42/見習いに行こうぜ!

 ドヴァーーーン!!

中井出「やっほうビビリン!! 騎士見習い連れてきたぜー! 茶ァ入れろ茶ァ!!」

 さて。ここはジェーヴル魔法衛士隊長の屋敷……なのだが、そこへ超絶無礼な訪問をするお馬鹿がひとり。ガチガチに緊張しながらも同行していたカリンも、さすがに「ひぃ」と小さく悲鳴をあげて中井出を止めに入った。

カリン「なななななにを言ってるんだお前は!」
中井出「え? なにって。やだなー聞いてなかったのか主。
    じゃあもう一度言うからちゃんと聞いておくんだよ?
    まったくもー、こんなこと主以外の人にはやってやらないんだからねっ《ポッ》」
カリン「何故頬を赤く染める!? ってちょっと待て! ぼくはやれだなんて───」
中井出「やっほうビビリン! 騎士見習い連れてきたぜー! 茶ァ入れろ茶ァ!
    そしていいかァ愚民どもォォォォ!!
    このお方こそがこれより魔法衛士隊見習いになるカリン様だァァァァ!!!
    つまりは魔法衛士隊が存続できるのも見習いが入隊するお陰!
    ひいては連れてきたこのジークフリード様のお陰なのだァァァァ!!
    おらおらおらおらカリン様のお通りじゃぁあ!! 道空けんかいコラァアッ!!」

 叫ぶ馬鹿。
 そして、そんな彼のマントを引っ張って、泣きながら「やめてぇ! やめてぇええ!!」と叫ぶ少女の図。
 どっかで見たような光景だが、きっと気のせいだろう。
 ともかく、そこまで騒々しくしていれば人もやってくるというもので、呆れ顔の黒髪の女性がその場に現れたのは間もなくのことだった。

ヴィヴィアン「ジーク……またお前か。ここでは騒ぐなと言っているだろう」
中井出   「やあビビリン! 見習い候補を連れてきたよ! 茶ァくれ茶ァ!」
ヴィヴィアン「お前が衛士隊に入ってくれるなら、淹れてやってもいいが」
中井出   「いやです」

 即答だった。

ヴィヴィアン「だろうな。というかな、ビビリンはよせ。
       ヴィヴィーでいいと言っているだろう」
中井出   「いやだよ発音しづらいし。それならディズィーの方がまだ言いやすい」

 まるでご近所の幼馴染のようなやり取り。
 カリンは少し気になって訊いてみようとしたが、まずは挨拶が先だと一歩前へ出た。

ヴィヴィアン「お前が見習い候補とかいうのか」
カリン   「はっ。カリン・ド・マイヤールと申します。
       この度は、栄誉ある魔法衛士隊に入隊したく、故郷より出てきました」
中井出   「騎士になりたいんだって。実力だけなら太鼓判押すよ?」
カリン   「だっ……だけとはなんだっ! おまえ、仮にも主にだなっ!」
ヴィヴィアン「主……はぁ。お前は。また誰とも知らぬ者の下に就いたのか」
中井出   「スリリングでいいでしょ」
カリン   「……あの」
ヴィヴィアン「ああすまない。入隊だったな。
       見習いとしてなら、そこの馬鹿の言う通り歓迎しよう。
       現在の魔法衛士隊は、情けないことに人員不足でな。
       よほどのことがない限り、採用しているんだ」

 カリンは、先にジークフリードに聞いていたその事実が真実と知り、首を傾げた。
 魔法衛士隊は貴族の憧れであったのではなかっただろうか。それが何故、と。

ヴィヴィアン「わたしとしては、そこのばか者にも入隊してほしいのだがな」
中井出   「おいおい冗談はよせよこの馬鹿。
       マチルダさんが黒くなっただけみたいな姿しちゃって、
       何様ですかー、コノヤロー」
ヴィヴィアン「だからそのマチルダってのは誰なんだ」
中井出   「友達で仲間で家族です」

 ヴィヴィアンは、マチルダ・オブ・サウスゴータの緑髪が黒くなったような容姿だった。
 出会いはそんなものが切っ掛けであり、一言目など「マチルダがグレてしまった!」だ。
 振り向く少女がマチルダではないと知り、誤解があったことを謝りつつも、道化であるならば笑わせなければといろいろとやった。どうやら娯楽に乏しかった頃、それは彼女の心を暖かくしたようで、互いになんとなく気に入ったって関係になった。
 キリッとした真面目な顔がほぐれていく頃、ジークフリードはいつものように訊ねた。望むものはなんですかと。

ヴィヴィアン「はぁ。なぁ、願いの変更は出来ないのか」
中井出   「何度言われてもやりません。
       一度だけなら可能な限りどんな願いも叶える“微笑のドーケ”。
       “トリステインの愉快な騎士”の二つ名は伊達じゃねーですが、
       だからこそ守られるべきモノがある。
       俺ゃ気に入ったヤツの願いしか聞かないし?
       打算で近寄るクズヤローなんて気に入るわけもない。
       ……ていうかね、やめてヴィヴィー。
       俺、今まで願われたものの中で、キミの願いが一番気に入ってるんだから」
ヴィヴィアン「だったらお前も、そうやってきちんとヴィヴィーと呼べ。
       等価を与えられなければ平等じゃないだろう」

 “硬い口調をやめて、気軽に付き合ってくれ”。
 それがヴィヴィアンがジークフリードに願ったものだった。
 親が栄光ある魔法衛士隊の隊長ということもあり、自分に対する周囲の反応が硬すぎた彼女にとって、街でおどける道化は心の癒しだった。
 だからこそ何度も足しげくジャグリングなどを見に行き、やがては互いに顔を覚え、話す機会も増え、気に入って、願いを問いかけられ。
 ようするに友達になってくださいと手を差し伸べて、仮面の道化は笑って受け入れた。

ヴィヴィアン「“間違えないでほしいのは、願われたのはあくまで口調や付き合い。
       友達になる意思は我が身から出たものなので。
       ならばこそ、友らしく心だけは対等であり平等でありませう”。
       ……お前が言った言葉だな。あれは、響いた」
中井出   「ギャア馬鹿! 主が居るのになんでバラすの!? やめてよもう!
       人の願いを他人に教えるのはケーヤク違反だ! 呪うぞ!?」
ヴィヴィアン「はっは、好きにしろ。
       どーせお前の呪いなんて、人を嫌でも笑わせることだろ」
中井出   「なんで解るの!?《ガーーーン!》」
ヴィヴィアン「……はっ。とまあ、コレはこういう輩だ。
       いつか、というか既に従えたことを後悔しているだろうが、
       まあこいつに飽きられないように精々頑張れ」
カリン   「飽きる? あの、いったいなんのことで?」
ヴィヴィアン「こいつとの契約期間はこいつ自身が決める。
       気に入った相手だからと、いつまでも絆が続くと思うな。
       こいつはある意味での夢喰いなんだ。
       散々と見事な力を見せ、人を楽しませ、それは周囲を魅了させる。
       それが自分にあればと思わせ、
       現に従えと願った者は、随分と楽しき日々を過ごしたよ」

 ニヤリと笑い、小声で「博光ですから」と呟く彼。
 誰にも聞こえなかったようだが、仕草で調子に乗っているであろうことが解るあたり、自分も随分とこいつを知ったなとヴィヴィアンは笑った。

ヴィヴィアン「だが、そこまでだ。こいつは自分を信じる者を信じ、力を信じる者を嫌う。
       自分への絆がやがて力への絆へと変わると、
       こいつはあっさりと契約を切る。道端の小石を蹴るように、軽くだ」
カリン   「…………」

 じとりと仮面の騎士を見つめる。
 仮面の騎士は「ハッハッハ」と笑いながら、20個ものボールをお手玉している。

ヴィヴィアン「そこで睨むということは、そうか。そいつの力はもう見たな?」
カリン   「……見ました」
ヴィヴィアン「そうかそうか。ならばもう術中に嵌ってるわけだな」
カリン   「術中、ですか? というか、何故そんなに嬉しそうなのでしょうか」
ヴィヴィアン「見ものだからさ。ジークの力を見て、心惹かれなかった者は居ない。
       そのお陰でひと悶着を起こした馬鹿が何人も居たが、
       関係をそのままに残れたのは全て合わせても四人だけだ。
       お前もそうあれるといいな」
カリン   「………」

 残る? 残るっていうのはなんだろう。
 走った疑問に素直に思考を回転させた。
 ヴィヴィアンはくすくすと笑い、もうカリンから視線を外してジャグリングを見ている。
 楽しげに「あれをやってくれ」と話しかける姿は、なるほど。確かに友達のそれだ。
 そこに、貴族間の堅苦しさなど何処にもなかった。

カリン   「……訊いていいでしょうか。隊長代理殿」
ヴィヴィアン「ヴィヴィーで構わん。で、なんだ?」

 話す時には相手の目を。
 しゃらりと向き直ったヴィヴィアンの瞳を真っ直ぐに見て、カリンは自分の中の情けない自分がびくりと震えるのをなんとか抑えて、質問を投げる。

カリン   「彼……ジークフリードの能力のことです。
       信じられませんでしたが、隊長代理殿も、他の者も知っているのなら、と。
       あの。コレの力があれば、隊長殿の病を治すことも出来るのでは」
ヴィヴィアン「…………」

 質問を受け止め、ヴィヴィアンは糸目、への字口になって頭をコリコリと掻いた。

ヴィヴィアン「マイナス1」
カリン   「え?」
ヴィヴィアン「聞いているだろうが、ジークは自分のためにしか動かない。
       自分が楽しみたい、楽しませたいから動くっていうのが大体だ。
       そして、父を癒すことは彼にとっての楽しいには繋がらない。それだけだ」
カリン   「だ、だったら命令すれば!」
ヴィヴィアン「わたしはジークの友達であって、上司でもなんでもない。
       マイナス2だ。言ったばかりだぞ、こいつの力を信じるな。
       信じるならこいつの馬鹿さ加減を信じろ」
中井出   「そうだこの馬鹿」
カリン   「だっ、おっ、きさっ……! こここここぞとばかりに馬鹿とっ!」
ヴィヴィアン「馬鹿を信じるのは気が楽でいいぞ。胃を痛めることもない。
       お前が入ってくれれば、衛士隊も少しは…………いや、いい」
中井出   「きみねぇ、その後悔何度目だい」

 楽しくしてくれるのは間違いないのだ。問題なのは後始末。
 代理だろうと隊長なのだから、しっぺ返しは全て自分に返ってくる。
 そしてこの馬鹿は、“楽しい”のためならいろいろと手段を選ばないのだ。

中井出   「さ、堅苦しくもつまらない道化の話は終わりです。
       仕事のお話の途中ですよ、“ヴィヴィアン”」
ヴィヴィアン「のっけからそれを破壊した上で、
       しかもお茶まで要求したのはあなたでしょう、“ジークフリード”」

 パリッと仕事モード。
 大きい羽帽子を目深に被るジークフリードと、美人秘書がよくかけているような横に尖った眼鏡をクイッと持ち上げるヴィヴィアン。
 友達っていうのは軽くなければいけない。重くあってはただの枷だ。
 窮地があれば助けましょう。引っ張る足は手放しましょう。
 ようするに、手に余るもの以外では助け合い、笑い合いましょうって仲だった。
 その窮地が友の足を引っ張るものならば、引っ張ってしまうこの手を自ら放して落ちてゆく。落ちた先でどうなろうと……戻れるのなら、足ではなくて手を握ろう。
 友達、仲間、家族を置き去りに過去へ飛ばされた彼ではあったが、なにもその先にそういった関係になれる人が居なかったわけではない。だからこそ、彼は5年も道化を続けていられた。

ヴィヴィアン「さ。では衛士隊の話についてだが。
       人手不足だからと誰でも採用する現状、きみは不安に思っているだろう。
       “こんな隊に入って、自分は立派な英雄になれるのだろうか”。
       “こんなことになってしまっては今さらやめますとも言えない”。
       ……ははっ、思っていることが顔に出ている。どうして解ったって顔だ」
カリン   「いっ……いえっ、そんな、畏れ多い……」
ヴィヴィアン「無理はない。それが事実だ。現在の魔法衛士隊で英雄など、夢物語さ。
       だからこそ言おう。隊の名を借りて得る栄誉で、英雄になどなれん。
       質問をしようか、カリン・ド・マイヤール君。
       “きみの一歩目はどこにあった?”
       故郷から出てくること? それとも夢を得た瞬間だろうか。
       ああ、べつに衛士隊を踏み台にすることが一歩でも一向に構わない。
       ただ。ただな。その一歩を誇ることはきっと、人に笑われる行為だ。
       やめるだの英雄になれるのかだの。
       なれなかったら衛士隊の所為にする心積もりが溢れている。
       そんなことじゃきみ。あれだ。
       きみが得た栄誉の全てが、“就いた場所のお陰”になってしまう」
カリン   「…………それは」
ヴィヴィアン「“勇気”を絞りたまえ、少年。場所が英雄を作る? 違うさ。
       立ち向かう勇気なんて当然のことを言いたいわけでもない。
       “人の所為にせず、自分の所為にする勇気”が英雄を作る。
       だから英雄は人に好まれるのさ。
       他人の所為にしない存在は、近くに居て重くない」
カリン   「それは………あの。それは……都合のいいように利用されているだけでは」
ヴィヴィアン「うん? …………」

 ひと拍子ののち、ヴィヴィアンとジークフリードは笑った。
 仕事の話だとか言っておいて、互いに肩を叩いたり頭をぺしぺしと叩いたり。

ヴィヴィアン「少年。“英雄が利用されないもの”だとでも思っているのか?
       英雄なんて言葉は飾りだ。どれだけの栄光を得ても、誉を得ても。
       合わせたものを栄誉と呼ぼうとも、英雄とは“そういうもの”だ。
       人の役に立ってなんぼなんだ、仕方ない」
カリン   「そんなっ! 英雄はっ、騎士とは───」
ヴィヴィアン「では訊こう。王が英雄に命令する。
       しかしそれは英雄にとってしたくはないことだった。
       だが英雄の嫌悪はどうあれ、王も兵も民も英雄にそれを望んだ。
       さて。望まれたことをとうとうしなかった英雄は、皆になんと呼ばれる?」
カリン   「………………!」
ヴィヴィアン「顔が青いぞ少年。まあ、想像した通りだ。
       臆病者だの卑怯者だの王の命に逆らう反逆者だのと、いいように言われる。
       英雄、勇者、国の守護者。言い方などいろいろあるだろう。
       だがな。そう呼ぶのは結局は周囲だ。
       その周囲を守らない英雄になんの価値がある。
       “英雄”ってものに器はいらない。誰でもいいんだよ、守ってくれるなら」
中井出   「英雄って便利だよなー。
       死んでも、立ち上がるやつが居れば代わりはいくらでもいるんだ。
       それに勇者はやられてもやられても立ち上がるんだ。
       そんなやつらがごっちゃり居れば、世の中ももっと変わるんだろうなー」
カリン   「………」

 ざわりと、カリンの心が揺れた。
 ぎろりと睨む先には道化。
 どんな言葉を自分は放つのか。
 自分でさえ解らないくらい、どうしてか心が冷えていた。

カリン「変わる? どんなふうにだ」

 だから、そんな質問は驚きだった。
 もっと言うことがあっただろうに、どうしてそんな質問だったのか。
 問答無用で殴ってやればよかったじゃないか。
 なのにどうして質問なんか。

中井出「決まってるだろう、主よ。
    貴族“だけ”がよりよい暮らしが出来る、くそったれな世界さ」

 返された言葉は、きっと、まるで望んでいなかったもの。
 貴族であるくせに貴族のあり方を嫌うこいつの言葉に、一体何を期待したのか。
 また貴族を馬鹿にするのかと、カリンは彼の前まで歩いて睨みつけた。

カリン「貴族は必要以上によい暮らしなど望まない。
    英雄だって、そんなことを望むわけがないっ」
中井出「ほんとにそう思ってる?」
カリン「当たり前だっ」
中井出「命令するのが王様。貴族の長なのに?
    そんな王が居るのに、平民ばっかが地べた這い蹲るような生活してるのに?」
カリン「這い蹲っているなんて、それこそ平民に失礼ってものだろう。
    人はお前が心配しているほどにヤワな存在では───」

 喋っている途中で、自然と声が出なくなった。
 真っ直ぐに見ていた従者の目から、まるで光が無くなったかのように見えた。
 自分を見つめる目から興味というものが失せていくような、得体の知れない肌寒さを感じた。

  …………───ああ。お前は、貴族なんだなぁ……

 少女の目の前のそいつはそう言った。
 それからポンとカリンの頭を叩くと、次に笑った。

中井出「ようがす。それでも“そうならなかった”例を、
    同じピンクブロンドで知っている。
    前までの俺だったらあっさり興味なくしてたんだろうけどね。
    大丈夫! 人は変わる存在! 人は成長する生き物!
    まあ成長なんてものは人によっては違うんだけどね!
    だが俺は俺の脳内辞書での成長をきみに願おう! だって俺だもの!」
カリン「急になにを叫び始めてるんだお前は。気持ち悪いな」
中井出「歯に衣着せよう!? だが構わん! 俺はお前を“勝手に信じる”!
    ヤツでさえそうだったんだもの、きっと解ってくれる貴族になるさ!
    あ、そだ。主、クックベリーパイ作ってやる! 食え!」
カリン「な、なに? 何故そこでクックベリーパイの話になる」
中井出「うるせー! 約束果たせずに5年ももやもやしてるこっちの身にもなれピンク!
    あぁそれとヴィヴィアン! こいつの紹介とか面倒とかどうしよ!
    俺べつに衛士隊じゃないから指導とか出来ないし!」

 勝手に話を進めるジークフリードに、さすがに困惑するカリンだったのだが……言葉を投げてもどうやら興奮しているようで、まともに受け止めようともしなかった。

ヴィヴィアン「それについては今日、ここに来ているやつが居るからそいつに丸投げだな」
中井出   「ほほう。ヴィヴィーがそういう言い方ってことは……」
ヴィヴィアン「想像通りの相手だな」
中井出   「ちなみにこやつ、既にそいつと面識あるよ?
       そして断言する。絶対に拒絶する」
ヴィヴィアン「知り合いなのか?
       なら丁度いいじゃないか。隊長権限を使ってでも押し付けよう」
中井出   「鬼ですな。まあヴィっちゃんのことだから命令違反で減棒ってとこか」
ヴィヴィアン「解ってるじゃないか。というわけで、サンドリオン!!」

 声高らかに。
 すると隣の部屋へと続く扉が開き、そこからは見覚えのある銀髪の青年が。
 ……このあとに起きたことは詳しく語るまでも無い。
 サンドリオンの家にカリンが住むことになった。ただそれだけだった。


───……。


 さて。
 それからのことを語るとあまりに長ったらしい。

カリン「よ、ヨロシクお世話になり、なりりりり……!
    なり、ます……! サンドリオン殿……!!」

 一応世話になるということで、礼儀さえ教わらなかったのかと言われればこう言うほかなく。

カリン   「衛士隊が呪われてる!? なんだその言いがかりは!」
サンドリオン「いちいち食ってかかるなよ。面倒くさいな」

 衛士隊が寂れてる原因を聞けば、やれジェーヴル隊長が病に倒れてから各隊の隊長が死んだりなんだりと、いろいろとよくないことが起きただの。

サンドリオン「怖いなら明日にでも帰ってしまえ。
       冗談なんかじゃない。本当に死ぬかもしれないんだぞ」
カリン   「それこそ冗談じゃない。騎士になれるんだったら、命なぞ惜しいものか」
サンドリオン「……やれやれ、まいったな。勇気と無謀は違うんだぜ?」
カリン   「当然だ。ぼくが勇気と言うなら、その全てが勇気に決まっている」
サンドリオン「ああわかった。きみは近いうち、ジークに殴られるよ。絶対にだ」
カリン   「もう殴られた」
サンドリオン「…………あのなあきみ。あいつに殴られるってことはよっぽどだぞ。
       これほどの速さで殴られたのなんてきみが初めてだ。
       なあ。お目付け役、やめていいか。というか出てってほしいんだが」
カリン   「騎士になるまで諦めるもんか!」
サンドリオン「……ジーク。願いを言っていいか。
       今すぐここに来てこいつを追い出してくれ」

 言ったところでここには居ない道化を思い、サンドリオンは頭を抱えた。

……。

 翌朝。
 
中井出「ヘロウ」

 ベンジャミン、もといジークフリードがサンドリオンの家を訪ねた。
 手には大きな皿。
 クロッシュ(高級料理とかに被せてある銀色のドーム状のアレ)が被せられたそれを、ニコニコ笑顔で運んできていた。

サンドリオン「なんなんだいったい、こんな朝から」
中井出   「やあサンドリオン。ちょっと主との勝手な約束があってね。
       クックベリーパイ作ったんだ。食べない?」
サンドリオン「おれもいいのか? 食事はこれからだったんだが」
中井出   「構わないよ。どうせ金ないんだろ? 近頃減棒続きらしいじゃないか。
       あとでバッカスとナルシスにも届けるつもりだから、一足お先にどうぞ」
サンドリオン「助かる」
中井出   「それで、主は?」
サンドリオン「今起こしに行こうとしてきたところだ。
       なんというか、おかしな条件を突きつけられた」

 条件? 首を傾げるジークフリードに、サンドリオンは溜め息を吐きながら視線だけでそっぽを向き、被っている大きな帽子をくしゃりとへこませながら言った。

サンドリオン「自分が着替えている時は入ってくるな、だとさ。
       “なんでもひとつだけ言うことを聞くから”なんて言うから、
       とりあえず家事洗濯掃除を任せたんだが」
中井出   「……なあきみ。あのはねっかえりの主が、それらを出来るとでも?」
サンドリオン「…………ああ。実は今、きみに言われた瞬間から後悔している」

 前途はとても多難なようだった。
 ともあれ食事だ。
 玄関先から中へと案内されたジークフリードは、てきぱきと食事の用意をする。
 といっても一般的な食事内容とは違った、朝っぱらからのクックベリーパイ。
 大きさは結構なものだから、なるほど。確かに朝食にはなるだろう。

中井出「さ! 食べてみてよ!」

 降りてきたカリンも混ぜての朝食。
 その大きさにカリンもサンドリオンもたまげていたが、普段から金欠でろくなものを食べていないサンドリオンも、節約しようとして大したものを食べていないカリンも、目の色を変えて食べ始めた。

カリン「!? お、おいっ………………おい、しい……!!《きらきら……!》」

 サンドリオンはジークフリードの料理の腕前は知っていたが、カリンはそれほどでもない。確かに先日、料理を食べはしたものの、ドタバタしていた上に緊張もしていたので、鮮明に残っているものなどなかった。
 それが見習いにもなれた翌日、安心した心の先でこの味だ。
 目を輝かせて、取り分けては食べ、取り分けては食べを繰り返した。

サンドリオン「ジーク。あの二人にも届けるって言ってたな。いいのか?
       あのままだとあいつ、全部食っちまうぞ」
中井出   「ああ大丈夫大丈夫。他にもまだあるし」
サンドリオン「まだあるのか!? …………つくづく、きみは謎が多いな。
       大体、住んでいる場所も知らない」
中井出   「詳しいことが知りたい? それが願い?」
サンドリオン「……嫌味ったらしい顔でそれを訊くのは癖か?
       あーいいよ、願いはまだまだ保留だ。
       きみが困りそうなとびっきりを、いつかきっちり叶えてもらうさ」
中井出   「そりゃ結構。きみのことが嫌いになってなけりゃ、喜んで叶えるさ」

 互いに“変わってくれるなよ”と言い合って、タシーンと手を叩き合わせた。
 そんな会話の最中でも、夢中になって食べ続けるカリン。
 よほど、クックベリーパイがお気に召したようだ。

中井出「クックベリー、好きなのか?」
カリン「ふ、ふんっ、どうだかなっ」
中井出「美味しいか?」
カリン「どうだかなっ」
中井出「カリンは男だよな?」
カリン「どうだかなっ」
中井出「サンドリオン、重症だ」

 返事も適当に食べ続ける姿に、肩を竦めて振り向く。
 サンドリオンもくっくと笑いながら、確かに美味しいパイを食べ続けた。

……。

 食事を終え、ジェーヴル殿の屋敷に向かうと、そこは人でごった返していた。
 なにやらガラの悪い連中で溢れかえっていて、これらがみんな衛士隊の連中なのかと思うと嫌気が差す。
 しかしながら、そんな場所なのだからこそ自分がしっかりせねばという意識を溢れさせたカリンは、凜とした表情で屋敷の中へ。
 するとそこで見知った顔を発見。
 バッカスとナルシスだった。

バッカス「ようサンドリオン。見習いを一人預かることになったそう───だ……な?」
ナルシス「実に楽しみだね。どういった……人───」

 人ごみの中から目ざとくサンドリオンを発見した二人は、やってくるなり口を開き、途中で停止した。その視線は当然というべきなのか、サンドリオンの後ろに立つカリンに向いている。

バッカス「おい、まさかうそだろ!? 見習いってのはこいつか!」
カリン 「そうだ」
ナルシス「……悪夢じゃないかね?」
カリン 「なんなんだ。いきなり失礼だな」
ナルシス「きみにだけは言われたくない言葉だな」
中井出 「まったくだ」
カリン 「なっ! ぼくだってお前にだけは言われたくないぞっ!」
中井出 「《フッ……》……だとよ」
ナルシス「いや。流し目しながらぼくの肩を叩いているところに悪いがね。
     彼は確実にきみに向けて言っているようだが」
中井出 「え? 俺?」

 きょとんとするが、全員が頷いていた。
 しかし馬鹿だから気にしないことにして、「へっちゃらさー!」とサムズアップ。
 そうこうしている間に、バッカスがズイとカリンに詰め寄り、そのゴツイ体、迫力ある眼力でギロリと睨み、「ところで小僧、昨晩はよくもやってくれたな」と言う。
 勇気の魔法を使っていないカリンは内心恐怖しながらも慌てて左手を舐めて、「なにか文句があるのか?」と睨み返した。
 それを見たジークフリードは溜め息とともに頭を掻くが、カリンもこれで必死だ。
 魔法がなければ体格のいい人相手に、前に立つことすら怖い有様。
 ならば魔法を使わずに怯えていろというのもまた違うのだろう。
 補助輪をつけた自転車で進む道はまだまだ怖い。
 むしろ、これまでの道を補助輪をつけて歩いてきたのがまずかったという部分もある。
 お陰で補助輪を外して人と接することが苦手になっている。

バッカス「………」
カリン 「………」

 睨み合う。
 カリンは既にバッカスをナメきっている。
 昨晩も巻き添えなんぞで壁に叩きつけられていた。
 こんな体格だけの相手を、何故怯える必要があるだろう。
 魔法による無敵感包まれながら、そこいらの野良犬でも見るような目で見つめ───

バッカス「お仕えさせてくださいっ!!」
カリン 「ひゃうっ!?」

 急に跪かれ、勇気も魔法も吹き飛ばして悲鳴を上げた。
 ……このバッカスは、美少女の騎士になりたいという夢を持っている。
 男としてはもちろん、女性の中でもそうは居ないカリンの整った顔立ちに、相手が男だと解っているのに跪いてしまっていた。

サンドリオン「……バッカス。そいつは男だぜ」
バッカス  「はうあ!? ……う、むむ。オレとしたことが。うむ、解っているんだが。
       おかしい、おかしいぞ。なんでこんな気持ちになるんだ」
ナルシス  「きみは友達だが、たまに死んだほうがいいんじゃないかと思う時がある」
中井出   「言ってやるな。もう手遅れだ」
バッカス  「言ってやるなと言った矢先に言うのはどうなんだ!?」
サンドリオン「とりあえず静かにできないのか、きみらは」
中井出   「そうだこの馬鹿!」
カリン   「なぜここでぼくが馬鹿にされるんだ!」

 ノリだろう。
 ぷんすかと怒ったカリンをどうどうと宥めつつ、四人はこれからのことを適当に話し合い始めた。

ナルシス「しかしなるほど。きみが入隊するとなると、
     我が魔法衛士隊はトリステインきっての美貌を二人も集めることになるんだな。
     もちろん一番はボク、二番はきみだ」
カリン 「何番でもいい」
中井出 「だから主が二番だって言ってるでしょうが。よっ! 二番! 美貌二番!」
カリン 「何番でもいいって言ってるんだからいちいち突っかかるな!」
バッカス「まあ、あれだ。そういうことならきみはこれから仲間ということだなっ!
     よろしく頼むぜ! 少年!」

 ささやかなツッコミ劇場の中、バッカスは豪快に笑ってカリンの肩を叩いた。
 随分と馴れ馴れしい態度だ。

カリン 「昨日の今日で、よくもそこまでの変わり身を出来るものだな」
バッカス「なに、強いやつは歓迎だ! 戦争や決闘の時に頼りになるからな!
     きみの風魔法は実にすごいな! オレはびっくりしたぜ!」
カリン 「ぼくはお前の変わり身の早さにびっくりだ」
中井出 「俺はナルシスの美しさにびっくりだ」
ナルシス「ふふ、そうだろうとも。なにせ本人が二番でいいと言ったんだ。
     ボクが一番なのは揺るがない」

 くねくねと蠢きながら言うナルシスを、ジークフリードは騒がしく褒め称えた。
 その脇で盛大に溜め息を吐くのはサンドリオン。

サンドリオン「なんでおれの周りには、騒がしいのしか居ないんだ」

 心の底から振り絞ったような、哀しげな声だったそうな。

バッカス「しかし見れば見るほどに美しいなきみは! 男にしておくのがもったいない!」
ナルシス「だが二番だ」
バッカス「きみが女ならば、それはもう速攻で仕えていたのになあ!
     いや実にもったいない! 神様ってやつはもう、どこまで気がきかないんだ!」
ナルシス「二番だがね」
カリン 「何番でもいいと言っているじゃないか」
中井出 「やったなバッカス! 主はバッカスよりも美しさは下だそうだ!」
バッカス「なんだと!? そうだったのか!」
カリン 「おい待て! それは聞き捨てならないぞ!」
中井出 「えー? だって何番でもいいんだろー?」

 そう言うジークフリードの横で、バッカスがムキモキと己の筋肉を盛り上げて、ドヤ顔で目を伏せていた。それがカリンにとってはたまらなく腹が立った。

カリン「き、ききききき騎士になるのに美貌なんて必要なものか!
    ぼくはことあるごとにそういうことを言われ続けて、いい加減疲れているんだ!
    なんでどいつもこいつも人の容姿を褒めるんだ! どうでもいいだろう!」
中井出「主……。きみ、バッカスにさぁ。
    きみみたいな大男は隅を歩くべきだーって言ったんだよね?」
カリン「はうっ!? ……あ、あ、いや、あれはー……そのぅ」
中井出「自分のことは言われたくないのに、自分はいいんだー。へー、ふーん」
カリン「ま、待て。待ってくれ。話せば解る。
    たしかにぼくはそんなことを言ったが、
    その場で出る売り言葉に買い言葉とかいうのもあるだろうっ」
中井出「貴様のそれは売り言葉以外のなにものでもないっつーとるんじゃああああっ!!」

 そしてマキシマリベンジャー。
 今度ばかりはしっかりと空中に放り投げての頭突きまでやって、カリンは激痛にのた打ち回った。もちろんジークフリードも。

中井出「はい。ともかく相手の姿カタチについてをとやかく言うの禁止。
    自分がされて嬉しくないことを相手にするんじゃありません、まったく」
カリン「うう……」
中井出「さ。解ったら仕事仕事。見習いには仕事が山ほどあるのよさ。
    ここでのんびりしているわけにはいかん」
カリン「? そんなこと言って、じゃあここに集まっているやつらはどうなんだ?」
中井出「正隊員は暇なのさ。王の護衛はエスターシュ大公の親衛隊がやってるし」
カリン「なんだって? じゃあ本当に暇なのか」
中井出「暇だよ? 人が減ったから、王を満足に守ることも出来ないってんでね」
カリン「………」

 かくりとカリンの頭が下がる。
 ソレを見て、バッカスはわははと笑った。

バッカス「なんだ。まるで親衛隊のほうがよかったって反応だな」
カリン 「う。そ、そんなことはないよ」

 言ってはみるが、正直な話をすればそう言わざるをえない。
 しかしながら先日言われた言葉が頭に残っている。
 場所が英雄を作るんじゃないのだ、と。
 ならばここからがスタートなんじゃないか。
 仕事があるならやればいい。出世の機会を得ることは、きっとここでも出来るはずだ。

カリン「それで、ぼくはなにをすればいいんだ?」
中井出「そだね。まずはやっぱり……」

 言われた言葉に、カリンはぽかんとした。
 さらに言えば、連れて行かれた場所で頭を抱えた。

……。

 厩舎というものがある。
 騎士が乗る幻獣を繋いでいる場所だ。
 グリフォン、ヒポグリフ、マンティコア、その場に居るのはどれも空を飛べる幻獣。
 その厩舎へ歩き、掃除用具と餌である屑肉を手にしたカリンは、魂が抜けたように呆然状態になっていた。
 ……エ? コレ、ワタシガ?
 騎士が少なくなったとはいえ、その数は結構なもの。
 しかし騎士になるための見習いならば、投げ出せばそこまでだ。
 書いた勇気をぺろりと舐めて、カリンはうおおおおと仕事にかかった。

カリン「うっ、くさっ! どれだけ汚れているんだ……《ゾスッ》いたっ!
    こら! なにをするんだ! うわこらっ! 引っ張るな!
    ぼくは今掃除をしているんだぞ! あっ、あっ、勝手に餌を!」

 幻獣の管理は大変だ。
 召喚に応じて現れた使い魔ならまだしも、契約に従っていない幻獣は手に負えない。
 召喚の儀式で得た使い魔は主に従うようになっているが、野良で手に入れた幻獣などそんなものなのだ。
 カリン自身、まだ使い魔は召喚していないが、なるほど。こんな大物を召喚した日には、その日の餌代だけで家が潰れそうだ。そりゃ、見習いに年金が出ないはずだ。そんなの出していたら、見習いの数だけで国が潰れてしまう。
 そうして遅くまで餌やりや不慣れな掃除をして、ふと気づいたことがあった。
 なんでわたしは一人なんだろう。これである。
 気になったのでヴィヴィアンに訊いてみれば、皆、見習いの仕事が辛すぎてやめてしまうんだとか。なるほど、一人なわけだ。
 年金も出ないというのに、こんな平民並みの雑用。
 貴族としては相当に辛い。
 その上、上の正騎士隊員は暇にかまけてジェーヴル殿の屋敷に集って談笑するだけ。
 魔法衛士隊も寂れていく一方。
 ……本当に、とんでもない時期に入ったものだと、カリンは泣きたくなった。

……。

 くたくたになって仕事を終えたカリンだったが、サンドリオンの家に戻っても炊事洗濯掃除が待っていた。
 貧乏貴族だが召し使いの数人は雇っていたこともあり、そんなものはやったことがない。
 しかしながら条件を突き出して了承を得たからには、やらなければなるまい。
 男の一人暮らしということもあり、特に寝室はひどい有様だった世界に浄化を。
 というかこんな時なのに従者はどこでなにをしているんだ。

   ───その頃の従者。

中井出 「突然の風にも負けない体作りその31!」
バッカス「うむ! 部下になめられっぱなしはいけないな!」
ナルシス「美貌を引き上げる業、その22も忘れてもらっては困るな」
中井出 「あれ? サンドリオンは?」
バッカス「さすがに自分の家に少年一人を帰らせるのはって、一緒に帰ったぞ」
中井出 「なにぃマジか。まあいいや、掃除とかを手伝うのってなんか違うし」
バッカス「オレの時も見事に手伝わなかったな、きみは」
中井出 「従者は掃除マンじゃないからね。
     気が向けば料理も作るけど、主人の仕事を奪うのって違うよ。
     それより体作りと美貌の底上げさ!」
バッカス「その通りだ!」
ナルシス「ジーク、この服はどうだね?」
中井出 「ナルシス、それはきみにとても似合っているが、
     それは自分で見た場合の意見だ。
     きみにはこっちの大人しめのほうが似合っているよ」
ナルシス「そ、そうかね? 少し地味じゃないかね」
中井出 「馬鹿ぁん! ナルシスの馬鹿ぁん!
     “美しさ”はナルシスが居れば十分なのに、
     これ以上美しいを揃えてどうするんだ!
     服はナルシスの美しさを引き立てるものでしかない……!
     “美”は! 既にそこにあるのだ!」
ナルシス「《ガァアアーーーーン!!》…………そ、そうか……! そうだったのか……!
     ボクはなんて思い違いをしていたんだ。
     そうだ、美しきはもうここに存在していた。
     だというのに引き立てる材料を揃えず、
     気に入ったものばかりを身につけていたボクは馬鹿だ。
     目が覚めた気分だよジーク! ではこの服なんかどうだね!」
バッカス「おお! まるで人が変わったかのように美しく見えるぞ!」
ナルシス「本当かね!?」
中井出 「ああ……まさかそうまで変わるとは思わなかった。
     これならば主も馬鹿にした風なことなど言えまいよ!」

  ……全力で己を磨いておったそうな。

 カリンの掃除は続く。
 サンドリオンの部屋はお世辞にも綺麗とは言い難く、むしろ全力を以って汚いと言えた。
 顔立ちはいいのに、生活はこんなものか。
 とひょーと出る溜め息もそのままに、カリンはしたこともない洗濯に向けて、ありもしない袖をまくるように腕を振るった。
 とりあえず外の井戸前まで、大きな桶に突っ込んだ衣服を運ぶ。
 本当ならば触るのも嫌だったが、そういう契約なのだから仕方ない。
 桶に入った衣類に井戸からくみ上げた水をぶっかけ、浸すこと数分。
 洗濯の仕方もわからないカリンは、それらをぎううと絞ることで完了とした。
 なんだ、やればできるじゃない、わたし! と内心喜ぶ様は、どこぞのピンクブロンドとよく似ている。やり遂げた笑顔で額の汗を拭ってはいるが、見る者全てがため息を吐く仕事だったに違いない。
 そんな調子で一つ一つを絞っていきながら、わたしは出来る、わたしは出来ると奇妙なリズムとともに口ずさんでいたカリンだったが、何枚目かの洗濯物を浸った水から持ち上げると……悲鳴をあげた。
 男もののパンツだった。




Next
top
Back