40/酒場での悶着

 食事を摂ったとはいえ、居酒屋で出す小さなツマミ程度のようなもの。
 結局しばらくして小腹が空いたカリンは、ジークフリードに案内させるがままに、とある酒場へと来ていた。
 銀の酒樽、なんて立派な名前だが、王都にある酒場の中でも滅法安い酒場だ。
 しかし料理はなかなかのものであり、そういった場所を見つけるのが上手いジークフリードは、もちろん目ざとくここを見つけ、密かな食事場所として堪能していた。

ターニャ「あら、あらあらあらっ、ジークじゃないっ」
ジーク 「やあ」

 寄ってきた店員らしい娘にスチャッと手を挙げると、「いつもの席は空いてる?」と随分と砕けた口調で話した。道化の時の芝居がかった口調は面影も残さない。
 しかし帽子も仮面も取るつもりはないらしく、そのままの状態で案内されるままに席についた。入店の際に、店に居たおやじどもがカリンの美しさにホウと溜め息を吐いたが、男だと知るや、その溜め息は落胆のものへと変わる。
 そんな溜め息の意味など知る由もなく、カリンはジークフリードについていき、奥の椅子へと腰を下ろした。

ターニャ「まあ、まあまあまあお美しい方! こ、ここへは初めてでっ?」

 店員……この酒場の看板娘であるターニャは、カリンの美しさに頬を染めながらもソソッと寄ってきて、言葉を放つ。
 一方のカリンはこういう雰囲気の店は初めてのようで、少し緊張していた。
 これならばまだ、居酒屋の外の席で食べていた方が気が休まる。
 しかし自分には金銭的に余裕がないからと、安くて美味しい店を案内させた。
 それがここなわけで。

カリン「ああ。牛乳と、何かうまいものをくれ」

 そんな彼女だが、ターニャのドギマギした態度にむしろ落ち着きを取り戻し、精一杯の静かで堂々とした口調のままにそう告げる。ターニャは話しかけられたことにスキップでもしたくなるほどに歓喜し、ジークフリードの注文も聞かぬままにぴうと走っていってしまう。

ジーク「あ、あれ? あの、ターニャさん? 僕の注文……」

 無視である。
 寂しい気持ちをそのままに、少しして戻ってきたターニャに改めて注文するのだが、

ターニャ「どうして一緒に言ってくれないの。二度手間になるじゃない」
ジーク 「い、言おうとしたよ!? 僕言おうとしたもん!
     ターニャが主の注文だけ聞いて、さっさと牛乳取りに行っただけだもん!」

 何故か怒られ、カウンターにのの字を書いていた。
 さて。そんな彼の隣で、目の前に牛乳と食べ物を置かれたカリンは、その香りにくぅ、とお腹を鳴らして喉も鳴らした。
 が、早速食べにかかろうとするそんな彼女に、相手が美少年だからだろうか、はたまた子供だからだろうか。酒に酔った中年男性が絡んできた。

酔っ払い「おいおいボウズ! ここは酒場だぜぇ!?
     ミルクが飲みたきゃ、帰ってママのおっぱいでも飲むんだな!」

 ───自然と笑んでいた顔がびしりと固まる。
 せっかくの新しい味を知る機会を邪魔されたばかりか、下品に笑われ、わくわくとした気分が台無しにされた。
 他の飲んでいた客も蒼白になり、今時こんなベタなセリフは芝居の中でも言わないだろう、と目を覆う輩すら居る。
 ゆらり、とカリンも顔を蒼白にしながら立ち上がる。
 気分を害された。客連中もあちゃあ……という空気に飲まれ、せっかくの賑やかさも台無しになっていた。

カリン「今、言ったのはおまえか?」

 カリンが酔っ払いを睨む。
 外見の美しさもさることながら、独特の強い存在感を持った彼女の言葉に、客の皆が自然と耳を傾け、言葉を発する者は居なかった。

酔っ払い「ああそうだよ、貴族のぼっちゃん。
     あのなぁ、頼むから飲む場所は選んでくれねぇか。
     お前さんみたいな別嬪に隣でミルク飲まれた日にゃあ、せっかくの酔いが醒め」
ジーク 「マキシマリベンジャァアーーーーーッ!!」
酔っ払い「《ドゴォッシャア!!》ぐぎゃああああああーーーーーーっ!!!」

 ……居なかったが、椅子に座った彼の傍にとことこと近寄り、「あん?」と見上げた彼の頭を円卓に叩きつける子爵様は居た。

酔っ払い「いぃいっでぇえっ!! てめっ! なにしやがる!!」
ジーク 「それはこちらのセリフだドアホウめ!
     貴様は今、何をしでかしたか解っているのか!?
     人々がせっかく心を癒し、楽しんでいるというのに!
     あろうことかきちんと食事をとろうとしたお子の邪魔をするとは!」
酔っ払い「な、なに言ってやがる。ここは酒場だぞ? 言った通り、あんな───」
ジーク 「メニューにミルクがあるから頼んでなにが悪い!!
     おいターニャ! 俺はミルクを注文するぞ!」
酔っ払い「はいはい。安いの? 高いの?」
ジーク 「一番いいのを頼む」

 そうしてミルクを頼み、運ばれてきたそれをグイッと飲んでみせると「ミルクうめぇ!」と叫んだ。もはや貴族としての在り方とかいろいろとおかしいが、そんな彼は列記とした貴族で、子爵だ。

酔っ払い「っ……つつっ……ち、ちょっとした冗談じゃねぇか。
     あんな別嬪さんなんて久しく見てねぇ。
     だからおじさんがちょいとした知らない世界を教えてやろうとだな。
     ここはあれだろうが、“なんだったらおじさんのミルクを”ってのが、なぁ?」
カリン 「それ以上言ったら殺す」
ジーク 「へ?」
酔っ払い「あ……?」

 二人の声に割り込んで、カリンがひどく冷たい表情でそう言った。
 少し緩くなった空気が再びびしりと凍り、酔っ払いの額に青筋が浮かぶ。

酔っ払い「おいぼっちゃん。誰が、誰を殺すって?」
カリン 「ぼくが、お前をだ。それ以上汚い言葉で空気を汚すな。不愉快だ」
ジーク 「あぁいやいや主? ここはわははと笑い飛ばすところで。
     これはここなりのジョークってやつでして」
カリン 「黙れ。人がせっかくいい気分になっているところに下品な茶々を入れられて、
     黙っていろというのか」
ジーク 「……ナルシスに同じような茶々入れたんでしょ?」
カリン 「《ぐさっ》はぐぅっ!?」

 下品とまでは言わないが、そういえば。
 言われてみて初めて気がついて、顔が灼熱するのを感じた。

酔っ払い「おい、なんだってんだよ」
カリン 「ぐっ……い、いや、ぼくは───」
酔っ払い「なんでぇなんでぇ、威勢がいいのは最初だけか?
     これだから冗談の解らない田舎ものは困るんだ。空気を汚す?
     冗談を冗談として受け取れねぇほうがよっぽど汚してくれたってなもんだぜ」
カリン 「───《ぴくり》」

 売り言葉に買い言葉。
 優勢になったと知るや、酔っ払いはカリンを馬鹿にし始めた。
 あーあーと肩を竦め、見下した顔でじろりと睨む。
 我慢しない所為で決闘を二つも抱えた身としては、今度こそ耐えようかとも思ったが……そんな考えは長く続かなかった。将来きっと、臆病のくせに短気がすぎると言われるだろう。

カリン 「田舎だからどうだという。
     事実、お前がくだらない冗談を言ったお陰で店の空気は悪くなったぞ。
     言うにしたって言葉を選べないのが王都の流儀なのか?」
酔っ払い「な、なんだとっ!?」
カリン 「もっと人を楽しませる冗談を選んだらどうだ。
     あんな冗談では酔っ払いの酔いも醒めるだろう」
ジーク 「あ、それはこのジークフリードも同感だった。きみね、あれはないよ。
     人を笑わせたいならね、もっとこう……」

 そっとジークフリードがカリンの後ろに回り、長いピンクブロンドをひょいと持ち上げてみせ、軽く雷のソーサラーを流す。
 すると静電気で長くボリュームのある髪がボワッと膨張し、毬藻のようになる。
 その急激な膨張を見ていた全ての人が一斉に吹き出し、酒場は大きな笑いに包まれた。
 もちろん即座に直したために、カリン自身はなにが起きたのかがまるで解らない。

ジーク「ね? これくらい人を笑わせられないと。
    もちろん相手を不快にさせるかもしれない時は殴られる覚悟や、
    気づかれないようにする度胸が必要だ。バレたなら逃げずに制裁を受ける。
    それが、人をからかって周囲を笑わせる時のお約束ってものさ」
カリン「…………そんなことを言うってことは、ぼくになにかしたのか」
ジーク「うむ! 実は髪の毛に電気を流して膨張させました! こんな風に!」

 訊かれたならば種明かし。
 カリンの長い髪のひと房をカリンの前に持ってきて、それを静電気でボワッと膨張させた。カリンは驚き、思わず噴き出してしまったのち……しっかりとジークフリードに蹴りをかました。

ジーク 「とまあこのように。人をからかったなら報復はしっかり受けて、
     それが理不尽な仕返しまでいかない限りは怒らないこと。
     笑いというのはある意味で平等でなくてはいかんのです。
     あなたのソレは、自分だけしか楽しめない、
     “楽しい”を提供する者にとっての反則的な行為だ」
酔っ払い「ちっ……気持ちよく酔ってるところに余計な茶々入れやがって。
     楽しい気分の時に自分が楽しんで───なにが悪いってんだ!《ジャカッ》」
ジーク 「おや」
カリン 「!」

 酒場に悲鳴が響く。
 酔っ払いは勢いのままに懐から拳銃を抜くと、カリンに向けて構えたのだ。
 どうやら傭兵崩れの酔っ払いだったらしい。

酔っ払い「なぁ坊っちゃんよう、おいらがここらの流儀ってのを教えてやろうか?
     田舎ものには解らないだろうがな、
     ここいらには普通の貴族サマは近寄っちゃあこないのさ。
     来るとしたら頭の悪い貴族サマか田舎から来たばかりの間抜けな貴族サマだけ。
     お前はその後者のようだ───」
ジーク 「マキシマリベンジャーーーッ!!!」
酔っ払い「《ガドォッゴォオン!!》ぜギャアアーーーーッ!!?」

 テコーン♪とわざわざ周囲を暗くしてから光らせ、超必殺技の演出までしたのちに、酔っ払いを再度円卓という名の丸テーブルに叩きつける。
 空中に投げて頭突きをするなんてことはしないものの、地味に痛かったようで、顔を上げた傭兵崩れの男が額を押さえながら涙目でジークフリードを睨む。

酔っ払い「ななななにしやがる! 今おいらが話してただろうがよぉお!!」
ジーク 「黙れカスが! 人を殺せる道具を出した時点で相手に遠慮して、
     誰が生き残れるかこのスダコ!
     貴様このひろっ……もとい、ジークフリードを前に殺人道具を出して、
     ただで済むとリベンジャーーーッ!!」
酔っ払い「《ガシガドォンッ!!》イギャアアアアーーーーッ!!!」

 喋り途中で銃を構え直した酔っ払いに、もう一度リベンジャー。
 しかし懲りずに銃を構えたそいつと、カリンがそいつに杖を突きつけるのは同時だった。

酔っ払い「……坊っちゃん、なんの真似だぁ?
     死にたくなけりゃあ杖を投げな。こっちにだ。
     魔法の詠唱よりも銃の方が速いことくらい、
     田舎の坊っちゃんにも解るだろうよぉ」
カリン 「………」
酔っ払い「言ったよな。ここにはまともな貴族は来ねぇ。つーことはだ。
     お前が独りでここで死のうが、
     知らせるヤツが居ない限りはお上にもバレたりしねぇのさ。
     おいらがほんとに撃たねぇと思ってるなら、そりゃあお門違いってもん───」
カリン 「断る」
酔っ払い「あ?」

 またしても喋り途中に遮られた酔っ払いは、これまたまたしても青筋をびきりと浮かばせてカリンを睨む。

カリン 「杖を手放したら、ぼくはぼくじゃなくなる」
酔っ払い「ほーう……? じゃあ死にてぇってか!」
カリン 「それも断る。ぼくには夢がある。
     こんなところで死んでいいほど、軽い夢じゃない」
酔っ払い「だったら杖を渡せって言ってんだ!」
カリン 「どちらも断ると言っている。頭が悪いのか。お前に渡すものなどなにもない」
酔っ払い「かっ……か、かかかっ……!!」

 嫌だ嫌だの一点張りに、酔っ払いの怒りが頂点に達する。
 そのままさらにカリンに銃を近づけ撃鉄を起こすが、カリンは涼しい顔でそれを見守るだけだ。なにか策があるようにも見えない。

酔っ払い「このやろっ……! こう見えて傭兵だったんだぞ!
     この距離で外すとでも思ってるのかてめぇは!」
カリン 「お前の弾など当たるものか。ぼくは夢を叶えるまで死ねないし死なない。
     ともかく心を込めて撃つんだな。それが、きみの最後の発砲になる」
酔っ払い「っ…………、……!!」

 ぎりぎりと歯が軋む。
 いよいよ撃つぞと力が入るのをじっと見つめるカリンには、冷や汗のひとつもない。
 それもその筈、ジークフリードと酔っ払いとが言い合いをしている最中に勇気の魔法を使っておいたのだ。今の彼女は不思議な無敵感に包まれていて、どんな困難を前にしても乗り越えられる気でいた。

酔っ払い「……ちっ! 馬鹿の相手はしてられねぇよ!」

 その、あまりの冷たい視線が怖くなったのか、酔っ払いはすっかりと白けた顔をして拳銃を投げ捨てた。そのまま酒場をあとにして、カリンはカリンでそれを見送ることもせずに席につくと、牛乳を飲み始める。

「……やれやれ」

 そんな中で、投げ捨てられた拳銃を拾い、カリンに近づく男が居た。
 灰色に近い銀色の、肩までは届かないが短すぎるわけでもない髪。
 面積の大体が茶色で占められたコートのような貴族衣装の上にマントを身に着け、左目にはモノクルが薄く輝いている。
 頭にはジークフリードのものに良く似た帽子が存在し、貴族だ、騎士だと言われれば“ああ”と頷ける姿をしている。事実、マントを身に着けていることで解る通り、貴族で騎士であった。

「おいきみ。戦利品だぜ」

 カウンターで牛乳を飲むカリンの前に、ごとりと拳銃を置く。
 ついでにジークフリードの方をちらりと見ると、「また厄介なことをしているんだな」と苦笑する。

ジーク「や、サンドリオン。キミだって止めもせずに傍観者だったじゃないか」

 会話で解る通り、既に顔見知りだった。
 5年も道化を続けていれば知り合いも増えるというもので、ジークフリードとサンドリオンと呼ばれた青年は友人関係にあった。

サンドリオン「痛いのは嫌いなんだ。あの状況は見守っているのが一番だ。
       第一に、おれに関係がない」

 肩を竦めて苦笑。
 しかしそんな言葉に、勇気を第一にと教え込まれたカリンはふんと笑った。

カリン「臆病者め」

 そんな言葉が出てしまうのも、勇気の魔法で無敵感に包まれているからだ。
 普段ならばまず口になど出来やしない。
 もちろん反論は覚悟して、どっしりと構えていたのだが───

サンドリオン「ああそうだな。おれは臆病者だ」

 ───呆れるほかない言葉を、サンドリオンはあっさりと発した。
 カリンの目付きがキッと鋭くなる。

カリン   「……貴様、本当に貴族か? そのマントは飾り物か?
       臆病者と言われて怒らない貴族がどこに居る」
サンドリオン「居るんだよ、ここに」
カリン   「情けないやつだな!」
サンドリオン「情けない。結構じゃないか。
       無謀を振り翳して窮地に陥り、周囲を巻き込むのが貴族だっていうなら、
       おれはそんな貴族像なんて喜んで捨てるよ」
カリン   「っ!」

 サンドリオンは笑いもせずに酒をクイッと飲む。
 その態度とその言葉に“貴族”というものをけなされた気がして、カリンはサンドリオンが持っていたワインの瓶を掴むと、さらにサンドリオンの帽子を奪い、頭からどぼどぼと注いだ。
 それでもサンドリオンは顔色を変えずにマイペースに文句だけを言う。
 当然、酒がもったいない、という文句だけを。

サンドリオン「あー、なにするんだ。もったいないことしやがって」
カリン   「怒れ! 怒ってみせろ! これほどのことをされているんだぞ!
       貴様それでも貴族《がしり》───か?」
ジーク   「……《にこり》」

 カリンはその時、急速に迫るカウンターのテーブルを見開いた目でじっと見つめていた。

……。

 ガミガミガミガミガミガミ!!

ジーク「馬鹿じゃなかと!? 一方的な貴族の在り方を押し付けるだけに留まらず、
    平民の皆々様が丹精込めて作り上げたワインを、
    こともあろうに自分の怒りをぶつけるために無駄にするなど!!
    貴様は今! 貴族にあるまじき行為をとったのだ!
    貴様こそ貴族というものをなんと心得るか! このたわけが!」
カリン「ぼ、ぼくが悪いっていうのか!?
    ていうかだからって人の頭をカウンターにぶつけたりするか!? 普通!」
ジーク「わからんのか、このたわけが!
    貴様の一瞬の痛みなぞ、苦労してワイン一本を作る労力に比べれば微々たるもの!
    ワイン一本で安らげる瞬間を貴様は汚したのだ!
    需要と供給ナメんなクラァ!!」

 ガーミガミガミと説教は続く。
 しっかりと正座させられたカリンは、足をもぞもぞと動かしながらも抗議するのだが、悔しいことに間違ったことは一切言われないから長続きしない。

カリン「だ、大体、お前はぼくの従者になったんじゃないか!
    その従者がなんだってぼくに説教を……!」
ジーク「そんなこともわからんのか、このたわけが!
    従者ってのは従ってりゃあいいもんじゃあござらん!
    主を正しきに導き立派な紳士淑女にすることこそ本懐よ!
    だというのにこのたわけが!
    傍から見ていればなんのかんのと喧嘩を売るようなことばかり!」
カリン「……どうでもいいが、たわけたわけと言い過ぎじゃないか……?」
ジーク「このたわけが」
カリン「たわけはお前だろう! しみじみ言うな!」

 ギャーギャーと騒ぐ二人を前に、サンドリオンは溜め息を吐いた。
 ワインで濡れた頭や服は、ジークフリードが貸してくれたタオルで即座に拭ったものの、少しのベタつきが抜けてはくれない。
 しかしまあよく騒ぐ二人だ、と、彼はそんなベタつきを気にしたふうでもない。
 そもそもジークフリードが新しい主と揉めるのは、割と毎度のことだ。
 結局は主の方が耐え切れなくなってジークフリードを解雇扱いにする。
 気に入った相手には無償で付き従うという面白い道化な趣味を持っている彼だが、連れて歩くには結構難儀する性格の持ち主だ。ともかく、“貴族然”とした貴族とは相性が滅法悪い。
 以前もそれで、親友のナルシスやバッカスと揉めていた。

サンドリオン(……そういえば、おれはまだあいつに望みを言っていなかったか)

 望むことはなんですか、とはジークフリードの口癖のようなものだった。
 出会って少しした時に急に言われて、何事かと戸惑ったものだ。
 当時もバッカスやナルシスらと一緒に連れ立って歩いている時に出会い、まずはナルシスが“ボクのことを楽しませてみたまえ”と言って、その時は三人揃って腹を抱えて苦しくなるほどに笑わせてもらった。
 次にバッカスが面白がって、オレのお供になれと言ってみれば本当にお供になり。
 それからの日々は随分と彩りに溢れていた。
 自分の心はあの日から腐っていたが、心から笑ったことなど随分と久しぶりだったな。
 そんなかつてを思い出し、サンドリオンはくすりと笑った。

カリン   「あっ、貴様っ、なにがおかしい! 今ぼくを笑ったろう!」
ジーク   「被害妄想が強すぎですぞ、主よ。
       もう少し我慢を持ちなさい。つーか喧嘩っ早すぎだろ」
サンドリオン「ジークの言うとおりだ、あほらしい。
       怒ったってなんにもいいことなんてないじゃないか」

 はあ、と溜め息を吐く。
 そんなサンドリオンの態度に再びカリンの顔が真っ赤になるが、今まさに叫ぼうとした時に、酒場の扉がキイ、と揺れた。
 入ってきたのはジークフリードとサンドリオンの共通の友人である、バッカスとナルシスだった。

バッカス  「サンドリオン! やっぱりここに居たか!」
サンドリオン「バッカスじゃないか。どうした? ……ナルシスも一緒か」
バッカス  「探したんだぜ! 実は明日決闘することになったんだ!
       ついては介添え人を頼みたくてな!」
ナルシス  「うん? 決闘だって? きみも?」
バッカス  「“も”? ……ってことは……驚いたな! きみもか!」

 二人一緒に来た割に、互いの目的は話していなかったようだ。
 目的といっても、サンドリオンを探すところまでしか話していなかったのだろう。
 二人は顔を見合わせて大変驚いていた。

ジーク 「二人とも、決闘って」
バッカス「おおジーク! 相変わらず怪しい仮面だ!
     丁度いい、お前も介添え人になってくれ! 明日の二時に決闘の約束がある!」
ナルシス「明日の二時! そんなところまで一緒か!
     まあさすがに場所までは一緒ではないだろうがね」
ジーク 「はっはっは、二人は元気だなぁ。
     ああ、そういえば新しく主になった者も決闘の約束をしていてね」
バッカス「なんだ、また主を変えたのか。懲りないなお前は!」
ジーク 「まあそれはそれってことで。で、その主が言われた決闘の場所ってのが、
     セント・クリスト寺院の裏だっていうんだよね」
バッカス「なんだなんだ、奇遇ってのは重なるものだな!
     実はオレが指定した場所もそこだ!」
ナルシス「ははは、何を隠そうこのボクが指定した場所も同じさ。
     ………………さ、さすがに時間までは違うだろうがね。
     ボクは二時。バッカスも二時。しかしジークの主とやらはさすがに……」

 はははと笑い、三人は同時に言うことを伝え合い、改めて言った。

バッカス「二時だ」
ジーク 「二時だな」
ナルシス「二時だよ」
三馬鹿 『………』

 そして沈黙。
 ジークフリードは静かに自分の主を紹介し、バッカスとナルシスは嫌な予感とともに紹介された“美少年”を見て、同時に『あっ!』と叫んだ。

二馬鹿『なんで貴様がここにいるんだ!! ───えぇっ!?』

 バッカス、ナルシスともに同時に叫び、声と顔をそろえて驚き合った。
 そう。困ったことに、二人ともカリンに決闘を申し込んだ者だった。
 サンドリオン、バッカス、ナルシスの三人は魔法衛士隊としてここらでも有名な存在だ。
 それも、嫌な意味での有名さ。
 なにかというと問題を起こす魔法衛士隊のトラブルメーカー。
 隊長代理として立っている女性、ヴィヴィアンがいつも頭を悩ませる原因の大半が、彼らの存在にあった。というか、つい最近もゲルマニアの騎士たちと諍いを起こして暴力沙汰にまで発展。店を破壊したとの報告を受け、ヴィヴィアンが頭を抱えた。
 そんな彼らだが、問題を起こすのは主にバッカスとナルシスだ。
 サンドリオンは頭脳的な役割を担い、トラブルには極力首を突っ込まない。
 ……のだが、仲間に危機が迫れば黙っていない。そういう人間だった。
 しかしそこにジークフリードが加わると、サンドリオンを頭脳として外した場合はその三人を揃え、三馬鹿として括られていた。
 もちろん、ジークフリードは魔法衛士隊ではないのだが。

バッカス「ナルシス、きみの決闘相手とは……」
ナルシス「バッカス、きみの決闘相手とは……」
二馬鹿 『こいつ、なのか……』

 そして今度は二人が頭を抱えた。
 この美少年はいったいなにを考えているんだ。いや、もしやすると何も考えていない、ただの無謀な田舎者の馬鹿なのかもしれない。
 衛士隊トリオは素直にそう思い、そんな相手に付き従っている友人をちらりと見た。

ジーク 「? え? なに?」
バッカス「え、なに、じゃなくてだな。きみはなんだってこんなやつの下に就いたんだ」
ジーク 「望まれたから。きみと同じことさ、バッカス。あの時もきみはそう言った」
バッカス「むう。確かにそうだ。お陰でいい友人が出来たが、これは問題外じゃないのか」
カリン 「誰が問題外だ、お前」

 急に指を差され、可哀想なものを見る目で言われたカリンはキッとバッカスを睨む。

ジーク 「しかしナルシス。ひどい歌を歌っていた男ってのがまさかきみだったとは」
ナルシス「ひ、ひどくなんかないさ! ボクは感じるままに言葉を並べただけだ!
     星とバラ以上に美しいものがあるとしたら、それはボクしかいないじゃないか!
     だがボクを喩えて女性を褒めても、きっと女性は喜ばないだろう。
     だから星とバラを並べた歌を歌ったのさ」
ジーク 「……ナルシス。いつも言ってるだろ。
     きみは薔薇に恋したいわけじゃないんだから、
     薔薇に喩えずにきみ自身の言葉で相手を褒めろって」
ナルシス「むう……」

 バッカスとナルシスはうむむと唸ったが、途中でどうでもよくなったのか、ともかく決闘だ! と叫んでサンドリオンに詰め寄る。

ジーク「しかし主……二人相手に決闘をと言っていたが、まさかこの二人とは」
カリン「ぼくの方が驚きだ。お前、こいつらと知り合いだったのか」
ジーク「友人をやってる。仲間だな。きみと同じように、願われて一緒になった。
    そのあとは従者をやめてからも友人関係にある」
カリン「解らないな。こんなやつらのどこがいい」
ジーク「知り合ってもいない、解り合おうともしないやつがそんなことを言わない。
    腹割って話し合ってみれば、案外自分と合うやつなんて居るものさ。
    まずは相手を知る努力をする。
    威圧するだけが貴族なら、そんな貴族像は捨てなさい」
カリン「なっ、お前まで貴族を馬鹿にするか!」
ジーク「貴族をやめろなんて言ってないんだから怒らない。
    周りに当たり散らかす貴族像を捨てろと言っているのですよ」
カリン「……むうっ」

 ぶちぶちと文句をこぼす。正座のままで。
 ところでなんだってこいつは床に座ってるんだとバッカスが言うが、ジークフリードの顔を見たら「ああ……」と納得した。

ジーク「で、明日の決闘のことだけど……」
カリン「べつにぼくは今からでも構わない。どうせ今日は寝るだけだ」
ジーク「おや本気?」
カリン「ああ。二人一緒にでも構わないさ。どのみちぼくは負けない」
ジーク「………」

 ああ、これは勇気の魔法に振り回されるタイプだ。
 彼はそう思って、少し早まったかなーと溜め息を吐いた。
 案の定バッカスとナルシスは顔を真っ赤にして怒り、サンドリオンは溜め息を吐きながらカリンの態度に心底呆れていた。まるで我が儘を押し通そうとするガキだ、と。

……。

 さて。
 なんのかんのとあったものの、四人はセント・クリスト寺院の裏に辿り着いた。
 カリンはまるで腹ごなしでもしようって軽い足取りで歩き、辿り着くや悠然と向き直る。

バッカス  「サンドリオン。なんなんだあいつは。
       随分と肝っ玉が太いか、それともただの馬鹿なのか」
ジーク   「馬鹿でしょ」
サンドリオン「まあ、馬鹿であることに違いはないな。
       好んで決闘をするなんて、それ以外のなんだっていうんだ」
ナルシス  「なるほど、馬鹿だね」
カリン   「なにをぶつぶつと言っているんだ、さっさと───」

 ……と、そこまで言ったところでカリンの表情がさあっと青ざめる。
 急にかたかたと震えだし、視線をおろおろとあちこちに飛ばしだしたのだ。
 なんのことはなく、勇気の魔法が切れただけ。
 慌てて後ろを向き、左手に勇気と書いてそれを舐めると……振り返った時には震えは止まっていた。

ジーク「…………主ー、怖いなら無理しないほうがよいですぞー。
    二人には僕からいろいろ言っておくからー」
カリン「怖くなどない。何を言ってるんだお前は」
ジーク「……はぁ。ではもう止めはしませぬ。
    バッカス、ナルシス、どちらが先に行きます?」

 すっかりと全能感に包まれてしまったカリンには、もう何を言っても無駄だった。
 ならばさっさと済ませてしまおうと、ジークフリードは二人に語りかける。

バッカス「当然オレだろうな。なにせオレが先に決闘の約束をした」
ナルシス「明日の二時という約束が無効になっているのなら、
     べつにボクが先でも構わないだろう?」
カリン 「まだるっこしい。来るなら二人同時でも構わないぞ。どうせ、ぼくは負けない」
バッカス「うぬ! こいつめ、言わせておけば!
     やはりオレからだ! それで構わんだろう、サンドリオン!」

 介添え人であるサンドリオンに訊ねるバッカスだったが、そのサンドリオンが「うーむ」と唸り、賛同の意思を見せてくれない。

ナルシス  「どうしたんだ、サンドリオン」
サンドリオン「いや。決闘はヴィヴィアン隊長代理に禁止されているだろう。
       ただでさえゲルマニアの騎士とドンパチやって、店を破壊している。
       これ以上厄介ごとを起こせば、いろいろと問題がだな。
       酒場に来る前にも呼び出しを受けてね、三ヶ月減棒だとさ」
バッカス  「ぬおっ…………ぐ、バ、バレなければ大丈夫さ!」
サンドリオン「それに、相手はどう見ても子供だぜ。
       そんなやつ相手に勝って、嬉しいのか」
バッカス  「そんな子供に馬鹿にされて悔しくないのか!
       オレは違う。許せる子供と許せない子供がいるぜ……!」

 ぎろりとカリンを睨む。
 そんな視線を真っ直ぐに受けて、怯みもせずに言う。

カリン 「ああ。許せる変態と許せない変態がいるな。お前は間違いなく後者だ」
バッカス「《ぶちり》……やはりオレが先だ。
     こいつを負かしてやらなきゃ、オレは一生後悔する」
ジーク 「いやいや、お待ちめされいバッカス。ここで怒りに飲まれては相手の思う壷。
     やつめ、きみを怒りに怒らせて判断力を鈍らせる腹積もりだ」
バッカス「だとしても、ここまで言われて怒らぬ者がどこに居る!
     もはや貴族や騎士云々以前の問題だろう!」
ジーク 「それを御してこその漢にござる。
     むしろあのたわけめ、いつでも得られる勇気に飲まれきっておるわ。
     一度灸を据えてやらねばわからぬままのたわけに成り下がります」
ナルシス「きみは本当に、従者然としていないね」
ジーク 「上に立つ者から見た従者然がおかしいだけだって。
     そんなわけだからサンドリオン。
     決闘の約束をしていないきみに、場を収拾してほしいんだが」

 名前を口にすると、バッカスとナルシスの視線が自然と彼に向かう。
 サンドリオンはサンドリオンで、急に向けられた視線を受け止めながらも眠たそうな顔をして頭を掻いている。

サンドリオン「介添え人じゃなかったのか。というかな、苦手なんだ、そういうの」
ジーク   「酒のツケ、俺が全額払ってあげる」
サンドリオン「…………時々えげつないことを言うな、お前は」
ジーク   「道化ですから」

 また溜め息を吐いて、やる気の無い様子のままにサンドリオンが杖を握る。
 が、握った途端に眠たげな表情は消え、キリッと鋭い顔つきに変貌した。

サンドリオン「失礼。まずは名乗らせてもらおう。
       我が名はサンドリオン。灰かぶりとでも覚えてくれ。
       順番でもめているようだが、生憎と日時の約束もなくなっている。
       ついてはそちらに順番を決めてもらいたいのだが」

 バッカスとナルシスが顔を見合わせ、なるほど、そういうことならと頷く。
 しかし、まあ予想して杖を握っていた通り、

カリン「そうか。ならば最初の相手は澄まし顔のお前だ!」

 あれだけサンドリオンの態度に苛立ちを見せていたのだから、まあちんぴら相手や我が儘な相手を前に立ち回ってきた人生経験を持っていれば、予想できないものではなかった。
 そもそもあいつは頭の中が単純だ。無意味に気高いばかりの貴族像を叩き込まれたのか、自分から見れば周囲に喧嘩しか売らない“いやなやつ”だ。
 だからこそ杖を握り、溜め息を吐きつつも構えた。
 様々な修羅場を潜り抜けてきたと一目で解る、隙のない構えだった。

バッカス「おいサンドリオン、おまえは決闘の約束をしていないだろう」
ナルシス「構わないさ、やらせてしまえ。どうやらあいつ、本気らしい」

 眠たげな表情はどこにもない。
 ただ不安があるとすれば、ゲルマニア騎士ともめた時にえぐられた傷だ。
 自分の魔法で癒しはしたが、困ったことに魔法は万能ではない。
 傷を完全に癒してくれるわけではないし、……命までもは救えない。

カリン「ぼくはカリン・ド・マイヤール。得意な系統は……見て解る通り、風だ」

 風が、びゅうと吹く。
 やけに風が強い日だと思っていたが、風はどうやらカリンの方から溢れているらしい。
 詠唱を待てずして、風が吹き荒れているのだ。

カリン「困ったことに、ぼくの風は強すぎる。加減が出来ないんだ。
    だから、出来れば決闘をしない者は離れていてくれないか」

 静かな表情でサンドリオンを睨むと、途端に強かった風がさらに強くなる。
 サンドリオンはなるほど、言うだけはあるかと内心で頷き、風を浴びていた。
 拍子にずぐり、と傷が痛んだが、我が儘坊主を落ち着かせるくらい、なんとかなるだろうと杖を握りしめた。

カリン「さあ。では───はじめよう!」

 カリンの詠唱が開始される。
 サンドリオンも同じく詠唱し、それはカリンがするものよりも早く終わり、水の鞭をしならせ、攻撃を開始した。

サンドリオン「言ってなかったな。おれの得意系統は水だ」
カリン   「構わない。誰が相手だろうと負けるつもりはない」

 言葉ののちに、ウィンド、とぼそりと呟かれた。
 途端にカリンから信じられないくらいの突風が解き放たれ、決闘するつもりが傍観者になったバッカスとナルシスを吹き飛ばした。
 狙ったわけではない。風があまりに強すぎたのだ。
 危うく壁に激突するところをジークフリードに助けられ、ふたりは「なんだ、あの馬鹿げた風は」と心底呆れた。
 強気になれるわけだ。ただのウィンドでここまでの風を操れる者など見たことがない。

サンドリオン「なるほど」

 ふかすだけはある。
 ならば早急に終わらせよう。調子付かせれば付かせるほど、厄介になりそうだ。
 サンドリオンは水の鞭を消すと、ブレイドという魔法を詠唱。
 杖に高速回転する水の剣を纏わせると、改めて構えた。
 なるほど剣勝負か、とカリンも同じ魔法を唱え、杖に風の剣を纏う。

サンドリオン「ちゃんと受け止めろよ。
       水の剣と侮ると───《ザゴンッ》……首、落ちるぞ」

 杖を振るうと、地面が容易く斬れた。
 高速回転する水や圧縮されて放たれる水は、鉄すらも容易く斬るという。
 彼のブレイドは前者であり、彼はこのブレイドという魔法を唱えて、負けたことがないとさえ言われている。
 しかし風の剣も侮るなかれ。
 鎌鼬という現象が皮膚を切るように、一点に集中された風の渦は触れたものを引きちぎるだろう。
 そんな二つの凶器が、ひとつの拍子ののちに激突した。
 カリンは風魔法で空を飛び、その小さな体躯を生かしての襲撃。
 サンドリオンは戦闘経験を生かした器用な立ち回りでこれを捌き、いなしてゆく。
 暴風の剣が水流の剣とぶつかり、弾かれる水が散弾となって地面にこぼれ、時に二人の体を打つ。風もまたぶつかるごとに二人の体を押し退けるように弾け、二人は衝突の度に半歩下がるような衝撃に襲われていた。

サンドリオン(っ……! さすがに、響くなっ……!)

 ごぎんごぎんとぶつかる度に、傷口に響く。
 カリンは地面で自分を支えていない分、衝撃を僅かに殺せているようで、むしろ攻撃の頻度はぶつかる度に増していた。
 というのもそもそもサンドリオンは受けにしか回っておらず、明らかに防戦一方だ。
 戦闘経験の浅いカリンには、それが自分の力が押し続けている結果にしか見えず、自分がじっくり分析されているなどとは想像だにしなかっただろう。
 結果として、その戦闘経験の浅さがサンドリオンに見切りを持たせた。
 攻撃は確かに激しい。空を浮きながら攻撃というのはなるほど、その小さな体躯にはかなり有効なのかもしれない。
 だが突進の時には前方に向けて飛ばなければいけない。攻撃の意思ばかりが頭を占めれば占めるほど、その前進の勢いも増すばかり。
 さらに言えば攻撃が単調であり、パターンさえ見切ってしまった。
 だからこそ防がれ続けていることに、カリンは気がづかなかった。

サンドリオン(───そこっ!)

 カリンは宙の、さらに上から襲い掛かる時に一瞬だけ停止する。
 その僅かな───本当に間隙と呼べる隙間を、サンドリオンは射抜くように貫いた。

カリン「なっ!?」

 足を切られたカリンに走った動揺は相当だ。
 当たる筈が無い、自分が優勢なのだと、己の勢いに酔っていたところに、その一撃はあまりに衝撃的すぎた。
 その動揺を、戦を知る者が見逃すわけもない。
 サンドリオンはそのまま杖を払い、カリンの杖を弾き落とそうとした。
 動揺のあまりに、実に子供然とした不安いっぱいの顔をしたカリンの表情が、サンドリオンの表情を緩ませる。やはり子供だ、と。
 しかしそれにしても、そんな表情さえ美しいと思えた。
 こいつが酒場に来た時は、こんな美しいやつがこの世にいるんだなと呆れたものだ。
 ……男だと解った途端の落胆も相当なものだったが。

サンドリオン「《ズグッ》うぐっ!?」

 ともあれ、あとは杖を払えば終いになる。
 その筈だったが、隙を穿つために強く身を捻った所為だろう。
 傷口がとうとう開き、狙った位置を外してしまった。
 しまった、などと思う余裕もないほどの痛みに顔をしかめたが、次の瞬間に彼を襲ったのは……まぎれもない“烈風”だった。
 立っていられずに壁まで吹き飛ばされ、激突。
 げほりと肺の中の酸素を無理矢理吐き出されて、サンドリオンはどうと倒れ伏した。
 その手から杖が落ちた時点で、勝敗は決していた。
 これに驚いたのはバッカスとナルシスの二人だったが、憤慨していたのはたった一人。

カリン「……どういうつもりだ!」

 叫んだのはカリンだ。
 サンドリオンの傍まで歩き、杖を突きつけて叫んでいた。

サンドリオン「おれの負けだ、降参だ」
カリン   「どういうつもりだと言っている!」

 降参したというのにカリンは杖を下ろさない。
 それどころかさっきまでの冷静な表情が嘘のように赤く染まり、それだけでもどれほど怒っているのかが解るほど。

カリン「貴様! わざと狙いを外したな!?
    さっきの時点でぼくの胴を貫いていれば貴様の勝ちだった!
    それを、杖を払うだけに留めようなど!
    決闘を! ぼくを! 貴族を愚弄する気か!」

 怒りのあまりにぶるぶると杖を握る手が震えている。
 そんなカリンを見上げ、サンドリオンはふぅと息を吐くと言ってみせる。

サンドリオン「子供を殺せるか。それに……」
カリン   「それに? なんだ」
サンドリオン「きみは、美しい」
カリン   「───………………へきゅっ!?《ボッ!》」

 見上げ、にこりと笑いながらの言葉だった。
 壁に背を預け、立てた膝に腕を乗せながら、整った顔立ちを緩ませ。
 カリンが本当に美少年であったなら、ここで“赤くなる”という意味を違った意味でしていたのだろうが、カリンはまず女として赤くなり、次に男として赤くなった。

カリン「き、ききっ、きさっ、きさま、というやつは───!
    決闘をなんだと思っているぅううううううっ!!!」

 それは怒りだった。
 またもや詠唱を待たずして吹き荒れる風に、サンドリオンは目をぱちくりと瞬かせたあと、自分の危機を察した。

サンドリオン「へ? いや、ちょっと待てきみ!
       決闘は終わったろう! 降参って言ったんだぞおれは!」
カリン   「だだだっだだ黙れ黙れ黙りなさい!!
       こんなのわた……ぼくの勝ちじゃない! 引き分けだ!
       そそそそして貴様のようなふざけたやつを、
       ぼくは、ぼくは……ぜぜ、ぜったい、絶対に許せない!!」

 まるで嵐だった。
 決闘の最中でもこんなものは見なかったぞ、と心の中で愚痴をこぼすほど、嵐だった。
 様子がおかしいと近寄ってきたバッカスとナルシスがまた吹き飛ばされ、ジークフリードに介抱されるほどの嵐だった。
 無詠唱でこれだというのに、なんと目の前の美少年は詠唱を始めやがった。
 吹き荒れていた嵐がごんごんと杖に集まってゆき、サンドリオンの顔がさあ、と青く染まる。

サンドリオン「待て! それでどうする気だ! 降参だって言ってるだろう!」

 軋む体に無茶を言わせ、這い蹲って逃げようとした。
 しかし無情にも杖は下ろされ…………景色は爆ぜた。

……。

 しゅうう……プスプス……。

ジーク「で、えーと。どうしようこやつ」

 ……“カリンの見ていた景色”が爆ぜた現在。
 きゅう、とノビたカリンが、ジークフリードに襟首を掴まれたままで存在していた。
 杖を下ろした瞬間に魔法をマジックキャンセラーで削り、カリンはマキシマリベンジャーで気絶させたのだ。

バッカス「こんな規格外の坊っちゃん、王都どころか田舎でだってお目にかかれないぞ」
ナルシス「まあ、なんだね。気絶したやつ相手にどうこうって気分でもない。
     起こしてお灸を据えるかい?」

 二人がそう言うが、サンドリオンは首を横に振るう。

サンドリオン「いや、その……なんだ。出来ればもう、係わり合いたくない」

 その言葉にバッカスとナルシスは同意した。
 恐ろしい魔法だった。まともにやれば、怪我どころの騒ぎではない。
 決闘の約束は無効になったんだし、相手はこうして気絶している。
 なんというか、いろいろと予想外のことが起こりすぎて、毒気を抜かれてしまった。





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