35/サウスゴータ奪還戦

 シティオブサウスゴータの城壁から1リーグ(約1km)の位置に布陣していた軍隊に中井出とジュリオが接触したのは、夜も深い月明かりだけが頼りの時間帯だった。
 敵兵と間違われそうになり、中井出がアンリエッタから授かった子爵のマントを見せると、ヴィヌイーユ大隊のうちのニコラという小男は息を吐いた。どこも緊張感でいっぱいだ。

ギーシュ「ヒロミツ! ヒロミツじゃないか!」

 そんな大隊の中で見知った顔を発見する。
 軍隊に志願したギーシュ・ド・グラモンだった。

中井出「ギーシュ!? ギーシュか!?
    お前こんなところに配属されてたのか!? 前線も前線じゃないか!」

 心細さからか、抱きつかん勢いで駆け寄ってきたギーシュに中井出も驚いた。

ギーシュ「ああ。困ったことに、元の中隊長殿が逃げ出してしまったとかで、
     志願して入隊と同時に、なし崩しで中隊長さ」

 疲れた顔を見せる。
 ヒロラインで経験を積んではいるが、実際の人間とこうしてぶつかり合う経験はまだ二度目。いずれも相手はレコン・キスタだが、今回は要塞に乗ってイージスを握っているわけではない。
 ギーシュは中隊長という立場に胃を絞め付けられている気分だった。

ジュリオ「彼がギーシュ・ド・グラモンか」
中井出 「おうさ。あ、ギーシュ、こいつジュリオ・チェザーレ。一応、第三中隊隊長だ」
ギーシュ「中隊長! きみもか! お互い苦労するね」
ジュリオ「こちらはギンヌメール伯爵に気に入られて、いつの間にかね。
     神官が隊長なんてと、いろいろな人に嫌われてしまったけれど」
ギーシュ「神官? もしかしてロマリア人かきみは」

 ジュリオとギーシュが話し合っている中、中井出は遠くを見つめていた。
 1リーグ先にはシティオブサウスゴータ。
 小高い丘の上を利用されて建設されているそれは、闇の中でぼんやりと存在している。
 中井出はあまりぐずぐずしてもいられないとは思ったが、自分で思うよりも疲労が出ていることに今さら気づいた。
 普段ならばこれくらいの距離を散歩するのはわけないはずが、呼吸は乱れるし汗も出る。
 高所であるためか、他の場所よりも酸素が薄いからかもしれない。
 なるほど、適当に突撃なぞかけようものなら、この地に慣れている敵にはやられる一方だろう。そこに加えて兵糧攻め。誰でも思いつくことだろうが、だからこそ厄介だった。

中井出(サウスゴータで食料が買えるといいんだけどね)

 そうは思うが、どうにもおかしい。
 この先にはサウスゴータがある。が、どうにも獣臭とでもいえばいいのか、血生臭さにも似た嫌な臭いが漂ってくる。
 1キロ先だぞ、んな馬鹿なとも思うのだが、事実として臭ってくるのだ。
 じゃあ辺りに伏兵が? と気配を探ってみるも、それらしい気配はない。
 もしやすればこの道を大勢の獣かなにかが進んだとでもいうのなら、納得もできるが。

中井出(……嫌な予感ばっかりするわ)

 戦っていうのはそうそう上手くいかない。
 中井出は溜め息を吐き、張られたいくつかの天幕の中の、紋章が刻まれた天幕を訊ねた。
 そこでヴィヌイーユに面会の許可をもらい、話し合う。
 話し合いというよりも、確認だった。
 自分がどこに居ようと、好き勝手に動いていい許可はきちんと出ているのかどうか。
 それを条件としてこの戦の前線に出てきたのだから。
 訊ねてみると、きちんとアンリエッタからは言われていたらしいが、いい顔はされなかった。当然だ。

……。

 一夜をその場で明かした中井出は、ヴィヌイーユや将軍らと話し合い、これからの行動を決めていた。
 中井出の獣臭の話を聞き、斥候が調べに行った結果、シティオブサウスゴータは亜人に支配されていると見紛うほど、亜人に溢れていたと斥候は話した。
 亜人は強敵だ。
 しかし、ある意味では将軍らは安心していた。
 理由を訊ねれば、亜人……オーク鬼やトロル鬼は単純であり、敵を見れば真っ直ぐに走って潰すだけ、という単純行為くらいしか出来ない。
 ならば小細工をしないだけ、人間よりも戦いやすいのだと。
 あからさまな落とし穴にも落ちるんだと笑いながら言われれば、信じるしかない。

兵 「しかし数が異常なのです。罠を仕掛けたとして、
   罠も障害物も無視して突っ込まれ続ければ、やがて雪崩れ込まれましょう」
将軍「ふむ」
兵 「それに、賢しい者も居るようなのです。城壁の傍にバリスタを見ました」
将軍「バリスタ! うぬ、亜人風情が小賢しい真似を!」

 単純だと馬鹿にした矢先に、彼らは怒りに身を震わせた。
 忙しいなぁと少し呆れながらも、中井出はヴィヌイーユに話を持ちかけた。

ヴィヌイーユ「なに。貴公が反対側から攻め、そちら側に警戒した隙を我らに?」
中井出   「うす。挟み撃ちってカタチになるね。
       あと、相手が亜人だって油断してるヤツが居るなら、
       引っ叩いてでも目ぇ覚まさせて。
       ここは戦場だ。“アレだから安心”なんてなんの気休めにもなりゃしない」
ヴィヌイーユ「なるほど。時に子爵。貴公はここでの癒しの奇跡の行使は?」
中井出   「出来るけど、温存したい。こんな最初から回復ばかりに手間取ってたら、
       国ひとつ落とすの何年かかるか」
ヴィヌイーユ「ふん、言ってくれる。だが。やってみよう。なにか必要なものはあるか?」
中井出   「いや、特には。ダータルネスの時みたいに派手にやるけど、
       突撃かけるのは亜人たちが“完全に”こっちに注意を向けた時にお願い」
ヴィヌイーユ「よし解った。時間をかけていられないことは知っている。
       使える方法はなんでも使おう。
       時間がかかれば、我らが負ける確率があがるだけ。
       ならば多少の無茶はしてでも、シティオブサウスゴータは手に入れねば」

 そこで補給できるであろう食料のことも考えてのことだろう。
 ヴィヌイーユは目付きも鋭くそう言うと、早速各隊の隊長らに準備を言い渡した。
 天幕をあとにした中井出はジュリオに突撃の機会を得たことを伝え、一緒にくるかと勧誘。これにはさすがにジュリオは遠慮を申し出た。
 剣の腕に多少の覚えはあるが、ヴィンダールヴは幻獣を操ってこそだからね、と苦笑。

中井出 「べつに幻獣を使うなとは言われてないぞ?」
ジュリオ「手元に居なきゃ意味がないだろう?
     生憎と連れてきていたアズーロはロサイスだ」

 きみが散歩だと言ったから。そう言われると、中井出は「そうだった」と返すしかない。
 結局一人で行くことになりそうだったのだが、そこにギーシュが名乗り出る。
 しかしながら、反対側に家族が居たほうがやりやすいと中井出に言われ、中隊長ということもあり、そのまま隊の指揮をとることに。
 作戦実行は速やかに行われることとなった。

……。

 フロートと風のソーサラーでなんとかマジックアイテムのみの飛行をし、亜人に見つからないように、隊が居る場とは反対側の位置を取ることに成功した中井出は、サウスゴータの城壁を見て、その亜人の多さに驚いた。
 しかし石をひとつ拾って、変化の指輪をルーンで解放。
 鋭利な石の槍を作ると、見張りのオーク鬼の頭部目掛けて投擲。
 ゴギュ。鈍い音がして、オーク鬼は絶命した。
 まずは出来るだけ遠くから見張りを殺して、見張りを殲滅し終えたら気配を探りながら侵入開始。
 案の定入り口付近で待ち構えていたトロル鬼が、巨大な棍棒を振り回して中井出を襲う。
 それをフロートで飛び上がって避け、空中からギュッと握った石の数個を戦武石の力をプラスして投擲。ぶつかる前に槍になったそれらが、トロル鬼の脳に突き刺さり、殺す。
 派手な音を立ててトロル鬼が倒れると、もう亜人たちは戦闘体勢を取った。
 空中に居る中井出目掛けてバリスタを放ち、それが躱されると今度は投石機での投石。
 それを空中で受け止めて、巨大な岩に変化をかけるとソーサラーリングでそれを破壊。無数の石礫が槍となり、中井出の下方に群がっていたオークらに突き刺さり、死体がどんどんと増えてゆく。

中井出「よしっ」

 次にグニンディールの指輪を構えると、バリスタの弾を籠めているオーク鬼へ発射。
 挑発してみせると、オーク鬼は唸り、バリスタそっちのけで城壁の高台から飛び降りた。
 それを確認すると中井出は地面に降りて、叫びながら自分へ迫る亜人を誘導しつつ、サウスゴータから離れた平原に誘き寄せた。

中井出「……うぇえ、すげぇいっぱい居る……」

 亜人は、“さすがに一人じゃ無茶か?”と思うほど居た。
 とはいえ、町で戦うわけにもいかない。
 なので誘き出せるだけ誘き出したつもりだ。
 あっちは、あとはギーシュらが片付けてくれるだろう。
 そう勝手に信じることにして、中井出は目の前の亜人の軍勢を前に呟いた。
 「約束だし、手柄立てて帰らないと伯爵になれそうにないからなぁ」と。
 どうせなら権力つけて、それこそ適当な輩が手出しできない領地にしてくれる。
 そういう魂胆もあって、中井出のやる気は中々にあった。

……。

 一方のヴィヌイーユ大隊は、今ぞとばかりに攻撃を開始していた。斥候が敵を誘き寄せ、真正面から突っ込んでくる敵を、ギーシュの隊が構えたマスケット銃で一掃。
 町に残る数は少なく、うろうろしているのを一体ずつ誘き寄せ、オークにしてみれば狭い出入り用の通路を通ったあたりで集中射撃。
 三十人から発射される鉄砲で、オーク鬼は死亡。次いで現れたオーク鬼は、先に倒れて道を塞いでいるオーク鬼の所為で勧めない。前に出るしか能がないというのは、本当らしい。
 その隙に後ろに控えていた隊が前に出て、一斉射撃を開始する。

ギーシュ「第二小隊! てぇーーーーっ!!」

 ニコラという小男に勝手を教えられるままに、ギーシュは叫んだ。
 怯えはしたが、戦闘が初めてというわけでもない。
 命令とともに射撃され、弾丸がオーク鬼を倒してみせるとギーシュは素直に喜んだ。
 しかしそれも束の間。何を思ったのか、城壁の上でうろうろとしていたトロル鬼がそこから飛び降り、通路も無視でこちらへと突撃をしかけてきたのだ。
 ニコラが残りの隊に一斉射撃を命じ、それも倒してみせたが、次はその横から。
 どうやら中井出を狙って突撃を仕掛けたものの残りがあぶれ、町に戻ってきたらしい。

ニコラ「第一小隊! 弾籠めまだか!」

 ハルケギニアの銃は連発式ではない。
 一度撃てば籠めなければならないため、籠めておいたものを置いておくという方法もあるが、他の隊も応戦しているために数には限りがあった。
 つまり、あれだけ無防備に走ってきているのに、銃で狙い打つことができないのだ。
 しかも安全に倒すということが出来ないと知ると、ギーシュはさすがに狼狽えた。

ニコラ「中隊長殿! 敵を転ばせる呪文を! 早く!」

 焦りで思考が纏まらなかったギーシュに届いたのは、そんな言葉。
 咄嗟に詠唱し、発動させると、迫るトロル鬼の足元の地面が盛り上がり、岩の手となりトロル鬼を転ばせた。
 もちろん敵はそれだけではないので、別の敵にも同じものを。
 そうしている内に魔法詠唱の感覚を思い出して、それとともに中井出と行った鍛錬を思い出す。そうなると、ギーシュは人が変わったようにキリッとした顔になった。
 教わったことだけでも忠実にこなそう。
 経験を無駄にするのは、彼に申し訳ない。
 ギーシュが取った行動は、地面に錬金をかける。それだけだった。
 転がったトロル鬼の前の地面が盛り上がり、天へ向けて尖った、鋭い槍のようなものが出来上がる。
 ギーシュは、中井出を真似て胸をノックした。
 自分で殺す。亜人だが……ああ、殺すのだ、と。

ギーシュ「レビテーション!!」

 重いトロル鬼を、レビテーションで浮かせた。
 一定以上を持ち上げると、あとは習ったリバースレビテーション。
 逆さまに、勢いよく落下を始めたトロル鬼の頭の先には、錬金で作った大きな岩の槍があった。

ニコラ「おお!」

 ニコラが驚きの声をあげる。
 突き刺さる音がして、岩の槍が根元から折れ、ソレはぐちゃりと転がった。
 自分が殺した事実に、自分の責任で殺した事実に、さすがに気色の悪いなにかを感じた。
 だが吐くことはせず、震えながらも、突撃をしかけてくる亜人たちに勇気を以って向かい、迎撃し続けた。
 もちろんいちいち“槍を作っては浮かせて落とす”を続けるわけにもいかない。
 ギーシュは「最後まで取っておきたかったのだが」と、どこか得意げな顔で言うと、ひらりと杖である薔薇から花びらを落とした。
 花弁が地面に着くと、地面から光が溢れ、一体のゴーレムが練成される。
 クリエイトゴーレム───ギーシュが作る戦士、戦乙女だった。

ギーシュ「自分を鍛える中、僕は思ったんだ。なぜこんなに苦しい思いをしているのに、
     人というのは思った以上に成長が遅いのかと。
     言われるままに走ったり腕立てをしたりをしたものさ。
     でもこの身体は、自分が思うよりも自分孝行じゃないんだ。
     だから思った。“振るうのは僕じゃなくていい”。
     筋肉が必要のないゴーレムなら、いつだって最速全力が振るえるんだ!」

 戦乙女が剣を構える。
 ギーシュはそこに発火を唱え、花弁を含ませ油に変えていたことで、炎の剣が完成する。
 剣の芯が折れるまで燃え続ける、ある意味での魔法の剣だ。

ギーシュ「いけ! ワルキューレ!」

 ワルキューレが駆ける。
 対するオーク鬼は馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込み、それをワルキューレが迎え撃つ。
 横薙ぎに振るわれる剣に合わせ、ギーシュは頭の中で命令した。
 全力で、最速で剣を振るえ。ただし、斬るのは棍棒ではなく、それを持つ手だ、と。
 そうして全力が振るわれ、オーク鬼の手が棍棒もろとも吹き飛んだ。
 痛みに叫んだ時には全速力と全力を以って振るわれた炎の剣が、足を切断し、胸を貫き、倒れてくる重力に合わせて振るわれた斬り上げが、頭部を焼き砕いていた。
 作ったのは変わらずの青銅。
 地質によっては錬金できないものがあることを考えれば、慣れた銅で、混ざり物でも構わない。なにせ、操れればそれでいいのだから。
 次の一体を仕留めたところで挟撃に合い、力任せにワルキューレが破壊される。
 だがギーシュは慌てることなくワルキューレを再練成した。
 既にそこに青銅の塊があるのなら、そこに魔力を繋いでもう一度。
 一から錬金するよりも精神力の消費が少なく、敵は壊したと思っているために、簡単に後ろを取れた。
 背中から心臓を貫かせ、そのまま地面に斬り捨てると、倒れたオーク鬼の頭を油断なく斬り潰し、倒れた音に気づいたもう一体を力任せの全力で叩き潰した。

ギーシュ「美しさとはなにか。僕自身が戦うならまだしも、
     指揮をするなら“完全勝利”。これしかないだろう?」

 数多くのゴーレムを練成し、同時に扱うのではなく。
 たった一体に全ての力を注ぎ込み、全力で敵を潰す。
 中井出がギーシュに教えた鍛錬は、ただそれだけだった。
 ギーシュはあくまで“生き残るため”の身体鍛錬しかやっておらず、その間もゴーレムを動かすことは意識から外さないという、無茶苦茶だが効率のいい鍛錬をした。
 お陰で少々のことをしながらならばゴーレムを操ることが出来るため、弾を籠めた小隊に命令を飛ばすくらい、わけないことだった。

ギーシュ「構え筒! てぇーーーっ!!」

 足を切られて怯んだトロル鬼を、30もの弾丸が一斉に襲う。
 あっさりと死亡したトロル鬼だが、念のために首を切断。
 次を迎え撃ち、弾が籠められれば即座に発砲。
 そうして何体もの亜人を葬り、別働隊と合流すると、総力をあげて潰しにかかった。
 その別働隊は巨大なゴーレムで敵の殲滅にかかり、トロル鬼やオーク鬼が次々と殴り潰されてゆく様は見事の一言だった。
 そんなゴーレムの背に、見覚えのある幟を発見した。

ギーシュ「あのゴーレム……あの家紋! 兄さんだ! 兄さんのゴーレムだ!」

 薔薇と豹が刻まれた幟はグラモン家の紋章。
 王軍所属の次男に違いない。
 ギーシュは兄の活躍に胸が躍る気分だった。
 自分も負けていられない。
 迫り来る亜人を全力の一撃で破壊し続けた。
 やがてその戦いは、味方に傷を負わせることなくゆっくりと終わりを迎える。
 サウスゴータから亜人の姿が見られなくなったという報告を受けると、皆は声高らかに勝ち鬨をあげた。

中井出 「あ〜〜……しんどいぃいい……ああ、ギーシュ! ギーシュじゃないか!」
ギーシュ「ヒロミツ! 無事だったかい!?」
中井出 「無事だった無事だった! でも、いや、なんかもう大変だったよこっち!
     亜人たちを誘き出したのまではよかったんだけど、
     これがもう数が多いいのなんのって!」
ギーシュ「僕はきみに教えてもらっていた方法で随分活躍できたがね。
     きみはその、なんだい? 苦戦したのかい?」
中井出 「ジークフリードがマナ不足で力の発揮が出来なくてさ……。
     仕方ないからマジックアイテム使いまくったり、奥の手使ったり」
ギーシュ「きみの奥の手か。教えてもらっても?」
中井出 「まあ、普通なら考える単純なことだしね。ほら、これ」

 そう言い、中井出は美しい造形の剣を見せた。
 間近で見たギーシュも、たまたま見ていた周囲の者も、おもわず“ほう……”と熱い溜め息を漏らすほどのそれ。
 近くに居ると寒ささえ感じる。生き物の翼かと見紛う造形。触れれば凍り、断ち切られてしまいそうな危うさを感じるというのに、ギーシュは目を離せないでいた。

ギーシュ「な、なんだいこれは。剣? 剣かい?」
中井出 「そ。使い魔の素材を拝借して、ハルケギニアの素材と合わせて作った。
     だからマナは必要ないし、好きなだけ振るえる。
     ……今さらだけど、シャルの“殺させない”ってのは、
     なんというかそのー……人間に限ってでいいのかなぁ。
     トロルとかコロがしちゃったよ俺」

 言いながら振るう剣。名を、“ダオラ=ミストラル”。
 大剣に分類する、クシャルダオラの翼を模して作られた鋼氷大剣である。

中井出 「もちろんギミックありで、刃である羽根の部分が折り畳まれて、
     なんと片手剣の大きさに! さらに二本に分かれて双剣化!
     ミストラル=ダオラ×2に変異するのさ!
     名前が逆になっただけだけど、きっちり違うので注意」
ギーシュ「そんなものを、いったいどこで?」
中井出 「え? ガリアで。戦には関係ないけど、
     鍛冶の手伝いしてくれって頼んだら喜んでってことで。
     火竜山脈の風石と、ラグドリアン湖の精霊の涙の力が混ざってるから、
     しっかりとマジックアイテムとしても使用可能! ステキ!
     風石と精霊の涙の調整は、コルベール先生に手伝ってもらったんだ。
     “それが人を傷つけることではないのなら”って言葉とは違うってんで、
     結構怒られたんだけどけね。
     ただやっぱりマジックアイテムとしての使用回数は限られてて、
     使えば使うほど風の結晶と水の結晶の装飾が小さくなっていくね」

 使い切る前なら、それぞれ風石の傍とラグドリアン湖でチャージが可能なのさと、おもちゃを手に入れた子供のような表情で言う。実に楽しそうだった。

ギーシュ「それであまり、オルニエールに居なかったのか」
中井出 「姫ちゃんに呼び出されてたってのもあるけどね。いや、これ使ってて面白いよ」

 よほど気に入ったのか、中井出はダオラ=ミストラルを片手で持つと、ダイの大冒険のクロコダインの真似をして、真空の風を発生させる。……が、もったいないのですぐにやめた。

中井出 「まあなんにせよこれでひと段落! さっさとサウスゴータいって休もう」
ギーシュ「そうだね、さすがに疲れたよ」

 二人は、二人と同じく疲れた顔をしながらも笑い合い、町を目指す人達に紛れ、人ごみに消えていった。
 ……その後、功績を立てたことで杖付き白毛精霊勲章というものを将軍から受け取ったギーシュは兄に抱き締められ、人々に拍手され、ぽかんとしながらも喜んでいた。
 一番槍を果たした中井出にも勲章が与えられ、とりあえずは勲章ひとつ、と安心した。

中井出「これで、ポワトリン……じゃなくてポワチエ将軍殿の申請で、
    勲章がまたもらえればいいんだけど……そう上手くはいかんよなぁ」

 呟き、今は休むことにした。
 拍手を送られるギーシュに、自分も盛大な拍手を贈りながら。
 ───サウスゴータに食料がほぼ無いことを知ったのは、そんな気が抜けていた瞬間の少しあとだった。


───……。


 トリステインの首都・トリスタニアでは、17歳の女王が執務室で祈りを捧げていた。
 執務室は一目でソレと解るほどに、見れば心の熱さなど見失ってしまうほどに、暗い方向で彩られていた。物音ひとつないそこは、まるで霊廟のようであった。

アンリエッタ「………」

 国民が戦にいく。
 しかし、自分は何も出来ないでいる。
 女王という立場の、なんと不便なものか。
 自分にも力はあるというのに、女王だからという理由で参加できないでいる。
 殿方であれば、むしろ突撃して然るような剛毅な者も居るだろうに。

アンリエッタ「これはアルビオンを……ウェールズの国を取り戻す聖戦。
       だというのに、こうして祈ることしか出来ないなんて」

 アンリエッタが着ている服は喪服だった。
 黒で占められたその外見は、白がよく似合うアンリエッタには到底似合わない。
 枢機卿であるマザリーニにも言われたことだが、アンリエッタは自分の無力さに、自分に合う色など選ぶ余裕もなかった。

マザリーニ 「陛下……いつまでそうしておられるのですか」
アンリエッタ「戦です。倒れる兵も少なくないでしょう。喪に服しているのです」
マザリーニ 「いえ、あの……陛下? 先ほど報せが届きましたが、
       戦ではトリステインとゲルマニア、誰一人として死者は出ていないと」
アンリエッタ「───エ?」

 一人も? 目で訴えかけると、マザリーニは頷いた。

マザリーニ 「よい報せがあります。
       我が連合軍は早くも、シティオブサウスゴータを完全占領。
       ロンディニウムの足がかりがこれで確保されました」
アンリエッタ「え、ええっ!? まだ二日三日程度ですよ!? それを───」
マザリーニ 「慎重に慎重を重ねすぎている将軍らの横で、
       一人突き出て武勲をあげている者がいるとか。
       なんでも陛下の許可を得ているため、強く止めることもできないと」
アンリエッタ「───! まあ!」

 アンリエッタはその言葉で理解した。
 兄さま……もとい、ヒロミツさんだと。

マザリーニ 「第一にロサイスへの侵入の際、
       ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール殿とその使い魔と、
       オルニエール子爵らが陽動となり、3万の兵をダータルネスに集め、
       死傷者一切無しで無事に艦隊を到着させました。
       そこで待機していた500人あまりの兵との戦はありましたが、
       これには給仕として許可を得て連れてきていた、
       オルニエールのメイドらが対応。
       燃え盛る土くれを敵目掛けて降らせることで、容易に勝ったそうです」
アンリエッタ「そう! 素晴らしいわ!」
マザリーニ 「次にサウスゴータですが、なにやら亜人に占拠されていたようで、
       しかし相手の単純さを利用し、やはりこれらを子爵殿が誘き寄せ、
       手薄になったサウスゴータへの一番槍を、
       グラモン元帥の末っ子のギーシュ殿が努め、多くの敵を倒したと」
アンリエッタ「〜〜〜〜……!」

 アンリエッタは誇らしい気持ちでいっぱいだった。
 知っている者の活躍が、知らぬ誰かのものよりもこんなにも嬉しいものとは。
 しかしマザリーニの顔色が優れないことに気づき、“ああ、やはりよくない報告もあるのか”と、少し落ち込んだ様子で先を促した。

マザリーニ 「はい。連合軍は、兵糧の補給を要求しております。
       なんでもシティオブサウスゴータは、
       食料といえるもののほぼが奪われていたとかで」
アンリエッタ「なんですって!? まさか亜人が!?」
マザリーニ 「いえ。恐らくはアル……いえ。レコン・キスタの策でございましょう。
       国を取り戻しに行くというのに、民を見捨てるわけがない。
       やつらはそう思い、こちらがサウスゴータに兵糧を分けると見越し、
       兵糧攻めに走っているのです」
アンリエッタ「なんてことを! 民を利用するなど!
       神聖レコン・キスタは共和制を謳っているのでしょう!?
       ならば何故そのようなことを!」
マザリーニ 「勝つためならば手段は選ばぬ、ということでしょう。
       勝てねばどのみち、民からは見放されるのです。
       ならば勝ち、それから信用を得ようとしているのです」

 アンリエッタは唇を噛み、クロムウェルに対して怒りを覚えた。
 愛しい人の国を奪ったばかりか、その民にまでこのような仕打ち。
 目の前に居るのなら殴ってやりたいくらいだった。
 知らず、拳を握るのは、もはや癖か。

アンリエッタ「解りました。兄さまから受け取った献上金があります。
       それを使い、早急に兵糧の補給を。
       わたくしはオルニエールに向かいます」
マザリーニ 「陛下、それは───」
アンリエッタ「事後承諾として叱られるでしょうね。
       けれど、そうも言ってはいられないでしょう。
       食料は、無限ではないのですから」

 急ぎなさいとアンリエッタに言われ、マザリーニは事を急ぐため、室内から出て行った。
 いや、出て行こうとしたが、言い忘れたことを思い出し、口を開いた。

マザリーニ 「大変なことを言い忘れておりました」
アンリエッタ「大変なこと?」
マザリーニ 「降臨祭が迫っております。敵は……休戦を申し出ています」
アンリエッタ「あと二十日以上も先のことです。
       降臨祭の際には戦中であろうと休戦と決まってはいますが、
       二十日もある日を休戦にする理由はありません」
マザリーニ 「は……それはもちろんです」
アンリエッタ「条約を破り、あまつさえ学院の生徒にまで手を出した。
       そんな卑劣な連中の願いを、何故聞かなければならぬのです。
       恥知らずとは、まさにこのことでしょう。
       ……マザリーニ枢機卿。女王として命じます。
       民すら大事に出来ぬ偽りの共和国の王を、全力で潰しなさい」

 言うだけ言うと、アンリエッタは走った。
 急いで私室に戻ると、姿見を押し、オルニエールへ向かった。


───……。


 オルニエールは静かなものだった。
 学院で起きた諍いにて、怪我をした者が居るくらいで、しんと静まり返っている。
 もちろん子爵が言うところの家族は居て、アンリエッタはマチルダに迎えられていた。

マチルダ  「おや、どうしたい、お嬢ちゃん」
アンリエッタ「お嬢ちゃんはやめてくださいまし。それより、お願いがあって参りました」
マチルダ  「堅苦しい言葉遣いはやめな。あんたは家族だろう。
       またあいつにゲンコツでもくらいたいのかい?」
アンリエッタ「う……それは。でも、今日は女王として来たのです。
       “家族だから”を理由に言えることではありません」
マチルダ  「……言ってみな。返事はそれからだ」

 アンリエッタはマチルダに、神聖レコン・キスタでの戦のことを話して聞かせた。
 もちろんアンリエッタ自身も報告を受けただけなので、詳しいことまでは知らないが。

マチルダ  「はぁ……兵糧攻めね。やってくれるじゃないか、まったく」
アンリエッタ「マチルダ殿……」
マチルダ  「殿はやめな! 気色悪い! ……いいかい、アン。
       あんたが女王として動きたいってんなら止めない。
       ここには食料は売るほどあるんだ、持ってったって構いやしないさ。
       ……こっちとしては、利用してるみたいで言いたかないが」
アンリエッタ「もちろん、戦に貢献したとし、兄さま……あ、いえっ、子爵の評価は……」
マチルダ  「兄さまねぇ。あんた本当にアレにべったりだね」
アンリエッタ「あうぅ……!」

 アンリエッタは真っ赤になって俯いた。
 しかし着替えもしなかったので、モーニングベールの薄い黒の網目に隠れた赤さをマチルダに見られることはなかった。……会話だけで解りそうなものだが。

マチルダ  「いいよ、了解しようじゃないか。今はともかくあの馬鹿の爵位を上げて、
       余計な悪い虫がこれ以上つかないようにするだけだ。
       最近、なんとかここに取り入ろうとする馬鹿が増えてね。
       伯爵領ともなれば、自重するやつも増えるだろうさ」
アンリエッタ「……あの。本当に、この領土だけでいいのでしょうか。
       わたくしは何度も、兄さまに面積を増やしませんかと言っているのですが」
マチルダ  「いらないよ、そんなもの。ここが、この領地がオルニエールだ」
アンリエッタ「けれど、柵から少しの距離の領地をお買いになったとか」
マチルダ  「勝手に侵入しようとする馬鹿が居るから、余分に買っただけさね。
       出入りするなら出入り口から、だろう? おーい、テファー!」

 呼ばれ、ティファニアがやってくる。
 アンリエッタは自分の従妹を見て、軽く会釈をする。
 そんなティファニアに首を傾げられ、本当に今さらではあるが、自分が顔を出していないことを思い出し、慌ててモーニングベールを取り去り、もう一度会釈した。

マチルダ  「それとね、アン。モーニングベールは未亡人がつけるもんだ。
       あんた、ウェールズを殺したいのかい?」
アンリエッタ「いえ……これは愛する民を想い、つけたものです。
       婚儀もせずに死にゆく者も居るかもしれない。
       そう考えたら、つけずにはいられませんでした」
マチルダ  「律儀だねぇ……まあいいさ。
       テファ、これから領地を回るから手伝っておくれ。
       声をかけるなら老人の方が話が早い。国に食料を献上するんだ。
       アルビオンで、ヒロミツが困ってるらしいからね」
ティファニア「ヒロミツが!? 大変!」

 中井出の名前を出した途端に、ティファニアの表情は変わった。
 すぐに部屋を出ていくと、まずはすぐそこで会ったヘレン婆さん……メイド婦長にそれを伝え、そこからは老人情報網から一気に広がった。
 食料は驚くべき速さで掻き集められ、アンリエッタは呆然とするしかなかった。

マチルダ  「ほら、さっさと持ってお行き」
アンリエッタ「あ、は、はいっ! 感謝します!」
マチルダ  「堅苦しい感謝なんざ嬉しくないね。ありがとうって言えばいいんだよ」
アンリエッタ「───! ありがとう! マチルダ姉さん!」
マチルダ  「姉っ……!?」

 アンリエッタは嬉しさのあまりにそう言うと、待ち構えていたシャモンのもとへ。

アンリエッタ「よろしく、シャモンちゃん」
シャモン  「クキュ」

 こくりと頷く、小さな竜。
 その小さな姿にヘレンメイド婦長が、自分の首にかけておいた首飾りを取り、シャモンの首にかけてやると、巨大な竜へと変貌。
 アンリエッタはその背に乗り、シャモンは巨大な袋に包まれた食料を掴み、翼をはためかせる。その時にアンリエッタはそういえばと、マチルダに訊ねた。

マチルダ  「あの馬鹿の使い魔? ……ま、考えりゃ解ることさ。
       これはなんのための、誰の国を取り戻す戦だい?」
アンリエッタ「───まさか!」
マチルダ  「時が来れば、アルビオンに嵐が舞い降りる。最初からそのつもりなのさ。
       あの馬鹿に言っておやり。言い始めが負けんじゃないよって」
アンリエッタ「……はいっ!」

 シャモンが空を飛ぶ。
 見ていた景色が彼方に消える頃、アンリエッタは空の上で考えていた。

アンリエッタ「……誰も死者が居ないのに、これで戦地へ行くのは……」

 将軍らを見下すことになる。
 アンリエッタは慌ててシャモンに指示すると、王宮へ戻った。
 もちろん、着替えるためだった。


───……。


 シャモンがシティオブサウスゴータに到着したのは、それからしばらくあとのことだ。
 女性の身支度は長い。長いのだ。
 そして、その長さの所為でマザリーニに捕まったアンリエッタが、マザリーニの説得に成功するのに数時間。
 なんとか到着した頃には、もう夜だった。

アンリエッタ「兄さま!」
中井出   「へ? 兄───って姫ちゃん!? なんでここに!?」

 シャモンは中井出の反応へと真っ直ぐ飛び、辿り着いてみれば、サウスゴータの城壁の上。
 急に降りた竜に何事かと将軍や兵らが驚いているが、城壁に存在したたいまつがアンリエッタの姿を照らしていると、見上げていた者たちはみな一様に驚いた。

アンリエッタ「驚かせてしまいました」
中井出   「当たり前でしょーが……で、どうした?
       なにかあった……って、それ食料!? おおお食料か!」
アンリエッタ「ええ、報せがあって、
       その……勝手な判断で、オルニエールの食料を分けてもらいました」
中井出   「マチルダさんはなんて?」
アンリエッタ「国に献上するから持っていけと」
中井出   「ならいいって。管理はマチルダに任せてあるし、文句もない。
       それに、正直助かった。
       亜人を潰したはいいけど、町のみんながすごいぐったりしててね。
       食料分けたのもそれはそれでよかったんだけど、
       今度はこっちの食料が尽きた」

 ワハハハハと笑いつつ言いながら、中井出はシャモンの頭を撫でた。
 シャモンはクキュウと鳴くと、翼をはためかせる。

中井出「ありがとな、姫ちゃん。お陰で助かった。
    シャモンはマナが無くなる前に帰してやらないといけないんだけど、
    姫ちゃんはどうする?
    この機会を逃すと、次の補給までロサイスから船は出ないぞ」

 アンリエッタは考える。
 自分も、自分の力で……と思っていた。
 だが、自分が出来るのはせいぜいで指揮をとることくらいだ。
 自分の突撃を、将軍らは許しはしないだろう。
 そして指揮だが、自分にはそういった才能はない。
 それを思えば、自分がここに居ても役に立たないことくらいは解っていた。
 だからこそ、アンリエッタは言った。

アンリエッタ「ミス・マチルダ……いいえ。マチルダさんからの言伝です。
       言い始めが負けんじゃないよ、だそうで」
中井出   「……そか」

 中井出は穏やかに目を細め、アンリエッタの頭を撫でた。
 アンリエッタはくすぐったそうにし、温かさを堪能するとシャモンの背へ。
 中井出はそんなアンリエッタを見上げ、ハタと思い、眼下に集り女王を見上げる将軍や兵、民らへ向けて声を張り上げた。

中井出「我らが女王陛下が、輝く竜とともに食料を届けてくださったぞぉーーーっ!!」
総員 『ウォオオオーーーーッ!!!』

 それだけで、場は歓声に溢れた。
 次いで聞こえるのは女王陛下万歳の声。
 アンリエッタはなにやら恥ずかしくなり、シャモンの背から降りて中井出の服を引っ張った。

アンリエッタ「これは兄さまの領地の糧ではありませんか!」
中井出   「献上したんだから僕知〜らない」
アンリエッタ「兄さま! ……もう!」

 騒ぎはしばらく続いた。
 しかし、城壁の上へ登ってきたヴィヌイーユが、アンリエッタの身を案じて言った言葉に頷くと、シャモンに跨り空へと消える。
 シティオブサウスゴータに集った将軍や兵、元から居た民達はアンリエッタに感謝をするとともに、まずは泣き叫ぶ胃を鎮めにかかった。




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