44/てんぎゃん

 翌日のカリンの様子といったら、忙しいとしか言い様がない。
 あくまで様子がであって、もっと具体的に言うのであれば顔色が忙しかった。
 サンドリオンと顔を合わせれば赤くなったり、かと思えば急に青くなったり、その後には真っ青になったりと、もう忙しいとしか言えない様子だ。
 原因のひとつであるサンドリオンとの間には、まともな会話などない。
 かと思えば急に呼び出しをくらい、ジェーヴルの屋敷に来てみれば、なんでも親衛隊と一戦交えたことが王と大公の耳に入ったとかで、王であるフィリップ三世とエスターシュ大公と謁見をすることになったとか。
 真っ青になった理由はそんなところだ。王様を怒らせてしまったのだと考えたら、カリンは恐怖で青くならざるを得なかった。

中井出「いってらっしゃ〜い」

 そんな中、ジークフリードは四人を見送った。
 お前も参加していただろうとナルシスとバッカスにツッコまれたが、衛士隊ではないのだから関係がない。
 そもそもフィリップ三世はエスターシュ大公を嫌っており、その親衛隊であるユニコーン隊の連中も嫌っていた。自分には魔法衛士隊が居るというのにと。
 しかしながら戦の強さで英雄王と呼ばれるフィリップ三世は、政治方面ではてんでダメだった。その政治方面を担うのがエスターシュであり、フィリップは戦が出来るだけの飾りの王というカタチに治まってしまっている。
 内心としては、衰退の一途を辿っていた衛士隊が親衛隊を倒したと聞いて、部屋中を飛び回ってでも喜びたいところだろうに。

中井出「ふむ。じゃあ俺はユグドラシルの安定化でも」

 一人になろうと、フェルダールに存在する意思たちは今も元気。そんな皆様の楽しいをサポートするべく、ジークフリード……中井出は近場にある森を目指した。


───……。


 皆様、ここに天狗が。てんぎゃんがおる。
 戻ってきたカリンを見た中井出は、素直にそう思った。むしろ言った。
 言ったら「てんぎゃんってなんだ」と、知り合い全員に首を傾げられた。

カリン「すごいだろう! 警護任務だぞ! 見習いのままだけど、立派な仕事さ!」

 そしてやはりてんぎゃんがおる。
 自分がアンジェロを倒してみせたからこそ王様に認められ、一粒種のマリアンヌ姫殿下の警護任務に就くことを命じられた。
 騎士を夢見て田舎を出てきたカリンにとって、これは大出世にも近い栄誉だった。
 だから忘れていた。自分一人ではアンジェロに勝てなかったことを。
 あの時、自分でも無意識に風魔法が出なければ、中井出がアンジェロのことを思い出させてくれなければ、からかったお陰でアンジェロの詠唱が止まらなければ、自分自身がアンジェロに殺されていたであろうことを。風魔法が出た切っ掛けは、サンドリオンに馬鹿と言われたことだ。結果だけを見れば、救われたようなものだろう。
 そもそも本当に命が危なかったのなら、中井出が止めていただろう。
 それに気づかないままに天狗になっているカリンの姿を、サンドリオンと中井出は心配そうに見つめていた。

中井出   「まあそれはそれとして」
カリン   「なっ! おいなんだそれは!
       け、警護任務だぞ!? 主の成功を賛美とかないのか!?」
中井出   「気に入らないやつに喧嘩吹っかけてコテンパンにしたのが、
       たまたま王様の機嫌の方向に良く作用しただけでしょが」
サンドリオン「そうだ。いいから調子にだけは乗ってくれるな。
       いずれひどい後悔をすることになるぞ」
カリン   「そんじょそこらのやつに、ぼくが負けるもんか」
サンドリオン「普通なら見習いの分際で姫殿下の警護任務なんて有り得ないんだ。
       王様も、嫌いな親衛隊に勝てたのと、
       エスターシュ大公に一泡吹かせたって結果があったから喜んだだけだ。
       そうじゃなければ、見習いなんぞに大事な娘を警護させたりしない」
カリン   「っ……ぐぐぐ……!」
中井出   「そうですぞ我が主よ。慎重して、しすぎるなんてことはありませぬ。
       確かに才能もあります。戦いのセンスも光るものがございます」
カリン   「だろう?」
中井出   「だがその態度がダメでございます。調子に乗る者は痛い目を見る。
       足元を見ようとしないデカブツが、
       蟻の一匹に鼓膜食い破られて脳を破壊されるくらいに愚かです」
カリン   「そんな蟻が居るか!!」

 カリンは怒るが、実際に存在するのだから笑えない。
 当然ハルケギニアに居るかと言われれば縦には首を振れないが、実在する。

サンドリオン「とにかく、気をつけてくれよ」
カリン   「………」

 得意になっていたところへの、ぴしゃりとしたお叱りは、それはもうカリンの機嫌をとても悪い方向へと持っていった。まるで宿題をしようとしていたところへ、親から宿題やりなさいよと言われたような心境。気分が悪い。
 言われなくてもやるさ! という気分のまま、カリンは自室へと歩いた。


───……。


 しかし天狗というのは、本人がなんとかしようとしてもなんともならないもので。
 一度大きな失敗をするか、誰かのキツイ体験談でも聞かない限りは簡単には治まらない。
 カリンが王に褒められてから数日後、カリンはマリアンヌとともに数人の護衛を引き連れて街を歩いていた。
 護衛といっても皆が平民の格好をしているので、よもや騎士だとは思うまい。
 普段通りの格好をしているのは警護任務のカリンだけであり、マリアンヌもまた平民の格好をしている。その姿ときたら、今日が初めてのお忍び散歩ではないだろうとツッコめるほどの徹底ぶり。
 どこからどう見ても、そこいらの街娘。生粋のタニアっ子にしか見えないのだ。
 エプロンドレスにも似た、緑と白が混ざった服に、長く綺麗な茶色の髪は白のスカーフで纏められている。といっても三角巾をつけるような感じなので、纏めるというのはちと意味が違うのだが。
 ともかくそんなマリアンヌに手を引かれ、カリンはたたらを踏みつつも歩いていた。

カリン  「で、殿下っ、いったいどちらへっ?」
マリアンヌ「もうっ、殿下はやめてちょうだい! わたしの正体がばれるじゃないの!
      せっかくこんな格好をしているのに!」

 姫殿下は我が儘であった。
 なるほど、未来の誰かが見れば、ああ……アンリエッタの母だなぁと納得できるほど。
 そんな様子を見ていた誰かさんも、そう思ったそうな。

カリン「では、なんと呼べば……?」

 カリンは疲れた様相のままに問うた。

マリアンヌ「マリーでいいわ。すてき! 街娘みたい!」

 マリアンヌ……マリーは、それはもう嬉しそうに答えたそうな。
 しかしそこに待ったをかける誰かさんが一人。
 ずっと見物客のいない見世物をしていたそいつは、ズカズカと歩いてきて

中井出「チガウチッガァアアアアウ!! イッツア・ヨクナーイ!!
    相手がカリンで自分がマリアンヌなら、そこはマリンでしょう!!
    そうすればマリンカリン! 素晴らしい!」
マリー「まあ! あなたは誰!?」
中井出「俺か! 俺は軟葉高校の超新星! 剣道部の田中だ!!」
マリー「ケンドーブ?」
カリン「なっ……おいお前! こんなところでなにをしているんだ!」
中井出「なにを!? なにをと申すか! そんなもの! 道化に決まっておろうが!」
カリン「見物客なんて一人も居ないじゃないか!」
中井出「アホかてめぇ! 見る人が居ないのにいつまでも見世物をやめない!
    ───これ以上の道化がどこにあろうか!!《どーーーん!》」
カリン「自信を持ってそんなことを言うな!!
    ていうか誰が阿呆だ!!」

 ちょくちょくとは街に降りていろいろとやっているマリアンヌだが、中井出を発見したのはこれが初めてだったりする。
 何故かといえば、マリアンヌが“楽しんでいた”からだ。中井出が避けた。
 楽しんでいる相手に楽しいを教えるなど、セクシーな人にセクシーコマンドーを教えるくらいにどうでもいいことなのだ。多分。

マリー「ねえカリン、あなたはこのタナカとかいう方を知っているの?」
カリン「……その。一応、ぼくの従者です」
マリー「まあ! そうなの!?」
中井出「騙されるな鉄郎! そいつは機械の体を餌にお前を《ゲドッ!》ベンケー!?」

 泣き所をトーキックされ、彼は苦しんだ。

中井出「な、なにをなさるの?」
カリン「お前はぼくの従者だろう! どうしてわざわざ嘘をつくんだ!」
中井出「だってきみ、てんで成長してくれないんだもの。
    なんかもう従者でいるの疲れちゃった。
    だが大丈夫。きみが騎士になるまでは見守るよ。だから早く騎士になれこの野郎」
カリン「本ッ当にむちゃくちゃだなお前は!!」
中井出「その時彼はまだ知らなかった……。
    彼が心から話せる相手が、ジークフリードしか居ないことに……!」
カリン「遺言はそれでいいか?」
中井出「あ、そこのお嬢ちゃん知り合い?
    やあ僕ジークフリード。気軽にジークって呼んでね。
    このチクトンネを中心に、道化なんぞをしております」
カリン「無視するなぁあああ!!」

 名前で既にのちの大后であることは知っていたものの、この場のマリアンヌにはそんなことは関係ないので知らん振りで通す。

マリー「ねえ。タナカ、でよかったかしら」
中井出「地獄から来た野生の少年のケツを粉砕する冷血動物マシーンデブ殺し世界チャンピ
    オン! スパイダーマッ!!」
マリー「えぇっ!? さ、さっきと違うわ! え、も、もう一度言ってちょうだい!」
中井出「親の心! 子の心! 全てをケツで粉砕する男! スパイダーマッ!!」
マリー「……え、えぇと、スパイダー……マン?」
中井出「スパイダーマッ!!」
マリー「スパイダーマッ……スパイダーマッ、ね?」
中井出「ジークフリードです」
マリー「どっちなの! もう!!」
カリン「こ、このばかっ! 姫殿下をからかうヤツがあるか!」
中井出「そうだこのタコ!!」
マリー「えぇっ!? ご、ごめんなさい……?」
中井出「やったぞ主! 見知らぬ少女を謝らせた!」
カリン「お前には怖いものっていうのがないのかぁあああああっ!!」
中井出「最後にお茶が怖い《ベパァン!》げひゅん!」

 にこりと笑って言ったらカリンのビンタが炸裂し、ビンタされたゴーファのような悲鳴が漏れた。が、心底どうでもいい。
 マリアンヌは自分がからかわれたことに心底楽しげに笑い、ジークフリードを見ると、気になったのかひとつお願いをした。

マリー「ねえ道化師さん? その帽子と仮面、取ってちょうだい」
中井出「だめだ」

 だが即答である。

マリー「まあ! わたしが頼んでいるのに聞けないというの!?」
中井出「聞けるかタコ! 貴様この道化に正体を明かせと!? お馬鹿をお言いでないよ!
    この博光! いろいろと無茶が好きではあるが、貫くことは貫きたいお年頃!
    その要求には応えられぬわ!」
マリー「ひろみつ?」
中井出「あれ? ………………ゲェエーーーーーーーッ!!!」

 そして早速アホだった。

中井出「ノー違う! 僕ジークフリード! ね!?
    ジークとでもタナカとでも呼んでくれていいから!」
マリー「呼ばれたいのなら顔を見せてちょうだい」
中井出「うおおおこんのクソアマァアアアア!!!
    人の弱みに付け込むなど、なんと将来が楽しみな! 許せる!!
    ……えーと。じゃあその。一度だけですよ?
    あっちで、ちらりとだけ見せるから」
マリー「やったわカリン!」
カリン「お前……ぼくらには散々渋っているくせに」
中井出「う、うるせー! それだけ大事なんだよ正体ってのは!
    あ。あと見せるのはそこの嬢だけね? 主、てめーはだめだ」
カリン「なっ! なんでだ!」
中井出「いや……だってきみねぇ、状況解ってる? このお子、マリアンヌ姫殿下でしょ?
    そげなお子を連れて、こんな場所に来るなんて正気を疑うよ……。
    そんなお子に正体明かしたら、どこでどう漏れるか……! おお……!」
カリン「おまっ……お前解っててタコとか馬鹿とか言ってたのか!?
    相手は姫殿下なのに!」
中井出「おうさ。道化ナメんなよ主」
カリン「………」

 ポカンと停止。
 その隙に中井出はマリアンヌを連れて離れた場所まで歩き、そこで帽子と仮面を取って見せた。五年も誰にも明かさなかった顔が、姫殿下の前にさらされる。

マリー「……驚いたわ! わたしより少し上くらいじゃない!」
中井出「歳はきみより4000年近く違うけどね。
    実は僕は未来から来ました、って言ったら信じる?」
マリー「もちろんよ。だって、そのほうが面白いじゃない!」
中井出「おお! その精神が解りますか! 素晴らしい!
    あ、僕中井出博光っていいます。
    貴族としての名前はヒロミツ・シュヴァリエ・ド・ナカイデ・ド・オルニエール。
    さっきも言ったけど未来から来ました」
マリー「本当に本当なのね?」
中井出「本当に信じるか信じないかは任せるよ。楽しいだろう方を選んで?
    まだカリンにしか話してないから、そこのところはバラさないでクラサイ。
    え? 簡単に話しすぎ?
    やだなぁ、自分のことを話すタイミングなんて自分の勝手に決まってるじゃない」
マリー「? よく解らないけど……なら信じるわ。それに思い出したの。
    あなた、“トリスタニアの愉快な騎士”ね?」
中井出「ありゃ、知ってたの?」

 人に愉快を与える、自称子爵の道化。
 トリステインに住むのなら知らなければおかしいほどだが、相手は姫殿下。
 王とは違い、気軽に城下に行けるわけでもない。
 箱入り娘とはよく言ったものだが、フィリップ三世は娘が可愛くて仕方がないのだ。
 しかしながら王の私室にはオルニエールに続く隠し通路がある。
 娘への愛と己の愛とでは、また別なのだろう。

マリー「でも信じられない。子爵がこんなことをしているなんて」
中井出「この時代では“まだ”貴族ではないからねぇ。
    まあ俺ほど自由な貴族も珍しいってもんで。
    ちなみに俺は、きみの娘に貴族にしてもらいました」
マリー「まあ! ほんとうに!?」
中井出「うん。あなたには恩がありますから〜って、半ば強引に」
マリー「娘の名前は───聞かないでおくわ。そのほうが面白そうだもの」
中井出「そうそう、そういうのは大事です」
マリー「とにかく、あなたの貴族としての名前を調べても、
    どこにも記されていないということなのね?」
中井出「うんそう。いつかきみが大人になって、娘さんも大きくなったあたりで、
    僕がいろいろ問題起こすと思うから。その時はよろしくやってあげてくだせぇ」
マリー「それはまだ嫌だわ。だって、まだ出会ったばかりじゃないの。
    なのに約束ごととか、重く感じるわ」
中井出「ぬ。然り」

 これは博光うっかり、と呟いて、中井出はにこりと笑った。

中井出「俺と姫殿下の娘さんは友達だけど、きみはどうだろ。
    よければ俺とお友達になってくださらない?
    もちろん俺は相手が誰だろうと遠慮しない腐れ外道な性格の持ち主。
    しかし絶対に裏切らないことを誓いましょう」
マリー「お友達に? あ、ちょっと待って。
    “愉快な騎士”は、願いを叶えてくれるって噂を聞いているけど」
中井出「おや。もしやなにか願いが?
    この博光、気に入った相手の願いしか聞かない者でござんすが、
    なにより楽しいを望むその姿勢、気に入りました。
    まあ、本当に気に入ったからこそ、まずはお友達にって言うんだけどね」
マリー「でも大抵の貴族なんかは、そう言ったら笑うだけ。でしょう?」
中井出「おや、よく解ってらっしゃる」

 わたしも友達なんて居ないから。
 そう呟いて、マリアンヌは寂しげにカリンを見た。
 そわそわしながらこちら……むしろ中井出を睨んでいる。

中井出「じゃあ、どうします? 言っておくがこの博光、友には本当に遠慮はせんぞ。
    本当に友達になりたいならうだうだ悩んだりしないからな
    悩むくらいならおれは行動するだろうな
    おれパンチングマシンで100とか普通に出すし」
マリー「ぱ、ぱんちんぐ?」
中井出「まあつまりはさ。友達になりましょう。
    貴族もなんにも関係のない、ただの友達に。
    そしたら友達なあなたに僕の知る“楽しい”をお見せしましょう。
    俺は貴族連中には何もしてやれないし、する気もないけど……
    友達相手は別でございます。中井出博光。大事なものは友達と仲間と家族。
    現段階じゃあなんの権力もござらんただの没落貴族みたいなもんですが、
    そんな相手でよければ、だけど」

 サム、と手を差し出す。
 マリアンヌは不思議そうな顔でその手を見つめた後、やがてクスッと笑って手を取った。

マリー「誓いの口付けでもしろと言われているのかと思ったわ。いきなりなんだもの」
中井出「貴族云々は無しって言ったでしょーが。
    それとも跪いて手の甲に口付け〜なんてマネ、してみる?」
マリー「やらないわ。面白そうだけど」
中井出「そだね。誰かに見られたら大変だしね。んじゃ、これからよろしく、マリアンヌ」
マリー「マリーでいいわ。あなたのことはなんて呼べばいいかしら。
    ヒロミトゥ・ナカイデーが名前なのよね?」
中井出「ヒロミツね、ヒロミツ。あとナカイデです。発音しづらかったらジークでいいよ」
マリー「じゃあジークね。うんっ、ジーク! あなたはわたしの初めてのおともだち!」
中井出「あれ? カリン……主は?」
マリー「カリンが友達!? とんでもないわ! カリンは王子様よ!」
中井出「なんと!? 王子だったのかあの野郎め!
    僕には田舎から出てきたとか言ってたくせに!」

 “王子様”の意味をそのまま受け取った中井出は、それはもう意味不明に怒った。
 マリアンヌの言う王子様は、白馬の王子様とかそっちのほうの王子様だ。
 何故にカリンが姫殿下の警護任務に充てられたのかといえば、マリアンヌが一目惚れにも近いほどにカリンを気に入ったから、という理由がある。
 もちろんその場に居なかった中井出がそれを知るわけもなく、彼は“あれ? じゃあ王女様ってことになるの?”と首を傾げていた。

マリー「それじゃあジーク! おともだちとして早速お願いがあるのだけれど!」
中井出「おうなにかね!? 命令みたいなものじゃなければ気軽に言うがよかろ!
    ていうかお願いを望んで友達になったなら殴るから覚悟しろコノヤロー!!」
マリー「べつにどうだっていいわ! だっておともだちには遠慮なんて要らないもの!
    毎日毎日いろいろな方に遠慮して! もううんざり!」
中井出「なるほど! ならば遠慮なしに言ってみよ! 言うだけならタダである!」
マリー「ええもちろんよ!」

 どうでもいいがいちいちやかましい連中である。
 行動もいちいち芝居がかっていて、通る人やカリンや警備の者は何事かと見ている。

マリー「ジーク! わたしとカリンの恋の手助けをしてちょうだい!」
中井出「フン断る」
マリー「えぇえええっ!?《がーーーん!》」

 言うだけならタダである。言うだけなら。
 しかしながらこの男、恋の応援と手伝いは滅法嫌い。
 普段から応援もあまりしない存在でもあり、それが恋ともなれば即答もしよう。

中井出「あのねえマリー。恋の応援や手伝いってのは、それはもう腹の立つことなんだ。
    人に応援を頼んじゃあいかん。何故って腹が立つから。
    “応援してあげるんだから頑張りなさいよ”って言葉、腹立たない?」
マリー「……なんだか嫌な気持ちになるわ」
中井出「でしょ? 応援っていうのはさ、恩着せがましくするものじゃなくてさ。
    こう……なんてーんだろ。重くない程度に見ていることが大事だと思うの」
マリー「じゃあ、見守ってくれる?」
中井出「いや、守りはしないです。見るだけ。自分のためになることしかしたくないの」
マリー「おともだちって難しいのね」
中井出「そりゃそうだ。人一人の道に肩を貸すんだ、楽なわけがない。
    だからこそ、そうすることで得られる“楽しい”ってものでチャラにしなきゃ、
    やってられないのです」

 そこんとこヨロシクと、にっこり笑顔。
 マリーもその笑顔に綺麗な笑顔で応え、もう一度手を握った。

マリー「ねえジーク。オルニエールって、あのオルニエールよね?
    どれくらい先から来たのかは知らないけど、そこの子供なの?」
中井出「いや。実はね、ちょっとした問題のお陰でこの世界にやってきた異界人なのだ」
マリー「まあ! すごいわ!
    あなたっておかしなことばかり! まるでおもちゃ箱だわ!」
中井出「わ、わざわざ大げさに叫ばないで! なんか改めて確認されると恥ずかしい!」

 オーバーリアクションが好きなハルケギニアの住人に、中井出は頬を赤く染めていた。
 しかしそんなおろおろした姿が気になったのか、こちらへとカリンが歩いてくる。
 ズカズカと、足早に。
 それに気づいたマリーがくすりと笑って「残念。今日はここまでみたい」と言う。
 けれどその顔は嬉しそうであり、中井出と話をするのも楽しいが、カリンと話をするのも楽しいのだから、そんな顔も当然だった。
 むしろやきもちでも妬いてくれたのかと軽い想像をしてしまい、「きゃーーーっ!」などと夢見る乙女のように自分で両の頬を包み、くねくねと蠢いている。

中井出「……怖い話で“くねくね”っての、あったよなー……」

 確か、ぬ〜べ〜のお話にもそれっぽいのがあった。
 屋根の上に現れて、それが現れた家では人が死ぬ〜って話。
 共通点は、現れるソレがくねくねしたものだってことだけ。
 ひどい喩えを姫殿下相手にしてることを自覚しながら、やってきたカリンに「やあ」と挨拶した。


───……。


 それから少し経った頃のこと。
 カリンはサンドリオンをやたらと避けるようになり、そんな空気をなんとかしようとサンドリオンがカリンを追う状況が続く。言ってしまえばキッスと胸を触ったことが原因なのだが、こればっかりはやっちまった方が悪い。
 なので一方的にサンドリオンが謝り続けているんだが、謝罪を受け取るかは相手任せなわけで。凹凸はないがしっかり美人で女性なカリンにとって、初めてのキスと胸を触られた怒りは尋常ではない。
 ない、はずなのだが。

カリン「………」

 気になることがあって、怒りに集中しきれていない。
 サンドリオンは酔いつぶれると、うわ言みたいに“カリーヌ”と言う時がある。
 だから不審に思って訊ねてみたのだ。そう、相当に無茶な話だが、「お前は、ぼくの正体を知っているのか」と訊ねたことがある。返ってきた答えは“知っている”だ。
 真っ青になった。
 自分が女であることを、サンドリオンは知っているのだと言う。
 じゃあ今すぐにでも追放されて───………………ハテ?
 知っている? 自分が女であることを? どうやって?

カリン「…………《ビキビキビキ》」

 酔っ払うと人を襲う癖がある→わたしは美しいらしい→サンドリオンは女嫌い→寝ているわたしを襲う→実は女だったことが発覚。
 つまりは寝込みを襲った上でそれを知ったのだ!
 ゆ る せ な い!!
 しかもどうやって知ったんだと訊かれたら“寝込みを襲ったから”なんて言えないから黙っていたんだ! なんて情けないやつだ!! しかしながら他の人にバレるのはまずい。まずいので、いっそ怒りが導くままにブチ殺してさしあげようかとも思ったのだが。
 どうしてか酔いつぶれて眠っているサンドリオンは、泣きそうな声で「許してくれ」とか「どこにも行かないで傍に居てくれ」とか言って、カリンの服を掴みっぱなしだった。
 そんな寂しげな声で言われると弱い。
 なので、じゃあ条件を出したらどうだろうかと思いついた。
 そこで出したのが、「ぼくの正体を誰にも言うなよ」ということ。彼は頷いた。
 いよっし! と未来への光を掴むのも束の間、カリンは酔っ払ったままのサンドリオンに再び押し倒され、口を塞がれ、抵抗はするのだがやはり男の腕力には敵わずに、力が抜けるまでキスをされた。
 魔法で吹き飛ばしてくれようかとずっとずぅっと思っていたのに、困ったことに体が動いてくれないのだ。そんな時、自分は“ああ、自分は女なのだな”と思い知らされ、哀しくなった。

カリン「………」

 サンドリオンが眠りについたのは、そんな悲しみの直後だった。
 もともと寝ぼけて動いていたような彼だ、深く眠りにつくのは早かった。

カリン「………」

 さて。そんな回想を、従者が用意したお茶会の中でしていたのだが。
 現在、カリンの前の席には、件の変態酔っ払い胸揉みキス魔が居る。
 やたらと青い顔で愛想笑いを浮かべそうになってがっくりと項垂れる、貴族男子。
 偽名を、サンドリオンといった。

カリン   「で。なにか申し開きは」
サンドリオン「あぁ、あの、だな。きみ、もうおれが酔っ払ってもほうっておけよ。
       というか、自分がそんなことをしたことさえ覚えてないんだが」
カリン   「お、おぉおおおお覚えてないだと!?
       キスの途中で酔いが醒めて、顔を真っ青にしていたくせにか!
       ぼぼぼぼっぼっぼぼぼぼぼぼぼくは男なのに! 男なのに!!
       というか介抱したのに言うことが“ほうっておけ”なのか!?
       感謝の前に否定ってどういうことだ!!」
サンドリオン「わかった、わるかった、だからあまり叫ばないでくれ、頭に響く」
カリン   「炊事洗濯を任せたくせに! その状況で介抱すればほうっておけ!?
       きみってやつは本当に人への感謝が足りない!」
中井出   「おお主! じゃあ日頃の感謝を込めて俺になんかくれ!」
カリン   「えぅうっ!? えっ……やっ……!」

 再度言うが、お茶会は従者が開いたものであり、場所はジェーヴルの屋敷。
 席にはサンドリオンとカリンが居て、バッカスとナルシスはガツムシャとクックベリーパイを頬張っている。

中井出「まあ期待はしてなかったからそれは捨てておいて」
カリン「せめて置いておけ!」
中井出「なにかくれるの?」
カリン「なにもない」
中井出「ぬう、取り繕わぬその精神に敬礼。でさ、こうして集まってるわけだけど。
    バッカスとナルシス、きみらなにもすることなかったの?」

 食い漁る二人に訊いてみれば、ヴィヴィアンから少し面倒な依頼が来そうだということを知らされていたとのこと。

バッカス「なんでも姫殿下がらみのものらしい。
     素晴らしいな! あの美しい殿下の下でだぞ!」
ナルシス「気合が入るというものさ!
     ああ、早く来ないだろうか! むしろ我々が迎えにいくのはどうか!」
中井出 「落ち着きなさいな。ヴィヴィーがここで待ってろって言ったなら、
     待ってなけりゃ怒られるだけだぞ。なにせヴィヴィーだ」
二馬鹿 『それもそうだな……』

 あっさり納得。
 付き合いが長い分、彼女の怒りが面倒でねちっこいことはよく知っていた。
 なので食べる。難しい話は無しに、食べる。
 そうして一通り腹が満たされたところでヴィヴィアンがやってきた。

中井出   「や、ヴィヴィー。パイ食べる?」
ヴィヴィアン「あとでな。それよりもだ。姫殿下の使者より連絡があった。
       お前たちは明日、姫殿下の付き添いでドーヴィルへ向かえ」

 ドーヴィル。
 海にほど近い保養地で、馬で向かうならば三日ほどの位置にある人口が二百人ほどの小さな街。夏になると海流の影響で海が七色に輝くとされ、小さな街ながらも潤いのある場所だった。

バッカス  「ドーヴィル? いったいまた、なにをしに」
ヴィヴィアン「御旅行だそうだ。お忍びゆえ、幻獣の使用はまかりならん。馬を使え。
       指揮はサンドリオンが取ること。いいな。以上」

 それだけ伝えると、ヴィヴィアンは席につき、中井出が用意したクックベリーパイを食べ始める。キリッとした表情が一瞬にしてとろける。

中井出   「まーたお忍びかなんかか。頑張ってなー、主」
ヴィヴィアン「ああ、伝え忘れがあった。ジーク、お前も同行するようにとのことだ」
中井出   「俺べつにタニアっ子じゃないから断ってもいいよね?」

 トリスタニアの子=タニアっ子。
 しかしながら未来においてはトリステイン貴族である。
 ……未来の現在においてはアルビオンはウエストウッドの貴族ではあるが、アルビオンは既にトリステイン国内となっているのでトリステイン貴族なわけで。

ヴィヴィアン「断ろうとしたら“おともだちからのおさそい”と言ってくれと」
中井出   「あー、なるほどなるほど。さすが姫ちゃんマザー」

 一度踏み込むと強いんだ、あのタイプは。
 誰にも聞こえないように呟くと、中井出はあっさりと切り替えを実行。
 家でまったりの一日を、ピクニック気分モードへと変更した。

中井出 「諸君! 旅行だ!」
バッカス「美しい美少女と旅行! 仕え甲斐がありそうだ!」
カリン 「美しいと美少女だと意味が被ってるぞ」
バッカス「それだけ美しいってことが相手に伝われば構わないさ!」
ナルシス「これは気合を入れねばだね!
     というかジーク、おともだちってなんのことだい?」
中井出 「ああ、このあいだマリーと出会って、友達になりました」
バッカス「マリー!! 愛称まで許しているのか! うらやましいな!」
ナルシス「きみは本当になんでもありだな! だがミステリアスさも魅力のひとつだ!
     さあ、今日は明日まで騒ぎ明かそうじゃないか!」
中井出 「おうとも! 明日に備えてお弁当も用意しないとね!
     さあ料理だ! ヴィヴィー! お前も来る!?」

 訊いてみたけどNOだった。

中井出   「ならば料理だけでも手伝っテ!
       おなごの手料理ってだけでも男連中は張り切るものさ! 俺は違うけど!」
ヴィヴィアン「またはっきりと言うな。
       まあいい、久しぶりに後始末じゃなく仕事を引っ張ってきた隊員に免じて、
       たまには料理くらいは振るまってやろう」
中井出   「え? …………料理できたの?」
ヴィヴィアン「よ〜〜〜ぉおし殴らせろ。折られるのはどこの歯がいい?」
中井出   「あなたが僕に剥く牙を折ってください」
ヴィヴィアン「それはだめ」
中井出   「な、殴られることは確定だったのですね!?
       ならばせめて苦しまずに折ってください!」
ヴィヴィアン「それもだめ」
中井出   「苦しむことまで決定事項だったぁあああ!!」

 自分から料理に誘っておいてなにをやっているんだか。
 たはっ、と出た苦笑に、カリン自身が驚いた。
 ……なんというか、故郷では英雄を目指すあまりに気を緩めなかった。
 ここに来たってそうだが、なんというか……こうして振り回されたり周りに巻き込まれていると、不意に気が緩む。

カリン「……はぁ」

 なにを甘いことをとも考えたけど、くすりと笑って首を振る。
 いやな気の緩みじゃないから、笑えるうちは笑っておこう。
 変態だし趣味の悪い仲間ではあるが、笑えるってことはいい仲間なんだろう。
 もっとお堅い世界かと思っていたし、自分もそうなるのだと気を張っていたのに。
 やっぱり入る場所が悪かったのか。いや、だとしてもあのユニコーン隊はない。
 ならば……そうだな、ここでよかったのだ。住めば都というし、今はここで機会を待つ。
 いつかきっと、自分が騎士になるための導が見つかるはずだから。

カリン「……………ん? あれ?」

 ハテ? 姫殿下の警護任務に加え、旅行の付き添い?
 …………これって機会ってやつではないだろうか。
 この調子で姫殿下から依頼が続いて、陛下に気に入られて、“お前、今日から騎士ね”って感じで念願の騎士に……!

カリン「───!」

 んばっ、と明るい表情で顔を上げる。
 するとそこにはサンドリオンの姿しかなく、どうやらバッカスもナルシスもヴィヴィアンの料理が気になって、厨房まで行ってしまったらしい。

カリン「………」

 それでもいい。自分は機会に恵まれている。
 美しいだの可愛いだのと言われて喜んだことはなかったが、初めて自分の容姿に感謝しよう。この容姿がなければ、姫殿下に気に入られることもなかった。
 椅子に座りながら小さくガッツポーズを取っていると、ふとサンドリオンが口を開く。

サンドリオン「指揮はおれに任せるって話だったな。よし、じゃあ最初の命令だ。
       ……カリン、きみはここに残れ」

 喜びが一瞬にして凍りついた。
 聞き間違いなどでは断じてない。残れと、目の前の男が言ったのだ。

カリン「え、な……なんだと!? なんで!?」

 当然反抗する。
 姫殿下からの誘いなら、ぼくが行かなければ意味がないとばかりに。

サンドリオン「姫殿下の依頼はあくまで旅行の護衛だろう?
       きみが行かなければいけない理由は何処にもない」
カリン   「ふざけるな! ぼくはいくぞ!」
サンドリオン「言っただろう。調子に乗るなって。見習いが踏み入っていい依頼じゃない。
       それに……いやな予感がする」
カリン   「いやな予感……?」

 頷いてから話す。
 親衛隊との決闘の時のことを。
 途端にカリンの顔がさあっと青くなる。
 ナルシスとバッカスからは聞いてはいたが、まさか心臓を貫かれても生きていた男の話が本当だったとは。

サンドリオン「何故親衛隊の中にそんな存在が居たのか。
       何故エスターシュ大公はそんな存在の入隊を許可したのか。
       考えるほどに胡散臭くなるが、証拠がない。
       まあ、それは理由の一端でしかない」
カリン   「じゃあどうして!」
サンドリオン「お前がまだまだ未熟だからだ。
       確かに強い。センスもある。思い切りもいい。けど、それだけだ。
       探せばいくらでも粗は見つかるし、なにより真っ直ぐすぎる。
       “それ以外”を探そうとしない所為で、攻撃は単調だ。
       自分は無敵だとでも思っているのか、
       それが正しいと信じきっているから真っ直ぐなのか。
       お陰で読みやすいし、だっていうのに一度の反撃で驚愕しすぎて隙だらけ。
       そうだな。きみの言うとおりに言ってしまえば、
       あの夜の決闘はおれの勝ちだ。
       杖を弾きにいかなければ、きみなんていくらでも倒せたよ」
カリン   「っ……《ギリッ……!》」

 歯を食い縛り、しかし何も言わずにサンドリオンを睨む。
 事実だから、受け入れた。
 だがそれをこいつに、そこまで言われる理由に目を瞑っている理由はあるか?
 ない、ないに決まっている。

カリン   「そうだとしても、警護任務にはぼくが───!」
サンドリオン「あのアンデッドのことも気にかかる。
       魔法衛士隊があっという間に廃れた理由が関係しているかもしれない。
       そもそもがおかしかったんだ。急に病になったり怪我を負ったり死んだり。
       そこにきてアンデッド? おかしいと思うだろう」
カリン   「じゃあぼくも連れていくべきだろう!」
サンドリオン「強いからか? ああ、きみは強いな。けど、経験が足りないって言ったろ」
カリン   「経験が足りないから行くんだろ! この解らずや!」

 カリンの言うことは、確かに尤もではある。
 経験がないから任務にあたり、経験を積む。それは当然のことだろう。
 自分だってそうして経験を積んできたのだから、それを強く言う理由は───“そうして経験を積んだだけ”ならば、絶対になかった。

サンドリオン「アンデッドの話をし始めてから震えているくせに、よく言うな、きみは」
カリン   「ぐっ……こんなもの、どうってことない!」

 言って、カリンは勇気の魔法を使おうとする。
 そこへサンドリオンがフッと笑って言葉を挟んだ。

サンドリオン「左手になにか書いて舐める。それはなにかのおまじないか?」
カリン   「! …………」
サンドリオン「諍いがあるたびにそうしていたな。とすると、勇気が出るおまじないか」
カリン   「まじないじゃない、魔法だ」
サンドリオン「同じようなもんだろ」
カリン   「まやかしやにせものじゃない! これは本物だっ!
       ぼくを救ってくれた騎士さまがぼくにくれた魔法……!
       こうすればぼくに怖いものなんてない! 無敵になれるんだ!」

 カリンの言葉に、サンドリオンは笑う。
 カリンは命の恩人を笑われた気がして、顔を真っ赤にして怒った。

サンドリオン「確かに、右手人差し指……だな。
       どうやら魔法……とは少し違ったものがあるらしい。
       それで書いたものを舐めるのか。さしずめ、勇気と書いて舐める、か?」
カリン   「……ああ、そうだ。
       そうすることで無敵感というか、勇気が沸いてくるんだ」
サンドリオン「勇気か。じゃあ、余計に連れていくわけにはいかないな」
カリン   「……!? お前っ! 人のことを訊いておいて、
       聞けばそれを餌に人に釘を刺すのか!」
サンドリオン「戦いには……なるほど、確かに勇気は必要だ。
       でもな、それは戦うまでの“覚悟”だけだ。
       敵を叩きのめす、あるいは殺す。それだけのことをしでかす覚悟。
       けどな、警護に必要なのは勇気なんかじゃない。臆病さだ。
       勇気で人は守れない。守るなら臆病じゃなければいけないんだ」
カリン   「臆病者になにが出来るんだ。勇気さえあればなんだって出来るんだ!
       ぼくはずっとそうやって生きてきたんだから!」

 そう。怖いことがあるたびに左手を舐めてきた。
 騎士様が言った通り、そうすると勇気が沸いた。
 無敵感に包まれて、今まで怖くて出来なかったことがなんでも出来るようになった。

サンドリオン「なんだ。じゃあそんなもの、勇気でもなんでもない」
カリン   「───! 貴様っ! いい加減にしろ!!」

 反射的に杖を取り出し、サンドリオンに向けた。
 サンドリオンは杖の切っ先をじっと見つめたあと、カリンの目を見る。

サンドリオン「あのな。自分で奮い立たせないもののなにが勇気だ。
       それはただの魔法であって、きみの勇気じゃない。
       その騎士様も今はきっと悲しんでるだろうぜ。
       なにせ、せっかくあげた魔法に頼りきりで、
       本当の勇気を持ってくれないのだからな」
カリン   「……!? どういう意味だっ……!」
サンドリオン「? おいきみ、まさか本当にわからないのか?
       きみの言う貴族の勇気っていうのは、
       誰かからもらったものを見せびらかすものじゃないだろう?
       怖いからこそ自分の足で、意思で立つ。それが勇気だ。
       きみのそれは、怖いのを魔法で誤魔化しているだけだろう」
カリン   「───、…………あ……」

 握る杖から握力が消える。かつん、と落とした杖を慌てて拾い、しかし……立ち上がることなく、床を見つめて動けなくなった。
 手にする杖ではなく、人差し指を見る。
 そこには魔法が込められていて、左手に勇気を書いて舐めれば無敵になれる。
 それはとても素敵な魔法だった。
 弱かった自分が立ち上がれるきっかけだ。夢を見てみたいと思えたきっかけだ。
 でも……きっかけはきっかけにしておかなければいけなかったんじゃないか?
 赤子が立ち上がるために壁に手をつくのは最初だけだ。
 自分がやっているのは、いつまでも壁に頼っているのと同じなのでは?

サンドリオン「……きみはな、以前のおれによく似てるんだ。
       自分にはなんでも出来る。
       夢があれば、それに向かって走っていれば、きっとなんとかなるって。
       おれもそう思っていたさ。……あの日までは」

 カリンが俯き、自分の指を見ている姿がいたたまれなくなったのか、サンドリオンはぽつりぽつりと自身の過去を話し始めた。
 馬鹿な男の話だが、少しでもこの小さな夢見る少年の理解に繋がればいいと。

サンドリオン「おれには……カリーヌっていう恋人が居た」
カリン   「───!」

 カリーヌ。
 サンドリオンが寝ぼけて言った名前。そして、カリンの本名。
 心がよどんでいたカリンに、その名前は強く耳に届いた。

サンドリオン「おれはとある土地の領主さまの息子でね。彼女は流れの芸人の娘だった。
       領主の息子と旅芸人の娘だ、許される恋じゃない。
       いずれおれは望まぬ相手と結婚させられる筈だったんだろうし、
       彼女もおれが知らない誰かと結婚していたんだろうな」
カリン   「…………それと、経験不足と、なんの関係が」
サンドリオン「……おれとカリーヌは恋に落ちた。もちろん、知られていいものじゃない。
       だから、近くの森で隠れて出会う程度の付き合いだ。
       それでもよかった。おれはとても幸せで、彼女も綺麗な笑顔を見せた。
       ……あっという間に気づかれちまったんだけどな」
カリン   「当たり前だ。隠し通せるものか」

 ふふっ、と……カリンの言葉にサンドリオンは笑った。その通りだと。

サンドリオン「別れさせられそうになった。
       彼女に会えることに浮き足立っていたんだろうな。
       おれをつけていた騎士連中がカリーヌの手を掴んで、
       強引におれ達を引き離そうとした。もちろん抵抗した。
       ここで別れれば、絶対に二度と会えないと解っていたからだ」
カリン   「……なあ。恋人自慢とか、武勇伝を語りたいなら───」
サンドリオン「お前と同じだったんだ。
       自分の意思が強ければ、夢があれば、何でも出来ると思っていた。
       おれは杖を取り出したよ。
       構えて、彼女を連れていこうとする騎士に、脅かすつもりで魔法を放った。
       結果として、騎士は物凄く驚いたよ。驚愕の声をあげるほどにね」
カリン   「……?」
サンドリオン「騎士の手に刺さる筈だった魔法の矢は、カリーヌの心臓を貫いていた。
       もう、救いがないくらいにぐっさりと。即死だ」
カリン   「……!!」
サンドリオン「戦闘センスも魔法の力も大したもんだと持て囃されて、自惚れていた。
       言葉にならない悲鳴を上げて駆け寄って、
       得意の水魔法で癒やそうとしても無駄だったよ。
       結局おれは天狗になっていただけ。
       なんでも出来る気になっていただけで、
       それが愚かな行為だと理解出来た瞬間、恋人を失った」

 当時、杖を構えた右手を見下ろす。
 情けなく、カタカタと震えていた。

サンドリオン「頼むから。間違えないでほしいんだ。取り返しのつかないことになる前に。
       子供の頃は自分がなんでも出来るように感じるもんだ。
       人ってのは常に、そんな慢心と戦わなけりゃならない。
       調子のいいこと続きで心が浮つくのは解る。
       衛士隊に勢いが来てくれたのは、おれだって嬉しいさ。
       それはきみのお陰だってことも解ってる。
       けど、だからこそ言うんだよ。もっと慎重になれ。
       自惚れたらだめだ。勇気と無謀は違うんだから」
カリン   「あ…………っ……う、ぐ……!」

 言葉を返そうとしたが、出てこなかった。
 酒が好きなのかと訊ねたことがある。返事はYESだが、顔はそう語っていなかった。
 最愛の人を手にかけるということがどういうことなのかを、カリンは考えた。
 なのに解らない。言われた通り自分はまだ子供なのだ。恋も知らない。大切な人といえば家族だろうか。浮かんできた家族に殺意を向けられるか? 無理だ。じゃあ、殺すつもりがなかったのに、自分の手で殺してしまったら?
 普段は飄々としたこの男に、そんな過去があったなんて。
 戦いを好まない理由はつまり、そういうことなのか。
 考え続けていたら、自分が涙を流していることに気づいた。
 悔しくてたまらないのだ。自分が未熟であることを気づかされ、反論できないくらいに納得してしまったから。

サンドリオン「……あとを追う資格なんて、殺めた本人であるおれにあるはずもない。
       死んだとして、ヴァルハラで彼女になんと言って詫びればいい?
       殺してしまってすまない、おれも死んだからゆるしてくれ?
       ……笑えやしないだろう。だから今も生きている。
       人に誇れる目的もないまま、灰をかぶったような人生を歩んでいる」
カリン   「おまえ……だから“灰被り”(サンドリオン)なんて名前を……」

 サンドリオンの気持ちは解らない。
 最愛の人を亡くしたことなど、ましてや自分が殺したことなどない。
 けど。それでも、カリンは言った。振り絞るように、涙を流しながら、「わたしも、連れてってくれ」と。“ぼく”ではなかった。自分を偽ることすら忘れ、彼女は言った。
 対し、サンドリオンは……少し驚いた顔をしたのち、溜め息を吐いてから頷く。
 その顔は、ひどくやさしいものだった。

サンドリオン「……おまえは人のために泣けるのか。優しいんだな。大物になるよ」

 静かに手が伸びて、カリンの頭を撫でる。
 カリンはぽろぽろと涙を流して俯いた。

サンドリオン「危険を感じたら下がれ。おれの指示に従うんだ。いいな?」

 同行の許可は下りた。
 自分の情けなさを投げつけられたような、悔しさと気持ち悪さを胸いっぱいに受け止め、カリンは頷く。……自分は子供だ。経験だって少ない。戦闘のセンスはあっても、詰めも甘ければ戦局というものがまるで見えてない。だから隙を突かれる。未熟だから。勇気だけでは、戦いには勝てないから。

カリン「………」

 ジークフリードが“成長しない”と言っていた言葉の意味が解った。
 頭を撫でられたままに乱暴に涙を拭い、カリンはキッと顔をあげた。
 サンドリオンはその時のカリンの眼差しに満足げに笑うと手をどける。
 大物になると言ったのは嘘じゃない。きっと強くなれるだろう。
 だから今は《ドヴァァーーーン!!!》

中井出「おっしゃあメシ出来たぜメシ!! 喜べ男衆!
    ぼくらのヴィヴィアンが卵とフライパンでカーボン作ってくれたぞカーボン!!」

 …………台無しだった。
 勢いよくドアをぶち破って現れたソイツは、手に漆黒のナニカを乗せた皿を持っている。
 物凄いニッコニコ笑顔だった。その後ろからは、慌てた様子で彼を止めようとするヴィヴィアンが。

ヴィヴィアン「だから待てと言っているだろっ! それは失敗っ! 失敗なんだっ!」
中井出   「いやいやァ、こんな見事なカーボン普通作れねーよ?
       これはもう完成だろオイ。どう見たって完成だよ?
       ほらほらサンドリオンに主!
       見てみなさいよォ! 素晴らしい完成度だろコレェ!」

 そんなカーボンをズイと差し出す従者。だったのだが、カリンが泣いていることに気づくや、ニコリと笑ってサンドリオンを見る。

サンドリオン「? …………ん? あ、いや待てっ!?
       きみ、なにか勘違いしてないだろうなっ!!」
中井出   「質問をしよう! 主を泣かせた! OK!?」
サンドリオン「なっ……な、………………泣かせは…………した、な」
中井出   「ベネ! 次の質問だ! 主よ! 成長できた!?」
カリン   「…………わからない」
中井出   「───」

 問い掛けに返ってきた言葉を耳にし、中井出は硬直した。
 ワカラナイ? シラナイ? コムギコカナニカダ?
 あの慢心貴族の代表ともとれた主が、“解らない”!?
 当然だとか言われるまでもないだろとかうるさいなとか言われると思ってたのに!!

中井出   「だ、誰だてめぇ!!」
カリン   「………」
サンドリオン「………」

 まあ、察する。
 そんな意味も込めて、サンドリオンが中井出の肩をポンと叩いた。
 次の瞬間にはカリンの拳が中井出の腹に激突。何故か口からナルトをゲボハァと吐き出しつつ、彼は悶絶した。




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