫌いであった。

中井出 「神官かぁ」
ジュリオ「神官が嫌いかい?」
中井出 「嫌い」
ジュリオ「すごいな! そこまで真っ直ぐに、遠慮なく言われたのは初めてだ!」

 ジュリオは大袈裟に後退り、そんなことを言う。
 中井出はコリコリと頬を掻きながらきっぱりと言った。

中井出 「その割りに、まるで待ち構えたような驚き方とセリフだな」
ジュリオ「子爵は遠慮がない人だって聞いている。これくらいはね。
     けど、よかった。噂通りの人みたいだ。
     ぼくの性格は人の神経を逆撫でしやすいようで、
     なにかというとすぐに睨まれるんだけれど。
     きみはどうやらぼくをぼくとして見てくれるらしい」
中井出 「そりゃね、神官は嫌いだけど、それはキミに関係ないし。
     まあ神官って肩書き無しでもむかつくなら知ったこっちゃないけど」
ジュリオ「容赦がないのも噂通り、と。確か、領地で問題を起こしただけで殴ると聞いた」
中井出 「そだね。で、会いに来ただけ? 用が無いなら考え事したいから後にしてくれ」
ジュリオ「───……キミが連れていった女性の中に、修道女はいなかったかい?」
中井出 「居たね」
ジュリオ「えっ」
中井出 「え?」

 核心に触れ、焦った中井出を見てニヤリと笑むはずだったジュリオは、逆に驚いていた。
 むしろまるで隠そうともしないその態度に、持っていたはずの“余裕”がいくつかポロリと落ちていった。

ジュリオ「…………えぇ、と。彼女は───」
中井出 「探り合いしたいの?」
ジュリオ「……ああ、そうだね。隠し事は面倒だ、はっきり言おう。
     きみは虚無を知っているかい?」
中井出 「曜日のひとつでございます」
ジュリオ「いや、そうだけどそうじゃなくて」
中井出 「確認のし合いもいいって。
     解った、キミはいちいち面倒だ、纏まったら話しかけてくれ」
ジュリオ「え、えぇ!? いや待ってほしいな。
     会話にも流れというものがあって、そうすることでこちらも相手の会話を」
中井出 「うるせー! 纏まってからにしろ!」
ジュリオ「………」

 ジュリオは素直に思った。
 苦手なタイプかもしれないと。

ジュリオ「……解った。この話はやめよう。どうせ、もう過ぎたことだ。
     ああ子爵。いつかオルニエールを訊ねたいんだけど、いいかい?」
中井出 「お? おお、いつでもいらっしゃい。
     ナンパや争い事のきっかけになるようなこと以外なら歓迎するよ」
ジュリオ「それじゃあその日を楽しみにしているよ。一度行ってみたかったんだ。
     ところでひとつ訊きたいんだけど、男が女性を誘うのは禁止で、
     女性から男に声をかけるのは許されているんだよね?」
中井出 「出入り禁止、くらいたい?
     その質問は“女漁りに行きます”って言ってるようなもんだろ」
ジュリオ「これは失礼した! すまない、無神経だった!」
中井出 「打算なしでなら喜んで迎えるよ。少しはその剥き出しの野心を抑えなさい。
     ていうかいちいち大袈裟に驚くなよぅ」

 ジュリオはやれやれと肩を竦め、ルイズたちが居る天幕を見た。
 「ミス・ヴァリエールらはあそこに?」と訊ねてきたから、一応頷く。

ジュリオ「挨拶をしたいんだけど、構わないかな」
中井出 「今日はそっとしといてやってくれ。明日以降でもいつでも出来るだろ。
     ……つーかね、なんかお前、やだ。
     ジャン・ジャック・フランシス以来だぞ、この感覚」
ジュリオ「ジャン・ジャック───ああ、なるほど。この戦いでぼくが裏切るとでも?」
中井出 「匂いっていうのかな。お前からはなんていうのかね、
     ルイズに取り入ろうと無闇矢鱈と接触を謀ってたあいつと同じものを感じる。
     さっき言ってた修道女ってジョゼットのことだよな?
     俺が迎え入れたお子の中からどうして修道女だけを口にした?
     虚無ってことを気にしているにしても、手が早すぎだ」
ジュリオ「……探り合いは嫌いなんだと思っていた。いいのかい? このまま話して」
中井出 「気が変わった。きっぱり話しておかないと、家族に無駄な火の粉がかかる。
     会話次第では問答無用で出入り禁止だ」

 睨む中井出を気にしたふうでもなく、ジュリオは「ひどいな」と肩を竦めた。
 風に揺れた少し長めの金髪から覗く瞳が、中井出の目を見つめ返す。

中井出 「おや。目が片方ずつ色が違うのか。なんかカッコイイね」
ジュリオ「エ? …………ちょ、調子が狂うな。
     睨んでいたと思ったら、それは一応褒めてくれているのかな?」
中井出 「褒めてる褒めてる! おお、俺もそんな感じになってみたかった!」

 フルブラストモードならば、月の家系の能力的なものもあり、左右が変色することもあるにはあるが、髪の色までが銀と金に変わるので、あまり好きではなかった。

中井出 「で、話は戻るけどさ。つまりはロマリアは寺院のてっぺんで、
     それでジョゼットがつまり、そういうところから預けられたって知ってたと?」
ジュリオ「話が早くて助かるよ。ぼく自身は話に聞いた程度だし、
     その頃は彼女と同じく幼かった。
     ぼくも孤児でね、最初はそういった興味から、というのも事実だ」
中井出 「ホエ? チェザーレって家名じゃないのか?」
ジュリオ「偽名だよ。どこかの昔の王の名前だ。
     それを勝手に使ってる。カッコイイじゃないか」
中井出 「そ、そうか」

 一文字違いでジュネオになるが……と心では思ったが、言うことはしなかった───

中井出「一文字違いでジュネオになるけど」

 ───なんてことはなかった。
 ジュリオは「だからジュネオって誰なんだい」と困った顔で言う。
 せっかくなので詳しく説明をしたら呆れられた。

中井出 「あー、それで? もし俺が身元を引き受けなかったら、お前が行ってた、と?」
ジュリオ「そう。ぼくが彼女の王子様に、と思っていたんだけれどね」
中井出 「───」

 この時、中井出は思い出していた。
 猛者にいろいろ言われ、ジョゼットを迎えたときのことを。
 猛者はなんと言っていただろうか。
 どこぞの色男に誑かされて、戦争の火種に利用される……とかなんとか。
 あれ? 色男?

中井出 「エ、エート。ちなみに他のお子は無視で、ジョゼットオンリーターゲット?」
ジュリオ「? そう、だね」

 こいつじゃねーか!!
 中井出は頭が沸騰するのを自覚した。
 コイツが! こいつが噂のジョゼット・ウォー・勧誘イケメン神官!!
 なるほどイケメンだ! 金髪にオッドアイにキザな口調! 神官の服もなんか無駄に聖騎士っぽくて似合ってやがる!
 認めよう! イケメンだ! カッコイイ!

中井出 「人を利用して戦争を巻き起こすことをどう思います?」
ジュリオ「なにかを得るために起こさなきゃいけないのなら、そうするべきさ」
中井出 「なるほど。遠慮ないところは好きだけど、無理だ。
     お前とは友達になれる予感がしない」
ジュリオ「ひどいな。訊くだけ聞いて突き放すのか」
中井出 「お前らロマリアにとって、ブリミル教以外は敵なんだろ?
     じゃあ俺の敵だ。ブリミル教ってのはつまり、
     始祖ブリミルの名前を使って私腹肥やしてる連中じゃないか。
     なんだあの祈り。平民が汗水流して育てた糧を、王とブリミルに感謝?
     貴族と王族と、お前らロマリア人しか得をしねぇ。
     そういうふうに作られた組織なんか、嫌って当然だ」
ジュリオ「……言ってくれるね。ぼくはそんなところでこうして神官をしているんだ。
     平民でも神官になれる場所だ。えり好みなんてしてない」
中井出 「だったらお前がジョゼットだけを目当てに動いたのは、
     選り好みじゃなかったと?」

 ジュリオが笑みを固める。
 スッ……と中井出の目を覗いて、しかしもう一度薄い笑みを浮かべると、軽い口調で続ける。

ジュリオ「たしかに、選り好みだったかもしれない。でもぼくも驚いてるんだ。
     あの修道女の中から、どうしてきみは彼女を選んだのか。
     彼女しか選ばなかったのか。どうしてだか訊いていいかな」
中井出 「俺は人の“楽しい”に敏感でね。
     あの中じゃ、ジョゼットが一番そういった夢や希望を持っていた」
ジュリオ「それがたまたま虚無だった? できすぎじゃないか?」
中井出 「だね。俺もそう思う。で、お前が虚無に詳しい理由は?」
ジュリオ「…………虚無は全部合わせて4人。一つの血から分かれた血筋に存在する。
     トリステイン、アルビオン、ガリアに……ロマリア。
     探し方はとても簡単。その血筋の中でも、魔法が使えない子を探せばいい。
     即ち、トリステインにルイズ・フランソワーズ。
     ガリアにジョゼフ王。その予備として、魔法が使えぬと予想された彼女。
     ロマリアに……ぼくの主であるヴィットーリオ。
     虚無に詳しい理由は、寺院を纏めている地位に主が居ることと、
     ぼくがその使い魔だからと受け取ってくれ。
     ……さて、アルビオンでは虚無の存在を確認できていないけれど、
     ぼくは行方が解らなくなっている、
     モード大公の一人娘というのが気になっている」
中井出 「モード? モードって?」
ジュリオ「今は亡きアルビオン王の弟君さ。エルフと結ばれたとかで、極刑とされた」

 中井出はとぼけてみせたが、心の中で頭を掻いた。
 テファが虚無か。
 確かに癒しは使っていたが、あれは魔法ではなくマジックアイテムの効果だった。
 しかも人を生き返らせるほどの力を持ったマジックアイテム。
 あんなもの、メイジが使える魔法の効果としては高位すぎる。
 なるほど、王の弟でも血筋は血筋。
 エルフとの間に産まれたなんて皮肉な話なんだろうし、猛者知識によれば、エルフは虚無を嫌っているらしい。

中井出(……なんだそりゃ)

 じゃあテファには、人間側にもエルフ側にも居場所がないじゃないか。
 人はエルフを忌み嫌い、エルフは虚無とハーフエルフを忌み嫌う。
 そうなると……

中井出「………」

 知らず、中井出の顔は険しいものになっていた。
 その顔に、ジュリオが喉を鳴らすほど。
 殺気とまではいかないが、奇妙な威圧感を、彼は感じていた。

ジュリオ「……、き、虚無には……うん。虚無には、それに相応しい使い魔が現れる。
     伝承では、虚無……ブリミルは四人の使い魔を使役していたというね。
     神の左手ガンダールヴ、神の右手ヴィンダールヴ、神の頭脳ミョズニトニルン。
     そして、最後の一人は名を記すことすら憚れる。
     その右手がぼくであり、その左手が───」

 ジュリオは意味ありげに天幕を見た。
 そこでは才人とルイズが、まだ若い下級貴族の竜騎士たちとどんちゃん騒ぎをしている。

ジュリオ「ふふ。元気があっていいね。
     さて、残りのミョズニトニルンに名称不明の使い魔だけど。
     ガリア王ジョゼフにシェフィールドという女性がついているそうだ。
     彼女は以前までクロムウェルの秘書をしていたと思っていたんだけど、
     これの意味することはなんだろうね」
中井出 「そだねー……アルビオンを内側から操って、ドッカンキメる腹積もりでは?」
ジュリオ「怖いな」

 言うわりに、ジュリオは笑顔だった。
 
ジュリオ「それと、ガリア王がオルニエールに頻繁に出入りしている、とも」
中井出 「おお、来てるよ? 生存が確認されたシャルルと一緒によくね」
ジュリオ「驚いた。隠しもしないんだね」
中井出 「人一人が遊びに来てるだけだよ? 隠す理由が何処に?」
ジュリオ「……はは、いや、まいった。
     きみは本当に訪れる人を、友達と仲間と家族として見ているのか」
中井出 「誰も彼もじゃないけどね。正義しか名乗らんやつはどうもダメだ」
ジュリオ「でも、野心を持っていてもダメなんだろう?」
中井出 「野心のカタチにもよる。差別は嫌いだが、
     だからって嫌いなヤツと好き好んで一緒に居ることはしたくないし。
     でも誤解があるなら向き合いたいね。きちんと向き合わなかった所為で、
     誤解したまま言いたいことを言ってしまった相手が居まして」

 キュルケにはほんと、失礼なことをした。
 中井出はそう思って頭を掻き、身を翻す。

ジュリオ「天幕には戻らないのかい」
中井出 「長引けば長引くだけ、こっちが不利になる。
     敵の本拠だよ? この浮遊島は。
     何万もの兵に与える食料だって限りがある。
     足りないならトリステインから取り寄せないといけないし、
     トリステインの食料事情だって無限じゃない」

 はぁ、と溜め息を吐く。
 ジュリオは大袈裟に「ほう!」と言って、中井出の横に立ち、夜の闇に隠れて見えないトリステインを見下ろした。

ジュリオ「この戦い、きみはどう見る?」
中井出 「到着と同時にレコン・キスタからの攻撃が無かった時点で怪しいもんさ。
     あの野郎ども、たぶん俺達を兵糧攻めにするつもりだ」
ジュリオ「兵糧か。確かに、何度も何度も糧を運ぶために行き来するわけにはいかない。
     あちらにはこの国での様々な経験があるけれど、こちらは違う。
     ……先ほど天幕の傍で“偶然”聞いたんだが、
     こちらの食料はあと二週間もないらしい」
中井出 「二週間? また、随分と少ないな」
ジュリオ「多く積んだほうさ。この人数で二週間といえば、十分すぎる。
     “問題”と言ってしまうには神官としてはひどい話だが、
     ここまで来るのに人死にがなかったからね。
     無傷で辿り着いたということは、それだけ食い扶持が居るということだ」
中井出 「なるほど」

 納得だった。
 しかしそれを考えると、当然相手も無傷のままに6万以上が存在することになる。
 艦隊同士の戦は避けられ、船ごと戦力が一気に落ちるなんてことにはならなかったものの、こうなると兵糧攻めが一番こたえる。

ジュリオ「困ったね。こうして港に着いてはいるけど、
     糧が少ないからと、簡単にトリステインへ戻れるかといったら、そうでもない。
     相手───レコン・キスタ側にしてみれば、
     このままぼくらが食うに困って弱るのを待ったほうが楽だ。
     でも、ぼくはそれらだけが、敵が攻めてこない理由じゃないと思う」
中井出 「ほほう、それは?」
ジュリオ「タルブでの巨大要塞。
     急に現れ、自慢のレキシントン号を光の光線ひとつで破壊した力だ。
     あれを出されれば、レコン・キスタなんて簡単に滅んでしまう。
     敵も敵で、こちらに怯えているのだと思うね」
中井出 「なるほど」

 魔導砲の威力は、巨大戦艦一つを簡単に破壊してみせた。
 その傍を旋回し、竜騎士を悉く撃ち落としたゼロ戦を発見した時点で、タルブに居た者がこの場に居ることを理解したのかもしれない。
 その不安に上乗せしてトドメを刺すようなインディグネイション。
 考えてみて、中井出は“たはぁ”と溜め息を吐いた。
 だからといって敵に降伏するつもりはないのだろう。

中井出 「さて、どうなるかね。こっちだって兵糧には困るけど、相手だって同じだ。
     宣戦布告をした時点でトリステインからの食料の輸入は不可能。
     空に浮かぶ孤島であるアルビオンでは、採れるものも限られる。
     食糧難でいえば向こうだって同じだ。それをどうするかだけど───あ、そだ。
     このまま進軍すると何処に着くんだっけ?」
ジュリオ「サウスゴータ。アルビオンの大都市さ」
中井出 「サウスゴータ!」

 マチルダの名前を思い出して、中井出は少し嬉しくなった。
 まるで家族の故郷を訪ねる友のごとく、少し緊張を含んだ嬉しさが彼を包む。
 急ににこにこ笑顔になった中井出を見て、ジュリオは苦笑を漏らす。

ジュリオ「他人を家族と思えるか。少し羨ましいよ」
中井出 「羨むくらいなら思う努力をしなさい。
     お前がお前として来るなら、少なくとも俺は歓迎するさ」
ジュリオ「無理だ、って言ったのに?」
中井出 「そんなもん、慣れていきゃあいい。
     付き合ってみて、合わなければもっと心内を暴露して、
     どうせ修復不可能なら喧嘩でもなんでもして、
     それでもダメなら相手のダメなところを笑ってみるんだ。
     どっかの誰が言ってたよ。ウソの笑いも笑いのひとつだって。
     仮の笑いでもいつかはほんとの笑いになるって言葉があるなら、
     嫌いな部分を好きになれる日が来ないなんて保証はどこにもない」
ジュリオ「語るね。きざなのはどっちだい」
中井出 「そりゃ、お前だろ」

 言って、二人は苦笑した。

ジュリオ「立場上、腹になにも持たないで行動するのは無理だ。
     ぼくはぼく個人としてきみに興味が沸いたけど、
     手を繋ごうとすれば打算が生まれる。
     ……ぼくがきみに拾われていたら、と……少し考えてしまった」
中井出 「年齢考えろ、年齢」

 ジュリオは笑った。
 芝居めいた笑いではなく、少年らしい笑顔だった。
 だからこそというべきか、中井出は気になったことを訊いてみることにした。

中井出「訊いていいか? どうしてロマリアからわざわざ来た?
    こんな戦争、ロマリアにしてみれば迷惑以外のなにものでもないだろ」

 ジュリオは答える。「義勇軍さ、規模は小さいけどね」と。

ジュリオ「今のアルビオン……失礼、神聖……新生だったかな?
     ともかくレコン・キスタは、
     ハルケギニア全ての国にとって、目の上のたんこぶなんだ。
     王制を打倒して、貴族たちで共和制をしく? そんなことをされたら大変だ。
     共和制ってのは、どこの国にとっても悪夢なのさ。
     それはロマリアだって例外じゃない」
中井出 「そりゃまあ、急に何も知らない民に王まがいのことをしてみろって言ったって、
     少し考えれば無理だって解りそうなもんだし、
     だったら協力してやってみろって言ったって責任問題の擦り付け合いになるか」
ジュリオ「自分は楽をして周りの利益にあやかろうとするのが人間だ。
     人は、自分より優れた人の前では大人しくしていなきゃいけない。
     適材適所って言えばいいのかな。じゃあ何をすればいいのかなんてことは、
     自分より上手い人が苦手なことをしてあげれば、助け合いになる。
     そうして人ってものは得手不得手を補い、信頼を重ねる。そして、」
中井出 「その得手不得手の量が見合わないことに誰かが怒れば、
     それはあっという間に壊れる、だろ?」
ジュリオ「すごいな! まるでこっちが言いたいことが最初から解ってるようだ!」
中井出 「そりゃどうも。無駄に頭のいい覇王さまにいろいろ怒られたんでね」

 褒められても嬉しかねーやと呟き、中井出はこれからを思った。
 それからとことこと歩き始めると、ジュリオが「どこへ?」と訊ねてくる。

中井出 「散歩。一緒に来るか?」
ジュリオ「いいのかい?」
中井出 「ああ。ただし徒歩限定。散歩だからな。
     あ、でも走ってもいい。危険がないとはいえない」
ジュリオ「危険? ……まさか! ロサイスを出るつも《ドボォ!》ぶぅっふぉ!?」
中井出 「いちいち声がでかい……! 大袈裟に驚くのも大概にしろ……!!」
ジュリオ「わ、わるい、ね……くせみたいな、もので……」

 ボディブローで黙らせて、辺りを見渡す。
 ……出てくるものはいない。
 それを確認し終えると、中井出はジュリオとともに歩き出した。
 ロサイスを出て───サウスゴータを目指して。

……。

 アルビオンの首都・ロンディニウムのホワイトホールでは、出撃をめぐっての激論が飛び交っていた。
 見事に陽動に騙され、敵のロサイス入りを許し、陣形まで組み立てられてしまった今、無闇に攻撃を仕掛けるのは自殺行為である。将軍の誰かが言った。
 その声に、アルビオン軍主力の実質的な指揮をとっているホーキンス将軍が口を開く。

ホーキンス「反転は小官のミスです。初動で敵を殲滅できる好機を逃しました。
      詫びの言葉もありませぬ」

 戦局は難しい。が、クロムウェルはにっこりと笑っていた。
 笑いながら、「ボロボロだな、我が軍は」などと言っている。
 この調子では魔法学院の子弟を人質に取る作戦も、上手くはいっておるまい。
 クロムウェルはそんなことを考えながらも、まだ笑っている。
 この男───オリバー・クロムウェルは、そもそも一介の司教だった。
 蓋を開けてみれば魔法も操れず、時折に飲む酒が楽しみだった程度の普通の男だった。
 ある日、たまたまガリアの首都リュティスに赴いた際、一人の物乞いに一杯の酒を奢った。深くローブを被った物乞いに“礼をしたい”と言われ、ついふざけて口に出た言葉。「王になりたい」。もちろん本気じゃない。酒の席の戯れのつもりだった。
 しかし物乞いと別れ、宿泊した宿で一夜を明かしたクロムウェルの前に、一人の女性が現れてから、彼の世界は変わった。
 女性……シェフィールドに「あなたを王にさしあげますわ」と言われ、言われるがままに行動を起こした。シェフィールドとガリアの魔法騎士とともに、アンドバリの指輪をラグドリアン湖に奪いにいった。それから王家に不満を持つ貴族を集め、いつか些細な恥をかかされた復讐をしてやろうと……彼としては、突然転がり込んだお遊びのようなものだった。
 そう、最初こそは。

ホーキンス「しかし……この目で見たことを正直に言いましょう。
      敵が持つ魔法は、我々の想像の域を越えています。
      港の者が真っ先に避難したのがよかったのか、
      わざと人が居ない場を狙ったのか。しかしダータルネスの地面は大きく抉れ、
      あれを見た兵の多くは敵を恐れております」

 クロムウェルは笑みを絶やさない。
 それが、自分が王としてつけられる精々の仮面だと、シェフィールドに言われたからだ。
 本当は恐ろしい。まさか攻め入られるなどとは考えもしなかった。
 アルビオンに復讐してやろうと思っていた頃はまだ楽しかった。
 しかし、ある日に突然、シェフィールドは自分に様々を押し付け、姿を消した。
 “相手が信用できるかは解らぬ。保険として知恵は置いていこう”と、教えられた通りの行動はとっている。つもりだ。
 それはまだ、シェフィールドがオルニエール男爵を信用する前にとった行動。
 クロムウェルは教えられたことを必死に頭に叩き込み、彼女が居なくなったあとも羊皮紙に何度も何度も忘れぬようにと書いた。
 必死だったのだ。
 もはや頼れるのは自分と、このアンドバリの指輪だけ。
 この指輪の魔力を虚無の力だと偽り、ブリミル教が浸透しきっているこのハルケギニアの信頼を得てきた、つもりだ。
 虚無は特別だ。
 力さえ見せれば、自分はまだ信用される。
 しかし奇跡は永遠ではない。
 魔力で作られたものだけあって、アンドバリの指輪は使えば使うほど、その宝石の部分の面積を小さくしていた。恐らく、この王としてのささやかな夢も長くは続くまい。
 そしてクロムウェルは気づいていないが、虚無の力と偽ることで貴族は騙せていても、民から見れば虚無も魔法もそこまで変わらない。結局は特殊な力で押さえつけ、私腹を肥やしているのと変わらないのだ。

クロムウェル(ミス・シェフィールドは仰られたな)

 水の力の特徴と、指輪の能力。
 水の力は身体の組成を司る。身体とは器。アンドバリの指輪はその器を操る。
 しかし、組成というのは身体だけに留まらず、心にも影響する。
 それを意味するところは、死体のみと言わず、人の心も操れるということにあった。

ホーキンス「そして、レキシントン号を一撃で破壊してみせたあの光。
      あの要塞。急に現れたとされる、かの存在は、兵にとっても畏怖の象徴です」

 クロムウェルは思考を中止し、ホーキンスの言葉に頷いてみせる。

クロムウェル「その要塞。恐らくは出てくる心配はないと見る」
ホーキンス 「なんと!? 何ゆえですか!?」
クロムウェル「使えるのなら、わざわざ陽動などといった行動をする意味がない。
       恐らくは、一度限りの奇跡……マジックアイテムの類だろう」
ホーキンス 「な、なるほど……確かにあんなものを最初から出せるのであれば、
       こうして戦をする意味もなければ、陽動する意味もない。
       しかし、あの巨大な雷を恐れる者はどうしましょう。
       騒ぎを知り、一万以上もの兵を見たからこそ私は反転を良しとしました」
クロムウェル「それが突然姿を消したのだろう? 魔法で説明できぬのであれば、
       マジックアイテムの類だと見るのが一番解り易い。
       そして、巨大な雷も一度のみ。
       仲間がやられているというのに、次は撃たなかったそうではないか」
ホーキンス 「つまり、日に一度程度しか撃てない、と?」
クロムウェル「あるいは、もっと長いかもしれぬ。
       そもそもにして、それだけの力を何度でも使えるのなら、
       この国などとうに敗れさっているだろう?」

 おお……と、将軍らの口から合点の溜め息が漏れた。
 クロムウェルは精一杯冷静に努めながら、大きな円卓に座るそれぞれを見て、「恐れるほどではないということだ」と続けた。

ホーキンス「では我々はシティオブサウスゴータに布陣、敵を迎え撃つべきですな」

 ホーキンスは、暗かった集まりの場に光が差したと受け取り、声を少し張り上げながら言う。しかしクロウムウェルは首を横に振り、「それには及ばん」と言う。
 「みすみす大都市を明け渡すおつもりか!」などと将軍らの口から、様々な言葉が放たれては消えるが、クロムウェルは落ち着き払った様子で言った。

クロムウェル「べつに大都市を相手に奪われても構わんのだ。
       それより、シティオブサウスゴータから食料を奪え。
       国の大事の前だ、文句は言うまい」
ホーキンス 「な、なにをお考えか! 民から食料を!?」
クロムウェル「敵はここへ交渉へ来ているのではない。
       私を亡き者にし、アルビオンという国を手に入れようとしている。
       そんな者たちが、食料不足に困る者を見たらどうする?
       のちに自分らの国になるやもしれぬ場所の民を、見捨てると?」
ホーキンス 「……!」

 大都市を捨ててまでの兵糧攻め。
 クロムウェルの言葉は、そういうことに繋がる。
 しかも戦に勝ったとして大都市からの信頼はガタ落ちになるのは確実。
 だというのに、クロムウェルはやはり落ち着き払っていた。

ホーキンス 「勝てたとしても、しこりが残りますぞ……」
クロムウェル「なんのために亜人を町に配置していると思うのだ。
       食料を奪うのはやつらの独断ということにすればよい」
ホーキンス 「……」

 将軍らは唖然とするほかなかった。
 どうやって亜人たちと通じ合うことが出来たのかは解らないまま。
 ただ、クロムウェルは虚無の力だと言い、言われたほうはそれを信じる以外、それらを彼がやってのける説明付けが出来やしなかった。

クロムウェル「ついで、サウスゴータの水に虚無の罠を仕掛ける」
ホーキンス 「虚無の? それはいったい?」
クロムウェル「とても素晴らしい罠だ。上手くいけば、我らの兵力は倍以上に膨れ上がる。
       敵は無傷でロサイスに辿り着いたといったな?
       ならば、その数だけ、やつらは己の首を絞めることになるだろう」
ホーキンス 「…………?」

 理解は出来ない。
 だが、それはサウスゴータにトリステインとゲルマニアの連合軍を、一息でもいいから留めさせることを必要とする。
 水脈にアンドバリの魔法効果を溶け込ませ、それを連合の連中が飲めば、たったそれだけで心の支配が完了する。

クロムウェル「どのみちこちらの勝ちは揺るがぬよ。
       神聖レコン・キスタの第一歩の足がかりとなってくれるのだ。
       大都市のひとつ、くれてやろうじゃないか」

 クロムウェルの言葉に、ホーキンスはもちろんその場に居た将軍のほぼが息を飲んだ。
 どこまでも冷静に笑う存在に恐怖を感じたと言ってもいい。
 人とはこうも容易く、自国の民を見捨てられるものか。
 確かに連合どもの狙いはクロムウェルであり、この国そのもの。
 自国にこそ奪われ、食の飢饉に瀕している民を放ってはおくまい。
 大都市ひとつを救うための食料は、果たしてどれほどか?
 頭を使うのが仕事の者こそ“ほう……”と息を吐いたが、力を行使することを主とする者は唖然とした。
 これで共和制などと謳えるのだろうかと思う者も居たが、結局勝てなくてはなににもならないのだ。ならば勝つしかない。逃げ場など、とうに無いのだから。

ホーキンス「虚無か……」

 ホーキンスはどこか不安の残した口調で、そうこぼした。
 クロムウェルがバルコニーまで歩き、声高らかに己が国の勝ちを確信した言葉を叫ぶ。
 かつては王の謁見を待つために儲けられた広い中庭には、熱狂的な信頼をクロムウェルに捧げる、親衛連隊がズラリと並んでいる。数千の歓呼が響く中、クロムウェルは手を振ってそれに応えた。
 我が力は虚無。虚無をともにして恐れるものなどなし。
 クロムウェルはロサイスを守っていたために殺された兵の亡骸へ、アンドバリの指輪を翳してみせた。すると亡骸だった兵が起き上がり、歩きだした。
 歓声は高まる一方だった。
 いつしか「神聖皇帝陛下万歳!!」の声で場は埋め尽くされ、そんな将軍や官僚、兵などを見渡すと、クロムウェルは静かに笑みを浮かべたまま私室へと戻っていった。




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