36/さよならの結婚式

 そんな日から、いったい何日経っただろうか。
 レコン・キスタ側は休戦を申し出て、しかし連合はこれを受け入れず、突撃の準備を始めていた。トリステインからの食料の到着も安定していて、これならば勝てると誰もが思っていた。
 中井出はすぐに決着をつけるべきだと申し出たが、将軍らは突撃体勢を……いや。迎撃態勢を固めるばかりで、突撃しようとはしなかった。
 なにを狙っているかなど、考えれば解ること。
 今度はこちらが兵糧攻めをしようというのだ。

ポワチエ「シティオブサウスゴータから食料を奪ったとしても、
     その数は7万近くの兵らが食えばすぐに無くなる。
     補給路も断たれた相手側が衰弱するのは時間の問題。
     それに比べて我らは港を占領し、サウスゴータまで占領した!
     やつらめ、すぐに降伏するに違いないわ!」

 ポワチエの言葉を、中井出は呆れながら耳に入れていた。
 確かに休戦を申し出ている相手に総攻撃を仕掛けるのは、微妙な気分にもなるだろう。
 降臨祭が終わるまでは、お互い落ち着こうじゃないかと言うのも解らないでもない。
 町中で小さな子供が親に手を引かれ、誕生日になったらケーキを買ってもらえるのと燥いでいるのを思い出した。思い出したが……降臨祭はまだ先なのだ。
 なにをそんなに悠長に構えているのか。
 中井出は嫌な予感ばかりを抱いていた。

ヴィヌイーユ「聞いたぞ、子爵殿! 食料の補給は貴公の献上のお陰だとか!
       お陰で我らは遠慮することなく戦える!」

 そんな言葉に軽く会釈を返し、中井出は仮の作戦会議室をあとにした。

中井出「……はぁ」

 シティオブサウスゴータは賑やかな場所だった。
 ところどころに亜人の臭いが残ってはいたものの、いつしか降り出した雪が、ゆっくりとそれらを消していった。
 今や、サウスゴータは白銀の世界だった。
 ここにはクシャルダオラが似合いそうだな、なんてことを思い、歩く。
 途中で才人とルイズ、ギーシュに会い、酒場で他愛の無い話をする。
 酒場は、既に勝ちを確信した兵らでごった返していたが、構わずに……その賑やかさを楽しんだ。だが、嫌な予感は一向に消えやしなかった。
 名誉や誇りの話で才人が怒り出しもしたが、それはきちんと説明することで、なんとか治まりをみせたのだが───……平和なんてものは、いつだって長くは続かないものなのだ。
 それを、中井出は久しぶりに感じた。

……。

 ことが起こったのはその夜だった。
 急にどこからか大きな音が鳴って、眠っていた才人たちは飛び起きた。
 どこからか「反乱だ! 反乱だ!」との声が聞こえた。
 反乱の意味が解っても思考が追いつかず、とりあえずデルフリンガーを手にしてルイズを起こした才人は、サウスゴ−タの宿を出て、外の惨状に気がついた。

才人「……なんっ……だよ、これ……!」

 そこでは剣を持った兵同士が争っていた。
 敵国の兵ではない。
 同じ鎧と同じ紋章を背負った、トリステインの兵だった。

ギーシュ「いったいなんの騒ぎだい、これは……ひっ!? せ、戦争!?」
才人  「戦争なら辿り着く前からやってただろ! なんかおかしいぞこれ!」

 とにかく、むにゃむにゃと目をこするルイズを連れ、ギーシュとともに宿の部屋へと戻った。二階の隅の部屋であるそこの窓からそっと外を見下ろすと、やはり争う兵たち。もはや、ゲルマニアもトリステインも関係無しだ。
 民を襲わないのが幸いとは思ったが、直後に火球が空を飛び、建物の一角を破壊した。
 あそこは確か、将軍らが居た場所じゃあ───そう思い、才人は青くなった。
 大きな音だった。それでルイズが完全に目を覚まし、外を見て、悲鳴をあげた。
 丁度、兵が兵を剣で突き刺し、殺しているところだった。
 その声を聞いた兵が、正気の目とは思えるわけもない白目でルイズを見上げ、ぐしゅると奇妙な声を発した。

才人  「ギーシュ! 逃げるぞ! ギーシュ!」
ギーシュ「あ、あ……あ、ああ! でも、何処に!」
才人  「どこって───そうだ! 提督は!?」

 顔を見合わせた才人とギーシュは駆ける。
 才人はルイズを小脇に抱え、ギーシュが扉を開け。
 既に宿に上がってきていた白目の兵を蹴り飛ばしながら、隣の部屋へと潜り込む。
 中井出が泊まっていたはずの部屋だったのだが、中井出は……居なかった。

才人  「何処行ったんだよこんな時に!」
ギーシュ「き、きみ! 才人! 出会いがしらに蹴りなんて入れて! どうするんだ!」
才人  「奇声あげて剣振りかぶったヤツ相手に攻撃するなって!? 無茶言うなよ!」

 言いながら、ありったけの家具を扉の前に置き、才人は窓際に寄った。
 現状は地獄だった。
 あれだけ居た頼もしい仲間たちが争いを始め、どう見てもおかしな連中は躊躇無く兵を刺し殺し、正気である者は、どうしたのだと訊ねているうちに殺される。
 次第に守りに徹していた者たちも、殺されてなるものかと反撃を開始する。
 それは、突然襲ってきた者たちの行為を反逆行為と見なしてのものだった。

才人「う……ぶっ……!」

 町中に次々と死体が転がる。
 だというのに、その死体が起き上がり、別の兵を襲い始めるのだ。
 ゲームの世界で見たことがある。
 けれど、現実で見るそれは悪夢だった。
 銃で頭を撃てば終わる? 首を斬れば終わる? そんなことはなかった。
 銃で撃たれた傷は塞がり、燃えて崩れた建物に巻き込まれ、潰れた頭も治った。
 ゾンビだとかそんなものじゃない。これは、まるで───

才人「───! なに考えてんだよ俺はっ!!」

 一瞬でも頭に浮かんだ、映像の中のあいつみたいだ、なんて言葉を振り払う。

ギーシュ「ど、どうするんだい!? 外はもう囲まれているぞ!
     というか、なぜトリステイン軍がトリステイン軍を!?
     もも、もしや最初からレコン・キスタに与する者が混ざっていたのか!?」
才人  「解るもんか! そんなこと! 解るのは───!」

 そう、解るのは。勝ちが決定していたと思っていた戦が、覆された。
 ただ、それだけだった。

才人  「ギーシュ! 俺が先に出てあいつらを追い払うから、
     ルイズを連れてレビテーションで降りてきてくれ!
     フライで飛ぶのでもいいから!」
ギーシュ「なんだって!? あの数を一人で!?」
才人  「他に方法がないだろ!」

 扉に目を向ければ、刃が突きたてられ、家具は衝撃で揺れている。
 あと数回殴られれば、家具ごと扉は壊れるだろう。
 才人は状況を飲み込めずにいるルイズをギーシュに押し付け、デルフリンガーを握った。強く、強く。ルーンが輝き、グリランドリーがその光を受け止め、才人に力を与える。

才人  「いくぞ! 吹き飛ばしたあとは、AGIとVITだからな!」
ギーシュ「解っているさ!」

 才人が窓から飛び降りる。
 ギーシュは窓から身を乗り出し、着地寸前の才人をレビテーションで浮かせ、静かに下ろす。その瞬間には才人は円を描くように剣閃を放ち、群がる兵らを一気に吹き飛ばした。
 次いでギーシュがルイズとともに飛び降り、地面に降りるや駆け出した。
 正気でいる兵も既に逃走を始めている。
 逃げる方向とは逆の丘の先を見れば、ロンディニウムからこちらを目指し近付く無数の松明が。これを好機とし、休戦を申し出ていたというのに攻め込んできたレコン・キスタの軍勢だった。
 それを見れば、考えることは皆一緒だった。

  “ロサイスへ。ここは、もうだめだ”

 才人は訳の解らない状況に、ちくしょうと何度も呟き、ギーシュはもらった勲章がひどくちっぽけに見えてしまった自分に歯噛みした。


───……。


 夜が明ける頃には、正気だった者たちの全てがロサイスに押しかけていた。
 誰もが我先にと船に乗り込もうとし、港は人でごった返していた。

ギーシュ「……こんなことがありえるのかね。
     たった一日だ。いや、半日すら経っていないかもしれない。
     優勢だったんだ。勝てると確信していた。それが……」

 呟くギーシュは、船から離れた位置から自国の貴族や兵たちを見た。
 皆が自分の命を惜しみ、平民を押し退けて船に乗ろうとしている。
 命を惜しむな。名を惜しめ。そう言われて育ってきた彼にとって、現実に迫る死とは、貴族も平民もないのだなと……改めて思い知らせた。
 そんなもの、中井出の過去で思い知ったはずだったのに。

ギーシュ「なんなのだろうね、この気持ちは。戦に負ける。それは悔しい。
     だがね、才人。僕は……僕は、情けない。平民を……人を突き飛ばしてまで、
     子を抱いた夫人を突き飛ばし、転ばせてまで助かろうとする貴族が、悲しい」

 いつしかギーシュは泣いていた。
 負けることだけが悔しいのではない。
 軍人の家の息子として、確かに敗北は恥かもしれない。
 だが、今は貴族という名が自分の中で霞むことが、悔しくてたまらなかった。

ギーシュ「誇りとは……なんなのだろうなぁ。
     僕は、あんな目には見えないもののために、
     それを名誉と言って、戦って死ぬだなんてことを言っていたのか」

 才人は何も言わない。
 ルイズも、ギーシュと同じく悔しくて泣いていた。
 それでも才人は何も言わない。
 解りきっていたことだったし、むしろそんな情けなさこそが“本物”っぽいとさえ思ってしまった。
 なにが貴族だ、平民だ。結局は人間なんじゃねーか。
 才人はそんな人間の本性を目の前にして、だというのに平民平民と見下す貴族に心底腹を立てていた。

才人 「……あ」
ルイズ「え……?」

 才人が小さく声をもらす。
 何気なく向けた視線の先に、見覚えのある顔があった。中井出だ。
 丁度良かった、この訳の解らない事態の原因を───……教えてもらおうと近付いた。
 中井出は、血塗れだった。
 血塗れのまま、子供たちを連れ、親らしき人へと引き合わせていた。

才人「あ……」

 逃げようとするあまり、町の人の避難を失念していたことに、今気づいた。
 居ないわけだ。恐らく中井出は、ずっとそれをしていたのだろう。

中井出「お? ……才人! ギーシュにルイズも! 無事だったか!?」

 そんな中井出がこちらに気づき、手を振る。
 近付き、改めて中井出の血塗れの服を見る。
 中井出は困った顔で一言、「言っとくけど殺してないよ?」と言った。
 つまりは自分の血か、傍で誰かが死んだのだろう。
 才人は歯を食い縛り、悔しさを噛み締めた。

中井出 「今さっき、お子の救出と一緒にいろいろ調べてきた。
     どうにも水に一服盛られてたみたいだ」
才人  「水? ……酒場かなんかにか?」
中井出 「いや。水脈だ。多分アンドバリの指輪の結晶を溶かして流したんだろ。
     それが、町に着くよりも先に、川の傍で陣を組んでたやつらの口に流れ込んだ。
     ……ギーシュ。確認してきたけど……お前の部隊は全員操られてたよ。
     ニコラが兵を殺すところ、見ちまった」
ギーシュ「……! …………そう、か……」

 ということは、ヴィヌイーユ伯爵も。
 ギーシュの呟きに、中井出は静かに頷いた。
 ポワチエも火球の激突に巻き込まれ、死亡したという。
 だというのに起き上がり、相手側の兵と化していると。

ギーシュ「なんてことだ……これは、悪夢か……? なぁヒロミツ、夢かい?
     これは……夢だろうね?」
中井出 「現実だ。現実に起きて、その現実に俺達は立ってる。
     前を向けとは言わんから、いろんな方向見て歩け。
     戦なんてするべきじゃねーって、誰でも解るから」
才人  「……そうだな」

 才人は、コルベールの手紙の内容を思い出していた。
 戦などするべきではないと。
 そして、同時に思った。やはり、こんなものになど慣れたくないと。

ルイズ「…………どうなるの?」

 今まで黙っていたルイズが口を開く。
 中井出は両手を見下ろし、血が付いていない左手で、ルイズの頭を撫でた。

中井出 「なるようにしかならない。このままだと……そうだな。
     総勢10万ほどにも膨れ上がったレコン・キスタが、ここに雪崩れ込んでくる」
才人  「10万!?」
中井出 「これでも気休めの数だ。実際は12万くらいいってるかもしれない。
     夜襲ってこともあって、一気に連合軍は潰された。
     殺されても蘇って、相手の兵になるんだ。兵は増える一方だ」
ギーシュ「……なるほど。なるようにしかならない……本当に、そうなのだね」
中井出 「ああ。そして……ギーシュ。これが最後でいい。お前は名誉が大事か?
     貴族の名が大事か? 名誉ある死は誇らしいと言えるか?」
ギーシュ「解らないよ。だが、それは、僕が父に教えられた───」

 ギーシュの言葉は遮られた。
 突然やってきて、突然話しかけてきた騎士によって。

騎士 「オルニエール子爵! ウィンプフェン参謀長より通達する!」
中井出「あいよ」
騎士 「これより全ての者がロサイスを発ち、安全を確認するまで!
    殿軍(しんがり)を務め、敵のロサイスへの侵入を防がれよ! これは命令である!」
才人 「なっ……なんだよそれ! 10万以上だぞ!? 死ねってのかよ!」
騎士 「3万を陽動し、巨大な雷を落とした貴公の力を見込んでである!
    タルブの村での功績も知られている!
    謹んで受けられよ! これは名誉のための殿軍だ!!」
中井出「………」

 中井出は、ちらりと悲しげにギーシュを見た。
 ギーシュは、顔を両手で覆って号泣した。


───……。


 港から離れた場所で、中井出はソーサラーリングから出した水で服を洗っていた。
 飲むかと問われ、才人は喉を潤し、ギーシュは顔を洗い、ルイズもそれに習った。

才人  「……どうするんだ? これから。ほんとに10万相手に……」
中井出 「約束したからな、ピエールさんと。
     功績を得なきゃいけないらしーぜ? 伯爵さまになるために」
ルイズ 「や、っ……やめて! しなくていいわよそんなこと!
     なにが名誉よ! こんなの名誉なんかじゃないわ!」
ギーシュ「……僕もルイズに賛成だ。こんなの、間違っているよ。
     自分が死にたくないから、他人の“力”を信じる……。
     ヒロミツの言っていたことの意味が解ったよ。
     僕らは力を信じてほしいんじゃない。僕らを信じて欲しかった」

 服……ブリュンヒルデを洗い終えると、中井出はそれを着て、同じくソーサラーリングの火で乾かした。

中井出「才人、ルイズ、ギーシュ。お前らも船に乗る準備しとけ。乗り遅れると面倒だ」
ルイズ「え……?」
才人 「乗り、遅れって……提督!」
中井出「俺は残る。幸い、言われたのは俺一人だ。
    お前らがここで帰っても、なんの文句も言われない。
    こんなことになって、ヘタしたらお前らまで巻き込まれるんじゃって心配だった。
    でも、名前を呼ばれなかったからな。これで安心して行ける」

 中井出はそう言うと、ダオラ=ミストラルではなく鉄の刀を構えた。
 奥の手はあくまで奥の手。シャルロットとの約束により“殺すこと”が出来ないのなら、斬れるものより殴るもの。中々に長いそれを腰に備える中井出───の服が、三方向に引っ張られた。

中井出 「お、おうっ!? なにっ!?」
才人  「……俺も行く」
ルイズ 「わたしも」
ギーシュ「僕もだ」
中井出 「だめ」

 即答で返された。
 言い返そうと思ったら、それを遮られた。

中井出「まず1。ルイズ。
    お前のことはピエールさんにどうか守ってやってくれって言われた。
    もちろん却下した。守ることは嫌いだからね。
    だから、危険なところに向かわせることはしなかったし、
    ピエールさんもなんだかんだで見逃してくれた。OK?」
ルイズ「え……あ───だから、父さまは……」

 自分が戦に出ることが出来た理由を知った気分だった。
 それと同時に、父さまがどうしてそこまでヒロミツを評価しているのかに、疑問も抱く。

中井出 「2。才人。俺になにかあったらお前が領地を治めろ。だから帰れ」
才人  「いやだね。そんな理由で友達をみすみす見送れるかよ」
中井出 「じゃあ3。ギーシュ……死ぬぞ、ヘタしたら」
ギーシュ「死にたくはないよ。ただ、あそこに居る彼らのような貴族でいたくない。
     名も惜しもう。命も惜しもう。だから、頼む、ヒロミツ。
     僕を連れていってくれ」
中井出 「んー……お前の場合、俺が連れていくとなると、
     俺がグラモン元帥に怒られるんだけど」
ギーシュ「これは僕自身の戦いだ。だから従軍の際には父の名も出していない。
     僕は僕としてこの地に居る。
     だから、僕は友として、仲間として、家族としてきみに頼もう。
     連れて行け。きざな言葉は無しに、真正面から頼む」
中井出 「………」
才人  「おおぅ……お前、きざっぽくない方がカッコイイぞ」
ルイズ 「意外な事実だわ……」
ギーシュ「失礼だねきみたち……」

 小さく笑いが生まれる。
 そんな笑いの中で、三人の中に覚悟までもが生まれてしまうのを、中井出は感じた。
 それを受け取った中井出は……悲しそうだった。

中井出「危なくなったら逃げろよ? ふざけて言ってるんじゃない、本気だ。
    誰かが遅れても絶対に逃げろ。逃げきってくれ。
    俺は、お前らが死んで、クロムウェルに操られる姿なんて見たくない」

 真面目な声だった。
 いつもおちゃらけている彼からは想像もつかないほどに。
 三人は顔を見合わせて、自分たちがどれだけ大切に思われているのかを知り、苦笑。
 その苦笑は中井出へと向けられた。
 自分も同じなのだから。この目の前の馬鹿者に、死んでほしくないのだから。
 不老不死とはいえ、傷ついているところなど見たくはないのだから。
 だから、三人は頷いた。中井出も、それで頷いた。

……。

 次々と船に人が乗るが、一つの船に乗れる人の数は限られている。
 帰りたいからすぐ出航というほど技術は万能ではないし、無理をすればラ・ロシェールに辿り着く前に落ちるかもしれない。だから、焦りながらも慎重に、一隻が出ればかなり待ち、ようやくもう一隻が進む。敵に吸収されたとはいえ、連合の兵の数は尋常ではなかったのだから。
 そんなものを見守るだけでも時間は進み、だというのに人数が減ったようには見えない。
 しかし、港は騒がしいのに対し、既に人の気配がないロサイスの街道。
 その外れに寺院を見つけたのは、どうせ見納めになるのならと散歩をしていた時だった。
 皆、しんみりと歩いては、置きっぱなしの売り物だったものを見て、苦笑した。
 「こんなに美味そうなのに、置いていかれてやんの」と才人がパイをつついた。

中井出「せっかくだからもらってくか」
ルイズ「よしなさい、子爵でしょーがあんた」
中井出「子爵も人の子だよ?」
ルイズ「………」
中井出「美味そうなクックベリーパイだよなぁ。
    口に含むとこう、口の端がじゅわぁあってなって、甘さに頬が痺れて───」
ルイズ「たたたったたた食べずに腐らせるのも、作った人に失礼よね!
    どどどうせ腐るだけだし!? 占拠されたらレコン・キスタに奪われるだけだし!
    あんなやつらにあげるくらいなら、わわわわわたしたちが!」

 どこまでもちょろいやつだった。
 それはそれとして、パイを食べ歩きながら見つけた寺院。
 その中へ入ってみて、そこが教会のようなものであることに、才人は驚いた。
 ステンドグラスが陽光に照らされ、きらきらと輝いている。
 その荘厳に整えられたひとつの世界を見て、才人は「すげぇ……」と呟いた。
 ステンドグラスなど、間近で見たのは初めてだった。
 中井出もどこか眩しそうに見上げ、祭壇の前にまで来て、神父の真似事をしてみている。

中井出「おお旅人よ! 死んでしまうとは情けない!」
三人 『それはダメ!!』

 三人によるツッコミは同時だった。
 中井出は「嫌われてんなぁファザー・ベント……」と呟いて、しかしハタと思いつき、ルイズと才人を見て言った。

中井出「そうだ。どうせだから結婚式、やらないか?」
才人 「結婚式?」
中井出「そ。降臨祭……ブリミルが世に誕生した日とやらまでもう少し。
    そんな日を間近に結婚式なんて、素晴らしいじゃないか! たぶん!
    それに───……」

 それに。
 それ以上のことを中井出は言わず、代わりにルイズと才人を見た。
 ギーシュも含めた三人は、言われなくてもその先が解っていた。
 それに……今日、死んでしまうのかもしれないのだから。
 中井出はそう言いたいのだろう。
 時間を稼げばいい。だが、あの調子では船の全てが出港するのにはどれほどかかるか。
 ヘタをすれば本当に、死ぬかもしれない。
 逃げようとしても、囲まれて逃げられないかもしれないのだ。
 それを考えれば、やりたいことはやっておこう。そういうことだ。

ルイズ「け、けけ結婚式って……まさか……」

 ルイズが才人を見る。丁度、才人もルイズを見たため、視線がぶつかった。

中井出「最後にするつもりはもちろんない。本物じゃなくても構わないさ。
    でも、いいじゃないか。参列者は俺とギーシュ。
    あ、俺神父役だから参列者ギーシュだけか。
    くそ、ジュリオの野郎めどこ行きやがった。これこそ神官の役目だろうに」

 言いつつも、中井出は飾られていたグラスを手に取り、ギーシュが拝借してきていたワインを一本貰った。

ギーシュ「クッキーでもあれば、ワインに漬けようと思ったのだがね」
中井出 「いいさ。せめて乾杯くらいはしようぜ。戦の前の景気づけだ」
ギーシュ「……そうか。うん、悪くないね」

 グラスにワインが注がれる。
 それは、ルイズと才人の分だけ。ギーシュが目を閉じながら、華麗にトクトクと。
 その際、調子に乗って回転していたが、こぼれそうになったのか背中を見せたままもたもたと何かをしていた。振り向いた彼が少し気まずそうにしていたのを見て、ルイズたちはただ失敗しただけなのだろうと笑った。
 ワインが渡され、二人が飲む。
 なかなか上等なものだったのか、ルイズも才人も頬を緩ませた。

中井出「あー、こほん」

 それを見た中井出が祭壇に立って、誓いの言葉を言う。

中井出「新郎、平賀才人。あなたは新婦、ルイズ・フランソワーズを生涯の妻とし、
    病める時も、また、健やかなる時も助け合い、愛し合うことを誓いますか?」
才人 「───……誓います」
ルイズ「!」

 ぽむっ。ルイズの顔が赤く変色した。
 しかしそれが治るより早く、ルイズへの誓いの言葉が唱えられる。

中井出「新婦、ルイズ・フランソワーズ。あなたは新郎、平賀才人を生涯の夫とし、
    健やかなる時も病める時も助け合い、愛し合うことを誓いますか?」
ルイズ「………、───」
才人 「…………? ルイズ? ───ルイズッ!」

 頬を薄く染めていたルイズの身体が、急に崩れ落ちる。
 才人は慌ててそれを抱き止めて、ルイズの様子を見た。

才人  「え……ね、寝て……?」
ギーシュ「戦場で、薔薇を散らせるわけにはいかない。そうだろう? 才人」
才人  「ギーシュ……お前」
ギーシュ「僕はね、怖かったんだ。勲章を貰えた時は嬉しかった。
     嬉しさを感じるのと同時に、怖かった。
     責任を、勲章を受け取るというのは、怖いことなんだ。
     ……これはね、怖くて眠れない時に使えと兄さんに貰ったものなんだ」

 ギーシュは小さな小瓶を見せて、「“眠り”のポーションだ」と言う。
 ルイズにワインを渡す時に垂らしたのだろう。

ギーシュ「皮肉なものだね。
     こんな気持ちで戦場に立つ日が来るなんて、思ってもみなかった」
中井出 「俺は、もう無いのかと思ってたよ。恋姫が最後であってほしかった」
才人  「……男って、ばかだなぁ」
ギーシュ「きみが言うのかい? 返事をもらっていない新郎のくせに」
中井出 「なるほど、ばかだ」
才人  「薬が効くタイミング、悪すぎだろ!
     ……お陰で、意地でも聞きたくなっちまったじゃねーか……」
ギーシュ「……死ねないね」
中井出 「ああ、死ねないな」
才人  「たった三人で10万以上かぁ……でも、死ねないよな」

 才人はルイズを大切に大切に想いながら抱き締め、その後に、グリランドリーに包まれた左手を突き出した。
 中井出がそこに手を重ね、ギーシュも続く。

才人  「馬鹿は馬鹿らしく踊ってやろうぜ! 命令だからじゃねぇ、踊りたいからだ!」
ギーシュ「友人をいきなり未亡人にするわけにはいかないからね。
     けどまあ、馬鹿だろうとも美しく踊ろうじゃないか」
中井出 「美しく、しかし激しく踊ると? じゃあ楽しくも追加しよう。
     様々を混ぜた馬鹿の輪廻。素敵じゃないか」

 三人はグラスにワインを……などと言わず、三本開けて一本ずつ景気づけに飲むことにした。どうせ、小さい瓶だ。

中井出 「プロージット!」
才人  「乾杯!」
ギーシュ「ア・ヴォートル・サンテ!」

 それぞれが適当に好きな言葉で乾杯をする。
 こんな時に、こんな場所で飲むワインは、どうしてか子供の頃に親に隠れて飲んだお酒の味がした。

才人  「……へへ、これも一種の走馬灯かな」
中井出 「へ? お前も?」
ギーシュ「子供の頃の自分が見えたよ。……はは、本当に、縁起でもない」

 三人は笑った。
 笑って、天を仰いだ。

才人  「そうだ。せっかく機能があるんだし、ルイズにメールでも出しておこう」
中井出 「呪いの手紙か! こんな時にやるな才人!」
才人  「ちげぇよ!!」
ギーシュ「遺書ではないだろうね? それは、僕が許さないぞ」
才人  「散歩に行ってくるけどちゃんと戻る〜とか、そういうことだよ。俺、犬だし」
中井出 「なるほど。じゃあ俺は鹿でいこう。狩られようとする鹿の強さを見せてやる。
     鹿せんべいねだるだけが脳じゃねーんだぞコノヤロウって感じで」
ギーシュ「なんだねそれは……しかし二人ともが動物でいくのなら、僕は馬がいいな。
     美しい白馬として、戦場を駆けようじゃないか」

 ギーシュが薔薇を咥えて言うが、これで“馬鹿犬”の文字が出来てしまった。
 才人と中井出は顔を見合わせて、大声で笑った。

中井出 「いやーははは、こりゃ面白い、ほんと馬鹿だ。
     ……っとと、そういや俺、ナビ使えないじゃん。才人、ちょっと貸して」
才人  「ちょっと待っててくれ。俺、まだ書き終わってない」
ギーシュ「ふむ……美しい馬らしい言葉とはなんだろうか」
中井出 「ヒヒーンじゃないか?」
ギーシュ「ただの馬以外のなにものでもないね……」

 それぞれが思い想いにメールを書き、ルイズに送る。
 それが済むと……三人は、子供の頃の話をした。
 身体を震わせながら、懐かしむように。
 どれくらいそうしていたのか、寺院を出た頃には、夕陽が眩しい時間になっていた。

ジュリオ「やあ」

 その夕陽の中、ジュリオ・チェザーレは白く大きな竜の傍に立ち、待っていたかのように手を上げた。

中井出 「ジュネオ……」
ジュリオ「ジュリオだ」
才人  「誰? こいつ」
中井出 「ジュリオ・チェザーレ。ロマリアの神官さまだ」
ギーシュ「会うのは二度目だったね」
ジュリオ「そう、神官なんだ。だから、結婚式をするなら呼んでくれればよかったのに」
才人  「なんだお前、覗いてたのか」

 たまたまだよ、と彼は返した。

中井出「丁度良かった。才人、ルイズを」
才人 「え? ……あ…………そう、だよな」

 才人が腕の中のルイズを見下ろす。綺麗な寝顔だった。
 さらりと髪をすくうと、ううん、と小さく身動ぎをした。
 ……いつからか、守ってやりたいと思っていた、ごしゅじんさま。

才人「ジュリオ、っていったよな。ルイズのこと、頼んでいいか?
   ……船に、送ってやってくれ。あ、起こさないようにな?」

 壊れ物を扱うように、才人はジュリオにルイズを託す。
 ジュリオは同じくそうして抱き止め、頷いた。

ジュリオ「任せてくれ。無事にフネに送り届けるよ」
才人  「……頼む」

 ジュリオの腕にお姫様抱っこで抱かれるルイズを見る。
 守ってやらなきゃ。俺が……俺達が。
 そう思うと、才人の心に強い力が沸いてきた。

才人  「じゃ、俺達は散歩があるから」
中井出 「おう」
ギーシュ「何処に行こうかね。広い場所で、花でも愛でるかい?」
中井出 「おお、いいね」

 それぞれがジュリオに軽く手をあげ、笑顔のままで歩き出した。
 ……船がある方向とは、まったく別の方向へ。

ジュリオ「……はっきり言って、きみたちは確実に死ぬよ。なのに、なぜ行くんだ?」

 そんな三人の背中に、彼は訊ねた。
 彼らは振り返ることもせずに、空を仰いだ。

才人  「そいつのことが、好きだから。好きなら、守らなきゃウソだろ?」
中井出 「な、マジか? 俺、家族が奪われたものを取り戻したくてやるんだけど」
ギーシュ「そうだね。僕は───僕の中の誇りのために。誰のためでもない、僕のために」

 三者三様。
 しかし、結局は結果が“友達と仲間と家族”を救うことになればというもの。
 ジュリオは溜め息を吐いた。傍から見れば、馬鹿にしか思えない行為なのだから。

ジュリオ「……そうか。それじゃあ、別れる前に訊いておきたいことがあるんだけど」
中井出 「ん? なんだ?」
ジュリオ「ルビーを。炎のように赤い石の指輪を見なかったか?
     僕は、それを探していろいろなところを回っているんだ」
ギーシュ「炎のように赤い石?」
中井出 「略して炎赤石(えんじゃくせき)か。
     生憎と見てないかなぁ。ていうか、宝石店に行ったほうが早いんじゃないか?」
才人  「俺もそう思う」
ギーシュ「いや、落し物なんだろう。この騒ぎの中で落としてしまったとか」

 才人と中井出が「おおなるほど」と頷く中、ジュリオは「そうか」と返す。
 どうやら本当に失せ物らしく、しかしここで落としたわけではないからとも言う。
 なるほど、いろいろなところを回っていると言ったんだから当然だ。

中井出 「力になれなくてすまん」
才人  「じゃあ……俺達、もう行くから」
ギーシュ「最後に誰かと話せてよかった。少し、緊張が取れたよ」

 やがて、歩く。
 もう、ジュリオが何を言おうが、三人は振り返らなかった。




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