41/カリーヌ

 翌朝。
 カリン……カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールはベッドの上でのた打ち回っていた。

カリン(負けた。負けた負けた負けた。よりにもよってあんな臆病者の男に!)

 引き分けと言ってしまったが、あんなものは負け惜しみにも近いものだ。
 足を切られた時点で終わっていた。その足の傷も、痕が残らない程度のかすり傷。
 そんな衝撃に隙を生んでしまった自分も許せなければ、そんな手心を決闘の最中に加えたあの男も、そんな男に負けた自分も許せなかった。
 だから、うめいた。
 ほおおおおおおおおおああああ〜〜〜っ!! と、女性に似合わぬ声をあげ。
 しかしながら別に男になりたいわけでもないカリーヌ。
 独りの時はきちんと女らしい言葉で過ごしていた。

カリン「修行が足りない証拠だわ……あんなやつに負けるようじゃ、
    きっと王都じゃ生き残れないのよ……」

 カリンはここでいろいろと勘違いをしていた。
 臆病者なのにあれだけ強いということで、強さの基準を明らかに間違えていた。
 つまり自信たっぷりの輩はもっと強いのだと。
 王都……なんと恐ろしい場所なの……!? なんて息を飲むほどに間違えていた。
 なのだが、怯えていても騎士にはなれない。
 まずは、ともかく魔法衛士隊に入隊することを考えよう。
 もはや頼る当てが無いのなら、直接隊長殿を訪ねてみるしかない。
 そう思い、着替え始めたところで、ドヴァーーンとドアが無遠慮に開かれ、

ジーク「アンタァァァァ! いつまで寝てんのほんとキャーーーッ!!?」
カリン「キャーーーッ!!?」

 着替えのために脱いだ先。
 ぺったりだが、僅かな膨らみが存在するソレが、来訪したジークフリードの前に晒されていた。のちに宿が吹き飛ぶほどの大規模な大嵐が吹き荒ぶのだが、何故か宿だけしか壊れなかったそうな。

……。

 しゅううううプスプス……!

ジーク「ワガッ……ワガガッ、ワガッ……!」

 ぼっこぼこである。
 吹き飛び、ボロボロになった筈の宿は新品同様に戻ってはいるが、その一室で、顔をぼっこぼこにし、体はズタズタな仮面男が涙を流しながら正座をしていた。

カリン「見たな……? ぼ、ぼくの秘密を、知ったな!?」
ジーク「《シャキィーーーン!》見ました!《マゴシャア!》ふぼるぁああーーーっ!!」

 突如として治った正直者に顔面ストレート。
 仮面越しに鼻がこきゅりと小気味のいい音を出した。
 一方のカリンは頭を抱えてこれからのことを考えた。
 女であることは絶対にバレてはならぬと言われていたのに。
 よりにもよってこんなにも早く、しかも騎士志望であることを知っている相手に知られてしまうとは……!
 などと考えていると、ふと彼女の肩がポムと叩かれた。
 振り向いてみれば、ビッとサムズアップをする仮面男。

ジーク「頑張れヨ」
カリン「《ぶちぃ!!》」

 その励ましが自分のどこに向けられたものかを瞬時に悟った彼女は、今度こそ無遠慮に拳を振るい、足を振るい、杖を振るって魔法も放った。
 胸が小さくて悪かったわね! と叫びそうになるのをなんとかこらえ、しかし攻撃の意思はまったく堪えずに振るい続けた。

……。

 その後。

カリン「いいかっ、お前も従者なら、ぼくの言うことくらい聞け!」
ジーク「うんまあ可能な限りなら。だが最終的に判断するのはこのジークフリードよ。
    そこのところを間違えるでないぞ、このたわけが」
カリン「たわけって言うな! と、とにかく。ぼくの正体は誰にも内緒だぞ。
    別に冗談なんかで騎士を目指してるわけじゃないんだ。本当に夢なんだ」
ジーク「それももちろん解っておりますとも。
    女だからなれないなんて、そんなのおかしいでしょ。
    だから応援……は面倒だからしないけど、影ながらフォローしましょう。
    あくまで道化チックに」
カリン「………」
ジーク「ウィ?」

 きょとんと首を傾げる仮面男。
 傷なんてすっかり無くなっており、ギャグ漫画でいう一コマ完治がなされたような感じ。
 カリンとしてはそれも不思議だが、なにより吹き飛ばした宿が元通りなことにこそ疑問を抱いた。で、訊いてみれば───

ジーク「道化はマジックでなんでもできちゃうのさ☆」
カリン「な、なんでも?」
ジーク「もぉちろんさぁ☆
    まあでもそのなんでもをやっちゃうと人間味が無くなっちゃうし、
    無消費で出来るわけでもないから、よっぽどのことじゃないとやらないけどね」
カリン「……おまえ、いったい何者だ。そんなことが出来る存在を、ぼくは知らないぞ」
ジーク「道化です。あなたの正体が秘密なように、僕の正体も秘密なのですよ。
    それが飲み込めぬのなら従者などしねー!
    一方ばかりの秘密を押し付けておいて、信頼関係が保てると思うなーーーっ!!」
カリン「いちいち口が悪いなお前は! それでも子爵なのか!?」
ジーク「子爵ですとも。ほら勲章」

 しゃらんと騎士勲章や爵位勲章を見せる。
 さすがにそれを見せられては頷かざるを得ないわけで。

カリン「じゃあ顔くらい見せたらどうだ。信頼するというならそれくらい───」
ジーク「ふん断る」
カリン「どこに信頼関係があるんだ!
    お前やっぱりぼくのことをからかっているんだろう!」
ジーク「いやいやまあまあ落ち着いて。俺のこれは道化としてののらりくらり的なものさ。
    真面目な貴族が居ればふざけた貴族も居る。そのふざけた部分が僕ということ。
    貴族が全員同じなら、個性なんて必要ないじゃん。そんなのはつまらん。
    きみはサンドリオンを随分毛嫌いしているようだがね、
    彼にもああなった理由がもちろんある。
    それを、自分が嫌いだからという理由だけでけなすのは、貴族としてどうなんだ」
カリン「…………むぅっ……!」

 一理ある。
 だが、それにしたって貴族然としていなさすぎじゃないか。
 あんなやつを自分は認めたくなどない。
 そんなカリンをよそに、ジークフリードはてきぱきと用意を始め、なんとその場で料理を作ってみせた。調理器具など無かった筈だが。ぽかんとしたカリンは無視で、美味っしーよっ? とミスターな味っ子の真似をしている。
 促されるままに食べてみれば、なるほど。ほっぺたがじぃいいんと痺れるほどに美味しくて、カリンはしばらく口を開くことも出来ずに悶絶した。
 散々と味わって、ようやく一口目を嚥下すると、待っているのは質問タイム。

カリン「これはなんだ!? こんなものは食べたことがない!」
ジーク「わからんのか、このたわけが」
カリン「解っていたら訊くわけがないだろう!
    そもそもぼくはきちんと食べたことがないと言った筈だ!」
ジーク「ヒャッハッハッハッハ!! 道化には謎が付き物なのさっ☆ だから教えねー!」
カリン「……お前、ぼくをからかっているだろう」
ジーク「失礼な。俺は普段からふざけてるから、
    誰かをからかうじゃなくて誰でもからかってるんだ」
カリン「なお悪いっ! ああもう! やっぱりいい! お前なんて───」
ジーク「お? クビ? 解雇する? 胸張って叶えさせてみせろー的なこと言っといて、
    ちょっと自分に都合が悪くなるとすぐにクビ? わー、うおー、だっせー」
カリン「本当にむかつくなお前は!!
    どうしてお前なんかが子爵になれたのかがまず解らないぞ!」
ジーク「ええまあほんと。ちなみにこの空の下に俺の家族はおらんでの、
    俺は俺一代で子爵にまでなりました。
    あ、あとさ、どうせもうバレてるんだから、俺の前では男言葉じゃなくていいよ?
    気配察知は得意かもしれないから、
    誰かが来たら男言葉にしてくださいと言いますし」

 一家に独り、ジークフリードですと何故か服を脱ぐ。
 もちろん殴られて、“一家に一人”の部分に孤独感を感じたんだがと言ってみても、気の所為さとだけ返した。

カリン「……解った。ただし、バレそうになった時は───」
ジーク「うむ。全力でフォローしましょう。その方が面白そうだし。
    いやー、しかし見れば見るほど似てる」
カリン「? 似てる? なににだ───というか、ぼくが、何かにか?」
ジーク「うん。俺の“家族”に同じピンクブロンドのお子が居るんだけどね。
    よく似てるよ。強気なところとか、テンパるとどもりまくるところとか」
カリン「うん? 待て。お前、家族は居ないって言ったじゃないか」
ジーク「あっと……早速やっちまった。まあいいや、俺もきみの秘密知っちゃったし。
    信じる信じないはきみに任せるけどね、俺は未来から来た未来人だ」

 言ってみたが、速攻で鼻で笑われた。

ジーク「だよね。まあ信じないわな。こういったことに関しては相手任せにしてるから、
    信じるまで言うってのはしないよ。ただ内緒にしてくれればいいや。
    サンドリオンやバッカスやナルシスにも内緒にしてることだから、頼みます」
カリン「……友人なのにか?」
ジーク「そういうのを気にしないで馬鹿やれる関係で居たいんだ。だから教えない。
    ただ、いくら俺が道化が好きで冗談が好きでも、生きた歴史に嘘はつかん。
    俺は未来の世界から来て、5年を“同じ姿”で過ごしてる」
カリン「面白い冗談だな」
ジーク「お? 面白かったか。ならいいや、この話はこれで終わり。メシ食べちゃって。
    それが終わったらヴィヴィアンのところに行こう」
カリン「びびあん?」
ジーク「魔法衛士隊の隊長代理。今ちょいといろいろな事情が重なっててね。
    ジェーヴル隊長が病で倒れてる上に人手不足も手伝って、
    現在の衛士隊は娘のヴィヴィアンが代理で務めてる」

 現在の魔法衛士隊は随分と寂れた空気を背負っている。
 いろいろな悶着と関係のいざこざが原因なのだが、それはまたのちのちに。

カリン「娘、って……女性は入れないんじゃなかったのか」
ジーク「代理だから隊員じゃないのです。
    だからね、もし隊員になるんだったら、
    もう本当に、絶対に絶対に、正体はバラしてはなりませぬ。よござんす?」
カリン「当たり前だ。そんなことをすれば父の顔や、
    採用してくださった人の顔に泥を塗ることになる。
    ……採用してくれると決まったわけじゃないが、
    半端な気持ちで王都にまで来れるものか」
ジーク「あ、それは大丈夫。
    今本当に人手不足だから、騎士見習いとしてなら確実に採用されるよ」
カリン「えっ……ほ、ほほほ本当に!?」
ジーク「見習いだし財政厳しいから年金は出ないけどね。
    そういや主、きみ金は?」
カリン「30エキューはある」
ジーク「……一週間も保たんな。田舎だったらまだ保ったんだろうけど、
    ここいらは腐っても王都だからね、結構金飛ぶよ」
カリン「なっ……」

 唖然。
 30エキューでも自分にとっては大金だというのに、それでも一週間保たないなど。
 王都というのはそこまで田舎と違うのか。
 酒場のメニューは安くて美味しかったというのに。

ジーク「ま、金銭的なことはどーんと従者に任せんさい。
    この5年、なーんもせずに生きてたわけじゃないしね」
カリン「い、いや、従者になったからってお前に払わせるわけにはいかない。
    というかなんでそんなに払う気満々なんだ!?」
ジーク「言ったでしょ。俺は誰かを笑わせるのが好きなんだ。
    あ、別に無駄金使うつもりは一切無いよ?
    きみがどれだけ欲しいものがあったとしても、
    それを無償で買うほど馬鹿じゃない。……ってそうだ、これ言わなきゃいかん。
    言っておかなきゃこれからのことにいろいろと差し支えるな」
カリン「?」

 ぱくぱくと食事をするカリンを前に、ジークフリードは姿勢を正した。
 大事なことを伝えるつもりなのだろう。
 カリンも姿勢を正し、食事をする手も止めて、口にあるものは嚥下して真っ直ぐに彼を見た。その先で彼が言った言葉は───

ジーク「俺な、外道だから」

 これだった。
 思わず「……はい?」と問い返してしまうほどに意外な言葉。
 真面目な話になるんじゃないかと思っていたのに、これはいったいなんだろう。

カリン「げ、外道? 外道ってあの、ひどいとかそういう意味での───」
ジーク「そういう意味での。ちょっと意味合いが違うけど。
    最初に言っておかないと勘違いされるし、そういうの嫌いだからね。
    俺は外道だ。基本、自分のためにしか動かない。
    だから、俺がどんな行動を取ろうが、
    俺はやさしいとかそういった感情は持たないでほしいのです」
カリン「………」
ジーク「“ジークフリードだったらこうしてくれる”、
    “あいつだったら救ってくれる”、そういった先入観を持ってほしくない。
    俺が言う信頼関係ってのはさ、馬鹿言いながらもなんだかんだで付き合える仲だ。
    相手の力を信頼するって意味じゃない。
    こう言われたら大抵のやつは“力だってそいつの一部だ”って言うけどね?
    ……そういう話だけじゃ済まない事実ってのも存在するんだよね」
カリン「…………一つ確かめさせてくれ」
ジーク「あいよ」
カリン「………」

 カリンがすぅ、はぁ、と深呼吸をする。
 自分は、これから無茶なことを言う。
 それは自分でも、父でも母でも、ともすれば王様にだって出来ないことだろう。
 それが出来るというのなら───

カリン「すぐに消してくれていい。何かを創り出してくれ。杖を使わずに」

 馬鹿な話だ。
 そんなこと、誰にだって出来る筈がない。
 ハルケギニアの魔法系統だって、無から有は作れない。
 だというのに───目の前の男は、こくりと頷いてそれをやってみせた。

ジーク「人はね、自分の理解の範疇にないものに憧れを抱く。最初はね。
    で、その原理を知ろうとしている時は楽しむんだ。俺はその瞬間が好き。
    でも、結局解らないと、人はそこに恐怖を覚える。
    覚えたら、今度はそれをする人を嫌う。俺はその瞬間が嫌い。
    その時点で知る努力を忘れる馬鹿ばっかりになるからだ。
    不思議を持ってる相手が居るのに、“知ることを諦める”んだよ、そいつらは。
    教えてやっても自分の理解の外だと“ワケがわからない”と怒る。
    結局自分の理解の外のことは、
    興味を抱くだけで“解るところ”まで歩もうとしない」

 出てきたのは鳩だった。
 そして、紙吹雪。
 それはこの道化が、散々と王都の道端で見せてきたものだ。

ジーク「子供は笑ってくれた。どうなってるのって純粋な顔で見上げたよ。
    錬金かなんかだろうって悟ったつもりの大人は笑った。そんなんでも笑顔だ。
    でも、理解に至らなきゃ結局気味悪がったよ。
    見ていかないかと話しかけても、
    今じゃ大抵のヤツがそんな暇があるわけないって言って去っていく。
    面白いもんだよねー。有り得ないこととして考え始めれば、
    これが創造だなんてことはすぐ解るのに、
    自分の常識の中でしか考えようとしない。
    そして俺は、そういう頭の固い連中で溢れかえってる貴族ってのが嫌いだ」

 創造された鳩がカリンの肩に留まって、その頬にデゲシッと頭突きをした。
 しかし柔らかく軽い衝撃だったので、くすぐったい程度に終わる。

ジーク「人に頭突きされたら、軽くても怒るだろ? でも今のきみは笑ってる。
    貴族にとっての人と動物の違いってなんだろねー。
    そういうことを考え出すとね、サンドリオンの軽さは実に付き合いやすいんだ」
カリン「むっ……」

 サンドリオンの名前が出るだけで、敗北を味わった自分の心にもやがかかった。
 今度会ったらどうしてくれようかと、ざわりざわりと復讐の心が溢れてゆく。

ジーク「ま、こんなこと言っててもつまらないね。説教って、説いて教えるって書くけど、
    相手側に聞く気が無いと、言っても無駄だもんねー。教師ってほんと大変だ。
    まあ、頭ごなしに怒る先生ばっかだーってのも解るけど。
    よし、じゃあ早速見習いになりにいくべー」
カリン「へ? いやっ、ちょっと待てっ! 真面目な話をしていたんじゃ───」
ジーク「サンドリオンの名前が出た途端に意識が俺から外れたみたいだし、いいじゃん?
    聞く気がないなら俺も言わなくて済むし、
    言ってる方もつまらない説教なんてしても無駄無駄、楽しくいこうっ!」
カリン「………」

 掴み所の無い男だ。

ジーク「じゃ、これからよろしくだ主。偽名、ジークフリード。
    これより貴様を全力で教育してくれよう。
    まずはそのふざけた慢心と見下し癖から叩き直しましょうね」
カリン「なっ……!?」
ジーク「うん、つまらない説教は終わり。主に俺関連の話を終わりにしよう。
    じゃあ次はきみのことでの大事なお話ね?」

 掴み所の無いなんて思ってる場合じゃなかった。
 目の前の男は顔にビキビキと血管を浮かび上がらせ、自分を睨んでいるのだ。

ジーク「キッサマ何様のつもりじゃぁあああああっ!!!
    なにあの態度! 会う人会う人に喧嘩売って!
    貴族だから“ああ”なの!? 自分は貴族だから間違ってないって!?
    キミねぇ! 引いてはいけないって理屈だけで、
    避けられるいざこざまで避けずに居て楽しい!?
    従者としてハッキリ言わせてもらおう! 俺は貴様のような貴族が大ッ嫌いだ!」
カリン「え、あ……え、え……?」
ジーク「引かない勇気!? ふざけろバッキャロー!!
    命を惜しまぬ輩が何かを守る騎士になろうなどと笑わせてくれるわ!!」
カリン「───! なんだと! 貴様、ぼくの夢を侮辱するか!」
ジーク「それが夢か!? “そんなお前”が夢か!!
    自分の気に入らないものを蹴落として、片っ端から喧嘩売って!
    冗談を冗談と受け入れる歪みねぇ許容の心も見せないままに殺すとまで言って!
    侮辱してるのはどっちだ!!
    騎士ってものを! 貴族ってものを勘違いしたまま誇りだ夢だと言いやがって!
    誇りを以って真に“騎士”に生きた者たちへの、それこそが侮辱だろうが!!」
カリン「ふざけるな! ぼくのどこが騎士への侮辱だ!
    引かぬ勇気を! 立ち向かう勇気を持ったぼくの、いったいどこが!」
ジーク「私利私欲に溺れ、それを悪とも思わぬ心こそが侮辱だ!
    人の考え方に耳を傾けもせず、自分が気に入らなければ殺す!?
    貴族以前に人間性の問題だろうが! そんな貴様に守れるものなど、
    貴様を恐れて無抵抗になった輩と、そんな貴様を利用しようとする馬鹿だけだ!」
カリン「〜〜〜〜……貴様! もはや許せん! 決闘だ!《バゴシャア!!》へぶぅ!?」

 決闘が告げられた瞬間彼女はその場で顔面を殴られ、十回ほど回転した後に床に沈んだ。

ジーク「若すぎる……遅すぎる……そしてなんと弱い……」

 そんな彼女のもとへ跪き、哀しげな顔で一言を言うお馬鹿。

カリン「あ、ぐっ……! き、きさ……!」
ジーク「ねぇ。杖折っていい? 折られてまだ同じことを同じ人に言えるんだったら、
    きみのことを“無謀超人無謀マン”って呼んであげる。騎士とは認めないけど」
カリン「い、いいわけ、あるかっ……!」
ジーク「それは残念。あ、ちなみに俺、相手が誰だろうと差別しないからね?
    主だろうが王だろうが、間違ってりゃ殴るし怒ります。
    そして俺が間違ってた時は相手に殴られる覚悟がとっくに出来てます。
    主、きみはどう? 一方的に怒って馬鹿にして魔法ぶっぱなすだけで、
    やられる覚悟なんて微塵にもなかったんじゃない?」
カリン「………」

 ぐっ……と息を飲む。
 自分を見下ろす目は、やはり悲しげだ。
 そこに、どこか落胆の色が混ざっている気がするのはどうしてだろうか。

ジーク「ようがす。我が言い分が気に入らんならかかってきなさい。
    その押し通す我を受け止めましょう。
    まあ俺も貴様が正しいとは微塵にも思えんからツブすけど」
カリン「う……ぼ、ぼくの夢なのに、どうしてお前が否定し切ろうとするんだ!」
ジーク「ぬ? んー…………あのさ。勇気を証明するためなのかどうなのか知らんがさ。
    そのために引けない〜とか言って、自分以外の全てを否定して楽しい?
    自分より偉い人が出てきたらへーこらして、それ以外には威圧的で。
    我を通すってのはさ、相手が偉い人だろうがなんだろうが関係なく通すもんだろ。
    騎士道精神大いに結構。
    でもきみの精神ってさ、騎士道というよりはただの下っ端だろ。
    その精神、メイドさんに劣る」
カリン「なっ、なんだと!? ぼくの夢がメイドに劣るだって!?」

 さすがの聞き捨てならぬ言葉に、身を起こしてキッと睨む。
 しかしジークフリードはなんでもない顔のままに続けた。

ジーク「付き従いたいだけなら騎士じゃなくても出来るよ?
    王様守りたいなら騎士じゃなくて兵でも十分守ってる。
    一流のメイドさんは、主の間違いを間違いだと言える存在です。
    王の考えの全てが正しいわけじゃないんだから、従ってりゃいいってのは違うよ」
カリン「だが、従ってこそ、就いてこその騎士よ!
    あな……お前の言っていることは滅茶苦茶だ!
    従わない兵を、騎士を、必要とする王が何処に居る!!」
ジーク「ただ従うだけのつまらん存在を欲する王こそが要らぬわ!!
    王が欲するものは仲間か! 下僕か! 王が導きたいのは民か! 傀儡か!
    その境さえも理解出来ぬ王にこそ! いったいなんの価値がある!!」
カリン「っ……あ、ぐ……!」
ジーク「……………」
カリン「………」
ジーク「……あ、あれ? 言いたいこともう無いの? もっとほら、こう……あるでしょ?
    これはあれだからこうだー、って。
    全部聞いてから、違う考え方を教えようと思ったのに……」

 カリンは俯いて、次の言が放てないままだった。
 早速いろいろなことをぶちまけて、互いを知ろうと思った矢先である。
 ジークフリードはこりこりと頬を掻いて、ふむと呟く。

ジーク「んむ、まああれですよ主。あたしゃなにも、貴様に王になれとは言わん。
    ただ、間違いは間違いだってきちんと言うよ。従者だもの。
    とにかくなによりもまずこれだけは覚えて。無理に敵を作る必要は無いのです。
    そういった行動がいつか仲間を危機にさらしても、
    きみは“これがぼくの騎士としての道なんだ!”って胸張って言える?
    胸張った瞬間に、別のところで仲間が殺されたりでもしたら、
    しかもそれがきみへの恨みの所為だとしたら、ずっと胸張っていられる?」
カリン「…………ぅ……」
ジーク「自分に仲間なんて居ないって今は言えても、騎士になれば仲間も出来ましょう。
    そうした先で“ひどい後悔の先”に現実を知るんじゃなくて、
    軽い後悔で学ぶことをたくさん拾ってクラサイ。
    それはきっと、ひどい後悔の先に手に入る知識よりもよっぽど、
    主に楽しいを与えてくれますでしょう」
カリン「……結局説教になってるじゃないか」
ジーク「うむす。主が聞く姿勢に戻ってくれたからね」

 ニコリと笑うジークフリードに、カリンは「痛くて動けないだけだ、ばか」と返す。
 そんな少女に手を差し伸べると少女は……手を取らず、自分で立ち上がった。

ジーク「無駄に誇りばっかだと、あとで疲れるよ?」
カリン「うるさい」

 ふんと鼻を鳴らし、少女はよろよろと部屋を出ようと───

ジーク「アンタァァァァ!! なァァにお残ししてんのほんともォォォォ!!」
カリン「ふわいっ!? え、あ、え? お、おのこ……?」
ジーク「まだ料理残ってるでしょォォォォ!!
    全部食べるまでは部屋から出るんじゃないのォォォォ!!」
カリン「なっ……わ、わたしっ……じゃなくてぼくはっ!
    さっきお前に殴られたお陰で口の中がだなっ!」
ジーク「口答えすんじゃないのォォォォ!!
    アンタはほんと人の揚げ足ばっかり取ってェェェェ!!」
カリン「ぼくがいつ揚げ足なんて取った! ああもうほんとなんなんだお前は!」
ジーク「一家に独り。博光です《ドーーーーン!!》」
カリン「……ひろ?」
ジーク「エ? ……うわやべっ! いやなんでもない!
    ジーク! ジークフリードですとも!」
カリン「………」

 なるほど、“ひろなんとか”がこいつの本名か。
 こくりと頷いて、カリンは仕方も無しに料理の前へと座り直した。
 口は痛いが、確かに食べ物は大事だ。
 田舎貴族だからこそ、普通はこんなことでもない限りはきちんと食べる。
 ……それにしても殴られるだなんて予想もしてなかった。
 決闘だとは言ったが、その瞬間に殴られるなんて、きっとどこの貴族でも思うだろう。

ジーク(……偽名で居るのも飽きたな。五年だもんね。
    もう自分の認識だけしっかりしてればいいでしょ)

 カリンがこれからのことを真面目に考えている中、ばか者はそんなことを考えていた。

中井出(……うむ! なんかしっくり!)

 そして笑顔を輝かせた。仮面着用なので誰にも解らなかったが。

カリン「あぅう……」

 そんな笑顔を前に、痛がりながらも食事をする貴族さま。
 ジーク……もとい、中井出はそんな少女の在り方に満足げに微笑んだあと、そっと近づいて口の中の傷を癒した。癒して、まだ安定しきっていないマナの消費に立ちくらみを起こし、その場でよろめいて机の角に頭をぶつけて「アモギェエーーーーーッ!!!」絶叫した。




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