37/輪廻旋風

 地図に記された小高い丘。
 眼下には、夜の空の下ではあるが、緩やかに下る綺麗な草原が続いている。
 シティオブサウスゴータより、南西百五十リーグに位置する丘の上。
 一晩中駆けて、三人はここまでやってきた。

デルフ 『忙しいねぇ。なんで馬を使わなかった?』
才人  「あいつらも生きてる。道具じゃねぇ」
中井出 「それに、これは俺達の問題だしなぁ。馬は関係ねぇだろ馬はよぉ」
ギーシュ「自分を白馬と言ったのに、馬に跨るのはおかしいじゃないか」

 広い草原。
 三人は、緩やかな自然の坂の先に居る10万以上の兵を見下ろし、ごくりと喉を鳴らす。
 あれと戦う。
 あれと……戦う。
 心に怯えが沸くが、三人はそれを噛み締めた。
 怖がることはおかしいことじゃない。進む勇気だけが大切なんじゃない。
 だから、今は───

才人  「俺、さ。子供の頃……駅で不良に絡まれるお婆さんを見たんだ。
     篭がぶつかっただのなんだのって、そんなくだらない理由で老人追い詰めてた。
     お婆さんはぺこぺこ頭を下げるのにさ、
     不良はそんなお婆さんを面白そうに見下して、ちっとも許そうとしなかった。
     ……助けてあげられればよかったのにさ、俺、怖くて。
     俺がもっと強かったらって、拳を握るだけで何も出来なかったよ」
中井出 「………」
ギーシュ「………」
才人  「でもさ、強くなっちまった。誰かを守れるくらい。
     そりゃあ借り物の力だけどさ。でも……強く、なっちまった。
     なっちまったら、言い訳できねぇんだよな。
     負けるって解ってても、
     “お婆さん”から不良の目を離すことくらい、出来るんだよな」

 二人は何も言わない。
 才人は、ご、く……と喉を鳴らし、震える声で言った。

才人  「俺、怖ぇ。なぁ提督、ギーシュ、デルフ……俺、死ぬのかな」
中井出 「死ぬな。あれだけの数だ。無事ではいられないよ」
ギーシュ「名誉の死なんか、もういらない。死にたくないからね。
     だから、僕は死なない。みっともなくたって、危険になれば逃げるさ。
     きみもそうしろ。そうしなきゃ、いけない」
才人  「提督……ギーシュ……」
中井出 「戦に慣れるな。死を恐れろ。経験者から言えることなんて、それだけだ」
才人  「あ……」

 中井出の言葉に、才人はコルベールの手紙を思い出した。
 経験者。
 そっか。そうなんだ。
 戦を知るからこそ、慣れるなって言えるんだ。
 才人はそう思って、滲んでいた涙を拭った。

才人  「ごめん、ちょっと臆病になってた」
中井出 「いいだろ、それで。俺も怖いし。臆病じゃなきゃ生き残れねぇさ」
ギーシュ「僕たちはね、才人。時間を稼げばいいのさ。なにも敵の全滅を狙う必要はない」
中井出 「そうそう。だから……軽い作戦を言っておくな。
     いいか? 絶対に殺すな。殺したらクロムウェルの人形が出来上がる。
     まずは指揮官の杖を折るか奪うかして、隊ひとつひとつの指揮系統を崩す。
     相手はメイジばっかりだ。杖を折るか武器を折るか、足を折るか気絶させるか。
     とにかく敵の行動を封じる方向でいけ。特に魔法。
     折れた腕とかが回復するやつは無視していい。もうゾンビだ」
才人  「提督のアンデッド支配は───」
中井出 「期待するだけ無駄だ。
     あの数はさすがにいっぺんに操れないし、今じゃルーレットになってる。
     超弱体化なんてしてみろ、それこそ逃げることも出来ない」
ギーシュ「竜のはごろもで一掃、という方法は───」
中井出 「ギーシュ。俺達は国を取り戻しに来たんだ。殺すためじゃない」
才人  「……ほんと、力があってもその力が確実に相手を殺すものだと、
     使いどころって難しいよな」

 才人の言葉に、中井出もギーシュも頷いた。
 頷いて、遠くの敵の軍を見た。

ギーシュ「ヒロミツ。オルニエールから助力を願えないか?」
中井出 「さすがにそりゃ無理だ。メイドたちには最初こそ手伝ってもらったけど、
     巻き込まれないうちに補給船で帰ってもらった。
     マチルダたちに頼むにしても、10万を相手にするから手伝えなんて言えるか」
ギーシュ「……ままならないものだね。言えないもの相手に3人で、だなんて」
才人  「下手に巻き込むよりいいだろ。
     俺、あそこの空気好きだし、こんなことで壊れてほしくない」
中井出 「だな。んじゃ、そんな場所に戻るためにも───」
ギーシュ「ああ。絶対に生きて帰ろうじゃないか」

 歩き出す。
 夜の空の下、緩やかな草原の坂道を。
 囲まれれば逃げることは叶わないだろうし、相手の数を考えれば囲まれないことなど絶対に在り得ない。
 危なくなったら逃げるなんて言葉は、自分に対する勇気のようなものだった。
 いつだって怖いのだ。好き好んで死にたいわけじゃない。
 それでもあの人数を相手に立ち向かおうとするのは───

才人  「惚れた弱味って怖いよなー」
中井出 「だよなー。ガラにもなく、なんとかしてやりたくなるよ」
ギーシュ「薔薇でいるのは本当に大変だよ。まあ、薔薇が人を守れるかといったら、
     どうなのだろうと首を傾げたくはなるけどね」
才人  「ははは、棘で自分の身を守るだけで精一杯そうだ」
ギーシュ「し、失礼だねきみは。あの決闘の時から本当に変わらない」
中井出 「じゃあ、ギーシュが変わったんだろうな」
ギーシュ「む……そうかも、しれないね。いや、きっとそうさ。
     以前の僕なら、真っ先に船の上に乗っていただろうしね。
     正直、今も足が震えているよ」
中井出 「戻っても責めないぞ?」
ギーシュ「それは愚問というものだよ、ヒロミツ。僕は戦うのさ。僕自身の名誉のために。
     誰の得にならなくても、結果として逃げられる命があるのなら、
     それはとても名誉なことじゃないか。そういう名誉もあるんだよ」
中井出 「……まあ、それに対してはなにも言えないか。
     俺も基本は自分のためで、結果で誰かの得になればいいって考えだし」
才人  「みんな、そんなもんだろ」

 歩みが、やがて早くなる。
 三人はそれぞれ三つに分かれ、それぞれの行動をとった。
 才人はSTR、VIT、AGIを上げ、ギーシュはINT、VIT、AGIを上げ、中井出はまずはソーサラーリングで熱光線を発射。こちらに気づいた指揮官の杖を破壊して、兵の海へと突っ込んだ。

声 「敵襲! 敵襲ーーーっ!!」

 敵襲の報せは迅速にされた。
 同時に指揮官や兵が一斉に構えるが、夜の闇に紛れた世界では、誰が味方かも上手く判断できない。もたもたしている間に次の指揮官の杖が破壊され、武器を構えようとすれば鼻を殴られ、悶絶した。

中井出「グニンディール!」

 中井出は指輪から雷の光線を放ち、襲い掛かる敵を一瞬シビレさせ、反撃。
 距離を取ると変化の指輪でそこらの草を手錠に変え、ゾンビ兵とゾンビ兵の足を繋げ、転倒させる。
 才人は何処までも真っ直ぐに突っ込み、跳躍と同時に敵の只中へ。
 身体を回転させながらの剣閃で敵の集団を一気に吹き飛ばし、その手に杖を見るや接近、切断。殺そうとはしない。とにかく時間を稼ぐため、メイジと指揮官の無力化を狙った。
 ギーシュはやはりワルキューレを作り出すと、そのまま突撃させる。
 放たれる魔法がその身を破壊しようとするが、放たれた火魔法がワルキューレに激突すると、ワルキューレは炎上。仕込まれた油が発火材となり、しかしそのまま駆けてゆく。

兵 「な、なんだこれは! くそ!」

 砕けたと思えば即座に再構築されるゴーレムに、兵は驚いた。
 ギーシュ自身はゴーレム一体を操りながらも、レイピアを抜いて走っていた。
 ゴーレムに気を取られているメイジや指揮官に走り寄ると、まさかメイジが接近戦とはと驚くその顔を無視し、杖を切断した。切断、というよりは叩き折るといったほうが適切だろうが。
 ゴーレムに気を取られればギーシュに襲われ、ギーシュを狙えばゴーレムに襲われる。
 同時に狙えと指示しようとした指揮官はゴーレムの燃え盛る拳で殴られ、焼けた頬を押さえて地面で悶絶した。それに対抗しようと“ただ襲い掛かるゾンビ兵”に踏み潰され続け、その指揮官は気絶した。

ギーシュ「ふ、ふふっ……大丈夫だ、大丈夫だ、冷静に、怖い時にこそ、冷静にだ……!」

 は、はぁあ、はぁ……!と息が漏れる。
 走った所為ではなく、純粋な恐怖から。
 それでもギーシュは前を見て、身体を走らせ続けた。

……。

才人「でやぁああああああっ!!!」

 その一方。
 地を滑るように駆ける才人は、剣の背を使い、手当たり次第に当身や相手の手の指を叩き折る行為を繰り返していた。
 前ばかりを見ていたために、魔法をくらった背中から血が滲むが、構わず駆ける。

才人 「デルフ!」
デルフ『あいよ!』

 前方から来る魔法はデルフリンガーが吸収する。
 それをマナに変換して、剣閃を放ち、迫るゾンビ兵を吹き飛ばした。
 武器は敵が魔法を使えば使うほど存在するが、全てを吸収できるわけじゃあない。
 才人は背中が冷たくなるのを感じながら、グミを噛み、ひたすら走り続けた。

才人 「もう千人くらいやったか!?」
デルフ『いんや。ようやく百人ってところだ』
才人 「〜〜っ……くそっ……!」

 かつてのガンダールヴは、単騎で千人を相手取ったという。
 だが、実際にそんなことがあるのだろうか。
 疑いはしたが、才人はグリランドリーに包まれた左手に強く力を籠めると、前を向いて地を蹴った。
 誰かを守るため。
 アイツはそんな覚悟を嫌うだろうが、それでも……この世界とは関係なかった俺が、命をかける理由なんて───きっと、それしか思い当たらない。
 才人は自分の馬鹿さ加減に泣きそうになった。
 母さんは今頃どうしているだろう。
 学校のみんなは? あの時のお婆さんはどうしているのだろう。
 突然、なにかに謝りたくなった。
 でも、身体を止めることはしなかった。

……。

 一方では光が舞っていた。
 目まぐるしく動き、闇の中でフラッシュしながら動くそれに、兵たちは自分の視界に白いモヤが焼き刻まれるのに気づいた。

中井出「霊章輪より光属性! そしてミョズニトニルンのルーンの輝きを合わせて!
    天津飯! 技を借りるぜェェエ!! ───太陽拳!!」

 中井出の額から強烈な閃光が放たれる。
 直視した者は目を押さえて絶叫し、見えないなにかを払うように杖や剣を振るう。
 それが隣の兵に当たると、兵は攻撃されたと誤解して闇雲に攻撃をし、それがまた別の者を襲う。その混乱に乗じて中井出は杖を折り、剣士の腕を折り、それが済むと次を目指して駆けた。

中井出「消費は出来るだけ少なく、しかし大勢の者を巻き込む!」

 ミョズニトニルンの能力が無ければと思うとゾッとした。
 鉄刀を振るう中井出は、大体いつも大剣を扱っていたことを思い出し、その軽さに困惑する。なれないものは使うものじゃない。

中井出「厄介なのはゾンビ兵だな……!
    指揮官の命令なんて聞かずに、ただ“敵を攻撃すること”しか考えてねぇ……!」

 閃光も効かない。
 お陰で、もっと狙えたはずの敵の杖も壊しきれなかった。

指揮官「そこだ! てぇーーーっ!!」
中井出「!? ───やべっ!」

 次第に敵───この場合は中井出らだが、敵の姿を確認し始めた指揮官たちが指示を出し、動きに合わせて兵に矢を発射させる。
 的確に放たれたそれは、丁度中井出が進行しようと思っていた場所へと降り注ぎ、中井出はそこへ足を置いたところだった。

中井出「草を壁に変える力!」

 咄嗟に地面に屈み、草を壁に変化させる。
 が、カタチを変えられても性質までは変わらない。
 壁にはなっても草であるそれらは容易く貫かれ、中井出を襲った。

中井出「くあっ!」

 すぐにその下の石に触れて、石を壁に変える。
 今度こそ防ぐことは出来たが、草を貫いた何本かが身体に刺さっていた。
 それを強引に抜き去ると、属性を水に変えたソーサラ−リングを解放。
 傷を少しだけ癒してから地面を蹴り弾いた。
 そんなところを竜騎士に狙われ、上空から放たれた氷の槍、ジャベリンが中井出の脇腹を貫いた。

中井出「がはっ!? あ、ぎぃっ!」

 しかし止まらない。
 そのまま前方に倒れそうになったが、歯を食い縛ると足を動かし、血をばたばたとこぼしながら駆けた。
 駆けながら癒しのソーサラーを自分にかけるが、思うように回復しない。
 それは、グミを噛んでも同じだった。

中井出「くそ……! いてぇ……!」

 本当に、どうしてこんな時期に戦争なんだ。
 痛みで滲む視界を拭い、迫る騎兵や盾を構えた重装兵を相手に立ち回った。
 騎兵は馬の足に草を変化させた針を投げつけ、痛みで暴れさせることで落馬させ。
 重装兵は鉄刀を盾で防がせ、その状態のまま“1”を唱えて烈風脚。
 後ろで構えていた兵ごと吹き飛ばし、その盾を奪うと空から飛んできたジャベリンを防いだ。
 その行為の隙を突いてゾンビ兵が槍を突き出し、中井出の身体を串刺しにした。
 血がこぼれるが、痛いだけで死なない。
 血を吐き捨てるとゾンビ兵の顔面を掴み、腕力のみで他の兵へとぶん投げる。
 兵が怯んだ隙に槍を引き抜いて、空の竜騎士目掛けて投げた。
 飛翼を槍が貫き、痛みに悲鳴をあげた竜が落下する。

中井出「はぁっ……! くそっ! くそっ……!」

 敵はまるで得物に群がる蟻のように、減ることを知らない。
 それを片っ端から吹き飛ばし、杖を砕き、盾を砕き、剣を砕き、中井出は駆けた。
 砕きすぎて鉄刀がとうとう壊れても、敵の剣を奪い、砕き続けた。
 血がぼたぼたと落ちる。
 回復が間に合わない。
 弱齢の自分の体はこんなにも弱いのか。
 雪が降る黒い空の下、白い息を吐きながら、しかし彼は止まらなかった。

……。

 矢が腕に刺さっている。貫かれ、矢が刺さった部分の反対側から突き出ていた。
 痛みに頭がどうにかしてしまいそうだった。
 それでも矢をデルフリンガーで切断すると、それをずるりと抜き取る。
 切断面が綺麗だったお陰で、肉を抉ることもなかった。

才人「はぁ! はぁっ! っ……はっ……ん、ぐっ……! はぁあ……っ!!」

 駆ける。斬る。
 避ける。走る。
 魔法の雨から矢の雨から、竜騎士の奇襲から鉄砲の雨から逃げ続け、攻撃し続け、しかし疲労が身体を襲うと、身体が傾きそうになった。
 もう、どれだけ戦っただろうか。もう、時間の流れなんて解らない。
 ついさっき始まったような気もするし、もう何日も戦っているような気もする。

デルフ『相棒! 後ろだ!』
才人 「はっ───ん、ぎぃっ!」

 身体が鈍い。
 振り向きざまに剣を振るえば、飛んできていた炎弾を切り裂き吸収できた。
 それをマナとして吸収して、今は体力回復に使った。

才人 「……やべぇよな……」
デルフ『ああ、まずいね。ヒロミツの野郎のマナが尽き始めてやがる。
    そろそろこっちもヒロラインパワーってのが使えなくなってきやがった』

 吐く息は荒く、白い。
 闇の中でも解るくらいに白いそれは、吐くたび、吸うたびに喉を焼く思いだった。
 身体は既にぼろぼろ。
 お気に入りのパーカーが、赤く染まっていた。

才人 「……逃げられそうか?」
デルフ『無理だね。陸も空も囲まれちまってる』
才人 「…………だよな」

 告げられる突撃命令。
 才人を中心に円を組んでいた兵が一斉に襲い掛かり、才人は回復に使っている途中のマナを剣閃として放ち、これを吹き飛ばした───直後、“弓隊構え”の声。

才人「え───」

 放たれた。
 才人は、自分目掛けて空から落ちる刃の雨を、まるで夢でも見るように───

才人「っ! うぅうぉおおおおおっ!!!」

 ───見守らず、即座に意識を切り替えた。
 左手のルーンとグリランドリーが輝きを放ち、才人は矢の豪雨をデルフリンガーの剣舞で弾き落としにかかる。
 ステータスはVITとAGIに。
 高速で矢を叩き落とし、しかし弾ききれない矢が、頬を、足を掠ってゆく。
 突き刺さろうが、気を緩めれば蜂の巣になるだけだったから、痛くても息が苦しくても、筋肉がつりそうになっても振り続けた。

才人「っ───はぁっ!」

 矢を叩き落とし終えると、いつまでも同じ場所に居ないために駆けた。
 しかし、自分目掛けてではなく足元目掛けて放たれたウィンドに、吸収することもできずに足を掬われ、転倒。一斉に襲い掛かる兵を見上げ、身体を弾かせるように起き上がるが……体勢も整いきらないままに、敵に飲み込まれた。
 それらと戦い、逃げても囲まれ、戦っては吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

才人「あ、ぐ……」

 身体が動かない。
 死ぬのかな……そう思うと怖くて、すぐに立ち上がろうとする。
 けど、足が動かない。
 見れば、足には矢が突き刺さっていて、当たり所が悪かったのか、痺れて動かなかった。

才人「……、……」

 それでも起き上がらなきゃいけない。
 上半身だけでも起こそうとするが、身体は動かなかった。
 血塗れのパーカーを見て、心が折れそうになる。
 そんな時に、動けぬ者へと矢が放たれた。
 避けることも出来ないであろう雨。
 明確なる死の接近に、才人は叫んだ。怖くて。別れることが怖くて。

才人「っ……ルイズゥウウウーーーーーーーッ!!!」

 当然返事などあるわけがない。
 矢の雨は降り注ぎ、突き刺さり、才人はその言葉を最後に、意識を手放した。

……。

 炎と土の隕石が自在に舞う。
 自分を狙う敵を吹き飛ばしながら、時に指揮官目掛けて落下する。
 指揮官を潰せばワルキューレを動かし、ギーシュは戦場を駆けていた。

ギーシュ「はっ……はぁ……!」

 その呼吸は既に苦しげ。
 放つ魔法にもキレがなく、ワルキューレは既に全力の一撃さえも出せないでいる。
 相手の人数と、正面からぶつかる勇気と、魔法の行使。
 それらがどんどんとギーシュの精神を削り、疲労させていた。

ギーシュ「死ぬわけにはいかない……! 僕は、僕の名誉のために………誇りの、ために」

 どうしてここで、勲章をもらった時に抱き締めてくれた兄の顔が浮かぶのだろう。
 モンモランシーに、少し困り顔だったけれど綺麗な服ねと言われた仕官服は、すでに血に汚れている。それを見下ろして、寂しさを覚えた。
 どうして、親しかった者のことばかり、思い出すのだろう。
 大丈夫、自分は帰れるさ。
 帰って、またみんなと他愛無いことで笑い合うんだ。
 兄さんたちは、父さんは、モンモランシーは褒めてくれるだろうか。
 僕は勇敢に戦った。
 命を賭して、大勢を守ることが出来ている。
 全ての船がもう出港したかなんてことは解らないけど、それでも……何万という人の命を救うことが出来た。そう思いたい。そう、思いたいじゃないか。

ギーシュ「……、は……」

 グミを噛む。
 ……回復は、しなかった。

ギーシュ「…………ヒロミツ」

 彼は、どれほどの敵を倒しただろう。
 そんな余計を考えて、笑った。
 そうだ、まだ笑えている。
 僕はまだ、笑えている。
 無謀でもいい、身勝手でも構わない。
 とんでもない無茶をして、父さんは怒るだろうか。誇りに思ってくれるだろうか。
 父さん。
 僕は───

ギーシュ「ぼく、は……」

 は、あ……と息が漏れた。
 自分目掛けて一斉に魔法が放たれる。
 心が震える。体が震える。
 死ぬ。
 死ぬ?
 違うだろう、僕は生きて帰るんだ。
 またみんなと笑うために。
 そのためにルイズにメールを送った。
 本当はモンモランシーに送りたかったけど、彼女はネックレスをもっていないから。

  必ず戻るから

 死ねない。
 死にたくない。
 でも現実は無情で───

  だから、その時は───

 僕は……僕は……

  戦争が終わった学院で、また笑顔で───

ギーシュ「───」

 ギーシュは、死にたくないと願い、何度も錬金をした。
 土から青銅の壁を何度も作り、破壊されても作り。
 涙を流した。
 血をこぼした。
 精神力が尽きそうになっても希望を胸に、生きるための行為をし続けた。
 何を思って叫んだだろう。
 誰を思って叫んだだろう。
 魔法に壁ごと吹き飛ばされ、地面を転がっても起き上がり、ぼろぼろの身体を引きずって歩く。

ギーシュ「死ねない……! 死なない……! まだ、僕は……」

 楽しかったことの様々が頭の中に浮かぶ。
 それを走馬灯と言おうか? 違う。その場へ帰るため、自分はそれを思い出と言おう。

ギーシュ「生きて帰らなきゃいけないんだ……!
     そうじゃなきゃ───僕の名誉は守れない!!」

 キッと前を見て、迫る魔法にワルキューレを走らせ、自分は横へと走った。
 次々と自分を追って放たれる魔法。
 避けられるものは無理矢理動かした体で避け、走りながら詠唱する。
 自分には出来る。
 今、何かが自分の中で広がった気がした。
 だから───

ギーシュ「ワルキューレ!」

 クリエイトゴーレムを再び唱えた。
 魔法の集中射撃をまともに受けた最初のワルキューレは砕け、次に作られたゴーレムは、先ほどのものよりも大きく、そして細いものだった。

兵1「な、なんだあれは!」
兵2「ゴーレム!? まだあんなものを作れる余力が!」

 フーケが作る大きなゴーレムが、防御と破壊力を備えるのなら、この戦乙女は速度こそを手にしたもの。その変化は、ギーシュがこの土壇場で、ラインからトライアングルメイジに昇華した結果だった。

ギーシュ「いけっ! 僕のワルキューレ!」

 戦乙女が駆ける。
 前までの、銅像が浮いて戦うようなものではなく、地を蹴り弾いて大地を駆ける様は、まさに戦をする乙女。
 振るう大きな剣が群がる兵を吹き飛ばし、魔法を受けて欠けても、ギーシュはすぐにそれを再構築させた。

ギーシュ「……、───」

 それでもギーシュの精神力はとっくに限界寸前まで来ていた。
 土壇場で目覚めた自分の力を誇らしく思いながら、ギーシュは夢を見ていた。
 それは、立派になった自分を家族が誇らしげに褒めてくれる。そんな、暖かな夢だった。

  ……夢を見ながら戦っていた。
  精神力はついに尽き。
  戦乙女は次の一撃で魔法兵を薙ぎ倒した瞬間、土となり、動くことはなかった。

……。

 ───血塗れの大地に居る。
 舞い降りる雪が地面に積もり、積もった先から潰される戦の場。
 己が背を矢にまみれさせ、己が両腕に家族を抱いた男は、敵の中心で息を荒げていた。

中井出「だれがっ……だれが、殺させるかよ……!」

 背に突き刺さった無数の矢から、血が滴り落ちる。
 風の魔法で切り刻まれた右半身からも血が溢れ、ぽたぽたと地面を濡らす。
 それでも生きていた。
 左腕に才人を、右腕にギーシュを抱え。
 異様な光景に息を飲んだ指揮官は、指揮を忘れた。
 その隙に中井出はなけなしのマナを振り絞り、ひとつのアイテムを召喚した。
 生憎と能力だけを特化させた劣化品。
 魔法で撃たれれば容易く壊れるであろうそれは、ラスペランツァの最上階にあった転移装置だった。とにかく不安定で、送り届けることくらいしか出来ない。衝撃を受ければ簡単に動作不良を起こしてしまう代物だった。
 そこに才人とギーシュを放り込み、起動させると……彼は笑った。
 いつもこうだな、俺は……と。

中井出「は、はは……! 転移が遅いのも相変わらずかよ、くそ……!」

 歯噛みする。
 しかしすぐに装置の前に立つと、血がぼたぼたと落ちる身体で無理矢理姿勢を正し、どこを向いても存在するレコン・キスタ軍へ向けて、大声で言い放った。

中井出「はぁっ……ん、ぐっ───……名乗らせてもらおう!
    我はヒロミツ・シュヴァリエ・ド・ナカイデ・ド・オルニエール子爵!
    故あって───貴公らを食い止める! 我が“覚悟”にかけてだ!!」

 中井出はラインゲートを一瞬だけ解放した。
 世界創造ではなく、精霊たちとのラインを自分と繋げた。
 左目がバヅンッと、ブレーカーを落とすように見えなくなった。
 代わりに、オルニエールに居る精霊たちからマナが通り、現在のマナの最大値までは回復してくれた。
 それだけだ。
 無理をしなければ使えない状態でラインゲートなんて使えば、こんなことになることくらい、彼は知っていた。それでもやらなければならない理由があった。
 “他の者”はオルニエールから出ることが出来ない。
 シャモンとて、ここまで来ることは出来るだろうが、マナが無くなれば死んでしまう。
 戦わせればそれこそ一瞬でマナが枯渇するだろう。

中井出「クロムウェルは……あそこか───!」

 だから、マナを必要としない者へ意思を飛ばした。
 オスマンに無理を言って貸してもらった、マジックアイテムである“遠見の鏡”でクロムウェルの場所を探り、その場所を明確に飛ばした。
 回復したマナはそれだけで簡単に尽きかけてしまい、しかし彼は転がっていた武器を手に、転送装置の前で構える。一緒に借りてきたマジックアイテム“眠りの鐘”を使ってみたが、この数を眠らすことは叶わず、ゾンビに至っては効くことすらない。

  もうすぐ夜が明ける。

 雪はやまないままに、中井出は荒く白い息を吐いて、敵を見据えた。
 急に出現した転送装置に驚いていたレコン・キスタ軍はその眼光にハッとし、ようやく指揮を再開。指揮官であるホーキンスは軍を分け、中井出を仕留める軍と、ロサイスへ向かう軍とで行動を開始───しようとした途端、その先頭集団の前に巨大な岩が投げられ、分けられた軍は中井出を見た。

中井出「食い止めるって……言ったろうが……!」

 変化の指輪で石を岩に変えたものだった。
 硬さはあるが、重力までは変わらない。当たったところで小石にぶつかった程度だ。
 だが、そこに尽きかけのマナでグラビティをかければ、地面にめり込む岩の完成。
 そんな見掛け倒しだけで十分だった。
 敵は、急にそんなものを出現させることが出来る中井出を警戒し、さらに隊を分散。
 中井出はそこに目掛けて草を千切り、投げ、槍を降らせた。
 目の前の地面に突き刺さる無数の槍を見た隊が足を止める。
 警戒して中井出の行動を見ていた隊は驚き、ざわざわと怯えにも似た声をもらした。

中井出「通さねぇ……通りたけりゃ───ここに意識を置いていけ!」

 中井出は武具の全てを霊章輪に託し、その上でルーンを発動させた。
 解放するものはひたすらに水と然。
 身体を癒し、血が無くなれば樹液の血で繋げ、彼は前を見た。
 全ての者には効かなくても、眠りの金を鳴らし続け、一人でも多く無力化させながら。

中井出「おぉおおおおおおおっ!!!」

 地と平行に迫る魔法。
 見上げれば矢が飛び、それらが降り終われば兵が突撃を仕掛けるだろう。
 中井出は矢を霊章輪・火で身を守ることで燃やし尽くし、飛んできた魔法はバックパックを漁って取り出した火薬を投げつけ、爆発させることで起こる爆風で軽減させた。
 いつかの授業のあと、ルイズと一緒に作った火薬だった。

中井出「っ───」

 迫る兵隊。
 地から空から、一斉に襲いかかってきた。
 それらが接近し終わる前に出来るだけ変化の指輪やソーサラーリングで応戦、数を減らし、その上で彼は駆けた。
 敵の一斉攻撃を拾った武器で受け止め、その上で劣化烈風脚。
 急に一気に押し戻された兵らは驚き戸惑い、後方に居た兵の武器に背中から突き刺さり、悲鳴があがった。
 なにくそと振るわれた四方からの攻撃を、またも拾った武器二丁で劣化疾風斬。
 四方からの攻撃があっさりと弾かれ、兵は息を飲んだ───次の瞬間には足を掴まれ、ジャイアントスウィングで振り回され、味方の海へと放り投げられた。
 そこからは、もはや指揮など関係ない。
 敵はたった一人なのだと一気に押し寄せる軍隊を相手に、中井出は劣化能力を使用し、戦場を駆け回った。
 ところどころで烈風脚により押し飛ばされ兵が空を飛び、石を爆弾に変えて無数に投げつければ、爆発はするが石に当たった程度のダメージしか食らわないハッタリをかまし、しかし急に目の前で爆発が起これば人は驚く。
 それが混乱を呼び、兵たちに動揺を与えた。

兵1「こ、の……! 舐める《がくっ》おぉおっ!? あ、足がっ!?」

 そして、足を手錠で繋ぐのも忘れなかった。
 いつしか兵の足の大体はゾンビとくくられており、ゾンビはただ敵を倒すために動くため、一方の話など聞かない。
 連携はどんどんと落ちてゆき、やはり混乱ばかりが巻き起こった。

ホーキンス「なんだというのだ、これは……!」

 ホーキンスは呟いた。
 最初は三騎。今となっては単騎の筈だ。
 それが、この数を相手に立ち回るなど。
 相手は様々な系統を操り、見たこともないものを纏って戦い続けた。
 爆発が起これば風も巻き起こり、水が溢れれば火が襲い、地面が弾けて雷が落ちて、光りもすれば闇にも襲われ氷が降り注ぎ……やはり爆発した。
 それはまるで、精霊を纏って踊る天女のようだった。
 地だけではなく空を舞い、風を蹴ってマンティコア隊を叩き落とし、その上空から無数の光を放ってくる。
 地に落ちるところを狙おうとも、それは兵を足蹴に舞うように戦場の中空を駆け、杖や武器を容赦なく破壊していった。

ホーキンス「それに、あの者が言った言葉……オルニエール」

 聞いたことがあった。
 トリステインで、国を選ばず相手を選ばず癒す貴族が居ると。
 不思議な薬を用い、戦から退いた知人の指を生やしてくれた者の名が、それだった。
 本人だとするのなら、何故戦に。
 そう思ったが……自分に守るものがあるように、彼にもきっとあるのだろう。
 それとも───逃げる貴族が彼を捨石にし、オルニエールという領地を狙ったか。
 よく聞く話だった。
 “あの癒しはヒロミツ・ド・オルニエールの力ではなく、領地こそが”。
 トリステイン貴族の考えそうなことだ。

ホーキンス「惜しいな……実に」

 小数でこの人数を、こうも止めてみせる力、そして気迫。
 あの力を見れば解る。領地の癒しは、間違い無くあの者自身の力だろう。
 それがどういったところから来ているのかなど問題ではない。
 助けて欲しいと願い、救ってもらった人が居る。
 そんな、救ってもらった者の希望が……今、この場で尽きようとしている。

ホーキンス「…………もう、無理なのだ、ヒロミツ・ド・オルニエール殿」

 舞っていた光は次第に弱々しくなっていった。
 総攻撃は止まず、光は時に散らされ、地面に落ち、それでも爆発し、抗っていた。
 いつまでも、いつまでも。
 やがてその姿が、彼が守っていた妙なかたちのものの横に倒れると、それきり……彼は動かなくなった。

ホーキンス「………」

 動く者は居ない。
 だが、彼を中心に円を描くように構えられた兵たちに油断はない。
 杖や弓、剣や槍を構えたまま、ホーキンスだけが前に出た。

ホーキンス「…………!」

 そこで見たものは、動けるのがおかしいと思うほどに体中を穴だらけにした人間だった。
 目には既に光がなく、けひゅ、けひゅ、と息をするだけ。
 仰向けに倒れたそれは空だけを見て、しかし、ずず、と顔だけ動かすと……守っていた妙な物体を見やり、笑った……気がした。
 そしてまた空を見る。
 雪が降っていた。
 動かなければ寒くなる一方の空の下、彼の意識は消えようとしていた。

ホーキンス「……まだ……子供ではないか……」

 噂に聞いた、ヒロミツ・ド・オルニエール。
 まだ子供だった。
 歳で言えば、ようやく学院に通うくらいか、それより少し上くらいだ。
 ホーキンスは呆然とした。
 そんな少年が、この数を相手に暴れたというのだ。
 ざっと見渡せば、援軍まで要請して集めた隊の数の、半分以上が潰されていた。
 立っている者は居るが、杖を折られたメイジが大半だった。
 見上げれば、あれだけ居た空を飛ぶ竜やマンティコアは居ない。
 「損害を報告しろ」とホーキンスは護衛の兵に指示し、やがて知らされた言葉に、なお愕然とする。
 12万はあった。
 連合軍から吸収した数のお陰で、確実に優勢だったはずだ。
 それを半数以上も削られた。
 他ならぬ、たった三騎の敵に。
 それどころか隊に動揺が生まれすぎ、今まで以上の進軍は不可能とされた。
 三騎だけでここまでの損害だ。これ以上が居るかもしれないと思うのは、当然だった。

ホーキンス「………」

 ホーキンスは少年を見下ろし、「羨ましいな」とこぼした。
 副官が「は?」と返す。

ホーキンス「単騎よく大軍を止める、か。
      歴史の向こうに消えた言葉で言うのなら、“英雄”だ。
      私も将軍ではなく、英雄になりたかった」
副官   「……ですな。釣り合う勲章が存在しないほどの戦果ですな。
      残念なのは、彼が敵だということです」
ホーキンス「敵とはいえ、勇気にはそれに応じた敬意と賞賛が払われるべきだと思う」
副官   「賛成です」

 ホーキンスは水メイジを呼び、彼を癒そうとした。
 だが、この傷では苦しむ時間を延ばすだけだろうと思い、考えを改めた。
 倒れた英雄に、最上級のアルビオン式の敬礼を行った。

  ───その時だ。

 風を切る音がして、ゆらゆらと降り注いでいた雪が吹雪になった。
 急な吹雪に、余計に戸惑う兵ら。
 将軍ら指揮官が落ち着けと叫ぶ───そんな中。
 光のこもらぬ目でずっと空を見ていた英雄は、その空を───自分の使い魔とこの国の王子が裂いていくのを見て、微かに笑った。




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