43/諸君! 決闘だ!

 悲鳴とともに発動した魔法がサンドリオンのパンツを八つ裂きにした翌日。
 ボロボロになった衣類については特にツッコミもなかったが、何故かシャツについては無事であるかを執拗に訊かれた。
 無地の真っ白なシャツが無事であることを確認すると、ぼんやりとした、どこか光の篭っていない目にやさしい色が浮かぶ。カリンはそんな目を見て、こんな顔も出来るのかと内心驚いていた。
 まあともかく、そんな少々の変化を見つけた翌日だ。

カリン「寝巻きがないんだ」
中井出「そうか。じゃあな」

 ジャグリングで通行人を……もとい、ヴィヴィアンを楽しませていたジークフリードを前に、カリンはぽつりとこぼした。
 トリステインはチクトンネ街の通りで、ひょいひょいと器用にお手玉を見せていた彼は、手を止めてとひょーと溜め息を吐きつつも、一応の主であるカリンに向けて“しっしっ”と手を振るった。

カリン「おいこら、なんだその態度は」
中井出「おはようからおやすみまで面倒なんぞ見れますかい。
    俺は楽しいを教えたいだけの、ただの道化なんですよ?
    従者にはなったけど、寝巻き云々なんて俺には関係ないっしょが」
カリン「…………むうっ」
	
 カリン・ド・マイヤールは貧乏である。
 30エキューほど持っていた金は、いざという時のために極力節約を、と使っていない。
 ならばサンドリオンの家はどうなのかといえば、サンドリオン自身ろくなものも食べず、家に居る時はほぼ読書で過ごしている。
 カリンはまだまだ育ち盛り故、出来ればいいものが食べたいのだが、サンドリオンの家で出される食事など硬いパンとスープのみ。まるで黒髪の少年使い魔がピンクブロンドのゼロさんに初めて振る舞われた食事のようなメニューが延々と続くのだ。朝も昼も夜も。さすがにいじめかいびりかとも思ったが、サンドリオンも同じものを食べていた。

中井出「まあ、金無いしなぁあいつ」
カリン「だが、そのくせ酒は飲むんだ。そんな金があるならもっと食事をだな」
中井出「いろいろ事情があるのよさ。飲んでるのってあの、強い酒だろ?
    嫌なことがある時や、疲れている時なんかは好きじゃなくても飲みたいもんさ。
    居候なら、まずは相手に譲ることから始めなさい。
    あ、ところでヴィヴィー、寝巻きあったりしない?《ドスッ!》おほう!」

 喋り途中のジークフリードの脇腹を、カリンの蹴りが襲った。
 思わず世紀末覇王のような悲鳴がもれたが、考えてみれば止めに入るのも当然だ。

カリン   「きみな! ぼくは男だぞ!
       ヴィヴィー殿に寝巻きを借りるなんて、何を考えているんだ!」
ヴィヴィアン「いや、これで案外似合いそうで面白いな」
カリン   「ヴィヴィー殿!?」
中井出   「じゃあサンドリオンの寝巻きでも借りるか?
       あやつめ、無頓着だからひとつくらい無くなっても気にしないぞ」
カリン   「ぐっ……あ、あんなやつの寝巻きを借りろと……!?」
中井出   「だから。突っ張る前に、自分の立ち位置とかしっかり考えろって。
       上司を小ばかにしたまま意地を張るのが、きみの言う騎士と貴族の精神?」
カリン   「《ぐさり》はうぐっ!」
ヴィヴィアン「そうそう、少し力を抜きたまえよ、少年。
       仕えてもらえている内が華だ。まだきみに魅力がある証拠だからな」

 語りながらも手品を見せるジークフリードの手元に釘付けのヴィヴィアン。
 手品が好きなようで、きらきら輝く少女のような瞳さえ抜かせば、ただ暇潰しに手品を見てやっている女性にしか見えないだろう。
 しかしながら純粋に楽しんでいるので、たとえ今まさに茶に誘われようとも、断固としてここを動かないだろう。

ヴィヴィアン「お前の“手品”は本当に不思議だな。どういう原理で完成してるんだ?」
中井出   「“借り物の意思”でいろいろと。一人じゃなんにも出来ない人間ですから。
       たまたまね、友達や仲間や家族に恵まれてたんだよ、俺は」
ヴィヴィアン「ふぅん……?」

 ある日、家族が死んだ。
 魂は死神が受け取り、やがてそれらを用いて一振りの鎌が作られた。
 なんの変哲もない、死神たちにしてみれば下の下であるただの鎌。
 ある日それを手にして、そこから広がった唯一の欠陥才能。
 それが、器を詠む力、器詠の理力だった。
 かつての仲間全てに忘れられた自分にとって、その能力は唯一の救い。
 一人ではあるが独りじゃないと言った日は既に遠いが、笑っていられる今は、まだそこに存在する。
 だから言える。辛いことばかりだったけれど、自分はまだ恵まれてはいたんだと。

中井出「そうだ、主よ。きみ、なにか欲しいものとかある?
    あ、寝巻きとかじゃなくてさ。
    ジェーヴルの屋敷に使わなくなったものがいくつかあってね、
    必要ないから処分するって話になってるんだよ。
    さすがに寝巻きはないけど、椅子とかテーブルとか、そういうのならあるぞ」
カリン「へえ……というかおいお前。ジェーヴル殿を呼び捨てとか、何様だ」
中井出「子爵様よ。ちなみに五年前、あることを成したあとには伯爵になる予定だった。
    まあ、そんなことはもうどうでもいいんだけどね」
カリン「伯爵!? お前本当に何者だ!?」

 「漬物だ。美味いぞ《パゴシャア!》」……即ナックルだった。
 そんな話をしながら、結局カリンはジェーヴルの屋敷で折り畳み式の椅子をもらった。
 戦場などで腰を休めるために使うものなのだろう、持ち運びを容易にするために大人が座るには少々小さなそれは、小柄なカリンには丁度よかった。
 寝巻きもしぶしぶながら、散々と洗ったサンドリオンの肌着を一枚拝借。
 周囲が言うように無頓着というか無関心なようで、読書さえ邪魔されなければカリンの行動にとやかく言うこともなかった。
 思えば酒場でも、頭からワインを被せられてももったいないということ以外は言ってこなかった。なるほど、相当に無関心だ。

  ───そんな生活も早いことで一週間以上が経過したある日。

カリン「まともなものが食べたい!」
中井出「はい豆スープ」
カリン「まともなものだ! まともなもの!」

 カリンは久しぶりに酒場に来ていた。
 なんでも本日は王宮から年金が支払われるらしく、サンドリオン、バッカス、ナルシスの三人は頬の筋肉を緩ませ、盛大に浮き立っていた。
 サンドリオンは薄く笑むような感じだが、バッカスとナルシスは緩むのを抑えきれないといった風情であり、早速こうして酒場に来ては、酒を手に騒いでいる。

中井出「てめぇねぇ……居候のくせにサンドリオンよりまともなものを欲するの?
    年金出ない事を承知で見習いになったくせに、まったくいやしいヤツよ」
カリン「うるさいな! 毎日毎食硬いパンと豆スープなんだぞ!?
    お前も最初の頃しか料理作ってくれないし!」
中井出「だって、貴族は必要以上に贅沢なんかしないってきみが言うから」
カリン「はうぐっ!? ……う、うぅうう〜〜〜〜……」

 自業自得という言葉がカリンを襲った。
 そんな中でもサンドリオンはワインを頼み、静かに喉を震わせている。

カリン   「本当にお前は飲んでばかりだな! 読書と酒しか能がないのか!?」
サンドリオン「勘弁してくれ、酒の時くらい静かに飲ませてくれよ」

 サンドリオンはとにかく酒を飲む。
 読書か、酒を飲むか。彼の行動など、ほぼそれだけで占められている。
 だというのに戦となれば強いとくるのだから、そんなアル中相手に負けたとなればカリンの怒りはメラメラと燃え上がるばかりだ。

バッカス「ここのムール貝が素晴らしいんだ。
     北東海から氷の魔法で保存して運んでくるらしい。
     ワインで蒸してあって、舌がとろけそうになるんだぜ」

 運ばれてきた料理を前に、バッカスは舌どころか表情をとろけさせていた。
 しかしまずはカリンに皿を差し出し、「食べてみろっ」と促してくる。
 どうやらこの幸せを共有したいらしい。
 カリン自身もこの数日でバッカスたちとも慣れた関係になっていたのと、まともな料理ということも手伝い、抵抗もなくそれを口にした。
 すると、言葉の通りに舌がとろけるような感覚と、体を痺れさせるような旨み。
 「どうだ? どうだっ?」と焦って感想を求めるバッカスはさておき、しっかり租借し味わってから、ぷはぁと口を開いてみれば、「美味しい!」と口が勝手に放っていた。
 バッカスはもう満面の笑みだ。「同士よ!」と笑顔で叫んで、自分もムール貝を頬張って拳を斜めに突き出した。カリンも自然とそれを習っていた。慣れたものである。

中井出「ほれ、約束のブツ。大事に食えよー」

 と、ここで少しの間、店の厨房を借りていたジークフリードが戻ってくる。
 手には大きな皿と、その上に乗った見たこともない料理。
 カリンはきょとんとしたが、漂ってきた香りに心と口内を支配された。
 勝手に唾液が溢れてきたのだ。

バッカス  「おお! 解っているな友よ!」
ナルシス  「年金の日はこれがあるからたまらない」
サンドリオン「悪いな、毎度」
中井出   「なになに、喜びの日は盛大に喜びきってこそでしょう」

 出てきたのは見たこともない肉料理。
 もちろん彩りとして野菜も存在し、その味も捨てたものではない。
 三馬鹿となり、そこにサンドリオンを足した仲になったいつか、喜びの日には喜びを盛大に分かち合おうって約束をして、ならば俺は料理を振る舞おうと口約束。
 以来、年金の日になると彼は腕をまくった。
 具体的な“喜びの日”が年金の日くらいしかないのだ。

カリン「ななな、なんだこれは。たまらなくおいしそうじゃないか」
中井出「サウザンドドラゴンのレインボーソースがけ。まあいろいろ混ざってるけど」

 ほおお……と、名前を言われてもよく解らないままに、周囲を見る。
 なんとなく自分が一番最初に手を出すのは、仲間内の楽しみに土足で乱入するかのような気まずさがあったのだ。
 だから、無頓着な同居人がナイフとフォークを両手に、酒をそっちのけで構えているのを見て呆然とした。

サンドリオン「? なんだよ」
カリン   「い、いや」

 いつもの死んだような目ではなく、色のある目で問い返された。
 なんというか、お前それでいいのかとツッコミたくなったが、それよりも食事が先だとカリンは目の前のごちそうに向けて構えた。
 よい食べ物、よい酒が入ると、いよいよもって席は賑やかになる。
 バッカスは笑いながら己の武勇の自慢話を。ナルシスもまた、どこぞの令嬢に言い寄られただのと自慢話を始め、一通り話し終えるとサンドリオンに感想を求める。
 サンドリオンは「すごいじゃないか、たいしたもんだ」と何度求められてもそう答え、その度に酔っ払い二人は胸を張って笑い合う。

カリン「なあ。あの二人の話、本当なのか? 有名な貴族まで倒したと言っているぞ」
中井出「貴族がそこらのごろつき、令嬢がそこらの街娘なら正解ざんす」
カリン「なるほど」
中井出「でもね、そこでツッコムのはマナーがなっていないの巻。
    楽しんでるんだから、盛大に楽しませてやりましょ?
    ここで余計な茶々を入れるのは、
    きみの食事タイムを邪魔したあの酔っ払いと変わらん」
カリン「解ってるさ。うるさいな」

 カリンとて楽しんでいる。
 サウザンドミートの部位……いわゆる漫画肉部分を両手で掴み、肉をギミミミミ……と噛んで引っ張って、咀嚼して楽しんでいる。
 食べるともう、口の中から光が溢れるんじゃないかってくらいに美味しい。
 一緒に食べる野菜も信じられないくらいに歯ごたえがよくて、これがまた肉に合う。
 綺麗に折り畳まれた野菜があって、バッカスはカリンがそれを手にしているのを見て自慢げに語る。「それはゆっくり食べたらいけないんだ。こう、一気にシャクァッ! って感じで食うんだ!」と。
 首を傾げたカリンだったが、言われるままに一瞬にして食いちぎらんとする動物のように噛んでみる。するとカリカリシャクシャクした甘みが口内を襲い、幸せいっぱい胸いっぱい状態になった。

カリン 「お、おいしい……! これ、おいしいな……!」
ナルシス「オゾン草。ジークが言うには“折り畳んだ状態”で一気に食べないと、
     一瞬にして腐ってしまうらしい。
     もちろん、もったいないから腐らせたことなんてないんだがね」
バッカス「こんな素晴らしいものを腐らせる理由はないな!
     というか、これは開いて食べたらいけないのか?」
中井出 「葉の両端を同時に食べなきゃいけないんだ。だから折り畳んである。
     野菜にしちゃあ肉厚だが、その分ジューシーで美味い。そういうもんなの」
ナルシス「なんでもいいじゃないか。美味しいのだから。この弾けるような食感。
     事実、噛めば果肉が口の中で弾け、果汁が口内に溢れる喜び。
     どれをとっても美しい。ボクはね、肉よりもこのオゾン草が好きなんだ」
バッカス「オレはこの肉だな。この、思い切り引っ張らなければ食いちぎれないくせに、
     口に入れればとろける食感がたまらん。ムール貝にはない舌溶けがいい」

 それぞれががつがつむしゃむしゃと食べる。
 サンドリオンもこの時ばかりは冷静な様相など見せず、肉を頬張り野菜を掻き込み、米を食らって叫んでいた。

カリン「これも美味しい……なんなんだこれ」
中井出「米である。パン食が主流のハルケギニアにゃあ珍しいでしょうなぁ。
    神捧米(かみざさまい)。神に捧げる米って名前で、
    遠い昔、神に舞を捧げる度に生えてきたっつー伝説を持つ米だ。
    揉上米には負けるが、一部の連中には親しまれている。
    ま、ようはイメージだね。それがそうだと信じて、美味いと思えば美味いのさ」

 食べる。話す。燥ぐ。
 周りにも客は居て、その騒がしさに混ざるように笑っている。
 その騒がしさも手伝って、それぞれが無遠慮に騒ぐ。自慢話に花を咲かせるが如く。

バッカス  「どうだカリン! オレは強いだろう!」
カリン   「変態だけどな」
ナルシス  「カリン、これで解ったろう?
       ボクが魔法衛士隊きっての美貌の持ち主であることが!」
カリン   「趣味は悪いけどな」
中井出   「主! もう解ったろう! 俺は未来から来たんだぜ!?」
カリン   「信じたところでなにが変わるわけでもないけどな」
三馬鹿   『サンドリオン! こいつひどい!!』
サンドリオン「なんでおれに言うんだ」

 騒ぐのは主に三馬鹿。
 正直に言えば酒はあまり好きではないサンドリオンは、しかしそのくせ酒にはなかなか強いようで、飲んでも飲んでも平然としている。

カリン「不思議に思ったんだが。なんできみたちは仲が良いんだ?」

 そのうち、カリンはふと気になったことを訊いた。
 これだけ自己主張とアクが強い三人が、どうして、と。
 そしてそれに付き合っているサンドリオンもだ。
 こうして酒の席にあっても、一緒に騒ぐ協調性もなくちびちびと酒を飲むだけだ。
 だから訊いてみれば、三馬鹿は仲良く肩を組んで笑った。

ナルシス「なんでかウマが合うのさ」
バッカス「初めはお互い嫌なやつだって思っていたのになあ」
中井出 「腹割ってお互いの嫌なところ良いところを罵倒しまくったら、
     なんかいろいろ吹っ切れてね。
     嫌いなところばかりじゃなく、良いところでお互いを認識してみたら、
     案外笑えることに気づいたとかそんなところさ」
カリン 「……ところできみたち、いくつなんだ?」
ナルシス「うん? ああ、十八だ」
バッカス「同じく十八だ。まだまだ若いだろう?」
カリン 「十八! 見えないな! 特にバッカス!」
バッカス「ははは、くぐってきた修羅場が違うからな!
     漢の背中は修羅場の数だけ大きく見えるものなのさ!」

 実にポジティブである。
 三十以上と言っても信じていいほどの体格だ。
 もちろん顔もなかなかにゴツイので、カリンは本当に驚いた。

中井出「ちなみに俺はほぼ四千歳となります」
カリン「お前は嘘が下手だな」
中井出「すげぇだろ《どーーーん!》」

 信じる信じないは相手任せな彼は、胸を張っている。
 もちろんこの場に、その言葉を信じる者はいない。いつもの冗談だと笑っている。
 年齢を訊かれるたびにそんなことを言うものだから、もはや定番の冗談として。
 そんな、賑やかな席でのことだった。
 そよ風亭という、この店の扉が開かれ、純白の衣装に身を包んだきらびやかな騎士の四人組が姿を見せたのである。
 ユニコーン隊と呼ばれる、話にあったエスターシュ大公の親衛隊だ。
 黒のマント以外はなにひとつ統一されていない魔法衛士隊と違って、衣装も杖も特注で作らせているのかひどく美しく見え、カリンはうっとりとその四人組を眺めた。
 が、ナルシスもバッカスも苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 毒が50%で治りそうだとは、ジークフリードの言葉である。

親衛隊1「おい、なんだか店内が臭くないか?」
中井出 「じゃあ出てけ」
親衛隊1「《どげしっ!》オウフ!」

 その、きらびやかな騎士たちにいきなり蹴りをかます自分の従者に、カリンは目玉を飛び出させんほどに驚いた。気を抜けばホォアァアアア!? と叫んでいただろう。
 なんで!? さっきまですぐそこの席で肩を組んで笑ってたのに!
 そう思ってみても、“なんか自分の常識ではあいつは縛れないんじゃないか”と一週間以上の付き合いで見切り始めていたカリンは、溜め息を吐いた。

親衛隊2「な、なにをする貴様!」
中井出 「店に入るなり店の文句? 騎士様って立派だねぇ。
     だから他の店で食ってください。
     ここはねぇ、店員さんがいっつも頑張って清掃してるの。
     みんなが食い散らかすだけ食い散らかしたものを、文句も言わずに。
     そんなみんなの気持ちも知ろうともせずに臭いなど……よくも言ったな!」
親衛隊3「なっ! い、いや、あれはだな! こちらにもいろいろと言い回しが!」
親衛隊4「………」

 なにやら親衛隊連中と騒いでいる従者を見て、カリンははらはらとした。
 止めるべきなんだろうか。それとも他人の振りを?
 いろいろ考えたが、次の言葉ではらはらはイライラに、ピシリって音とともに変化した。

親衛隊1「だから! 臭いのはどこぞの騎士連中だと言っている! 店の落ち度ではない!
     陛下の護衛任務を解かれてなお、堂々と外を歩ける落ちこぼれどものことだ!」
中井出 「てめぇ俺の友達侮辱してんのか表出ろコノヤロー!!」
親衛隊 『えぇえええええええええっ!!!?』

 護衛任務を解かれた騎士連中。
 それは、間違い無く魔法衛士隊……つまり我々に向けて言っていた。
 見れば、バッカスもナルシスもギリ……と杖を掴み、立ち上がろうとしている。
 それをサンドリオンが止めている様子に、カリンはたった今気づいた。

親衛隊1「なんだ、誰かと思えばきみは道化のジークフリードか!
     子爵だなんだとうそぶきながら、誰にも相手をされない道化を続けている!
     ははっ、なんだなんだ、落ちこぼれ同士で馴れ合いか! 立派なことだ!
     見たまえあの真っ黒なマントを!
     昔はあのマントに憧れた者が居るというのだからお笑いだ!
     まるでカラスではないか! こぼれた栄誉を啄ばむことしか脳がない!」
カリン 「《むかり》」
バッカス「《ガタッ!》」
ナルシス「《ガタタッ!》」

 カリンは親衛隊への印象をきらびやかなものから下種連中に変更した。
 格好いいのは見た目だけで、中身は最低だ。
 ぶちのめしてくれようかと思った瞬間、もはや我慢ならんとバッカスもナルシスも立ち上がる。しかしサンドリオンは酒を飲むだけだ。
 「お前は立たないのか」と訊いてみれば、「酒が飲めなくなる」と言うだけ。
 「お前の頭には酒しかないのか!」思わず叫んだが、やはりどこ吹く風だった。

カリン   「自分が情けない! あんな連中を格好いいだの素敵だのと思っていた!
       あれが騎士の、貴族の言うことか!」
サンドリオン「きみもバッカスとナルシスを散々と馬鹿にしただろう」
カリン   「ぼっ……! ぼくはもう以前までのぼくじゃない!! 揚げ足を取るな!」

 そんなやり取りの中、既にジークフリードのもとへと辿り着いていたバッカスとナルシスが、口論に参加していた。
 そこから聞こえるのは裏切り者だのなんだのという罵倒。
 次いで、魔法衛士隊はあんな子供まで入れるほど落ちぶれたか! という言葉と、自分に突き刺さる視線。それだけで、子供というのが誰を指すのかが解った。
 解ったが……それよりも、裏切り者、という言葉にカリンは反応した。
 静かに、暗く低い声でサンドリオンに訊ねる。

サンドリオン「うん? ああ。アンジェロっていって、前までは衛士隊に居た。
       けど、あんまりにも無茶苦茶なやつだったんで、追放されたんだ。
       実力は確かなものだったのにな。もったいない。
       しかし、まさかユニコーン隊に転がり込んでいたとはな」
カリン   「───」

 なるほど、裏切り者だ。
 裏切っておいて、こうして衛士隊の悪口ばかりを言って回っているのだ。
 子供はどっちだ。
 カリンは、自分の中にふつふつと怒りが湧き、沸騰していくのを感じた。
 前のように詠唱をしたわけでもないのに風が彼女に集ってゆく。
 サンドリオンはすぐに嫌な予感を感じ、止めたが……これくらいで止まるようなら苦労はしなかった。

中井出「決闘だぁーーーーーっ!!!」
三馬鹿『Yah(ヤー)ーーーーーーーーーッ!!!』

 カリンが立ち上がると同時に決闘宣言。
 サンドリオンは眩暈がするのを感じつつも、左手で酒を飲みがら、右手で握り絞めすぎていた杖から力を抜く。この時ばかりは中井出が発破をかけ、カリンを混ぜたバッカスとナルシスが三馬鹿となって叫んでいた。

……。

 デデデンッ!

中井出 「世界のブームは知らないが!」
バッカス「貫き歩もう己道!!」
ナルシス「ボクら、愛と美と愛の使徒!」
三馬鹿 『魔法衛士隊+ONE!!』《どーーーん!》

 三馬鹿が叫んでいた。
 蒼空の下、元気に。
 巻き込まれたカタチのサンドリオンと、ノるにノれなかったカリンは呆然状態だ。

カリン 「なあ。なんで愛が二つあるんだ?」
ナルシス「友愛さ。友は友として愛さねば。だが愛と美と友愛の使徒だと微妙に語呂がね」
カリン 「そ、そうか」

 一方の親衛隊連中は馬鹿にされていると感じるや、ぎりぎりと歯を食いしばって衛士隊を睨みつけた。
 それぞれが名乗りをあげるや早速衝突。
 アンジェロはサンドリオンに目をつけようとしたが、あいつをやるのはぼくだとばかりにカリンが通せんぼ。ナルシスは相手の中で一番美しく見える相手へ。バッカスもまた、一番体格のいいヤツ目掛け。
 サンドリオンの相手は精気のない、どこを見ているのかもいまいち解らないやつだった。

中井出「あ、あれ? 僕の相手は?」

 そして、偉そうなことを言っておいてあぶれる馬鹿。
 たとえようのない恥ずかしさが彼を襲い、ちらちらとこちらを見て通る通行人に「見世物だぞー! がおー!」と道化らしい道化っぷりを披露。顔で笑い、涙で泣いていた。

ナルシス「ははははは! どうだい! ボクのゴールドレディは! 黄金の貴婦人さ!」

 最初にケリをつけたのはナルシスだった。
 同じく土属性の魔法使いのゴーレムをクリエイトゴーレムで崩してみせ、美しいキメポーズをとっている。
 ゴールドといっても真鍮のまがいもので、ゴールドでは断じてない。
 次に勝負をつけたのはバッカス。同じ火使いだったようで、互いに火傷を負いながらの攻防。しかしながらバッカスの超力技(ゴリ押しと言う)に耐え切れなくなったのか、相手が早々に降参した。
 バッカスは胸の前で腕を組み、わははと笑い……───その横で、サンドリオンは驚愕していた。

サンドリオン「ば、馬鹿野郎!!」

 その悲鳴にも似た叫びに、戦いを終えた数人がサンドリオンを見る。
 すると……サンドリオンがブレイドの魔法を篭らせた杖が、相手の心臓を貫いていた。

親衛隊2「なっ!?」
親衛隊3「ひっ!?」

 親衛隊はもちろん、バッカスもナルシスも驚愕した。
 その中で、未だ戦っているカリンとアンジェロだけが気づいていない。
 殺してしまった、とサンドリオンの頭に冷たい何かがよぎる。
 いつか感じたソレは、ある種のトラウマにもなっていること───だったのだが。

親衛隊4「リ、ギ───!」
ナルシス「!?」
バッカス「な、なんだって!? 動いた!?」

 明らかに心臓を突かれた筈のそいつは動き、慌てて杖を引っ込めたサンドリオン目掛けて杖を振るった。呆然状態からなんとか回復したサンドリオンはそれを躱して距離を取る。

サンドリオン「お、おい! 生きているならすぐに治療を───」
親衛隊4  「───!」

 魔法を放つ。
 サンドリオンは「よせったら!」と叫びながらこれを避け、バッカスやナルシス、親衛隊連中にもやめさせるように促すが、四人がそいつを取り押さえようとすると、そいつは身を翻し、傷を負っているとは思えない速度でその場から逃げ出した。

親衛隊2「ペドロ! おい! ペドロッ!!」
親衛隊3「何処に行く気だ! 戻ってこい!」

 叫んでも聞きやしない。
 まるで自分が帰るべきはここではないと言うかのように、ペドロと呼ばれた親衛隊の一人は走っていってしまい───《ドシュンッ!》

中井出「これはこれは……お久しぶりですね」
ペドロ「!?」

 ───馬鹿に回り込まれた。

騎士たち『えぇえええーーーーーーっ!!?』

 もちろん逃げられたとばかりに思っていたこの場に居た騎士連中、驚愕。
 普通こういう場面では逃げられて“どうなってんだ……”とか考える状況なのに、まさかそれに回り込むなんて。一種の“空気読もうぜ”的な空気が広がっているが、その馬鹿は自分の敵が出来たことに顔をニッコニコさせて喜んでいた。

中井出「さあ! いざ尋常に! 勝負勝負っ!!」

 物凄く嬉しそうである。縁日の中の子供のようだ。
 ペドロも自分を逃さぬならば敵だと認識したようで、杖をバッと構えて───

中井出 「サミング!」
ペドロ 「《ゾブシャア!!》グギャアアーーーーーーーッ!!!」
騎士たち『えぇえええええええええっ!!?』

 ───その動作の隙にサミングをされて悶絶。
 目を押さえて中腰になった瞬間に金的を蹴り上げられ、内股になり頭が下がったところでツームストンパイルドライバー。突き刺さって逆立ち状態の足を掴んで脱穀スープレックスをすると、ジャイアントスウィング→飛びつきスイング式DDTと決め、最後に担ぎ直してトルネードフィッシャーマンズスープレックスでトドメを刺した。

中井出「成敗ッ!《ジャァアアーーーン!!》」

 明らかにやりすぎである。
 むしろ相手はぴくりとも動かず、さすがに敵も味方もペドロの心配をした。

ナルシス「き、きみ! これは少々やりすぎではないかね!?」
中井出 「え? 大丈夫よ? だってこいつ、アンデッドだし」
総員  『───へ?』

 何を言っているんだこいつはって空気。
 だが、その言葉に反応したのは親衛隊でも衛士隊でもない、ペドロだった。
 モロすぎた所為か折れ曲がっていた体のままにゴキリメキメキと起き上がり、折れた足を無理矢理くっつけ、走り出そうとする。
 走る度に折れた骨が肉を貫き皮を破り、嫌な音を立てていた。

親衛隊2「う、ぶっ……!? お、おいっ……ペドッ……ペドロッ……!?」
親衛隊3「おまえっ……お前なにやって……!」

 味方だった筈のやつらの声など届かない。
 ペドロだったものはそれでも走り、その先で自分の影にガボンッと食われ、消えた。

中井出「逃げられて情報漏らされても困るしねぇ……」

 アモルファスだ。
 影を通して、黒に食わせた。
 アンデッド支配でなんとかする方法もあるにはあるが、安定しない能力で無茶をすればアンリエッタのところのゾンビーヌ隊に影響が出る。
 ゼクンドゥスとの契約のお陰で時間と歴史が離れていてもパスは通ってはいる。契約者が消えても精霊たちが慌てもしない理由にはこれがある。……ものの、マナを届けるなんてことが出来るほど安定はしていない。なので無茶は出来ない。

親衛隊3「お、おい! おいっ…………なぁっ!
     ペドロが、ペドロがアンデッドって……なんで!」
中井出 「さあ。最初からそうだったか、どっかで誰かにそうされたかじゃない?」
親衛隊2「誰が! なんの目的で!」
中井出 「や、道化にそんなこと訊かれても。
     というかさ、俺的には……そんな存在を陛下の親衛隊に入れる、
     えーと……エスタークだっけ? そいつの方がよっぽどおかしいと思うよ?」
バッカス「友よ、エスターシュだ」
中井出 「おお、そいつそいつ」
ナルシス「確かに、そうだね。
     寡黙な騎士というのも居るだろうが、あれは目からしておかしかったろう。
     語る間もなく魔法を放ち、心臓を突かれても表情ひとつ変えない。
     訓練の時、怪我のひとつも負わなかったのかい?」

 ナルシスが訊ねるが、親衛隊二人は顔を俯かせ、首を横に振った。
 傍には居たが、喋るようなヤツではなかったらしく、実力はありそうだからって理由だけで連れていただけだったそうだ。
 さて。
 そんな会話をよそに、未だ戦っている二人が居た。

カリン  「それだけの腕があるくせに! なんで裏切ったんだ! この裏切り者!」
アンジェロ「なにが裏切りだ! やつらがおれの実力を妬んで追い出したんだ!」
カリン  「だったら実力があっても性格が悪かったってどうして解らないんだ!」
アンジェロ「黙れ黙れ黙れ!! 貴様みたいな小僧になにが解る!」
中井出  「騙されるなジェロニモ! そいつは小僧じゃなく小娘だ!
      花売り娘のボボンゴといったらちょっとした有名人だぞ!!」
アンジェロ「ボボンゴ!?」
カリン  「おぉおおおお前は黙っていろぉおおっ!!
      ていうか急になにを言い出すんだ!?
      そこまであからさまな真っ赤な嘘、初めて聞いたぞ!!」
中井出  「どんな場所でも世界初……こんにちは、ジークフリードです《脱ぎっ》」
カリン  「脱ぐなっ!!」

 戦いの最中だというのになにを言い出すのか。
 ちなみに花売り娘のボボンゴについてはガイア幻想紀をどうぞ。

中井出  「こっちはもう終わったぜよ。あとはそこのアンゼルモだけだ」
アンジェロ「アンジェロだ! ア・ン・ジェ・ロ!!
      ジェロニモでもアンゼルモでもない!!」
中井出  「頑張れボボンゴー」
カリン  「カリンだ!!
      お前ぼくに喧嘩売ってるか!? 売ってるな!? 売ってるんだな!?」
中井出  「いくらで買う!?《ワクワク……!》」
カリン  「買うかぁ! いいから黙っていろお前はぁ!!」

 カリンの怒りがいい加減にMAXまで高まると、体から溢れる風も荒れてくる。
 アンジェロが放った風魔法が、詠唱せずとも吹き荒れる風に押し負けるほど。
 舌打ちをしたアンジェロは素早く詠唱。
 風の勢いままに突進してくるカリンの足を、土で作った手で掴み、バランスを崩させた。

カリン「え、うっ!?」

 突然、地面から生えた土の手に足を掴まれれば勢いなど殺される。
 サンドリオンの時のように空中から襲い掛かればよかったものを、やはり相手を舐めての地を蹴った行動が裏目に出た。
 この程度で十分などと、相手の力も見切ったつもりで思うのが一番危険だというのに。

アンジェロ「馬鹿が! お前のような小僧に戦いの駆け引きが解るものか!」

 アンジェロの杖を覆った風の鎌が、バランスを崩しているカリンへと振るわれる。
 くらえば大怪我どころでは済まないほどの勢い。

サンドリオン「馬鹿! 油断しやがって!」

 サンドリオンが叫ぶが、アンデッドのことを考えていた所為で一歩が遅れた。
 普段ならば十分に助けられただろうに、その一歩が届かないために見習いが傷ついてしまう。いや、油断なんてしたからああなる。だから無謀と勇気を履き違えるやつは嫌いなんだ。そんなことを考えながらもサンドリオンは地を蹴り、魔法を唱え、カリンを狙う風の鎌を弾こうとした。したが……そこに躊躇が生まれた。

中井出   「行ってはいけないゾフィー兄さん!」
サンドリオン「《グイィゴキッ!》エボルボッ!?」

 そんな躊躇に抗おうとする勢いが、襟首を掴まれて止められた。強制ギロチン状態だ。
 反動で首から下が前方の空を舞い、ドグシャアと背中から倒れる。
 直後に風の鎌がカリンの喉を───切らずに、押し返された。

サンドリオン「げっほごほっ! ……へ?」

 鎌どころか、アンジェロが吹き飛ばされていた。
 何故? と首を傾げるサンドリオンだったが、一度それで吹き飛ばされているバッカスとナルシスは涼しい顔で距離を取った。
 サンドリオンは思った。……ああなるほど。次狙われるのはおれなわけか、と。

カリン「誰がっ……誰が馬鹿だぁああああああっ!!!」

 怒り頂点也。
 やはり無詠唱で放たれる烈風が風の膜を作り、その領域に踏み込んだアンジェロを飛ばしたのだ。その場に居るほぼ全員が思った。うわ、なにあれ、ずるい。と。

カリン「ぼくはな! きみにだけは馬鹿とか言われるのが我慢ならない!
    いつもいつもいつもいつも澄ました顔で飄々と!
    たまたま自分が早く相手を片付けられたからって、
    もたついているぼくを馬鹿呼ばわりか!」

 違う! なに言ってんだこの馬鹿っ! と、それはもう大声で叫びたい心境のサンドリオンさん。でも言ったら火に火薬をぶちまけることにしかならないので、遠い目をして静かに酒を飲めていた十数分前を思った。

中井出  「主! 敵をちゃんと見る!」
カリン  「だから見ているだろう! さあサンドリオン! ぼくと勝負しろ!」
中井出  「うわぁこの主周りが見えてねぇ!!
      なに!? この世界ってピンク髪のお子はみんな面倒くせぇ性格なの!?」
カリン  「面と向かって面倒とか、それが主に言う言葉か!?」
中井出  「言いもしませう! 僕だもの!
      それよりアンジェロだ! 魔法を唱えてるぞ!」
カリン  「! そうだ! 忘れていた!」
中井出  「マジで忘れてたの!?
      か、勘弁してあげようよ! アンジェロくん泣いてるじゃない!!」
アンジェロ「泣くか! いい加減にしろ貴様ら!」

 アンジェロが詠唱する。
 しかしその詠唱の隙を突き、風で自らの背を一気に押して空を飛んだカリンが、その首筋へとブレイドで風の剣を纏わせた杖を突きつけていた。

アンジェロ「っ……! ば、ばかな……! そんな、おれが……!」

 がっくりと項垂れるアンジェロ。その時点で決着となり、終わってみれば衛士隊の全勝だった。ナルシスもバッカスもカリンの勝利を純粋に喜び、ジークフリードは「図に乗るなよ小僧!」などと偉そうなことを言って弁慶をトーキックされて悶絶。親衛隊はアンジェロとともに去り……サンドリオンだけが、アンデッドについてを俯きながら考えていた。

……。

 その夜。
 衛士隊がユニコーン隊に勝った、という話はあっという間に広がり、性格は別として実力は確かであったアンジェロに新入りのカリンが勝ったと聞くや、カリンは騎士たちに大したもんだと褒められていた。
 さすがにこうまですごいすごい言われれば顔も緩んでしまうというもので、カリンは流されやすい性格もあってすっかり天狗になっている。

中井出「我が主よ。慢心は敵であります」
カリン「うるさいな、解ってるさ」
中井出「知ってる? 一言目なのにうるさいなって反応しか出来ない場合、
    図星を突かれてイラついたから話を終わりにさせたい心理なんだって」
カリン「ぼくの心は慢心になど飲まれていない」
中井出「……ほんと、ピンクブロンドは心がこなれるまでが長ぇや」

 溜め息。
 戦勝ムードでジェーヴル殿の屋敷に集った魔法衛士隊総員が騒ぐ中、ただのお邪魔虫である衛士隊ではないジークフリードは大きなあくび。ようするに暇だった。
 一緒に騒ぐのはいい。別にいいんだが、別に衛士隊じゃないから空回り状態……ということをいちいち気にする男ではない。ただ、主が天狗になっていく様は見ていて溜め息とあくびの連続なだけだ。

中井出「仕方もなし」

 なので食事のほうに力を入れることにした。
 それは衛士隊の連中にとても喜ばれ、騒ぎ、酔い潰れる者の中で彼は満足げに笑っていた……のだが。

  その後。

 時刻は相当に遅い頃。
 酔い潰れてぐでんぐでんのサンドリオンを、カリンが肩を貸して運んでいた。
 べつに家は同じなのだからどこもおかしくはないのだが、そもそもといえばこれが問題だったのだろう。運ぼうかー? と訊いてきたジークフリードを、カリンはぼくが運ぶと言って譲らなかった。
 敵視しているヤツがぐでんぐでんの無防備なことが、なんとも嫌な気分になるらしい。
 なのでせめて自分が抱え、客観的に見ない方を選んだ。選んでしまった。

中井出「お江戸〜♪ セプテンバー〜ラァア〜〜ブ♪
    お江戸ォゥォオ〜〜〜ッ♪ セプテンバードゥリィミィ〜〜〜ン♪」

 よく解らない苛立ちを抱えながら肩を貸し歩く横で、従者は暢気に歌っている。
 聞いたこともない歌だ。
 訊いてみれば、「カブキロックスに愛を捧げるお江戸セプテンバーラブだ」と返される。
 なんのこっちゃと溜め息を吐きながら、しかし思い出したことを訊ねてみる。

カリン「お前、未来だのどうのっていうのは衛士隊には内緒じゃなかったのか」

 酒場でのことだ。
 未来から来たということが解ったろう、という言葉がずっと気にかかっていた。
 信じたわけではないが、気になったからには頷くわけにもいかない。
 だから冗談として受け流すように冷静な言葉で返したのだが。

中井出「あー、いいのいいの。どーせ信じるやつなんて居ないから。
    その方が軽くていいんだけどね、こればっかりは」

 ケラケラ笑っている。
 それはそれで寂しいことじゃないかと言おうと思ったが、この男は本当にそう思っているからそう言ったのだ。一ヶ月にも満たない関係で、嘘も平然とつくが……ここぞって時には嘘は言わない。言う時もあるが、笑えない冗談をいつまでも続けるヤツではない。
 じゃあ本当に未来から? ……ばかばかしい、そんなことが起こるはずもない。
 やはり溜め息を吐いて、カリンは歩いた。
 歩きながら、平和そうに眠っているサンドリオンの顔を見て眉間に皺を寄せる。

カリン「幸せそうに眠っているな。人の気持ちも知らないで」
中井出「んう? きみだってサンドリオンの気持ちは大抵無視してるんだから、
    べつにそんなの今さら言ったってしょうがないでしょ」
カリン「ぼくが? 無視? そんなこといつしたっていうんだ」
中井出「頭に血が上ると、ほぼ誰の言葉も聞かずに魔法ぶっ放すでしょーが。
    今日までの炊事洗濯で彼の衣服がどれだけボロボロになったと思ってんの」
カリン「うぐっ……」
中井出「水に浸して絞るだけなのは洗濯とは言いません。まったく嘆かわしいぞ主よ。
    明日にでも洗濯の仕方教えるから、ちゃんと覚えてつかぁさい」
カリン「い、いやっ、そもそも貴族であるわた───ぼくがどうして洗濯なんかっ!」
中井出「そういう条件だからでしょう。
    一度飲んだ条件を覆すなんて、紳士淑女のやることじゃあござーませんことよ」
カリン「お前はいやみったらしいくらいにしているくせに!」
中井出「紳士でも淑女でもなく、男で外道で道化ですから!《どーーん!》」

 彼の中の紳士=ジョナサン・ジョースター。
 “男はトイレの中だけ紳士であればいいのだ”と言って譲らない馬鹿でございます。

中井出「しかしただこうやって歩いているだけってのも退屈だなぁ……。
    知ってる? 暇と退屈って、似ているようでちょっぴり違うんだぜ?」
カリン「どうだっていいだろ、そんなの」
中井出「富! 名声! 力! ───かつてこの世の全てを手に入れた男!
    海賊王・ゴールディロジャー! ゴールDってヘンだよね! なのでゴールディ!
    彼の死に際に放った一言は人々を海へと駆り立てた!
    “おれの財宝かァ? 欲しけりゃくれてやる! 探せェ!
    この世の全てをそこに置いてきた!”───ほぼ奪ったものだけどな!!
    なのにおれの財宝と言って憚らない……汚いなさすが海賊王きたない。
    男たちはグランドラインを目指し夢を追い続ける! 
    世はまさに! 大ッ海ッ賊ッ時代!!《どどんっ!!》
    だが大半の大人たちはこう言った! 働いて稼げ《どーーん!》」

 身も蓋もなかった。

中井出「夢と浪漫で誤魔化してるだけで、
    海賊王目指すのって他人の遺産を他人がかっぱらいに行ってるだけだよね……。
    なんというかこう、遺産相続で言い争っている家族に混ざって横から盗むような」
カリン「なんの話だ、なんの」
中井出「ゴールディロジャーのお話。欲しけりゃくれてやるとは言ったけど、
    果たしてルフィは他人の財産拾って“俺が王だー!”でいいのかなぁと時々思う。
    でも退屈だからって故人を悪く言うの、イッツア・ヨクナイだよね。反省。
    というわけで……サンドリオンがなにか言ってるんだけど、なんて聞こえる?」
カリン「え」

 肩まで貸していたのに気づかなかった。
 カリンは、確かになにやらぶつぶつと呻くように言っているサンドリオンの顔に、耳を近づけた。

サンドリオン「…………リーヌ……」
カリン   「───」

 ぎょっとするという言葉があるが、この時のカリンの感覚はきっとそういうものだった。
 だから焦りながら「お前、いまなんて言った?」と問う。
 しかしながらまだ夢の中に居るようで、夢の中身の一部を口にするだけだ。
 きっと他愛ない、登場人物かなにかの名前。───その名前が問題だった。

サンドリオン「……カリーヌ……」
カリン   「!?」

 ぎょっとするどころではない。
 危うく掴んでいる腕や貸している肩から遠ざかり、サンドリオンを通りの石床に叩きつけるところだ。しかしどうにか瞬間的に総動員させた理性がそれをさせず、バクバクと躍動する心臓のままにサンドリオンを見る。
 カリーヌ。たしかにカリーヌと言った。自分の名前だ、間違えるはずもない。
 いや、じゃあ、なんだ? コレはぼくの、わたしの正体を知っているのか?
 傍にジークフリードが居ることも忘れるほどの動揺。
 怯えを抱きながらも、もし知っているなら眠ったまま正体をバラされてはたまったものではないと、人通りが少ない路地裏へと小走りに移動。
 不安から足が震えていたために、路地裏の壁に背を預けながら、もう一度サンドリオンを見───……た途端、その手がカリンの頭を引き寄せた。急に路地裏へと急いだ主を追って、ジークフリードがその場に辿り着いたのはまさにそんなタイミングで。

  ズキュウゥウウ〜〜〜〜ン!!!

中井出「や、やった!!」

 咄嗟とはいえ、つい言ってしまった言葉にジークフリードは額の汗をグイと拭い、やり遂げた男の顔をして溜め息を吐いた。
 そして今も続いている、魅惑のチッス劇場。
 というよりもカリン自身は状況が把握出来ておらず、硬直しているようだった。
 そのままの状態で十秒ほどが経過したあたりか。
 ビクンッとカリンの肩が跳ね、ようやく状況を把握するに至ったらしく暴れだした。

カリン「もごごごごごごご……!!」

 噂の美少年騎士見習いを、先輩騎士が裏路地で壁に押さえつけた上でキスしている。
 見知った人が見ればそんな言葉で片付けられる状況。
 カリンは渾身の力を込めてサンドリオンを押すが、眠っているとはいえさすがは男の腕力だ。魔法ならいざしらず、ひ弱なカリンの力では押し退けることすら出来ない。
 ここでようやく視線に気づいて、顔を灼熱させながらもジークフリードに助けを求めるカリン。そんなふうにして眼前の男から視線をずらした途端、カリンは地面に押し倒されていた。
 拍子に口が離され、数瞬ではあるが考える余裕というものが生まれた───その時。

サンドリオン「ずっとおれのそばにいてくれ」

 既に目を開いているサンドリオンが、熱い眼差しのままに言った。
 これにはカリンもジークフリードもびしりと固まり、しかしその“告白する男子”の迫力に思わずカリンはこくりと頷いた。ハッとして「ち、ちが……今のなし!」と叫んだ頃には別の意味で思考が焼けるほどに慌てることになる。
 むしろジークフリードも慌てていた。
 サンドリオンの家に住んでいるわけではない彼にとって、こんな熱い男女の劇場など想定外だった。むしろ自分が場を汚してしまっているような気持ちになって、カリンから送られる助けてくれという視線をどう受け取ったのか……

中井出「ごっ……ごごごごめんなさいねぇいつまでも気の利かないアタシで……!
    お、おぉおおお母さん、すぐどこかいくから……!!」

 何故かそんなことを言い出して、そそくさとこの場から離れようとしている。
 カリンは誰がお母さんだとかそんなことは捨ておいて、本当に去ろうとしているばかものへと魔法のひとつでもぶつけてやろうと構え───た時、ぞわりと嫌な感触を受け取った。
 バッと向き直ってみれば、なんということか。サンドリオンの手が自分の胸を触っているのだ。

カリン(あわっ、あわわっ……あわわわわ……!!)

 目が渦巻状になって涙まで溢れ、風が吹き荒れる。
 顔はとっくに真っ赤っかで、もはや思考なんてまともに働いていない。
 けれどまあ、なんというタイミングで目が覚めるのか。
 寝ぼけ眼だったサンドリオンの意識がハッと戻ると、彼はこてりと首を傾げた。
 ……ハテ。と。
 しかし自分が見ていた夢と状況が一緒なことから、サンドリオンの中から血の気と酔いが全速力で逃げ去っていった。
 心の声など“やっちまった!”の一言だ。

カリン「む、むね、さわった……」

 カリンの言葉に「ご、ごめん」としか言えない。

カリン「キ、キスもした……」

 震える“少年”へ、やはり「ほんとうに、すまん」としか返せない。
 サンドリオン自身も真っ青になりながらも状況に混乱している状態だ。
 しかし自分がやってしまったことの重大さくらい理解している。
 文字通り“やっちまった”のだ。
 いくらとんでもなく美しい相手だとはいえ、よりにもよって男に! いくら馬鹿みたいに美しいからって男に!
 なんとか声を出そうとしたサンドリオンだったが、カリンに突き飛ばされ、裏路地の地面に尻餅をついた。カリンは突き飛ばした勢いのままに立ち上がって、胸を押さえながら駆けてゆく。

サンドリオン「…………やっちまった」

 酔いなど消し飛んでしまった頭のまま、彼はそう呟いて頭を掻き───むしろうとしたまさにその時、離れたところから「ギャアアアアアアム!」という聞き慣れた男の悲鳴が聞こえた。次いで、「なんで助けないんだこのばか従者ぁあああ!!」という涙混じりの声。
 「え? え!? きみたちそういう関係だったんじゃないの!?」とか恐ろしい発言まで聞こえてきたが、サンドリオンは深い溜め息をもう一度吐いてから、自分のこれからを考え始めた。




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